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『さとりナップ』 作者: NutsIn先任曹長
殺風景な部屋には、覚り妖怪である古明地さとりと、人間である男の二人きりであった。
「ここで大人しくしていろ。
ユニットバスはあそこだ。タオルも置いてある。
着替えはそこの引き出しに入っている。足りなくなったら俺に言うなり自分で洗濯するなりしろ。
何か用があれば大声で呼べ。いいな」
(暴れたりするなよ。ボスからは何しても良いとは言われているが、できれば手荒な真似はしたくない。)
「ええ、分かりました。
で、私はいつ、帰らせてもらえるのかしら?」
「……こっちの用件が済めば、すぐ帰れる」
(知るか。ここにいないボスに聞いてくれ)
男はさとりを部屋に残し、部屋から出るとドアを閉め、鍵をかけた。
さとりは、そっとドアノブを捻ったが、鍵がかかっているため僅かしか回らない。
力を込めたが、結果は同じであった。
妖怪としては非力なほうではあるが、さとりの人間を凌駕する怪力が発揮されない。
さとりは、身体能力が封じられていることを確認した。
人間の男が妖怪であるさとりの前で平然としていたから、この結果は予想通りであった。
だが、さとりの『心を読む程度の能力』は封じられていない。
暴力が不得手であるさとりにとって、これは僥倖であった。
男がさとりの『能力』の範囲外に出たことを確認すると、さとりは部屋を見渡した。
窓の無い部屋であったが、薄暗い程度には明るかった。
天井に裸電球が吊り下がっており、フローリングの部屋を健気に照らしていた。
部屋の壁際にはベッドが置いてあり、ベッドが接している壁には大きな鏡がかかっていた。
ベッド脇に引き出しが二つ付いた物入れがあり、中には下着や無地のTシャツが数点入っていた。
反対の壁には扉があった。ユニットバスがあるのだろう。
さとりはその扉を開けてみた。
予想通り、洋式便器、洗面台、小さなバスタブ、シャワーが据え付けてあった。
洗面台の鏡の上に、防水カバーに覆われた電球があり、点灯していた。
カーテンレールはあるが、シャワーカーテンは無かった。
洗面台にはコップと歯ブラシ、石鹸が置いてあった。
コップは透明だが、材質はガラスではないらしい。プラスチックとやらで出来ているのだろう。
ユニットバスの壁にタオル掛けがあり、そこにタオルが大小一つずつ掛かっていた。
僅か数分の部屋の検分を終え、さとりは早速暇になってしまった。
暇になったので、改めて自分の身に降りかかった不幸を振り返った。
用があったので地底から出て、博麗神社に向かう途中の人気の無い道。
いきなり網に絡み取られ、樹上に宙吊りにされた。
罠が仕掛けられていたようだ。
すぐに、自分を捕らえる気満々の男達がやってきて、
無言で催眠スプレー(だと男達の心を読んで知った)をさとりに吹きかけた。
さとりは気を失い、気が付くとベッドに寝かされており、側に自分を捕らえた男達の一人が立っていた。
そして、冒頭に戻る。
幸い、自分は丁重に扱われるようだ。
少なくとも先程までいた男の心には、自分に積極的な危害を加える気は無かった。
他の連中はどうかは知らないが。
さとりは今でこそ地霊殿当主として地底世界や幻想郷における有力者の一人となったが、
それ以前は、唯一の肉親である妹のこいしと博麗大結界が出来る前の世界を彷徨い、地獄を味わったものだ。
もっと暗く、凍えるような寒さ、もしくは茹るような暑さの部屋で、
人の心を読む覚り妖怪を成敗するという理由で、もしくは己の欲求不満のはけ口として、
男達、もしくは女達に様々な暴行を受けた経験が、古明地姉妹にはあった。
おかげで、さとりの妹であるこいしは覚りの能力を発揮する器官であるサードアイを閉ざしてしまった。
それから数百年後、賑やかながらもようやく得た平穏な生活を支える今の仕事が、地獄の業務の下請けとは……。
さとりは皮肉めいた物を感じていた。
と、まあ、過去の境遇に比べれば、現在のそれはリゾートホテルでバカンスを過ごしているに等しい。
予断を許さない状況ではあるが。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
食事は一日に三度、さとりと最初に言葉を交わした男が持ってきた。
食事は質素な物であったが、味付けは並の上といったところであった。
捕らえられてから三回目の食事――最初の二回よりボリュームがあったので、夕食か?――を受け取った時、
さとりは男に話しかけた。
「これ、貴方が作っているの?」
「……まあな」
(口に合わなかったか?)
「てっきり、給仕担当の者がいるかと思ったから」
「そのような者はいない」
(今、ここには俺とお前の二人きりだからな)
「そう。じゃあ、貴方にお礼を言わないとね。
ヒト攫いさん、監禁生活での唯一の楽しみである美味しいお食事を作ってくださって、ありがとうございます」
さとりは食事の乗ったお盆を持ったまま、軽く頭を下げた。
「ああ」
(皮肉は止めろ)
「明日はどんなご馳走がいただけるのかしら? それとも明日には開放していただけるのかしら?」
「……しばらくは、ここで飯を食ってもらう」
(定時連絡では、お前の面倒を見ていろとしか言われていないからな)
「そう……、じゃあ、次の食事、朝食でよかったかしら? メニューを教えていただけない?」
「……何か、希望があるのか?」
(まだ考えていない)
「そうね……、洋食が食べたいわね。
トーストにコーヒー、
トーストにはジャムとバターをたっぷりつけて、
コーヒーにはたっぷりのミルクと角砂糖二個、
ハムエッグに新鮮な生野菜のサラダ。
デザートに夏みかんとヨーグルト、とかね」
「明日も和食だ。我慢しろ」
(卵だの生野菜だの、そんな日持ちのしない物は有る訳無いだろう)
「それは残念。では、お引取り願えないかしら? ヒト攫いと食事はしたくないの」
「……」
(悪党だと自覚はあるが、キツいな)
男は、足元の二回目の食事が盛られていた空の食器を拾い上げると、部屋を出て戸の鍵をかけた。
男の足音が遠ざかり、心が読めなくなったところで、さとりはベッドに腰掛け、食事を食べ始めた。
さとりは食事をしながら、男との短いやり取りで分かったことを頭の中で整理した。
ここには、自分と男の二人だけしかいない。
男は彼の上役、つまり自分を誘拐を指示した者は外にいて、男とは密に連絡を取り合っている。
生鮮食材がこの場に無いからそれを使用した料理が出せない、
ということは、予め用意した保存の利く物のみで食事を賄っているという事であり、
私が監禁されている間、男が食料の調達に出ることはまず無い、と思って良いだろう。
そして、男は根っからのクソッタレではない、ということである。
この男、根が素直だ。
自分を気遣うことこそすれ、嫌悪する様子が無い。
さとりは長年の虐待で、その辺の機微に敏感であった。
さとりは囚われてから、慎重に行動している。
具体的に言えば、読んだ心の内容を口に出す事をしないようにしている。
さとりは覚りの能力で得られたトラウマ物の秘め事を、
本人の目の前で喋ることに快感を得るという、性質の悪い性格をしていた。
もっとも、そういうことをする相手は最終的に冗談で済む、
最悪でも酒食を奢る事(とほんの少しの鉄拳制裁を食らう事)で許しを得られるような者
――有り体に言えば『いい奴』――に限るが。
今回の場合、自分を無力化するほどの相手を怒らせても、自分に不利になるばかりなので自粛している。
そして、まだ推測だが、あの男、さとりの『能力』を知らないのではないかと思われるので、手の内を晒したくないというのもある。
自分を捕らえるのに人数に物を言わせての力づくではなく、作動に人が関与しない罠を使ったことから、
少なくとも、その手を考え付いた者はさとりの『能力』を知っていると見ていいだろう。
なのに、何故、仲間である男にそのことを知らせないのだろうか?
男の心は、完全に無防備であった。
心を読ませない手段など、お手軽なものなら博麗神社や守矢神社で大金を積んで、対読心能力用の護符を購入すれば済む。
だが、そんな対策など、あの男はしていなかった。
この誘拐、まだ裏がある。
さとりは出された食事を全て平らげ、付いてきたお茶を啜りながら、これからも続くであろう緊張を覚悟した。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
九回目の食事を終えた時点で、さとりはそろそろ何らかのアクションがあると予想した。
食事を出す時間が決まっているのなら、自分が誘拐されてから三日経つ。
放浪癖のあるこいしならまだしも、自分が何も言わずに何日も地霊殿を空ければ、
腹心のペットであるお燐やお空が不審に思うだろう。
二人には地上に出る件は言ってあるし、
そのことは目的地の博麗神社やお空の勤め先がらみで守矢神社に伝わっていることも考えられる。
一体、首謀者は何を考えているのか?
身代金が目当て?
確かに、地上との国交回復による地底世界の再開発や間欠泉地下センターの収益で、地霊殿の財政は潤っている。
だが、解せない。
それなら『督促』のために、さとりの虐待シーンでも写真に撮って地霊殿に送りつければ、
効率良く集金できるだろう。
自分の監視兼世話係に、男一人というのも気になる。
隙を突けば、人間の少女ほどの腕力しかない自分でも倒せるかもしれない。
罠臭い。誘っているのか。
覚りである自分に精神戦を仕掛けているのか。
面白い。
ベッド脇の壁にかかった鏡に映ったさとりの顔には、
普段の薄ら笑いではなく、挑戦者の精力と愉悦に満ちた、凄みのある笑みが浮かんでいた。
下着姿のさとりがベッドの上でストレッチ体操をしていると、ドアがノックされた。
「ちょっと待って」
さとりはバスタオルで顔や汗を適当に拭い、急いで上着を羽織った。
「どうぞ」
ドアの鍵が開けられ、男が十回目の食事を持って部屋に入ってきた。
「食事だ」
(……)
特に何も考えずに、男はお盆をさとりに差し出した。
「ご苦労様。ところで、ちょっと質問があるのだけれども良いかしら?」
「……俺に答えられる範囲なら」
(何だ?)
さとりは食事をベッド脇の物入れの上に置き、ベッドに腰掛けた。
男は、部屋の中央まで入ってきた。
「何時になったら家に帰してくれるのかしら?」
「すまないが、それは俺にもわからない。ボスからあんたを閉じ込めておけと命令されている」
(本当にすまない)
「もう限界よ。このままここで朽ち果てるくらいなら、貴方を殺してでもここから出ようとするかも」
「止めておけ。この建物は外部から結界で封鎖されている。俺を殺したところで逃げることはできん。
それに、抵抗するなら何をしても良いとボスから許可されている。手荒なことはしたくない」
(拳銃で撃ち殺しても良いといわれているが……、頼むから、無茶しないでくれ。
たとえ妖怪でも、女は殺したくない)
「せめて教えて、どうして私を攫ったの? お金が欲しいなら払えるだけ払います。だから、開放してください」
「何度も言うが、俺にはお前を解放する権限は無い。攫った理由は知らん。話は終わりだ」
(何でボスはこいつを閉じ込めているのだ? 雇われの身である俺には関係ない事だがな)
男は空の食器を持って、部屋を出て行った。
部屋を出る刹那、さとりに男の心の呟きが聞こえてきた。
(妖怪ってヤツは……、泣き言を吐きながらもニヤついていられるものなのか?)
演技の練習が必要だ。
さとりの予想に反して、この日は特に何も無かった。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
さとりが監禁されてから一週間経過した。
さとりは男から食事を受け取る際の僅かな時間、情報収集兼退屈しのぎの会話をすることを日課としていた。
「――で、あなたは何故、こんなことを引き受けたの?」
さとりは、かねてより疑問であった、生真面目な男が妖怪攫いなぞに手を染めた理由を聞いてみた。
「報酬のためだ」
(ボスには借りがあるしな)
「私を捕まえた時にいた他の連中も?」
「……多分な」
(連中もボスのおかげでお天道様の下を堂々と歩けるからな)
この男、報酬よりも『ボス』とやらへの恩義で働いているらしい。
そして、ここにいない連中も同様らしい。
「貴方、お金目当てでこんな悪事に手を染めたと言うのかしら?
私が妖怪だから、人の法には触れないから、何をしてもかまわないと言い張るつもり?
そういう輩は、同族である人間相手にも非道を行なっているものよ。
どう? 私の言っていること、間違っているかしら?」
「……知った風な口を利くな」
(確かに、俺は人相手に罪を犯したことがある……)
「貴方のご両親がこのことを知ったら、嘆き悲しむわね」
「黙れ!!」
(俺が殺した親のことを言うな!!)
男は拳を振り上げた。
が、結局その拳はさとりを殴りつけることは無く、静かに下ろされた。
「痛い目を見たくなかったら、口の利き方に気をつけろ」
(もう……、俺を責めないでくれ……、頼む……)
男はいつものように食器を持って部屋を出て、
いつもより乱暴にドアを閉め、施錠した。
嫌われたわね。
でも、嫌われていることには慣れているから。
ばふっ。
さとりは、そうひとりごちて、ベッドに寝転がった。
だが、収穫はあった。
男は親殺しだということ。
さとりのうろ覚えの知識だと、人里の法では、親殺しは死罪の筈である。
なのに、男は生きている。
男が持つ、御禁制の拳銃。
妖怪の力を封じる術。
結界で封鎖された施設。
何時まで経っても来ない助け。
罪人を手下とする『ボス』。
これは、マズいわね。
なのに、さとりは楽しそうなニヤニヤ笑いを、顔いっぱいに浮かべていた。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
監禁生活が十日を過ぎたあたりで、さとりの顔から笑みが消えた。
人を小ばかにした薄ら笑いも、
困難に挑む挑戦者の不適な笑いも、
あらゆる種類のポジティブな感情が、生気が、さとりから感じられなくなった。
もう、男とも言葉を交わすことも無くなり、
受け取った食事を黙々と食べ、
滝に打たれる修験者のように頭からシャワーを浴び、
ベッドの上で蹲り、そのまま寝入ってしまう生活を送っていた。
二週間が過ぎると、さとりは蹲った状態で、何やらブツブツ呟き始めた。
さとりの監禁生活が三週間経過するまであと一日。
さとりは蹲ったまま、身動き一つしなくなった。
食事を持ってきた男の呼びかけにも、返事をせず、
虚ろな目をしたまま、部屋の片隅で糞便を垂れていた。
男はさとりの身を綺麗にし、汚れた部屋の掃除をし、拵えたおかゆをさとりに食べさせた。
男の前で醜態を晒しているというのに、
男に面倒を見てもらっているというのに、
さとりは無表情のままだった。
その次の日。
監禁生活三週間目。
さとりは、
壊れた。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
「い、ああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!!!!」
朝、前日の事もあり、見張り兼世話役の男は恐る恐るさとりの部屋に朝食を持ってきた。
さとりは素直に男から朝食の盆を受け取り、笑みを浮かべて礼まで言った。
男は監禁部屋に入り、さとりが食事を終えるまでずっと見張っていたが、何事も起きなかった。
男は定時連絡でさとりの事をボスに報告したが、相変わらず、さとりの世話をしろとしか指示されなかった。
空の食器をさとりから受け取り男はホッとした様子で部屋を出て行った。
この時、男が付きっ切りでさとりの側にいれば、その後の状況は変わったかもしれない。
男が厨房で、乾物や缶詰とにらめっこしながら昼飯のメニューを考えていた頃。
さとりの部屋から絶叫が響いてきた。
男は急いで監禁部屋に向かおうとしたその時、
じりりりりり〜ん。
男はぎょっとした。
普段、定時連絡に使用している黒電話が鳴り出したのだ。
かけてきた相手は決まっている。
幻想郷では、一部を除いて、電話は普及していない。
この電話だって、繋がっている場所は一箇所だけである。
ボスからだ。
男はなおも聞こえるさとりの叫びと何かを叩いているような音を気にしつつ、受話器を取り上げた。
ボスからいつもと違う指示が来た。
さとりにかまうな。そのままにしておけ。
何だ、この命令は?
まるでこちらの状況を把握しているようなタイミングでの連絡。
いや、何らかの方法で、本当にこの隠れ家の様子を知っているのだろう。
だったら、尚の事、この指示は理解できない。
男はボスに抗議すると、
別命あるまで、さとりの部屋に近づくな、
と、きつめの口調で同じ内容の命令を言われた。
男が絶句すると、電話は切れた。
つーつーつー……。
男は静かに受話器を戻すと、
わめき声と打撃音が聞こえてくる方に視線を向けた。
悪いな、本当に、俺には何もしてやれない。
何時執行されるか分からない死刑に怯えながら独房で暮らした日々。
そこから拾ってくれたボスには逆らえない。
逆らえば、その場で処刑されかねない。
男は、無力であった。
だからこそ、彼の上役は、彼を手下にしたのだが。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
さとりは泣き喚いていた。
壁を、鏡を、ドアを、床を両手で叩きまくりながら、
部屋を絶叫と打撃音で満たした。
「無理、無理よ!! もう、これ以上耐えられないいいいいぃぃぃぃぃ!!!!!」
ドンダンドンドンッダンダンダンッダンダンダンッダンドンダンッドンドンッダンドンッダンダンドンッ!!
さとりは今まで見せたことの無い涙でくしゃくしゃにした顔で狂ったように叫び、ドアを叩き続けた。
「乱暴されるのには慣れているわ!!
身体を嬲られるのにだって耐えて見せる!!
でも……、こんなのって……」
ドンドンダンドンッダンダンダンッドンダンドンッ!!
壁を叩く音は相変わらず大きいのに、急にさとりの声が小さくなった。
「最悪よっ!!」
ドンダンッ!!
と思ったら、血を吐くように叫び、左右の拳を壁にかかった鏡に一発ずつ食らわした。
「人間共めえええええぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!!!
このままで済むと思うなあああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!」
ドンドンドンダンッドンドンッダンダンドンッドンドンッドンダンドンドンッドンダンッダンドンッダンッドンッ!!
呪いの儀式で打ち鳴らされる太鼓のような床の打撃音と、それに相応しい怨嗟の叫び。
「見ていろおおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!
地霊殿の管理する怨霊を全て開放して、幻想郷中の人間を根絶やしにしてやるうううううぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅ!!!!!」
ダンドンダンドンッダンダンダンッドンダンドンッドンダンダンドンッドンドンドンッ!!
さとりは、鏡の中の三つ目の悪魔――さとり自身の顔だが――に願を懸けるように、叫び続けた。床を叩き続けた。
「戦争だ!!
私を閉じ込めた人間共もっ!!
私を助けてくれない妖怪達もっ!!
みんな、みんな、根絶やしにっ!! ……っ!!」
ドンドンドンドンッドンドンッダンドンドンッドンッダンダンダンッドンドンダンッダンッ!!
さとりの呪いの儀式が唐突に終わった。
「て……、手が……痛い……」
さとりの表情は、悪鬼の形相からか弱い少女のそれに変わっていた。
さとりはその場に丸まり、さめざめと泣き出してしまった。
ひとしきり泣いたさとりは、壁の鏡を見た。
泣き腫らした両目と、じろりと睨みつけるような視線を送るサードアイが映っている。
だが、さとりは鏡の中に自分以外の姿を見つけたようだ。
そこにいないはずの存在を。
「あ、ああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!!!!」
さとりは再び絶叫した。
今度は先程とは異なり、意味不明な叫びしか上げなかった。
「い、ああああああああああっっっっっ!!!!!」
壁の鏡に毛布や枕を投げつけた。
しまいには、ベッドを縦に起こすと、鏡に叩きつけた。
「があああああああああっ!!!!!」
がんっ!!
しかし、現在非力なさとりの力では、強化ガラスでできた鏡に傷一つつけることも叶わず、
ベッドを立てかけて大仰な目隠しとすることで、鏡を見ないで済むようにするのが精一杯であった。
さとりはその成果に満足できないのか、さらに荒れ狂った。
「はあああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ〜〜〜〜〜!!!!!」
天井から釣り下がる電灯に猿のようにぶら下がっていたが、取付金具が壊れたため、
さとりは電灯を両手に掴んだまま尻を床に打ち付けてしまった。
電灯の配線は切れることなくズルズルと伸び、さとりの苦痛に満ちた表情を彼女の手中から照らし続けた。
「っっっっっ!!」
さとりは持っていた照明を放り出すと、物入れから引き出しを抜き出して、中に着替えが入ったままの状態で壁に叩きつけた。
ユニットバスに入り、トイレットペーパーを無駄に伸ばし続け、蛇口を全開にして周りを水浸しにした。
一番ずぶぬれになったのは、さとり自身であったが。
殆ど駄々っ子の水遊びと化したさとりの錯乱は、
最後に床に落ちた電灯を引き出しで叩き壊し、
床に落ちていた毛布に包まり、さとりが寝付いたことで終わりを告げた。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
「部屋のブレーカーを落としました」
「よし、これで感電の心配は無いな」
二人の男がさとりの部屋の前に来た。
二人とも、普段さとりの面倒を見ている男ではなかった。
さとりの乱痴気騒ぎを承知している男達は、
水浸しの床に落ちた電灯による感電を恐れ、予め室内の電気の供給を絶った。
二人は懐から77mmの銃身長を持った5連発の38口径回転式拳銃を抜き出し、
部屋の鍵をそっと開けた。
かちり。
しばらく待ち、室内に何の動きも無いとみると、
男達は片手に拳銃、もう片方の手に懐中電灯を握り、部屋に踏み込んだ。
入り口から差し込む光と二つの懐中電灯の光。
暗い部屋の捜索には些か心細いが、やらなければならない。
さっさと目標を始末しなければ。
ちゃぷ……。
!!
二人は懐中電灯を音のしたほうに向けた。
ユニットバスのドアが開いていた。
人影がちらりと見えたかと思うと、慌ててドアを閉めた。
男達も慌ててユニットバスに向かった。
ドアを開けようとしたら、内側から蹴り開けられた。
ぬるっ。
「わっ!!」
「あっ!!」
ドアにぶち当たった男達は、簡単に転倒した。
フローリングの床に石鹸水が撒いてあり、それで足を滑らせたのだ。
男の一人の手から懐中電灯が離れた。
もう一人の男がユニットバスの入り口に明かりを向けた。
さとりが男の顔面に何かを振り下ろすところだった。
ぐしゃっ!!
「い、があああああぁぁあぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!!」
男は拳銃と懐中電灯を投げ捨て、両手で血塗れの顔面を覆った。
「っ!! 畜生っ!!」
ぱんっぱんっぱんっ!!
もう一人が拳銃を三連射したが、薄暗い室内で良く見えず、
片手でダブルアクションによる発砲のため、至近にいるさとりに一発も命中しなかった。
それに対して、地底暮らしである程度の暗さなど苦にならないさとりの攻撃は、正確無比であった。
ぶんっ!!
ぐしゃっ!!
「ぎゃあああああっ!!」
この男もさとりの凶器の一撃を顔面にもらうこととなった。
さとりは、石鹸と電球のガラス片をタオルで包んで作った即席のブラックジャックを捨て、
すぐ側に落ちていた拳銃を拾った。
ちょうど二発残っていたので、思考が苦痛に満ちている二人の男を楽にしてやった。
さとりは未使用の拳銃と予備の銃弾、懐中電灯を入手すると、隣の部屋に移った。
鍵のかかっていないドアを開けて室内に入り、鍵をかけるとさとりは周りを見渡した。
壁の一部が窓になっており、窓の外にベッドが立てかけてあった。
案の定、あの鏡はマジックミラーだったか。
窓の前に、映像を録画するビデオカメラとやらに酷似した機械がおいてあった。
今までさとりの読心能力に何の反応もしなかったから、この機械は遠隔操作で動いているのだろう。
機械に疎いさとりの目にも、この機械にもその周辺にも、録画する媒体が見当たらない。
機械から出ている配線二本のうちの一つは電源コンセントに刺さっており、もう一本は壁の中に消えていた。
おそらく世話役の男や二人の刺客のボスは、この機械でさとりを観察していたのだろう。
いや、観察だけではない。記録もしていたのだろう。
記録した映像はどうするのか?
さとりの読みが正しければ、これを見た者が聡明なら、近いうちに助けが来るだろう。
どっか〜〜〜〜〜ん!!!!!
建物を揺るがす轟音と振動。
ぱんぱん。
どか〜ん!!
び〜〜〜〜〜む!!
ばららららっ!!
うわっ!!
ぎゃ〜〜〜〜〜!!
止めろっ!!
降参だ!!
助け……。
ぐしゃ。
悪魔だ……、緑髪の悪魔だ……。
ひ、ひっ、ひぃぃぃぃぃ!!
騒々しい音が、なにやら恐怖と絶望に満ちた悲鳴に変わっていった。
どたどたどたどたどたっ!!
さとりの隠れる部屋の側まで誰かが、複数の誰かが来ていた。
さとりは周囲にいる者達の心を読んだ。
(さとり様〜〜〜〜〜!! どこですか〜〜〜〜〜!?)
(うにゅ〜〜〜〜〜!! さとり様〜〜〜〜〜!!)
良く知っている相手だった。
助けは、思ったよりも早く来たようだ。
さとりはドアを開けた。
真っ先にさとりに飛びついたのは、
腹心のペットではなく、
心の読めない妹だった。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
最近、妖怪が襲撃される事件が相次いでいた。
人里で人間相手に商売している妖怪が、覆面をした複数の人間に袋叩きにされることが頻発した。
これは、まだましなほうであった。
郊外では、木に逆さ吊りにされた妖怪が拳銃やショットガンの的にされて死んでいた。
犯行は、エスカレートしていった。
自警団は、妖怪から人間を守るために動くことはあっても、その逆の場合では腰が重かった。
上白沢慧音の働きかけもあって、警邏は強化してくれたようだが、
襲撃グループはパトロールの隙を突いて犯行を重ねていった。
人間と妖怪のバランスを崩しかねない事件を重く見た、妖怪の賢者、八雲紫は、
関係各方面に働きかけ、人里周辺の警戒を密にした。
博麗霊夢は、対人戦闘用の格闘術の修行を始めた。
射命丸文は、新聞に妖怪に注意喚起の記事を載せた。
ミスティア・ローレライは、屋台に来る妖怪達に注意するように言って、逆に注意するように言われた。
犬走椛ら白狼天狗の哨戒部隊は、守矢神社からの要請もあり、人里の近辺までの長距離偵察を頻繁に行なうようになった。
一番効いたのは、命蓮寺の呼びかけで行なわれた、人妖混成の見回りであった。
人間と妖怪の平等を謳う聖白蓮は、今回の妖怪連続襲撃事件を悲しみ、自らも見回りに参加した。
見ても分からないが、白蓮は事前に魔法で肉体強化を行なっており、いつでも肉体言語による説法ができる状態になっていた。
そのせいか、襲撃グループは地底世界に河岸を変えたようだ。
旧都で妖怪が玩具のように玩ばれ、惨殺される事件が起こり始めた。
地上と地底は、すっかり有名無実化したが、相互不干渉の約定があり、地底にまで監視の目が届いていなかったのだ。
地上の事件を聞き及んでいた旧都の有力者、星熊勇儀は見回りを強化した。
だが、勇儀の目の及ばない裏路地で商売をしている売春婦やスラムに住み着いている者達が、
次々と餌食になっていった。
頭を抱えた勇儀に助け舟を出したのは、地霊殿当主の古明地さとりであった。
命蓮寺の見回りを地底でも行なってもらうよう頼もうと言うのだ。
白蓮の弟子の妖怪達の何人かは、地底に封印されていたこともあって、地底の住人のいくらかとは顔なじみであった。
それに、紅白巫女や黒白魔法使いのような物騒な妖怪退治屋よりも、聖職者の方が受けが良いだろう。
さとりは、まずは紫の許可を得る必要があると思い、
霊夢から紫に働きかけてもらうよう頼むために、博麗神社に向かった。
その時だった。
さとりが誘拐されたのは。
白蓮達が見回りの準備をしているときに、白蓮宛の小包が届けられた。
中には手紙と映像記録媒体――VHSのビデオテープだ――が入っていた。
白蓮は自室に戻り、外界の連続テレビドラマのビデオを見るために河童から入手した
テレビデオ(テレビとビデオデッキが一体化したもの)にテープを差し込んだ。
再生された映像は、質素な洋室のベッドに横たわるさとりであった。
白蓮は同封の手紙を読んだ。
『古明地さとりは預かった。
返して欲しければ、直ちに見回りを止め、幻想郷から退去せよ。
そちらの態度如何によっては、さとり嬢の命だけでは済まなくなる事をお忘れなきよう。』
白蓮は急いで部屋を出ると、寺の門の前に集まった一同に見回りの中止を告げた。
理由は、最近治安が良くなったからと、適当に言いつくろった。
その後、白蓮は弟子達を集めて、手紙とビデオの件を伝えた。
さとりを攫った犯人は、妖怪襲撃犯と同一だろうというのが共通見解だった。
下手に動くとさとりの命が危険に晒されるため、ナズーリンのネズミに手紙を託し、
幻想郷の主要人物達の元に向かってもらった。
次の日、命蓮寺に霊夢、紫、慧音、守矢一家、勇儀、それに地霊殿の代表として火焔猫燐がやってきた。
白蓮は早速、さとり誘拐のことを報告した。
一同どよめき、お燐は愕然とした表情になった。
おそらく、周囲に犯人グループの目は光っているだろうし、
総力を挙げて幻想郷中の捜索を始めた途端、さとりは殺されるだろう。
結局、その日はお燐を宥めて地霊殿に帰ってもらい、
命蓮寺の見回りはしばらく中止する事と、
何か動きがあったときに対応する事を取り決め、解散となった。
さとりが誘拐されてから一週間後、また命蓮寺に小包が届いた。
小包を持ってきた者に、それとなく頼んだ相手のことを聞いてみたが、
繁華街で怪しい風体の男に大金と掴まされて頼まれたとしか分からなかった。
前回の集まりと同様の面子が、命蓮寺に集合した。
皆で見たビデオには、ベッドにうつ伏せに寝転がったさとりが起き上がり、
傍らに置かれた食事に手をつける様子が録画されていた。
今回の手紙には、見回りを止めたのは賢明な判断である事と、幻想郷退去の件も早く決断するようにとの警告が書いてあった。
さらに追伸として、能無し共が何人集まっても、人質は見つけられないだろうと記されていた。
『能無し共』というのは、ここに集った面々のことだろう。
幻想郷の重鎮達は、犯行グループに舐められていた。
さらに一週間後、届いたビデオに録画されている、蹲ったさとりがブツブツ呟いている画像を見たお燐はすっかり取り乱し、
地霊を総動員して、幻想郷中を探させると喚きだした。
霊夢が妖怪封じの札をお燐に貼り付けて、何とか事なきを得た。
紫は、紫でなくても、さとりの置かれた状況はまずいと言うことは理解できた。
いつものように同封されていた手紙には、命蓮寺は早く幻想郷を出て行け、
さとりには危害は加えていないが、今後どうなるかは保障しかねると書いてあった。
落ち着いたお燐とその場にいる一同に、紫は次のビデオの内容を確認後、幻想郷の一斉捜索に入ることを告げた。
さっきは自分でさとりを探すと息巻いていたお燐は、今度は酷く怯えた様子になった。
紫は、さとりの保護よりも犯人グループの鎮圧を優先すると言ったも同じであったからだ。
一同は、興奮と緊張に包まれながら、帰途に着き、次回のビデオを待った。
さとりが攫われてから三週間が経過した。
呼ばれる前から、いつもの顔ぶれが命蓮寺に集結したが、今回は一人増えていた。
お燐は友人でさとりの側近でもある霊烏路空を連れて来たのだ。
さとりの身を案じるお空にも、現在の状況を知ってもらうためであった。
霊夢はお燐とお空の了解を得て、二人に予め妖力封じを施した。
今回のビデオにはショッキングな映像が録画されているかもしれないからだ。
一同が、紫が予め講堂に運び込んだ50インチの薄型ディスプレイを注視する中、ビデオが再生された。
『無理、無理よ!! もう、これ以上耐えられないいいいいぃぃぃぃぃ!!!!!』
ドンダンドンドンッダンダンダンッダンダンダンッダンドンダンッドンドンッダンドンッダンダンドンッ!!
モノラルで再生されたさとりの叫びと打撃音が、大音量で講堂に響き渡った。
映像は、錯乱したさとりが壁や床を叩きまくった両手を痛がりながら泣き出すところで終わった。
白蓮は手紙に目を通した。
お決まりの文章の後に、これが最後通牒だと書き足してあった。
一同は静かに立ち上がった。
これから配下の者を集めて、さとりに非道を行なった連中を成敗しに行くためである。
「ちょっと待って」
講堂の出口に向かっていた皆は、驚いて背後を振り返った。
いつの間にか、さとりの妹の古明地こいしがディスプレイの正面にちょこんと座っていた。
「もう一度、見せて」
全員がこいしに付き合い、再度ビデオを見ることとなった。
ビデオを見終わった後、こいしは皆に尋ねた。
「この中にムラサさんって、いる?」
白蓮は舟幽霊の村紗水蜜を呼んで来た。
今度は村紗を交えて三度目のビデオ上映となった。
村紗は映像を見ている途中で、最初からもう一度見せて欲しいと言い、
改めて再生された映像を見ながら、今度は手帳にボールペンで何やら書き始めた。
映像を見終わった後、村紗は皆に尋ねた。
「この中に自警団に詳しい人はいらっしゃいませんか?」
人里の知識人で、自警団の助っ人もしばしば引き受ける慧音が前に進み出た。
「一体、何が聞きたいんだ?」
「自警団は、何か隠れ家のようなものを所有していますか?」
「隠れ家? 一体全体、どういうことだ?」
村紗は手帳を見せて、先程書き留めた物を見せた。
「さとりさん、モールス信号を送ってきていたんです」
「モールス信号? ……!! あの叩いていた音か!!」
「そうです。さとりさんは、船乗りにモールス通信は必須だと知っていたんですね。
だから、かつて地底に封印されていて、今は命蓮寺にいる私に見るように言ったのでしょう」
「でも、いつ村紗の名前が出てきたの?」
霊夢の疑問に、こいしが答えた。
「お姉ちゃんの台詞の最初の文字を繋ぎ合わせると、
『むらさにみせて』ってなったんだよ」
「あ……、あ〜、なるほど」
「で、さとりさんがモールス信号で送った伝言ですが、
英文で『自警団の隠れ家を探せ』となったんです」
村紗が解読したメッセージを発表した。
「でも、自警団の隠れ家か……。ん、待てよ?
確か、事件の証人や容疑者である人妖を保護するセーフハウスが何件かあったな。
そこには妖怪の力を封じる結界が張ってあった筈……」
慧音は隠れ家から、セーフハウスのことに思い至った。
「では、上白沢先生、それらがどこにあるか調べてくださらないかしら?
ああ、自警団には内密でお願いしますね」
紫の注意は、犯行グループの中に自警団員がいることを示唆していた。
「分かった。自宅にそれ関係の資料があるから、すぐに調べよう」
「急いでね。さとりを殺したくなければね」
「ん?」
紫が剣呑なことを言った。
「連中、これが最後だって手紙に書いていたわよね。
要求が通ろうが通るまいが、口封じをするわよ。
妖怪を殺すことが好きで好きでたまらない手合いだから、
きっと、嬲り殺しね〜」
「!! お願い!! あたい達のさとり様を助けて!! 牛のお姉さん!!」
「う、うにゅ〜!! 急いで!! 牛のお姉さん!!」
「牛ではない!! ハクタクだ!! それに、今は人間の姿だぞ!!」
紫からの無用なプレッシャーと、さとりのペット達からの若干屈辱的な声援を受けて、
慧音は家に急いで帰っていった。
守矢一家は天狗勢から射命丸文、姫海棠はたて、犬走椛の三名を借り受けた。
丁度慧音が資料を携えて命蓮寺に戻ってきたので、
文と椛に慧音がピックアップした複数あるセーフハウスの偵察を、
はたてに念写を頼んだ。
文と椛が手分けしてさとりの監禁場所を絞り込んでいる間、
はたては愛用の携帯電話にキーワードとして『古明地さとり』、『誘拐』、『自警団』を入力して、
念写を開始した。
……。
…………。
………………。
ケータイの液晶画面に画像が浮かび上がってきた。
さとりだ。
さとりが、ベッドの上に下着姿でいた。
さとりが、下着姿で身体を折り曲げていた。
ベッドの上で体操でもしているようだ。
画像は送りつけられたビデオに映っていた場所を、
同じ場所から撮影したもののようだ。
はたての念写は、過去に『写真機』で撮影された写真を再現する能力であって、動画はできない。
最近は動画撮影機能が付いたケータイも幻想入りしつつあるから、
近い将来はできるようになるかもしれないが。
つまり、誰かが動画をハードコピーしたのだろう。
脅迫状には入っていなかったから、別用途なのだろう。
何の用途かは……、知りたくもない。
はたては持参したプリンターで、念写画像を紙に印刷して、
お燐とお空に見せた。
「さとり様だね」
「うにゅ、さとり様だ」
「それで、何か変わった所とか無いかしら?
ペット達の中でも一番さとりさんから愛されている貴方達なら、
気付いた事があるんじゃないかしら?」
お燐とお空は、さらに写真を凝視した。
「……そうだね……、ん? 下着が違うね、これ」
「うにゅ? そう?」
「そうだよ。さとり様はああ見えて、見えない所のお洒落にこだわっているんだよ。
あたいだってそうさ。お空みたいな色気の無い物と違ってね」
「うっにゅ〜!! 私だってオサレなパンツとかブラとか着たいよ〜!!」
「でも、見せる相手がいないじゃないか」
「にゅ、お燐だって、相手は地霊ぐらいじゃないか!?」
お燐に普段から付き従っている二体の地霊が、なんとなく赤くなったような……。
「と、いうことは、さとりさんが身に着けている下着は、さとりさんの物ではない……、と」
「そうだよ!! さとり様はこんな安物は着ないよ」
「にゅ〜、お燐が言うならそう……なのかな?」
「そうさ!! あたいの目に狂いはないよ!!」
はたてはペット達から得られた情報と共に、この写真を女性陣――つまり、ここに集まった全員――に見せて回った。
霊夢のような、普段、さらしとドロワを着用している者からは、有益な情報は得られなかった。
はたてや今ここにいない文は、普段から西洋風の下着を愛用しているが、それは河童製の安価な大量生産品であった。
調べるとなると大変だと思ったが、
「それはないわね」
紫が一言で否定した。
「さとりを誘拐した者達は、まず間違いなく妖怪襲撃犯の一味よ。
奴ら、妖怪を憎悪しているから、妖怪製品なんか買ったりしないでしょう。
偽装の意味で手に入れたかもしれないけれど、まずは人里から当たってみたら?」
はたては困ってしまった。
最近は改善したとはいえ、彼女の人見知り具合は、かつてのにとりのようであった。
そんなはたての前に、救いの神が現れた。
いや女神と言ったほうが良いか。
「あら……、これ、見たことがあるわ」
最近まで外界に住んでいた守矢神社の風祝、東風谷早苗が写真を見て、そう洩らした。
早苗は布教や私用で、頻繁に人里に行っている。
その時、彼女は人里でよく西洋風の品々を購入しており、下着もそうしていた。
「ほら、ブラとショーツに小さいリボンの意匠がありますよね。
これ、私の知っているお店の下着の特徴なんです」
「ふむ、その店はどこだ?」
その手の情報に疎い慧音が人里の地図を持って来て、早苗に尋ねた。
「え〜と……、ああ、確かこのあたりです。このいろんなお店が並んでいる通りの……」
早苗が指し示した辺りは、治安の良い商店街だった。
古くから商いをしている店や、外界から流れてきたアクセサリー職人等が軒を連ねる賑やかな通り。
「ああ、ここいらは以前にご主人とお使いで行ったことがあったな」
「ええ、確か帰りに食べたくれ〜ぷとか言う薄焼き、美味しかったですね」
「そうだな、ご主人。その時の菓子の味を覚えているなら、その店に宝塔を忘れたことも覚えているな?」
「ぐ……」
ナズーリンと寅丸星が微笑ましいエピソードを披露した。
「だが……」
「ええ、最近は例の妖怪が襲われる事件があって、行っていませんね……」
「え、だったら、あんた達の見回りの巡回路に入ってるんじゃない?」
その後に続いた話を不審に思った霊夢が尋ねた。
「私もそう思ったのですが……、自警団の方々が、この辺りは自分達が警備するから無用だ、と……」
白蓮がそう答えた。
「只今戻りました」
「……」
丁度、文と椛が戻ってきた。
「あややや、一軒、物々しい家がありましたよ〜。ね、椛」
「……(コク)」
文は使用した、幻想郷ではまだ希少なデジタルカメラをディスプレイに接続して、
撮影した画像を皆に披露した。
画面には、若干古ぼけた家と、その前に立つ自警団員の画像が表示された。
他の画像は、同じ家を別角度から撮影した物や、その周辺に立っていたり歩いたりしている自警団員達だった。
「え〜と、ほら、自警団の人達の何人かが右腰に手を当てているでしょう?
そこにある変わった形の皮の物入れ、そこに拳銃が入っている……んでしたっけ?」
「ああ、そうだ」
文の確認に慧音が答える。
「で、椛が言うには、自警団の人って、普段は左腰に吊るした警棒を使うそうなんです。
拳銃に手を掛けるなんて、滅多にないことなんだそうです」
「……(コクコク)」
「そうだ。自警団では拳銃に関する厳しい取り決めがある。
基本的に、自衛のためにしか使用は認められない」
「じゃあ、こいつ等みたいに、いつでもぶっ放せるようにしているっていうのは、おかしいって訳ね」
霊夢は文達の言わんとしている事を理解した。
「……しかし、こいつ等……、どこかで見た覚えが……」
慧音が顎に指を当て、膨大な記憶の海を彷徨っていた。
「あら、この人、私に見回りを断った団員さんです」
白蓮が指差したのは、家の玄関前に立った自警団員だった。
「ん? こいつ……、誰だったか……、団員では見ない顔だが……、どこかで……」
慧音はさらに記憶の海に潜っていった。
程なくして、慧音は深海から記憶のサルベージに成功した。
「思い出した!! こいつ、以前に妖怪擁護活動家を殺害した罪でしょっ引かれた奴だ!!」
「え!? 自警団って、こんなマエ(前科)がある奴を雇ったりするの?」
霊夢が言わずもがなのことを尋ねた。
「そんな訳あるか!! 大体、こいつはまだ監獄にいるはずだぞ!!」
慧音が衝撃の事実を吐き出すように叫んだ。
「まあ、その辺は追々調べるとして……」
紫が衝撃の事実をあっけなく脇に追いやった。
「今、やるべきことは……」
「さとり様を助けることだ!!」
「うにゅ!!」
お燐とお空が、最優先事項を確認した。
「じゃあ……」
早苗は、
「さとりさん以外……」
早苗は……、
「全員、殺しても良いんですね」
初めての、人間に対する殺しに興奮していた。
「ったく……、程ほどにしなさいよ」
霊夢は、一応早苗に釘を刺しておいた。
「分かってますよ。ちゃんと原形は留めるように殺しますから」
早苗の返答に、霊夢はため息をつくのだった。
分かっちゃいねえ。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
「事態は急を要します。
おそらくこの寺は見張られているでしょうし、作戦を立てる時間もありません」
紫はその場の皆に対してそう告げた。
「したがって、皆で直ちに、敵アジトに強襲をかけます!!」
おお〜っ!!
講堂にどよめきが広がる。
「で、いつ出発するんですか?」
早苗が遠足を楽しみにしている小学生のようなワクワクを隠すことなく、紫に尋ねた。
それを見ている八坂神奈子と洩矢諏訪子の視線は、そんな子供を持った親のようだった。
親だったら、子供の殺し好きを何とかして欲しいものだが……。
「出発は――」
「聖!! 境内の民間人の退避、完了!!」
「寺の周辺をうろついていた不審者を強制排除しました!! ……と、雲山が申しております!!」
「宝塔を艦の動力に接続!! いつでもいけます!!」
紫の言葉を遮って、
寺中に散っていたナズーリン、雲居一輪、寅丸星が続々と講堂に戻ってきて、
物々しい報告を白蓮にした。
「そう……。村紗……いいえ、キャプテンッ!!」
「アイアイ、マム!!」
白蓮の声に、白蓮や紫と共に講堂の演壇に立っていた村紗水蜜は指を鳴らした。
ぱちんっ!!
すると、村紗の前に舵輪の付いた操縦装置がせり出してきた。
村紗がボタンをいくつか押し込むと、
講堂の襖の前に鋼鉄製のシャッターが降りてきて、そこに外の景色が投影された。
村紗はさらにボタンやレバーを操作する。
ゴゴゴゴゴ……。
講堂内が静かに振動し始めた。
がくんっ!!
講堂が一瞬、大きく揺れた。
村紗が白蓮を見た。
白蓮は頷いた。
「ようそろ〜!! 聖輦船、抜錨!!」
ふわり。
景色が、あっという間に、空に変わった。
あっけに取られる命蓮寺以外の面子。
紫は、先程言いそびれた言葉をようやく言うことができた。
「出発は、今、よ」
講堂――今は、聖輦船の艦橋――の床一面に、幻想郷の大地がグリッドに区切られて映し出されている。
「本艦の現場到着まであと、1分!!」
村紗は舵輪を小刻みに動かしながら、艦内マイクで報告した。
あっという間に、聖輦船はさとりが監禁されているであろう、自警団のセーフハウス上空に到達した。
床の画像が拡大される。
セーフハウスの周囲にいる自警団員――の格好をした男達が空を指差して何か叫んでいる。
この場に多々良小傘がいたならば、さぞや満腹になるであろう、連中の驚き具合であった。
「キャプテン!! 錨を下ろしなさい!!」
「アイアイ、マムッ!!」
聖輦船から錨が下ろされた。
どっか〜〜〜〜〜ん!!!!!
錨は見事にセーフハウスの玄関を、その周囲を警備していた男達もろとも粉砕した。
「総員!! 陸戦準備!!」
紫の掛け声で、慧音のような非戦闘員や聖輦船のクルー以外の連中は、
次々と艦橋から甲板に走り出し、そのまま聖輦船から飛び降りた。
ぱんっぱんっ。
地上から男達が拳銃を撃ってきているが、そんな豆鉄砲は陸戦部隊に当たらない。
当たったとしても、防御護符や強靭な肉体に弾かれた。
最初に大地を踏みしめたのは、一番最後に出撃した、聖白蓮だった。
ど〜〜〜〜〜んっ!!!!!
もうもうと立ち込める土煙に視界を一瞬奪われる男達。
視界が回復した男たちの前に、
白蓮が、
柔和な笑みを浮かべ、
両拳の指をポキポキ鳴らしていた。
「ひっ聖白蓮だ〜!!」
「妖怪共の手先め!!」
「こいつを殺れば、ボスがボーナス出すってよ!!」
男達が白蓮を取り囲み、拳銃を向けた。
「なんと矮小で外道鬼畜な方々でしょう。
でも、許しましょう。
さあ、私の説法を聞きなさい。
いざ、南無三っ!!」
白蓮の肉体を駆使した殺法、いや説法が始まった。
このありがたい説法を拝聴した代金は安いものだった。
屑共が自分達の命を喜捨するだけで良いのだから。
どか〜〜〜〜〜んっ!!!!!
セーフハウスの屋根に巨大な穴が開いた。
そこにお燐とこいしを脇に抱えたお空が突入していった。
さとり救出も時間の問題だろう。
銃弾や弾幕が飛び交う中、
一人の少女がスキップしながら、
壊れた玄関から屋内に入っていった。
少女は歩みを止めた。
奥に通じる廊下にバリケードが築かれ、
男達がその影から拳銃を少女に向けていた。
緑髪の少女は、かねてより考えていた口上を述べた。
「か弱い女の子をこんな小汚い場所に閉じ込めての暴力三昧!!
閻魔様が許しても、神奈子様や諏訪子様が許しても、
守矢神社、風祝、東風谷早苗が、
絶対に、許さない!!」
決めポーズなのか、前傾で足を踏ん張った格好をして、
ふてぶてしい笑みを浮かべた。
誰もさとりに、少なくとも肉体的な暴力は振るっていないし、
何よりも早苗の挙動は許すことはできなかった。
男達は早苗に銃撃を開始した。
早苗が男達を成敗する姿は、
現人神と言うより、
悪鬼そのものであった。
「あはぁ!! たぁのぉしぃですぅ〜!!」
銃弾を風の力で吹き飛ばし、ついでに男達をズタズタにして、
早苗は、軍神と祟り神の加護を受け、
ズンズンと前進を続けた。
「や……止めろっ!!」
早苗が放った蛇型の弾幕が、男を仕留めた。
「降参だ!!」
両手を挙げた男の腹に風穴が開いた。
「助け……」
失禁した男の頭を叩き潰した。
「悪魔だ……、緑髪の悪魔だ……」
失礼ね!!
早苗は男の股間を踏みにじった。
「ひ、ひっ、ひぃぃぃぃぃ!!」
四つんばいになって逃げ出した男のケツ目掛けて、奪った特殊警棒を突き入れた。
早苗は殺戮現場で、返り血に塗れた己の指をしゃぶっていた。
その表情は恍惚としたものだった。
「ちょっと!! 早苗!! 何やってんの!!」
霊夢が慌てて早苗の元に駆け寄った。
「あぁ……、霊夢さぁん……、おいしぃですよぅ……」
早苗は男達の血に塗れた手を霊夢に差し出した。
「ばかっ!!」
バシィ!!
霊夢はその手をひっぱたいた。
きょとんとする早苗。
「あんたがそこまで馬鹿だとは思わなかったわ!!」
「な……、霊夢さん!! 何言っているんですか!?」
「あんた……、何も分かってないのね……」
霊夢は盛大にため息をついた。
「こんな野良妖怪を輪姦してるような外道共、何の性病を持ってるか分かったもんじゃないわよ」
「うげっ!? ぺっぺっぺっ!!」
霊夢の言葉を聞き、しかめっ面で男共の死体に唾を吐く早苗であった。
そうこうしている内に、歓声が上がった。
さとりが無事、救出されたようだ。
椛が半壊状態のセーフハウス玄関前に、死体を並べていく。
文が、血の滲んだ布を顔に被せられた死体を写真に収めていく。
白蓮が、クソ野郎共のために、お経を唱えてやっている。
霊夢は、感情を感じさせない瞳で、その光景を見つめていた。
早苗は、血に塗れた顔を神奈子や諏訪子に拭ってもらっていた。
少し、くすぐったそうだ。
勇儀は、片手を上げた。
ペット達と妹に纏わりつかれたさとりは、
その手に、自分の手のひらを打ち付けた。
さとりは、
死体の中に、
世話を焼いてくれた、
親殺しの男を見つけた。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
人里の自警団詰め所。
三階建ての建物の最上階。
奥まったところにある、周りより豪華な扉。
『団長室』と書いてあった。
自警団の団長は、帰宅の準備をしていた。
私物をかばんに入れ、
机上の書類を片し、
仕事中にお茶を飲むのに使った湯飲みを給湯室の流しに置き――秘書が後で洗ってくれる――、
詰め所で立ち番をしている団員と挨拶を交わし、
帰路に着いた。
賑やかながらも自警団の活躍で治安が守られている繁華街を抜け、
大きな屋敷が立ち並ぶ、閑静な住宅街を抜け、
しばらくすると、
廃墟と化した、
自警団のセーフハウスが見えてきた。
しばらく、そのボロボロになった佇まいを見つめた団長は、
踵を返した。
「こんばんわ、団長さん。始めまして……では、ありませんよね」
団長の前に立った、三つ目の少女が、
薄ら笑いを浮かべ、
挨拶をした。
「な、何だ、地底の覚り妖怪か。何のようだ」
「ええ、用がありますので、こうしてご足労願いました」
そういえば、何故自分はこんな所に来たのだ。
無意識に足が向いたとしか説明できない。
「私の用事というのはですね……、ええ、その通りですよ。私が攫われ、ここに閉じ込められた件です」
さとりは廃墟を見上げた。
「貴方は……、そうですか、人間と妖怪の共存がお嫌いなのですか、そうですか。
ああ、貴方は口を開く必要はありませんよ。勝手に貴方の心を読ませていただきますから」
恐怖に引きつる、団長の顔。
「なるほど、収監されていた重罪人を極秘に釈放して手駒として、妖怪狩りを……、まあ、なんと恐ろしい」
さとりは相変わらずのにやけ顔であった。
「命蓮寺の聖様の見回り、確かに目障りですね。お楽しみができないのですから……。
それで、狩場を地底になさったのですか……。困りましたね」
さとりではなく、団長が苦悶に満ちた表情をしていた。
「そうですね、ようやく見つけた遊び場を取り上げられるのは堪りませんね。
私がしようとした事は、貴方にご迷惑をかけることになりますね。どうもすいません」
にやけ面で団長に頭をペコリと下げるさとり。
「私をずっと閉じ込めて何をしようとしたのかしら?
……あらあら、私をそんなに熱く見つめてくださったのですか?
恥ずかしいですわ」
さとりは腰をくねらせて、団長を挑発したが、団長は固まったままだった。
「なるほど……。ただ、閉じ込めておくだけというのも苦痛ですわね。
私を世話してくれた男に何も知らせないことで、私の能力が役に立たない事を思い知らせると……。
まあ、団長さんが幼少の頃、お母様にお仕置きとして押入れに閉じ込められたのが、
この拷問のヒントとなったのですか。
てっきり、以前のご職場がどこぞの収容所かと思いましたよ。ええ」
さとりの両目とサードアイが、俯き気味の団長の顔を覗き込んだ。
「で……、私の姿を録画して、命蓮寺を脅迫なさったと……。
あらあら、私のあられもない姿を印刷して、お仕事中に抜け出して、お便所でお楽しみでしたか。
こんなことなら、一糸纏わぬ姿で体操をすれば良かったですねぇ」
くっくっくっ。
さとりは下卑た笑いを洩らした。
「私がめでたく錯乱したのを見て、喜ばれたのですねぇ。
命蓮寺を初めとした幻想郷の皆様を恐怖させる素材が手に入ったのですから。
それで、私を処分する頃合だと判断なされたのですか。そうだろうと思いましたよ。
ああ、これは貴方の心を読んだのではありませんよ。
私が推理して、予測したことです。見事にドンピシャでしたよ」
さとりは得意げに、薄い胸を張った。
「かなり目減りしましたが、何人かは生け捕りにできたそうですよ。貴方の手下。
そうですか、もう遠くへお出かけの用意はできていましたか」
いつの間にかそこにいたさとりの妹、こいしは、団長のかばんをひっくり返して、中身を地面にぶちまけていた。
拳銃、札束、魔界行きの聖輦船のチケットが出てきた。
「ご自分が幻想郷から追い出そうとした聖様のお船でご旅行ですか。
本当に貴方様は度し難い――」
さとりは、拳銃を拾い上げた。
「――クソッタレですね」
かちり。
さとりは、拳銃の撃鉄を起こした。
「ま、待って――」
「ああ、皆までおっしゃらないでください。
貴方の心は読めますから」
さとりは、団長のこめかみに銃口を押し付けた。
「ひ――」
「だから、心は読めていますから、貴方の言いたいことは分かりますよ」
さとりの顔から、いつの間にか笑みが消えていた。
団長の顔は、さっきから、恐怖に引き攣っている。
「私の『心を読む程度の能力』は、私の意思とは関係無しに、周りの思考が私に流れ込んでくるんですよ。
困ったものです」
さとりは拳銃を構えたまま、ため息をついた。
「だ、だずげで……」
ちょろちょろちょろ……。
団長のスラックスの股間部分が湿ってきて、
裾から液体が滴り落ちている。
「だから、こうすれば――」
さとりは、引き金を引いた。
銃声。
硝煙の匂い。
糞便の匂い。
「――貴方の、欲まみれの汚い邪念を読まずに済みます」
こいしは、さとりから拳銃を取り上げ、
斃れた団長の右手にそれを握らせた。
地底へ帰っていく、古明地姉妹。
「今日の晩御飯は何にしようかしら?」
「お姉ちゃん!! 私、おでんが食べたい!!」
「おでんね。それじゃ、途中で練り物を買っていかないとね」
八雲紫が外界で経営するボーダー商事のおかげで、
幻想郷でも海の幸や、それらを使った加工品が安価に入手できるようになった。
地上と交流が再開した地底も、その恩恵にあずかれるようになって良かったと、
さとりはこいしと手を繋いで歩きながら、そう思っていた。
「ゆで卵もたっぷり入れましょうね」
「わ〜い!! お空も喜ぶよ」
さとりは、こいしと歩きながら、なおも食事の事を考えていた。
「それで明日の朝はね――」
「うん?」
「――洋食が食べたいわね。
トーストにコーヒー、
トーストにはジャムとバターをたっぷりつけて、
コーヒーにはたっぷりのミルクと角砂糖二個――」
最初は、さとりと誘拐犯の知能戦を書いていたつもりだったのですが、終盤はアクション物になってしまいました。
2011年4月11日(月):今回の話は、人によって好き嫌いが出てしまう物になってしまいました。
と言うわけで、自省しつつ、コメントの返答を追加いたします。
>1様
その辺の急激な変化は……、自覚しております。
>灰々様
人質救出作戦は神速を尊びますから、いかにさとりが自分のおかれた状況を把握して、
なおかつ、それを外部に伝えられるか、
さとりを救出せんとする者達が、さとりのメッセージに気付けるか、
ストーリーをひねり出すのに苦心しました。
>3様
あのオチを気に入っていただき光栄です。
結局、アレなシーンは入る間もなく、さとりは救出されてしまいました……。
このような物など比較にならない厳しいご意見を頂戴して、それでも面白い作品を作られる作家さんは大勢いますから、
私も耐えないと……。
>4様
不自然にならないように、多少支離滅裂な文章でも不審に思われないように、時間をかけてさとりは演技の練習をしたのです。
さとりの世話担当の男、投降してもあの状況では生存は難しいし、メッセージで救出部隊に伝える余裕もありませんでしたし、
結局は、ああいった末路になってしまいました。
文中のさとりの台詞にあった、妖怪に残酷な行為をできるものは、人間にも同様のことができる、といった内容のことを、
早苗にやらせてみました。
>5様
ざ〜とらしいまでに捕虜を人道的に扱っているプロパガンダ映像を、ちゃんと確認しなきゃいけませんね。
>6様
ぐさっ!!
……一層精進いたします。
>7様
特殊能力や技能は使うためにあるのですから。
断じて、履歴書の空欄を埋めるためではないのですから。
>8様
団長さん、その嗜好が命取り!!
肉体で物申すさとり……、よかった、そうなる前に片が付いて……。
>9様
さとりのその笑顔は、相当の下衆じゃないと見せてもらえませんよ。
>10様
……いっそのこと、神奈子様の御柱で銃弾を撃った相手に打ち返すようにすれば良かったかな……。
まあ、早苗は非常識……じゃなく、常識に囚われていませんから、良しとしましょう。
>幻想保査長殿
完全燃焼のほうが良かったですか?
聖輦船から目標に向けて爆撃や砲撃をするとか?
あくまで、人質の救出が第一でしたから。
さらに、黒幕が人里に影響力があるヤツですから、始末の仕方にも気をつけないと……。
>イル・プリンチベ様
密室劇とアクションの同居した作品、お気に召したようで……。
早苗に大義名分を与えれば、彼女は普段妖怪に対してやっている事を人間に対しても嬉々としてやるかな〜、と思いまして。
黒幕は、ヘタレであるほどブチ殺したときの快感がたまりませんので。
たまには、さとりメインの話も良いものでしょう?
>王子様
普段私が書くさとりは、裏方だったり下衆な外道だったりしますので、メインの良い役で活躍の場を与えてみました。
2011年4月25日(月):コメントの返答追加
>狂い様
さとりは、男の心をもっと深く読めるような、そんな関係になっても良いかな、程度には思っていました。
NutsIn先任曹長
作品情報
作品集:
25
投稿日時:
2011/04/03 12:06:29
更新日時:
2011/04/25 01:52:15
分類
さとり
監禁
地霊殿メンバー
命蓮寺メンバー
守矢一家
紫
霊夢
慧音
天狗達
勇儀
正直に言うと、「ハァ?」という感想が出てくるお話でした。
前半の知能戦は、なるほど!と驚かされました。
さとりが外の仲間に場所を伝える術や、幻想郷の少女たちが能力を駆使して監禁場所をさがす様子が秀逸でした。
とても面白かったです。
さとりんのネチョが無いのが残念。
あと、他の人の作品の感想がががががgggggggg
見張りの男の顛末がアクセントで効いてますね。
しかし早苗よ……
ストレッチしすぎて屈強な肉体になってしまったさとりんが目に浮かぶぜ
音速超えてる=衝撃波に耐えられる銃弾を吹き飛ばすとか凄い。
自分の周りの空気が薄くなって目ん玉飛び出そうだけど、ケロちゃんとこの従者としてはアリか。
早苗ちゃんはやっぱり残念な子ですし、自警団の団長がへたれすぎていい感じでした。
そしてこのさとりんはかっこいいです。
男の死体を見てさとりは何を思ったのか