冥界。
白玉楼。
妖怪の賢者、八雲紫と婚約した楽園の素敵な巫女、博麗霊夢は、
紫の千年来の友人であり白玉楼の主でもある冥界の姫、西行寺幽々子から花嫁修業の名目で呼び出された。
名家の礼儀作法を仕込まれているうちに遅い時間となり、今夜は泊まっていくことになったので、
疲れを癒すべく、白玉楼自慢の檜作りの大浴場で凝り固まった身体を癒している時だった。
共に湯に使っていた二人の内の一人――幽々子の指示で、
もう一人――半人半霊の庭師兼剣術指南役兼幽々子の護衛である、魂魄妖夢は、
霊夢の背中を流すと言ってきた。
霊夢はお言葉に甘えて、湯船からあがると妖夢に背中を預けた。
妖夢はスポンジに石鹸を擦り付け、泡立てると、
それを使うことは無く、
手刀を霊夢の首筋に振り下ろした。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
霊夢は全裸であった。
当たり前だ。風呂に入っていたのだから。
だが、気絶から目覚めた霊夢がいたのは、大浴場ではなく、
石造りの地下牢であった。
「お目覚めかしら? 霊夢」
全裸の幽々子が優雅に霊夢に尋ねた。
側には、やはり全裸の妖夢が控えていた。
「ええ、見ての通りよ。で、一体全体、これはどういうことかしら?」
この異常事態の中、霊夢は気丈に幽々子に状況説明を求めた。
「貴方に花嫁として、最も重要な事柄に関する試練を受けてもらおうと思いましてね」
「?」
「己が胎に子を孕むことよ」
「はぁ!?」
がしっ!!
霊夢は、いつの間には背後に回りこんでいた妖夢に羽交い絞めにされてしまった。
「貴方のお腹に詰め物をして、子を宿した時の苦しみを、すこぉし、味わってもらおうと思ってね」
「ばっ!! あんた、何言ってんのよっ!! 頭おかしいんじゃない!?」
「ええ、死者が命を生み出すことを教えるなんて、うふふ、滑稽ね」
「違、違うわよ!! そういうんじゃなくて……」
足をばたつかせて抵抗する霊夢であったが、
「え……!?」
急に気だるくなり、身体を動かすのが億劫になってしまった。
先程まで、羽交い絞めにするのが精一杯だった妖夢であったが、
抵抗がなくなったおかげで、易々と霊夢を冷たい石畳に押さえつけることができた。
「あ……!?」
いつの間にか、地下牢いっぱいに、仄かに光る無数の蝶が舞っていた。
「精気を吸い取られた気分はどう? 身体がだるくなり、何もする気が起きないでしょう?」
「あ……、あぁ……」
霊夢は驚愕に目を見開いたが、それ以上の事はできなかった。する気にならなかった。
「さらに精気を吸い取れば、生きる気も、心の臓を動かす力も無くなるけれど……」
「ひ……」
「ただでさえ少ない貴方の精進する気力まで無くなっちゃうから、この辺で止めてあげるわね」
ぷっ!!
霊夢の両肩を掴み、押さえつけている妖夢が吹き出した。
「もうっ!! 妖夢、失礼しちゃうわね」
「す、すいません。幽々子様のお戯れがツボに入ってしまって……」
「だってぇ、霊夢があまり今回の修行に乗り気じゃないのは本当じゃない」
「確かに。このダレ巫女を鍛えるのは少々骨が折れますね」
「妖夢、霊夢に仕込むのは貴方なんだから、そんな事じゃ困るわよ」
「お任せください、幽々子様。この妖夢、半身半霊をかけて、必ずや成し遂げて見せます」
「もっとも、成し遂げるのは主に半霊ですけれどね」
「ぷっ、その通りですね」
主従の和やかな掛け合い。
幽々子と妖夢の固い絆の賜物である。
霊夢が知っている、いつもの白玉楼の二人のやり取りであった。
だが、現在、霊夢が受けている仕打ちは、
とてもあの二人がやる所業とは思えなかった。
「……で、この試練とやらは誰の差し金かしら? 紫?」
『紫』の名を聞いた途端、幽々子は憤怒の形相で霊夢の頬を打った。
ばしぃっ!!
「つぅっ!!」
霊夢は刹那の痛みに僅かに呻き、幽々子を睨みつけた。
この程度の動作だけで、多大な疲労を伴ったが。
「お前が……、お前がっ、紫を誑かしたからっ!! お前が、紫と契ったりしたからぁっ!!
お前が、お前が、お前が悪いのよぉっ!!
私の、私の、私の紫をっ!! 奪ったりしたからぁぁぁぁぁっ!!」
幽々子はヒステリックに叫び、霊夢を罵った。
妖夢は無表情で霊夢を相変わらず押さえつけている。
霊夢は背筋が冷える思いをしているが、それは石畳によるものだけではないようだ。
確かに、霊夢と紫は恋仲である。
霊夢はいつに無く真面目な表情の紫からプロポーズを受け、
これが冗談ではない事をくどい位に確認して、
嬉し涙と共に受諾した。
妖怪の賢者と博麗の巫女。
幻想郷のトップ二名の婚約発表が博麗神社で行なわれた。
当然、宴会付きである。
各勢力が続々と博麗神社に集まり、祝いの言葉を述べた。
目出度い席で渦巻く、静かなる権力闘争。
浮かれている霊夢と紫に上手いこと取り入ることができれば、自分の陣営が有利になると踏んで、
二人に酌をしようと、様々な者達が列を成した。
全員、霊夢と紫の共通の友人である伊吹萃香によって、大杯に並々と注がれた酒を一気飲みさせられて潰されたが。
紫とは千年以上の友達付き合いをしている西行寺幽々子が祝いの席にやってきた。至極当然のことである。
幽々子は誰よりも紫と霊夢の婚約を祝ってくれた。
その時点では、幽々子にも妖夢にも不審な点は無かった。
紫と霊夢の婚約を心から祝してくれている様子だった。
その後、幽々子は健啖振りを存分に発揮して、様々な料理を美味しく頂いていた。
妖夢も彼女にしては珍しく少し浮かれた様子で、幽々子には足元にも及ばないが存分に飲食をして、そして潰れた。
幽々子は従者の醜態を見て、扇子で口元を隠してくすくすと笑っていた。
その時の幽々子の表情は、文字通り、この世の物とは思えぬ優雅さを備えた美しいものだった。
なのに、今、霊夢に罵声を浴びせている幽々子の貌は、
この世の物とは思えぬ醜悪さをむき出しにしていた。
「本当に、憎たらしい小娘。ほんの刹那しか生きていないくせに、私の紫を奪うとは、本当に……」
後のほうはブツブツと独り言になってしまった。
紫と霊夢の婚約を祝ってくれた冥界の姫君の優雅さも、慈悲深さも、欠片ほども感じられなかった。
幽々子は念仏のような独り言を終えると、邪な気色に満ちた笑顔を霊夢に向け、宣言した。
「じゃあ霊夢、西行寺家に伝わる、最後の修行を始めましょう」
「……その最後の修行とやら、どうせ貴方が今から西行寺家に伝えようってんでしょ?」
「うふふ、そうよ。貴方が栄えある第一号。そして今後、紫に手を出す淫売共が味わうことになる苦行よ」
「私も始めてやるので緊張します。霊夢、不手際があったらご容赦を」
霊夢は、
幽々子も、妖夢も、
正気を失っていることを確信した。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
幽々子は手元に桶を引き寄せた。
大浴場に無数にあった、洗い桶のようだ。
幽々子は、その中の水を両手を糸巻きのように回転させ、かき混ぜ始めた。
ヌチャヌチャと音がするから、桶の中は水ではなく何か粘性のある液体なのだろう。
これは、外界からもたらされた珍品の一つ、ローションである。
しばらく桶の中をこねくり回し、両手から糸を引いて滴り落ちる液体の塩梅を確認した幽々子は、満足そうな表情を浮かべた。
「妖夢、準備ができたわよ」
「はい、幽々子様」
妖夢は霊夢から手を離すと、幽々子の元に向かった。
霊夢は最早、身体を動かすことができなくなっていた。
上体を起こして、幽々子と妖夢のほうを向くことすら重労働となっていた。
妖夢に桶を渡すと、幽々子は霊夢の側にやってきた。
「な、何をする気……」
ガシィッ!!
幽々子は霊夢の両腕を後ろ手に、乱暴に掴んだ。
「がっ!! つうぅ……」
「何をって……、最初に言ったじゃないの。貴方に妊娠を体験させるって」
「え……!?」
妖夢は霊夢の両足を広げると、股の前に座った。
ねちょり。
「ひっ!? 冷た……」
霊夢は、股間にひやりとした物を擦り付けられた感触に声を上げた。
くちゅくちゅ……。
妖夢は、手桶のローションを、霊夢の性器に丹念に塗りつけていった。
「く……、はぁ……」
「あらあら霊夢、妖夢の奉仕で昂ぶっているのかしら?」
「……っ!!」
根こそぎ奪われ、ほんの僅かばかり残った気力を総動員して、霊夢は赤らんだ顔で幽々子を睨みつけた。
幽々子はそんな霊夢を愉快そうに見ていた。
「幽々子様、霊夢のほうの準備は整いました」
「じゃあ、『ややこ』の準備をなさい」
「はっ」
妖夢は、桶に半分ほど残ったローションを、自分の半身である幽霊に擦り付け始めた。
べちゃべちゃ……。
「う、くはぁ……」
妖夢はうめき声を漏らし、感覚を共有する半霊に満遍なく粘液を擦りこまれる感触に耐えながら、作業を行った。
「……終わりました」
「じゃあ、始めましょうか」
「な……、まさか……」
まさか。
そんなの、正気の沙汰じゃない。
そうだった。
忘れていた。
幽々子も、妖夢も、
まともじゃなかったのだ。
「綺麗ね、霊夢のアソコ」
「……どうも」
身を乗り出して霊夢の股間を覗き込む幽々子に、霊夢はおざなりな返答を返した。
「すぐ、無残な事になるけれどね、うふ」
「!?」
妖夢の半霊が、霊夢の陰裂に半透明の身体を押し当てた。
「ほ、ほんと……、本当にやる気……なの? う、嘘よね……」
「ええ、もちろん」
霊夢の怯えた表情に、幽々子は嗜虐心を満たされるのを感じていた。
妖夢は少し興奮した様子で霊夢の両足を押さえ、閉じられなくしていた。
「やるに決まってるじゃないの」
ぐちゅう!!
「あうっ!!」
半霊が霊夢の中に潜り込もうとしている。
だが、巨大な人魂型の物体である。
当然――、
「む、無理!! 無理!! 無理ぃ!!」
――である。
「無理だからぁ!! 止めて!! 幽々子!! 妖夢!! 止めてえぇぇぇぇぇっ!!」
「霊夢、ちゃんと入りやすい形にしますから気にしないでください」
「そんなこと言ってんじゃないのっ!! 止めてっ!! や……」
ぐじゅぐじゅずぶずぶくぷじゅぶじゅぷぐぶぶぶぶぶぶぶぶぶぶぅ!!
「ぃぎ!! がぁ!! あ……、ぎゃあ゛ぁああああああぁぁぁあ゛ああっ!!!!!」
霊夢は腹が急激に膨れていく苦しみに、悲鳴を上げた。
半霊は身体を細長く――それでも人間の男根よりも太いが――して、霊夢の秘所をこじ開け、内部を蹂躙していく。
幽々子は、地獄で極悪人をいたぶる獄卒の面だってお上品に見えるような形相で、霊夢を嘲笑っている。
妖夢は、霊夢が僅かばかり残った気力を振り絞り行なう抵抗を易々と封じている。
だが、半霊はまだ半分もその身体を霊夢に埋めていなかった。
「まだ入る余地があるようですね」
「あ゛っ、ひっ、なぃ、無い無いっ!! もう駄目ッ!! お腹ポンポンなのおっ!! ぐるじいっ!! 許じでえぇぇぇぇぇっ!!」
「誰が許すものですか。せいぜい泣き喚いて私を楽しませなさい。そうすれば、早く楽にしてあげる気になるかもね」
半霊は霊夢の中、さらに奥に通じる、細い狭い道を見つけた。
半霊はさらに形を細く変えると、その通路を突き進んだ。
「ひぐぅ!! ぐ、あっ、あ゛がががあ゛あ゛あああぁああぁぁぁあ゛あぁぁぁぁぁぁ!!!!!」
霊夢が恐怖と苦痛に歪む顔を見て、幽々子は狂喜した。
「ほらほらぁ、何だかんだ言っても入るじゃないのぉ!!
紫以外にも大勢と寝たからガバガバじゃないのぉ!!
この売女!!」
半霊は、本来は霊夢と良人の愛の結晶が宿るべき子宮を、その巨体を変形させて侵略、占領していった。
霊夢は女の大事な器官を穢された苦しみに、屈辱に、絶叫、絶叫、絶叫。
「ぎゃ、がっ!! やべ、やべでぇ!! やががあっ!! やべでえええぇぇぇえぎゃあ゛あああああああああっ!!!!!」
「すごぉい。ドンドン入っていくわね」
「私もビックリです。霊夢のお腹、思ったより柔軟性があるようですね。……妊娠線もできていないようですし」
妊娠線とは、妊婦の腹部が膨れたことにより皮膚が伸び、表皮と異なり柔軟性が無い真皮や皮下組織に生じる亀裂のことである。
妖夢の言葉を聞いた幽々子は、試しに霊夢の腹を殴ってみた。
ドスゥ!!
「がっ!? があ゛あぁあああああああああっ!!!!!」
「あら、ほんと。ゴム鞠みたい」
「幽々子様!! いきなり殴らないでください」
「あ……、ごめんなさい。妖夢の半霊が入っていたこと、ケロッと忘れていたわ」
幽々子は、半霊と感覚を共有している妖夢に謝罪した。
当然、霊夢に謝る気など最初から無い。
……ぐぷぷぷぷ、じゅるん!!
「……幽々子様、全て入りました」
ぱちぱちぱち。
「ご苦労様。お見事」
幽々子は拍手して、忠臣が完遂した仕事を褒めた。
「……ぁ、……」
石畳の上で動かなくなり、瞳から光の消えた霊夢は、顔からは涙と鼻水と涎を、
股間からはローションと身体を保護するために生理現象で分泌した愛液と小水を、
滴り落としていた。
「……霊夢、死んじゃうかしら?」
幽々子の問いに、
妖夢は、霊夢の胎でまどろんでいる半霊をちょっぴり暴れさせた。
どすっどすっ!!
「!!!!! がぎゃがあ゛あああああぁあ゛ぁぁぁああぁぁあああっ!!!!!」
「まだ元気そうですね。これなら明日まで持ちますよ」
「良かった。安心したらお腹減っちゃったわ」
「では、夕餉にしましょう」
「じゃあね、霊夢。また明日」
幽々子達は、散々に悲鳴を上げた後に気絶した霊夢に挨拶をすると、服を着て、地下牢を出て行った。
霊夢は気絶しているおかげで、
醜く膨れ上がった腹を見て嘆き悲しむ事無く、
地獄の一日を終えることができた。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
霊夢が地下牢で気を失い、
幽々子と妖夢は明日のお楽しみのために、早々に床に就いていた頃。
地底世界。
旧都。
繁華街の盛り上がりは最高潮に達しようとしていた。
一軒の大きな店構えの酒処。
様々な種類の酒と料理をリーズナブルな価格で提供する人気店。
その奥座敷。
今、そこは旧都を仕切る鬼の星熊勇儀によって貸切になっていた。
座敷には勇儀と、橋姫の水橋パルスィ、
それに、卓いっぱいの酒と肴だけである。
どぼどぼ。
パルスィは勇儀の大きな杯に酒を下品に注いだ。
かなり乱暴な酌であるが、それでもこの杯から酒を溢れさせることは叶わなかった。
ぐびっぐびっ……、ぷふぁあぁぁ〜。
その杯を景気良く干す勇儀。
「いやぁ、やっぱ、パルスィの注いでくれた酒は美味いな〜!!」
「……それを他の誰かにも言ってるんでしょ。妬ましい……」
「ははっ、美女に妬まれるとは、持てる女は辛いってか?」
かっかっか。
豪快に笑い、飲み、食べる勇儀。
パルパルパル。
そんな勇儀を横目で見ながらちびちびと妬み、飲み、食べるパルスィ。
二人の逢瀬はいつもこうだ。
傍から見ても分からないが、これでも結構良い雰囲気である。
大きな卓の酒食は片付きつつある。
全て平らげた後は店を出て、
近所の温泉旅館でひとっ風呂浴びた後、予約しておいたスイート・ルームでしっぽりお楽しみ。
いつも通りの予定ではそうだった。
だが、今日は急遽キャンセルせざるを得なくなった。
ばんっ!!
「を?」
「パル?」
座敷の襖が開け放たれ、珍客登場。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
どむっ!! どむっ!!
「!?!?!? が、あぁあああぁあああああっ!!!!!」
霊夢は、腹の虫ならぬ、胎の半霊の過激なモーニング・コールで、文字通り、叩き起こされた。
「おはよう、霊夢。良く眠れたかしら?」
「……ぅぅ、ええ、おかげさまで。死んだように眠れたわ」
「減らず口が叩けるほど体力が回復したのなら歩けるな」
妖夢は牢を開け放った。
「出ろ」
「あ、あら、どこに連れてってくれんのかしら?」
大きな腹を苦しそうに擦りながら牢を出た霊夢に、
扇子で口元を隠し目を細めた幽々子は言った。
「お花見に行きましょう」
ふわふわとたゆたいながら進む幽々子。
人工的な孕みの苦しみと疲労が完全に回復しない状態で歩かされる、全裸ボテ腹の霊夢。
前方を行く二人を注視しながら粛々と歩を進める、二刀を携えた妖夢。
無数の桜の木は、花が咲き乱れていた。
その中でも一番の巨木、西行妖。
相変わらず、花を一輪も付けていない。
桜吹雪の中を進む三人。
やがて、最近整備されたらしい一角に辿り着いた。
一本の桜の木があった。
この桜も、花は満開であった。
他の桜と違う点は唯一箇所。
花の色が、緑であった。
「……あら、珍しい桜ね」
霊夢が率直な感想を述べた。
「ええ、貴方と紫の婚約発表の後に手に入れたのですけれど、なかなかの珍品でしょう」
幽々子は桜の木の側に歩いていき、霊夢と霊夢を見張る妖夢の方を向いた。
「一目見て気に入ったのよ。まるで蝶が甘い蜜に誘われるように……」
幽々子はうっとりとしていた。
霊夢はちらと、横を見た。
妖夢も同様の表情をしていた。
「この子が私に囁くのよ……。私の親友を奪った小娘の血肉を食らいたいと……」
恍惚の表情を浮かべ、幽々子は木の幹にそっと手を触れた。
「博麗の巫女なんて、この子の贄に相応しいと思わない?」
「……で、私にどうしろと? このヘンテコな桜の前でハラキリでもしろってえの?」
「貴様に武士の名誉ある死など与える訳なかろう」
妖夢は憎憎しげに霊夢を睨みつけた。
「霊夢、貴方には――」
幽々子は扇子で枝の一つを指し示した。
「――ぶら下がりながら、出産を経験してもらうわ」
枝には、縄がぶら下がっていた。
縄の端には輪が拵えてあった。
丁度、人の頭を通すのに丁度良い輪であった。
「吊るされ、糞尿と共に、胎のややこをひり出しなさいな」
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
ぎゅっ。
妖夢によって後ろ手に縛られる霊夢。
「憎い憎い恋敵、博麗霊夢。最後に言い残すことは無いかしら?」
踏み台の上の、輪に首を通した霊夢に遺言を尋ねる幽々子。
「そうね……、私からは、無いわ」
霊夢は、眼前を見つめながらそう言った。
「? どういうことかしら?」
ふっ。
霊夢は笑い、幽々子の疑問に答えた。
「紫があんたに言うんじゃない? 私の良人になる、愛しい紫が」
カッ!!
幽々子の顔が憤怒で赤く染まった。
「お前が紫と結ばれることは永遠に無い!!
魂だって私が食らってやるから、来世も無い!!
妖夢!! やりなさい!!」
幽々子は、踏み台の横に控えた妖夢に、霊夢の処刑執行を命じた。
妖夢は踏み台を蹴り倒した。
がしゃんっ!!
踏み台は倒れ、
その上に立っていた霊夢は、
倒れる寸前に跳躍。
頭を絞首のための輪の奥に突っ込み、
さらに、
両肩を、
胸を、
異物で膨らんだ腹を、
尻を、
足を、
物理的に不可能なのに、輪に通した。
なのに、
輪の反対側に、
霊夢の姿は無かった。
「!?!?!?」
「ど、どこ行った!? 妖夢!! 探しなさい!! 探し出して殺せぇぇぇぇぇ!!!!!」
うろたえる妖夢と、ヒステリックに叫ぶ幽々子。
「はぁい、幽々子。ご機嫌いかが?」
はっとして、背後を振り返る幽々子と妖夢。
八雲紫が、そこにいた。
胎から異物を除かれ、気絶した霊夢を右手で抱きかかえ、
ビチビチと暴れる半霊を左手で摘み、
にこやかに、
腹の底が読めない、妖艶な笑みを浮かべて、
そこにいた。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
「ゆ、紫……!?」
「幽々子、何か私に言うことはあるかしら?」
早い。
早すぎる。
数日後、霊夢が行方不明になったことが発覚。
方々探し回っても見つからなくて、傷心の紫を幽々子が数年、数十年、数百年の時をかけて慰める。
そういう計画であった。
感づくのが早すぎる。
幽々子達は知らないことであるが、
霊夢と紫は、通信機能付きの陰陽玉で、毎日、取り留めの無いおしゃべりを楽しむことを日課にしているのである。
ついでに言えば、
その陰陽玉は、紫側から遠隔操作が可能で、
定時に応答しない霊夢を心配して、半ば出歯亀な目的で周囲を探索、今回の異常事態を察知したのである。
「こいつをぶちのめせば良いのかい?」
「全く……、人のささやかな楽しみを中断させるご身分とは……、妬ましいわね」
「へぇ。いつも仏頂面だからつまらないかと思っていたよ」
「っ!! うるさいっ!!」
絞首用ロープを枝からぶら下げた緑色の桜。
その木の下にいつの間にか立っている、
一角の鬼と、
緑眼の橋姫。
「紫……、愛しているわ……」
「幽々子……、友達として、好きよ……」
「……嫌」
「幽々子……」
「嫌、嫌、嫌あああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!!」
幽々子は、狂ったように絶叫した。
「駄目よ、駄目駄目駄目えええええぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!!!!!」
「ゆゆ……」
「紫は私の物よ!! 誰にも渡さない!! その身も、魂も、全てっ!!」
幽々子は、ギラついた目で、周囲をねめつけた。
「私のものにならないのなら……」
その場に溢れかえる、光の蝶。
二刀を抜き放つ、幽々子の忠実な僕、妖夢。
「死んでしまええええぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!!!!!」
生きとし生けるもの全ての魂を喰らわんとする蝶の大群。
幽々子の敵を滅殺せんと疾駆する妖夢。
「じゃ、お願いするわね」
「応っ!!」
霊夢と半霊を手にしたまま、動じる事無く、勇儀達に呼びかける紫。
闘気を漲らせ、それに答える勇儀。
勇儀は走った。
己の標的へ。
「おりゃああああああああああっ!!!!!」
勇儀は、敵に体当たりをした。
どごおおおおおおおおおおっ!!!!!
その一撃で、
緑花の桜は、移植されて間もない二百由旬の庭から、根こそぎ倒された。
オオオオオォォォォォォォォォォッッッッッ!!!!!
「あぁぁっ!!」
「うぅっ!!」
無数の命を喰らう蝶は消え失せ、
武士の命とも言うべき二振りの刀を大地に落とし、
幽々子と妖夢は昏倒した。
オァアアアアアァァァァァァァァァァッ!!!!!
倒された桜の木から立ち上る、どす黒い怨念。
黒い暗い邪な、
緑の目をギラつかせた、
嫉妬の権化。
「若い弱い軽い温い屑の分際で、私を安住の地である地底の橋から出張らせるなんて……」
緑眼の怨念がひるんだ。
「妬ましいわね」
怨念以上に爛々と輝く緑の双眸。
妬みの橋姫、水橋パルスィは、
巨大な弾幕を、怨念に浴びせかけた。
オォオオオォォォォオォォォッ!!
弾幕に身体を削られながら、怨念は突進し、パルスィの喉笛に喰らいついた。
その瞬間、
パルスィは、消えた。
「意地悪爺さん、正解はこっち」
怨念の背後に現れた、もう一人のパルスィは、無数の小さな弾幕を怨念に浴びせかけた。
ギャアアアアアァァァァァァァァァァッ!!!!!
弾幕の直撃を何発も受け、見る見る弱体化していく怨念。
「忠犬は、死して財を生む臼となった」
パルスィは緑眼で怨念を睨みつけた。
「臼は灰となりて桜花を咲かせた」
パルスィの両手が光った。
「屑は巫女を喰らわんとする桜花を咲かせたが……」
怨霊は竦みあがった。
「そんな安い嫉妬で咲かせた緑花なぞ……」
ォォォ……。
怨霊の叫びは、か細い物となっていた。
「恩を知り、愛を知り、相手を敬う精神を知った上での妬みの徒花に比べれば……」
パルスィは花を咲かせた。
「麗らかな春の嵐に吹き飛ぶ塵芥に等しい!!」
無数の桜花。
怨念の周りを取り囲む桜花。
「真の愛の中で咲く嫉妬の花吹雪の中で、疾く散るが良い!!」
回避不能の花吹雪の弾幕!!
ギャアアアアァァァァァァァァァァ・・・・・・・・・・・・・・・・・・。
生まれて百年にも満たない嫉妬の怨念は、
酸いも甘いも噛み分けた、嫉妬の権化である橋姫によって、
美しく、儚く、散っていった。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
西行寺幽々子ほどの実力者でも、心に間隙が生じることはある。
長い付き合いの、肌を合わせたことも恋愛感情も抱いたこともあった、
親友が身を固める決意をした時など、そうだ。
私、結婚するわ。
白玉楼の座敷。
主従を交えた親睦会の宴席でのこと。
幽々子は驚いたが、それ以上に親友の決意を祝う気持ちのほうが大きかった。
妬む気持ちなど、驚きの感情ほども無かった。
その時は。
博麗神社での婚約発表宴会からの帰途。
幽々子は妖夢と共に、ほろ酔い気分で、久々の下界を散策した。
ふよふよとそぞろ歩いているうちに、白玉楼にも出入りしている植木職人の家に辿り着いた。
そこで見つけたのだ。
緑花の桜を。
幽々子は一目それを見て気に入り、遅い時間にもかかわらず無理を言って、大枚をはたいてそれを購入した。
白玉楼の庭に植えられた桜を見る幽々子の瞳は、
花の色を映し、緑に輝いていた。
地底の橋姫のような澄んだ嫉妬心であれば、憑いた相手の嫉妬心をひとしきり燃やした後は、妬みを敬意や向上心に昇華するが、
若輩者の妖に燻る不完全燃焼の埋もれ火のような嫉妬心の場合、憑いた相手の身も心も燃料としてブクブクと肥え太っていく。
そんな性質の悪い妖に憑依された者は、嫉妬に狂い、憎悪の権化となる。
幽々子のような実力者でも、いや、だからこそ、自我があるかどうかも怪しい嫉妬の怨念を察知することができなかった。
当然、妖夢にだって分からなかった。
するりと、幽々子の心に入り込み巣食った怨念は、幽々子のほんの微かな負の感情を舐めた。
幽々子が妬む相手の情報を得た。
これは良い。
博麗の巫女。
こいつの血肉を喰らえば受肉して、一発で大物妖怪の仲間入りも夢ではなくなる。
怨念の本体は歓喜に震え、桜の花を一層緑色に輝かせた。
幽々子の嫉妬心を焚きつけ、操り人形と化した妖夢を使って霊夢を捕らえさせた。
良いぞ。良いぞ。
無理やり腹を膨らまされた霊夢の苦痛の感情が、
幽々子の嗜虐心を満足させる悦の感情が、
怨念の本体に流れ込んでくる。
短期間で、怨念は力を得ていった。
後は霊夢の肉体を貪れば、膨大な霊力を吸収した最強最悪の妖怪として、幻想郷にその名を轟かす事になるだろう。
怨念の端末と化した幽々子と、本体が宿る桜からは、嫉妬心の塊とも言うべき緑色の波動が溢れてきた。
おかげで、各種観測機器を内蔵した霊夢の陰陽玉で、紫は異常事態の原因を知ることができた。
恋人と友人を救うため、紫は直ちに専門家の元に赴いた。
地底の酒処。
奥座敷。
そこに、嫉妬の専門家と怪力を誇る美丈夫(女だが)のカップルがいる。
無粋は承知。
紫は、座敷の襖を開け放った。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
霊夢の心と体の傷が癒えてしばらく経ったある日。
地底。
旧都で流行の酒処。
以前、紫が直々に訪れ、パルスィと勇儀に協力を要請した店である。
今日は座敷どころか、店全体が貸切となった。
勘定は白玉楼が持つそうである。
「パルパルパルパルパル……」
パルスィは妬んでいた。
勇儀との逢瀬のやり直しと聞いて、仏頂面の下で歓喜していたのだが……。
原因は、勇儀の説明不足である。
あの後、正気に返った幽々子と妖夢は、霊夢に非道な振る舞いをしたことを詫びた。
妖夢など、その場で切腹しかねない様子であったが、
霊夢は妖夢の顔面に拳を叩き込み、歯の一本をへし折ることで彼女を赦した。
霊夢と紫の提案で、幽々子達は幻想郷流の禊を行なうことになった。
かくして、勇儀お勧めの酒処で、霊夢と紫へのお詫び兼祝福の宴が執り行われることとなった。
勇儀は、地底の橋の擬宝珠にもたれかかっていたパルスィに声を掛けた。
この前の店でまた飲もう。
勇儀の事を考えていたパルスィが、それをデートのお誘いと勘違いするのは無理の無いことである。
禊なら、宇治の川で勝手にやれってぇの。
パルスィは、グラスの中の緑色の甘ったるい液体を、一息に飲み干した。
メロンソーダとは名ばかりの、人工的な甘味にかえって喉の渇きを覚えながら辺りを見渡した。
霊夢と紫は、上座で料理の食べさせ合いっこをしていた。
はい、あ〜ん。
もぐもぐ。
うん、おいち〜。
このペースで食べ続けると、
霊夢と紫は、あの時の霊夢以上に腹が膨れ上がるのではないか。
だが、どうやら食べた分のカロリーは、周囲に放出しているラブラブオーラに変換されているようだ。
二人の熱々振りが妬ましい。
幽々子は、親友とその若き恋人を見ながら、底なしの食欲を見せていた。
幽々子の優しげな視線には、最早、嫉妬の炎は無かった。
幽々子は、地底どころか、地上でも、外界でもそうそう手に入らない珍味をかっ食らっていた。
旧都中にその名を知られている鉄人料理人である、この店の料理長が幽々子専属で料理を賄っている。
彼ほどの腕前と立場が無いと、亡霊姫の舌と腹を満足させることはできない。
その旺盛な食欲振りが妬ましい。
妖夢は座敷の真ん中に座ると、抜き身の短刀――白楼剣とやら――を持ち、その白刃を自らの腹に当てた。
切腹しようとしているようだ。
確か、霊夢自らの制裁でけじめは付けたと聞いたが。
酔った勢いで、受け足りない罰を自らに与えようというのだろう。
周囲の誰も、妖夢を止めようとしない。
私も止める気は無い。
刀を持つ手が震えている。
とっととバッサリとやって、その迷いを断ち切ってしまえば良いのに。
軽挙妄動を行なう、若さが妬ましい。
勇儀は、
?
勇儀は――?
「ほいっ」
ぴとっ!!
「ひゃっ!?」
私の頬に、氷水のグラスが押し付けられた。
「喉、渇いたんじゃないか? さっきから味付けの濃いもんしか口にしていないようだから」
「余計なお世話よ」
私は勇儀からグラスを受け取り、水を一口啜った。
喉の渇きが癒えていくのが分かる。
ついさっきまで、酒の酌をしたりされたりしていた筈なのに。
いつの間にか、中座して水を持ってきてくれた。
私のために。
全く。
変に気が利くところが、妬ましい。
地底でも地上でも人気者の勇儀に気を遣われる、
私は、誰かに妬まれているのか?
酒の神に愛される幻想郷。
酒には、愛の炎を燃え上がらせ、嫉妬の炎を消し去る程度の能力がある。
結婚式では、幻想郷中に振る舞い酒をしよう。
幻想郷では、これで万事解決する。
幻想郷の各酒蔵の貯蔵量はどうか?
幻想郷の各勢力が放出可能な酒の量はどのくらいか?
外界で経営する企業傘下の、『天然物』を使用する酒造メーカーの経営状況は?
幻想郷に少数ながら存在する、下戸に配る酒の代わりの嗜好品は何が良いか?
この宴が終わったら早速配下の者に指示をして、各方面に対する働きかけを行なわなくては。
「紫、何考えてるの?」
いつの間にか真剣な顔をしていた紫を心配して、霊夢が声を掛けた。
紫は、正直に答えた。
「お酒のことよ」
「そう。なら今度は皆に祝ってもらえるわね」
霊夢は、紫の真意を理解した。
霊夢と紫は、杯を手に取った。
紫は、遂に泣きが入った妖夢をおちょくる幽々子を見ながら、
「妬みから開放された友に」
霊夢は、勇儀に抱き寄せられ、水を飲んでいるのに顔を真っ赤にしたパルスィを見ながら、
「周りから妬まれるほど幸せな橋姫に」
「「乾杯っ!!」」
ゆゆゆかはパルってるのが一番だよ!
でもそんな下品な幽々子は嫌い!
みょんが嫌がりそう。
この霊夢は原作の「誰も味方と思っておらず無関心」って設定を
すごく忠実に守ってると思った。元から信じてないし気にもとめてないから
こんなことされてもわりとあっさり許す、みたいな。ある種の悲しさがある。
ぞくっとした