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『ナンセンス的冒険SS書いてみたよ』 作者: ただの屍
時は200X年。とある星に、人々が宇宙旅行を気軽に楽しめる夢のような時代が到来していた。
だが、現実においては夢ばかりが実現する事は無い。資源・食糧不足、人口増加など様々な問題までもが実現していた。
問題の解決のため、政府は近辺の星々の調査に乗り出し、それらが問題の解決にならなければ、さらに遠方へと乗り出す。
星の調査は普通ならば、隅々まで行われる。調査が中断されるケースといえば殆どが、その星が危険な場合である。
星についていくつか説明すると、その星の物質をどう加工しても星の外部へと持ちだす事ができない状態を“ゲンソウ”、物質が“ゲンソウ”化する現象を“ゲンソウイリ”と呼ぶ。星全体が“ゲンソウ”である星は“ゲンソウキョウ”と呼ばれる。普通“ゲンソウイリ”が起きた星はやがて“ゲンソウキョウ”となる。こういった星は資源の問題を解決してくれないのでリゾートなどに使用される。また、“ホーライ”と呼ばれる星がある。“ホーライ”では、生物がある種の不死性を持つ。生命力が弱まった生物はすぐに星に取り込まれ、後に再生を果たす。そのため“ホーライ”は生きている、と主張する生物学者もいる(学校の教科書には“ホーライ”はただの星だと記述されている)。こういった星では原生生物と共存する事は難しい。相手の文明のレベルが低い場合、資源を取り尽くされ、悪趣味な者達の狩り場と化す運命にある。狩り場は政府に結構な額の金を支払った者しか使用することはできないが。
そして、調査が中断される残りのケース、それはその星が“ゲンソウキョウ”かつ“ホーライ”である場合。調査中の星がこのケースであると推測された場合、政府は調査を放棄する。このケースに限った話ではないが、その星の文明レベルが低かった場合、政府はその調査を“冒険”として民間人へと委託する事だある。未開の星の調査というものは中々に人気のある娯楽で、もしも有益な情報を発掘した者には、政府から名誉と報酬が与えられる。単なる好奇心のみならず、名誉を求めて調査を希望する者もいる。子供達の、「将来なりたい職業ランキング:男子部門」においても、「冒険家」が10位前後を毎年安定して獲得している(女子には全く人気が無い)。しかしながら、一般的な星の冒険は普通、政府が調査を行っているので、安全がある程度保障されているが、このケースでは往々にして早期打ち切りのため、確定的な情報は少ない。向こうへ行って帰って来られるルートがある、それぐらいである。(根っからの冒険野郎はその方が喜んだりするのだけれど)
だから、政府の情報とは全く違う性質を示す星だったという事もある(政府が意図的に情報を隠ぺいしたとも噂されるが政府は全面的に否定。後に裁判に発展した)。
そんなわけで今日も冒険野郎共は未知なる星に己を満たす物を求め続ける。
一つの小さな宇宙船が真っ黒な宇宙(そら)を滑り抜けていく。
宇宙船に乗っている冒険野郎共は、“アリス”を目指していた。“アリス”は彼らの定義でいえば“ゲンソウキョウ”かつ“ホーライ”である。さらに、民間人では彼らが初めて、アリスに足を踏み入れる事になる。
民間人が冒険する際には政府に金を支払わなくてはならないが、この料金は日数に大して反比例していく。最初の一か月の料金は半年後の何倍もの金を取られる。貧乏人が無理をしても碌な事にならないので、最初は装備も充実している金持ちに任せよう、という事だ。情報が出そろってからならば一般人の生還率も増える。冒険家なんて平時は会社勤めであるが、一度冒険に行けば“冒険家”として認められ、二年間の「冒険休暇」「冒険手当」が政府から認められる。また、自分が死んだときのために、「冒険保険」なんていう物も存在している。
この事について昔ある冒険家が、「話があまりにも上手い。実は冒険家を殺したがっている奴らがいるに違いない」と笑って話していた。現在その冒険家は今年で冒険家生活三十年目を迎える大ベテランとなっており、今でも第一線で活躍している。
昔は、「冒険は政府による体のいい処刑だ」などと言われていたが、少しづつ冒険家達の功績も認められ、星の景気も良くなり、様々な問題も解決の兆しを見せている。
ところで、アリスを目指す彼らは大金持ちでもなく、強力なコネを持っている訳でもない。では何故、彼らが「民間人初のアリス冒険者」となったのか?
なんと、新たな星が一週間置きに五つ見つかったのである。彼らはいつものように、名誉を求めて先陣を切る冒険家達を遠くから眺めていたが(彼らは名誉欲の為ではなく、ただ己の好奇心の為に冒険家になったので、そういうつまらない奴らと現地で鉢合わせになりたくないと常々思っていた)、五つ目の星が見つかった時、星に残っていて尚且つ最初の期間の高い料金を払えるような冒険家は殆どいなかった。
彼らは、「このようなチャンスはもう二度と来ない」と必死に金をかき集め、遂に、アリスへの冒険が叶ったのであった。
「どうだい、民間人初の、アリスの冒険は」
男が話しかけた。話しかけられた男は大きな椅子に座って、モニターに映る外の景色を眺めていた。
「ずっとワクワクが止まらない。寝付けない。初めての冒険以来だよ、“眼鏡”」
男は嬉しそうに話す。
「そうか、実は俺もだ、“隊長”」
眼鏡、隊長というのは彼らがつけたあだ名のような物であって、隊長だから偉いとかいう事ではないし、眼鏡は眼鏡を掛けている訳ではない(“大柄”だけはその名の通り体の大きな男である)。
眼鏡と呼ばれた男は、隊長と呼んだ男の隣に移動する。何も言わずに隊長は横に少しずれ、スペースを開ける。眼鏡はそこに腰かける。
「眼鏡、お前、アリスに関する情報(政府による調査資料)には目を通したか?」
「初めて遠足に行くガキのように何度もしおりを読み返したよ」
「何回?」
隊長はにやりと笑いながら聞いた。
「そうだなあ、星で十回、船で七回、かな」
隊長はその言葉を聞くと、グッとガッツポーズをした。
「俺はな、星と船で二十回ずつ読んだぞ」
「そりゃあ凄いな」
隊長はモニターに目を向ける。
「凄い。俺は本当に驚いているよ。こんなにも興奮するとは思わなかった。今回は流石に家族を心配させたが、それだけの事がアリスにはあったよ」
「だけどお前、まだ仮眠を取っていないだろう? そんなんじゃ、向こうについてもすぐにへばるぞ」
「ああ、今から眠るよ。しかし、薬に頼らざるを得ない……」
隊長は胸ポケットから錠剤を取り出し飲み込んだ。
「ここで眠るのか?」
眼鏡が聞く。
「起きたら、真っ先に外の景色を見たいからな。………ああ、本当に楽しみだ」
隊長は静かに目を閉じて眠りについた。
“アリス”は人の手が入っていないジャングルの星で、冒険家の好奇心をくすぐるのにうってつけな星であった。宇宙船が周りの安全を確認して、政府が作った発着場へ無事着陸した。
真っ先に船を降りたのは隊長だった。全身を隙間なく覆う冒険用のスーツとバックパックが彼らのスタイルである。フルフェイスヘルメットのようなフェイスガードの口元部分を開けて空気を吸った。発着場だけが、この星に許された人工的な空間である。周りはひたすらに木々草々。
「安全な空気があって大気圧も我々の星と変わらない星は久しぶりだ。清々しい」
他のメンバーが船から降りる。
「隊長、気持ちは分かるが少々浮かれ過ぎじゃないのか」
“副隊長”の声がスーツに備わった無線から届けられる。
「いやいや、こんな星は滅多に見つからないぞ。無理もないさ」
“白髪”は浮かれていた。
白髪が降りた後、“大柄”が出口に頭をぶつけないよう注意しながら船を降りる。
「俺で最後か」
眼鏡が船を降り、機器を操作して船の出入り口を閉じた。
「政府の調査時には特に危険な現象は見られなかったらしいな」
大柄が話す。
「いや、でも調査済みのエリアはここから北に十キロメートルだけ、滞在期間は三日間。我々は気を緩めてはいけない」
副隊長は注意を促す。
「アリス初の死者にならないようにな」
その言葉に、皆は気を引き締める。
“ウツホ”が燦々と照りつける。アイガードの役割も果たすようにできている優秀なフェイスガードのおかげで、目を焼かずに見る事もできる。
「思ったよりスーツ内部温度の上昇が速いな」
皆が空調の調節を行う。
何の前触れもなく、彼らの視界が奪われた。
「何も見えなくなった!」
「モニター表示にも何も映らない」
「“ミスティア”だ!歌が聞こえてくる!」
「他にもあるはずだ。俺は外部音をシャットアウトしていたが、外が見えない」
「おそらく“ルーミア”だ。スーツ内部の計器は確認できる」
ルーミアに合わせて何かが襲ってくるかもしれない。彼らは暗闇の中でもスーツを操作できる。フェイスガードを完全に閉じ、さらに上から特殊繊維を緊張させ、カメラ撮影のモニター表示に切り替える(外の映像はフェイスガード内側に映る)。スーツ内部にも特殊繊維が張り巡らされ、全て同時に緊張させれば鎧としても働く。それでは全く動けないので普通は関節部分は自由に動くようにしている。
野生動物ならば普通は超小型のレーザー砲(小型獣への威嚇用)で対処する。彼らが着ているスーツ、宇宙船に当たってもダメージにはならない程の威力である。だがルーミアの前では、光など何の役にも立たず、暗闇の中で強い武器を使ってしまっては仲間や周囲の物への被害が出る可能性がある。
彼らは全繊維を緊張させて、ルーミアをやり過ごそうとした瞬間、新たな来訪者がやって来た。地面が大きく揺れる。
「うわっ!」
立っている事もできない。バランスが崩され地面に打ち付けられる。
「“テンシ”!?」
下手に動くと却って危ないので、全繊維緊張を再開しようとする。
だが体が動かせない。指先一つ動かせない。完全なる金縛りにあっている。“サクヤ”の仕業だった。
抗議の叫びを上げる事もできない。ただじっと、時が過ぎるのを待つ。
さらに、同時に大きな音が二つ。激しく地面が揺れる。「……“ユウギ”と“イク”?」 外の音が聞こえた者はそう考えた。
ルーミアが去り、ウツホが彼らを照らす。その時彼らが見た物は、巨大な岩が地面に衝突した現場。そして、彼らが乗って来た宇宙船と白髪が見当たらなかった。
彼らは機器のログから何があったのか探る。
「………そんな」
機器の情報は白髪が岩の下敷きになった事を知らせた。
「クソッ」
副隊長がスーツを脱ぐ。他のメンバーは顔面の繊維緊張を解き、フェイスガードを開いて副隊長に尋ねた。
「何やってるんだ」
「イクにやられた。おしゃかだ。ちっ、サクヤじゃなけりゃ……って、何なんだこれは!?」
「白髪はユウギに、船は“マリサ”にやられた」
「って事はだ。ミスティア、ルーミア、テンシ、サクヤ、ユウギ、イク、マリサが一遍にやって来たのか?」
「そういう事になるな」
「おいおい、政府の情報とは全然違うぞ。奴らの陰謀じゃないか?」
「いや、昔のあの事件以来、相当厳しくなったからな。奴らの時は本当に何も起こらなかったんだろう」
「“イヘン”か」
「ああ、かなり厄介な事になった」
「船はどこに?」
「南に六キロメートル」
彼らは白髪への祈りを捧げてから、ジャングルへと足を踏み入れた。
スーツが無い副隊長を中心にして、先頭が隊長、副隊長の左後ろと右後ろに大柄、眼鏡。大柄が副隊長のスーツを持ち運んでいる。空調・換気機能が壊れているので着る事は出来ないが、壊れたのは幸いにも電気系統だけであるし、新しいスーツというのはべらぼうに高いので捨てられなかった。それにスーツにはパワーアシスト機能があるので重労働ではない。
ジャングルは様々な植物が伸び放題で、人間サイズまで育っているのも珍しくはない。
「植物がこんなに伸びている。ずっとこの調子だ。ここには草食動物はいないのか? 環境は整っていると思うが」
副隊長がぼやく。道を作りながら進んではいるが、時々反抗した植物が副隊長を苛立たせる。
「確かに一度も見ていないな。それどころか鳥も昆虫も見ていないような……」
「“イヘン”が起きる星だ。皆絶滅してしまったのかもな」
「でも植物はこんなに沢山生えてるぞ」
「植物は強いからな」
三時間かけて五キロメートル歩いたところで、幅十メートルの川が行く手を遮った。
どうしようか、少し悩む。副隊長が一つの提案を出す。
「一旦食事取りながら休憩しないか? 生身だと腹が減ってしょうがない」
アリスの昼夜はルーミアの気まぐれによって決まる。彼らはは思うがままに進行する事もできない。行軍と休憩の時間を指示されているようで、皆ストレスが溜まっていた。生身の副隊長のためにも休憩すべきだろう皆は考えた。
「ここの植物を刈って休憩所を作ろう」
副隊長を除く三人の手によって、たちまちきれいな円を描いた平地が生まれた。皆腰を下ろす。本格的な休憩はこれで初めてとなる。
バックパックを下ろし、シートを広げ、食事を取る。
「やっぱ、円は最高に綺麗な形だな」
「副隊長って時々良く分からない事言うよな」
「お前にはこの奇跡は理解できないか」
副隊長がいたずらっぽく笑う。
食事は和やかに終わり、 またルーミアがやって来る。
「ちっ、またかよ。これで四度目だ」
副隊長が悪態を吐く。
ウツホからの熱も届かず、気温が下がっていく。
「今回はやけに冷えるな」
さっきよりも気温が下がるのが速い。
「おそらく“レティ”だろう。副隊長、このままではまずいぞ。とにかくスーツを着なくては」
副隊長は大柄に渡されたスーツを焦らず着実に着ていく。スーツは手動でもある程度の操作はできる。しかし、空調・換気機能はもちろん働かないのでフェイスガードを少しだけ開けて、そこから入る冷たい空気に耐えていた。
「顔面は冷たく、体は汗でピッチリ。最悪だな、最低だ」
ルーミアは三十分副隊長を虐めてから去っていった。ウツホとレティがいい具合に影響し合って、気持ちの良い風が吹き始める。
「はぁ、やっと終わった」
機器を眺めていた隊長は、その風にのって南からゆっくりと“スイカ”が流れてきた事にいち早く気がついた。
「南からスイカだ」
スイカは電波障害・視界不良を引き起こす霧である。当然、無線も使えなくなる。四人のスーツを一本の命綱で繋いでおく。
「まだ終わらないのか」
スイカが到達する。
「スイカが去ったら出発するか」
隊長・副隊長は、眼鏡・大柄に番を任せ仮眠をとる事にした。
「それじゃあ、頼んだ」
隊長、副隊長はシートの上でねっころがる。
副隊長はすぐに眠りに入り、隊長も後を追うようにまどろんだ。
眼鏡はこの状況においてはどんな小さな音も聞き洩らしてはならない、と神経を張り詰める。
機器に頼れないため、一瞬の油断も許されない。眼鏡は事の始まりを聞き逃さなかった。
それは、パチッ、と木の棒で草を切ったときに出るような小さな音を伴って現れた。次第に幾つにも重なって、そして確実にこちらに向かって来る。
「“ユカリ”だ!」
眼鏡が叫んだ時には、ユカリがすぐそこに迫っていた。眼鏡と大柄は即座に身を伏せる。
しかし、ユカリから完全に逃れるにはわずかばかり時間が足りなかった。
ユカリは眼鏡のスーツの頭頂部を、そして大柄の後頭部を無慈悲に切り分けた。一瞬後には眠っている二人の上を通り過ぎて、植物を切り分けながらどこかへいった。
「どうした!?」
隊長と副隊長が、眼鏡の叫び声によって起き上がる。後頭部を失い、血を流して死んでいる大柄が目に入る。
「ユカリがやってきて……俺もスーツをやられた」
眼鏡は茫然としている。
大柄の死体が溶け始めた。
「!?」
声にならない叫び声。その間にも大柄の体は少しづつ溶けて、黒っぽく変化する。
スーツはバランスの拠り所を失い、うつ伏せに倒れる。スーツの後頭部から、石油のようにどろりとした黒い液体が、どろどろと地面にこぼれて広がっていく。そして、水のように全てが地中へと吸い込まれていった。
この時、スイカが晴れたが、それ所ではなかった。
「“コマチ”!? 何でだ!?」
「分からん! こんなに早く“コマチ”が働くなんて、今まで聞いた事が無いぞ!」
隊長は機器をちらりと見る。
「皆一旦落ち着いてくれ! かなりまずい事が起きた! これからもうすぐ“メディスン”“ヤマメ”“スワコ”“ヒナ”が“アヤ”に乗ってやって来る!」
「一体何なんだ! これはよ!!」
隊長と眼鏡はフェイスガードを繊維で閉じ、モニター表示に切り替える。副隊長はスーツの換気口を閉じ、完全にスーツを密閉する。
アヤに備えて杭を一番丈夫そうな木に打ち付け命綱に結合させる。
「だけど隊長、俺のスーツは頭がやられている!」
眼鏡は焦っている。
「落ち着け。大柄のスーツで塞ごう。後は換気機能が全て取り除いてくれる、大丈夫だ。落ち着け」
大柄はスーツの中から完全に居なくなってしまっていた。隊長は軽くなったスーツを持ちあげる。
「大柄、俺達に力を貸してくれ」
隊長は、大柄のスーツを眼鏡の頭の上に被せる。眼鏡は防災ずきんのように両手でスーツを頭に押し付ける。
死の風が吹き始める。
皆体を丸めて座り、なるべく動かず、呼吸の回数が少なくなるように努める。副隊長は特にそうせざるを得ない。
眼鏡の努力を嘲笑うように、次第に風が強さを増していく。
「“アヤ”が来る!」
途轍もなく強い風。命綱が無ければ、吹き飛ばされていたかもしれない。眼鏡が必死にスーツを押さえる。風はそれを引きはがそうと吹きつける。
周りの植物は変色し、枯れていく。
「……俺、死ぬのかなあ」
隊長は無線に向かって励ましの言葉を送り続ける。
しかし、眼鏡の体力はみるみる尽きていく。隊長も一緒になってスーツを押さえたが、上手く防ぎきれない。暴君となったアヤの前ではどうしても隙間ができてしまい、そこから蛆のように侵入していく。
「苦しい………」
眼鏡が突然呻き声を上げた。
「ああっ!!! 痛い痛い痛い! 痒い! うぐああああ!」
眼鏡は隊長が押さえている手をも振り払い、転げまわる。「あああああああああああああああ!!!!!!」 眼鏡が狂ったように叫びながら、スーツ内部で体をかきむしる。肉がぐずぐずと崩れる音。無線から地獄が伝わる。
眼鏡が息絶えると、大柄の時と同じように黒くどろりとした液体へと崩れ、頭頂部から流れ出て、地面に吸い込まれて消え失せた。
「一体何が起きているんだ!」
隊長は思わず叫んだ。
「うわああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!!!」
副隊長がフェイスガード越しでも聞こえる程の大声で叫んだ。
そして、それきり黙ってしまった。
隊長は、「どうしたのか」 と副隊長に聞きたかった。しかし副隊長に無線は通じない。隊長は死の風が止むまで眼鏡と大柄へ黙祷を捧げた。
死の風が止む。隊長は繊維緊張を解き、フェイスガードを開く。
「副隊長! さっきは何があったんだ!?」
副隊長はフェイスガードを開く。その顔を見た隊長は言葉を失う。
「………そ、それ」
「ああ、“ウドンゲ”を直視してしまった。今では“サトリ”も語りかけてくる」
副隊長の両目は、瞬き一つせず、ギラギラと真っ赤に妖しく光っていた。
「お、お前まで」
「もう長くないだろうな、数日のうちに発狂して死ぬだろう」
副隊長は、死が宣告されたというのに表情一つ変えない。
「お前、何で平然としていられるんだ」
隊長の言葉に、副隊長は顔の筋肉をピクリとも動かさない。
「なあ、“ホーライ”は生きていると思うか?」
隊長は副隊長が何を言いたいのか分からなかった。一瞬、「狂ったのでは」 とも考えた。
「一時期、誰かが主張していたやつか?」
「俺は“アリス”に着いてからずっとアリスについて考えてきた。この“イヘン”と呼ぶべき事態。これは一体何なのか? “ウドンゲ”を直視した時、俺の一部はアリスとなった。俺は遂に分かったよ」
隊長は言葉を出せない。
「なぁ、隊長。俺は狂っていると思うか? 隊長は俺の言葉を信じてくれるか? なぁ、聞いてくれないか? 俺にはこの考えが真実であるように思えて仕方がないんだ」
目の前にいる男は本当に副隊長なのか? 正常なのか?
疑問が脳を駆け巡るが、隊長は全て抑えこみ声を絞り出した。
「あぁ、全て聞こう。はなから否定したりはしない」
それは、決意でもあった。
「ありがとう」
丁寧に感情を込めたかのように、素晴らしく綺麗な言葉だった。
「もう一度聞くが、ホーライは生きていると思うか?」
「そんな事はない。生きてなんかいるはずがない」
「俺の結論では、ホーライは生きている」
まさか! と声を出すのを隊長は我慢した。
「というより、星は全て生きている」
「まさか!」
「そのまさかさ。“ホーライ”“ゲンソウキョウ”とは星の生命力の現れだよ。普通、星の生命力なんて偉大なる文明の前ではゴミ屑のように吹き飛んでしまうが、生命力が増大していく星だって存在する。そういった星は“ゲンソウイリ”によって命を星の元に統一して、一つの巨大な生命、ゲンソウキョウへ進化する。一つの生命体なのだから、星から離れた物質は全て死んでしまう。無生物すら例外ではない。これが“ゲンソウ”だ」
副隊長は淡々と語り続ける。
「ホーライも一緒さ。命は星にあるのだから、地表に出ているのは、星の皮膚みたいな物なんだ。ゲンソウキョウとホーライ、どっちが先に起こるかまでは分からないが」
「でも、ゲンソウキョウかつホーライの星は他にも存在したが、この状況は異常だ。あんなにぽんぽんと“イヘン”が起きるだなんて聞いた事ないぞ」
「………アリスは特別なんだ。星は最終的にゲンソウキョウとホーライの性質を持つだろうが、アリスは単なる星の名であるという意味を捨て、“アリス”という生物になったんだ。イヘンはアリスによる捕食行為だ」
副隊長は薄ら笑いを浮かべる。
隊長は鳥肌が立った。副隊長の笑い顔のせいではない。風の音、木々の音、川の音。そのどれもがアリスの鳴き声のように聞こえたからだ。既に自分はアリスの胃の中にいるのではないか、という恐怖を感じる。
「……じゃあ、俺らはアリスの掌の上で踊らされていたってか。大した人形使いだな」
「………隊長、俺の話を最後まで聞いてくれてありがとう。無事に脱出してくれよ」
隊長は副隊長に詰め寄る。
「どういう事だ? 俺は残るみたいな言い方するなよ。一緒に帰ろう」
副隊長は笑いを作ったが、真っ赤な目が何だか悲しそうだった。
「俺はもう駄目だ。目と頭をやられた。アリスに持っていかれた。ゲンソウイリだ。もうどうしようもない」
「副隊長!!!!」
隊長はスーツ越しに副隊長の肩に両手を置く。副隊長は優しくその手を払っていく。
「すまん、一緒に行ってやりたいのはやまやまだが、俺にはこれから先の事は全く分からない。もしかしたら正気を失ってお前を襲うかも知れないし、俺がまだ生きているのは苗床にでもされているからなのかもしれない。お前に迷惑かけたら死んでも死に切れない」
今にも泣き出しそうな真っ赤な目で隊長を見つめる。
「生きて帰って、俺達の無念を晴らしてくれ」
隊長は涙を流す事無く、心の中でひたすら泣いた。
隊長は川を越え、力強く進む。皆の無念を背負いながら、「アリスなんかに負けるか、絶対に生きて帰るぞ」 と自分を励ましながら、一キロメートルの道のりを強引に進む。アリスに着いてからわずか六キロメートルの旅路であったが、色んな事が有り過ぎた。今はただ、両足を交互に出す事だけを必死に繰り返していた。
隊長は宇宙船を見つけると、声を上げた。
「俺達は勝っ……」
“ルナチャイルド”が音を奪っていた。
(ふん、アリスめ、きっと俺の勝鬨が気に入らないのだ) 隊長は船に乗るべく、出入り口を開く。
(これで、星へ帰れる) 船に乗り込もうと、片足を上げる。
しかし、隊長の体は船に入る事はできずに船壁へ叩きつけられた。
「……………!?」
隊長は聞こえないと分かっていても声を上げずにいられなかった。
(“ニトリ”………何てこった、ここまで来て………)
隊長は大量の水の嵐に揉まれる。その凶悪な力の前では指先一つの抵抗もできない。ぼろぼろに弄ばれたあげく、大きな太い木に投げ捨てられた。
もうルナチャイルドは去っていた。わざわざ自分の体が滅茶苦茶にされる音を隊長は聞かされた。アリスはきっと意地悪なのだ。
(スーツのおかげで頭だけは無事だが…………それ以外は、もう駄目だ)
ニトリが去ると、隊長は匍匐して船へ向かう。
(それでも、俺の体よ、動け、動け! 船はあれ位じゃ壊れない。まだ俺達は諦めない!)
芋虫のように鈍間な前進。しかし、それも十秒後には止まってしまった。
隊長がそれに気付いたのは、さらに十秒も後だった。
(あれ、腕が動かない…………いや、無い! 感覚が無くなっている! あ、あ、あ、足もだ!)
肉体が黒く粘り気のある液体へと変化していく。
(頭は無事だが……………………………も、もしかして、もしかすると、俺は“ユックリ”になるのだろうか!?)
首から下がすっかり無くなってしまった時、隊長は極めて間抜けで虚しい叫びを上げた。
その叫び声に返事をしてくれるのは“カソダニ”だけであった。
一応確認したけど書き忘れがあるかもしれない。
ただの屍
作品情報
作品集:
26
投稿日時:
2011/05/11 12:08:35
更新日時:
2012/01/30 19:11:44
分類
むせかえるほどのオリ設定とオリキャラ
手に汗握る、SF短編でした。
こんな星、光子魚雷で爆発してしまえ!!
"レイム"はどこにいるんだ?