Deprecated: Function get_magic_quotes_gpc() is deprecated in /home/thewaterducts/www/php/waterducts/neet/req/util.php on line 270
『死後硬直系少女』 作者: 紅のカリスマ
「ハァ……ハァ……フゥ……」
守矢神社の風祝、東風谷 早苗は墓石の裏にて、切れた息を整えていた。
どうやら何者かから身を隠しているらしい。
「何なんですか。何発撃ち込んでも倒れないなんて……」
事の起こりと言えば、神霊の大量発生。
早苗は、欲望の塊である神霊を集めて守矢神社の信仰の糧とする為に、この異変の解決に乗り出した。
始めは、霊と言えば冥界だろう。
そう考え、冥界に原因があると思い向かったものの当てが外れてしまった。
しかし、冥界の管理者の西行寺 幽々子は「人里の寺の墓地に何かある」という趣のことをそれとなく漏らしていた。
人里の寺……つまりは、命蓮寺。
その門前にて、早朝から無駄に声の大きい山彦妖怪を苦も無く倒し、その勢いのまま話にあった墓地へと向かう。
ここまでは順調だった。
ここまでは……。
墓地の中をゆっくりと進んでいく。
陽も昇り切っていない早朝の墓地。
中々に不気味なものだ。
度々現れる人魂の群れや、何時もの様に悪戯心に任せて襲ってくる雑魚妖精達を軽く撃退しながら、墓地の奥へと歩みを進めていく。
暫く進んでいくと
───……あ、ぁ゛……やめ゛、でェ……っ!!
「?」
何処からともなく聞こえてくる喘ぎ声。
早朝から墓場で、破廉恥な行為に勤しんでいるのだろうか……と、そんなことはまず無いだろう。
しかし、場所が場所なだけに、碌でもないことが起きているのは、間違いない。
「痛い……やめ、やめで……ェ、いだい……痛、い゛ぃ……あがっ……!!」
声が先程よりもはっきりと聞こえる。
大分近付いたらしい。
同時に、何かが滴る音が聞こえ始める。
───近寄るべきではない。
早苗の脳内で警鐘が鳴り響き始める。
理性が告げている。
事が行われている現場を見てしまったら、自分もただでは済まないだろう、と。
だが、足は歩みを止めない。
警告する理性以上に、若さ故の過剰な好奇心という名の本能が働いていた。
怖いもの見たさ、という奴か。
事が行われているのは、目の前にある曲がり角の先。
恐る恐る、墓石の陰からその場所を覗き見る。
「───ッ!!」
思わず、叫び声を張り上げそうになる。
曲がり角の先で、二つの影が絡み合っていた。
片方は以前、聖輦船を追っていた時に出会った傘化け、多々良 小傘。
だが、その時と比べて今の彼女の姿は、見るも無残な状態だ。
身に着けていた衣服は、ズタズタに千切られており、ただの布切れ同然となっている。
右手が丸々失われている。
手首の断面を見る限り、少しずつ食い千切られた様だ。
左脚の太股の肉もまた、食い千切られた様に抉られており、中の骨が完全に露出している。
腹が今まさに食されている最中。
腸(はらわた)を貪り、咀嚼する生々しい音が嫌でも耳に入ってくる。
小傘の腹に噛り付いている者は、今まで幻想郷において見掛けた覚えは無かった。
ただし、幻想郷においては、である。
早苗は、その捕食者に似た姿を幻想郷の外でなら見た記憶がある。
その特徴と言えば、真っ先に目を引く額の御札。
それに加え、硬直し伸び切った関節。
そして、血が通わず生気の感じられない病的な体色。
紛れもなく、それは映像の向こう側に見たキョンシーの姿。
───キョンシーまでいるんですか、幻想郷。
やはり、常識が通用する様な場所ではない。
改めて、そう思わせられた。
キョンシーは曲げられぬ腕でそのまま、小傘の肩を押さえ付けて座り込んでいる。
自分の肩と肩の間に顔を入れ、前屈の様な姿勢で腹の肉を貪る。
「うぁ、あ゛……っ!!痛、いっ……やめて、止めで、ヤメデェ……!!!食べな゛い、でぇ……!!!!」
小傘は残っている左手で、キョンシーの腕を除けようとするが、その腕は一切微動だにしない。
想像以上に力が強いらしい。
最早、彼女が逃げることは叶わないだろう。
捕食されるのをただ待つしかない。
「………」
───遠回りすべきだろう。
勝てない訳はないと思うが、今回は神霊が大量発生した原因を探りに来たのだ。
わざわざ、こちらに気付いてない妖怪を相手にする必要等無い。
気の毒だが、小傘のことは諦めざるを得ない。
そう考え、踵を返そうとした時だった。
「痛っ!?」
早苗の後頭部に鈍い衝撃が走った。
「つっ、うー……一体、何が……」
「やったー!」
「奇襲せいこー!」
何事かと後ろを見てみれば、その辺にいる様な雑魚妖精が二匹、喜びはしゃいでいた。
先程、自分の後頭部衝撃を与えた何かは、この二匹が放った弾だったのだろう。
そのまま、二匹の妖精はキャーキャーと騒ぎながら、その場を去っていく。
早苗は、去っていく妖精の背に恨めしい視線をぶつけていた。
「───誰かいるのか?」
───ゾクリ。
背後からの声に怖気が走る。
これは小傘の声ではない。
つまりは、小傘を食していたキョンシーの声。
あれだけ騒がしかったのだ。
当然の様に、気付かれてしまった。
「……ええ、いますよ」
いっそのこと腹を括って、自らそこにいることを認めた。
「んん、誰だ?」
キョンシーが更に問い掛けてくる。
「……別に名乗る程の者でもありませんよ。私は、ただの通りすがりの───」
「───風祝です」
意味も無く格好付けて、墓石の裏から早苗は姿を現す。
常識に囚われていない彼女にとって、そこら辺にいる妖怪程度は、もう何も怖くない。
それ故の余裕の現れだ。
「風祝?かぜはふり……ウー……何だ、それは?」
「……まぁ、知らないのも無理はないですかね。簡潔に言えば巫女です」
「巫女?みこ、ミコ……むむ……巫女って何だっけ?」
キョンシーの返答に対し、盛大にずっ転けた。
結局、どちらも分かっていなかった。
───死体だから、脳ミソ腐っちゃってるのかしら……。
少しばかり心配になる。
「あ、あ……早苗ぇ……」
小傘が早苗に気が付いた。
苦しそうなのは相変わらずだが、今までと違い何処か安堵した様な表情に見えなくもない。
「何でも良いや。私は腹が空いてる。食わせろ」
そう言い、キョンシーがゆっくりと立ち上がる。
硬い動きで、早苗の方へ近付いてこようとしていた。
だが
「───!」
突風が起こり、キョンシーを吹き飛ばし、そのまま墓石に激突。
そのまま倒れ込み、動く気配が無くなる。
早苗の起こす“奇跡”の一つにして、彼女の十八番である『風起こし』だ。
「……意外と呆気ない」
一応、安全確認の為に、倒れたキョンシーに近付き様子を見る。
ピクリともしておらず、起き上がる気配はない。
「大丈夫ですか?」
安全であることを確認し、小傘の傍に行く。
―――惨い。
そうとしか言い様が無い程に、彼女は痛々しい姿をしている。
最早、小傘は……。
「ああ……ホントに、早苗だ……何でこんなとこに、いるの……?」
「異変の調査ですよ」
「そう、なん……だ……」
「小傘さんは、どうしてここに?」
「住んでたの……ここに……で、も……さ、さっきの奴が……最近になっ、て、急に……住み、着いて……追い払おうとしたら……」
「成る程。力及ばず、やられてしまった、と」
───弱い癖に無茶をする。
実力差が明らかだった早苗達の前に、無謀にも二度立ち塞がっただけのことはある。
今回は、その無謀さが仇となり、この有様だ。
「でも、もう大丈夫ですよ。あのキョンシーは退治しましたし……」
「あ、さ……早、苗……後ろ……っ!!」
「えっ」
言われるままに背後を見やると、先程吹き飛ばしたキョンシーの姿があった。
肘が曲げられずに伸び固まっている両腕を大きく振りかぶったキョンシーの姿が。
「嘘っ!?」
───避けられないッ……!!
倒したと思い、完全に油断していた。
あまりにも突発的過ぎることに、反応が遅れる。
それでも、身体が必死に危険を避けようとする。
「つっ……!!」
何とかまともに当たることだけは避けられた。
しかし、露出していた右肩にキョンシーの爪が触れ、浅く切り裂く。
小さく痛みが走り、血が滲む。
だが、気にはならない程度の傷だった。
「まだ動けたなんて……このッ!!」
手に持つ大幣を真一文字に払い、風の弾幕を放ち応戦。
だが、キョンシーは殆ど動じていない。
少しよろめいた程度で、早苗に視線を向け続けている。
弾幕を放ちつつ、ある程度の距離を取り、キョンシーと向き合う。
「……そうか、お前も侵入者か」
「侵入者……?」
「我々は、侵入者は絶対に近寄らせるなと言われている。つまり、これ以上先にお前を進ませてはいけないのだ」
成る程。
どうやら、このキョンシーは、異変と何らかの関わりがあるらしい。
西行寺 幽々子が言っていた通り、この墓地に何かがある。
そして、目の前にいるキョンシーは、その何かを守っている番人的なモノらしい。
我々、と言うからには、他にもいるのだろうか。
しかし、元々が死体なだけはあり、脳が柔軟な思考は出来ない様だ。
自ら、「私は共犯者です」とあっさり認めてしまったのだから。
「そこの妖怪も、しつこく来てたな。しつこい奴には容赦するなと言われてた……気がする。ご主人さまに」
「だから、小傘さんを倒して食べていた?」
「うむ、お腹も空いていたからな。ただ、物凄く不味かったけど」
(そりゃ元は傘ですしね……)
「ああ、後」
「まだ足りてない。お前も食わせろ」
「申し訳ありませんが、私はみすみす食糧なんかになる気はありませんよ。私には、やることがあるので……っと、あら?あれは何かしら?」
そう言って、キョンシーの後ろの空を指差した。
無論、漫画などでもよく見るテンプレート的な騙し技。
何もある訳が無い。
普通ならここまで分かりやすい物に、騙される筈は無い。
「……え?あ?何だ?どれだ?何処?えっ?」
だが、彼女はあっさりと騙されてしまっていた。
キョロキョロと早苗が指差した方向を見回している。
暫く見回し続け、数分後。
「……おい、何も無いぞ……あれ?」
振り向いた時に、既に早苗と小傘の姿は無くなっていた。
目を離したのだから、当然である。
「あれ?あれぇ?」
惚けた様子で首を傾げ、少しばかり考え
「───あ、逃げられたのか。ぐぬぬ……おのれぇ、許さんぞぉ……」
とても悔しがっていた。
「……簡単に引っ掛かってくれましたねぇ。予想通りと言えば、予想通りでしたけど」
先程の場所から小傘を運び離れ、共に息を潜めている。
得意気な顔でそんなことを言って、小傘を安心させようとしているのか。
それ程までに、小傘の状態は宜しくはない。
「ねぇ……早苗……」
「はい」
「……私、満足してたんだ……ここで……お墓で暮らして、たの」
「………」
「誰かが、来る度、に……驚かせて……それで……」
朦朧とした意識で語り続けている。
早苗は黙って、ただ聞いている。
「……必死、だった、の。せっかく見つけ、た……満、足して……暮らせるところ……取られた、か……ら」
「……解りました。もう何も喋らなくても良いです。無理はしないで下さい───私が取り返して上げますから。小傘さんが暮らしていた、この場所を」
「ホント、に……?」
「えぇ、勿論。風祝は嘘を吐きません」
「あは……早苗……ホントに優しいよ、ね……何時も会う度……に、退治する、なん、て……言ってるのに……退治しない、し……こういう、時に、助け……て、くれるんだも……」
「……小傘さん?」
返事は返ってこない。
とても安堵した表情で、眠る様に小傘は息を引き取っていた。
「………」
分かり切っていたことだ。
ここまで肉体の欠損が激しければ、数時間どころか数十分と待たず死ぬこと等は。
最早、助け様が無かったのだ。
小傘は早苗にとって、他人どころか、寧ろ退治すべき妖怪だった。
それでも、彼女の死に早苗は少しばかりだが悲しみを覚えていた。
「……弱い癖に、無茶し過ぎなんですよ。本当に」
近隣で化け傘の妖怪が出るから退治して欲しい。
そう依頼され、彼女を何度退治したか。
とはいえ、軽く弾幕をぶつけてやり、適当にあしらってやった程度だが。
別に驚かせる以外に、人間へ危害を加えることが無かったから、殺すこともしなかった。
彼女が何処となく、憎めない妖怪であったというのもある。
その頃は一週間に一度くらいの頻度で、小傘に遭遇していた気がする。
最早、一種の腐れ縁とでも言える関係だ。
「異変のこともありますが……少しばかり、寄り道をしなければいけませんかね」
小傘の亡骸に軽く手を合わせ黙祷を捧げ、早苗はその場を去っていく。
腐れ縁のあった彼女と、最後に交わした約束を果たす為に。
例え偽善であっても、手向けてやろう、と。
「お、見付けたぞ。さっきはよくも騙してくれたな」
「私も探してましたからね、貴方のことを」
再び先程のキョンシーと対峙した。
騙されたことに対して怒っているらしく、キョンシーの側も早苗を探していた様だ。
「さっきの妖怪はどうした?」
「ああ、死にましたよ。つい先程」
「そうかそうか。つまり、侵入者はお前だけか」
「まぁ、そういうことになりますかね」
「おぉ、それは良いことだ。煩わしくないぞ」
「こちらの事情は、色々と煩わしいのですがねぇ」
所詮、相手は死体。
感情的に何かを言ったところで、無駄であろう。
ならば、どうするか。
とても簡単なことだ。
───キョンシーも妖怪みたいなもの。退治してしまえば良い。
「そういう訳だから、さっさと失せるか、食われるか。選ぶことをオススメするぞ、私は」
「どちらもお断わりさせて頂きますよ。私が選ぶ選択肢は、ただ一つ」
「貴方を退治した上で、先へ進むという選択肢です」
「なぁんだとぅー……生きてる癖に生意気な」
「じゃあ、死んでる癖に生きてる貴方は、もっと生意気では?第二の人生歩むなんて妬ましいったらありゃしないですよー」
「むむ?うん?そう……なのか?ん?」
「───隙有りッ!!」
早苗の言葉に戸惑っている間に、彼女から風の弾幕を受ける。
不意討ちに少しばかりたじろいでしまい、その僅かな間にキョンシーの視界から早苗が消えていた。
「……うあ?んん?また逃げたのかぁ!?」
「私はこっちです……よッ!!」
「あ?」
キョンシーの頭部に鈍い衝撃が走る。
早苗による上空からの手刀による一撃だ。
スペルカードにおける名は───開海『モーゼの奇跡』。
出エジプト記においてモーゼが起こした、海割りの奇跡の体現とも言えるスペルカード。
元々は、割れた海を模した水壁で相手の移動を妨害しつつ、弾幕をぶつける単純なスペルだった。
だが、早苗が「幻想郷では常識に囚われてはいけない」という思考に陥った結果が、御覧の有様である。
何処が海割りなのかは最早、本人のみぞ知る状態だ。
しかし、だ。
「………」
「……あれ?」
キョンシーは多少驚いてはいたものの、倒れる素振りが無い。
それどころか、手刀を叩き込んだ早苗の顔を両の眼で睨み付けている。
全く効いていなかった。
「それなら、これで……」
距離を離しつつ、妖怪退治に用いている退魔の御札を数枚ぶつける。
守矢の二柱の神力が少しばかりながら込められており、その辺にいる有象無象の雑魚妖怪程度ならば、一枚だけで退散させられ程の物ではある。
「………」
だが、やはり効き目が見えない。
何度も何度も、攻撃と回避を織り交ぜることの繰り返し。
その果ての冒頭の状況だ。
「隠れても無駄だぞ。さっさと出ーて来ーい」
「この……」
風の弾幕、退魔の御札に微動だにもせず。
奇跡にて起こす水圧や突風で吹き飛ばされようと、何度も立ち上がる。
キョンシーは、一向に力尽き倒れ伏す気配が無い。
キョンシーの動作自体は鈍く、何度か攻撃を試みるも、早苗には一切当たっていない。
しかし、早苗からの攻撃が当たっても効き目がまるで見えないのだ。
その状況に早苗は焦り、キョンシーに対し少しずつ恐れを抱き始めていた。
一度死んでから蘇れば、二度目の死が訪れない。
その様なことがあるはずはない。
ならば何故、あのキョンシーは倒れない?
これ程までに撃ち込んで、何故倒れない?
まさか、本当に不死身なのか?
───冗談じゃない。
常識に縛られない幻想郷と言えど、限度があるだろう。
竹林の蓬莱人ですら、一度死んでから蘇るのだ。
死なないという訳ではない。
「このッ……!!」
墓石の裏から身を晒し、先程より激しく多種多様な弾幕を当て続けるが、それでも彼女は倒れる様子が無い。
いい加減にしろ、と心の中で叫ぶ。
恐れと焦りが入り混じり、目元に涙が浮かぶ。
「必死だなー、痛くも痒くもないけど」
そこで発せられた余裕しか感じられない言葉に、早苗の堪忍袋の緒が切れた。
───ふざけるな。
こちらは必死だというのに、何故そんなに余裕があるのだ。
苛立ちが早苗の攻撃を更に激しくさせた。
我をも忘れ、がむしゃらなに弾幕をバラ撒き続ける。
その多くが着弾し、衝撃で吹き飛ぼうとも、キョンシーが怯むことはなかった。
むしろ、自分にダメージが無いことを学習したのか。
弾幕に当たりながら距離を詰めようとし始めている。
「このッ!!このッ!!このォッッッ!!!!いい加減に、倒れてッ!!!!いい加減に、いい加減にィ……ッ!!」
唐突に身体が重くなる。
異常なまでの吐き気と倦怠感。
視界も霞掛かってくる。
あまりにも唐突に襲ってきた様々な異常事態への混乱。
そのまま重力に引かれ、浮いていた身体が地面に叩きつけられる。
「あっ、が……何……これ……」
地面に叩きつけられた痛みもあるが、それ以上に身体を思うままに動かすことが適わない。
感覚も大分鈍くなっている様に感じる。
視界が更にぼやける。
焦点が定まらない。
一体何なのだ、これは。
何が原因だ。
「……んあ?突然どうした?」
「わた、しが……聞きたい、です……ッ……!!」
早苗が動けないのを良いことに、キョンシーはゆっくりと歩き、そのすぐ傍まで近付いてきてしまった。
すぐ様離れようとしても、身体の自由が利かない。
最早、逃げることが出来ない。
「ひっ、嫌……来ない、で」
「この先に行こうとした、お前が悪い」
「だけど、私は異変、を……解決、しなくちゃ……それに、小傘さんの……」
「そんなことは関係無い。私は、ご主人さまの命令に従って、侵入者を入れさせないだけだからな。ご主人さまは……あー……誰だっけ。まぁ、良いや」
「とにかく、私は腹が減った」
―――まさか。
いや、間違いない。
「い……ゃ、嫌、嫌……嫌、だ……」
これから自分の身がどうなるのかを悟り、早苗は必死に身体を動かそうとするも、未だに自由が利かない。
このままでは―――喰われてしまう。
小傘と同じ様に喰われる。
いや、助けが来ないことを考えれば、このキョンシーは例え早苗が死んだとしても、己の食欲が満足するまで早苗の血肉を喰らい続けるであろう。
嫌だ。
そんなのは嫌だ。
泣き叫ぼうにも、極限の恐怖と身体の異常で声が出せない。
そうしている内に、キョンシーは早苗の上に座り込み、その伸ばしたままの腕で肩を押さえ込む。
見掛けとは裏腹に想像以上に強い力。
死体故の異様なまでに冷たい体温も合わさり、金属製の重りが乗せられているかの様な錯覚を覚える。
そして、彼女が近くに来たことで死臭が鼻を突く。
思わず顔を背けたくなる程の臭いだ。
キョンシーは小傘の腸を貪っていた時の様に、前屈の様な姿勢を取り、早苗の服に強く噛み付いた。
そのまま、早苗の服を口を使って引き千切っていく。
布の裂ける音が嫌に大きく聞こえる気がした。
「あ……うぁ……」
程無くして、胸部から腹部に掛けての素肌が露出する。
キョンシーの青白く血が通わぬ肌と違い、とても血色の良い肌をしている。
「………」
まじまじと早苗のその肌を見つめる。
だが、それも束の間のことだった。
キョンシ―はニィ、と口元を歪ませ。
「―――いただきます」
そのまま早苗の腹に思い切り、躊躇無く喰らい付いた。
「―――ッッッ!!!」
突き立てられた歯が、皮を破り肉を裂く。
激痛。
目を見開き、歯を食い縛る。
キョンシーは、早苗から切り離した肉を味わう様に咀嚼し嚥下する。
それが終わると、再び早苗の肉に喰らい付き、また同じことを繰り返す。
「ぎッ……い!!!ぐ、う、ぅぅ……!!!!」
その度に、早苗は叫ぶことすら出来ぬ程の激痛に苛まれる。
とてもじゃないが、耐え切れる様なものではない。
「あ、あ゙ぁぁ……や、やめでェ……ヤメ、デグダ、ザ、いィ……だれ、か……助け、テッ……」
激痛に身を悶えさせ、爪が掌に食い込み血が流れ出す程に握り緊める。
それでも必死に声を振り絞り、掠れた声で助けを求めた。
誰も来る訳は無いと知りながら。
流れ出した血と身体の異常の所為で、抵抗する力は全く残っていない。
だが、例え身体が万全だったとしても、組み伏せるキョンシーの強靭な腕力と痛覚の無い肉体。
そんなものに、早苗は太刀打ち出来る訳がなかった。
現人神とはいっても、肉体の方は所詮、人間でしかないのだから。
状況が完全に悪かった。
そんな状況で早苗は何故か、ここに到るまでのことを自然と思い出し始めていた。
霊夢達より早く異変を解決しようと、勇み足で飛び出してきた。
そして、小傘と約束を交わした。
それ故に、退こうにも退けない状況だった。
自分の仕える二柱の神のことを考える。
二柱は何の結果も出さずに戻っても、「仕方ない」と笑って迎えてくれただろう。
あの二柱は優しいから。
優しいからこそ、早苗にとって、そうなることが耐えられなかった。
彼女にだって、見栄と意地があった。
だが、その見栄と意地を張った結果がこの有様だった。
一種の気紛れによる仇討ちは、仇討ちを約束した相手と同じ運命を辿ることになってしまった。
無視して行けばよかったのか?
いや、無視をした所で異変解決の当ては、このキョンシーだけだった。
これは避けて通れぬ道だった。
他にも、様々な過去の出来事が早苗の脳裏を過っていく。
幻想郷に来てからのこと。
幻想郷に来る前のこと。
本当に様々だった。
―――嗚呼……これ、走馬灯……?
その答えは、解らない。
そう考えたのを最後に、早苗は事切れていた。
後に残ったのは、彼女の死体を貪るキョンシーだけ。
彼女は暫くの間、言葉一つ発すること無く、ただ黙々と喰らい続けていた。
しかし突然、ピタリと口を動かすのを止め
「……やっぱり、不味い。美味しくない」
口の中に残っていた肉を嚥下し、そう言葉を漏らしながら立ち上がる。
「足りないなー……足ーりーなーい」
虚空を見つめ、口周りを汚す血を拭うこともせずに(そもそも出来ないが)呻いている。
そうしている内に服の下、彼女の腹部辺りから何かが落下した。
赤黒い何か。
血肉。
早苗の血肉だろう。
早苗は気付いていなかったが、周囲にも幾つか肉片が散らばっている。
こちらは、小傘のものか。
「幾ら食べても足りない。腹が一杯にならない」
当然だろう。
腹部に開いた穴から、食らった物が全て落ちているのだから。
死体として埋葬される際に、防腐処理された名残なのであろうか。
その中には何も無い。
内臓が一つとして見当たらない。
「何を食べても不味いし、足りないなぁ……まぁ、良いや。言われた通りにここを守ってれば、きっと、美味くて腹が一杯になる侵入者が何時か来るだろうし」
キョンシーは、喰い散らかした早苗の死体をそのままに、墓場の奥へと消えていく。
墓場を守るキョンシー。
彼女は名を宮古 芳香と言った。
彼女の主人に与えられた名か、それとも彼女自身の元々の名かは、解らない。
彼女はこの墓場にて、侵入者からとある“何か”を守り続けている。
死体であるが故の無痛で疲労の無い肉体。
その結果としてセーブの外れた強靭な腕力。
早苗の死因を作ったキョンシー特有の毒素を持った爪。
そして、永遠に満たされぬ餓え。
まともな味も解らず、腹には物が満ちることは無い。
そこから生じた、神霊すら喰らい糧とする程に見境の無い食欲。
それらを本能の任せるままに用い、主人に与えられた命令通り、墓場を守り続けている。
何も考えることなく、ただただ守り続けている。
「あ……22時になったら起こしてね」
そして、誰に言うとでもなく芳香は言い、一時の眠りに就いた。
次なる侵入者が訪れるまで、その身を休める為に。
侵入者がいない時は休息し、侵入者が訪れたならば命令に従うまま侵入者の排除をする。
これは、この先も続くのであろう。
彼女が再び永遠の眠りに就くことになるその日まで。
ずっと、ずっと。
どうも、ご無沙汰しております。
紅のカリスマです。
神霊廟体験版をプレイし、3ボスの宮古 芳香に惹かれ、勢いに任せるままSSを書いてみた次第にございます。
しかし、やはり出たばかりのキャラを扱うというのは難しい…イメージが中々掴み難かったです。
…宮古ちゃん、マジ死後硬直系女子。
紅のカリスマ
- 作品情報
- 作品集:
- 26
- 投稿日時:
- 2011/05/21 17:01:40
- 更新日時:
- 2011/05/22 02:10:59
- 分類
- 東風谷早苗
- 多々良小傘
- 宮古芳香
- 捕食
完成版が楽しみです。
アンデッドに、相手の弱点を突いた対策抜きで挑むとなると……。
敵の攻撃範囲外から強力な火器――手榴弾やRPG、擲弾筒や機関銃、対物ライフル等で滅茶苦茶に、完膚なきまでに、その肉体を破壊するしかないようですね、こりゃ。
芳香ちゃんとは相性悪そう