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『HM』 作者: sheng
「貴女はここで眠るべき」
初めて認識した音は、暗く重い声だった。
手を翳された。私が覚えているのはここまでだ。
次に意識が覚醒したのはいつだったのだろうか。
どれくらい眠っていたのだろうか。
少しだけ重い瞼を開けた。
「…………?」
光が見えない。あがいてもあがいても外の光を掴むことはできない。
私の視覚は黒をとらえて離さない。正確には黒ではなく無色。私はこの色以外は知らない。
いや、覚えている。誰だったか、もう遠い昔の様で、思い出すことは叶わない。
私は私自身の身体を動かすことはできない。
私が手を動かそうとするとジャラ……と重い質感を持った音が起こる。
足を動かそうとしてもガチャガチャという音が響くだけ。
等に身体の機能は失ってしまったのかもしれない。
苦しいという感情はなく、どれだけの時間をこうして生きてきたのだろうか。この境遇に涙すらこぼれない。
「ちっ、今日は雨かよ」
憎々しげな声が聞こえる。
見えてなくても視線が私に突き刺さっているように思える。
私が何をしたというのだ。理由は覚えていない。
いつもより涼しい空気が流れて肺が清涼感に満たされている気がする。
かかとを支点につま先を軽く上げ下ろす。ぴちゃりと音が鳴り、何かが跳ねる。
これが雨というのだろうか。冷たい。それでも私にとって気持ちいいものであった。
耳を澄ますと、色々な反響音が聞こえてくる。いつもと違う雨の日。これが雨というものかと一つ覚えた。
今日はやけに目がちりちりする。
光が見えないはずなのに熱い。全身が妙に蒸している気がする。
自分の身体から水分が消え、瑞々しさが失われていくようだ。
もう関係ない。
どうせ私はここから出ることはできない。熱い。喉が渇く。何でもいいから……ノミタイ。
「この疫病神が!」
鈍い音が私の脳内に響く。
何人いるのだろうか。見えないけど怖くない。
今の痛みもここに縛られている痛みに比べると何でもない。
次々と衝撃が走るが、どうでもいい。
こんな無意味なことを続けて疲れないのかな。
あぁ、ゆっくり寝かせてほしい。それに私は神なんて大層なものじゃないよ。
今日はご機嫌がいいらしい。
何か知らないけれど、おいしそうな匂いがする。
私をこんなふうにしている癖に、自分たちだけおいしい思いを……と思っていたら、誰かが近づいてくる。
「た、食べなよ」
少し遠い。手を久々に伸ばした気がする。
重い音は忌まわしさすら感じる。が、何か温かいものを感じた。
「これはおにぎりだよ! 別に……お前のために作ったんじゃないぞ!」
幼い。
このおにぎりというものを持って来てくれた幼子は私に恐怖を感じながら私に来てくれたと言うのか。
口に運ぶと温もりと……鉄の味がした。もっと……飲みたい。
また、雨の日。ずいぶんと長く続く雨だ。今回は涼しいと言うよりも寒い。
何かが起こっているように叩きつけるような。残響音が煩い。
眠ることすら許さないと言うのか。身体に水滴が沁み込む。
これはこれで気持ちがいいかもしれない。
今だけは一人の空間。雨は悪くない。でも、違うものが食べたい。飲みたい。
寒い。なんだろう。これは雨じゃない。
身体の機能が軒並み下がる。
あぁ、私はついに死んじゃうのかな。
でもいいよ。別に死んでも困るわけじゃない。
楽しくはなかったし、どうでもいい生が終わるだけ。本当にそれだけ。
「寒くないの?」
どこかで聞いたような声。あぁ確か、おにぎりをくれた幼子だったっけ。
一瞬心の奥底が沸騰した。
食べたい。
一瞬だけよぎる純粋な思い。全身が暖かくなった。何かをかけられたようだ。
「毛布でもないよりはましだからね」
毛布というらしい。このふかふかして暖かいものは。
「…………」
私は何も言わない。
答える術を知らない。
そもそも声が出るのかどうかもわからない。
「いつか、必ず僕が助けてあげるからね!」
誇らしげに聞こえる声。
へぇ。今さら何とも思わなかった。
希望を抱いたところで助かる保証もない。
何かを感じ取ったのか、幼子は逃げかえっていく。
あれから幾年か過ぎた。
同じことの繰り返し、されど変わらない絶望。
いや望みなどなかったから絶望ではないかもしれないが。
あぁ、一つだけ、一つだけ願いはあった。
食べたい。飲みたい。
唐突に私の幽閉生活は終わりを告げた。
なんの前触れもなく、何かが切れたようだ。
思い当たる節が一つだけある。それは忘れている記憶の存在だ。
自由に動けるならどうでもいい。視界だけはまだ戻らない……
「脱出したのか! こやつ!」
狼狽する声がする。声から感じたのは老齢の人間。
あぁ、私をまた封じ込めに来たんだなと。
左手を一閃すると声はもうしない。液体の付着した爪を私は舐めた。あぁ、待ち焦がれたあの味だ。
気配のみを頼りに、次々と薙ぎ払っていく。
美味しい。肉も水も。でも違う。あのとき感じた極上の液体の味を私は味わっていない。
どこにあるのかな。アレ。
「な、なにをやっているんだ!」
この声はあの時の幼子に似ている。
貴方は私にプレゼントしてくれるのかな。極上の快楽を。
首筋にかじりつき、歯を突き刺す。あの寒い時、足に感じた感触のようにさくりと歯が通った。
あぁ、この味だわ。美味しい……
何も考えることなく、一心不乱に食事をしていた。美味しかった。
喉を通る液体が熱い。胃の中で肉が躍っている。身体に全てが吸収されたときに、私の眼は開いた。
「あぁ、こんなにも光は美しいのね」
振り向くと、赤黒く染まった村が一つ存在しているだけだった。
若干ルーミアを想像しつつ書いたもの。
るみゃバリボリ
sheng
- 作品情報
- 作品集:
- 27
- 投稿日時:
- 2011/06/26 08:28:41
- 更新日時:
- 2011/06/26 17:28:41
- 分類
- ルーミア
酷いよ、酷いよ。みんな酷いよ。
不安、不安。周りは真っ暗。
平気、平気。もう慣れた。
滅びの時は来た。無が訪れた。
ハングリー・マーダー。
磔の聖母よ。
お前は、自由だ。
そう、なのか。