Deprecated: Function get_magic_quotes_gpc() is deprecated in /home/thewaterducts/www/php/waterducts/neet/req/util.php on line 270
『眠』 作者: 名前がありません号
眠れない。
眠れない。
眠れない。
霧雨魔理沙は散らかった部屋のベッドの上で悶えていた。
別に頭の中を何かが這い回っているわけでも、のた打ち回っているわけでもない。
ましてやこの暑さで眠れないというわけでもない。
いうなればそれは、『頭が眠らせてくれない』のだ。
脳が容赦なく、眠ろうとする身体を強制的に叩き起こし続けてくる。
身体の本能とは別の何かが、脳に命令でもしているのかというほど、
自分の身体は眠れない状況に陥れられていた。
「ああ、くそ」
魔理沙の身体はわずかに火照り、その身体は未だ余裕を持って動いている。
しかしそれは今のうちだけだ。すぐに全身を襲う強烈な疲労感に身体が押しつぶされる。
自分の身体が自分の物でなくなったような気さえ覚える。
なぜ、眠れないのか。なぜ、眠ろうとしないのか。
そんなことは魔理沙自身が知りたかった。
そして眠りを期待するように、魔理沙は目を閉じた。
どうせたいして眠れやしないだろうな、と考えながら。
魔理沙が目覚めると、身体は強烈な疲労感を感じていた。
指一本動かすのも億劫で、この後の予定がなければ是非とも惰眠を貪っていたいところだ。
眠りはひどく浅かった。殆ど目をつぶって横になっていただけだった。
頭は相変わらずぐるぐると稼動し続けている。
それでも本格的に動こうとする時には、眠れ眠れと命令するのだ。
魔理沙の脳は魔理沙の思い通りに動いてはくれなくなっていた。
魔理沙はひどく眠い目を擦りながら、着替えを済ませてアリス邸に向かう。
目がしょぼしょぼとしていて、視界が定まらない。
ふと飛んできた鳥が自分の肩にぶつかって、ハッと我に返る。
その時には、鳥はまっさかさまに落下している。その下に野犬がいる事を想像するとゾッとする。
魔理沙はその思考を中断して、アリスの下へ向かう。
それ以上考えているとおかしくなりそうだった。
アリス邸が何処か分からない。
忘れたわけではないはずだが、降り立った場所はアリス邸から随分離れていた。
空を飛ぼうとするが、先ほどの鳥のことを思い出してしまいそうになってしまい、
徒歩でアリス邸に向かうことにした。
もうすぐアリス邸に着く、というところで野犬が人間の死体を貪っているところを見てしまった。
吐き気を抑えながら、早歩きでアリス邸に向かう。
「やっと着たわね、魔理沙……どうしたの? ひどい顔じゃない」
「そ、そうか?」
「ええ、まだ眠れないの?」
「まぁ、そんなところ、だな」
アリスは心配そうに魔理沙を見つめながら、とりあえず家に入れる。
ふと魔理沙の足元を見ると、その足取りはふらついている。
小さく左右に身体を揺らしながら歩く様は、魔理沙が碌に眠っていない事をアリスに理解させる。
「ねぇ、本当に大丈夫? 無理しないほうがいいんじゃない?」
「い、いや、大丈夫、だぜ」
「それはそうだけど……その状態じゃ研究するには危なっかしいわ」
「……そ、そうか」
魔理沙はさびしそうにしている。
このところの魔理沙はこんな感じだ。
碌に眠れず、疲れの取れない状態の彼女は以前に比べ、
格段に活動頻度が落ちていた。
以前のように宴会の幹事を務める事もなくなり、
図書館に本を借りに行く事も無くなった。
パチュリーも被害が無くなった事を喜びながらも、
魔理沙の不調ぶりに素直に喜べないでいた。
魔理沙がこの病なのかそうでないのかもしれない状態に陥ったのは2ヶ月ほど前のこと。
昼夜が逆転したなどというものではなく、眠れど眠れど決して頭が休まらない状態は、
魔理沙にとって地獄のようなものだった。
さまざまな方法を試しても試しても、頭が眠りを拒否してくる。
そして望まないタイミングで急激に眠気を催し、倒れるように眠る。
しかし頭はじんじんと動き続けて、殆ど眠った気がしない。
結局今日はアリスの家のベッドで眠ることにした。
今日はよく眠れることを祈りながら。
唐突に目が覚めた。
魔理沙が辺りを見回すと、そこは見慣れたアリスの家の中だった。
頭は相変わらず、ぐるぐると回り続けていて、
身体は酷くだるい。頭は重くなったような感覚さえ覚えていて、
やはり今日も眠れていなかった。
アリスが心配そうにこちらを見ている。
「大丈夫? ずっとうなされてたわよ?」
「そうなのか?」
「……重症ね。永琳に見てもらったら?」
「ずっと前に見てもらったさ。原因不明って言われたよ」
「そう」
医者がそういうのでは、どうしようもないのかもしれない。
以前、パチュリーと魔理沙の事で会話した時、
彼女が借りた本の中に危険な魔法書の影響で、ああなったのではないかという話になった。
魔理沙を呼んで、さまざまな魔術的な調査を行ったものの、結果は空振り。
医学的にも魔術的にも魔理沙の身に起こっている事は説明できなかった。
とりあえず今日のところは魔理沙を帰すことにした。
この状態では研究どころではないし、魔理沙の睡眠の妨げにもなるだろう。
「一緒にいてほしい」と懇願されたが、自分の家に一人でいた方が落ち着くだろうと思って、
魔理沙の家まで送っていった。
それからしばらくして、魔理沙が永遠亭に運び込まれた。
魔法の実験中に眠気に襲われ、調合を誤った為に室内に毒素が溜まって、あわや大惨事になりかけた。
魔理沙の様子を心配してやってきたにとりが、異変に気づいて魔理沙を担ぎ出した事で魔理沙は助かった。
魔理沙のいる病室に行くと、にとりと魔理沙がいた。
「大変だったわね、魔理沙」
「あ、アリスか。あぁ、にとりに助けられたけどな……」
「魔理沙。今回は運がよかったんだよ。今度から一人で実験しちゃいけないよ」
「あぁ、分かったよ……」
にとりと話す魔理沙の表情は酷く暗い。
以前までと比べるとなおさらその差は酷いもので、
目も当てられない状態というところだった。
ふと魔理沙の口元に目が行くと、声にならない声で魔理沙が呟いた気がした。
“あのままずっと眠れればよかったのに”。
アリスはその微かな呟きを聞き間違いとして、忘れることにした。
その後、魔理沙は永遠亭の病室内で唸り声をあげたり、
発狂したように暴れ回っては縛り付けられ、睡眠薬を投与されて強制的に眠らされていた。
それでも魔理沙の症状はこれっぽっちも改善されず、原因も不明のままだった。
むしろ魔理沙を入院させている永遠亭の面々の方がノイローゼになりそうであった。
永琳は他の兎の苦情を汲み取り、やむなく魔理沙を退院させることにした。
ふらふらとした足取りで箒に跨り、
ふらふらと左右に振れながら飛んでいく様を永琳は見つめながら、心の奥底でほっとしていた。
それからアリスは魔理沙の姿を見ていない。
すくなくとも家から出た気配はないようだった。
そして久々にアリスが魔理沙の家に入ると。
頭から血を流してベッドで眠っている魔理沙がいた。
壁や散らかった地面、窓のあちこちには沢山の血文字で、
『忘れろ忘れろ忘れろ』と無数に紙に書きなぐられた跡があった。
アリスが魔理沙に近づくと、まだ息がある。魔理沙はまだ生きていた。
今から回復させれば、魔理沙は助かるかもしれない。
しかしアリスには、それをしなかった。
アリスには魔理沙が眠れない理由が分かった気がした。
『忘れろ』と書かれた張り紙から分かることは、
魔理沙の頭は忘れる事が出来なくなっていたのかもしれないということだ。
記憶が整理されない混濁した状態で、脳が強制的にそれを処理しようと稼動する。
その処理のたびに魔理沙はたたき起こされ、頭の中に記憶されているあらゆる物をフラッシュバックさせられる。
いいことも悪いことも。
魔理沙はそれに耐えられなかったのかもしれない。
アリスはすべてを理解すると、魔理沙の家から出て行った。
魔理沙にはまだ息があった。でも助けようとは思わなかった。
ようやく眠れたのに、叩き起こすような真似はできなかった。
おやすみ、魔理沙。
たったその一言と涙を残して、アリスは魔理沙の家の戸を閉めた。
- 作品情報
- 作品集:
- 27
- 投稿日時:
- 2011/06/26 17:40:31
- 更新日時:
- 2011/06/27 02:40:31
- 分類
- まりさ
でもいつも通りに起きられるのは不思議ですね
ラストのアリスの優しさが沁みました。これが魔理沙を楽にしてやる最良の方法ですね。
その手段以外だと、永琳に頼んでその部位をいじってもらい、死ぬまで寝てもらうしかないですね。
トラウマでうなされながら永遠の眠りにつけたはず