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『リボンの騎士サファイア姫の憂鬱』 作者: sako
0.「あら、振られたってのに顔色いいわね」/「復讐しなさい。あの忌々しい男色魔に」
雨上がりの昼間。すっかり晴れ渡った空から降り注ぐ日の光が軒先や植木についた水滴に反射し、きらきらと輝いている。道ばたでは子供たちが泥だらけになりながら遊び、軒下では女たちがいそいそと洗濯物を干し始めている。
そんな市中の道を霊夢は歩いていた。付き添いはいない。一人だ。自分の前を通り過ぎる度に町衆は顔を上げたが、ああ博麗の巫女かとすぐに顔を下げた。挨拶する者は余りいなかったが、声をかければ霊夢は丁寧に頭を下げた。
髪や巫女服にあまり乱れがないところを見ると神社からこの集落まで歩いて来たのだろう。おおかた、雨上がりの光景を愉しみながら。その割には足下がまったく泥で汚れていないのは成程、足下も見ずまっすぐ歩いていた霊夢の行く先に水溜まりが現れた瞬間、何処からか桐の大きな葉っぱが飛んできて我が身を挺するように水溜まりの上に落ちるからだ。これも彼女の徳故だろう。子供や妖精が悪戯しようと泥だらけの手で近づいてきても石に躓いて自分の方が先に汚れてしまう。
そんなこんなで綺麗な格好のまま霊夢はある商店へとやってきた。大きな商店で、雨上がりの今が商機と道にまではみ出すほど様々な商品が並べられている。日用品雑貨から魔術的呪術的な道具、外の世界からの流入品であろう得体の知れぬ機械まで無い物は無いと思えてしまうほど様々な商品がある。それらを横目に流し見しながら、けれど、霊夢は店には入らず、その隣の母屋の方の戸を叩いた。
すぐに戸が開き、坊主頭の丁稚が御用ですか、と顔を出してきた。霊夢はお姉さんぶるよう、少しだけ微笑み若旦那をお願いするわ、と言った。分りました、と口にするやすぐに丁稚はどたどたと慌ただしい足音を立てて家の奥へと消えていった。客を客間に通してからでしょうに、と霊夢は肩をすくめた。案の定、程なくして番頭に怒られたのであろう涙目の丁稚が戻ってきてどうぞお上がりください、と頭を下げた。
客間に通された霊夢は出されたお茶を飲みながら待った。幻想郷では珍しい茉莉花のお茶だった。異国情緒ある良い香りのするお茶を飲みながら暫く待っていると足音が聞こえてきた。茶碗から顔を上げる霊夢。障子戸を開けて現れた店の若旦那に対し、挨拶より先に霊夢はこう言った。
「あら、髪切ったのね」
「ああ、ばっさりとな」
はにかみながら応えたのは魔理沙だった。
長かった金髪は今はうなじの上辺りで切りそろえられ、黒いエプロンドレスと三角帽も脱いで商人らしい地味目の羽織を着ている。かつて霊夢といっしょに幻想郷の空を飛び回り異変を解決していた頃とはすっかり様変わりした格好だった。
霊夢の向かいに腰を下ろす魔理沙。その間も霊夢は物珍しそうに変わってしまった魔理沙をまじまじと見つめていた。
いや、実際は違う。霊夢は言葉をかけるタイミングを計っていたのだ。
「……アリスに振られたから?」
少々聞きにくい事を聞くタイミングを。
魔理沙は一瞬、面食らったように目を開いたが、すぐに誤魔化すようにああ違うぜ、と笑った。
「だって、おかしいだろ。髪の毛が長いのは。
………男なのにさ」
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
1.「酔わせて迫れ…? 古典的な手ね」/「勘当娘に今更何の用があるッてんだよ!」
「結構美味しいわね」
「あ、うん。そうだな」
この日、アリスは魔理沙の家に遊びに来ていた。理由らしい理由は特にない。どちらかの誕生日というわけでもなく、何かしら難しい魔法の実験が成功したそのお祝い、という訳でもない。強いて言うならアリスが巷で評判の洋酒を手に入れたので二人で試飲してみましょう、と誘ったからだ。テーブルの上にはアリスと魔理沙が二人で作った料理と赤色の液体が注がれたグラスが置かれている。赤色のアルコールは果実酒の様で一口呑めば口の中にベリーの甘酸っぱい味がする。アリスはこの味が気に入ったようですぐにグラスの一杯目を開けてしまった。
「口に合わなかった?」
魔理沙の方はというと甘い酒は苦手なのか、最初の一口目だけで後はグラスを持ったまま口を付けずにいた。これは失敗したかな、とアリスが少しだけ眉をしかめながら問いかける。
「い、いや、そんなことはないぜ」
と、魔理沙は顔を横に振るうとグラスに残っていた赤色の液体を一息に呑み干してしまった。いい呑みっぷり、ではない。無理矢理呑んだ形だ。嫌いなら無理に呑まなくていいのに、そうアリスは瞳を伏せ、唇を尖らせた。その表情に気がついた魔理沙は自分の呑み方を恥じた。ああやって一気に呑めばそう思われて当然なのに。しまった、と魔理沙は顔を俯かせてしまう。何か弁明しないと、そう考えているのだろうが口からは特に言い訳らしい言い訳も出てこなかった。そんな魔理沙を見かねたのか、アリスはため息ひとつついて顔をほころばせた。せっかくの夕食、こんな面白くないことで台無しにしちゃ悪い。悪くなりかけていた場の空気を入れ替えるようなつもりでアリスは仕切り直しの声を上げた。
「さっ、食べましょ。お料理が冷めちゃうわ」
「そ、そうだな。へへへ」
失敗をゆるしてもらった子供のように魔理沙も顔をほころばせた。そんな顔が見たくてアリスは試飲に誘ったのだ。
それから後の食事はそれなりに楽しい時間だった。
魔理沙お得意のきのこ料理に舌鼓を打ち、アリスの丁寧な盛り付けを賞賛し、会話が弾む度に酌も進んだ。気がつけば持ってきたお酒のボトルはとうに空で二人は熟したりんごの様に赤い顔をしていた。
「それでさ、にとりの奴、『こんなこともあろうかと!』ってミサイルなんか取り出すんだぜ。危ないっての、っと…!?」
箸を握ったまま身振り手振りで盟友にとりの事を話していた魔理沙の肘がコツン、とテーブルの上に置いてあったグラスに当たってしまった。グラスにはすっかりぬるくなってしまった果実酒が三分の一ほど注がれており、こぼれた赤い液体はテーブルの上に広がり縁から流れ落ちてきた。慌てて魔理沙は椅子を退いたが遅かった。流れ落ちた赤い液体は魔理沙の服を汚してしまう。
「ああ、もう」
そそっかしいわね、とアリスが立ち上がった。魔理沙の側へ回りこむと、布巾でそれ以上お酒が溢れないようテーブルの上に堰を作りグラスを起こして、それから、拭いてあげるから、とハンケチを取り出した。
「いいよ、別に」
「ダメよ。染みになるでしょ」
魔理沙の側にしゃがみ込むとアリスは白いレースの付いたハンカチで魔理沙の太ももの辺りを優しい手つきで拭きはじめた。とんとん、と叩くようにお酒をハンケチに吸い込ませていく。ある程度、綺麗にすると今度はハンケチを裏返して拭き取り始めた。
「んっ、アリス…」
服越しとはいえくすぐったいのか魔理沙は少しだけ身を捩った。子供のように一から十まで自分の不始末を処理してくれていることに気恥ずかしさを覚えたのかも知れない。
と、
「何、魔理沙?」
つい口から零れてしまった名前を自分への呼びかけだと思ったのかアリスは顔を上げ応えた。上目遣い。紅潮した頬。長いまつ毛。潤いを帯びた青い瞳。どきり、と魔理沙の心臓が高鳴った。
「いや、あの、その…」
自分の胸の内から沸き上がってきた感情を制御しきれず魔理沙は視線を彷徨わせ、しどろもどろな言動をとる。飲酒で赤くなっていた顔が更に真っ赤になり、何かを求めるよう口をぱくつかせてしまう。そんな魔理沙の挙動不審とも取れる様子がおかしかったのかアリスはフフッ、と小さな笑い声を上げた。そして、
「じっとしてて」
手を伸ばすと魔理沙の首の後を捕まえ、顔を寄せ、そうしてそのまま自分の唇を魔理沙のそこへと押し当てた。柔らかな口唇が触れ合い、二つのそれは一つになるように形を歪める。不意の口づけに驚き、目を見開いた魔理沙だったがやがてアリスに倣うように静かに瞳を閉じた。膝の上に置かれたままのアリスの手に自分の手を重ねる。
実際の時間に換算すれほんの数秒程度だろう。けれど、二人にとっては永遠に等しい時間が流れ、口づけた時と同じようにアリスの方から唇は離れて行った。
「…あっ」
名残り惜しかったのか、魔理沙が小さな声を上げた。自ら唇を離したアリスはそれには応えすじっと魔理沙の瞳を下から覗き込む。その丸い瞳の中にアリスは情熱の炎が灯っているのを見逃さなかった。ごくり、と魔理沙の喉がなる。今夜なら、とアリスは確信を得た。
今日は特別な記念日ではない。
どちらかの誕生日でも、なにか大変な実験が成功した後でもなく、そして、二人が付き合い始めたのと同じ日付でもない。ただ、今日は特別な日になるであろうという確信が、今日こそ特別な日にしようというアリスの願望があった。そう、今日こそは恋人としての次のステップに踏み出そうという日。今までフレンチでプラトニックだった関係を、より深く肉体的なものにしようという日。今日こそ身体を重ねあわせようと、セックスしようとアリスは願っていたのだ。
魔理沙の心のなかにも同じ想いがあるはず。そうアリスは思った。おいしい料理も食べ、美味しいお酒も呑んだ。雰囲気もいい。後はもう一度、口づけを交わせばどちらともなしにベッドへなだれ込み、明かりを消して愛を確かめ合うだけ。そう思っている。けれど、魔理沙はどこか狼狽える表情をするばかりで自分からアリスに迫ろうとはしなかった。いいや、アリスを求めたがってはいるもののそれを躊躇うような大きな葛藤があるように見て取れた。
また、なのかな…、そうアリスは少しだけ残念に思った。
こうして身体を重ねあわせる雰囲気になったのはなにも今回が初めてではない。長い付き合いの中で何度かそういう場面はあった。けれど、その度に魔理沙が茶化したり敢えてか空気の読めない発言をしたりしてコトには至らなかったのだ。恥ずかしいのだろう、きっと。そうアリスは思った。自分は初めてではないが魔理沙はおそらく初めてなのだろう。自分も初めてする時は恥ずかしかったものだ。それが普通の感情だ。むしろしたいのに恥ずかしくて出来ないでいる魔理沙があまりに可愛く、そして、愛おしく思えてきて、アリスはぎゅっと胸を締め付けられるような心地だった。出来れば魔理沙の方から求めてきて欲しい、そうアリスは考えていたけれど、もう駄目だった。アリスのほうが限界だったのだ。
「魔理沙っ!」
アリスは立ち上がると抱え込むよう両手で魔理沙の頭を押さえると上向かせ、そうしてまたも自分から口づけをした。鼻がぶつからないよう顔を斜め向けて、魔理沙の色付きのリップクリームが塗られた唇に自分のそれを被せ、汁気の多い果実を啜るように吸い付いた。舌を伸ばし、魔理沙の口内へ突き入れ、歯茎や相手の舌の感触を確かめるよう巧みに舌先を動かした。魔理沙の方もやっと決心がついてくれたのか、まだ躊躇いがちであるがアリスの好意を返すよう、自らも唇を吸い舌を伸ばしてきた。途切れ途切れの吐息がBGMになる。
「魔理沙…っ」
「んっっ、アリス…だ…止め…」
唇だけでは飽き足らないのか。アリスは魔理沙の胸元へと手を伸ばした。服越しにまるで成長を見せない薄い胸を触る。くすぐったいのか。魔理沙は逃げようと身を捩るが効果は上がらなかった。椅子に座りその上、肩を押さえられているのだ。逃げようがない。そうこうしている間にアリスは魔理沙の膝の上に乗りかかってきた。重さと体温が今までの比ではないほど魔理沙に伝わる。伝える。
「っ、駄目だ…アリス…どいて…」
アリスの唇が離れるたびに魔理沙は小さく消え入りそうな声で何事かをつぶやいた。アリは聞こえていないのか、それとも敢えて聞いていないのか、構わず愛撫を続ける。魔理沙の首筋を撫で、魔理沙に自分の胸を押し付け、身体を揺らし、自分の重さと暖かさを魔理沙に伝える。
「魔理沙ぁ…」
「んっ…くそ…だから、どいてくれってアリスっ!」
「きゃっ!?」
と、アリスの愛撫は唐突に終りを告げられた。魔理沙がアリスを突き飛ばし勢い良く椅子から立ち上がったのだ。あまりの突然のことにふんばりが利かず後ろ向きに倒れるアリス。アリスが悲鳴をあげるのと魔理沙がしまったと顔を歪めるのはほとんど同一のタイミングだった。
「あっ、ご、ごめん。アリス。でも、でも、その…こういうことは止めて欲しいんだ…ぜ」
謝りつつも自分の意志をはっきりと伝える魔理沙。けれど、その態度にさしものアリスもムッとした表情にならざるをえなかった。身体を起こし、下から鋭い目付きで魔理沙を睨みつける。
「どうして! 私はもっと魔理沙と仲良くなりたいだけなのに…私のこと、嫌いになったの?」
語調を強く魔理沙に問いかけるアリス。そこに不安はなく、ただただ怒りがあった。魔理沙が自分のことを好きではなのでは? まさか、そんなことはあり得ない。自惚れではなく客観的に見てそれが事実だと言うことはアリスにも分かりきっていたからだ。現に魔理沙はすぐに首を振って違う、違うよ、と大きな声で応えた。
「アリスのことは好きだよ。本当に。嘘じゃない」
「なら、どうして…? どうしてエッチしてくれないの?」
「それは…」
けれど、深く問い詰めようとするととたんに魔理沙は口ごもった。アリスはそれ以上は何も言わず、けれど、忍耐強く魔理沙に視線を向けその次の言葉が出てくるのを待った。魔理沙は顔をしかめ、視線を彷徨わせ、口を開閉し、落ち着きなさげに身体を動かした。言葉を探しているのか、決心がつかず躊躇っているのか。兎に角、そういう様子が見て取れた。やがて、決心…ではなく観念したように実は…と口を開き始めた。
「……実は私」
「………」
嫌そうな、言いにくそうな顔。まるで賄賂を受け取っていたことが露見した役人の様な顔だ。アリスは問い詰めすぎたかな、と内心で後悔していた。けれと、止めようとはしなかった。今更止められなかった。いい機会だと納得することにした。
或いは刑の宣告を受けるよう、アリスは静かに魔理沙が続きの言葉を発するのを待った。だが、それは―――
―――コンコン
そんな乾いた音に遮られてしまった。
音の発生先は玄関。堅い木の板を拳骨で打ち付けた音。来客を知らせるノックの音だ。
「あ…?」
「お客?」
どうしてこんな大事な場面の最中に横やりが、と半ば混乱してしまい暫くの間、呆然としながら顔を見合わせる魔理沙とアリス。いっそ、そのままじっとして居留守でも決め込めれば良かったのだろうが、生憎と在宅していることは窓から漏れる室内の灯りでばれてしまっている。そうでなくとも来客は急いでいるのかせっかちなのか、間を置かずしてまた戸を打ち付けてきた。
「……ちょっと出てくるぜ」
アリスに了承を得ることなく、椅子から立ち上がり玄関へと歩いて行く魔理沙。その後ろ姿を見送った後、頭を振って立ち上がった。
「駄目ね今日は。興醒めね」
きょうだけに、と薄ら寒い冗句一人口にするアリス。自嘲したかったのかも知れなかった。
「さて、どうしようかしら…ん?」
と、玄関の方から魔理沙の大きな声が聞こえてきた。怒鳴り声にほど近い声。声色から明らかに来客に対して敵愾心を抱いていることは分った。
「………」
アリスは来客が誰なのか、少し気になったが聞き耳を立てるような真似はしなかった。それでもじっとしていれば嫌でも魔理沙と来客の問答は聞こえてきてしまう為、何かしようと思い部屋を見回し、テーブルの上の殆ど料理を食べ終え空っぽになった皿と転がったままのグラスを見つけてため息をついた。
「片付けておこうかしらん」
「こんな夜遅くに来やがって! 常識知らないのか、ジョーシキ!」
「…申し訳ありません。絶対に今日中に伝えろ、と言われまして。お嬢さまのお家を探すのに手間取ったのです」
アリスが夕食の後片付けをしている頃、玄関では魔理沙が彼女にしては珍しいほどの剣幕で怒鳴り散らしていた。相手――来客は三十歳ほどの男性だった。これといって特徴のない顔つきの男で商人風の身なりをしている。妖怪や妖精、魔法使いが跋扈している魔法の森にはあまり似つかわしくない格好だが家の前に生えている木にもう一人、別の男がもたれ掛かっていた。こちらは丈夫そうなベストにゲートル姿。腰には刀を帯びている。成程、あの剣士をボディーガードにこのこの三十路男性は危険な魔法の森を歩き回り、何とか魔理沙の家まで辿り着いたのだろう。
けれど、結局やって来れたのは魔理沙の家の前までだった。男の足は霧雨邸の踏み石の所で止っている。敷居は跨いでいない。魔理沙が敵を見る眼で睨み付けているからだ。
「これがお相手の写真です」
そう言って男は風呂敷に包まれた板状の何かを差し出した。だが、いや、当然と言うべきか頑なに魔理沙は受け取らず威圧的な態度を取るばかりだった。
「知るかよ! 帰れよもう!」
「申し訳ありませんがお渡しするまで帰ってくるな、とのご命令でして…」
男の方も命令に殉じるつもりがあるのか。それとも一回り以上、年が離れている子供に自分は丁寧語を使い、相手からはまるで仇敵の扱いを受けていることにせめてもの意趣返しをしているのか、男もまた風呂敷に包まれたそれを魔理沙に付きだしたまま微動だにしなかった。
暫く鍔迫り合いのような緊張感のある時間が流れ続けた。一人だけ実際のそれを知っているであろうボディーガードの剣士が早くしてくれと言わんばかりに欠伸をした。それが合図になったわけでもなかろうが、魔理沙は舌打ちすると男の手からそれを奪うよう取った。そして…
「これでいいんだろ?」
そのままソレを床に投げ捨てた。さしもの男も魔理沙の悪態に眉を寄せたが、それだけだった。
「では私はこれで。後日、また伺わせて戴きます」
あくまで礼儀正しく、大人としての態度を崩さない男。一歩下がり深々と頭を下げてから踵を返した。その背中に中指を立てて見送る魔理沙。二度とくんな! と二人が消えていった方へ怒鳴り声を上げ、男から受け取ったものを蹴飛ばし、肩を怒らせながらダイニングへと戻っていった。
「クソ、腹立たしいぜ」
「お客さんは帰ったの?」
「あ」
魔理沙が戻ってくるとアリスは椅子に腰掛け、眼鏡をかけ雑誌をつまらなさそうに読んでいるところだった。テーブルの上にはアリスが持ってきたあの果実酒の空き瓶を花瓶代わりにした花が置かれているだけで他には何もなかった。魔理沙が台所へ視線を向けると綺麗に洗われた二人分の食器が並べて乾かされているのが目に付いた。
「片づけてくれたのか。ごめんアリス」
「そういう時はありがとう、って言うものよ」
雑誌を閉じて魔理沙に視線を向け微笑むアリス。魔理沙はばつが悪そうに視線を逸らした。
「さて、じゃあ私も帰るわ。夜も遅いしね」
立ち上がり、アリスは眠気を覚ますよう背伸びをした。酔いもすっかり抜けきってしまっている。それに今更、先程の続きをする気なんてさらさらない、そんな様子だ。読んでいた雑誌をラックへ戻すと、アリスは既に用意してあった自分の荷物を手に取った。食器を片付け終えた頃にはもう既に帰る決心が付いていたのだろう。魔理沙もそれを見て、呼び止めるような真似はしなかった。或いは魔理沙こそが今日はアリスには帰って欲しいと思っていたのかも知れない。先程、言いそびれたことと来客の件について。
「それじゃあな、アリス。おやすみ」
「ええ、おやすみ、魔理沙」
手を振って玄関の方へ歩いて行くアリス。と、忘れ物でもしたのかアリスは途中で踵を返すと魔理沙の方へまた近づいていった。そして…
「今度はイージーやノーマルじゃなくってハードまで行きたいわね」
ちゅ、っと軽く魔理沙に口づけした。余りに自然に余りに突然にそうされた為、魔理沙は反応さえ出来ず、顔を耳まで真っ赤にしたまま手を振る動作の途中で止ってしまっていた。
「じゃあね、おやすみ魔理沙」
手を振りながらアリスも夜の魔法の森へと消えていった。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
2.「女友達の愚痴を聞くのも親友の務めかしら」/「よかった。私も女の人が好きなの」
「って事があったのよ。どう思う霊夢?」
「リア充爆発しろ」
アリスと魔理沙の記念すべき日にならなかった日の次の日。博麗神社の縁側でアリスは霊夢に昨日あったことを話していた。アリスとしては相談のつもりだったのだろうが、話を聞いた霊夢は夕食のメニュー全てが自分の嫌いな食べ物だったような顔をしていた。さもありなん。話の大半はアリスののろけだったのだから。ぶっきらぼうな霊夢の言葉を聞いてアリスは「爆破はやめて。ホント。ごめん」とたじろいだ。
「でも、本当のところどう思う? やっぱり…恥ずかしいのかしら」
「知らんがな」
それでもなお執拗に意見を求めてくるアリスに霊夢は半ば呆れながら返事した。更に自分はそんな話を聞く耳は持っていないとアピールする為にずずずと音を立てて番茶をすすってみせる。とりつく島もない様子にアリスはそれ以上、霊夢に話しかけるのをやめた。
「………」
けれど、諦めたと言う様子ではない。霊夢が用意したお茶にも手をつけず縁側に腰掛け、肩を落としている。アリスとしてはやはり憶測、推測でいいから昨日の魔理沙の態度の意味を知りたかったのだ。或いは――
「……まぁ、魔理沙はアレで結構ヘタレだから迫る貴女に対して臆したのかもね」
「そうよねっ! うん、あのヘタレ!」
自分のせいではない、全ては魔理沙が悪いのだと少しばかり恋人の悪口でも言ってみたかっただけなのかもしれなかった。
「昨日もあれだけ盛り上がっておきながら私を突き飛ばすんだもの。失礼しちゃうわ、まったく」
大体、あの子ったら、と一人で盛り上がり始めるアリス。まぁ、好きにさせておけばいいか、とせんべいをかじる霊夢。
「ホントにもう。まぁ、そこが魔理沙の可愛いところなのかもしれないけどね」
ひとしきり魔理沙の悪口を言って、結局最後に笑って許すような発言をするアリス。盲目的である。毒を吐き終わったからか、満ち足りた笑顔でお茶を戴いている。そんなアリスにまた呆れながらも霊夢はお茶を飲んだ。
「………」
いや、違う。毒を吐き終わって落ち着いたわけでも、呆れているわけでもない。
「ねぇ、アリス」
「…何?」
前者はまだ落ち着いた訳ではなく、後者は機会を伺っていただけだ。アリスはまだ、悪口を言ったぐらいでは取れないしこりを心に残し、霊夢は友人の心を傷つけないよう言葉と機会を探していただけだ。
「貴女は、その女だけれど女の子が好きなんでしょ」
「……それがどうかしたの」
アリスは同性愛者である。男性を恋愛対象、性交対象と見ることは出来ず(せず、ではなく出来ず)同性…女性のみに恋愛感情、性的興奮を憶える質である。アリスはこの自分の性的嗜好を奇異なものとは捉えていない。生来の性質であるし、彼女が生まれ育った魔界では恋愛対象が同性であることなど気に留めるような事ではないからだ。幻想郷はおろか“外の世界”よりも文明が発達した魔界。その魔界の社会は既に人口統制が行き届いており、死ぬ者より生れる者の数が僅かに上回っているというベストなバランスを保っている。ある程度の人口の増加が義務である未成熟な社会と違い、結果、子を増やす事になる異性愛を推奨/強要する必要がないのだ。故にか魔界では性差のない自由な恋愛はいむべき事柄ではなく寧ろ文明人として当然の恋愛観、という風潮が主流である。加え魔界では既に同性同士による子作りが魔道技術により可能となっている。同性愛など禁忌でもなんでもないのだ。
だが…
「余り言いたくはないけれど…ねぇ、実は魔理沙は普通に…いえ、普通という言い方は失礼ね。でも、ここじゃあまだそれが普通だから普通と言うわ。普通に魔理沙は男の人が好きなんじゃないの」
社会としては未成熟であり人口のある程度の増加が必要な幻想郷ではまだまだ同性愛は忌むべき嗜好として社会的に認められてはいない。一部、寺院や貴族には衆道と呼ばれる同性愛の風習があるが、それでも一般大衆の間では村八分や弾圧のような強烈な迫害はなくとも往来で声を大きくして語るべき事柄ではない。集落で同性愛に対するアンケートを採ったとしても九割方否定的な意見が返ってくることだろう。
だから霊夢は同性愛が普通であるアリスに躊躇いがちに魔理沙はそうではないか、と言ったのだ。
「あの子がヘテロだっていうの?」
霊夢は言葉を選んでいたが、それでもデリケートな問題故かこの話題は流石にアリスの琴線に触れたようだ。少しばかりむっと顔をしかめながらアリスは問い返した。霊夢は少しだけ考えるような動作をした後、「ヘテロというのは、女の人が男の人だけを好きになるって意味でいいのかしら」と確認した。次いでアリスを傷つけないようけれど過不足なく説明する為に言葉を続ける。
「勿論、私は、いいえ、絶対に魔理沙は貴女のことが好きに決まっているわ。それは間違いない。けれど、あの子は数年前まで人間の集落で暮らしてたのよ。貴女みたいにその…女の子が女の子を好きになるのは別段変な事ではない場所で暮らしていたわけでも、私や咲夜、妖夢みたいに性別? ナニソレ? みたいな連中と昔から付き合っていた訳でも、ましてや男女関係なく性交渉してる山の上の淫売売女ビッチ巫女とは違うの。ある意味であの子は私たちの中じゃ一番、幻想郷の常識を知っている子よ」
霊夢の言葉に耳を傾けているアリスの表情は固い。それは大切な人が末期ガンに侵されている可能性があると医師から説明を受けているかのような表情だ。ある意味で間違いない。それでもアリスは怒鳴り散らし霊夢に当たるような真似はしなかった。その程度の分別ぐらい余裕で持ち合わせているのだ。
「だから、もしかするとその魔理沙の常識が女の子の貴女とエッチすることをおかしい、変だと思わせているのかも知れないわね」
霊夢が説明し終えてもアリスは何も、否定も肯定も口にはしなかった。俯いて、膝の上で指を組んでじっとしている。妙に重苦しい空気が立ちこめ始める。霊夢も沈黙する。雀の鳴き声だけをBGMに静かな時間が流れる。
「…もし」
沈黙に耐えかねたのか、それとも喋りすぎで喉が渇いたのか、お茶のお代わりを淹れようと霊夢が立ち上がったところでアリスが静かに口を開いた。告解するような小さな声。霊夢は湯飲みを手にしたままアリスにへと視線を向ける。
「もし、そうだとしたらどうすればいいの? 今まで通りプラトニックな関係を続けていけばいいの? ごめん…無理。私は、私は魔理沙とエッチしたいの。あの子に口づけして、おっぱいを触って、あそこに指を入れて、一緒に果てたいの。でも、魔理沙はそれが変だって言うんなら私は…」
「犯せばいいと思うわよ♪」
「ひぎゃっ!?」
アリスの遺憾まじりの言葉を茶化すよう口を入れてきたのは今度は自分の番と黙って聞き入っていた霊夢…では当然なく、二人の間の何もない空間を切り裂くスキマから身を乗り出してきた紫だ。
突然のスキマ妖怪の出現にさしもの二人も大いに驚き、霊夢は湯飲みを庭へと落としてしまった。
「ゆ、紫? なんでこんな所に!?」
「うふん、こうきゃっうふふなトークが繰り広げられてる女子力を察知してね。私も参加したくなっちゃったのよ。ほら、私も女の子だし」
女の子、のイントネーションを強く発音する紫。げんなりと虫やホルモンのような下手物料理を見せられたように霊夢は激しく肩を落とした。
「どの口が“女の子”なんて言うか」
「この口よ。私も形而上学の上では女の子よ。まぁ、でも」
扇子を口元に当て紫は忍び笑いを浮かべた。何か底が見えないほど深い井戸を覗きこんだような印象を与える笑みだった。
「女の子とか男の子とか、ついてないとかついてるとか、XYだとかXXだとか些末な問題よねぇ」
アンタにとってわね、と皮肉に顔を歪める霊夢。このクラスの大妖怪になると性差など些末なものになることは分りきっていた。魔界の住人のように社会的に成熟しているからではなく、生と死、繁殖、成長、それら生物としての枠組みから大きく外れているからだ。死ぬことも老いることもなく、また、己が培ってきたことを後生に伝える必用もない。恋愛の根源にある生殖行動は紫のような大妖怪にとっては完全にレクリエーションに等しい。子孫を作る必用がないからだ。究極生物に性別は無いというがそれと同じ事だ。
「本当に些末すぎるわ。問題にすらならない。問題なのはいつ告白するか、いつベッドに誘うか、いつ婚約指輪を渡すか、いつまでも愛するか、それだけよ。いえ、いつすら必要ないわ。愛する。それだけよ」
故にこの妖怪の大賢者は語る。問題なのは自分の気持ちだけだと。一見すればそれはアリスの常識である魔界社会の考えと同じように聞こえるが根底ではまったく違っている。紫のソレは単一であることを極めたが故の形而上学的な言葉だ。
さしものアリスもその域までは達していない。少なくとも千年以上生きて、根底から生き物であることを辞めなければ達しない領域の話だ。
だが、性別は問題ない。問題なのは自分の気持ちだけだ、という考えを再確認することは出来た。その自分の気持ちという問題も考えるまでもなく決着は付いている。アリスは魔理沙のことを愛している。それ以上でも以下でもない。となると問題はさてそれでどうするかと言うことだが…
「…どうすればいいんでしょう?」
普段なら紫のような自分より圧倒的に強い存在には近寄りもしない、全力を出してなお敵わない相手などそもそも相手にしないのが一番だと常日頃から考えているアリスだったが今回ばかりは己を曲げて問いかけた。それぐらい切羽詰まっていたのだ。アリスの質問ににひり、とどこかの変わり者の教授のように笑みを浮かべる紫。そして、
「簡単なことよ。やっぱり、犯せばいいのよ。レイプよレイプ。レッツ陵辱。既成事実を作ってしまえば後はどうとでもなるわ」
あっけらかんとそんな事を言った瞬間、霊夢の巫女しばき棒によって脳天を叩かれた。
「性犯罪を助長するな色欲魔が」
「あら性犯罪じゃないわよ。愛の一つの形よ。そうだわ。これから魔理沙を犯しに行くアリスさんを後押しする形で私たちもレイプしましょ。行くわよ霊夢ちゃぁ〜ん」
ぴょこりと霊夢に向かってスキマから飛び出してくる紫。その格好は全裸よりも欲情そそる薄手の下着であった。
「貴様は猿顔の三代目大泥棒か!」
くたばれ、と八方鬼縛陣を放つ霊夢。だが、赤ジャケのアニメのようにはいかず紫は障壁を容易く突破し霊夢を組み伏せる。
「うふふ、うぶなねんねじゃあるまいし。大人しくしなさぁい」
「ねんねですよ! ああクソ! ちょ、アリス助けてよ! アリスっ! ねぇってば!! いっ、いやー、犯されるーっ!」
瞬く間に巫女服を脱がしにかかる紫。霊夢は必死に抵抗しながら助けを求めるが、もはや聞くべきことは聞いたと言わんばかりにアリスは既に二人から離れ手を振って別れを告げているところだった。
「ありがとうございます紫さん。霊夢も。それじゃあ」
「ええ、バイバイ、アリスさん」
「薄情者ーっ!」
さて、と帰路につこうとするアリス。
と、
「ああ、そうそう。でも、なんにせよ自分自身の心には早く従っておいた方がいいわよ。世の中のほぼ全てのものはうつろいゆくものよ。変わらないものなんてまずない。貴女と魔理沙の関係もね。ええ、だからお気をつけなさい。そして、早くしなさい。謀は密をもって良しとなし―――兵は神速を尊ぶものよ」
最後にそう、うつろわざるものは笑んで見せた。その言葉はこめかみに拳銃を押し当てたか如き心理的重圧をアリスに与えたのであった。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
3.「はぁっ。はぁつ。はぁっ。はぁ。おぉっ。あ、アリス…! はぁ…はぁ…はぁ…最低だ、私」/「嫌な思いをしたというのに…どうしてアレはまともに産まれなかったのだ!?」
夢を見ている。
昔の夢だ。
夢の中だというのに私は布団にくるまって眠っている。今の自分の部屋のようにベッドではなく畳の上に。そう、この頃はそうやって眠っていた。母さんと一緒に。
親と一緒の布団で寝るだなんて今の自分の年頃なら恥ずかしくて死にたくなるような事だが、あの時は仕方なかった。まだ私は小さく、そして母は今でこそ分るが過保護だったのだ。こうして寝るときは当然のこと、お風呂に入るときも着替えるときも風邪をひいて医者に行くときも母は常に私の側にいてくれていた。他人に私を任せずずっと自分一人で面倒を見てきたのだ。
と、私は唐突に目を覚ました。夢の中なのに。夢の中で夢から覚めたのだ。目覚めた理由はなんてことはないもよおしたからだ。その時分は確か冬で寒いのと夜の厠が怖いのとで布団の中で暫くの間、もじもじしていたことを思い出す。
「×××?」
私が布団の中で動いていたせいだろう。母が目を覚ました。次いで「おしっこ?」と問いかけてくる。私はうん、と頷いた。母もそう、とだけ返しまた目を瞑ってしまった。酷く眠かったのだろう。当然だ。あの暗さと静けさから言ってあの時間帯は丑三つ時。草木も眠るような時間だった。あんな時間帯に起きているのは魑魅魍魎、人でなしだけだ。けれど、母はまた目を開いて、目蓋を擦りながら「まってて、今、厠に連れて行ってあげるから」と言ってくれた。眠気を押してまで子供をトイレに連れて行ってあげようとする優しい母親。けれど、当時の私はその母の過保護ぶりが疎ましく、それ以上にまた夜中とは言え怖くて寒くて一人でトイレにも行けない事が凄く恥ずかしいことに思えてきたのだ。或いはこれ以上、母に迷惑をかけられない、なんて感情もあったかも知れない。私は大丈夫、と母に先んじ布団から出た。お母さんは寝てて。トイレぐらい一人でも行けるぜ、そうはっきりと自分ではちょっとの気後れもみせないつもりで口を開いたのだ。布団から顔を上げていた母は暫く考えた後、「そう…えらい子ね」と笑った。続く言葉はなく暫くすると不規則な寝息が聞こえてきた。本当に眠かったのだろう。私は母が眠り再び一人になってしまったせいで沸き上がってくる恐怖心をかみ殺し、静かにトイレに向けて歩き始めた。
私と母の生活の基本の場である離れに付属しているトイレというのは屋敷の裏庭の端にあり、その側には柳の木が立っていた。柳の木と言えば幽霊が出没する好スポットだ。今でこそ幽霊なんてスコア稼ぎ用の雑魚敵ぐらいにしか思わないが、当時の私は世間一般で言うように幽霊というものが怖かったのだ。母について来なくてもいいと啖呵を切った割りに情けない話だが、そこはやはりうつろいやすい子供だったのだろう。結局、私は裏庭へ至る廊下の前で足を止めてしまった。怖くてそれ以上、進めなかったのだ。かといってそこでそのままじっとしていても漏らしてしまうだけだ。見得を切った手前、母に頼むことはできない。暫く悩んだすえに私は使うなと言われている母屋側のトイレに行こうと決めたのだった。たしか、そういう流れだったと思う。そうでなくては母屋の方のトイレになんて行こうとはしなかったはずだからだ。私は渡り廊下を小走りに進み、母屋へと行くと暗い廊下を半ば手探りで歩いて行った。
「………?」
廊下の先に灯りが見える。それに荒々しい息づかい。こんな夜中に自分以外の誰かが起きているなんて事がとても信じられなかった。灯りが漏れているのはあの男の…父の寝室だったはず。実は未だによくは知らない。けれど、恐らく間違いないだろう。父の声もまた聞こえてきたからだ。
私と父は余り仲は良くなかったが、それでも私はこんな夜更けに父が、声を荒げて何をしているのかが気になった。それに父と一緒に聞こえてくる第三者の小さな悲鳴。その声には聞き覚えがあったのだ。店で働いていた丁稚奉公の少年の声だ。年はそれなりに離れていたが、子供同士ということで何度か遊んだことがあったのでよく憶えていた。彼と父は遊んでいるのだろうか。こんな夜更けに? そう考えると俄然興味が湧いてきた。私はトイレに行くのも忘れ父の部屋へと向かった。
ああ、そして、そうだ。思い出した。これが過去のどの場面なのかを。いや、無意識に見る夢だからこそ無意識に私はこの過去を思い出す夢が過去のどの時点を思い出しているのか考えなかったのだ。馬鹿馬鹿しい。私があの家で思い出すことと言えばこの出来事しかありえないじゃないか。
やめろ、行くな、と私の精神は叫び声を上げるが私の記憶は過去の体験通りに足を進める。当然だ。過去の改変は時間遡航能力かタイムマシン、Dメールが必用だ。願った程度では過去は変わらない。そうだ。どんなに足掻いても藻掻いても過去のトラウマは払拭できない。どんなことがあろうとも私は忘れないだろう。つい障子戸を開けて見てしまったあの光景を。
「………」
――ハァハァ、いっ、痛いです
じきに良くなる――
そこにいたのは二人の男だった。どちらとも裸に近い格好。部屋の中は暖を取る為だろうか炉が焚かれていたが、明らかにそれとは別種の何か私が嗅いだこともないえも言えぬ芳香を放つ煙が立ちこめていた。障子戸の隙間から私のいる廊下側へと流れ出してくる熱気と臭気。男たちの汗と体液の匂い。体液。そうだ。男の一人、大男は快楽を堪えるよう顔を歪め、もう一人、少年は苦痛を堪えるよう顔を歪めている。どちらも多量の汗をかき、涙を流し、涎で口回りを汚している。いや、それ以外、当時私は知りもしなかった体液が二人の体を汚していた。その汚れの出所は何処だろうか。大人の方が少年の方へ覆い被さって、激しく腰を動かしている。毛むくじゃらの太股が白い尻を挟み込んでいる。大人の大きな手の平が時折、少年の尻を打ち据えている。その度に少年は嘶きのような悲鳴をあげる。元は白かったであろう少年の尻は今や真っ赤に腫れ上がり、張り手の紅葉を咲かせている。お馬さんごっこだろうか。けれど、アレは大人が子供にしてやるもので、子供に大人がするものじゃない。それにあんなに激しく動くのもいただけない。お馬さんごっこというより悪漢が小さなロバを虐めているようなものだ。そう虐めているように見える。決して、あの少年が粗相をした罰に尻を叩いているようには見えない。大人が子供に手を上げていいのは子供を叱るときだけだと決まっているはずなのに。いや、少年にのしかかり尻を叩き、激しく腰を前後させている大人の顔からもそれは分る。厳しくも子の将来を見据える慈愛の顔でも憤怒に駆られた阿修羅の形相でもなく、大人は、狂喜、快楽と獣欲に塗れた邪悪な顔をしているのだ。ああ、畜生。畜生。やはり、これはお馬さんごっこじゃない。折檻をしているわけでもない。私はついに二人が何を、大人が少年に対し何をしているのか見てしまったのだ。畜生。畜生。思い出して吐き気を催してきた。胸くそが悪くなる。だが、夢からは逃れられない。これはリプレイで私の頭の中というモニタの電源を落とさない限り、再生は続けられるのだ。どうあっても、そうどあっても、私は一度見てしまっているのだ。少年のお尻の穴を出入りするあの大人の性器を。いきりたち、脈を浮かび上がらせ、腸液と血に塗れているあの剛直を。めくれ上がった肛門を。ああ、畜生。畜生。奴らはしている。性行為を。秘め事を。ファックを。まぐわいを。こともあろうに男同士でッ!
無論。当時の私はそれが性行為だとは知らなかった。普通なら男女で子供を作る為にする行いを。子供なんてものはコウノトリが運んでくるかキャベツ畑で拾うか、川上から桃に入れられて流されてくるかのどれかだと思っていた。だから、アレが、クソ、あの忌まわしい雄同士のまぐわいが性行為だとは知らなかった。だが、それでも幼い私の目にもあれは邪悪な行いだと言うことは理解していた。まともな行為であるはずがない。男女という言うなれば凸凹の組み合わせで行うからこそ性行為なのだ。やはり突起を窪みにぴったりと収めるのが当然、理に適っている。隙間なく丁度いい美しい組み合わせ。男女だからこそ綺麗なのだ。それをそれを凸同士なんて明らかに噛み合わない悪しき組み合わせで行っている。性行為なんて知りもしないことであったが、あれが理に適わない組み合わせで間違っていることは幼い私でも理解できた。いや、間違っていることは理解できても行為そのものには理解が及ばず、不理解はすぐさま恐怖と混乱へとその姿を変えた。
「ヒッ!?」
その時、思わず悲鳴をあげ後ろに倒れてしまったのは余りに気分が悪くなったからだ。立ちくらみを起こしたと言ってもいい。兎に角、その音で私は覗き見していたのを二人に気づかれてしまった。えっ、と小動物のように顔を上げる少年。あ、と肉食獣のように顔を上げる父。父は少年から腰を離すと立ち上がり、わずかに開いた障子の隙間からこちら側を睨み付けてきた。血走り、憤怒に駆られた眼球。未だにソレを憶えている。そして…
「×××ッ!!」
父は私の名を叫び戸を開けた。前を隠そうともせず、そのままの格好で。怒りの余り完全に我を忘れてしまっていたのだろう。そのまま父は廊下へとのっそりと歩み出てきた。幼い頃の私の目にはまるでそれが住処の穴蔵から出てきた猛獣の様に見えた。その時に感じた恐怖は死に対するそれに等しかった。私は歯を打ち鳴らすほど震え、顔を引き攣らせ、そして…してしまった後もそう言えばとしか思えなかったが、完全に下半身を脱力させてしまって、つい漏らしてしまったのだ。生暖かい液体が股の間から溢れ出し、服を濡らし、廊下の夜気に曝され、えも言えぬ香り付きの湯気を浮かび上がらせたのだ。憤怒に駆られた父も私の粗相にあっけにとられ、一瞬、場の空気が停滞したがやはりそれは一瞬だった。父は再び顔を紅潮させると足を振り上げ、ほぼ躊躇いなく私の体を蹴りつけた。
「こんな所で漏らすなァ!!」
大砲の発射音の様な大声。それを五月蠅いと思う余裕はなかった。蹴られた箇所が消失したように痺れ、遅れて耐え難い痛みが襲ってきたからだ。
「第一、母屋には入るなと言ってあっただろう!」
痛みに震える私の体に更に二、三、と父は足蹴を加えてきた。その度に一瞬、私は意識が遠のき、遅れて脳に伝わる激痛に打ち震えなくてはいけなかった。
「お前は、お前は、お前はァ!」
その後も父の怒声と足蹴は続く。もはや、私は自分がどうなっているのか、倒れているのか起きているのか、痛いのか痛くないのか、何処が痛いのか何処が痛くないのか、そのどれもが分らなくなっていた。意識の混濁は現実の私にも作用を及ぼし始める。最早、今の私がどの時分の私なのか、家のベッドで寝ているのか実家の廊下で倒れているのか、過去なのか現在なのか、それすらも分らなくなっていた。
「このッ…ん、お前、その股ン所…」
「×××っ!!」
混沌の内に沈みつつある私の耳が声を/頭が過去を捉える/思い出す。
蹴りつけられ腫れ上がり殆ど開かなくなった目蓋をこじ開けて見てみれば母が倒れた私に覆い被さっていた。その母を私同様、強く蹴りつける父。母はひたすらにすいません、すいませんと謝っていた。母は帰りが遅い私を探しに来て、そうしてこの場面に遭遇してしまったのだろう。
「コレをこっちに近づけるなと言ってあっただろう!」
「すいません。き、きっと寝ぼけてしまったのでしょう。子供のしたことです。どうか、勘弁してください!」
「ならぬ! 第一お前がきちんと面倒を見ておればこんなことにはならなかったのだ!」
「もうしわけございません。悪いのは全て私です。ですから、どうか、どうか、お気をお静めください!」
「五月蠅いッ! 第一、貴様がコレをまともに産んでいれば…畜生! もはや勘弁ならん! 数年間我慢してきたが最早耐えられぬ。俺はコレが目に付くだけでも苛つくのだ!」
足蹴の振動が母の体を伝わり感じる。母は強く私を抱きしめ、何とか守ってくれようとしていた。だが、それも数年間だけだった。時は加速し、場面は流転し、私は様々な場所、場面で父に暴力を受けていた。
出来損ない/足蹴
気持ちの悪い雌め/殴打
俺の気持ちはわかるまい/竹刀
お前さえ産まれなければ/張り手
俺の努力を無為にしやがって/投石
痛いか、苦しいか、それが罰だ/根性焼き
死ね、死んでしまえ/絞首
クソこれだから女という生き物は/乱打乱打乱打乱打打乱打乱打乱打乱打乱打乱打乱打乱打乱打乱打乱打乱打乱打乱打乱打乱打乱打乱打乱打乱打乱打乱打乱打乱打乱打乱打乱打乱打乱打乱打乱打乱打乱打乱打私の顔面を殴り続ける父乱打乱打乱打乱打乱打乱打乱打乱打乱打乱打乱打乱打泣き叫び赦しを乞う母乱打乱打乱打乱打乱打乱打乱打乱打乱打乱打乱打乱打乱打乱打乱打乱打乱打乱打乱打乱打うずくまりただただ耐えるだけの私乱打乱打乱打乱打乱打乱打乱打乱打乱打乱打乱打乱打乱打乱打乱打乱打乱打乱打乱打乱打乱打乱打乱打乱打乱打乱打乱打乱打乱打乱打四つん這いの私にのし掛かり腰を振う父乱打乱打乱打乱打乱打乱打乱打乱打乱打乱打乱打乱打乱打乱打乱打顔を殴られる尻を叩かれる怒鳴り声を上げる乱打乱打乱打乱打乱打乱打乱打乱打乱打乱打乱打乱打乱打乱打乱打乱打乱打乱打乱打乱打じきに良くなる乱打乱打乱打乱打乱打同性の交ぐわい乱打乱打乱打乱打乱打乱打乱打乱打乱打乱打乱打乱打乱打乱打乱打乱打乱打乱打乱打乱打のし掛かり腰を振う父の像がぶれる乱打乱打乱打乱打乱打乱打乱打乱打乱打乱打乱打乱打乱打乱打乱打乱打乱打乱打乱打乱打乱打乱打乱打乱打乱打乱打乱打乱打乱打乱打乱打乱打乱打乱打乱打いつの間にか仰向けになっている私乱打乱打乱打乱乱打乱打乱乱打乱打乱打乱打乱打乱打乱打乱打乱打のし掛かり私の顔を殴打する父イヤ違う乱打乱打乱打乱打乱打乱打乱打乱打乱打乱打像がぶれる乱打乱打乱打乱打乱打乱打乱打乱打乱打乱打乱打乱打乱打乱打乱打「ねぇ、エッチしよう?」乱打乱打乱打乱打乱打乱打乱打乱打乱打乱打乱打乱打乱打乱打乱打乱打乱打乱打乱打乱打乱打乱打乱打乱打乱打乱打乱打乱打乱打乱打乱打乱打乱打乱打乱打父の姿が○○○に変わる乱打乱打乱打乱打乱打乱打乱打乱打乱打乱打乱打乱打乱打乱打乱打乱打乱打乱打乱打乱打乱打乱打乱打乱打乱打乱打乱打乱打乱打乱打乱打乱打乱打乱打乱打産まれたままの姿の乱打乱打乱打乱打乱打乱打乱打乱打乱打乱打乱打乱打乱打乱打乱打乱打乱打乱打乱打乱打乱打乱打乱打乱打乱打形のいい乳房が見える乱打乱打乱打乱打乱打私の太股の上に跨がっている乱打乱打乱打乱打乱打開かれた両足。その間の茂みはしっとりと潤っている乱打乱打乱打乱打乱打乱打乱打乱打乱打乱打乱打乱打乱打乱打いつでも性交できる程濡れている乱打対し私は、私のモノは乱打乱打乱打乱打乱打乱打乱打乱打乱打乱打乱打乱打乱打乱打乱打乱打乱打乱打乱打乱打乱打乱打乱打乱打乱打乱打乱打乱打乱打乱打乱打乱打乱打乱打乱打乱打乱打乱打乱打乱打乱打乱打乱打乱打乱打乱打乱打乱打乱打乱打乱打乱打乱打乱打乱打乱打乱打乱打乱打乱打乱打乱打乱打乱打乱打乱打乱打乱打乱打乱打乱打乱打乱打乱打乱打乱打乱打乱打乱打乱打乱打乱打乱打乱打乱打乱打乱打乱打乱打乱打乱打乱打乱打乱打乱打乱打乱打乱打乱打乱打乱打乱打乱打乱打乱打乱打乱打乱打乱打乱打乱打乱打乱打乱打乱打乱打乱打乱打乱打乱打乱打乱打乱打乱打乱打乱打乱打乱打乱打乱打乱打乱打乱打乱打乱打
「うわぁぁぁぁぁぁ!!!」
唐突にあがった叫び声に木の枝に止っていた小鳥たちは一斉に飛び立っていった。夕暮れ時の静かな魔法の森が一瞬騒がしくなった。叫び声の発信源は森の中の一軒家。その奥の部屋。小さなテーブルの上に空の酒瓶とコップに僅かばかりぬるくなった酒が残っている部屋で寝ていた魔理沙の声だった。
「あ、ああ…夢か。うん」
体を起こし事実確認するように呟く魔理沙。夢の中では夢だと認識していたのに、起きたその瞬間は先程まで自分が体感していたことが夢だったとは思えなかったのだろう。汗で額に髪の毛を張り付け、少しばかり肩で息をしている。兎に角、落ち着く為にか魔理沙はすぐにはベッドから降りなかった。
「頭痛い…」
いや、どうやらそれだけではないらしい。魔理沙はこめかみに軽く触れると顔を苦しそうに歪めた。顔色も悪く見える。その原因はベッド脇の小テーブルの上に置いてある空の酒瓶だ。昨日、アリスが帰った後、魔理沙は寝ようにも寝れず、酒に逃げるしかなかったのだ。秘蔵のブランデーを一人で注いでは呑み注いでは呑みを繰り返し、完全に酔っ払ってから泥のように眠りについたのだ。もっとも、その結果がどうなったかは語るまでもない。酷い頭痛に苛まされながら魔理沙はベッドの上で顔をしかめていた。
「畜生。イヤな夢見たなぁ」
気分が悪いのは二日酔いのせいだけではないようだ。俯き加減の魔理沙の顔には過去に対する暗い想いで満ちていた。眠りの縁で見た悪夢に押しつぶされ、沈鬱な顔をしている。
「起きよう」
暫く、そのままの姿勢で暗い気分に沈んでいた魔理沙だったが、ずっとそうしているわけにも行かないと気がついたのかぼそりと自分に発破をかけるよう呟いた。それでも動き出したのは更に五分ほど経ってからだ。芋虫のような緩慢な動作で布団をめくりあげベッドから降りようとする。
「うわ、寝汗でぎとぎとだ」
精神的な嫌悪に遅れ肉体的なそれも感じ始めた。汗を吸ったアンダーウェアのキャミソールはしっとりと重く、下にはいているドロワーズも同様に…
「……マジか」
いや、上半身以上に汚れていた。漏らしたような大きな染みが股の所に出来ている。魔理沙は狼狽えたように無闇矢鱈に視線を巡らせた後、大きなため息をついて脱力した。せっかく沸いてきていた起きようとする気力がそれで全て消え失せてしまった。
「アリス…」
不意に彼女の名前を呟く魔理沙。顔には嫌悪…自己嫌悪の色が強く浮き出ている。夢の中で垣間見たアリスの裸体が脳裏を過ぎる。綺麗な肌。形のいい乳房。紅潮した頬。囁かれる愛。潤いを帯びた茂み。産まれたままの姿。恋人の霰もない姿を想像すれば興奮しそうなものではあるが魔理沙は逆にまた沈鬱な表情をしはじめた。ベッドから足を降ろして、俯いている。視線の先には汚れたドロワーズ。畜生、と忌々しげに漏らす。己とその運命を呪う声だった。
最悪の朝だ、と魔理沙は思った。だが、同時にどこか諦念している風でもあった。自分にはこんな目覚めがお似合いなのだと自嘲している風でもあった。
「ハハ…はぁ…お風呂、行くか」
気分を海の底まで沈めていた魔理沙であったが、沈みすぎてむしろ地球の裏側からでてしまったかのように吹っ切れ、けれどやはり自嘲げに笑んだ。自棄だとか諦念だとか、そういう心情。最早、どうにもならぬ、どうにでもなれ、だったら普段通りの生活を過ごすだけだと魔理沙はやっとの事でベッドから降りた。スリッパを履いて寝室を後にする。兎に角、さっぱりしなくては。そういう考え。ふらつく足取りで廊下を進み風呂場へ。
「………?」
と、脱衣所に入ったところで人の気配を感じた。扉が開く音。僅かに軋む廊下。チルノかその辺りの馬鹿が遊びに来たのだろうか、と考える。或いは聞き間違いか。暫く魔理沙は脱衣所で聞き耳を立てていたがはっきりと人の声を聞いた。玄関の方だ。来客か、と魔理沙はタオルを体に巻き付け、半裸の格好のまま出て行った。
「誰だ?」
「あっ…」
はたして家に来ていたのはアリスだった。玄関で棒立ちに、とても驚いた顔をしている。その手にあるのは…
「お、おはよう魔理沙。えっと…その、この写真は…?」
昨日の夜、魔理沙が追返した来客が持ってきた物だ。風呂敷に包まれ、紙製の額に入れられた大判の写真。記念写真や風景写真ではない。写っているのはスーツ姿の一人の若い男性だ。見る者に好印象を与えるよう微笑を浮かべている。そんな装丁から写し方まで小綺麗なこの写真の用途など一つしかない。自己紹介。これは…
「これは…お見合い写真、じゃないの…?」
魔理沙に対し婚約しようと持ちかける類の写真であった。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
4.「お見合い? 誰がだ? まさか、私じゃないだろうな」/「もうしわけありませんが娘をお嫁に出す気はまだありませんの」
「とはいうものの流石に紫さんの話は極論よね…」
空を飛び帰路につきながらため息混じりにアリスはぼやいた。霊夢、そして紫のアドバイスのお陰である程度自信を取り戻すことは出来たが、かといって現実的な解決策が見いだされたわけではなかったからだ。胸の内にはやはりもんもんと炎のようなものが燻っている。それを晴らすにはやはり魔理沙と一晩を共にするしか解決方法はないだろう。けれど、それは当の魔理沙が嫌がっていて正攻法で進めていては事に及べるようになるには百年ぐらいかかるのではないか。或いは本当に…そんな馬鹿なことを考えてしまう。
と、魔法の森上空を横切っていると魔理沙の家の屋根が見えた。アリスの家はもう少し西の方だ。標識も道もない空の上だ。どうやら無意識のうちに魔理沙の家の方へ向かっていたらしい。
「………」
アリスは足を止め…空の上で足を止めるというのもおかしいが、とにかく静止しじっと魔理沙の家を見おろした。降りるようなことはしない。流石に昨日の事があって少し顔を会わせにくいのだ。けれど、気になっているのもまた事実でアリスは意味がないと分っていながらもその場から動こうとはしなかった。
「………」
胸の中で燻っているものが大きくなる。けれど、それだけ。ともすれば燃え上がりそうな燻りを押しとどめているのは理性か諦念か気恥ずかしさか。駄目ね、私、とアリスは頭を振った。
「冷却期間、っていうのかしら。そういうのも必要よね」
自分の気持ちを納得させるようそう呟いた。動き出す為の合図のつもりだったのかもしれない。けれど、それでもまだいっこうにアリスは帰ろうとはせず諦め悪く魔理沙の家を眺めていた。
と、アリスは魔理沙の家の窓から動く何かを見つけた。下着姿の魔理沙だ。見えたのは一瞬だったが寝起きらしく気怠げな顔をしていた。
「……まったく、こんな時間に起きるなんて。いくらなんでもニートっぷりがすぎるわね」
そうぼやくアリス。そうしてそのままアリスは帰ろうとはせず、魔理沙の家に向かってゆっくりと降下していった。しょうがないわね魔理沙は、とか、誰かが来ないと自堕落な生活を送ってるんじゃないでしょうね、とか、寝起きにお茶ぐらい淹れてあげようかしら、とかそんなことをぶつくさ口にしながら降りていく。勿論言い訳。結局、アリスは魔理沙に会いたくて仕方なかったのだ。
玄関先に降り立ち、空の上で乱れた服装と髪を整え深呼吸してからアリスは家の戸を叩いた。乾いた音が夕暮れ時の森に響き渡る。
けれど、その音に反応したのは家の前をひらひらと飛んでいた蝶々だけだった。家の中は静かで魔理沙が玄関まで出てくる気配はない。
「魔理沙?」
今度はノックと一緒に呼んでみた。けれど、結果は一緒だった。二度寝でもしているのかしら、そう逡巡し、やや躊躇いがちではあるがアリスは真鍮のドアノブに手をかけた。
「魔理沙、上がるわよ」
鍵はかかっておらず何の抵抗もなく静かに開く扉。そのままアリスは家の中へ足を踏み入れる。
家の中は薄暗かった。灯りと言えば開け放たれた扉から斜めに差し込んでくる陽光ぐらいだ。それも程なくしてなくなる事だろう。時刻は夕暮れ。既に太陽は地平線の向こうへ傾き始めている時分だ。
「魔理沙、いるんでしょ」
もう一度、声を上げたが返事はなかった。仕方なしにアリスは靴を脱いで家の中へ入っていった。寝ているのだろうか、それともトイレにでも行っているのだろうか。兎に角、中で待たせてもらおう。そう考えて廊下を進む。
「これは…?」
と、アリスは廊下の隅っこに無造作に投げ捨てられた何かを見つけた。綺麗な布に包まれた板状の物。明らかに廊下に落ちていて構わないような物には見えなかった。
「まったく。こんな大事そうな物をこんなところにほっぽり出して」
それを拾い上げるアリス。
昨日、帰るときにもあったのだろうかと記憶を辿るが思い出せない。あの時は暗くて目に付かなかっただけかも知れなかった。何だろうとアリスはためつすがめつ拾い上げた物を調べようとしたが、すぐに止めた。人の物をあまり勝手に見るのは良くないことだからだ。
「………」
いいや。蟲の知らせめいたものがそれ以上調べるなと教えてきたのだ。けれど、その、妙な第六感が逆にアリスの好奇心を煽ってしまった。人間、見るなと言われたものは逆に見たくなるものだ。それが超常の声であっても。
「………」
そう言えば、とアリスは思い出す。帰るときはどうだったか思い出せないが、昨日来たときはこんな物はここに落ちてなかったはずだ。昨日来たのは今と同じ時間帯でまだ明るかったから絶対に気がつくはず。だとすれば、これがここに落ちたのは昨日の夜の間だろう。そして、その夜の間でこれがここに落ちる原因となる出来事に一つ、アリスは思い当たる節があった。夜分遅くの突然の来客。それを無理矢理追い返す魔理沙。妙に憤慨して。
「………」
物に対する好奇心は魔理沙に対するそれに変化する。
ただでさえ今は魔理沙の考えている事が分らないのだ。どうしてあれだけ盛り上がっておきながら肌を重ね合わせることを拒否するのか。理由がまったくわからない。魔法使いとして何かが分らないというのは心底気分が悪い状態。それに恋人のことをもっと知りたいと思うのは当然、感じてしまうことだ。感情が理性を上回り、そして…
「これは…」
アリスは包みの封を解いてしまっていた。
中身は布貼りの厚手のパンフレットのようなものだった。白い絹地の滑らかな手触りの表紙。香水を染みこませてあるのだろうか、僅かにキンモクセイの香りがする。まず表を見て、次いでひっくり返して裏も見てみるが特に何かが書かれていることはなかった。家紋、だろうか。何かの植物の葉を象った金地の印が表麺の中央に捺されているだけだ。中身を見てみないことにはこれが何のパンフレットなのか分らない。
「……」
一瞬の躊躇い。先程と同じく第六感が見るなと告げてくる。だが、好奇心はそれに勝り、アリスは静かにパンフレットを開いた。そして…
「これって…」
ゴクリ、と生唾を飲み込んだ。
果たしてパンフレットの中身は一枚の写真であった。
屋外で適当にカメラを構えたのではなく、何処かの写真スタジオで光源から背景、何から何まで丁寧にセッティングして写したものだろう。真に一瞬を切り取り写したような写真であった。写っているのもやはり野原や動物、日常の風景ではなく非日常的なものだった。一人の青年が写し出されている。幻想郷では珍しい黒のスーツを着てまるで写真の向こう側にいる閲覧者を見つめ返すようまっすぐに視線を向け、好印象を与える微笑を浮かべている。老若男女、誰に聞いても好青年だと応えそうな目鼻の整った顔をしている。なかなかハンサムな男だ。
「誰かしら?」
けれど、さりとて男性に興味のないアリスが漏らした感想はそんなものだった。確かに男前だが…それだけだ。それ以上は別段、特別な感情は抱かない。
「………」
いや。
「イケメンね」
肩をすくめ、露骨に眉を顰めるアリス。写真の男を好印象を与えると賞したが、アリスには効果がないらしい。それは彼女が同性愛者だからだろうか。いや、違うだろう。興味がないのではなく、それどころか寧ろアリスは何処か嫌悪のようなものを憶えているのだ。敵愾心、と言い換えても構わない。アリス自身、その負の感情の出所がつかめず悶々とした気分になっていたようだが、男の写真が載せられたパンフレットを見ている内にだんだんとその理由がはっきりとつかめるようになってきていた。
パンフレットにはもう一つ、書状のようなものが付いていた。それを抜き取り片手で器用に広げてみせるアリス。パンフレットの表紙に刻まれていたものと同じ家紋の印が捺され、達筆で氏名や年齢、家族構成、それ以外に趣味やちょっとした挨拶文などが書かれていた。自己紹介…所謂身上書というやつだった。
まさか、とアリスは呟く。丁寧な作りのパンフレットに挟まれた自己紹介の書状と小綺麗な写真、と来れば自ずとこれが何なのかすぐに理解できる。これは、とあえて確認するよう声に出そうとしたところで廊下の奥からタイミング良くと言うべきであろうか、魔理沙が姿を現してきた。
「お、おはよう魔理沙。えっと…その、この写真は…?」
寝癖の付いた髪の毛。目やに。気怠そうな顔。寝起きなのだろう。まったく、こんな時間まで寝ているなんて自堕落なんだから、と混乱しているアリスは手の中の写真とはまったく関係のない感想を抱いていた。写真。そう。写真だ。この写真はまず間違いなく…
「これは…お見合い写真、じゃないの…?」
男性が魔理沙に向けて送った婚約の申込書だ。
手から力が抜けたせいか、はらり、と風呂敷が落ちた。
「………」
「………」
暫くの間、二人の間に沈黙が流れた。
困惑。動揺。思案。妄想。不安。
降り積もる灰のような沈黙。
「あの、えっと、その…」
先に灰を払い口を開いたのは魔理沙の方だった。体にタオルを巻いただけの裸に近い格好でアリスに近づき、どこか弁明めいた口調で、少なくともアリスにはそう聞こえる感じで話しかける。
「じ、実家から送られてきたやつで…こ、困るよなー私は家出した身だってのに。向こうも三行半、突きつけてきたのに。今になってそんなもん送ってくるんだから」
そうお見合い写真について説明する魔理沙。けれど、アリスはその殆どを聞いていなかった。
お見合い。それはまだ辛うじて理解できた。アリスは魔界を創造し統べている神綺の娘だ。幼い頃に魔界の権力者が神綺の所に娘を下さい、と訪れたこともある。もちろん、それは政略的な意味のことで、魔理沙の実家も幻想郷ではかなりの力を持っている豪商だ。同じようにそういう話が持ち上がることもあるだろう。
けれど、そこから先は理解できなかった。
魔理沙は女の子で、写真に写っているのは男。凹凸の組み合わせ。男女和合。アリスの常識では古くさい黴の生えた考え。だが、今やアリスの心を確実に蝕んでいる忌々しい考え。『魔理沙は男の人が好きなんじゃないの』親友の、霊夢の言葉。幻想郷の常識。そんな、あり得ないとアリスは頭を振った。だが、拭いきれない。まさか、まさか、と不信が蛇のように鎌首をもたげ始める。
「ねぇ、魔理沙」
「な、なんだ?」
不信を拭い去るには幾百と言葉を重ねてもおそらくは不可能だろう。今は魔理沙がどれだけ弁明しようともアリスの心には届きそうにもなかった。
「この人と、結婚、するの?」
「ハァ!? な、何言ってんだよお前!」
そう魔理沙の顔も見ずに問いかけるアリス。魔理沙は素っ頓狂な声を上げた。
「するわけ無いだろ! 大体、さっきも言っただろ。私は家出中で勘当中で、親父が勝手に決めた結婚なんてするわけ…」
「違う!」
泣きそうな声で叫び、魔理沙の言葉を遮るアリス。顔は俯いたまま、肩をわなわなと震わせ、拳を強く握り締めている。
「そうじゃない。そういう事を聞きたいんじゃないのよ魔理沙。私は…魔理沙が、魔理沙自身が、家とかご家族とか、今の立場だとか、そういったこと全部無視して、魔理沙自身がこの男と、ううん、別にこの男とじゃなくてもいい、男と結婚したいかどうか、それを聞きたいの」
搾り出すよう、心の奥底に蟠っていたものを一気に言葉として吐き出すアリス。気が高ぶっているのか、目尻からは涙が溢れ、頬は林檎の様に紅潮している。はっ、とアリスは顔を上げると魔理沙にすがりつき、ねぇ、と問いかけた。涙の浮かんだ青い瞳でしっかりと魔理沙を見据える。
「あ、アリス、落ち着けよ。な、何言ってるのか分からないぜ」
「理解してよ! 私は女でこのお見合いの相手は男。どっちとならセックス出来るかって聞いてるの! 私は魔理沙が好き。愛してるの。魔理沙が私のことを好きだってことも信じてる。信じたいの。
でも、でも、魔理沙。貴女、いつだって私が求めてしようって言っても話をはぐらかしたり、昨日みたいに嫌だって言ったりしてたじゃない。ねぇ、どうなの? 魔理沙、本当に私とセックスするのが嫌で普通は男とするものだって思っているんじゃないの? 私たちの関係はデートして、手をつないで、キスするだけで、そんな程度でいいと思ってるんじゃないの? そんな関係のままでいいと思ってるんじゃないの?
ゴメン。私にはそんなの耐えられそうにない。今は良くてもそんな、そんな弱いつながりじゃすぐに終わってしまいそうな気がするの。怖いのよ。そんな関係、子供同士のお遊びみたいで。弱い女でごめんなさい。でも、私は貴女と確かに恋人同士なんだっていう確証が欲しいの。言葉じゃなくて行為で。貴女と、恋人の貴女とセックスしたいの。それって…別段普通の考えでしょ。ねぇ、魔理沙。魔理沙が私のことを愛していて、この関係を終わらせたくないって言うんなら…」
はたとアリスはそこで言葉を区切った。未だにアリスの言わんとしていることに理解が追いつかず混乱している魔理沙はそこで話が終わったのかと思った。だが、違う。アリスは一旦、語るのを止めると代わりに自分の服に手をかけた。リボンタイを引きぬき、もどかしそうにボタンを外し、途中から引きちぎる形でシャツを脱ぎ、薄手のキャミソールも脱ぎ捨て、後ろでにブラのホックも外す。白磁器のような白い肌が現れ、芸術作品を思わせる形の良い乳房も晒される。ついでスカートのフックも外し重力に任せ下へ。片足をあげて下に穿いていたドロワーズも脱いだ。
「してよ。セックス」
さぁ、と両手を広げ自分の裸身を隠すことなくさらけだすアリス。それでも表情は固く、体のあちこちに過剰に力が籠もっている。恥ずかしいのだ。アリスにとってはこれは一世一代の大勝負だったのかも知れない。震える顔は朱を射したように赤く、ともすれば過呼吸に陥りそうなほどくり返される吐息を何とか堪えている。
「………」
魔理沙はそれを泣きそうな顔で見ていた。顔を逸らしては駄目だとすぐにアリスの方へ再び顔を向け、そうしてまた苦しそうに俯く。それをくり返している。まるで自決を躊躇っているような様だ。ただし、躊躇う理由は死への恐怖や生への執着ではない。もっと対外的な、自分がここで自ら果ててしまって残された城の兵士たちは、自分が守るべきだった姫さまは、どうなってしまうのか。そういった迷い。魔理沙は己を恥じ悔いるよう、申訳なさで、それこそ自害してしまうよう、顔を歪めた。すがるよう、アリスの方へ手を伸ばし、けれど、やはり躊躇い引っ込め、血が滲むほど唇を噛みしめる。喉まで出かかった言葉を全て噛み殺し、ともすれば勝手に動き出しそうな体を拘束する為、全身の筋肉に出鱈目に力を込めている。
「お願いだから…抱いてよ…っ!」
躊躇う魔理沙を後押しするよう或いはそそのかすよう、アリスは声を上げた。一歩、魔理沙に歩み寄り、手を伸ばし、この体を抱きしめてと迫る。
「っ!?」
その不意の動きに魔理沙が驚き、身をすくませてしまったのは無理のない話だった。極限の緊張下、喩えれば勝負の最中、物音や相手の予期せぬ動作につい反応してしまったようなものだ。アリスから離れようと魔理沙は反射的に退いた。その動きは矢張、魔理沙自身にとっても予想だにしなかったもので、筋肉のいくつかや神経の何本かがその反応に追いつけなかった。バランスを崩し後ろに倒れる魔理沙。とっさにアリスに向け手を伸ばす。それはただの自立防衛だったのか、それとも理性や本能を超えたアリスを求めているという衝動だったのか。アリスもとっさに腕を伸ばし、魔理沙の手を取った。助けようとアリスは力をこめるが間に合わなかった。アリスを引っ張る形で魔理沙は後ろ向きに倒れた。重なり合う二人。
「魔理沙…」「アリス…」
相手の瞳に自分の顔が写る恋人の距離。触れあった胸に心音が伝わってくる。あっ、と嘆息を漏らしたのはどちらだったのか。それでも先に唇を重ねたい衝動に駆られそれに従ったのはアリスだった。乱暴に自分のそれを魔理沙の唇に重ね、貪るよう吸い付いた。性的欲求に駆られるまま、タオルがはだけ露わになった魔理沙の胸に自分の手を伸ばしフラットと言っていいほど薄いそれに触れ、手の平全てを使って体温を、心音を感じ取る。もはや決壊したダムのようアリスの動きは止められなかった。息を荒げながら激しく口づけし、胸をまさぐり、自分の身体を擦りつける。体の表面という表面で魔理沙を感じたかったのだ。自分の下でもがく魔理沙を押さえつけ、退いてくれと言う声を無視し、自らが愛した証を刻みつけるよう、体のあちらこちらに強く吸い付く。寝汗の香りが、塩のような苦みが一層、アリスを興奮させた。魔理沙の体の全てを余すことなく愛そうと撫回す。慈しみの愛撫。胸から腹へ。腰骨から臀部へ。そして、タオルをはぎ取るとその下のドロワーズに触れた。栗の花のような青臭い匂いが鼻につく。あり得ない匂いだがアリスは気がつかない。ドロワーズとそけい部の間に指を差し入れ、秘所へ手を伸ばす。探し求めていた秘宝が収められた宝箱を開けるよう、未踏の絶壁に咲く美しい花を摘むよう、常々触れたいと思っていた魔理沙の秘所へ。
「え?」
けれど、そこにあったのは…
「あっ…」
石ころ塵芥ミミックマンドラゴラ雑草見間違い。陰嚢陰茎。
「なんで…えっ、えっ…?」
あるはずの女性器はなく、ないはずの男性器が、そこに
「どうして、こんなものが…あるのよ」
魔理沙の股間にあった。
大きさは十一センチ。破裂しそうなほど膨れあがり、熱を持っている。陰嚢も引き締まり、外尿道口からはカウパー氏腺液が分泌されている。魔道と造形に詳しいアリスだからこそ分る。これはイミテーションやフェイクではない。熱と脈動を持った本物の性器だった。
「魔理沙、貴女…貴方?」
魔理沙から離れるアリス。そうして、抱きたかった相手の、やっと抱けた相手の、大好きな女の子の体をまじまじと眺める。
薄い胸。骨ばった体。あまり丸みのない肩や腰。肉の付いていないお尻。
アリスは魔理沙のことを日頃からあまり女性らしくない体つきをしているな、とは思っていた。けれど、それはまだ魔理沙が子供だからで、成長すれば出るところが出て、丸くなるところが丸くなると思っていた。どうやらそれは間違いだったようだ。恐らく魔理沙はこれ以上、年を重ねたところで胸やお尻は大きくならず、代わりに体はもっと角ばり、髭や胸毛が生えてくることだろう。既にその第一段階として、
「魔理沙、その喉…」
「あ…」
自分で手を触れ、喉に出っ張りがあることを認める魔理沙。喉頭隆起、のど仏である。知らずの内に漏れていた魔理沙の声は低いテノールのそれだった。
「そんな、そんな、そんなウソよ! ウソ! ウソに、ウソに決まってる! なんで、どうして…魔理沙が、魔理沙が男の筈なんて…!」
狂乱し、自分の頭を抱え、顔を歪め喚くアリス。あらゆる感情が入り交じり原初の泥が如き様を見せる精神。抑えきれぬ感情に涙を溢し、嗚咽を漏らし、鬼哭啾々と泣き喚く。 混乱と愛の果てに暴れ出した精神を押さえることなど出来なかった。髪の毛を掻きむしるよう、頭皮に爪を立てる。こめかみから血が伝わり落ちてくる。ある種の、そう、絶望と言っていいものをアリスは確かに憶えていた。
「だから…」
いや、
「だから、イヤだって言ったのに」
真の絶望を味わっていたのは魔理沙の方だった。
瞳は遙か彼方を見るようここではない何処かへ焦点を合わせ、口は白痴のように開かれたまま、笑っているような泣いているような、そんな訳の分らない表情を作っている。全身の力はまるで糸が切れたように抜け落ち、呼吸さえ止っているのではと思えるほど魔理沙は脱力していた。精神はもっと死の淵、そう言って差し支えのない場所に達していた。喩えるなら核の冬が訪れた広野か。ぺんぺん草の一本も生えず、鳥や虫さえもその野にはおらず、ただただ死神の吐息のような冷たい風が漂白されたが如く白い雄牛の頭蓋を撫でているばかり。魔理沙の今の心の風景はそんな末世にも等しい光景を見せていた。心が死にそうになっているのだ。絶対に、そう、絶対に…
「ああ、私は…俺は男だよ、アリス」
絶対に隠し通さねばならぬ事が露見してしまって。自分の本当の性別がばれてしまって。
「ウソ…」
「ウソじゃないぜ」
その確認と応答の言葉を最後に二人は重なり合ったまま互いにじっとして動こうとはしなかった。視線も逸らさず、突きつけられた事実と露見した真実の重みに耐えきれず凍り付いているのだった。
それからどれだけ沈黙のまっただ中、無為な時間が過ぎたことだろうか。アリスの瞳から一滴、涙がこぼれ落ちた。夏至の頃の湖のように何より澄みきっている極小の水球。唖然としているアリスの顔を映したソレは中空でくるりと回り呆然としている魔理沙の顔を映し重力に引かれ落ちていった。魔理沙の瞳の上に。魔理沙の冬至の頃の湖のように澄み渡った涙にアリスの涙が入り交じる。
「っ…」
それが滲みたのか魔理沙は僅かに身を捩った。
「あっ…」
それに反応してかアリスは退いた。僅かに脅えた表情。困惑が浮き彫りになり、視線を一定の場所に保っていられなくなる。
「あ、アリス…」
そこへ魔理沙は手を伸ばした。救いを求めるよう、赦しを乞うよう。だが、その応答は、
「いやっ…!」
恐怖だった。
魔理沙から更に離れるアリス。
離れてからすぐにしまった、とアリスは後悔するが遅かった。魔理沙から離れたのは、考えての行動ではなく自立的、生理的な反応だったからだ。
「………」
所在なさげに手を伸ばしたままにする魔理沙。悲しげに瞳を伏せ、洟をすすった。それも一度だけ。魔理沙は力なく腕を落とし項垂れた。
「ま、魔理沙…?」
恐る恐る声をかけるアリス。魔理沙は応えない。肩を震わせ、落とした自分の腕に力をこめ始め、背中を丸めている。悲しみと嘆きが去り、別の感情が浮かび上がってきているようだった。
「アリス…お前、私のことが好きだったんじゃないのかよ…?」
「えっ」
唐突に魔理沙の口から放たれた質問にアリスはとっさに応えることができなかった。この混乱と不意のことで理解が追いつかなかったのだ。けれど、その反応は魔理沙を酷く苛立たせる反応だった。顔を上げた魔理沙は畜生、と毒づき顔を歪めた。
「好きだからこんなことしたんじゃないのかよ! 裸になって! 迫って! それで、それで私が男だって知ったら…畜生!」
アリスの肩に掴みかかり顔を赤く涙を流しながら喚く魔理沙。アリスの白い肌に魔理沙の指が痛いほど食い込む。やめて、離して、とアリスは暴れるが魔理沙の力はとても強く振り払うことは出来ない。やがて、アリスは魔理沙に力負けし押し倒されてしまう。
「ハァハァ…」
アリスに馬乗りになって荒い息をつく魔理沙。顔にはもはや表現しようのない表情が浮かんでいる。悲哀憤怒愛情。ありとあらゆる感情が高濃度で混ざり合い凝縮し反応し爆発し、超新星が己の質量に耐えきれなくなりブラックホールと化してしまったかのような、そんな理解不能制御不能の感情。理解できず扱えないようなものは存在しないのと同義だ。喪失した感情の下地。普段は覆い隠されている本能や衝動が爆弾によって地表をえぐり取られたよう露わになる。
「…私も、好きだったのに」
見開かれた瞳。激しく上下する胸。そして、怒張し天を突く逸物。腰の下には裸の女。好きな女。耐えられるはずがなかった。
「アリスっ!」
アリスに覆い被さり、無理矢理唇を合わせてくる魔理沙。やっと餌にありつけた餓えた獣の様に浅ましく荒々しく口唇に吸い付いている。アリスは顔を背けようとするが駄目だ。頭を押さえつけられ、逃れることはできない。魔理沙の前歯が唇に当り、薄皮が裂け血が滲む。それに構うことなく大口を開けアリスの顔にしゃぶりつく魔理沙。口を塞がれ、アリスは鼻で息を吸おうと必死になるが先程、泣いてしまったせいで鼻はつまり気味。息が出来ずにアリスの顔はどんどん赤くなっていく。
魔理沙は更にもう片方、空いている手をアリスの胸元へ伸ばした。発育した大きな胸の形が歪になるほど強くもむ。愛撫、などという優しげなものではない。乱暴に力任せに自身が楽しむでもなくただただ揉みし抱いているだけだ。当然のように痛いのか、アリスは苦痛に顔を歪めた。乳首をつねりあげ、柔肌に爪を立て、つぶすように乱暴に乳房を鷲掴みにしている。
腰は絶えず前後に動かされている。鈴口から滴る先走りをアリスの秘裂の回りへ塗りつけそれを潤滑油に剛直を擦りつけている。挿入はしていない。強弱も位置をこまめに変えることもせず、ただただ己の快楽のみを貪るための単純な動きだった。それでも裏筋を刺激する陰毛の柔らかさや淫核の突起の刺激は多大な快楽を魔理沙の逸物に与えてくるのか腰のスライドは激しさを増すばかりだった。
アリスアリスアリス、と自分が体の下にしいている女の名前を連呼する魔理沙。愛欲はいよいよもって暴走を始め、麻薬が如き高揚感を魔理沙に与えている。顔や首筋、胸元に容赦なく吸い付き、指は乳房や臀部、腹部を撫回し、つねり、爪を立て、キャンパスが如き白い肌に朱のしるしを刻んでいる。ずちゅりずちゅりといやらしい水音をたてすりつけられる剛直は破裂しそうなほど赤く怒張し、留処なく淫水を溢し、触れれば火傷しそうなほど熱く、太く膨れあがった脈に血潮を滾らせている。
「ッあ…止めて、やめて、魔理沙…っ!」
力なく、それでも抵抗の意志を見せるアリス。けれど、魔理沙には一分も届かない。がむしゃらにアリスを求め続ける魔理沙。今まで抑圧されてきたことの反動か、その勢いは苛烈であり今の彼女…彼にはどんな言葉も届きそうになかった。そうして…
「ッ!?」
「あ、ああぁぁ…!」
陰茎の切っ先が秘裂を捉えた。互いの粘液で濡れた秘裂を押しやり、剛直が膣内へ進入したのだ。目を見開き、アリスは声にならぬ声を上げる。アリスは未通女ではなかったが初回も、その後、何度か夜を共にした相手も女性であった。だから、そう、或いはアリスはこの時初めて処女を散らしたのである。自分が好きだった女の子だと思っていた男のモノによって。
「ああ、暖かい…暖かいよアリスっ…」
アリスの言葉にならぬ喪失感と対比するよう魔理沙は恍惚と声を漏らし確かな満足感を得ていた。挿入し、すぐの頃はアリスの膣孔がまだよくほぐれていないせいもあってか、腰の動きは緩やかに前後するだけのものだったが、やがて己の分身全体に感じる快楽を絶え間なく享受しようとしてか動きは激しいものへと変わっていった。音を立て荒々しく女孔を突く魔理沙の男根。汗を滴らせ、押し寄せる快楽の波に歯を食いしばりながら盛りの付いた獣よろしく一心不乱に腰を前後させる魔理沙。もはや乳房を揉みし抱くことも浅ましく口づけするような真似もしていない。ただただ腰を前後させているばかりだ。その下でアリスは魔理沙にされるがままだった。焦点の合わない瞳で何処か遠くを見つめ、魔理沙の動きにただただ揺さぶられるばかり。その様は自律も意思もない作りかけの人形のようであった。
そこに愛などと言う崇高なものは微塵もなかった。愛し合っていた二人が交わっているというのにそこには愛などと言うものはなく、片方は快楽を享受する為だけに自分本位に動き、もう片方は死んだようにそれに耐えているだけだ。愛のあるセックスなどではなく、これはただの強姦であった。
「うあっ、で、出る! 出るぞ!」
アリスと違い初めてであったせいか魔理沙はすぐに達した。剛直は抜かれることなく奥まで差し込まれ、マグマのように滾る精を吐き出した。白濁液に満たされる膣内。暫くの間、魔理沙は射精後の余韻に浸るよう、アリスに己を突き刺したまま荒い息で打ち震えていた。
「ハァハァ、アリスアリスアリスっ!」
と、抜かずの二を始める魔理沙。アリスと繋がったまま再び腰を前後し始めたのだ。男根の硬さは失われておらず陰嚢も引き締まったままだった。若さ故か、それともやっと好きな人と曲がりなりにも体を重ねることが出来た喜びからか、魔理沙の精は衰えることを知らなかった。すぐに第二射を放つが尚も腰の動きは止らない。三度目は達すると同時に引き抜き勢いよく白濁液を飛ばしアリスの胸元あたりまで白に染めた。四度、五度、と腰を動かしてはすぐに達するを繰り返す。両手の指では数え切れなくなってもまだ疲れ知らずの馬のように夢中で魔理沙は腰を打ち付けた。何度も、何度も、何度も何度も。結果、それが止ったのは…
「すいません、お嬢さま…え?」
「…?」
夜の突然の来客が再び現れたからだ。
目が合う両者。互いに言葉を発することなく嫌な沈黙が満ち始める。その瞬間、魔理沙は最後の精をアリスの中へ放った。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
5.「いいからアレを連れ戻してこい! まだ利用価値があるのだ!」/「いいから貴様は出ていけ! 二度と顔も見たくない!」
「あ、あの…お、お嬢さま…?」
来客…中年男性は狼狽えていた。彼は昨日、魔理沙の元へ見合いの写真を持ってきた人物だ。霧雨商店の者で普段は卸業者との交渉役を務めている番頭だ。その話術と情報の伝達能力を買われ、実家とは絶縁状態にある魔理沙に縁談を持ち込むという大役を命じられたのだ。だが、さしもの彼もこの状況には驚きを隠せないでいた。どんなに感情的で一切の損得勘定が出来ない相手とも、目先の利益しか計算できない浅慮な者とも、或いはやくざ者とさえ商談をしてきた彼が、だ。
無理もない話だった。
魔理沙に縁談を持ち込む際、番頭が考えていたこの『商談』の障害はせいぜい『魔理沙に既に男がいる』その程度のことだと思っていたのだ。その前に魔理沙の身辺を調査し手に入れた『アリスという魔界生まれの女と付き合っている』という情報も驚くに値しなかった。相手が同性だという事ぐらい既に前例があったからだ。ならば後は交渉を重ね、裏では外堀を埋めるようこちらの有利になるようあちらこちらへ手を回していけばよい。いつも通りの商談だった。この光景を目の当たりにするまでは。
お嬢さまが裸の女を犯している。それもまだ百歩譲るような譲歩ぶりだが、まだ理解できた。これにもまた番頭は憶えがあったからだ。同性が同性を犯している事ぐらい見たことがある。これも普通の強姦事件と同じように処理すればいい。目撃者は身内だけでそこに伸びている女には後で金でも掴ませるか脅しつけでもして口止めすれば万事大丈夫。そう番頭は既に頭の中に画いていた。だが、そのとっさの判断も忘れてしまうほど驚くべき事実が番頭に突きつけられていた。
お嬢さま…魔理沙の股間からぶら下がるナニ。粘液に汚れ散々精を出し尽くしたせいか萎えたソレ。よくよく観察するまでもない。久しくご無沙汰だが番頭自身の股ぐらにもソレが付いているのだ。つまり、男性器。十数年、お嬢さまだと思っていた相手が若さまだったとはさしものこの番頭も予想だに出来なかったのだ。
「あ、え、ええっと…」
視線を彷徨わせかけるべき言葉を探す番頭。二十年も前、初めて一人で、今となっては他愛のない商談に及んだときのような緊張が男の精神に襲いかかってきていた。否、それ以上だ。物事のいろはを理解した今だからこそわかる。商談相手がこちらの知り得ぬ予想し得ぬ手札を持っていたとき、しかもそれが本当に今まで見たこともない手札だった場合、本当に頭の中が真っ白になるのだと。
「あっ…あっ…ああ!!」
いや、頭の中が真っ白になっているのは何も番頭だけではなかった。この男以上に魔理沙も脳髄を混乱から生じさせた白色に染め上げていたのだ。震え、惨状を目の当たりにし、奇声じみた声を上げると番頭が止める間もあらや魔理沙はそのまま外へと飛び出していった。
「………」
しばし呆然とする番頭。我に返ったのは用心棒の剣士がどうするんですか、と何処か人を小馬鹿にしたような口調で聞いてきたからだ。番頭は暫く迷った後、追いかけるぞ、と怒鳴った。番頭に科された使命は魔理沙の説得、最悪でも家へ連れ戻すことだ。なにわともあれ、魔理沙を捕まえなくては話にならない。
「この子はどうするんですかい?」
と、番頭が駆け出そうとした矢先、またも剣士は唐突に声を発した。アリスのことだ。ぐったりとして先程からぴくりとも動かないでいる。死んではいないようだが意識はなさそうだ。番頭は一瞬、置いておこうかと商人らしい非情さでアリスのことを切り捨てようかと考えたがすぐにそれを改めた。
「こんな場所に放っておくのも危険だ。取り敢ず一緒に連れて行くぞ」
一見、紳士的な命令だったがその実、アリスを魔理沙との交渉のネタに使えないか、と考えての事だった。へいへい、と投げ槍げに応えアリスに近づく剣士。こちらはその態度とは裏腹に実際は紳士だったようで魔理沙が落としていったタオルでアリスの裸体を包み、泥酔者を介抱するよう丁寧に背中に負った。
夜の森に消えていった魔理沙を追って二人は走り出す。
「畜生! 畜生! 畜生!」
悪態をつきながら魔理沙は走っていた。
「畜生! 畜生! 畜生!」
暗い森の中を。無我夢中で。裸で。荒い息をつきながら。手足をばたつかせて。
「畜生! 畜生! 畜生!」
その様はまるで逃げているかのようだった。沈む船からネズミがそうするよう、炎上する帝都から民衆がそうするよう、自軍の兵の屍を踏みつけ敗軍の兵がそうするよう、いいようもなく無様に。
魔理沙は何から逃げているのか。単純だ。己がしでかしたことからだ。
アリスを、愛して大切で一番好きだったあの女性を騙し、傷つけ、挙げ句の果てに汚してしまった。それは唾棄すべき下劣な行為で、畜生にも劣る悪行で、そうして許されざる罪だ。どんな弁明も贖罪も科刑も通用しない赦免なき大罪だ。そんな大罪を前に魔理沙のような普通の人間が取れる行動などあまりない。混乱と絶望と諦念の果てに魔理沙が取り得た行動は逃走であった。息を切らせ、目的地もなく、ただただ、しゃにむにひたすらにがむしゃらに逃走する。哀れだが、そうするそうするしかなかったのだ。
「畜生! 畜生! 畜生!」
暗い森の中を走り抜ける魔理沙。その裸の身体を幹から伸びた木の枝が傷つけ、裸足の足の裏に尖った石ころが突き刺さる。刺傷、裂傷、擦過傷。裸の身体は血だらけ。暗い森の中、道なき道を走っているのだ。当然か。
いや、人間無我夢中で走っていても危険な場所は避けて通るはずだ。星明りもまともに届かぬ森の中ならなおのこと。魔理沙は自分では気がついていないがあえて茂みの間を、砂利の上を、梢が行く手を遮っている道を選んで走っているのだ。自らの身体を傷つける為に。許されぬのは分っている。何より自分自身が許せないと思っているのだから。だが、だからこそ魔理沙は自分自身を罰しようと自らの身に鞭を打っているのだ。償いきれぬのは分っているが、だからこそ、自分を罰せずには痛めつけずにはいられない。それは贖罪に加え何より自分自身に対して押さえきれぬ憤りを覚えているからだ。
「畜生! 畜生! 畜生!」
罵り声を上げ続ける魔理沙。毒づき悪態をたれ暴言を吐き捨てる。それは全て自分自身に向けられたものだ。唾棄すべき下劣な行為を行った自分。許し難い罪を負った自分。その原因となった自分自身の忌むべき身体に向けてだ。魔理沙があえて自らの身体を傷つけているのは自分の身体が何よりも忌々しいからだ。否、身体だけではない。裸の、半ば放心状態で何も抵抗が出来なさそうな裸のアリスを見て嫌らしくも反応した陰茎。血の滾り胸の高鳴りに合わせ肥大する陰嚢。絶頂と同時に放たれる臭い精液。それらの根源たる雄の獣欲。浅ましく嫌らしい性衝動も嫌悪の対象であった。
「畜生! 畜生! 畜生!」
いや、と魔理沙は思い出したくもないのに思い出してしまう。
アレはアリスを何度も犯したのは相手が好きな女だったからか? それとも陰茎に与える刺激がなによりも気持よかったからか? 違う。違う。もう一つ、考えたくもないがもう一つある。
魔理沙の脳裏を過ぎる黒い衝動。
エゴに由来する愛などでもイドに由来する性欲でもない。アレはアレは弱者をいたぶり辱め穢す暴虐衝動とでも言うべき抗いがたい血の欲求であった。あの時、アリスを乱暴に犯している魔理沙は確かに愉しんでいたのだ。いたいけな力なき少女を組み伏せ押さえつけただの性処理道具として扱う事に対して。
その衝動に駆られ操られてしまった者の末路を魔理沙は知っていた。今なら,今だからこそよく分る。あの衝動は血に由来するものだ。自分の身体を流れる血液のことではない。祖先から脈々と続く汚らわしい血。DNAなどと呼び替えてもいいかもしれない。あの衝動には魔理沙の父も、同じように駆られていたのだ。
「畜生! 畜生! 畜生!」
嫌だ、自分にはもう関係がないと実家から飛び出し、それから数年は平穏な日々を送ってきた。そして、これからも送れると信じて疑わなかった。そんなものはこの幻想郷においても幻想に過ぎなかったのだが。
逃げたところでその身体の真実は、内に流れる血からは逃れることはできなかった。徐々に男性として成長していく身体はいつまでも隠し通せるものではなく、血脈に由来する衝動は混乱と絶望、諦念の果てで覚醒した。当然だ。そのどちらもが魔理沙がこの世に生まれ落ちたその瞬間から影のようにその身について回る定めだったのだから。そう、定めだ。魔理沙の母親が、産湯で清められた後、生まれたばかりのわが子を初めて抱いた時、その股間にある突起を認めた時からの定めだ。
「何で女のフリして生きなきゃならなかったんだよ! 母さん!!」
畜生、と魔理沙は己ではなく自分を生んだ母を自分の血の源である父を恨むよう声を上げた。その足はもう逃げるのも自らを傷つけるのも諦め止まっていた。
「ハァハァ…こちらでしたか…っ」
程なくして森の中で棒立ちになっている魔理沙のもとへ家の遣いの者たちがやってきた。荒々しい息をついているのは番頭だけで剣士の方はアリスを担いでいるにも関わらず息一つ切らしていなかった。番頭は両膝に手をつきながらあがった息を整えつつ、魔理沙の方へ視線を向けた。その瞬間、番頭がうけた衝撃は息を飲む、と表現していいものだろう。枝葉の間から漏れる青白い激高の輝きを受ける魔理沙の裸身。体のあちこちを傷つけ、血を流しているというのに、むしろその白い体を汚す血が薄衣のように見え、二次性徴が始まったばかりのその体は男とも女ともつかず中性的で、股間のモノが見えなければ性別を超越したこの世のものならぬ存在の様に見えた。魔理沙に目を奪われごくり、生唾を飲み込む番頭。が、すぐに我を取り戻し、自分は普通だ、と頭を振るった。そうだ、俺は魔理沙さまになんとお声をおかけすればいいのか迷っていたのだ、と自分自身にそう言い聞かせ口を開いた。
「お、お嬢さま…? いえ、ああ、お嬢さま、その…」
番頭の呼びかけにぼんやりと白痴のようにゆっくりと振り返る魔理沙。けれど、番頭の口からは二の句が続かない。この男も何を言えばいいか口ごもるときがあるのだ。もっとも自分は口から産まれたのだとどれだけ豪語する話術士だろうともこの状況ではしどろもどろになるに違いない。ある意味で裸体の魔理沙の美しさ妖しさがそれを助長させている。
「お梅ばあさんを憶えていますか…?」
と、番頭は不意にそんな今この状況とはあまり関係の無さそうな話題を口にした。
「うちの店でも古株だった…背の低い、いつも酸っぱい物を食べているような顔をしていたあの…一昨年、亡くなったのですが…」
「ああ、あの婆さんか」
幼少の頃を思い出す魔理沙。店員、というより屋敷の家政婦のような役柄の人で病弱だった魔理沙の母親の代わりに霧雨商店の内政を切り盛りしていた記憶がある。それ以外、特に思い出らしい思い出はなく、なんの感慨もなさそうに魔理沙は、そうか亡くなったのか、とだけ呟いた。
「晩年はボケが酷く、ほとんど寝たきりだったのですが、亡くなる前日、私を一人呼びつけてこう耳打ちしてきました。『お嬢さまは男だ』と『奥さまがそう誰にも分からぬよう女子として育てた』と。その時はボケた老人の戯言だと思って今の今まで忘れきっていたのですが…まさか、本当だったとは…その夢にも思いませんでした」
そこで番頭の話は終わり、ですから、その…と意味のない接続詞が続くようになった。なんてことはない。会話の糸口を探して、適当に思い出したことを口にしただけだった。それを察したのか、魔理沙は肩を落としつつため息をついて番頭たちの方へと向き直った。
「いいぜ」
「は?」
魔理沙の突然の言葉に素っ頓狂な声を上げる番頭。魔理沙はそんな番頭を見て、相手のあまりの馬鹿さ加減にもはや怒る気も失せたように頭を掻いてみせた。
「帰ってやるよ。実家に。どうせ、もう親父の判断仰がないとお前じゃ何も決めれないだろ」
少し苛立ちを見せながら魔理沙は説明した後、番頭たちの方へと歩いてきた。けれど、その足は止ることなく、やっと安堵の表情を見せた番頭の横をすり抜けていく。
「えっと…」
「この格好で帰れっていうのか? 着替えてくるだけだぜ。それとも今更私が逃げるとでも思っているのか?」
「い、いえ、そうですね。気が利かなくて申し訳御座いません」
当然のことを魔理沙に言われ萎縮する番頭。それ以上魔理沙は何も言わず、来た道を戻っていく。道の真ん中できひひ、と剣士が意地悪い笑い声をあげていたが魔理沙が来たのに気がついて道を譲った。礼もなく剣士の脇を通り過ぎる。一瞬だけ、剣士の背中に背負われたアリスを見た魔理沙は誰にも聞こえないような小さな声で、アリスごめん、と呟いた。続いて、母さん、と今は亡き人に想いを馳せた。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
6.「五年ぶりか」:「二度と顔も見たくなかったぜ」
客間で四半刻ほど待たされてからやっと魔理沙は父の部屋に通された。その件に関しては別に怒りも諦めも感じていない。もとより魔理沙がこの屋敷を自分の家だと思ったことはないのだ。幼少の頃より活動区域を制限され、母を始めとする僅か数人程度しか霧雨家の子供だとは認識されていなかった。助産婦が別室で待機していた父に、女子です、と伝え舌打ちされたときから魔理沙は家長に我が家の子供だと認められなくなってしまったのだ。魔理沙にとって家とは魔法の森にあるあの一軒家か、或いは母と幼少の頃いっしょに過ごしたあの離れだけなのである。だから、魔理沙は自分が外来と同じ扱いを受けてもなんの苛立ちも覚えなかったのだ。
だが…
「入るぜ」
ここから先は違う。実家に帰ってきて今度こそ家族になるのか、それとも三行半を突きつけて完全に断絶状態になるのか、それとも別の結果になるのか、それは魔理沙にも、そして、
「……お前か」
父、霧雨征四郎にも分らないだろう。
征四郎の部屋は魔理沙の記憶にあるのと同じ場所だった。あの夜、もよおし、離れの厠が怖くて仕方なしに母屋の方へ行き、そうして、物音に興味を引かれてやって来たあの場所だった。屋敷の最奥、長い廊下の先、伏魔殿じみた近寄りがたさを憶える場所。浮かび上がってくるあの時の記憶を脳の片隅に追いやりながら魔理沙は障子戸を開けた。
「……」「……」
すぐに部屋には入らず征四郎を黙って見おろす魔理沙。征四郎も入れ、とは言わない。数年ぶりに再会した親子だというのに二人の間には合戦上で兵士同士が対峙したような緊張感が立ちこめていた。
「寒い。早く戸を閉めろ」
と、征四郎はそうぶっきらぼうに言い放ってきた。魔理沙は一瞬、このまま障子を開けっ放しにしたまま踵を返してやろうかと意地悪く考えたが、すぐにその愚かな発案を捨ててしまった。数年前そうしたせいで今こんな目にあっているのだ。注文を受け、見積書を切り、発注書を貰い、商品を渡し、代金を受け取り、そうして領収書を発行し、帳簿にその流れを記すまで商売というものは終わらない。そのどれかを怠れば不具合を起こし、店主か商談相手か税務署か、いずれかが怒鳴り散らしてくるのだ。あらゆる物事には精算が必要だ。それと同じ事。過去は一寸の不足なく精算しなくてはいつかはそのツケが巡り巡って廻ってくる。魔理沙は意を決し、部屋の中へ足を踏み入れた。
征四郎のすぐ側に腰を下ろす魔理沙。
先に番頭から話に聞いていたとおり、征四郎は床に伏せていた。布団から上半身だけを出し座っている。その姿が記憶より小さく思えるのは魔理沙が大きくなったからだろうか。だが、顔には明らかに記憶にある以上の皺が刻まれ、頭髪には白い物が多く混じっていた。父は老い、そして、病を患っているのだ。寒いから早く戸を閉めろと言ったのも魔理沙を部屋に入れる為の弁ではなく本当にそうだったのかもしれない。部屋の隅には炉が置かれ、天井当りには雲のように薄煙がたゆたっていた。どうやら香を焚いているらしい。
「話は大体、庄助から聞いている」
庄助、とはあの番頭のことだ。ならば話が早い、と魔理沙は思った。
「そうかい。で、どうするんだ? 結局、私にお見合いさせて婿養子を取るのか?」
何処か威圧的挑発的に父に問いかける魔理沙。征四郎は生意気な餓鬼だと僅かに忌々しげに眉を潜めたが、それを口にしたところで話の腰が折れるだけだとあえて飲み込む姿勢をみせた。魔理沙に視線を向け、
「まさか。相手の男は俺やお前のような色気違いじゃない。まぁ、多少の変態趣味はもっているかも知れんが、閨の相手は女に限ると決めている男だ」
調べは付いている、と征四郎。魔理沙はお前といっしょにするな、と声を荒げたが征四郎はまったく耳を貸さなかった。
「縁談はご破算だ。だが、まぁいい。元よりそろそろ次の店主の育成を始めたいと思って決めた縁談だ。その必要がないならあんな凡骨、うちの家系に組み込む必要ない」
そう征四郎はきっぱりと言い捨てる。既に征四郎の中でこの縁談…商談は終わってしまったものなのだろう。まだ、見積もりを貰った様な段階だ。値段や仕様が気にくわなければそれで断ってしまえる。それと同じ事だ。もっともこの場合、商談を打ち切る理由は買手側にあったのだが、それ自体と商談には何の関係もないのも事実。
それ以上、縁談の件について言うことは何もないと征四郎は顔を戻した。そして、僅かに肩をすくませた後、それにしても、と唐突に押し殺すような笑い声を上げ始めた。
「こいつは一体何の冗談だ? 追い出したはずの勘当娘が必要になったから呼び戻してみたら男になっていやがった。ああ、こういうときに使うのだろうな。ハラショー、という露助の言葉は。ああ、まったく、最高にハラショーって奴だな」
布団の上で腹を押さえかんらかんらと笑う征四郎。魔理沙は父のその様を見て恐れと嫌悪を抱いていた。征四郎が笑っている所など十余年あまりの人生の中でも初めてだった。しかもそれが喜びの笑みではなく何処かしら気の狂った笑みとなれば驚きよりも気味の悪さが何よりも勝る。
「可笑しいところ悪いが、私はまだ一言も家に戻るって言っちゃいないぜ」
横やりを入れるよう、魔理沙ははっきりとした口調でそう告げた。抵抗の意志を見せつけるつもりで。征四郎はピタリと笑うのを止めると視線だけを魔理沙の方へ向けてきた。
「戻るつもりがない、だと? なら、何故お前はここにいる?」
「二度とここに来ないようにする為だ。言っておく。私はもう絶対にこの家には戻らないからな!」
大声ではっきりとそう辞表を突きつけるように言い放つ魔理沙。興奮の為か息が上がり顔も赤くなっている。対し征四郎はそうか、と魔理沙の決意など意に介していないように呟いた。
「それでまた一人暮らしでも始めるのか? 暗い森の奥のボロ小屋に戻って? 爪に火を灯すようなひもじい生活を続けながら?」
父の嫌味に心をかき乱されながらも魔理沙は歯を食いしばって耐え、聞き流した。言わせておけ。父が言っていることは半ば事実だがそれでも家にいいように使われるのはごめんだ。そういう意地。だが、つづく征四郎の言葉は鋼の剣のように鋭く魔理沙の胸へと突き刺さった。
「女装癖持ちの強姦魔と後ろ指をさされても、か?」
ペンチで指先でもつねられたように魔理沙の顔が歪む。痛いところを突かれた、などというレベルではない。それは魔理沙の急所だ。償いようのない重大な罪。河川敷に住んでいるような乞食どもすら歯牙にかけぬような人非人に身を堕としているのだ今の魔理沙は。
その反応を見たのか征四郎は口端を歪めくくく、と笑う。
「今からボロ小屋に戻って明日から昨日と同じような生活を送れると思ったら大間違いだぞ。罪人は排他対象として扱われるのが当然。狭い幻想郷だ。隣に女装癖持ちの性犯罪者がいたとなっちゃおちおち寝てもいられないからな。村八分は集団生活を行う上での当然の機能だ。お前、明日から隣人が同じように接してくれると思うなよ」
「……それは」
「あの女を口止めすれば大丈夫、なんて甘い考えをするなよ。お前の強姦はもう既に三人もの人間が知っていることになっているんだからな。人の口に戸はそう易々立てれんよ。放っておけばお前の罪は幻想郷中に知れ渡ることになるぜ」
そこまで言い切ってから、だが…と征四郎は続けた。
「お前が戻ってくる、というのなら話は別だ」
じっと挑戦的な目つきで魔理沙を見つめてくる征四郎。みなまで言わずとも分っているだろう、の意味。事情を知っているのは身内だけ。あとはアリスをどうにかすれば事件はなかったことに出来る。番頭も考えていたことだが征四郎には更にもう一つ裏の考えがあった。それは…
「違うだろ。戻ってこないならみんなに言いふらしてやる。そう言いたいんだろ」
隠すべき事を逆手にとって魔理沙を脅す、という事であった。瞬時にその事を見抜き魔理沙は苛立たしげに、けれど相手に銃を向けられているような怯えを僅かに見せながら返した。ククッ、と征四郎は笑う。
「おいおい、身内を売るような真似を俺がすると思っているのか?」
「……」
白々しい台詞に魔理沙は唇を噛んだ。だが、これ以上魔理沙が何かを言ったところでこの根っからの商人はそれを認めることはないだろう。喩えそれが事実だったとしても後からいくらでも言いつくろえるよう本心を明かさないが商人の鉄則だ。それを征四郎は頑なに、否、もはや自動反応じみた精度で守っている。恐らく話術と交渉ごとでは逆立ちしたってこの親父には勝てないだろう。たかだかただの人間の癖にその思考法は妖怪じみている。八雲紫や蓬莱山輝夜と対峙したときと同じ薄ら寒さじみたものを魔理沙は憶えていた。
「まぁ、お前が戻ってくるのを嫌がる理由も分らなくはない。昔、俺は相当お前にきつく当たったからな」
きつく当たった? その程度で済ませられることだったか? 魔理沙の顔に怒りのソレが浮かぶが言葉は飲み込んだ。もはや何か言い返す気も沸き上がってこないのだ。
「それについては謝罪し、改心しよう。戻ってきたらお前の扱いも変えよう。きちんと、息子として面倒を見てやる」
息子、の言葉に韻を置いて語る征四郎。
「どうだ? なにも悪いことばかりじゃないだろう。今日、連れてきた女も託ってしまえばいい。はれてお前は大商店の跡取り息子だ」
そんな甘言じみた提案、聞くつもりはないと魔理沙は黙りこくる。何かを言えばそこから揚げ足を取られ、気がつけば全て征四郎の思い通りにされてしまうからだ。無論、黙っていることが得策、という訳ではないが魔理沙が出来る抵抗といえばそんなものしかなかった。
と、征四郎は頑なに黙りこくっている魔理沙を落城させるため、違う攻め方をするつもりか、なぁ、と声色を変え話しかけてきた。
「思えばお前の母が死に、俺もお前も兄弟なんてものはいない。血が繋がっているのは俺とお前しかいないんだ。もし、俺が死に、お前もこの家には戻らないというのなら霧雨商店は何処かの遠縁のボンクラか霧雨家とは関係の無い赤の他人の手に、商才のない糞どもにわたってしまう。そいつはつまり、長年、幻想郷住人相手に様々なものを商ってきたうちの店が消滅してしまうって事だ。そいつは流石にご先祖さまに申し訳が立たん」
先程の自身に満ち高圧的だった雰囲気は身を潜め、征四郎はどこかしおらしい口調で話し始める。
「俺とお前の二人しかいないんだ。なんとか戻ってくれないか」
すまん、お願いする、と頭を下げる征四郎。それが魔理沙の導火線に火をつけるのは明らかだった。
「追い出したガキに家の為に戻ってきてくれって頭下げるのかよ! 虫が良すぎるぞ! 今更っ…今更そんな家とか血筋とかそんな話を持ち出して来やがって…!」
「今更? 今だからだ」
魔理沙の言葉を遮り、真剣が如き鋭い視線を向けてくる征四郎。魔理沙は驚き、身体を強張らせる。
「今だからだ」
もう一度、同じ事を口にして征四郎は布団の中から手を出してきた。細長く皺だらけの指。色も青白く、まるで枯れ木の枝のように見える。いや、手だけではない。征四郎の顔もまたそうだった。久しぶりだったから魔理沙は気がつかなかったがその顔はやつれ、肌の張りもなくなっている。明らかに健康的とは言い難い。
「医者は安静にしていれば大丈夫だと言っていたが…クソ、自分の身体のことは自分が一番よく分っている。そんな余裕あるものか。俺がこの店を仕切っていられるのも今のうちだけだ」
畜生、と悔しそうに征四郎は呟く。それは魔理沙が初めて見た父の弱音だった。
「俺が働けなくなった後、店をどうすればいいのか、遺書替わりに何通か計画書を認めてある。店を遠縁の親類に渡す場合、全く別の赤の他人に手渡す場合も。だが、俺としては…やはり、自分ができなくなった以上、身内に…お前に継いで貰いたい」
征四郎は魔理沙にもう一度、頼む、と頭を下げた。後生だ、と。父の願いを聞いてくれないか、と。
「………」
魔理沙は拳を握りしめどうするか、と考えた。
今更、家に戻る気などさらさらなかった。それは久方ぶりに父である征四郎と話してもまったく変わらない気持ちであった。決意が金剛石のように固い、という訳ではない。魔理沙にとってここは既に捨てた場所で、懐かしむべき思い出すらも残っていない場所だ。見たことも聞いたこともない場所に自分が訪れるイメージが湧かないのと一緒でそんな場所に自分が戻ってくる場面を思い描けないのだ。思い描けぬ事は出来ない。つまりはそういう事だった。
けれど、同時に征四郎の言葉にもそれなりに共感を覚えていた。霧雨商店は幻想郷の最初期から存在する商店だ。非常に長い歴史を持つ商店で、その歴史は幻想郷の歴史の一分と言っても過言ではないだろう。諸行無常とはいえそんな歴史ある商店を今代で終わらすのは確かに征四郎が言うよう代々の霧雨商店の店主に対し申し訳の立たぬことだろう。いや、そんなに難しく考える事はない。純粋に自分が切盛りし手塩にかけて守ってきた店の残し逝ってしまうのが心残りなだけだ。その考えは分らなくもない。魔理沙とて自分が集めに集めたコレクションを残し死んでしまうなどと考えれば死んでも死にきれない想いに捕らわれることだろう。
それに、それに頭を下げ後生だからとお願いする征四郎の姿にも確かに心動かされるものがあった。かつての暴力的で傲慢な恐怖の対象であった父像を忘れさせるような弱々しい姿。医学の知識などあまりない魔理沙の目からも征四郎の体が病魔に侵されていることははっきりとわかった。この弱々しさと真逆の全てを清算しようとする行動力は余命幾ばくもないもののソレだ。ならばこそ死に逝く者のささやかな願いを聞き入れるというのは道義的に考えて正しい行いなのだろう。殊更それが親子間の、病床に伏せている父が勘当息子に願う最期の頼みごとであるなら尚更だ。
魔理沙は考える。天秤に掛ける。ソロバンを弾く。
自分の思い。かつての父の仕打ち。ここに戻ってきた理由。そして…母の遺言。
全てが重く、全てが複雑、全てが難解で答えなどそう安々と出るはずもなかった。それでも、故に、頭が湯立つほど魔理沙は考えた。どうすればいいのかを。どうするのが最良なのかを。
「お願いだ、俺のむす…ゴホッ、ゴホッ!」
と、もう一声かけようとしてきた征四郎が不意に咳き込み始めた。慌てて身を寄せ、背中をさする魔理沙。あ、とそのとっさの動きに一番驚いていたのは魔理沙自身だった。あれほど憎んでいた父をこんな風に介抱してしまうなんて、と。
「すまないが…そこの薬をとってくれ」
動揺する魔理沙。それに気がついていないのか、征四郎はふるえる指先で部屋の隅の戸棚を指さした。魔理沙は一瞬、ためらった後、わかった、と腰を上げた。
「一番下の段に入っている小瓶と軟膏だ。それを」
「……コイツか?」
言われたとおり戸棚を調べる魔理沙。征四郎が言った薬はすぐに見つかった。口にお猪口を被せ、更にコルクで栓された瀬戸物の丸瓶と手垢がついた年代物の真鍮製の平たい容器だった。丸瓶には朱色の蛇の絵が、軟膏容器には首を伸ばす亀の飾りがあしらわれている。あまり薬らしくない入れ物だ。
魔理沙からそれら二つの薬を受け取ると征四郎は取り敢えず軟膏容器を脇にどけ、お猪口に丸瓶の中身を注いだ。暗褐色の液体だった。征四郎はそれをぐっ、と一息で煽った。
「赤マムシを漬け込んだ薬酒だ。滋養強壮にはもってこいだ」
「病人が酒なんか呑むなよ」
怪訝そうに眉をしかめながら魔理沙はそう言う。が、その言語を無視するよう征四郎はもう一杯をお猪口に注いだ。身体を壊したのは酒のせいじゃないのか、魔理沙がそう考えていたところ、征四郎は注いだ酒を呑まず魔理沙の方へさし出してきた。
「お前も呑んでみるか?」
「いや、私は…」
断ろうとする魔理沙。昨日、しこたま呑んだ酒はとうに抜けているが今はとても呑む気分ではなかった。だが、断ろうとしても盃を下げない征四郎に魔理沙は少しだけ自分の考えを改めることにした。子供が呑める歳になったら父親という生き物は一度ぐらい酌を共にしたいと思うものだ、そう以前耳にしたことを思い出したのだ。征四郎がさし出してきた酒は焼酎や清酒ではなく養命酒のようなものだ。酌、という風ではない。けれど、もしかするとこの男もこの病床にあって普遍的な父像に近づこうとしているのかも知れない。魔理沙はそう考えた。これも後生だから、の一つなのではと。
「戴くよ」
少し躊躇った後、魔理沙は征四郎から杯を受け取った。まだ、家を継ぐ決心は付いていないが酌を一緒するぐらいは、と少しだけ子心をだしたのだ。
征四郎がそうしたようにくっ、とお猪口の中身を一気に煽った。
「っ、けほっ、けほっ…あ、案外キツイな…」
お猪口の中身を嚥下したとたん、喉の奥から食道、胃と順に火で炙られたような熱さが襲いかかってきた。薬用とは思えないような度数の酒だったのだ。お猪口を落としそうになりながらもえずく魔理沙。そんな様子を見てくくくっ、と征四郎は笑い声をあげた。
「まぁ、だからこそ効き目がある。滋養強壮、精力増強にな」
「あ?」
征四郎の口から何かしら不穏な単語が漏れたのを聞き取って魔理沙は顔を上げた。意味を問いただそうとして己の目の焦点が合わないことに気がつく。酷く頭がグラグラし、一秒ごとに思考能力が空中へ霧散していくのがはっきりとわかった。
「よく効くだろう。俺は慣れているからそうでもないが、大抵の奴は始めの一杯でそうなる。そこで炊いている龍涎香もそいつに拍車を掛けるしな」
何が可笑しいのか、笑いながらそう征四郎は魔理沙に説明する。だが、すっかり頭の中を空っぽにされてしまった魔理沙は征四郎が何を言っているのかまったく理解出来ないでいた。
「もう一度言うぞ。戻ってこい」
同じような台詞。だが、高圧的威圧的な態度をもってして嘆願ではなく命令的な意味合いを多く含む…いや、最早征四郎の中では決定事項とも言えるような台詞だった。征四郎は手を伸ばし、お猪口をもったまま震えている魔理沙の手首を掴む。あっ、と言う間もなく魔理沙は驚きお猪口を落としてしまう。
「実際の所、跡継ぎ欲しさにお前に戻ってきて欲しいと最初は考えていた。いや、今でもそう考えている。こいつは別段、お前の性別とは関係がない話だ。兎に角俺は俺の血筋の者に店を任せたかったのだ」
征四郎は魔理沙の手首をつかみながら語る。細くまるで絹地のようになめらかな手首。皮膚の下にある骨の確かな硬さを確かめながら指先で撫でている。ピリピリと静電気でも発生しているかのよう、触られている部分の産毛が逆立ち毛穴が引き締まるような感覚を魔理沙は憶えていた。
「だが、お前が男だというなら話は変わってくる。最初、話を聞いたとき俺は自分の耳が狂ったかと思ったが庄助の説明を聞くうちにフツフツと自分の心の奥底から別の感情が沸き上がってくるのを確かに感じ取ったのだ」
くくくっ、と暗い笑みを浮かべる征四郎。うぁ、と魔理沙はうめき声をあげながら父を見ようとするが焦点が合わず、万華鏡でも覗いているよう征四郎の顔がいくつも見えた。ぐるぐると回転し狂喜の笑みを見せるそれは邪悪な場所で謀を企む悪魔の様に見えた。
「家を飛び出していった娘が実は息子で、暗い森の一軒家に女装して女と偽って暮らしている。その上、付き合っている女を強姦していた。なんだコレは? サド公爵が書いた小説か? こんな狂った物語、聞いたことはないぞ!」
血の流れが止まるほど魔理沙の手首を強く掴み、声を荒らげ高らかに征四郎は語る。酒と香のお陰か魔理沙は痛みらしい痛みは感じていなかったが、その通常なら苦痛に分類される刺激は別種の感覚に変わり脳髄を刺激していた。
「あ…あぁ…」
即ち快楽。シナプスが焼け落ちるほどの電気信号。脳を蕩けさせる超常の感覚。まるで全身が敏感な生殖器と化してしまったかのような。身体の造りそれそのものを変えてしまうような強烈な効能が薬酒と香にはあった。
「面白い。面白いじゃないか、なぁ、オイ! ハハ、まったく血は争えんなァ!」
征四郎は魔理沙の手を強く引いた。堪えきれず、いや、堪えるという当然の反応も出来ず魔理沙は布団の上に倒れ込む。
「やはりお前は俺の息子だ。その変態性癖。紛うごとなき我が息子よ!」
顔を歪め、常人には窺い知ることのい出来ない喜びに打ち震える征四郎。身体はその狂気から生み出されるエネルギーによって活性化、病床の身とは思えぬほど力に満ちあふれている。あれだけ血色が悪かった顔も今では熟れ腐りかけた果実のように赤くなり、肺腑より吐き出される息は猛毒を含んでいるよう荒々しく、瞳は爛々と紅玉のように輝いている。まるで生ける屍か吸血鬼、外法により人の道を外れた者のような様をしていた。
「さぁ、親子の契りを交わそうぜ。俺もお前も同類だ。堕ちるところまで堕ちれば…お前も俺の言っていることが理解できるようになるだろ!」
否、その身、その精神、その魂は既に外道。あらゆる道徳、規律、宗教、社会性から道を外れた者、放蕩学園が門下生だった。
布団の上に引き倒した魔理沙の後頭部に顔を寄せると征四郎は胸一杯に息を吸い込んだ。結局、丸一日近く風呂に入れなかった魔理沙の頭髪の匂いを存分に味わう。酩酊し、意識が混濁している魔理沙は今自分がどうなっているのか分らなかったが、何かしら気味が悪いことをされていることだけは何とか理解できていた。嫌悪に顔を歪めるが、抵抗など出来るはずがない。
「うぁ…」
「かかっ、昂ぶるのぅ! 我が子を犯すということがこれほど面白い事とは…!」
征四郎は布団から出ると魔理沙を押さえつけ、その骨ばった手で全身を撫で回し始めた。普通なら嫌悪を催すようなことをされているのだが、薬酒の効能か、魔理沙の脳に伝わってくる全ての刺激は性的な快楽にへと変換されてしまっている。ぬるま湯に漬かっているよう、魔理沙は顔を惚けさせる。
「どうだ、いいだろう。天にも昇るような心地だろう。まぁ、もっとも行いそれ自体は地獄に堕ちるような外法だがな!」
背中、脇腹、首筋、臀部、太もも。魔理沙を撫で回す征四郎の手つきは乱暴でありながらいやらしくねちっこくまるで蛇や蜥蜴のような気味の悪さを持っていた。最初は服の上からだけだったが、まるで隠れ家を見つけた鰻のようにするりと服の隙間にへと指は入り込んでいく。快楽が倍増し、魔理沙は白痴のように口端から涎を漏らし始めた。と、
「ひぎッ!」
「まるで女だな! 胸が弱いとは!」
胸もとへ入り込んだ征四郎の指が平たい丘の中央にあるポッチを掴んだ瞬間、魔理沙は短い悲鳴を上げ身体を仰け反らした。魔理沙のその反応を見て取るや否や征四郎は執拗に魔理沙の乳首を苛め始めた。親指と人差指でつまむと南天の実を取るようつねり、指の腹で押しつぶし練りこむよう転がし、デキモノを潰すよう爪を立てたりした。やがて、それだけでは飽きたらなくなったのか征四郎は魔理沙を仰向けに寝かせると上着をずらしブラウスのボタンを引きちぎった。
「下着も付けてるのか。本格的だな、オイ」
その下にピンク色のランジェリーを見つけほくそ笑む征四郎。それも半ば無理矢理に脱がせると征四郎は魔理沙の胸に吸いつき始めた。舌先で乳首をつつき、転がし、丹念に味わうようにしていたのも最初だけだ。口をすぼめ思いっきり吸いつくと、次いで征四郎は魔理沙の胸に歯を立てた。甘噛み、などではない。前歯が皮膚を破り、肉へと突き刺さり、鮮血が溢れ出してくる。まるで捕食するための噛みつきだ。
流石にそれだけの傷を負わせられれば薬で混乱している脳も痛みを感ずるのか、魔理沙はなんとか腕を持ち上げ征四郎を突き飛ばそうとした。だが、力など出ようはずもない。逆に征四郎は魔理沙の両腕を掴み返すと、折れてしまうのではと思えるほど力強く布団に押さえつけた。その間も征四郎は魔理沙の胸から流れでた血を啜り、また新たにあちらこちらに歯型を刻みつけている。胸元だけでは飽きたらず首筋へ、そして、顔へと舌を這わせていく。
「ッ…!」
と、顔に噛み付かれるのだけは避けようとしたのか、魔理沙は不意に顔を背けた。呆気にとられたよう顔をこわばらせる征四郎。それも一瞬だけだ。すぐに憤怒に顔を赤くすると一度身を離し、握りこぶしを作り、躊躇いなくそれを魔理沙の顔面に振り下ろした。横っ面を殴られ、魔理沙は何が起こったのか分からず目を丸くした。征四郎はその一撃だけでは気が収まらなかったのか加え二度三度と魔理沙の顔へと拳を振り下ろした。
涙目で懇願するよう見上げてくる魔理沙の目が合い、やっと征四郎は手を止めた。だが、興奮は覚めやらぬのか魔理沙の頭を抑えつけると征四郎は吐息がかかるような距離まで顔を近づけてきた。
「逃げられるとでも思ったのか、オイ? 受け入れろよ自分の運命という奴を。お前は戻ってきて俺と一緒に店をやるしかないんだ。道義的立場的にもそうだし、お前自身がそうせざる得ない状況にも陥っている。ああ、そして何より…」
征四郎が腕を伸ばす。魔理沙の下半身へと。やめろ、と魔理沙は口にしようとするが声はでない。顔を押さえつけられているからだ。伸びた手はスカートの裾を捲り上げ、その下に履いているドロワーズをずらし、そうして、
「クソ…っ」
「カカカカカッ! やはりな! もうこんなに成っているじゃぁないか!」
いきり立つ魔理沙の剛直を顕にさせた。
ぬらりと艶めかしく光るそれはむせ返るほど栗の花の匂いを発していた。触れず刺激を与えずともスカートの中で既に果てていたのだ。あれだけアリスに向け放った後でも尚も出せる精力があったのは魔理沙の若さのなせる技か。それとも薬酒の効能か。兎に角、魔理沙のものは未だに硬さを保ち、どくどくと脈打っていた。
「まだ、毛も生えておらぬのにそのいきりたち具合とは。真にお前は俺の子だな。それに若い。まったく、うらやましいかぎりだ」
俺はもう、一度果てればそれで満足してしまうからな、と笑う征四郎。もっとも、それまでに時間がかかる。その間、お前の身体で楽しませて貰おう、そう手を伸ばし、脇にどけてあった軟膏を手に取る。
「こいつも秘蔵の妙薬だ。肥後の芋茎や大陸の唐辛子の粉末が練りこんである。死人でもいきりたつ代物だ」
酷い臭気のする乳白色の軟膏を指で掬う征四郎。それを片手で器用に手の平にまぶすと無造作に魔理沙の怒張する陰茎を掴んだ。
「うあっ…!」
悲鳴じみた嬌声を上げる魔理沙。ただ捕まれただけでそれだった。騙されて呑んだ薬酒の効能と果てたばかりの性器は神経が向き出しになっているように敏感になっており、僅かな刺激が神経系を焼き切る電流となって一直線に脳髄まで走っていくのだ。この状態でもし征四郎が手を動かせばどうなるか。答は考える間もなく示された。
「ひあっ、あぁ、ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!」
痙攣し、肺の空気を全て吐き出し終えてもなお息継ぎもなく叫び続ける魔理沙。軟膏を塗りたくりながら上下に動き、魔理沙の陰茎を扱きあげる征四郎の腕。これで限界だろうと思われるほど怒張していた剛直は更に血流を増し破裂するのではと思えるほど膨れあがる。はたして魔理沙の口から漏れているのは悲鳴か嬌声か。その声をBGMに征四郎は腕の動きを早くしていく。普通ならばだんだんと刺激になれて来るであろうその単純な動作は、けれど、軟膏の効能によって無意味と化していた。留処なく淫水を鈴口よりこぼし、火で炙ったように熱くなる魔理沙の性器。軟膏に調合された各種媚薬や刺激物が血流を促進させ、神経に更なる刺激を与えているのだった。
「お前の歳時分なら日に三度は手淫をしなければ収まりがつかないだろう。指で輪っかを作って女陰に見立ててやっているのか? ふん、男子の菊門のほうがよほど締りはいいと思うが…まぁ、いい。こう言うのはどうだ?」
言って征四郎は一旦、魔理沙の性器から手を離すと指の形を変えた。中指と薬指とを開いて指を曲げ、豚か羊の蹄のようにした。そして、開いた二指の間に性器を挟み込むとその奇妙な握り方で再びしごき始めた。陰茎の側面に適度な圧力と刺激を与える二指に裏筋をしごき立てる手のひら。亀頭のオモテ面を親指で押さえつけられ撫で回される。魔理沙とてオナニーぐらいするが、普段の自分の手とは違う攻め方に気が狂うような快感を覚える。最早悲鳴も上げられないのか、魔理沙は両手足を痙攣させながら布団の上で震える他なかった。そうして、
「うぉっ! こいつはすごいな」
びゅるるっ、と螺旋を描き鈴口から放たれる精液。水鉄砲のような勢いで放たれたそれは天井にまで達する程だった。さしもの征四郎も驚きと喜びを隠し切れず破顔し、天井から滴り落ちてくる白濁液を面白そうに見ていた。
「かかっ、満足したか? 相手が同じ男だから出来る技だぞこいつは。魔羅の生えておらぬ女には出来ぬ性の奥義よ」
自慢気に語って聞かせる征四郎。だが、やはりというべきか、射精後の強烈な倦怠感に襲われ魔理沙は布団の上でぐったりとして全く聞いていないように見えた。焦点を虚ろに、浅く早い呼吸を繰り返いている。
「さて、次は俺の番だな。お前の乱れた様を見ていたら若さを取り戻してきたぞ」
征四郎は服の裾を捲り上げる。股の間から魔理沙のモノと比べて明らかに汚らわしい魔羅が顕になる。まだ六分立ちといった所で硬さはまるでなく、鈴口から僅かに淫水をこぼしているだけだった。征四郎は魔理沙の身体をまたぐと胸の上あたりに腰を持ってきた。手を伸ばし、魔理沙の顔を掴むと自分の方へ無理矢理向けさせる。
「咥えろ」
「ううっ…」
征四郎は未だ海鼠が如き自分自身を手に魔理沙につきつけるが答えは拒否だった。脱力し、今にも気を失いそうな様の魔理沙ではあったが流石にそんな事は嫌なのだろう。口を紡ぎ、必死に顔を背けようとする。その脆弱な抵抗がむしろ加虐心をそそったのか、征四郎は下衆な笑みを浮かべると更に己の陰茎を魔理沙の顔に寄せた。病床の身で暫く風呂に入っていなかったのか、逸物は酷いアンモニア臭を発していた。鼻の下、唇にまで押し付けられても魔理沙は尚も抵抗の意思だけは見せていた。征四郎はやれやれと溜息をつくと魔理沙の顔を押さえつけている手の位置を変えた。親指を魔理沙の瞼の上へ持っていったのだ。
「いいだろう、選ばせてやる。口を開かなかったら俺の親指をお前の目ン玉の中に入れる。口を開けばそいつは赦してやる? どうだ? 盲になるよりはマシだと思うが?」
そう魔理沙を脅しつける征四郎。いや、脅しではないのだろう。徐々に魔理沙の目の上に置いた指に力を込める。恐怖と痛みからか魔理沙の目から涙が溢れ出してきた。魔理沙は畜生、クタバレ、と心のなかで呪詛をはいてから小さく口を開いた。瞬間、躊躇いなく押し込まれる征四郎の陰茎。
「うぐっ!」
「間違っても噛み付いてくれるなよ。そその時もお前の目玉も貰うからな」
腰を動かし、有無を言わさぬよう己の陰茎を押し込む征四郎。魔理沙は口いっぱいに広がる汗の塩味と何かよく分からぬ苦味に顔をしかめた。頬の内側や舌の上に当たる他人の皮膚の感触に全身の産毛を立たせ、嫌悪のあまり布団を破くほどに強く握りしめる。けれど、顎には力を入れなかった。入れられなかった。瞼にかかる親指の力は徐々に増しており、征四郎の脅しが嘘ではないことを示していたからだ。
「下手くそめ。口全体を使えよ。勿論舌もな」
征四郎はそう魔理沙に命ずるが出来る筈などなかった。魔理沙はそんな余裕、持ち合わせていないし何より未だ七分立ちとは言え征四郎の逸物は大きく口に入れるだけで精一杯だったのだ。舌や口を使えなどと言われてももごつかせる程度のことしか出来ない。それがもどかしかったのか、征四郎は腰を前後に振り乱暴に魔理沙の口内へ逸物を突っ込み始めた。頬が伸び、喉の奥に当たるほど突っ込まれ、息が出来ず涙を浮かべる魔理沙。
「いいぞその顔。そそるな」
興が乗ってきたのか動きをさらに激しくする征四郎。鼻が陰毛の茂みに隠れるほど剛直を喉の奥へと挿入させる。嘔吐反応にのどが痙攣を起こし、その振動が陰茎に刺激を与えた。最早、魔理沙の口はただの性処理道具に過ぎなかった。口内でどんどん硬度を増していく征四郎の性器。
「かかっ、昂ぶってきたぞ」
やっとのことで口から引き抜かれる性器。魔理沙は嘔吐感に襲われながらも荒々しく息を吸った。が、安らぎはそうそうに与えられない。魔理沙の唾液で濡れ、いきり立った陰茎を征四郎は顔に押し付けてきたのだ。それは性的刺激を得るというよりは魔理沙に辱めを与える行為だった。鼻の下や唇、瞼など皮膚が薄く感覚が鋭い場所を執拗に魔羅棒で腰擦り付ける征四郎。あっという間に魔理沙の顔は自分の唾液と征四郎の淫水まみれになってしまった。
「うぁ…」
肌にまとわりつく粘液と鼻が曲がるような臭気に顔をしかめさせる魔理沙。その様を見て征四郎は女装するなら化粧も必要だろう、と嘲り笑った。
「くくっ、久しぶりだなここまで昂ぶるのは」
立ち上がり倒れたままの魔理沙を見おろす征四郎。その股間のモノは天を突くほど怒張し、飴細工のようにぬめり光っている。魔理沙はそれを猛獣でも見るような脅えた目つきで見ていた。自分のモノとは明らかに違う凶悪な形状。大きさも長さも倍は違うと思えてしまう。
「………」
脅えた表情の魔理沙。呆けたように口を半開きに眉間に皺を刻んで震えている。その表情が物語っているとおり恐ろしいのだ。父が、自分を見おろし立っている征四郎が。怒張している彼自身が。そうそのいきりたった性器がだ。
勃起したからには治めなくてはいけない。時間経過でも怒張した性器は萎えるがその沈め方は間違いである。勃起したからには射精しなくてはならない。それが雄の定めだ。だが、どうやって? 薬と香と刺激で勃起した魔理沙の男性器は征四郎の手によって達し精を放った。ならば征四郎は? 魔理沙と同じよう魔理沙の手でしごかせるつもりなのだろうか。いいや、それはあり得ない。魔理沙の指では征四郎のモノをいかせることは出来ないだろう。それほどの性の技術を魔理沙は持ち合わせていないし、指先は酒のせいで震えておりまともに動かない。ならば何処かしらの孔へ挿入るのか。口へは先程まで入れていたが達することはなかった。ならば違う場所だろうが何処へ? 魔理沙は虚ろな頭で考えるが答は出てこない。頭が回っていないのに加えそれほど魔理沙の頭の中に性の知識がないからだ。否。分っている。分っていてあえて考えないようにしているのだ。自分は男で男性器を挿入できる女性器などない。他に入れる孔なんてない。あるはずがない。そう考えているのだ。あり得ない、と。そんな不浄な孔に入れるなどと、そこは出す孔で入れる孔ではないと、考えないようにしているのだ。
だが…
「さて、そろそろ入れさせて貰うか」
無情にも、無慈悲にも、無為にも征四郎は抵抗できない魔理沙の身体をうつ伏せになるよう転がせると臀部が丸見えになるようスカートをめくりあげた。そうだ、性の知識がないなど嘘っ八だ。魔理沙は一度見ている。怒張した征四郎のモノがソコヘ入っているのを。あの時、自分と父の関係が決定的に壊れたときに。そう、あの時、父は丁稚奉公の少年の尻穴を犯していたのだ。
「ッ、あ…止め…」
懇願するような憤慨したような魔理沙の声は、けれど征四郎には届かなかった。征四郎は魔理沙の細い腰を掴み持ち上げると器用に親指だけで尻たぶを左右に引っ張った。真っ白な尻の谷間に隠れていた薄い桃色のすぼみが露わになる。それを見つけ征四郎は円弧に唇を歪めた。そして、手を伸ばすと再び薬指で軟膏をひとすくいとった。たっぷりとすくった軟膏を魔理沙の尻に擦り付け始める征四郎。肛門を中心に円を描くよう丹念に塗りつけていく。くすぐったいのか魔理沙は何度も身を捩ったが逃れることはできなかった。あらかた回りには塗り終わったのか、螺旋を画くよう動いていた指はついに円運動の中心、菊門へと到達した。力を込め指を動かす征四郎。ゆっくり、非情にゆっくりとではあるが指先が沈み込んでいく。魔理沙の体内にへと。尻穴に異物を挿入される感覚に魔理沙は歯を食いしばって耐えた。怖気を催す感覚。排泄とは違う感じ方をしているのは排出ではなく挿入されているからで、加えて進入してきている物体が自分の意思とはまるで無関係に動いているからだろう。指はゆっくりと魔理沙の菊門に沈み込んでいく。指先から指の腹。爪の付け根あたり。第一関節、第二関節へと。征四郎はそこまで指を入れたところで関節を曲げ尻穴を広げるよう乱暴に動かした。うぁ、と嬌声とも悲鳴ともつかない感嘆が魔理沙の口から漏れる。引きぬいたとき征四郎の指先は湯にでもゆっくりと浸していたように暖かくふやけ、魔理沙の尻穴は富士壺のように菊門を尖らせいやらしくひくついていた。十二分にほぐれたろう、そう征四郎はほくそ笑んだ。
「力を抜けよ。クソをするときと一緒だ。力み過ぎると切れるぞ」
魔理沙の腰を一段と高く、尻を突き出す形になるよう動かすと征四郎は片腕を己自身に充てがい位置を定めた。その必要がないほど剛直は固く憤っていたが。やめろ、やめてくれ、と魔理沙の虚しい嘆願が室内に響き渡るが耳を貸す者はいない。征四郎は銃口を罪人に突きつけるよう、亀頭を魔理沙の尻に充てがうと一気に
「イっ…あぁぁぁぁぁぁぁ!!」
その体を刺し貫いた。
躊躇いなく直腸の最奥まで突き込まれる剛直。指とは比べものにならない太さのものを突っ込まれたことにより魔理沙は甲高い悲鳴を上げた。征四郎は事前に力を抜けと魔理沙に言っていたが無意味だったようだ。軟膏と指先の動きですっかりほぐされ、薬効で弛緩しきった魔理沙の尻穴でさえ征四郎の剛直は太く固すぎたのだ。入れた時とは逆にゆっくりと引きぬかれた魔羅は軟膏と腸液、鮮血で汚れていた。
「かかっ、やはり初物は締りがいい。ほら、もっと締め付けろ!」
腰をゆっくりと前後に動かしながら声を荒らげ魔理沙の尻に平手を食らわす征四郎。魔理沙は肛門に異物を出し入れされる感覚に怖気を震わせ泣きながらも言われたとおり括約筋に力を込めた。うほ、と愉悦の声をあげる征四郎。腰の動きが早くなる。まるで暴れ馬を乗り回す荒くれ者の様に征四郎は更に魔理沙の尻に平手を加えた。最早、魔理沙が自分の命令に従っているかどうかなど関係がないのだ。ただ、己の獣性の赴くままに暴力をふるい犯す。それだけのケモノに成り下がっているのだ征四郎は。ひはーひはー、荒い息をつきながら腰を激しく振るい、平手や握りこぶしを魔理沙の身体に打ち付け、肉食獣が捕らえた獲物にするよう首筋に歯を立てる。傷つけられる痛みと肛門陵辱の苦しみに魔理沙の脳髄は沸騰寸前だった。もはや平衡感覚は失われ、前後左右は定かではなくなり、時間の流れ、自己の存在さえも曖昧になった。その耳元にいやにはっきりとした声で何かが囁かれる。
「どうだ、気持いいだろう」
これが気持いいという感覚なのだろうか。波間に漂うクラゲのような思考で魔理沙は想う。
「快楽に身を委ねろ。淫蕩に頭まで浸かりきれ。性愛を享受しろ。他では与えてくれぬぞ。他では味わえぬぞ。ここが、この屋敷こそがソドムの市だ」
確かに、と魔理沙は心のなかでうなづいた。こんな感覚、あの魔法の森の中の家に住んでいたのでは、いや、幻想郷の何処に住んでいたとしても味わうことはできないだろう。
「戻ってこい。この家に。俺の元に。そうすればずっとこの快楽を与え続けてやる。俺の全てを与えてやる。お前には、息子のお前にはその権利がある。義務がある。役目がある。戻ってこい! 戻ってくるんだ!」
荒々しい息遣いと共に獣じみた父の声が聞こえてくる。尊大でいて、自分は何一つ間違っていないのだと自身に満ちた声。ある意味で父性さえ感じさせる声色。けれど…
「い、」
「あ…?」
「嫌だね」
魔理沙の心に残ったちっぽけな尊厳が立ち上がり、理不尽に必勝するための意志を見せた。理性の篭った瞳で征四郎を睨みつけ、嫌だ、と一言一句違えることなく言葉にする。
「嫌だと言っている。お前の言うことなんて聞いてやらない。お前だけじゃない母さんの言うこともだ。私は私の意志でお前たちに反抗する。反抗してやる!」
「何を…言って…?」
呆気にとられる征四郎。腰の動きも止まり、驚いた顔で魔理沙を見据える。
「私が女の子の格好をしている理由。まだ知らないだろう。母さんがさせたんだ。私が生まれたとき、私が男だと知った母さんが産婆さんを言いくるめて、お前を騙すための嘘を付いたんだ。生まれたのは女の子です、ってな」
「なん…だと…?」
「なんでそんな事をした、って顔に書いてあるぜ。復讐のためだよ。母さんは晩年、ずっと泣いていたぜ。『あの方は私を愛してはくれなかった。私をただの子を産む機械としか思っていなかった』ってな。それは間違いないんだろ、えぇ? 男色家で女嫌いだったお前が跡継ぎを作るためだけに母さんと結婚してセックスしたってことは聞いてる」
「そうだ。アレとまぐわったのはただの一夜だけだ。それ以上は俺も嫌だった。汚らわしい雌とやるなんて…まるで拷問のような仕打ちだ。だが、半分だけ運良くあの時の交わりでお前ができたのだ。半分運が悪かったのはお前が女だったことだ。だが、それが…嘘だったと? 復讐のための嘘だったと?」
「そうさ。母さんはそれが嫌だったんだ。ただ、一人男の子を産むためだけに使われたってことがな。だから、私を使って復讐する事に決めたんだ。私に性別は絶対に隠し通すものだって教えて、物心ついたらその理由を語って聞かせて、そして、ここぞというときにお前が破滅するような方法で暴露しろ、と最期に命令して。夜叉みたいな顔をして、私にお前に対する呪詛を吐きながらな。そんな母さんの言いなりになるのが嫌で私は家を飛び出したんだ」
「…ふ、ふん。それが、どうした。アレが死んだ今、どうでもいい話だ。それとも今更、その体の秘密を使って俺を陥れるつもりなのか? 手品の種は全部明かしたのに?」
「まさか。そんな事するかよ。お前も言ってるとおり、母さんは既に故人でコレは終わった話さ。今更そんなことしたってお前の言いなりにならない代わりに母さんの言いなりになるだけじゃないか。そんなのはこっちから願い下げだね」
「ならば、ならばどうする気だ!?」
「戻ってきてやるよ、この家にな。家が大事なのは分かったよ。お前の話も理解できた。確かに私には霧雨商店を継ぐ義務がある。だから、戻ってきてやる。ただし、お前の色小姓みたいな真似は絶対にしないぜ。私は跡継ぎであってお前の性処理道具じゃない。私は普通に店の跡継ぎとしてここに居らせてもらうぜ。母さんの分は私が性別を隠して生きていたことで筋は通した。お前を破滅させるなんて馬鹿な真似は聞き入れられない。そうさ、こいつは譲歩だ。あんたの願いのうち、私がまっとうに叶えれる分だけ話を聞く。母さんも出来ることだけはした。お前や母さんみたいに自分の望み全てを相手に押し付け叶えさせるなんて傲慢な生き方、私はゴメンだね。そんな生き方はここで終わらせる。私が、ここで!」
「生意気なことをほざくな! 餓鬼が!」
「だって、そうだろう! 人と人の付き合いってそういうものだろ! お前が譲歩してせめて表面上だけでも妻として扱っていれば母さんはこんな馬鹿げた復讐劇は企てなかった。母さんも真面目にあんたと夫婦にならなくても自分も浮気なり何なりしてまともに愛してくれる相手を探せば自分も私の人生も狂わせずにすんだ。私も、…そうさ私もとっととアリスに自分のことを打ち明けていればよかったんだ。ずるずると恋人関係が終わるのが嫌だからって歪な関係を続けていたからあんな事になってしまったんだ。アリスも、あの時、私に無理矢理迫らなければ多分、良かったんだ。全部が全部、自分の都合のいい様にしようと相手に押しつけたから起こった事なんだ。自分の心には折り合いをつけて…」
「黙れ! 黙れ黙れ黙れェ!!」
「!?」
不意に障子を震わせるような怒鳴り声を上げる征四郎。阿修羅の形相で魔理沙を睨みつけている。
「譲歩だと? 出来るか、そんなこと! 商売も人間関係も全て自分の意志を相手に押し付けたものが勝ちだ。押し付けられたものは惨めに負けるしかないんだ! お前は知らんだろうが俺には兄弟がいた。弟が二人だ。今のように跡継ぎが問題になったとき、弟二人はあろうことか会議の席で男色を理由に俺が跡継ぎに相応しくないと言いはりやがった。その時、俺はまだこの嗜好を隠していて、親父にも大番頭にもその意見は通りそうになった。あのクソ愚弟共は俺の好みを否定してそいつを経営者一同に押し付け、正しいことだと思わせようとしたんだ。あの時は危なかった。俺の人生の中でもっとも危機が迫っていた時だった。会議が終わった後、どうすればいいか考えた俺は男色仲間のツテをたどって罪状持ちの野郎に弟たちを襲わせた。強姦、という意味でだ。そして、その現場を集落の連中に発見させた。後は放っておいても事は進んだ。犯された方とは言え男同士でやったことがある相手なんて気味が悪い、というのが世間様の常識さ。俺の男色は身内しか知らないが、弟たちは違う。幻想郷中に知れ渡っているホモより身内しか知らないホモのほうがましだってことだ。会議で決まったことはすぐに無効になり、俺がこの店を継ぐことになった。上の弟は犯されたときに梅毒を貰いそのまま死んだ。下の弟も後を追うよう首をくくって死んだ。どうだ? こいつは俺の経験則なんだよ。弱肉強食が俺の座右の銘だ。譲歩などするものか。俺のすべてを押し付け、全てを叶える。それが、それだけが俺が生きる道だ。生き残る道だ!」
「くっ、止め…」
言葉の途中で征四郎は再び腰を動かし始めた。それは性的快楽を得るための動作というよりは魔理沙を屈服させるための動きだった。威圧的示威的行為。魔理沙の肩を押さえつけ、乱暴に腰を打ち付ける。征四郎は限界を超えて興奮しており、ひーはーぜーはーひーはーぜーはーと、食いしばった歯の間から唾を飛ばしながら浅く早く荒々しく呼吸を繰り返し、口端に泡をつけていた。白目を剥き、無我夢中一心不乱に腰を振り続けている。
「っう…やめろ、そんなにしたら…」
「だ、だだ、だ、まれェ!! このまま屈服させてやる! 犯し続けて何も考えられなくしてやる! 俺なしではいられないようにしてやる! ひゃは、ひゃはは、ひゃはははははははは!!!!!!!」
狂ったよう哄笑をあげる征四郎。頭を振り乱し、口から赤黒く変色した舌を伸ばしながら気違いの様に笑っている。魔理沙はそんな父を恐怖と哀れみの混じった目で見ていた。一抹の心配も加え。動かぬ体に鞭打ち、魔理沙は起き上がろうとする。だが、
「動くなぁ! もう少しで出る! もう少しで出すからな! 受け止めろ! 俺のキモチを、熱意を、愛を! お前の身体で!」
魔理沙の首に手を伸ばし、征四郎は力のかぎり絞めつけるた。息ができなくなり、とたんに意識を失いそうになる魔理沙。それでもなお、父に向かって声をかけつづけた。
「やめろ…それ以上、無茶をすれば…」
「ウルサイ、ダマレ、ダマレ!!」
「違う、私は父さんの身体の事を…」
だが、征四郎は一向に耳を貸さなかった。その様子はもはや、自分の常識のみに生きる狂人としか言えなかった。自分の信じているもの以外は全て嘘だと思い込み意見を変えない発狂した宇宙の住人とかしていた。そうして荒々しい動きと狂喜の果てに…
「ひ、あ…ッッッ!!!」
父、霧雨征四郎は果てた。魔理沙の中で。だが、どちらが先だったのか分からない。
「父…さん?」
魔理沙は自分の尻に熱い迸りを流し込まれるのと同時に征四郎の剛直が急激に熱を失い引き抜かれていくのを感じていた。首にかかっていた指の力も抜けつつあった。拘束を解かれ首だけで振り返った魔理沙が見たものは後ろに倒れていく父の姿だった。
「父さんッ!」
魔理沙は身体を起こし征四郎に駆け寄るが、既にその体は事切れた後だった。淫欲に溺れた悪鬼の顔のまま征四郎は死んだのだ。
「馬鹿野郎」
悪態をついて父の胸に手を付き、涙を流す魔理沙。
「犯して服従させるなんてどこの悪趣味な淫靡本だよ。名前で、魔理沙って呼んでくれればそれで良かったのに。最後まで私のことはお前呼ばわりかよ…クソ」
虚しい言葉だけが二人の汗と体液の臭いが充満した部屋の中へ消えていった。
「畜生!!!!!」
何の前触れもなく唐突にアリスは目を覚ました。
ここは、と疑問に思いながら身体を起こすとお目覚めになられましたか、と声をかけられた。小さな女の子の声。そちらに視線を向けると野暮ったい、粗末な身なりの少女がアリスのすぐ側に座っていた。
「ここは…?」
先ほど心に思ったことを改めて口に出した。ここは霧雨の屋敷です、と上ずった声で少女が応えた。霧雨、とまるで初めて聞いた言葉のようにオウム返しに呟いてみせるアリス。霧雨、霧雨、頭の中でその言葉を反芻し、はっ、とアリスは顔を上げた。
「霧雨? ここは里の霧雨商店なの?」
「は、はい」
アリスの質問に驚きながらも少女はきちんと応えてくれた。どうやら気絶していた自分は魔理沙の生家まで運ばれたらしい、と頭の回転の早いアリスはすぐに思い当たった。腰やアソコが痛いが特に身体に異常はなさそうだった。魔法使いらしく色々なことを考えながらもすぐさま自己診断を下す。と、アリスは自分がまっとうな、けれど、明らかに自分の物ではない服を着ていることに気がついた。身体も痛みこそ感じはすれ、汗や体液で汚れている風でもなかった。
「これは貴女が?」
「は、はい。そうです」
「そう。ありがとう」
自分の体を綺麗にしてその上服まで着せてくれた少女に微笑みながらお礼を言うアリス。少女は顔を赤くしながら、いえ、と口ごもった。お礼を言われるのに慣れていないのだろうか。それともアリスのような美人を前に緊張しているのかもしれなかった。
「ところで…」
少女に声をかけようとしたところではたとアリスの言葉が止まった。声をかけてどうしようと言うのだろう。ここは何処だか分かっている。身体を綺麗にしてもらったお礼は言った。今が何時なのかと訪ねても意味はないだろう。同時にアリスが運び込まれてからどれぐらい経ったのかも。と、すればアリスが尋ねなければいけないことは一つだけだ。それは…
「魔理沙…」
彼女、いや、彼のことだ。魔理沙の顔を思い浮かべてほんの一刹那だけ身体を襲った悪寒にアリスは我が身を抱いた。気分が悪くなったように俯く。数時間前の出来事が閃光のように蘇ってくる。あの時、アリスは確かに恐怖と嫌悪を抱いたのだ。魔理沙に、犯されているときに。それは確かにあの時間だけだが魔理沙を思う気持ちを、愛や喜びといった正の感情を上回っていた。そして、そんな感情を抱いてしまった自分自身に嫌悪し、更にアリスは表情を険しくした。
「あ、あの具合でも悪いのですか…?」
体調を悪くしたように見えたのだろう。少女はアリスにそう心配そうに声をかけた。ほんの少しだけ反応が遅れたがアリスは顔を上げると、ううん、大丈夫、と笑みを見せた。
あれはもう過ぎてしまったことだ。覆水が盆に返らないようなかったことには出来ない。その時覚えた感情もだ。それに事の一端はアリスにも原因があった。先に性交に誘ったのはアリスだ。もちろん、アリスもそれは理解している。自分にも非があるのだと。いや、それどころかアリスは魔理沙は何も悪くない、と自分を責めていた。けれど…
「っ…」
気持ちの悪さはぬぐえなかった。骨ばり固い作りの身体。林檎のような喉の膨らみ。低く喉が荒れているような声。そして、何より自分の身体を刺し貫いた熱く脈打つ陰茎が、そこから放たれた青臭く汚らわしい精液の気持ち悪さは今も身体にまとわりつくよう残っていた。
アリスはどうしたらいいのかまるで分らなかった。魔理沙に謝りたいという気持ちもある。同時にけれど、魔理沙が、男である魔理沙が恐ろしいという気持ちも持ち合わせていた。おそらくはその両方がアリスの本心で、だからこそ彼女自身も混乱しているのだ。
「………」
再び、思考のどつぼにはまり俯き加減に考え込むアリス。
「あの…」
それを矢張心配してか、躊躇いがちに少女は声をかけようとした。喉元まで出かかった言葉。大丈夫でしょうか、お茶でもお持ちしましょうか。けれど、それが外に出ることはなかった。代わりに、
「畜生!!!!!」
何処からかそんな怨嗟と後悔を含んだ声が聞こえてきた。
はっ、と顔を上げるアリス。
「魔理沙?」
あの声は確かに彼のものだった。それを認識するとアリスは自分でも気づかぬうちに布団から起き上がっていた。少女の制止する声で自分がどうしているのか気がついたが立ち上がった足はもう声の主を求めて動き出していた。止められるはずもない。障子を開け放つとアリスは薄暗い廊下へと飛び出していった。
「魔理沙、いるの?」
何処をどう歩いたのか定かではないがアリスは灯りの漏れるある部屋の前にやって来ていた。屋敷は真っ暗でアリスが見つけた限り灯りが付いている部屋はこの部屋だけで他は全て火を消していた。当然だろう。ちらりと渡り廊下から見た夜空の様子から今は夜更けの時間帯であることが予想できた。こんな時間まで起きている人間は少ない。それでもこの部屋に魔理沙がいると思ったのは半分以上はやはり勘だった。
「………アリスか」
なかなか返事はなく、別の部屋を探そうかとアリスの足が動きかけたとき部屋の中からやっと声が返ってきた。アリスは、うん、と応えた後、躊躇いがちに障子を開いた。瞬間、思わず顔をしかめた。開け放たれた障子の向こうからむせ返るような雄の匂いが漂ってきたからだ。匂いの源はすぐに分った。部屋の中央に布かれた布団の上にいる二人の半裸姿の男たちだ。
一人は魔理沙だった。乱れた衣服に傷だらけの傷だらけの格好。身体は乾き始めた血や粘液に汚れ、強姦された後の様な有様だった。
もう一人も傷がないだけで魔理沙と同じく、汚れた半裸姿だった。布団の上に仰向きに倒れ、鬼か阿修羅の形相で天井を睨み付けている。
「父だ」
想像だにしなかった場面に出くわしたことで思考停止したアリスに魔理沙はそう話しかけた。
「今、死んだ。病気なのにきつい酒吞んで興奮しすぎたせいだろう。ほんと、馬鹿な親父だったよ」
「魔理沙…」
淡々とした口調で説明する魔理沙。
「本当に馬鹿な親父さ。気の向くままにこんな馬鹿なこと繰り返して。挙げ句の果てが息子相手に腹上死かよ。狂ってるぜ、ホント」
「腹上死って、まさか…」
「そうさ。私にこんな事をしたのは…父だ」
今度こそアリスは絶句した。男の魔理沙が強姦され、しかもその相手が実の父親だったなんて。あまりに狂っている出来事にアリスは意識を失うような目眩を覚えた。立ちくらみを起こしかけ、何とか障子戸を掴み堪える。
「……父は男色家だった」
アリスには目もくれず背を向けたまま説明するよう、或いは自分の中で話を纏めるよう抑圧の聞いた声で話を続ける魔理沙。もう止して、とアリスは泣きそうに顔を歪めたがそれを口に出す行動力は残っていなかった。
「男色家で酷いサディストで…その上、色気違いだった。麻雀で言うとトリプル役満みたいな手だよな。そりゃ、母さんにも嫌われる。ああ、言ってなかったな。私が女の子だって嘘付いていた理由。母さんに言われたからなんだぜ。母さんが親父に嫌がらせするつもりで私を女として育てていたんだ。まったく。夫婦そろって頭がおかしいよな」
冷めた口調で皮肉げに、そしてどこか自嘲げに家族のことを魔理沙は語った。
「いや、おかしいのは私もか。男なのに女の格好して、そうしろって言った母さんはとうに死んでるのに、馬鹿みたいに続けてさ。あぁ、親父にも言われたが私にはどうやら女装癖があるみたいだな。クソ、男なのになぁ」
自嘲の度合いが強くなる。薄っぺらい笑い声を魔理沙は上げる。
「いっそ、このまま女として生きていくのもアリかな。まだ、私が男だって知ってるのは数人だけだし。原因になった二人も死んじまったし」
「ちょっと…魔理沙」
不穏なものを感じ取りアリスは部屋の中へ入った。肩の方から魔理沙の手元を覗きこむ。はたして、魔理沙の手には大きな和鋏が握られていた。
「簡単だろ。女になるのなんて。こいつを、切り落しちまえばそれでいいんだから」
鋏は征四郎の戸棚から見つけてきたものだった。盆栽の剪定用の鋏。なるほど、これなら小指ぐらいは楽に切り落とせるだろう。ましてや骨の入っていない陰茎など造作もない。
「これで、お前とまた同性の恋人同士に戻れるかな…?」
きらり、と手の中の鋏を光らせてみせる魔理沙。アリスは何か言おうと手を伸ばしたが何も言葉は出なかった。その顔を見て魔理沙はふっ、と短く笑った。
「冗談だよ。そんなことして、コイツを切り落しても私は女にはなれない。男のままさ。男として産まれ、男であることを隠して育てられ、男の体になりつつある。あの時、アリスに酷いことをしたのも男の私さ。今更、何をしたって、ナニを切り落したって元には戻れない」
ぽん、と鋏を投げ捨てて魔理沙はアリスに向き直った。アリスは自分でも気づかぬ間に一歩、後ずさっていた。
「ごめん、アリス。許してくれ」
深々と頭を下げる魔理沙。はっ、とアリスはやっとその時、自分が魔理沙から逃げるように一歩退いていたことに気がついた。そんな自分の行動を恥じるよう責めるよう、アリスは二歩魔理沙に近寄った。
「ち、違うわ魔理沙。あれは私が悪いの。私が無理矢理あんな事しなきゃ…ま、魔理沙がその、自分の身体のことを打ち明けてくれるまで私が待っていれば、あんな事には…」
今度はアリスが謝る番だった。ごめんなさい、と少し嗚咽混じりにアリスは言葉を紡ぐ。それが魔理沙の心に届いたのか、彼は顔を上げると眉尻を下げたなんとも言えない表情でアリスを見上げてきた。
「だったら、だったら、自分の身体と心に聞いて、正直に答えてくれ」
「男の私とまだつきあえるか?」
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
「ふぅん。成程ね」
そう言って霊夢はすっかり温くなってしまった茉莉花茶を飲んだ。魔理沙も喋りっぱなしですっかり乾いてしまった唇を湿らせる為に倣うようお茶に口をつけた。
半月ほど前から魔法の森の家から実家である霧雨商店に戻った魔理沙に事の経緯を聞く為に霊夢は彼の元へ訪れていたのだった。魔理沙が実は男だった、という話は霧雨征四郎の葬儀の席で聞かされ大変驚いたが、今、長い時間をかけて魔理沙自身から聞いた話は更にショッキングな内容だった。おそらくは誰にも漏らせず墓の下まで持っていかなくてはいけないような話。真相を知っているのは魔理沙自身、あとはアリスだけだろう。その重圧に耐えるため、或いは気持ちの整理をつけるため、魔理沙は霊夢に全てを話したのかも知れなかった。
征四郎亡き後、魔理沙は若旦那として霧雨商店へと戻ってきた。それが約束だったし魔理沙自身もその必要があると思っていた。法人としての店としてもそれが一番だった。父が亡き後は息子が継ぐ。全て丸く収まった形だ。霧雨商店については。
「ところで…」
だが、もう一つ、収まりどころを探さなくてはならない事案がある。
「アリスは結局なんて答えたの?」
魔理沙とアリスの関係だ。霊夢は風の噂で別れた、という所までは聞いていた。未確認だがアリスが魔理沙を振ったのだとも。それは真実で実際に二人は別れたのだろう。だが、その行程は並大抵のものではなかったはず。別れる起因となったアリスの返答を霊夢は聞きたかったのだ。興味本位ではなく、それも聞くことが自分の役目だと思ったのだ。
ん、と魔理沙は暫く考え込むような仕草をしてから口を開いた。
「…結論から言うと『無理』だってさ」
その口調は少し寂しげだった。未練がある、という訳ではない。ただ望郷の念に似たものを感じているだけだ。続けて魔理沙はアリスの口まねをするように霊夢に語って聞かせた。
「『貴方のことは嫌いじゃない。今でも好きだと思う。けれど、やっぱり無理。私は同性愛者で男の人は興味がないなんてものじゃなく本当は触るのも嫌なぐらいなの。だから、ごめん。本当にごめんなさい。貴方とは付き合えないわ―――魔理沙』だってさ」
そこで一端、言葉を切り魔理沙は自分の感想を述べる。
「親父も『女となんか二度と寝るものか』って言ってた。異性愛者からすれば同性がいけるんなら異性でも…って思えるけど違うんだよな。異性愛者なら自分が同性と恋愛関係、性的な関係まで持って行けるかどうか考えてみるといい。私は、うん、無理だな。やっぱり付き合うんなら女の子がいいぜ」
最後に笑顔を見せたのは再び重くなり始めた場の雰囲気を少しでも和まそうとしたからか。それとも自分を振ったアリスは悪くないのだと言いたかったからなのか。合点がいった霊夢はそう、と頷いた。
「まぁ、普通の男女の関係でも、その…あっちの具合が合わなくて別れた、なんて話もあるものね。それと一緒の事よ。多分」
「……そうかもな」
霊夢も微笑を浮かべた。一瞬だけ魔理沙はきょとんとした顔になったが頷いた後、何処か笑いの壺にでも嵌ってしまったのか破顔し、あははと大きな笑い声を上げた。
「やっぱり人間、心と体に素直に生きるべきなんだろうな。親父は若い頃、自分の趣味を隠して生きてたそうだ。多分、親父があんなになったのはその反動だろう。もっと早くから折り合いをつけて生きてればああはならなかったはずだ。母さんも親父に思いの丈をぶつければ良かったんだと思う。どうせ親父は適当にあしらうだろうけど、それでも何も言わずに鬱憤を溜め込んでその腹いせに自分の子供を巻き込むなんて真似はしなかっただろうし。アリスとも…うん、私は別れて良かったと思う。私はアリスが好きだったし、アリスも私のことを好いてくれていたと思う。でも、だからってあのまま自分の嗜好に合わない付き合い方を続けててもろくな結果にはならなかっただろ、多分。だから…だからこれでいいんだ」
一頻り笑ってから魔理沙は最後にそう締めくくった。すべて語り終えたからか、魔理沙の顔からは僅かに残っていた憂い、のようなものがすっかりとなくなっていた。憑きものが落ちたような、と言ってもいい。厳しい冬が過ぎて訪れた春のような、そんな顔をしていた。
短く切ってしまった髪。でっぱり始めたのど仏。固くしっかりしつつある身体。髭こそまだ生えていないがいずれは。男としての人生を魔理沙は歩み始めているのだった。
「…ってことは、今アンタ、フリーって訳ね。ふふん。じゃあ、私と付き合ってみない?」
「へ? え? ええぇ!?」
魔理沙が霊夢と男女としての恋愛関係を築くかどうかは、また別の話で。
END
魅魔さま「わたしゃここにいるよ」
って、ことでお久しぶりの投降。そろそろみんなに忘れ去られてるんじゃないでしょうか?
>>11/07/27追記
わー、みなさまコメント有難う御座います。
霧雨の親父がホモ、名前は三文字で朗がつく、などはついったーのフォロワーさんからいただいた意見です。あと、霧雨パパのCVは個人的には大塚さんだったのですが、ジョージでもいいかも…
ナニワトモアレ長文を読んで頂き誠に有難う御座います、
sako
作品情報
作品集:
27
投稿日時:
2011/07/24 10:32:47
更新日時:
2011/07/27 07:20:59
分類
魔理沙
アリス
霧雨魔理沙の父
同性愛
霧雨父の汚いおっさん臭が凄い!
レイプするかされるしか無いこの魔理沙ってやつふびん!
ハッピーエンドで良かった!
気が付けば、日付が変わっとる……。
このボリュームの一気食いは、胃ではなく頭が肥大しそうです。
ああ……、面白かった!!
ちょっとフランクな口調とちょっとレトロな文体の、ちょっと淫靡な物語。
復讐の終わりはいつも空しい。
復習して、反芻して、バッドエンドは真っ平ごめん。
人間、普通が一番。
黒か白かなんて、どちらかなんて選べない。
紅と白の巫女の如く、中立なんて気苦労が絶えない。
おいしいところだけ頂いていくぜ。
それが、魔と恋に生きる者の道。
帰ろう帰ろう、お家に帰ろう。
パパとママは大地に還った。
生みの苦しみを味わった雛鳥は孵った。
さあ、変えよう。
クソッタレな人生を。
ファックな業を。
さあ、変わった自分を元に戻そう!!
親父がクソなのに何故かかっこ良くて中田譲治の声で脳内再生されてしまった
ゴミクズのくせに男なんかに生まれるから・・・・・・・
同性愛も異性愛も結局は同じく自分勝手。どちらがより寛容なんてことはない。
生理的に無理なんであって理屈じゃないから、相手がどんなに美しかろうと性格がよかろうと無意味。
それを無理に寄せ合おうとするからこういう悲劇が起きるんだよな……切ねぇ
あと何故か、霧雨ママは霧雨パパを好きだったような気がする。
好きだったのに性別のせいで産む機械扱いされて狂気に……みたいな。
じきに良くなる――
ふぅ……。
ここ最高でした。
親父さんマジイケメン。
「男と知らずに惚れ込んじまった!!」とか、俺なら一生もののトラウマになるレベル。
ゆかりんの思わせぶりな台詞が素敵。わかってたんだろうなあ
この展開なら霖之助が出てほしかった
ちょっと思いました