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『ガラスの目玉』 作者: 遊
こいしは気付いたら、真っ赤な彼岸花があちらこちらに咲いた川辺を歩いていた。
無意識にまた、適当に歩き回った結果なのだろう。
しばらくは川沿いにぼんやりと散策をしていたのだが、それにも飽きて、裸足になり川に軽やかな足どりで踊るように入っていった。
ぱしゃん、と小さな水しぶきが上がり、こいしの脛のあたりは濡れた。
川は浅く、足首の上程の深さしかない。
こいしは靴下を靴の中に詰め、サードアイにくくりつけた。
そうして次は川を上っていく。
川の水は心地良い冷たさで、川底の砂利は丸く、こいしの足を傷付けることはなかった。
透明度の高い水は、水の流れによるうねりと光の反射を上手い具合に生み、こいしの足を歪ませていた。
たまに大きく一歩踏み出すものだから、膝小僧まで微かに濡れてしまっている。
こいしは黙々と歩き続けていた。
すると、急に上流から何かが沢山流れてきた。
それは球体であり、こいしは気になってそのうちの一つを掬い上げた。
「おめめ…?」
沢山流れてきたそれらは、ガラスでできた目玉だった。
しかし、ぎょろりと時折黒目の部分が動き、それはただのガラス玉でないことを主張していた。
透き通っている白目の部分だが、奥までは何故か見えなかった。
奥は密度が違うのかして、白っぽくなっているからだ。
こいしは見終わると、また一つ手に取った。
先の物は黒目が黒色だったのだが、次の物は黒目が綺麗な紫陽花色だった。
そうなると、他の物の色が気になり始めたこいしは拾って見ては落とし、見ては落としを始める。
「お嬢ちゃん。」
「ふぇ?だぁれ?」
黒目を見続ける作業に没頭していたこいしだが、現実に引き戻された。
声を掛けてきたのは、赤い髪を頭の高い位置で二つにくくった、身丈よりも長く大きな鎌を持った女の人だった。
こいしが顔を上げた時にはまだ顔がはっきり見えない地点にいたのに、まばたきをしたらもう、こいしのすぐ近くにいた。
「え、うわっ。」
「おーっと、ごめんごめん。」
驚いた拍子に、持っていたガラスの目玉を川に落としてしまった。
落ちたガラス玉は、一瞬川に潜るとすぐ水面に浮き上がり、流れに乗って遠く下流へと向かっていく。
赤髪の女性が、口を開いた。
「なぁ、お嬢ちゃん。」
「なぁに?」
「今、川を流れているやつをあんまり触らないでくれないかい?」
「どうして?」
「どうしてって、もしさっきみたいに落として、割れてしまったら大変だからさ。」
赤い髪の女は、草履を脱いで川に入った。
一つ、目玉を掬う。
「こいつはね、罪人なんだ。」
「ざいにん?」
「そう、つみびと。」
「綺麗なのに?」
「綺麗なのは見た目だけさ。彼岸の景観を損なわないための対策でしかない。中身はすごく汚ならしい。」
「何故流れてくの?」
「お嬢ちゃん、下流の更に先、何があるか知ってるかい?」
こいしは首を軽く横に振った。
髪の毛が、ふわり、揺れる。
「知らない。」
「地獄があるんだ。」
「地獄…。」
「地獄。どうにもこうにも罪が大きすぎてね、地獄に落とすぐらいしかできないんだそうだよ。」
「地獄に落としてどうするの?」
「お嬢ちゃん、質問大好きだね。まあ、あたいも教えに来たようなもんだから丁度いいんだけども。」
ギヤマンの目玉が、くるり光を孕みながら二人の足下を過ぎていく。
孕む光は各々違い、色とりどりだ。
「そこでずっと罪を償うんだよ。なんだ、確か胡散臭い奴が人手として連れて行くことが多いんだとよ。」
「そっか。」
「だからお嬢ちゃん、川から上がってお家へ帰んな。決して、これを持ち帰っちゃならないよ。こいつらはずる賢いし、粘り強い。川から上がった瞬間、お嬢ちゃんを襲うだろうさ。あたいが見ているうちはいい。お家へ帰って、お嬢ちゃんの大事な人まで襲われちゃ良い気分はしない。」
「どうしてもダメ?」
「ダメ、だ。お嬢ちゃんは覚り妖怪の妹だろう。地底は暑い。間欠泉の近くなんか通ったらガラスなんか簡単に溶けちまう。」
「じゃあ、もう少しだけ見ててもいい?」
こいしは、話している間も流れ続けていた目玉の黒目の色が気になって気になって仕方なかったのだ。
まだまだ、見ていたい。
「仕方ないね。あたいの視界のうちでならいいよ。あたいの視界の外で襲われたら、あたいはどうしようもないからね。視界のうちでなら、この鎌で助けてあげるよ。」
「ありがとうっ!」
こいしはまた、黒目の観察を開始した。
赤髪の女は、川から上がると草履を履き直す。
そして、罪人の魂を眺めて喜ぶ少女を見て、小さく息を吐くと、帯に挿していた煙管を取り出し、火を着けた。
近くに腰を下ろして、一服。
しばらく、川のせせらぎと時々上がるこいしの歓声を聞きながら一服していたのだが、どこからか小さな人の形した紙が飛んできた。
そして、女の目の前に止まると大きな声を発した。
「小町、貴女今何処にいるんですか!すぐ仕事場に戻りなさい!!」
「いや、四季様、これにはわけが。」
「簡潔に言いなさい。」
「地獄に流されてる魂を拾って眺めてる娘がいたんで、注意しに来てました。」
「今すぐ、その娘にはお帰りになって下さい。そもそも生者なんでしょう?何故彼岸にいるんです?」
「さぁ…。迷いこんできたとしか言えないです。」
「兎に角、説得して帰ってもらって、貴女は仕事しなさい。」
「はーい…。」
「『はい』は伸ばさない。」
「はい…。」
人形の紙はそれだけ言うと、ぱさりと女、小町の足下へ落ちた。
小町はそれを拾い上げると、苦々しげに呟いた。
「使い捨てですか、四季様…。」
「ねぇ、帰ったほうがいいの?」
驚く次の番は小町だった。
こいしは知らぬ間に眼前に迫っていた。
「あ、ああ。あたい、お仕事に戻らなきゃならないからお嬢ちゃんもお帰り。」
「うん…。」
こいしは俯き加減に返事をした。
その声は明らかな落胆の色を含んでいる。
小町はこいしの頭を撫でながら、帰路につくことを促す。
「さ、無縁塚の辺りまで送ってあげるから。」
「うん。」
「だからお嬢ちゃん、」
「うん?」
「背中に隠してる奴、あたいに返そうか。」
最後の声は、低く、こいしはそれを死神のもののように感じた。
実際、小町は死神なのだが、こいしはそれを知り得ない。
こいしは素直に、隠していたガラスの目玉を小町へ差し出した。
差し出した目玉の黒目の色は、こいしの物と同じ、澄んだ緑。
小町は、小さな白い手からそれを受け取った。
こいしの両の掌いっぱいだった目玉は、小町の片手に収まってしまう。
「お嬢ちゃん、着いたよ。」
「え、もう?」
気付くと、こいしの立っている場所は彼岸と無縁塚の境界であった。
無縁塚の方には、見慣れた森がすぐ近くに広がっている。
こいしが振り返ると、小町はもういなかった。
彼岸の三途の川も、そこを流れるガラス玉の群れもない。
彼岸のあったあたりをしばしの間、呆けたように見つめていたが、そのうちに踵を返し、地霊殿への道をなぞり始めた。
こいしは家路を歩んでいる時、目を瞑っていた。
脳裏に、瞼の裏に、今日見た浮き世離れした景色を思い浮かべていたのだった。
河口の見えない流れに従う、あのどうしようもなく美しい、ガラスの目玉を想っていた。
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今回はちょっぴり普段より長めです。
夏なので、涼しげなものが書きたかったのです。
排水溝でも日陰の涼しい風を感じられたらと思います。
遊
- 作品情報
- 作品集:
- 27
- 投稿日時:
- 2011/07/27 13:31:41
- 更新日時:
- 2011/07/28 10:24:21
- 分類
- こいし
- 小町
- 彼岸
- 目玉
見てくれにだまされるお嬢さんは、
見る目が無い。
いつも眼光鋭い御姐さんさ見ていてくれているとは限らない。
だからお嬢さん、気をおつけ。
目も当てられなくなるから。
>先任曹長さん
目玉に目のないこいしちゃんですからね。ドールのグラスアイだけがほしい今日この頃です。
>2さん
自分にもぶら下がっていることに気づけずに、お姉ちゃんのを引きちぎるんでしょうねー…。で、色が違うからなんとか言うんですよきっと。