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『making of golden shotglass』 作者: sako
「うーむ」
ある日の午後、レミリアは床の上に並べられた商品を眺め唸り声をあげていた。並べられているのは食器類。皿から湯のみ、茶碗や鉢。幻想郷ではそれなりに珍しい硝子製のコップもある。ここは瀬戸物屋。レミリアは食器を買いに来ているのだった。
「どれもイマイチね」
けれど、なかなかにこれだとレミリアの眼鏡に適うようなものは見つからないようだった。瀬戸物屋の女主人も離れた場所で何とも言えない曖昧な笑みを浮かべて立っている。普通、こういう場合、店員は客にへりくだるために腰を下ろしているのが正解だが女店主が立っているのは、成程、
「女、他のも」
「は、はい、ただいま」
こうして様々な品を並べてもレミリアがお気に召さず別の商品を見せてくれとのたまうからだ。これでは腰を下ろす暇もないだろう。レミリアに言われて身をすくませた店主はすぐさま踵を返すと商品倉庫へと走っていた。程なくして幾つか木箱を大事そうに、なおかつ急いで抱え戻ってくる。既に開け放たれている先に並べた商品の木箱の隣にそれらを下ろし、床に敷いた赤色のフェルト地の布の上のまた開いているスペースに新たな品々を並べ始める。紅玉があしらわれた銀の杯。液体のようになめらかな表面の漆塗りの木椀。もはや外の世界では失われて久しい技術によって作られた皿、などなど。これ一つで屋敷が建つような品が出てくる。
レミリアは新たに提示された商品をためつすがめつ眺め、時に手を取り、指を弾いて当て音などを聞いたりしているがどうにも顔はすぐれない。この分だとまた不可、とその口から発せられそうだ。女店主もその様子を半ば諦めの境地で見ていた。もっともその顔は嫌な客を相手にして心底疲れた、という顔ではなく客の望みを叶えられなかった自分の店の不甲斐なさに対するそれだった。
と、言うのもレミリアが見た目通りの幼児で店にとっては冷やかしレベルで商品を見ているのでっはなく、そこは人間とは比べ物にならないほど長く生きている吸血貴族だからだろうか、思った以上に目端が利いているのだ。最初、レミリアが店を訪れた際、本来は五つだがその内の一つ紛失してしまい代わりに後からよく似せて付くたものを入れたセット物の茶器を見せた所、一目で『こいつは偽物ね』と贋作を見破られた挙句、店先でそいつを握りつぶされてしまったのだ。滅多なものを紹介したらどうなるか、という意味合いの脅しでもあった。店主はすぐに頭を平にするとこちらへとへりくだった態度で店の奥へとレミリアを案内したのだった。もっとも店主が落ち込んでいたのはその間だけでそこは腐っても商人、一般の客相手ではとても売れない、ある意味で在庫を圧迫している高級品を売りさばく商機と気持ちを切り替え、様々な品を注釈付きでレミリアの前に並べだした。
だが、どうやら読みが甘かったようだ。
緑色のミュキンとした見事な大鉢を見ては――もう少し小さい方がいいわね。
青色の龍が描かれた大陸の大皿を見ては――ダメね、ここが霞んでるわ。
黒色のがっしりとした作りの湯飲みを見ては――もう15g軽ければよかったのに。
etc.etc.
レミリアはなかなかにこれはいいものだと首を縦に振らなかった。目が超えすぎてしまって、ただの一級品では納得しないのだった。こうなると店としては完全にお手上げ状態だった。店主は営業スマイルの裏で盛大にため息を付いた。いっそ気分を悪くして帰ってくれないかと願ったが、それはそれで店の名に傷がつく結果だ。大きなお屋敷に住む貴族が器を買いに来たのにその眼鏡にかなう物が売っていないなんてなんと品揃えの悪い店だろうか――と。
レミリアを無下には出来ず、さりとて店にあるものでは満足してもらえない。さて、どうしたものかと女店主は薄い笑みの裏で必死に頭を働かせ解決策がないのを知ってため息をついているのだ。
「ハァ」
いや、店内にはもう一人ため息をつく人がいた。別の店員ではない。店に入ってすぐのところへ姿勢正しく立ち、けれど、顔にあからさまに退屈そうな仮面を貼りつけている女中…咲夜だ。
「お嬢さま、もうそろそろよろしいのでは?」
「あ?」
咲夜にそう声をかけられレミリアは顔を上げた。
「こんな市中の古びたショップに、碌な物があるはずないでしょうに。お諦めになったらどうですか?」
投げやりな感じを出しつつも嫌にはっきりした声でそうレミリアに言う咲夜。店に来てからに時間。倉庫をこれ以上、倉庫をひっくり返しても眼鏡にかなう物が出てくる確率はゼロに近い。掃除洗濯炊事暗殺に合わせ更に物言うメイドなのだ咲夜は。加え、さすがの咲夜も二時間もの間棒立ちでは嫌気がさしてきたのだろう。
「咲夜、貴女ねぇ…」
けれど、メイド長の言葉はお嬢さまには届かなかったようだ。
レミリアは頭を振るいあからさまに幻滅した顔を見せると立ち上がり咲夜の方へと歩み寄った。
「諦める? 冗談もほどほどにして。そんな言葉、このレミリア・スカーレットの辞書には載っていないわよ。殊更、今回の件に関しては諦めるなんて言葉、口にするのも許されざるものだわ」
咲夜に指を突きつけきっぱりと言い放つレミリア。
「いいこと。だいたいね、私はただの食器を選びに来ているのではないのよ。れ、霊夢へのプレゼントを選びに来ているのよ!」
霊夢の、その言葉を口にするのを僅かに躊躇いながらレミリアは怒鳴るよう言い放った。紅潮している顔は乙女のそれだった。主人のそんな様子を見て更に咲夜は深々とため息をついた。流石に内心でだが。
レミリアがここまで熱心に食器を選んでいるのは、なんてことはないそれが理由だ。
実は近づく●月△日は霊夢の誕生日で、その情報をさる筋…実は図書室に盗みに入っていた魔理沙を拷問にかける際についでに聞き出した情報なのだが、それを聞いたレミリアはこれを好機と見て取った。プレゼントを贈って霊夢と親密になり一線を越えるッ! と思ったのだ。ただ、その計画には一つ問題があった。霊夢に何をプレゼントとして贈れば喜ぶのかレミリアはまったく分らなかったのだ。
とはいうもののある意味でそれは無理のない話だった。霊夢と言えば金と酒以外の物欲はないのではないかと思えるような嗜好をしている。レミリア秘蔵のアクセサリーを眺めては『これ幾らぐらいになるのかしら』とのたまい、パチュリーが作り出したエリクサーを飲んでは『これなら安酒の方がまだいいわね』と恐ろしいことを口にする。物欲に支配されているのかされていないのか、まったく分らないのが霊夢なのだ。
そんな霊夢に贈るプレゼントが何がいいかなどスフインクスの謎かけよりも難しい問題だ。三日ほど寝ずに頭を捻らし、パチュリー秘蔵の恋愛指南について書かれた雑誌を手垢が付くほどめくってみたものの碌なアイデアは出てこなかった。そんなレミリアに助け船を出したのは誰であろう、幻想郷でもっとも有能なパーフェクトメイド咲夜であった。
『お嬢さま、霊夢は今、食器を欲しがっているそうですわ』
でかしたっ、と声を上げるレミリア。流石は咲夜。主人が悩んでいるところへ現れさっと答を示すなど、まさしくメイドの鏡と言えるような行動だった。これで勝負は決まったようなもの、とレミリアは有頂天になった。が、さっそく品物を見繕いましょう、と動き出そうとしたところでレミリアははた、と動きを止めた。その情報の出所が気になったのだ。
『ああ、それでしたら霊夢本人に直接問いただしただけですわ』
プレゼントを贈る相手にプレゼントが何がいいのか尋ねるというなんともはや本末転倒な手段を選ばぬ入手方法ではあったが、重要な情報は重要な情報だ。かくしてレミリアは咲夜を伴ってこうして幻想郷でも一番大きな瀬戸物屋に来ていた訳なのだが、事はすんなりと終わってはくれないようだった。ここに来てレミリアはプレゼントをどれにしようか悩み始めたのだ。
「兎に角、贈るのならば極上の物を渡さなくてはいけないわ。その為には私は百年を費やしても構わないつもりよ」
そう演説でもするよう大きな声で咲夜を諭すレミリア。咲夜は聞いているのかいないのかはい、はい、と返事だけは真面目にしていた。
「百年も経ったら霊夢も墓の下だと思いますが?」
「物の喩えよ!」
いや、どうやら一応は聞いているようだった。レミリアの言葉の揚げ足を取るような質問を返す咲夜。それでレミリアも嫌気がさしたのかその一喝を最後にそれ以上言って聞かすのを止めることにしたようだ。踵を返し咲夜から離れる。
「それぐらい意気込みがあるって事。分ったら私の気を削ぐようなことは言わないで。さもないと…」
と、再び物色に戻ろうとしたレミリアは不意に足を止め振り返った。
「殺すわよ」
薄暗い店内において紅く輝く瞳で咲夜を見据えるレミリア。歴戦の勇士でさえ身震いするような鋭い眼光だった。さしもの咲夜もこれ以上レミリアの気分を害するような真似をするのは、主人が口にした言葉が真になりかねない、と理解した。かしこまりました、とメイドの本分に戻る構えを見せる咲夜。
「女、もういいわ。自分で探すから倉庫を見せなさい」
店主の下へ戻ってきて開口一番、そんな無茶な台詞をレミリアは口にした。案の定、店主は顔を青くしながらもそれはちょっと、と言葉を濁した。けれど、自分の意見を口に出来たのはそれだけでレミリアが何か問題でも、と一睨みを利かせれば後は骨を与えられた犬のように頷くのだった。これぐらいなら楽なのにうちの狗ときたら、とレミリアは内心毒づく。
「咲夜、貴女も来なさい」
「かしこまりました」
腕を上げ人差し指を動かしそう命じるレミリア。表面上は丁寧な様子で言われた通り咲夜は店主、レミリアの後に続いて店の奥へ。裏口から出て中庭を回り、なかなかに堅牢な作りの蔵へと案内される。頑丈そうな南京錠を外し、観音開きの戸の片方だけを開けて埃っぽい蔵の中へと三人は入っていった。蔵の中は暗くレミリア以外には何も見えない状況だったが店主が窓を開け放つと外からの光が差し込んできた。光の柱に埃の粒子が煌き舞っている。蔵は元はかなりの広さがあるようだが規則正しく棚が並びそこへむき身のままの皿や紙に包まれている鉢、高級なものになると木箱に収められている器が分類ごとに入れられている。
「で、高級なのはどの棚なのかしら?」
雑器には興味がないのか、特に視線を彷徨わせたりせずレミリアは店主を急かした。店主は先程お見せしたものでほとんど全てですが、と前置きしながらもレミリアを蔵の一番奥へと案内した。あとに続く咲夜。
蔵の奥にあったのは他と違って更にそれ自体が鍵がかかる戸付きの堅牢な作りの棚だった。成程、ここから何かを盗み出せるのは手癖の悪い魔理沙でも無理だろう。店主がダイヤル錠を回し、棚の戸を開ける。けれど、店主が言ったとおり棚の中は殆ど空っぽだった。二三、申し訳程度に大きな皿や古びた木箱が置かれているだけだった。それらを手にレミリアは見てとるが眉はしかむばかり。どうやら、蔵の奥を明後日もレミリアが気に入るような物は置いていないようだった。
「これは…?」
と、その様子を後ろから見ていた咲夜はあることに気がついた。堅牢な棚の横にそのまま置かれ忘れ去られてしまったかのように埃と蜘蛛の巣まみれになっている木箱を見つけた。これまた頑丈そうな作りで南京錠がかけられている。
「女、そっちの箱には入っていないの?」
レミリアもその箱の存在に気が付き店主に目配せした。とたん、イタズラを見つけられてしまった子供のようにしまった、と顔をしかめる店主。
「あっ、こ、こっちの箱にはですね…その…」
説明しようにも舌が回っていないのか歯切れの悪い言葉しかでてこない。業を煮やしたレミリアはいいから開けなさい、と一括したが尚も店主は首を横に振るった。
「実はこの箱の鍵は紛失してしまっていて…それに先々代のそのまた先代から滅多なことではこの箱は開けるなと言われておりまして」
どうかご勘弁を、と頭を深々と下げる店主。どうやらこれだけは強面で且つ上客でもあるレミリアの言うとおりには出来ないらしい。先祖代々の言い伝えを頑なに守っている、と言うよりかは何処か脅えている様子ではあったが。レミリアはそんな店主の様子を見て取ると肩をすくめ、
「咲夜」
従者の名前を呼んだ。
瞬間、
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いや、瞬間という時間の経過を表す間さえもなくレミリアの声が蔵の中の空気を伝わっていくのと同じ速度で甲高い音が鳴り響いた。音に気がついた店主が顔を上げると、箱に取り付けられていたおおよそ締められてから一度も解錠されていない様に思える錆び付いた南京錠は見事な断面図を見せながら今は床に転がっているのだった。
「開きましたわお嬢さま」
「ひぇぇぇぇぇぇぇ!!」
恭しく頭を垂れる咲夜と悲鳴をあげる店主。
店主は腰をぬかさんほどに脅え、ネズミのように後ろ退りながら箱から離れていった。
「ちょっと、女? 何をそんなに脅えているの」
「ひっ、そ、その箱の中身はい、曰く付きの品ばかりなのですよ」
「曰くぅ?」
怪訝そうに眉を顰めるレミリアに店主ははい、と青い顔を頷かせた。
「持ち主が次々不幸な死を遂げるビロードの器や血まみれ貴婦人が処女の生き血を受けるのに使った杯、お侍さまが打ち倒した魔獣の腹の中から出てきた茶碗などが収められているのですよ」
「ふぅむ、これがそのビロードの器でしょうか」
「ひぇぇぇぇぇえぇぇぇぇぇ!!」
今度こそ店主はぶっ倒れた。鍵を開けたどころか咲夜は更に店主が目を離した隙に箱を開け中を検めていたのだった。取り出した雑な作りの硝子のコップを手にためつすがめつ眺める咲夜。あっ、と新しいおもちゃを見つけた子供のように顔を輝かせながらレミリアも箱の方へと駆け寄っていった。
「って、ナニコレ。ガラクタばかりじゃない」
「あ、お嬢さま、それが魔獣の腹から出てきた茶碗じゃないでしょうか」
「こんな大きな茶碗を飲み込んでしまうなんてさぞや間抜けで大口な化物だったみたいね」
姦しく箱の中を物色し始める二人。抜けた腰が元に戻らないのか店主は口に指の背を当てたままあうあうと言葉にならぬ声を上げるばかりだった。
と、
「こりゃぁぁぁぁ! なにしとんじゃ!」
蔵の入り口から不意にそんな怒鳴り声が聞こえてきた。はっとレミリアと咲夜は振り返るが入り口は差し込んでくる光で逆光になっており声の主の姿は見えない。誰だ、とレミリアが声を上げようとするとそれに先んじて店主が声を上げた。
「お義母さん!」
「おう」
後光を背に現れたのは腰が七十度にひん曲がり梅干しのように皺だらけの顔をした老婆だった。杖を突きながらひょこひょこと歩いてくるが案外足取りはしっかりしており見ていて危なっかしい風ではない。骨も太そうだ。
レミリアたちの所までやって来た老婆は開け放たれた箱を見てあぁ、と岩の裂け目のような口を大きく開けた。といってもそれは恐怖や憤怒からおこるそれではなく呆れかえったときの顔だった。
「お前さん方、そいつ開けちまったのかい」
「ええ、そうよババァ。何か問題でも?」
「そ、そうですよお義母さまっ! この方たち、あの呪われた品々が収められた箱を開けてしまわれて…ああ、恐ろしや恐ろしや。すぐにでも巫女を呼ばないと」
「ああ、まったくなんてことをしてくれたんじゃ」
「あら、この箱を開けたから何なのかしら? まさか、あらゆる災いが世に放たれて、そして最後に」
「福が残るとか、でしょうかお嬢さま」
四者四様の顔を見せる女たち。店主は心底脅え、レミリアは歯牙にもかけない様子を見せ、咲夜も同じように寧ろ退屈なプレゼント選びにいいスパイスがかけられたわ、と喜んでさえいるようだった。そして、老婆と言えば…
「まさか、んなもん残りゃせんよ。ああ、巫女も呼ばんでええ。どうせ何も起らんよ」
まるで呆れかえって失笑しているようなそんな様子を見せているのだった。
「えっ、お義母さまそれはどういう…」
「こいつの中身は大抵、ワシが集めた物じゃなからな」
今度は店主が唖然とする番だった。言葉が出てこないのか、箱と老婆を交互に見て取り肩をわなわなと震わせる。
「いや、何、一時な好事家たちの間で曰く付きの物を集めるっーぶぅむってのが起きてな、そん時に一儲けしようと思って集めておいたんじゃが運悪く数がそろったところでぶぅむが過ぎてもうての。捨てるのも忍びなかったんで先祖代々封じてきた、という事にして箔を付けてその内高値で売ろうと思っとったんじゃが機会がなくて候」
「じゃあ、何ですか。結局、これらは偽物だと?」
「いんや、一応、ワシが買うた時は確かになにかしらの曰く、ってもんがついとったぞ」
ほれ、お前さんがもっちょる十二枚一組で一枚足りぬ皿はかの有名な番長更屋敷の皿じゃ、と老婆。つまりはそういう眉唾ものの類なのだ。なんだ、と咲夜は手にしていた皿を投げ捨てた。
「お嬢さま、どうやらその中にある物はパーティグッズにしかならないような塵ばかりのようですわ」
「黙っていて。時には塵の山から金塊は見つかる物なのよ。ほら、いつぞやかパチュリーの図書室で見つけた外の世界の雑誌にも載っていたじゃない。『塵焼却施設で2000万円見つかる』とかね」
もはや興味が失せてしまった咲夜とは裏腹に未だに箱に身を乗り出して中をまさぐっているレミリア。いつもならむしろレミリアの方が先に飽きてしまうだろうに。どうやらそれだけ真面目に霊夢へのプレゼントを選びたい気持ちがあるのだろう。むぅ、と少しだけ咲夜は嫉妬心にかられた。
「これは何が入っているのかしらん」
と、箱の中を物色していたレミリアが何かを手に体勢を戻してきた。古びた木製の箱だ。カステラの箱のように横に長い。どうやら二つ箱が横に繋がっているようだ。そのうちの片方を開いてみせるレミリア。中に入っていた物は…
「これは…」
お猪口、だった。金色をしているが総金属製ではないらしく軽そうにレミリアは手にしている。丁度いい形の石か何かをそのままお猪口として使っているようで、どうやら金箔を張り付けているだけのようだ。
「ふむ」
お猪口を手の中で弄びながら余すことなく眺めるレミリア。片手に収まる丁度いい大きさ。当然だが一見すると粗野な作りではあるが、その粗野さを高貴な金色が中和し何とも言えぬ一体感を見せており、自然の造形物をそのまま使っているが故か器は絶妙の歪みを見せており実にへうげている。縁から真下を通り別の縁へと続いている僅かな溝が渓谷の様に見えてなかなかに面白いレミリアといえど初めて見る趣のある器だった。
「実にいいわね。しかも、もう一つ箱があるって事は夫婦茶碗なのかしら。気に入ったわ」
店に来て初めて納得したような笑みを見せるレミリア。さて、もう一つの具合も確認しようと器を戻し、別の方の箱を開けたところでその表情は途端に曇ってしまった。
「…女、もう一つは?」
「えっ」
もう片方の箱は空っぽだったのである。レミリアはすぐさま店主に問いかけるが、店主は困惑するばかりだ。無理もないだろう。恐らくこの店主にしたって箱の中身を見るのは初めてなのだろうから。その間に咲夜は検めて大箱の中を確認するがあるのはガラクタばかりで同じような金色のお猪口は影も形も見当たらなかった。
「ババァ、これのもう片方は何処にあるの?」
「そいつは…いや、そいつはウチに来たときから片方がなかったんだよ」
一縷の望みをかけてレミリアは大箱に曰く付きの品を収めた張本人に問いただしたが答はそれだった。収めた本人がそう言っているのだから間違いないだろう。がくり、とレミリアは肩を落とした。
「そんなぁ。もう、せっかくいい物が見つかったっていうのに」
不機嫌そうに唇を尖らせるレミリア。これでプレゼント探しは振り出しに、いや、二つそろっていれば実にいい物が見つかってしまった分、新たに見繕う品はどうしてもこれと比べてしまわなければいけないのだ。ある意味でハードルが上がりますますゴールから遠ざかってしまったとも言える。
「………」
その様子を老婆はじっと眺めていた。思案している、と言っても過言ではなかった。その様子に気がついたのはレミリアではなく従者の咲夜の方だった。何か、と老婆に尋ねる。
「…お嬢ちゃん、それどうしても欲しいのかね」
「ええ、勿論よババァ」
「ふん」
考え込むよう老婆は俯いてみせた。
「実はうちは昔、瀬戸物を売る方じゃなくって作る方を本業にしててね。昔、って言っても私が若い頃なんてモンじゃない。私の婆さんのそのまた婆さんのもう一つ婆さんの、ここ幻想郷が出来る前ぐらいの話さ。その器はその当時、うちの店が作った物で売り物にならないから代々受け継いできた、って訳なんだが」
そして唐突に店の由来を語って聞かせる老婆。器に関する話だと分るとレミリアはそれで、と先を促した。
「器の作り手と売り手がその当時、分裂したそうでね。売り手はここ幻想郷にいつき、そんで、作り手の方は地の底の方へ移ったって話だ」
「ふむ。それで?」
「察しの悪い子だね。一昨年、地の底へ通じる穴が出来たって話だろ。そこの住人も細々とまだ地底で暮らしてたって。もしかするとうちの分家…いや、実際は向こうが本家さんなんだが、はまだ地底で器を作ってるかもしれねぇ」
成程、とレミリアの表情が少しだけ明るくなった。
「確かに作り手の所に行けばコレの片割れはどうか分からないけれど、同じぐらい、いいえ、もっと高クオリティの物が手に入るかも知れないわね」
そうとなれば善は急げときびすを返すレミリア。その足を止めるように、ただ、と老婆が口を挟んできた。
「お前さん、あの湖の近くの大きなお屋敷のお嬢さんだろ。てことは貴族さまかえ?」
レミリアに歩み寄る老婆。老婆のほうが背丈は上だが腰が曲がっているため同じ位置に顔が来る。
「ええそうよ。名門スカーレット家現当主、それが私よ」
胸を張り、下々の者を見下ろすようそう高らかに説明するレミリア。が、老婆の方は別段レミリアの地位には興味がないらしくほうかえ、と適当に応えた。
「高貴な方なんじゃな。ワシにはようわからんが。まぁ、だとしたら言っとくわ。器が欲しいならお前さん本人は窯元へは行かんほうがええ」
「?」
老婆の言葉にレミリアは眉をしかめ小首をかしげた。行かないほうがいいとはどういことだろう。
「ウチの始祖はお前さんのような身分の高いお人は苦手だったそうじゃ。殊更、そいつみたいな器を好む御仁は、な」
老婆の説明にふぅん、ロックな気質の人のようね、と納得した様子を見せるレミリア。
「まぁ、いいわ。本当なら自分の目でしっかりと見定めた物を選びたいところだけれど仕方がないわ。咲夜」
パチン、と指を鳴らしレミリアはメイド長を呼びつけた。咲夜は妙に嫌な予感がしたが呼ばれたからには何でしょうか、と尋ね返すしかなかった。
「私の代わりに地底へ行ってこの器の片割れ、さもなくばこれと同じぐらい素晴らしい物を探してきなさい」
返事はかしこまりました以外、認められはしなかった。
瀬戸物屋から例の金色のお猪口を買い取り、翌日、咲夜はさっそくレミリアの言いつけ通り地下へと向かった。
道中、雑魚妖精や妖怪に絡まれたりしたが、弾幕ごっこを挑んできた勝負好きの鬼に辛うじて勝った後はぴたりとそれがやんだ。どうやらこの辺りのシマを仕切っていたボスだったようだ。
そうとうふっかけられて購入したお猪口を手がかりに旧地獄街道の瀬戸物屋や陶芸家の元を訪れ話を伺ったところ思った以上に簡単に探している窯元は見つかった。どうやら地底でもあの瀬戸物屋の本家は有名なようで、銀のナイフを突きつけて脅しつければすんなりと窯の場所を教えてくれた。西の外れの地底山脈の麓の辺りだそうだ。さっそくその場所へ向かう咲夜。
「ごめんください」
教えられた場所に行きまずは住まいと思わしき平屋を覗いてみたところもぬけの殻だったので窯の方へと咲夜は行った。窯は山の斜面を利用した連結式の登り窯だった。煙突からもくもくと煙が上がっているところを見ると今も器を焼いているのだろう。その途中、作りかけの木皿や金属を削りだす旋盤機などが置いてあるのを見かけた。どうやらここでは器全般を作っているらしい。確かにレミリアがいい物だと言っていたあのお猪口は瀬戸物ではなかった。
「すいません」
窯の人を探して歩いていると薪置き場であろう掘っ建て小屋の方に気配を感じ、咲夜は大きな声を上げた。案の定、人がいたようではい、と返事があり掘っ建て小屋の出入り口から人影が現れた。瞬間、少しだけ咲夜はぎょっとした。
「何か御用ですか?」
掘っ建て小屋から現れた人物が一つ目だったからである。いや、咲夜とて悪魔の住まいである紅魔館で働くメイド。異形人外ぐらい見慣れたものだ。そんな咲夜が驚いてしまったのは現れた一つ目が妖怪ではなく自分と同じ人間だったからだ。単眼症というやつだろうか。背の低い咲夜より幾分年の若い少女で短い髪を頭巾に収めている。煤に汚れた手や顔は普通の人のそれだが顔の中央に付いた通常より一回り大きめの瞳だけが少女と一般の人との大きな違いだった。
暫く咲夜が面食らっていると単眼の少女はああ、と合点がいったように頷いた。
「地上から来られた方のようですね。ええ、察しの通り私は貴女と同じ人間ですよ」
煤で汚れた顔や手を拭きながら単眼の男は咲夜に近づいてくる。
「地底というと地上から追放されたり逃げてきたり、或いは封印された妖怪が多いのですが実はそれは人間にも当てはまるのですよ。私の家は代々、私のような一つ目が生れる家系でして、それで何代か前にここに越してきたのですよ」
成程、と咲夜は合点がいった。自分も外の世界では忘れ去られつつあるものが辿り着く幻想郷へやってきたのだ。同じように彼のような先天的な異形をもつ人間が地底へ流れ着いていたとしても不思議ではない。妖怪としても人間がいた方が何かと生活しやすいだろうし。
「それで何か御用ですか?」
単眼の男はその見た目とは裏腹になかなかにフレンドリーな様子で接してきた。もとより異形や忌み嫌われた連中やその末裔が多く存在する地下世界。今更、自分を卑下する気持ちも湧かないのだろう。ここもある意味では楽園か、と咲夜は心の中で頷いた。
「ええ、実は主人からある物を探してこいと命じられまして」
言って当初の目的通りあの金色のお猪口を単眼の男に見せる咲夜。
「実はそれは二個一組の片割れ物で主人からは無くなったもう片方を見つけろと。もしくはそれと同じような作りの物を。市中で聞いたところこれはこちらの窯元で作られた物だと伺いまして」
「どれ拝見させて頂きましょう」
咲夜からお猪口を受け取り眺め始める単眼の男。片方しかない目が鋭くなり雰囲気もそれに添うよう職人らしさを憶えるものに変わる。
「これを、どこで?」
地上の瀬戸物屋の名前を口にする咲夜。成程、と単眼の男は呟いた。
「地上に残った分家で購入した物ですか。ええ、確かにこれは我が窯元の初代が作った物です。ただ、私はここに置いてある初代の制作物の全てを憶えておりますが、残念ながらこれの片割れは当方にはないようです」
そうですか、とさして残念そうに聞こえない呟きを咲夜は漏らす。レミリアの命令はこのお猪口の片割れかもしくは同じぐらいいい物を手に入れてこいなのだ。単眼の男の言葉ではこれを作った人物の他の制作物がこの窯には置いてあるらしい。ならばその中からどれか適当に見繕えばいいだけだ。
「宜しければその初代さまの他の作品を拝見させてもらってもいいでしょうか?」
兎に角、現物を検めてみないと話が始まらないと咲夜はそう話を振る。えっ、と単眼の少女は驚いた様子を見せた後、言葉につまり一つしかない視線を地面に向け彷徨わせた。
「そのあまり人には…ああ、いえ、人というのは人間、という意味でして。人間には見せるな、と言われておりまして…その」
「人間には見せられない?」
どういう事だろうかと疑問にも思いつつもだったら勝手に持っていくしかないわね、と頭の別の部位で冷徹に強奪プランを構築し始める咲夜。有能さは頭の回転の速さにも表れる。手段を選ばないところにも。
「いえ、でも貴女なら大丈夫でしょう。ええ、恐らく理解して頂けると思います」
と、物騒なことを考えていた咲夜を余所に単眼の少女は自己完結し大きく頷いていた。どうやら強盗はしなくてもいいらしい。
「理解? 含蓄があると言うことでしょうか。いえ、それを選んだのは主人でして、私にはどうにもそういった器の善し悪しというものは難しく、申訳ないのですけれど審美眼というものは持ち合わせていないのですが」
「そう言うわけではなく…兎に角、来て頂ければご理解頂けると思います」
こちらです、と住まいの方へと案内し始める単眼の少女。今一合点がいかないまま咲夜はその後に付いていった。
地底には物盗りなんてものはいないのか鍵のかかっていない戸を開けアトリエと言えばよいのだろうか、作品の展示室へ通される咲夜。単眼の娘がランプに火をいれ部屋の中が明るく見渡せるようになった瞬間、咲夜はあ、と声を上げた。
アトリエの棚や壁には成程、地上の瀬戸物屋で購入したお猪口と同じ意匠の作品が展示されていた。器にこだわらずアクセサリやちょっとした置物、日用雑貨などが置かれている。そのどれもがお猪口と同じ材質で作られていた。穴を開けられ同じサイズのものを連ねた首飾り。太いものを利用した燭台。細長いのを長針に短いものを短針に、本体に大きなものを、文字盤には細かいものが使われた時計。宝石や金箔が使われた物や本来とはまったく違う組み立て方をされ別の形になるようにした置物などがあった。
咲夜はそれが何で出来ているのかすぐに分った。紅魔館の調理担当は自分だ。悪魔の住む屋敷の調理だ。そいつはいつもよく目にしている。それに自分自身も持っている。獣や魚の物とは矢張違う形をしていることぐらいすぐに分る。それが、これらの調度品の原材料がなんなのか、答を如実に表す作品がアトリエの中央に鎮座していた。地上で購入したお猪口と同じく金箔張りの一品。ただしサイズは倍以上ある。お猪口ではなく杯だろう。本来とは逆に下向きになるよう置かれ綺麗に並んだ十六の歯を晒し、かつては水晶体が収まっていた窪みが咲夜を見据えていた。
「おわかり頂けたでしょうか。師の作品の、そのお猪口の原材料が何であるか」
それは頭蓋骨だった。下あごを外され足になるよう天頂を平たくされ内側を削られ金箔を貼られた、成人男性の物と思わしき頭蓋骨で出来た杯だった。
アトリエに飾られている他の作品もそうだ。
中節骨をつなぎ合わせたネックレス。大腿骨の燭台。肋骨の時針と腰骨の本体、そのほか細々とした骨で数字を画いた時計。体中の骨を別の繋ぎ方をしてオブジェに見立てた物。
ここには人骨で出来た調度品が並べられているのだ。
「………」
だったら、と咲夜は考える。手の中のこのお猪口は一体何処の骨なのだろうか、と。答はすぐに思いついた。部屋の中央の髑髏の杯と同じだ。あれは大人の大きな頭蓋骨だから杯になっているのだ。ならばこれは子供の、産まれて間もない子供の頭蓋骨を使ったお猪口なのだろう、と。そして恐らくこれは夫婦などではなく兄弟茶碗として元は存在していたであろう事も。
「その中央の髑髏の杯が師がこの道を進むきっかけとなった処女作だそうです。師はその作品の制作以前に住んでいた場所をお納めになっていた殿様に討ち取った敵武将の頭蓋骨を杯にするよう命ぜられたそうです。それまでは普通の皿や湯飲みなどを作っていたそうですが件のお殿様は相当の暗君だったそうで。師にそんなことを命令したのも殿様の戯れ事だったのでしょうが、断れば武将と同じように胴体と首を斬り分けられてしまうことだったのでしょう。師は泣く泣く生首を元に杯を作ったそうです。ただ、思っていた以上に殿様は師が作った杯を気に入り、敵を討ち取る度に同じような作品を作れと命じたそうです」
「成程ね。人間、望んでいない才能を持ち合わせていることが多々ありますけれど、その師の場合はその才能が最悪だったという事ですね」
少女の話にそう感想を述べる咲夜。咲夜もそれなりに人の道を外れた生活をしている。口に出した以上の感想はなかった。つまりはそれで締めくくりのつもりだった。そうでなかったのは更に少女が言葉を続けてきたからだ。
「そうですね。望んでいない、けれど、類い希なる才能をもちあわせているせいで苦しい目に合う人がいるというのは聞いたことがあります。我が師も、今も」
そうどこか悲しそうに語る少女。あまり触れては言い話題ではなかったわね、と咲夜は眉を潜め、
「今?」
その言葉のおかしな所に気がついた。
「その師って人間でしょ。このお猪口は何百年も前に作られた物だって伺ったのだけど?」
師とは師事を受ける相手のこと。この産まれて十余年あまりしかなさそうな少女が数百年も前の人物に師事を受けるとはどういうことだ。
咲夜の問いかけに少女は一瞬きょとんとしたがええ、と頷いた。
「師は人間ですよ。私や貴女と同じく。ただ…」
口ごもる少女。その口から何かしら明確な答が出ることはなかった。代わりに…
―――アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!
奇っ怪な叫び声のようなものが何処からか聞こえてきた。
「お師さんっ!」
慌ててアトリエから飛び出していく少女。あまりにとっさの出来事でしばし咲夜は呆然としていたがここに残っていても仕方ないと思い取り敢ず髑髏の杯を懐にしまってから少女の後を追いかけた。
「お師さん!!」
少女が走っていったのは工房らしき建物だった。少女に続き咲夜はその建物に足を踏み入れた。その間も奇っ怪な叫び声は続いていた。
「っ、酷い臭い…」
建物の中は薄暗く鼻が曲るような悪臭に満ちていた。鉄臭さと腐臭、脂の臭い。それらが入り交じった吐き気を催すような悪臭。薄闇に慣れ始めた目が捉えた物も悪臭に劣らず気分を害する物だった。汚濁が一杯につまったバケツ。錆び付いた丸鋸や曲った釘。溝に沿って流れる赤黒い粘液。骨が飛び出た腐肉。知らぬ者がこの場所を訪れればすわ殺人鬼の住まいかキチガイ博士の実験室、はたまた人間屠殺場かと勘違いし卒倒するであろう。
「お師さん、落ち着いてください!」
その部屋の中央で単眼の少女は何者かの肩を揺さぶっていた。襤褸を纏った白髪痩躯の老人。ともすれば死体かと思えるほど生気らしいものは感じ取れなかったが、その喉からは奇っ怪な低い唸り声が漏れている所を見るとまだ死体ではないのだろう。咲夜は鼻を押さえながら二人の側へと歩み寄った。
「嫌だ。ああ、畜生、もう嫌だ。これ以上、こんな物を作るのはごめんだ。公がどれだけ急かそうとも太閤がどれだけ推そうとも将軍がどれだけ命じても俺は、俺はもう嫌だ。作りたくなぞない!」
奇っ怪な唸り声は成程、耳を澄ませば呪詛じみた拒絶の言葉だった。老人は顔面を両手で多い震え、そんな言葉を口にしていたのだった。
「畜生、畜生。あの方たちはもう黄泉比良坂へと下ったというのに未だに俺に言ってくる。止めてくれ、止めてくれ。俺はもう作りたくないのだ」
少女の言葉に耳を貸さず老人はそう呪詛を吐き続けていた。老人は少女よりもその背の後ろに浮かぶ天下人たちのありもしない怨霊に脅えているのだ。
「クソ、もはやどうあっても俺は作らんぞ。どんな偉大な方に頼まれようとどんな大金を積まれようとどれだけ脅されようとも、絶対にだ! 絶対に!」
「お師さん、落ち着いて! 落ち着いてください!」
「……何を作らない、と仰ってるんです?」
狂乱し、何をそこまで作りたくないと言っているのか疑問に思った咲夜は後ろからそう問いかけた。瞬間、あれほど暴れ牛のように単眼の少女の献身的な言葉にも耳を貸さず繰り返し呟かれていた呪詛がぴたり、と止った。それこそ水を打ったように。
「あ、えっと…」
これには流石の咲夜も何か拙いことをしでかしてしまったのではと狼狽えてしまった。石灯籠の向きを変えるような緩慢な動作で老人は肩越しに振り返ってきた。振り返った老人の顔は展示室に置かれた己の作品に酷く似通っていた。頭蓋に薄く張り付いた黄色く変色した皮膚。落ちくぼんだ目に潰れた鼻、剥き出しの歯茎。その顔は金箔を張り付けた頭蓋骨に酷く似通っていた。ただし、唇だけは…
と、その口がゆっくりと開き何事かが漏れ始めた。咲夜は耳を傾ける。
「人骨の品じゃ。俺は尾張の殿に頼まれ、頭蓋の杯を作った。作らねば俺の首が飛ぶし親類にも科が及ぶ。泣く泣く俺は髑髏の杯を作った。その後も燭台や香炉、置物を作った。殿が討たれたと聞いたとき、俺は嘆くよりも安心した。これでこんな禍々しいものは作らんで済むと。だが、その後、あの天下の大逆族の使いを名乗る者が俺の所へやって来た。『新たな天下人となった彼のお方の為にこれで何か作ってくれ』と。出してきたのは殿の首だった。あの逆賊めは討ち取った殿の首を市中に晒すでもなく、世間にその事を隠し俺の所へ持ってきたのだ。俺は泣く泣く作るしかなかった。天下人が替わったとしてもその命を断れば同じく首が飛ぶのが分ったからだ。その後も逆賊が討たれた後も次の天下人が、殿の子飼いの猿が、古狸が俺に人の骨で何かを作れと言ってきた。天下人だけではない。何処ぞの国の大名ややんごとなき血筋の方がお忍びで俺の所へやって来た。俺は泣く泣く作るしかなかった。その内、大名だけじゃなく何処かの大金持ちの商人や海の向こうの大陸の王の遣いを名乗る者まで俺の所へやって来た。泣く泣く作るしかなかった。だが、仕事が増えれば増えるほど人の営みの中で俺の居場所は無くなっていった。当たり前だ。俺は屍肉を喰らう山姥か、悪鬼の類のようなことを稼業にしていたのだ。白い目で見られ、居を追われ、役人に捕まり、刑罰を受け、それでも俺の元には作れ、人骨で、素晴らしい物を作れと上人たちがやって来た。俺は泣く泣く作るしかなかった。自分の命が惜しかったし、最早俺にはそうやって稼ぐほかできる事などなくなっていたからだ。泣く泣く作るしかなかった。大名や貴族、金持ちどもが求めてくるから俺は泣く泣く作るしかなかったんだ!」
一度の息継ぎもなく囃したてるよう己の半生を語って聞かせる老人。その体は深い嘆きと絶意に支配されていた。重ねに重ねた悪行が魂の芯まで染みつき、もはやその身は人の理を超えてしまっていたのだろう。外道な物を作り続けた結果、老人は外道と為ってしまったのだ。
だが、と咲夜は眉を顰めた。この老人の言っていることが気にくわなかったからだ。
「泣く泣く? その割には貴方…」
咲夜は老人の顔の特徴を口にする。
「作るのが楽しそうな顔をしているわよ」
あ、と老人は口元に手を触れた。その唇は円弧に歪んでいたのだ。自分の才能をこの上なく発揮できていた己の人生を喜んで。
老人は視線を彷徨わせた後、すくっと立ち上がった。咲夜に向き直り、お客さんかえ、と問いかける。
「ええ、実はこれの片割れを探していて。無ければ同じような品を戴きたいのですけれど」
「ああ、そいつか。それは南国の領主の奥方が先妻の息子兄弟を連れてきたときに作った奴だな。弟の方が途中で逃げ出してもうて端から片方しかないのじゃよ。代わりにその奥方で作った器をやろう。アレもいい出来だった」
陰湿そうだった気配は何処へやら、いっそすがすがしささえ感じさせる対応をする老人。憑き物が落ちた様な、とはこの状態を指す言葉なのだろう。どうやらスランプは脱したようだ。いや、この先、この老人が自分が作る物に何かしら疑問を方向性を見失い立ち止まることはないだろう。才能とやりたいことが合わぬ時、人は不幸の道を行くものだが、それが合致した際には驚くべき成果を遺せるのだから。この老人の場合は成果を出した後にそれに気がついただけだ。
「それにしてもアンタ、いい肋骨をしているな。どうだい? それで何か作らせて貰えないか?」
「それは遠慮させて頂きますわ。まだ、死にたくはないので」
「さもありなん。まぁ、死ぬのを待つことにするよ。うちの弟子の頭蓋骨も早く使いたいんだがな。ほれ、あの一つ目、香炉にしたらさぞや映えると思わんかね」
老人の言葉を適当に笑って誤魔化す咲夜。どうしても人骨を調度品に変えるその美的センスが咲夜には理解できなかったのだ。あるいはこの老人のように天性のものか、さもなくばレミリアやこの男に依頼した殿様のように身分をあげなくてはいけないのか。自分には一生縁がない話だ、と咲夜は思った。
「ところでここはプレゼント用の包装などはしていないのですか?」
「プレゼント用?」
「ええ、主人が恋人への贈り物に、とこれを探しておりまして」
「…なぁ、メイドさんよ。俺が言うのも何だが恋人に恋慕を拗らせた女の頭蓋を贈るのはどうかと思うぞ」
END
作品情報
作品集:
28
投稿日時:
2011/08/06 23:10:34
更新日時:
2011/08/07 08:10:34
分類
レミリア
咲夜
髑髏の杯でカンパーイ
杯の片割れ。
紅き君主が御所望だ。
探そう、探そう。
紅き君主の忠犬、探検だ。
黄金探しの殺人鬼、短剣だ。
Golden Red Ripper。
黄金の輝きと、血塗られたナイフを手に、いざ、地底へ!!
見つけた、見つけた。
燻し銀の腕を持つ、単眼の職人を見つけた。
唯一つの目に涙を浮かべ、腕を振るう。
唯一つのとりえに笑みを浮かべ、腕を振るう。
忠犬、職人の仕事場を見て、自分の仕事場を思う。
辺り一面御馳走だらけ。
紅き君主が喰らう御馳走だらけ。
だから、職人の作品は君主のお気に入り。
忠犬の料理もまた、君主のお気に入りなのだから。
褒めて、褒めて。
忠犬、杯の片割れを見つけたよ。
職人が赤を割って、白を取り出し、金を付けた逸品。
紅き君主、いざ、愛しの紅白巫女に二つの杯を捧げよう。
巫女に赤っ恥をかかされ、白けさせられ、味噌が付きかねないことは……、黙っていよう。
忠犬は、寡黙なほうが良い。
人によっては神聖だったり興奮する材料だったりするのでしょうね。
人骨から作られるダイヤなんてのもありますし。
やっぱり紅魔館で働くと咲夜さんみたいに耐性が付くのでしょうね。
この品を選んだお嬢様の眼力は確かなものですね。
渡される側が感じるかは別として。
天職を見付けたこの職人さんは幸せだったように思えます。
身内の体を見て作品を想像するとか最高にイカれてる。
レミリアなら金箔貼の髑髏の盃とかホントに気に入りそうで困りますw