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『愚妹と呼ばれる少女フラン 激震』 作者: ケテル

愚妹と呼ばれる少女フラン 激震

作品集: 28 投稿日時: 2011/08/07 09:36:25 更新日時: 2011/08/13 17:42:44
「痛いよう……痛いよう……」

 フランドールは、逆さ海老に手足を背中側でまとめて縛られ、手足の間に棒を通され、膝の後ろに鉄棒を通してその鉄棒にフックをかけられ、逆さ吊りにされている。その上からがんじがらめに有刺鉄線を巻かれ、両手両足は爪を剥がされ、粉々に粉砕されつくしている。
 肩口から太腿にかけて、全体が二重、三重の条痕と掻き傷に覆い尽くされた肌。真っ赤に腫れあがっている臀丘。欝血して倍以上に張れ上がっている乳首。小さく可愛らしい秘芯と肛門は、鋸で引き裂かれたかのようにぐちゃぐちゃに裂け、ひび割れた骨まで見えている。右顔面と腹部、両手足の全面は無残に焼き焦がされ、皮がべろりと剥け、剥き出しになった肉が焦げて可愛いらしい顔まで残酷に蝕んでいる。
 部屋一面にびっしりと張り巡らされた呪式により、再生能力と魔力は根こそぎ奪われ、妖精程度の能力も行使することができない。金色の髪は束ねられて手足をまとめて縛られ、首には銀でできた首輪が呼吸困難になる程強く巻かれているため、フランドールはうなだれることも、気を失うことも許されない、地獄の責め苦を味わい続けていた。
 
「どうして、どうして私をこんな目に合わせるのお姉さま」

 過剰としかいいようのない、拘束。終わらない苦痛。あの拷問で死ねればどんなに楽だったか。普通ならあれほど残酷に責められれば、どこかで息絶えてさえいただろう。しかし、吸血鬼で悪魔の体は、そんな安易な安らぎを与えない。死ぬ事ができないのがあまりに無残である。

「なにもやっていないのに。私は何も知らないのに」

 フランドールの流す涙。それに暴れた際に開いた傷から血が床に滴り落ちる。
 今この部屋には誰もいない。どれだけ痛くてもそれも解放してくれるものはおらず、どれだけ哀しくて苦しくても、その心の内を吐露できる相手はいない。
 どうしようもない憤りを感じたまま、フランドールは涙と血を流し続けた。

 変化が表れたのは、フランドールの涙と血が床に広がる面積が、自分の身長ほどになった時だった。
 床がぼこりぼこりと盛り上がる。まるで目に見えない巨人が手で捏ねているかのように波打ち、薄く伸ばされながら、瞬く間にその形を変えていく。
 一体、何が起こっているのか?突然起こった怪奇現象に、フランドールは戸惑った視線を送る。

 やがてできたのは、少女の姿をした紅い影であった。木の枝に宝石のついたような不思議な翼。小柄ながらも均整の取れた体。それはフランドール・スカーレットの姿をした赤い影であった。

「なに……あなた」

 フランドールの言葉に反応したかのように、赤い影は、ずるりずるりと這いずりながら、フランドールの方へと向かってくる。口からは呪詛のような呻き声が漏れていく。

破壊破壊破壊全てを破壊してやりたい
肉と水分の詰まった皮袋を引き裂いて、切り裂いて殴ってばらばらにしてやりたい
破壊の衝動が私の理性をフィードアウトさせてゆく
何を考えることもままならないあるのはただ破壊破壊破壊の感情
全ての正常さを失っていくああ、壊したい壊したい破壊破壊破壊破壊
精神が私の精神が激しく乱れる激しく慌しい感情が私の身体を食い破り、全身から溢れ出す
この激しい衝動激しい激情苦しみ痛み誰が分かってくれるかしら!これが私

「なに……なに……いったいこれは……なに?」

 怯えるフランドール。そんな彼女の元に、紅い影はさらに接近してくる。
 何だか分からないが、あれに近づかれるのはまずい。そう思ったフランドールは全身にかかる苦痛も忘れ、必死で拘束を解こうと暴れる。

ああ、ああ、ああ、どうしてくれようかこの、決して飲み込むことの出来ないおそろしい破壊の衝動を!怒り、憎悪、狂乱、絶叫。地下室で、破壊衝動が爆発的に高まっていく
全てを破壊する力が、私の心を蝕み、狂わせ、激しい激痛を生じさせ、抉り、貫き、八つ裂きにして引き裂いていく
爆殺、圧殺、惨殺、虐殺、破壊を欲して止まない
何重にも、何倍にも、破壊の威力を高め、爆裂する。暴走、狂気乱舞、阿鼻叫喚
不気味な唸り声と笑い声と共に、吹き荒れる、破壊の力。地下室が、私という存在に身体を震わせて恐れおののけ

 紅い影の手がフランドールの頭を掴む。そして、両耳の間から、ずるりずるりと入り込んでいく。
 自分の体に大量の異物が入り込む感覚に、フランドールは嫌悪感を露わにする。
 自分の感覚が薄れていく。自分ではない何かにとって変わられる感覚。それは、いいようのない恐怖であった。

「い、いやぁああああああああああああああああああああああああ!!だ、だれかぁあああああああああああああだれかたすけてぇええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええ!!!!」

 フランドールの悲壮な叫びをよそに、影はフランドールの中に入っていく。やがて全てが入り終えた時、フランドールの表情から、感情が消失する。
 暗がりの中では、彼女がどんな表情をしているかは分からない。ただ、先程とは比べ物にならない程、凶悪で危険な感情と力が、その体の中には渦巻いていた。
 地下の一室で、少女の姿をした獣が吠えた。







* * * * * * * * * * *










 ぎぃ、と大扉が唸りをあげて開かれる。隙間から、僅かに湿っぽくカビ臭い匂いが吹き込んでくる。その背後に広がるのは書棚の群。右に広がる紅茶色の書棚はただただ巨大。レミリアの背丈を遥かに越えるものばかりが規則正しく林立している。中空には灯り代わりの魔法火が点在しているが、その光は弱々しく、今にも周囲の薄闇に呑まれて潰えてしまいそうだった。

「おい。誰かいないのかい?」
「その声。レミリア様ですか」

 レミリアの言葉に答える声。それと共に、小柄な少女が図書館の奥から姿を見せた。レミリアよりも少し大きい背格好の少女。血色の髪に、蝙蝠のそれに似た二対の翼。小悪魔、リトルと呼ばれる悪魔の少女は、何冊かの分厚い本を両手に抱え、レミリアの傍らに立った。
 レミリアはリトルを一瞥すると、図書館を見渡す。どこか粘性を帯びた、湿気た空気。普通に息をしていても何かが喉に引っかかるような感触があって、慣れるまでは呼吸も満足に行きそうになかった。

「相変わらず、淀んだ空気だね。こんな所にいて、気が滅入らないのかい」
「窓がないんですよ、ここ。それ以前にパチュリー様が換気を嫌うものですから……」

 申し訳なさそうな声で彼女が言う。ふんとレミリアは軽く鼻を鳴らすと、図書館全体をぐるりと見渡す。
 レミリアは、この部屋に来るといつも最初に本棚をのぞく。特に本が好きだというわけではなく、何となくしている行為だ。 何か気になる本がありましたら、お貸ししますとリトルは言うのだが、レミリアは興味なさそうに断るばかりだった。
 しかし、何度か同じ本を手に取ることもあり、リトルが隣からちらと覗くと途中の頁から読み始めたりする。宴会や茶会、夜の幻想卿を散歩するだけでは、もの足りないのだろう。やはりそれなりに興味のある本をちゃんと選んでいることをうかがわせた。たまに全く笑いの要素のない本でレミリアが笑っていることがあって、それがリトルには不思議だった。

「……トル、リトル」
「えっ?あっ、はっはい。何でしょうレミリア様?」

 リトルがレミリアの図書館での行動を思い返していると、不意にレミリアから声をかけられた。

「パチェがどんな様子か見ようと思ってな。リトル。パチェは今どうしている?」
「はい。先程まで眠っておられましたが、今は起きて本を読んでおられます」
「あぁそうか……寝ていてもらったほうがよかったんだがな……まぁいい。行くとしよう」

 リトルの返答を聞き、レミリアは少し言葉をつまらせる。
 そんなレミリアに恐る恐るといった感じでリトルが声をかける。
 
「あの、レミリア様」
「何だ?」
「あまり自分のしたことを後悔しないで下さい。拷問は確かに残酷で心が痛みますけれども、私はやむをえない時は、拷問をするしかないのかな、と思っていますから」
「愚妹にした拷問のことを後悔するな、だと?」

 レミリアの声色と表情が変わったことにリトルが警戒心を起こす。
 毒蛇のようにリトルの胸元に伸びるレミリアの腕。そのままリトルの体は勢いよく引っ張り上げられる。貴重であろう魔導書が勢いよく床に落ち、ばさばさと耳触りな音を立てる。
 レミリアは怒りに満ちた目で、リトルを睨みつけていた。

「勘違いするなよ、小悪魔。私はあの愚妹に拷問をかけたことなど、かけらも後悔していない。私が後悔しているのは、パチュリーに思わず手をあげてしまったことだ 」
「あなたは、残酷で非道なスカーレットの拷問にかけたんですよ。妹様にしたことをなんとも思っていないんですか。そんな…そんな……あんまりです、レミリア様!!

 リトルの血を吐くような糾弾。レミリアはリトルの言葉にさらに怒りの表情を強める。

「あの娘はあなたの妹じゃないですか。他のスカーレットがいなくなってしまった今、あなたと血のつながった実の妹じゃないですか。なんで…なんでそんな薄情な事がいえるんですか」
「黙れ!!下級悪魔が!!」

 リトルのレミリアへの糾弾。激昂したレミリアがリトルの頬を勢いよくはたく。肉が破裂したのではないかというような破裂音が、室内に響き渡る。

「お前になにが分かる!!お前にスカーレット達のなにが分かる!!下級の悪魔の分際で、上位悪魔であるこの私に生意気な口を!!」
「……失礼しました。確かに、あなた方スカーレット達の問題である以上、私がとやかく口を出す事ではありませんでしたね」

 乱暴に床に振り落とされるリトル。レミリアの平手打ちによって赤く腫れた頬に手をやる事もなく、床に落ちた魔導書を丁寧に積み上げると、ゆっくりと立ち上がる。糾弾したときとは一転し、淡々とした態度をとる。
 レミリアはまだ怒りが収まらないのか、透き通るように白い顔を紅潮させ、唇を震わせている。

「先に、パチュリー様の部屋の方でお待ちしております。では」
「あぁ、さっさといけ」

 そうレミリアの言葉を受けると、リトルは踵を返し、元来た道を戻って言った。

「後悔……か。そういえばあいつもそんな事を言っていたな。あんな愚妹にかける情けなどないのだがな」

 そういうとレミリアは、ここではない遠い世界を見る。遠い昔を、過ぎ去ってしまい二度と帰ってくる事のない過去を見つめていた。

「どいつもこいつも救いようのない馬鹿だよ。本当に」







* * * * * * * * * * *









 薄暗く埃っぽい書斎。雑然としていて一貫性のない部屋。どの一画を取り上げて見ても、部屋全体と同じような一貫性の無さに突き当たる。
 そんな部屋の一角にあるベッドの上にレミリアが歩み寄っていく。
 そこにいた少女は、幾重にも束ねた腰程まである紫色の髪を持ち、ネグリジェともローブともつかぬ奇妙な服を着こんでいた。
 魔女、パチュリー・ノーレッジは、いくらばかりかやつれたような様子でレミリアを見た。
 レミリアは、軽く手を上げると、傍らにある革張りの安楽椅子に深々と腰を降ろす。部屋には、本が思い思いの場所に散らばり、専門書と、普通の読み物と、あまり普通ではない用に給する類の書物が、区別されることなく共存している。
 あまり普通ではない用に給する類の書物をも目に付く場所へ放ってあるのは、パチュリーが実験やレポートに必要な資料として、次々にリトルに持ってこさせ、片付けさせていないからだろう。

 レミリアとパチュリーは、常日頃心に感じたありとあらゆる思いや、人知れない様々な孤独について語り合っている。それぞれの憧れや不満について述べる際、互いに熱狂的に、「そう」とか「全くだ」とかなどといった意味の言葉を掛け合っていた。

 しかし今、レミリアはパチュリーにどう声をかければいいか分からなかった。
 あの時。凶笑を浮かべたフランドールによって、いきなり壁に吹き飛ばされたとパチュリーから聞いたあの時。拷問にかけて理由をきいてやると、怒りに満ちた表情で図書館を出て行ったあの時。
 パチュリーは拷問で、あの娘が自分の行動を改善できるかしらと、自分の行動をとがめるような事を言い、自分の方に手をかけた。お前も私のやる事に意見するのかと激昂し、乱暴にはじいて出て行ったのがパチュリーとであった最後だった。
 自身が心を許せる数少ない友人。それを相手に気まずい状況を作ったままで、一体何を話せというのか。レミリアは困っていた。向こうから何か話してくれればいいのだがと、レミリアはパチュリーの方を見るが、喋る気配は見当たらない。

「パチュリー様、レミリア様。アールグレイ、ホットでございます。」

 そんな魔女と悪魔の元に、芳醇な香りと共に湯気を立てて運ばれてくるアールグレイ。熱くもなく冷たくもなく、ほどよい温度でいれられた紅茶。

「ああ、もらうよ」

 ほっと一息つくと、レミリアはまず匂いを嗅ぎ、香りをゆっくりと楽しむ。そして、薄い唇をカップにつけると、アールグレイを口の中に流し込んでいく。
 パチュリーも魔道書を傍らに置くと、レミリアと同じような所作で、アールグレイを飲んでいく。
 カップの中のアールグレイが半分程になったころだろうか。レミリアが意を決したようにパチュリーに声をかける。

「傷の方は大丈夫なのかい、パチェ」
「ええ。幸い致命傷に至った傷はないわ……ごほっ……すごく全身が痛いけれどもね」
「そうか、よかった」

 再び部屋に渦巻く沈黙と気まずさ。レミリアは所在なさげにカップの中のアールグレイを見つめる。

「ねぇ」
「ん?」
「レミィ。あなたフランドールに拷問するって言っていたわね」
「………あぁ、そうだ」

 沈黙を破ったのはパチュリーの方からだった。レミリアは無口な友人の方から声をかけられたことに僅かに驚きつつも、質問に答えていく。

「どれぐらいの拷問をしたのかしら?」
「殺さない程度には加減した。今は厳重に拘束してある」

 そういうとレミリアはフランドールに行った拷問の内容を話していった。
 拷問のあまりの苛烈さに、リトルは嫌悪感と怯えを隠せない表情でレミリアを見る。対照的にパチュリーは全くの無表情。どのような感情を抱いているのか、その表情からはうかがいしれない。

「随分と苛烈な拷問を行ったのね。あの娘じゃなきゃ、拷問の途中で死んでいるわよ」
「あぁ。だが私達吸血鬼は死にたくても死ねない。今回の拷問程度では、とても死ぬ事なんてできないさ」
「それで、何か妹の口から聞く事はできたのかしら」
「いいや。知らないの一点張りだ。何も聞く事ができなかった」
「スカーレットの拷問で責めても知らないなんて、大した度胸ね」
「全くだ。いい根性をしているよ。あの愚妹は、私をどれだけ辱めれば気が済むのだ。私が主催したパーティーで狂ったように暴れ回って台無しにしたのも、一度や二度じゃない。私の部屋に肉片になった妖精メイドをぶちまけた事もあったし、残飯を頭から被せたこともあったな。眠っている私に沸騰した血液をぶちまけたこともあったし、地下から屋上まで、吹き抜けを作ったこともあったな」

 激情に駆られるレミリア。それを見るパチュリーの様子からは、自身に対して激昂したレミリアを咎める様子は見られない。

「だが、一番苦痛だったのは…………パチェ、お前だから話せるが、あの愚妹に魔力を喰い尽くされて無力化させられた際に、ベッドの上で笑われながら三日三晩犯された事だ。あいつの足と秘所を舐めさせられて嘲笑され、大男の物をかたどった張り型を、喉元まで突きこまれて、白目を向いてえずきながらも、舐める事を強制されて。自慰を強制させられて、絶頂した快楽と恥辱に震える私を嘲笑しながら床に引きずり倒して、頭を踏みにじって」

 よほど嫌だったのだろう。激情に浮かされる様に、怒気の籠った声で、レミリアはパチュリーに話していく。

「血と胃液を吐きながら両手両足を破壊され、両目を抉られて、血まみれになった私の眼孔にイチモツを押し込まれて、何度も何度も激しく突かれた。あんな事をされて悦びを覚え、糞尿を漏らしながら絶頂した自分を殺してやりたい。その糞尿に顔を押し当てられて、舌と口で綺麗に舐め取らさせられた自分の顔面を破壊してやりたい。あらゆる凌辱をぶつけられて気が狂うまで犯され続け、パチェに正気に戻されるまで、館内を暴れ回っていた私を殺してやりたい。」

 一通り言い終えると落ち着いたのだろう。レミリアは大きく息を吐くと、激情の感情を納めていく。

「あんな愚図同然の愚妹等、本来ならひと思いに殺してやりたいさ。だがな……」

 そこでレミリアは一旦言葉を切るとここではない遠い世界を見る。
 どこか今ではない、過ぎ去ってしまった昔を思い出しているようだった。
 見た目相応の子供ではなく、四百数十年を過ごした妖怪の姿がそこにあった。  

「契約の力のせいで殺す事ができない、かしら」
「あぁ、卑怯な奴だ。自分の命を顧みず、最後の最後で、悪魔の私に契約を結ばせやがった。ノーレッジの奴め」
「大したものね、先代のノーレッジは」
「ひと思いに殺すわけにもいかん。かといって、口で恫喝したり諭した程度では何の効果もない。  だったら、どうすればいい。拷問をするしかないだろう。恥知らずにふさわしい苛烈な拷問をな」
「あなたはっ!!うひぐっ!!ごほっ、げっ、ごほごほごほっ!!」
「おい、大丈夫か、パチェ!!」

 激しくせき込み、大きく体を震わせてパチュリーが苦悶。レミリアの両腕に、その痩身が激しく揺れる振動が伝わる。
 パチュリーは、声にならない程の激しい咳に襲われていた。

「パチェ!!」

 レミリアは、パチュリーを抱きしめていた。
 消え行く意識と苦しみに悶えながら、酔っ払いが吐いた後にするように、物憂い動作で寝具の端で口元をぬぐい、体を支えることもできずに床に崩れ落ちようとするパチュリーを、レミリアは覆いかぶさるようにして支えていた。
 どれぐらいそうしていただろうか。パチュリーは荒い息を吐いていたものの、咳は収まり、体の激しい震えも止まっていた。

「大丈夫か」
「えぇ、大丈夫。もう収まったわ」

 パチュリーの様子にほっとするレミリア。しかしいつ次の発作がくるか分からない。心配するレミリアの元にリトルがやってくる。手にはぜんそくを抑える為の薬と水の入ったコップ。パチュリーはそれをリトルから受け取ると、薬を口に含み、水で一気に流し込む。
 一息つき落ち着いた様子を見せると、パチュリーはレミリアの方を見て口を開く。

「さっきの言葉の続きだけれども」
「あぁ、何だ?」
「あなたは拷問をして、私にした事を妹から吐かせてどうするの?」
「お前の元に連れてきて土下座をさせる。できないようなら、地面に殴りつけてでもやらせる」
「そう………あまり、あの子を責めないほうがいいわ、レミィ。可愛そうな子よ。能力に嫌われ、妖怪に貪られ蝕まれ、運命の玩具にされて。あの子がおかしくなる要素は沢山あったのよ」

 レミリアは唇を動かしたが、言葉は何も出てこなかった。
 一体何を言えばいいのか、見当すらつかなかった。

「少し寝るわ、レミィ。まだ長く起きて居られる程体力が回復していないの」
「あぁ、じゃあ眠りな。虚弱者は体を大事にしないとな」
「レミィもあまり無理をしないで。顔が疲れているわよ」
「ふん。病弱の魔女にそういわれるようじゃあ、私も重症だね」
「おやすみなさい、レミィ」
「あぁ、お休み」

 パチュリーが目を閉じてから、レミリアがその様子を見てから数分後。ゆっくりとパチュリーから寝息が放たれるのをレミリアは聞き取った。
 レミリアは、椅子から立ち上がるとパチェの方へと近寄り、ゆっくりと紫色の髪をなぜていく。
 それは、幼子が病気の親を見るようにも、老婆が病気の娘を見るようにも見えた。
 ゆっくりと流れていく時。このまま、何事もなく時間が過ぎ続ければいい。そうレミリアが思っていた矢先のことだった。

「なんだ?騒々しいな?お、おいお前!!」
「レ…レミリア……様」

 そこには無残な姿と化したメイドがいた。
 服はあちこちが破れ、傷口から流れ出した血で、青いメイド服は真っ赤に染まっている。
 幼さの残る顔には醜いあざができ、背中は、無残に赤く焼け爛れていた。

 メイドはレミリアの元へと最後の力を振り絞るようにして歩いていく。ふらふらとよろめきながら歩いていくと、妖精メイドは倒れ込んだ。

「その姿は一体何だ。何が起こったんだ?」
「いもうと……さまが……いもうとさまがまた……」
「何だと?地下室に厳重に拘束しておいたはずだぞ!!あの状況からどうやって脱出ができる」
「…………」

 妖精メイドから答えはなかった。メイドの呼吸は止まり、完全に生命活動を止めていた。

「……つくづく手に負えない化け物だな。あの愚妹は」

 名残惜しそうに手のひらでパチュリーの頬を撫でると、椅子から立ち上がり、部屋を出ようとする。そこでもう一度パチュリーの方を振り向くと、レミリアは翼を広げ、騒ぎの中心地へと向かって行った。

「すまない、パチェ。お前が願う  生活。当分実現するのは無理みたいだ」









* * * * * * * * * * *








 そこは正に、修羅場と化していた。爆発的な勢いで膨張を始める炎。絶叫し、悶絶するメイド達。
 メイド達の全身が炎に包まれ、肉の焦げる異臭を放ちながら黒く焼け焦げていく。
 メイドは転げ回り腕を振り回して炎を消そうとするが、轟音をあげ燃え盛る炎は、メイド達を離さない。悲鳴、絶叫、苦悶の声をあげ、のたうち回るメイド達の目が、歯が、髪が、瞬く間に焦げていく。猛烈な異臭と真っ黒な煙に包まれながら、燃えていく。

 炎は轟音をあげてメイド達を食い尽くしていく。原型を留めず、黒焦げの肉塊と化していくメイド達。それでも炎の猛威はおさまらない。肉がぶよぶよのゼリーとなり、骨が黒ずんで縮み、砕け、僅かばかりの白い灰となり、黒く焼け焦げた床がその痕跡を残していた。
 絶叫と共に炎になぎ倒され、喰われていくメイド達。

 それをなしているのは、少女であった。子供と見紛う小さな身体、その背で揺れる、人間には存在しない飛行器官。つんと立った鼻先、思わず触れたくなる、柔らかそうな頬。金の髪の下に、愛嬌のある童女の顔が覗く。
 しかし、傷だらけの体に濃いくまのできた目尻、痛々しい無数の傷跡がある。血を溶かし込んだような紅色は深く底知れず、ざんばらの長い金髪が毒蛇のように踊り、両眼が、爛々と業火のように輝く。
 禍々しく妖気を放ちながら、気の狂った化け物はメイド達を燃やす炎を愉しそうに見つめる。まるで死を恐れず、歓迎しているかのように。

 少女はメイド達を全てを燃やし尽くして満足すると、自身の両手に炎をしまい込む。そしてレミリアの存在に気付くと、にっこりと笑いながら話しかける。

「こんばんわぁ、お姉様、今ひまつぶしにこのお屋敷のお掃除をしていた所なの。どう?綺麗に片付いたでしょう」
「あぁ。確かに綺麗さっぱり片付いたようだな。お前のふざけた価値観の中ではな」
「まぁ、素直じゃないのねお姉さま。役立たずのごみが片付いて嬉しいって、私は言ってほしかったのに」
「あんな役立たず達でも私の雇った所有物だ。それを勝手に処分することは許さん」
「ちぇ〜。融通が利かないんだぁ、お姉さまは」

 レミリアの悪態に口をとがらせるフランドール。今この一場面だけを見れば、少し中の悪い姉妹とだけ見えたかもしれない。

「そういえばお姉さま。パチェの様子はいかがかしら?」
「貴様のせいで、最悪だ」
「さいあくって事は、死んだってことかしら?」
「死んではいない。お前のせいで死にかけはしたがな」
「ふぅん。あの虚弱魔女、まぁだ生きていたんだぁ……そうかぁ…そうなんだぁああああ……」

 その後も何かぶつぶつ言い続けるフランドール。しかし、その様子にレミリアが警戒を強めていく。


「ふふ」





          「ふふふふふふふふふふふふふふふ」







                            「うふふふふふふふふふふふふふ」













「ははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははは!!!!!!!!!!!!! そう!!そう!!そうそうそう!!!そうなの??はははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははは!!!!!!!!!!!!それはそれは残念だわぁあああああああああああああああああああ♪」

 一体何がおかしいのか。フランドールは限界まで目を見開くと、腹を抱え、頭を大きくそらせて、甲高い声で大笑いする。地響きのように館全体が振動し、鼓膜を貫かんばかりにけたたましい笑い声が、レミリアの耳を突き抜ける。

「ざぁあああああああんねぇええええええええええん!!私、お姉様が『パチェ、パチェ、死なないで。あなたが死んだら、私誰を親友として生きていったらいいの』ってわんわんわんわんわんわん馬鹿みたいに嘆き悲しむ姿が見たかったのに!!あっはぁあああああああああああああああん!!!ざんねんざぁあああああああああああああんねぇえええええええええええええええええええんんんんんんんんんんんんんん!!!きぃいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいい!!!!!!」

 そこまで言い終えると、フランドールは地響きが起こる程の地団太を踏んで、悔しがった。先の炎で脆くなっていた天井と壁がその衝撃ではがれおち、大量の粉塵をぶちまける。
 レミリアはその奇行に目を向けることなく、フランの挙動を注視する。

「あっ、そうだ。むしろ、お姉様がパチェを殺しちゃってわんわんわんわん豚みたいに嘆き悲しんでよ。『パチェ、パチェ。馬鹿な私でごめんなさい。自分の力も殺しきれない馬鹿な親友でごめんなさい。今すぐ私もあなたの後を追うわ。ばんぶしゅっっどぶゅしゅぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!』ってさぁ。すっごく無様で滑稽で愚かなお姉様として死ねるのよ。最高じゃない。むしろ死んで。今すぐ実行して死んで。あははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははは!!!」

 がりがりがりがりがりがりがりがり。湿った音を噴き上げさせ、フランドールは、傷だらけの自分の胸を、鋭い爪の生えた自分の両腕で掻き毟る。
 レミリアの顔をしかめさせる凶行。しかし、フランドールに痛そうなそぶりは全くない。
 噴き上がる血と、飛び散る肉片。引っ掻いた部分からは、白い骨が剥き出しになり始める。自身の血の匂いに興奮し、全身を真っ赤に染めながら、楽しそうに笑い、フランドールは口を開いた。

「ねぇ、お姉様。魔女って生き物はどうしてあんなに弱っちいのかしら?ちょぉおおおおおと強く力を込めて殴られただけで、ごみ屑のように面白い位吹っ飛んでいったわ」
「私達悪魔と、一緒にするなと言っただろう」
「あぁあああああああああああああああああああああああん!!もう腹が立つわ!!うぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおんおんおんおんおんおん!!!わたしとても悲しいわぁああああああ!!!どうしてあんなに脆いのかしら、どうしてあんなに弱いのかしら!!!苦痛と苦悶の表情を浮かべる楽しい光景が見たいのぉおおおおにぃいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいい!!!!
脆いごみ屑!!!!あれじゃあ退屈を紛らわす玩具にもなりゃしないわ!!!!つまらないつまらないつまらないぃいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいい!!!!やっぱりお姉様と一緒に遊ぶのが一番楽しいわ。ねぇお姉さま遊びましょう、遊びましょうよお姉さま!!お姉さまじゃないと楽しくないの!!お姉さまじゃあああああああああああああああないとぉおおおおおおおおおお!!!満足できないのぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!」

 地団駄、悪態、地団駄、絶叫。ひっきりなしに言動を変えながら、フランドールは自身の不満と欲求をレミリアにぶつける。
 レミリアは言い様のない感情に囚われていた。恐れ、苛立ち、悲しみ、苦しさ。様々な感情が入り混じった表情で、レミリアはフランドールを見ていたが、意を決したように荒げた声を出す。

「おい、愚妹。これだけの事をしでかしておいて、無事で済むと思うなよ」
「許さない?どう私を許さないのかしら?」

 レミリアの言葉に、フランドールは、きょとんとした顔を見せて、不思議そうに首をかしげる。
 年相応の子供が不思議がって聞いている。いくつかの異常現象を除けば、そのように見えなくもなかった。

「許さないってこの前みたいに拷問で私の体に暴力と凌辱で辱める事を言うのかしら。それともお姉さまのベッドの上でめくるめく官能的な変態プレイでもしてくれるのかしら?何かしら何かしら何かしら?ねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇおねぇさまぁああああ♪どういう事なのかしらぁ?」
「お前は………お前という奴は………この後に及んでそんなことを………」

 自分の心の内に湧き上がる激情。いつ終わるかも分からない地獄の遊びに疲弊しているレミリアに、それを止める事は不可能であった。

「もう許さんぞこの愚妹!!どれだけ泣いて哀願したとしても絶対に拷問をやめん!!七日七晩貴さまにありとあらゆる拷問をかけて、声が潰れ、声帯が破れ、血が乾ききるまで責め立ててやる!!」
「まぁ!まぁまぁ!!まぁまぁまぁまぁまぁまぁまぁまぁまぁまぁまぁまぁまぁまぁまぁまぁ!!!」

 十にも満たない幼子の姿をしているといっても、レミリアは強大な力を持ち、恐るべき残酷性を持つ悪魔。その怒りに満ちた表情と怒声は、屈強な大男でも怯え切り、即座にひれ伏すものであろう。
 しかし、目の前の少女は違った。なぜなら少女も強大な力を持ち、恐るべき残酷性を持つ悪魔で、どうしようもないほど狂っているのだから。

「あっっっつはぁあああああああ、嬉しいわ嬉しいわ嬉しいわ嬉しいわ嬉しいわ。お姉様からそんな熱烈なアプローチを受けるなんて、私し・あ・わ・せ❤」

 目を細め、体を大きく仰け反らせ、両手で体を強く抱きしめて、頭を激しく横に振るフランドール。その恍惚とした表情と狂乱の有様は、レミリアに吐き気のするような嫌悪感をもたらしていく。
 鋭く細まる眼孔。口元まで裂ける笑み。フランドールの長い金髪が、獲物を見つけた毒蛇のように舞い上がる。
 次の瞬間、フランドールの妖力が爆発的に上昇、増幅。天井を突き破りそうな程の高さまで噴き上がる。レミリアでさえたじろがせる圧倒的で強大な鬼気が、フランドールの全身を包み込む。

「いいわあぁあああああああああ、お姉様。じゃあ私もお姉様を愛してあげる。両手両足を引き千切って、両眼を抉って血塗れになった素敵に無様な姿で、じゅぼじゅぼじゅぼじゅぼじゅぼじゅぼ何度も何度も可愛らしいお口で奉仕させて、糞尿をまき散らさせながら、この上ない恥辱と快楽の中で、何度も何度も何度も何度も気が狂うまで素敵にイかせてあげるわ。可愛い可愛いおっねえぇえさまぁああああああああああああああああああああああああ♪うっふふうっふふ、ふふふふふふあははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははは!!!!」

 哄笑と共にフランドールの羽を境目として世界が変わる。結界、あまりに強大な能力者同士が戦う時に使われる戦闘の為の空間、がフランドールによって構築される。

「この……変態精神破錠者が」

 もう何度目か分からないレミリアの悪態。それと共にレミリアも全身に魔力を放出させ、臨戦態勢を取っていく。

「さぁ、遊びましょうお姉さま!!!!殴り殴られ齧り齧られ、血反吐を吐き吐かせ、愛し愛されましょう!!!!」





* * * * * * * * * * *







 先手をとったのはレミリア。自身の創ったいくつもの魔方陣から、赤く灼熱する弾幕がフランドール目がけて一斉に襲いかかる。
 フランドールは、近くに飛来する弾幕だけを素手で弾き落としながら、地獄の世界を飛び回る。そして薄く笑うと、右手を振りかぶらせ、レミリアへと手をひるがえした。
 生み出される数百の赤い死神。それは猛烈な熱風と高熱を生み出しながら、暴風雨のような勢いで空間全体に放たれていく。歓喜の雄叫びをあげながら、縦横無尽に飛び回る赤い死神達。
 その隙間を、レミリアがたくみにぬっていく。舞踏のように、赤い死神たちと戯れるかのように、宙を舞いフランドールへと接近する。
 赤い死神の狂乱は止まらない。空間内に引かれた魔法陣で反射をし、レミリアの体を遠慮容赦なく食い破り、引きちぎろうとする。

 眩い赤に輝くレミリアの手。そこには強大な魔力が溜まっていた。しかし、それに先んじてフランドールは左手に生成した魔力を振りかざす。。

 それは、輝かしいほどの実りと芳醇な香りを放つ、恵みの果実。
 しかし、フランドールが生み出したのは、哀れな獲物を捕らえ、引きちぎり、哄笑をあげながら全てを喰らい尽くす、悪魔の果実。密度と重圧を増やしながらレミリアの周りを囲み、強烈な爆発と破壊の渦を巻き起こしながら、レミリアの元へと向かっていく。
 幾重にも結界が張り巡らされた空間全体を揺るがす程の大爆発を次々に引き起こし破壊の力を高めながら迫ってくる悪魔の果実を、レミリアは見据える。

 瞬間、レミリアの左手から赤く輝く無数の鎖が迸り、空間全体を覆いつくす。
 チェーンの軌道に沿って、赤い魔力が怒涛のごとく荒れ狂う。それは悪魔の果実を焼き尽くし、赤い死神を焼き尽くしながら一斉にフランドールの方へと向かっていく。

「げらげらげらげらぁあああああああああああああああ♪♪ざぁあああああああねん♪ざぁあああああああんねん♪ざぁあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああんねぇええええええええええええええええんでぇええええええええええええええええしたぁあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!!!」

 嘲笑と共に、フランドールは破壊の力を集めた右手を、鎖目掛けて振り下ろす。
 破壊の力は赤い輝きを伴って不気味にうごめきながら、鎖を侵食。フランドールの右手に集められた破壊の力により、存在そのものが侵食され破壊されていく。
 対象を捉えられなかった無念の叫びさえ破壊されながら、跡形もなく消滅していく。

 フランドールは次の一手を打つための準備を始めようとした。しかし、フランドールの懐に潜り込んだレミリアが自身の魔力を収縮させ、周囲を十字架を模した赤いオーラで焼き払う。
 レミリアの吸血鬼の王としての力を表す、優雅ながら苛烈な力は、轟音を上げながら獲物を覆い尽くし、浸食しようとする。それに抗うかのように、フランドールは七色の翼をはためかせて魔力を放ち、赤いオーラを放って打ち砕こうとするが、しだいに押されていく。
 しかしフランドールにあせった様子は見られない。むしろ興奮したかのように甲高い哄笑をあげながら、レミリアの方を見る。

 フランドールが左手を握り締める。手の中で輝く紅い輝き。それは破壊の力によって作られた爆弾の起爆源。フランドールはレミリアを見て笑うと同時に、握り締めていた手と空間を開き、爆発させた。
 それは、フランドールが握りしめた形に空間を歪ませ、使用者の体が吹き飛ぶ程の大爆発を引き起こした。猛烈な勢いで膨張する破壊の力。真っ赤な閃光が辺り一面に広がり、大気が唸り声をあげる。
 巻き起こる爆風と灼熱した大気。世界を細切れに引き裂いていく。嵐のように爆風が吹き荒れ、朱い奔流が全てを喰らい尽くしていく。

 その破壊の力の中でフランドールは魔力の充填を開始する。
 全身の骨が砕けているかのような異様な音を立てながら、七色の翼が破壊の力の増幅に従い形と性能を変え、眩い光を放ち始める。数倍の大きさに膨れ上がる私の羽。 互いが互いの魔力を高め合い、膨大な破壊の力を蓄えていく。

 やがて破壊の力は収まり、辺りは元の静寂さを取り戻す。それと同時に、フランドールが破壊の力を充填する。そして完全に破壊の力を高めきった七色の翼を媒介として、レミリアにその力を放出した。

 天を貫く轟音と共に翼から生まれたそれは、雄大な夜空に輝くような優しい星ではない。その星は、破壊の悪魔が撒き散らす破滅の力。身体を砕き、魂を打ち抜く破壊の力。
 悪魔達は、縦横無尽に飛び回り、瞬く間に視界を七色の破壊の星で埋め尽くした。
レミリアも負けてはいない。不夜城レッドの高火力を身にまとい、フランドールを串刺しにせんと猛火の中に突っ込んでいく。
 悪魔達の高エネルギー同士のぶつかり合いが、灼熱色の火花を撒き散らす。余剰エネルギーが焔と爆風を撒き散らし、火花となって真昼よりも眩い光を生み出す。

 深紅の目で射抜くように睨みつけるレミリア。
 凶笑を浮かべながら深紅の目を輝かせるフランドール。
 自身に迫るレミリアを前に、フランドールが右手に魔力を込める。毒々しい程の輝きと瘴気を放ちながら有象無象を破壊する死の力が生成され、レミリア目がけて放たれようとする。

「させるか、この間抜けがぁあああああああああああああああああああ!!」

 雄たけびと共に、不夜城の魔力を纏ったレミリアがフランドールを結界の壁に衝突させる。
 音速を遥かに超えた超重量の力により、激突した結界が崩落。その後に空気を引き裂く爆裂音が雷鳴のように轟く。巻き起こる風圧だけで、引き千切られそうな痛みと圧迫感を感じる程だ。
 血反吐と共に苦鳴の声を上げるフランドール。しかし、レミリアは容赦をしない。フランドールの胸倉をつかむと地面へと勢いよく放り投げ、自身の体を旋回させながらフランドールを追いかける。

 巻き起こる烈風と鎌鼬。加えて不夜城レッドの引き起こす超高熱と超重量の力。猛烈なエネルギーの余波を受け、フランドールの全身から鮮血が噴き上がり、服の至る所が千切れ飛ぶ。そこにレミリア本体の力が叩きつけられる。

 間違いなく立ち上がることができないはずの打撃。しかし、フランドールに致命傷を与えるには至らなかった。胸元を狙ったはずのその一撃は片腕を吹き飛ばすだけに留まっていた。
 フランドールの残った腕に赤い輝きが噴出。それはレミリアの左脇腹を浸食し、肉片として粉砕する。苦悶の表情を浮かべるレミリアに、旋回しながら放たれるフランドールの蹴りがまともに炸裂。重く、鈍い衝撃がレミリアの顔面の左側を襲う。美しく端正な顔が醜くへしゃげ、反対側の鼓膜を破裂させて、噴水のように鮮血をぶちまける。

「この野郎!!」

 怒りの声と共に、渾身の力を込めて放たれたレミリアの手刀。鋭く放たれた手刀は、フランドールの細い首に食い込み、そのまま突き抜ける。
 レミリアはすぐさま手刀を引きぬくと、再び全力で突き出した。それは狙い違わずフランドールの胸元を切り裂き、肋骨を砕き、その下にある心臓を貫き、背中へと貫通。更に駄目押しとして、腹に蹴りの一撃を放つ。
 充分な体重と速度、魔力を乗せて放ったその蹴りは、内臓を潰す感触とともに、フランドールの体を二つに裂いた。勢いで、深く突き刺さっていた右手がフランドールから引き抜かれ、どす黒い血潮を撒き散らす。
 吹き飛ぶフランドールの体は、勢いよく結界の壁に激突。まるで血と肉の詰まった袋のように弾け飛び、内容物をばら撒いた。直後、どん、という音とともに、フランドールの頭が、地面へと落ちる。その首と、肉の塊が完全に動かなくなったのを確認すると、レミリアは床に座り込んだ。

 レミリアとフランドールのいる空間は、惨々たる状況になっていた。何重にも多重展開された結界には亀裂が入り、壁や床は、どろどろのスープのように煮えたぎり、赤熱した液体と化していた。膨大な熱エネルギーが、部屋の中で荒れ狂い、空間内の風景を蜃気楼のように歪ませる。
 
 単なる打撃ではなく魔力を込めた一撃。それも強大な力を持つ悪魔の一撃。肉を腐らせ、骨を粉砕し、妖怪の魔力を根こそぎ奪う一撃。人間はおろか、妖怪ですら致命的なダメージだ。
 しかし、レミリアの顔に笑みはない。苦悶の表情を浮かべ、自身の体を見やる。左脇腹から胸にかけての肉がごっそりとえぐり取られ、内臓が千切れ飛び、おびただしい程の鮮血をぶちまける。顔面は左半分が吹き飛び、視神経や脳漿、歯茎が露出。鼻や両唇まで吹き飛んでいる為、もとがどんな顔なのか判別できない凄惨な状況だ。

「この化け物が……」

 薄桃色のドレス服を真っ赤に染めながら、レミリアは悪態をつく。
 フランドールに重い一撃を与えることはできた。しかし、自分自身も深い痛手を負うことになってしまった。

(血が止まらない。傷がふさがらない。この愚妹の強すぎる力は、私の再生能力すら殺そうとしている)

 自身をも超える強大な破壊の力。恐れと怒りを覚えながら、レミリアは距離をとり、警戒するようにフランドールの方を睨みつける。

「………ふふ。ふふふふふふふ」

 深々と陥没した地面の中から、魔力に包まれ、ゆっくりとフランドールが浮き上がる。右腕が吹き飛び、皮一枚でつながっている上半身と下半身。内臓をぼとりぼとりと落としながら、ゆっくりと浮き上がる。
 顔面に、丹念に配置されていた各部位は、原型をとどめておらず、両目が眼窩から飛び出している。鼻は消し飛んだらしく、中央は盛り上がっていない。また口は耳に届かんばかりに裂けていて、今にも吸い込まれそうである。体から離れたその首が浮遊しながらレミリアの方に声をかける。

「あはぁ。血が、血が、私の体の中から血が抜け落ちていく。
真っ赤な真っ赤な赤い血が、赤くて美味しそうな紅茶のようなクランベリーのような血が血が血が血がポタポタポタポタポタポタポタポタこぼれていく。血が流れていく。血が、血が、私の体から血が流れていく。ドボドボドボドボポタポタポタポタ私の体の中から流れていく。
ああ、なんてこと、ナンテコト。血を血を採らないと。ハヤクハヤクチヲトラナイト。
チヲトラナイトタイヘンナコトニナッテシマウヨ フランハイケナイコニナッテシマウヨ」

 フランドールは裂傷から流れ出る血を口に近づけ、長い舌で舐めとった。広がる濃厚な香りと甘美な味。何ものにも変えがたいその香りと味が、フランドールをより興奮させ、狂わせていく。
 同時におびただしい量の白煙を全身からあげながら、フランドールは傷を修復していく。

「楽しいわあぁ、お姉さまぁあああああああ。お姉さまの殺意剥き出しの感情が、ひしひし伝わってきて私とても嬉しい。やっぱりお姉さまぐらい強くないと、楽しめないわ」

 白煙が収まった時、そこには傷一つない悪魔の姿があった。
 くるくる回りながら夢見る乙女のように茫洋とした目で、フランドールはレミリアを見つめた。
 レミリアはそれに答えない。自分の体を再生させることに力を注ぎ、立ち上がることさえできないため、それに応答する余裕がなかった。

「素敵よ今のお姉さまのその顔、その姿。とても無様でとても残酷で。ぞくぞくしちゃう。
お姉さま、お姉さま。生意気で憎たらしいお姉さま。苛められて痛めつけられると雌豚のように可愛らしく泣き声をあげるお姉さま。お姉さまの血はどんな味がするのかしら。
お姉さまの白く柔らかな首筋に、牙を突きつけたい。
お姉さまの首筋に牙を突きつけて噛み付いたら、どんな表情をしてくれるのかしら。
可愛らしい顔をゆがめて、初めてを奪われる処女の様に泣く?それとも吸血の際に生じるえもいえぬ快楽に恍惚の表情を浮かべる?
お姉さまの味、お姉さまの匂い。お姉さまの血が欲しい。お姉さまの涙と恍惚の表情が欲しい。
それを想像するだけで私、私、ドクンドクンドクンドクンドクンドクンドクンドクンドクンドクンドクンドクンドクンド クンドクンドクンドクンドクンドクンドクンドクンドクンドクンドクンドクンドクンドク ンドクンドクンドクンドクンドクンドクンドクンドクンドクンドクンドクンドクンドクンしてくる」

 フランドールは胸に手を当て、満面の笑みでレミリアを見上げ、胸の内を吐き出しながら軽くうつむくと、長い金色の髪を束ねる髪留めを外す。
 紅い魔力を暴風のごとく吹き荒れさせ、紅い目を禍々しく輝かせ、毒蛇のごとく長い金髪をはためかせ、暴風のごとく吹き荒れる魔力に包まれる。
 先程よりも二割か三割程増す破壊の力。それは悪魔と呼ぶのもはばかられる破壊神の姿であった。

「さあ続けましょうお姉さま。私まだまだ遊びたりないの。いっぱい遊んで遊んで、遊び終わったら、両手両足を引き千切って、両眼を抉って血塗れになった素敵に無様な姿で、じゅぼじゅぼじゅぼじゅぼじゅぼじゅぼ何度も何度も可愛らしいお口で奉仕させて、糞尿をまき散らさせながら、この上ない恥辱と快楽の中で、何度も何度も何度も何度も気が狂うまで素敵にイかせたいの♪」
「泣き叫ぶのはお前の方だ愚妹!!私に怯えて後悔しろ!!」

 痙攣する体を無理やり引き起こし、レミリアはフランドールに対峙。
 大きく膨張する魔力。再構築される結界。二体の悪魔の闘いは終わらない。
 







* * * * * * * * * * *









「パチュリー様、無理をなさっては駄目です。ベッドに寝ていてください」
「放しなさい、リトル」

 主の行動を慌てたように止めようとする小悪魔。自身にかけられた手を振り払い、図書館の扉向けて歩こうとするパチュリー。

「ここに逃げてきたメイド達から聞いたわ。メイド達を燃やして暇つぶしをしていたフランドールを止めるために、レミィが戦っているって」
「だからといって、パチュリー様が行くのは危険すぎます。ましてや今パチュリー様は、体の具合が悪いじゃないですか」

 何とか主を行かせまいと、体を歯がいじめにするリトル。パチュリーは振りほどこうとするが、自身の貧弱な力ではそれができないと判断すると、そこで動きを止めた。

「レミィだけに任せていくわけにはいかないわ。あの子だけに自分の手を汚させるわけにはいかない。私もレミィに加担して、レミィの負担を減らしてやるわ。私の大切な友達だもの」
「……そうまでして、守りたいのですか。レミリア様との心のつながりを」

 主の変わらぬ態度に困ったようなリトルの声。この様子では、また発作が起こるか、気を失うかしない限り止まることはないだろう。

「これは命令よ。リトル。私から離れなさい」
「……分かりました。分かりましたよ。パチュリー様」

 深く大きく息を吐くと、リトルはパチュリーを解放する。支えを失い、パチュリーはよろめき、地面に膝を突こうとするが、歯を食いしばり、それを防ぐ。

「パチュリー様がそこまで固い決意を持っているのなら、私はもう止めません。ただ、絶対に無理はしないでください。あまりに強力な魔法を使ったり、受けたりしたら、本当に死んでしまいますからね」
「死ぬぐらいの覚悟はできているわ。でも生きて止めて見せる。そうでなきゃ、またお茶会や話しあいができなくなるもの」

 壁に寄りかかりながらゆっくりと震源地の方へと向かうパチュリー。
 リトルは、そんな主の様子をただ見つめているだけだった。
この話の一話目を覚えている人はいるんでしょうか?
やっと二話目ができました。
次の話はこんなに間があかないと思います。
ケテル
作品情報
作品集:
28
投稿日時:
2011/08/07 09:36:25
更新日時:
2011/08/13 17:42:44
分類
フランドール
レミリア
パチュリー
リトル
バイオレンスバトル
拷問はなし
8/13コメント返ししました
1. IMAMI ■2011/08/07 20:11:06
え…あれの続きが読めたの俺…?
いいなぁ、フランドールのこの壊れ具合はまさに一級品
夜伽のM氏のSSを思い出したのは秘密
2. 木質 ■2011/08/07 21:16:54
待っておりました。待っておりました。
何度も待つのを諦めそうになった時もありましたが、それでも続きが気になり続けて待ち続けました。

やっぱりフランちゃんは正気と時も狂気の時も可愛いなぁ。
獣よりもえげつない吸血鬼のガチ勝負は良い、内臓も骨もボロボロになっても戦い続ける姿は圧巻です。

自分も、妹に愛の無いこんなレミリアを書いてみたいです。
3. NutsIn先任曹長 ■2011/08/08 02:09:37
すげぇ!!
イッちまいそうになるぐらい、素敵なスカーレット姉妹!!

分類の『拷問はなし』とは、『拷問の話』なのか『拷問などという生ぬるいものではない』という意味なのか。
どっちとも取れますが。

二人の悪魔。
契約を重んじ、その身を鋼鉄の鎖で締め上げる『統率者』。
自らも含めた破壊に快楽と恐怖を覚える『解放者』。

全てを紅に染め上げる悪魔姉妹に安息はあるのか?
ああ、続きが楽しみです。
4. 名無し ■2011/08/08 17:00:03
レミフラと見せかけてフラレミなお話だったとは、完全に一本とられましたな。
強くてイカレてるフランちゃんって本当すごい久しぶりに見たけど、やはりいいものだ。
パチュリーの優しさが残酷に踏みにじられることを期待しつつ次回をお待ちしてます!!
5. 名無し ■2011/08/08 19:37:48
待ち続けた甲斐がありました。
次回も楽しみにしております!
6. 名無し ■2011/08/10 02:21:43
「愚妹」って「自分の妹」を目上の人にへりくだって言う表現じゃ……
無粋でしたね、ごめんなさい。
ぶっとんだフランちゃんは素敵に爽快。
個人的にレミリアには困り顔が似合うと思う。
7. 名無し ■2011/08/11 02:08:13
フランちゃんうふふ!素晴らしい…バトルシーンとかとにかく素晴らしい
8. ケテル ■2011/08/13 20:35:54
コメント返しが大変遅くなってしまって申し訳ありません。


>>1  
この作品は慟哭を書き上げた時点では、展開があまりにも長くなりすぎて、自分の手には負えないレベルになったため、ずうっとプロット作りに奔走しておりました。
今回、最後までのストーリが作れ、この激震の章がかけたので公開に至りました。

>>2 
お待たせしすぎて申し訳ございません。その分、充実した話の内容になったと思います。
狂気じみたフランドールは中々愉しめて書けました。
それ以上にバトルシーンはわくわくして書けましたが、大変疲れました。

>>3
この激震の章では、拷問シーンはありませんよ、という意味です。ややこしい書き方をしてしまいましたね。
しかし、怒りによる拷問より恐ろしいものが、この先には現れます。

>>4
この話では、登場人物全てに何らかの負の要素があります。全ての登場キャラクターの言動に疑いを持って下さい。

>>5
今までのSSよりも遥かに多い文量になるので、楽しみにして下さい。

>>6
今調べたら、その使い方が正解だったんですね。てっきり相手を罵倒する際に使う言葉だと思っていました。
レミリアもこの先出てきます。ただ、困り顔と言うよりも……
お楽しみにしていて下さい。

>>7
私は、バトルシーンのある小説やSSが大変大好きです。しかし、躍動感を出しながら書くというのは、なかなか難しいんですよね。
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