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『八意先生とお近づきになれた男の回顧録』 作者: NutsIn先任曹長

八意先生とお近づきになれた男の回顧録

作品集: 28 投稿日時: 2011/08/08 17:35:15 更新日時: 2011/08/23 01:09:13
 




「やっと……、やっと、夢が叶いましたよ、八意先生……」





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八意永琳先生にお会いしたのは、

そう、

私が竹林で迷子になったときでしたね。



DOWN DOWN DOWN……。

の、最初の『D』ぐらいでしたよ、あの小さな落とし穴は。



何とか穴から這い出した私は、何処もかしこも同じ光景の竹林で途方にくれました。

私は人参の首飾りをした兎を追いかけているうちに落とし穴に嵌り、迷子になってしまったのです。



泣きじゃくっている私の前に、女神様が現れました。

その美しい大人の女性は、私の手を取り、竹林の外まで送ってくれました。

貴方のことですよ、八意先生。



そのときから、先生は私の憧れの女性(ひと)になったのです。





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博麗神社の鳥居の陰に隠れて、

博麗の巫女と、

黒髪の美しい貴人の会話を、

何とはなしに聞いてしまいました。



竹林云々、と聞いて、私は心の臓が止まるかと思いました。

先生が起こした、夜の明けない異変、

え? 失礼しました。

偽りの月の異変、で、よろしいですね。

その異変を、博麗の確か、名は霊夢……でしたか? 巫女と妖怪の賢者様を初めとした、幻想郷の大物達。

彼女達が、先生方の起こした異変を『解決』してからまだそれほど日が経っていませんでしたから。

私はじっとしてはいられませんでした。



準備を整えてから、改めて博麗神社を訪れました。

「いらっしゃい、素敵な賽銭箱はそこよ」

境内で箒を動かしていた巫女の第一声は、噂通りのものでした。

私は幾ばくかの硬貨を賽銭箱に投じ、祈りました。

その後、巫女に紙幣が入った熨斗袋と日本酒の一升瓶を手渡しました。

やはり噂どおり、巫女の機嫌は良くなりました。



縁側で振舞われたお茶で口を湿らせてから、巫女にお願いをしました。

竹林に住まう先生方を退治るのをお止めください、と。

巫女はきょとんとした後、苦笑しました。

「しないしない、しないわよ」

そう言いました。

「『アイツ』が言うには、まだ彼女達は人か妖怪か境界のどちら側かまだ判じかねるそうよ」

巫女の言う『アイツ』とは、異変解決時に組んでいた賢者様のことでしょう。

「だから、連中が『どちら側』ははっきりするまで、とっちめるのは無しよ」

本当に、安堵しましたよ、あの時は。



永遠亭が幻想郷最大の医療機関として門戸を開きしばらくして、

天狗の新聞に、巫女がしばらく月で『修行』したとか記事が出たときがありましたよね。

そう、その時の紙面に載っていた、帰還した巫女と賢者様の会見で、先生と『姫様』を人間として扱う、と。

先生は、私と同じ人間だ。

私如きでも手が届くのでは。



ええ、そんなことを考えていました。

身の程知らずにも。





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私は一介の平民。

先生は『月の頭脳』の異名をお持ちの、高名な薬師様。

博麗大結界並みの強固な壁が、私達の間に立ちはだかっていました。



でも、私は諦めませんでした。

毎月、永遠亭で健康診断を受け、

置き薬と同じ物をわざわざ出向いて買ったり、

近所に病人や怪我人が出たと聞けば、大八車を引っ張り出し、
知恵熱だろうと膝小僧を擦りむいただけだろうと、患者を仕立て上げて永遠亭に担ぎ込みましたよ。

ははっ、若さゆえの暴走ってヤツですね。
先生ぃ、笑わないでくださいよ。
思い出すたびに、こっ恥ずかしい思いをするのですから。今でも。



あの時は、色々と先生にご迷惑をかけましたね。

人里では、問診に出た先生にしつこく話しかけたり、

先生の勤務シフトを調べ上げて付き纏ったり、

永遠亭地下の研究施設に忍び込もうとして、お弟子さんにつまみ出されたり。



まあ、度重なる失敗の末、

最も効率良く、先生に接近する方法を思いついたのですが。





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先生は、不老不死の蓬莱人だそうで。

そこでひらめきました。



私の、命ですよ。



何時だったか、珍しく酒処でお一人で飲んでいらした時がありましたよね。

ええ、たまたま私も一人で飲みに来た時にお会いして……。

先生、その時はご機嫌よろしくて、私に同席をお許しになって……。



で、先生はおっしゃいましたよね。

蓬莱の薬を飲んで不死身にならないか、とね。



言いましたよ。確かに。

まあ、あの時は先生、結構お酒を召し上がっていましたから。



その時の、私の決断は、正しかった。



私は、有限な命を持った人として、

蓬莱の薬の誘惑をお断り申し上げました。





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八意永琳先生。

貴方は、私の憧れでした。

憧れの先生に手を取っていただき、

私は幸せです。



例えそれが、私の死に際でも……。





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「おじいちゃんは、若い頃から先生にお熱でしてねぇ」

永琳に茶を勧めながら、男性の長女である老婦人は世間話を始めた。

「暇さえあれば永遠亭に通って……、寺子屋の先生のいい人、いるでしょ。えぇ案内人の。
 あの人の次ぐらいに迷いの竹林に詳しいんじゃないかしら?」

永琳は、ずずっと湯飲みの茶を啜り、微笑を浮かべて相槌を打った。

「先生のことをおじいちゃんの次に尊敬している人、そう、おばあちゃん。
 私の母ですが、何でも大病を患って、余命幾ばくも無いと里の薬師に匙を投げられたとか」

婦人と永琳は鴨居の上に飾られた男性の一族の写真の一つに写った、ナース服姿の女性に目をやった。

彼女は男性の細君で、数年前に男性よりも前に鬼籍に入っていた。

「それを先生がささっと治療なされたものですから、おばあちゃんのお母さんに聞いたんですが、
 健康な身体を手に入れて真っ先にやったことが、永遠亭に押しかけて弟子にしてくれるよう頼み込んだとか」

清楚な少女が鼻息も荒く、永琳にすがり付いて、弟子にしてくんろ〜っ、と来た――。

永琳は数十年前の光景を思い出し、苦笑した。

「弟子は間に合っているとかで、結局看護師にしたんですよね」

永琳は、お茶請けの饅頭を頬張りながら、首肯した。

「そんなある日、おじいちゃんとおばあちゃんは運命の出会いをしたんですよね〜。
 永琳先生の英知に魅せられた者同士の、魂の邂逅!!
 本人達が事ある毎に熱く語っていましたよ〜。
 私なんて小さい頃から子守唄代わりに聞かされて……。
 弟や妹達なんかごっこ遊びを始めちゃって……。
 近所に紅いお屋敷の図書館に通ってお勉強していたお姉さんがいたんですけれど、
 きょうだいが手を繋いで中睦まじく付け回したとかで、両親があんなだから私が謝る事になって……」

故人の思い出、というより生前に言い切れなかった愚痴を、
永琳は若干引き気味ながらも、辛抱強く聞き手に徹した。

「憧れの八意先生に仲人をしてもらって、月のお姫様に無理矢理お祝いの言葉を貰い、
 仕舞いには新婚旅行は月に行きたいと駄々をこねて、博麗の巫女様に叱られたとか。
 そのうち、永遠亭で私達は生まれ、
 兎さん達と遊んで過ごし、
 先生のお弟子さんに勉強を教えてもらい、
 ちんまいうさちゃんに悪戯を教えてもらい、
 黒髪のお姉さんとお菓子を食べたり……、
 あらいやだ、いつの間にか私達の思い出話になっちゃったわね。
 ごめんなさいね、先生。
 あ、お茶のお代わり、入れましょう」

永琳の顔は引きつっていた。
辛いからではない。

永遠亭のあらゆる場所を我が物顔ではしゃぎまわった悪餓鬼共のことを思い出し、
吹き出しそうになるのを耐えているのだ。

婦人がお茶のお代わりと羊羹を持って台所から戻ってきた頃には、
永琳は何とか平静を取り戻していた。



その後も婦人の思い出話というか、愚痴というか、取り留めの無い話は続いた。

永琳が三杯目のお茶と三枚の煎餅を腹に収め終えた頃、
ようやく永遠亭から鈴仙とてゐと何人かの因幡が婦人のきょうだい達に連れられて男性宅にやって来た。

男性の遺言に従い、彼の遺体は奥さんと同様に献体として永遠亭に送られることになり、
鈴仙達は引き取りにきたのだ。

永遠亭の兎達が疲れているのは急いでやって来たからではなく、
永琳と同様に遺族達のおしゃべりに付き合わされたに違いない。



男性の遺体は低温を維持できるカプセルに収められ、
そのカプセルは大八車に載せられた。

なおも喋り足りない遺族達に別れを告げ、永遠亭への帰路に着く一同。

ゴトゴトと大八車の上で揺れるカプセル。

大八車の横に並んで歩きながら、永琳は亡くなった男性夫婦の事を思い返していた。

二人とも永琳を尊敬していた。
だが、二人とも蓬莱の薬を飲んで不老不死になることを拒んだ。

寿命の制限が無くなれば、二人は永琳に比肩する程の知識を身に付けることだって出来ただろうに。



数歩歩いて、ああ、と永琳は気付いた。

永琳は、男性夫婦の憧れだった。

だが、それだけだ。

彼らは永琳の同類になることは望んでいなかった。

永琳の後を追いかけるのが好きだったのだ。

彼等のかしましい忘れ形見達。

おしゃべりの中に登場する夫婦は、とても楽しそうだった。

実際、楽しかったのだろう。

同道している因幡達からもちらほらと、同様の言葉がぽつりぽつりと漏れている。

楽しい思い出を生涯かけて作り続け、人生のシメに永琳に見取ってもらえた。
ほんの一瞬、憧れの女性に手が届いた。

この夫婦は、幸せな一生を送ることが出来たようだ。



蓬莱人である永琳には、味わうことの出来ない甘露。





男性宅でお茶をご馳走になったというのに、

永琳は、渇きを覚えた。




 
なれない仕事に疲労困憊ゆえ、短編一つ書くのにずいぶんと時間がかかってしまいました。

今回は、永琳師匠の追っかけである男の話……、だけじゃ済まなくなりました。


2011年8月23日(火):コメントの返答追加

>Sfinx様
大勢の見送り客に囲まれての旅路は素晴らしい物です。

>2様
阿求じゃあるまいし、転生したのが何処の誰かなんて基本的に一般人は知らん筈ですから、
安心して嘆き悲しんでください。

>3様
愛する人には何時までも美しくいて欲しいものです。
でも、自分と共に人生を歩むなら、共に老いてほしいとも思うものです。

>4様
そして、その中の一体何人に、今度は『化け物』、『裏切り者』と呼ばれたのやら……。

>5様
共に生きる喜び。
共に逝けぬ悲しみ。

>6様
でも、そんな弟子達によって、永琳の秘術は広まっていくのでしょうね。

『退治る』は『たいじる』と読んでください。
ちょっと昔っぽい台詞を意図しました。

>7様
今後も、理屈抜きに感じていただける作品を書いていきたいです。
NutsIn先任曹長
作品情報
作品集:
28
投稿日時:
2011/08/08 17:35:15
更新日時:
2011/08/23 01:09:13
分類
八意永琳に憧れた男の独白
霊夢へのご機嫌取り
男と永遠亭の思い出話
ささやかな幸せは手に入らない
1. Sfinx ■2011/08/09 03:32:30
看取られる幸せって、不思議なもんですなあ
2. 名無し ■2011/08/09 14:51:45
でもこの世界だと転生するんだよなあ、って思うと悲しさ半減w
3. 名無し ■2011/08/09 15:05:07
永琳好きだけど不老不死となるのは…って人多いと感じます
4. 名無し ■2011/08/09 19:56:33
そういうの沢山いたんだろうな
ぶっちゃけ結婚を申し込むなら永琳に申し込みたい
5. 名無し ■2011/08/09 23:19:51
いい話だけどなんだか切ないなあ
6. 名無し ■2011/08/10 00:51:49
これまでもいっぱい居たんだろうな。
これからもいっぱい居るんだろうな。
弟子とかとっても自分より先に居なくなるんだろうな。

>竹林に住まう先生方を退治るのを
退治する、なのかそれともこのままでも通じてしまう辺りが難しい。

※2
転生しても覚えていないのはお約束ですね。
7. 名無し ■2011/08/10 00:58:00
これはいいな
なんか知らんがいいな
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