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『史上最大の侵略2』 作者: ナレン・フライハイト
「ふんっ! せいやっ!」
冥界にそびえ立つ屋敷、白玉楼。二百由旬あると言われているその広大な敷地の一角で、静けさを裂く
ように一心不乱に刀を振る少女が一人。
西行寺家の専属庭師二代目兼剣術指南役、魂魄妖夢である。
「ふっ! はぁっ!」
楼観剣がその白刃を煌めかせながら空を斬る。妖夢は一つの思いを胸に、その長刀を振り続ける。
未熟な腕を鍛え上げ、早く一人前の剣士となるため。
その愚直に刀を振り続ける姿は、彼女の真面目さをそのまま表していた。
「ふんっ! でいっ!」
「あら、今日もせいが出るわねぇ」
そんな妖夢の背後にひょっこりと現れたのは、白玉楼の亡霊姫、西行寺幽々子である。
「ゆ、幽々子様!? こ、これは見苦しいところを……」
鍛錬に集中していた妖夢は、突如声をかけられたためにため必要以上に慌てふためいてしまう。そんな妖夢の様子が幽々子には、実に面白くてたまらなかった。
「ふふふ。妖夢、鍛錬に集中するのはいいことだけれど、そのせいで周りへの注意が散漫になってるわよ? 私だからよかったものの、もし侵入者だったとしたらどうなっていたかしらね?」
「う、ううう……返す言葉もありません……」
幽々子の言葉が胸に刺さったらしく、妖夢はがっくりと肩を落とした。半霊もおなじようにだらんと頭を垂らしている。
「ま、ほどほどに頑張りなさい。一つのことばかり見ていると、周りが見えなくなるものよ。よく覚えておきなさいよ」
そう言い残して幽々子は去っていった。暗に「もう少し余裕を持ちなさい」という意を込めて。最後に忠告を残すあたり、なんだかんだで妖夢のことを思っているのだろう。
しかしながら当の妖夢はと言うと、未だに沈んだ気分を持ち直すことができていなかった。
どうして私はこうもダメなんだろうか。剣術指南役の役目を受け継いでからしばらくたつと言うのに、いつまでたっても半人前のまま。一向に役目を果たせていない。幽々子様に剣術を指南するどころか、指南されてしまっているではないか。
そんな後ろ向きな考えはさらに後ろ向きな考えを呼び、より彼女を深みへと陥らせる。真面目すぎるのは考えものかもしれない。
「……って、駄目だ駄目だ駄目だ!」
このままではいけないと思ったのか、妖夢は自分の頬を何度もピシャリと叩くと、鋭い目付きで再び楼観剣を握り直した。
「とにかく修行あるのみ! 私にできることはそれしかないんだ!」
再び妖夢は刀を振り始めた。「今度は誰かが近づいてきても分かるようにしないとね!」と言っているあたり、幽々子の言いたいことは残念ながら伝わってないようである。
*****
「ふん! でいやっ!」
それから二週間ほどたったある日。風の強いこの日も、妖夢はひたすらに刀を振り続けていた。彼女にとっては欠かせない日課である。何も知らぬ者が見れば、なんの迷いもなく鍛錬に打ち込んでいるように見えるだろう。
「はっ! せいっ!」
しかし実際には、妖夢は悩んでいた。剣術の上達が、まるで感じられないからである。技術の上昇などそうそう目に見えてくるものではないのだが、はやく一人前の剣士となりたいという気持ちだけが先走り、彼女に迷いを与えていた。
それが影響して、素振りも雑なものになってしまう。そんな鍛錬が身につくはずもなく、妖夢はさらに悩み、それがそのまま刀へと伝わる。負の連鎖である。
「ふんっ! ……はぁ。駄目だな、今日は」
妖夢はあまりの鍛錬へ身が入らないために、刀を鞘へと収め、そっと近くの岩へと腰をおろした。
このところ、ずっと駄目になってきてしまっている。全然剣の腕が上がらない。こんな風にくよくよしてる暇なんてないと分かっているはずなのに、それでも、どうしても鍛錬に身が入らない。一体私はどうしてしまったというんだろうか。
暗い表情で地面を見ながら、妖夢は悶々とする。いっそのこと悩みなど忘れ一心不乱に刀を振れればいいのだが、それができず、すっぱりと割り切れないところが彼女が半人前たる所以なのだろう。
「……屋敷に戻ろう」
結局答えを出すことが出来なかった妖夢は、頼りない足取りで白玉楼へと戻っていく。白玉楼へと戻ると、幽々子が縁側でまんじゅうを美味しそうに頬張っていたところだった。
「うーんおいしー!」
幽々子は成仏してしまいそうなほど幸せそうな顔をしていた。そんな幽々子を見ていると、妖夢も鬱屈とした気分から開放され、少しばかり幸せな気分へとなっていく。
「あら、妖夢ちょうどいいところにきてくれたわね。お茶が欲しいの、淹れてくれる?」
「……はい! おまかせを!」
力強く返事をした妖夢は、急いで台所へと向かいとお湯を沸かしお茶を淹れると、お盆に湯のみと急須を載せ早足で幽々子の待つ縁側へと向かった。
「幽々子様、お茶をお持ちしまし……」
襖を開き幽々子の元へとお盆を運ぼうとしたとき、妖夢の体は突如前のめりに倒れ始めた。早く届けようと足元を見ていなかったためか、座卓の支柱に足を引っ掛けてしまったのである。
このままでは沸かしたばかりのお茶が幽々子にかかってしまう。
妖夢は転びながらもその光景を頭に浮かべ、思わず瞼をぎゅっと閉じてしまった。
しかし不思議なことに、すぐに聞こえてくるはずであろう幽々子の悲鳴も、体を打ち付ける痛みもやって来ることはなかった。むしろ、今妖夢が感じているのは、自分を抱える人の腕の柔らかさ。
恐る恐る目を開けると、お盆に乗った急須と湯のみは何事もなかったかのように座卓の上に置かれており、妖夢の体は綺麗な細腕に抱えられていた。
その腕の持ち主の顔を見上げると、それは彼女もよく見知った人物であった。紅魔館の瀟洒なメイド、十六夜咲夜である。
「まったく、何を慌てているのかしら? あなたは」
咲夜は妖夢をゆるやかに下ろしながら呆れた表情で言った。
「ありがとうねぇ咲夜。このままじゃ大変なことになってたわぁ」
「いえ、そのようなことになっていれば私としましても、お嬢様から命ぜられた用事を果たしづらくなっていましたから」
咲夜は幽々子に向かって微笑みながら答えた。一方の妖夢はというと、先ほどとは打って変わって、どんよりとした表情を浮かべている。
幽々子にもう少しで粗相を働いてしまうところであったのもそうだが、それ以上に己が惨めで仕方なかったのだ。
同じ従者という立場でありながら、目の前の咲夜が挙動、言葉の一つ一つが実に完璧であるのに対し、自分はお茶くみ一つすらまともにできない。
咲夜を目の前にすることで、妖夢はそんな負の感情に囚われてしまう。
「ええ……それでお嬢様が……」
「あらまぁ……それは……ねぇ……」
幽々子と咲夜の談笑も妖夢の耳には入ってこない。それほどまでの自己嫌悪。
朝からびゅうびゅうと吹いている強い風が、身を切り刻んでいるように妖夢は感じた。
「……夢……妖夢?」
「は、はい!?」
いつの間にか幽々子が妖夢の顔を覗き込んでいた。咲夜も心配そうな顔で妖夢を見つめている。
さすがの妖夢も自分を心配する二人の態度には気づき、驚倒とした声で幽々子に答えた。
「どうしたの? さっきからだまっちゃって」
「い、いえ! なんでもありません……ちょっとぼうっとしていただけです」
その場は心配させないようにと慌てて答えて受け流した妖夢であったが、結局、咲夜が帰るまで妖夢の胸の中にうずまく暗い感情が晴れることはなかった。
*****
「博麗神社に……ですか?」
さらに一週間後のことである。その日は、非常に濃い曇り空の日だった。幽々子を始めとした幻想郷の賢者たちが、八雲紫によって博麗神社に呼ばれていた。
「ええ……なんだか、随分と真剣な様子だったわ。紫があんな顔をしてるってことは、本当になにか大変なことが起きたんでしょうね」
幽々子の表情からも、普段ののほほんとした雰囲気は微塵も感じ取られない。
その鋭い双眸は、西行寺幽々子という幽霊を上辺だけで知っている者は想像することすらかなわないだろう。
「そういう訳だから、白玉楼のことお願いね、妖夢」
「は……はい! お任せ下さい!」
妖夢はビシッと背筋を伸ばしながら力強く答えた。そんな妖夢に、幽々子は先程までの険しい表情を崩し、穏やかな笑みを浮かべながらそっと肩に手を置いた。
「……信頼、してるわよ」
そう言い残すと幽々子は博麗神社へと向かっていった。
幽々子が去ったあと、妖夢は誰もいない座間で、幽々子が手を置いた位置に静かに自分の手を重ねあわせ、そっと目を瞑る。
「……」
『……信頼、してるわよ』
その幽々子の一言が、今の彼女にとって、非常に重くのしかかっていた。
今の私に、幽々子様の期待に答えるほどの力があるだろうか? 正直なところ、自信はない。このところ、私はてんで駄目になっている。毎日の鍛錬にも身が入らず、ただ惰性的に行っているだけだ。これで剣術指南役とは、呆れて笑いも出てこない。
とはいえ、幽々子より任された警護の任を放棄するわけにもいかず、妖夢は重い足取りで屋敷に使えている他の幽霊たちと共に、白玉楼の中を巡回しはじめた。
異変が起きたのはそれからすぐのことであった。
白玉楼から幻想郷へと伸びている階段に、異様な強さを持った侵入者が現れたという知らせを受けたのだ。実のところ、妖夢は本当に曲者が現れるとは思っていなかったために必要以上に驚いてしまうのだが、すぐさま冷静さを取り戻し、階段へと急いで飛んだ。
階段へと近づくほど、妖夢は言葉で説明できないような、異様な空気を感じ始めた。それは、まるで肌にねっとりと絡みつくようで、異様に冷たく、重たかった。
普段体感しているような、幽霊たちの冷たさとは違う。死者たちの冷たさは生がまったく感じられないが、今あたりを包み込んでいる冷たさは、なぜか生というものをありありと感じることができた。それが、妖夢には不気味でならなかった。
そして、もっともその不快な空気が濃いところで、彼女は妖夢を待ち構えるかのように空の上で立っていた。
「……さく、や……?」
妖夢は驚きを隠せなかった。侵入者が咲夜であるということもそうだが、それ以上に、闇夜のように黒いメイド服、死人のように白い肌、それに映える紅い瞳と、容姿と雰囲気がまるで別人のようであるからであった。
太歳星君の力を取り戻した紅美鈴によるものであるが、妖夢がそれを知るわけもない。
「ええそうよ妖夢」
咲夜が口を開く。その声色は非常に冷たい。
妖夢はなんとか動揺を気取られないようにと、語気を強めて話し始める。
「……随分とまた変わった格好ね。一体白玉楼に何のようかしら? お使い……にしては随分と荒っぽいけど」
「あなたに話すほどの事ではないわ」
「そう……でも、狼藉者をそのまま通すわけにはいかないわ!」
「そうこなくては面白くありませんわ。言っておきますけど、私は弾幕ごっこなんてする気はないわよ? 正真正銘、互いの実力をぶつけた殺し合いになるでしょうね。あなたにはその覚悟があるかしら? 半人前さん」
「……な、舐めるな!」
妖夢は素早く咲夜へと接近し、胴を断つつもりで刀を振るう。しかし、刀が断ったのはなにもない空。
その瞬間、とっさに妖夢は後ろを向き刀を奮った。
同時にキン、という金属音と共に、二本のナイフがはじかれる。ナイフの飛んできた先には、不敵な笑みを浮かべた咲夜がいた。
「ふふ、さすがにこの程度ではやられないようね」
「……この……!」
咲夜の小馬鹿にしたような態度に妖夢はイラつきを覚える。
まるで余裕のない私に、いかに自分は余裕があるのかを見せつけられているようだ、と妖夢は思った。
妖夢は楼観剣と共に白楼剣を抜き構える。
「結跏趺斬!」
剣気を飛ばす、妖夢にとっては数少ない直接射撃の技。十字の緑色の剣気が咲夜めがけ飛んでいく。
咲夜はそれを時間を止めることなく上方に飛び回避した。再び放たれる数本のナイフ。妖夢はそれをかいくぐり、再び咲夜の元へと近づく。息をつく暇も与えない妖夢の速さに、咲夜は回避ではなくナイフの斬撃による迎撃を行った。
しかしその斬撃は、白楼剣によって防がれることとなる。
「……あら」
「炯眼剣!」
楼観剣の一閃が咲夜を捉える。白楼剣により受け止め、楼観剣で切り払う、妖夢の返し技。妖夢の剣技の中でも屈指の威力を誇る技である。
さすがの咲夜もこの技を喰らって無事なわけがない――はずだった。
「……ふふ、残念だったわね」
「……なっ!?」
咲夜は、まるで何事もなかったかのように笑っている。妖夢が斬った後も、服の切れ目だけを残し綺麗サッパリ消えてなくなっていた。
さらに妖夢に混乱する暇を与えないかのように、妖夢の背後から突如ナイフが飛んできて、妖夢の背中を貫いた。
「ぐっ……!」
「あらあら、油断してるから」
「一体……どういう術を……」
「勘違いしないでくださる? これは小手先の術でもなんでもない。太歳星君――美鈴様によって力を与えられた私の、ほんのささやかな頑丈さと、自然治癒力というだけだから」
「太歳星君……美鈴……?」
聞きなれぬ名と聞きなれた名を同時に聞き、妖夢はますます状況がつかめなくなる。
ただ、今自分が相手にしている相手が、かつての十六夜咲夜とはもはや別の存在というのは理解した。
「あ、でも今のナイフは別かしらね。今の私は、時を止めることなんてせずに、ナイフをある程度自由に操ることができるのよ。あなたを貫いたのは、さっき私が投げたナイフということ」
咲夜は手の上で軽くナイフを投げると、そのナイフが彼女の腕の周りをくるくると回り始めた。
妖夢はそれを見ながらも、背中に突き刺さったナイフを投げ捨てる。
「くっ……! はぁ……はぁ……そんな簡単に自分の手の内をさらしていいのかしら? お約束の負けパターンが成立しちゃうんじゃない?」
「大丈夫よ。だって、私のほうが圧倒的に強いのですもの」
「……ぬかせっ!」
それからというもの、戦いは一方的であった。時止めによってあちらこちらと様々な場所へ現れる咲夜を妖夢は捉えることができず、咲夜が投げる、奇天烈な軌道のナイフを弾くことしかできない。
運良く咲夜を捉えることができても、咲夜の治癒能力は妖夢の刃で与える傷の深さよりも上回っているのだ。
圧倒的不利な戦い。しかしながら、妖夢の心内に浮かぶ想いは、そんな戦いの場とは非常に不釣合いなものであった。
「はぁ……はぁ……ふふ」
息を切らしながらも、妖夢は突如笑みを浮かべる。咲夜はそんな妖夢を不信に思い、つい足をとめてしまう。
「……どうしたの? あまりに絶望的な状況に気でも狂った?」
「いいえ……違うの……なんだか、楽しいのよ。この状況がね」
そう、妖夢の心に抱いた思い、それは、愉悦だった。
「全力で剣を振るうこの瞬間が……楽しくて仕方ない……! 今までくだらないことで悩んでいたのがバカみたいだわ……」
妖夢の顔に浮かぶ笑顔。それは荒々しかったが、これまで彼女がみせたことがないほどの、喜びに満ちた顔であった。
「あなたのおかげで一つ思い出したたことがあるわ」
「……ふぅん、何かしらね?」
「何かすっきりしない時は取り敢えず斬ってみる事ね!」
妖夢の動きがまるで別人のように素早く、そして力強くなる。
咲夜はナイフを様々な方向から襲いかからせるも、妖夢はそれをすべて捌き、咲夜の元へとせまる。
咲夜はすかさず時を止め移動するも、あっという間に距離を詰められてしまい、太刀を浴びせられた。
「くっ……!」
「はあっ! せいっ!」
連続で浴びせられる斬撃。さすがの咲夜の治癒能力も立て続けに斬りつけられてしまえば追いつかない。
「やるわね……」
「まだまだ! 喰らえッ! 『断迷剣「迷津慈航斬」』!!」
断迷剣「迷津慈航斬」。
楼観剣に大量の妖力をつぎ込むことによってつくりだされた巨大な刀身によって前方を薙ぎ払うスペルである。
その威力に、咲夜は数十本のナイフと何重にも重ねた空間のバリアをもっても勢いを殺しきれることが出来ず、大きく吹き飛ばされてしまう。
「ああっ……!?」
無防備な姿を晒す咲夜。それを今の妖夢が逃すはずもなかった。
「すべてを断ち切れっ! 『人鬼「未来永劫斬」』!!」
瞬時に間を詰めた踏み込み斬りで咲夜は高々と舞い上がる。そして、落ちてきた咲夜を妖夢の目にも留まらぬ連続追撃が襲い、空中へと縫い付けた。
何十、何百という斬撃が咲夜に浴びせられる。そして妖夢は、最後に空中に高々と上がると、大きく楼観剣を振りかぶった。
「とどめだっぁ!!」
そしてそのまま、咲夜を勢い良く斬りつけ、地面へとたたきつける。
そのまま落ちていった咲夜は、轟音と共に大きな土煙を上げた。
「ぜぇ……ぜぇ……か、勝った……」
全ての力を使い尽くした妖夢は、肩で息をしながらも、勝利を確信した。
もしこの戦いを見届けた第三者がいたとしたも、きっと妖夢の勝利を信じて疑わないだろう。
しかし――
「あ……あああっ……!!」
「……な、何ですって……!?」
咲夜は生きていた。体中に深い刀傷を負い、腕も足も、最後に妖夢に切られた胴も、皮一枚でつながってるような状態でありながら咲夜は立ち上がった。
それも、口が裂けるほどの笑みを浮かべながら。
「まったく……舐めていましたわぁ妖夢……なかなかやるではありませんの……ここまでしてくれたお礼に……私も敬意を払わなくてはいけないわねぇ……くすくす」
咲夜は使い物にならない腕の代わりに、頭を大きく下げ、口で懐からスペルカードを取り出す。
「ま、まずいっ……!」
妖夢は急ぐも、咲夜とはかなり距離があった。未来永劫斬で高く舞い上げた高度が、逆に仇となったのだ。
必死に止めようとする妖夢をあざ笑うかのように、咲夜は笑みを絶やさず、ゆっくりと口からスペルカードを落とした。
「――さあ行きましょう『咲夜の世界』へ」
途端、咲夜以外の全てが静止した。
周囲の時間を完全に停止させるスペル『咲夜の世界』。周りが完全に動きをなくした世界で、咲夜はゆっくりと自分の体を回復させる。
「ああっ……んっ……んん……」
艶のある声を出しながら咲夜はどんどんと体の傷を埋めていった。そしてとうとう、その全ての傷を癒してしまう。
完全に回復した咲夜は、徐々に妖夢との距離を詰めてゆく。そして再びスペルを取り出し、妖夢の目の前で宣言した。
「幻葬『夜霧の幻影殺人鬼』」
数多のナイフが妖夢へと襲いかかる。しかし、時の止まった咲夜の世界では突き刺さるまであと僅かというところで、その動きを止める。
「そして時は動き出す」
咲夜のその言葉どおり、静止していた時は動き出した。
「あああああああああああああああっっ!!」
妖夢の悲鳴が響き渡る。針のむしろならぬナイフのむしろと化した妖夢は、力なく階段へと落ちていった。
ドサッ、と音と共に妖夢は階段を転げ落ち、咲夜が落ちた部分に横たわる。咲夜は妖夢の直ぐ側へと降り立った。
「はぁ……はぁ……」
妖夢は辛うじて息をしているが、ほぼその生命の灯火は消えかけていた。
「よくやったわ、咲夜」
何もないはずの咲夜の背後から声がした。すると、突如空間が歪み、黒い霧に包まれたかと思うと、黒いチャイナ服を着て、髑髏の首飾りを掛けた官能的な女性が現れた。
太歳星君、紅美鈴である。
「ありがとうございます美鈴様」
「さて、それじゃあさっそくあなたがこんなにしたこの子とお話しようかしら」
美鈴は虚ろな瞳で天を仰ぐ妖夢を覗き込むと、耳元で囁き始めた。
「残念だったわねぇ。あんなに頑張ったのに」
「う……ああ……」
「それもこれも、あなたが半人前だから」
「半人……前……?」
妖夢がかすれた声で美鈴の囁きに反応する
「そう。あなたがもし白玉楼の剣術指南役としてふさわしい人物だったならば、咲夜を倒せていたでしょうね。でもあなたは半人前、剣術どころか、庭師、いえ使用人としても未熟」
「わたしは……」
「西行寺幽々子もきっと心の中ではあなたのことなんて信用してないわよ?」
「そんなこと……ない……!」
妖夢は弱々しくも美鈴を怒りの満ちた目で睨む。しかし美鈴は、逆に不思議そうな顔を浮かべ妖夢に話し続けた。
「あら、それじゃあ今まであなたは幽々子に剣術指南を頼まれたことがあるのかしら?」
「そ……それは……」
「ないでしょう? むしろ、いままであなたのほうが彼女に何らかの道を示されることが多かったんじゃない?」
「……うう……」
美鈴の言葉ひとつひとつが妖夢の心の弱みに入り込んでゆく。先ほどまでの妖夢ならば反論もできただろうが、心身共に徹底的に打ち負かされてしまった現状現状では、それも無理な話である。
「指南するはずのあなたが、逆に指南される。これはとんだ茶番ねぇ。くすくす……」
「……」
「幽々子も嘆いているでしょうねぇ。あなたみたいのを残して、魂魄妖忌が去ってしまったんだもの。本当にかわいそう」
「私だって……じゃない……」
「え? なんですって?」
「私だって……好きで残ったんじゃない!」
妖夢が消え入りそうな声で叫んだ。その瞳には涙が溜まっている。
「私だって……もっとおじい様にいろいろと教えて欲しかった……なのに、なのに急に消えてしまって……私は何もかもが未熟なまま私は残されて……幽々子様のお力に何一つなれず今日まできて……それでこの体たらく……私は、私は無力だ……!! ううう……うわあああ……!」
妖夢は声を上げて泣いた。
咲夜に負けたことや、この数週間の悩みだけではない。妖忌が姿を消してからのあらゆる苦悩、不満、悲痛が一気に彼女の心を飲み込んでいた。
今泣いているのは西行寺家の剣術指南役としてでもなく、庭師としてでもなく、ただ見た目通りの、いたいけな少女としてであった。
「そう……大変だったのね。可哀想、とても……」
「え……?」
妖夢は美鈴の言葉にあっけにとられる。美鈴の言葉が、その表情が、まるで自分を思いやってくれているかのようであったからだ。
「全てを理解できるとは言わない……でも、あなたが今まで感じてきたつらい思いを、わかろうとすることはできる」
そう言いながら美鈴は、妖力を使い、痛みを感じないように妖夢の体からナイフを抜いていった。
「ねぇ、もしよければなんだけど……あなたがいままで感じていた苦痛を……私で埋めさせてもらえないかしら?」
「どういう、こと……?」
美鈴は妖夢の頬に自分の頬をやさしくこすり合わせ始める。
妖夢は、その行為に今まで感じたことのないような温もりを感じていた。
「私なら、あなたの師になってあげることができる。あなたの望む、力を与えてあげることができる。あなたの欲する、どんな温もりをも与えることができる。あなたはもう、二度と悩み苦しむ必要なんてなくなるの……」
それはとても甘美な誘い。
「本当に……? もう私は、悩まなくていいの?」
苦しみから逃げ出すことの出来る、卑怯な誘い。
「ええ、あなたは永遠に、悩むことなんてない。ずっとずっと、満たされて生きるの」
その誘いを断る力は、今の彼女には、ない。
「……そう、だったら、私を満たして。お願い。私に……私に力を……」
「ええ、もちろん」
そう答えた美鈴の顔は、非常にやさしい笑顔をしていた。
その瞬間、妖夢の体は地面から現れた黒い粘液に包まれた。まるで生き物の鼓動のように波打つその液体は、妖夢の体を舐め回すかのように動いている。
やがてその液体はだんだんと妖夢の体から離れていく。液体は一つにまとまってゆき、最終的に一匹のナマズへと姿を変えた。
ゆっくりと妖夢が立ち上がる。ショートカットだった髪の毛はセミロングといえるほどに伸びている。
服は胸元の露出の多い深緑色のハイネックのノースリーブ、スカートは黒で下着が見えそうでみえないほどの短さになっている。真面目だったころの彼女からは考えられない服装だった。
そして咲夜と同じく、肌は死人のように白く、目は血のような紅色をしていた。
「おはよう妖夢」
「おはようございます美鈴様」
妖夢は深々と美鈴に頭を下げた。その表情はこれまた今までの彼女らしくない、不敵なものであった。
「おはよう咲夜」
「おはよう。どう、美鈴様のお力によって生まれ変わった気分は?」
「ええ、とても素晴らしいわ。これほどまでに清々しい気分は体験したことがない。力も満ち溢れてくるようだわ。なんて……なんていい気分なのかしら……うふ、ふふふふふ」
妖夢は両手を広げどこかの厄神のようにクルクルと回り始めた。美鈴はそれを満足そうに見つめている。
「ねぇ妖夢、さっそくで悪いのだけれど、一つお願いを聞いてくれないかしら?」
美鈴がそう言うと、妖夢はピタリと止まり、誇らしげに胸に手を置いて答えた。
「ええ、なんでもお申し付けください。私は美鈴様の忠実な下僕と化したのです。どんな命令でも成し遂げてみせましょう」
その表情は、妖夢がこれまで浮かべたことのないほど自信に満ちた表情だった。
*****
幽々子は白玉楼を駆け回っていた。
紫から聞かされた話は、美鈴が太歳星君というおぞましい邪神として蘇ったこと。おそらく、幻想郷史上最大の侵略が行われるであろうこと。力をあわせ、太歳星君に立ち向かって行こうということであった。
その話を聞き白玉楼に戻ると、屋敷が無残に荒らされていたのだ。その惨状にことの重大さを知った幽々子は、同時に妖夢の姿が見当たらないことに気づいた。
もしや妖夢の身に何かが。
そう思うと居ても立ってもいられなくなった。幽々子にとって、妖夢はその役目以上に、かけがえのない存在なのだから。
「妖夢ー! どこなのー! いるなら返事をしてー!」
今や幽々子の頭は妖夢のことでいっぱいであった。普段のほほんとしているのが嘘のように必死で駆け回った。それでも妖夢は見つからない。幽々子の不安は、次第に大きくなっていった。
その時である。
「幽々子様……」
「妖夢!? 妖夢なのね!?」
妖夢の声を聞いた幽々子は。まるで子供のような笑顔を浮かべながら喜びの声を上げると、左に右にとせわしなく首を振り始めた。。
「どこ!? どこにいるの!?」
「ここですよ」
刹那、幽々子は背後から妖夢に突き飛ばされ地面に転げる。そして幽々子を突き飛ばした妖夢は、仰向けになっている幽々子の上に馬乗りとなって、手首を掴み押さえた。
「よ、妖夢……なの?」
「ええそうですよ幽々子様」
妖夢はニヤリと意地の悪い笑みを見せた。
幽々子は最初妖夢の変わり果てた姿をみて狼狽していたものの、すぐさま状況を飲み込んだ。
「ああ、まさか、そんな……妖夢……あなた……」
「どうしたんですか幽々子様? 私の姿に、何か問題でも?」
目上の人物を小馬鹿にするような態度。幽々子はそんな妖夢らしくない姿に、幽々子はただただ絶望感にさいなまれるだけであった。
「どうです幽々子様、素晴らしいでしょう? 私は美鈴様に力を与えて頂きました。そのおかげで、今の私は完璧です。半人前なんかじゃありません。くすくす」
「だめよ妖夢、あなたは分かってないわ……あなたは美鈴によって操られてるだけなの! お願い、帰ってきて妖夢……」
幽々子は涙を浮かべながら懇願する。しかし妖夢は、ケラケラと嫌な笑い方で笑うだけであった。
「元も何も、これが本当の私ですよ。分かってないのはどっちですかねぇ? ……ま、幽々子様にもこれから味わってもらうんですから、嫌でも分かるでしょうけどね。くすくす」
「え……あ、味わう……?」
「ええ、美鈴様からのご命令ですね。それにこの最高な気分、幽々子様にも感じて欲しいんですよ」
するといつの間にか、幽々子の顔のそばに黒い粘液状の物体が現れる。それは、だんだんと形をなしてゆき、細い触手へと姿を変えた。
その禍々しい姿に、今まで感じたことのないほどの恐怖を感じた幽々子は、必死に妖夢の拘束を解こうとする。しかし、美鈴の力によって力を得た妖夢の拘束を解くことなど出来るはずもなかった。
「お願い妖夢こんなことやめて! 元の優しく真面目なあなたに戻ってよぉ……!」
「大丈夫ですよ幽々子様、あっという間です。すぐに気持ちよくなれますからね……」
妖夢がそう言うと、触手は幽々子の耳の中へと勢い良く入っていった。
「いぎいいいいいいいいいいい!!!?」
何これぇぇぇぇぇ!? 頭の中がひっかきまわされてるみたいぃぃ!! ぎもぢわるい、ぎもじわるいよおお!!
「あが、がががががががが!!」
「うーん、幽々子様かわいい」
妖夢は涙を流しながら苦悶の表情を浮かべる幽々子を見て、素直にそう言った。
もう彼女に元のらしさなど微塵も残ってなどいない。
触手による苦痛がしばらく続くかと思われたが、その苦痛はだんだんと形を変えていくこととなる。
「あああ……なにこれ……なにこれぇ……」
なんだか……だんだんきもちよくなってきたよ……だめ……落ちては駄目……でも……気持ちいい……。
先程までの苦痛に満ちた表情はどこへやら、今の幽々子の顔は、トロンと快楽によって溶けていた。
「ああ……あああ……」
「ふふ……なんていい表情なのかしら……こんな幽々子様みてたら、濡れてきちゃうじゃないの……」
妖夢は性的快感を感じながらも、決して幽々子の拘束を緩めることはなかった。
とうの幽々子は、どんどんと快楽の海に溺れてゆき、まともな思考すら失いつつあった。
ああ……いい……これ……きもちいい……まるでうみのなかをぷかぷかただよってるみたい……ああ……きもちいいよお……。
「ふふ……そろそろかしらね」
そう言うと妖夢は、幽々子に強い口調で話し始めた。
「ねぇ幽々子様、今気持ちいいですか?」
「うん……きもちいい……」
ふぬけきった声でよだれを垂らしながら幽々子は答えた。
「ずっと続いて欲しいですか?」
「うん……きもちいいの……ずっと……」
「だったら、美鈴様に忠誠を誓ってください。そうすれば、無限の快楽を得られますよ?」
「無限……うん、誓うよ……美鈴様に……忠誠を……誓います……」
幽々子がそう言った瞬間、幽々子の体を黒い渦が覆った。妖夢はそれを歪な笑みを漂わせながら見つめている。
そして黒い渦が消えると、新しく生まれ変わった幽々子が姿を現す。
水色の和服と帽子は真っ黒に染まり、毒々しい色の蝶の柄が特徴的となった。
髪は腰まで伸び、肌の色と目の色は例にもれず白と紅であった。
「妖夢……」
美鈴の力に侵された幽々子が静かに口を開く。
「なんですか、幽々子様」
「ありがとう……」
幽々子は妖夢とは違い、以前とはまったく変わらない柔和な笑みを浮かべていった。
「なんて素晴らしい力なのかしら……手に入れてからわかったわ……拒否してた自分が馬鹿みたい……」
「いいえ、わかってくれればいいんですよ」
「これも妖夢のおかげよ。妖夢が私を導いてくれたから……」
「いえ、私はただ、愛しい幽々子様のためを思ってしたことです。礼には及びません」
二人は暫くの間見つめ合う。まるで恋人同士かのように。
沈黙を破ったのは、妖夢からであった。
「ねぇ幽々子様……」
「なあに……?」
「愛しています……だから……しましょう?」
「……うん……妖夢なら、いいよ……」
妖夢の唇がゆっくりと幽々子と重なりあう。そしてすぐさま、互いに舌を絡ませあった、濃厚なディープキスへと変わっていく。
「んっ……あん……んはっ……」
「んんん……あむ……はぁ……」
二人はいつしか抱きあい、絡みつく。
衣服を互いに脱がしあい、胸を潰し合い、秘部を擦れあわせる。
妖夢のか細い腕が幽々子の背中を優しくさすり、幽々子のはかなげな腕が妖夢をそっと包み込む。
「あっ……んん……!! 幽々子様……幽々子様……!」
「ひんっ……! 妖夢……妖夢……!」
静かな夜の帳の中、響きあうのは二人の声と、くちゅくちゅという秘部をこすれあわせる音だけ。
二人は、朝が来るまで、濃厚に、そして純粋に愛しあった。
こうして、白玉楼は太歳星君、紅美鈴の手に落ちた。
名前変えました、特に意味はありません
Q.なんで今さらながらに続編?
A.ルルイエから電波飛んできたから
これからも不定期に続けられたらいいなーとか思ってる
どうでもいいけど深層心理説があるセブン上司はやっぱり存在すると思うんだ
だって怪獣図鑑的な本に乗ってたの昔読んだんだもん!!
ナレン・フライハイト
作品情報
作品集:
28
投稿日時:
2011/08/14 03:08:52
更新日時:
2011/08/14 12:08:52
分類
魂魄妖夢
西行寺幽々子
十六夜咲夜
紅美鈴
悪堕ち
まさかの続編
名前変えました
セブンとセブン上司は出てこない
東方の新作がトリガーとなりましたか、大作が遂にシリーズとして動き始めたか!?
こりゃ、毎日が楽しみだ!!
侵略は、忘れた頃にやってくる。
大作の続きもまた然り。
人の弱さを理解する。
人の情を感じ取る。
さすが太歳星君、獲物の急所をご存知で。
人が誰しも持っている性感帯をちょいと愛撫してやりゃあら不思議、
自分に忠誠を誓う、可愛い手駒となったじゃありませんか。
史上最大と銘打つだけあって、多数の有力キャラが堕ちそうな予感。
でもね、大規模になればなるだけ、小回りが利かなくなるのですよ。
隙を突いて、悪堕ちキャラを今度は拾い上げて幻想郷陣営に戻しましょう。
東洋将棋の如くに。
セブン上司はセブンの上っ面の部分?
全てを投げ出してお家へ帰る為の甘え?
でも、セブンは最後までやり遂げましたよ。
何が言いたいかというと妖夢は東方一悪堕ちがに合う子かもしれない(次点、星君)
セブン上司はいるよ! コミック版ではセブンと見た目違ってたらしいし
ただまあ、創想・夜伽ではなく産廃に投稿するあたりバッドエンド確定なんだろうなあ・・・。
続編も期待してます