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『還る命』 作者: ただの屍

還る命

作品集: 28 投稿日時: 2011/08/20 21:56:33 更新日時: 2011/08/21 18:12:45
 妹紅は、永琳が蓬莱の薬による不老不死を打ち消す薬を完成させたという話と、輝夜がその薬を飲んだという二つの話を、永遠亭にて永琳の口から同時に聞かされた。
 永遠亭の一室、診察室のような内装の部屋の中で二人は回転椅子に腰かけている。永琳のそばには机があり、百ミリリットルの容積を持つ薬瓶が乗っている。二人は医者と患者が保つような距離を自然と保っている。その不自然な距離は、永琳に無駄な行動を、妹紅には沈黙を与えていた。

 それまで黙って話を聞いていた妹紅は遂にその沈黙を破る。「それを私に教えて一体どうするつもりなの」
 「私はどうするつもりもないのだけれど」永琳は腕を組み、椅子を右に回転させて机に向かい、ガラス製の蓋を持つガラス製の瓶を見つめる。「うん、まあ、事情があってね」永琳は両肘を机に置き、手を組む。それから顔を妹紅に向けた。「悪いようにはしないから安心して」
 「私に飲んでほしいの」妹紅は永琳に尋ねる。
 「えっと、まあ、そう思っている人も、もしかしたらいるのかもしれないけれど」永琳は視線を彷徨わせながら喋る。「私は説明するだけ」永琳は薬瓶を机の端、妹紅の方角へ寄せ、背もたれに寄りかかった。薬瓶の中で透明の液体が揺れ動く。「自分の意思で蓬莱人になったんだから、自分で決めなさい」
 妹紅の目が今までとは違う色をみせる。「それ、一体どういう薬なのか、どうやって作ったのか、純粋に興味があるなあ。不老不死の秘密をどうやって突きとめたんだ」
 自分の分野について聞かれたので、永琳は気を良くして自然な態度で話す。「一口に不老不死っていってもね、色々あるのよ。妖術や道術を施したり、死神を撃退したり、少女崇拝による奇跡だったり、という具合にね。蓬莱の薬も不老不死という幻想に至るための過程の一つに過ぎないの。だから、この薬」永琳は薬瓶を指差す。「この薬、姫の能力を借りて作ったから、私は“姫の薬”と呼んでいるのだけれど、姫の薬で元に戻せる不老不死は蓬莱の薬からなる不老不死だけ」
 「へえ、妖術とか道術とかの不老不死とは性質が違うんだ」
 「正確に言えばその他の不老不死には効くかどうか分からない。私の専門外だから。元に戻るかもしれないし、何ともないかもしれない。もしかしたら死ぬかもしれない」
 「毒にも薬にもなるかもしれないし、毒にも薬にもならないかもしれないということね」
 「要は立場ね。サリドマイドだって鏡の世界の住人にとっては鎮静剤なわけだし」
 「それじゃあ、この薬の本質って何」
 「例えを用いて説明してしまえば、老化と死の再来」
 「理論的に言うとどうなるんだ」
 「己の常識からかけ離れた物事を理解するためには例えが必要よ。日常的な“例え”がいい例ね。乱用は禁物だけど」
 「分かったわ。続けて、どうぞ」
 「人間の一生を川の全長に、人間を川に運ばれる浮草に例えたとする。あなたが不老不死になりたければ、どこをどう弄るかしら」
 妹紅は天井を見やり、指で顎を触りながら数秒考えた。「ああ、川底まで根を張ればいいんだ」
 「そういうこと。川の全長を無限に伸ばしても、浮草の位置をせっせと始点に戻しても、それは長寿であって不死ではない。浮草がやられたらそれでおしまい。浮草が長く若く美しく生き続けるためには立派な根を川底まで張り、身体を固定し、貪欲に栄養を摂取しなければならない。もしもそういうものになれたなら、葉がやられても再生し、川に流されることもなくなる。川を停滞させる必要もないので他人と同じ時の流れで経験を積むことができる」
 「成程、仕組みが分かってきた」
 「次はもう少し現実的に考えてみる。人間の一生を有限なものと考える。人間は時間という名の風に吹かれ、始点から終点まで己の一生を掛けて移動し、終着点で必ず死を迎えるものとする。この例えの下では突発的な事故死も運命として予め定まっているものであり、どのような人間も全て寿命を全うするものとみなされる。だから逆説的に言えば、死ななければ生きていられるということ。この例えにおいては、時の風に吹かれても立ち止まることができたなら、終点へ向かうことはなくなり、不老不死となる」
 「私達が一般人の肉体とあまりが変わりがないのはそういうことだったのかあ」
 「私達がいわゆる普通の人間と違っている部分は、立場だけなのよ。肉体は人間と変わらない、だから私達は死ぬ。しかし“死んだ”としてもそれは“肉体が滅びた”だけの話であり“真の死”ではない、だから蘇ることができる。その不老不死の立場を得るために必要なものが蓬莱の薬というわけ」
 「てことは、姫の薬は立場を元に戻す薬というわけか」
 「例えて言えばね。これについては例えを持ち出すまでもないでしょう」
 「ああ、何となくわかる」
 「これらを理論的に説明するとなると姫の能力と私の知識を完全に理解してもらう必要があるけどどうかしら」
 「やっぱ、パス。思ってたよりもずっと難題だったよ」
 そう言って妹紅は笑い、次なる疑問を口に出そうとする。「えーっと……」
 妹紅が永琳の呼び方を考えあぐねていると、永琳が助け舟を出す。「永琳、で構わないわ」
 「それじゃあ、永琳。永琳は姫の薬を飲んだの」永琳が姫の薬を飲んだとは聞いていない。永琳は輝夜に言われて姫の薬をただ作っただけなのかもしれないが、それでも作っていて何かしら思うところはあった筈だ、そういう意味の質問であった。
 「飲んでいない。飲んでも意味がないことが分かっているから」
 「どういうこと」妹紅は意外だという顔をする。
 「姫の能力にも限界はあったということよ。私の生きた時間は長過ぎて、姫でもどうにもならなかった」
 「戻りたい気持ちはあったの」
 「私の年齢に対する人間の平均寿命の割合程度には。長いこと不老不死をやってると、常識外れの様々な苦悩や恐怖と相対することになる。そういうときには普通の人間に憧れたりもしたわ」
 そう言ってから、永琳はいわゆる怪奇話というやつを幾つか話してやる。「というわけで、この世においては永遠に生きるという事が一番厄介で楽しいのよ」永琳はにやりと笑った。
 「そっちもそっちで色々あるんだな。でも、私はそろそろ普通の人間に戻ることにするよ。確かに不老不死は楽しかったが腹八分で止めておこう」
 何事もなかったかの如く、永琳は医者の態度を取りなおして机の上の薬瓶を妹紅に渡した。「ならこの薬を飲むといいわ。姫の薬と一緒に入っている上質の睡眠薬と微量の薬物が激痛や様々な副作用を忘れさせてくれるし、姫に飲ませたものと同じものだから安全は私が保障する」
 妹紅が薬瓶を受け取ると、永琳は壁の向こうを指差した。「そっちの部屋にベッドが用意してあるわ。数日は眠り続けることになるから、用事があるのならば済ませておきなさい」

 妹紅は永琳に指定された部屋に入ると、ベッドに腰掛け薬瓶を見つめた。あっという間に事が進んだなあ、と妹紅は思う。
 これで良かったのかな、とは思うが、これで良かったのだ、とも思う。妹紅はガラス蓋をゆっくりと外し二三度液面を揺らしてみてから、中身を飲み干した。
 飲んで数秒後、全身に痛みが現れるが、薬物が痛みを取り除いていく。間もなく妹紅は眠気を自覚する。
 妹紅はベッドに横たわり、元に戻ったらとにかく腹一杯に楽しむぞ、と誓う。この世においては生きるという事が一番素晴らしいのだから。生への期待で胸が一杯になった妹紅のために、お節介焼きの瞼が眠りを呼び掛ける。
 妹紅は笑顔で瞼を閉じる。そこにはもう、楽しげな未来が目の前一杯に広がっていた。
これ話したら早苗さんに小一時間程説教された;;
ただの屍
作品情報
作品集:
28
投稿日時:
2011/08/20 21:56:33
更新日時:
2011/08/21 18:12:45
分類
百物語とは関係のない馬鹿話
1. NutsIn先任曹長 ■2011/08/21 14:10:53
永遠は、地獄と同義語。
どんな素晴らしい事、楽しい事、辛い事、悲しい事も、
全てに意味を見出せなくなる。

彼女は、
命の無い、死なない屍から、
生を謳歌した、ただの屍に還ったのだった。
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