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『産廃百物語A『炎上する最後の楽園』 中編』 作者: 十三
つづき
―――
永遠亭へと続く竹林の入り口。
数匹のウサギを引き連れた鈴仙は、永遠亭へと馬を走らせていた人里の保安官と状況を確認し合っていた。
「診療所はすでに満杯で、廊下には怪我人が溢れ出ています。」
「そんなに酷いことに…。やはり、助手たちを連れてきて正解でした。」
人里の被害状況も時間が経つにつれ、より明白となっていった。
数件の家が倒壊し、何人もがその下敷きとなっていたのだ。その他にも倒れた石段の下敷きになった者、
風にあおられ、吹き飛ばされてしまった者…。それに伴った死者の数もまた多かった。
「では一足先に我々は人里に向かいましょう。」
「頼みました。」
鈴仙はウサギたちに合図を出し、一斉に空へと舞い上がった。それを追い、保安官も馬を走らせようとする。
そんな彼は、別の方向の空から見覚えのある人物たちがここを目指して飛んでくるのに気付いた。
「あれは…博麗殿か?」
彼の乗る馬が大きな鳴き声を上げる。
永遠亭を目指していた霊夢たちも保安官に気づき、急いて彼の元へと進路を変更した。
「あなたも永遠亭に!?」上空から霊夢が叫ぶ。
「ええ!しかし、鈴仙殿とその仲間たちがたった今人里へと向かいました!私もこれから里へ帰還するところです!」
「わかったわ!気を付けて!!」
里へ走り出そうとしていた保安官と永遠亭を目指す霊夢達は短い会話のあと、それぞれの目指す方向へと舵を取った。
「人里も大変なことになっているのね。」
「ええ。でも、まだまだこれからよ…。」
そう言いながら霊夢達は永遠亭の永琳の元へとスピードを上げる。
妖怪たちの容体が悪化し、全員が意識を失っていたからである。
永遠亭にはそれから十数分後に到着した。
待機していたてゐが病室へと案内し、三人はそこに意志を失った妖怪たちを寝かせた。
「ちょっと、その子は大丈夫なの?顔まで青くなってきてるけど。」
あまりにも悪いリグルの顔色を見た幽々子がそう言う。
「そう言えば…って…まさか!」
霊夢が慌てて、リグルの首に手を当てる。
「嘘でしょ!脈が無いじゃない!!」
廊下をドタドタと走る音が聞こえる。
開けっ放しの襖の前で急ブレーキを掛けた永琳が霊夢達の元へとやってきた。
手には様々な医療器具が入ったケースが握られている。
「患者の様子は!?」
肩を下ろす三人。それを見た永琳が、寝かされた妖怪たちの様子を伺い、すぐに診察を開始した。
「ダメよ…この子はもう死んでいるわ…。後の二人も危険な状態よ。」
「なんとか助けてやって。この異変の手がかりを握っている可能性があるの。」
霊夢はそう言って永琳を見た。永琳は小さく頷くと、三人に部屋から出るよう合図した。
襖は閉められ、数匹のウサギたちが中へと入っていく。これから慎重な作業が始めるのであろう。
「あとは永琳に任せましょう…。」
「そうね。霊夢はこのあとどうするの?見回りを続ける?」
「魔法の森に行ってみるわ。なにか見つかる気がするの。」
「一人で大丈夫?」
「当然でしょ。もう行くわ。」
そう言って飛び立つ霊夢。
幽々子と妖夢はお互いに顔を見合わせ、霊夢の後を追って空に飛びあがった。
「私たちも魔法の森に行くことにするわー。」
「待ってください霊夢さん!!」
―――
太陽が真上に上がり、魔法の森は真夏の日差しを受けてサンサンと輝いていた。
しかし、その太陽の恵みを受けようとする生き物たちに活気はなく、森の中には風によって揺れる木々の音だけが響いていた。
「なんだか静かねー。魔法の森ってこんなところだったかしら?」
「確かに…森の様子が変ですね。昨夜の嵐のせいでしょうか…。」
砂利道を歩く霊夢の後ろで、幽々子たちがそんなことを話している。
「森の様子は昨日の朝からちょっと変だったわ。…妖精に襲われるかもしれないから、一応気を付けなさいよ。」
三人は森の奥を目指して歩き続けた。その間、虫や動物の鳴き声も聞かなければ、飛び回る蝶や蜂を見ることも無かった。
だが、嵐によって押し倒された木々を回避し、泥で出来た小さな川を飛び越えた霊夢たちは、そこである生き物に遭遇する。
普段は気にも掛けないただの虫の様だったが、ふと気になった霊夢達はその虫を観察するため、静かにそこに足を進めた。
砂利道のすぐそばにある丸太の上にそれは居た。
きつね色の蛾のような昆虫である。それだけならどこにでもいるただの虫だが、こいつはとにかくでかかった。
「大きいわね。握り拳くらいあるわよー。」
「見たことのない虫だけど…まだ生き物は普通に居るってことね…。」
幽々子がその虫に指を差し出す。
「ちょっと、幽々子さま。何をする気ですか。」
「触ってみるの。」
霊夢と妖夢は中々大胆な行動に出ようとする幽々子の背から、注意深くそれを観察している。
「ちょん。」
幽々子がその虫を小さくつついた。
その瞬間、虫が大きく羽を広げ、顎を鳴らすようなゴロゴロという声を上げる。
羽を広げた虫は手を大きく開いた程の大きさになっていた。驚いた霊夢と妖夢が後ずさる。
「変な虫ね。」
「よく触れますね…幽々子さま…。」
すると今度は虫が大きく羽ばたき、空へと舞い上がった。突然のことに悲鳴を上げる妖夢と、それを追いかけよとする二人。
虫はユラユラと飛びながら、木々の間を潜り抜けていく。霊夢達も虫を見失わないように、森の中を進むと…。
「ちょ!これは何よ!!」
「わぁ…。」
目の前に広がる光景を見た霊夢と幽々子が思わず口を覆う。
その後から妖夢がやってきた。
「待ってくださいよ二人とも…って!!」
そこには小さな水溜まりがあった。恐らく大雨によってできあがったものだろう。
しかし、問題はそこに横たわる丸太にびっしりとくっついたきつね色の虫の大群だ。
一体何匹の虫がくっ付いているのであろうか…。おそらくその数は何百にもなるであろう。
不気味に羽を揺らしながら、虫たちはゴロゴロと不快な音をたて続けている。
そして、それと同時に臭う腐敗臭。気分を害するほどの強烈な腐臭に三人は思わず鼻を覆い、顔をしかめた。
「何かが死んでるのかしら。」
虫の群れに手をかざす霊夢。
「ちょっと…霊夢さん…なにをする気で…。」
妖夢がそう言った途端、高速で弾幕が発射された。狙いは、丸太、いや、謎の生き物の死体に群がる虫たちだ。
虫たちが一斉に飛び立つ。顔を覆ってしゃがみ込む妖夢と、結界を張って虫を退ける霊夢。
しばらくすると虫たちの姿はどこかへと消えてしまい、残ったのは腐敗臭を放つ謎の生き物の死体だけとなった。
「妖夢。もう大丈夫。」幽々子がそう言うと、恐る恐る、妖夢は顔に当てた腕をずらし始めた。
そこにあったのは三人が今までに一度も見たことのない生物の死体だった。
丸太のように長細く、太く短い脚が四つ出ている。顔は醜く歪み、大きな牙が口の中からはみ出している。
「なにかしらこれ…妖怪じゃなさそうね…。」
「動物の類でしょうけど…こんな物は見たことがないわ。妖夢は心当たりある?」
「いえ…。」
森は広い。今まで人目にさらされなかった生き物が何匹かいても全く不思議ではないのだが…。
「これ、何かの本で写真を見たけど。ワニみたいね。」
幽々子は死体を見ながらそう言った。
「日本には居ない動物らしいけど…。」
立ち尽くす霊夢たちの周囲でゴロゴロという虫たちの声が聞こえ始める。
その数は少しずつ増えていき、まるで蝉のように周りの木々から大合唱を始めている。
「離れましょうか。気分が悪くなって来たわ。」
霊夢はそう言って、口を覆ったまま歩き出した。
その頃から、森の彼方此方でゴロゴロという奇妙な鳴き声を聞くようになっていた。
再び奥へ進もうとした霊夢達は、再び足を止めて口を覆った。
「ちょっと!もっとでかいのが居るじゃない!!」
「ひい…!」
「わー。」
前方の木に先ほどの虫の何倍も大きな個体が止まっていたのだ。
「もう…帰りましょうよ…ここ、なんだか変ですよ…。」
半泣きの妖夢がそう言うと、さすがの霊夢も尻込みをしてしまったようで、汗を垂らしながらゆっくり頷いた。
「あら、あそこにもいるわ。」
「え。」
幽々子の指差す方向を同時に見つめる霊夢と妖夢。
そこにあるのは二人ともただの木だと思っていたようだが、どうやらそれは間違いだったらしい。
なんと一メートルほどの虫が縦に重なり合い、きつね色の細い木の様に見えていたのであった。
「きゃああ!」
思わず声を上げる妖夢。その瞬間折り重なっていた虫たちが一斉に羽を開いた。
「ゴロゴロゴロゴロゴロゴロ!!!」
ものすごい鳴き声が響き渡り、三人は口と一緒に耳も覆わなければならなくなった。
あまりの事態に、そのまま上空へと非難する霊夢達。眼下の森では未だに虫たちの大合唱が続いている。
「あんなもの初めて見たわ!!」
「心臓が止まるかと思いました…。」
時刻は午後の二時ごろ。霊夢は休憩のため、一度神社に戻ることを決めた。
「アンタたちも来る?」
「言われなくても付いていくわ。」
森は依然として不気味な鳴き声に包まれていた。
汗を拭きながら、霊夢達は博霊神社を目指して空を飛んだ。
―――
五人分の冷たい麦茶とせんべいが出された。
「すまんな。」
「いただくわ。」
「いただきます。」
幽々子はせんべいをおいしそうに頬張っている。
「で、なんでアンタたちまでここに居るのよ。」
ちゃっかりと、麦茶を味わう魔理沙とレミリア。
三人が魔法の森から戻ってきたとき、すでに神社で霊夢の帰りを待っていてのであった。
「まぁ、いいわ。とりあえず一服しましょう。」
霊夢も麦茶を喉に流し込み、三つに割ったせんべいを口へと入れた。
「まぁそれで、私がここに居る理由は、今起きていることを詳しく聞こうと思ったからなわけで。」
レミリアが霊夢を見て言う。
「なにかあったの?」
「ええ。妖精どもに家の玄関を滅茶滅茶にされたわ。」
「なるほど…あの付近は妖精がたくさんいるからね…咲夜は無事なの?」
「もちろん。いま掃除中。」
窓に吊られた風鈴が風を受けて風流な音を放っている。
「なぁ霊夢、情報を共有しあおうぜ。」
「珍しいわね。いつもは情報は奪い合うものなのに。」
「じゃあ今回も奪い合うか?」
「止すわ。」
「まぁ私の気づいたことを教えるわ。今回はみんなの協力が必要になりそうだしね。
みんな気づいてると思うけど、幻想郷の自然がおかしくなっている。これは妖精たちの異常行動を見れば、
誰だって予想がつくわよね。問題は、どうして自然がおかしくなったかよ。その要因は一体なんなのか。
おそらくそれも、あの宴会の夜から始めったのよ。」
「あの時入ってきた物の正体はつかめたのか?」
「…いいえさっぱり。でも今朝、魔法の森で二人の妖怪が襲われて大怪我をしていたわ。
話では正体のわからない『何か』に襲われたらしいの。私のカンは、その『何か』こそがあの時やってきた物
じゃないかと思うのよ。」
一同が首を傾げる。
「なるほど。じゃあ次は私が話すぜ。単刀直入に言うと、その『何か』を送り込んだのは幻想郷の外のやつだ。」
「確かなの?」
「アリスがそう言ってた。」
「ふむ。」
「外の誰かが送り込んだということは…侵略でしょうか…。」
「そこまでは分からない。」
「でも、その『何か』が幻想郷に害を成していることは間違いないんでしょう。なら敵よ。」
レミリアはそう断言した。他の者達もその意見に異言は無いようだった。
「では、今後の対策は?」
「そうね…対策って言っても…これから一体何が起きるのかしら…。」
「もっと良くないことが起きるのでしょうか…。」
「でも、その『何か』の正体を掴む必要がありそうね。」
風鈴の音が静かな室内に響く。
その後霊夢は魔法の森であったこと、レミリアは紅魔館で起きたことの詳細を伝え合った。
「平和を望むなら戦に備えよ。紅魔館は戦う準備をするわ。」
「私たちはしばらく下界で様子を見ようかしら。ねぇ妖夢。」
「お供します。」
霊夢はふと、窓から顔を見せる青空を見上げた。
不気味なほど空は穏やかだった。…この空をいつまでも保つことが出来るのであろうか。
霊夢は、自分に圧し掛かった責任と義務を果たさなければならない。
すべてはこの平和な一時を守るため…。
「私は戻るわ。パチェの様子も気になるしね。」
「ええ。それじゃ…ってパチュリーがどうかしたの…?」
「今朝から体調を崩して寝ているの。はやく良くなるといいわ。」
そう言ってレミリアは日傘をもって境内に出た。
「また会いましょう。」日傘が開かれ、レミリアは神社に残った者達に別れの言葉を残した。
「今度遊びにいくわねー。」
「……。」飛び立つレミリアは振り返らずに、一直線に紅魔館を目指して飛んで行った。
「魔理沙、パチュリーは本当に大丈夫なの?」
「ん、さっきレミリアが言ってた通りさ。あいつのことだから、眠らずに読書でもしてたんだろう。」
「ならいいけど…。」
心配そうに霊夢はそう言った。
それを聞いた幽々子も何か気になることがあるようで、俯いて何かを考えている。
「さーて今日はどうしようかな。なんだか森はえらいことになってるらしいし…紅魔館に引っ越そうかな。」
「あら、いいじゃない。でも私たちは一旦冥界に帰りましょうか。ね、妖夢。」
「はい。」
「じゃ、わたしも行くとするか。霊夢はこのあとどうするんだ?」
「そうね。人里の様子も気になるし…とりあえずもう一度辺りを巡回してくるわ。」
「そうか。じゃあまた明日な。」
そう言って魔理沙も自宅を目指して飛び立った。
「さて、また私たちだけになったわね。」
「アンタたちも帰るんでしょ。」
「ええ。でもちょっと気になることが。」
「…パチュリーのこと?」
「夜雀も病気みたいだったじゃない。」
三人は静かに顔を見合わせた。皆悪い予感がしていた。
「これが侵略だとすれば……敵は頭の良い奴ね…そして強力な力も持っている。」
「ふん。相手にとって不足は無いわ。」
それを聞いた幽々子は微笑を漏らし、妖夢と共に飛び立った。
「じゃあまた明日。」
「ええ。」
霊夢一人になった神社はとても静かだった。
なにかと騒がしい博麗神社では、珍しいことだ。ほんの少しだったが、寂しいと霊夢を感じた。
―――
日が傾き、幻想郷に夜のとばりが降りてきた。
人里の外れにある命蓮寺ではたった今夕食が終わったばかり。白蓮を慕う妖怪たちは、満たされた空腹感に満足しながら
茶の間でお腹を摩っていた。
「あー美味しかったわ。今日も一日疲れたからね。」
「うーん。眠くなって来たよ。」
命蓮寺の面々は今朝から、人里復興の為の人員として住人の救済活動に従事していたのだ。
働き詰めだった彼女らは暖かい夕食と住み慣れた寺に朝から張っていた緊張の糸を少しだけ緩め、それを満喫していた。
「みなさん、今日はお疲れ様でした。明日に向けてゆっくり休んでくださいね。」
そう言う白蓮も仲間たち以上に疲れていた。嵐の中を飛び回ってから一度も休んでいなかったのだ。
さすがの彼女も疲労の色を隠しきれない。
「聖こそ。少し休んでください。」彼女を心配した一輪がそう言う。
「そうですね…。ありがとうございます。今日は私も少し疲れました。」
そんな白蓮たちを尻目に、ナズーリンは縁側からずっと空を眺めていた。
相変わらず雲一つない澄み渡った空だった。月と星の輝きが宇宙の存在を間近に感じさせている。
「ナズーリン…。」
「ああ、ご主人。」
後ろから寅丸が声を掛ける。彼女は不安げな表情でナズーリンを見る。
「妖怪の山が静かすぎる。」
「山の方でも、大きな被害があったのでしょう。麓では地滑りも起きたようですし。」
「…でしょうね。天狗の記者が辺りを嗅ぎ回っていないことから考えても…、今はそんな余裕など無いのでしょうが…。」
普段は山の中腹からその上に掛けてポツポツと明かりが見える。
それは天狗たちの営みの証で、山が生きている証でもあった。しかし、今の山は漆黒の闇に包まれている。
小さな明かりすら見えないのだ。
「生き物たちの様子もおかしくなっている。ネズミたちは危険を察知し逃げ惑っていた。
問題は、逃げる場所すら無いことだと零していたが…。」
「私も感じていました…。異変でしょうね。霊夢さん達も既に動いているようです。」
頷くナズーリンのしっぽの籠の中にはもうネズミたちの姿が無かった。今朝の内にどこかへ行ってしまったのだ。
「私たちに逃げ場はない…。唯一の手段はこの寺だと思っておくべきか…。」
「と、言うと?」
「まだ何とも言えませんがね。聖輦船出航の準備を今から始めても損は無い気がします。」
「……それは恐ろしいことですね…。」
頭を下げる寅丸を見たナズーリンは彼女に笑顔を見せてこう言った。
「でも、そうはさせませんよ。私たちが居るのですから。」
「ふふっ…むこうでようかんでも食べますか。」
「いいですねー。甘いものは大好きです!」
ナズーリンは先ほどまで一輪たちがくつろいでいた茶の間に座り、数日前の分々。新聞をめくった。
他の者達は早々と床についてしまったようで、寺の中は真夜中のように静まり返っている。
尚、時計の針は午後八時を指したところだ。
「えーっと。どこにおいたかしら…。」台所でようかんを探す寅丸。
氷を床に敷いた自家製冷蔵庫の中も探すが…。
「ぐぬ…見つかりません…。どうも私はこんなことが多いような…。」
そう言いながら台所を彷徨う寅丸。そこへもう床へ着いたと思われていたぬえがやってくる。
「あら、お水でも飲みに来たの?」
首を横に振るぬえ。ぼんやりとした表情で頬が赤く染まっている。
「もしかして、体を壊してしまいましたか?」
「わたし…なんだか…。」
ぬえがそう言い始めた途端、彼女の目蓋がゆっくりと閉じていく。
そのまま力が抜けたようにぬえはその場に倒れ込んでしまった。
「なっ!ぬえ!」
酷い熱だった。寅丸はぬえを抱きかかえ、ナズーリンを読んだ。
茶の間でその声を聞いたナズーリンが駆け出す。
「何事だご主人…。」
「大変です…ぬえが倒れました!」
「!とにかく、寝床へ運ぼう。それと別の部屋に布団を敷かないと!」
廊下をドタドタと走る音が寺に響く。異変に気付いた白蓮がそっと襖を開ける。
「凄い汗だ。水を飲ませよう。」
「わたしが持ってくる。」起きていたムラサが台所に向けて駆けだした。
タオルでぬえの汗を拭く寅丸は、彼女の手足が小刻みに震えていることに気づく。
「寒いのかしら…ナズーリン。布団を。」
「了解。」
命蓮寺に次々と明かりが灯り始める。
「寅丸!何事ですか!!」
聖も寝室を抜け出し、寅丸の元へと駆け付けた。
「ぬえが急病です。今日の仕事で体を壊したのではないでしょうか。」
「大変…。」
医者は今も人里で必死の活動を行っている。まだ、しっかりと治療を受けられない者もいる。
それを間近で見て居たのは白蓮たちだった。ぬえを医者の元へと運ばず、常備薬を準備するよう白蓮が言う。
「水よ!」
差し出されたコップからぬえが水を飲み始める。
少し気分が楽になったのか、寝かされた布団の中で小さな寝息を立て始めた。
「とにかく今日はこのまま寝かせておきましょう。心配でしょうが聖は休んでいてください。我々がぬえを見ています。」
寅丸は、眠そうに目蓋を垂れる白蓮にそう言った。
「わかりました…私は休むことにします…。」
寝室へと帰っていく聖を見て、寅丸たちはホッと胸を撫で下ろした。
なんでもかんでも、聖に付きっ切りではならないのだ。
しばらくして、ムラサとナズーリンも眠ることにした。寅丸は、ぬえの隣で様子を見続けるとのことだった。
「じゃあ、お休み。」
「しばらくしたら、様子を見に来るよ。」
再び命蓮寺に静寂が訪れた。
月明かりが寺を照らし、蝋燭など必要ない程の光が入ってくる。
寅丸はぬえの傍らで、ナズーリンの言っていたことを思い出した。
「逃げ場は無い…。」
迫りくる『何か』の存在を寅丸も感じ始めていた。そして今後それが自分たちに何をもたらすのか…
「逃げられぬ運命なら、戦うまでです。なにもせずに見ていることは出来ません。」
夜は深けていく…。
―――
送り込まれた『何か』の存在をみな薄々と感じ始めていた。
不気味なほど音のない夜は終わった。朝がやってくる。太陽と共にやってくるのは希望か、それとも絶望か。
答えはすぐに見つかった。終焉の扉は少しずつ開かれている。止まることのないその扉の向こうに広がるのは…。
人里を走り回る者達が居る。みな焦った表情をしていた。
あちこちで大声が響き、人々は混乱のど真ん中に立たされていた。
道をふらふらと歩いていた男が突然嘔吐し、その場に倒れ込んだ。
犬の忙しない鳴き声と赤子の鳴き声が混じって聞こえてくる。だが誰もそれに構ってはいられない。
大切な人が、友人が、家族が、次々に倒れていくからだ。
「おい!しっかりしろ!」
今にも倒れそうな男性に保安官が手を差し伸べる。ガッチリと男性の手を握った保安官。
しかし、その腕は滑るように彼から離れていく。
「馬鹿な…血だと…?」
保安官の手に真っ赤な血が付着している。彼の物ではない。倒れた男の掌の皮膚がずり落ち、血塗れになっているのだ。
「先生ー!お母さんがー!!お母さんがーー!!」
ぬいぐるみを抱いた子供が寺子屋の前で泣きじゃくっている。
「どうしたんだ!」
その声を聞いた慧音が飛び出してくる。慧音に抱き着いた子供が泣きながら叫ぶ。
父も母もうなされ、立ち上がることが出来ないそうなのだ。
「すぐに行こう…。だから泣くな。安心しろ…。」
診療所はすでにパンク状態だった。
先日からの嵐の怪我人でほとんどの病室が埋まってしまったのにも関わらず、今度はそれを上回る人数の病人が押しかけたのだ。
診察待ちの患者が診療所の外まで列を作っている。
それに伴い、永遠亭から持参されていた薬品の数も底を尽きつつあった。
焦る鈴仙たちは、運び込まれてくる患者たちを見てさらに顔を歪ませた。
「伝染病かしら…こんなこと初めてよ…うまく対処できるかしら…。」
運び込まれてくる患者達は皆、高熱、激しい頭痛、吐き気、手足の震えを訴えていた。
皮膚が腫れ、全身血塗れになっているものもいる。次から次にやってくる患者の数は診療所で診察できる数をとうに
越えている。すぐに永遠亭から永琳を呼ぶ必要があった。
「私はここを離れられない。お前たち、永遠亭まで行って師匠を呼んできて。」
「分かりました。」
鈴仙が部下のウサギに命令を出す。その間も病室では混乱が続いている。
「鈴仙どの、もう私ではどうしようもありません…こんな病は初めてだ…見るのも恐ろしい…。」
診療所の医師はそう漏らして肩を落とした。鈴仙もこんな症状を見たのは初めてだった。
「私たちが諦めちゃ御仕舞よ…なんとか、しなくちゃ……。」
真夏の太陽は容赦なくその熱線を幻想郷中に振りまいている。
時刻は朝の九時だが、すでに真昼のような熱気に人里は包まれていた。
「保安官さん!すぐに助けを呼んでこなければ!」
「助けと言えど、誰に頼めば…。」
溢れ出た病人にてんてこ舞いになっている保安官事務所に慧音がやってくる。
事務所の中にも病人が収容されており、絶え間なく咳の音が室内に響いていた。
「霊夢に頼み、病が収まるように祈祷してもらうしかない……神にでも頼まねば…人里は全滅してしまう…。」
「もう最後の神頼みか…だが、これ以上の犠牲者は出したくない。博麗神社へと向かおう。」
そう言うと保安官はこの場を彼の助手に任せ、事務所の裏にある馬舎へと走る。
裏口を勢いよく開け、すぐに馬に跨ろうとした彼だったが、馬舎の目の前で急にその足をピタリと止めた。
保安官は言葉を失い、ゆっくりと横たわった馬の元へと歩いた。
彼の自慢の馬は全身から汗が吹き出し、虫の生きとなってしまっている。
馬の前にしゃがみ込み、そっとその肌を撫でた彼は俯きながら立ち上がり、溜息を一つ置いて言った。
「足を失ってしまった。これでは空を飛べるあなたの方が早く神社に到達できるだろう。」
彼の後ろでその様子を驚愕しながら見ていた慧音はその言葉で我に返えった。
「…では…私が行ってきます……。」
「頼んだよ。」
一目散に慧音は神社を目指して飛び立った。それを見送った保安官は首を横に振り、事務所の中へと戻った。
―――
悲劇が起きたのは人里だけではなかった。それは幻想郷各地で、魔の手を広げ始めていたのだ……。
「馬鹿な…昨日はあんなに元気だったのに…。」
高熱を出し、苦痛に喘いでいるのは命蓮寺の雲居一輪だった。
隣ではぬえが止まらない咳に苦しんでいる。
「すぐに医者に見せなければ二人とも危ないぞ…。」
そこへ、人里へと発っていた寅丸が帰還する。
「ダメです……。人里はもっと酷い状況で……。」
「なんだと!?」
「聖は人里に残っています。ですが、あの様子では…診療所もまともに機能していないでしょう…。」
「バカな…アウトブレイクだと……なんてこった。」
―――
「嘘よパチェ!」
「なんてこと…。」
ベットの上で、パチュリーは既に息を引き取っていた。
苦の表情も無く、自然なままのパチュリーの遺体を見つめ涙するレミリア。
隣のベットには美鈴が寝かされている。
彼女も今朝から体調を崩し、すでに意識を失っていた。
「どうしよう咲夜…みんな…死んじゃうんじゃ…。」
「そんなことは…絶対にありませんよ…絶対に…。」
今や、紅魔館で健康に動ける者はレミリア、咲夜、地下で生活するフランドールの三人だけとなってしまった。
「すぐに医者を呼んできます。お嬢様は美鈴のことを見ていてやってください…。」
「気を付けてよ…あんたは失いたくない…。」
その言葉に飛び立とうとした咲夜は一瞬だけ振り返り、主であるレミリアを見た。
「待っていてください。」
次の瞬間、咲夜の姿は無かった。時間を止めて、移動したのであろう。
―――
博霊神社には息を切らした慧音が到着していた。
話を聞いた霊夢がすぐに祈祷の準備を始める。
「健康の神様に頼んでみるわ。それで駄目なら交通安全の神様よ。でも祈祷には時間が掛かる。
それに目に見える効果が得られないこともあるわ。まぁ、でもやらないよりはましか!」
祈祷を始める霊夢のもとに冥界から戻ってきた幽々子たちが到着する。
慧音から事情を聞いた二人は、その恐ろしい事実に驚きを隠せない。
「少しずつだけと自縛霊の数が増えているわ…危険な兆候ね…。」
「しかし幽々子様…どうすればよいのでしょう…もしかしたら私たちまで…。」
「大丈夫。私は元から死んでいるし、あなたは死んでも全部幽霊になるだけよ。」
「……。」
「妖夢忘れていない?この病を広めたと思われる『何か』の存在を。」
「そう言えば!」
「もう黙ってはいられないわ。その『何か』を見つけ出して始末しないと。もしかすると、
それがこの異変を止める唯一の手段かも。」
「ですが…その『何か』とは具体的に何であって?どこに居るのです?私には見当も付きません。」
「…じつは私も。
でもそれを何とか見つけないとね。昨日魔理沙が行っていたでしょう。その『何か』は魔法によって幻想郷にやってきたと。
ならその『何か』も魔法によって生成された何かである可能性が高い。ならば、同じ魔法でその『何か』を探ることが出来るはず。」
「本当ですか!!」
「たぶん。」
「……。」
「じゃあ強力な魔法使いと言えば!」
「えぇーっと紅魔館に一人と森に一人と…。」
「紅魔館に向かいましょう。」
―――
霧雨魔理沙は魔法の森で調査を始めていた。
今や森は見たことのない生き物たちの唸り声や奇怪な植物たちに埋め尽くれていた。
あのゴロゴロという鳴き声が朝から森中に響き渡っている。
「また死体だ。これで十二だぜ…。」
森中に転がった妖怪たちの死体。ついさっきも顔見知りの遺体を拝んできたばかりだった。
「いったいどうなってる…。トチ狂った妖怪が仲間を殺して回っているのか…。」
家を出発した時から、森中で妖怪の死体が発見されていた。皆、何かに食いちぎられたような
酷い傷を負って死んでおり、魔理沙は警戒しながらも、森の探索を続けていた。
「霊夢ほどのものじゃないが…私のカンはこの殺しの犯人がクサイと言っているぜ…。
さぁ姿を現せ……。」
森の中を低空飛行しながら、魔理沙は注意深く周囲を見渡す。
アリス邸に生えていた奇妙な植物も今朝から幾つも魔理沙は発見していた。
うっかり噛み付かれないように、あやしい植物にはなるべく近寄らないように慎重に移動を続ける魔理沙。
しかし、それだけではい。巨大な蛾に巨大なナメクジ。走り回る豚のような生き物を捕食する巨大な植物。
魔法の森すべてが、根本から変わってしまっているのだろうか。昔の魔理沙の良く知った森の面影は今や
どこにもない。
茂みの向こうから悲鳴が聞こえる。恐らく妖怪のものだろう。
音をたてないように、魔理沙は大木の背からそこを覗き込む。
またもや死体だった。体の半分が何かに千切られ、おびただしい量の血と共に内臓が顔を出している。
よく見ると、血の跡が死体から道しるべのように森の奥に続いていた。
危険を感じながらも魔理沙はその跡を追うことにした。
背の高い草を潜り抜け、血の跡に沿ってゆっくりと足を進める魔理沙。
そして大きな葉っぱの隙間から奥に広がる空間を注意深く観察する。
何かを貪る音。生の肉を力一杯捏ねるような不快な音が聞こえてくる。
その音を立てている張本人の姿が魔理沙の目に入った。
四つん這いになって、それは先ほどの妖怪の肉を一心不乱に食べている。
全身の筋肉がむき出しになっており、頭と思われる場所には細長い髪が生えていた。
まるでそれはこの世の生き物とは思えない姿をしているのだ。
「(何なんだ…あれは…。)」
魔理沙がそう思った瞬間、肉を貪るその生き物の動きが急にピタリと止まった。
頭を上げ、静止するその生き物。ゆっくりと首が伸びるように後ろへ向いていく。
それは普通の生物では考えられない骨格の動きだった。
その『何か』は魔理沙を見ていた。
目は無かった。しかし、魔理沙はその『何か』の強烈な視線を感じたのだ。
『何か』の体がムクリと膨らむように盛り上がった。
やがてそれは二本の足で体を持ち上げ、低い唸り声を上げた。
身長は二メートル程。指の先からは鋭利な爪が。その『何か』は、足元にあった妖怪の残骸を持ち上げると…。
「…!?」
思わず口を覆う魔理沙。その『何か』の腹部が左右に大きく裂け、そこに妖怪の残骸を挟み込んだのだ。
「嘘だろ!!」
『何か』の体が不気味に蠢いている。妖怪を体で直接食っているようだった。
「よくわからんが、テメーの存在が『何か』によってもたらされたことは間違いないようだ!!」
あるいはその『何か』自身なのか……
そう叫ぶと同時に箒に跨って舞い上がる魔理沙。
飛び立とうと、箒に魔力を集中させたその途端、『何か』が物凄いスピードで魔理沙に飛びかかった。
「うわっと!!」
まさに間一髪。反射的にスピードを上げた魔理沙は、その攻撃を回避することに成功した。
しかし、それと同時に理解した。
「こいつ…強い!」
あまりに危険すぎた。魔理沙は一気に上昇し、森を見下ろす。
心臓がバクバクと波打っていた。
「驚いたぜ…死ぬかと思った。」
魔理沙はアリスの元を目指すことにした。
自身の最速のスピードで飛ぶ魔理沙は、先ほどの体験をなんとかして誰かに伝えなければならないと確信していた。
―――
博霊神社には霊夢が一人残っていた。
数時間に及ぶ祈祷はたった今終了し、霊夢も人里の様子を見に飛び立とうと準備をしていた時のことであった。
「誰?」
境内に気配を感じた霊夢が閉められた障子戸ごしに言い放つ。
だが返事は帰ってこない。苛立った霊夢は、強く障子戸を開けるが、なんとそこに立っていたのは地霊殿の主、古明地さとりだった。
予想外の人物の登場に、霊夢が目を丸くする。
しかし、次の瞬間バッタリと倒れたさとりを見た霊夢はさらに驚愕し、慌てて境内へと飛び出した。
「ちょっと!しっかりしなさい!!」
さとりは意識を失いかけているようだった。
彼女を神社の中へと運び込んだ霊夢は、急いで布団を出し、そこに彼女を寝かせようとするが…。
「霊夢さん…。聞いてください。旧地獄とその周辺にはもう生きている者はいません。」
「えっ!?なんですって!」
「地霊殿周辺には正気を失った妖怪たちが集まり、ペットたちは皆、殺さてしまいました。」
「!?じゃぁあんたは……。」
「空とお燐が、私を逃がすために必死に戦いましたが、空は旧地獄で、燐は地底の出口で死亡しました。
そして私は、謎の病に体を蝕まれつつあります。」
「嘘……。」
「霊夢さん。地底への入り口をすぐに閉じてください。奴らは獲物を求め、地上を目指すはずです。
だから急いでください。」
さとりは地底と地霊殿で起きた悪夢を淡々と話し、それが終わった途端に目を閉じ、意識を失った。
そのあっという間の出来事に、霊夢はただ呆然とするしかなかった。
「地底世界も…やられてしまったようね…。」
その途端、静かだった室内で霊夢はよく知った声を聞いた。
霊夢の居る神社の茶の間に突然スキマが開かれ、その中から傷だらけの八雲紫が飛び出してきたのだ。
今度は声を上げて驚く霊夢。紫は、ボロボロのドレスを引きずりながら、何とか霊夢のすぐ前まで歩こうとするが…。
「紫!!」
叫ぶ霊夢。紫の意識が一瞬揺らぎ、彼女は吸いこまれるように前方に倒れた。
咄嗟にその体を支えた霊夢は、紫の体が血で濡れていることに気が付いた。
「ちょっと…紫?」
「あら…ごめんなさい…もう立てなくて…。」
さとりに続いてやってきた紫の傷は深かった。横になると同時に、切断された傷口からたくさんの血が溢れ出た。
「紫…どうしてアンタがこんな酷いことに…?」
「それがいろいろあってね…奇襲とは言え、完全に油断していたわ…。藍もやられてしまって…。」
「奇襲!?まさか…襲われたのね!」
「落ち着きなさい…今から話すことをよく聞くのよ。そして対策の練るの。貴方の使命だから…。」
―――
人里は死者で溢れていた。病人が出始めてからまだほんの数時間しかたっていないのにも関わらず、
その死者の数が先日の嵐の犠牲者を上回り始めていた。
「死体はすぐに袋に詰めるんだ。病が伝染するぞ。」
中央通りにはいくつもの運搬用の猫車が置かれている。
そしてそこに乗せられているのは、麻袋に入れられた死体たちだ。
診療所に入りきれなかった病人たちは道端で苦しんでいた。
吐血し、意識を失う者…。体中から出血し、血塗れになっている者…。
冷たくなった赤ん坊を泣きながら抱き続ける母親…。何処からか流れてきた薬を奪おうと、患者に襲いかかる暴徒達…。
「保安官!!中央広場はもう死体の山です!!パニックを起こした住民たちが略奪を行っています!!」
「これは悪夢だ…。」そういって保安官は拳銃の入ったホルスターを腰に巻きつける。
「行くぞ…。私についてこい。」
―――
「ぬえ!こんなこと…信じられない…!!」
ぬえがベットの上で吐血し、泣きながら体を縮めている。
「…死にたくない…死にたくない……。」
「死ぬもんか…!諦めるんじゃない!」
「そうです!気をしっかり持って!」
その隣では一輪が苦痛に喘いでいた。
布団からはみ出る彼女の腕は火傷を負ったように真っ赤になり、その所々が裂け始めていた。
血が白いシーツに染みつき、赤黒く変色していた。
「私がもっと強ければ…もっとたくさんの魔法が使えたなら…。」
俯きながら聖はそうこぼした。彼らにはもう成す術がなかったのだ。
どうしようもない絶望感が、そこにいた全員を包み込んでいた。
―――
「死んだですって!?」
「ええ。数時間前にね…。美鈴も、もうほとんど死に掛けよ…さっきはこんなじゃなかったのに…。」
紅魔館に到着した幽々子たちは、そこで起きていた惨事を目の当たりにして衝撃を受けていた。
医者を呼びに行った咲夜は未だ戻らず、美鈴の容体は刻一刻と悪化していく。
途方に暮れたレミリアはただ、それを見守ることしかできなかった…。
「わたし…何もできない…みんな居なくなっていって…。」
幽々子も妖夢も何も言えなかった。何もできないのは自分たちも同じだったのだ。
「私たちもここにいるわ。まだあなたは一人じゃないわよ。それに妹だっているでしょ。」
「………。」
レミリアは幽々子たちに背を向けて泣いているようだった。
紅魔館の主として他人に弱みを見せることは許されないのだ。
―――
「わっ!!」
ぐっすりと眠っていた魔理沙が飛び起きる。
「あれ?ここアリスんちだ…。私は確か…。」
「確か?ここに向かっていて気絶したんでしょ。」
「あ、アリス。」
魔理沙が眠っていたベットの隣の椅子にアリスが腰掛けている。
「今朝からこの付近に森の瘴気が覆い始めたの。普通の人間にはちょっと刺激が強すぎたわね。」
「瘴気が覆い始めただって…そりゃ大変だ…。……えっと……そうだ!忘れてた!大変なものを見たんだ!
それで急いでここを目指していたんだよ!!」
魔理沙はさきほど見た光景を包み隠さずアリスに報告した。
それを聞くアリスは顔をしかめながら、俯いている。何か考え事をしているようだった。
「ところで、私はどれくらい眠っていたんだ…?」
「三時間ちょっと。もう昼過ぎよ。」
「そうか…一刻も早く誰かに伝えなきゃ行けないと思ってて…。」
「それでここに来たのね…。」
アリスは真剣な表情で、未だ何かを考えている。魔理沙の初めて見る顔だった。
「貴方が見たその生き物は恐らく幻想郷に居たものではない。あの宴会の日にやってきたのよ。」
「本当か。」
「そして…恐らくそいつは妖怪たちを餌食にし、力を増している。森から感じる奇妙なエネルギーの正体は
そいつね…。魔力をレーダーの様に使って今朝から森を探っていたの。」
「じゃあ奴の目的は…?」
「そんなこと、あなただってもう気づいているでしょ…。もともと幻想郷で暮らしていた生き物たちの抹殺。
それが奴に課せられた使命なのよ。」
「使命だと……?どういうことだ…?」
「この呪術系の魔法はかなり高度な技術とエネルギーを要するものだわ。一日二日で成せる物じゃない。
計画的に行われたのよ。私でも一人じゃ一年…いや…三年かしら…とにかく時間が掛かる。生贄も必要よ。
でもその効果は絶大で、一つの都市、一つの国、一つの世界、一つの星を完膚なきまでに破壊しつくすことが出来る。」
「おい…お前、なにを言っているんだ…。」
「太古の昔からあった禁断の呪術よ。そんな高度な魔法を使える者など、魔界と地獄を合わせてもそう多くは居ない。」
「アリス…。」
「文化破壊の呪術は、その世界その物を破壊しつくす最低最悪の魔法よ。
そしてその呪術が今ここに発動しているんじゃないかと私は踏んでる。
先日から起きていた異変もこの禁断の呪術によるもの。そして、それが間違いないのであれば、
間もなく、呪術の最終章が始まるはず。」
「最終章…?…これから…何が起こるんだ…。」魔理沙の瞳が潤んでいく。
「私も詳しく知っているわけじゃないし。何とも言えないけど…。
動物たちが逃げ惑い、大嵐が到来し、自然が変貌を始める。そして妖怪たちの病、人間たちの病…。すべてを抹殺せんと
造り出された、呪いの生き物。そして最後まで生き残る力を持った者達に降りかかる災いとは―――
――
「あんた!?生きているのかい!?」
人里の中央広場で一人の女性が声を上げる。
「よかった…!神様ぁ…神様…!」
失った筈の彼女の夫は静かにそしてゆっくりと起き上がり始めた。
「さぁ!家に帰りましょう!みんな大喜びするよ!」
歓喜のあまり涙を流しながら彼に抱き着こうとする女性。
しかし、男の体からは腐敗臭が漂い、熟れたトマトのように歪んだ皮膚には何処からか発生した小さな虫が
びっしりと張り付いていた。
「あんたぁ!!」
男の目玉がドロリと顔からこぼれ落ちた…。
悲鳴が響いた。沢山の人々の視線がそこに集中する。
「あれは一体なんだ…。」その場に居た保安官たちも思わず息を飲んだ。
男は女性の喉元に食い付き、その肉を一気に引き剥がした。噴水のように血が吹き出し、女性は悲鳴の中に沈んでいった。
「貴様!なんてことを!!」
保安官が拳銃を抜き、撃鉄を下ろした。
男、いや…男だった『それ』はゆっくりと顔を上げ、食いちぎった肉を頬張っている。
「止まれ!撃つぞ!!」
『それ』はゆっくりと保安官の元へと足を進め始めた。顔中に先ほどの女性の血が付着している。
保安官が引き金を引き、轟音と共に弾丸がそれの胸を貫いた。しかし、それは倒れない。
痛みに声を上げることもなかった。
周りに置かれている死体の入った麻袋がモゾモゾと動いている。それを見た人々が悲鳴を上げ、その場を離れはじめる。
「くたばれ…化け物が…!」
弾丸がそれの首を撃ち抜いた。
頭の重さに耐えきれなくなったその首がへし折れ、落下した頭はかぼちゃの様に粉々になり、周囲に飛び散った。
「よせ!やめろぉ!やめろおおお!!」
別の死体が動き始め、男性に襲いかかっている。
「保安官!!死体が起き上がっています!!こいつら!!死んでいたはずなのに!!!」
「事務所に戻るぞ…。全員完全武装してやつらを一人残らず始末する……。」
――死者が蘇り、仲間を餌食にしようと行進を始める。誰にも止められない。
病で死んだ者は全員、ゾンビとなってこの世を徘徊する。
「パチェ!?あなた…嘘でしょう…!」
ベットで安らかに眠っていたパチュリーの遺体が地を這うようにレミリアの元へと迫ってくる。
「幽々子様!?これは一体!?」
「逃げた方がよさそうね…。」
「きゃははははは!お嬢様!!体が軽いです!!いま最高の気分です!!!」
突然奇声を上げ始めた美鈴を見て、三人は目を疑う。体がドロドロに溶け始めているのだ。
「美鈴!あなたまで…一体どうしたって言うのよ!!?」
「お嬢様…お嬢様も仲間になりましょう!!こんなに素晴らしい世界に来られるのですから!!」
――狂気に取りつかれた妖怪たちは、腕が?げようが…足が潰れようがお構いなし。
自分の欲望を満たすために、彷徨い始める。
「ぬえ!寝ていないと…!」
「もう大丈夫よ!今はとっても幸せなの!!でもまだ足りないわ!!」
血をガボガボと吐きながら踊り始めるぬえ。
その傍らでは、一輪が虚ろな表情をして起き上がり始めた。
「あははははは!みんなも一緒に遊ぼうよ!こんなにこんなにこんなにこんな……。」
一輪が、踊り狂うぬえを押し倒しその細い首筋に勢いよく噛み付いた。
それにも関わらず、ぬえは未だ狂ったように笑い続けている。
「止めなさい!一輪!!」
ぬえに噛み付く一輪を引き剥がそうと、白蓮がそこに踏み込もうとするが。
「びゃくれえええん!気持ちいよ!!!わた…し…グゲェ…ガッ………。」
「ぬえ!!」
首が完全に食い千切られ、ついに頭が胴体から切り離されてしまう。
周りでその様子を伺っていた寅丸達も思わず声を上げた。
――もはや誰も信用できない。疑心暗鬼になった者達の同士討ちが始まる。
「来るなぁぁぁあああ!!」
滅茶苦茶な弾幕を放ちながら逃げ惑うてゐに咲夜は戸惑いながらもナイフを投げつける。
「いい加減にしなさい!!」
数本のナイフがてゐの体を貫き、その体が旋回しながら竹林の奥へと消えていく。
「一体何だっていうのよ…。」
道の奥から別のウサギが走ってくる。
恐怖に怯えたその表情を見た咲夜はすぐに話を聞くため、地上へと降り立った。
「あなた!永遠亭のウサギね!一体何があったの!?」
「わからない!!もうなにもわからない!!永遠亭はもうおしまいだ!!!」
泣きながらそのウサギはどこかへと駆けて行った。
「一体永遠亭で何が起きたの……様子を見てくるべきかしら…。」
――やがて破滅の使者は力をつけ…膨張したエネルギーによって急成長が始める。
それはこの世界に死をもたらす、抹殺者となって幻想郷を歩きはじめる。
魔法の森の一角に巨大な影が出来がる。
生い茂る木々よりも高く成長した『それ』は、大きな足をゆっくりと持ち上げ、森の中を徘徊し始めた。
――と、まぁ……つまりは地獄ね…。こうなっては、私もここでのんびりなんてしていられない。
恐らく人里は今大混乱。紅魔館も、命蓮寺も、永遠亭も。妖怪の山は数日前から様子が変だったし…。
幻想郷にはもう逃げ場なんて無い。周りを強力な結界が覆ってしまっているんだもの。
それがある限り、私たちはこの監獄から簡単には抜け出せないのよ。」
「そんな…じゃあ…私たちはどうすれば…。」
「脱出の手段を考えるべきね。幸いにも、方法はまだいくつか残っている。」
立ち上がったアリスは、大きく伸びをしてさらに大きな溜息を付いた。
「それじゃあ行きましょうか。」
「行くって…どうするんだ…?」
「生き残っている仲間を集めに…そして幻想郷…いえ…この生き地獄から脱出する方法を探しに。
運のいいことに、私たちは病気にもなってないし、狂気にも当てられていない。そして戦う力もある。
時間は待ってくれないわ。さぁ出発の準備をしましょう。」
終焉の扉は今開かれた。そしてその奥に広がる悪夢は幻想郷を侵食し始めている。
破滅への秒読みはすでに始まっているのだ…。
魔理沙は覚悟を決め、ベットから立ち上がった。
つづく
完成したのが今日の午前6時だったという衝撃の事実。
そして読み直した私は思った。
「あれ、これホラーか?」
私は禁断の秘術
「ゾンビが出ればホラー理論」を発動させ、公開に踏み切った。
十三
作品情報
作品集:
28
投稿日時:
2011/08/21 09:38:10
更新日時:
2011/08/21 21:59:51
分類
産廃百物語A
霊夢
魔理沙
その他
繰り返す!!
死者を、殺せ!!
『なりかけ』を、可及的速やかに『処置』せよ!!
続きはまた後で!!
そんな不吉さがホラーでした。