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『産廃百物語A『炎上する最後の楽園』 後編』 作者: 十三
つづき
―――
「ありったけの武器と弾薬をかき集めろ!」
保安官事務所へと舞い戻った保安官とその仲間たちが、武器庫のカギを開け放つ。
人里の彼方此方から悲鳴が轟いていた。蘇った死体の大群が人々を襲い始めたからである。
診療所は、次々に蘇る死体によってほぼ壊滅状態になっていた。
「よせぇぇぇ!」病室に溢れたゾンビ達が、新鮮な肉を求めて彷徨い歩く。
移動の困難な怪我人や病人たちが次々とその餌食となっていた。
「誰か!!助けて!!誰か―!!」
倒壊した家の下敷きになり、足を折っていた彼は天井に足を吊られ、動くことが出来ない。
「ああ!あああああああ!!」
何体ものゾンビが彼の体に噛み付いていく。
「くそ!彼を離せ!!」診療所の医師が木の棒でゾンビを必死に退けようと奮闘するが…
彼の背後にもたくさんのゾンビ達が迫っていた。一斉に飛びかかるゾンビたち。
「やめろぉ!!」
唸りながら迫るゾンビの波。幾つもの腕が彼の体を掴み、襲い掛かるゾンビが彼の足や腕を噛み千切る。
「ああああああ!!」
白かった白衣が赤に染まっていった。
ゾンビ達が彼の体のパーツを奪い合い、分離した腕や足が次々に持ち去られていく。
「先生!!」
診察室を飛び出してきた鈴仙が悲鳴を上げる。
部下のウサギたちもゾンビを襲われ、数匹が既に食い殺されてしまっていた。
「クソ!!相手が死人じゃ…波長を操ることが出来ない!!」
鈴仙の背後から、刃物を握ったゾンビが飛び出した。咄嗟に回避する鈴仙を目掛けて刃を振るうゾンビ。
ここぞと、鈴仙が手の甲で一気にゾンビの顎を突き上げる。
バランスを崩すどころか、ゾンビの頭自体が血を拭きながらボールのように飛んでいく。
診察室から出てきた部下のウサギたちがそれを見て震えあがっていた。
「すぐに逃げなさい!!窓を突き破るのよ!!」
廊下には飛び散った血や人間の手足。死体が無造作に転がっていた。
診療所の外からは銃声が聞こえ始めた。
人里の猟師たちがライフルを持ち出し、攻撃を開始したのだ。押し寄せるゾンビが次々に撃ち倒されていく。
「おい!後ろだ!!」
ゾンビの体を何発もの弾丸が突き抜けるが、彼らはその勢いを弱めることなく、足を進めつ続ける。
「あぁ坊や…生きていたのね!!」
病に倒れた我が子が起き上がったと歓喜する母親。
その途端。抱きかかえていた子供が母親の腕に噛み付いた。そして頭を左右に振り、その肉を引き千切る。
悲鳴を上げる母親に抱かれる子供を猟師のライフルが狙う。
「ダメぇ!!」
子供に覆いかぶさるように母親が移動し、撃ち放たれた弾丸がその背中に命中した。
「なんてことを!!」
死体の捨てられた穴の中からも何体ものゾンビが顔を出し始めていた。
そしてそのすぐ脇には寺子屋が建てられていた。子供の親たちは家から武器を持ち出し、
寺子屋を防衛するために集結しつつあった。
「来たぞ!!弓を構えろ!!」
迫るゾンビ達に一斉に矢が放たれる。放たれた数発がゾンビの体を射抜き、一発が一体のゾンビの額に突き刺さった。
「てやああああ!」
太刀や打刀が勢いよく振られ切り裂かれたゾンビの腹部から赤黒い内臓が一気にこぼれ落ちている。
事務所から保安官たち数名が舞い戻る。
「なんて酷い有様だ…。」保安官の助手が思わずそうもらした。
「行くぞ!!」
駆け出す保安官たち。
体にはありったけの拳銃の弾丸が巻きつけられている。
「おい!無事な奴は家に立てこもれ!!家の無い奴は保安官事務所を目指せ!!」
「保安官!診療所が燃えています!!」
「なにぃ!?」
見ると診療所の裏手から黒い煙が上がっていた。
窓からは強い炎が噴き出している。体に火の点いたゾンビが辺りを彷徨っていた。
「おい!医者はどうした!!無事なのか!!」
「そんなことしるかー!」すれ違った怪我人はそう叫んで走り去っていく。
診療所から別の人影が走ってくる。
「ああ!!保安官さん!助けてください!!」
「鈴仙殿か!よくぞご無事で!!」
保安官が咄嗟に銃を構える。
「伏せろ!」
鈴仙の背後から飛びかかろうとしていたゾンビの頭が粉砕する。
強力な弾丸によって粉々になってしまったのだ。礼を言いながら、鈴仙とウサギ達が息を切らしながらやってくる。
「中にまだ患者たちが!」
「なんだと!?」
診療所の火はどんどん強くなっていた。入り口からは次々と炎に包まれたゾンビが這い出てくる。
「もう無理だ!諦めよう!すぐに消防団を呼んで火を消さねば!!」
「なんてこと……もう信じられない……。」
「事務所へ避難しろ!武器はまだたくさん残っている。」
「分かりました…。お前たち、行くよ。」
鈴仙は生き残った数匹のウサギを引き連れ、事務所を目指した。
一方、寺子屋では急いでバリケードの制作が進められていた。
避難した大人たちが窓と裏口に木材を打ち付け、ゾンビ達が浸入できないように必死の作業を続けていた。
教室には避難してきた家族や子供たちが集まって、恐怖に震えている。外では依然として、悲鳴と銃声が響いていたからだ。
「診療所が燃えているらしい。俺は火を消しに行く!」
「ダメよ!危険すぎるわ!」
「うるさい!俺は消防団なんだ!!」
数人の男たちが家族を残し、屋外へと向かい始めた。泣きじゃくる子供たち。
刀を腰に差し、緊張した面持ちの慧音がそんな子たちを優しくあやした。
「大丈夫だ…。すぐに収まるからな…。」
「きゃああああ!!」突然寺子屋に悲鳴が響く。
見ると、突然嘔吐し倒れ込む女性が…。
「みんな離れろ!!」
誰かがそう叫び、そこに居た全員が彼女から距離を取り始めた。
「私が行く!」慧音が女性の元へと駆け出した。女性はガタガタと震え、咳を続けている。
「しっかりしろ!どこが悪いんだ!?」
その途端、女性が叫び声を上げて慧音に飛びかかろうと腕を伸ばし始めた。
「くっ!!」
その場で慧音が居合い斬りを放った。女性の腕がバッサリと切断され、おびただしい量の血が噴き出ている。
「きゃあああああ!!」避難していた数人がパニックを起こし、玄関へと走り始める。
「ここももう御しまいだ!!」「すぐに逃げろ!!」
「おい!待て!外はもっと危険だ!!」
女性は腕を切断されたにも関わらず、床を這いながら必死に慧音を目指して体を動かしている。
「くそぉ…夢なら覚めてくれ……。」そう言って慧音は勢いよく刀を振り下ろした。
消防団の団員が徐々に集まり始めている。
保安官たちは里の猟師を統率し、貯水槽の周りのゾンビの排除を開始していた。
消防団の副団長が水を通すホースを貯水槽に繋ぎ、他の団員達がその先端を持って診療所へと走る。
「急がないと他に燃え移るぞ!!」
彼らを守るため、猟師たちが迫りくるゾンビに向けて発砲を続けている。
「副団長!放水準備が完了しました!!」
「よし栓を開けるぞ!!」
勢いよく噴射口から水が発射され、診療所の割れたガラスから中へとそれが一気に注ぎ込まれていく。
「水は溢れるほどあるぜえええ!!」
「おい!ゾンビだ!!」巨漢の消防団員が迫るゾンビを殴り飛ばした。
「おおっやるな!!」
「へっ、あいつ、生きてる時からムカつく野郎だったのさ!」
水は順調に診療所から上がる火の手を消しつつあった。立ち上がる白い煙が雲のように上空を覆っている。
「保安官!寺子屋から人が逃げてくる!何かあったに違いない!!」
「今度は寺子屋か!」
「行ってください!ここは我々が!!」
寺子屋から飛び出した人々が、逃げ惑っている。皆自宅か安全と噂されている稗田邸を目指そうとしているようだ。
「おい!何があった!」
「死体だ!!寺子屋で死体が!!」
保安官が寺子屋へと飛び込む、辺りにはまだそこを防衛している者達がいた。
「なにがあった?」
「中で女性が倒れまして…すぐに死亡し起き上がったのですが、今は沈黙しています。
慧音先生が手を打たれたと…。」
「じゃあ、今逃げて行った連中は!?」
「パニックを起こした者たちです…。我々の制止も聞かずに走っていきました…。」
保安官が息を付く。
「また来る。それまでここを頼んだ。」
「任せてください。」
診療所の火はほぼ消し止められたようで、煙だけがモクモクと立ち上っていた。
しかし、辺りに溢れたゾンビの数は相当なもので、中には妖怪のゾンビも混じっている。
作業の終わった消防団員たちは皆急いで自宅や、指定された避難所を目指して走り始めた。
「副団長!団長はどうなさったのです?報告に行かないと。」
「団長は死んだよ…。報告はもういい。お前も安全なところへ避難しろ。私は保安官事務所へと向かう。」
「……分かりました…。」
いつしか日は傾き、空は橙色に染まり始めている。まもなく夜がやってくるのだ…。
人里の人々は避難所や自宅の中へと非難し、夜を迎えようとしていた。
いくつかの施設にはゾンビ達が群がり、全ての出入り口を封鎖してしまった場所もある。
保安官事務所の屋根には松明が掲げられ、数人の猟師がライフルで下を歩くゾンビ達を狙撃していた。
所内は避難してきた住人や治安関係者がひしめき合い、保安官たちは今後の予定について会議を始めていた。
「別々の避難所に皆を避難させたのは失敗だった…。死体どもに取り囲まれ、完全に孤立してしまっている場所が幾つもある。」
「自宅に篭っている者たちもです。何とか救い出さないと、いつかはゾンビの餌食になってしまう…。」
頭を抱える保安官とその助手たち。こうしている間にも住人が危機に晒されているのだ。
「しかし、ここはもう満杯…これ以上の人数を収容できる施設など…人里にはほとんどありませんよ…。」
「くそ…参ったな…。」
―――
少しずつ夜が訪れ始めた。相変わらず満天の星空が空を美しく彩っているが、地上は地獄そのもの。
亡者たちが闇の中を徘徊し、不気味な遠声が森から響いている。
そしてそんな中を飛ぶ数人の少女たち。向かう先は人里。
今や壊滅状態となった里では保安官事務所にだけ、明かりが灯っていた。他の施設はゾンビたちから身を隠すため、
明かりを消して夜を過ごしているのであろう…。
「なんて酷いことに……これじゃあ人里はもう御仕舞ね…。」
「遅かったのか…。」
「二人とも…事務所に明かりが灯っている。皆あそこに避難しているのかしら…。」
アリスと魔理沙、そしてその二人に合流した霊夢が人里を見ながら上空で話し合う。
「他のやつらは無事かな…命蓮寺や紅魔館は…。」
「紅魔館には幽々子たちが向かったわ。それならまぁ安心だとは思うけど…。」
「とにかく、人里に行ってみましょう。」
保安官事務所の周りにはたくさんのゾンビ達が蠢いていた。皆光に集まってきたのだ。
屋上で番をしていた猟師が上空から接近する三人に気が付き、大声で手を振る。
「こっちだー!」
「遅れて申し訳ないわ。」先人を切って着地した霊夢がそう言う。
その後からアリス、魔理沙が屋根に着地した。
「案内します。詳しい話は保安官にお聞き下さい。」
そう言って猟師は三人を天窓から保安官たちの居る部屋へと案内した。
避難していた者たちにざわめきが起こる。三人はその視線を一身に受けながら、猟師の後を追った。
―――
「博麗殿…御覧の通りですが……もはや人里は壊滅状態…。里の主要人物が何人も死亡し、今まともに機能してるのは
我々治安組織だけのようです。」
霊夢たちに会った保安官の最初の言葉がそれだった。その場に居る者たち全員の顔色が暗い。
「我々は誰が無事で、誰が犠牲になったのかも把握しきれていません。しかし、死者の数は全体の半分に上るかと…
予想しています。」
「到着が遅れた私にも責任があるわ…。」
「いえ、御気になさらずに…我々の力不足が生んだ結果です…。」
空気も重かった。疲労そして恐怖、絶望…。それがこの場にいる全員を覆い尽くしていた。
「今後の予定は?」
「先ほどから頭を悩ませておりましたが…今や人里は我々にとって非常に危険な状態となっております…。
願わくば、どこか安全な場所に拠点を移したいと考えていたところです。
しかし、我々の所有する弾薬は底を尽きかけており、とてもではありませんが我々だけで敵を駆逐するのは不可能です。
これでは安全な退路が確保できない上、里中に避難している住民たちを救い出すことも難しい…。
あなた方の助けを待ってるところでした…。」
「そうね…。一刻も早くここから脱出しないと…全員死ぬわ。それは、私たちも含めて…。」
「…それはつまり…?」
「幻想郷から脱出しなければ、全員ここで死ぬことになるのよ。詳しいく説明すると時間が掛かるから、理由は後々説明する。
とにかく、今無事でいる全員。それはあなたたち人間そして妖怪たち。すべてを幻想郷の外に脱出させなければならないのよ。」
「なんですと…!?して、その方法とは…。」
「現段階での最有力候補…それはこの人里のすぐ近くにある命蓮寺よ。」
「まさか…聖輦船に乗って他の世界へ脱出すると!?」
「そういうこと。」
保安官含め、その場で話を聞いていた者一同が、目を点にしている。
「今からその準備を始めてもらうわ。私はすぐに命蓮寺へ向かう。」
静まった室内で数人が肩を落している。誰もなにも言わなかった。
保安官は霊夢を見て小さく頷き、その案の了承を知らせた。彼らには一刻の猶予も残されていなかった。
どんなに過酷な道でさえ、人里はそれを飲まざる負えない状態となっていたのだった。
霊夢はパンと手を叩く。
「そう沈まないでよ!みんな頼りにしてるんだから…。じゃあ保安官さん。私が居ない間、ここをあなたに任せます。
すぐに戻ってくるからそれまで辛抱しててよ。」
「ああ…。私たちもあなたのことを信頼しています。お気をつけて。」
屋根へと向かう霊夢。その後を魔理沙が追っていく。
「私もお供するぜ。もしかしたら命蓮寺も危険な状態かもしれん。」
「うん。」霊夢はそれだけ言うとさっさと屋根へ続く階段を上がった。
それを聞いた魔理沙も帽子を押さえながら素早く階段を駆け上がった。
―――
紅魔館は暗く沈んでいた。
木々のざわめきと共に聞こえてくるのは妖精の笑い声や獣の鳴き声。
おかしくなってしまった妖精や突然変異を起こした動物たちが、このエリア一帯を徘徊していたのだ。
紅魔館の一室に光が灯っている。
全ての窓には鍵とカーテンが掛けられ、室内の光や音が外に漏れないようにされていた。
「さてまぁ…こんな状況になってこの後どうするかって話だけど…。」
ソファーに腰掛け口を開くのは紅魔館の主、レミリア・スカーレット。
隣には妹のフランドールが眠っている。
「霊夢たちと合流したいわねー。」
机を挟んだ向かいに座る幽々子がそう言う。一緒に居た妖夢も同意見の様だ。
「わたしは咲夜が戻るまでここに残るつもりよ。行くならフランドールも一緒に連れて行ってほしい。」
幽々子はそんなレミリアを見て「んー。」と声にならない言葉を発した。
「咲夜が来るまで一歩もここを動かないわ。」レミリアは最後にそう付け足し、幽々子に自らの意志の固さを示した。
「フラン、起きなさい。」ソファーの上でぐっすりと眠るフランドールの肩を揺らすレミリア。
「あと五分〜。」
「ダメよ。起きなさい。大事な話がある。」
ゆっくりとフランドールは起き上がり、眠そうな目を擦った。
「よく聞きなさい。今外は大変なことになってる。私の仲間や部下たちは殆どが死んだ。
紅魔館周辺は異形の化け物と狂った妖精に埋め尽くされているわ。だからアンタは幽々子たちとここを出なさい。
もう一人でも、あなたはやっていけるわ。そして何とかしてこの世界から脱出するのよ。」
「なんで。」
「なんでって。ここは危ないのよ。だから逃げなさい。」
「なんで。」
「なんでって。ここは危ないのよ。だか…。」
「だから、なんで私が逃げなきゃいけないのよ。」
「なんでって。ここは…。」
「だから、なんで吸血鬼である私が逃げるだなんてはしたない行為をしないといけないのよ。」
「なんでって。こ…。」
「ふふふ。仲がいいのね〜。」
「…。」
「私も姉ちゃんとここにいる。」
「…勝手にしなさい…。」
突然閉められたドアを叩く音が室内に響いた。
一同がそこを振り向き、身構えた。敵が館内に侵入した可能性があったのだ。
「ちょっと!なんで鍵がかかっているのですか!!開けてください!!」
「あら咲夜の声じゃないの。」幽々子がそう言った。
レミリアが急いでドアの前までジャンプする。
ドアノブに付けられた鍵を回してやると、勢いよくドアが引かれ、その向こうで咲夜がひっくり返っていた。
「咲夜…。」
「いたた…ただ今戻りましたわ…。」
しばらく見つめ合う二人。固まっていたレミリアは咄嗟に我に返り、気づいたころには咲夜に抱き着いていた。
「馬鹿…さっさと帰ってこい…。」
「申し訳ありません。永遠亭は酷い有様で…。」
「とりあえず中に入りなさいよ。」
幽々子が微笑みながらそう言うと、二人は恥ずかしそうに部屋へと戻った。
「医者は連れてこれませんでした…申し訳ありません。それで、美鈴は容体は…?」
顔を見合わせる一同。
「一応生きてるわ。地下に幽閉しているけど。」
「幽閉!?」
「ええ。おかしくなってしまったのよ…。急に笑い始めて…その内に周り中に弾幕をばら撒き始めたわ。
だから仕方なく、閉じ込めた。」
「この館の反省部屋よ。」幽々子がそう言う。
「あら…そう言えばあなたたちは冥界の。」
「おじゃましてます。」ペコリと妖夢が頭を下げる。
「で、咲夜。永遠亭では何があったの?詳しく聞きたいわ。」
急に咲夜の表情が暗くなった。余程のことがあったに違いない。
「道中で逃げ惑うウサギと何度もすれ違いました。中には攻撃を仕掛けてくる者もいまして…
なんとか竹林を通り抜け、永遠亭に到着したのも束の間…そこからは猛烈な死臭と咽返るような血の匂いが漂っていました。」
妖夢がガタガタと震えはじめた。蝋燭の炎がユラユラと揺れている。
「庭には死体が蠢いてました…。まるでその姿は…ゾンビです。格好を見る限りでは、患者や看護婦たちのようでした…。
さらに、室内では気の狂った妖怪たちに襲われました。それは私の知り合いだった者達で…。」
「永琳はどうなったの。」
「彼女の奇声を聞きました。それと同時に女性の悲鳴も…。その姿をこの目で見たわけではありませんが…
もはや彼女は正気を失っているようでした。それで、命の危機を感じ、永遠亭から脱出。
襲い掛かってくる者達を回避し、やっとここまで戻ってこれました…。」
「じゃあ医者が居なくなったってわけか…もう病気を治せるやつは居ないってことね…。」
「人里にはまだ医者が居る可能性がありますわ。」
「でも人里だって無事ではないはずよ…。数時間前、そこから立ち上る煙が見えたし…。
死体が蘇るのなら、人里にもゾンビが発生しているはずだもの…。」
「なんだか…中々楽しそうな世界になったじゃない。これで退屈せずに済むわ。」
そんなことを言うフランドール。陽気に笑う彼女を見て一同はどこか心強いとさえ思った。
「じゃあ、咲夜も無事帰ってきたことだし…。霊夢たちと合流しましょうか…。」
「そうねー。霊夢は今どこに居るかしらぁ?」
「人の居るところに居るはずよ。」
「では向かう先は人里ですかね…。」
レミリアたちも出発の準備を開始することにした。 一同は紙を広げ、必要な物を書き出し始める。
「武器と医薬品。最低限の食料…こんなところですかね。」
「日傘も忘れないでよ。」
「あ、おやつもね。」
「……では、館内を回ってこれらの物を回収してまいります。」
「行ってらっしゃい。」
一秒後
「ただ今戻りました。」
「ご苦労。」
拍子抜けしたように妖夢が目を丸くしていた。
「アンタの従者はまだまだね。さぁ行くわよ!」
「もう妖夢。情けないわよ。」
「そんなぁ…。」
―――
闇に包まれた幻想郷に光が灯った。しかし、それが人々にもたらしたものは希望でなかった。
…妖怪の山が激しく燃え盛っていたのだ。その炎は先日の雷による火災などとは比べものにはならない規模で、
山全体を覆うように包み込んでいた。その光を見た誰もが悟った。天狗を始めとする、山の組織も崩壊したのだと…。
寺子屋の中では、そこに避難した者たちが蝋燭の小さな光を囲みながら身を寄せ合っていた。
そこに居る者たちの多くは子連れの大人たち、そして家族を失った子供たちだった。
皆、普段から訪れているこの場所に助けを求めて集まっていたのだ。
釘付にされた玄関の扉や雨戸の外からは死者たちの唸り声が絶えず続いている。
この状況では外に出ることなど問題外。
しかし、寺子屋にある食料の残量は少なく、何時までもここに篭っていられないことは皆分かっていた。
「せめて今晩だけは…なんとか耐えきらねば…。」
寺子屋の責任者となった慧音がそう漏らした。何人かの子供たちは疲れたのかぐっすりと眠っているが
慧音たち大人は全く眠れない時間が続いていた。柱時計のリズムがシンと静まり返った室内に響いている。
時計の針は午後九時を指していた。
「彼が意識を失いました。」
それを聞いた慧音が立ち上がる。
「何時だ?」
「気づいた時には…。ですがまだ生きています。」
「油断するな…。」
教室に使われていた部屋に避難者たちは隠れていたが、その脇にある部屋にも数人の人々が居た。
彼らは布団の上で眠る男性について深刻に話し合っている。男性はゾンビに噛み付かれ、高熱を出して寝込んでいたからだ。
「先生が来たぞ。」
部屋にやってきた慧音が男性の容体を見る。
「彼も、閉じ込めた方がいいかもしれん…。」慧音は肩を落としてそう言った。
他の者達も異論は無いようだった。
寺子屋にはすでに鍵の掛けられた部屋がいくつかあった。
それらは避難してから発病、又は死亡した者達を閉じ込めておくために使われていたのだった。
「しかし、次は何処の部屋を使います?もう空いている場所も残り少ない…。」
「どこでもいい、空いている部屋へ。彼に身内は?」
「居ないはずです。」
「…よし…移動させよう。」
集まっていた数人が彼の体を持ち上げようと手を伸ばした。
「一二のさぁ…。」
「よせぇぇ!連れて行くな!!」
突然、眠っていた男性が大声を上げた。
一同が驚いて手を放すと、彼は大急ぎでその場を逃げ出そうと部屋の隅に向けて走り出した。
「僕に近寄るな!!」
「落ち着け!どこにも連れて行かない!」咄嗟に慧音も声を上げる。
「う…嘘を付くなああああ!!」男性が障子戸を開けて駆けだした。
慧音たちも彼を追い、走り始める。
閉ざされた障子戸が次々に開け放たれ、男性は真っ直ぐに玄関を目指した。
焦った慧音は弾幕で彼を攻撃し、気絶させようとするが…。
「おい!そこは開けるな!!」誰かが叫ぶ。
逃げ惑う男性はそのすぐ目の前にあった木製の扉のノブを回し勢いよくそれを開け放った。
「よせ!!」
寺子屋のすべての部屋に鍵が付いているわけではない。
死体を放り込んだ部屋のいくつかにはドアノブが付いているだけの部屋もあった。
たとえ死体が蘇ったとしてもドアノブを開くことはできないだろうと判断したからだ。
その部屋は狭かった。しかし、そのドアを開けた瞬間放たれた強烈な死臭に誰もが鼻を覆う。
中は真っ暗でよく見えない。だが次の瞬間…
「ぎゃああああああ!!」
男性の悲鳴。暗闇から腕が突出し、彼の顔をガッシリと掴んでいる。
「銃だ!銃を持ってこい!!」
「たすけてえ!誰か!死にたくない!!」男性の顔を掴んだ腕に徐々に力が込められていく。
その力は人間が出せる力の値を遥かに上回ったもので…。
「ああああああ!あああああ!」
指先が彼の顔面の皮膚を抉り始めた。
一本の指が片目に押し込まれ始め、そこから大量の血が流れ出る。男性はこの世の物とは思えない絶叫をし、
血の涙を流していた。
「奴を殺せ!!」
男たちが銃を構える。
轟く銃声。倒れる男性。そして暗闇から姿を現すのは人間ではない、妖怪のゾンビだったのだ。
「撃ちまくれ!!」さらに数発の弾丸がゾンビ妖怪へと撃ち込まれる。
しかし、ノロノロと歩くそれは弾丸など物ともせずに、射殺された男性の体を貪り始めた。
「しまった!弾が切れた!!」その叫びを聞いた慧音が刀を抜く。
「私が始末する!!」
駆け出そうとした慧音。そのとき、寺子屋の外から何者かの声が聞こえてきた。
「ここに誰かいるよー!!」
「きゃー遊ぼう遊ぼう!!」
慧音を含めその場にいた全員がその声を聞いて驚愕した。
幼い子供の様なその声は確実に寺子屋の外から発せられたものだ。
「今のは!?」
ドォン!!!
壁に何かが激突し、天井から細かい砂が降ってきた。
次の瞬間。慧音たちの頭上にあった小さな天窓のガラスが音を立てて粉砕する。
慌てて、顔を覆う慧音たち。そして見上げたそこには…。
「何して遊ぶ!?かくれんぼ!?それとも弾幕ごっこ!?」
小さな妖精が顔を出していた。青いワンピースに緑の髪。霧の湖をねぐらにしているはずの大妖精だ。
「それ!!」
大妖精の腕から鋭いクナイ型の弾幕がばら撒かれた。
あまりに突然の攻撃に、その場でその弾幕を避けきれたものは誰も居なかった。
直撃を受けた数人が後方へと跳ね飛ばされる。慧音はバランスを崩し、障子戸を突き破って床に叩きつけられた。
「あははははは!みんなよわああああい!私の勝ちいいいい!!」大妖精が室内に降り立つともう一匹の妖精が
天窓から顔を出す。どうやら湖から大妖精にくっ付いてきた妖精のようであった。
様子を見に来た大人たちが悲鳴を上げる。その声が妖精たちの次の目標を定めさせた。
「向こうにも人がいるよ!!」
「わははははははは!!」
大妖精が再び大量の弾幕をばら撒いた。
障子が弾幕によって穴だらけになり、その奥に居た一人が悲鳴を上げて崩れ落ちる。
大妖精は名前に大が付くだけあって、他の妖精たちとは一線を画する実力を秘めていた。
強力な破壊のエネルギーを含んだその弾幕は人にバットで殴られたような痛みと衝撃を食らわせ、
場所が悪ければ深刻なダメージへと発展させてしまうだけの威力があった。
その弾幕の一発が近くの窓を塞いでいるバリケードを破壊していた。
中に生きた人間が居ることに気付いたゾンビがその窓を潜り、中に侵入しようと群がり始めている。
「させるか!!」
別の銃を持った男が窓の奥に居るゾンビに狙いを定め、引き金を引いた。
ゾンビの頭を撃ち抜いた弾丸が跳弾し、甲高い音を立てた。
「助けを呼べ!!」慧音が叫ぶ。
「どうやって!」
「屋根に上って叫ぶんだ!!」
先ほどの男性の死体を貪っていたゾンビが起き上がり、慧音に迫り始める。
「くそおおお!!」
刀の刃が振り切られ、宙に頭が飛ぶ。妖怪ゾンビの頭だ。司令塔を失った体は力なくその場に崩れ落ちた。
しかし、転がり落ちた頭が唸りながら尚も口を動かし続けている。
驚いた慧音は刃を縦にし、一気にその頭に刀を突き刺した。
―――
「保安官!寺子屋の様子が!!」
事務所の男たちが一斉に窓から寺子屋方向を覗く。
数発の銃声の後、天井で手を振りながら助けを呼ぶ男の姿が確認されたのだ。
「俺が行く!!」保安官が声を上げた。
「しかし玄関は塞がれていますし、外には死者どもが!」
「屋根から飛び降りる!!」
屋根へと駆け出す保安官。助手が彼のあとに続く。
「無茶ですよ!!」
屋根の上では数人の猟師たちが、寺子屋付近のゾンビを狙撃しようと銃を構えている。
「おいお前ら!援護しろ!」
「援護?一体何を…。」
その場に居た全員が目を疑った。屋根の端から保安官がジャンプし、近くに生えていた木の枝に飛びついたのだ。
「信じられん!なんて無茶を!!」
彼の助手は、目を覆いながらその様を見ていた。
「おい!事務所は頼んだぞ!」そう言った途端、地上に着地した保安官が寺子屋を目指して走り出した。
「貴方はいっつもそうだ!!」
「全くねー。じゃあ私も行ってくるわ。」
助手の背後から、いつの間にか居たアリスが飛び立った。
彼女はゾンビを撒きながら走る保安官の背後を低空飛行しながら、周囲に戦闘用の人形を展開させた。
「一人で行くなんて無茶ね。殺されるわよ。」
「覚悟の上だ。それより、付いてきたんならお前も覚悟するんだな。」
―――
命蓮寺に到着した霊夢と魔理沙は、二人の妖怪の無残な死に様を知り、顔をしかめていた。
敷地の一角には簡単な墓が作られ、線香が焚かれている。
「寺を聖輦船に戻すための魔力の注入は既に始まっています。」
「じゃあ、白蓮は本殿に?」
「ええ。我々は寺の周辺に現れ始めた化け物どもを攻撃し、ここから退けていました。」
命蓮寺の周囲は二メートル程の石の壁で覆われている。
それは、ゾンビたちから内部を守る障壁として十分すぎるほどの機能を発揮していた。
化け物たちは正門付近に集中し、辺りにはゾンビの亡骸や異形の怪物の死骸が転がっている。
寅丸たちは、霊夢と魔理沙がここに到着するまで、ずっとここを防衛していたのだ。
「聖はもしもの場合、ここを避難所にすると言っていました。さらには、ここから脱出する準備も…。
どうやら、その通りになるようですね…。」
「さすがは白蓮だぜ。仲間を失いつつも、これだけ的確な判断をするとはな。」
「頼りになるわ。じゃあ生き残りたちをここに避難させましょう。聖輦船出航にはあとどれ位かかるのかしら?」
「そう長くは掛かりません。あと一時間かそこらで、寺が聖輦船へと変化するでしょう。」
「じゃあすぐにでも人里の生存者達をここに移動させましょう。私たちは奴らから人里を奪還するために戻るわ!」
正門では再び戦闘が始まっていた。
命蓮寺の付近にはゾンビを始め、周囲の森から集まってきた狼のような奇怪な生物、気の狂った妖精と妖怪たち
が数多く徘徊しているようだった。
門を守るナズーリンとムラサは続く連戦に息を切らしながら月明かりの下で戦い続けている。
「里から何体かやってきているようね…。」
霊夢たちは人里へ戻るため再び空へと舞い上がった。
「門は任せたわよ。」
「わかりました!」
霊夢と魔理沙は人里が騒がしくなっていることに気が付き、急いでそこを目指し始めた。
「なにかあったようだぜ。」
「そのようね。すぐにやつらから人里を取り返するわよ。」
「腕が鳴るぜ。」
スピードを上げて飛ぶ二人を妖怪の山の炎が照らしていた。
―――
寺子屋を包囲していたゾンビたちが次々と倒れはじめる。
屋根で助けを呼んでいた男はその様を見て、ホッと胸を撫で下ろした。里で最も信頼できる人物と、
里で最も親しみ深い魔法使いが助けに来てくれたからだ。
「俺は突入する。ゾンビを寄せ付けないでくれ。」
「分かったわ。」
破れた窓から保安官が中を確認する。
「おい!何してる!!」
「きゃはは。誰!?」
妖精の血走った目が保安官を見た。その瞬間、考えるよりも早く、銃の撃鉄が下ろされ直後に引き金が引かれる。
弾丸に頭を撃ち抜かれた妖精は悲鳴を上げることも無く静かに崩れ落ちた。
窓を潜り抜けた保安官に室内で彷徨っていた数体のゾンビも瞬時に射殺されていく。
「おお!助けが来たぞ!!みんな!事務所から助けが来たぞ!!」
教室に避難者たちの安堵の声が響いた。
その傍らでは息を切らした慧音が、力なく腰を下ろしていた。刀には多量の血が付着し、そのすぐ近くには
体を二つに切断され、血だまりの中で死んでいる大妖精が居た。
「助かった…。」慧音はそう言ってやってきた保安官を見た。
「立てるか?」
「ええ。」
保安官事務所の玄関が開け放たれ、新たに編成された治安部隊が攻撃を再開した。
命蓮寺から戻った霊夢達の報告を受けた保安官の助手が、計画されていた脱出作戦の第一段階を開始したのだ。
霊夢と魔理沙も上空から目に入ったゾンビすべてに攻撃を加え始めた。
「おらおら!そんな動きじゃ私の攻撃は避けられないぜ!!」
「ちょっと!建物は壊さないでよ!!」
戦闘音を聞いた他の避難所が次々に明かりを付け始める。
隠れていた猟師や消防団員たちも次々に反撃を開始したのだ。
「中々賑やかじゃない。宴会よりよっぽど愉快だわ。」
「わたしは宴会のほうが好きよ。美味しいものも食べれるし。」
上空では紅魔館からやってきたレミリアと幽々子たちが、戦闘の再開された人里を見下ろしていた。
「では、私たちも花を添えに行きましょうか。敵が残っていたらの話ですけど。」
ナイフを取り出した咲夜がそう言う。
「フラン。敵と味方の区別はちゃんとついてるわね。」
「気持ち悪いほうが敵でしょ!」
「その通り。敵は容赦なくぶっ壊しなさい。」
「妖夢。人間達を守りなさい。行くわよ!」
「了解です!」
勝負はあっという間についた。
外を徘徊するゾンビの殆どが行動を停止して地に伏せている。霊夢たちが全力で奮闘した結果だった。
中央通りは死体に溢れていた。その殆どが肉体を酷く損傷させ、血と内臓を吐き出している。
そして彼らはゾンビ化したとはいえ、もともとは全員人里の住人達だったのだ。
徐々に明らかになる被害の全容に人間達はこの小さな勝利の裏に隠れる大敗を思い知ることとなった。
「博霊殿…生存者についてですが…。」
彼の表情を見た霊夢はすぐに悟った。これから告げられる惨状についてそれを聞く覚悟をしなければならないことを。
「生きている者の中で…健康に活動できる者は、百人にも満たないようです…。
他は手の施しようのないような大怪我、又は病気…彼らも死亡したのち起き上がる可能性があります。」
霊夢は重く頭を下げ、それを耳にしていた。隣にいた魔理沙が保安官に言う。
「おやじはどうした…。」
「ここには居ない…。店も半壊している。」
「そっか…。」
それだけ言うと魔理沙はどこかへ行ってしまった。誰も彼女に慰めの言葉を掛けたりはしなかった。
それが彼女の内に秘めた悲しみのトリガーになることを誰もが気づいていたのだ。
人々は着々と人里から離れる準備を進めていた。
放置された死体からは鼻を劈く死臭が立ち上り、周囲からそれを食い物にしようとしている獣たちを呼び寄せている。
時期にここは地獄へと逆戻りするだろう。多くの者は二度と人里へ戻ってこれないことを悟っていた。
慰霊や遺留品。家族構成の記された書物などを持ち出そうと、戻った自宅ですでに死亡した身内と遭遇する悲劇が
何件も起こった。家族のゾンビに襲われて死ぬ者もいた。そして、あまりの絶望に自宅で自害する者まで現れていた…。
それだけこの事件が里の人々にもたらしたダメージは大きかったのだ。
「霊夢…。幻想郷から脱出するのね…。私たち以外の妖怪たちはどうするの?」
静まった人里の事務所でレミリアは疑問を次々にぶつけ始める。
「出航したあと、幻想郷中を巡回して生存者を回収させるわ。
だから、空を飛べない者は今のうちに命蓮寺に向かわせる必要がある。
それでも集まらなかった者たちは諦めるしかない。」
「そう。……それで、行先は?」
「それは白蓮たちに任せてあるけど…。現状では魔界が最も有力な候補かしら。」
「なるほど。そこで、この惨劇の犯人捜しをするって訳ね。」
「………。」霊夢が黙り込む。
「どうした?」
「それについて私の計画を話さないといけない。できるだけ多くと話したいの。
だから、魔理沙やアリスも呼んでこないといけない。幻想郷をこんなにした犯人に復讐をするために…。」
―――
「第一陣がもうすぐここを出発するわ。アンタは彼らと共に命蓮寺へ向かいなさい。
個人的な頼みだけど、敵が彼らを襲ったら助けてやってね…。」
事務所から出た霊夢がレミリアに言う。
「いいよ。霊夢もすぐ来てよね。」
「ええ。」
里の第一陣が出発の準備をしている。その者達は殆どが手ぶらだった。残ったものは我が身一つ。
大切な物と者を全て失ってしまっていたのだ。そのなかにウサギたちを引き連れた鈴仙の姿もあった。
彼女たちは事務所に避難した時から今まで、人里最後の医者として、人々に付きっ切りであった。
「あなたは永遠亭の!!」その姿を見た咲夜が叫ぶ。
咲夜を見た鈴仙は、彼女たちが無事だったことを知り、一人胸を撫で下ろした。
「永遠亭のことは知っているの?」
「いいえ…部下を一人向かわせましたが…まだ帰ってきません…。」
「永遠亭は…。」
咲夜は今まで見てきたことを包み隠さず鈴仙に伝えた。尊敬していた人物の末路や友人たちの最後…
その全てが鈴仙の心に深く突き刺さったが、今の鈴仙にそのことを気にしている余裕などなかった。
「私は…医者として…人々を助ける義務があります…。
永遠亭がその有様で、山があれでは……医者は今、この世界に私一人しか居ないはずです。
ならばなおさら…悲しみに暮れている暇など、私にはありません…。」
鈴仙は声を震わせながらそう言い切った。
咲夜も周囲でそれを聞いていたウサギ達も皆鈴仙の覚悟を知り、彼女がもう一人前の医者になっていることを知った。
「ならアンタたちを守ることが私の役目ってとこか。」
いつの間にか鈴仙の背後に回っていたレミリアがそう言う。
「出発するよ。」
治安部隊とレミリア達に守られながら、第一陣のグループが命蓮寺へと足を進めた。
余り距離は離れていないとはいえ、道中の危険は未知数であり、何が襲いかかって来るか誰にも分からなかった。
第一陣の移動のさなか、命蓮寺の方向に眩い明かりが灯る。ついに寺が聖輦船へと復帰したのだ。
その大きな船体から放たれる神々しい光は、暗い夜道を歩く人々にほんの僅かな希望を与えた。
保安官事務所の職員たちは一握りを残し、第一陣と共にその殆どが人里を脱出していた。
人の居なくなった室内の彼方此方にはごみが散らかり、今まで続いていた混乱を物語っている。
「まだ居たのか。お前も船へ向かわないと、置いていかれるぞ。」
「うん。」
保安官は事務所の脇でぼんやり座る橙にそう言った。橙はとても悲しそうに頭を垂れている。
霊夢に、主人たちの最後を告げられていたのだ。幼い彼女にとってその内容は衝撃的な物だった。
次々に去っていく仲間たちを送り出す保安官もまた気が沈んでいる。
長く親しんだ事務所。人里。そして彼が今まで銃の引き金を引いてきた相手の殆どが彼の顔見知りか知人だったという事実。
閑散とし始める室内に残る者達も皆々その感情を抱いていた。
まもなくこの事務所も記憶の中の思い出になろうとしているのだ。
「保安官…阿求殿が、人里に留まると言っています。どうやら彼女は…。」
助手が保安官にそう告げる。
「駄目だ行かせろ。」
「しかし…離れたがりません。自分の役目があると。」
「今はここを離れるのだ…。そして生き延びて自分の役目を果たし続けろと伝えろ。」
「…分かりました…。」
「お前ももう行け。殿は私が勤める。」
助手も事務所を出た。外では助手の家族が彼を待っていたのだ。
彼の子供は事務所に残った保安官たちに手を振りながら、徐々船へと遠ざかっていた。
第二陣も出発の準備を始めていた。
自分の生まれた場所から戻った魔理沙はその中に唯一の肉親の姿が無いことを確認した。
未練など無い筈であったが、心のどこかに残っていた蟠りが魔理沙の胸を傷つけている。
側でそれを見ていたアリスはそれが魔理沙の優しさだと彼女に言って聞かせた。
頬を染めて魔理沙は首を横に振る。素直になれない自分にそう暗示をかけているかのようだった。
聖輦船の内部に次々と物資が運ばれていく。人里の人々の手に握られている物一つ一つが
幻想郷の思い出を深く物語る品ばかりであった。
搬入を手伝う寅丸たちは、聖輦船が真の意味で宝船へと変貌していくのを感じた。
それは短い間であったが、ここで生活した彼女たちにとって喜ばしいことでもありながら、
悲しい事実でもあった。
「さぁまだまだ入れられるよ!でも時間がないからね!」
甲板から地上を見下ろしたムラサが叫ぶ。白蓮は船の舵をムラサに託していた。
元々は彼女のために作った船なのだ。尚、今回は自動航行ではない。
「これだけ光っていれば、生きている者は皆ここを目指すでしょう。
ムラサ、今しばらくここに碇を下しなさい。」
「了解。聖は助けを求めている人たちの元へ向かって。船の操作は私だけで十分よ。」
「はい。」白蓮が笑顔を見せた。ムラサも彼女に笑って見せた。数日ぶりの笑顔だった。
脱出作戦は着々と進行しつつあった。まもなく聖輦船は出航し、幻想郷全土を旋回したあと、ここを脱出するだろう。
その時は間もなくやってくる。夜は深け、時計の針は深夜を指していた。
恐らく船は夜明けと共に出航することになるだろう。
―――
夜が終わりに差し掛かった頃、ついに絶望の足音が迫り始めた。
それを見た誰もが思わず息を飲んだ。森に轟く咆哮。飛び立つ獣たち。
膨れ上がる『何か』は、巨大な塊となり、その重い足を上げ始めた。
「あれは何の冗談だ…まさか…私が森で見た化け物なのか…。」
「…戦う意志のある者は何人いる…?」
人型のそれは森の木々よりも遥かに大きくそびえ立っている。その体は自然、建物、生き物…たくさんのそれらが
寄せ集まってできているようだった。
「魔理沙…先に船に向かいなさい。」
焦りながらそう言い放つ霊夢。
「馬鹿か、私も行く。あんな化け物…お前らだけに任せおけるかよ…。」
第二陣が今まさに人里を立とうとしている時だった。
人々は悲鳴を上げ、そこから目を離さない。巨大な恐怖が彼らの足を竦ませた。
「ムラサ!何時でも飛び立てるよう準備をしなさい!私は敵を食い止めに行きます!!」
「分かりました。必ず戻ってくださいよ。」
そう言って聖は駆け出した。『何か』は真っ直ぐ聖輦船を目指して歩いてくる。
彼女は、奴を一秒でも多く足止めすることが自分の使命だと直感した。
命と引き換えにしてでも…。
「寅丸。一旦ここはあなたに頼みました。」
「えっ…聖!?」
その言葉だけを残して、聖白蓮は船から飛び立った。
迫る『何か』を見た吸血鬼の姉妹とその従者も船を飛び立つ。小さな復讐の時がやってきたと、三人は意気込んでいた。
「幽々子様!!私たちも行きましょう!!」
「…妖夢、覚悟はできてるの?」
「もちろんです!」
魂魄妖夢もその後を追って飛び立とうとしていた。
「元々、私たちはこの船には乗らないしね。みんなの未来を繋ぎ止めに行きましょうか。」
人里からは霊夢がすでに飛び立っていた。魔理沙もその後を追って箒へと跨った。
「本気で戦うの?」
「当然だろ。みんなが逃げる時間を稼ぐんだ。」
「なら私も黙っては居られないわね。アイツは強いわよ。
みんな本気でアイツとぶつかるだろうから、味方にやられないよう気を付けなきゃ。」
魔理沙はアリスの体からはち切れんばかりの魔力が放出され始めていることに気が付いた。
「私も、見方を殺さないよう気を付けなきゃね…。」
幻想の空に集いし者たちの前には地響きを立てながら森から抜け出した『何か』が立ちはだかる。
そしてその周囲には羽の生えた巨大な虫や獣の大群が飛び交っていた。
聖輦船の出航を阻止するために動き出したそれらは意志や感情など持ち合わせない殺人マシン。
しかし、対する幻想郷の精鋭たちもここぞと最後の幻想郷の輝きを放とうとしていた。
空が明るく染まっていく。妖怪の山の炎ではない。たくさんの閃光。爆発。
今までのそれの規模を遥かに上回る量の弾幕。それらの色とりどりの輝きは今、幻想郷全土を包み込んでいる。
それはまるで真夜中の太陽だった。
「何してる!見とれてないで走れ!!」
聖輦船へと走る人里の第二陣に向けて慧音が叫ぶ。
獣たちの動きが一層と活発になっていく。そのすべてが聖輦船の出航を阻止しようと動き始めているようだった。
数十人の人間達は今にも出航しそうな聖輦船に乗り遅れまいと、皆必死に砂利道を走った。
重い荷物を捨て然る者もいる。
「おい!あれは何だ!!」
砂利道の脇から、巨大な蛾が突如として飛び出してくる。驚いた数人がその場に尻餅をついた。
「構うな走れ!!」
集団の最後尾を守っていた保安官がそう叫びながら銃の引き金を引き続ける。
体を撃ち抜かれた巨大蛾は大きく羽ばたき、人々の頭上を旋回し始めた。
蛾だけではない。狼やネズミの大群が聖輦船を目指して疾走している。
その姿は醜く淀み、どれも原型を全く留めていないものばかりだ。
「くそ!今や幻想郷自体が敵になったのか…。」
第二陣にも死者が出始めていた。
獰猛な獣たちが次々に彼等に襲いかかり、今その息の根を止めようと一斉突撃を掛けてきたのだ。
「抑えきれん!」保安官の銃の弾丸が尽き、彼は背中に背負っていた刀を抜いた。
彼の後ろでは消防団の副団長やその仲間たちが、襲いかかる獣たちから人々を守るため死闘を繰り広げている。
男たちに今まさに飛びかかろうとしていた、獣の体が真っ二つに切断された。
同時に発射される強力な弾幕が獣たちを貫き、周囲に小さなクレーターを作り始めた。
「あなたたちは急がなくていいの?飛べないんでしょー。」
「彼らは殿なのよ。命を捨てる覚悟がなければここまでは出来ないわ。やっぱり人間って面白いわね。」
保安官たちの頭上から更なる弾幕が張られ、周囲から迫っていた敵が次々に撃ち抜かれていく。
「はやく行きなさいよ。」
そこにいたのは夜中だと言うのに日傘を差し続ける妖怪少女、風見幽香と鈴蘭畑からやってきた毒人形、メディスン。
「見て、空に大きな弾幕の花が咲いているわ!」
全くその通りであった。そのおかげで、夜道であるにもかかわらず人々は明かりなしで全力で走ることが出来た。
聖輦船へと続く道の敵が徐々に駆逐されていく。その中を走る人々は、闇の中を高速で動き回る
幾つもの人影を見ていた。
正門を必死に防衛する寅丸とナズーリンの視界に、走る人々の姿が入ってくる。
そしてそこに襲い掛かろうとする獣たちが見えないほど高速の何かに吹き飛ばされていくのを
彼女等も目撃した。そんな中、一際大きな猪のような獣が寅丸目掛けて突進を開始した。
「くっ!なんて巨大な…!!」
ナズーリンも含め、その襲撃に対する反応が完全に遅れてしまった。猪がその大きな口を裂けんばかりに
広げ、鋭く尖った牙を寅丸に向けるが…
たった一度の瞬きより早く、その猪が解体された。
石壁の上に着地する何者かは笑いながら二本の短剣をクルクルと振り回している。
「間に合ってよかった。船はまだ出ないようだな。」
天狗だった。驚く寅丸の前にも次々と天狗たちが姿を現し始めた。
「あなた方は山から来られたのですか!?」
「その通り。そして山の生き残りは我々、天魔親衛隊と少数の部隊、そしてさらに少ない妖怪たちのみだ。」
天狗に守られた山の妖怪たちが次々に茂みからやってくる。
その数はごく少数であったが中には寅丸たちの良く知った妖怪たちも含まれていた。
「おお!近くで見るとやっぱりすごいな!!」河城にとりはそういって巨大な聖輦船を見上げる。
仲間の河童たちも同じように頭を上げている。
「山では一体何があったのですか!?」
その問いかけに、石壁から飛び降りた天狗が答えた。
「爆発的に広がる病をなんとか封じ込めようと、天魔殿や神社の神々は山の閉鎖を行ったのだ。
しかし、彼等自身も病に侵され、山の未来が絶望的と見た我々は脱出作戦を決行した。
すぐに人里にでも向かおうと思ったんだが、光り輝くこの船が見えたのでね。慌てて進路変更をしたのだ。」
「じゃあ!?山のリーダーたちは!?」
「結果的に全員死んだ。我々は狂気に支配された天魔どのと山の神社を殲滅したのち、生存者を集め、山に火を放ったのだ。」
「………そうですか…ではすぐに乗船を…敵が迫っています。」
戦火は徐々に聖輦船に迫っていた。
上空で戦う霊夢たちが押され始めているのである。
地面が大きく揺れ、地面が山のように膨れ上がる。
それは腕のような形に変化していき、空戦を続ける霊夢達を覆い尽くそうと一気に天空を煽り始めた。
「なんだありゃあああ!!」
スピードを上げる魔理沙。ファイナルスパークの媒体となるスペルカードを取り出し、発射しようとしたが…
「私に任せなー!」
聞き覚えのある声が魔理沙の脇を通り過ぎていく。手には光り輝く剣が握られていた。
「天人のそこ力を見せてやるわ!!」
「げっ!あいつは!!」
巨大な腕が粉々に粉砕され、各地に泥の雨が降り始める。力が有り余っているのか、尚も笑い続ける比那名居天子は
周囲に迫る獣たちにも攻撃を開始した。
「助けが遅れて悪かったわねー!天界のみんなは、地上を恐れて知らんぷりしてたのよーー!!」
それを聞いて、魔理沙も攻撃を再開する。魔法のレーザーが巨大な蜂を撃ち落とした。
しかし、巨大な『何か』はその足をゆっくりと確実に進め続けている。その周囲にはツルの様な細長い触手が伸び、
近寄る生物すべてを取り込もうと、蠢めいていた。
「こいつ!!いくら壊しても復活しあがる!!」
フランドールやレミリアの攻撃によって『何か』の体は何度も崩れ落ちていたが、その分離した腕などの体の一部が
単体でも攻撃を始め、その猛攻は吸血鬼の二人を圧倒する勢いだった。
「ダメー!抑えきれないわ!助けて姉ちゃん!!」
「馬鹿!」フランドールの服の襟を掴み、一気に空高く飛び上がるレミリア。
「グングニルで奴を射抜いてやるわ。アンタはもう船に向かいなさい。」
「でも!あいつ強すぎるよ!!グングニルだけじゃ!!」
「私を舐めるな!最大出力で撃つから、後ろで見てろ!!」
大空に真っ赤な閃光に包まれる。それを見上げた霊夢たちが一目散に撤退を開始する。
「地球ごと撃ち抜くつもりかしら!?」
「早く逃げましょう…。」
霊夢とアリスが獣たちを退けながら、高速で『何か』からの距離を取った。
その後を妖夢と咲夜が必死に追う。二人とも既に傷だらけだった。
「魔理沙と天人さんー逃げないと死ぬわよー。」
幽々子と白蓮が魔理沙と天子に呼びかける。
「くそぉ…敵が多すぎて、身動きが取れない…。」
魔理沙の周囲では巨大なカラスに似た化け物が飛び回り、その鋭い爪と口ばしによる攻撃が次々と繰り出されていた。
幽々子の声を聞き、必死に逃げ出そうとする魔理沙だったが、息が上がり、魔法の出力も低下し始めていた彼女には
それだけの敵の攻撃を回避しながら飛び回る力がもうほとんど残っていなかった。
隙を見せた魔理沙に獣たちの攻撃が集中する。
「しまった!箒が!!」
箒の柄が圧し折れ、バランスを崩した魔理沙が大空のど真ん中へと投げ出されてしまった。
「危ない!!」
白蓮がそこへ飛び出し、落下する魔理沙を受け止める。しかし、敵の攻撃も間近に迫っていた。
「スターダストレヴァリエ!!」魔理沙は落下しながらも死力を込めた弾幕を撃ち放つ。
そんな中を白蓮は魔理沙を支えて一気に飛び抜ける。レミリアはその姿をしっかりと確認していた。
「ぶっ潰れろ…化け物…。」
発射されたグングニルは通常の倍サイズ。幻想郷を一直線に走ったその光は瞬く間に爆発、炎上し炎へと姿を変えた。
巨大な『何か』の咆哮が響く。崩れ落ちていくそれは炎に包まれ、暴れ回るように自身の体を周囲にばら撒き始めた。
楽園炎上。そのとき、幻想郷全土が火に包まれていた。
「出航するわ!!」
ムラサ船長が地上に居る者達に呼びかけた。
「そんなもん捨ててけ!!」
ナズーリンが叫ぶ。
集団の最後の人間が背負っていた荷物すべてを置き去りにして聖輦船の中へと駆け込んだ。
「タラップを落せ!出航!!」
聖輦船の巨体が轟音と共にゆっくりと持ち上がる。船を囲むように、天狗たちも飛び上がった。
『何か』を足止めしていた者達も次々に甲板へと降り立つ。
白蓮と魔理沙が降り立った時、聖輦船はすでに地上から何メートルも上昇していた。
「魔理沙…怪我は無い?」
「…白蓮…。」
魔理沙を心配した一言を発したあと、聖白蓮は力なくその場に倒れた。魔理沙の意識もどこかへと飛んでいく。
「おい!二人が倒れたぞ!!」
里の人間達が駆け出す。
「何てことだ……こんなに酷い怪我を……。」
ざわめく人々を潜り抜け、二人の容体を見る者が現れた。
「死なせないわ。誰か!二人をベッドへ運ぶのを手伝って!!」
鈴仙と生き残った部下たちだった。里の人々は手を貸し合い、傷ついた二人を聖輦船の中へと運んだ。
「姉ちゃん!しっかりして!死なないでよ!」
レミリアは咲夜に抱きかかえられながら帰還した。先ほどのグングニルに全力を尽くし、
自力ではもう空を飛べなくなってしまっていたのだ。
「私が死ぬわけないでしょう…。」
フランドールは涙ぐみながら、レミリアに声を掛け続けた。
「さっきのグングニル…凄すぎよ…やっぱ姉ちゃんは強いのね…。」
「当たり前でしょ…。」その一言を終えたレミリアが意識を失う。咲夜もフランも急いで彼女を室内へと運んだ。
里の人々が、レミリアのベッドを確保してくれていた。そこに寝かされたレミリアは小さな寝息を立てている。
「この様子ならまたすぐ元気になりますよ…。」
咲夜はそう言ってフランドールを元気づけた。
聖輦船のすぐ後ろまでやって来ていた霊夢、天子そして幽々子たちが空中で突然静止する。
一緒に飛んでいたアリスは振り返らずに聖輦船を目指し続けた。
燃え盛る幻想郷の大地が再び盛り上がり、そこから別の『何か』が攻撃を再開しようとしている。
「また来たわよ。」
霊夢はそう言ってボロボロになった袖口から陰陽玉を取り出した。
聖輦船へと到着したアリスがムラサの元へと駆け出す。
「船長、全員乗ったわ。今すぐ出発を。敵はすぐ側まで迫っている。すぐに転移しないとやられてしまうわよ。」
「了解しました!」
船の周りにエネルギーが満ち始めた。魔法の推進力が、少しずつ聖輦船を前へと動かしていく。
そのスピードは徐々に増していき、外に出ていた者は皆船内へと入り始める。
燃え盛る体を持ち上げ、聖輦船を追いかけようとする『何か』には更なる攻撃が加えられていた。
「もう少しよ…!」
霊夢の陰陽玉が『何か』の体の中に侵入して大きな爆発を起こした。
崩れ落ちる破片を潜りながら幽々子が最後の猛攻を仕掛ける。発射されたたくさんのビームがその巨体を貫き、
『何か』は再びその体を失いつつあった。
「これで奴はもう動けない。聖輦船は無事に魔界に行けるわね。」
幽々子はそう言って霊夢を見た。息を切らした妖夢は何も言えずただ、頭を垂れている。
「…ええ。これで一安心。」
空に再び閃光が走る。聖輦船から発せられたその光は、瞬く間に船を包み込み始めた。
「さよならは言ったの?」
「いいえ。」
光が一層強まり、それが最高に達した時、聖輦船の姿が幻想郷から消えた。
東の空からは別の光が漏れ始める。朝が来たのだ。
それと共に暴れまわっていた獣たちの姿もどこかへと消えていった。
『何か』も、もう起き上がらなくなっていた。
「終わったみたいね。じゃあ私は一旦帰る。」
「大丈夫なの?」霊夢が空に浮かぶ天子に言う。
「大丈夫よ。一週間の外出禁止を食らうだろうけど。」
空には霊夢と幽々子、妖夢の三人だけが残った。
眼下に広がる幻想郷はもはや楽園とは言い難い惨状となっている。
各所から火の手が上がり、真っ黒な煙が空を覆い尽くそうとしていた。
「誰も残ってないのね。」
「そのはずよ。」
「……なら後は待つだけか…。」
そう言った霊夢は眼下に広がる炎を見つめた。
かつて、喜びと笑顔に包まれた幻想郷。今はもうその名残は無い。
空からの眺めは、残った三人の心に深く刻まれた。思わず顔を覆う霊夢。妖夢も涙を拭いている。
しかし、その悲しみは何時までも続かなかった。
山よりも高く積もった悲しみは何時しか、それを遥かに上回る復讐心へと変貌を遂げた。
空に巨大な叫びが響き、やがて雨が降り始めた。
幻想郷を包む炎が徐々にその力を弱めていく。
それを見た霊夢たちも行動を開始する。この惨事を締めくくるために…
―――
〜時は一旦さかのぼる
「それがいろいろあってね…奇襲とは言え、完全に油断していたわ…。藍もやられてしまって…。」
「奇襲!?まさか…襲われたのね!」
「落ち着きなさい…今から話すことをよく聞くのよ。そして対策を練るの。貴方の使命だから…。」
流れる血を押さえるために霊夢はさとりのために出した毛布をそこに当て、止血を行う。
「敵は強力な攻撃魔法で我が家を攻撃し、あっと言う間に藍の命を奪ったわ…。
私自身も奴らの攻撃を食らい…致命的なダメージを負った……もう…助からないわ…。」
「そんな!!」
傷口に毛布を当てても、別の傷口から血が流れ出る。
脈ももう弱々しく、彼女の言っていることが事実であることは霊夢も薄々感づいていた。
「敵は…魔界からやってきた殺し屋たちだった…。侯爵級の悪魔も混じっていたのだから…。
ならば、この異変の犯人も恐らく、魔界に居るのでしょう…。いい、今、幻想郷には何らかの術が掛けられている。
それは、この世界のすべてを覆し、全く別の世界にしてしまう効果があるの…。」
「なんですって……!?」
「大昔、戦争でね…敵の国を滅ぼしてしまうために造られたのよ。
しかし、その効果の規模があまりに大きすぎて…何度か魔界は滅亡の危機に瀕しているわ…。
まぁ…魔界なんてしょっちゅう滅亡の危機に瀕してる上、超広大な面積があったから、術の効果の広がりに時間が掛かり
その間に対策を練ることが出来たの。でも幻想郷は違う。元々狭い空間の中に存在し、周囲を結界に守られている…。
もはや手遅れ…幻想郷は御仕舞よ。
この術について調べるうちに色々と興味深いことが分かった…。
時が経つにつれ、この術の使用法が確立されてきてね…目標の範囲に結界を張り巡らせて、術の効果が外に漏れないように
蓋をするのよ…。
幻想郷には…既に博麗大結界がある……。強力な結界を張り巡らせる手間を掛けずに済むってわけ…。
霊夢…あと数日かそこらで幻想郷はミキサーの中の野菜ジュースになるのよ…。」
「そんな……。(ミキサー?)」
「目標の世界が崩壊したあとはね…術によってもたらされた全てが無に帰すの…つまり、今森に現れている奇怪な
生物たちね…。それらがみんな消えてしまって、真っ新な空間が出来上がる…。それは、術を使った後、
そこを植民地にしてしまうためなの。きっと犯人たちは、ここにやって来るわよ…。幻想郷が崩壊した後にね。」
「それは…確かなの!?」
「恐らく…。犯人が魔界のどこに居るのかは分からない…でも…これだけ強力な術を使えるやつは…あまり多くないはず。
…それに…この術は禁断の術で使用が禁止されているのよ…。だからこれほどのことを一人でやるとは考えにくい…。
もしかすると…どこかの一家か…貴族か…秘密結社か…きっと複数の犯人がいるはず。」
「……それで…どうして紫が……。」
「……私がこの事実を知った直後に家が襲撃された。もしかしたら…犯人たちは常に幻想郷を見続けているのかもしれない。
ではそこに、一体どんな企みがあるのか……。そこんとこ…任せたわよ…。それと…ちょっとした証拠品が…。」
紫の手に何かが握られている。それに気付いた霊夢がそれをそっと受け取った。
「お金?」
「ええ…。そこから…犯人を辿ってちょうだい…。」
幻想郷では珍しい銅貨だった。表面には女性の顔が彫られている。
「これだけでどうやって…。」
「仲間がいるでしょ…頼りになる…それに幻想郷の最高神だってカンカンよ…彼もあなたの力になってくれるはず…。」
「…でも…紫は……。」
「泣かないで…………霊夢。…私は…」
紫は突然眠ってしまった。それに気づいた霊夢はその肩を必死に揺らすが、紫は目覚めなかった。
神社の中に静寂が訪れ、その中で霊夢は一人泣いた。これから待ち受ける、恐ろしい事実を知ったのだ。
そして、自分に圧し掛かる重すぎる使命を……。
〜〜〜
「と、いうことがあって…。」
保安官事務所の中で霊夢はその時、紫に言われたことすべてを話した。
その場にいる一同が息を飲みながらその話に耳を傾けていた。
「やはりね。なら十中八九、犯人は魔界に居る。」アリスが納得したようにいう。
「これがその証拠品。」
机の上にはあの時の銅貨が置かれる。
「…カジノのコインね。敵はギャンブル好きかしら。…必ず何か犯人を掴む証拠を出してやる。」
そう言ってアリスが銅貨を持ち上げた。
「それで、霊夢はどうするんだ。」
魔理沙は心配そうに霊夢を見つめていった。
「予想だけど…敵は…今もここを見ている可能性がある…どこまで詳しく観察されているのかは分からないけど…。
紫が、どのようにしてこの情報を掴んだのかは分からない。しかしそのどこかの過程で、敵に見つかってしまったのよ。
紫自身が見張られていたという線も捨てがたいけど…。
………私は幻想郷に留まり罠を張る。敵をここに誘い出すためのね…。」
「罠だって!?それは一体!?」
「この術は結界の中身だけを破壊する術なのよ。つまり、この術の施行には博麗大結界が不可欠だったってわけ。
じゃあ、この結界が不安定になり、今にも破損してしまいそうになったら…?この術は禁断の術。
使えば、ただじゃすまされない。そしてもしも、結界が破損し、術の効果が外界に漏れてしまったら…
そのニュースはすぐに魔界まで届くはず。犯人たちはそうなることを何とかして防ぐと思うの…。
そこまで行けば後は奴らを引っ掴まえて、正体を吐かせるのみ…。」
「つまり、それは…霊夢がここに残って…結界を不安定な状態にしてしまうと言うのね…。」
レミリアがそう言うと魔理沙は目の色を変えて霊夢を見た。
「そんな…!私たちと一緒に来ないのか!?」
「行けないわ。アンタたちは先に魔界に行きなさい。」
「霊夢一人を置いていけって言うのかよ…。」
「あら、私たちも残るわよ。」幽々子が焦る魔理沙に向けてそう言う。
「幻想郷の上にある冥界は厳密には結界の外なの。だからその術の効果は冥界には及ばないし、そもそも私たちは
冥界の住人だもの。それに、幻想郷の住人じゃない者だって何人かいるわよ。
天人や死神だって、元は結界の外の住人。宇宙人は…幻想の存在と判断されちゃったようだけど。
まぁ、ここに残るのは霊夢だけじゃないってことよ。」
「アリス、そっちと連絡を取り合う手段はある?」
「ええ。準備するわ。」
「よし…何とか…敵をここに誘き出せるよう努力はするけど…ダメだった時は…頼んだわよ。」
「任せてちょうだい。」「任せなさい。」レミリアとアリスが口を揃えてそう言う。
「じゃあ霊夢は…。」魔理沙は尚も不安そうに霊夢に問いかけるが…
「もしも、これが上手くいって…敵をやっつけられたら……再びここで会いましょう。」
皆、その一言を待っていた。魔理沙の顔にも小さな笑顔が戻っていた。
「じゃあ、さっさと聖輦船へ向かいなさい。時間は待ってくれないわよ。」
「おう…。」
皆が席を立つ。外では里の第一陣が出発の時を待っていた。
〜〜〜
―――
「ああああああああああああああ!!!」
「馬鹿なああああああ!!」
「やったぞ!勝った!!勝ったんだあああ!!」
「クソが!!なんで成功するんだ!」
「見たか!!言っただろ!!!絶対逃げ出せるって!!」
「てめぇ!仕込みあがったな!!ありえねぇ!!」
部屋に集まった者達の罵声が響きあっている。
「俺の全財産が……消えた……。」
「うへへへへへ!!悪いねぇ…あんたの土地全部買い占めてやるよ!!」
「わはははは!!信じられん!………何もかも…終わったああ!!」
勝利に歓喜する叫び…敗北に絶望する声…。
繁栄と没落を掛けた一世一代の大勝負の決着がついについたのだ。
「千、万、十万、百万、千万、一億、十億…百億…!!うはははははは!!」
「そんなぁ…あんまりだ…。」
「お客様。逃げられませんよ。」
数人の男たちが、取り押さえられている。
「兄ちゃん…どこへ行く気だい?これから二百年の強制労働だぜ。」
「ありえん…これは夢だ…。」
魔界に無数に存在するカジノ。そしてその中の一つに秘密の違法賭博部屋があった。
今そこで、闇の歴史に残る一大違法賭博が終了したのだ。集まっていたのは魔界中の貴族たち。
動く金は一国の資産レベルであった。
小さな世界を破滅に追いやるのはこれが初めてではなかった。
この違法賭博場のもっとも危険でもっとも魅力的なゲーム。
それこそこの、『エデン オン ファイアー』(楽園炎上)である。
一つの小世界の運命を賭けあうという、超が付くほど危険な内容に、暇を持て余している
魔界の貴族たちからの人気は上々だ。もちろん見つかった場合は全員ただでは済まない。
「さてみなさん。今年の『エデンオンファイアー』はどうでしたか?
とてもスリリングでしたね〜。さて、今回一番大儲けしたのは〜おや!
北の族長のようです!みなさん彼に大きな拍手を!!」
「ありがとう!ありがとう!!」
「さて!みなさん!我がカジノはこれからも皆さんに最高にスリリングなショウとゲームを提供したいと思います!!
ではこれにて!!閉幕!!」
湧きあがる拍手。歓声。悲鳴。カジノの支配人の満弁の笑顔と共にゲームは締めくくられた…。
―――
数日後。
カジノの周辺は軍隊に包囲されていた。
辺りは騒然としており、たくさんのマスコミが今まさに始まろうとしている突入作戦のもようを伝えようと
カメラをスタンバイさせている。
「支配人!!政府の部隊に包囲されました!!」
「馬鹿な…どこから足が付いたんだ…。」
「おい!テレビを見ろ!!」
『幻想郷からの生還者が持ち帰ったこのコイン!どうやら某カジノでのみ使用されるコインの様です!』
「馬鹿な、なぜあのコインが……。大体…あの生還者どもは何故生きてる…雇った殺し屋どもは
どうしたんだ…?」
「全員、殺されたようです…。」
『どうやらこのカジノの地下では違法賭博が行われていた様であり、政府は…』
「どうする…おい…どうする…。」
「支配人。良い案があります。幻想郷へと潜伏し地下に潜りましょう。
あそこは今、ほとんどの生物が死に絶え、結界の状態も不安定。管理人である巫女が死んだと思われます。
そこにはもう我々を脅かす者は存在しない。術者も連れて行き、結界を修復。そこを我々の拠点にするのです。」
「よし。ではすぐに職員を全員集めろ。」
「客たちはどうします?」
「特別会員以外はしらん。弾除けにでもなればいい。」
『どうやら突入が始めったようです!!』
―――
数十人のグループが幻想郷の空に光と共に出現した。
カジノの主要人物と、特別会員の貴族たちだ。荒廃した地上の上で彼らは、脱出作戦の成功を喜び合った。
「我々の転移の形跡は残していません。すぐに障壁魔法と防衛魔法を張り巡らせましょう。」
「よし。私は結界の修復へと向かう。」
行動を開始しようとしたカジノのグループは咄嗟に動きを止めた。空の様子がおかしいのだ。
灰色だった空がやがて真っ黒に染まっていく。雷の轟音が轟き、小雨が降り始めた。
「様子が変だ…。」
耳を劈く巨大な咆哮が幻想郷全土に響いた。
その声の主はゆっくりと巨体をうねらせ、空を縦横無尽に飛び回っている。
「あれは何だ……。」
「やっと来たのね!待ちくたびれたわよ!!こんな大人数でようこそ!!話は聞いてるわ、カジノの皆さん!!」
「……あいつは…生きていたのか……では何故結界が……まさか…これは…。」
空に浮かぶ博麗霊夢はそう言って小さく微笑んだ。その笑みの奥には恐ろしいほどの怒りが隠されている。
背後には幻想郷の最高神、龍神が渦巻いていた。彼の怒りも最高潮だったのだ。
「罠だったのか……。」
―――
空は晴れ渡り、大きな虹が掛かっている。
道端に出来た水溜りの中をカエルが泳ぎ、その上を真っ白な蝶が飛ぶ。
枯れていた花々は再びその息を吹き返し、折れ曲がった木々からは新たな芽が出始めていた。
まるでそれらは惨劇の跡を覆い隠すように幻想郷全土を包み込み、命の輝きを放ち始めていた。
青空にかかった雲の合間に光が灯り、やがてそこから一隻の宝船が現れた。
空を旋回していたその船は、ゆっくりと地上を目指して降下を始めた。
新しい時代が始まる。
end
Q なにこのオチ
A 実は最後まで考えてなかった
Q なぜこんなに長くなったのか
A わかりません。反省してます
Q これは本当にホラーですか
A もうどうにでもなぁれ
Q 幻想郷が燃えたのはレミリアのせいですよね
A 彼女ならやりかねないはずです
Q 早苗さんとか射命丸は?
A 発狂して死にました
Q 早苗さんは普段から発狂していますよね
A (^^
とにかく、間に合ってよかったです…。
十三
作品情報
作品集:
28
投稿日時:
2011/08/21 10:01:01
更新日時:
2011/08/21 22:00:17
分類
産廃百物語A
霊夢
魔理沙
その他
百物語とは、大人数が順番に恐怖の物語を語る催しであって、
いっぺんに百を超える厄災が襲い掛かるスペクタクルストーリーを披露するものではないです。
……すっごい、面白かったですけれど。
全く、すっげぇ下衆な理由であんなことしやがって……。
ジェントルメンには、無力化して意識を保った状態で『なって』頂きましょうかねぇ。
お山は閉鎖的かつ社会的であったがために、そこだけで完結してしまったのですか。
あそこの『なった』連中が殺到しなかっただけでも良しとしなければ。
幻想は、滅びなかった。
良かった良かった。
親の総取りだ。
最初は救難隊や施設科。
続いて普通科を救助や治安維持のために。
やがて彼ら及び特科を完全武装で。
残存した施設科に滑走路やヘリポートを整備させ、
輸送機や輸送ヘリをありったけ手配して。
で、シメは警務隊、と。
産廃的に、幻想郷の未来で賭けやってたクズ共が笑って終わりかなーとも思ったけど、
この王道なオチは魅力的でした、大作ご苦労様です!!
チョイ役かと思ってた保安官が最後まで良い味を出してました
そして最後まで出てこない守矢はさすが守矢
霊夢がカッコよすぎる。
戦闘シーンが凄すぎる。
作品が面白すぎる。
長かったけど読めてよかったです。
地底編や妖怪の山編も気になります!
登場人物が全員かっこよかった。
個人的には一番アリスのカッコよさが好き。