Deprecated: Function get_magic_quotes_gpc() is deprecated in /home/thewaterducts/www/php/waterducts/neet/req/util.php on line 270
『産廃百物語A「刀」』 作者: 紅のカリスマ

産廃百物語A「刀」

作品集: 28 投稿日時: 2011/08/21 13:06:30 更新日時: 2011/08/21 22:06:30
「これは……惨い」

 目の前の惨状に上白沢 慧音は静かに黙祷を捧げた。

 人里の何の変哲も無い一戸建ての家。
そこに住む家族が皆、殺害されていた。

 凶器は、台所にあったであろう出刃包丁。
それにより滅多刺しにされ殺された者が三人。

 父親と思わしき男に、子供二人。
そして、喉を自ら斬り裂き、果てたであろう母親が一人。
つまり、包丁は彼女の手に握られていた。

 一家心中かと考えられたが、直前まで食卓の準備が進められていたらしく、多少の争いはあったのか卓袱台の上にあった汁物やおかずが散乱。
お櫃の中の冷え切った白米が返り血に染まっている。

 慧音がここにいるのは、人里の守り手としてという理由もあるが、それ以上にここの家の子供達が寺子屋での教え子であるというのもあった。
出しゃばりな行為であるとは重々承知してはいる。
だが、出来ることならば教え子の為に、この不可解な事件を解決してやりたい。
そう考えている。

「しかし、これは……明らかに彼女の手で行われたものだが……何故、こんなことを……?」

 この家族が不仲だと聞いたことは無い。
寧ろ、里の中でも大層評判になる程に、家族仲が良好であったと慧音は記憶している。

 だからこそ、解らない。
何故、彼女がこの様な凶行に走ったうえで、自らの命すらも断ったことの理由が。

―――……何かしらの妖怪の類によるものか?

 一つの可能性として、妖怪の仕業であるというのが候補の一つとして挙げられた。

 しかし、それならば何の妖怪だろうか?

 地底には、他者の嫉妬心を操り、争い事へと発展させる『橋姫』という妖怪がいるという。
ならば、それに近い、何らかの方法で人の心を惑わし人を狂わせる妖怪がいるのではないか。

「……解らないな」

―――解らない。

 判断材料がまだ、あまりにも少な過ぎる。
とはいえ次にまた、この様な事件が起こらないという保証は無い。

「満月の日は、まだまだ先か……」

 満月の夜。
その時だけ、慧音は白澤としての力を使い、歴史を見ることが出来る。
その力を用いて、今回の事件の状況を把握しようと考えていたのだが、その肝心の満月の日は半月以上先のこと。

 だが、そんな悠長に構えて過ごしている訳にはいかない。
その日を待っている内に、再び事件が起こってしまっては遅いのだ。
望むのは早期の解決だった。

「……自力でどうにかするしかあるまい」

 慧音は、後のことを共に来ていた自警団の者達に任せ、現場を去って行った。














 翌日、再び事件が起こった。
今度は、前回の現場の後処理をした自警団員の一人が家族諸共、死亡しているのが見つかった。

「………」

 今回は包丁では無く、刀が用いられていた。
基本的に刀は、里においては自警団の者のみが帯刀することを許可されているものだ。
妖怪等から里を守る為に、最低限の武装は必要不可欠であるが、今回はそれが仇となった様な形だ。

 自警団員の男以外は一刀の元に両断されており、自警団員の男自身は自らの口の中に刀を突き入れて自害していた。
余程の勢いで貫いたのか、刀の鍔の部分が顔に触れんばかりに深く突き入れられていた。
家の中は家族全員分の血に染まり、辺り一面が目の毒になる程に紅い。

 この凄惨を極めた光景に、慧音も思わず目を逸らしたくなる。
彼の同僚である他の自警団員も顔色が優れない。

「二日続けて……一体、どういうことなんだ……」

 現場の状況だけを見るならば、どちらの事件も一家心中としか思えない。
しかしながら、どちらの家族も一家心中を行う様な家族ではないということを慧音は知っている。
そもそも行う理由が見付からない。
他の人里に住む者達も、そう思っている。

「慧音」

「ん……ああ、妹紅。何故こちらに?」

 馴染みのある声に振り向くと、そこには藤原 妹紅がいた。

「永遠亭まで送迎して欲しいと頼まれてね。その依頼を無事に終えて、その帰り道。何やら人だかりが出来てるなー、って思って覗いてみたら……という感じかな。一応、自警団の人に許可は取ったよ。そこそこ顔が知れてたみたいだから、すぐに入れて貰えた」

「そう、ですか……」

「にしても……酷いね、これは」

 事件現場の惨状を見て、妹紅も顔をしかめる。

「……けど、何となく妙な感じだ」

「妙、と言いますと?」

「この口の中を刀で貫いてる男よ」

 そう言いつつ、自警団員の男の死体を見やる。

「全くを持って躊躇している様子が見られない。普通の人間だったら精々、刀の先端が少しばかり貫通する程度で止めてしまうもの。自分を傷付ける時は、無意識の内―――本能的に、力を緩めてしまうものだからね」

「成る程、それは確かに……ですが、彼は」

「そう。刀の鍔の部分が口に触れるくらいまで刃を突き入れているのよ。正直なところ、正気の沙汰じゃない。完璧にイカれてるね」

「も、妹紅……流石にそれは言い過ぎですよ……!!」

「ん……ああ、申し訳ない。もう少し言葉を選ぶべきだったよ」

 同僚のことを悪く言われたことで、他の自警団員達が妹紅を睨み付けていた。
流石に言い過ぎた、と妹紅も即座に詫びを入れる。

「でもね……正気の沙汰じゃ無かった、って言い方は正しいと思うよ。比喩的な意味じゃ無く、直接的な意味でなら」

「それは、つまり―――」

「何かに操られていた可能性が高いとは思う。私の経験上ではね」

 妹紅の蓬莱人として培ってきた長年の経験。
その中でも、妖怪退治をしてきた経験が今回の事件における犯人。
それが、どういった手合いの者なのかを微かながら導き出していく。

「―――慧音、私もこの事件の解決手伝うよ。里に住んでる人達と無関係という訳でもないし」

「え、いや、申し出は有り難いのですが……」

「私なら大丈夫よ。荒事は慣れたものだし。それに―――」

―――私は殺されても死なないから、囮役にもなるだろ?

 そう慧音の耳元で彼女は囁いた。

「………」

「それじゃあ、今夜から慧音の家に泊まらせて貰うから、宜しくね」

「……解りました」

 そう言った後、妹紅は死体と現場に目をやりつつ、思案に耽り始めた。

「………」

 その申し出は慧音にとって、確かに有り難かった。
しかし、出来ることならば、自分の身体を自分の生命をもっと大切にして欲しい。
例え、蓬莱人であるが故に、それらが不滅の物であるとしても。

―――そうでなければ、哀し過ぎますよ……妹紅。

 だとしても、慧音にはただただ祈ることしか出来ない。

 哀しいかな。

 藤原 妹紅が忠告を聞き入れてくれたこと等、一度として無かったから。













 三途の川。
死者のみが渡されることを許されているこの川に、人里で起きた二度の事件。
その犠牲となった家族の霊達が渡りに来ている―――はずだった。

「―――」

 船頭を務めている死神の小野塚 小町は、渡し船の上で見事なまでに寝入っていた。

 サボタージュの泰斗とまで言われている彼女も今のところ、仕事はオフの予定なのだ。
ここ数日の間、三途の川に幽霊が訪れていない。
それ故に、堂々と居眠りに走ることが出来ている。

 だが、それはおかしな話だ。
人里で二家族分の人間が殺されているというのに。

「―――ごきげんよう。最近どうかしら?」

「ん……おや?これは、また珍しい客人もあるモンだねぇ。貴女が山からわざわざ、こんな所まで来るなんて」

 声を掛けられ起き上がると、舟が揺れ、視界も揺れる。

 小町がその揺れた視界で捉えたのは桃色の髪に、その髪を結わえているシニョンキャップ。
そして、右腕を覆い尽くした包帯。
その姿は小町にとって、幻想郷でもそれなりに見知った少女のもの。

 山に住まう仙人、茨華仙こと茨木 華扇だ。

「最近どうか、ねぇ……まぁ、御覧の通りさ。ここ数日は幽霊が全く来ていないおかげで暇だね」

「そう、ですか」

「それにしても、一体何の用があって三途の川まで?余程、大層な用事でもなければ、貴女からこっちを訪ねてくることなんて無いだろうしさ」

「……単刀直入に言ってしまうと、その幽霊がここ数日来ていないこと自体がおかしいのよ」

「ん?」

「聞いた話によれば、人里に暮らす一家の全員が死体で見付かった事件があったそうよ。それも、二日続けて」

「―――何だって?」

 華扇の言葉を聞き、小町が珍しく真剣味のある表情になる。
それ程の数の人間が死んでいるというのに、この三途の川へ、一人として霊が来ないのはどういうことなのだ。

「亡霊になっている訳ではないみたい。どちらも殺したのは家族の中の一人。突然、凶行に走ったという話だわ。それで、現在進行形で人里の自警団達とその協力者が犯人捜しの真っ最中」

「成る程ね……全く。面倒事が起きてる予感がするよ」

「もう起きてるでしょう?」

「違う。面倒事の中でも、とびっきり厄介な奴が起きてる気がするってことさ。あの紅白巫女程じゃ無いにしても、あたいの勘は当たるからね」

「……まぁ、彼女程の勘があったら、もう動き始めてるでしょうけどね」

「う……それを言われるとな……」

「兎にも角にも、幽霊が三途の川に来れない様な事態が起きているのは明白。早々に何とかすべきじゃないかと思って、貴女の所へ来た訳よ。当然分かってるとは思うけど、既に向こう側へいるべき者達をこちら側に留めておくのは……」

「あー、勿論だ。分かってるさ、分かってる」

「では、後は早急に行動をすべし。上司の説教は受けたくないでしょう?」

「はいよ、っと」

―――ま、勝手に持ち場を離れたことにも、説教はされそうだがねぇ。

 そう考えたが、上司の四季 映姫・ヤマザナドゥに後から説教されようとも、これは見過ごすべき事柄ではない。
彼女も頭が固い様でいて、意外と理解がある上司だ。
この件に関しては、勝手に持ち場を離れたことを説教される程度で終わるだろう。
その程度の説教で済むならば、それに越したことは無い。

 華扇に言われるまま舟から陸に上がり、自慢の大鎌を携え歩き出す。
そんな小町の後ろを華扇が追う。

「おや、貴方も来るのか。俗世には深く関わらないはずじゃなかったのかい?」

「……まぁ、そのつもりではあったのですがね」

「ふむ」

「一応は人里にも教えを説きに行っているから、無関係という訳でも無い。少々でも出来る限りの助力はしたいと思いましてね」

「ははぁ、成る程成る程……良いんじゃないかね。仙人らしくて」

「……それ、皮肉かしら?」

「別にそんなことは無い。あたいは、ただ素直に感心しているだけさ」

 ムッとした表情の華扇に、嫌味の無い笑みと共に言葉を返す。

「ま、あまり信用していないのは変わらずだがね」

「あら、そう。別に信用されようとは思っていないけども」

「ハハッ、そうかい。こっちも、お迎えの準備は出来てるから安心して寿命を迎えると良い」

「現状はお断りさせて貰うわ。やるべきことがあるもの」

「成る程、そういう―――と、着いたね」

「えっ?何処に……!?」

 気付いた時には既に、彼女達の目の前に人里の風景が広がっていた。
三途の川から、この人里までの距離は妖怪の山を挟んでいる故、それなりに距離があるはずだ。
ここまで早く着くはずがない。

「何時の間に……」

「単純なことさ。あたいが能力で距離を縮めただけのこと」

「……ああ。そういえば、貴方の能力はそういうものだったわね」

 言われて何処か納得がいったらしい。
ただ、小町が自身の持つ『距離を操る程度の能力』を使い、三途の川から人里までの距離を一時的に縮めただけのことだ。

「便利なものね」

「急ぎの時はな。普段だったら、のんびりゆっくり景色でも眺めながら歩いて来たいところだ」

「それならば、早々に事を終わらせましょうか。貴方が普段通りの調子で来れる様に」

「そうしたいモンだねぇ」

 そして、二人は人里へと足を踏み入れた。
この奇妙な事件の早期解決を目指して。













「―――全く、小町は。勝手に持ち場を離れて……とはいえ、今回はサボりという訳では無さそうですし、そこそこは大目に見ましょうか」

「……ですが、本来だったら彼女達の為すべきことではないのですがね、これは」

「己の起こした不祥事。もう気付いてるのならば、早々に尻拭いはして貰わないと困りますね」













 夜が訪れた。
辺りは闇に包まれており、人里は事件のこともあってか里の住人達の姿は全く見当たらない。

 動いているものと言えば、風に揺れ動く篝火。

 それに照らし出された武装した自警団員達。

 そして、藤原 妹紅。
彼女は、自警団員達が外側に対して警戒する中で、一人だけ内側の―――人里の中を見回っていた。

 犯人が里の中に未だ潜んでいる可能性は、低いとはいえ捨て切れない。
一先ずは、里を一回りしてみたものの、妖怪の類がいる様な気配はしない。
門も閉め切られており、その周囲は自警団達によって守られてはいる。
こうなると、外から侵入する為には里の周囲を囲う外壁を越えねばならない。
ただ、その外壁の上にも自警団の者が張り込んでおり、木端の妖怪程度ならば侵入を許すことは無い。

 この人里は昔から、友好的な妖怪達を受け入れている。
人妖平等を謳う命蓮寺を里の近郊に受け入れたのも、その延長線上のことだ。

 しかし、妖怪達と近しく接していたが故に、妖怪が人間にとってどれ程までに脅威であり危険なモノであるのかも重々理解している。
だからこそ、武装し鍛えられた自警団が存在し、里の周囲をさながら要塞の如く囲う外壁と堅牢な門が存在しているのだ。

「………」

 これ程までに厳重に警備を布いている今宵に、再び事件が起きるか否か。
それは定かではない。

 だが、それでも妹紅は見回りを続けていた。

 自分にとって大切な人物である慧音が困っているのを放ってはおけない。
ただ、それだけの理由があれば彼女には十分過ぎる。
それだけ、彼女の中における上白沢 慧音の存在は大きい。

「……全く。私は蓬莱人だから死んでも大丈夫なのにね……本気で心配してくれるのは―――」






―――ズ、ズ……。

「―――?」

 音が聞こえた。

 何かを引き摺っている様な音。






―――ズッ……ズズ、ズ……。

 再び音が聞こえてきた。
先程より近い様に感じられる。
こちらに近付いてきているのか。






―――ズズズズズ、ズズ……。

 一体、何が?

「………」

 思わず生唾を飲み込む。

 段々と近付いてくる音。

 何だ?

 事件の犯人?

 しかし、ここまで堂々と出てくるものか?

 この音の主が犯人ではない可能性の方が余程高いと思える。
だが、そうでないにしても、何かしら厄介なモノであることは有り得る。






―――ズズズズズズズズ、ズ。

 一際大きく音が聞こえた。

 どうやら、目前にある曲がり角の先に、何者かはいるらしい。

「……おい、誰だ?」

 躊躇することなく妹紅は、動きを止めた何者かに対し、声を掛けた。
正体も解らない相手。
危険は百も承知の上だ。

 とはいえ、妹紅にとってその様な危険は些細なモノでしかない。
殺されたところで彼女は蘇る。
蓬莱の薬により不老不死となった、蓬莱人であるが故に。

「もう一度聞くよ。誰だ?」

 再び、曲がり角の向こうの何者かへ問い掛ける。

 辺りを包み込む静寂と闇が、妹紅に更なる緊張を与える。






―――ズズッ……。

「―――ッ」

 何者かは何かを引き摺りながら、止めていた歩みを進め始めた。

 そして、それはゆっくりと曲がり角の陰から姿を現す。

「……何だ、アンタか」

 姿を現したのは、自警団員の内の一人だった。

 何故、持ち場を離れここにいるかは分からない。
しかし、相手が気の許せる相手であるということが分かり、妹紅の気が少々ばかり緩んだ。

 彼女は一歩、自警団員の方へ近付いた。

「―――」

「………?」

―――いや、待て。様子がおかしい。

 二歩目を踏み出そうとした時、向こうの違和感に気付き、歩みを止める。

 自警団員のその双眸は明らかに正常な者とは違う。
こちらに顔は向けてはいているものの、焦点が定まっておらず、虚空を見つめている。

 半開きになった口からは、だらしなく唾液を垂らし、乱れた荒い呼吸が漏れている。

 いや、それ以上にその手に提げているモノが、妹紅の警戒心をより一層強くさせた。
近くの篝火に照らし出され、はっきりと見える。

―――刀だ。

 それも、表面にヌメリとした真新しい血がこびり付いた。

「……おい、アンタ……」

 向こうが一歩踏み出す。
それに応じて、妹紅は一歩退く。

 再び向こうが一歩踏み出し、また妹紅は一歩退く。
それが数度繰り返された。

「―――」

 ゆっくりとした動作で、目の前の自警団員は刀を両手で持ち、その刃を天に向け、構えた。
その正気さの欠片も無い顔からは想像出来ない程に、洗練された印象を与える構えだ。

「………」

 そのまま、摺り足でジリジリと距離を詰めていく。
妹紅は出来る限り距離を取ろうと、更に後ろに下がろうとした―――が。

「ッ!!」

 壁だ。

 相手の挙動を注視し過ぎた結果、これ以上退けない位置まで下がってしまったのだ。

「―――!!!」

 それを好機と判断したのか、地を蹴り、自警団員が駆けた。

「うっ」

―――速い、想像以上に。

 妹紅が考え得る人間の速度を遥かに凌駕した速度で、一気に距離を詰められる。
反射的に防衛行動を取ろうとするも、向こうは息を吐く暇も無く、素早く次の動作に入っていた。

―――ザンッ。

「……あ゙ッ……!!!」

 右の肩口から、深く斬り込まれた。
背の方まで抜ける程に深く入った一撃は、鎖骨、肩甲骨を初めとする骨を割り砕き、刃の進行方向にある肉を斬り裂いていく。
内にある臓器も当然の様に千切れ飛び、そのまま脇腹まで刃が抜けると同時に、地面に零れ落ちていった。
そして、鮮血が一気に噴出する。

「ぐ……ガっ……あ゙、あ゙……」

 激痛が押し寄せるよりも先に、妹紅の意識は遠退き始めた。
まさかこれ程までに唐突に、あっさりと殺されてしまうとは思ってもいなかった。

 地面に落ちた上体。
その中で段々と離れていく意識。
薄くなっていく視界。
その視界の中で、自警団員が手に持った刀を首元に持っていき当てた。

「―――………!?」

 そして、躊躇すること無く刀を引いたのを見ると同時に、妹紅の視界は暗転した。













「おや、まぁ。こりゃ、酷いモンだ」

「いや、酷いって貴方ねぇ。既に殺されていた向こうの方々はまだしも、彼女は助けられたでしょうに……それを近くで眺めていただけな上に、その言い草は……」

 妹紅が殺された現場。
彼女の死体と、自害した自警団員の死体。
その傍に、二つの影が立っている。

 小町と華扇だ。
どうやら、先程の出来事を近くで眺めていたらしい。

「取り敢えず、どんなモンなのかを観察させて貰ったのさ。ま、流石にここまで突発的に事が起きるとは思ってもいなかったからねぇ……向こうの連中には悪いことをしたよ」

「目の前で殺されていくのを見捨てられた彼女にも謝罪をすべきだと思うのだけど?」

 華扇は、語気を静かに強めながら小町に言う。

「あー、っと……もしかして、怒ってるのかい?」

「当然。幾ら死神とはいえ、殺される人間を黙って見ているというのは、どうなのかしら?」

「んー。まぁ、確かに貴方が怒るのも無理はないね」

「だったら何故助けなかったのです?理由は?」

「そうだねぇ。こいつにゃ、そういう殺されるとかの心配は無用……それだけかね?」

「意味が分からない……それの何処が助けない理由なのですか?現に彼女はこうして……!!」

 小町の意味の分からぬ返答に、華扇は更に語気を強める。
その顔に、明確な怒気と軽蔑の感情を交えて。

 だが。

「―――……確かに、私にそういう心配は無用だよ。その死神が言う様に」

「………!!?」

 声と共に、妹紅の死体が炎に包まれる。
分かたれた半身、その双方を包み込み、二つの炎が巨大な一つの炎となる。
そして、炎の勢いが徐々に弱まってくると、人の姿を形取り始めた。
炎が完全に収まった時、そこには生前と変わらぬ妹紅の姿があった。

「なっ……ちょ、えっ……えぇっ!!?」

「ほら、だから言っただろう?心配は無用だと」

「いや、いやいや……そういう問題じゃないでしょう、これ!!?死人が生き返るって何事!?それも、キョンシーとかゾンビとかの所謂、動く死体的なのならまだしもよ……炎からって、彼女、不死鳥か何か!?!?」

「まぁまぁ、落ち付きなって」

 先程までの静かな怒り様が嘘の様に、物凄くテンパる華扇。
それを見て、小町は落ち着くように促す。

 目の前で死んだ人間。
それが目の前で突然、炎に包まれて生き返ったのだから、落ち付けと言う方が無理ではあるのだが。

「そもそも一体、貴女は……そういえば、貴女の顔。何処かで見た様な……?」

「私は藤原 妹紅……アンタは確か、茨華仙だろう?仙人の。たまに里で説法してるのを見たことがあるけど」

「藤原 妹紅……!!そうか、貴女が幻想郷縁起に載っていた不老不死の……」

「ああ、そっちで知ってたか」

「一度読んだ切りですが……その藤原さんが何故ここに?」

「大方、こいつのことだから寺子屋の半獣の手伝いとか、そんなところだろう?」

「……あぁ、その通りだよ」

「寺子屋の半獣……上白沢さんのこと?」

「そうよ……っと、こうしてる場合じゃない。慧音の所に行って、さっきの話を伝えないと。それに……服も、ね」

「服―――あっ」

 先程の炎で妹紅の服は焼け落ち、彼女はあられもない姿を晒していた。
それを見て、華扇は同性ながら思わず赤面する。

「……え、えぇ、はい。そうしましょうか、そうしましょう……か、風邪を引くと大変ですからね」

「あぁ……うん。心配有難う」

「じゃ、じゃあ、行きましょうっ」

(……女の裸見て、何を恥ずかしがる必要があるかねぇ)

 小町は内心、華扇のことを不思議に思いながら、歩き出した二人の後ろを付いて行った。
一先ずは、慧音と今回の事件について、話し合いをする為に。














「慧音、今帰ったんだけどちょっと話が―――?」

 慧音の家に戻ってきた。
すると、見慣れない黒い靴が二足、玄関に並んでいる。
その造形や大きさから考えるに、持ち主は少女であろうか。

―――こんな時間に客……誰だろ?

「妹紅、帰ったのですか……!?その格好……い、今、服を持ってきますっ!!」

 居間の方から出て来た慧音は、妹紅の姿を見た途端に血相を変えて、家の奥の方へ駆けていった。
服を取りに行ったのは分かるが、何故に、その様に慌てた様子になったのか。
それが、妹紅には今一つ分からなかった。

「慧音さん?何方かいらっしゃったので……あっ」

「お前……妖夢?」

「どうも……」

 客人は、白玉楼の庭師である魂魄 妖夢だった。
どうして彼女がここにいるのだろうか。
いや、そもそも彼女の他に、死神の小町が人里にいることも不思議だ。

「お前さんがいるってことは、この事件。やはり、冥界絡みの厄介事と考えても良いのかい?」

「それは……」

「やはり?どういうことよ、それ」

「服を持って来ましたよ、妹紅……?」

「ごほん……一度、落ち着いてから話しません?玄関で立ち話するのも何ですし、藤原さんも服を着た方が良いですし……」

 華扇が一度咳払いし、そう提案する。 
騒がしくなってきた場が一時、静まる。

「あー……そう、だな……事情は上がってから話そう」

「………」

「………」

 小町と妖夢は無言だったが、肯定はしている様だ。
妖夢は居間の方に戻っていき、小町は鎌を玄関口に立て掛け「邪魔するよ」と言い、家に上がり込んだ。
華扇も一言、「お邪魔しますね」と言い、小町に続く。

「それでは、私も居間で待っていますので……」

「分かった」

 慧音も居間の方へ入っていく。

 妹紅は、その場で服を着替えてから、居間へ向かうことにした。














「……やはり、犯人に襲われたのですか」

「ああ。それで、私を殺してそのまま自害……今までと同じ様に」

 居間にて落ち着いた一同は、一度ここまでの事件の概要を整理することにした。

 最初の事件は二日前に、次の事件は昨日起きた。
そして、三度目の事件がつい先程。

「今回殺されたのは自警団の方々と妹紅……で、良いのですね、茨華仙殿?」

「ええ。殺した側も自警団の者でしたけど、正気では無かったし、藤原さんの言う様に自害した。貴方達の話と照らし合わせた限りでは、同一の者による犯行でしょう」

「……今までは身内による身内殺しと思っていたが、今回起きた事件の話を聞く限りではただ、近くにいる者を無差別に……?」

 今までの事件の加害者も被害者も、双方共に家族内の者だった。
しかし、今回の事件での被害者は、詰所で待機していた自警団員の者達。
加害者となったのも、自警団員の内の一人。
この件だけで断定は出来ないが、犯人は単純に、一つの場所に多く集まっている人間を殺しているだけなのではないか?

「それで、死神の貴女は何故に人里に?」

「ここ数日、全く三途の川に幽霊が来なくてねぇ。これだけなら、最近じゃよくあることなんだが……そこに人里で起きてる事件の話を聞いたモンでね。これは何か厄介事が起きてるんじゃないか、とそっちの仙人様と昼頃から張り込んでたら……案の定って訳さ」

「幽霊が三途の川に来ていない……それは確かに妙だ」

 本来、死者の幽霊は、中有の道を通り三途の川へ向かうはず。
もしも、自分が死んだことを認めていないのならば、亡霊になり人里の何処かにいるはずだ。
死体もまだ、供養はしていない。

 だが、事件で死んだ者達の幽霊も亡霊も、何処にも見当たらない。
一体、何処へ?

「―――で、だ。何故、ここに妖夢が来ているのかについてだ」

「………」

「ああ、彼女は妹紅達が戻ってくる少し前に訪ねて来て……今起きている事件のことで話がある、と。それで、話を聞こうと居間に上げて、話が始まる直前に妹紅達が帰ってきたのです」

「成る程ね―――それじゃ、妖夢。その事件についての話、聞かせて貰えるかしら?」

「はい……」

 妖夢は一旦姿勢を整え、一呼吸置く。

「……数日前のことなのですが―――」

 そして、彼女は話し始めた。














―――数日前の白玉楼にて。

 庭の外れにある蔵。
かなりの年月開かれていなかったらしく、中は非常に汚れていた。

 そんな訳で、白玉楼にて働いている幽霊・亡霊一同総出での片付け作業ということになったのだ。
勿論のことながら、妖夢も片付けに参加している。

「それにしても色々あるわね……ゴチャゴチャしてる」

 役に立つのか立たないのか。
どれもこれも、よく解らない代物ばかりだ。
妖夢からしてみれば、大半の物がガラクタとしか思えない品々である。

 主人の西行寺 幽々子も全く入ったことがないらしい為、中にある物は全て先代以前の白玉楼の持ち主が収集した物ということだ。
幽々子の元々の持ち物という訳ではないが、現在の白玉楼の持ち主である故、片付けをしている幽霊達は捨てるか捨てないかの判断を逐一貰っている。

「西行寺様、こちらの物は?」

「そうねぇ……処分して良いわ」

「解りました」

「西行寺様、これはどうしましょうか?」

「んー、それは残しておいて頂戴」

「はい」

 等といった感じで、蔵の中の品々が次々と選別されていき、徐々に蔵が片付き始めた頃のこと。

「―――ん?これは……」

 妖夢がある物を発見する。

 それは細長い桐箱。
他の品と同じく、結構な量の埃を被っていたが、少々異質な部分があった。
箱の留め紐の結び目に御札が貼り付いている。

 御札に書かれている文字から判断するに、相当古い物だと考えられる。
だが、冥界内にあった所為か一切朽ちていることは無く、当時そのままと思われる形で残っていた。

「あら、妖夢。何か珍しい物でも見付けた?」

「あ、いえ……この桐の箱が少しばかり気になったもので」

「ふぅん」

 幽々子が、何時も通りのフワフワとした動きで妖夢の傍に寄り、桐の箱を妖夢から受け取る。

「……封印されてるみたいね。封印した当時はかなり強力なモノだったんでしょうけど、もう殆どと言って良いくらいに機能していないわ」

「何なんでしょう、この箱は」

「さぁね。見た限りは、刀……だと思うけれど、中に入っているとしたら。まぁ、こんな風に封印されてるのだとしたら、間違いなく曰く付きの厄介な一品ね」

「妖刀魔剣の類……という訳ですか」

「そういうことになるかしら」

「でしたら、これはどうします?」

「どうしましょうねぇ。不用意に処分すると危険そうだし……」

 扇子を開き、それで口元を隠しつつ、少しばかり幽々子は考え、

「取り敢えず、開けてみましょうか」

「はぁ、開けてみる……って、ハァッ!?」

 等と、とんでもないことを言い放った。

 あまりにも突拍子の無い主人の言葉に、思わず声を荒げ、驚いてしまう。
先程、自分の口で危険だと言っていたばかりではないか、と妖夢は思う。

「いや、いやいやいや……危険だとおっしゃったのは幽々子様じゃないですか!!なのにここで開けるんですか!?」

「ここで開けるから良いのよ」

「―――へ?」

 ここで開けるから良い、という幽々子の言葉にポカンとしてしまう。
どういうことなのか。

「少し考えてみなさい。もし処分したとして、それが誰かの手に渡ったらどうなるか」

「あー、それは……確かに。処分する物は質に入れたり、適当な方に渡して処分でもしようかと思っていましたが……流石に、この手の代物は駄目ですしね……」

「そう。けど、だからといって、このままにしておくのも気分が悪いでしょう?それならば、ここで開けてみるのが良いということ。所詮は刀の類。幽霊や亡霊なら特殊な物で無い限り傷は負わないでしょうし」

「もし、そういう特殊な物だったらどうするんですか……」

「その時は、妖夢。貴女が圧し折って頂戴。というか、刀だったら即座に圧し折って良いわ。どうせ処分するのだし」

「……そんなので良いんですか?」

「良いのよ。さぁ、開けて頂戴」

 一抹の不安が妖夢の頭の中を過るが、こういった危険な香りが漂う品物を現界に処分した方が遥かに危険であることは、十分に承知している。
それ故に荒っぽい方法ではあるが、彼女は幽々子の提案に賛同することにした。

―――不安であるのは変わらないが。

「……一応、紫様に相談してみる等は?」

「何で自分の家の所有物を友人とはいえ他所に相談しなくちゃいけないのよ」

「いや、まぁ、そうですが」

「良いからさっさと開けて、さっさと済ませましょう。まだ片付ける物も残っているし」

「あぁ、はい……それでは」

 最早、極々微弱な力しか感じられない程度の封印の御札。
覚悟を決め、妖夢はそれに手を掛け剥がし取る。
若干、静電気が流れた様な痛みが走ったが、ほんの一瞬のことだった。
留め紐の結びを丁寧に解いていき、留め紐を箱から外す。

 これで箱が開けられる様になった。

「………」

「………」

 見守る他の幽霊や亡霊達。
そして、主人の幽々子。
彼女達の視線を浴びながら、妖夢は箱を開いた。

「……?」

 どの様な妖刀魔剣の類が出てくるのか、と気を引き締めていたが、桐箱の中に入っていたのは予想とは異なる品だった。

「あの、幽々子様……これは?」

「解ってると思うけど……刀の鞘ね。鞘だけ」

 奇妙なことに、箱の中身は刀を納める為の朱塗りの鞘のみ。
納められるはずの刀そのものの姿は見当たらない。

「妖刀とかが出てくるならまだしも、鞘だけっていうのは……逆に不気味だわ」

「絶対に何かありますよね、これ……」

「なにも無ければ良いのだけれど……そんな都合良くは行かないわよねぇ……」

 しかし、その後も白玉楼において、特に変わったことは起きなかった。

 例の鞘は、不気味な雰囲気を漂わせていたものの、最終的には処分せずに箱に戻し、放置する形となった。













 それから何日か経ったある日のこと。

 白玉楼を八雲 紫が訪問した。
何時もの様に、唐突に現れたので妖夢が驚く。
そして、その様子を見て幽々子が軽く笑む。
紫が訪問してきた時のほぼ定例行事だ。

 ただ、その日来た紫は何処となく疲れている様に見受けられた。
目下に薄らと隈も寄っている。

「あら、紫。お疲れの様子かしら」

「えぇ……まぁ、少しばかり。人里の方で面倒事が起きていて、その状況を丸一日以上視ていたらね……妖怪とはいえ、流石に歳だし」

 彼女は、幻想郷の様子を隙間から覗く“眼”を介して、よく眺めている。
幻想郷の住人達の日常や、何かしらのトラブル等、様々な光景を。

 本人曰く、「幻想郷の流れを把握出来ずに管理等出来ないでしょう?」とのことだ。
見られてる方からすれば、プライベートも何も無いのが困りモノではあるが。

 今回は、何か人里で問題が発生したらしく、それを夜通しで見続けていたのだろう。
紫も姿こそ若い少女ではあるが、れっきとした妖怪である。
故に千年以上、下手をすれば万年以上の時間を彼女は生きている。
そこまで生きると妖怪とはいえ、眠りに就いている時間の方が長くなるものだ。
丸一日分起きているだけでも、それなりに体力を消耗するのであろう。

 とはいえ、冗談混じりな辺り、まだまだ余裕はあるらしいが。

「大変ねぇ。そういうのは霊夢に任せれば良かったんじゃないかしら?」

「あの子の―――いえ、博麗の巫女のすべきことは、あくまで“異変”の解決。あの子が自分から関わる気を見せない限りは、こういう“事件”の類に私は関わらせようとは思わないわ」

「そういうものなの?」

「そういうものなのよ」

「ふぅん……それで、人里で起きているっていう面倒事って何なの?」

「殺人事件よ。何時も眺めている限りでは、とても仲を違えることの無さそうな家族が、母親の手によって凄惨に。その上で、母親も自害したわ」

「それは、また酷いわね」

 紫が見ていたのは、里で起きた最初の殺人事件だった。

「それに、妙なのよね……」

「何が?」

「殺された家族の霊が何処にもいない。幻想郷全土を見渡しても」

「……霊がいない?それは確かに奇妙ねぇ」

「だから、異変である可能性も無いとは言い切れない所よ……現状では、被害は里のみだけれども、もしも里の外に広がる可能性があれば―――」

「霊夢に解決させる、と」

「そうね……出来れば、そうならないことを祈っているけど」

 その後は何時もの様な雑談をし、暫くして紫は白玉楼を去っていった。














 翌日、再び紫が白玉楼を訪ねてきた。
昨日以上に、顔には疲労の色がはっきりと見える。

 因みに、妖夢は現在、庭の桜の剪定をしている。
おかげで今日は、紫に驚かされずに済んでいた。


「顔色悪いわね。大丈夫?」

「少し疲れてる程度よ。大丈夫」

「そこは『亡霊の貴方程じゃないわよ、幽々子』くらいの返しを期待してたんだけど。余程お疲れみたいね」

「二日続けて寝ていないから……思った以上に堪えてる辺り、本当に歳かもしれないわぁ……はぁ」

「また何かあったの?」

「……またよ」

「?」

「また、人里で殺人事件。一昨日と同じ様な状況の」

「つまり、家族を殺して殺した本人も自害した。そして、霊の姿が見当たらない、と」

「………」

「―――紫?」

 唐突に紫が押し黙る。
そして、幽々子の顔をジッと見つめ始めた。

「どうしたの?」

「……ねぇ、幽々子。ここ最近、何時もと違うことを何かしなかったかしら?」

「何時もと違うこと?そうねぇ……蔵の整理かしら」

 何時もと違うこと、と言われても、最近のことで幽々子心当たりがあるのは、蔵の整理くらいだ。
それだけならば、特に問題は無い様に思われた。

「……一昨日の事件では、凶器に包丁が使われた。夕飯時だったから」

「………」

「そして、昨日。里の自警団に所属している父親が起こした事件。凶器は―――刀だった」

「……刀」

 そういえば、と幽々子は思い出す。

 蔵の整理の時に見付けた、あの朱塗りの鞘のことを。

「……幽々子。もしかして、蔵の整理の時に何か見付けたんじゃなくて?」

「―――そう、ね。妖夢が妙な物は見付けたわ。刀の鞘だけ。封印が施された箱に入ってたけど」

「よりによって開けたのね……」

「何となく嫌な予感はしてたのだけど、それが原因……なのよね、雰囲気的に……」

「……今すぐ、その箱と鞘持って来て頂戴。早急に」

 静かな威圧感を放つ紫に気圧されて、幽々子は近場にいた亡霊に言い、例の鞘を即座に持ってこさせた。
















「あぁ……やっぱり、これだったか」

 鞘を目の前にし、溜め息を吐く。

「一体これ、何なの?」

「……妖刀を封印しておく為の鞘よ、これは」

「妖刀を?でも、鞘の中身は最初から―――」

「そうね。妖刀とは言っても、正確には違う。例えて言うなら―――妖刀の亡霊……いや、幽霊かしら?」

「妖刀の……?」

「どちらもまた、正確な表現とは言えないのだけれどね……少しばかり昔の話になるのだけど」















―――それは、名も無き刀匠が打った刀だった。

 正しくは、彼は世に認められることの無かった刀匠だった。

 無名の刀匠の時代は、世にも名高い名匠である村正全盛の時代。
その他の刀匠達の作品等にも埋もれ、彼の作品が評価されることは殆ど無く、後年に作品が残ることも無かった。

 彼は、その事実を自分で認めようとは、決してしなかった。
彼は自らの手で、己の作品の優秀さを世に示そうと動き始めたのだ。

 しかし、その方法は誤っていた。

 彼の中で刀とは、人を斬ってこそ刀である意義がある、という認識であった。

 つまり、彼が行った方法とは―――人斬り。

 まずは、打ち首や切腹における介錯の代役等、合法的に人を斬ることの可能なものから始まった。
そこまでならば、まだ良い。
幾度となく次第に彼は、自ら打った刀が鮮血に染まることに、人を斬る際の感触に対し、魅力を感じ始めていたのだ。

 その魅力に気付き、刀匠は人の道を外れていく。
手段は何時しか目的へと変わり、刀匠は正真正銘の人斬りへと成り果てた。

 夜の人の少ない頃を見計らい、闇に紛れて見付けた相手を斬る。
それを繰り返すだけのことだった。

 刀は、人を斬れば斬る程、その血によって斬れ味が落ちていく。
だが、彼は刀匠である。
斬れ味の落ちた刀を打ち直すこと等は容易い。
血により斬れなくなろうとも、その血ごと刀を打ち直していった。
自分が殺した人間を刀に憶えさせ続けるかの様に。

 刀匠は老若男女を問わず斬り殺し続けたが、ある日、あっさりと殺されてしまった。
あまりにも見境無く斬り伏せていった結果、その途中で同じ人斬りに斬り掛かり、逆に斬られてしまったのだ。
元々は刀匠なのだから、剣術の心得等あるはずもない。
同じく刀を扱う者とはいえ、その差は歴然だ。

 刀匠は死んだ。

 刀匠を殺した人斬りは、刀匠の持っていた刀に目を付けた。
いや、惹かれたと言うべきか。
人斬りは、刀匠の死体から刀だけを奪い取り、その場を去っていった。














「―――そして、その刀は幾度も持ち主を変え、多くの人を斬り続け、何時しか妖刀と呼ばれるまでになり……最後は折れた。流石に、酷使されていたからね」

「つまり、その時に生まれたのが、その刀の幽霊の様なモノ。そして、それは刀に似た物―――つまり、刃物の類に取り憑く、と?」

「そう。刀に殺された者達の怨念、刀を振るった者達の欲望―――そういった刀に蓄積していた負の気質が具現化した存在。そういう意味でなら、アレは幽霊と言って良いかもしれないわね」

「付喪神みたいねぇ……付喪神の幽霊?」

「何にせよ危険な存在ではあったから、この鞘を媒介にして封印された訳。封印して徐々に弱らせ、百年単位で自然消滅させるつもりだったのだけど……」

「……あら?そういえば何で、白玉楼の蔵に入っていたのよ?」

「………」

 その質問を前に紫は言葉を詰まらせる。
幽々子が目線を合わせようとすると、彼女はさり気無く目線を逸らそうとする。

「紫?」

「……えぇ、そう。私よ、ここの蔵に入れてたのは。封印したのが当時の知人だったから、その後の保管を頼まれてね……」

「いや、何でうちの蔵に……」

「安全だと確信出来る場所だったからよ。アレは斬り殺したいという欲望の塊だから、もし解き放たれたとしても、幽霊と亡霊ばかりのこの場所ならば欲は満たされないし、アレが憑ける様な普通の刀も無いから。貴女の気紛れの行動もある程度予測はしていたわ……まさか、本当に開けるとは思わなかったけど」

「何だか、こっちとしては凄い傍迷惑な話だわ……」

 友人から信頼されていたが故なのか、単に厄介事を何時の間にやら押し付けられていたのか。
どちらにせよ、幽々子にとっては傍迷惑なことである。

「……うん、ごめんなさい」

 友人からの微妙な感情をぶつけられ、思わず謝罪する。

「でも、ここなら安全とは言っていたけど、実際に今は人里で暴れてるのよね?それに、幽霊に近いモノなら箱を開けた時に私達は気付くはずだったのに、全く気が付かなかった……何故?」

「冥界の住人が誰一人として気が付かなかったのは、気質が消滅寸前だったアレが周囲の気質に紛れて見付けられなかったのだと思う。私も気が付いたのはアレ自体の気質がある程度見える様になってきた、昨夜の時点からですし」

「木を隠すなら森の中、霊が紛れるなら霊の中……そういうことかしら」

「そして、もう一つの質問だけど……この冥界の環境ともう一つ、冥界と顕界を隔ててる結界で閉じ込めようと考えていた―――そんな時期が私にもありました」

 冥界と顕界を分ける結界。
幽明の境と呼ばれている結界だ。
本来は、冥界の霊達が顕界へと溢れぬ様に作られていたモノである。

 しかし、肝心の結界は春雪の異変の際に緩んだまま。
機能していないも同然の状態であった。

「あの結界、あのまま放置してるの紫じゃない?」

「………」

「それに、そもそもよ。わざわざ白玉楼の蔵にこっそり放置しておくくらいなら、自分のスキマの中に放り込んでおけば良かったんじゃなくて?」

「……あ」

「―――紫?」

「ごめんなさい、完全に忘れてたんです。失念してたんです、ごめんなさい」

 紫の二度目の謝罪は深々とした土下座も付いてきた。














「―――今までの話を聞いている限りでは、明らかにあのスキマ妖怪と悪食亡霊が原因な気がするのだけど」

 妹紅はそう、きっぱりと言ってのける。

「全く……あの亡霊の突拍子の無い行動にしろ、妖怪の賢者の怠慢にしろ……どうにかならないのか」

 慧音は、紫の怠慢と幽々子の行動に頭を抱えていた。

(……妖夢、お前さんは泣いても良いと思う。お前さんは上司に恵まれていなさ過ぎるよ……)

 小町も心の中で、この不遇な庭師を憐れむ。

「………」

 華扇に至っては、幻想郷の事実上のトップと冥界の管理者の体たらくに呆れて言葉すら無かった。

「本音を言いますと、責任の九割以上は幽々子様と紫様の所為な気はしなくもないです……はい」

 そんな中で、妖夢もボソリと本音を呟く。

「……その辺り、私も幽々子も色々押し付けてしまって済まないと思ってるわよぉ……」

「「「「―――ッッッ!!!???」」」」

 その場にいた妖夢以外の全員が、心の臓が止まるのではないかと思う程に驚き、飛び跳ねた。

「お、おお、おおおお脅かすなぁッ!!」

「妹紅、今は夜中ですのでもう少し静かに……」

 突然、自慢のスキマから顔を出し現れた紫に対し、妹紅は驚きのあまり思わず声を荒げてしまう。

 紫は、普段の胡散臭い雰囲気は為りを潜め、珍しく申し訳無さそうな表情を見せている。

「この方が幻想郷の賢者の……八雲 紫?」

「そうそう。ウチのボスが幻想郷訪れる度に、身を隠す妖怪の賢者だよ。ま、気持ちは分からんでもないがねぇ」

「うぅ、酷い言われ様……否定出来ないのも辛い……」

 小町に言われ、いじける妖怪の賢者。
最早、賢者としてのカリスマ等、微塵にも感じられない。

「……それで、何しに来たのです?妖怪の賢者殿。事件の詳細な原因については、妖夢から聞きましたが。後、貴方の管理怠慢についても」

「えぇ、まぁ……そういった事情がありますし……遅ればせながら助力に」

「助力、ですか。西行寺 幽々子の方は?」

「彼女は今回の件で役に立たないから連れてきていないわ。どうせ、アレは幽霊に近いから幽々子じゃ殺せないもの」

「あぁ、成る程……」

 幽々子の能力は『死を操る程度の能力』。
確かに、幽霊に近いモノだと言うのなら、元々命のあるモノでは無い為に殺すことは出来ないであろう。

「だからこそ、幽々子の代理として妖夢を連れて来た訳なのだけど」

「じゃあ、何故、妖夢と共に私の家に来なかったので?」

「それは、その……もう、話が進まないわ。今は一旦、私の提案を聞いて貰えないかしら?私に対する文句は後で幾らでも受け付けますので……」

「……分かった。では、貴方の提案とやらを聞こう」

 不満を隠せぬ様子で慧音は、紫の話を聞くことにした。
他の面々は、そのまま黙って話に耳を傾け始めた。














「―――以上よ」

 紫の話が終わる。
それは、事件の犯人である妖刀の幽霊(正確な呼称が分からない為に便宜上、今後はこう呼ぶことになった)を誘き寄せ、討ち取る為の策についての話だった。

「……ふざけるな」

「慧音……」

「慧音さん……」

 だが、その内容は慧音には受け入れ難い―――いや、とてもではないが、受け入れられるものではなかった。

 妖刀の幽霊は、人の作った刃物から刃物へと乗り移りながら、その刃物を手にしている者を操り人を斬らせる。
その上で更に、操っていた者も自害させていたのだ。

 殺された者達の魂は、妖刀の幽霊に取り込まれたかの様に、離れることが出来なくなっているらしい。
それがかつて、様々な人間を惹き付けた妖刀であったが故の力なのかどうかは定かではないが、このままでは永遠に成仏することはない。

 しかし、妖刀の幽霊は刃物に憑いている間しか、気質が見えないと言う。
これが、妖刀の幽霊と呼ばれるモノが幽霊とも亡霊とも付かない特殊な存在である理由だった。
だからこそ、何者かの手に刃物の類を持たせ、操られているその者ごと妖刀の幽霊を白楼剣で斬る必要があった。

 つまり、紫が提案した方法とは、妹紅に妖刀の幽霊を憑かせた上で、妖夢が白楼剣を用いて成仏させる。
そういうものだった。

「ふざけるな。例え、その方法が最善であったとしても、私は認められない……!!」

 慧音が紫の提案に反対の意を表明した。
しかし、それは当然のことではある。

 確かに、妹紅は不老不死の蓬莱人だ。
生贄として使うには都合が良いのだろう。

 だが、不老不死とはいえ、痛みは感じるし感情もある人間なのだ。
だからこそ紫の提案は、妹紅を大切に考えている慧音にとって、怒りを隠せないことだった。

「これ以上の犠牲を出さず、最も安全に事を終わらせる方法はこれが最善……仕方のないことですわ」

「仕方のないこと?どの口がそれを言う!?元はと言えば、貴方の管理怠慢が引き起こした事件だろう!!?関係の無い者が何人も犠牲になった!!更に、関係の無い妹紅を生贄にしろと言うのか……!?!?」

 感情の任せるままに慧音は、怒りを紫にぶつける。

「……確かに、管理怠慢だったのは認めざるを得ませんし、私は謝罪と助力をすることしか出来ませんわ……ですが、これは彼女達にしか出来ないこと。そして、この策を考えその準備を行うことくらいしか、今の私は役に立てないのよ。残念ながら」

「だからと言って……!!」

「―――では、貴方ならどうするのかしら?上白沢 慧音」

「ッ」

 その問いに言葉が詰まる。

「藤原 妹紅以外の誰かを犠牲にするのかしら?」

「それは……」

「私としましても出来ることならば、一切の犠牲を払わない手を打ちたかった……しかし、時既に遅かったのです。私が気付くのが遅過ぎた」

「だが、しかし、それは―――」

「慧音」

 慧音の言葉を妹紅が遮る。

「これ以上、何を言ったって押し問答になるだけだ。それじゃ、何時まで経っても事件は解決しないだろう?」

「ですが、妹紅……」

「八雲 紫。私一人が犠牲になれば後はどうにかなるんだな?」

「………」

 妹紅の問いに、紫はただ無言で頷き、肯定の意を表す。

「……良いよ。その策、乗ってやるわ」

「―――!!」

 本人の口からの肯定。
それだけは、聞きたくない。
慧音は、そう願っていた。
だが、現実となった以上、叶わぬ望みだ。

「妹紅さん……良いのですか?」

「構わないよ。死ぬのは慣れてる、痛いけど。後は妖夢、お前が失敗しない様にすれば良いだけの話だから」

「……分かっています」

 妖夢は既に、覚悟を決めていた。
知人を斬るのは、気持ちの良いモノでは無い。
しかし、この方法しか手が無い以上、覚悟を決めざるを得なかった。

「慧音……慧音が私を心配してくれてるのは重々理解してるつもりでいるし、私だって無闇矢鱈に死ぬのは避けたい」

「………」

「けれど、ここで私が犠牲にならなきゃ、人里で更に死人が出ることになるんだよ?」

「………」

「慧音は……それで良いの?」

「……私は―――」

 紫の策は、どうあっても認め難い。
しかし、最も犠牲を少なくする為には、慧音の中でも同一の方法しか導き出せなかった。

 そして、その策に妹紅は賛同した。
自らが生贄となり、犠牲となる策に。

 妹紅の決断と言葉に、慧音の心は揺らいでいた。

「―――私は、もう何も言いません……」

 妹紅が決断した以上は何を言っても無駄だろう。
幾ら否定をしたところで、妹紅が己の決断を曲げるはずもない。
悲しみと共に、諦めにも似た感情が慧音の胸に去来する。

「……彼女達は賛同してくれたみたいだけど、そちらで先程から黙り続けてる死神と仙人はどうなのかしら?」

「あたいは別に意義無しだ―――ただ、あたいの中のアンタの評価はだだ下がりさね……元々高くはないが」

「私の方も特には。正直、気分はすこぶる悪いですが」

 黙り込み、話を聞き続けていた小町と華扇も方法自体に賛同はした。
とはいえ、その内容が内容であるだけに不満が無い訳ではないらしく、紫を見る視線は厳しい。

「……それでは、また明日の朝に人里へ来ますので……では」

 それだけ言い残し、紫はスキマの中へ消えていく。
残された五人の間には、重苦しい空気が漂っていた。

 その空気故か、その後は碌な会話もせず、それぞれ適当な時間に眠りに就いた。













 翌朝。

 昨夜の内に殺されていた自警団の者達の死体は集められ、簡単に処理はされた。

 その後、八雲 紫が人里を訪れ、事件の原因について自警団の者達を交え話した。
当然、怒りを顕わにする者も何人か見受けられたが、相手は妖怪の賢者。
明らかに敵う様な相手ではないことは彼らも理解しており、反抗する意志等は一切無い。
ただ、彼女の謝罪のみで納得せざるを得なかった。

 それから、事件の解決の為の方法について、説明された。
とはいえ、昨夜に慧音達に話した方法の一部のみを話しただけだ。
流石に全容を語れば、自警団相手では反対も出るだろう。
そう思い、話さなかったのだ。
これについては、関わっている五名から承諾は得ていた。

 自警団にも、紫はある助力を頼んだ。
内容は単純明快。
里にある、あらゆる刃物を集めるということ。
そうすることで、妖刀の幽霊が何処に現れるかを確定させることが出来ると踏んだからだ。

 里の住人達を説得し、段々と集まっていく刃物の類。
その様子を眺めている慧音。
やはりと言うべきか、昨夜から悩み続けているらしく、表情は暗い。

「まだ悩み続けているのですか?上白沢さん」

「……茨華仙殿」

 そんな慧音に、華扇が話し掛ける。

「……私は、本当に正しかったのでしょうか。昨日の夜に、妹紅の決断を止めることだって出来たはず……なのに、私は」

「確かに、これから行う方法は最善なのでしょう、間違いなく……ですが、この方法が本当に正しいのかは量りかねます。不老不死とはいえ、自ら犠牲となる決断を下した彼女も」

「………」

「それでも、決断を下した彼女を信じることは正しいはず……」

「………」

「貴女にとって藤原さんは、とても大切な方なのでしょうからね。せめて、信じて待ちましょう?」

「……心得ています」

「……ごめんなさい、あまり気の利いたこと言えなくて。それに助力も思ったより出来そうにありませんし……」

「いえ、お気になさらずに……」

「………」

「………」

 会話が続かなくなった二人の間には、何処かぎこちない空気だけが流れていった。
しかし、慧音の表情は先程よりかは、幾分良くなった様に感じられた。














 そんな慧音の様子を小町と妹紅は遠巻きに見ていた。

「しかし、お前さんも酷いモンだねぇ。大切な女を哀しませるなんて大罪だよ、大罪」

「妙な言い方しないでよ。慧音は普通の親しい友人だ」

「普通の親しい友人、ねぇ」

「……何よ」

「別に何でも無いさ。精々、事件が終わった後は詫びを入れるのを忘れないことだよ。それがお前さんに出来る善行です―――なんてね」

「……言われなくても分かってる」

―――分かってるつもりだ。

 慧音に謝罪しなければいけないことは。
自分の選んだ行動で、彼女が悲しんでいたことくらいは妹紅自身、理解していた。
だが、里の人間が更に死ぬことでも、慧音は悲しみ続けるだろう。
彼女が長く悲しむより、自分が死ぬことでただの一度だけ悲しむ。
それで済めば良いだろう。

 妹紅は、そう考えたからこそ、紫の策を受け入れたのだ。














「紫様、これで宜しかったのですか?」

「……決断を下した以上、心を変えるつもりは無いわ……最も、理想を述べるなら、藤原 妹紅以外の犠牲は出さないのが理想だったのだけどね」

「それでも、妹紅さんは犠牲になるのですね……」

「とは言ったものの、彼女も上白沢 慧音の為にしか動かない……これが最小限の被害だったのかもしれないわ。妹紅が首を縦に振ってくれなければ、被害は更に増えていたでしょうし」

 ハァ、と紫は一つ溜め息を吐く。

「―――結局、最後に物事を決めるのは、個々人の心……幾ら綿密に策を練ったところで、それを行う者が拒否すれば全てが水の泡となるのだから……難しいものね」

「………」

 何となく、妖夢にもその言葉は理解出来た。

 妹紅は決意した。
ならば自分も、改めて腹を括らねば。

 自分に全ては掛かっているのだから。














―――そして、夜を迎える。

 里の家を一軒借り、その中に掻き集めた刃物が並べてある。
その大量の様々な刃物が並ぶ異様な光景の中に、妹紅が静かに佇んでいた。

 家の外では妖夢が待機している。
妹紅が妖刀の幽霊に取り憑かれた後、憑かれた彼女を白楼剣で斬る為に。

 小町は周辺の距離を操り、この一帯を一時的に人里から隔離する役割を担っている。
規模がそれなりに大きい為、操り続けることに集中しなければならない。

 華扇は、妖夢が失敗した時の為に、妖刀の幽霊ごと殺された者の霊達も“消滅”させる様に言われていた。
彼女には、それを行う能力があることは、紫も小町も知ってはいた。
しかし、消滅は成仏とは違い、魂そのものが文字通り消えてしまうのだ。
故に彼女の役目は、妖夢が失敗した時の為の最終手段。
妖夢が失敗しない限り、能力を発動し続けなければならなくなる小町と共に紫の傍で待機している。

 紫は、小町と華扇と共に、妖夢達のいる場所から少しばかり離れた位置にいた。


 慧音はただ一人、自宅へ籠っていた。
やはり、心の整理を行うには時間が足りなかったと言わざるを得ないか。

「舞台は整った訳だけど……」

 妹紅は、自分の周囲に絨毯の如く敷かれた、多くの刃物を見やる。

「……気味の悪い光景だな」

 窓から射す月光に照らされる刃には、異質な妖しさが感じられた。
多くの者が惹かれる気持ちも分からないではない。

「さて、何時来るのやら」

 よくよく考えれば、相手の姿は普段は完全に見えない。
一体どの様にして、刃物に取り憑いたことを判別すれば良いのか?

「その辺り説明されてなかったわね、そういえば……どうすれば―――」

―――イ。

「………?」

―――シタイ。

―――しい……。

―――て……。

 辺りから囁く様な声が何処からか聞こえ始める。

「………」

―――コロシタイ。

―――苦しい……。

―――キリタイ。

―――助けて……。

―――チガホシイ。

―――怖い……。

 怨嗟が、呪詛が、欲望が、狂気が。
それらが混沌とした声の群れとなり、妹紅の耳を、そして頭の中を犯し始める。

「―――」

―――気持ちが悪い、吐き気がする。

 咄嗟に耳を塞ぎ、犯してくる言霊から逃れようとする。

―――キリタイ。

―――助けて。

―――コロシタイ。

―――怖い。

―――コロシタイ。

―――怖い。

―――チガホシイ。

―――苦しい。

―――キリタイ。

―――助けて。

―――チガホシイ。

 それでも、頭の中に直接聞こえてくる囁きが逃させてくれない。

「―――」

 ふと、妹紅の目に、一本の刀が映った。

―――コロシタイ。

―――キリタイ。

―――キリタイ。

―――チガホシイ。

―――チガホシイ。

―――コロシタイ。

 その刀が己の欲望を囁き掛けている様に、妹紅には聞こえた。

「……成る程、ね……」

 この刀に今、目的の幽霊が入っているのだろう。
一際妖しく、一際美しく、その刀だけが見える様な気もした。
だが、それ以上に、魔性の物を感じさせた。

「……良いさ」

 見付けたなら、自分はこの刀を握れば良いだけ。

 後は―――任せるのみ。

「後は頼んだよ……妖夢」

 意を決し、妹紅は刀の柄を掴んだ。














―――コロシタイキリタイ苦しいコロシタイ怖いチガホシイコロシタイ助けてコロシタイキリタイ苦しいチガホシイ苦しいコロシタイキリタイ怖いチガホシイコロシタイ助けてキリタイチガホシイ苦しいチガホシイチガホシイ怖いコロシタイコロシタイ苦しいチガホシイ怖いチガホシイコロシタイ助けてコロシタイキリタイ苦しいチガホシイ苦しいコロシタイキリタイ怖いチガホシイコロシタイ助けてキリタイチガホシイ苦しいチガホシイチガホシイキリタイキリタイキリタイキリタイキリタイキリタイキリタイキリタイ……。














「!!」

―――来てる……!!

 家の中から薄く感じられていた気配が、妹紅の他に別の何かが現れたことに妖夢は気付く。
むしろ、妹紅の気配が朧気になり、別の何かの気配が強まったと言うべきか。
その何かは、異常なまでの殺気を隠すことも無く、漏らし続けている。

 間違いない。

 妖刀の幽霊だ。

「………」

 自分が愛用する楼観剣を鞘から抜き、妖夢は身構えた。

 紫達の方も気付いたらしい。
小町が能力を用いたのか、家の周りの距離が異質なものとなる。
家の付近から離れようとしても離れられず、家の周囲に近付こうとしても近付けない。
一定の距離となったのだ。

 これが、妖夢と妖刀の幽霊に操られた妹紅の戦場。






―――ガタンッ。






 家の戸が蹴り破られた。

 中から妹紅が出てくる。
その手には一振りの刀が握られ、その顔は―――笑っている。
一目で正気では無いと分かる笑み。

 憑かれている。

「―――」

 妖夢も覚悟は出来ていた。

 呼吸が自然と早くなってくる。

 目を離してはいけない。

 離せば、一撃で屠られる。

 妖刀が自身を振るってきた者達の経験を、そのまま受け継いでいるのか。
剣の素人のはずの妹紅が今は、それ程までに危険な相手に見えた。

「………」

 勝負は一瞬で決まる。
そんな気がした。

 妹紅が刀を構える。

 同じく、妖夢も構える。

「………」

「………」

 双方が動きを止め、辺りが静寂に包まれた。

 そして―――
「―――どうなったの?」

「……いや、私がここにいるのですから察して下さいよ、幽々子様」

「やっぱり、妖夢が勝ったの?つまらないわねぇ」

「他人事だからって酷い言われ様……一太刀貰って、危ない所だったんですから」

「で、他の連中はどうなったの?」

「あぁ、妹紅さんは何時も通り終わった後にリザレクションしましたし、慧音さんとも今回の件を後に引き摺ることは無かったみたいです」

「へぇ」

「小町さんは、勝手に持ち場を離れた件については閻魔様に怒られたそうですが、それ以外は特にお咎め無しだったそうな」

「紫は?」

「事件の処理が全て終わった後に、慧音さん、茨華仙さん、閻魔様に捕まって順番に説教されてました……」

「……その三人から説教されるなんて、地獄より辛いわねぇ……ご愁傷様ね、紫」






「因みにです、幽々子様」

「何?」

「後程、幽々子様にも説教しに来るそうですよ、お三方」

「えっ?」

「と言うより、もう来てます」

「えっ?えっ?」

「……元はと言えば、幽々子様があの箱を開けようなんて言わなければ済んだ話なんですから大人しく説教受けて下さい……それでは」

「えっ、ちょっと?えっ、えっ、待って、妖夢ゥ!?」

――――――――――――――――――――――――
……どうも、紅のカリスマです。
今回の百物語は何とか、期日内の投稿が間に合いました。

……内容の方は、何だか自分でもよく解らないものになってしまった気がします。
……ホラーなのかも大分危うい。
紅のカリスマ
作品情報
作品集:
28
投稿日時:
2011/08/21 13:06:30
更新日時:
2011/08/21 22:06:30
分類
産廃百物語A
妹紅
慧音
小町
華仙
妖夢
幽々子
1. NutsIn先任曹長 ■2011/08/21 22:40:25
主催様の作品、一日千秋の思いで待ち続けましたよ。
これで作品を落とされたりしたらと思っただけで……、
今回一番の恐怖と悲しみを味わったでしょう。

恐怖と煌きはほんの一瞬、ココロに受けた瑕疵は長期間。

本編のラストは臨界寸前の静寂でシめ、
後書きでオチというか後日譚ときましたか。
うん。このような書き方も、作品の緩急を引き締め、好ましいです。

事態収拾のための手段がアレだと、しくじった場合、不死者の殺人鬼が誕生してしまうところだったんじゃ……。

泥を被るのはいつも現場。
幻想郷の重鎮の怠慢は、是正すべきです。

で、アレを封印したのは、妖夢の先代のじっちゃんですかね?
彼ぐらいの達人じゃないと、抑えられないでしょうし。
2. 名無し ■2011/08/22 01:32:54
考え中の妖刀ネタとかぶってしまうのではないかと心配したが大丈夫な範囲……多分

妖夢に大事な役割が回ってくると、どうしても心配になってしまうw
ああ、ハッピーエンドでなによりだ
3. 十三 ■2011/08/22 19:03:44
途中で、これ失敗したらかなり深刻な事態になるんじゃ…
と、思いましたがそんなことも無く
無事ハッピーエンドを迎えられて一安心

あの三人の説教ということは、
頭突き食らった後に、馬鹿デカイ鳥に連れ去られて、最後ラストジャッジメントコンボですか…
ナンテホラーナンダ
4. ウナル ■2011/08/22 21:45:59
格好良いなあ。こういう設定に漂う真剣さは大好きです。
5. んh ■2011/08/23 00:47:07
尺が足りるのかとハラハラしながら読んでたらそういうふうにオチるのですね
毒でもって毒を制すをここで持ち出すゆかりん素敵にゲスい
名前 メール
パスワード
投稿パスワード
<< 作品集に戻る
作品の編集 コメントの削除
番号 パスワード