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『無人郷』 作者: 汰汲
障子の間から吹き込んだ冷ややかなスキマ風で、霊夢は目を覚ました。
寒い。夏だというのに妙に肌寒い。畳の上に直に体を横たえていた霊夢は、むき出しの冷えた二の腕をさすりながら体を起こした。戸を開けて見ると、まだ明るくなり始めたばかり、早朝だ。何でこんなに早く目が覚めたのだろう?
昨日は……魔理沙達と森で肝試しして、それから帰ってきた。それで……そこからの記憶が途絶えている。多分寝てしまったのだ。すぐ寝てしまうほど疲れていたとは思えなかったが、とにかく、そうだ。
霊夢は二度寝しようかとも考えたが、すっかり頭が起きてしまっていたため、とりあえず縁側でダラダラしていようと思い、部屋から外へ出た。空は今にも雨が降り出しそうな感じだった。
日が出たと思われる時間から、霊夢はいつもの活動を開始した。着替え、朝食、洗濯、境内の掃除。一通り終えて縁側でお茶を飲んでから、今日は神社で宴会があるということを思い出した。同時に、そのことで魔理沙と打ち合わせする予定だったことも。
「あー、魔理沙の方からこっちに来てくれないかしら。森まで行くの面倒よね……」
ぼやいてからしばらく待ったが、魔理沙どころか参拝客の一人すら現れる気配が無かったので、霊夢は重い腰を上げて飛び立ち、魔法の森へ向かった。
珍しいことに、霊夢は道中一人も人を見かけなかった。ただ木々が風にそよぐざわめきや、鳥の小さな鳴き声が聞こえてきただけである。皆まだ家の中なのか、と思っている間に霧雨邸に到着した。家の周辺にはうっすらと靄がかかっている。
「魔理沙いるー? いないの? 入るわよー」
大声で二、三度呼んでも返事が無く、霊夢は鍵の掛かっていない扉から中へ上がり込んだ。相変わらず物が散乱していて汚いし、おまけにこの曇天で明かりも灯っていないせいで、まるで廃屋のような雰囲気である。
霊夢は足元に気をつけながら、まず「研究室」とプレートの貼られた室内を覗き込んだ。いない。次はキッチンを見に行った。ここにもいない。家の中をあちこち回った挙句、最後に残った寝室へ足を踏み入れた。が、そこにも魔理沙の姿は無かった。ベッドの布団を剥いでも何も無く、表面に触れるとひやりとしていて人の体温は感じられなかった。
ここにいないということは、霊夢が飛んでくる間に入れ違いになったのだろうか。しかし霊夢は神社から真っ直ぐ飛んできていた上に、見通しのいい空中で魔理沙に気がつかないはずがない。となると、紅魔館あたりに宴会のことを知らせに行っているのかもしれない。ため息をついて霊夢は外に出て、紅魔館へ飛び立った。空は相変わらず雲に覆われていた。
紅魔館を囲う柵を通り過ぎるとき、霊夢はちらっと眼下の門へ目をやったが、あの門を守っている門番の姿は見当たらなかった。よく手入れされた庭にも、妖精メイドの姿はない。霊夢は開け放たれていた窓から館の中へと滑り込んだ。
魔理沙がいるなら恐らく図書館だろうと思い、霊夢は薄暗い廊下を歩いて行った。途中で念のため、レミリアの部屋や咲夜の部屋、食堂も覗いていったが、どこも静まり返っていた。おかしい。妖精メイドも入れればそれなりの人数がいるはずのこの館に、どうして人が一人もいないのだろう?
霊夢は僅かな不安を感じて眉が少し下がりぎみだったが、キッチンに入ってほっと胸を撫で下ろした。キッチンのコンロの上では鍋が弱火にかけられて、中のものがぐつぐつ煮られて湯気が立ち昇っている。近くのテーブルに皿も用意されており、今まさに食事の用意をしていた咲夜の姿が見えるような気がした。ちゃんと人がいるじゃない、私は何を不安に思ってたのかしら? ばかばかしい。
先程よりも軽い足取りで、霊夢はキッチンを後にした。
大図書館の丸テーブルで、霊夢は肘をテーブルに乗せて椅子に腰掛けていた。ここにも魔理沙は――というよりパチュリーや小悪魔を含めて誰もいなかった。そびえる様に立ち並ぶ本棚の間を、柱時計の時を刻む無機質な音だけが流れていく。だだっ広い空間に自分一人だけがいると考えると、なんだか空気がのしかかってくるように重苦しく感じてきたので、霊夢は足早にその場から離れた。あと探していないのは、地下室くらいだ。
自分の足音だけが響くエントランスを抜け、階段から地下に降りると重厚な鉄の扉が現れた。破壊能力を持つフランドールを監禁しておくための部屋だから、逃げられないようひどく頑丈な造りになっている。鍵を開けて扉を押すと、かすかに音を立てながら扉が開いた。少なくともフランドールはここにいるだろう。皆がどこにいったか知っているかもしれない。
部屋の中は完全に真っ暗で、全く様子が分からない。霊夢は食堂から持ってきたランプに明かりをつけ、部屋を照らし出した。数少ない家具の一つ、ベッドが膨らんでいて、金髪が覗いている。フランドールだ。寝ているのだろうと思い、霊夢はそうっとベッドに近づき、ランプをフランの頭上にかざし――驚いて声を上げた。寝ていたのはフランドールではなく、大きな人形だった。それも、目も鼻も口もない、のっぺらぼうの人形である。だがよく見ると、その人形の顔は無いのではなく引きちぎられて存在しないのだと分かった。多分フランドールが、とそこまで考えて霊夢は突然怖くなり、だっと出口に向かって駆け出した。もしこのまま、この部屋に閉じ込められてしまったらどうなるのか、という思いが頭をよぎったからだった。それだけではなく、部屋の異様な雰囲気に神経が高ぶっていたせいもあるかもしれない。
扉が完全に開くのももどかしく霊夢は部屋から飛び出し、そのままエントランスから転がるように外へ出た。外気を吸ったおかげで少し楽になり、霊夢は荒い呼吸のまま館を振り返った。そういえばキッチンには咲夜がいるはずだ。気が進まないけれど戻ってみることにした。
再びキッチンに来た霊夢は、そこがさっきと全く同じ状態であるのに気付いた。鍋はコンロに掛かったまま、皿の位置も変わらず、鍋に突っ込まれたお玉も動かされた様子がない。つまり、霊夢が数十分前に離れてから、誰もここへ来ていないということだ。咲夜が、あの優秀なメイドが鍋を火にかけたままほったらかしておくだろうか? そんなはずはない。だとしたらこれは別の誰かがやって――じゃあその誰かはどうしたのだろう?
訳が分からなくなってきた。
とにかく、この場所にもう用はない。魔理沙はどこか別の所にいるはずだ。姿の見えない紅魔館の面々のことは、あとで考えよう。
最後に霊夢は、火にかけられたままの鍋を振り返った。じっと見ていると、ふいに背筋が寒くなるのを感じた。得体の知れない恐怖を感じ、霊夢はすぐにキッチンを飛び出し、空へ飛び上がってからも、一度も舘の方は振り返らなかった。
しばらくして竹林を抜け、霊夢は永遠亭に降り立っていた。ここは幻想協唯一の医療機関であるから、いつも誰かがいるはずだ。そうでないと急患に対応することが出来ない。しかし、霊夢の期待とは裏腹に屋敷の扉はどれも閉ざされており、中に人がいる様子はなかった。試しに玄関の扉を押したり引いたりしてみたが、鍵が掛かっているらしく、びくともしない。屋敷の周囲を一回りしてから、霊夢は諦めて空へ舞い上がった。
「珍しいこともあるものね」
自分でそう呟き、嫌な予感を無理矢理押さえ込んだ。
それから訪れた場所でも、霊夢の期待は裏切られ嫌な予感がことごとく的中していった。太陽の花畑の中の家は呼びかけても返事が無かった。守矢神社、命蓮寺は鍵こそ掛かっていなかったが、内部は完全に無人だった。アリスの家は爆発でもしたかのように粉々になっていて、もちろん主の姿は見えなかった。
希望が一つずつ潰されていくに従って、霊夢の心の中で不安感の占める割合が大きくなっていった。どうして人の姿が見えない? こんなことは今までに無かった。しかし皆が消えてしまったという訳ではない、必ずどこかにいるはずだ。まだ行っていないのは……そうだ、人里だ。今はちょうど昼時だろうから、いつも通りなら賑わっているはず。魔法の森の上空でそう考え、霊夢は先に進もうとした。
瞬間、背後に何か気配を感じ霊夢はばっと振り返った。しかしそこには何も無く、ただ眼下に森と、彼方にある山とが見えるだけである。しばらく身構えたままでいたが、それっきり何の変化も無かったため、霊夢は首を傾げて飛び去った。
人里で一番広い通りに降り立った霊夢は、すぐに手近な店に飛び込んで、呼んだ。
「こんにちは! 誰かいない!? ねえ、誰かいないの!?」
少し待ってみても、薄暗い店の奥からは何の反応も無い。霊夢は他にも五、六軒の人家で同じことを繰り返したが、結果は何処も同じだった。どの家も留守なのだ。それを裏付けるように、さっき人里に降り立つときに上空から見ても、何処にも人影は無かった。
「……どうなってんのよ」
人家からふらふら出てきた霊夢は、道の真ん中でそう呟いた。雨が近いからか蝉の声も聞こえて来ず、風も無いため辺りの空気が静止しているように感じる。心なしか心臓の鼓動も早まってきたような気がした。落ち着けようと、霊夢は自分を抱きしめるように腕を組んで、雨が降りそうな曇り空を見上げて考えた。
宴会だとか、何か催しで人が流れていった、ということはまず無いだろう。大きな会があったとして、それが自分の耳に入らないというのはありえない。もし仮に、誰かの陰湿な嫌がらせで自分だけ仲間外れにされたのだとしても、昨日会った皆に隠し事をしているような雰囲気は無かった。嘘を吐くのが上手い奴ばかりではない。
なら、これは異変か? 人里だけでなく、それ以外の場所に住む妖怪たちまで、一夜の内に恐らく全員が、自分一人を除いていなくなってしまった。人が消える異変? 大規模な神隠し? 霊夢はしばらく考えたが、その可能性も否定した。ある程度強い妖怪も消えているのだから、やった本人もそれなりの実力者のはずだ。それで神隠しも出来るとなるともはや一人しか思い浮かばなかったが、いくらあいつでもこんな意味の分からないことを訳も無くやったりしないだろう。何かそうしなくてはならない理由があったとしても、一応博麗の巫女である自分に何も言わないのはおかしい。置手紙くらいあってもいいはずだ。
考えても、結局答えは見出せなかった。叫びだしたい衝動を何とか抑え、雨が降り出す前に他の場所も調べようと、仕方なく霊夢は人里から離れていった。
あることを思い出し、霊夢は猛スピードで河童の工房、即ちにとりの家へ向かっていた。以前魔理沙と遊びに行ったときに見せられた発明品を思い出したのだ。それは「生体探知機」とでも呼ぶべき代物で、自分の周囲から幻想郷全体まで、幅広い範囲の生体(人や妖怪だけが含まれる)に反応してその数を教えてくれるというものだった。そのときは熱弁をふるって自慢げに語るにとりの話を、霊夢は半分も聞かない内に眠くなってきたのだが、まさかその発明品に感謝することになろうとは思わなかった。
工房に辿り着いた霊夢は鍵を破壊して内部に侵入し、目当ての物を探し回った。割とすぐにそれは見つかった。
「あった……これだ」
両手に収まるサイズの探知機は、縦長で、大きい正方形の画面と小さな申し訳程度の画面、それにスイッチと範囲を決めるダイヤルだけのシンプルなつくりのため、霊夢もすぐに使い方が分かった。にとりのことだから、しっかりした機械のはずだ。霊夢は期待しながら玄関口に立ち、ダイヤルを最大に回してスイッチを入れた。
数秒の間、大きい画面には「計測中…」の白い文字が明滅し、それからパッと画面が変わった。大きい画面に表示されたのは、真ん中のぽつんと小さな点だけ、そして小さい画面に出ていたのは……「1」という数字。
それが意味する所が霊夢にはすぐに分かった。小さな点は自分自身、「1」も幻想郷の中で装置が反応したのが霊夢一人ということ。心臓を締め付けられるような感覚に襲われて霊夢は装置を握りつぶしかけたが、すんでの所で止め、ダイヤルを確認してスイッチを入れ直した。何度やっても、ダイヤルも変えても答えは同じまま。霊夢は耐え切れなくなって装置を床に叩きつけた。大きな音とともに画面に大きなひびが入り、細かい部品があたりに四散する。
「ありえない! ……何なのよこれ……」
今ほどにとりの技術力を怨んだことはない。装置は霊夢の気持ちを安心させるどころか、恐ろしい事実を浮き彫りにしただけだった。
おぼつかない足取りで工房を出た霊夢は、再び空へ飛び上がった。小雨が降り始めていた。
霊夢は一人で博麗神社の縁側に腰掛けていた。もうとっくに日没の時間は過ぎて辺りは闇に包まれており、そのうえ大雨が降り出していた。霊夢のつま先辺りは屋根からはみ出して雨に濡れていたが、当人は気にしてもいない。
人里を離れてからも、霊夢は思いつく限りの場所を訪れていた。地底、白玉楼、マヨヒガ、妖怪の山。やはり何処にも人も妖怪もおらず、身の周りの物も持ち出された形跡は無く、ただ住人だけが忽然と姿を消している。何処へ行ったのかを示す手掛かりすらない。自棄になった霊夢は人がいないのならいっそ悪ふざけでもしようかと思ったが、人が蒸発した理由も分からない以上手放して遊ぶ気にもなれなかった。
神社へ戻り、夜の帳が下りてくると霊夢は恐怖を感じた。怖い。霊夢は普段から一人で生活してはいたものの、今は状況が違う。今までは、距離が離れていても必ず誰かが自分の届く所にいた。今、幻想郷には誰もいない。頼れる相手が自分しかいない中で、得体の知れない恐怖と戦うのは思った以上に酷だった。
今にも誰かが、何かが茂みの暗がりから飛び出して、皆と同じように霊夢もどこかへ連れて行くかもしれない。いずれそうなるのなら、さっさとそうして欲しいと思った。ここに一人で残されるよりも、みんなのいる所い行けたほうがずっといい。孤独で自分が変になってしまう前に。
「出てきてよ……紫、いるんでしょ? いつもなら呼んだらすぐ来てくれるじゃない、ねえ……ねえってば……」
呼びかけても、何も起こらなかった。もしかすると、雨の音が大きいために声が掻き消されてしまったのかもしれない。そんな余りに儚い希望にすがって霊夢は立ち上がり、叫んだ。
「紫!! 聞こえてるなら出てきなさいよ! ふざけてると本気で怒るわよ!!」
声を張り上げても、結果は変わらない。降り続ける雨の音しか聞こえてはこない。
霊夢は力なくため息をつくと、また縁側へぺたんと座り込んだ。あんなに強かったスキマ妖怪までも消えてしまった。いや、そうとは限らない、彼女はただ理由があってどこかに隠れているだけなのかもしれない。たとえそうだとしても、霊夢が幻想郷に一人取り残されたことに変わりはないのだ。
とにかく、出来ることをして待つしかない。誰か一人でもこの幻想郷に帰ってくるまで。こんな異変は、自分にはどうしようもない。初めて霊夢は、自分が非力だと思った。
ふと、霊夢は自分が泣きそうになっていることに気付いた。目に涙が零れそうなくらいに溜まっている。霊夢は昨晩の肝試しでも泣くどころか怖がることさえせず、いちいち悲鳴を上げる魔理沙を馬鹿にしていた。しかし、救いの見えない孤独には耐え切れなかった。今泣きじゃくっても、馬鹿にしてくる人も慰めてくれる人もいない。
「う……うっ…………ひっく……」
座り込んだまま両手を握り締めて、霊夢は静かに泣いた。それが誰もいない恐怖によるものなのか、自分一人が残された寂しさからか、それとも何にもぶつけようのない気持ちが溢れ出したからなのかは、よく分からない。しばらく俯いたまま泣いた後、霊夢は袖で目を拭い、歯を食いしばって雲に覆われ雨の降りしきる夜空を見上げた。泣き続けると、もう皆が二度と戻って来なくなってしまうような気がしたからだった。今自分が出来るのは何か、考えようとした。
そのとき、背後から声が聞こえた。
「霊夢」
ほとんど反射的に霊夢は振り返った。部屋のちゃぶ台の真上に黒々とした裂け目が現れており、そこから先ほど思い浮かべた顔,、八雲紫が半身を覗かせていた。スキマに頬杖をつき、笑っている。
「紫!? あんた……何なの、今までどこにいたのよ!? それに、どうなってんの!? 他のみんなはどこ行ったのよ!?」
霊夢が驚愕し、次々に質問を浴びせても紫は表情を一切変えずに、一言口にした。
「面白かったわよ」
「はぁ……?」
霊夢は目を瞬かせ、紫の顔を穴が開くほど見つめた。間違いなく、霊夢が知った顔の紫だった。それで今、彼女は何て言った? 「面白かった」……?
「どういうこと? ちゃんと説明して!!」
霊夢は立ち上がって、スキマから出ている紫と同じ目の高さに顔を持ってきた。すると、紫の眼がいつも見ていた透き通った深い紫色ではなく、充血し濁ったような紫色に変わっているのに気付き、体に悪寒が走った。何かあったのだろうか?紫が不自然な早口で喋り出した。
「ええそうよ霊夢、みんなを一人残らずスキマに放り込んだのは私よ。あなたに見つかると面倒だから、眠らせといてその間にね。結構時間がかかったわ。あなた以外が終わって、せっかくだからあなたに誰もいない幻想郷を味わわせて怖がらせてやろうと思ったの。だって、あなた肝試しで少しも怖がったりしなかったじゃない?,」
霊夢は紫の言っている意味がよく分からず、オウム返しに聞き返した。
「みんなをスキマに放り込んだ? なんで?」
「理由なんて特にないわ、ただそうしてみようと思ってやっただけよ。夜遅くても起きてて何の用かって訊いてきたのもいて、これからスキマに入れてやるって言うと、怒ったり笑い飛ばしたり逃げ出したり、いろいろな反応に遇って見てて楽しかったわ。ああそうそう、家を粉々にしてやったりもしたわよ」
霊夢は訳が分からず、紫の顔を見つめたまま話を聞いていた。どこか狂気のようなものを感じたが、冗談を言っているようには聞こえなかった。紫はなんだか様子がおかしい。眼も、喋り方もいつものそれとは全く違う。霊夢は混乱する頭で必死に考えた。
この異変を起こした犯人は、紫? 本人がそういっているし、自分もこんなことが出来るのはこいつしかいないと思ったから、恐らくそうだろう。でも理由が不可解すぎる。そうしてみようと思ったからなんて、そんな軽率に大規模な事件を起こすような奴じゃない、頭がおかしくなったのでもなければ――
霊夢ははっとして、昨日の魔理沙との会話を思い出した。
「霊夢、面白いもんができたぜ。見てくれよ」
「何よそれ。毒々しい色の饅頭かしら? オレンジ色って……」
「へへ、こいつはな、魔法の森で採れたキノコをでたらめに調合して作った饅頭さ。とにかく色んなものを混ぜたから、これを食わせれば強い妖怪だって酒に酔ったみたいになって、ちょっとヘンになるんだぜ」
「そんなもん何の役に立つのよ」
「分かんないか? 紫とかレミリアとか酒に強い奴に食わせて、どうなるか観察しようってことだよ。面白そうじゃんか!」
「勝手にしなさいよ。怒られても知らないわよ……」
「紫、あんた昨日、魔理沙から貰ったもの口にしたの?」
霊夢が少し震える声で尋ねると、紫は事もなげに答えた。
「ええ、橙色のお饅頭を貰ったけど? おいしかったからいくつも食べちゃったわ、ふふっ」
霊夢は愕然とし、頭がくらくらするのを感じた。魔理沙は興味本位であれをいくつも紫に食べさせてしまったのだ。そして、その効果はちゃんと数倍に拡大されて表れた。紫の濁った瞳がそれを物語っている。強さはそのままに、頭を壊してしまった。無駄だと分かっていながらも、霊夢は言わずにはいられなかった。
「それ、ほとんど毒団子だったのよ、魔理沙が調合した……今あんたはそれを食べて変になってんのよ! 早くみんなをここに戻して!!」
紫は薄笑いを浮かべて、首を横に振った。
「出来ないわ。気の向くままにスキマに突っ込んだから、どこを漂ってるかなんて分からないもの」
「……いいわ、力ずくで元に戻してあげる」
霊夢が懐から札を出して構えた瞬間、両手首を何かが通り過ぎる感触がした。一瞬の後、そこに火が点いたような猛烈な痛みが襲った。見ると両手が消失している。
「きゃああああああああああああっ!!?」
霊夢は悲鳴を上げて、床に倒れこみ痛みに悶絶した。紫がスキマを使って霊夢の両手を切り落としたのだ。頭上から紫の声が聞こえる。
「そういうのは結構よ。あなたはもう十分楽しませてくれたわ。ありがと」
そして、霊夢の視界が一気に闇に覆いつくされた。頭からスキマに飲み込まれたと気付くのに数秒かかったが、霊夢は何とか目を開けた。どこが上でどこが下なのかも分からない。少し先に、紫が見えた。今度は向こうの世界、つまり幻想郷から、霊夢のいるスキマの中を覗いていた。笑顔で霊夢に手を振り、スキマが閉じた。
絶望の中、霊夢の脳裏に浮かんだのは魔理沙の無邪気な笑顔だった。
こういうのを書いたのは初めてかも。
後日談も載せようかと思いましたが、やめておきました。
どんな感想であれ、頂けたら嬉しいです。
遅くなってしまいましたが、コメントありがとうございました。参考にも励みにもなり、本当に嬉しいです!
>>4様、「どくさいスイッチ」「無人境ドリンク」ですね。タイトルが実はここからなんです…
汰汲
作品情報
作品集:
28
投稿日時:
2011/08/30 17:27:09
更新日時:
2011/09/03 12:42:24
分類
霊夢
人間は群なきゃ地球上で最低ランクの生き物ですし。
舞台が幻想郷だと見事にホラー度が増すものだなあ
これって魔理沙が真犯人の異変になるんだろうが
紫が我に返った後どうなったのかが気になる…狂ったままってのもアリだけどw
絶対的な孤独にすすべもない霊夢の姿も最高に可愛くて素敵でした!!