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『vsピンクダイキリ』 作者: sako
「や、やめてくれ…ぐふっ!?」
波間をゆっくりと進む大きな船。その甲板からは打撃音と苦痛を伴った悲鳴が聞こえてきていた。
「あぁ? なぁにぃ? 聞こえんなーっ!」
打撃音の正体は村紗水蜜が繰り出す一撃だ。足蹴、握り拳、そして、底の抜けた柄杓による強打が快音となって海原に響いていた。その音を聞いている船員妖精たちは哄笑をあげてた。嘲りの笑い。無様な者を笑っているのだ。
「お願い…だから…やめ…」
無様な者は床に這いつくばり赦しを乞うていた。傷だらけの身体。腫れ上がった顔。涙を溜める瞳。敗者の姿。いや、正確に言うなら発見された密航者の姿だ。密航者の名前は霧雨魔理沙。船長であるムラサ自らの鉄拳による制裁を受けているのだった。
船…星蓮船は今、幻想郷ではなく魔界にあった。魔界と言ってもエソテリアの様な都会ではなく、船らしく魔界の海の上をゆっくりと進んでいるところだ。海と言っても現世の海のように青いそれではなく、水面は闇でも溶かしたかのように異様に黒い色をしている。船に平行し空を飛ぶ海鳥も不気味なコカドリーユであったり、水中を泳いでいる魚もシーサーペントやフライングキラーなどなどモンスターばかりであった。如何にも魔界らしい光景。そんな危険な場所を何故、船は進んでいるのか。答はなんてことはない。そのエソテリアに向かう道中なのだ。
魔理沙が星蓮船に密航したのもそれが理由だ。魔法使いとして次のステップをめざしていた魔理沙は大都会・魔界で大幅なレベルアップを目論んでいた。勿論、それは悪いことでも何でもない。努力は行ってこその努力だ。だが、その為に魔界に向かう手段が拙かった。魔理沙は賃料を払わず、こっそりと船に乗り込み、見つからないよう空いていた船室に隠れ、魔界まで向かうつもりだったのだ。そうしてその目論見は道中までは成功していた。
魔理沙が見つかったのは彼女自身の些細なミスだ。人間、どんなに堪えていても生理現象には勝てぬもの。尿意を催した魔理沙は隠れていた部屋から出てきてお手洗いへと向かったのだ。だが、大きいわりに通路は狭く入り組んでいる船の中。トイレはなかなか見つからず仕方なく船員妖精に場所を聞いたのだが…
魔界行きの船に乗るのは大抵は里帰り目的の悪魔や幻想郷では味わえない魔力に満ちた大気を求める大妖怪ばかりだ。人間も少なからず乗ることはあるが、数が少なく普通なら妖怪たちの餌にカウントされてしまうような客だ。船員たちは何かあったときにすぐ対処できるよう大抵、出発前に乗り込んだ人間の名前と顔を憶えておく。魔理沙にトイレの場所を聞かれた船員妖精は当然のことながら魔理沙の顔を知らず、不審に思った妖精はトイレに案内するフリをしながら仲間に連絡を取り、矢張魔理沙がきちんとした乗客でないことを把握しその身柄を拘束したのだった。捕えられた魔理沙は船長であるムラサの所まで連れて行かれ、そうして、見せしめのための制裁を受けることになったのだ。
「だから、聞こえないって言ってるでしょうがっ!」
ムラサの柄杓の一撃が魔理沙の側頭部を強打した。血飛沫を散らし床に倒れる魔理沙。ムラサは更にその体を足蹴にし、仰向かせたところで係船柱よろしく魔理沙を踏みつけ足を乗せた。
「密航者の言葉なんて聞きたくわないわね。こっちがどれだけ費用切り詰めて運行してると思ってんの? 慈善事業でやってんじゃないのよ」
凄みながら柄杓で魔理沙の顔を叩くムラサ。魔理沙はやめてくれ、やめてくれ、と懇願しているが腹を踏みつけられているせいで声は殆どでていなかった。また、ムラサも聞く耳を持っていなかった。舟幽霊であるムラサに実体はない。けれど、その体の99%を構成しているのは海水…水だ。比重は人のソレと大差ない。ムラサはぐぐっ、と魔理沙を踏みつける足に体重と力をかけていく。腹を踏みつけられ魔理沙の顔が苦しそうに歪む。荒くれ者の船員妖精たちは下衆な笑みを浮かべ囃したてるがムラサは冷徹な顔のままだ。そして、その圧力がある臨界を突破して…
「うぁ…あ、あ、あ…」
踏みつけていたムラサの足の下に液体の染みが広がった。同時に湯気と臭気。漏らしたのだ魔理沙は。思い出すまでもなく隠れていればよかったものを、船室から魔理沙が出てきた理由はそれだった。尿意を我慢していた処を思いっきり踏みつけられたのだ。水風船を踏みつけて割ってしまったように、堪えきれなくなったのだ。あぁぁ、と嘆息を漏らしながら魔理沙の苦痛に満ちた顔に羞恥のそれが混じる。
「……まったく。今日のデッキ掃除は罰ゲームレベルね! 余計な仕事増やして」
ムラサは魔理沙の腹の上から足をどけた。けれど、重圧からの解放に安堵する間もあればこそ、ムラサは足を振りかぶるとロングシュートでも決めるかのように魔理沙の横っ腹に強烈な足蹴を加えた。踏みつけられたカエルの断末魔のように人ならざる悲鳴を発し暴れるように悶えた後、うずくまる魔理沙。ムラサは再び足を上げると雑巾でそうするよう、汚れた足の裏を魔理沙の金髪で拭いた。
「私の靴まで汚して。まったく。もういい。ゴミはゴミらしく海の藻屑になりなさい」
ちらり、と船員妖精に目配せするムラサ。お腹を抱えて笑っていた妖精たちはそれだけで姿勢を正す。妖精にしては体つきのいい二匹が慌てて前に躍り出ると左右からぐったりしている魔理沙の身体を持ち上げた。それを尻目に踵を返すムラサ。最後に拳を握り親指を立てるとぐるりと手首を回し、勢い付けて腕を振り下ろした。船員妖精は恐怖とそれが自分に向けられていない事を安堵しながら首がとれるのではと思えるほど勢いづけて首を上下させた。一人と二匹の様子を見やってはっ、と魔理沙は顔を上げた。
「ま、まってくれ…」
ムラサの言葉とGoToHELLの合図。それが自分を海に投げ捨てろという命令だと覚ったのだ。顔面を蒼白に魔理沙は止めてくれと叫んだ。
ここは地理も分らぬ魔界。ましてや海上。海に投げ捨てられればどう考えたって命はない。溺れ死んでしまう。万が一、何とか浮かび上がることが出来ても泳いでいられるのは一時間が限界だろう。あとは力尽きてゆっくりと沈んでいくだけだ。いや、それだけで済むはずがない。ここは魔界の海。出現するモンスターの強さは幻想郷の比じゃない。あっという間にクラーケンや海竜に襲われてしまい、骨も残らないような無残な死に様を晒すことになるだろう。
「お願い、お願いだからそれは勘弁してくれ。いや、勘弁してください…お願いします。何でもしますから、海に落とすのだけは止めてくれ…お願い、だから…」
最早、弁明ではなく文字通りの必死さで魔理沙は赦しを乞う。船員妖精は無慈悲にもそんな魔理沙を引きずって行く。魔理沙が抵抗しないのはムラサからうけた暴力が体力を根こそぎ奪っていたからだ。為す術もなく魔理沙は柵の方へと連れて行かれる。
「嫌だぁ! 嫌だぁ! 死にたくない! 死にたくないよ! たっ、助けてくれ!」
「はぁー。そんなもの駄目に決まっているでしょう。密航者は魚の餌にする。古今東西世の是非を問わない船乗りたちの鉄則よ」
魔理沙の悲痛な叫びが僅かにでも引っかかったのか、操舵室へ戻ろうとしたムラサはけれど足を止めた。もっとも口をついで出たのは無慈悲な言葉だったが。
「お、お願いだキャプテン…お願いだからさ。な、なんでもするから…トイレ掃除でも下の世話でもなんでもするから…お願いだから命ばかりは勘弁してくれ…」
涙を流し乞食の卑屈さでムラサを説得する魔理沙。ムラサはうんざりした様子で頭を振い、止めていた足を再び動かそうとした。だが…
「…なんでもする、ねぇ」
何の心変わりがあったのか不意にその足を止め魔理沙の方へと振り返った。
「いいわ。なんでもするって言うなら助けてあげても構わないわ」
ムラサの言葉にまるで天恵でもうけたかのように魔理沙は破顔した。ありがとう、ありがとうございます、と頭を下げる。
「でも、私の船は雑用係はもうそろってるわ。掃除婦も性処理係もいらない。だから…」
だから、とムラサの顔がサディスティックに歪む。何を言われるのかまったく見当が付かず魔理沙は疑問符を浮かべた。
「勝負をしましょう。吞み比べ。どちらがたくさんお酒を呑めるかっていうアレよ」
吞み比べ。命が助かったばかりか酒まで呑ませて貰える状況へと変わりつつあるようだったが魔理沙の心中の不安はつのるばかりでまるで晴れる気配をみせなかった。程なくしてその嫌な予感は現実のものとなった。
「む、無理だぜ。こんなの…」
身体を縮こませ、首に過剰に力をこめながら魔理沙は震える声を発した。眼下にはうねる黒い海が広がっている。右も、左も、後ろも、僅かに前方だけに船体の壁がそびえている。それ以外に俯いた魔理沙が見ることが出来るものは何もない。ただ、一枚の長細い自分が今足を乗せている板以外は。
何とか海に投げ捨てられる事を勘弁してもらった魔理沙は代わりにうけなくてはならないというゲームのルール説明を聞いた。といっても内容は単純だ。ショットグラスに注いだ酒を交互に一気に吞み干していく。先にもうそれ以上、呑めなくなるか、或いは戻してしまったら負け。耐えきれば勝ち。吞み比べとはたったそれだけのルールだ。ただし、この魔界往き星蓮船無賃乗船者に対する罰則の為の吞み比べについては付加ルールが設けられていた。相対する船長は普通に椅子に腰掛けテーブルの上にグラスと酒瓶を置いて呑むわけだが、密航者は椅子もテーブルもなく代わりに船の甲板から突きだした幅50cm長さ2.5m程度の板の上で呑まなければいけないのだ。
普通に立っているだけでも狭い板の上。更に船は波に揺られ両足に全神経を傾けていなければとても立っていられない状況。その上で酒を呑まなければならないのだ。魔理沙が無理だと弱音を吐くのも無理はない。
「あぁ? じゃあ、そのまま飛び込みなさい。そういう話だったでしょ。私たちとしてはそれでも構わないのよ腐れ密航者」
だが、そんな慈悲、ムラサにはなかった。船員妖精に自分がつく椅子とテーブル、それと酒を用意させつつそう冷徹に魔理沙に言い放つ。魔理沙はだまってはい、と肯定するしかなかった。生存確率1%未満になるような分が悪すぎる勝負でも全てを賭けなければならないのだ。ゲームから降りることは即ち絶対死であるからだ。
「ほら、貴女のグラスと一本目よ。受け取りなさい」
酒瓶の首に逆さにしたグラスを嵌めたものを魔理沙に向けて放り投げるムラサ。慌てて魔理沙はそれを受け取る。一瞬、バランスが崩れタールのように粘つく冷たい汗を背中にかいた。
「これは…」
「ラム酒よ。無賃乗船する悪党にはお似合いのピカロ御用達の酒でしょ」
コウモリを模したラベルが刻印された無色透明な酒。海賊たちが多呑し、その流れから船乗りの為の酒となったサトウキビ由来のアルコール飲料だ。度数はかなり高くまさしく荒くれ者どもの酒だった。
魔理沙は酒瓶とムラサを交互に見やったがどこにも言い逃れできるような隙は残っていないようだった。諦めろ、耳元で死神が囁いたようだった。
「せめてもの慈悲よ。先攻は私がしてあげる」
先に酔いつぶれた方が負けというルール上、僅かではあるが先攻が不利なゲームであった。椅子に腰掛けたムラサは足を組みふんぞり返り、目配せさえせず顎を振って船員に注ぐように命じた。封を切った瓶が傾けられ、トクトクと小さなグラスに透明の液体が注がれる。めい一杯になったところでムラサはグラスを手に、多少溢しながらも口元に運ぶ。そうして、勢い付けて一気に煽り中身を嚥下した。息を吐き出すこともなくテーブルにショットグラスを叩きつけるように置き、Your Turn と魔理沙に視線を向ける。
酒瓶を強く握りしめ、歯を食いしばり、けれど、抵抗など出来るはずもなく魔理沙は言われた通り酒瓶を開けた。蓋は海へ捨て、重い瓶を片手で持ちながらグラスに注ぐ。
「おいおい、こぼれてるぞ。あまり卑怯な手は使うなよ」
ムラサが野次を飛ばし、船員たちがそうだそうだとそれに続いた。魔理沙としてはそんなつもりは毛頭なかった。揺れる僅かな幅の板っきれの上で小さなグラスに大瓶から酒を溢さずに注げと言う方がどだい無理な話なのだ。こぼれた酒は風に乗り僅かに後方の海面に落ちる。一瞬、その煌めきと落ちる自分のイメージが重なり魔理沙は身体を震わせた。
「いやいや、大丈夫だ。キャプテンが酔いつぶれるまで、が、頑張ればいいだけだぜ」
なんとかそんな言葉を口にし自分を奮い立たせようとする。それが虚勢どころか嘘八百でしかないことは他ならぬ本人が分りきっていたことだが。
「ほら、呑みなさい」
「くっ…」
ムラサに急かされ、魔理沙は何とかラムを注いだグラスに目をやった。大丈夫だ、一杯ぐらい、どうってことない、と自分に言い聞かせムラサに倣うようグラスを煽る。透明の液体が舌上、喉元、食道、胃まで一気に流れ落ちていく。遅れて流し込まれた液体が通った道がかっ、と熱くなった。透き通った味わいの美味しいお酒だと魔理沙は思った。こんな状況じゃなけりゃ心から愉しめるのに、とも。
「ど、どうだ…」
「いい呑みっぷりね。じゃあ、私も」
空にしたグラスを突きだし、見せつける魔理沙。声が震えているのは最初の第一歩を踏み出し身体が興奮しているためか。ムラサは挑戦的な態度の魔理沙を見やって笑むと既に用意されていた二杯目を難なく吞み干した。
「さぁ、どうぞ」
「あ…」
ゲームは始まったばかりだというのに魔理沙の顔に絶望が浮かんだ。
二杯目、三杯目はまだ難なく呑み干せた。だが、四杯目ともなると流石に集中が途切れるようになってきた。酔いが回り始めたのだ。視界が狭くなり、心臓が走り回った後の様に早鐘を打ち始める。立っているのでさえ億劫になり始め、ともすれば両足にこめた力が抜けそうになる。魔理沙はそれを死への恐怖だけで押さえつけた。
十を数えると波による揺れなのかそれともバランスがとりきれず自分が揺れているのかその判別がつかなくなってきた。待ち時間は歯を食いしばり耐えなければならなくなってきた。気分も悪くなり始めている。落ちかかった目蓋をこじ開けムラサたちを睨み付ける魔理沙。視線の先では自分を指さし嘲り笑う妖精たちの姿が見えた。Fuck Offと先程の無様さも何処へやら、憎しみをこめ睨み付けるがそれは傍目には酩酊した寝ぼけ眼にしか見えなかった。
「っう…」
そうして何杯目か。既に数える余力さえ失われた頃、不意に魔理沙は酒瓶が軽く幾ら傾けてもグラスに酒が注がれないことに気がついた。一瓶、吞み干し終えたのだと気がついたのは更にもう一拍おいてからだった。
「はっ…はは…」
吞むものがなくなってしまったのではゲームは続けられない。見せつけるよう瓶を海へと捨てる。軽くなった手に安堵し、つい脱力しそうになってしまう魔理沙。それでもなんとか堪えたのは一分ばかり理性が残っていたからだ。力なく笑みを浮かべ、どうだ、と板の向こう側、安地にいる輩に視線を向ける。
「……おい」
と、椅子に腰掛け脱力気味の様子のムラサが声を発した。はい、と既に理解しきっている様子で船員妖精が頷いた。なんだろう、と疑問符を浮かべる魔理沙が目にしたのは封を切られていない真新しい酒瓶だった。
「お代わりだ。しっかり受け取れよ」
船の縁まで歩み寄った船員妖精が酒瓶を魔理沙に向かって投げた。わっ、とつい手を出してしまう魔理沙。それが拙かった。ヤジロベエの玩具を後ろからつついたように傾く魔理沙の身体。ひき、と恐怖に顔が引き攣った。時間がゆっくりと流れ始める。近づく板きれ。その節目さえ数えられる。その下に揺らめく波の目もきちんと見える。走馬燈が一瞬走り、次の瞬間…
「がっ…!?」
強かに魔理沙は顔を板に打ち付けた。衝撃にたわむ板。その板に腕を回し魔理沙は母親に抱きつくようしっかりと身体を固定した。
「もったいない」
暫くの間、余りの恐怖に身体が動かず小猿のように板にしがみついていた魔理沙であったが声をかけられはっ、と顔を上げた。はたしてそこには酒瓶を突き出すムラサの姿があった。
「まぁ、でも…お代わりはいくらでもあるわ」
悔しそうに歯を食いしばる魔理沙。命が助かってもゲームはまだ終わりを告げていないのだ。ムラサから酒瓶を受け取るとおっかなびっくり魔理沙は立ち上がった。テーブルに戻るムラサの足は千鳥の様に揺れていた。
「さぁ、続けましょう。えっと…貴女の番、よね」
椅子に半ば倒れ込むよう勢いよくドカっと腰掛けほくそ笑むムラサ。元より勝ち目しか見えていないような勝負だ。ならば楽しみ方は相手が何処まで粘るのか、何処まで無様を晒すのかそれだけ。勝負と言うよりは形を変えた処刑法に過ぎないのだ。強者の余裕でムラサは魔理沙がグラスに酒を注ぐまで待ち続けた。
「………」
けれど、いつまで経っても魔理沙は酒瓶の封を切らずグラスに酒を注ごうとはしなかった。強く瓶の口を握りしめたまま、何事か、海風にかき消されてしまうような小さな声で何事かを呟き続けていた。
「どうしたの? 早く…」
「…しょう」
「え?」
「ちくしょう…ちくしょう…ちくしょう、ちくしょう、畜生、畜生、畜生、畜生ッ!!」
不意に魔理沙は叫んだ。余りの唐突さにムラサは驚き椅子からずり落ちそうになる。
「絶対、絶対に落ちてやるもんか! 落ちないぞ私は! 絶対に! 墜落ちないぞ! 墜落ちてやるもんか!」
咆吼するよう啖呵をきり、憎悪と憤怒が籠もった瞳で一同を、ムラサを睨み付ける魔理沙。ショットグラスを海ではなく船の方に投げ捨てる。硝子製のグラスは甲板の上に落ち粉々に砕け散った。入れ物がなくなりどうやって呑むのかと疑問に思われた魔理沙はけれど、乱暴に酒瓶の封をねじ切った。そうして…
「先に酔いつぶれるのは手前ェの方だぞ、キャプテン!!」
吠え、酒瓶を逆様に直接口を付けその中身を水でもきついだろうに一気に飲み干し始めた。うぉ、と驚きの声が上がる。それらの声に応えることなく魔理沙は喉を鳴らしラム酒を一気吞みする。アルコール度数40%750mlの液体が見る見る間になくなっていく。時間にして僅か数十秒。全て呑み終えると魔理沙は空になった酒瓶をムラサに突きだした。
「ふぎふぁ、ふぇまえの…ふぁんだ…!」
呂律が回っておらずまったくなんと言っているのかわからない。だが、椅子に腰掛けるムラサにははっきりと魔理沙が何を言わんとしているのか理解できた。
“次はお前の…番だ…!”
魔理沙はそう言っているのだ。ぎりり、と怒りに駆られムラサは歯ぎしりした。
「おい」
ドスを利かせた声色でムラサは船員妖精を呼びつける。はいィ、と甲高い裏返った声で応える妖精。
「私の分のお代わりも持ってこい」
「し、しかし…」
魔理沙もそうだったがムラサも明らかにかなり酔っている様子ではあった。顔こそ赤くはなっていないが虚ろな目、揺れる頭、理性的ではない言動。これ以上呑むのは明らかに拙い。妖精が躊躇ったのも無理はない話だった。だが、
「いいから持ってこいこの無駄飯ぐらいが!」
魔理沙に挑発されすっかり闘争心に火がついたムラサはまともな判断など出来なくなっていた。大砲の発射音のような怒声を上げ命令する。尻に火がついた勢いで船員妖精はムラサの前に酒瓶を差し出した。そいつをふんだくるように手に取り、ギリギリとスクリューキャップを捻るムラサ。その間も視線は親の敵を見る鋭さで魔理沙を睨み付けていた。
「いいだろう! うけてやるよ…っ!?」
立ち上がりこちらも啖呵を切るムラサ。が、その足は言い終えたと同時にかしずいた。酔いが相当回ってきているのだ。ムラサ自身もそれにやっと気がついた。だが、既にチップは出し終えディーラーはノーモアベットと口にしている。クソ、とムラサは悪態をついて酒瓶を掲げようとした。その手がほんの一瞬だけ止る。無理だ、と身体の方が訴えたのだ。だが、そいつを怒りでねじ伏せるとムラサは魔理沙を模倣するよう、それを超えるよう、勢いづけて一気に酒瓶を煽った。ごくごくごきゅ。口から多量に溢しながらもラムを呑む。いや、流し込む。入りさえすればいい。どうせ、魔理沙は次の一杯は呑めない。これを吞み干せば自分の勝ちだ。そうして…
「きひっ」
瓶が軽くなったのを感じ、ムラサは口を離した。短距離を駆け抜け終えたように膝に手を突き酒気に満ちた荒い息をつく。
「ど、どうだぁ…こ、これで私の…うぷ」
勝利を宣言するため顔をあげ魔理沙に視線を送った。だが、口に出来たのはそこまでだった。耐えられたのは一瞬、ムラサは再び俯いたかと思った瞬間、胃から流し込んだ酒の全てを逆流させ始めた。おぇぇぇぇ、と鼻が曲るような臭気と胃液の酸っぱさが入り交じった粘つく液体を吐瀉する。その酷い匂いと感覚が更に悪心を助長させる。留処なくゲロゲロとムラサは甲板の上に嘔吐し、くの字に曲げた身体を震わせる。
「うぇ…ぇぇえ、うぐ…」
全て破棄出し終えてなお嘔吐感は収まらなかった。既に身体に吸収されたアルコールもムラサの精神を根こそぎ溶かしきるには十分な量だったのだ。陸に打上げられた魚よろしく呆けたように口を開けたままムラサは自分の吐瀉物に向かって倒れた。びちゃり、と汚い液体に顔が沈む。
「や…やった…」
慌ててムラサに駆け寄る船員妖精たちを余所に魔理沙は一人、勝利を味わっていた。同時に生の充実も。ここは幻想郷ではないが弾幕少女にとって勝負の前に定められたルールは絶対だ。彼女は勝負に勝ち、生き延びる権利を得たのだ。
とあれば、こんな危ない場所にいつまでも残っている理由はない。船に戻ろうと魔理沙は一歩踏み出した。と、その手から滑るよう空っぽの酒瓶が落ちていった。
「あ」
重力に引かれ海面へと落ちていく酒瓶。等速で魔理沙はその酒瓶を眺めていた。ドボン、ドボン、と続けて二度、小さいものと大きなものが水面に落ちた音を泥酔し気を失ったムラサを介抱する船員妖精たちは聞いていなかった。
END
ブルーキュラーソーで適当作ったカクテル()を呑みながら書きました。
前作の副産物。
そのほか、個人的にオススメの吞み比べゲームは…
・ジャンケンなど一瞬で勝負が決まるゲームで負けた奴がテキーラを一気するゲーム
・大富豪で負けた奴が焼酎やウイスキーを一気するゲーム
・麻雀で4チャになった奴がスピリタスを一気するゲーム
などなどです。
sako
sako
- 作品情報
- 作品集:
- 29
- 投稿日時:
- 2011/09/03 16:13:44
- 更新日時:
- 2011/09/04 16:37:24
- 分類
- ムラサ
- 魔理沙
- 呑み比べ
- バカルディホワイト
呑み比べって……、全部一気飲みじゃないですか!?
酒の一気飲みの部分をロシアンルーレットに変更しても違和感の無い物ばかり……!!
魔理沙は幻想郷の酒の神に愛されたようで、勝負に勝てましたね。
生憎と、航海の神様には嫌われ、死神は仕事をするために一緒に船に乗っていたようですが。
しかし泥酔状態だから無理もないか
でもいくらかっこよくても魔理沙は死ぬ
まあ安い酒でイッキも推奨できないけど
これを読んで飲みたくなってショットグラスで呷りましたけれども、ラッパ飲みは矢張り無理ですなこりゃあ……