永久の主従

「ひ、ぎぃっ…ひ、いい、ヒィィィイイ」
目の前にはエモノが一匹
「や、いぁ…、いや、いやぁぁぁ…！」
うるさいので口をつぶした

ドジュッ

「アギャッ。ア、あア゛ああぁぁア゛ぁぁあ゛…」

口の中に無理やりナイフを突き刺したら、中から噴水のように血が噴き出してきた
メイドは激痛と恐怖のせいか、がくがくと痙攣している
滑稽なその姿に、そいつは大きな声で嗤った

「ク、け　　　クケケケケケッ、クカカカカカカッ
くけけけけけけけっけけけけけけけけけけ」

おっと、大きな声を出しちゃいけないんだった
しかし、すでに遅かった

「な…だ、だれか、いるの…ですか…？」
震える声とともに、ぱっと辺りが明るくなった
もう一人のメイドがランタンを手にこちらに歩いてきているようだった
「あ、の……？」
ぐるりと首を捻じ曲げてそちらを向いた瞬間

「ひっ　　ど、し　て　あな、た　が―――ヒガァッッ」

驚愕の表情は一瞬にして苦痛の表情へと変わった
ぽっきり折れたほうきの柄をメイドの右足にむかって投げつけたからだ
「あ、あぁ…わた、し、あしがっ、あしあしあしぃぃぃ…」
メイドの細い太ももの皮膚を突き破り、肉を食い破り、骨にまで到達していた
「いたい、痛い痛い痛い痛い痛い痛いイタイイタイイタイいタいよぉぉぉ…」
思わぬ所で獲物を二匹も捕まえた。さて、どうしようか
今まではめちゃくちゃに殺してきただけだった
解体もしたし、汚らしくぐちゃぐちゃにするのも飽きた

そうだ

たべちゃおう


基本的にそいつは人肉を食べる習慣を持っていない
寄生虫本体が食べなくても、寄生した宿主が肉を食べる習慣を持っていたらそれに合わせて肉を喰うが、今回寄生した宿主も食べる習慣は持っていなかった。
それでも食べられない事はない
今まで寄生した人間が人肉を食ったのは、
普通の人間に寄生すると、体がそれに耐え切れず、肉体が崩れていくからだった
人間は本能的に他の肉を摂取しようとして人を殺して、人を食う
人を食っている時、寄生した宿主は内部から体が壊れていくのを感じ、恐怖する
笑いながら、これでにくはおぎなえた…と喰う奴もいれば、
このままじゃにくがくずれる…と恐怖する奴もいた
しかし他の肉では補えぬと知ると、今度は自身の肉を食っていく
肉が崩れるから他人を喰い、肉が崩れるから自分を食う
なんと狂った事だろうか
矛盾を感じる、という知識を得た事、ここまで状況を整理するという知識を得た事
全てこの宿主のおかげだ
だから、もっともっと強いであろう主人に寄生すれば、もっともっと強くなる
恍惚の表情を浮かべ、愛おしそうにメイドの頭をなでた
小さくうなずく

うん

たべよう


口にナイフを刺されたメイドに近づく
そいつは懐をまさぐり、もう一つナイフを取り出した
それを大きくふり上げ、ふりおろす

じゅぶ

「はがっ…」
ナイフによって口を塞がれているために言葉を発する事が出来ないメイドは吐息のような声を漏らす
そんな事には全く頓着せずに、突き刺したナイフをそのまま縦や横に動かす

じゅぶ　じゅぶじゅぶぐちゅう　じゅぶ

ある程度腹をひっかきまわすと、今度は素手で腹の傷口に手を突っ込む

ぐちゅん

「…！ッ！…！」

足を貫かれたメイドがそれを見て声にならぬ悲鳴を上げた
耳障りな音を立てながら中から臓物が一つ、ずるりと出てきた
胃袋だった
まだ温かいそれを口元までもって行き、大きく口をあけてかぶりついた
「ッ、お、オゲェェェッ」
耐えかねたようにメイドが嘔吐する
うるさいから欠けた胃袋をそいつの口に突っ込む
「うぇっ、ガ、ホォっ…ヒュゴッ」
ぐいぐいと口に手を突っ込んでまで入れてから、”しょくじ”を再開する

さぁて

そろそろあいたいな、ここの、しゅじんに

ううん、ちがう

まいにちあっているんだっけ

おじょうさま、とかいいながら


そんな言葉を弄びながら、腹から臓物を引きずり出し、咀嚼する
もちろん、足を貫かれたメイドも美味しく食べた

―――――――――――――

「っ…」
濃い血臭に顔をしかめる
「…お嬢様」
たくさんいたメイド妖精はこれでいなくなった
惨殺が続き、脱走するものが増えたのだ
最後に残ったのは、殺され…いや、喰われた二人と――
「咲夜」
「はい」
「今夜、紅魔館の見回りをするわ。…私がね」
「し、しかしお嬢様……」
「ここまで汚されて、コケにされて私が黙っていられると思うの？
……寄生虫、必ず私が殺すわよ。今夜で終わらせるわ」
「…左様ですか。では、私もご一緒に――」
「いいわ。あなたは自室に戻って休みなさい。最近、疲れているでしょう？」
「ですが―――」
「命令よ。今夜は自室に戻って休みなさい」
レミリアは強い口調で咲夜に言った
主人の身が危険とはいえ、主人の命令だ
逆らえるはずがない
「…分かりましたわ、お嬢様。…どうか、お気をつけて……」
「ええ…」
――――――――――――
夜

深夜

真っ赤な、血に染まったような廊下を一人で歩いていた
聴こえるのはカツン、カツンという自分の足音だけだ
普通の人間なら行くのを躊躇う程の濃厚な闇
だが、吸血鬼であるレミリアには夜こそが最も動きやすくなる時
闇は恐れるものではなかった
カツン　カツン　カツン

カツン　カツン　カツン　カツン

カツン　ぺた　カツン　ぺたぺた　カツン

――――――――――――
溢れる欲望を抑えきれない
目の前に、ずっと狙い続けた獲物がいる
無防備にこちらに背を向けている
大きく開いた口の端からよだれが垂れた
きらりと月光に反射して光る銀色のモノ

銀のナイフ

吸血鬼の弱点は銀。
つまり、こいつの弱点
笑い声が漏れそうになるのを必死で抑えた
殺してやる

殺してやる殺してやる殺してやるコロシテヤル

殺す！！！

足を曲げ、吹っ飛ぶように目の前に跳躍した
その小さな背中に、無防備な背中に銀のナイフを突き立てようとして―――


廊下を、すべった

「！？」

吹っ飛んできた勢いのままずずずずと廊下を滑って行く
脳内を埋め尽くすのはただ一つ、「理解不能」の言葉のみ

「…甘いわね」

耳元で聞こえた、囁くような声

頬に感じる熱、衝撃、激痛

そこでようやく、バレていた、という事がわかった
―――――――――――

カツン　ぺた　カツン　ぺたぺた　カツン

ぺたぺたと誰かがついてきている
自分より一拍遅れて足音が聞こえる
背後に注意を向けたまま、気づかぬふりをして前に進み続ける

一瞬、ちらりと感じた殺意、欲望

ナイフが背中に突き刺さる直前、吸血鬼の能力、”霧”を行使

自分の体をすり抜けてうつ伏せのまま前へと滑って行く体を見つけた
即座に”霧”を解き、頬を蹴りあげた
そいつの体は今度は上向きに吹っ飛び、
天井に当たる直前レミリアがその首をつかんで床に押し倒した
あごをつかんで強引に顔を見せる

月が、廊下を照らす

そいつの顔も照らす

唇は三日月のように釣り上がり、目は狂気に歪んでいた

頬は蹴られたせいで赤黒く変色し、ぶくりと膨らんでいた

そしてレミリアは後悔した

いっそ、顔面をぐちゃぐちゃにして、誰だかわからないようにすればよかった、と

月光に照らされて浮かびあがったその顔は―――
























































「さくや…？」