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『放浪記』 作者: 赤間
雨の音を聞いている。ぱらりぱらり窓を叩く音。窓から見える鈍色の雲からそれは等しく舞い降りてくる。庭の隅で静かに背中をまるめ、その身体をふるりと震わせている白髪混じりの大木から必死に手のひらを広げる木の葉は雨粒に打たれてアスファルトに叩き落とされていた。冬の足音が雨に混ざって聞こえてくる。木枯らしが吹く日もそう遠くないと思った。変わらず雨は降り続けている。あの老人の背中にさえも容赦なく降り続けていた。
白みかかった湿気まみれの窓に触れて、私はその不安定なビートに耳を傾けていた。柔らかみのあるシーツだけを体に巻きつけている。ちくりとした痛みが腕に広がった。かすかな温もりがまどろみと共に残っていた。それだけではやはり心元ないと思った。下着さえも身につけていない、私の貧相な体を覆うこのシーツもまた雨音に耳を傾けているのだろうか。窓から離れようと身体を揺らすと射すような痛みが襲う。反抗期ね。これは。
私はまっさらなシーツをするりと脱いで床に放り出された下着を拾い身につけた。凍るような冷たさが肌と触れ合う。鳥肌が立つ。乳首がさらに堅くぴんといきり立って、感じてもいないのに胸が疼いた。乳首がじんじんとした痺れをおこし、雨の日特有の水っぽい息苦しさが気だるい身体に圧し掛かってくる。その重さに耐えきれずどすんとベッドに倒れ込んだ。すると、私の頭の上あたりに蟠る体温の塊がもぞもぞと身じろぎして、唸り声を上げた。蓮子ぉ、などと情けない声を出すものだから、思わず笑ってしまった。さらけだしたままの厚みのある胸板が豊かなビートを刻んでいる。それは確かな温もりと共に伝わってくる。唸り声。蓮子。どうやら先程の振動で起こしてしまったらしい。腰から下を覆う布団はくたりと湿っていた。こんなものを被るよりも彼の胸に飛び込んだ方がいくらか暖かいと思った。私はひとり分の体温が抜け落ちたベッドに潜り込み、彼の心音に身を委ねる。
そっと頭を撫でられた。見上げると、彼と目があった。まだ眠そうな彼の瞳は、しかしはっきりと開いていた。
「おはよ」
「ああ、おはよう」
語尾がふにゃりと伸びて大きな欠伸へと変わった。その無防備で間抜けな顔。ぱっくりと大きく顎を開けて目尻がとろりと垂れ下がっていた。私は思わずくすくすと笑い声を漏らす。
「二度寝していいよ」
「いや……いい、起きるわ」
「そ」
「雨、降ってんのか」
私と同じように曇りガラスの向こうを見つめながら彼は目を細めた。雨足は段々と強まり、窓から遠いベッドの上からでも乱れた雨音が聞こえてくる。頬をそっと撫でるような寒気が外気に晒された半身を冷やす。緩やかに、しかし確実に寒さは蓄積されていった。ふたり分の体温でこの部屋は一時的に温もりを持っていただけに過ぎない。爽やかな冷たさの傍にいつも湿っぽい空気が張り付いている。そういう季節だから、雨がいつ降ってもおかしくなかった。そういう時期だから。
「うん」
「止みそう?」
「ぜんぜん」
「じゃ、今日は散歩中止か……楽しみだったのにな、蓮子の弁当」
冬の近い今の季節に紅葉がよく映えるからと彼が私を誘ったのは一週間ほど前のことだった。私にはそういう風情といったくたびれた季節の残骸の中を練り歩くよりも、その影に隠れ路地にひっそりと佇んでいる新しい何かを探し歩く方が好きだった。何があるかわからない不安と期待に自分でも驚くほど心臓が震えるあの感覚が好きなのだ。使い古された空気を肺いっぱいに吸い込んで歩きだすあの瞬間が、私が生きていく中で一番の楽しみなのかもしれないと思った。しかし論文やら発表やらバイトやらで忙しく動いている彼がなんとか捻り出した休日を無碍にすることもなかろうと、私はその誘いを受け、どうせなら弁当でも作ろうかなんて、昨夜、気だるさと熱の残るふたりの体温が重なったベッドの上で冗談めかして放った、あの下着と同じように床に脱ぎ散らかした言葉を彼がまだ覚えていることに驚いた。
「そんなに残念そうにしなくてもいいじゃない。また晴れる日があるわよ」
「次におれと蓮子がゆっくりできる日を待つのなら、春を待ってた方が早いな」
「忙しいのね」
「まあ、な」
もう一度、ふああと欠伸を噛み殺すこともせず彼はとろりと魅惑的な声を出した。
彼と出会ったのは大学の構内だった。たぶん夏だったと思う。うだるような暑さの中、することもなく暇を持て余していた私が喫茶店チックな作りの食堂でアイスコーヒーを啜っていたときに話かけられたのだ。なんとまあ大学内でナンパするとは何事かと思ったものの、本当にすることがなかったのでなんとなくその男の話に耳を傾けていたのだが、なんとなく、面白いような面白くないような微妙な会話の選択に、この男は女性の経験がまったく無いのだと思い至り、なぜそんな男が私のような偏屈な人間に興味を持ったのかということに関心を示したのがはじまりだったと思う。彼は私と同期で、登山サークルに所属しているらしかった。なるほど確かにゴツめの体系をしているのに、汗臭さを感じない愛きょうのある顔をしていた。素朴、と言った方がいいのだろうか。私の求める人間像とは程遠い場所にいたはずなのに、なんとなくしっくりくる感じがしていた。会話が増え、会う回数も増えた。メリーに彼を紹介したこともある。友達として、だけれど。そうして夏が終わるまでの季節を流れるように過ごしていたら、彼から突然告白された。突然のこととは言え、驚きはしなかった。そこまで私たちの関係は進んでいて、友達に戻るにはもう戻れないところまできてしまったような気がしていたからだ。しかし私には唯一無二の友人がいた。マエベリー・ハーン。メリー。私は彼女とも、付き合っていたとは言い難いけれど、微妙な関係にあった。友達という線を越えすぎた場所に立っているようだった。お互いの体をまさぐりあったこともキスをしたこともある。けれど、同性という壁の前で私たちは二の足を踏み続けていた。穴が開いてしまうぐらい踏み続けた土の中から芽生えた存在が彼だったということに過ぎない。結局、私は彼を選び、そのショックでメリーが落ちてしまわないよう壁の上から彼女を吊っているだけなのだ。都合の良い女だと思われてしまうかもしれないけれど、私は自分でもひねくれた性格をしているとわかっている。開き直っているだけなのだ。それでもメリーを悲しませるよりはマシだった。
「どうしたんだ、怒ってんのか?」
「そう見えた?」
「眉がこんなに寄ってた」彼は両手の人差し指を眉間にぐいと引っ張った。なるほど怖い顔をしている。
メリーのことを思い出したら、途端に考え込んでしまう癖が出てしまっていたらしい。
「弁当ぐらいは作ってあげようかな、なんて」
「なんだ。弁当を家で食うのか」
「別に外で食べなきゃいけないなんてことは、ないでしょ」
「そりゃ、確かにそうだけどさ」
「それと」私は雨霞の中、水滴に濡れたあの老人にも似た大木を思った。肌寒い鈍色の空の下で、今もふるりと身を震わせ、そして動かなくなるしとどに濡れた木々と、槍のように降る雨にその体をゆっくりと泥の中へ散らしていく木の葉たち。「ほんとは、今日そんなにゆっくりできないんでしょ」
「誰に聞いたんだ、んなこと」
「聞かなくてもわかるわよ。ずっと携帯鳴ってたもの」
「ん……」
形の良い眉毛をハの字に伏せて、彼は短めの髪をがしがしと掻いた。
「行ってあげたらいいじゃない」
「んん……」
私はまた体を起こした。肩まで伸びた茶色の髪がふわりと湿気を孕んで揺れた。流れるような彼女の髪とはまったく違うけれど、彼はこの髪が好きだといっていたから、伸ばさずにいる。
ベッドから降りようとしたとき、にゅっと伸びた無骨な腕が私の腰を掴み、そのまま抱き寄せられた。腹まで腕を回され、抱きすくめられる。あ、え、と驚いている間に、首筋へ生温かい感触が触れた。
「ぁっ!」
湿り気のあるくちびるから熱がどくどくと伝わってきて、私は思わず身をすくめた。彼の大きな手が、私の背中に触れた。つつつ、と尻からうなじへと指が這う。その途中で、ブラジャーの留め具を外され、私の胸がまた冷たさの残る外気に触れた。肩にぶら下がったブラジャーの紐を外すこともせず、下から包むように持ち上げ、ゆっくりと揉みしだいていく。
指先が先端の突起に触れた。押し込むように、また小さな円を描いて、時折強く摘まんで私の胸を楽しんでいる。
「はっ……んんっ」
慣れた手つきだった。馴染んだ動きでもあった。私の身体のどこを触れば、どう感じるかなんて、彼にとっては目をつむっていてもわかるほどふたりには身体の交わりが多くあった。片手で乳首を弄られながら、彼の手は私の蜜が垂れつつある茂みへと指をくぐらせる。ショーツを引っ張り、こわごわとした指が入り込んできた。小刻みにそれは震えている。
「ちょっと、もうっ……ん、っはぁ」
途切れ途切れの声も言葉にならない。私の声は既に艶が混ざり合っていた。感じているのだと気づくのにそう時間はかからなかった。両の乳首が、自分でも赤面するほど紅く充血しているのがわかった。そこに彼の指が触れるたび、柔らかくしかし痺れるような快感がさざなみのように襲ってくる。
「パンツ邪魔だな。なんではいたんだ」
「んっ……はぁあ、ぅ」
私が身体をくねらすと、彼の手は私の茂みの奥にある柔らかな肉の壁を執拗にいじめてくる。そうやっていじめられて懇願する私を見るのが好きなんだとか、なんとか。
「ちゅ……ちぅ、ちゅくっ」
彼は私のくちびるを塞いで、すぐさま舌を挿入してきた。抵抗せずに、彼の口内から流れ込んでくる唾液を受け止める。互いのくちびると舌が、恐るべき熱を保ったままうねり、絡みあっていく。
「くちゅ、ちゅぷ、んちゅ……ん、ぷあ」
混ざり合った唾液が彼と私を繋げ、そしてぷつりと切れた。秘部を探る指が、徐々にぬめりを感じて、ちゅくちゅくと淫猥な音をたてた。声を押し殺したまま身悶えた背中に、硬いものが触れた。熱い温度。舌よりも硬く、あつい。
彼が私の体をそっと押し倒し、両足の間に身体を割り込ませた。濡れそぼった茂みがてらてらと淡い朝日に照らされて、充血しぱんぱんに膨らんだ彼のペニスさえもぬらぬらとその光をまとっていた。肉のほころびにペニスを押しあて、挿入せずに表面だけを擦り上げる。
「はぁっ……ひぁ、ああっ!」
「いい声」
「うるさ。ぁああっ!」
押し込まれた。
「んく、ああ、はぁああ」
入り込んでくるそれの異物感に押しつぶされるようなかたちで、私の口からため息が漏れる。またキスされた。彼の背に腕を回す。お互いの体を固く結んだ。
彼のペニスが私の膣内を突き上げるたび、たまらず溢れる声を抑えるように夢中でくちびるにむしゃぶりついた。
ベッドが軋みを上げている。
呼吸が荒く、艶やかな匂いを漂わせ、互いの鼓動さえも聞こえてくるほど密着している。濡れた肌は、汗だ。むんとむせかえるようなまぐわうときの、匂い。獣のように腰を突き上げてくる彼のものに、私はただはしたなく声を上げた。
なんども。
なんども。
そうだ。色々と考えることさえもおっくうだった。これは気持ちいいものだし、愛のある行為だった。それだけでいいのだ。それでよかった。
彼の腰が私の子宮を突き上げるたび、貫かれるような感覚が伝わる。腰の振動が速くなり、カクカクと動いていた。彼が低く唸り声をあげる。ふるりと体が震え、膣内のペニスが細かく痙攣していた。
くる。
私はぶるりと身を震わせた。
「蓮子っ、ああ――!」
彼が私の名を呼び、私も彼の名を叫んだ。
「ああぁぁああっ――――!!!」
私の体が跳ねる。背中を弓なりにくねらせ、湿ったシーツの上に落下する。熱い温度を持ったものが、自分の奥深くで吐き出されていた。長い射精のあと、ペニスを抜く瞬間、また、きゅうと膣を締め上げた。
朝食を食べ、彼は愛くるしい顔で私に行ってきますと告げた。重いドアの向こうに彼が消えていく。
後には、ぽっかりと抜け落ちたような虚無感と脱力感、気だるさだけがきんと冷えたアパートの部屋と共に私へと覆いかぶさっていた。
食器を洗い再び鈍色に閉ざされた部屋の中ですることがなくなって、たまらずシャワーを浴びて服を着替えた。拭きとれていない滴が服にぺたりとはりついていた。
傘を開き、アスファルトの中へ溶けていく。上気した体を一瞬にして冷やすように容赦なく雨は降り続け、朝よりも強くなっているような気がした。小さな爆発のようにばちばちと音を鳴らし傘へと落下する雨粒は痛みさえ感じないのだろうと思う。それとも、何度も降り続けたせいで慣れてしまったのかもしれない。私がこうしてふらふらと京都の町を歩いているように。
大通りを抜け、狭い路地を歩いていく。昔と変わらぬ雨音が路地裏に放置されたドラム缶に水たまりを作っていた。まるで音を作っているかのようだった。それでもドラム缶は身じろぎせずに雨を受け止めている。なんだかむしゃくしゃした気持ちが沸いて、そのドラム缶を蹴り倒した。錆ついた水がアスファルトに溢れだしまるで尿みたいだと思った。大きな音を立てて倒れたのに、誰も気づくことなく自分の道をひたすらに歩いていた。
私はまた歩き出す。ひととぶつかり合うか合わないかのぎりぎりの距離を保ちながら、あてもなくまっすぐ、ひたすらに歩き続ける。行きついた先が大学ならば、私はそこに行きたいのだと思う。喫茶店なら、古本屋なら、ケーキ屋なら、そこが私の行きたい場所なのだ。
不意に、とん、と肩が触れた。驚いて顔を上げ、傘の羽から顔を出した姿を見るや否や、そのまま固まってしまった。もしこれが私の行くべき場所ならば、自分の作り上げたルールさえも破り捨ててしまいたかった。
「蓮子?」
腰あたりまである豊かな金色がふわりと流れている。少し影を纏ったその姿に、彼女の金髪は私の目を焼くほどだった。きれいだ。変わらず。
「メリーじゃない。奇遇ね」
「ほんとに。今ひとりなの? 彼は?」
「学校じゃないかしら。やーね、私だって四六時中彼と一緒にいるわけじゃないんだから」
私が無理に笑い顔を作って見せると、怪訝な表情をしていた、いやむしろ嫉妬に近い顔をしたメリーの仮面がぽろりと剥がれ落ち、いつもの可愛らしい笑みがひょっこりと姿を現した。ほっとしているような表情だった。
「そうね。そうよね。……ねえ蓮子、今から時間ある?」
「うん。すごい暇」
「いつもの喫茶店に顔出しに行こうと思ってたのよ。よかったら一緒にどう?」
「お言葉に甘えますわ」
メリーは満足げに笑った。
雨の日は静かな喫茶店の店内で、好きな紅茶を啜りながら雨音に耳を傾けるのが好きなのだと、メリーは口癖のように言っていた。静かなもの、そして一定なリズムを刻むこの空気と、時間が止まり続けたような店内の雰囲気。彼女が好きなものすべてがここに詰まっている。私も、そうして満足そうに顔をほころばせ、頬をたるんと落とした彼女の顔を見ているのが好きだから、必然的にこの喫茶店は私たちの拠点地となっていた。店内に漂うドリップしたコーヒー豆の匂いが喉を圧迫する懐かしい感じが私とメリーを包んでいた。優しすぎるぐらいの甘さが漂ってくる。このまま眠ってしまいそうだった。
メリーといると気持ちが和らぐのを感じる。きりりと尖った神経が、次第に丸く成形されていく。しあわせな気分というのは、やはりこういうものを言うのではないかと思う。セックスをするときの、あのすべてを持っていかれるような強引さでなく、優しく暖かな手で包みこむものが、私には必要なのかもしれない。
「こうしているのも久しぶりねえ」
「お互い、試験とかあって会って無かったわね、そういえば」
「前なら、試験があってもなくても、台風の日でも吹雪の日でも、思い立ったが吉日なんて言って私を連れ出したのはどこの誰かさんかしら」
「めんぼくない!」
ぱちんと顔の前で手を合わせ降参のポーズ。くすくすと笑い声が聞こえて、うっすらと目を開けると、メリーが笑っていた。
「変わらないわね、蓮子は」笑いを含んだ声で言う。「少しは色気づくかなとか思ってたんだけど」
「変わらないよ。わたしは」
「そうね。私の知っている蓮子だものね」
メリーはそれから、紅茶をちびりと舐めて私に向き合った。白磁のように白く細い指が、投げ出された私の指を掴む。視線を落としたままの私は、ずっとその手元を見つめていた。蔦のように絡まる指がほどけて、私の手の甲とメリーの手のひらが触れ合う。柔らかな肉のある感触と、冷えた彼女の手が氷のように私の溶け切った体を凍らせていった。視線を前へ向ける。メリーと目があった。笑っている。妖艶な笑みだ。全てをまた瞬時に溶かしていまうような熱いまなざし。私は一瞬にして引きこまれた。目が逸らせない。金色のたゆたう瞳に呑みこまれそうになる。じいと見つめている。お互い言葉も交わさず、ただ視線だけが熱くまぐわっている。股間に疼きを感じた。その茂みへ手を伸ばしてしまいそうになる。ふっ、とメリーが砕けた笑いを見せた。
「どうしたの、そんなに見つめて」
「あ、ああ……いや、なんでも」
覆っていたメリーの手のひらから抜け出し、触れ合っていた肌を庇うような仕草をした。ひんやりとした冷たさがあるのに、まるで火に近づけたような暑さがそこにあった。
「変な蓮子ね」
メリーはまたくすりと笑った。ぼぅっとその顔を眺めながら、先程の夢のような時間がなんとももどかしい気持ちになって喉元までせりあがってくる。そのまま吐き出したいのに、どうしても喉から口へ滑り落ちることはなかった。あ、上がったわね、というメリーの言葉に外を見ると、暗闇の出来損ないのような空から降り続けていた滴はいつの間にか途切れていた。
見上げた空は黒ずんでいて、どこまでもその染みを広げているようだった。ぽっと現れた月さえもその肌をぼかし光っている。星は見当たらない。ぼんやりとした灯りが月のまわりを縁取っている。川を流れる人工の光が滲みゆらゆらと揺れていた。京都の町は夜の装いへ姿を変えていく。
私はメリーの半歩後ろを歩いていた。もう彼は家に戻っている頃だろうか。ふといなくなった私を心配しているかもしれない、と携帯を確認するも、メールや電話の着信履歴は残っていない。デフォルトで設定された味気のない壁紙が私の頬を照らしていた。
今日は自分の家に帰ってもいいかもしれない。久々に帰ってやらないと、家も嫉妬しかねん。そう思った私は、メリーを呼びとめようと、ゆらゆらと揺れる金髪をかき分け、その華奢な肩に手を置いた。
彼女に触れた瞬間、その柔らかさに鳥肌が立った。どくんと派手に音が鳴り響いた。女性の体。しなやかな体躯。じっとりと手が汗ばむのを感じた。呼吸が荒くなり、思わず唾を飲み込んだ。喉が鳴る。汗が噴き出た。期待もしていないはずの心臓がどくどくと震えている。肩に手を置いたまま動かない私の異変に気付いたメリーが心配そうに私の顔を覗き込んだ。ぷっくりと肉厚なくちびるが濡れててらてらと光り私を誘っている。きれいな瞳が夜のライトに照らされて宝石のように輝いていた。たまらずそのくちびるを奪いたくなった。彼女はきっと抵抗しない。むしろ喜んで受け入れるのだと思う。私たちは今までもそういう関係を築いてきたのだし、変わらない私たちはこれからもその立場に甘えてどっぷりと浸かっていくのだと、半ば確信していた。
「蓮子?」
「メリー……」
くちびるが渇いた。ぺろりと舐める。もう一度喉を鳴らした。
「今日、メリーの家に泊ってもいいかしら」
「え」
「久しぶりだし、いいでしょ?」
「ええ、と」
「メリー」
私は静かにメリーを見据えた。彼女は驚いたように目をまんまるにして、それからぽんと弾けるように顔を赤く染めていった。耳元まで紅くなっていく。私が泊りに行って、それからのことを考えたのだろうか。あれだけ誘っておいて、今更初心なフリをするだなんてずるい。メリーはずるい女だ。
もちろん、わたしも。
ややあって、メリーがこくりと頷いた。暗がりの中に僅かしか手に取ることのできないメリーの表情は、その赤面に押しつぶされてほぼ見えなくなっていた。私は頷いて、彼女の手をとった。それから指を絡ませる。手のひらの間を埋めるように。きゅうと固く、結んだ。メリーはほほ笑む。私も、笑っていた。笑いあっていた。
ぱっくりと開かれた股間の奥底から、どろりとした液体がショーツに染み込んでいった。
こういう蓮子もいいなぁ、なんて思っていたらいつの間にか書き終わってました。
冬コミの原稿やら何やらに追われていたら、半年ほどここに投稿していなかったのでひとつ落としていきます。
これで今年最後の投稿になると思います。来年もよろしくお願いします。
赤間
- 作品情報
- 作品集:
- 29
- 投稿日時:
- 2011/12/06 13:44:37
- 更新日時:
- 2011/12/07 21:25:20
- 分類
- 宇佐見蓮子
- マエベリー・ハーン
- ヘテロセックス
何時までこんな事してるんだか。
似ても似つかぬタイプの男女と付き合う。
居てくれると嬉しいような、なんとも思わないような……。
でも、空しい、さびしい、人恋しい。
いて。私の側に、必要な時にだけ。
静かな雰囲気の中で、男もメリーをも求める肌の恋しさ。
甘いけど、なんだか寂しい蓮子の日常を垣間見たような感じ。
すごく好きです、この雰囲気。
来年も楽しみにしております
ずるいなぁ、蓮子は……