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『東方戦争郷』 作者: ただの屍
人間と妖怪と資本主義の関係なんてのは水と油に火を注ぐようなものである。油は燃え上がり水蒸気は爆発する。戦争が始まる。一切の戦争行動を嫌った白蓮は外部から絶えず輸入される新鮮な不幸と内部から湧き出る不満反発軽挙妄動の抑制並びに可能性の摘取による精神摩耗の日常的反復によってとうとう有らぬ考えに脳を蝕まれてしまった。荒唐無稽と形容すべき妄想に白蓮は縋った。白蓮に言わせるならばこの戦争は起こり得ぬ戦争であった。歴史的敗北者の憩いの場である幻想郷で全面戦争を起こす輩などは精神異常者だと認識していたし今までもそう説いてきた。その自分の主張が曲解されて戦争に利用されるなど許されることではなかった。仕方なしに行われたあの防衛戦で自分がどれだけ心を痛めたか。最前線で嬉々として得物を振るうあの妖怪共が自分の愛弟子である筈がなかった。「お前なぞ私の弟子ではない」「何を言っているのです」「お前の師は誰だ」「あなた様ではありませんか」「なら何故あの邪仙どもを世に解き放った」「邪仙どもは誰かの手によって解き放たれたのですか」「お前の仕業ではないか」「私が何をしたというのです」「私には分かっている」「平和を拒み殺戮を渇望するあの妖怪共は自分の敵に違いないのだ」「誰ぞが送り込んだスパイだ」「私は殺されるのだ」「殺されるに違いない」「しかし清らかな心持ちのままに死ねるのならそれでも良い」「昏迷の世に救済あれ」「もう言い残すことはない」「一思いにやってくれ」「痛い」「死ぬ」「いのちが死ぬ」「痛い」「私は死ぬ」「私は死んだ」
未来に絶望した賢者は聾し、盲いて、唖となる。智者を失った数多の心臓が送り出す血液に乗って幻想郷に毒が回る。やがては幻想郷に訪れる行く末を紫はしばらく見つめていた。これから自分が取る行動は既に決めてあるのだが……。紫は幻想郷を見捨てるつもりだった。幻想郷の神と呼べないこともない自分が舞台装置を停止させ舞台を撤収すれば間違いなくそこで終わる。ここまで捻くれてしまっては矯正はもう不可能に違いないのだが、畸形として生き永らえさせてやっても良いのではないか。自分だけの都合で殺してしまうのは生みの親としての傲慢ではないのか。その問いが紫を幻想郷に留まらせているのだが、問いに対する答えを紫は知っている。幻想郷の歴史など自分の生きてきた、そして生きていく歴史の中の一ページにも満たないであろう。新たな理想郷を作ることなど自分にとって苦でも何でもないのだが……。何やら背後がうるさくなる。蠅だろうか。その不快な音を立てる何かが耳元までやって来るや否や、六方からの鋭い圧力で音源らしき存在を捻り潰す。大音量の叫声が発生したので何事かと目をやれば、藍と橙が血溜まりの中に倒れている。首の千切れた橙は即死したようだが藍は辛うじて生きていた。主から捨てられたとでも思っただろうか。藍に向けた視線を頭へ足へ滑らせる。藍の腰回りの肉はねじ切れており、上半身と下半身は腸だけで繋がれており流血は止みそうにない。藍は青白い微笑みを湛え、やがて息絶えた。紫が三人の蓬莱人への告別を決意したのは正にその時であった。そして夜が明け、八雲紫と博霊霊夢と龍神、つまり頂点と傀儡と、冥界や天界や地獄や地底界などの、幻想郷に従属するなべての異界が幻想郷から姿を消した。
苦は自由に至らず。九の先に十は無し。満月の夜が明ける。阿求は慧音が自殺したとの報せを聞いてもさほど驚かなかった。やはり死んだか、とだけ思った。感動は無かった。一杯の熱い緑茶を飲みきるのに四分ほど時間を要した。茶柱が立っていた。阿求には幻想郷の全てを知ることはできない。だから想像してしまう。恐らく慧音は幻想郷の歴史の終焉を予感したのだろう。確信だったのかもしれない。とにかくそれは慧音の命に死をもたらすものであったことは間違いない。情勢は影響したのか。現在の幻想郷の昼と夜との違いなんて死にやすいか殺されやすいか、それだけである。今や人間と妖怪の区別もなくこの地には殺す者とまだ殺していない者しか生きていない。殺さない者や殺せない者は皆死んだ。いつから慧音にとって生の価値が無くなったのだろう。やはり死ぬ瞬間であろうか。だからこそ躊躇いもなく死を選べるのであろうか。阿求は何よりも死を恐れていた。地獄が無くなったとの噂を聞いても、いや却って地獄が無くなればこそ、より一層死が恐ろしくなるのである。死の果ての無。そしてその死の前に確かに訪れるであろう十度目にして最大の苦しみ。阿求には自殺する勇気すらなかった。発狂してしまいたかった。発狂すれば日々日々自分を責める苦しみからたちまちにして逃れられる筈だった。慧音は満月の夜に何を知ったのだろうか。何が妖怪の精神を自殺に追い込んだのか。それさえ知れば人間の身に過ぎない自分など発狂せざるを得ないだろうに。ああ、人を愛した半妖よ。どうしてあなたはこの哀れなる者どもを残して死んだのですか。あなたは何を見たのですか。私はこれから何を見るのでしょうか。
「私がわざわざ言うまでもなく自分自身の記憶と体験によって十分に理解している筈だと思ったのですが。まあ、あの糞忌々しい生臭坊主怨敵様様の仰せのとおり幻想郷というのは歴史的敗北者の集いなんです。もう、それは周知の事実であり常識です。だから何故戦争が始まったかというのも私に言われなくても気づいていなきゃいけないんですよ。全くほんとやんなるよ。あのねえ、この戦争がおっぱじまっちまったってえのはさあ、つまるところ人間の歴史が戦争の歴史であるということの証明なんですよ。特に幻想郷ではそれが顕著です。右をみても左を見ても敗北者。敗北者の掃き溜めですね。肥溜めでもいいや。それに比べて勝者はほんの一握りだけでしょう。考えてもみなさい。幻想郷の歴史の明るみに出られた者のあまりの少なさを。人里に住んでいる人の名をどれだけ挙げられる。きっと慧音だとか阿求だとか、まあその辺に過ぎないでしょう。人里には当然もっともっとたくさんの人がいる筈ですよ。いなきゃいけない。でもそいつらが幻想郷の一員として認めてもらえないのは奴らがひとえに敗北したからなんです。勿論敗北の理由は様々あるでしょう。ですが根底に共通する事実があります。観て聴けば理解できる。要するに彼らは全くもって実につまらない連中だったのです。ほんと、取るに足らない、面白くもなんともない、何でもない存在なのです。でも私たちがそうであってはならない。まだ舞台に上がったばかりで何も為してはいないのですから。そう、私たちは一番の新入りです。ここにはまだ私たちの存在を証明する歴史は何一つとしてない。ですから、私たちは幻想郷で戦って戦って戦い続けなきゃならないのです。私たち自身のために。舞台の幕が下りきるその瞬間まで」
「おい、文。聖白蓮の死についてだけどよ。私が犯人だというんで記事にしてほしいって名乗りを上げたそれぞれが十二名、んで邪仙・ゾンビ連合の五名。有象無象に坊主殺しの大役を務めさせるのはどうかというんで新人連中に役をあげようと思ったんだがここはやはり公平を期して十三通りに死んでもらった方がいいよな。そうだよな。それでこそ清く正しい新聞ってものだよな。ひひひ。これも地獄が無くなったおかげだぜ。いやあ、地獄といえば死神の切腹劇は見ものだったよな。え、見てないのか。河童に呼び出されていた。なるほどね。河童共め、結界を安定に保つ技術とやらのおかげで今は高みの見物を決め込んでいられるが幻想郷が平和期に入ったらあいつらぶっ殺されるぜ。いや、まじでそう思う。少なくともおれは殺しに行くぜ。あいつら態度変わり過ぎだっつうの。結界の保持なんて前はあのしょうもない巫女でもできてたんだろ。それをなんであいつらはあんなに偉そうにしていられるんだ。コミュニケーション能力が無くて他者の感情とか分からないんじゃないか。周りの情けによってのみ生きていられるようなちっぽけな生き物だと分かってねえんだ。だとしたら分からせてやる必要があるよな。ふん、別に殺されたってどうってことねえよ。だって地獄がねえんだからな。え、切腹。ああ、ああ、あれね。ありゃ凄かったぜ。いきなりおれらの前に閻魔の屍体を抱えた死神が現れんの。多分死神としての能力なんだろうな。閻魔は四季映姫だったよ。そんで屍体を置いて言う、地獄がこの世から無くなったって。そしたらあいつが、はたてっつったっけ、地獄はあの世だろって言うわけ。そしたらおれたち爆笑。腹抱えるほど笑ったんだけど死神は現れたときの表情からちっとも変ってなくて仏頂面。本人を前にして笑い続けるのはちと可哀想かなってことでおれらは死神に喋らせた。死神が長々と語る。それが全然面白くなかった。地獄が無くなったっていう情報は別にして残りはもうびっくりするぐらいつまんねえの。殺人級だよ、あの下らなさは。だからおれはやつの語りを大声で笑ってやったらこいつどんな反応をするだろうなってことを考えんだよ。後で聞いてみたら他のやつも似たようなこと考えてたみたいだな。中には殺してやろうとか犯してやろうとか物騒なこと考えていたのもいたみたいだけど。結局我慢できなくなっておれが笑おうとしたとき死神が大鎌で器用に切腹した。そしたら止めるに止められなくなってさあ、おれ大笑いしちゃったよ。実際に死神の表情が面白かったし。それに内臓が地面に零れ落ちるんだよ。ぼろぼろって。な、可笑しいよな。んでな、さっき犯そうと思ってたってやつがいたって言ったろ。そいつが死神を犯すの。そしたら死神の肉を食うやつが出てくるわ、大鎌をかっぱらうやつが出るわ、閻魔の屍体を持ち帰るやつがいるわ、写真を撮りまくるやつもいるわで騒乱の坩堝。おれはその間ずっと笑い転げてたんだけどな。ほんと、面白すぎて死ぬかと思った」
冥界が無くなってからというもの、自分の存在意義が分からなくなった。初めのうちは懸命に幽々子様をお探しすればよかった。次は、白玉楼を探せばよかった。それから、西行妖を探した。その後はただただ彷徨い続けた。遂に自分は何も見つけられず自分には何も残されていなかった。あまりの不甲斐なさに自刃しようかと思い詰めた時期もあった。けれど幽々子様のお許しなく勝手に死ぬなど有り得ない。しかし、正直疲れている。幽々子様はもうこの世にはおられないのではないかという考えが脳裏を掠めるときがある。勿論そのような考えはすぐに修正するのだが、どうも時間が経つにつれその不敬な感情が自分の大事な部分を占めていくように思えて仕方がない。このままでは望まぬ謀反を起こしてしまう。かといって自ら命を絶つわけにもいかぬ。馴染み深くも罪深いあの方法に身を委ねてしまうしか。楼観剣に映る自分の顔を眺める。その顔は酷くやつれていた。幽々子様は私を私だとお気づきになられるだろうか。いかん、それが不敬だというのに。幽々子様は必ずや私の前に現れなさる。だから私はこの不敬な感情を抱えたまま眠りに落ちる。夜明けまで。幽々子様、未熟者の妖夢をお許しください。私にはこれしか残されていないのです。
主神が自分を呼ぶ声。昔は一番大好きな声だったのに今では一番嫌いな声に変わっていた。その声が何を告げるのか、何故そのような言葉を口にするのかさえ今の自分には分かっている。だからこそ自分は不機嫌な面を向けてみせるのだがすると向こうは決まって不愉快そうな口調に変わる。それが堪らなく不愉快だというのに。私がどれだけ主張しても向こうは意見を絶対に変えない。当たり前だ。理念が違うのだ。付け加えるならば立場が違う。生きてきた時間が違う。しかしその違いを最も決定づけるものは被護者と庇護者という関係であろう。向こうは私や私に関わる環境をより良いものに作り変えようと苦心しているのだろうが私に言わせればそのやり方では決して幸福になれない。なんで私があの腋巫女の跡を継がねばならんのですか。いや、結構。なんと言いかえようともその事実に変わりはありませんから。何度でも言いますけどあれがやってきた仕事や成果を丸ごと掻っ攫うなんて阿漕な真似をなんで私らが。昔と今じゃ立場が違います。今の私たちは出番乞食じゃないんですから立場を踏まえた行動をとらなくちゃいけないんですよ。それがなんですか。腹を空かせた豚のように。ふん、いいですか、私だって今の幻想郷を治める必要性を感じています。しかし我々が博霊神社の傘下に必要はない。聞けば今あいつはいないらしいじゃないですか。奉る神もいなけりゃ巫女もいない。そのような神社の下に我々がつく必要はありません。そうですか。名を利用するだけならもっといい考えがあります。博霊神社をぶっ潰せばよいのです。あんな目障りな神社、壊した方が世のためになりますよ。うるさい。今やあんなもの偶像に過ぎないのですよ。価値の無くなったものはさっさと破壊してしなきゃいけない、存在するだけで害悪なんですから。旧害物を破壊せしめよ。な、なにしてるんですか。うわ、なんてものを持ち出してるんですか。そんなものは話し合いの場には、ふふふ不必要でしょう。うわあ、私に向けるな。わ、わ、ばか。ばか。ばかあ。
眠らぬ夜が来れば、レミリアはレコードを聴く。この物騒な世の中、以前どおりの自分でいられるのはレコードを聴いている間だけだ。遠い過去の叫びの記憶が蘇る。レミリアは椅子に腰掛け耳を傾ける。
「21st Century Schizoid Man including Mirrors」――7:21
猫の歩みを止める鉄爪と
神経外科医が煽る悲鳴と
毒の扉と妄想狂と
再び赤い悪夢が始まる
地下牢 半生 500−5
彼女の一生 求める係数
死と苦と誤算の21
21世紀の精神異常者
正常な人格 求めた救済
紫の魔女が握り潰す
毎夜現る恐竜だって
紫色の瞳を持ってる
魔女は密かに牙を研ぐ
彼女とその他もろもろ全てを
星ひとつなき聖なる闇が
再び赤い悪夢に導く
嫌で嫌で堪らなかった。死の恐怖と向き合うことも、友人の変貌に付き合うことも。戦争が始まってしばらくしてから魔理沙は家を結界で囲み情報や流れ弾や来訪者を遮断した環境である魔法の完成に向けて寝食を忘れて研究に取り組んだ。それがたった今完成した。魔理沙はその魔法理論を何度も何度も暗唱する。狂いはない。間違いない。完璧だ。魔術者が失敗しなければ必ず成功する。大丈夫。難しい魔法じゃない。弾幕を死ぬまで避け続けることに比べれば、自分が死ぬまで人を殺すことに比べればずっと易しい。結界を解き床一杯に書き上げた魔方陣の上に魔理沙は乗る。魔力を意識的に生み出していく。ゆっくりと体全体に行きわたらせる。これが失敗すれば死ぬかもしれない。生きていても魔力が空になるから数日は無防備になる。でもこの転移魔法は簡単だ。何事もなく成功する。そうすれば博霊神社は目の前さ。そしたら霊夢がいる。あいつについていけば間違いない。あいつが死ぬわけない。あいつがいるのに何故皆戦争を止めないんだ。もしかして。いや、今は余計なことを考えるな。集中を乱すな。……目を開けろ。ほら、博霊神社がある。魔理沙は離れ座敷へ向かい玄関代わりの障子を開ける。霊夢が居ることを期待した。障子を開くと中に柄が悪そうな大男が斧を手にして座っていた。寒気がした。全身が震えだした。魔理沙は視線を落とす。魔理沙は全裸だった。男の顔をこちらを向き魔理沙の存在を認めた。
今まで私が過ごしてきた環境はそれほどまでに酷かったのであろうか。戦争下の環境が大して苦にならないなんて。だがそうではない。地上は酷い。地底よりもずっと。だから覚という妖怪は最悪なのだ。戦争苦を意識していないのだから。自分のことを気に掛けていられる者がいないもんだから羽を伸ばしているのだ。迫害されても仕方がない。さとりは自虐的に笑う。人目を気にすることなく声をあげて笑う。顔をくしゃくしゃにして笑う。泣きながら笑う。自分も他者を気にしない。そもそも人が残っているのだろうかこの戦争に。皆が皆同様の意識パターン。一様なる思考と行動。私が意識してやらねば確認できない個性。彼らは巨大な一つの生き物なのではないか。すると私は何だ。餌か。さとりは再度笑う。顔は笑っておらず声だけの笑いであった。このような思考が私の依存感を表している。やはり私は怖いのだ。除け者にされることが。怖いのだ。だから笑ってしまうのだ。この笑うに笑えぬ状況の中で。早くこいしを探してやらねば。寂しい思いをしているだろう。だが本当に寂しい思いをしているのは私なのだ。こいし。拠点を失ったことでペットたちは散り散りになってしまったが、私は彼らの無事を祈っているだけだ。私はこいしの姉でさえあればそれでいいと思っている。だって仕方がないではないか。私を思ったが為に、そして偏見と嫌悪と好奇の目に曝されたが為に自ら第三の目を潰し妹へと転じるしかなかったのだから。私でなければ誰がこいしを守るのだ。私の可愛い妹。こいし。
「I Talk To The Wind」――6:05
前を行く姉は背後の妹に問う
あなたは一体どこへいたの
私はここに そしてあそこに
そこら中を探していたのに
風と話せば
言葉はかき消え
風と話すも
風には聞こえぬ
風には聞こえていないのだから
妹の目を覗き込む
多種の錯乱そして失望
全て私に向けられている
彼女の心を捉えることなく
心に残ることもなく
風に吹かれて
与えたものは去っていく
空しく時が過ぎていく
風と話せば
言葉はかき消え
風と話すも
風には聞こえぬ
私は風と話がしたい
目の前の天狗に向って楼観剣を振るう。振るった数だけ屍体が増える。天狗の数だけ剣を振るう。天狗の数だけ屍体ができる。数多のレーザーが着地する。エネルギーの塊が着弾する。考える必要はない。弾幕など絶対に当たらない。平和期の暇つぶしであるスポーツ技術では決して人を殺せない。弾幕が一種の華々しさと悲壮感を持ち続けている限り装飾品の域からは抜け出せない。そのことを理解しているやつだけに向かって突貫する。刺して抜く。斬って捨てる。刎ねて飛ばす。突撃。斬りまくる。鋭く。鋭く。素早く。止まらず。斬って斬って。跳躍。背中を追う。斬り捨てる。斬捨御免。何も考えない。人を斬っている間は何も考えなくてよい。考えないために斬る。斬る。斬る。血の臭いで鼻は利かない。目も利いているとは言い難い。それでも剣を振るえば人が死ぬ。斬。死ぬ。鋭。死ぬ。刺。死ぬ。応。死ぬ。まるで化け物だ。きっと化け物は何も考えない。振る。突く。薙ぐ。裂く。断つ。絶つ。斬る。斬る。斬る。殺す。これで百。一気に全身がざわつく。痺れにも似た緊張感。この第六感的喧しさは魔力によるものだ。妖術を使おうとする者の存在。横っ飛び。轟音感。発動された。もう一度横っ飛び。回避。あいつだ。間合いを詰める。心臓に剣を突き刺す。楼観剣が割れる。崩れ落ちる天魔の顔を睨みつける。
「ああめでたしや。千点、万点、満願成就。蛇は千点、蛙は万点。畜生三点、人八点、のろまな女は十八点、戦争きちがい三十点。お前ら皆、スコアと肥やし。死んで死んで点数捧げて、残った屍体は土地に捧げて。芽が出て実った饅頭食って、今日からお前もきちがいなれば、右も左も敵だらけ。殺せば死んで、殺さば死んで、殺す阿呆に死ぬ阿呆、同じ阿呆なら殺さな損損。それでも死ぬのがこの世の非業。殺すと決めたその日のうちに、刺されて斬られてくたばって。恨みはらさでおくべきか。ああ一人でも殺さねば、死んでも死ねぬが人の情。昔はそれで済んでたが、今は地獄も神もなし。死ねばお前らスコアと肥やし。恨みをはらす術もなし。幻想郷は今日も平和で、平和平和の平和の平和。これだけ平和を重ねれば、きっと平和に違いない。平和ですかと尋ねれば、男は血飛沫あげて答える。平和ですかと尋ねれば、女は悲鳴あげて答える。平和で平和な平和の平和、幻想郷は平和です。その幻想郷に鬼がいた。妖怪の山に鬼が来た。殺し犯すが鬼の業。鬼が島からやって来た、平和の敵の鬼が在り。其に立ち向かう現人神は、何を隠そうこの私。鬼が何やら捲し立てるが、どうせ全てが方便だ。鬼の目的ただ一つ、殺して犯して奪うこと。口車に乗ることもなく、妖術一つくれてやる。鬼はたちまち気が狂い、己の顔面殴りだす。己と己が戦えば、決着つかぬが世の道理。挙句の果てに引き分けて、どっちもくたばり万々歳。蛇も蛙もくたばって、私を邪魔する者もなし。めでたしめでたし、めでたしや。こんなにめでたいことはない。勝って兜の気を引き締めろ。世の中まだまだ狂ってる。私が正すその時を、今か今かと待っている。妖怪、人間救うため、我が行かねば誰が行く」
逆説的だが魔力は自然科学の分野だから勿論自然科学の法則に従っているわけだ。だから熱力学第二法則によってだな。これに目を付けたのは間違ってなかった筈だぜ。体内で発生した魔力は全身に広がっていくんだ。これを一か所に集めるのは中々骨が折れることでな。多分それを自力でできるやつが妖怪なんだろうな。専門じゃないから断言はできんが。まあそれでも魔法使い程度なら魔力を肉体に閉じ込めることはできる。だから魔力を発生させてしばらくすれば全身は魔力の塊になってしかも大体の時間において均一だ。これを使わない手があるか。ないだろ。人間の定義を書き連ねるなんて馬鹿な真似は机上でやれ。魔術は不確かさを嫌うんだ。そこで私はある特定の密度を超えた魔力とその周囲7Åを魔術の対象にしたんだ。服にも魔力が伝わるようデマスキングしたんだが、どうしてだ。……あ、分かった。私は到着地点で発生する肉体と服との融合を恐れたんだ。そんなこと有り得ねえってのに。蠅人間なんて作り話なんだからそんなこと起こりゃしねえのに。ああ、あの話は私の精神に傷を残してたんだろうなあ。あの恐ろしさ、今でも思い出せる。分かっていても私は無意識のうちに服への魔力を抑えたんだ。だから肉体と服とで密度が違って。いやいや、待て待て。それでは私は魔力の抑制を自力で行ったことに。なんてことだ。もしかして私は魔女なのでは。ってそんなわけねえよな。そしたら見知らぬ男に犯されて処女散らしてぎゃあぎゃあ泣き叫んで今では死人みたいになったこの女が私だってことになるじゃないか。これが私なわけあるか。誰がこいつを私だと思う。服も帽子も箒もないじゃないか。一体誰なんだ素っ裸のこの金髪女は。やはり衣服こそが私の本体であり肉体は我が衣服だったのだ。そうなりゃこいつは私の衣服でせんずりこき続けているてるだけの哀れな猿なんだ。だから私は人間にも似たこの衣服に対して同情する必要はないし感情移入する必要もないんだ。こいつは全くもって無価値であり、実につまらない、本当に何でもない存在なんだ。
「Epitaph including March For No Reason and Tomorrow And Tomorrow」――8:47
割れ落ちる魔女の笑顔
割れ目から響く笑声
殺戮の装束の上に
落つ燦然たる日の光
用いた凶器は悪夢と夢想
栄冠は手元から失せ
静寂が叫びを覆う
錯乱こそが我が墓碑銘
荒廃の跡を我は這う
どうにかなるなら落ち着いてみせ
空を見下し笑いもしようが
しかし 私は夜明けが怖い 私は叫び続けるだろう
そうだ 私は夜明けを怖れ 私は叫び続けるだろう
破滅を下す鉄門くぐり
時の女中に会釈する
当主の肩に手をまわす
詐欺師は聡明かつ偉大
掟がないなら 知識とは
死を招く友に他ならぬ
彼女の現在 そして未来は
魔女どもの手の内にある
不死身のモルモット三体。このような宝を誰が手放すだろうか。通常致死量の放射線を浴びても死ななかった彼女らはすぐさま研究所に搬送された。現代の難題によって彼女らは縛られ続けている。外界の科学力は彼女らを殺すこともできようが、有り得ないことだろう。その彼女らに別れを告げる者が現れた。八雲紫に他ならない。「先日はどうも」「安息の月曜日はいかが」「苦汁の化学式とはなんぞや」「そこに地獄はあるか」「よく見えないわ」「ミミズクだって」「却って逆効果」「刃物による自傷行為。天人は地上に落ちたという現実を認めるわけにはいかなかったのでしょうね」「天界がなくなれば天人制度も破綻するというのに」「肌を切れば血が出る」「どうせ傷はふさがるよ」「蓬莱人だからな」「血が止まる様子はありません」「五リットルだって」「一時中断」「遺体確保」「蘇生確認」「再開」「何か面白い冗談をひとつ」「声なき声を聞け」「山が見える」「八合目」「空気が薄い」「呼吸をさせてやれ」「このパイプ曲がってるよ」「パイプは円形に決まってるじゃないか」「釣れますか」「ちっとも」「環境が悪いんだな」「あなたもそう思いますか」「ところで今日の日付を教えてもらえませんか」「立体人間だ」「眼球二つで足りるのか」「足りるんだよなあ、これが」「向こうを支えてください」「私の動きに合わせなさい」「それってシュレーディンガーの波動方程式ですよね」「だが鉄でもある」「砕かれたのは誰だ。俺か」「一秒間に千回転だって、そんな無茶な」「泣いても駄目です。これができなきゃ入れてあげませんから。おほほほ」「ぼく、めだかがいいな」「まあ、なんてこと」「正直者には死を」「お前に死を与える者は誰だ」「あなた様ではありませんか」「骨は拾ってやる」「蠅」「どんどん小さくなっていく」「何故なの」「君が決めなければならない」「熱い」「極めて正確に歪んでいく」「舞台は六とおまけに一つ」「なら席は十四だな」「これが君の子午線」「逃げろや逃げろ」「うん、醤油を切らしているね」「脳を触らせてくれるの。嬉しいなあ」「回り込まれた」「カメラを用意しろ」「完全と完璧、どっちがどっちなの」「頭から地面に落ちたことがあってな。そのせいかもしれん」「あなたの血って赤いのね」「そう言う君はどうなんだ」「十年間、穴を掘りつづけていたことを思い出すね。今思えばどうして穴を掘っていたんだろう」「さっさと羽を拾え。一枚も残すなよ」「夜があってはならんというのに」「彼女のその後」「怪鳥音ってのは君のことかい」「百戦無敗。百戦百逃」「痛そう」「いいですか。ここですよ。よく見ていてくださいね」「綺麗な結果だ」「そうことは先に言いなさい」「眠る夢を見たよ。夢の中で眠るんだ」「神聖なる鐘の音」「ごおん、ごおん」「血が出てるじゃないの。消毒しなさい」「平気なら無敵」「日の本を出で発つ」「私にはこのボタンを押す権利がある。だから押すのだ」「奴が来た」「昔々あるところに、おじいさんとおばあさんがいました」「たらんたたったったあ」「これはどういうことだ」「駆け下りろ、あと二分で」「扉が閉まる」「遊べない気がしない」「急げ」「わはははは」「許せ。許せ」「死体運びじゃ割が合わないよ」「よしてくれないか。私は下戸なんだ」「ちょいと小耳に挟んだんですがね、今日はどうも天気が良いようですよ」「処女航海はいつなんだ」「隣の家の井戸に捨ててしまえ」「選びきれない」「百億円ですって」「豈図らんや君が生きていたとは」「どうしてもどうしてもどうしてもどうしても」「睡蓮という逃げ口上」「浜辺は人生最大の火星人だよ」「なんでまた君はここから動いたの」「道理の角に頭をぶつけて死ね」「それを言われちゃあ、困るんだな」「だから言ったじゃないですか。円は辺より強しって」「別腹という名の臓器」「天井に到達する快楽」「いつまでたっても現れない電柱」「正方形が最弱だと誰が決めた」「これでは水銀じゃないか」「三十ページの百科事典」「要するに夕食」「言うことを聞かせるに限る」「金ぴかのコインを九十九枚持って行ったんだ。そしたらあと五十五枚持って来いって言われたんだ」「裏返せ」「満点の星空の下で死ねるなんて」「どうせ本棚と一緒に出て行っちゃうんだよね」「秋刀魚が夢を見るのと同時に」「息子を返せ」「ナイフを腹に刺したら物凄く痛かったよ。死ぬかと思った」「転がし続けよう」「私がね、そう、私がだ。金槌で朝食を作るんだ。大抵月曜は憂鬱な気持ちで目覚める。これを聞かされた君は何を思うのだろうね」「未来っていつやって来るの」「断然水泳」「飛行機になりたい」「これ以上は危険だ」「ホルムアルデヒドで乾杯」「あららら」「γ線だろ」「太陽と北風のような太陽と北風」「はっきり言って無視できない」「なんでこんなもの持ち出してきたの」「昼ですから」「結局はそこに行きつくわけだ」「数学的帰納法的ファッション」「仮定が間違ってるんですね」「いくらおれでも茨は食べない」「楔を打ち込め」「汚水の温かみ」「やり直さねばならんな」「壊れていきます」「丑三つ時の日没が叩き売られる」「側転を挟む理由が分からない」「薪を割る非日常」「あいつは所長を恨んでるからなあ」「終わりが良くても駄目なんだ」「指紋が見つからない」「粘つく石旗と水晶気分のサラダ」「ここの手順を逆にした馬鹿は誰だ」「今思えばアカショウビンの鳴き声が正念場だったんだなあ」「なんで泥団子なんか食べたんでしょう」「言い訳など聞こえんわ」「皆、武器を取れ」「ワイヤーを巻き取るんだ」「黄色じゃなければ」「摂氏三千度」「君は葉巻を吸うのか」「撃ち方始め」「まだ滞空しているのかね」「この床、ばかに滑るな」「眠い」「新たなる登場と辛辣なる波紋」「壊れています」「マグマのような冷たさだね」「夜明けはまだか」「すまないが笑う気にはなれない」「脳波は正常」「40%だって」「一時中断」「遺体確保」「蘇生確認」「再開」「不死身のモルモット三体」「このような宝を誰が手放すだろうか」「通常致死量の放射線を浴びても死ななかった彼女らはすぐさま研究所に搬送された」「現代の難題によって彼女らは縛られ続けている」「外界の科学力は彼女らを殺すこともできようが、有り得ないことだろう」「その彼女らに別れを告げる者が現れた」「八雲紫に他ならない」「八雲紫は尋ねる」「調子はどう」「紫の姿を認めるとそれに答えて」「最悪よ」
人生とは戦いの連続だが、幻想郷において生が無価値となった今、戦いの中に生を見出す者がいた。伊吹萃香はその一人である。だが相手もそうであるとは限らない。空などは何も考えてはいないだろう。生に価値を求めるような知性とは三歩逸脱、袂を分かつ。戦争の前後で人格が全く変わらないのが空というキャラクターなのだ。「ほんと、つまらない生き方だね。流石は畜生。それじゃあちゃんと戦争を楽しめてるとは言えないよ」馬鹿は考え方が極端だ。文句を言われれば笑うか怒るか。空の場合は、「死ぬんだな」空の頭上に光が集まっていく光景は蛍のような輝きがあり飛んで火にいる夏の虫。鬼が西向きゃ角は南北。熱球の真下にいる空だが馬鹿なので熱さを感じない。心頭忘却すれば火とは何ぞや。暑さ寒さもそれまた何ぞや。小鬼憎けりゃ酒まで憎い。カワウソ余って百匹殺害。あなたもテクノ。さて驚いたのは熱球から離れていた萃香である。疎密を操るといっても質量を変化させることはできない。引き離して引き離してようやく。もうわかりました、お前は今日からここの子になりなさい、ではいかんのだ。ならこの問題を如何せん。まずいよこちらは異常戦線。以下どうすれば桶屋が儲かる。桶を売るんだ馬鹿野郎。死にもの狂いで熱を散らかし、エントロピーは増大す。萃香の労働、骨折り損のくたびれ儲け。余った桶は地蔵にかぶせろ。はいはい分かった、廃棄処分。お手数ですが五百円。いつもより、疲れて仕方がない萃香。馬鹿は限度を知らぬが仏。目で耳で口で笑うもんだから総天然の福笑い。次こそ息の根止めてやらんと、作り出したる火の玉は、赤々轟々元気よく、発行白光薄幸ロック、萃香の顔は青ざめて、股間に流れる黄の液体、空の黒髪燃え上がり、緑化計画嘲笑う。さて初めからやり直し、空が生み出す火の玉は、右肩上がりの青天井、石の上にも三年か、または光陰矢のごとし、じっとこらえて烏兎怱怱、体勢辛いよ涙そうそう、その時正に漁夫の利の、メルトダウンが発生す。
「Moonchild including The Dream and The Illusion」――12:13
あの娘はムーンチャイルド
湖のほとりで踊っている
寂しいムーンチャイルド
柳の木陰で夢見ている
奇妙な蜘蛛の巣が掛かった樹々に語りかけ
噴水の石段の上に眠っている
夜雀の歌に銀のタクトを振って
山頂で日の出を待っている
彼女はムーンチャイルド
花園で花を摘んでいる
愛しいムーンチャイルド
時の木霊に漂っている
乳白色のガウンを帆にし風を受けたり
日時計の周りに石を並べている
夜明けの幻影とかくれんぼしながら
サンチャイルドの微笑みを待っている
さあ、いよいよだ。遂に押してしまうのだ。そうだ、私が押すのだ。私以外の誰にも押させてはならない。邪魔になりそうなやつは始末した。後はこれを押すだけだ。全く、手間を掛けさせてくれたな。厳重に管理しよってからに。元はといえば、私のコンティニュー理論のおかげで弾幕ごっこをエネルギー変換できるようになったからここまでの発展があったのだろうが。結界の安定もそれの副産物だ。私のおかげでお前ら楽しく戦争していられるんだから私にぶっ壊されても文句は言えないんだよ。戦争だけではない。幻想郷もだ。私がいなけりゃ結界は破られ幻想郷は外界に滅ぼされて。わあ、そうなのだ。外界が侵略してくる前に押さなくちゃいけないんだ。外界の連中は私たちを犯して殺して食うんだ。皮は剥ぎ取られ脳は弄繰り回され内臓は二束三文で売られ残った肉体にはユニットを埋め込まれてその様子は録画されて複製されて。こんなもんじゃない筈だ。この私ですら思いつかないような悪行が山ほどあるに違いない。清く正しい私ではこれ以上はとてもとても。そしてそれは幻想郷の全ての者に訪れる筈だ。鬼畜外界め。だから私は外助の連中から皆を守らなくちゃいけないんだ。だから押すんだ。天地汚染、炉心溶融。とうとう押してしまった。今は皆から恨まれても良い。後で皆分かってくれる筈だ。……って、私の馬鹿。あの世はもう無いんだ。弁解できない。どうしよう、もう止めらんないよ。まずい、このままじゃ、私は汚名を被せられたまま死ぬことに。それだけは駄目だ。とにかく皆に説明しなきゃ。えー、えー、皆様、私、河城にとりは皆様のためを思って炉心溶融を発生させたのであり、自分の精神の安定を求めたが故の結果ではございません。外助から辱めを受ける前に自決するのが正しい幻想郷民のあり方であると思いますので、今回のことに関しては十分にご理解頂けるものと存じます。ですから私は英雄なのです。どうせ死ぬなら、清き名誉をぜひ私に。
それが屍体だとはどうしても思えなかった。彼女らの目の輝きは生者のそれと同じであった。だがそれも夜の優しさが隠していたからかもしれない。青白い肌と同じように。さとりは彼女らを見つけ、意識を持たぬ屍体だと分かっていながらも弧を描くように歩いて彼女らを見つめていた。やがてさとりは葉のざわめきに急かされるように屍体に近づいていく。やはり二人は死んでいた。初めからそう思えなかったのは二人の表情に苦悶が見られなかったからかもしれない。意識が読めないからといって屍体を恐れた自分を笑うことはしない。二人の少女はほとんど同時に絶命したようだった。片方の少女の背からは刃が生えており、もう片方の少女は肋骨ごと心臓を引き抜かれていた。さとりは手を合わせていた。自分でもよく分からない。おかしなことだと思った。さとりが二人の少女の名を呟くと彼女らは音もなく崩れて屍体に戻った。目に輝きは無く、血肉は腐敗していた。初めからそうであったかと思うほどに自然な恰好だった。自分たちの姿を誰かに見てもらいたかったのかもしれない。自分たちの生きた証を認めてもらいたかったのかもしれない。残存意識。今は無き神秘を笑いはしない。自分がこいしを探しているのと同じ理屈で彼女たちはここにいたのであろうから。さとりはもう一度、二人を眺める。とうに屍体は土に還り、白骨だけがさとりを見つめ返した。さとりが踵を返すと一人の少女が立っていた。すぐに意識を覗くも少女に意識はない。なら少女はこいしだった。さとりはこいしに駆け寄る。二人が抱き合うのと同時に二人は放射線に貫かれる。
「The Court of the Crimson King including The Return Of The Fire Witch and The Dance Of The Puppets」――9:25
牢獄の月が照らした幻影を
全て葬る日の光
魔女たちの顔の角度を変えるため
広間で始まる 御前試合
楽士らと合唱隊と子守歌
背に結ばれた 青の糸
古代語により歌われる鎮魂歌
深紅の王女の宮殿のため
門衛の立つ土の色 赤に染む
女中が紡ぐ 言葉は黄
褒めなすは紫衣に着られる巡礼者
命と時間を金で買う
讃美歌を歌う悪魔は白い顔
ひび割れた鐘が鳴らされる
朝露の死の使い魔を召喚す
深紅の王女のいる宮殿へ
常緑樹 植えては花を踏む庭師
水に浸みこむ 泥の味
虹の船 七色の風 追い求め
地下を抜け出す 透けし風
曲芸師 手を振り上げて 指揮を執る
オーケストラは感無量
ゆっくりと廻り出したる 火の砥石
深紅の王女のいる宮殿で
橙の朝を迎えて泣く寡婦を
賢人達は嘲笑う
木藍のさも不味そうな餌のため
心在らずも加担する
灰色の道化師自ら演じずに
陰で糸引きほくそ笑む
斯く在りて操り人形踊りゆく
深紅の王女のいる宮殿で
レコードを聴き終えたレミリアは銀のナイフを持ち出し、自らの心臓に突き立て、果てた。
白楼剣を握りしめて笑う。白楼剣は閻魔から忠告されていたので今まで使わなかった筈だが閻魔はもうこの世にいない。禁忌を犯す罪悪感が歓喜に取って代わる。私を止める者がいてはならない。しかし現に私の邪魔をしているとしか思えないやつがいる。天狗のごみどもを刀で切って回っているのは恐らくあいつだ。刀傷だけではない。自らの拳を口に詰め込んで窒息させたり、自分の顔面を死ぬまで殴らせたり、自分の脳を耳から取り出させたりと、こんなに残酷な殺し方をするのはあいつしかいない。轟音感。爆風感。やつが呼んでいる。私も自分の存在を発信しながら、やつを目指して駆ける。お前を殺す者は私だ。私はすぐにやつを見つける。既にやつは私を見つけている。白楼剣。奴は笑う。何が楽しくて笑うのか。お前も笑っているではないか。なんだ、獲物が現れたから笑っているのか。馬鹿な奴。お前は私に殺されるのに。喜べ、白楼剣を食わせてやろう。
また、逃げてしまった。鈴仙は名も知らぬ土地で震えている。幻想郷ではとかく死なないように立ちまわっていた鈴仙は、結界が消えた途端に外界に逃げた。幻想郷発の放射線汚染は外界にまで広がり、支配の口実を与えてしまったのだから、逃げねば自分はどんな目にあっていたことか。しかし、目的も見当たらぬ戦争ではあったが逃げ出しても良い理由にはならない。私が逃げてしまえば、彼女たちは何のために死んでいったのか分からなくなるではないか。彼女たちをつまらぬ屍体にしてまで果たしたかった私の目的とは何だ。何もない。私が外助に捕まってしまえば、私は何のために幻想郷から逃げたのか分からなくなるではないか。何も無くなる。私が捕まれば、私が死ねば、何も無くなる。私も、皆も。捕まりたくない。死にたくない。無くなるのは嫌だ。こんな思いをするなら幻想郷から逃げなければよかった。月から逃げなければよかった。駒として死ねればよかった。駒として生きればよかった。ここよりもましな場所に逃げればよかった。誰もいない場所に逃げればよかった。自分さえもいない場所に。
「その後のQueen Scarlet」――変わってしまった幻想郷をフランドールは一人歩く。あてどない旅路。どれだけの時間を費やしただろうか。自分は幻想郷を傷つけてしまわぬよう地下室に閉じこもっていたのだが、それはこの荒廃した土地を守るためだったのだろうか。自分では判断できない。今までは全て姉が自分の代わりに物事を判断してくれた。その姉はもういない。何が正常で何が異常か、自分は何をし、何をしてはいけないのか。もう何も分からない。空は黒雲に覆われ日光は地表に届かない。これから自分はこの地で生きていけば良いのだろうか。姉がいたら私に何と言うだろうか。生きろと言うだろうか。そのようなことを言うかもしれないが、もしかしたら言わないかもしれない。姉の事をまるで知らなかったように思えて悲しい。涙は出ない。姉から泣き方を教わっていないのだ。廃墟となった紅魔館を一周してから、姉の事を知らないのではなく、知ろうとしなかったのだと気づく。今度は泣けそうな気がしたが、結局涙は出なかった。何故自分は泣こうとしているのだろう。立ち止まり、しばらく考えた。気の遠くなるような時間が過ぎたと思う。フランドールは日の下を目指して歩き出す。問いに対する答えを知ったからだ。フランドールは涸れた湖を越える。
鈴仙は月にいる。レイセンと呼ばれていた甘い時期に逃げ帰ってきたのだ。鈴仙はあの場所に向かって走る。自分しか知らないであろう秘密基地めいたあの空間は極上の精神安定剤。敵も味方もそこにはいない。自分一人だけが知る安全地帯だ。私は死ぬまで隠れ続けるのだ。そこに八雲紫が現れる。鈴仙は突然現れた女性に驚き腰を抜かす。薬を用いて戦闘意欲を高めても、いざ相手に直面してしまうと委縮してしまうのが鈴仙なのだ。紫は服を脱ぎ捨て、さらしと褌という恰好になる。その様子をまともに見てしまった鈴仙は失禁する。あまりに不可解な行動であった。紫は背走を開始する。髪を振り乱し、両手をぶん回して、白目を剥いた妖怪が建物を破壊し、人々を殺害していく。安全地帯が壊される。鈴仙は言葉も出ない。次第に鈴仙の瞳が狂気に満ちていく。紫の叫ぶ言葉が遠い遠い夢の方角から淡い記憶を伴って聞こえる。砂嵐にも似た暖かい波長だった。夜が明ける。「我はきちがいなり。我は幻想郷原初にして終末のきちがいであると同時に元凶にして末期のきちがいなり。我には内も外も等しいが故に我より出ずる者全てがきちがいであり我を知る者も例外なくきちがいなり。即ち我と相対する汝もきちがいなり。我は左と右の分別もつかぬが故に我々は何処にでも野垂れている。我は時間を認識できぬが故に我々は何時でも笑っている。我は死を理解できぬが故に我々は死にゆく。きちがいは不滅なり。故にありとあらゆるきちがいは幸いである。気違いし気違うきちがいに光あれ」
参考.http://homepage3.nifty.com/~crmkt/01courtj.htm
ただの屍
- 作品情報
- 作品集:
- 29
- 投稿日時:
- 2012/01/03 22:29:05
- 更新日時:
- 2012/01/04 07:29:05
- 分類
- 戦争に敗れた少女たち
何か、大切なものが穢されるような、失うようなそんな気がしたからです。
まさかの幻想郷崩壊に、皆、思い思いの行動を取りましたね。
愚にもつかない暴走としか思えませんでしたが。
殺伐とした週末を迎えた幻想郷。
生きようとしても、その努力は無駄に終わる。
愚かな行為の前には、賢さも慈悲深さも、無力。
倦んだ世界には、命など生まれる筈も無く。
さらば、幻想郷よ。彼の地を愛した賢者の狂気によって滅びよ。
幕引きは、自らの内にある『安全地帯』に逃げ込んだ狂人によって行われた。