Deprecated : Function get_magic_quotes_gpc() is deprecated in /home/thewaterducts/www/php/waterducts/neet/req/util.php on line 270
『神聖モコモコ王国 〜 season2 〜 VOL.2』 作者: 木質
モコモコ王国:輝夜の抹殺を目的とする独立国家。
国民が二人だけのため、絶対王政を採用しているにも関わらず民意が直に反映されるという、近年稀に見る民主主義国。
【登場人物】
藤原妹紅:モコモコ王国国王。不死身。四足歩行の動物よりは賢い。
上白沢慧音:モコモコ王国国民。半人半獣。寺子屋の教師をしている。満月の晩はハクタクに変身する。
ことある事に妹紅が死ぬため、最近は彼女の自殺幇助しているような気分になっている。
霍青娥:邪仙。良心の呵責を感じる器官である大脳の一部が麻痺している。サイコパステストではいつも高得点を叩き出す。
宮古芳香:キョンシー。青娥に使役されている。生前は慧音の生徒だった。
比名那居天子:天人。体が堅い。旧名は地子。人間だった頃は慧音の生徒だった。
鈴仙・優曇華院・イナバ:玉兎。敵前逃亡者だが、軍ではエリート中のエリート。
【エボリューション】
「おいクソ河童ァァモコォ!!」
妖怪の山までやってきた妹紅は、河城にとりの工房の扉を蹴破る。
工房の中には、作業中のにとりの姿があった。
「・・・」
にとりは黙々と鉄パイプの溶接に没頭していた。彼女の手元からバチバチと火花が飛び散っている。
「おい、無視すんじゃねぇモコ! 機械に支配された楽園に野性味溢れる妹紅が来てやってるモコよ!」
「・・・」
彼女は音を遮断する耳当てと、強い光から目を保護する遮光ゴーグルを付けいる為、妹紅が来たことに気づいていない。
「テメェのせいで。永遠亭の奴らは優雅な生活を送りながら、くだらない弾幕をぶつけ合い、宴会に明け暮れている。妹紅はそのしわ寄せこんな生活を・・・・・・」
反復横跳びをしながら徐々ににとりに近づいていき。
「強いられているモコ!!」
その耳元で怒鳴った。
「・・・」
しかし、それでもにとりは目の前の作業に没頭している。
「あああああ゛あ゛!! 聞けよこらモコォォォ!! 石投げっぞモコぉ!」
地団駄を踏む妹紅。そこでようやくにとりは彼女に気づき耳当てを外してゴーグルを外した。
「ん? どうしたの盟友?」
「どーしたもこーしたもねーモコ!」
「なんでそんな怒ってるのさ、キュウリ食べる?」
キュウリを妹紅に差し出す。
「てめぇのケツにでも突っ込んでろモコ!!」
「ぎぃゃあぁ!!」
にとりに飛び掛り、頭に齧り付いた。
「テメェの作ったモンのせいでコッチはストレスが溜まって死にそうモコ!」
「私の作ったモノ?」
額に出来た歯型をさすりながらにとりは記憶を掘り返す。そして思い出したのか「ああ」と顔を上げた。
「もしかして監視カメラのこと? 私が永遠亭に依頼されて作ったアレ?」
「それじゃいモコ!」
度重なる妹紅の襲撃により、永遠亭は竹林と屋敷周辺に監視カメラというハイテク機器を導入することを決定した。
監視カメラには妹紅の容姿がインプットされており、妹紅の姿を確認すると永遠亭に自動で結界が張られるようになっていた。
「永遠亭に誰もいなくても勝手に家を守ってくれるシステム。我ながら渾身の出来だよ」
「お陰で屋敷に近づくことすら出来ねぇモコ。ストレスを感じる生活を強いられっぱなしモコ!」
ここ最近、妹紅は永遠亭に乗り込めないでいた。
「だって報酬が『月の技術の一部を提供』だったんだよ? そんな魅力的な報酬はないよ」
「お陰でコッチはジリ貧モコ! さっさとあのカメラを止めろモコ! テメェが作った機械だろモコ!」
製作者であるにとりに、なんとかして貰うため妹紅はここまでやって来たのだ。
「そう言われても、制御は永遠亭に譲渡したから今更どうしようも出来ないし・・・・・・あ、そうだ!」
何か閃いたのか、にとりは先程まで溶接作業を行っていた機械の前に立つ。
「“コイツ”を貸してあげるよ。もしかしたら監視カメラに対抗できるかもしれない」
それは一見すると、全てが鉄で出来たカマドのように見えた。大きさは体育座りした大人と同じくらいである。
「永遠亭から報酬でもらった月の技術を参考にして作ってみたんだ。今の溶接でちょうど完成したよ」
「何モコかこれは?」
「AYA(永夜)システム。過去の戦闘データを集積し、経験を重ねることで、新しい武器を勝手に作り出してくれるスゴイ奴だよ!」
「 ? 」
妹紅は首を傾げた。
「えーと、つまり、盟友が困った時になると、この機械から問題解決のアイテムが勝手に出てくるんだよ。わかる?」
「なんかイメージがわかねーモコ」
「機械が勝手にモノを作ってくれるのさ。『今週のビックリドッキリメカ』って知ってる?」
「『キャシャーン』しか知らねーモコ」
「よし、話を続けようか」
妹紅が完全に理解したとみなし、操作方法についての説明に移る。
「・・・・・・以上がコレの使い方だよ」
「おぉ、こいつさえあれば輝夜まで余裕で辿り着けるモコ。ありがたく使わせてもらうモコ」
「試運転してくれるんだから、今回はただで貸したげるよ」
それからにとりは監視カメラを作る際に永遠亭から貰ったデータをAYAシステムに入力。
AYAシステムがそれをちゃんと学習したのを確認してから、ジャッキで持ち上げて、台車に乗せ妹紅に渡した。
「緑の中を〜♪ 走り抜けてく〜♪ 真っ赤な輝夜♪」
そんな歌を口ずさみながら、AYAシステムが乗った台車を上機嫌に押す妹紅。
「今日はそんな輝夜が拝める気がしてならないモコ」
竹林の入り口に到着する。これより先が監視カメラが至る所に設置されている地帯である。
「さっそく使うモコ」
スイッチを押してAYAシステムを起動させると、機械が激しく振動した後、カマドの入り口が開き、そこから何かが飛び出した。
>>【被り物】
「こ、こいつは『某洋菓子屋のマスコット』の頭部・・・!?」
出てきたのは、舌を口からベロリと出しているマスコットキャクターの頭だった。大きさは妹紅の顔の5倍はある。
「これを被れば良いモコか?」
妹紅の顔自体が監視カメラにインプットされているため、その顔を隠すのが最善だとAYAシステムが判断した結果だった。
装着してみる。
―――――――――【不死屋のモコちゃん人形】―――――――――
『魅ル鬼ィ』という弾幕を使って、子供や老人の銀歯を集めるのが趣味。
夜になると動き出す。
ボーイフレンドが居るが一発屋だったのでよく覚えていない。
チャッキー人形という類似品がある。
そばかすを凝視されるとキレる。
―――――――――【不死屋のモコちゃん人形】―――――――――
「なるほど、これなら妹紅だとバレねぇモコ」
意気揚々と竹林を進んで行った。
「永遠亭のやつら、いつの間にか戻ってきている妹紅を見て、腰を抜かせモコ」
被り物の視界が思ったよりも広かったお陰で、道を外れることも、てゐが仕掛けた罠に掛ることもなく永遠亭の前までやってくる。
「やっと着い・・・・・・モコ?」
しかし、既に屋敷には結界が張られており、中に入ることが出来なかった。
「畜生! なぜ気づかれた!? 意味わかんねーモコ!」
被り物を地面に投げ捨てて、竹林の入り口、AYAシステムを置いた場所に向かい走りだした。
「おい! あのデカイ頭、全然効果無かったモコ!」
鉄のカマドを蹴飛ばす。すると、カマドの入り口が開いて再び何かを射出した。
>>【着ぐるみ】
「これがAYAシステムの導き出した答えモコか」
緑色の丸い体につぶらな瞳の着ぐるみだった。
監視カメラには、妹紅の顔だけではなく、体格や歩き方の“クセ”も入力されている
そのため、被り物をしていてもカメラは妹紅をしっかりと判別していた。
それを看破し、問題を解決するためにAYAシステムが作り出したのがそれだった。
背中のジッパーを開けて、中に入った。
―――――――――【輝殺(キッコロ)】―――――――――
『哀・痴求剥:喪離殺派悪(モリコロパーク)』というスラム街に生息する植物マフィア。
カブト虫が主食。
森憎(モリゾー)と共にスラム街を仕切っているが、ことある事に森憎がでかい顔をするため
隙あらば殺そうと考えている。
しかし、自分がそう思ってるということは、相手も少なからずそう思っているので
気をつけようと思った。
―――――――――【輝殺(キッコロ)】―――――――――
「着ぐるみ自体が頑丈ときてて、不死身になった気分モコ」
最強の鎧を得た妹紅は最後の出撃に出た。
そしてついに永遠亭が見える位置までやってきた輝殺。
「長かったモコ、めちゃくちゃ腰が痛ぇモコ」
着ぐるみ自体の背が低いため、中腰の姿勢でないと、体が納まらなかった。
「しかし、お陰でで妹紅だとバレてねぇモコ」
手足が短く、ひょこひょことしか移動できないが、それにより監視カメラを騙すことが出来た。
結界はまだ張られていない。
「もうひと息で・・・・・・うごっ!」
永遠亭を目前にして輝殺はてゐが仕掛けた落とし穴に落ちた。狭い視界に不安定な歩行であることが災いした。
運の悪いことに、躓いた形での落下となったため、頭が地面、足が空を向いていた。
「動けねぇモコ」
輝殺の胴回りのサイズが穴の底にジャストフットしていたせいで、身動きが取れない。
「頭が痛ぇモコ、空気が薄いモコ」
着ぐるみ内の酸素はどんどん消費され、血が頭に集まる。
―――輝殺は二度と地上に戻れなかった。マスコットとゆるキャラの中間の生命体となり、永遠に穴に挟まり続けるのだ
―――そして死にたいと思っても中々死ねないので、そのうち輝殺は考えるのをやめた
「リザレクション!!」
穴の中で衰弱死した妹紅は、竹林の入り口で復活した。
「さあ、この状況を打開するための道具を出しやがれモコ!」
その言葉に反応するように、AYAシステムの口が開く。
期待に胸躍らせてそれを見た。
>>【遺書】
「ッざけんなモコ!」
次の日から、竹林の監視カメラを見つけ次第破壊することにした妹紅。
その草の根運動の甲斐あってか、一ヵ月後には、竹林から監視カメラはすべて無くなった。
【タクティクス】
寺子屋の休日、慧音は大きな紙袋を抱え、人里の大通りを歩いていた。
抱える紙袋の中にはチョークや和紙、筆や墨、画用紙にクレヨンなど、寺子屋で使う文具がぎっしりと詰まっている。
「今のモコモコ王国では戦力が圧倒的に不足しているモコ。やはり輝夜抹殺には心強い『友』が必要不可欠モコよ」
隣を歩く妹紅が力説する。彼女も両手で文具の入った紙袋を抱えていた。
まとめて購入する方が得であるため、買い物の際はいつも大荷物になる。
だから、慧音はいつも妹紅に荷物の半分を持って貰うように頼んでいた。
「やっぱりその『友』の条件は、強さか?」
「今回はそこは拘ってないモコ」
「そうなのか?」
予想外の返事が来て軽く驚く。
「輝夜をモッ殺すためなら、自分の命を平気で犠牲にしてくれるような、忠義に厚いヤツが欲しいモコ」
「どこかの装甲悪鬼にも負けず劣らずの一人一殺っぷりだな」
「友情が更なる友情を生み、そのシナジー効果によって永続トラップが発動して、次元の彼方からシンクロ召還されたモンスターが・・・」
そうこうしている内に里の大通りを抜けて、遠巻きに寺子屋の屋根が見えてきた。
「ん?」
寺子屋の前に一人佇む少女がいた。慧音の良く知る人物だった。
その背中に声を掛ける。
「久しぶりだな『地子』。元気にしてたか?」
「今は『天子』よ。昔の名前で呼ばないで」
やや不機嫌そうな顔で、天人である比那名居天子は振り向いた。
「ずっと『地子』って呼んでたから、どうもソッチの名前はしっくり来なくてな」
「勝手になさい」
彼女は、その家柄が認められて天人に昇格する前は、この寺子屋に通っており慧音の生徒だった。
『地子』とは、彼女が人間だった頃の古い名である。
「誰もいないけど、今日休みなの?」
「そうだが。地子はどうしてここに?」
「地上に降りて適当にぶらついてたら、偶々目に付いて。どーせ暇だったし」
懐かしい気がして、ふらりと立ち寄ることにした。
「せっかく来たんだから上がっていけ、茶ぐらい出すぞ」
天子を教室に招く。妹紅は備品を置いたら外にある遊具で遊びに出て行った。
「懐かしいだろ?」
畳張りの床に等間隔に並んだ長机が卒業生を出迎えた。
「私がいた頃よりもずっと綺麗ね」
当時よりも少しだけ高くなった目線で教室を見渡す。
「二年ほど前に壁を張り替えたんだ。里のみんなの寄付でな」
「机も新しくなってる」
天子はかつて自分が座っていた場所に座る。
窓の外を見る。机は変わっても見える風景は変わっておらず、それが彼女を安心させた。
「ここに座って、いつも外ばっかり眺めてたっけ」
「授業を聞かないか馬鹿者」
天子の頭に拳骨を落とした。
「あ゛でっ」
しかし、悲鳴をあげたのは慧音の方だった。
「天人の体っていうのはどうしてこうも堅いんだ?」
「やーい、ばーかばーか。自滅してやんのー」
あっかんべーをして慧音を挑発する。
「お前は昔とちっとも変わらないな」
「当たり前でしょ、ここを卒業して、数年もしない内に天人に昇格したんだから」
故に、体の成長はそこで止まっている。
「違う、精神的にだ」
「うっさいわね」
多少の自覚があるのか、不貞腐れたように頬杖を付いた。
「いやそれでも・・・入学当初よりはマシか?」
「何よ急に?」
いきなり真面目な顔をするものだから、天子は少々面食らう。
「ちょっと昔を思い出してな」
慧音の視界が一瞬だけ灰色になる。編入したてでまだクラスに馴染めなかった頃の幼い天子の映像が脳裏を掠めた。
それから、日々の授業風景、遠足、卒業式、脳が勝手に天子が生徒だった頃の記憶を掘り起こし始める。
天子に纏わる思い出の中には、必ず『ある生徒』の姿があった。
「なぁ地子」
「なによ?」
「芳香という生徒を覚えているか?」
「ッ!?」
その名を聞き、天子の眉が少しだけ上がった。
「宮古芳香。貧しいながらもひた向きで、他人の為に真剣になれる子だった」
「・・・・・・」
天子は俯き、黙ったままになる。
「そうだよな。ずっと昔の話だ、流石にもう覚えて・・・」
「・・・ないでしょ」
「え?」
蚊の鳴くような声が聞こえた。
「忘れるわけ・・・ないでしょうが」
今度ははっきりと聞こえた。しかし、その声には血を吐くような苦しさが篭っていた。
「そっか、そうだよな」
慧音は天子の隣まで来る。そこが芳香の席だった。
「お前達、仲良かったもんな、いつも隣同士で、こうやって・・・」
芳香という名の生徒が座っていた場所に、自分も座ろうとする。
「やめて」
腰を降ろそうとした慧音を天子は片手で突き飛ばした。
「おい、地子、急に押・・・」
天子の真剣な眼差しが自分を射抜いており、慧音はそれ以上言葉を発することが出来なかった。
「お願いだから、私の前でその席に座らないで」
ゆっくりとした口調で、しかし怒気を確かに孕んだ声だった。
「すまない。軽率だった」
彼女達の友情に土足で踏み込んでしまった事を詫びた。
「なんで今更、その子の名前を出すのよ?」
「実はな・・・」
先日、自分の身に起きたことを、霍青娥という邪仙について話そうと思った。
しかし、
「・・・」
天子の右手は、左腕にある袖を強く握っていた。作った拳が震えているのが見えた。
「実はなんなの?」
「すまない、なんでもない」
『芳香』という名前だけでここまで動揺する彼女を見て、伝えるのを躊躇った。
「なにそれ? 何の気なにしあの子のことを口にしたの?」
その目には少しだけ、侮蔑の色があった。
お互いばつが悪くなり、慧音は足を半歩引いて体をドアに向ける。
「人に会う約束をしているから、先に失礼する」
嘘の用事をでっちあげた。
「ここを施錠する鍵は妹紅に渡しておくから、お前も暗くなる前には帰るんだぞ」
「・・・・・・うん」
踵を返して教室を出る途中、慧音は足を止めた。やはり伝えようと思った。
「なぁ地・・・」
振り返ると悲痛な面持ちで俯く天子の姿があった。それを見て、慧音は何も言うことが出来なかった。
「何よ? 用事があるんでしょ? さっさと行ったら」
「あ、ああ。そうだな」
心の中でだけ彼女に頭を下げ、慧音は教室を後にした。
玄関を出ると妹紅がブランコの高さ調節を、職人のような目つきで慎重に行っているのが見えた。
「モコふむぅ、空気抵抗を考えるともっと鎖を短く。しかしそのぶん遠心力が得られなくなるモコ」
「妹紅、私は他に寄るところがあるから。帰るときに寺子屋の施錠をしておいてくれ。これがその鍵だ」
「ん? ああ、わかったモコ」
「施錠したら植木鉢の下に隠しておいてくれ」
玄関の鍵を妹紅に預けると、逃げるようにその場を後にした。
夕暮れ。妹紅と天子が寺子屋を出た直後だった。
「やはりこちらにいましたか藤原様」
一人の女性が声を掛けて来た。
「この付近によくいらっしゃると、人づてに聞きまして」
話しかけてきたのは、邪仙、霍青娥であった。
「妹紅に何か用モコ?」
「はい、それと上白沢様にも、あの方は何処に?」
「知らねーモコ」
「そうなんですか。折角、あの方の大好きな子を連れてきてあげたというのに」
残念そうに自身の後ろ、使役するキョンシーをちらりと見てから、視線を天子に移す。
「ああ、すみません。ご挨拶が遅れました。私、霍青娥と申しまして。道士と仙人をしております。以後、お見知りおきを」
「・・・」
天子の視線は、愛想良く自己紹介をした青娥ではなく、彼女の背後にいる者に釘付けだった。
「この子ですか? この子はキョンシーと呼ばれる妖怪で、名前は・・・」
「芳香」
「え?」
先に名前を言われて青娥は僅かばかり驚く。
「どうしてここに芳香が・・・なんで・・・」
うわ言のように呟き、今にも泣き出しそうな顔で、青娥の横を通り抜け芳香の両肩を掴む。
「だれだーお前ー?」
「私よ、地子よ! 比那名居地子。寺子屋でいつも隣にいた!」
あれだけ毛嫌いしていた昔の名を自ら大声で名乗った。
「そんなやつ知らないぞー?」
「なんで・・・」
かつての親友と同じ声、同じ顔を持つ者から拒絶され、崩れるようにその場に座り込んだ。
「失礼ですが、何故貴方がこの子の名を?」
「そいつキョンシーモコよ? お前も慧音みたいにそいつが生きてた時の知り合いモコ?」
天子は、慧音があの時に何を言おうとしていたのかわかった気がした。
ぽつぽつと、天子は彼女との間柄を語った。
「お父様から教養を身につける一環として、私は嫌々寺子屋に通ってた。そんな感じだったから、誰も私に寄り付こうとしなかった」
しかし、そんな彼女に唯一親しげに接してくる者がいた。それが生前の宮古芳香だった。
「芳香の身なりを見て、一目で貧乏人だとわかったわ。それで私に擦り寄ってきたんだって最初は思った」
なんて卑しい奴だと軽蔑した。
「でも違った。あの子は私に一度も見返りを求めてはこなかった」
それどころか、天子がクラスに馴染める様に、方々に手を尽くしてくれた。ただでさえ、家庭のことで忙しい身にも関わらず。
「詰まらなかった私の子供時代を、充実したものに変えてくれたのが芳香だった」
卒業後も、二人の交流は続いた。
「卒業して数年経って、私の一族が天人として昇格する話が持ち上がったの」
手続きやら挨拶やらで、天子は長期間地上を離れることになった。
そして、正式に天人になることが決定し、久しぶりに地上に戻ってきた天子は、そのことを報告しようと芳香のもとへ向かった。
「『人じゃなくなっても、名前が変わっても、これからも友達だよ』そう言うつもりだった」
しかし、その時にはもう芳香はこの世にいなかった。流行り病による、あまりにも短い生涯だった。
「もし・・・・・・ほんのちょっとでも家が天人に昇格する時期がずれてい、たら」
言葉に徐々に嗚咽が混じる。
「私が、面倒臭がら、ずに・・・もっと早、く手続きをっ済ませ、て、いたら――」
―― 助けられたかもしれないのに
そう言おうとして、しかし喉が詰まり声が出なかった。
これ以上、自身の心情をかたることが出来ず、自身の顔を両手で覆った。
「なんとやるせない」
乾燥したままの目で青娥はハンカチを取り出す。
「天人様、どうぞこれをお使いくだ・・・ッ!」
咄嗟に青娥は身を引いた。自分がたった今いた位置を剣先が通過する。
「なんで芳香の死体をお前は担ぎ出した!」
緋想の剣を手に吼えた。
天子とて天人の端くれ、他の妖怪についての知識は多少なり持ち合わせていた。
キョンシーがどんな存在かもある程度は知っている。だから青娥を許せなかった。
「芳香っ!!」
「おーー」
青娥の命を受けた芳香は、主人を守るべく二人の間に割って入った。
「どいて芳香!」
天子の足が止まる。
例え生前のことを覚えていなくても、例え動く屍になり果てたとしても、絶対に彼女に剣を向けたくはなかった。
「まぁまぁ、ここは芳香に免じて剣を納めてはいただけませんか?」
芳香の肩に手を置き、そう提案する。
「汚らわしい手で芳香に触るな!!」
「どうか冷静になって私の話を聞いてくださいまし。天人様にとって朗報になるかと」
「朗報?」
天子が自身の言葉に反応してくれたため、青娥は口端を吊り上げた。
「貴方様が望むなら、芳香を蘇らせてさしあげましょう。生きた人間として、生前の記憶と魂を持った紛れも無い本人として」
「できるわけないでしょうが! いくら私でもそれが不可能なことくらいわかるわよ!」
その場しのぎの、白々しい提案にしか聞こえなかった。
しかし青娥は相手を小馬鹿にするようにひとさし指を振った。
「出来るんですよそれが、ちゃんとした手順さえ踏めば。奇跡の力で溢れたこの幻想郷であれば」
「デタラメ言うな!」
「つい先日、1400年前の聖人が復活したことをご存知ですか? それに比べればキョンシーを人間に戻すことなどワケないと思いません?」
青娥は芳香を抱き寄せる。
「キョンシーを人間にするためにクリアしなければならない問題は大きく分けて2つ。『魂魄』と『脳』の蘇生。これに尽きます」
まず芳香の胸を指差した。
「キョンシーの体には『魂魄』の内、『魄』のみが残っています。だからまずは生前の芳香に宿っていた『魂』をこっちに呼び戻します。
彼岸や冥界と直接繋がっている幻想郷ならば、そう難しくはないかと」
今度は額を指差す。
「次に『脳』、この子の脳は完全に壊死していますが、脳の細胞が一つでも蘇生できたら問題ありません。
細胞には人体の設計図が入っています。蘇生された脳細胞は生前の姿を取り戻そうと分裂し、必ずや脳を生き返らせるでしょう。
外の世界の科学ではどうにもならなくても、魔の力を存分に振るえるこの郷ならば可能かと」
そこまで説明すると芳香を解放して、剣を構える天子の前に立つ。
「ここまで聞いてもまだ絵空事だと思いますか?」
先ほどまであった殺気が薄まり、こちらに傾注しているのがわかった。
(あら単純)
あと一押しだと確信し、一気に畳み掛ける。
「しかし残念です」
そう言って天子に背を向け、オーバーに肩をすくめて見せた。
「先ほど、芳香の身の上を知り。私は是非ともこの子を人間として生き返らせて、今度こそ幸せな人生を歩ませてあげたいと、今、切に願っているのに。
比那名居様が疑り深いせいで、それが叶いません。嗚呼、ほんの少しのお力添えで叶うのに。比那名居様にその意思が無いばかりに。誠に無念です」
「私だって芳香を人間に戻したいわよ!」
自分が期待する反応がそのまま返ってくることに、青娥は内心でほくそ笑む。
「言いなさいよ仙人、私は何をしたら良いの?」
「そう難しいことではありません。私を天人に昇格させていただく、それだけで結構です」
仙人から天人になることで力が増して、今言ったことが全て自分一人で行えるようになると青娥は言った。
「残念だけど、私一人の権限ではどうすることも出来ないわ」
そもそも天子のような形で天人になることは異例中の異例なのだ、通常、厳しい修行無しで天人にはなれない。
「でも、なんとかアンタを天人にする方法を考える。時間は掛かるかもしれないけど」
「私はそれで構いませんが、芳香の生前が魂がいつ自然消滅するかわかません。出来るだけお早めにお願いします」
「え、そうなの!?」
タイムリミットを聞かされて動揺する。
天子はまだ青娥を天人にする方法すら思いついていないのだ、実現するのはどれだけ先になるかわからない。
(どうする? お父様に相談する? それともこの仙人を修行させて正攻法での昇格、でもそれだと何年かかるか・・・)
「他に手段が無いわけかのではありません」
天子が困り果てた顔をした、その絶妙なタイミングで助け船を出した。
「本当に!?」
一度断たれた道を再び繋げたその言葉が、天子の心を鷲づかみにする。
「永遠亭という場所に『蓬莱の薬』というものがあるそうです」
「蓬莱の薬?」
「その薬が手に入れば、芳香を戻すことは可能です」
妹紅の不老不死の秘密を徹底的に調べ上げた青娥は、先日、ついに蓬莱の薬の存在にたどり着いた。
「その薬で本当に芳香は治るの?」
「はい、私はこれまで腐るほどキョンシーを製造して参りました。ああ『腐る』というのは『数え切れない』という比喩表現でして、キョンシー自体・・・」
「いいから、本題を」
「ゴホン、失礼。しかしこの薬は永遠亭にとって秘薬中の秘薬。いくらお金を積もうと、いくら頼み込もうと無理でして」
「強奪するしかないってワケ?」
「流石は天人様、聡明で助かります」
「芳香を助けられるなら、なんだってやってやるわよ」
友を救うため、天子は既に決意を固めていた。
「ん? お前ら、永遠亭に行くモコ?」
今までずっと二人の会話を上の空で聞いていた妹紅だが、永遠亭という言葉に反応した。
「そうなんです。これから永遠亭に忍び込むんですよ。よろしければご一緒しませんか?」
「断る理由がねえモコ。こんな展開をずっと待ってたモコ」
妹紅も二人に同行することになった。
竹林の中。
妹紅、天子、青娥、芳香の四人は作戦会議をしながら永遠亭を目指していた。
「妹紅さん、永遠亭の内部はご存知ですか?」
「何回も進入したことあるから余裕モコ」
「それは重畳」
蓬莱の薬は永遠亭の宝物庫か、薬剤保管庫のどちらかにあると当たりをつけていた青娥は、その返答に満足げに頷いた。
「やっぱり突撃してブン獲るの?」
「いえ、ここは隠密でいきましょう。私の能力を使いこっそりと中に入り、こっそりと持ち去るのです。幸い、藤原様が間取りをご存知のようですし」
「それでいいわ」
芳香を危険に晒したくない天子にとっても、そのやり方は賛成だった。
「ちょっと待つモコ、それじゃあ輝夜をモッ殺せねーモコ!」
「私達が薬を見つけたら、あとはご自由に。いい奇襲になると思いますよ?」
「それなら良いモコ」
妹紅は輝夜に不意打ちをかけられる。青娥達はその混乱に乗じれば逃げやすくなる。両者共に得のある提案だった。
しばらく進んでいくと彼女達の前方に、何か巨大なものが立ちはだかっていた。
自然界に存在するものでは決してなかった。
「何アレ?」
天子は始めている奇怪なそれを指差した。
「あ、あれって・・・」
「洒落になってねーモコ」
青娥と妹紅はその正体を知っているのか、驚愕し目を大きく見開いていた。
―――――――――――――――【数分前】―――――――――――――――
里での薬売りの仕事を終えた二羽の兎は家へと帰るため、竹林の中を歩いていた。
タンスがそのまま小さくなったような、引き出しの沢山付いた薬箱を担ぐ鈴仙と、小銭の詰まったガマ口財布を握るてゐである。
「いつもより売れたわね」
「そりゃ可愛い可愛い私がいるから・・・ん?」
サイフの中身を嬉しそうに数える手が止まった。
「どうしたのてゐ? 小銭落としたの?」
突然あたりを見渡し始めたてゐを見て首を傾げる。
「今、人の話し声が」
てゐが聞き耳を立てる。
「あっち」
指差した方向に四つの人影があった。
鈴仙も耳を立てる。すると妹紅達の会話が聞こえてきた。内容は、永遠亭に忍び込み、蓬莱の薬を奪うというものだった。
「あいつ等、また性懲りも無く」
「早く帰って二人に知らせないと」
悪巧みを聞いた鈴仙とてゐは竹林の中を静かに走っていた。
「ちょっと鈴仙!? そっちじゃない!」
右に曲がれば永遠亭に続く分かれ道。そこで鈴仙は左の道を選んだ。
「今戻っても、碌な準備が出来ない、だからこの竹林であいつ等を止める。てゐは二人に知らせて」
そう言って鈴仙はどんどん置くに進む。
「待ってよ鈴仙! 私も一緒に行く!」
二人が辿りついたのは、伐採された笹や竹が集められ、積み重なった場所だった。
「確かこの辺に・・・・・・あった」
竹をどかすと目的の物が出てきた。
「これって確か」
てゐはそれに見覚えがあった。
「そうよ、月の軍が使っていた戦車」
かつて月都万象展で月の物品を一般に公開した際にこれも展示されていた。
月都万象展が終わった後、また永遠亭内に搬入するのが面倒だという理由で、ここに放置されていた。
「鈴仙、コレ動かせるの?」
「私が訓練で使ってたのよりも随分と旧いタイプだけど、なんとか操縦できるはず。計器も操縦桿も、みんな知ってる型のものだし」
二人は上に登る。戦車の屋根にはハッチが二つあった。
「てゐは悪いけどコッチ、“司令塔”に座って」
ハッチの一つを開けると大人一人が余裕で入れるスペースが現れた。そこがてゐの持ち場となる空間だった。
「ついでにコレを持ってて」
背負っていた薬箱を預ける。
「う、うん」
受け取り、緊張しながらも頷く。普段の生活では見せることの顔つきにや手際の良さにてゐは驚いている。
「たまにでいいから、そこから顔を出して遠くに障害物や段差が無いか見て。車載カメラで外の様子は一応わかるけど、精度があまり良くないから」
「やってみる」
てゐの体が司令塔にすっぽりと納まるのを見届けてから、鈴仙はもう一つの方のハッチを開ける。
そちらの方が戦車の内部の入り口になっており、降りた鈴仙は操縦席のシートに座る。
「結構スピード出すからしっかり捕まってて、危なくなったら飛び降りてスグに逃げるコト。いい?」
通信機で司令塔の中のてゐにそう呼びかけてから、エンジンを駆動させ、クラッチを踏んだ。
―――――――――――――――【数分前】―――――――――――――――
妹紅達の目の前に現れた戦車は、その主砲をなんの躊躇いも無くこちらに向けていた。
「ウワアアア産廃名物の戦車モコォォォ! なんかもう死んだァァ!!」
その言葉とほぼ同時に、砲弾が発射された。
そこからの光景は、天子には全てスローモーションで見えた。
撃ち出された120mmクラスの砲弾。
それが螺旋回転しながら妹紅の額に直撃。
首から上を木っ端微塵に吹き飛ばされた妹紅の体は、バク転でもするかのように後方に派手に転がりながら血と肉と撒き散らしていく。
零コンマに満たない時間だったにも関わらず、全てが鮮明に見えた。
遅れてきた砲弾の衝撃波が、妹紅の左右にいた彼女らに襲い掛かった。
「いったぁ・・・」
全身が痺れるかのような痛みを感じる。
顔を振って視界を正常に戻すと、あたり一面真っ赤に染まっていた。
直撃を受けた妹紅の衣服の残骸と、手足・肉片だった。
火薬の匂いが強いせいか、それとも今の衝撃で鼻が麻痺したのか、異臭による嘔吐感は無かった。
「芳香っ!? 芳香ってば!?」
「ッ!?」
『芳香』という単語に反応し、首を必死に動かして声がした方を向く。
地面に伏して動かなくなった芳香の体を、今にも泣きそうな顔の青娥が揺すっている光景が飛び込んできた。
「比那名居様! 芳香が! 芳香が私を庇って! そんな命令一言も出してないのに!」
主人の呼びかけにピクリとも反応せず、まるで本当に死体に戻ったようだった。
天子はこの惨状を作り出した犯人の方を見た。
そいつは逃げもせず、まだ彼女達の前に居座っていた。
「キサマァァァァァァァ!!!!」
頭で考えるよりも体が先に行動を起こしていた。跳ねるように三歩。それで戦車までの距離を詰める。
「どっっっらあ!!」
主砲に真上から緋想の剣を叩き込んだ。剣の効果か、天子の怒りによるものか、筒先は下向きに大きくひん曲がった。
「砕けろォ!!」
追撃を入れるべく、剣を高く振り上げる。
しかし、戦車は高速で後退してその間合いから脱出した。
後ろ向きにも関わらず、その走行速度は獣の疾走と変わらなかった。
「逃げるな!!」
怒髪天を突くような勢いで吼え、追撃を加えるべく、戦車と同じかそれ以上の速さで天子は駆けた。
「フフ。あれくらいでキョンシーがくたばるワケないじゃないですか」
泣き顔を一瞬で笑顔に変えた青娥は、芳香の額に札を貼った。
先程、芳香が動かなかったのは、青娥がこの札を剥がしていたためである。
「死んで長い時が経っているというのに、こんなに想われているなんて、なんて果報者なんでしょうね貴方は」
「んん?」
芳香は目を覚まして、腕を伸ばしたまま上半身を起こした。
ところどころ負傷していたが、深刻なものではなかった。
「せーが様、けがしてない?」
「ええ大丈夫よ。とっさにあなたの後ろに隠れたから」
「よかったー」
嬉しそうに体を上下に揺すった。
「そうそう、芳香、もうすぐ貴方に部下が出来るわよ。そしたら一杯可愛がって、一杯盾にしてあげましょうね」
ずっと遠くに見える天子の背中を見ながらそう呟いた。
「リザレクション!!」
ちょうどその時、挽き肉状になっていた妹紅が復活する。
「あら、もうお目覚めですか? 相変わらず惚れ惚れする蘇生能力ですね」
「天子がいねーモコ」
「あの方なら戦車と追いかけてあちらへ」
指で方向を指し示す。だがすでに天子も戦車も見えなくなっていた。
「おっし、加勢に行くモコ。どうせ乗ってるのは永遠亭の奴モコ」
「お待ちください」
青娥が追いかけようとした妹紅の手を掴む。
「藤原様としては、あのまま天人様に負けていただいた方が都合がよろしいのでは?」
「モコ?」
妹紅は『言っている意味がわからない』という顔をする。
「あの方は上白沢様の教え子、もし昔の教え子が永遠亭の者の手によって大怪我を負ったら、上白沢様はどうなると思いますか?」
「そりゃぁメチャクチャ怒るモコ」
「その通り、永遠亭を山よりも高く憎むでしょう。そうなれば藤原様の復讐に協力的になるのではありませんか?」
「ふむう、一理あるモコ」
「とりあえず、もうしばらく様子を見ましょう?」
「そーするモコ」
妹紅は加勢に行くのをやめた。
戦車の操縦席で鈴仙は歯噛みする。
「なんで逃げないのよ!」
目を血走らせて向かってくる天子に向けての言葉だった。
「鈴仙、あれじゃあもう大砲使えないよ!」
スピーカーからてゐの声が聞こえる
「いいのよ別に、あの一発しか使えなかったんだから!」
装填員がいないため、鈴仙は最初の主砲一発でケリをつけるつもりだった。
砲弾を妹紅に直撃させて陰惨な光景を目の当たりにさせて、逃げ帰らせるつもりでいた。
しかし、どういうわけか、相手は未知の存在である自分に果敢に挑んできている。
「くっそ」
主砲の横に備え付けてある同軸機関銃で応戦するも、天子は要石を盾にしてさらに接近する。何発かは当たったが仰け反りもしなかった。
機関銃は10秒間ボタンを押し続けただけで弾切れを起こした。
「てゐ! 私の薬箱の中、6番って書いてある引き出しに私の拳銃があるからそれを使って!! 当たらなくていいから!」
発煙弾発射機と呼ばれる部分から煙を散布させながら、そう指示を出す。
「無理だよ! こんなの扱ったことないもん!!」
「ロックを外して、引き金を引く。大丈夫、簡単だから! 煙の中で銃声が聞こえたら、きっとあいつも怯む!」
これ以上天子を接近させるわけにはいかなかった。
「どっせい!」
煙で相手が見えなくなったため、天子は剣を地面に突き立てた。それにより地面が揺れ、うねり、隆起する。
そして円柱状に隆起した大地の一つが、戦車の底を叩いた。
(しまった!)
普段はキャタピラで地面に触れることのない戦車の底。その部分だけを持ち上げられた。
白い煙の中、両側のキャタピラが虚しく空回りする音だけが響いた。
煙が晴れて相手が立ち往生しているのを見た天子はその上に着地する。
「出て来い!!」
入り口だと思われるハッチが開いており、覗き込むと操縦席のようなものが見えた。中には誰もいないようだった。
「チッ、逃げられ・・・おわっと!」
直後、天子は背中を何者かによって押され、ハッチの中に体を押し込められた。
やったのは鈴仙だった。先ほどまでてゐが乗っていた司令塔に身を隠し、天子が操縦席を覗き込むのを待っていたのだ。
頭からシートに落ちた天子を見下す鈴仙の手には丸いカプセルが握られており、それを戦車の中に放り込み、ハッチを閉ざした。
「なにこれ? まさか!?」
落ちてきたそれを見て、爆発物だと判断した天子は慌ててカードを取り出す。
「『無念無想の境地』!!」
これを使う間は、体の強度がさらに上がり、どんな攻撃にも耐えられるようになる。
「爆発程度、これなら・・・」
目の前での爆発にだって耐える自信があった。
「・・・・あれ?」
しかし、いつまで経っても爆発する気配はない。
「不発かし・・・・ヵ・・・・ハッ」
突然息が出来なくなった、どれだけ空気を吸いこもうと酸素を得ることが出来ず、悶え続ける。
「ぇ・・・・ぉ・・・・・・・ゅ・・・・・」
最後の力を振り絞り、ハッチに触れるが、そこは硬く閉ざされており、脱出は叶わない。
(嫌、こんな、ところで、芳、香)
とうとう力尽きた天子は、仰向けになって倒れこんだ。
戦車に耳を当てていた鈴仙は、天子が倒れる音を聞いた。
「オキシジェン・デストロイヤー・・・・・・流石、軍が使用を禁止しただけのことはあるわ。まさか天人を数秒で」
鈴仙が投げ入れたのは、周囲の酸素を猛烈な勢いで消費して、敵兵を窒息死させる化学兵器だった。
炎を使う妹紅対策として、里に行く際は必ず薬箱の中に入れているものである。
「まあ、あと10分もしたら出してあげるわ。死なれると面倒だし」
鈴仙はあたりを見回す。
「にしても、てゐはどこに行ったのかしら」
鈴仙が司令塔に隠れていた時、既にそこにてゐの姿はなかった。
煙幕を張りながら走っている最中に振り落とされたのか、自らの意思で脱出したのかはわからない。
とりあえず走って来た道を戻ることにした。
しばらく歩くと、藪が激しく揺れ動いているところがあった。
「てゐ?」
慎重に中を覗き込む。
「違うぴょん♪ にゃんにゃんだぴょん♪」
「は?」
左右の手を頭の上に付けて、兎の耳を演出する青娥がいた。
軽くショッキングな映像に鈴仙の思考が停止する。
「今です二人とも!」
「つーかーまーえーたー」
「兎ゲットモコ!!」
左右から飛び出してきた芳香と妹紅が鈴仙に覆いかぶさる。
「くっ離せっ!!」
「当身だぴょん♪」
隙だらけになった鈴仙の首に手刀を打ち込む。綺麗に決まって、鈴仙は意識を手放した。
「私は天人様を救出に向かいますので、藤原様は芳香とこの兎さんを見ていてください」
「合点モコ」
「いってらっしゃーい」
二人に見張りを任せて、青娥は鈴仙がやって来た方向に向かった。
「あらあら、こんな所にいらしたのですか?」
戦車のハッチから真下を覗き込んだ青娥は、顔を愉悦に歪めた。
瞳孔が開いたまま仰向になって泡を吹く天子を見つけたからだ。
彼女のその姿をしばらく眺めてから、そっとハッチを閉め、その上に片足を乗せた。
「あなた方は、生前の芳香のことがお好きなようですが、私は死んでる芳香の方が好きなんですよ」
天子に話した『芳香を人間に戻すために、自分も天人にして欲しい』という旨の話。
あれは最初に指摘されたようにまったくのデタラメだった。
ついでに、自身が天人になれないこともわかっていた。わかっていてあえてそう要求した。
「不愉快なんですよ貴方も上白沢様も。まるで『今君が飼っている犬は、実は昔は私が飼っていた犬なんだ』って言われてるようで」
本来なら、天子にした話は慧音にする予定ものであった。
慧音と妹紅をそそのかし、自身の悲願である不老不死、それが叶う蓬莱の薬を手に入れるつもりでいた。
たまたま天子が芳香の生前の知人であったため、慧音の代わりにしようとその場で思いついた。
「まあ、上白沢様を焚きつけるために、あなたの死も死体も有効に使わせていただくのご安心くださ・・・キャッ」
その時、足場である車体がガタンと揺れる。
戦車のキャタピラが左右同時に外れ、主砲が崩れ、ハッチが開いた。
「ゲホッゲホッゲホッ、おえ゛」
そこから天子が這い出てきた。
(あらまあしぶとい)
「動くな!」
輝夜が自室でくつろいでいると、気絶した鈴仙を人質に取った天子が乱入してきた。
「蓬莱の薬とやらを渡しなさい。さもないと、このウサギの命は無いわよ」
せっかく人質を手に入れたのだから、コソコソせず交渉してみようと計画が変更になった。
「え? 何? 何なの? 永琳は?」
状況がまったくわかっていない輝夜は、ただ慌てふためく。
「このウサギの命が惜しいなら、さっさと蓬莱の薬を出しなさい! わかった!?」
緋想の剣を鈴仙の首に近づける。
その時
「鈴仙に手を出すと、この子がどうなっても知らないよ!?」
背後から声が聞こえた。
一同が振る向くと、てゐが警戒心の皆無だった芳香の背中に拳銃を突きつけていた。拳銃は戦車の司令塔で入手した鈴仙のものだった。
戦車が天子の攻撃により立ち往生した時、てゐは自らの意思でそこを脱出して、ずっと状況を打開できるタイミングを図っていた。
隠れていたせいか、白いワンピースは、草の汁を吸い、ところどころ緑色の染みがある。
「芳香、なんて卑怯な!」
親友を人質にされた天子は何も出来なくなり形勢は逆転した。
ちなみにてゐは持っている拳銃の扱い方を知らなかった。鈴仙の握り方を真似しているだけのハッタリである。
その時
「おっと、小さい方のウサギさん。私の芳香に手を出したら貴方達の姫君は大変なことになりますよ?」
そう言って青娥が指差す先、輝夜に組み付き、首を絞める妹紅の姿があった。
「うおおおお折れろ折れろ折れろモコォォォォォ!!」
「痛だだだだだだだだだ! 捻じれる! 首が取れる! 一体なんなのアンタ達!」
その様子を見て天子は笑みを浮かべる。
「また形勢逆転ね。さぁ早く、蓬莱の薬を持ってきなさい。姫とお友達の兎が死ぬわよ」
「くっ」
その時
「煩いわね。何騒いでるの?」
「お師匠様!」
そこへ騒ぎを聞きつけた八意永琳が到着する。
「永琳助けて、こいつら、蓬莱の薬が欲しく暴れてるみたいなの」
輝夜が、今の状況を簡潔に伝えた。
「しゃべんじゃねぇぇ! 死ねモコォォォ!」
「痛い! 痛い! ちょっとギブだってば!!」
「ちょっと妹紅、ウチの姫を死なせたら、蓬莱の薬を全て破棄して今後一切作らないわよ。逆に今止めるようなた一つくらいは融通するけど?」
「それは本当ですか!?」
何よりも渇望していた言葉を貰い歓喜に震える青娥。
「関係無ぇぇ! 輝夜モッ殺ぉぉぉす!」
しかし気にせず当初の目的である輝夜抹殺を執行する妹紅。
「藤原様ストップ! その姫様を離してあげてください! 薬が貰えないじゃないですか!」
薬のために輝夜を守ろうと割り込む青娥だが、いかんせん腕力が足りない。
「早く鈴仙も解放しないと、この子、本当に撃っちゃうよ!」
「芳香を撃つならこのウサギマジで殺すわよ!」
「比那名居様、それよりも蓬莱の薬の優先を! 藤原様を一緒に止めましょう! 芳香はちょっとやそっとじゃ傷つきませんから!」
「邪魔すんじゃねえモコ! 死ねモコ輝夜ぁ!」
「頚椎ヤバイ! 頚椎ヤバイから!! あ、死ぬ、あ、死ぬ・・・」
「あれ? 私、今まで何して? たしか竹林で碧いうさぎが?」
「あ゛あ゛ああぁあぁぁぁぁあ!! もうっっ!!! みんなちょっと静かに!! こっちを見なさい!!」
永琳がパンパンと手を打って自身に傾注させる。
「いったん状況を整理して仕切り直ししましょう。永遠亭の面子はコッチに、他はそっちに並んで頂戴」
妹紅、天子、青娥、芳香は永琳に言われた通り、彼女らと少しだけ距離をとって横一列に並んだ。
「それじゃあ話を整理しましょうか」
そう言って、永琳は壁を叩いた。そこには何かスイッチのようなものがあった。
「「「 あ? 」」」
四人の足元の床がパカリと開いて、彼女たちは落ちていった。
「たまにはてゐのイタズラ用の罠も役に立つわね」
「でしょう?」
意識を取り戻した鈴仙を介抱しながらてゐは胸を張る。
「ちなみに、あの子達どこに落ちるの?」
穴を覗き込みながら輝夜が訊いた。
「ゾンビウイルスが蔓延してる地下施設」
「え?」
「うおおおおおおお、リッカー速ぇぇモコォォォォ!!」
「何よこの川原にいるカニみたいな、片腕だけ異様にデカい化け物は!?」
「うわーーーん、噛まれたー! かんせんするー! たすけてせーがさまーー!!」
「芳香はもうゾンビみたいなモノでしょう! いいから出口を探すのよ!」
四人がここを脱出できたのは三日後である。
【グリード】
夕刻。
「先生またね!」
鞄に筆記用具を詰め込んだ子供達が別れの挨拶をして順々に寺子屋を飛び出していく。
明日は寺子屋が休みなせいか、子供達は何時もより活気がある。
慧音も荷物をまとめ家路についた。
(もうすぐ国語のテストだ、問題用紙を作っておかないとな)
帰り道、来週中に用意しておかなければならないプリントを頭に思い浮かべている最中。
「もし」
「 ? 」
不意に何者かに呼び止められた。
「君が上白沢慧音ですね?」
「ええ、私ですが」
声を掛けて来たのは小柄な少女であった。
少女は他とは圧倒的に異なる雰囲気を持っていた。
慧音は彼女の雰囲気に当てはまる言葉を探し、やがて『神々しい』という単語に行き着いた。
まるで山頂からご来光を拝んだ時のような、そんな神性さが彼女にはあった。
「失礼ですが貴方は?」
自分よりも遥かに徳が高いであろう人物の名を問う。
「豊聡耳神子と申します」
ヘッドフォンを着け、獣の耳を思わせる髪型の少女は夕暮れを背にそう答えた。
豊聡耳神子。
10人の話を同時に聞き、すべてに的確な答えを出すことが出来る聖人が復活したと、今この里で最も話題になっている人物。
最近はよく人里に訪れているとは聞いていたが、こうして会うのは初めてだった。
「里で大勢の方々と言葉を交わしたました。頻繁に君の名を耳にしたので、是非一度会ってみたいと思っていました」
「それは恐縮です」
すると突然、神子は慧音の手を取った。
「こんな所で立ち話もなんです、場所を変えませんか?」
そう言って慧音を自分の側に引き寄せた。
「え?」
目の前の景色が変わった。たった今まで里の往来にいたのに、今は屋内に立っていた。
「これは一体?」
自分が一瞬で他の場所に移動したことに困惑する。狐につままれでもしたのかと疑い、目まぐるしくあたりを見渡した。
「そう心配なさらずとも、ちゃんと返してあげます。ご安心ください」
慧音の動揺を感じ取り、すかさず補足した。
「この空間は仙界。この部屋はその仙界に建てた私の道場です」
仙界とは無限に広がりを持ち、どこにでも移動することが出来る異世界である。
板の間に敷かれた座布団の上に座り、二人は向かい合う。
「里を代表する者の一人として、君に聞いておきたいことがあるのです。よろしいですか?」
そんな前置きをしてから、質問を始めた。
「君はこの幻想郷が、人間にとって非常に理不尽な場所だという自覚はありますか?」
「理不尽・・・ですか?」
コクリと頷き、慧音を見据える。
「幻想郷を管理している妖怪は、里の人を襲うのを原則禁止としているそうですね。しかしこのルールは守られているのでしょうか?」
「里にいる限りは、少なくとも守られてはいます」
「里の外は?」
「有って無いようなものです。自分が犯人だとわからない状況で人間に出くわしたら、その妖怪は嬉々として人間を襲うでしょう」
無論、全ての妖怪がそうというわけではない。素通りする者、驚かせるだけの者、気さくに話しかけてくる者、対応は様々だ。
良い妖怪もいれば悪い妖怪もいる。ケースバイケースである。
「私と話をした里の方の中で何人かは、身内を妖怪に殺されたことがあるそうです」
「そうですか」
「その方達は皆、口を揃えてこう言いました。『運が悪かった』と。異常だと思いませんか?」
1400年という眠りを経て、復活した聖徳太子。
当時の日本を知る彼女にとって、ここ幻想郷に住む人々の持つ“常識”というものは理解しがたいものだった。
「食い殺される同胞に対し『運が悪かった』『危険区域を歩いた自業自得だ』と割り切り、それを当たり前のことだと思い込んでいる」
神子にとってそれは、到底受け入れることの出来ない価値観だった。
「この幻想郷を、人と妖怪が共存する楽園と謳っているようですが。やっていることは人間牧場です。人間は洗脳された家畜と変わりません」
これを理不尽と言わずしてなんと言うのか、と神子は憤りに近いものを感じていた。
「確かに、貴方が仰ることは最もだ。だからこそ、私達は日ごろから団結を強め・・・」
「私は『相手の声を聞くことでその者の本質を知る』力を持っています。多少の制限はありますが」
強引に慧音の言葉を遮った。
「半人半妖の君の声はひどく“歪”だ。人と妖怪のモノが入り混じり、その声には不快なノイズが常に伴う。お陰で君の本質は半分しかわからない」
慧音を見る目が最初よりも厳しいものに変わっている。
「君が人間が好きだそうですが、果たして行動がそれに伴っているでしょうか?」
「どういう意味ですか?」
「先程申し上げた妖怪に食われた者に対しての『運が悪かった』『危険区域を歩いた自業自得だ』という認識。もしかして君が植えつけたものではないですか?」
「なっ!?」
慧音にとってそれは全く身に覚えがなく、言い掛かりに等しい言葉だった。
「正直、私は君が本当に人間の味方なのか少しばかり疑っているのですよ」
「私は人間の味方です。今までも、これからも」
声こそ荒げなかったが、叫ぶ一歩前の、強い語気で言い放った。
「そうでしょうか? 君の体は半分妖怪。頭のどこかに『人は妖怪に喰われるのが当たり前』という価値観があり、
それを無意識の内に、寺子屋に通う子供で語っているのでは? 子供は素直ですからね。言われれば簡単に受け入れてしまう」
里の人間のため、可愛い生徒の為、日々尽力する彼女にとって、それ以上の侮辱はなかった。
「この里の多くは君の元生徒、幼い頃にそう洗脳しておけば、大人になっても誰も疑問を抱かない。実に効率的だ」
「いい加減にしろ!! 私は人が死んで『しょうがない』と感じたことは一度足りとも無い! ましてやそれを口にしたことも・・・」
声を荒げて立ち上がる、しかし、立ち上がれたのはほんの一瞬だった。
次の瞬間、慧音の頭を掴まれて、顔を床に押し付けられていた。
「図が高い、太子様の御前なるぞ」
「太子様には指一本触れさせない」
慧音を押さえつけるのは二人。
銀髪のポニーテールに烏帽子を被った少女と、黒のワンピースの下から二股の霊魂を思わせる足を覗かせる幽霊の少女だった。
二人は万一に備え、神子を守るために慧音を監視していた。
「聡明で落ち着きのある女性だと聞いていましたが、どうやらそれは誇張だったようですね」
神子はやれやれと首を振った。それは露骨に『失望』を示すジェスチャーだった。
「貴方はこれから何をするつもりだ?」
何とか顔を上げて神子を睨む。ここまでの事を言い放ったのだ、彼女達が何も行動を起こさないわけがない。
「私は聖人として、この幻想郷に住まう人々の良き導き手となりたい。人が人として生きることのできる真っ当な国に変える。ただそれだけですよ」
復活してすぐの頃は、部下達と晴耕雨読の日々を送ろうと考えていた神子だが、今の人々の実状をみて考えを改めた。
「変える? この幻想郷を?」
本来ならそんな言葉『ただの妄言』『肥大化した英雄願望』だと一蹴できたはずだった。
しかし、目の前の少女からはそう思わせない何かがあった。
彼女なら不可能を可能に出来ると、何の根拠もなく信じ、乞いそうになる求心力。
その神性さこそが正に、聖人と呼ばれる所以だった
「私が救いたいと思うのは人間だけです。もし君が人に悪影響を及ぼしているとわかったら、半分は人でも排除します。努々(ゆめゆめ)忘れぬように」
神子は最初から自分に警告を下すために、ここへ呼んだのだと理解する。
「私とて、貴方が里の者たちに不利益を被らせるようなことがあったら、容赦はしない」
両者はにらみ合い、重苦しく張り詰めた空気が場を支配する。
先に肩の力を抜いたのは神子の方だった。
「布都、屠自古、申し訳ありませんが。この方を外へご案内してください」
「かしこまりました。ほら、立ちなさい」
「こっちじゃ、ついて参れ」
前方を布都と呼ばれた少女、後方を屠自古と呼ばれた少女に挟まれて長い廊下を歩く。
前と後ろからひしひしと重圧を感じている。
(まるで罪人の護送だな)
歩いている途中、向こう側から人影が一つ近づいてくるのが見えた。
その人物を見て、慧音は愁眉を歪めた。
(霍青娥・・・)
かつて病死した生徒の屍をキョンシーとして使役している女。
(こいつ、ここの所属か)
そんな視線を受ける青娥だが、慧音の剥き出しの敵意など眼中にないとばかりに涼しげな表情を返しくる。
青娥には慧音がここにいる理由に大よその察しがついたのか、すれ違いざまに一瞬、意味ありげに笑った。
玄関まで辿り着くと、屠自古が慧音の肩に触れた。
「それではここを出ます。自分がここに来る前に居た場所を思い浮かべてください。浮かびましたか?」
慧音が頷いたのを確認して、道場から外へ一歩踏み出す。
景色は神子と出会った場所、人里の往来の上に変わっていた。
「それでは私はこれで」
その言葉の後、幽霊の姿は消えていた。
「ただいま・・・妹紅?」
妹紅の姿は見当たらず、家の中は静まりかえっている。
「ああそうか・・・」
窓から空見上げる。
「今夜は満月か」
オレンジ色に染まる空に薄っすらと丸い月が漂っている。
もうじき日が沈む。そうなればアレが眩い光を放つようになる。
そうなったら慧音の体は変身する。
変身した慧音は、誰の手にも負えない代物だと知っているから、満月の晩になると妹紅は身を隠すようになっていた。
(こういう時に、妹紅がいると少しは気が紛れるんだが)
こんな時、彼女の賑わしさが急に恋しくなる。
満月が主役になる夜まで、まだしばらく時間がある。
慧音は窓から外が見える位置に座り、壁に背中を預け物思いにふける。
(これからどうなるんだろうな幻想郷は)
月人による地上への干渉、妖怪の山に出来た守矢神社、地底での異変、命蓮寺の発足、聖人の復活。
ここ最近の幻想郷をとりまく目まぐるしい変化に漠然とした恐怖すら感じていた。
(それに私自身のこれからも)
今、彼女にしては珍しく手には酒の入った瓶が握られている。
(こういう時、酒に頼るのもどうかと思うが)
夕食代わりに酒と肴で腹を満たすことにした。神子との一件で夕飯を作る気力など何処にも残っていなかった。
それに珍しく家に一人なのだ、たまにはこういう自堕落な晩餐も許されるだろうと思った。
気持ち良い酔いが五感を支配した頃、日は完全に沈み、月が爛々と輝きだした。
そのまま慧音の意識は深い闇の中に沈んでいった
■□■□■□■□■□■□■□■□■□
「3番サード、上白沢慧音に変わりまして。代打、ハクタク先生」
フサフサの尾と、二本の逞しい角を生やしたハクタクがガバリと身を起こす。
「さーーて、今夜も幻想郷の男の子達と薔薇色の歴史を刻むぞー。ん?」
机に置いてあるプリントが目に付いた。
「なんだこれ? 来週の国語のテスト問題用紙か? まだ作りかけみたいだし、手伝ってやろう」
紙の上に筆を走らせた。
――――――――――――――――――――【 問題 】――――――――――――――――――――
放課後、タカシは三日ぶりに登校してきたユウに「一緒に虫取りをしよう」と小学校に裏山に誘った。
「ユウは本当にニブチンだな。そんなんじゃいつまで経ってもバッタなんて捕まえられないぞ」
「うう、ごめんねタカシ君」
タカシは勉強はあまり出来ないが、運動神経は抜群で責任感が強く、クラスのリーダー的存在である。
それに対してユウは生まれつき肺を患っており、普段は家に篭りガチであった。
そのせいか、同じ歳の男子に比べ、肌の色が病的なまでに白く、
激しい運動を控えているせいで、その体はまるで少女のようで華奢であった。
「でも良かったの? タカシ君、皆と空き地で野球しようって誘われてたんじゃなかったの?」
「アイツ等と野球なんて何時でも出来る、でもユウは偶にしか学校に来れないじゃないか」
「ごめんね、気を使わせちゃって。えへへ、でもなんだか嬉しいな」
中性的な顔立ちをしたユウの笑顔を向けられ、タカシはなんだか気恥ずかしくなる。
ユウが楽しそうに話す度、ふんわりとした髪が優雅に舞い、それが今日はなぜかとても可愛く見えた。
虫取りを中断した二人は傾斜のなだらかな斜面に腰を下ろす。
学校を一望できるこの場所は二人のお気に入りだった。
春を予感させる、温かみのある風が二人を包み込んでいた。
「あと一ヶ月もしたら、僕達卒業だね」
「そうだな、あの校舎ともおさらばだ。俺たちもいよいよ中学生か」
「タカシ君、僕実は・・・」
「知ってるよ。転校するんだろ?」
「どうしてそれを?」
「ユウの父ちゃんが職員室で先生と話してるトコ偶然聞いちまったんだ」
ユウの父は、ここよりも田舎の方が空気が良いため養生できるだろうと考えての決断だった。
タカシはそれを知っているからこそ、こうして二人の時間を作ったのだ。
「僕、本当はこれからもタカシ君と一緒のいたかったな」
「俺だって離れたくないよ、でもお前は体を治さないと」
二人は幼稚園以来の付き合いである。
「あ、おいユウ、ここ擦り剥いてるぞ?」
タカシはユウの言葉を遮り、彼の脹脛(ふくらはぎ)を指差した。
「本当だ。虫取りに夢中だったから気づかなかった」
「じっとしてろ」
「え? きゃうっ!?」
タカシがユウの傷口を舐めた。新雪地帯のように白い肌に舌を這わせる
鉄の味がした。同時にミルククッキーのような甘い香りもそこからしていた。
前者は血の味、後者はユウ自身の体臭であった。
「自分じゃそこは舐められないだろ?」
「あ、ありがとう・・・」
この時、ユウの鼓動は高まり、色白の顔は赤面していた。
問い1:なぜユウが赤面したのかを20字以内に答えなさい。 [5点]
問い2:タカシがユウに抱いている感情を以下の中から選びなさい(三択)[10点]
イ、ただのクラスメイトだと思っている。
ロ、唯一無二の親友だと思っている。
ハ、ユウは男だが、迫られたらそのまま抱いてしまってもいいと思っている。
――――――――――――――――――――【 問題 】――――――――――――――――――――
「ちょっと簡単過ぎるか? まあいいや、よし出かけるか!」
仙界。
物部布都は廊下の壁をジっと見ながら歩いていた。
「やはりこの廊下、もうひと手間加えられそうじゃ」
神子達が暮らすこの屋敷は、風水に精通した布都の手によって運気がより上昇する内装になっている。
ここに住まいそれなりの時間が経ち、以前よりも屋敷の構造をより深く理解した布都は、今よりも運気が上がる配置があると考え、こうして見回っていた。
「この廊下の途中に、緑の物を置けばより運気があがりそうじゃな」
道場のどこかに緑色の調度品はあっただろうかと、思いを巡らせながら歩く。
「緑のモノ、緑のモノと」
「ちょっとメッシュ入ってるけど私じゃ駄目か?」
「おお、これかたじけない・・・って何者じゃお主!!?」
窓の外から角を生やした女を見て驚いた布都は、壁に背中を貼り付けた
「んちゃ!」
「あ、怪しいやつめ!!」
臨戦態勢を取る布都。
「仙界に住むもののけの類か! それとも命蓮寺の刺客か! 答えよ!」
勇んではいるが、目の前の相手から言い知れぬ恐怖を感じ、足が小刻みに震えている。
「私の姿に見覚えはないのか?」
「あるわけないじゃろうが! いいから名乗れ!」
「昨日、お前が残したピーマンに宿っていた精霊だ!」
「なんと! それは誠か!?」
「嘘をついてどうする。その証拠に緑だろ?」
「確かに、言われてみれば」
布都はあっさりと警戒を解いた。
「で、なんで残した? ピーマンあの後、校舎裏で泣いてたぞ?」
「(校舎裏?)だって苦いじゃろうお主ら」
「そこに栄養がいっぱい詰まってるんだよ」
「面目ない」
ハクタクは手招きをして布都を呼び、窓の前まで来させる。
「なんじゃ?」
「好き嫌いする奴にはドーン!!」
窓ガラスを叩き割って布都の顔面に頭突きを見舞った。
「ぐぉ・・・ァ!!」
鼻骨が折れる寸前まで捩れ、両穴からは蛇口を捻ったかのような勢いでドス黒い血が零れだす。
蹲り、そのまま布都は動かなくなった。
「進・入・成・功」
布都の肩を担ぎ、適当な部屋に放り込む。
そしていざ、廊下に戻った時だった。
「あんた何者!!」
異音を聞きつけてやって来た蘇我屠自古と鉢合わせする。
「そもさん!!」
そう言ってハクタクは元気よく屠自古を指差した。
「え? せ、説破!?」
つい勢いに負けて返事をしてしまう屠自古。
「男の子って、重い物を持つ時にオチンチン勃起すると思うか?」
「し、知らないわよ!?」
顔を朱に染めて恥らう屠自古。太子一筋であった彼女は男の体を知らなかった。
「答えられない奴にもドーン!!」
「ぴぎぃ!」
屠自古にも布都同様、頭突きを見舞った。
道場の一室。食事や話し合いを行う場所で、神子と青娥は今後の方針について話し合っていた。
「人間の里への本格的な布教活動は命蓮寺を排除してからが望ましいかと」
「私も青娥と同意見です」
「ならば味方がほしいですね。私達だけでは些か心もとない」
青娥は、自分の横に控えている芳香を見る。
「我々と同じ、命蓮寺を快く思っていない勢力はあるのですか?」
「さぁ、なにぶん、あの寺も最近現れたばかりですので」
「わかりました。では他勢力を分析し、我々との利害関係をはっきりさせることを優先させましょう」
「異存ありませんわ」
当面の方針が決まり、二人は一息つく。
青娥はふと今日あったことを思い出して尋ねた。
「そういえば今日こちらに里の守護者がいらしてましたね」
「半人半妖のことですか?」
「お話ししてみて、我々の障害になると思いますか?」
「今後の彼女次第ですね。まぁ、その時が来れば叩き潰すまでです」
その回答に青娥は嬉しそうにニンマリと笑う。
「彼女を慕う人間は多いと聞きますよ? それでもやるのですか?」
「かつて数百の臣下と、数万の民を欺いたのです。今更何を躊躇うことがありましょうか。全ては人間の未来を光ある方へと導くため・・・」
「はいどーーん!!」
何の前触れもなく、壁を蹴り壊してハクタクが現れた。
「光をかざして〜 躊躇いを消した〜 あげたかったのは〜 みっらっいっで〜♪」
音程の外れた声で歌いながら部屋に入ってきて、一度だけターンして神子達の方を向く。
「何者ですか!」
「私の名は、慧音=エロ見たい=アーチボルト。男の子同士の自由恋愛を布教する時計塔の宣教師! あと郵便物は書留で送れ!!」
ポーズを取るハクタクの両腕には、気絶した布都と屠自古が抱えられている。
「二人に何をした!」
仲間を案じて神子は叫ぶ。
「おーと、これはこれは。聖杯戦争に召喚される可能性が幻想郷で最も高いキャラだけど『で、何のクラス?』で有名な豊聡耳神子じゃないか?」
ちなみに、男の子によく騎乗するので自分が該当するクラスはライダーだと思い込んでいるハクタク。
「二人を解放なさい。何が目的ですか?」
「とりあえず正座」
「はい?」
「いいから正座しろ!! この二人を左右の角に引っ掛けてマイムマイム踊るぞ!」
「くっ」
意味のわからない脅迫だったが、二人を人質にされていることもあり、おとなしく従う神子達。
「芳香、物部様と蘇我様の命がかかってるから、ちょっと座りましょ・・・あぐっ」
「私の可愛い教え子に触るな」
青娥の腰を蹴飛ばす。
「芳香は座るの大変だろ? だから座らなくてもいいんだぞ」
ハクタクは芳香の両手に手を置いて語りかける。
「いいかい? これからここで、汚い汚い大人の話をしなければならない。だからお前は向こうに行ってなさい。飴ちゃんあげるから」
棒の付いた飴を芳香の前に差し出す。
「お、おー?」
受け取ろうと芳香が手を伸ばす、しかし、ハクタクは持っていた飴を引っ込めた。
「駄目だろう? 知らない人からお菓子を貰ってはいけないと昔教えなかったか?」
「あー? そーだったー? 、じゃーよしかは悪い子だー!」
「そんなことはないぞ。自分を省みて、間違いを反省するお前の素直が気持ちは素晴らしい。よってご褒美だ」
軽く30本を超える量の飴を懐から取り出して、芳香に握らせる。
「やったー」
「チョコもあるぞー」
「わーい!」
「だからしばらくこの部屋に来ては駄目だぞ?」
「わかったー」
こうして芳香は上機嫌に部屋を出て行った。
「・・・」
「なに見てんだ、さっさと座れ」
「ひっ!」
二人のやりとりを不思議そうに見ていた青娥を再度蹴った。
「さてと」
正座する神子と青娥を見下ろす。
「お前、『山や川はずっとそこにあり続けるのに、人間だけ死ぬ』のが納得いかないらしいな?」
神子の過去について言及した。
「どうしてそれを?」
「ハクタクさんの歴史の知識を舐めてもらっては困る。高校生クイズの『正解率1%』とか余裕で答えちゃうんだぞ」
だから当然、神子の最終目標が不老不死の完成だということも知っている。
「お前たちは間違っている。人は老いるから、死んでしまうからこそ美しく尊いんだ」
珍しく真面目な表情のハクタク。
「老いとは成長するということ。死があるからこそ新しい命が誕生する。老いと成長、死と誕生。それらは表裏一体だ。
それらを繰り返して人は歴史を紡いできたんだ。お前たちが求める不老不死とは老いと死を否定する。私が何を言いたいかわかるか?」
粛々と話しを聞いていた神子に問いかけた。
「つまり、不老不死を求める私達は、人間の存在そのものを否定していると? それで人間の味方を謳う私達は矛盾していると言いたいのですか?」
「ふむ」
ハクタクは満足げに頷いてから。
「全然違うわ馬鹿!!」
「ぐふっ!」
神子ではなく、彼女の隣にいる青娥を殴った。
「いいかオイ! 私は『男の子』という存在がいかに稀少かを説いているんだ!」
「はい?」
わけのわからない解答に目をパチクリさせる。
「男の子はいずれ、骨が太くなり、筋肉が付き、肌は荒れ、声が濁って可愛くなくなる! 世間の汚さも知り無垢じゃなくなる!
男の子の寿命は一瞬だ! 命と時間に限りがあるからこそ、その期間はどんな宝石よりも美しく価値がある!!」
「なんですかソレ? ただのショタコンじゃないですか?」
「なんか言ったかご祝儀袋?」
自身を揶揄した青娥を見る。先ほどハクタクに殴られたせいで、口の端からは血が出ている。
青娥は自分だけがさっきからぞんざいに扱われているような気がして、軽くイラついていた。
「言っとくが私はショタコンなどではない。普通に人間が大好きなだけだ。ただちょっとその愛が可愛い男の子に多めに注がれているだけだ。
まあ確かに、男の赤ん坊が生まれた瞬間に、その子の将来像を妄想して、性的な目で見始めているが、いたってノーマルだ」
「十分に変態じゃないですか」
「貴様、よっぽど私の特別授業を受けたいようだな」
「そんなに子供がお好きなら、心行くまでお戯れになってください」
「なんだ?」
直後、ハクタクの回りを毒々しい色の玉が囲う。
「行きなさいヤンシャオグイ」
号令と共に弾丸に加工された子供の霊魂が彼女に殺到した。
「甘いわ!」
どこからか巻物を取り出すと、それを広げ展開し、飛来するヤンシャオグイをすべて包み込んだ。
巻物の拘束が解かれると、そこには何も無かった。
「消えた!? 何故!!」
虎の子のヤンシャオグイを全て消されて取り乱す。
「アナルセックスの気持ちよさを教えてやったら、みんな昇天してしまったよ。二つの意味で」
ハクタクは胸で十字を切り、彼らの魂が安らげることを祈った。
「お仕置きの時間だ、神技『神獣ヘッドバッド』をとくと味わうがいい・・・ム?」
その時、ハクタクに飛びかかる二つの影があった。
「太子様、青娥殿、ここは我らにお任せを!」
「やってやんよ!」
「布都、屠自古!?」
二人は昏睡したふりをしてハクタクの隙をずっと窺っていた。
「せりゃ!」
「おっと」
布都のとび蹴りをかわす。
「今じゃ屠自古!」
「言われなくても!!」
回避したばかりで不安定な体勢のハクタクに屠自古は真正面からぶつかった。
「そんな非力な押しで私がどうにか出来ると思ったのか?」
屠自古の突進をハクタクは軽々と受け止める。しかし彼女は笑っていた。
「あんたの負けよ」
「何?」
ハクタクが怪訝な表情を浮かべた直後、屠自古は発光する。
「ガゴウジサイクロン!!」
屠自古を中心に電撃があたりに飛び散り、壁や床、調度品を焼いていく。
彼女に密着するハクタクはその電撃をまともに受けることになる。
電撃を浴びながらも、ハクタクの両手が屠自古の頭を挟み込んだ、手の力がギリギリと強まり、彼女の頭を圧迫する。
「無駄な抵抗ね、その程度で私の頭が潰せるとでも?」
「勘違いするな」
感電しているにも関わらず、流暢に喋った。
「 ? 」
「お前を逃がさないように掴んだだけだ」
ハクタクはその体を徐々に反らしていく、頭を出来るだけ背中の向こうへと押しやるように、その身を弓のように引き絞る。
(おかしい)
腑に落ちなかった。いくら感電しているとはいえ、普通ここまで体を反らせることは無い。
「まさか!」
自分が彼女から最初にされたことを思い出し、その目的を理解した。
「必中撃沈」
ハクタクはずっと力を溜めていた。最高の頭突きを放つために、背骨を限界まで折り曲げて、背筋を極限まで唸らせて、
そこに集まる膨大なエネルギーを溜めに溜めていた。
そして今、それらを押し止めていたダムを自らの意思で決壊させる。
次の瞬間、屠自古は床にへばりついていた。その後にようやく、頭突きの音が周囲にいた者の耳に届いた。
プスプスと体から煙があげながら屠自古に一瞥をくれているハクタク。
「このラムちゃんめ、お前は明日から一人称が『ウチ』になるように歴史書き換えとくからな」
「隙ありじゃ!」
再度、布都が襲ってきた。普通にかわせると思った。
しかし、
「ごぁ!!」
蹴飛ばされ、ハクタクは部屋の隅まで転がる。
「くっ・・・腕が、足が、力が入らん。何故だ・・・・」
「屠自古の雷は強力じゃからの。いくらお主でも、あと10数秒はまともに動けまい」
電撃で体が麻痺するハクタクに向かい布都は両手の掌を見せた。
「これより10秒以内にカタを着ける、ゆくぞ!!」
その言葉と同時に弾幕を放った。
「くっ!」
目を開けると、布都の姿は消えていた。
――― 1秒経過
(クソ、奴はどこに行った)
――― 2秒経過
――― 3秒経過
――― 4秒経過
――― 5秒経過
(どうして、こない? 何か準備でもしているのか?)
――― 6秒経過
(なんとか、指先の感覚は戻ってきた!)
――― 7秒経過
ハクタクの頭上に大きな影が出来る。
天井を破壊してそれは現れた。
「天の磐船じゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
「 !? 」
布都は彼女の頭上に岩で出来た舟を落下させていた。
ハクタクを圧殺するために。
――― 8秒経過
(動け体ァ!!)
痺れる手をグッと固め、迫り来る舟底に向かい渾身のラッシュを叩き込んだ。
「オラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラ!!!」
「もう遅い! 脱出不可能じゃ!! 無駄じゃ無駄じゃ無駄じゃ無駄じゃ無駄じゃ無駄じゃ無駄じゃ無駄じゃ無駄じゃ無駄じゃ!!」
舟の上にいる布都は、ハクタクを押しつぶすべく舟の上側からラッシュを繰り出す。
――― 9秒経過
「オラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラ!!!」
「無駄じゃ無駄じゃ無駄じゃ無駄じゃ無駄じゃ無駄じゃ無駄じゃ無駄じゃ無駄じゃ無駄じゃ無駄じゃ無駄じゃ無駄じゃ無駄じゃ!!」
「オラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラ!!!」
「無駄じゃ無駄じゃ無駄じゃ無駄じゃ無駄じゃ無駄じゃ無駄じゃ無駄じゃ無駄じゃ無駄じゃ無駄じゃ無駄じゃ無駄じゃ無駄じゃ!!」
――― 10秒経過
「ぶっ潰れよ!!」
とうとう磐舟が床に着地した。
「人という殻を捨て、尸解仙となった我は不死身! 妖怪など取るに足らん! 民草も妖も皆、太子様の前にひれ伏すが良い!!」
仇敵を討った悦びを全身で表現するかのように、磐舟の上で高らかに宣言した。
「しかし敵ながら天晴れな奴であった。どれ、手厚く葬ってしんぜよう」
舟の上から下を覗き込む。
「こ、これは!!」
勝利の余韻に浸っていた表情が一瞬で崩れた。
「何故じゃ!! 何ゆえ二人が!?」
舟に押しつぶされていたのは、屠自古と青娥だった。
「歴史を“書き変えた”。9秒の時点だな。潰されたのは『私』ではなく『その二人』になるように。だから脱出できた。やれやれだ」
布都の背後に立つハクタク。
「どーん!」
「ごぅ!」
布都の後頭部に一撃を落とし、気絶させた。
「残るはお前だけか?」
部屋の中央に立つ神子を見る。
「すごいな、本当ならお前もあの舟に潰れる予定だったのに」
「その程度の児戯。私には通用しません」
決着をつけるべく、お互いに向かい合う。体の痺れはもう無くなっていた。
「私は相手の声を聞けば、その者の本質がわかります」
「それで、私のことは何かわかったか?」
「ちっとも。君の声は欲望の塊そのものだ。濃すぎてその奥に潜む『本当の声』が何も聞き取れやしない。しかし、一つだけわかったことがある」
神子は腰にかけていた剣の柄を掴み、ゆっくりと抜刀する。
「君は人の話をまったく聞かない人だということです」
「テメェにだけは言われなくないわボケ! ヘッドフォン取れこの野郎! ジャズでも聴いてんのか!?」
怒号と共にハクタクは神子に向かい走り出した。
(君は許されないことをした。本気で相手をしてあげましょう)
神子は右手で剣を持ちつつ、左手を自らのヘッドフォンに掛ける。
(これは私の耳が聞こえすぎないようにするための能力制御装置)
つまりそれを外すということは、今まで押さえ込んでいた神子の力が全て発揮されることになる。
(生きてここを出られると思わないでください)
ついにヘッドフォンが外れた。同時にハクタクの右手が迫る。
(初撃をあえて受け、後の先を取る。無傷で勝とうとは思わない)
攻撃を受けた後、文字通り伝家の宝刀でハクタクを両断するつもりだった。
「イヤーカップ!!」
「へ?」
しかし繰り出されたハクタクの手は、拳でも平手でも、爪でも無かった。
ハクタクは右手をお椀の形にした状態で、露になった神子の左耳を叩いていた。
それは『イヤーカップ』と呼ばれる行為で、相手の耳に勢い良く空気を送り込むことで、鼓膜を損傷させる技である。
この時、神子の鼓膜は確実に破れていた。
「処女膜いただき」
「〜〜〜〜ッ!!!!」
声にならない声をあげた。
顔の左側だけ、嘔吐感を伴う激しい痛みが走る。その痛みにより両目からは止め処も無く涙が溢れて視界を完全に塞ぐ。
もはや反撃どころではなかった。
(だ、だがまだ右耳がある!)
相手の動きを聞き漏らさないために、意識と全神経を集中させる。
「男の子同士って最っ高ォォォォォォォ!!!」
ハクタクは生き残った耳に向かい、全力で叫んでいた。
感度を最大限まで上げた時に飛び込んできた欲望剥き出しの大騒音。
「hチンhj塩pdf;いbgwじぇいよpp」
神子は泡を吹いて倒れた。
「ふぅ」
部屋で無事に立っているのはハクタクだけとなった。
「ようやく当初の目的を達成できる」
気絶する神子を抱える。
「いざ行かん、男の子だけが暮らすネバーランドへ!」
どんな所へも一瞬でいける仙界。
神子と一緒ならその恩恵を預かることができると思ったから、ハクタクはここまで来た。
玄関に立って行きたい所を念じる。
(えーと、5歳〜12歳までの男の子が、全裸で暮らす村。町でも可!)
そんな桃源郷を思い描き、ハクタクは外へ踏み出した。
落下した場所は何も無い荒野のど真ん中だった。
「おかしいな。対象年齢を5歳〜15歳までに引き上げるべきだったか? いや、しかしあの年以上の妥協は私の主義に反するし」
一度先ほどの道場に戻り、再出発すべきかどうか思考する。
「うん、大丈夫だ。きっとこの近くに私が求める村があるハズ! ウオオオォォォォォォォォ探すぞぉぉぉぉ!! コッチかァ!!」
神子を置き去りにして、ハクタクは暗闇の荒野を歩き出した。
この日から神子たちは一週間、人里に姿を現さなかった。
ハクタクがこの晩、理想郷にたどり着いたのかは誰にもわからない。
翌日
鳥の声が聞こえてゆっくりと目を開ける。
「あれ? 私、布団なんて敷いてたか?」
布団から身を起こした慧音。
一人で晩酌をした所までは覚えているが、そこから先は覚えていない
「お、最近ひどかった肩こりが治ってる」
なぜか晴れ晴れとした気分だった。
「とりあえず、顔を洗おう・・・ん?」
何か冷たいものを踏んづけた。
「なんかこのティッシュ、栗の花みたいな匂いがするな」
水気を吸ったそれを摘んでゴミ箱に捨てた。
木質
http://mokusitsu.blog118.fc2.com/
作品情報
作品集:
30
投稿日時:
2012/02/05 09:35:16
更新日時:
2012/02/05 21:11:20
分類
妹紅慧音
青娥芳香
天子
鈴仙
ハクタク先生
永遠亭
神霊廟
モコモコ王国
真面目に読むと疲れる
確かに疲れました。
【エボリューション】の感想
三世代百年にわたって集中線が入る無駄なアクションを繰り広げるのだろうか。
そのうちモコモコ王国が強襲揚陸モードに変形したりして。
【タクティクス】の感想
親友との思い出を踏みにじる邪仙。
ゴジラすら屠るオキシジェンデストロイヤーでも死なない天人の脅威の耐久力。
しかし、永琳師匠にかかれば、軽くあしらわれてしまうのですね。
【グリード】
神霊廟組の圧力と幻想郷の行く末に悩む、半人半妖の教育者、慧音。
だが、ハクタクモードになった途端、ストレスがマッハでぶっ飛びました。
セカンドシーズンになって、ちょびっと真面目なストーリーになったモコモコ王国。
次回も楽しみにしています!!
次回にどう動くかが1番気になる要素ですね。矛先はどちらに向かうのか…。
なんだか全体的に番外編ちっくになってモコの主人公ポジションが危ういぞ。
がんばれ我等が妹紅
ハクタク先生、もっと痛めつけてやって下さい。
不敵に余裕ぶってるキャラがひどい目に遇うのは興奮するよね。
今後も慧音と芳香のくだりで青娥が絡んできそうで、更なる虐待が見れる予感。
布都ちゃんwピーマン残しちゃいかんでしょw
そしたらやっぱりこの有様だよ!
でもまあ、この暗躍する奴らを華麗に吹っ飛ばす僕らのけーね先生が素敵過ぎるのでもうなんでもいいや!最高!w
頑張れモコ。君の両肩に慧音の魂がかかっている!(たぶん)
後、布都ちゃんカワイイ
最高っ最高っ
最高っ最高っ最高っ!!
ハクタクけーね先生は相変わらずショタ好き過ぎです。一緒に呑みたい。
幻想郷の強者を片っ端からしばく先生は既に都市伝説くらいにはなってそうですね。
…すまん
産廃のエースさん?
やっぱり面白いですw
すごい面白かった
俺もこんな文章がかけるようになりたいです。