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『学ぶ事を知らない少女 レミリア編』 作者: 夕月
「ねぇねぇ霊夢、次は何するの?」
「そうね。じゃあアイツの靴箱にすっごく汚いものでも押し込んじゃう?」
霊夢とレミリアは楽しげに、誰もいない教室で話している。
二人は”親友”だからだ。
「ホント、魔理沙ってウザかったぁ。いっつも私に頼るばっかでさ…。」
「いいじゃない、こうしてそのお礼ができてるんだから!」
うふふ、とレミリアは幼さが残った顔に妖しい笑みを浮かべる。
「あ、ごめんレミリア。私そろそろ塾だから…。」
「そう…。じゃあまた明日ね、霊夢!」
「うん!」
かばんを手に教室から出て行く霊夢の後を追い、教室のドアの前に立つ。
そして、颯爽と駆け抜けていく霊夢をレミリアは笑顔で見送った。
霊夢の姿が廊下に吸い込まれ、やがて消えた。
ふぅ、と息を吐いてからレミリアはあたりを見渡す。
「咲夜。いるわよね?」
「はい。レミリアさん。」
隣の教室から銀髪の少女…十六夜咲夜がすっと現れた。
「レミリアさん、これが今日の魔理沙の様子です。」
それは、一日の魔理沙の行動が事細かに記されたノートだった。
魔理沙と同じクラスの咲夜は、いじめに積極的には加わらず、
レミリアの言うとおりに行動や細かい仕草などをじっと見て、その様子をノートに書きレミリアに報告しているのだ。
「一時間目サボり…。二時間目、具合悪くて保健室…。三時間目…は、受けたのね。四時間目もサボり…と。」
レミリアはくすくすと笑みを零した。
「サボってばっかね、魔理沙は。」
「あれはサボりたくもなりますよぉ、レミリアさん。」
ふふっと同じように笑って咲夜は言う。
「あぁ、あとこっちも……。」
そう、咲夜にはもう一人、別の人物の様子を見るようにも言われていたのだ。
「霊夢の一日の様子ですわ。」
「ありがとう、咲夜。」
ぱら、とノートをめくる。
「一時間目…から六時間目まで真面目に授業を受けたのね。」
「はい。とても楽しそうでした。」
「で、休み時間は女の子と一緒に魔理沙への悪口と暴力、と。」
ふむふむとうなずきながらページをめくっていたレミリアは、ふふっと先程の咲夜のように笑った。
「馬鹿ねぇ霊夢、貴女陰で何て言われてるか知ってる?」
調子乗ってるよね霊夢。いい子ぶってるし先生のお気に入りだってさ。偉そうにしてるし女王様みたいだよねあの子。ホントふざけてる。
魔理沙ウザいって言ってるけどあんたのがもっとウザいし。魔理沙がクズならあんたカスじゃん。うまーい、言えてる言えてる〜。
いつもこんな言葉をレミリアは聞き、それを話題に楽しく談笑もした。
表でちやほやされ、持ち上げられている霊夢も、裏ではこんな風に言われているのだ。
まぁ、女子の友情なんてこの程度だろう。
「明日もよろしくね、咲夜。私、もっともぉっと霊夢と魔理沙のクズカスコンビ、見てたいわ。」
「はい。」
うふふふふ。楽しそうに笑って、レミリアは咲夜にノートを返した。
…………。
―――――――――――――――
「……でね、魔理沙ってば泣いちゃったのよ。バッカみたい、あれだけで泣くなんて…。ホント、クズなんだから。」
「あはは、見たかったわぁ、そんな魔理沙。」
今日の話相手は霊夢じゃない。
魔理沙をいじめ、霊夢を持ち上げている、霊夢の取り巻きの一人だ。
「その時の霊夢の方がバカみたいだったけどねぇ。ドヤ顔してて超ーウケた!」
あははははははは。
「いいじゃない、クズカスコンビってことで。」
「ホントうまいよねそれ!考えた子天才じゃなぁーい?」
あははははははは。
「レミリ…あ。」
咲夜がレミリアの名前を呼び掛けて言葉を飲み込んだ。
レミリアと談笑していた少女は、咲夜の登場にあっけにとられ、ぽかんとした顔でレミリアと咲夜の顔を見比べる。
咲夜のとまどいを隠せぬ顔、レミリアのさもあたりまえのことのような顔。
それらを見て、少女はやっと理解した。
「えー、なになに、十六夜サンも霊夢とか魔理沙を虐めてるほうですかぁ?」
「えっ…とそ……の、」
目に見えて動揺した咲夜は、返す言葉を探しているようだ。
上手く、上手く返さないと…。気を損ねないよう、だけど否定するような…。
「そうよ。」
咲夜の言葉を待たずに、レミリアがそう言い放った。
「咲夜も協力してくれているの。」
「へぇー!十六夜サンって真面目そうに見えててやるんですね〜。
まぁあんなウザいのがいたら、いじめたくもなりますよねぇ。」
「ッ…あ……。」
何かを言おうと開いた口は、結局何も言わずに閉じられた。
言いたかった言葉をぐっと飲み込み、咲夜は全く違う言葉を言った。
「…はい。そうなんです。私も…。」
「超ー意外!十六夜サンみたいな真面目な人がやるなんて!」
「……。」
黙り込んだ咲夜を、くすくす笑いを零しながらレミリアが眺める。
「そうよ。咲夜って意外とやるのよ。ね?」
「………はい。」
うなだれたまま咲夜はうなずく。
「あの、レミリアさん。私これから用事があるので、そろそろ…。」
「あぁ、いいわよ。じゃあね、咲…。」
レミリアの返事を待たずに、咲夜はもう走り出していた。
……。
――――――――――――――――――
「ふっ…うっ…、うっ…うぇぇ…。」
咲夜は二階の廊下の窓から、すぐ下の校舎裏で座り込んで泣きじゃくる魔理沙を見つめていた。
制服は泥や水にまみれ、髪の毛はぐしゃぐしゃ、汚れた足には切り傷や擦り傷、足全体にはぼつぼつとあざがある。
そばにあるかばんは彼女の持ち物なのだろうか、しかしそのかばんは最早ただのゴミにしか見えない。
踏みつけられた跡でかばんがぼこぼこになって上に、泥で汚れ、水に濡れてかばんの付近に水たまりができているほどだ。
返り血がついた金属バットがあるのを見たとき、背中に冷たい汗が流れた。
そして、地面にぶちまけられた吐瀉物らしきもの。魔理沙が吐いたのだろう。
…正直、咲夜は周りほど魔理沙を嫌ってはいなかった。
単にそれは、咲夜に魔理沙による被害がなかったからだ。もしもあったら周りと同じように毛嫌いしていたのかもしれない。
霊夢も、陰ではいろいろ言われているが、あまり嫌いじゃない。
生徒会長としての仕事はしっかりやっているし、成績も優秀、教師ウケもいい。
多少、女王様のように振る舞う面もあるが、周りが言うほど鼻にはつかない。
助けようとは思わないが、進んでいじめや蔭口に参加しようとも思わない。
むしろ、”あいつ”のほうが大嫌いだ。
”あいつ”の顔がぱっとに脳裏に浮かび、咲夜はぐっと歯をかみしめた。
―――――――――――――――――――
廊下を歩きながら、霊夢とレミリアは楽しげに談笑していた。
「今日アイツの靴箱に入れたあれね、結構集めるの苦労したのよ。」
「そりゃそうよ。だってあんな汚いもの、普通はとっておかないわ。」
霊夢は生き生きとした顔でレミリアに話す。その顔は、すごいことを成し遂げた時に浮かべるような、嬉々とした喜びに満ちた顔だ。
対するレミリアもまた、楽しそうな顔で話している。霊夢の話にあいづちを打ち、ときには二人で笑い声をあげる。
そんな二人の少し後ろに、咲夜は歩いている。
「じゃあ、そろそろ行くね!クズ魔理沙が来る頃だろうし。」
「わかったわ。今日の話も楽しみにしてるわよ、霊夢!」
遊びに行くような軽快さで、霊夢は靴箱のほうへ走っていった。
「さて…、咲夜。」
霊夢の姿が見えなくなったのを確認して、レミリアは後ろを振り返った。
「っ…は、はい。」
「今日もよろしくね。二人の、クズカスコンビのい・ち・に・ち。」
ぱちんと片目をつむってレミリアは言う。
レミリアが綺麗な顔立ちなのでそれはとても可愛らしいもののはずだが、今の咲夜にはとても醜く見える。
「…はい。」
ぽん、と二冊のノートを渡され、咲夜は憂鬱な気持ちのまま階段を上っていった。
―――――――――――――――――――
一時間目、二時間目、三時間目、四時間目………。
いつもと同じように細かくノートへ記す。
なにをした、どうした、なにをされた……。
あぁ、気持ち悪い。
そして放課後。
咲夜はレミリアにノートを届け、調子が悪いと嘘をついて家に帰った。
帰った途端に限界が来て、咲夜はトイレに飛び込んで思い切り吐いた。
吐くだけ吐いて、着替えをするのも忘れてベッドへ飛び込む。
柔らかいベッドが優しく咲夜の身体を受け入れてくれる。その心地よさに、すぐに咲夜は眠りの海へと落ちて行った。
――――――――――――――――――――
≪昨日の夕方、○○市内の中学校で、女子生徒の惨殺死体が発見されました。発見されたのは、同中学校の中学三年生の女子生徒Aさん。
そして同じく昨日夕方、同中学校の中学三年生の女子生徒、Bさんが自宅で首を吊っているのが発見されました。
二人とも病院に搬送されましたが、まもなく死亡が確認されました。
Bさんの着ていた衣服にAさんの血液が付着していることから、BさんがAさんを殺し自分も後を追った可能性もあるとして、警察は犯人の特定を急いでいます。≫
朝のテレビのニュースで聞いた。
咲夜は牛乳を飲みながらそれを聞き、コップを置いた瞬間大声で笑い出しそうになった。
「……っ、…は、あはははは…。」
顔を下に向け、堪え気味に笑う。
やった!!やった!!!やったああああ!!!
あの二人が死んだ!!つまり…つまり!!!
同級生が死んだことの哀しみより、やっとあいつから解放されたことによる喜びが勝った。
――――――――――――――――――――――
「ねぇちょっと聞いたぁ!?昨日霊夢死んだんだって!」
「知ってる!朝ニュースでやってるの見たぁ!」
「しかもそのすぐあと魔理沙も自殺したらしいよ?」
「うぇこわっ。魔理沙が殺したんじゃねーの?」
「でもアイツ自殺したんだろ?それに俺はいじめてねーから関係ねーもん。」
「アイツの事だから呪うんじゃねぇ?」
「こえぇ!マジやべぇ!」
次の日の教室は、魔理沙と霊夢の話題で持ちきりだった。
今までいじめに無関心だった女子や男子までもが目を輝かせてあれこれ情報を交換している。
「ねぇねぇ十六夜さんはどう思う?」
「……っえ?」
「だからぁ、魔理沙と霊夢のこと!誰が殺したと思う?」
「ん……霊夢さんは、その、魔理沙さんが殺したんじゃないですか?」
「だよねぇ!アタシもそう思うよぉ〜。」
霊夢に媚を売っていた女子の一人だ。なんとかして霊夢に取り入ろうと必死だったのが嘘みたいな態度だ。
ばかばかしい。
咲夜は馬鹿騒ぎをしている生徒の中で、一人読書を始めた。
――――――――――――――――――――――――
「霊夢と魔理沙が死んだようね。」
レミリアが恐ろしいほど冷静に言った。
「…そうみたいですね、レミリアさん。」
「つまんないわ、あーあ、もっと遊びたかったぁ。」
ぷくーっと頬を膨らませるその顔は、男から見れば魅力的なのだろうが、咲夜にすれば腹が立つ以外の何物でもない。
「あ、あの、レミリアさん。ノートは…。」
「あぁいいわ。捨てちゃって。あいつら死んだしどうでもいいわ。…次は…誰にしようかしら…。」
愕然とした。
あれほど愉しんだ挙句人を二人も殺しておいて、まだ足りないというのか。
二人が死んだ直接的な原因ではなくとも、こいつが煽りに煽ったせいで死んだのだ。
そのおかげで私は助かったのだけど、でも、こんな言葉で片付けるなんて――!!
胸の奥からこみ上げるねばついた何かをぐっと飲み込み、咲夜はひたすら心の中で「冷静に」と唱え続けた。
「じゃあレミリアさん、私はこれで…。」
「うん。じゃあね咲夜。」
あいさつもそこそこに、逃げるように教室から飛び出した。
胃の腑にたまるどす黒い怒りを、拳を握りしめることで押し殺す。
「あのぉ、…ちょっといいですかぁ、十六夜サン。」
いきなり背後から声をかけられ、思わず肩がびくりと震えた。
「は、はい。なんでしょうか。」
声をかけたのはレミリアの取り巻きと霊夢の取り巻きの女子たちだった。
「いきなりだけどさぁ…。」
「レミリアってウザいと思いませんかぁ?」
「…へ?」
「いっつも偉そうじゃん。十六夜サンだっていっつもパシりにされてさ!…ムカつかない?」
「……。」
「どう?アイツちょっとシメてやんない?」
…………。
―――――――――――――――――
登校中。
レミリアは上機嫌だった。
やっとヒマつぶしできる新しいオモチャを見つけたからだ。
いつものように靴箱に手を入れて上靴を取ろうとしたその時。
べちゃ。
「……?」
靴箱に手を突っ込んだとき、ぬちゃりとした冷たい何かが手に触れた。
慣れない感触に、怪訝なというよりは不思議な顔をして、レミリアは自分の指先を見つめた。
血、だった。
「ひっ…ぃい!?」
手をひっこめ、濡れた指先を振り回す。
「なに、なによこれぇぇ!!」
周りの壁に血をこすりつけながら、靴箱の中を覗いてみる。
中には…まだピクピクと動いているハトの身体。鋭利な何かでやられたのか、首がパックリと裂かれ、そこから血があふれだしていた。
「さ、咲夜!咲夜いるんでしょ!!早く来て、来なさい!!」
「…はい。」
靴箱の陰から咲夜が無表情で現れる。
「これやったの誰よ!!見てたんでしょう!?」
「……。」
くすくすくすくすくす。
女子特有の嫌な笑いとともに、咲夜の背後からわらわらと女子が姿を現した。
その中には、ついこの間までレミリアのご機嫌をうかがっていた取り巻きたちも混じっている。
「……これ、何よ。」
「はぁ〜?見てわかんなぁーい?」
「ハトじゃないのぉ?なんか死んじゃってるけど!」
「生きてるっしょそれぇ。だってまだ動いてんじゃん!」
きゃはははは、女子たちは甲高い声で笑う。
「…咲夜……あなた、裏切ったの?」
「………。」
咲夜は顔をうつむかせ、肩を小さく揺らしていた。
「何で何も言わないのよ!いったいどういうつもりで――。」
レミリアが咲夜の胸倉をつかもうと近づいた時、
バシィン。
肉がたたかれる鈍い音と共に、レミリアは自分が咲夜にぶたれたことを理解した。
右の頬がじんじんと痛む。
―――あぁ、この状況は知ってるわ。
霊夢が魔理沙に制裁といういじめを始めるとき、合図としてこんな風なことをしていた。
よく覚えてるわ。だって、面白かったから。
でも、こんなに痛いなんて知らなかった。
ひっぱたかれた頬を押さえながら、ぽかんとして咲夜の顔を見つめる。
「さ…くや?」
「いつも…いつも私がどう考えてたか、知ってましたか!?」
その顔は、レミリアの知らない咲夜の顔だった。
「私に変な人間観察なんかさせて!!嫌なことを押しつけて!!」
どんっと咲夜はレミリアの胸を押し、突き飛ばす。
「っ……。」
「私は霊夢さんや魔理沙さんよりも、あんたのほうが嫌いだった!!」
綺麗に筋肉がついた足が、レミリアの顔をけり飛ばした。
「っは…っ…!」
「痛いですか!?私はもっと心が痛かったし、魔理沙さんはもっと苦しかった!!」
レミリアは切れた唇を押さえながらどうっと横に倒れこむ。
そんなレミリアの胸倉をつかみ、強引に体を起こした。
「言っておきますけど……。」
恋人同士のように顔を近づけ、至近距離で咲夜は妖しく笑った。
「次のターゲット、あなたなんです。」
頭が真っ白になった。
それは、どういう――?
「じゃあ、また。」
咲夜は女子たちを引き連れて、去って行く。
残されたのは、間抜けヅラをしたレミリアだけだった。
―――――――――――――――――――――――
「い、嫌よ!そんなの食べられるわけないじゃない!」
女子二人に腕を押さえられながら、レミリアは首を必死に振る。
もう一人の女子はレミリアの前に立ち、箸で吐き気を催す臭いを放つパンをはさんでいる。
それは、二週間ほど放置されて腐りきった牛乳に漬けられているものだ。
「はい、あーんしてぇー、ほら!」
「あがっ……あぁ、がぁぁ……。」
顎を掴まれ、無理やり口を開けさせられ、
「うぐぅ!?うぶっ、ううぇぇぇぇぇ!!」
牛乳をたっぷり含んだパンを口に押し込まれた。
「おいしいですかぁ、レミリアさん?」
咲夜は、あえて丁寧な言葉でレミリアに問いかける。
「おっ…おぉっ…うぶっ、う゛ぇぇぇっ…。」
「きゃあ!きったなーい!」
牛乳まみれ、唾液まみれのパンが少女の目の前にぼちゃりと落ちた。
「ちゃーんと食べてよぉ、あんたのために作ってやったんだからさぁ!」
赤子のように泣きじゃくり、ぽろぽろ涙をこぼすレミリアを、周りは嘲笑を浮かべて眺めていた。
あれだけ偉そうだった女王様も、所詮はこの程度なのだ、という見下す目。
―――――――――――――――――――
「やっ、やめてよぉ!!私泳げないのよぉぉぉ!!」
大声で叫ぶレミリアを連れてやってきたのは、夜の学校のプールだ。
今の季節は冬。当然のことながら、掃除などされているはずもなく、水面には虫やゴミ、緑色の藻が浮かんでいた。
「だから練習するんじゃないですか、レミリアさん?」
咲夜はにっこりと笑い、そして、
どんっ。
と突き落とした。
「ひっ―――がはぁっ!」
顔面から汚い水へと飛び込んで行ったレミリアは、両腕両足をバタつかせて必死に浮こうともがく。
「がほっ、う゛っ、だ、だず…っ、ごぼっ、だずげ…ぇッ…。」
水の中でもがき苦しむレミリアを見て、咲夜はとても楽しそうだ。
「ほらほらぁ、頑張って泳いでくださいよぉ。」
もがいていたレミリアの手にプールの縁があたった。
獣のような動きで縁を両腕でつかみ、激しくせき込む。
「げほっ、ごほっ、はーっ、はーっ、うぶっ、はっ、はぁっ。」
口に入った水やゴミエトセトラを吐きだし、身体の求めるままに酸素を吸い込むレミリア。
「何勝手に休んでるんですか、レミ、リア、さん!!」
レミリアの頭を足でけりつけ、無理やり水中に沈める。
「やっ、やぁっ―――。…ごぶ、ごぼごぼごぼ……。」
漫画にありそうな展開。水の中から泡がぼこぼこ浮かんできた。
まだ呼吸が整っていないうちに、また酸素のない世界に引きずり込まれたのだ。
酸素を渇望する肺の苦しみから逃れようと、両腕を振り回し、必死で顔を上げようとするも無駄だった。
咲夜の足が頭部を容赦なく踏みつけ、抑え込んでいるからあげられるわけがない。
そのうち、めちゃくちゃに振り回されていた腕からふっと力が抜け、ばしゃりと力なく水の上に落ちた。
「あら?」
「死んじゃったとかぁ?まさかね。」
足をどけ、髪を掴んで顔を引き上げる。
だらしなく開いた口に涙と鼻水でよごれきった顔面。顔全体を覆うゴミや藻がレミリアの苦しみを如実に物語っていた。
時々か細い呼吸の音が聞こえる。…まぁこんなので死ぬわけないけど。
「どうする?咲夜。」
「放っておいていいですよ。どうせすぐ目を覚ましますから。」
今となってはリーダー格の咲夜の言葉に女子たちは皆にぃっと笑う。
「そだね。じゃ、帰ろっか。」
ばいばぁい。あははははは。
――――――――
少女は綴る。ただただ書き綴る。
目に涙を浮かべて。唇をかみしめて。
そして―――復讐の時を待って。
――――――――――――――――
ぶるぶると震えながら、レミリアはトイレの個室でうずくまっていた。
時折痛む腕…殴られ、青黒いあざが残る腕や足をさすりながらレミリアは泣き続ける。
「痛いよぉ……もうやだよぉ……。うぅぅ……。」
「トイレでうるさいんだけどぉ、レミリアさぁーん。」
バッシャァァン。
上から冷水が降ってきた。
「っ…ふ、ぇ…?」
「キャハハハハハ、寒そぉー!」
「何言ってんのぉ、アンタがやったくせにぃ。…あはははっ。」
「逃げろ逃げろー!早くしないと捕まっちゃうよぉ!」
そんな言葉を言い残し、少女たちはバタバタと足音を立てて去っていく。
あはははは、あはははははは、あはは………。
――――――――――――――――――――
「おい、スカーレット!どうしたんだ!そんなびしょ濡れで…。」
ぬれ鼠になって制服からぽたぽた水を滴らせるレミリアにさすがに不信感を抱いた教師は、廊下でレミリアを呼びとめた。
「ちょっと水道の水をかぶっちゃって…。でも大丈夫です。」
「そんな事ないだろ!?そんなに濡れてるんだから、保健室で着替えを…。」
「本当に大丈夫ですから。失礼します。」
ちょっと待て、という教師を置いて、レミリアはすぐその場を去った。
絶対に悟らせてはいけない。悟らせたら…殺されるかもしれない。
あいつらならやりかねない。
いつになったら終わるの、と誰かに問いただしたい気分だった。
――――――――――――――――――――
少女は綴る。ただただ書き綴る。
もっと早く時間が過ぎればいいのに、と時間の流れに焦らされながら。
――――――――――――――――――――
【ここに行けばもう何もしないから、今日の夜7:00に一人でこの場所に行って。】
授業中に回ってきたメモ。かわいらしいメモ用紙には、思春期の女子には珍しい達筆な字が書かれていた。
この字はよく知っている。メモが回ってきた方向を見ると、案の定咲夜がくすくす笑いながらこちらを見ている。
指定された場所は少し路地裏に入ったところにある、有名チェーンの癖にちょっと暗い雰囲気のコンビニだ。
本当にやめてくれるのだろうか。
嫌な感じはするが、やめてくれるかもしれない可能性があるなら、それに掛けてみる。
「ここ……かしら。」
何があるんだろう、と不安を感じながらその場所をうろうろとして、誰かが来るのだろうか、と思いつつ待ち続けた。
30分ほどたった頃だろうか、そろそろ帰ろうかと思い始めたときだった。
「ねぇ、君。」
突然声をかけられた。
驚いて声の聞こえたほうへ振り向いた。
「君、レミリア、ちゃん?」
「は…はい。」
声をかけてきたのは、見知らぬ中年男性だった。
「じゃ、早速行こうか。」
男はレミリアの華奢な腕を掴んでさも当たり前のように連れ出そうとしてきたのだ。
「な、何するんですか!離し…てっ!」
乱暴につかんできた太い腕を思い切り振りはらい、キッと睨みつける。
男は驚いたような顔をしていたが、すぐにその顔を下卑た笑みに変えた。
「何言ってるんだい、お金はもうあげただろ?ネットであれだけヤリたいって言ってるんだからいいじゃないか。」
「何の話よ!私はそんなこと言ってませんっ!」
最初はにやにやしていた男も、次第に機嫌が悪くなり、レミリアの腕を強引につかんだ。
「金を払ったんだぞ俺は!早く来いクソガキ!!」
「やっ…違っ…誰かっ!助けて!誰かぁっ!!」
周りの大人たちは憐れんだ目や怯えた目でで見るだけで助けようとはしない。
「いっ…いやあああああああああああ!!!」
男から解放された後知った。
勝手に変なブログを作られていたことを。
そのブログを見てみたが、ひどいものだった。
デタラメなことを言っているばかりか、男を誘うような服装やポーズをしたレミリアの写真が大量にある。
「れみぃはすっごくヤリたいの☆もぅ自分だけじゃどうしょぅもできなぃのっっ!誰でもぃぃかられみぃを満足させて❤」
「電話番号と住所はココだょ!会ぃに来てね、連絡待ってまぁす♪」
ハートマークやキラキラした絵文字がたくさん使われた文面。自分は絶対に書かない文。
文だけじゃない、画像もまた、自分ではありえないものだった。
胸や股を強調するようなポーズで笑っている自分の顔。
着替えている自分を撮影した写真。
裸の写真だって何枚もあった。
おそらく、グラビア雑誌か何かから合成したんだろう。こんな、こんな恥ずかしい物が見られてるなんて…。
携帯の番号や住所まで明かされていたため、しばらくの間レミリアは送られてくる男たちの電話や手紙、家に押し掛けてくる男に苦しめられた。
―――――――――――――――――――――――
もうそろそろ、終わりだわ。
少女は、近づく終わりに胸を躍らせていた。
―――――――――――――――――――――――
「おーい、スカーレット!」
「…はい。」
担任に声をかけられた。
「お前、卒業式の時代表として言葉を言ってくれないか?まぁ、三年間の思い出を言うだけだ、そんな大変じゃない。」
「え….。」
「お前は成績もいいし、作文だって得意だろ?どうだ?」
「はっ、はい!やります!」
レミリアはとても嬉しそうに笑った。
「お、やる気がありそうだな。期待してるぞ。」
担任はレミリアのその表情をそう受け取り、手を振りながら階段を下りて行った。
―――――――――――――――――――――――
ついに、ついにチャンスがやってきた。
この時を、私はずうっと待ち望んでいたのだ。
これを書き綴る日々も、終わりが近づいていた。
――――――――――――――――――――――――
≪卒業生、代表の言葉。レミリア・スカーレットさん、お願いします。≫
「はい。」
名前を呼ばれて、レミリアはすっくと立ち上がる。
今日のために書きためてきたそれらを持ち、壇上へと上がった。
それらを教壇の上に置き、一礼をしてから読み上げる。
「私は、この三年間、……いえ、二年間、とても楽しかったです。」
ありきたりな言葉をつらづらという。行事があって楽しかっただとか、がんばっただとか、テスト勉強が大変だっただとか。
不意に言葉が途切れる。
「でも最後の一年間だけは違いました。」
突然の声色の変化に会場が一瞬ざわめいた。
「博麗さんと霧雨さんが死んだあと、私は周りにいじめられてきた。
ここに、毎日のいじめの様子を誰かさんと同じように書いたノートがあります。
一部を読み上げます。
○月×日、朝。靴箱に給食の生ごみが詰まっていて、それを無理やり食べさせられた。
1時間目。先生が見ていないところで薬品に指を入れさせられた。すごく熱くて痛かった。
2時間目。自習だったから教室の後ろで殴られたりけられたりした。
3時間目。バスケでわざと転ばされた。終わった後、制服が隠されていて探していたら遅刻してしまった。
4時間目。教科書が読めなくなっていて、音読が出来なくて怒られた。
給食。スープの中にぞうきんを絞った水を入れられて、飲ませられた。
昼休み。腐って嫌なにおいのする卵を投げられて、その後体育倉庫に閉じ込められた―――。」
会場はすでにざわざわと騒いでいる。そして、レミリアが言葉をつづけるのを待っている。
対して、咲夜やそのほかの女子たちは顔色が真っ青になっていた。
同じクラスのいじめを傍観していた人たちは、そちらのほうをちらちらと見ていた。
レミリアは続ける。
「5時間目。メモが回ってきた。7時にここに来れば、もういじめはしないと書かれていた。
放課後。夜…っ……知らない人に、レイプもされた…。
私がやりたがってるとか、よくわからないことを言われて、意味がわからないうちにされてしまった。
原因は、家に帰ってからわかった。
住所も電話番号もネットでばら撒かれていて、変なブログが作られていた…。私の知らないうちに、めちゃくちゃになっていた。
…私達家族は、嫌がらせがひどすぎてその後一回引っ越したぐらいよ。
でもまだ私の携帯には電話は来ます。番号を変えてもどこからともなく広まって、また元通りになってしまった。
私をこんな風にして、こんな目に遭わせたのは――。」
ちら、と咲夜たちを見て、目があったのを確認するうっすらとほほ笑んだ。
ざまあみなさい。私より苦しめばいいのよ。
大きく息を吸い込んでから、言った。
「十六夜咲夜さんと、その友達の女子数名です。」
途端に会場の、特に生徒の視線が咲夜たちに集まる。
彼女らを知っている保護者も目をそちらへと向けた。
教師はぽかんとした顔で、皆につられてそちらへ目を向ける。
向けられる視線は軽蔑や怒り…。彼女たちは身を固くして顔を下に向けた。
そしてレミリアは、すがすがしい顔で最後の言葉を言った。
「…これで、卒業生代表の言葉を終わります。」
最後にもう一度、一礼をしてレミリアは壇上から降りた。
それと同時に、彼女たちの人生に暗い影が落ちたのがはっきりとわかった。
――――――――――――――
≪恥ずかしくないのか≫≪彼女がかわいそうだ≫≪高校に行く資格なんてあるはずない≫
≪人間の屑≫≪社会のゴミ≫≪早く死ね≫≪親不孝な子ども≫
ありとあらゆる人達から批判を受け続け、結果的に行けるはずだった私立高校への入学が取り消され、エリートコースの道を歩いてきた咲夜達はどん底へ突き落とされた。
テレビでも大きく報道され、レミリアは世間でいじめ被害者の悲劇の少女となった。
≪がんばって≫≪私たちが居るよ≫≪皆味方だよ≫
≪今度はいい友達ができるといいね≫≪大丈夫、私達が守るから≫
咲夜たちとは対称的に、レミリアのもとへ送られてくるメッセージはとても温かいものだった。
レミリアは前の中学から少し離れた有名私立高校へ行く事ができ、その先でいい友達もできた。
その後、風のうわさで、咲夜が自殺したらしいことを聞いた。
真実か否かはわからないが、レミリアはそれを聞いてくすりと笑った。
いい気味ね、咲夜。
私を裏切るからこうなるのよ。
――――――――――――――
高校三年生の冬。
レミリアの通う高校はエスカレーター式で大学へ行けるので、皆他の高校生とは比べ物にならないほど気楽だった。
「ねぇねぇレミィ、次は何する?」
「そうね。じゃあ靴箱にすっごく汚いものでものでも押し込んじゃう?」
レミリアと高校で出来た友達のパチュリーは楽しげに、誰もいない教室で話している。
二人は”親友”だからだ。
「ホント、アイツってウザかったわ。いっつも私に頼るばかりだったから…。」
「いいじゃない、こうしてそのお礼ができてるんだから!」
うふふ、とレミリアは幼さが少しだけ残った顔に妖しい笑みを浮かべた。
さて。
「次は…誰にしようかしら。」
かき直してもう一度上げました。私より東方に詳しい知人にあれこれ指示、校正を加えてもらったので
私が書く文と少し違うと思います。
今回はレミリアのお話です。魔理沙と違った感じになりました、
個人的にいまどきの女の子の会話の仕方がわからなかったのでその辺を直してもらって助かりました。
この間の話と同様、ループしそうな話です。レミリアがかなりひどいですね。
次回もまた気が向いたらほかの人の話でも書こうかと思います。
追記。フランちゃんは引きこもりという設定なので出てきません。
夕月
作品情報
作品集:
30
投稿日時:
2012/08/13 00:55:24
更新日時:
2012/08/14 12:32:59
分類
レミリア
咲夜
いじめ
自分がやられたくないから、他人をやる。
自分がやられたから、他人をやる。
自分をやったお返しに、やった奴等をやる。
負の連鎖は断ち切れない。
断ち切れないのなら――、
端と端を繋げて、
閉ざされた環にしてしまえ。
そうすれば、他人が鎖の一片になることはないから。
これはパチュリーも時間の問題だ。
産廃の学パロも並大抵の味付けでは収まりませんね…。
おぉ、クズいクズい。
いじめを書くならこうでなくては
その代わり、誰もが苦しみ、その連鎖を断ち切る事は出来ない…。
レミリアはこのあとどうなるか、また同じ事を繰り返してしまうのか…。
>2 名無しさん
ありがとうございます。
パチュリーも同じ道を辿るんでしょうか…?
>3 んhさん
ありがとうございます。
被害者が加害者に、加害者が被害者に、これこそがいじめですね。
>4 名無しさん
復讐心を燃やしていたから耐えられたんだと思いますよ。
>5 名無しさん
ありがとうございます。
全く違う世界で、かつ幻想郷でのキャラを残して書いたつもりです。
どの世界でも、咲夜はレミリアに仕える設定にしました。
私の中のイメージでは、レミさんはこんなふうに下剋上受けるのが好きですね。