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『魂の裏切りの夜』 作者: スレイプニル
―――A dying man needs to die, as a sleepy man needs to sleep, and there comes a time when it is wrong, as well as useless, to resist.
(死にかけている人間には死が必要なのだ。それは、眠くなった人間に眠りが必要なのと同じことである。抵抗することが無駄であり誤りですらあるときが、いつか来るものなのだ。)
《Stewart Alsop:1914-1974》
「ですが…いいえ、ですが…―――あァ……待……―――」
意味不明な言葉が途切れ途切れに聞こえる。
意識が回復し、目を覚ます。
―――Death cancels everything but truth.
(人間の死によって、およそすべてのことは抹消されるが、ただし、真実だけはまったく別である。)
《???:???‐???》
景色は自然、まったくの自然という風景。自分が生きている内に映像でしか見ることの出来なかった草木がこれでもかという程生い茂っている。
何故こうなっているのか分からない。分からないのだが取り敢えず私は起き上がる事にした。好奇心からか興奮が収まらない。ついに私は辿り着いたというのか…?
しかし幾度見渡しても相方のメリーが何処にも居ない。夢想していた場所に私達は辿り着いたのではなかったのか?
―――No young man believes he shall ever die.
(自分も死ぬことがあるのだろうとは決して信じないのが、若者というものだ。 )
《Hazlitt:1778-1830》
生い茂る森の中を一人歩く、何処を歩いても緑が広がり鼻孔に新しい匂いを感じさせてくれる。一つ一つ見ていきたい衝動に駆られるが先にメリーを探さなければならない。何、調査は幾らでも出来る。
―――We are condemned to kill time: Thus we die bit by bit.
(私たちは時間を抹殺することを運命づけられている。こうして、少しずつ死んでいくのだ。)
《Octavio Paz:1914-1998》
夜になる。聞いたことのないまるで遠吠えのような声とギリギリと未知の音が響き渡る夜だ。これでは脳に響いて寝る事も出来ない。睡眠加速剤を常備していなかった事を悔やまれる。だが、これは未知への調査という興奮から来ているものでもある。朝が待ち遠しい。耳を塞ぎながら私は眠―――
―――It matters not how a man dies, but how he lives.The act of dying is not of importance, it lasts so short a time.
(問題なのはいかに死ぬかではなくて、いかに生きるかだ。死ぬということは重要ではない。それはほんの一瞬しか続かないのだから。 )
《James Boswell:1740-1795》
朝は騒がしい。これは鳥の声か?危険がないのであれば問題はない。メリーを探す事にしよう。
整備されていない道を歩くというのはとても辛いと薄着で気温もそれほど高くないというのに汗をかくほど疲れている。最近運動を怠っていたせいか?それだけは悔やまれる。
しかし足を止める訳にも行かない。メリーは何処に居るのか?測位システムが壊れたように乱れているのもここが隔離された場所である事は明白にしている。
何処にいる?少々心寂しい。
―――It is as natural to die as to be born.
(人間死ぬということは、生まれるということと同様に、ごく自然なことである。)
《Francis Bacon:1561-1626》
森を抜けた。
田園のような風景が広がる。その景色は私達の生きてきた時代の風景では決して味わえないまるで桃源郷のようなのどかな風景だった。まるで絵画のように草木が色づき無限に続くかのように道が平べったく続いている。
人の影は見えない。これでは状況を把握する事が出来ない…メリーは何処に?まさか、私だけがここに来てしまったのか?そうであるのならメリーは大変惜しい事をしたと言える。私は笑みを浮かべながら今広がる景色を記憶し、メリーにこの素晴らしい出来事を伝えようと歩き出した。
―――Every tiny part of us cries out against the idea of dying, and hopes to live forever.
(我々人間はみな心の中では、死ぬという考えに猛然と反発し、できることならば永遠に生きたいと願っている。)
《Ugo Betti:1892-1953》
………?
進んでいると何者かに出会った。それは私より背が低くまるで10代未満の少女のような風貌だ。私が話しかけると彼女は笑い。語りかけてくる。
―――意識の虚無に応じよ。
言い返そうとするが、彼女は微笑むように笑い。こちらの言葉を無視して言い続ける。
―――虚無を恐れてはいけない。市場のリンゴは何故笑いかけた?
意味不明だ。私は無視して少女の語りを遮るように通り過ぎた。背中でまだどんどん小さくなる彼女の言葉は続いていたようだった。
言葉が交わせなかったが、ここが本当に私が探していた場所であるのか聞いておくべきであったと後悔する。しかし今戻っても居ないだろうと思い、人里か何処かがあるのを期待し、再度歩き出す。
腹が減る。リュックサックから取り出した携帯食料を齧りながら小高い丘に着いた。軽い崖のようになっていてこのままでは進めない。面倒臭いが迂回する事にする。
―――Death's dark way / Must needs be trodden once, however we pause.
(我々人間はどんなに躊躇しようとも、死の暗い道だけはどうしたって一度は踏みしめなければならないのである。)
《Horace:65-8B.C. 》
どんなに歩いても人が居る所に辿り着かない。木々が疎らな平坦な道を延々と歩いているだけだ。
日も高くなり、比例して身体の汗の量も増える。だが問題はない。悔やまれる事は先程の少女と対話をまだ試みてみなかった事である。意味不明な言葉を喋っていた為避けたが、対話が出来ないとは限らない。
そう思っていると上空に何かが映る。その黒い物体は高速でこちらに向かってくる。飛来物か何かか?慌てて全力で逃げる。激突音も聞こえずソレは人の言葉を発した。
―――恐怖はない。元々還る場所に向かうだけ…賢者達は扉の鍵を手に入れたのだ!
その黒い翼が生えた美しい少女は難しい言葉を発しながらこちらを舐め回すように観察してきた。何をされるか分からない恐怖に身体が震えたが、翼の少女は何もせずまた高速で飛び去っていった。
狐に包まれたかのようにぽかんとしていた私だが、気を取り直して先に進む事にする。実際少女が飛び去っていった方向は自分の向かう方向であった。となればその先は何か居るという事になる。知的好奇心が高まるのを感じる。
しかしもう空を見れば日も傾いてきている。野宿出来る所を探さなければならない。
それにしても…シャワーのひとつでも浴びたい所だ……身体が汗で汚れている。
―――Death has but one terror, that it has no tomorrow.
(死という観念の中には、人間の心につきまとって、どうしても離れない一つの恐怖がつきものである。して、それは何かと言えば、死には明日がないという恐怖である。)
《Eric Hoffer:1902-1983》
朝になった。
身体がべとついて気持ちが悪い。
しかし贅沢は言えない。進まなければ、目を開ければ美しい景色が広がる。何度見てもこの造形物かのような自然の景色は私達の居た所では映像でしか見れない景色であった。それを今、私だけが見る事が出来る。そうか、写真を取っていればメリーにも見せる事が出来る。そう考えた私は、リュックサックからデジタルカメラを取り出したが、残念ながら随分放置していた為、電池切れになっていたようだ。しまったと思いつつ、メリーに謝りたい気持ちになった。メリーには私の口から伝える事にしよう。
道を歩いていると、小さな声が聞こえる。
声のする方向へと歩く。声がどんどん大きくなっていく。
―――永遠、永遠、永遠、永遠、急須、永遠、永遠、永遠、永遠、永遠永遠永遠永遠永遠永遠永遠永遠永遠永遠永遠…
―――衰退、衰退、衰退、衰退、創造、衰退、衰退、衰退、衰退、衰退衰退衰退衰退衰退衰退衰退衰退衰退衰退衰退…
草木を掻き分け、聞こえた声の主を発見する。その二人と言っていいか分からないが緑と青の少女は私より遥かに小さい。そして特異な所に目がつく。その背中にまるで虫のような羽が2枚ついていたのだ。
がさりという音に気づいた2人の少女がこちらの方へと顔を向ける。私と目が合う。
―――花を植えたか?深淵を覗いたか?
―――終わりを見たのか?空を渡る蟹を見たか?
何度も聞いたが、彼女たちの言葉はまるで言葉ではない。英語でもなければ他の言葉ですらない。はっきり言えば日本語のようなものだが、その文法や整合性はまったくといってない。
―――悪魔と神が語りかける。虚無を神と悪魔を語りかける。
―――世界がいつも否定する。衝動的に神が虚無に恋を語る。
やはり対話は出来ないと私は判断した。それにしても―――
草木を掻き分ける。
本当にここは私が目指した所か?
―――我々は悪魔にも天使にもなれる。
追い越した緑髪の少女が笑うように言った。
―――苦痛を桶に放り込む。快楽の渦に巻き込まれるのだ。
追い越した赤髪の少女が笑うように言った。
―――虚無を受け入れよ。コップに砂は注がれたか?
追い越した金髪の少女が笑うように言った。
追い越した
追い越した………
………
―――いつか きっと はじまる
―――If you shut your door to all errors truth will be shut out.
(もしもすべての誤りに門戸を閉ざすならば、真実もまた締め出されてしまうことになる。)
《Rabindranth Tagore:1861-1941》
息を切らす。倒れるように足が崩れる。気づけば古い建築物の前に居た。かなり古く、これは所謂"屋敷"とよばれる建築物だ。
桜の花びらが雨の様に降る。
仰々しいほどの大門がゆっくりと開く。私は扉の中に吸い込まれるように入っていく。
「ようこそ、白玉楼へ」
白髪の少女が出迎える。この少女だけが何とか対話が可能なようである。
―――1つだけ質問したいのだけれど
恐る恐る私は言った。
「えぇ、どうぞ。」
―――ここは本当に幻想郷?
にこりと笑って、白髪の少女は頷いた。
「そんな事は些細な事でしょう?さぁ、待っています。こちらへどうぞ」
―――待っている?何が?
「?」
疑問のような顔で少女は表情を崩した。まるで言っている事が分からないと言ったように。
「待っているとは、待っているという事なのです。ここに来たというのは待っているという事、心配されなくていいですよ。ここは終わりではありません、むしろ始まり。ここが始まりの場所であるのです。」
―――意味が分からない。
「意味?意味は必要ですか?待っているという事に意味が、それを議論するということは虚無を……意味を否定するという事です。待っているという事です。さぁ早く。幕が降りる前に。始まりが終わりを追い越す前にさぁ!」
手を差し伸べるかのように少女が案内する。対話しているように見えるが決してこちらの言葉が正確に返されている訳ではない。
屋敷の中に案内され、細々とした部屋を幾つも通される。そして一つ、一番大きな部屋に案内され、その戸が開けられる。
「私の案内はここまで、それでは」
にこりと笑いかけ、行儀よく会釈した少女は違う部屋へと消えていった。
そして後ろの戸が締り、大部屋に取り残された。
「ようこそ」
それは目の前に居た。
「真実は真実、大嘘を超えて、虚無が終わりが終わりが終わりが………悲観的に、罪が、罪が…………旅は始まる。その行方の虚無を我々は知っていたのだ!行方を生命の原理へと、そのひとかどの花を得たのか?」
その開く口と声と汗と空気が語りかけた。
私は今、意味を悟った。
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作品情報
作品集:
31
投稿日時:
2012/12/14 06:18:37
更新日時:
2012/12/14 15:19:52
分類
シュルレアリスム
のようなもの
そのようなものに、意味など無いのに。あらゆる意味を内包しているのに――!!
狂気の側(ムーンサイド)へ、ヨウコソ!!
非常に良いと思う。
答えは単純なり。臨むあたわずして、我らは死す。この戦に勝ち目はなし。