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『レイマリ荒野を行く2 前編』 作者: パワフル裸ロボ

レイマリ荒野を行く2 前編

作品集: 31 投稿日時: 2013/02/12 12:38:29 更新日時: 2013/02/12 21:38:29
「機嫌はどうだい、お嬢ちゃん」
「……まあ、悪くないわ」
 いかにも柄の悪そうな大男が、ロープで柱に縛り付けられている少女に問い掛けた。抵抗したのだろう、顔や体の所々にあざを作っており、口の端と左の鼻の穴から血が垂れた跡がある。
「悪くない、か。ガハハ、そっちの気があるのか。そりゃあいい」
 そう言い放つと、大男は少女の服に手を掛け、一気に破りとった。その服装の下からは、なんとも質素なブラが顔を覗かせる。大男の周りにいた男たちも、口笛を吹いたりして囃し立てる。
 だが、少女は顔色一つ変えることはなかった。
「それじゃあお嬢ちゃん、楽しませてくれよ?」
 大男がその少女のブラに手を掛けようとしたその瞬間、花が咲いた。実際に開花したわけではなく、そう表現できるような出来事が起きたのだ。
 大男の頭部が、前方に扇状に飛び散った。それを合図にしたかのように、ドッドッと連続した重い炸裂音と、それに伴う破壊現象が発生した。時に壁掛け時計が粉砕し、時に牛の首の剥製が砕け散り、時に家具が木片へと姿を変える。
 それは男たちも例外ではなかった。その破壊に巻き込まれた男の一人の胴体が千切れ飛んだのだ。これは比喩ではなく、書いて字のごとく、まるで木の葉を撃ち抜いたかのようにいとも簡単に千切れて吹き飛んだのである。
 その室内の光景はまさに地獄絵図であった。わけもわからず右往左往する男たちは、次々と弾け飛んでいき、床に散らばっていき、部屋の床は一面血化粧が施されてしまっている。
 そんな状況の中、唯一、柱に縛り付けられた少女のみが変わらずそこにあり続けた。終わらない破壊活動に全く臆した様子もなく、あくびすらする始末。まるで、自分には絶対に当たらないという自信があるかのようであった。事実、室内を傍若無人に破壊する何かは、まるで少女を避けているかのようにすら見える。
 やがて、ずっとなり続けていた重い炸裂音と破壊現象が止んだ。室内で無事でいるのは、少女のみだ。
 ダン。ボロ板と化した入り口の扉を蹴り倒し、一人の人物が室内に乗り込んできた。手には体に見合わぬような大きな鉄の塊、世間では軽機関銃と呼ばれる代物を抱えている。
「おー、見事に全滅したらしいな」
「射撃時間の半分くらいでね。もう半分は無駄に部屋をぶっ壊してただけよ。それより、早く解いてほしいんだけど」
 ケラケラと軽快に笑うその人物に対し、少女はため息混じりに告げた。おう、悪い悪い、と入ってきた人物は軽機関銃を脇に起き、少女を縛り付けていたロープをナイフで切り裂いた。
 パサリと切り落とされたロープが音を立て、少女は体のあちこちを捻る。
「私の着替えは?」
「ん、馬車の中にあるぜ。私はこいつらの死亡を証明できるもん集めるから先言っててくれ」
 うわっキモッと叫びつつ、バラバラになっている手や胴体を、大きな袋につめこんでいく。その人物は、黒と白を基調としたシックなドレスに身を包んだ少女で、作業の内容に対し凄まじいギャップを感じさせる。
 縛られていた少女はその室内を後にし、外に出る。すぐ門前に馬車が止められており、少女はその馬車に乗り込む。中には、おそらく先ほどの破壊現象の原因であろう、重機関銃が備え付けられており、弾薬箱を覗くと、中身はスッカラカンであった。少女は呆れてため息を吐きつつ、今まで着ていた質素な服を脱ぎ捨て、いつもの紅白色のおめでたい服装に着替える。
「しっかし、レイム、おまえってホントすげぇよな。適当に撃ったらホントにかすりすらしないんだから。もう運がいいとかってレベルじゃないぜ」
 底が真っ赤に染まり、血の滴る袋を嫌そうに引きずってきたマリサが唐突に言った。どっこらせ、とそれを馬車に放ると、ビシャリ、とにじみ出ていた血が広がった。そして、飛沫がレイムの靴にかかる。それをレイムは相当な嫌悪感を持って睨み付け、マリサは、あ、ヤベッ、と顔を蒼白させる。

 血なまぐさい袋とレイムとマリサを乗せ、馬車が走り出す。馬の手綱を握るのは、魔女のような帽子から三段重ねのたんこぶを生やすマリサである。
「別に、凄くもなんとも無いわよ」
 ん、何が、と聞くマリサに、さっきの話、と短く返す。
「弾なんて、当たると思うから当たるのよ。絶対に当たらないって心から思ってれば、弾のほうから避けてくれるわよ」
 まるで世の常識を語るように言い放つ。マリサはこれを聞き、思わず苦笑いする。そんなんお前しかできないっての、と。
 そんな少女たちを乗せて、馬車は荒野を走る。


 ある場所に、大きな街がある。その街は、これまた大きな河により二つに分断されている。河の幅はおよそ1kmほどもあり、対岸が遥か彼方に見える。その河により東西に分断されている街は、これほど離れているにも関わらず一つの街と括られている。互いを行き交いする手段は二つあり、船で横断するか、河の上に掛けられた巨大な鉄橋、通称『ビッグブリッジ』を渡るかである。
 その橋の上を、一台の馬車がゆっくりと進んでいく。ゆっくりなのは、橋の上を行くのがその馬車だけではないためだ。この橋を往来する人は多い。そんな中を、この馬車は死臭を辺りに漂わせながら進んでいく。通り過ぎる人々は嫌な顔をして馬車を避けていく。
「あと少しで対岸だ。ようやっとこいつらとお別れできるのか……」
「そもそも、なんでわざわざ対岸のほうに行かなきゃならないのよ……」
 手綱を握るマリサの隣で、レイムはうんざりした口調で呟いた。レイムとしては、直射日光のあたるこの席には座りたくはなかったが、荷台のほうはもはや人の居られる環境ではなくなっていたので、仕方なしにここに座っている。
「仕方ないだろ。やっこさんが向こうで落ち合うって言ったんだから」
 とうちゃーく、と橋を渡りきったところで、マリサが力なく言う。レイムはもはや何も語ることなくうなだれている。
 それから暫く馬車は死臭を撒きながら街を行く。先方との待ち合わせ場所はまだ先である。街行く人々が、忌々しげにレイム達を睨む。
「あ、来た来た! おーい、マリサー! レイムー!」
「あ? チェンか」
 先方との待ち合わせ場所に到着したレイム達を待っていたのは、小柄な少女であった。キッチリと黒いスーツに身を包んだ少女は、もしくは少年にさえ見えそうなほど幼い。
「はい、ごくろーさま! って言いたいところなんだけどさ、もうちょっとだけ頑張ってもらえる? 報酬三割増しにするからってラン様が言ってた」
「……マジ?」
「勘弁してよね……」
 てへっと愛らしく小首を傾げるチェンと呼ばれた少女に、二人はうんざりとした言葉で返した。だが、報酬三割増しはとても魅力的であったので、結局二人はチェンの指示に従い、もはや鼻よ曲がれと言わんばかりの臭いを放つ袋を引きずって後に続く。
 三人は人気のない裏路地を進み、その奧の一角、錆付いたドアのついた建物の前に来た。
「ここに、私たち“ヤクモ商会”にちょっかい出してくる組織のボスがいるんだって」
「へー」
 チェンの言葉に、なんの興味もなさそうに力なく返事を返すマリサ。
「で、その袋の中身はその組織の下っぱ連中で、ラン様はそれ突き出してこいって。ねーマリサ、このドア、吹っ飛ばしちゃって」
「へぇへぇ」
 彼女の指示に従い、マリサはトレードマークの帽子から粘土のようなものを取出し、暫く捏ね回してから襟から取り出した細いワイヤーが二本刺さった鉛筆ほどの太さの短い棒を差し込み、それをドアにくっつけた。
 マリサが二人に角に隠れるように指示し、自らはワイヤーを伸ばしながら二人の元に向かう。やがて角に隠れると、袖からスイッチの付いた小さな箱を取り出した。ワイヤーはどうやらその箱から伸びているようだ。
「あそれポチッとな」
 そんな気の抜けた掛け声とともにスイッチを入れるマリサ。途端、ドンッと小さくない爆発音が響き、衝撃が伝わってくる。三人が角から顔を覗かせると、ドアのあった所にはぽっかりと大きな穴が出来上がっていた。
「なんだ! 何事だ!?」
 今の音を聞きつけ、建物の中から人が飛び出してきた。その人物たちは、世界で最も生産され使用されているアサルトライフルを手に持っており、どうやらカタギではないらしい。
「あー、わりぃけどさ、道開けてくんね? おまえらのボスに用事があるんだとよ」
 角から出たマリサがそう告げた途端、飛び出してきた人物たちは一斉に銃を向けた。
「クソガキ、てめぇかこんな真似したのは!」
「まあな。だってやれって言われたし、こいつに」
 と、指を指されたチェンが、向けられる銃をまるで恐れる様子もなくその男たちに歩み寄っていく。男たちは銃口をその少女に向ける。
「通してよ。ヤクモ商会からあなたたちのボスに伝言を言付かってるんだから」
「や、ヤクモ商会!?」
 ヤクモ商会。その名を聞いた途端、男たちの眼の色が変わった。
「ガキ、てめぇ、あそこの使いか?」
「まあね」
「だったら……死ねっ!」
 チェンが同意した途端、男たちは殺気を込めて引き金を引いた。どうやら、少女の所属するヤクモ商会を敵視しているらしい。
 ガガガガ、と、四重にも五重にも重なる連射音。しかし、肝心の標的はすでに銃の先にはいなかった。
「ちょっと、いきなり撃ってくることないじゃない!」
 ビックリしたー、と、つい一瞬前まで男たちの正面にいたチェンが、いつの間にか男たちの背後、崩れた壁の上に逆さに立っていた。否、正確には、壁を足で挟んでぶらさがっているのであるが。
 そんな少女の言葉を意に返していないかのように男たちは引き金を地面に向かって引き続けた。やがて弾が切れ、カチンと撃鉄が下りる音が一斉に響くと、申し合わせたかのように男たちは首から血を吹き出しながら折り重なって倒れた。しかし、少女はそうできるような鋭利なものは手に持ってはいない。
「ヒュー、見事な腕前だぜ」
「さすが、あの女狐が寵愛するだけのことはあるわ」
 やんややんやと賞金稼ぎの二人がはやしたてると、えへへ、とチェンは逆さまのまま恥ずかしそうに顔を赤らめて照れた。
「お、おほん。さあ、早く任務を終わらせちゃおう! 二人とも、付いてきて!」
 クルリ、と見事に回転して着地し、建物内の階段を駆け上がるチェン。二人はあわててその後を追う。
「止まれ!」
 階段を駆け上がった先に、男が二人銃を構えていた。だが、男たちが引き金を引こうとした瞬間、その間を何かが通った。
 何か、とは、つい一瞬前まで男たちの前にいたチェンである。まるで弾丸のように回転しながら、男たちの間を通り過ぎる。そのチェンの袖口からは、ナイフのような鋭利な刃物が覗いている。
 これはその昔、アサシンと呼ばれる集団が好んで使用した暗器の模造品であり、本物と違い遠心力によりその刃が飛び出る仕様である。
 チェンが後方の廊下に着地すると、遅れて男たちの首から鮮やかな紅が噴き出す。男たちは何が起きたのか理解できず、驚愕を張り付かせたまま崩れ落ち息絶えた。
 その時、部屋に隠れていた男が飛び出し、背を向けるチェンを狙う。それを物音で感じ取ったチェンが慌てて振り返る。遠い。暗器で殺すには遠く、隠し持った銃器で撃つには時間がない。おだてられ、調子に乗ってしまった自分の愚かさを悔い、来る衝撃と激痛に備え目をギュッと閉じる。
 銃声が響く。だが、その銃声はライフルのような軽快なものではなく、マグナムのような重たい炸裂音だ。チェンが目を開けると、腹部に風穴を空けて倒れている相手と、手の中に収まり切らない巨大なリボルバーを構えているマリサが見えた。
「っっっ!? ってぇぇぇ! 反動強すぎだろこれ! 腕の骨砕けるかと思った!」
「そんな無駄にバカでかい銃なんか使うからよ」
 マリサは銃を手放して手を掲げあげ、痛みを堪えている。レイムはつかつかとチェンに近寄ってくると、デコピンでその額を打った。
「あんまり一人で先走らない」
「ご、ごめん……」
 この時、チェンの目尻には涙が湛えられていた。死の恐怖と、助かって安堵した気持ち、そしてなにより自分の安直さのために、である。
 そしていよいよ三人は一番上の奥の部屋にたどり着く。扉を蹴破ると、その部屋だけ建物の外装に似合わぬ豪勢な装飾を施されていた。赤と金を基調とし、龍や虎等生物があちこちに装飾された部屋は、そこだけ別の国のように思えた。
 真正面の大きなデスクに腰掛ける三十代前半の男。その取り巻き数人が銃をこちらに向けている。マリサとレイムが咄嗟に両手に拳銃を持ち構える。そんな中、チェンだけは堂々とマリサが持ってきた袋を引き摺りデスクの前に立つ。男たちのうち二人が、そのチェンを警戒して銃を向け続ける。無造作に、チェンが袋をデスクに放る。袋の口が男たちに向くように。衝撃で開いた口から中身が見え、取り巻きの男たちは目を背けたり、吐き気を催したりしている。ただ、デスクに座る男だけは、眉一つ動かすことはなかった。
「……これは一体、なんの真似だい。お嬢ちゃん」
「ユカリ様からの伝言。これ以上うちにちょっかい出してくるようなら、次はあなたがこうなる」
 まるで機械のように冷たくそう言い放つと、チェンは二人の元に戻り、男たちに振り返った。
「……フフフ、そうか、君はヤクモ商会の……」
 男が手を上げようとしたその瞬間、レイム達のほうが早く動いた。まずは四丁の拳銃が火を吹き四人の脳天に風穴を開ける。それで残ったのはあと二人だったが、レイム達が狙い直す暇はなさそうであった。あわや引き金が引かれんといった瞬間、レイム達の銃声に刹那遅れてもう二発の銃声がなった。音の発生源はチェンであった。その両手には、チェンの手にジャストフィットな、中指でトリガーを引く小型の拳銃が握られている。
 これで、取り巻きの男たちは全滅した。残るのはデスクの男のみ。男は瞬時に愛用の握りが丸い拳銃を抜き取り、馬賊撃ちと呼ばれる銃を水平に構えての射撃体勢を取った。が、トリガーに力が込められることはなかった。
 最後に一発。ほぼ重なった六発の銃声から一呼吸置いて、一番重く鳴り響いた。音の発生源はチェンの腰。チェンの体勢は、男に対して90度振り向いている。スーツの腰辺りには淵の少々焦げ付いた穴が開いており、服の裾から空の薬莢が落ちる。その服の内部の銃から放たれた弾丸は、男の胸部を貫いていた。
 男は目を白黒させた後、自らの胸の傷を見、少女たちを見て、信じられないといった表情のまま、デスクに崩れ落ちた。
「そんなところに銃隠してんのか。すげぇな」
「あんたに比べたら可愛いものだと思うけど」
 見せてみろ、とレイムを無視したマリサがチェンのスーツをめくり上げる。やめて、とチェンは抵抗するが、体格差と力の差に負けてスルスルと上げられてしまった。
 チェンの腰には、特性のベルトに括り付けられた大型のハンドガンがあった。ご丁寧にレーザーポインタとライトがセットのオプションまで付いている。
「な、おいこれスペシャルモデルじゃねぇか!」
「ラン様がお誕生日プレゼントに買ってくれたの。暗いときはライトの代わりにもなるんだよ。重たいけど……」
 欲しい、くれ、やだよ、とマリサとチェンがやりとりするのを、レイムは呆れながら見ていた。ふと、デスクに倒れた男に視線を向けると、片眉を釣り上げる。
「運がなかったわね、名も知らぬ組織のボスさん」
 それだけ投げ掛けると、レイムは部屋から出る。残された二人はあわててその後を追っていく。部屋に残されたのは、銃を手にした複数の死体だけだ。


「はい、これ報酬。今回の追加分も入ってるから、確認しておいてね」
 ドン、と、未だ死臭の漂う馬車の中にチェンの頭より大きな袋が置かれた。マリサが早速口を開いて中を見て、口笛を一つ。レイムもちらりと中身を覗きこみ確認する。
 それから二人は、手を振るチェンと分かれ、馬を引いて街の中を歩いて進む。あれこれと考えたが、結局馬車はチェンに手数料を払って始末してもらうことにした。
「さて、仕事は終わったわけだし、さっさとこの街を出ようぜ」
「どうしてよ。お酒の一つでも飲みたいところなんだけど」
 急かすマリサにレイムは反論した。そもそもでマリサが酒に手を付けずにすぐに出発しようとすること自体が珍しいことであった。
「いやー、この街はあんまり長居したくないと言うか、長居するといろいろヤバイというか……」
「はっきりしないわね。何がヤバイのよ」
 歯切れの悪い物言いに、つい口調が強くなるレイム。それでもマリサは言いづらそうに頭を掻いた。その時ふと、美しいショートの金髪の女性とすれ違ったが、二人はそれを意識すらしていない。
 すれ違った女性は四歩五歩歩いたところで、ふと何かに気が付いたように勢いよく振り返った。
「いやー、実はさ……」
「マリ、サ……」
 ビクリ。端から見てもわかるくらいに跳ね上がるマリサの肩。彼女は思わず歩みを止め、ゆっくりと振り返ってしまう。マリサにとって大変見覚えのある女性と、目が合ってしまった。
「っちゃぁ……」
「マリサ……貴女マリサね! どうしてこの街に……。その格好は何? なんで馬なんか。その人は誰?」
「……知り合い?」
 完全にマリサのほうに振り返り、質問攻めをしながら近付いてくる女性を差しながらレイムが尋ねる。マリサは小さく頷き、女性と改めて向き合った。
「あー、えーと……久しぶり、アリス」
「久しぶり、じゃないわよ! 貴女こんなところで何してるのよ! まさか……賞金稼ぎになったって噂、本当なの!? そんなまさか……貴女まだ子供でしょう!」
 肩を掴み、揺さ振りながらさらに言葉を重ねる女性。マリサは制止の言葉を一生懸命口から紡ぎ、レイムは状況についていけず女性とマリサを見比べた。
「うわたたた! お、落ち着けアリス! わかった、話す、全部話すからやめてくれー!」
 マリサが目を回しながらそう言うと、アリスはようやく肩を揺さ振るのを止めた。

「貴女、本当に何を考えてるのよ……危険じゃない……」
 オーブンカフェの一角、三人は紅茶を飲みながら、マリサの賞金稼ぎになった経緯を聞いていた。すべてを聞き終えたアリスは複雑な顔をし、ようやく先ほどと同じように否定の言葉を口にした。言葉に力がこもっていないのは、マリサの過去と決意が相当なものであり、真っ向から強く否定できないと思わせるものがあったためだ。
 話し疲れたのか、マリサが、ふう、と一息ついた時、おもむろにレイムが口を開いた。
「で、この人はあんたのどんな知り合い?」
「あ、私もそれを聞こうかと。マリサ、この人は誰?」
 二人からのそんな質問を聞いて、まるで不倫がばれたみたいだな、と心の中で笑った。
「こいつはレイム、私の相棒だ。こっちはアリス、私の姉だ」
「……あんた一人っ子じゃなかった?」
 レイムが、自分の持ち合わせるマリサの情報と照らし合わせ、その矛盾点をつく。
「腹違いなんだ」
 それを聞いて、レイムはマリサとアリスを見比べる。ロングとショートという違いはあれど、どちらも美しい金髪である。レイムはなんとなく彼女たちの父親の好みを理解した。
「え、と、貴女はマリサのお友達の方、ですよね?」
「友達ではないわ。相棒よ」
「……マリサがいつもお世話になっています」
「まあね」
「おいおい」
 世話してるのはどっちだよ、と言うマリサに、二人揃ってレイムを差す。マリサは椅子から転げ落ちた。そして、三人揃って笑いあった。
「あ、新しい紅茶を貰ってくるわ。そしたらマリサ、貴女の見聞きしたいろいろなこと、聞かせてちょうだい」
 そう言うと、アリスは席を立って店の方へ向かって行く。その背中を目で追いつつ、マリサは椅子に座り直す。
「それにしても、あんたの父親も罪な男ね」
「ま、親父にもいろいろ事情ってやつがあんだよ」
 詳しくは知らんけど、とマリサは肩を落とした。

「すみません、紅茶を三つ」
 アリスはカウンターで注文していた。その時、ふと視線を感じ、その方向へ振り返ると、一瞬人形かと見紛うほど端整な顔立ちの幼い少女がこちらを見ていた。パラソル付きのテーブルの日陰にいるその少女は、見るもの全てを魅了する、そんな妖しい美しさを醸し出している。
 ドキリ、と胸が高鳴り、そのまましばらく見つめあってしまう。すると、少女が柔らかく微笑み、手を振った。そこでようやく意識が戻り、顔を赤くしながらアリスは頭を一つ下げると、店員から紅茶を受け取りそそくさと席に戻った。
「サクヤ、次はあの子がいいな」
 少女は自らの背後に立つ女性に、そう呟いた。
「畏まりました、お嬢様」
 高価な使用人服に身を包んだ女性が、軽い会釈と共にそう返した。その女性の瞳は、ワインのように仄暗い赤色をしていた。

「それから、そうだな、最近の話になるけど、亡霊剣士。あいつは凄かった」
「あー、あれね。確かに色々凄かったわ」
「何が凄いのよ」
 あれから三人はすぐに打ち解け、レイムとマリサの賞金首との闘いのエピソードを、アリスがドキドキしながら聞き入るという構図が展開されていた。
「あいつ、銃弾を刀で切り落としやがるんだ。信じられるか? 音より早く飛んでくる弾を真っ二つにしちまうんだぜ?」
「イメージできないけど、凄いってことはわかったわ。あなたよく生きていられたわね……」
 ま、私の足元には及ばなかったってことだ、とマリサは胸を張って言い放ち、カップに残っていた紅茶を飲み干した。その時、空が茜色に染まりつつあることを知る。
「ん、もうこんな時間か」
 カチャリ、とマリサはカップを皿に戻し、席から立ち上がった。
「あはは、今日はアリスに会えて良かったぜ。本当は賞金稼ぎやってるってことは知らせたくなかったが。紅茶、ありがとな」
「ご馳走。今度会えたら私から奢らせてもらうわ」
「待ちなさいよ」
 二人が静かに去ろうとした時、それをアリスが制止する。なにごとかと二人は振り返る。
「あなたのことだから、この後どうせ適当に宿取るつもりなんでしょう? せっかく会えたんだから、家に泊まっていきなさいよ」
「え……いい、のか?」
 意外だったのか、キョトンとしたマリサに、呆れたような表情でアリスが返す。
「家族なんだから、あたりまえでしょ。相棒さんもどうぞ」
 そう言われて、二人はアリスの家に連れていかれた。
 マリサが宿泊を意外に思った理由は二つあった。一つは、アリスの母親に関してだった。先ほど言ったように、アリスとマリサは腹違いの姉妹である。腹違いと言っても、アリスの母親がマリサの父親の愛人、というわけではなく、前妻なのである。それに、マリサが聞かされていた話では、父親はアリスの母親を捨てるような形で別れたそうだ。もしかしたら、その父親の娘である自分を快く思っていないかもしれない、とマリサは考えている。
 もう一つは、自分たちが賞金稼ぎであるということ。悪党である賞金首を狩る者。そう言えば聞こえがいいが、実際は殺しやドンパチが好きなならず者が多い。賞金首と賞金稼ぎの違いは、首に金が掛かっているか否か、とまで言われるほどである。そんな危険人物候補である自分たちを、たとえ近しい関係だったとして果たして宿泊させるだろうか、という疑問を持っている。
 だが、そんなマリサの疑心は、アリスの母親に出会って全て流された。
「あら、初めまして、よね。あなたがマリサちゃんね。私はシンキ、アリスちゃんのお母さんよ。うふふ、なるほど、あの人の娘ね。目元がそっくり。とっても愛らしいわ」
 初めて見たアリスの母親に、マリサの心臓が大きく鳴った。綺麗、というよりは可愛らしいと表現できる、幼い顔立ち。ともすればアリスと同年代にすら見えるかもしれないほどだったが、体は成熟した女性のそれ。そのアンバランスさが怪しい魅力を放っていた。ただ一つ残念な点は、かつては美しい黄金の光沢を放っていたであろう頭髪が、一体どうしたことか、白く色素が抜け落ちていたことだろう。
 母親、というものを、マリサはあまり覚えていなかった。ただ、優しく、暖かいものだったと、霞のような幼い記憶の中で感じていただけだった。そのマリサが、もし母親が生きていたならば、きっと、このような素敵な女性だったに違いない、と、口をぽかんと開けながら思った。
「さあ、上がって。これからお夕飯を人数に合わせて作り直すから、ちょっとまっててね」
「なにしてるの、マリサ」
 上の空だったマリサが、アリスに肩を叩かれて、はっと意識を取り戻す。そして、顔を真っ赤にし、それを隠すように帽子を深くかぶり直し、お邪魔します、と中に上がり込む。レイムはやれやれといった微笑みを浮かべると、お邪魔しますと上がり込み、戸を閉めた。

「ねえ、マリサちゃん、ちょっとお話、いいかしら?」
 食事を終え、皆で談笑した後、アリスが湯浴みに、レイムが寝室に一足先に向かった後、床に座って装備の点検をしていたマリサにシンキが話し掛ける。
「ん、なん……ですか?」
「無理して敬語にしなくてもいいわよ」
 フフ、と笑いながら、シンキはマリサに後ろから抱きついた。マリサの心臓は口から飛び出すかと思うほど飛び跳ね、危うくパイナップル(手榴弾)のピンを引き抜くところであった。
「ねえ、マリサちゃん、あなたのお父さんは元気?」
「ああ、元気だぜ。最近会っちゃいないけど、話はよく聞くし、新聞の話題にもちらほら昇るし」
 心拍数を落ち着かせつつ、危険物(パイナップル)を手元から離し、変わりに危険の少ないC4の爆薬を手に取る。
「そう、良かった。あの女性が……あなたのお母さんが亡くなって、とても消沈していた様だったけれど、ちゃんと立ち直れていたのね」
 お母さん。そう言われて、マリサの手がぴたりと止まった。
「……なあ、シンキさん。私の母親のこと、知ってるのか?」
「ええ、とてもよく知ってるわ。あの人がよく手紙で教えてくれたもの」
 最低だー! マリサは自分の父親ながらに軽蔑せざるを得なかった。
「あ、マリサちゃんは気にしなくてもいいのよ。そうして欲しいって頼んだのは、私のほうだから」
 え、と、思わず肩口のほうにあったシンキの顔を見た。
「あなたのお母さんとの結婚は、お互いの両親に勝手に決められたものだからって、あなたのお父さん、最初は凄く嫌がっていたの。その結婚が決まったのも、あの人と結ばれて、アリスちゃんが産まれてからだったわ」
 辛い過去話だろうと思われたが、シンキの表情はいたって穏やかだった。マリサは静かに、その話に聞き入っていた。
「最初、あの人は結婚に凄く反対だった。けれど、あの人の家は伝統のある大きな交易会社。一方、私はただの一市民。あの人のご両親はそれがとても嫌だったみたいね。だから、私とあの人を無理矢理引き離そうとしていた。あの人はそれが分かって、三人で駆け落ちしようって言って、この街まで逃げてきたの。でも、ただ何の考えもなく逃げたわけじゃなかった。あの人は、時間を掛けて、私のことをご両親に認めさせようとしてくれていたの」
 マリサの手に指を絡め、まるで母親がするかのようにマリサの頭を撫でる。
「最初は、お金も食べ物も、何もなかった。三人で生きていくために、死に物狂いで働いたわ。アリスちゃんには、とても辛い生活を強いていて、本当に申し訳なかったわ。やがて、収入が安定して、やっと安心して暮らしていける。そう思った矢先にね……」
 ふ、と、シンキはとても悲しそうに目を伏せた。その表情を見るだけで、マリサは胸を引き裂かれそうになった。そんな顔を、してほしくはなかった。
「あの人のお父さんが、急病で倒れて、余命いくばもない。新聞でこの記事を見て、私とあの人はショックを受けたわ。決して、私たちはご両親を憎んでいたわけじゃなかった。ただ、認めてほしかった。それだけだった。けれど、それは叶わなくなってしまった……。あの人は、最初は知らんぷりをしようと言ったわ。けれど、私は、それは駄目と言った。あの人に、ご両親の元に戻って、言うことを聞いてあげて、って」
「ぇ?」
 シンキの言葉に、マリサが疑問の言葉を投げ掛けた。言うことを聞け、と言うのはつまり、望まぬ結婚をしろ、と言ったのと同じ事だった。
「あの人は反対したわ。今までにないくらい強い言葉で私に言い聞かせた。けれど、私は考えを変えなかった。だって、ね、マリサちゃん。自分を産んでくれた大切な人の、最期のお願いなんだもの。聞いてあげなきゃ、人でなしになってしまうわ」
 マリサの頭を優しく撫でながら、シンキは続ける。
「あの人は、最後には折れてくれた。とても名残惜しそうに荷物をまとめて、一人、帰っていった。私は酷い女よね。自分の旦那に、自分と別れて好きでもない女性と結婚しろって言ったのと同じだもの。まあ、でも、唯一の救いは、その人がとても素敵な女性で、あの人が私と同じように、心から愛してあげられたこと、かな」
「……後悔は、してないのか?」
 きゅっと、絡めた指を握り返し、目を伏せながら呟くように尋ねた。シンキは、その目を閉じて口を開いた。
「死ぬほど後悔したわ。この身が裂けんばかりに苦しんだ。アリスちゃんもお父さんがいなくなったって、毎日泣いていた。けれど、それももう、昔の話よ。今は良かったと思っているわ。だって……」
 ふ、と目を開き、目に涙を浮かべながらマリサの顔を覗き込み、優しく微笑む。
「こうして、あなたと出会えて、話せて、触れ合うことができたのだもの。私の愛しい人の愛しい娘、マリサ……」
「シンキ、さん……」
 まるで、本当の母親のように優しく撫でるシンキに、マリサは自然と涙を浮かべていた。それは、母親の暖かさというものを、久しぶりに感じることができたからかもしれない。


「なあ、レイム」
 夜も更けた頃、さきほどの事のためかなかなか寝付けていないマリサが、まあおそらくまだ起きてるだろうという予測でレイムに声をかける。
「なによ」
 はたして、マリサの予測通り、レイムはまだ起きており、声を返してきた。ただ、その声は就寝を妨害されて酷く不機嫌そうではあったが。
「あのさ、その……」
 この街に暫く留まらないか。そう言いだそうとして、はたと言葉を止める。はたしてこの言葉を聞いて、レイムはどう思うだろうか。自分と立場を入れ換えて考えて見たところ、『なんだ、レイムのやつ、ホームシックか? ガキじゃあるまいし』と返す自分が浮かんだ。
「なんでも無いなら声かけんな」
 言葉が来なかったことに腹を立てたのか、レイムから刺のある言葉が来た。悪ぃ、とマリサは謝り、なんでもない、と誤魔化した。それきり、二人は沈黙した。
 夜は静かに過ぎていく。そういうものだと誰もが感じていた。
「ん……」
 アリスは、少々催し、ベッドを立った。

──そして物語(うんめい)は動き始める──

 母親や可愛らしい客人を起こさぬよう、静かに廊下を歩く。

──だが、その行く先には──

 ふと、廊下に誰かが立っているのが見えた。身長からすると母親かと思った。

──誰も想像しなかった。否──

「ご機嫌よう、お嬢さん」

──誰も望まなかった結末しか、ない──




 トス、パタ。微かな物音がした。就寝しているものなら誰もが気付かなかったであろう、小さな物音だった。だが、この家には約一名、未だ就寝せず痴呆のように天井を眺めていた者がいた。
「ん、何だ?」
 その耳は聞き漏らすこと無く、音を拾っていた。初めは捨て置くつもりだったが、何故か、どうしても気になった。一度そうなれば頭の中をそのことがぐるぐると尾を引きながら回るので、仕方なしにマリサは布団から起き上がり、音の発生源の方へ向かった。気の緩みから、枕元の護身用の武器は一切携帯せず。後に死ぬほど後悔することになる。
「なんだなんだーっと……!?」
 感じたものは、とても馴れ親しんだもの。初めの頃は怯えて逃げ出したことすらあるもの。
 殺気。
 咄嗟に腕を立て、迫りくる殺気との間に盾として挟み込む。果たして、腕は盾としての役割を果たした。衝撃とともに何かを受けとめたのだ。次いでさらなる追撃が来たが、夜の暗闇にほとんど何も見えず、かろうじて勘と反射神経のみで防ぎきる。すると、殺気の持ち主が逃げるように駆け出したので、マリサもその後を追う。
 その人物は、あらかじめ解放していたのだろう窓から外に飛び出した。マリサも次いで飛び出る。外には充分過ぎるほどの月明かりが注いでおり、やっと、謎の襲撃者の正体を見極めた。
「何だてめ……なっ!?」
 その人物は、どこぞの貴族の使用人なのか、とても高価であろうと思われる上質な使用人服に実を包み、髪は銀でできているかのような鋭い煌めきを放ち、その顔は冷たい刃のように冷ややかな美しさであった。なにより目を引くのは、ワインのような薄暗い赤色をした瞳をしていたところだろう。そして、マリサはその顔に見覚えがあった。酒場で何度も目にしたことのある顔だ、当然だろう。

“悪魔の僕”サクヤ・イザヨイ

 超高額な賞金首であり、目下の標的としていた人物だ。こんなところで巡り会えるとは思ってもみなかったことだ。
 だが、マリサが驚愕したのはそれではない。むしろ、マリサが目にしたものにくらべれば、そんなことは非常にどうでもよかった。そのサクヤが脇に抱えていたもの。恐らく最初に聞いた物音の原因。マリサにとってなによりも大切な……人。
「アリ、ス……?」
 サクヤの脇には、気を失っているのか、後ろ手に縛られピクリともせずに抱えられているアリスの姿。
「おいてめぇ、一体なんのつもりだ! 私の目の前で人さらいたぁいい度胸だ」
 そう言って腰に手を回すが、普段ならそこにあるはずのグリップが存在していなかった。はっとして腰を見て、そういえば丸腰なんだと舌打ちをする。
「あら、威勢だけはよろしいようで。それで、わたくしには見えないそのお腰の素敵なもので、一体なにをなさるおつもりで?」
 クスクス、とサクヤは嘲るように笑う。そして、アリスを一旦下ろし、拳を構える。挑発するように、指をクイッと曲げる。マリサは、その挑発に乗るように雄叫びを上げながら突っ込んでいく。
 助走をつけての大振りの右ストレート、と見せかけ、相手がカウンターで放ってきた右の拳をいなして掴み、わき腹にたたき込む。が、どうやらそれを身を退いてかわされたらしく、手応えがあまりなかった。ならば次、と思った瞬間、相手の左が自らの顔面に直撃した。恐ろしい速さであり、マリサは一瞬何が起きたのか理解できなかった。脳が揺れたようで、掴んでいた相手の腕を話してしまう。その隙をついて、サクヤは腕を振りほどき、体を半回転させ、鋭い後ろ蹴りを放つ。それは、意識が朦朧としているマリサの腹部に見事に決まり、マリサは見事に吹き飛び、家の外壁に衝突した。
 痛みにぼやける視界の中、マリサが目にしたのは、勝ち誇ったように見下すサクヤと、再び抱え直されたアリスの姿だった。すぐにその姿は背を見せ、町の中を駆け出してゆく。手を伸ばすマリサの隣、騒動に気がつき駆けつけたレイムが窓から身を乗り出し銃を構えたが、抱えられたアリスに当たる可能性がある為にトリガーを引くことを躊躇してしまった。その一瞬が勝敗を決めたようで、サクヤは街角に姿を消した。
「アリ……ス……」
 マリサは、激痛とショックにより、遂に意識を手放してしまう。レイムはサクヤを追うべきか迷ったが、迷った時点で既に追い掛けられぬところまで逃げられたのだと自覚し、マリサを家の中に運び込んだ。
 次にマリサが目を覚ましたのは、昼の時間を回ってからだった。意識がゆっくりと回復していき、目を見開いた。最初は頭も回らず、記憶の回想も行われなかった。
「……ま、マリサちゃん!」
 自分の顔を覗き込む女性を見て、ようやく頭が活動を再開する。女性の名前が頭に浮かぶ。
「シンキ、さん……」
 その瞬間、腹部の痛みとともに、気を失う前の記憶が一気に蘇る。アリスが、攫われた。
「アリス! った!?」
 急激に起き上がったマリサの腹部に、激痛が走る。想像以上のダメージを負っていたようで、呼吸が苦しくなる。
「あまり動いちゃダメよマリサちゃん! 酷いケガをしてるんだから!」
 そう言われて、体をベッドに押し付けられた。マリサは、酷いケガ、と言われてもあまり実感がわかなかった。確かにダメージは大きかったが、ただ蹴られただけである。ふ、と視界の端になにやら赤いものが映り、そちらに目をやると、真っ赤に染まった布がゴミ箱の中に収まっていた。ギギギ、とぎこちなくかけられた布団を捲り腹部を見ると、真新しい包帯が巻かれており、ガーゼを挟んでいるのかボコリと一部が盛り上がっている。
 あの女、どんな蹴りだよ、とマリサは心の中で突っ込んだ。
「ああ、よかった、マリサちゃん。なんとか無事でいてくれて。痛かったでしょう? ゆっくりやすんでね。無理しちゃダメよ。なにかしてほしいことがあったら、なんでも私に言ってね?」
「シンキさん……」
 シンキが自分のことを心配してくれている。それがマリサの心に、罪悪感という形で痛みを与える。自分は、アリスを救えなかった。そんな自分に、シンキに優しくされる権利なんでない、と。
「シンキさん……アリスが……私、助けられなくて……」
「いいの。マリサちゃんは気にしなくても。マリサちゃんは精一杯やってくれたもの。むしろ、アリスちゃんの為にこんなケガまでして戦ってくれたのでしょう? ありがとう、マリサちゃん」
 娘を攫われたと言うのに、シンキはとても優しく微笑み、マリサを撫でる。その手がわずかに震えている事に、マリサは気が付いた。
「あ、ごめんなさい。今、ケガしたマリサちゃんでも食べやすいように、コーンスープを作っているの。ちょっと様子を見てくるから、おとなしくしててね? なにかあったら、大声で呼んでくれれば、直ぐに来るから」
 そう言って、シンキは静かに立ち上がり、部屋から出た。強い女性だ、と思いつつ、ふとトイレに行きたくなり、ベッドから立ち上がる。相変わらず腹部が強い痛みを訴えたが、この程度なら慣れっこである。職業柄、銃弾が体のどこかを貫く等はしょっちゅうである。そういう時、レイムが羨ましくなるのである。
 シンキに心配を掛けぬよう、そっと部屋を抜け出し、トイレに向かう。
「う……ううぅ……アリスちゃん……うぐっ……」
 嗚咽が、聞こえた。頭の片隅ではわかっていたことだったが、こうして現実で直面するのとは訳が違う。シンキが泣いている。アリスを攫われた悲しみに。マリサはそれを聞き、胸を打たれたように苦しみを覚えた。
「待っててくれ、シンキさん。直ぐにアリスを、取り戻してみせる。絶対に……」
 マリサは、自分の胸に、そしてシンキに、固く誓った。
 レイムが戻ってきたのは、夕方ごろだった。どこに行っていたのか、と聞いたマリサに、チェンのところ、と返した。
「あいつ、別の任務も与えられてたらしくてね。まだしばらくこの街にいる予定だったみたい。運がよかったわね」
「で、そんなとこに行って、なにやってたんだよ」
「サクヤ・イザヨイ。いや、イザヨイサクヤといったほうが正しいかしら」
 ピクリ、とマリサが反応する。
「この辺りで出没が噂されてたらしくてね。複数の調査員と一緒に調査に当たってたらしいわ。場所も大方割れてるから、あと少しで特定できるみたい」
「な、なんで誘拐犯がサクヤだってわかんだ?」
 当然の疑問だ。レイムは昨夜、アリスを攫った誘拐犯の顔を見ていない。見たのは逃げ去る後ろ姿だけで、それだけではいくらレイムでも相手の特定はできないはず。
「丸腰とはいえ、あんたがそれだけ痛手を負った。まさかそこらのチンピラごときにあんたがやられるとは思えないから、犯人は相当なやり手。なら、それなりに情報が湧いてるはずだから、ヤクモの使いならなにか知ってるはず。そう思ってチェンのところに出向いたら案の定ってやつよ。最近ここらで人さらいやってるらしいわ」
 なるほど、とマリサはうなずいた。いつもの事ながら、レイムの頭の回転の早さには舌を巻かされる。と、そんな時、コンコン、と窓を叩く音がした。二人でそちらを振り返ると、窓に頭の天辺だけが見えている。窓を開けて見てみれば、そこにはチェンがいた。いそいで駆けてきたようで、息が若干荒い。
「ある程度情報が絞れたよ。レイムと入れ違いで入って来たんだ。怪しい建物の写真がいくつかあるから、渡しとくね。おおざっぱだけど、これくらいあればレイム達なら十分でしょ?」
 そう言って、大きな紙の筒と何枚かの写真を手渡し、チェンは手を振って立ち去った。レイム達は早速その紙を広げる。それはタウンマップであり、所々に色々な印がつけられていた。どうやら捜索に使っていたものをそのまま写して持ってきたらしい。写真は、建物が映されており、記号が書き込まれていた。マップを見ると同じ記号が印されており、どうやら対応した記号の場所の建物の写真らしかった。
 しばらく二人でマップとにらめっこをしていたが、不意にレイムが一枚の写真を拾い上げ、穴が開くほど見つめていた。そして、おもむろに口を開く。
「……ここね」
「お、出たな! レイムの勘! で、根拠は?」
 マリサの一番信頼するレイムの勘が、サクヤの潜む建物を見つけたようだ。
「まず、サクヤのあの身なりから考えた。賞金首のくせにそれなりにいいもの着てたし、背後見ただけでも、それなりに気品があるのはわかった。それに、サクヤは誰かの従者を勤めているわけだから、当然主が居る。サクヤの格好がその人物の嗜好なら、当然潜む場所にも気品を求めるはず」
「狙われてるのにそんな目立つ場所にか?」
「高額賞金首はどいつもこいつも化け物クラスでしょ。その余裕ってやつなんじゃない?」
 なるほど、と頷くマリサ。本来賞金首は打ち捨てられた家や坑道等人目につきにくい場所に居を構えるものだ。まあ、つい最近例外の一件に当たったわけだが。
「それでもって、あとは本当に勘。該当する物件からこれっと思ったのがこの館だったってわけ」
「よし、じゃ早速乗り込むか」
 え、と思いレイムはマリサを振り返る。すると、いつもの服装にいそいそと着替えていた。
「ちょっと待ちなさいよ。あんた、行くつもり?」
「当たり前だろ、アリスを助けにいきゃふっ!?」
 トス、とレイムに腹部を突かれ、痛みに身をよじる。はぁ、と呆れたため息を吐くレイム。
「その怪我で何ができるのよ。いるだけ足手まといよ。私が行くから、あんたはおとなしくしてなさい」
「……へっ」
 睨むレイムにうつむいたマリサは短く笑いの音を漏らした。怪訝な表情をし、マリサの頭を見下していたレイムの視界が、突然回りだした。気付けば、ベッドの上に身を投げだされ、眉間に銃口を突き付けられていた。驚いたのはレイムである。自らも相当な運動神経を誇っているが、油断があったとは言え、まさか怪我人にここまでいいようにされるとは思ってもいなかった。
「で、まだ不満があるのか?」
 勝ち誇ったようににやりと笑うマリサに、フンと顔を背けて答える。
「……好きになさい。なんかあっても知らないから」
 ベッドから立ち上がり、乱れた身なりを整えるレイム。ヘヘヘ、とマリサは笑ったが、腹部の包帯には、ジワリ、と少しだけ赤いシミが出来た。マリサはそれを隠すように服を着込み、普段よりも軽装備(銃火器が合計六丁、手榴弾各種五個)に身を包む。
「……どこが軽装……」
「火力が俄然足りん」
 呆れ果ててものが言えないレイムであった。


「マリサちゃん、レイムちゃん、晩ご飯が出来たわよ。随分遅くなってしまってごめんなさい。持ってきたから、みんなで食べましょう」
 カチャリ、と扉を開けたシンキ。しかし、部屋はもぬけの殻であった。一瞬、アリスの顔と同時にマリサの顔が浮かび、三人分のスープ入りの皿が乗ったトレイを床に落とす。慌ててベッドまで駆けて行くと、その上に書き置きを見つけた。いやに綺麗な字で『アリスを必ず助けだします。安心して待っていて下さい』と短く書かれた紙があった。それを読み終えたシンキは、床に膝をつき、紙を握り締め、恥も外聞もなく大声で泣き始めた。
 日が沈み、夜に差し掛かったころだった。
どうもこんにちは。パワフル裸ロボです。前作「レイマリ荒野を行く」の続編の前編が完成したので、投稿させていただきます。続編というほど話につながりはありませんが、前作も読んでいただけるとちょっとだけ面白さが増す気がします。今回はまあ見てもらっての通り、賞金首は紅魔の主従です。ただオリジナル要素たっぷりなんで「あれ、これ東方じゃなくてよくね?」と思うかもしれませんがご容赦ください。
ちなみに、銃器について細かい描写がないのは、作者が銃器好きですが詳しくはないためです。下手に博識ぶって恥を晒すより皆様の想像におまかせしたほうがよいと思いまして。
パワフル裸ロボ
作品情報
作品集:
31
投稿日時:
2013/02/12 12:38:29
更新日時:
2013/02/12 21:38:29
分類
レイマリ
無駄に長い
西部劇風幻想郷
1. NutsIn先任曹長 ■2013/02/13 00:06:49
東方賞金稼ぎ、再びですね。
アバン(でいいのかな?)の名も無き、墓標に名も刻まれない悪党一掃。
連中が使っている突撃銃は、おそらく二束三文の大陸製コピー品のアレでしょうね……。母なるロシア製だったら高品質なんだけど。
本当に、無国籍アクション映画ですね……。
現用のハイテク銃器やウィンチェスター、SAA、マッチロックに刀、格闘技が混在していそうなステキな世界。

で、今回は、前作に名前の出ていたボスクラス賞金首の従者登場!!
さて、原作のあの異変は、どうアレンジされているのかな……。

後編を楽しみにしています!!
2. 名無し ■2013/02/13 22:39:09
前作読んでファンになりました。
丁寧な描写と優しい登場人物たちが素敵です。
次回も楽しみにしております。


・・・・・前回おっしゃっていた幽々子様レイプシーンは(ry
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