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『トキシックパキシル』 作者: rubeluso
「私はそんな事をする必要なんかないんだ」
金髪の少女が手の中のナイフをもてあそぶ。
怜悧な刀身、柄には茨這う十字架をの瀟洒な装飾。さぞかしよく切れるのだろう、と認めてナイフをおいた。
「私だって、してほしいと頼んでいる訳じゃないわ」
銀髪の女性が言う。いかにも眼前の相手に対する関心は薄いかのように視線は下に落ちる。
傍らの机におかれたケーキは彼女の自信作。飾りつけは簡素だけれど洗練された一品だ。
至近距離で向かい合いながらこのわずかな時間だけはお互いがお互いに言葉をかけていない振りをしていた。
「私は『眠れないならいっそのこと目をえぐりとってしまえばいいんじゃないかな。』って独りごとを言っただけよ。」
魔理沙は無言で咲夜の顔を見かえす。いつものように高級感のある笑顔が彼女に向けられていた。
「そう言われてもな」
いつからか始まった二人きりで過ごす夜のとある日、咲夜が急に先ほどのようなことばを口ばしった。
このところ、魔理沙は満足な眠りとは縁が薄い日々を送っていた。魔法の研究がはかどらないストレスか、あるいは思春期の少女らしいホルモンバランスのくずれか、はたまた押さえこんだ劣等感の反逆か。
霊夢に相談するのはなぜか気が引けた。霊夢のことは一番の親友だと思っているし、また相手もそう思っていて欲しいと強く願ってはいたが、成長する内にみぞおちに溜まりこんでしまった臆病さが霊夢におのれの弱さをさらけ出す邪魔をする。
霊夢の前ではあくまで少しだけひねくれた普通の魔法使いでいたかった。さりとて歳相応にこころをあたためてくれる家族は魔理沙にはいない。単なる睡眠不足だと思っていたそれがすこしずつ厄介なしこりとして大きくなっているころだった。
そうして魔理沙はこの紅い館のこの部屋までやってきたのだ。
館の一画の部屋のこの窓を出入り口にして、唐突に咲夜の部屋へ押しかけるのもそう珍しいことではない。こっそり忍びこんで館内を散歩するにはうってつけだし、住人の目をしのぶ逢瀬にもわるくはない場所だった。
眠らないこの館のこのメイド相手なら気にしないで言えるような気がして、いつのまにか自分の小さな病みを漏らしてしまっていた。
振り返って考えてみると、眠りに落ちた湖のとなり、主人は目覚めているのにやけに静かなこの館で誘うようにこの部屋の窓が開いていたのは罠だったのかもしれない。いや、蜘蛛の巣に誘い込まれた蝶のような感覚が魔理沙にはあった。現にこの部屋の住人であるメイドは用意万端、二人分のお菓子まで用意されているではないか。
そこに言い渡されたのが先ほどの咲夜のことばだ。
確かにいまの魔理沙は目の隈が控えめに自己主張をしていて、全身におおいかぶさる睡眠不足の影にこの目聡いメイドが気づかないはずがなかった。
「甘いショコラと熱いミルク、人肌よりすこしあたたかいラベンダーのお風呂にふわふわのタオル、抱きしめてくれるやさしいお姉さんの添い寝。それくらいでどうにかなる睡眠不足ならまあいいけど」
机に置かれた銀の飾りのナイフを取りあげ、咲夜は言った。
彼女がケーキを切りわける仕草を魔理沙はじっと見つめる。スポンジをくぐり抜ける銀色の刃は不思議と汚れひとつ付かない。咲夜はナイフを清潔なナプキンでぬぐうと、すこし小さめに取りわけられたケーキをフォークで刺して魔理沙の目の前に持ってきた。
「いや、いい。こんな時間に食べる気にはならない」
「あら、女の子はいつだってケーキがだいすきなものでしょうに。それに、私個人の意見を言わせてもらえば魔理沙はもうちょっとぷにぷにになるべきなのよ」
食べやすい大きさのカットを目の前でちらつかせられて、魔理沙もそれ以上はさすがに断るわけにはいかなくなってしまった。
ん、と首だけ伸ばして砂糖とチョコのシンプルなハーモニーを口に迎えいれる。咲夜のホームメード・ケーキはいつもどおりに魔理沙の好みを突いている。その甘さに体の中のしこりが少しだけ溶かされた気がした。
ケーキを咀嚼するあいだ、小動物を見守るような笑顔でこちらを見つめる咲夜の視線が恥ずかしい。魔理沙はその視線から逃げるように顔をそらして机の上の瀟洒なナイフに目をとめた。
「なあ、さっきの……本当か?」
唐突な話題の転換に咲夜はあえてついていかなかった。かるく小首をかしげて魔理沙のことばの続きを待つ。
青いお髭の旦那さまに「入ってはいけないよ」と言われた部屋の前で立ち止まるような、そんなときのためらいの表情をしながらもことばが続く。
「ほら、自分の目をえぐる、ってやつ」
「なあに、そんな猟奇的な与太話に興味があるの?」
咲夜はわざとらしくまばたきをして、作り物の驚き顔で銀のナイフを手にとった。いつもどおり砥ぎに問題はなし。骨と歯以外ならば人間のどんな部位でも貫くことができる。
「まっすぐに刃を立てて軽くひねって引っこ抜く。上手くやると綺麗に神経が付いてくるの。ナイフが茎、神経が根っこみたいで植えてみたくなっちゃうわ」
「悪趣味だな」
ささやきかける夢魔の声でナイフが手渡された。魔理沙は素直に受け取って、自分の顔がうつるほどに磨かれた刀身をしばし見つめた。さっき手にとった時よりも重さが増したような気がするそれを順手に握ると包みこむように咲夜が手を握ってくる。柔らかいが逆らえない力で角度を調節され、刃の先端がまっすぐ魔理沙の視線とぶつかった。
「しっかり握って。顔を傷つけちゃダメよ、女の子だもの」
「あ、ああ……」
「それじゃあ、行ってらっしゃい」
「おやすみ、と言うべきじゃないのか?まあいいか」
霧深い路地裏で娼婦の喉を切り裂いたときの、昼なお暗い森で処女の腹膜を貫いたときの、それらと同じ切っ先が魔法使いの瞳にうつる。
魔理沙は息を呑んでナイフを眼前から離すと、その空いた分の空間を運動エネルギーへと変換して、すなわちひと息に自分の眼球めがけてナイフを引き寄せた。鋭い先端がでたらめな遠近法をともなって視界に広がる。まさに瞬く間だな、と皮肉な考えが狭い脳内をせわしくかけめぐり、現実の時間と分かたれていやにゆっくりと迫るそれを見つめることになったまま、視界いっぱいに銀色が迫ってくる。次の瞬間にはその先端が眼球を突き抜け後頭部まで貫通したかのような錯覚があった。
「…っ!!」
ほんの一瞬だけ気絶したような気がしたがそれすらも錯覚だったのかもしれない。
気がつくとナイフの柄と同じだけの隙間をあけた自分の手が左目を覆っていた。ちょうど指わっかの望遠鏡をのぞきこんでいるかのようだ。
ぼんやりとそのまま動けないでいると、頭の上から軽くからかう声が降ってきた。
「やってみたら、と言ったのは私だけど、自分相手によくも思い切ったわね。そんなに勢いがよくっちゃあ、目どころか脳みそまでダメになっちゃうじゃない。威勢がいいのはけっこうだけど時と場合を考えなさいな」
金の絹糸の感触の髪の毛をくしゃくしゃとなでつつ、咲夜は魔理沙の目の前で握ったこぶしを開いてみせる。その手のひらに現れたのはさっきまで魔理沙の手中にあったナイフだ。
「私はちゃんと、お前が時間を止めてナイフを取り上げると信じてたよ。なにせお前はおせっかいだからな」
「私が止めなかったら死んでいたわよ」
今更ながらに死の恐怖を思い出したのか心臓の鼓動が早まる。それを取りつくろうように魔理沙は勝気な笑みを浮かべた。
「まったく、ニヤニヤしちゃって馬鹿みたい。馬鹿な子ほどかわいいとも言うけどね」
もうひとつ椅子を持ちだし、魔理沙の向かいに腰かけて視線の高さを合わせた咲夜が言う。
「でも、当初の目的は達成できなかったわね。そんなにドキドキしてちゃ眠れないでしょう?」
向かい合った距離は意外に近い。お互いの膝の間に膝がわりこむ。そして咲夜は軽く手をのばすだけで小鳥のように早く鳴るちいさな心臓にふれることができた。
「目のまえに自殺教唆犯がいるからな。そんな環境じゃおちおち寝てもいられない」
「じゃあ次の手といきましょうか。私の手品は手足の数よりは多いのよ」
咲夜の指示に導かれて魔理沙は居住まいをただされた。手はきちんと肘かけに、足のうらも地面に平行にそろえ、その姿は電気椅子に座らされた西洋人形のようにも見える。
「さあ、深呼吸よ。すって〜、はいて〜」
怪訝な顔を隠さないながらも魔理沙は相手の声にあわせて呼吸した。霧の向こうから聞こえてくるような咲夜の声に自然とリズムが合ってしまう。
深夜の室内は時間の歩みがおそい。魔理沙はその弛緩した空気をいっぱいに吸いこんで上下する自分の薄い胸に咲夜の柔らかな視線を感じている。
不意に視界をさえぎられる。人体の熱が目がしらに移ってきて、手で目を覆い隠されたのだとわかった。
「ちゅっ」
ついばむ程度の感触がくちびるに伝わって、続いて刹那の間だけ魔理沙と世界を切りはなしていた覆いが外された。
「魔法にかかったお姫さまはもう立ちあがれません」
ふたたび目の前に現れた咲夜のにやけるような顔を見て、対照的に魔理沙は怪訝な表情を作った。
立ちあがろうとしてもたしかに体は椅子から離れなかった。
にこり、と整った笑みを見せた咲夜は指先を魔理沙に向け、足元を指すように滑らせる。視線をうながされて足元に目をやると足の甲を白い靴下ごと律儀なナイフが突き刺していた。
両足が地面に縫い止められている。視覚としてそれを認識した途端に激痛が下半身から背骨まで驚くほどの速さで這いのぼってきた。
「があっ……、ぐ、うぅ…………」
悲鳴はあげなかった。それでも生理反応として悲痛な声がもれる。
「ちょっと痛いけど我慢出来るわよね」
「これは、ちょっとどころじゃないと思うけどな……」
涙目の魔理沙をあやすような、馬鹿にするような声。
すると今度は痛みに耐えようとして肘かけをしっかりとつかむ右てのひらが咲夜の両手で包みこまれた。
「はい、ワン、ツー、スリー」
「ぎゃっ……!あっ、がっ、ああっ……!」
手垢のつくほどおきまりの号令で手が開かれると、予想通り、ナイフが少女のやわらかい手の甲を貫いていた。今度はたまらず悲鳴があがる。
「あぐ……ぐ……痛……く、ないぜ……」
咲夜は無意味な強がりといっしょにこぼれた大粒の涙を指ですくいとり、そのまま口に含んでほのかな塩味を味わった。
湿った指先が次に向かう先は早鐘を打つ憐れな少女の心臓だ。
「次は、ここかしら」
「そこ……は、死ぬほど痛いから止めてくれるとうれしいな」
どうにか憎まれ口を叩くものの、冷たく感じる指先をあてがわれた胸は鼓動を早め、呼吸も浅く早くなる。
魔理沙の額に冷や汗がにじみはじめたのを見て、たっぷりと焦らすようなおそさで咲夜はその指先を薄い皮膚から引きはなした。
次の瞬間、
「ぐさり」
それまでの緊張から比べるとあまりにも間の抜けた発音だ。何気なく、本当になんでもないことのように咲夜の口から漏らされた発音と同時に魔理沙は胸にトンッと軽い感触を覚えた。
おそるおそる、というわけでもなく、脊髄反射に導かれるままに無感情に視線を下ろして自分の胸元を見ると、瀟洒な装飾を施されたナイフの柄が心臓の位置から生えていた。
「ん…………、あ〜、ふぁ……」
「あら、もう起きたの。よく眠れたかしら?」
魔理沙が目を覚ましたのはそろそろ太陽も中天にかかろうかという時刻だった。
吸血鬼の館の一室なのに咲夜の部屋には臆面もなく窓からの日光が差し込んできていた。
ベッドのすぐとなりで丸くなって眠っていた神経衰弱の魔法使いが目を覚ましたのに気がついたメイドは相手がまだ深すぎるまどろみから抜け出しきれていないのをよそ目に、手際よく寝間着を替えて部屋を出て行ってしまう。
「なんだよ……、『おはよう』くらい言えよ……」
あのまま失神した魔理沙をベッドに運び、傷を手当してそのうえ添い寝までしてくれていたのだからサービスとしてはすでに文句のつけようもないのだけれど、情緒不安定な少女にとってはまだ少し寂しくもあった。
魔理沙はのそのそとベッドから起き上がり、鏡に自分の姿を写してみた。
服が少しよれてしまっているのはしょうがない。手のひらにはお手本のような正確さで包帯がまかれている。強く握ると痛むけれど、動かす分には違和感はない。完璧なメイドは完璧な処置をしていた。強いて確認はしなかったが足の傷も気にしないで良さそうだった。
振り向いて部屋の中央を見るとテーブルの上に昨晩の最後の一本と同じ装飾のナイフが投げ出されたように置かれている。魔理沙はそれを手にとった。
そしてすぐにその意外な軽さに気がついた。
刃先を指に当てるとプラスチックのあっけない感触がかえってくる。
刃を立てて二の腕に突き刺すようにしてみても、シュコシュコと間抜けな音とともに刃がひっこむだけだ。
「なんだよ……。こども騙しもいいところだな」
「こどもにはこれくらいのおもちゃで結構。お昼ごはんになるけど、食べていくでしょ」
いつの間にか部屋に現れていた咲夜が言う。サンドウィッチが乗った銀のトレーをテーブルに置き、ポットから熱いお茶を注いで瀟洒な笑顔とともに給仕する。魔理沙はその笑顔がメイドとしての笑顔とはニュアンスが違うものであることに気が付いてまっすぐに手を伸ばした。
上等なはちみつ入りの紅茶と野菜の多いサンドウィッチはともすれば栄養を軽視しがちな魔理沙にはとてもありがたいものだった。
久しぶりの睡眠もとれて気分は上向きになってきている。これからの予定をどうしようか、半日前まで頭の中にあった黒い靄はかなりの程度が取り払われている。
ベッドに放り投げられていた魔女帽をかぶりなおし、あらためて咲夜に向き合う。
「咲夜、あのさ……」
「ん」
「ありがと、な」
魔理沙はあえて咲夜がものを食べている時、すぐには口を開けられないときに感謝を述べた。
情けない自分の姿をさらけ出し、それを解決してもらったのがいまさらになって恥ずかしくなってしまった。
相手はそんな魔理沙の魂胆を見透かしているのか、あるいは完全な従者としての当然の心得からか、ゆっくり咀嚼しおわって、紅茶で一息いれて、それからようやく口を開く。
「どういたしまして。睡眠不足の魔法使いさん」
「ずるいぜ」
「なにが?」
「みなまでは言わないさ。どうせとぼけたふりしてわかっているんだろ?そこも含めてお前はずるいやつだ」
作品情報
作品集:
31
投稿日時:
2013/09/21 01:04:25
更新日時:
2013/09/21 10:04:25
分類
魔理沙
咲夜
咲マリ
ナイフ
チンポの代わりに物騒なモンで貫かれたりするけど。
毒薬の抗鬱剤は、信頼できる者にしか処方できない。
悩み多き少女の信頼に足る瀟洒なお姉さんは、聖人君子ではなくペテン師だった。
本当に不眠症で、それを治すだけだった。