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『終始』 作者: スレイプニル
―――If I had my life to live again, I'd make the same mistakes, only sooner.
(人生をもう一度やり直せるとしても、同じ間違いをするでしょうね。ただし,もっと早いうちに。 Tallulah Bankhead(1902-1968))
何故だろうと思考する。
然程丈夫ではない椅子の軋む音がコンクリート製の部屋に響き渡る。
彼女は思考を続ける。
頭の中が鮮明にならず、ずっと眠ったような、頭痛のような、重しを乗せられたかのような感覚がずっと続いている。
意識が定まらない。こんな事など1日足りともなかったはずだと思い返す。
脳内思考の独白が続く。
何故なのだろうか
数日前にあの奴隷として扱っていた早苗が死んだからか?
それは違うだろう。こればかりは、はっきりと断定出来る。
ならば
この気持ちは何処から生まれ出ているのか?
―――
今日も通常の日程が続く。
飽きもせず、アレらは作られる。これもダメだ。
思考が定まらない。
地下牢の定員がもうすぐで満杯となる。
早々に始末しなければならない。
何故なのだろうか
考えても仕方がない。
私は銃を握り締める。
―――
何も変わらない。
泣き叫ぶ声が聞こえるが耳に入ってこない。
私は引き金を引く。
何故だ?
血が顔に付着する。
引き金を強く引き絞った。
―――
???
・・・
こんな感情は初めてだ。
私は何かを忘れているのか?
あの森での出来事から何かを思い出そうとしている?
まさか、私が?
意味不明だ。
―――
この光景も見飽きた。
赤く濡れた白い骨を見ながら私はいつものようにため息をした。
今日は銃ではなく、包丁でも使ってみよう。
特に意味はない。
―――
やはり気掛かりだ。
面倒だが、永琳に聞けば分かるだろう
《はぁい、永琳でぇーす。どうしました霊夢ちゃん?今日は何も連絡事項はありませんよ?》
相変わらずコイツの適当な口振りには閉口する。
《で、どうしたんですか?あー、もしかして私と結婚したくなった?》
・・・
《えぇ?違うの?じゃあ、何なの?それ以外に何か重要な話があるの?》
「………最近意味不明な事を意識的に考える事があるの」
《霊夢さん、日本語になってませんよ?》
「自分でも分からない、あの森で別れた後からずっと何かを考えてる」
《もしかして早苗ちゃんが》
「そういう訳じゃない」
《じゃあどういう?》
「そうね…漠然的な話になるけれど―――」
《"何かを思い出そうとしてる"?》
「………」
《はっはっは、霊夢ちゃんどうしたの?永琳先生に当てられちゃって図星ぃ?》
「当てずっぽうよね?」
《さぁ、それはどうでしょう?》
「貴方に相談しようとしたのが間違いだったわ」
《そうでしょうね。》
永琳は最初から最後まで口調が変わらず、そこで会話が終了した。
無線機を適当に机に投げ捨て、椅子に座り直す。
絡まっていた思考は糸口を見つけたように手繰り寄せられる。
八意永琳が
怪しいとは前々から思っていたが
………
何かの気配を感じて、霊夢は投げ捨てた無線機の近くに同じように放置されていたフランキLF57を掴みあげ、部屋を飛び出す。
通路は鎮まりかえっており、何も異常はないように見える。自分の勘違いかと思ったが、念の為に地下牢の確認をしにすぐ近くにある階段から地下へと降りる。
鍵は掛かっているはずだ。通路は上と同じ様にしんとしており、早苗達も牢に閉じ込められている。
やはり気のせいかと、銃を下ろした霊夢は、頭の上で気味の悪い声が舞い降りてくるのを耳で感じ取った。
《聞こえる?テステス、マイクのテスト中、テステステス…あ、これくらいでいい?あぁうん、ってまぁ小芝居はここまでにして、やっほー霊夢さん?ちゃん?まぁどっちでもいいや、先程振り〜あぁ、あぁ、そうだね。そう、霊夢さん聞きたかったんだよね?まー気づくわよね。っていうかそろそろ気づいて貰わないといけないんだけど、オハナシ的にもね。あぁこれはこっちの話、色々とあるのよ。あー?そうだったね。何で、こうなったか?って話?それとも、自分の今何がどうなっているかってこと?それは薄々気づいているんじゃないの?今までのオハナシを読み返せば、自ずと…ってあー霊夢さんは読めなかったんだったね。残念残念。あぁ意地悪をしたかった訳じゃないのよ。本当よ本当》
「…」
べらべらと喋る永琳の言葉を上を見上げながら聴き続ける霊夢。どうせこの会話も一方通行なのだろうから何も口に出さない。だがその体は少しずつ熱くなっているのを感じていた。恐怖でも興奮している訳でもない。この未知の、知ってはならない事を知ろうと、思い出そうとしている時に起こる感覚が、霊夢の身体を徐々に蝕む。
《まぁ、自ずと―――答えは、ま、ま、いいでしょう。こうやって、色々積み重ねて来た訳じゃないですか、ですか?もうこのオハナシも何回やってると思って?ん?あぁ霊夢さんには分からない話かと思いますがね。さ、面倒な事は切り上げ切り上げ、また会えたら、会えたらのハナシですけれど、会えたら永遠亭で会いましょうね。じゃ、鈴仙ちゃん後はちゃっちゃとやっちゃってね〜》
一方的に会話が打ち切られる。
………。
意味不明な言葉の羅列を頭から食らわされて、両手に握りしめた銃を強く握りしめていた事に今、気づく。
しかし、こう言われても、何も思い出せない。
だが、これで分かった事がある。
永琳が、やはり何かを知っている。
ならば話は早い。
「―――………。」
それはいつの間に居たのだろう。畑に1本だけ刺さっている案山子のような自然さで、棒立ちのままそれはこちらを見ていた。
霊夢よりも背が少し高く、均等なスタイルを保ち、その薄紫色の長髪の上に、乗せられたような2つの耳が少しだけ揺れた。
残光がその軌跡を描いた時、霊夢が持ち上げた銃の速度より早く。霊夢は自分の頭の上で奇妙な音を聞いた。
…
頭の中が何度も何度も撹拌されたかのような頭痛を覚えながら、霊夢はその眼を開けた。持っていたであろう銃は少し遠くに投げ出され、鉄格子にぶつかったのか少し傷ついていた。
「?」
しんと静まり返っていた地下牢は起きた時も同様に静まり返っていた。だが、様子が違う。銃を拾い直し、ぐるりと、見回す。やはり、その予感は当たっていた。悪い方向に
気づけば腰元にきっちりと留めてあった鍵束がなかった。だがもうそれを確認する必要はない。目の前に広がっているその光景を見れば一目瞭然だ。
「やってくれたわね…」
1つたりとも閉まっていない鉄格子を見据えて、霊夢は、足早と上の階に戻った。監視室を通り過ぎ、その先の博麗神社へと至る階段の手前に存在する鋼鉄の扉の前へと辿り着く。この扉は霊夢が扱う武器を保管している所謂武器庫………―――
の残骸であった。
あの地下牢から抜けだした早苗達がここへと大挙してこの扉をどうにかして開けて、武器を強奪していったのだろう。自衛の為ではなく、霊夢が追撃している事を恐れて、だ。
中をひと通り漁ってみたが、めぼしいものはなく、精々今持っている武器の弾薬の残りぐらいだ。
所持している武器は両手で握り締めているフランキLF57と腰元に隠し持っているワルサーPPsuperだけだ。後は少量の換えのマガジンだけでこれだけでは少し心許ない。
「…。」
扉を閉めずに、階段をそのまま登る。
その足取りは重く、怒りと殺意によって踏みしめられていた。
―――
雨が降っていた。それはあまり強くもなく、そして弱くもなく。まばらに降っていた。
森の中で緑髪の頭が雨に打たれながら4人散開して隠れている。容赦なくその髪や即席で与えられた茶を基調とした軍服が雨で濡れているが皆お構いなしといった感じだ。
《―――あー、もしっもーし、聞こえるかな?無線の調子はどうですか?今まで色々と疲れたでしょう?生きててよかったねぇ、うんうん。》
その4人の耳元から聞こえる調子の良い声は早苗達をある意味で安堵させた。永琳の部下である鈴仙が、この早苗達、ざっと150人程を解放したのだ。しかし永琳はこの早苗達に解放するが、1つの条件を出してきた。
「ほ、本当に…」
1人の早苗が恐る恐る口にした。その微かな震えは雨からくる凍えではない。
「本当に、あの霊夢さん…いや、博麗霊夢を殺せば皆助かるんですね?」
《いえぇーす!そうでーす。さっさと霊夢ちゃんぶっ殺して、証拠隠滅!こんなに簡単な事はありません!もしも倒したら君たち全員永遠亭の地下施設で一生安全に暮らせますよ?大丈夫大丈夫!あんなさむぅーい地下牢なんかより何倍も居心地が良いし超超安全です!》
その言葉を聞いて、早苗達は一つの安堵感が生まれた。他の早苗達もこの森の各所やに配置されているはずである。用意周到な事に、永遠亭付近にも配置されているらしい。
「本当にここに来るんですかね?」
「さぁ?来なかったら来なかったで応戦しなくて済みますし、生き残れますし良いんじゃないんですかね?」
「その方がまったくもって楽ですね。」
そう雨に打たれながら呑気に会話を続ける4人の早苗達、いや、もう4人目の早苗が会話に対して相槌を打とうとした。
他の3人がその異常に気づいた時、遅れて森の中に重い発砲音が響き渡った。もうその頃には頭の上部が獣か何かに噛み千切られたかのように吹き飛び、力を失った上体はそのまま濡れた土に投げ出された。
ひっ、と誰かが声をあげた。来てしまったと、恐怖を感じながら茂みに隠れ潜む。3人となった早苗達は慣れもしない銃を構える。
静かになり、森の中に静寂が広がった。
恐る恐る辺りを見回すが、日があまり差さない森の中で、人影は見当たらなかった。この木々の中で、狙撃してくる奴など1人しかいない。早苗達は死を覚悟した。だが、前面から狙撃してくるのであれば、物陰に隠れていれば比較的に安全だ。
「えっ?」
その思考をぶった切るかのように、物陰へと向けて、整った音が轟いた。雨霰となった銃弾は隠れていた早苗達を見るも無残な姿へと一瞬に変えた。まだ死んでいない早苗がひゅうひゅうと空気が抜ける音と共に、片手で最後の力を振り絞り、こちらと目があったその襲撃者に向けて引き金を絞った。
「?」
だがその思惑とは違い、銃弾はその襲撃者を撃ち抜かなかった。曇りつつある眼で自分の手を見ると、銃を握っていたと思われていた手はきっかり90度程見当違いの方向へと曲がっていた。
もう一度、銃声が聞こえた。
―――
顔に雨がついたのを手で拭い、霊夢は4人の早苗の死体を漁った。死体と化した早苗に何の感情も抱いていない。
「…。」
背中に背負っていたライフルを捨て、早苗の1人が持っていたAUGを握りこみ、前へと慎重進んだ。こうやって霊夢は早苗の死体から武器を奪っては捨てるの繰り返しで前へと進んでいた。
雨は今にも止みそうであった。
――――
「師匠」
「なぁに?」
「博麗霊夢が復帰し、現在森を進行中です。」
「そんな事知ってるわよ。今早苗ちゃん達がまた死んだわ」
「どうされますか?」
「別にぃ?早苗ちゃんが1人死のうが全滅しようが、私の知った事じゃないし?まぁー、うーん。すっごーく薄い確率で勝ったとしても。別にいいかぁー?どっちが死のうが私には関係ないです。なんてね。どうせ勝つよ。どっちかがね。」
「はぁ…」
「て、いうか。鈴仙ちゃん。何でこんな所で油売ってんの?お仕事の続きがあるでしょ?どうしたの?職務怠慢って言うのよ?知ってた?知ってるよね?」
「…仕事を終えたら―――」
「あ、そうだったね。そうかそうか、今思い出しました!戻ってこいって言ったんだったよね。ごめんね鈴仙ちゃん。」
「それで、これからは?」
「んー」
清潔そうな空間で、永琳は椅子に深く座り、その眼前に広がる無数の液晶モニターを見て、数秒何かを考えるかのようにぼうっと見ていた。
「ま、なんとかなるでしょう。一応ここへの通路のロックは解除しておきなさい。それと万が一の為に姫様は隔離しておきなさい。」
少しだけ真面目になった抑揚で、永琳がそう言うと、鈴仙は恭しく一礼して、部屋を出て行った。
―――
森を中で銃声が何度となく響き渡る。その1つ1つは同じ音だったり違う音だったりと様々だ。
その音を耳に入れながら、森の中で少しばかり丘のようになっている場所に3人の早苗が状況を見守っていた。そこからは奇妙な程に通路か何かのように森が列をなすように整っていて、
「かなり危ない状況になっていますね。」
「えぇ」
「まぁでも、ここに来るのなら、こちらの先制攻撃が先に相手に当たるでしょう。」
その3人は凛とした顔で丘から見下ろすように、銃声がこちらへと向かってくるのを察して、準備に取り掛かっていた。
「で、設置しました?」
2人の早苗は立っていたが、囲まれるように1人の早苗が地面に伏せって、その身体と同じぐらいの長大な銃器をチェックしていた。
そもそも、この用意された銃は元々人を撃つために設計されている訳ではない。だが、その長大な銃器から発射される銃弾は普通の銃では届かない距離まで精確に射抜く事が出来る。その代わり反動が強いのと、尋常じゃない程重いという難点がある。
だが、それも移動しない場合はデメリットはさしで問題ではない。逆にこうやって予め待ち伏せをするのであれば、こういう高い場所から見下ろせるこういう立地は最高である。
AI AW50と呼ばれる薄黒と暗い緑で統一されたその長大な銃はこちらに来るであろう霊夢を迎え撃つ為に、備え付けのスコープを覗きこみ、その細かい文字が刻まれている十字線とその先をしっかりと見据えていた。
耳に聞こえていた銃声が止まった。防衛の役目を務めていた早苗達は霊夢によって皆殺しにあったのか、それとも誰かが運良く倒したのか、どちらにせよ、倒しているのならば永琳から何か連絡があるはずだ。
ここに居る早苗達は霊夢が生きている事を強く思っている。あんな化物みたいな人間があれぐらいで死ぬとは思えないからだ。だからこそ、安全な場所で、安全な射程距離外から、最強の火力で迎え撃つ。しかし早苗達に銃の扱いには慣れていない。しかも長距離の狙撃というかなり高難易度な事をやろうとしているのだ。しかし、この丘から、自然的に生まれた森の通路の端ぐらいまで2km程ある。1発外したとしても、2発3発撃てるだけの距離は充分にあるはずだ。
「出来ました。後は給弾するだけです。いつでもいけます。」
隣で2人の早苗が、M240機関銃をどうにかして設置をしていた。無理もない。殆ど銃の知識が無いのだからこれぐらいかかってもおかしくはないのだ。
この機関銃を設置した理由は簡単だ。この高い丘であれば、機関銃の高い発射スピードと装弾数は相手から見ても脅威になるだろう。もしも対物ライフルの射撃が何度もミスをして、接近を許されたとしても、地形的優位があるこちらの機関銃の放射射撃を受けたら幾ら化物並の身体能力を持った霊夢でも無事ではすまないはずだ。
そして、この丘の下の各地にそれを防御するように配置された数人の早苗達の援護があれば、その殺害の成功率はぐんとあがるだろう。
《こちら早苗、早苗…居ます!アレが来ました!》
前線にいる1人の早苗からの無線が入る。指示をしようと無線機を取るが、その耳には違った音が入り込んできた。
この音はなんと形容していいのだろうか、気が抜けた音と、濡れた音が土くれに交じり合った比喩のしようがない意味不明な音が溶け合ってそれは耳元に入ってきた。
石に金属がぶち当たる音が聞こえ、その正体を理解すると、丘の早苗達は警戒するように皆へと叱咤した。だが、狼狽えた早苗達は支離滅裂な返答をするばかりであり、統率というものがなっていない。それもそのはず、素人集団で構成された早苗達がこの状況で恐怖を覚えない訳はない。しかも相手は散々恐怖を植え付けられた支配者の如き霊夢だ。その恐怖も一層増すだろう。
銃声が散発的に聞こえ、丘の無線機にも悲鳴と怒号が交錯する。しかしおかしな事に、発砲炎だけは見えるが、霊夢の姿は見えない。
その発砲炎は恐らく他の早苗達のものだろうが、それでは霊夢はどうやって攻撃をしているのかという話になる。まぁあの運動能力があれば銃など要らないのだろうが、それでもこの配置、陣形で幾らこちら側が恐慌していたとしても、銃を連続的に撃っているのだから、あちら側も警戒の1つはしてもいいはずだ。
それならば、何故相手はこちらに姿を見せない?位置が分からないのはかなり不利だ。しかし相手はこちらが何処に居るか分かっていないはずであり、それならば今の状況は不利というよりも互角の状況である。こちらとの戦力差は今にも崩れ落ちそうであるが、逆転の1発はまだ残されている。あちらがこちらに気づいていない限りは、必殺の不意打ちが相手を捉えられる可能性はある。
「ここは戦況を見守るしかありませんね。相手はこっちに気づいてない。目先の…私達に気を取られているはずです。」
給弾係の早苗がそう呟いた。
「誰かが倒せば良いんですよ。大丈夫、やれますよ」
今にも機関銃の引き金を引けるように待機している早苗が勇気づけるような凛々しい顔でそう言い放った。
そうだ、そうなのだ。勝てる、負ける事を考えてはダメだ。この場合の負けとは必然的な死だ。こちらが幾ら言い訳しようとも、命乞いをしようとも神に祈ろうとも、相手は許してくれる訳はなく、それどころか残酷に追い詰め、冷酷に殺すだろう。
だから、悲観してはならない。緩やかにいけばいい。外しても良いという気持ちで、引き金をゆっくり引けばいい。
銃声がぱったりと止んだ。つんざくような悲鳴も泣き止んだ。
来る。
化物が此方に向かって疾走って来る。
対策を練ろ?無理だ。あの暴力の塊にどうやって策が噛みあうと?じゃあ簡単だ。一発で仕留めれば良い。
大丈夫、仕留められなくとも2発目がある。大丈夫だ。問題はどこにもない。距離は充分にある。
その必殺の十字線の上方に小さく何かが動いた。ぴくりと眼球が動きその動きを静かに追う。それは草むらを慌てず、そして素早く動きまわり、近くに敵が居ないか探しまわる獣のような動作でこちらの方へと向かってくる。瞳孔がゆっくりと開き、眼がその十字線に吸い込まれる。引き金を強く引き絞る。だが、まだ撃たない。発射のギリギリのギリギリまで引き絞る。深く深呼吸する。
黒い影は遮蔽物のない丘へと上がる草原に出た瞬間それが霊夢本人であると完全に分かっていた。それは素早い動きでほぼ一直線に駆け上がってきていた。それもそのはずである。この丘を超えた先に永遠亭への唯一の近道である迷いの竹林があるのだから、最短ルートでここに来るのは合理的である。
それについて早苗達が知っていたかどうかは知らないが、早苗達の予想通りに、霊夢は罠にかかったという訳だ。
後は簡単だ。狙いを合わせて、引き金を引く。そしたら1秒と経たずに霊夢は草原に醜く転げ落ちる事だろう。そうあらねばならない。強くそう念じる。
相手は待ってはくれはしない。いつ気づくかわからない状況でどうこう考えている暇はない。
十字線が完全にその白い腹を捉えた頃には両者の距離はもう1kmもなかった。
決意の右指がそれを引いた。
同時に、何かの爆発かと疑うような轟音が丘に響き渡った。
十字線がそれを確認する前に、左から繋がった射撃音が聞こえてきた。淀んた思考と視線で現状を確認する。
十字線の先には、それはまだこちらへと向かってきているのを見定めて、外してしまったのだと2射目を送り込む為にボルトを操作し人の指ぐらいある薬莢を弾き飛ばす。
急いで狙いを定める。もう距離はそれ程遠くもない。だがこれを外せば終わる。援護するように機関銃で撃ってはくれているが先読みしているかのようにその射撃は掠りもしなかった。
焦ったのかロクに狙いを定めずに引き金を引いてしまった。2回目の射撃の中、反動が強く残る身体は完全に掠めもしなかった銃弾が何処かへと飛んでいってしまった。
ほぼ同時にもう100メートルも距離が離れていない霊夢が何かを上空高く放り投げた。だがそれはこちらを狙っているものではなく、どちらかと言えば空へと当てずっぽうな方向に飛んでいた。
早苗達はそれにお構いなしという感じで気にも留めなかったが、それはあまりにも失策であった。
何かが弾けた。
視界がゆらぐ、耳の奥で銅鑼が何度も打ち鳴らされるような感覚が続く。何が起こったか分からないような思考で、その頭を何かが蹴りあげた。意味も分からず、それを見ようとするが、何も理解が出来ぬまま、思考は停止した。
2、3度銃声が鳴ったかと思うと、丘には1人しか立っていなかった。適当な武器が無いか確認して、銃弾だけかき集めると、霊夢は足元に転がった3つの銃殺死体を一瞥もせず丘を降りていった。
―――
視界が取れない程鬱蒼と茂る竹、ここは幻想郷で数少ない竹林である。それは永遠亭の場所がある事を示している。曇った空を一層暗くするように生えた竹は視界を暗くし、不規則に生えるそれらは全体の視認性を下げる効果すらあった。所謂自然が作り出した防衛陣地のようなものなのだが、こういう作りは意図的に作りだされているのだろう。それにこの竹林の名は「迷いの竹林」とも呼ばれ、一度入ったものは一部の者以外の道標が無いと出る事が出来ないそうだ。
だが、この背中に長い銃を二丁、左右1丁ずつ短機関銃を持った巫女服のソレは、一歩一歩順調な足取りで竹林を真っ直ぐ歩いていた。
何故か迷うことなく進めているのだ。それは至極簡単な話で、目の前に出てくる様々な銃を携えた早苗達を片っ端から殺していけば何処に永遠亭があるかわかってしまうのだ。早苗達の無残な死体が道標になるのだから、飛び出してくる早苗達は戦闘知識があまりにも少ない。こんな狭く視界が不明瞭な所で自動小銃など使えば当たらないだろう。
「やぁあぁぁあああぁぁぁ!!!!」
目の前のやや左、少し竹が集まっていない所から早苗達が2人程飛び出してきた。それと同時に腰だめで自動小銃の連射音が聞こえてくる。だが、今の霊夢にとっては意味のないことだ。
「???」
「何処に行った!?」
2人の早苗は視界が不十分な竹林を見回すがさっきまで居た霊夢の姿を見失ってしまった。それもそのはずだ。竹林は平面ではない。2発の銃声が鳴った。それは右や左から聞こえてきたわけではない。
新たな死体が2つ出来た時、1つの足音が新たに鳴った。それは地面を踏み締める音で、竹から飛び降りた事がはっきりと分かった。
早苗達の武器を見て、良い銃が無い事を確認すると、霊夢はまた歩き出す。
ざわりと音が聞こえたがそれに拳銃の一差し一発砲で対処する。悲鳴が短く聞こえ、敵が居なくなった事を完全に把握した後、霊夢は永遠亭へともう一度歩き出した。
しかしながら気味が悪い程静かだ。そもそもここは人気がある方がおかしいのだから平常であるのだが、それ以上に人為的な何かを感じるのだ。
それも杞憂だろう。鬱蒼と茂っていた竹林から覗く、その土地柄に良く合った古風な家はまさしく永遠亭である。
息を潜め、隠れられそうな密集した竹に寄りかかるようにして辺りを観察する。永遠亭の周りは何も障害物がない。早苗達がどれだけ配置されているか確認せず飛び込めば幾ら霊夢であろうとも不意の一撃を喰らう可能性がある。少しでも危険を減らす為には必要な事なのだが、永遠亭の外周には人影1つすら見当たらない。
まだ出会っていない者達を含めて半分程しか殺していない勘定だが、道中相対しなかった者達がいたとしてもこれはおかしい。
普通ならばこういう重要な場所にはある程度人員を割くべきではないのか?という考えがあったが、これは罠に違いない。
竹林付近から外周に沿うように入口を目指す。やはり入口は開け放たれており、誰も居ない。これは誘われているのだろう。ならばその誘いに乗ってやるしかない。それ以外に選択肢もなさそうであるし、これ以上考えても無駄だろう。
室内戦に切り替わる事を想定して、背中の2丁の小銃を地面に投げ捨て、短機関銃2丁だけで室内に入り込む。
《ようこそ!ようこそ!よくぞここまで死なずにこれたものです!おめでとう!おめでとう!さぁその階段から私の元へ!》
永琳の嬉しそうな声が電子的な音声で響く。言われずとも霊夢は警戒を怠る事なく地下へと続く階段を降りていった。
降りた先に広がるのは地下とは思えぬ広さを持ったコンクリート製の部屋だった。目の前には良く知ってるモノがこちらを見ていた。
《さぁ!今始まりますのは永琳先生がオリジナルから作り出したクローン!霊夢ちゃんが作り出したクローンよりも何倍も優秀です!さぁさぁ霊夢さんは血まみれに倒れてしまうのかーーー?》
呑気なその声が上から響いた。つまりは目の前に居るソレは霊夢が作り出した早苗ではなく、永琳が自ら作り出したものらしい。銃撃を避ける為、ある程度の距離をとって早苗の装備を確認する。
右手に拳銃を握ってはいるが、霊夢が見たこともない形であった。そして左手は抜身の刀が握られており今にも動き出しそうだ。
「ふっ…ふふふ………やぁですね。霊夢さん?お互い最後になるんですから、そんな訝しがらずに楽しみましょうよ。どうせどちらかが殺される勝負―――」
言い切らず銃口が持ち上がる。反射で横へと飛んだ霊夢は3つ程重なった銃撃を何とか回避する。反撃しようとこちらも銃を向けるが、先程居た場所に早苗は居なかった。
「いざぁじんじょぉぉぉにぃぃ!!!!!」
奇声のようなその大声が上から降ってきたのを耳が捉えた時、霊夢は交差するように短機関銃で防御した。
金属と金属が重なった時に発生する異音が耳に響き、斬り伏せようとする刃が短機関銃を侵食するかのように斬りこんできているのを悟った霊夢は覆いかぶさった状態の早苗を蹴飛ばした。
翻るように距離を取った早苗、霊夢は使い物にならなくなった2つの銃をそこらに捨てた。こういう事ならば先程銃を置いてこなければ良かったと思ったが後の祭りだろう。
残った武器といえば袖に隠したワルサーPPsuperぐらいなものだが、これには換えのマガジンが無い。つまり撃ち切りだ。眼前に居る早苗の武器は連射が効く拳銃に刀と接近を試みても対応される恐れがある。
「どうしました?もしかして反撃を狙っているのですか?それはそれは、ですが甘いんですよぉ!!」
こうやって距離を離されていれば相手は拳銃を乱射してくる。ギリギリで回避しつつ相手の弾が切れるのを待つしかない。
嵐が過ぎるのを待つかのような時間は終わり、虚しい金属音が聞こえたと同時に霊夢は腰を深く落とし早苗に突進する。
早苗もそれを見てか装填するのを諦めた様子で両手に刀を持ち替えて、霊夢の突進を受け流した。
横に逸れたは霊夢は次の行動に移っていた。体勢は若干崩れたがすぐさま身体を捻じ曲げるように早苗の方に振り向き隠していた拳銃を抜き放ち至近距離で乱射した。
目を見開くように早苗は刀を落とし、霊夢と視線を一瞬合わせたがその目はみるみるうちに濁り始めていた。
呆気無い幕切れである。霊夢は空になった拳銃を捨て、早苗が握っていた刀と銃を拾った。そもそも、先程の受け流しも受け流さずそのまま刀で斬り捨てる事も可能だったはずだ。だが早苗はそれをせず、ただ受け流した。霊夢が銃器を隠していないと思ったからくる慢心だったのかそれは今になっては分からないが、そんな些細な事を気にしている場合ではない。
《あァ!残念!私が作った早苗ちゃんは死んでしまった!惜しい!―――さぁエンディングももうすぐです!乗り遅れないようにさぁさぁ次のステージへ!》
馬鹿馬鹿しくまくし立てる永琳の声と共に早苗が塞いでいた先の通路が自動的に開く。
その通路の先にはクローン早苗達が鈍器を片手に待ち構えていた。それを刀と一本で冷静に対処しながら先に進んでいく。
―――
白を基調とした一本道の通路を超えた先に、平然と永琳は立っていた。
永琳の事だ、何も無い訳がない。広くもなく狭くもない通路と同じようにまるで道場か何かのような四角い空間のほぼ真ん中に永琳はこちらに笑顔を向けていた。
「さ!何か言いたい事はありますか?」
その問いかけに答えるように右手に握られた拳銃を連射する。空になった後も換えの弾倉を直ぐ様叩き込み同じように連射する。それが何回か続き辺りが硝煙の臭いで充満する頃、霊夢が早苗から奪った銃の残弾は尽きた。
「やー、そういうのはいけません。まぁそもそもこれで勝てるって思っていたのならお笑いものですよ」
かすり傷一つ付いていない永琳は先程と変わらぬ笑みでこちらを見ていた。その笑顔の少し手前、釘か何かで数度打ち付けたような後が無数に描かれていた。そしてそれは音を立ててガラスのように砕け散った。
「そもそも、霊夢さん。何でこんな所に来たか分かっていますか?違う違う、そういう事ではなく。自分が何をしているのか本当に分かっているのですか?知らないでしょう?人の意思決定とは言わば虚ろなるものなのです。」
「それは、どういう―――」
「霊夢さんにも分かるように説明してあげましょう。というよりも今この状況がソレなのです。あぁソレという事すら分からない。そう!それが私の―――」
両手を広げまるでありきたりな悪役の様を見せつける永琳は笑みを止めた。
「実験だったのです。」
「霊夢さん。貴方は博麗霊夢という自覚はありますか?」
「?何を今更、私はどうみても」
「そうです。それなのです。」
「意味が分からない」
「私はとある興味があった。紅魔の吸血鬼、白玉楼の亡霊、そして我が月の姫…彼女達が起こす異変というモノがどのような条件で作り出されるのか。そしてそれがどういった方向に向かうのか!最終的に『博麗霊夢』に打倒される一夜の運命であったとしても!だから私はそれを『作為的』に『人工的』に『秘密裏』に作れるのではないかと試行錯誤した!それが今この状況なのです。頭の理解は追いついていますか?さぁ次の過程に移りますよ」
べらべらと文字列のような永琳の口上は続く
「この物語を『異変』と完結させるには色々な手段が必要でした。まずに『私が直接的な関与者ではない』事と『自動的に他人によって進められる』事なのです。そしてそれはほぼ完璧に進められていました。まだ分かりませんか?『博麗霊夢』さん?異変というものは誰が終始させるものなのでしょう?」
それは、と"黒髪"の少女は言葉を紡ごうとする。
「それは私が言いましょう!そう貴方、『博麗霊夢』が終わらせるモノなのです。だからその終わらせるモノが逆に異変の起因者となるには色々と手の込んだ事をしなければなりませんでした。"自分が博麗霊夢であるかどうかすら分からない様"に!そう!貴方は―――」
永琳が何かの合図をする。その背後から映像が映りだす。それは今まで博麗霊夢が行ってきた"クローン"達に対する凄惨な所業を収めた映像であった。
「そもそも博麗霊夢がこんな事をするでしょうか?いや、待った待った。そういうモノものいるでしょう。だけれど今回の為に用意した博麗霊夢は、おっとこれで分かったでしょう?そう貴方は博麗霊夢であって博麗霊夢ではないのです。矛盾する存在を作り出すのはかなり苦労しましたよ。ニセモノさん?」
一束の紙が何処かから落ちてくる。それは博麗霊夢が書いていた日記だった。
「この日記も途中からおかしい所があります。過去形の日記調からある日を境に現在進行形な感じになっています。そしてこの映像もただの映像です。私と"貴方"が顔を合わせた事なんてあの時以外無いんですよ。クローン技術を教える時も狂った早苗さんが逃亡した時も全て顔を合わせなかった。私は間接的に関与したかった。そしてあの朝合った時、まるで『顔見知り』かのような対応を貴方はした。そして結びつかれるのです『違和感』にその違和感こそ人工的に作りだされた今回の異変なのです。」
「ニセモノさんと本物をすり替えるのには苦労しました。あの夜、日記にも書いてあるあの夜の事、あれが分岐点となっています。そうしなければ辻褄が合わないからです。そしてニセモノの博麗霊夢があたかもそのままの博麗霊夢の性格であるかのように毎日を過ごし、普通に行ってきたかのように銃を使い、作り出された早苗たちを殺す。理由付けも大変でした。まァ守屋の神も許してくれるでしょう。お話が長くなりました。フラグ回収って大変なんですよ?知ってます?」
「それでは意思をなくしたニセモノはかくして異変の首謀者となったのであった。筋書きはそうですね………"博麗霊夢の姿をした狂乱者が早苗達を秘密裏に嬲り殺しそれを本物の博麗霊夢が止める"っていうのはどうでしょうか?」
永琳は一仕事終えたかのように手を振ってその部屋から去る。
ポツンとその白い部屋に捨て置かれた黒髪の少女は立ち尽くしていた。
後ろに何らかの気配があった。ゆっくりと振り向くとそこには自分と瓜二つの姿の少女が少し息を切らして立っていた。
その少女の目には自分の姿がこう映っているに違いない。
左手に血がこびり着き黒く変色しつつある刀を握り白かった巫女服は鮮血で黒ずみ―――
黒髪の少女は理解した。あぁなるほどと今自分の立ち位置がはっきりと分かった。そういう事なのだと、今まで早苗達にやってきた事の精算が今ここで支払われるのだと、左手に握っていた刀を強く握り締める。
そして叫ぶように言うのだ自分が利用されていた結末と、こんな"不幸な終わり"がすぐ目の前にありながらも、それが口に出せない怨嗟となろうとしてもだ。
「さぁ、ホンモノさん?最後の死合を初めましょう?この時が終わるまでに―――」
ありきたりな台詞はまるで彼女達の異変の終焉を告げる首謀者のソレであった。
彼女の起こした異変は終わる。彼女の死を持ってそれは終わりを告げた。彼女が作り出したクローンの早苗達は全て居なくなり、彼女が隠していたのだろう『ホンモノ』の東風谷早苗は地下牢の奥深くで見つかった。
かくして偽物の博麗霊夢が起こした残虐な異変は本物の博麗霊夢によって討伐された。何故こんな異変が起こったかは誰も知らない。情報を主食とする天狗がそんな新聞をばらまいていたがそんな記事はもういつからか風化してしまった。
そして幻想郷に普段の生活が戻った。
作品情報
作品集:
31
投稿日時:
2013/11/14 08:22:08
更新日時:
2013/11/14 17:22:08
分類
くろさな!
霊夢の初期装備、ワルサーMPLじゃダメですか? どぼじてこんなマニアックなサブマシンガンを……。
狙撃手と機関銃手のペア。あと、RPG装備の砲撃手が欲しかったですね。
このB級アクション映画も真っ青な『異変』の結末は、あまりにもお粗末にして予定調和。
今回の落とし前は、『本物』の霊夢には月の美酒を。
八雲紫等、幻想郷の重鎮達には、『実験結果』をまとめた報告書を。
『本物』の早苗には、なにがしかの常識に囚われない御伽話を。
――てな所で手打ち、ですね。
ところで副産物の桐山とかはどうなったんでしょうか。