「変わった味のお茶だな。」
じめっとした図書館、高すぎる天井からぶら下がる照明からは、本を読むのには少し不十分な、魔法による暖色の炎がゆらめいていた。
分厚い一枚板のテーブルには、高く積まれた幾冊もの古い本が。
その間にはペン、インク、羊皮紙、紅茶、煙草が。
そしてそれをはさみ、向かい合うように、霧雨魔理沙とパチュリー・ノーレッジが座っていた。
「中東のお茶だそうよ。お茶とスパイスを牛乳で煮出すらしいわ。」
「へぇ。そう言えば変な茶を淹れるのが趣味な奴がいたっけな。」
ふと魔理沙は、前に飲んだ福寿草のお茶を思い出す。ああ、あれは正直まずかったなと。
自信たっぷりの咲夜に気を遣って、レミリアが我慢して飲み干していたのは傑作だった。
「ところでお味は?」
「いや、少し甘っくどい気がするが、濃厚で好みだぜ。しっとりしてないプレーンのマフィンあたりがすごく怖い。」
なんといえばいいのだろう、目の前にある、煮出したミルクティーに抹茶を加えたような色をした液体からは、まるでスパイスを積んだ商船の倉庫のような、遠い異国を思わせる香りがした。かなり甘いのに嫌味のない苦味もあり、鼻の奥に抜けるどこか爽やかな香りがある。食欲をそそらない見た目とは裏腹に、驚く程調和がとれた美味しいお茶だった。
「そう。私は苦手だったわ。甘過ぎるし、丁子?かしら。あの臭いがどうにもだめで。」
そういうパチュリーは普通の紅茶を飲んでいる。ダージリンだろうか、上品な香りがこっちまで漂ってくる。
「好き嫌いは良くないぜ。」
わざとパチュリーの顔に向けて、まだ丁子の香りの残る煙草の煙を、ふーっと吹きかける。向かいに座る魔女は、むすっと顔をしかめた。
「いつも夕飯をたかりにきては、ニンジンを残すのは誰かしら?」
「さぁ。ワガママなコウモリの、これまたワガママな妹じゃ・・・。」
さっきからなんとなく感じてはいたものの、今はっきりと、食あたりを起こした時のような、高熱にうなされている時のような、唾を飲み込むのが嫌になる不快感を、魔理沙はじた。
「何か?」
「いや、なんだか少し吐き気が・・・。」
「効いてきたみたいね。」
霧雨魔理沙はすぐに察した。この女が、この魔女がまた何かを盛ったのだ。
思えば随分な色をしているじゃないか。咲夜が運んできたから油断していた。
なんのためらいも無く飲んだ私も私なのだが。
「おいおい、またかよ。今日はなんの実験だ?いつもは事前にことわるじゃないか。」
「魔法薬・・・と言いたいところだけど、今日のは少し特殊ね。」
「そんなことより、少しお花を摘みにいきたい。」
いつものようににやけた顔を作り、気丈に振舞ってはいるものの、気を抜くと今にも吐きそうだった。
「歩けるかしら?」
「手を貸せ、と言ったつもりだったが、聞こえなかったか?」
「花畑に行きたいと聞こえたわ。ええ。そのつもりよ。」
いつも通りの皮肉の応酬。だが今日は少し魔理沙の方に余裕がなかった。
「おい、冗談じゃなくてほんとに・・・う・・・ごめん。だめだ・・・我慢できな・・・ぉぇっ・・・う・・・。」
びたびたと、口に含めるか含めないかくらいの量の吐瀉物をティーカップに吐き出す。胃酸が鼻腔に回って涙が出てきた。ここにくる前に何も食べていなかったのが、せめてもの救いだろうか。
「ちょっと。本は汚さないでよね。」
「すまない。いや、盛られたんだから私は悪くないな。お前が謝れ。」
どちらにも悪びれる様子は無い。
それもそうだ。机を汚されることはパチュリーにとっては想定内の出来事で、魔理沙は毒を盛られた被害者だ。
「これは失礼したわ。・・・あら。人間なんだから朝食はしっかりとらないとだめじゃない。それともまた、お昼をたかる気だったの?」
机に飛んだ、固形物のほとんど混じっていない飛沫を拭く魔理沙を、まばたきもせずに、じっとりとした目でパチュリーは見つめる。まるで、何かを待っているかのように。
「うるさいなぁ。・・・いやちょっと待ってくれ。パチュリー。なんだか、おかしいんだ。館が妙に広く見える。それにお前の顔も・・・ぐにゃぐにゃだ。」
魔理沙はなんとなく、何を盛られたのか察し始めていた。幻覚系の薬かなにかだろう。 ”軽度のもの” なら、キノコで慣れていた。気分が悪くなって、その後少しふらついて、少し視覚に変化がある程度だ。ただ、ここまでのはっきりとした幻覚は初めてだった。本の背表紙の文字は溶けたチーズのように歪み、図書館自体は、まるで自分が一匹の小さな蟻んこになったかのように巨大に見えた。パチュリーの言葉も、なんだか本来あるはずの空気のフィルターを取り除いたかのように、クリアーに聞こえる。
「セイヨウハシリドコロ。狼茄子。オオハシリドコロ。」
「は?いきなりなんだ?何を言っている?」
毒を盛ったにもかかわらず、偉そうにつらつらと話すパチュリーに、魔理沙は少なからずいらついていた。
「別名、ベラドンナね。」
ぞわっと、血液の温度が一気に下がる。背筋は凍り、髪が逆立つのを感じた。それもそうだ。魔女、魔法使いなら、誰だって知っている毒草の、それも猛毒の植物の名前だったからだ。
「おい!そのくらい私でも知ってるぞ!ふざけるな!!解毒は間に合うんだろうな!?」
立ち上がり声を荒げる魔理沙を尻目に、パチュリーはさらっと言った。
「間に合うに決まってるじゃない。ベラドンナの解毒くらい、ワケないわ。」
自分が安全な状態にあることを理解すると、魔理沙はなんだかさっきまで怒っていたのが恥ずかしくなってきた。へなへなと椅子に座り、子供の冗談に付き合わされた大人のような笑みを浮かべる。
「先に言え・・・ひやひやしたぜ。吐いて安心したら気分の悪さは少し落ち着いたが・・・幻覚は酷くなるばかりだ。吐いた量も飲んだ量より明らかに少ない。早く解毒してくれ。」
だがパチュリーは笑っていなかった。相変わらずじっとりとした冷たい目で、こちらを見つめている。
「”ベラドンナの解毒”が間に合うといったのよ。視界がぐにゃぐにゃ曲がるのはブフォテニンのせい。オオガマの耳腺液から抽出したものよ。スパイスと砂糖と牛乳をたっぷりいれたのはその生臭ささを隠蔽するため。空間が変化するのは、あなたの好きなキノコの成分よ。アマトキシン、ムッシモール、ムスカリン、シロシビン、イボテン酸。おかげで濃厚な旨味があって美味しかったでしょ?それに朝鮮朝顔、トリカブト、ドクゼリ、ヨウシュヤマゴボウ、夾竹桃。有名どころをほとんどと、あとはそうね。咲夜に頼んで手にはいるものを、美味しく飲める範囲で、20種類くらい調合したかしら。」
なんて奴だ。振り回してから一度落ち着かせた後に、思いっきり投げ飛ばしやがった。しかし一度クールダウンした魔理沙は、自分でも信じられないくらい冷静だった。
「・・・要するに、猛毒のカクテルを飲んだ私は、手遅れってことか。」
「ええ。そういうこと。安心して。即死はしないわ。言う程苦しむ事もない。感謝してよね。」
あら、いらっしゃい、とでも言うように、パチュリーは魔理沙が助からないことを、本人に告げる。
「・・・私が何をした。」
魔理沙の心に浮かんだのは、怒りや恐怖ではなく、疑問と、友人だと思っていたパチュリーに裏切られたことによる悲しみだった。
「 ・・・を盗んだ。・・・本を、盗んだ。」
少し間を開けて、パチュリーは軽くうつむきながら、魔理沙を殺害するに至った動機を、シンプルに述べた。
「それだけか!!?それだけで!・・・っ!」
「・・・それだけ?あなたは自分の一部とも言えるものを勝手に持ち出され、ずさんに管理され、挙げ句返ってこないことを、『それだけ』で済ませるのかしら?たかが人間一匹なんかよりも、よっぽど価値のある本が何冊あったと?」
目が笑っていない。まずい、今のは失言だったようだ。
「すまなかった、謝る。この通りだ。本も返す。だから頼む。お前の魔法で解毒を・・・。」
「言ったでしょう?”手遅れ”よ。魔理沙。ここにある芥子で、苦痛を和らげることくらいなら出来るわ。そもそも、元から入れてあった麻薬系の材料は、吐き気に気付くのを遅くして、苦痛を紛らわすために入れたのよ。」
自分の置かれた状況をだんだんと飲み込み始めた魔理沙は、うろたえ始める。
「なぁ、冗談なんだろ?なぁ・・・?」
眉を八の字にして笑いながら聞くが、パチュリーは相変わらず無表情だった。
「今の自分の状態で、冗談かどうかくらい、なんとなくわからない?」
もう諦めた方が良さそうだ。パチュリーは本気だ。レミリアとこいつ程の長い付き合いでも無いが、そのくらいはわかる。三半規管がやられ、椅子に座っていることができなくなった魔理沙は床に転げ落ちた。起き上がれる気は、しない。
「・・・ははは。最後の晩餐が芥子の実ってか。私は地獄行きが決定しているからな。悪くないチョイスだ。もちろん、あんぱんの上に乗ってるのよりは、うまいんだろうな?」
強がってジョークを考えていると、閻魔の顔が浮かんだ。ああ、あの時、あの花騒動の時、あいつをこてんぱんに叩きのめしておけば、地獄に行かずに済んだんじゃないのか?あの死神に賄賂は・・・効かなそうだ。幽々子に反魂してもらうか?いや、そんなに簡単でもなさそうだ。
「幻想郷といえど、芥子を手に入れるのは苦労したんだから。感謝してよね。」
「恩に着るぜ。くそったれ。」
「どういたしまして。せっかくだし楽しんだら?」
「強がっちゃいるが、これでも相当キテるぜ?お前はもう、おばけシメジみたいに見えてる。何を言っているのかも、バラバラの単語を脳内に直接ねじ込まれてるみたいだ。」
確かに、魔理沙はもう意識を保つので精一杯だった。パチュリーが目の前で話しかけてくることと、ここが通い慣れた図書館であることが、かろうじて魔理沙の意識を現実につなぎ止めていた。
「明らかな幻覚は、アトロピンやスコポラミンといった、朝鮮朝顔から抽出したアルカロイドの影響ね。他のナス科の植物性アルカロイドも、確か似たような効きだったと思うわ。言葉が飲み込みにくいのは、時間感覚の変化からくるものよ。麦角アルカロイドなんかの影響かしら。全てが複雑に作用してるから、どれがどれとは言えないわ。」
やっと少しだけ、パチュリーの口角が上に傾いた。自分の研究結果を自慢する魔女というのは、どうしてこうもみんな、嬉しそうにハキハキと喋るのだろうか。
「難しい話は嫌いだぜ。ところで、私は残りどのくらいだ?」
残された時間で出来ることを考える。
咲夜を呼んで、なにか美味しいものでも食べさせてもらおうか。
みんなを呼んでもらって、別れを惜しんでもらおうか。
それとも、ありったけの魔力をつぎ込んで、目の前の魔女を道連れにしてやろうか。
「以外と長いわよ。短くても4時間、長ければ半日は持つわ。ショックさえ起こさなければね。」
「・・・なんだ。間に合うじゃないか。永琳の所へ行ってくる。」
余命が予想よりも長いことを知ると、もしかしたら助かるかもしれないという、淡い希望が湧いてきた。
「立ち上がれもしない状態でどこに行くつもり?往生際が悪いわよ。」
「咲夜に時間を止めて貰えば間に合うだろ?なぁ、頼むよ。連れていってくれ。」
「お花畑に、だったかしら?後で連れていくわ。それに聞こえなかった?もう”手遅れ”よ。あの医者でもどうにも出来ないわ。」
ああ、こいつは私を実験がてらに殺したいんじゃない。殺したくて殺したいんだ。ここで魔理沙は、パチュリーの目的をやっと理解した。
「・・・お前、狂ってるよ。」
「そうね。あなたのせいで狂ってしまったのかもしれないわね。それを言うなら、あなたも既に薬で狂っているわ。」
ははは、と、顔を下に向けて力なく笑う。
「はぁ・・・。もうあきらめたよ。魔理沙さんはいさぎがいいんだ。早く芥子をくれ。」
「最初からそう言えばいいのよ。」
パチュリーは、なんだか嬉しそうだった。人が死ぬと言うのに。数年連れ添った友人が死ぬと言うのに。
「なぁ、動けないんだ。後生だ。吸わせてくれよ。」
もう甘えられるだけ甘えてしまおう。諦めたらなんだか急に楽しくなったきた。
「吸う?せっかく芥子をヘロインにまで精製したのに?そんな勿体ない使い方するの?」
ひらひらと、小さな袋に入った成果物を見せつけるパチュリーは、相変わらず嬉しそうに笑っている。それにしても、私を殺したいなら何故苦しませないのだろう。恨みによるものなら、この行動はいささか不可解だ。
「なんだ?注射は嫌いだぜ。」
「もったいない。静脈注射がダントツなのに。なら服を脱ぎなさい。量が量だから粘膜から直接摂取させるわ。」
風呂を借りたことは何度もあるし、裸なんて見られ慣れている。だが図書館という、裸にふさわしくない場所が、魔理沙を不思議な気持ちにさせた。それに、「粘膜から直接」というのは、つまりはそういうことだろう。
「だから動けないんだって。お前の嫌味ったらしい言葉を理解して、こうしてゆっくりしゃべるのが精一杯なんだ。脱がせてくれ」
もう、どうでもよかった。ただ、恨まれ憎まれ嫌われていると思っていただけに、パチュリーがそういうことをしたがっているのは、少しだけ嬉しくもあった。
「手間がかかるわね。減らず口を叩く元気と理性が残ってるなら、自分で脱いで欲しいわ。」
「脱がしてから盛らなかったお前のミスだ。恨むなら自分の不手際を恨むんだな。」
頭で考える前に口から言葉が出てくる。ああ、普段の私は、意外と頭を使わずに生きていたのかもしれないな。
「ちょっと、このドロワーズちゃんと洗ってる?」
「あー、この時期は嵐が多くてな。洗濯ができないんだ。」
「その、なんというか、ひどい匂いよ?」
正直に言うと、これはとてつもなく恥ずかしかった。言い訳が思いつかなかったらどうしようとさえ思った。
それにしても、薬で顔が青ざめていてよかった。恥ずかしがっているのがバレでもしたら、この魔女はさぞ嬉しそうに笑うことだろう。
「はぁ。呆れた。・・・脱がすわよ。」
「やるならとっととやれ。」
「あら。少しは生えてきたのね。おめでとう。」
ほんとうに嬉しそうに笑う。今の私はパチュリーにとって、きっと友人というより、玩具なのだろう。
「いちいちうるさい。」
「いれるわよ。」
「おいちょっとまっ ッ!!!」
前戯も無しに、パチュリーはヘロインを溶いたうずらの卵大のゼリー状のものを、魔理沙の膣に押し込んだ。
「・・・。」
「・・・驚いた。あなた処女だったのね。」
破瓜の血が、パチュリーの中指をてらてらと光らせる。
「当たり前だ。くそ。お前なんかに捧げることになるとはな。」
「霊夢が良かった?それとも人形遣い?それともあの河童かしら?もしかしてあの半妖の店主?」
「・・・いや、そう考えると、あいつらお前以上に何するかわからないからな。お前でよかったのかもしれん。」
この会話は、2人の照れ隠しだろう。どこか気まずそうで、口調がいつにも増して冗談じみていた。
「光栄だわ。それに血管が剥き出しの方が回りが早いでしょ?良かったじゃない。」
「ラリってさほど痛みも感じないしな。ははは。それにしてもすごいな。もう回りだしたぜ。」
魔理沙はこの時、今まで生きてきた中で感じた幸せや快感は、ごくごく小さなものだったことを知る。それほどまでに、このヘロインというものの快感は、桁違いだったのだ。霊夢にまぐれで勝ったあの時の快感さえ、この上なんてないんじゃないかと感じたあの時の快感さえ、それこそ芥子の実のように小さく感じた。
「具合はどう?」
「はは、最高だ。ははは。パチュリー、最高だよ。ところで、ここはどこだ?」
さっきまでの不安が嘘みたいだ。
なんで私は死ぬことに怯えていたのだろう。
なんでこの極彩色のサーカスを楽しめなかったのだろう。
なんて穏やかな気分なんだろう。
なんて幸せなんだろう。
なんて気持ちがいいんだろう。
どうしてこの世界が一つだと思っていたのだろう。
あれ?ここはどこだ?さっきまで図書館に・・・。
「魔理沙。」
魔理沙、というのは、たしか私の名前だ。つまり、誰かが私を呼んでいる。でも私のそばにいるこいつは誰だ?この身長4メートルはあるこの女は、誰なんだ?そもそも人なのか?この牛はなんだ?この蛇は?それになんで川が?
なんだか自分だけが、別の次元から現実を覗いているような、そんな気がした。
「お前は誰 だ?パチュ リー?パチュリーは どこに いった?」
「魔理沙。魔理沙。ああ・・・。」
パチュリーはこの時、失敗したと思った。取り返しのつかないミスを犯したと思った。幻覚剤の量が多すぎて、魔理沙が現実を完全に認識出来なくなってしまっていたからだ。
「なぁ、誰 だか知らないが こっちきてみろよ。すっっげぇ キモチイイんだ。もう全てが ぜんぶが・・・なんだ、その、完璧?そうだ。完璧だ。パーフェクトだ。・・・あとお前、この辺で紫の髪の女を見なかったか?」
「じゃあお言葉に甘えようかしら。紫の髪の女は、後で来るそうよ。それよりそこのあなた?床は硬いでしょう?ソファーに運んであげるわ。」
こういう時は、無理に現実に連れ戻さない方がいいことをパチュリーは知っていた。なにかきっかけがあれば、魔理沙は私を私と認識できるだろう。自身も服を脱ぎ、そして魔理沙の上に覆いかぶさった。
「そうか。ありがとさん。…あれ?おぉ。パチュリーじゃないか。どこに 行ってたんだ?それになんで裸なんだ?あれ?肌がすげぇ色してるぜ?大丈夫か?」
意外にも、私を私だと認識するのは早かった。直接肌と肌が触れ合うのは、どこか生物の本能のようなところを刺激するのかもしれない。
「魔理沙・・・。」
「なぁ、さっき この辺に 妙に背の高い 変な女が いたんだ。緑の でっかい牛と、太かったり 細かったりする 蛇みたいなのを連れてたよ。」
「その人ならさっき帰ったわ。それより楽しみましょう?」
「ああ、来いよ。今なら何でも出来るし、何でもしてやれるぜ!」
「好きだ・・・。愛してる・・・!愛してる!」
「私も!私もよ!嬉しい!魔理沙!魔理沙!」
鍵はかけてあった。地下は音も漏れない。2人は時間も忘れ、溶けるように交わった。魔理沙に明らかな変化が現れたのは、ソファーに移動してから5時間が経ったあたりだっただろうか。
「パチュリー?あれパチュリー?パチュリー?なんで明かりを消したんだ?ちょっとなんかで照らしてくれ。」
もちろん、照明は落としていない。パチュリーは、魔理沙が光を失ったことに気づいた。もう長くはないだろう。
「大丈夫よ。ここにいる。ここにいるわ。私がいれば目なんていらないでしょう?」
「良かった・・・。ああ、お前が私の目になってくれるのか?それはそれで悪くない。・・・なぁ、帰るのはもう少し後にしないか?お前ともう少しここにいたい。」
「ええ。そのつもりよ。大丈夫。あなたが飽きるまで一緒にいてあげるわ。」
「そりゃあ、よかった・・・。パチュリー、そういえばさ、昨日、いや、一昨日だったかな?変な 夢を 見たんだ。お前が 私を殺そう と するん だよ。なぁ、笑っ ちゃうだ ろ?」
「ふふ。そうね。笑っちゃうわ。そんなこと、あるわけ・・・ないのに・・・。」
「はっはっは!お前は私のことが大好きだからな!まぁお前と言わず、魔理沙さんはみんなに愛されてるけどな!」
「そうね。あなたのこと、大好きよ。」
「ははは。嬉しいこと言ってくれるぜ。パチュリー・・・」
「魔理沙・・・。」
「・・・。」
「魔理沙・・・?」
「・・・。」
「・・・さようなら魔理沙。・・・魔理沙。」
不思議と、涙は出てこなかった。
魔理沙は、死んだ。
魔理沙は、死んだ。
まだ温かかく、安らかな顔をしているが、霧雨魔理沙は死んだのだ。
しばらく横に座り、気持ちを落ち着けてから、パチュリーは咲夜を呼んだ。
控えめなノックの音。咲夜はいつもそうだ。私が大きい音を嫌うのを知っている。
「失礼します。パチュリー様」
「どうぞ。」
「・・・終わりましたか?」
咲夜は、パチュリーの協力者だった。この殺人は突発的なものではなく、計画されたものだったのだ。
「ええ。人形使いに先にとられて中身を抜かれて剥製にされないか、ひやひやしていたわ。・・・ところで、アレは出来たかしら?」
ローブに腕を通し、髪を手櫛で整えながらパチュリーは聞く。
「一応出来たのですが、申し訳ございません。完全なものは・・・」
申し訳なさそうに、咲夜が言う。だがパチュリーは、これが詫びている体を繕うための演技であることもわかっていた。自身の設定した及第点を、大きく上回るものが出来たことのアピールだと気付いていた。
「どのくらい?」
「通常の100000分の1倍、といったところでしょうか。」
「お釣りがくるわ。流石ね。」
「光栄です。」
「これで咲夜が死にさえしなければ、永遠にキープ出来るのだけど。・・・どう?」
振り返りながら、咲夜に問いかける。
「私は最後の最後まで人間ですわ。そこに座っているのと同じで。」
微笑みをたたえた口元とは対照的な、どこまでも冷たい目で、咲夜はソファーの上の魔理沙を見つめる。
「冗談よ。あなたに手を出したら、私とてレミィに殺されかねないわ。」
左手をひらひらと軽く振り、思いつきの冗談であることを咲夜に伝える。
「私に用意させたのは、ほとんどが魔理沙を”殺すための毒”ではなく、防腐と状態維持に使う魔法薬の原料ですね。」
いつもは自分からものを言わない咲夜が、珍しく話しかけてきた。クールに見えても、少しは動揺しているのだろう。無理もない。いつもの”食材”とは違い、数少ない慣れ親しんだ人間だ。
「ええ。ご名答よ。よくわかったわね。」
「毎週のように色々調達していれば、流石に覚えますよ。」
目をつむり、微笑んだまま、何かを思い出すかのように咲夜は言った。
「あなたの作ったこの時計、魔理沙がまだ生きているうちに飲ませた魔法薬、そして私がこれから永続的にかけ続ける魔法、これで魔理沙は”このまま”よ。」
「こうして静かにしていれば、可愛いんですけどね。」
「ふふ、まったくだわ。でも最期はなかなか、可愛かったわよ。」
「あら。ノロケ話ならお嬢様にお願いしますわ。」
「これは失敬。それと咲夜、時計を持ってきて貰ったばかりで悪いんだけど、少し外してもらえないかしら。」
「かしこまりました。では失礼します。」
「ありがとね。」
「いえいえ。パチュリー様は、お嬢様の大切な御友人ですから。」
咲夜も、パチュリーも、これだけで事が済まないことくらい、わかっていた。最後のは、レミリアに迷惑がかかることへの、咲夜なりの最大限の嫌味だったのだろう。咲夜はかつかつと、螺旋階段を登っていく。
午前のように、この広い図書館には、パチュリーと魔理沙だけになった。午前と違いがあるとすれば、この広い図書館には、パチュリーしかいないことくらいだろう。図書館は、いつにもまして静かだった。パチュリーは、虚ろな目で、魔理沙だったものに話しかける。
「ああ魔理沙、やっと私だけのものに・・・。」
返事はない。
「毎日服を着替えさせて、毎日お風呂に入れてあげる。毎日髪を梳かして、毎日キスをしてあげるわ。毎日一緒に寝てあげるし、毎日側にいて本を読んであげる。魔法だって、あなたのよりずっとずっとすごいのを教えてあげる。」
返事はない。
「老いて醜くなることも、いつもみたいにどこかで生傷を作ることも、誰かに汚されることもない。」
返事はない。
「私だけの、私だけの完璧な魔理沙。500年、いいえ、1000年先までだって愛してあげるわ。」
返事はない。
「ところで魔理沙?ベラドンナが猛毒であることは知っていたみたいだけど、『ベラドンナ』という言葉の意味は知っていたかしら?イタリア語で『美しい女性』よ。花言葉は『沈黙』。今のあなたに、ぴったりだと思わない?」
魔理沙の体が、どさりとソファーに倒れた。
歓迎です、イラストも素敵
魔理沙さんらしい最後でした。
いや、ぱっちぇさんらしい始まりと言うべきか?
オチがメイド長ばりに瀟洒でした♪
チャランポランな魔理沙のクロック・ワーク、始まり始まり☆
挿絵のおかげで雰囲気が凄いでてるなあ。
薬のおかげとはいえ、死に取り乱し錯乱する魔理沙が見れなかった……って藪蛇でしたね。
良いお話でした。
会話もユニークで面白かったです。
魔理沙が幻覚見てる時とか泣きそうになりました。(ガチで。)