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『慣れの果て』 作者: 名前
今日も今日とて昼下がりの守矢神社。
諏訪子は縁側に座って茶を飲む、団子を食む。
「ううーん。平和だぁ。平和はいいけど、退屈なのが玉に瑕」
「諏訪子様ー!諏訪子様ー!!」
静寂を切り裂くあの娘の声。やれやれ全く騒がしい嬢ちゃんだ。諏訪子は振り向く。
「どうしたの、早苗ぇ。って、なんだぁ、その格好はぁ?」
早苗はフリフリの衣装を着ていた。これが噂に聞く魔法少女かぁ。そう諏訪子は思う。
「ふふふ、知りたいですか?なら、何者だ貴様ぁ!って聞いて下さい」
「は?なんでよ」
「いいから聞いて下さい」
「いや、だからなんで」
「いいから聞いて下さい」
頑なだ。やれやれ全く気侭な嬢ちゃんだ。でもそういうの、嫌いじゃない。
「あー、わかったよぉ。何者だ貴様ァ!!」
「……ちょっと、ふざけないでちゃんとやって下さいよ」
「えぇー、やったじゃん今」
「貴様ァ!じゃなくて貴様ぁ!ですよ」
「んーーー。違いがわからない」
「これができなければこの話はここで終わりですからね」
「うそぉん」
責任は重大だった。諏訪子は咳払いをして挑む。
「う、ううん。何者だ貴様ぁ!」
そう言うと早苗はシャキィンって感じにポージングを取った。
「私が、何者か、ですってぇ?知らない貴女はモグリです。英語で言えば、MOGURIです!!
知りたいですか私の正体、ならば教えてあげましょう。産まれた小鹿と雌の穴。鷹とナスビとパン工房。流れる憂世に身を任せ、人の心は移ろえど、されど弛まぬ信仰心。
緑の頭髪靡かせ、歩く姿は百合の花。神の力をその身に受けて、闘う姿は輝く流星!!一度見たら忘れられぬ奇跡の数々、今宵御覧にいれましょう!!
文々。新聞は面白い!!河童の店には掘り出し物が沢山あるよ!!晩酌のお供、夜雀屋もよろしく!!
弱きを助け悪を挫き、貴方の健康な節約生活を応援する、正義の使者!!東風谷早苗とは、私のことですよ!!ばばーん!!ここで音楽が流れる予定」
音楽は流れなかった。あくまで予定だった。
「どうですか?」
「いや、どうって言われても。今の、何なのさ」
「私の前口上ですよ。人気出そうじゃないですか?」
「全然。ちょっと考え直した方がいいよ」
「そうですかぁ?うーーーーん……」
早苗は考え込んだ。結構な時間、考えていた。
「悩みすぎでしょ」
「……スワッティーブ様」
「は?」
「いや、諏訪子様が急に男になったら何て呼ぼうかなと思って」
「えぇー、まさかそれで、そんな悩んでたの?」
「そうですけど?」
「もっと他に悩むべきことがあったでしょ……」
「ありましたっけ?」
早苗はあっけらかんとしている。やれやれヤンチャな嬢ちゃんだ。
「さっきの意味不明な前口上だよ」
「あれ、そんな駄目でしたかね?寝ずに考えたんですけど」
「寝ずに。酒飲んでベロベロに酔った時に考えたのかと思った」
「うそぉん」
本当だった。
「まず長すぎるよね。もっと短くした方がいいよ」
「ほうほう」
「意味不明な台詞も無い方がいい。鹿だの茄子だの」
「なるほど」
「あと、途中の宣伝も要らないでしょ」
「あれは要ります!!あれを入れないと宣伝費が貰えません!!!」
「契約済みだったのか……」
「契約済みです」
なんて気の早い嬢ちゃんだ。見方を変えれば、長所だけど。
「まぁ、わかりましたよ。短くすればいいんでしょう!?短くすれば!!」
「何でちょっとキレてんのよ……」
「じゃあ今の反省を踏まえてもう一度やります」
「うん」
「だから、もう一度言って下さい。言って下さい。言って下さい」
「わかってるよ、うるさいな。……何者だ貴様ぁ!」
再び、シャキィンとポーズ。
「私が、何者か、ですってぇ?知らない貴女は、英語で言えばMOGURIです!!
知りたいですか私の正体、ならば教えてあげましょう。雌の穴とパン工房。歩く姿は百合の花。闘う姿は輝く流星!!
文々。新聞は面白い!!河童の店には掘り出し物が沢山あるよ!!晩酌のお供、夜雀屋もよろしく!!
貴方の健康な節約生活を応援する、東風谷早苗とは、私のことですよ!!ばばーん!!ここで音楽が流れる予定」
やり切った。今度こそ完璧。
「どうですか?」
「ごめん、何かもっと駄目になったわ」
「えぇええー……」
「短くはなったけどさ、残した部分が意味不明なんだよ」
「はぁ、そうですかぁ」
早苗はしゅんとして肩を落とした。
「本当、ごめんね。どうすることもできなくて」
「いえ、いいんです。私には、前口上なんて洒落たことは向いてなかったってことですよ……」
「早苗……」
「はぁ、どうしましょう。この衣装、150万円もしたのに」
「ひゃ、ひゃくごじゅうまん!?うええええええええええ!!!!」
「宣伝費で稼げるかな、って思ったんですけど、無理そうですね」
「ああああああああああああああああ!!ひゃ、ひゃくご、ううううえあああああああ!!!」
「ちょっと驚きすぎじゃないですか?」
「うわああああああああああ!!ひいいいいいいいいいいいい!!!!」
「ちょ、ちょっと諏訪子様、うるさい!!」
「んやああああああああああああああああああ!!ああ……」
「耳が痛いぃぃ……ってあれ?」
急に静かになった。と、思ったら諏訪子は消えていた。帽子だけ残して。
「諏訪子さま?あれ?あれれ??」
帽子の裏を見ても、諏訪子はいない。
「どこ行っちゃったんですかね?」
「それは私が説明しよう」
「あ、神奈子様!!」
畳の下から神奈子が出てきた。
「実は諏訪子はな、150万という言葉を聞くと消えてしまうんだ」
「それ本当ですか?」
「ああ、その理由は……結構長い話になるんだが、聞く?」
「どのくらいかにもよりますね」
「前編後編合わせて五時間くらい」
「いや、ならいいです……」
「途中トイレ休憩もあり」
「いいです……」
「そうか」
「はぁ……諏訪子様、私のせいで……」
「ほーほほっほほーほーほっほほー」
「何ですかソレ」
「朝鳴いてる鳥のマネ」
「そうですか……」
静寂が部屋を包む。いや、むしろ、部屋が静寂を包んでいるとも言える。
「しかし早苗。私はさっきのアレ、いいと思うぞ」
「ほ、本当ですか!?」
「ああ。本当だとも。スワッティーブって名前は実にいい。諏訪子にあっている」
「そこは別にいいです。何で畳の下から出てきたんですか?五時間って長くないですか?何で急に鳥のマネしたんですか?」
「質問をまとめて言うのやめな。早苗の悪い癖だ」
「ごめんなさい」
ぽっぽー・ぽっぽ
「お、鳩時計だ。これで冗談の時間は終了だ」
「終了ですか」
「終了だ。ここからは真面目な話しになる」
「真面目な話し?」
「ああ。さっきのお前の口上だが、直すべきところが沢山ある」
「ええー、例えば、どこですか」
「まずだな、最初の部分をこうして……」
「ほうほう」
「んで、こう、キュっとした感じに」
「はぁー」
早苗は半信半疑で聞いていた。しかし、いざ完成してみると、それは原本を遥か凌駕し、正に神の域へと到達していた。
「な、なるほど!!これは格好良いですね!!」
「そうだろう、そうだろう」
「早速霊夢さん達に披露しに行ってきます!!」
「ああ、暗くなるまでに帰っておいで」
「はい!!」
「夕方はもう暗い内に入るからな?」
「はい!!」
「暗くなったけど、朝になれば明るいから朝まで待とー、ってのは駄目だからな」
「はい!!」
「蝋燭持って、私の周りは明るいから暗くなってませんってのは、それはもうアウトだからな」
「はい!!」
「ルンルンで帰ってきて、気分が明るいから暗く」
「はい!!」
早苗は出かけた。一刻も早く誰かに見せたかった。
博麗神社に霊夢はいた。魔理沙もいた。縁側で茶をしばいている。
「この生意気な茶めぇ!お前どこ産だよ?はっきり言いやがれ!!」
「魔理沙、もっと強く叩かないと!!このお茶、まだ余裕ありそうよ!」
「何やってるんですか?」
「おお、早苗。茶をしばいてるんだよ。お前もやるか?」
「そんな陰気なことしたくありません」
「あー?ノリの悪い奴だなぁ。そんなんじゃ嫌われるぜ?なあ霊夢」
「触らないで、この陰気女」
「うそぉん」
茶をしばくのをやめた。そして、茶をしばき始めた。ずずずず
「うまい」
「美味しいわね」
「ええ、とっても」
ほへーっとするが、こんなことしに来たのではない。目的を忘れては、いけない。
「そんなことより御二方。今日の私、いつもと違くないですか?」
「ああ、何かフリフリの衣装着てるな」
「それに、目元もパッチリしてる気がするわ」
「別に目元は弄ってないんですが」
「ああそう」
「ところで、何で私がこんな格好してるのか知りたくないですか?」
「いや別に」
「えぇー……」
挫けそうになるが、立ち直る。負けてはいられない。
「本当は知りたいんですよね?」
「別に……」
「そうですか、知りたいですか。じゃあ、何者だ貴様ぁ!って聞いてください」
「いや、だから知りたくないって」
もう強引にでも見せ付けないと、話が進まない。早苗はポージングを取る。
「私が、何者か、ですってぇ?知らない貴女は馬の骨です。ヤり捨てられた雌馬です!!
知りたいですかセクシーな私の正体、ならば教えてあげましょう。雌の穴にナスビを突っ込み、喘ぐ私は女の鑑。
淫乱な果実を携えて、欲しがる姿は百合の世界。やらしい飛沫をその身に受けて、乱れる姿は淫魔の如し!!一度聞いたら忘れられぬ夜枷話の数々、今宵聞かせてみせましょう!!
文々。新聞で官能小説連載中!!河童の店にはホニャララが沢山あるよ!!酔った女は堕としやすい、夜雀屋もよろしく!!
プレティーンを食らってサツに追われながらも、貴方の淫猥な夜を応援する、色欲の化身!!東風谷早苗(本番OK)とは、私のことですよ!!あはーん!!ここでピンクな音楽が流れる予定」
音楽は流れなかった。あくまで予定だ。二人を見ると、よくわからなそうな顔をしてた。子供だから。
「どうでした?」
「いや、どうって聞かれてもな……」
「そうよねぇ、だいたいアンタそれ、パクリじゃない」
「パ、パクリ!?」
パクリだったらしい。
「ああ、そうだな。今のは完全にヤマメと被ってたぜ?」
「や、ヤマメ?」
「地底にいる蜘蛛の妖怪よ。アンタのそれ、思いっきりヤマメちゃん体操と丸被りじゃない」
「な、なんですか、そのヤマメちゃん体操って」
「最近流行ってるのよ、知らないの?ヤマメちゃん体操」
「全く聞いたこともありませんが」
「遅れてるなー早苗は。何だったら、今から見に行こうぜ」
「そうね、暇だし」
「いつでも見れるものなんですか?」
「それなりに並ぶけどね」
かくして三人は地底にやってきた。ヤマメちゃんライブ特設会場に並び、三時間程待つ。
「お、そろそろ入れるみたいだぜ」
「やっとですかぁ?私、もう待つの疲れちゃいましたよ」
「忍耐力ないわねぇ。こんなのまだいい方よ。最初の頃は十時間待ちだったんだから」
ようやく順番が回ってきて、三人は会場の中へと入る。会場は満席だった。三人は中心の、それなりにいい席に座る。
「はぁー、やっと座れた。本当に面白いんですか?コレ」
「シッ!!黙って。そろそろ始まるわ。舞台中はお喋り禁止よ」
早苗は口を紡いだ。程なくして、開始を知らせるアナウンスが流れ、ステージを覆っていた幕が静かに開く。
特別なセットは何も無かった。ただ、ヤマメちゃんが立っているだけだ。ヤマメは手を振りマイクに向かって叫ぶ。
『はぁーい!皆さんお待たせ!!ヤマメちゃん体操、始まるよー!!』
(始まった)
『え、アレ、ちょ、ちょっと待って!!このマイクなんかおかしい!!』
(え、なに、機材トラブルですか?)
『ちょ、ちょっとスタッフ!!ちゃんとテストしたのコレ!!』
(これ、大丈夫ですかね。事故なんじゃあ……)
『おかしいでしょ!!だってこのマイクから華の様に可憐な声が……あ、私の声だった!!』
(うざ……)
『では気を取り直して、ヤマメちゃん体操、始まるよー!!』
(やっと始まりますね)
『その前に、毎度馬鹿馬鹿しい話を一席』
(始まらなかった)
『今朝私はどうにも腹が減ったもんだから、定食屋に行ったのさ。そこでいつも私は鮭定職を頼むんだけど、今朝は気分を変えてカレーを注文してみたんだ。そしたら!店員さんが言うんだよ。辛さはどうしますか?って。私はこう言ってやったのさ。アマメで頼むよ、ヤマメだけに、ってね。』
(しょうもな……)
『はぁー、いやぁー、うぇいーぶ、とと、まかっく、やまめ』
(なに?)
『展開、展開がないわ』
(どうでもいいからはやく始めてよ)
『あぁー気持ち悪』いし頭も痛いわ』
(それどうやって喋ってんの?)
『飲みすぎてるからなぁ。後悔は先に立たない』
『というわけで以上!もう永遠に会うことはないでしょう。さようならー』
(終わった)
大歓声に送られて、幕は閉じた。
(これで終わり?1mmたりとも被ってないじゃん……)
ちらりと二人をみる。
「う、ううぅ……泣けるなぁ」
「捕鯨反対って……そういう感じね……」
「マジですか」
しょうもないので、早苗は家に帰った。外はもう暗い。
「ただいま帰りましたー」
「あー、早苗。オア祖狩ったじゃないか」
「は?なんて?」
「遅かったじゃないか。あんまり遅かったもんだから、もうオチが決まってしまったぞ」
「本当ですか?」
「ああ、だから、爆弾を買ってきた」
「爆発オチですか」
「いや違う。爆弾が不発で爆発しないかと思って叩いて見たら爆発してしまう面白オチだ」
「もぉなんでもぃぃです」
さようなら、現世。早苗は得に生きた。
作品情報
作品集:
32
投稿日時:
2015/06/24 06:38:37
更新日時:
2015/06/24 15:38:37
そこはかとないギョウヘルインニ臭。
幻想郷は今日も平和だった