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『料理くん』 作者: おにく
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キャベツにレタス、ジャガイモにタマネギ、塩コショウにトウガラシ、牛乳やチーズにぶどうのようなフルーツも、色とりどりに揃えられていた。鶏肉、パンに白米、豆類に肉類、買い出しにかかったお金は相当なものだ。これも全て、今日という晴れの舞台のため。包丁が舞い、ボウルが踊る。にとりは目の前で料理を続けるドラム缶のようなロボット「料理くん」を、満足気な表情で鑑賞していた。頭部にある赤い三つのセンサーがチカチカと光り、料理と材料をリアルタイムで認識する。足は六本あり、安定性は抜群。四本の腕はホースのようでグネグネと曲がり。先端のアームはどんなものでも器用に掴もことができる。腹部は開閉できるようになっており、その中には十本以上の包丁や百種類以上の調味料など、料理に欠かせない装備品が搭載されていた。いかにもにとりが好みそうな、ロボットチックなロボットである。
「きっと魔理沙たちもビックリするぞ!」
対象を認識し、操作せずとも自律的に行動するロボット、それを作るのはにとり長年の夢であった。このドラム缶は自ら歩き、食材を認識して料理をする。初めて見る食材であっても、初めて作る料理であっても、自ら工夫し料理とする。にとりは、料理くんはもう一般の料理人以上のレベルにあると考えていた。きっと他の河童も、外の人間でさえ、これだけのものを作れないだろう。究極の自画自賛であるが、無理もない。食材の認識は特に苦労した所で、試作段階ではまな板や包丁を料理しようとしたこともあった。それが今では、有機物と無機物を的確に峻別し、立派に料理を作っているのである。
「早速魔理沙に電話しなきゃ!」
浮かれた様子でにとりがキッチンを出ると、テーブルの上にあった真っ黒なPHSに番号を入力する。
「はい、魔理沙だぜ」
「魔理沙! 今ヒマかな!? とっても大事な話があるんだ!」
「はぁ? なんだそりゃ?」
「来てからのお楽しみだよ、すごいよ、ホント。友達も連れてきてね、絶対驚きだから、それじゃ!」
一方的に告げると、にとりは電話を切った。世紀の大発明を成し遂げた喜びで、目の前が見えないぐらいうかれきっていたのだ。事情を説明するような頭が働くはずもない。今はまだ料理くんしか完成していないが、同系統のロボットが量産されるようになれば、幻想郷中のあらゆる作業が自動化されるだろう。一足飛びに、第四の産業革命だ。そして人々が、妖怪が、にとりを大発明家として称賛するのだ。まだまだ課題は多いにせよ、あながち単なる妄想とも思えなかったのである。
「ふふふ……」
その目撃者第一号になるのが魔理沙なのだ。驚く顔が目に浮かび、思わず笑みがこぼれる。そうだ、天狗の新聞社にも手紙を書いておこう。自分が発明者であることを周知しておかないと、手柄を横取りされるかもしれない。にとりはPHSをソファーに放り投げると、椅子に座って、ポケットの中のボールペンを取り出した。
「ニトリサマ」
その浮かれ調子に水をさしたのは、無機質な合成音声であった。にとりが振り返ると、料理くんがどっしりと立って、椅子に座るにとりを見下ろしていた。
「何かよう? 魔理沙が来るんだから、早く料理してよね」
「ザイリョウガアリマセン」
「はぁ、材料なら買ってきてやっただろ?」
にとりは面倒そうに頭を掻きながら返事をする。また誤作動かな。
「ニトリサマノザイリョウガダメデ、マトモナリョウリガツクレマセン。トリニクナド、ツカイモノニナリマセン」
「……いいよ、傷んでるわけじゃないんでしょ。何でもいいからとにかく作ってよ。魔理沙に細かい味の違いなんて分からないからさ」
料理くんはセンサーをチカチカさせ、数秒間思考する。そしてスピーカーから、唐突に音声を発する。
「シカシ、ニトリサマ。スクナクトモ、ニクハトリカエナイト、リョウリニナリマセン」
「もう買い物にいってる時間はないんだよ。いいから、早く作って」
「シカシ、ニトリサマ。スクナクトモ、ニクハトリカエナイト、リョウリニナリマセン」
にとりはため息をつく。料理人以上の料理ロボットという設計思想のためか、融通がきかないところはなかなか治らなかった。材料を評価し、一定以上の点数が付かないと、料理をすること事態を拒むことが有るのだ。何度も何度も同じフレーズを繰り返す。にとりは無視しようとしたが、プログラムが同じ所でループしているのか、このままでは、何十日も、何十年もここに居座りそうな勢いであった。
「……もう、いいかげんにしろ!」
にとりは椅子から立ち上がり、ドンと料理くんの体を押した。料理君は壁にぶつかり、銀色のボディに傷が付く。
「早くしろよポンコツ、私がやれって言ってるんだから、やればいいんだよ! 魔理沙が来るまでに出来てなかったら、スクラップにしてやるからな!」
料理くんのセンサーがゆっくりと二回光る。
「とりあえずあるもの全部使って、それで作ってよ。もう二度は言わないからな」
「アルモノゼンブ……」
「そうだよ。もうお願いだからさっさとしてよ、恥をかくのは私なんだから」
そうしてにとりは言いたいことだけ言い尽くすと、ドスンと椅子に腰掛け、手紙用の用紙を手にとった。文面はどうしようか。世紀の大発明だから、慎重に書かなければいけない。古くからの大科学者がそうであったように、発明の際のエピソードは何千年も後にまで残る、そうアルキメデスのように。この手紙の文面が、のちのち様々な書物で引用されることになるかもしれないのだ。にとりはじっくり腰を据えて考えようと思った。どうしようかな。「幻想郷を変える驚きの発明が……」って、これじゃあまるでセールストークだ。にとりはペンをくるりと回す。
「難しいところだなぁ……う゛ッ!?」
その時、にとりの背中に激痛が走った。口を開き、唾液かなにかを吐き出しそうになるぐるぐるした腹の感覚。みぞおちの中がこねくり回されるような強い痛みだ。飛びそうな意識の中で腹部を見ると、そこにはなぜか包丁の切っ先があった。
「う゛うぅ……っ!?」
刃が皮膚を破り、肉を裂き、骨を断って貫通したのだ。生まれて初めてのこと、そして一生のうちの最後の一回となる。包丁が引き抜かれると、大量の血液が腹から吹き出した。川のように青い服は赤く茶色く汚れ、嗅ぎたくない自らの血の臭いが嗅覚細胞に押し込まれる。非現実的な恐怖に頭がグラグラした。にとりは椅子の後ろに崩れ落ち、仰向けのまま料理君を見た。
「ニトリサマ、ニクシツ83点、ゴウカクデス」
絶望した表情のまま、にとりはそのあまりにも無機質な声を聞いていた。なぜ料理くんが血まみれの包丁を持っているのか。当然だ、野菜や魚と並んで、肉は重要かつ、メインを飾る最も華やかな食材、そして生き物なら、本質的になんでも肉になる。自ら考えて料理をするという設計が原因に違いない。この機械は、客観的状況事実を元に客観的判断を下し、にとりを食べ物にした。にとりは、その生き物としての本能から、自分が食料になるという無残な結末だけを悟ってしまったのだ。ヒューヒューと苦しそうに息をする。なぜ、こんなミスをしてしまったのか。そしてにとりは恐ろしくなって、大粒のナミダを流した。
「やめ゛っ……!」
包丁が振り下ろされる。あまりにも早く、反応することさえ出来なかった。服越しに腹に包丁が刺さり、まっすぐ縦に切り裂かれる。痛いはずだが、もう痛いと感じることさえない。ホースのようなものが腹に入ってゆく。体の中が蹂躙される。食べられる内臓、利用できる内臓、仕分けられてゆく。まるでものを扱うように、感情もない機械的な動作だった。包丁は余計な部分を傷つけないように、慎重に振るわれている。高度な集積回路がビンビンに働いて、屠殺の現場は合理化されてゆく。にとりは薄れゆく意識の中で、後悔もなく、ただ全てを塗りつぶすよう理不尽な恐怖が胸中を支配していた。
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魔理沙がやってきたのは、それから2時間ほど後のことである。そばにはアリスと早苗がいた。すでに太陽も空に昇り、爽やかな太陽の光が幻想郷中に降り注いでいた。
「にとりー、約束通り来てやったぜー?」
玄関の扉を乱暴にノックする。魔理沙はにとりの電話を受けると、律儀に友人に連絡を取り、にとりの家へと向かった。にとりがああいう調子で連絡をするときは、よっぽど面白い事があるときに限っていた。そして発明の類であれば、魔理沙も恩恵を受けられる。魔法の研究を中断して河童の里にまでやってくることは、友情を差し引いても、利益ある行動であった。派手で便利でかっこいいものなら貰って行ってやろうと、すでにそこまで考えている。
「返事がありませんね」
「留守かしら」
「呼びつけておいて留守ってこともないだろ。にとり、勝手に入るぞ」
魔理沙は家に土足で上がる。工具や機械の部品が散らばっている、いかにもにとりな部屋であった。いつもは機械油などの臭いしかしないのだが、今日はなぜか、奥から腹がなるようないい匂いが漂ってきていた。魔理沙は好奇心にかられ足を進めると、そこは客間であった。テーブルの上には、ハンバーグ、オムライス、チンジャオロースなどの料理がある。いずれも一人では食べきれないほどの量だ。それが出来立ての湯気を上げながら、魔理沙たちが来るのを待っていたのだ。
「おっ、なんだ。今日はパーティーか?」
魔理沙は料理に近づくと、すぐそこにあったサイコロステーキの一かけらを、指で掴んで食べた。
「魔理沙、行儀が悪いわよ」
「いいだろ別に。……うんうまい。豚肉かな、これ。早苗とアリスもどうだ?」
二個、三個と口に運ぶ魔理沙、あまりにも美味しそうだったので、次に続いたのは早苗だった。そしてアリスも。口に入れると旨味に甘みが添えられたジューシーな肉汁が、肉の奥から絶え間なく溢れ出てくるのだ。ゴテゴテした過剰な脂肪もなく、すっきりと飲み込める後味の良さであった。素材と料理人の腕が光る。そして、そのようにつまみ食いをしている一行のもとに、ガシャンガシャンと奇妙な足音が聞こえてきた。それはドラム缶にアームが大量に取り付けられた、奇妙なからくりだった。赤いライトのようなものが、チカチカと光っている。体は鉄のように銀色であったが、赤茶けた塗装がアトランダムに散りばめられていた。
「なんだお前、水筒の妖怪か?」
「チガイマス。ワタシハ、ニトリサマニツクラレタロボット、リョウリクンデス」
「へぇ、ロボットさんですか。すごいです!」
「センスの欠片もない名前だな」
口々に感想を漏らす二人に対して、アリスは口を抑えたまま絶句していた。
「これ……、魂がないわ。外からの入力もなく、ひとりでに動いてる」
アリスは料理くんに近づくと、そこ体を確かめるように触った。三つのセンサーが瞬く。
「自立型人形の一つの答え……、先を越されたのね」
それだけ呟くとアリスはがっくりと肩を落とした。
「にとりが見せたかったものってコイツか?」
「きっとそうよ、大部分は既存技術の流用だけれど、思考を司る中枢部には高度な技術が使われているはず」
「料理をしてくれるロボットさんでしょうか」
「ソウデス。コノリョウリハ、ワタシノジシンサクデ、ニクニハトクニコダワリガアリマス」
「へえ」
魔理沙はイスを引いて座り、箸を取る。
「食べてもいいんだろ」
「モチロンデス。ニトリサマニ、ミナサンヲオモテナシスルヨウニ、メイジラレマシタ」
「えっ、いいんですか? それじゃあ、つまみぐいするまでもなかったですね」
早苗とアリスが座るころには、魔理沙はもう手をつけていた。品目は優に10種類を超えていた。ステーキや刺身の他に、肉と野菜の炒めもの、シチューや、メンチカツなどもある。しかしいずれも出来立ての暖かさで、テーブルに座ると、食欲をそそる匂いはますます強まるかのようであった。
「肉料理が多いわね」
アリスはお腹を擦った。
「……太るかも」
「太ったら、そのぶん動けばいいんですよ、いただきまーす!」
早苗も食べ盛りの女子高生である。魔理沙だってまだまだ発育途上だ。尻も、胸も。こう料理が並べられていては、やはり抗うこともできない。そんな二人につられて、アリスも目の前のメンチカツを箸でつまんだ。美味しかった。どの料理も本当に美味しい。魔理沙など、普段料理に手間をかけていないから、美味しさもひとしおである。牛とも豚ともつかない妙な肉であるが、特殊な調理法を用いているのか、あるいは材料が変わっているのか。こってりしすぎず、いくらでも食べられる。特にアリスなど、遠い昔に食べたような懐かしい味がして、他の二人よりも食べ過ぎてしまった。
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そして30分ほど、三人は雑談もそこそこに、目に入る料理を口に入れ続ける。ようやく料理が無くなりかけたころに、魔理沙が突然、二人に話しかけた。
「あいつは?」
「あのカラクリなら、随分前に出て行ったきり戻ってきてないわよ」
「……なあ、ところで、さっきは料理の匂いで気づかなかったんだけどさ」
魔理沙は箸を置いて顔を下げる。
「何か変な臭いがしないか、血なまぐさいというか」
「そうですか? 私は分かりませんけど」
アリスは鼻先をヒクヒクと動かし、臭いを嗅ぎ取ろうとする。
「動物の臭いじゃない? これだけ肉料理があるんですもの」
「見に行ってみないか」
「私も気になります!」
早苗は手を上げながらにやりと笑った。
「美味しいけど、なんだか食べたことのない不思議な味でした! 秘密を持ち帰って、晩御飯の献立の参考にします!」
「だよな。豚みたいだけど、食感は牛に近いし、珍しい食材を使ってるに違いないぜ。にとりも来ないし、拝借しにいくのもいいだろ」
「ええ、本気なの?」
アリスは露骨に嫌な顔をして、二人を見る。
「動物の死体があったら、ちょっと気分が悪いじゃない。それに、服に臭いがついちゃうかもしれない」
「怖いのか?」
「怖くはないわよ」
「じゃあ行こうぜ」
「行きましょうよ、絶対面白いですよ!」
不満気なアリスを説得し、一行は臭いの元へ行く。進行方向にはやはりキッチンがあった。窓もなく、家の奥の方に設けられていたため、真っ暗でよく見えない。ただ血なまぐさい臭いは近づくたびにますます強烈になって、最初は鈍感だった早苗さえ、不快そうな表情をするほどであった。
「うわっ」
突然魔理沙が飛びのぎ、側にいた早苗に抱きつく。
「どうしたんですか?」
「床が濡れてる」
「水でもこぼれてるんでしょうか」
しかし部屋にはほとんど明かりもなく、地面にあるものの正体は掴めなかった。アリスは壁を触りながら、ゆっくりとキッチンの中に入る。
「何も見えないわ、ランプはある?」
「ランプって……、河童の里はもう電気の時代ですよ。ほら、ここにスイッチが」
早苗は手探りで小さなボタンを探り当てると、カチリと押し、天井の電灯をつけた。
「へっ……」
魔理沙がマヌケな声を漏らす。キッチンの台の上には、パーツごとに切断されたにとりの死体が、几帳面に並べて置かれていた。
「う、うわあああああああああああああ!!!! にとり! にとり!」
魔理沙はにとりの死体に近づき、狂乱して死体をつかむ。キッチン台の上には、手首、足首、膝からふくらはぎの下にかけて、右腕、右乳房、性器、尻の大部分、肺や心臓などの内蔵、そして首が並んでいた。目は上手く閉じず半開きになっている。口元から血を流し、目の周りには涙の跡があった。どちらにせよ、こうまで蹂躙されては、妖怪とて生きのびることはできない。魔理沙が何度呼びかけても目をさますことはなかった。
「これ、バラバラ死体ですか!? 初めて見ました! それじゃあ、さっき食べた肉は……」
早苗は驚いたような、恐れているような様子であったが、同時にこの異常事態を楽しんでいるようでもあった。アリスは驚いたような表情をしていたが、同時に何かすっきりしたような感覚も覚える。何か懐かしいような味がしたのは、河童の肉の味が、何世紀か前に食べた人肉の味に近かったからなのだ。一方で大変なのが魔理沙である。魔理沙は何を食べてしまったのか理解すると、激しい吐き気がして、ぐちゃぐちゃの吐瀉物を流し台に戻してしまった。
「うう、ううううううぅぅぅ……!!!」
「ちょっと魔理沙大丈夫!?」
アリスがそっと近づき、優しく背中を擦ったが、全く大丈夫ではなかった。嘔吐が終わったと思うと、また吐き気がする。肩で息をしながら、なんども嘔吐を繰り返し、それは胃の中がからっぽになるまで続いた。アリスは妖怪だし、早苗は外でスプラッター映画を鑑賞している。このような状況に最も慣れていないのが魔理沙なのである。
内容物を全て吐きつくすと、全身の筋肉を失ったかのように崩れ落ちた。よく見れば床には、赤黒い血液がところどころに池を作っている。料理の際に飛び散ったのか、壁や流し台、包丁などの調理器具にも血液が飛び散り、絵の具のバケツをぶちまけたような大惨事になってしまっていた。
「ハア、ハァ、にとり……クソっ、もっと早くここに来ていれば……」
一方、早苗はおっかなびっくり、興味深そうに死体を見ている。指先でつつくと、肉から出たであろう脂が爪の上にへばりついた。間近で臭いをかいでみると、血生臭さは最高潮、全身がすっと涼しくなるような感覚があった。しかし、魔理沙のような吐き気はない。強い拒否反応がなかったことは、早苗自身、意外に思えていた。
「ねえ、二人共」
アリスが口を開く。
「犯人が戻ってくるかもしれないわ、兎に角、まずはここを離れて……」
だが、その判断はあまりにも遅すぎた。けたたましい金属音とともに、先ほどの料理ロボットがキッチンになだれ込んできたのだ。
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料理くんの腹部が開くと、調味料の噴射口から黄色い煙が吹き出した。三人は悲鳴を上げ、逃げようとするが、かなわずその場に倒れた。それはにとりが保管していた麻痺効果のあるガスであった。意識を奪わず、筋肉の動きを抑制するものだ。侵入者がいたとき、にとりが使用しようとして保管したものであったが、意外な形で利用されることとなった。防犯用のガスは、新たな肉を狩猟するための道具になったのだ。
キッチンという密室にいたことが災いして、ガスの充満は非常に早く、三人のうちの誰もがそこから逃げられなかった。料理くんが六つの足でゆっくりと近づいてくる。4つのアームのうち、2つは包丁を握っていた。
「な、なんですか、体が……! でも、逃げなきゃ……」
早苗は体がうまく動かないことを悟るが、危険な状況であることは明らかなので、必死に、虫のように這いながらキッチンの出口を目指した。一方、料理くんが目をつけたのは魔理沙であった。包丁が光ると、魔理沙のスカートを貫き、やわらかなふとももに突き刺さる。何の躊躇もなかった。相当に機械的な殺人動作、機械に倫理は無く、ただ目的を達成するのみ。
「あ゛ああぁぁ……!」
魔理沙は脂汗を流しながら歯を食いしばる。ガスのせいで叫ぶことは出来ないが、気絶しそうなぐらいの激痛が全身に広がっている。そして肉片を採取すると、センサーで肉質を測定する。赤身と脂肪の割合、年齢、性別、匂いや甘み、辛みなど、評価尺度は様々だ。そこから一定の計算式で、一定の点数を算出する。その間にも魔理沙の血液はだらだら漏れ、にとりの残したそれと混ざり始めていた。アリスは死にかける友人を見て、動けないもどかしさと、巻き込まれる恐ろしさを同時に感じ、悲痛なため息を漏らす。魔理沙もアリスも指が動かず、混乱とガスの化学作用で頭もまともに働かなかったため、簡単な魔法も唱えられなかった。
「キリサメマリサ、ニクシツ74点、ソコソコデス」
無機質に告げると、機械の体からチェーンソーを取り出し、電源を入れた。大神のように唸る機械に、魔理沙は小さな悲鳴を挙げた。手足の先を動かし服をバタバタとさせ、芋虫のように暴れようとするが、悲しいほどに体は動かず全身から汗が流れてくる。魔理沙は目を見開いて、回転する切っ先を見る。そしてチェーンソーは魔理沙の腹に突き刺さり、丸太を切り落とすように胴体を切断した。
「い゛いいいいいぃぃぃ!!!!」
主を失った下半身は、弛緩して失禁する。そして腹の切断面からはズタズタになった腸などの内臓がドロドロと溢れていた。魔理沙は涙いっぱいの目をかっと見開き、「ア゛ッ」と短い悲鳴を上げると、そのまま絶命した。料理くんはそのまま魔理沙の死体をバラバラにして、まとめて箱に叩き込んだ。不規則な生活と乱れた食生活が評価を下げたのだろう。魔理沙の肉では、ミンチにしてハンバーグ、デミグラスソースでごまかすのがせいぜいか。
「ま、魔理沙、い、いやあぁぁ……!」
センサーがアリスの方向を向く。魔理沙の返り血と肉片を浴びて真っ赤に染まった塊が、ゆっくりと近づいてくる。アリスは退行したように、いやいやと首を振りながら震える。しかし料理くんの視界にあるものは、まだ生きのいい食材にすぎなかった。
そうしてアリスが生死の瀬戸際に居る最中、早苗は痺れる体を必死に動かしながら、奇跡的にキッチンの外に這い出ていた。背中からは魔理沙が切断される水っぽい音と、重々しい金属音、時折聞こえるのは、喉の奥そこから漏れる痛々しい悲鳴だ。
「とにかく逃げないと、……私の奇跡の力、今こそ起きて下さい!」
一秒に数センチ、それだけ進むのでも全身の筋肉を使うから、耐え難いほどに体力を消耗する。その上、ガスが喉のあたりにも効いているのか、呼吸も普段通りとはいかず、二重の苦労を強いられる。後ろでは魔理沙を破壊する音が聞こえなくなり、機械の関心がアリスに向いたことが分かった。魔理沙は恐らく死んだのだろう。悲しくはなかった。生きてここを脱出することに全神経を集中させていたから、悲しむ余力は残っていなかったのである。
死にたくない。絶対に、何を犠牲にしても死ぬのだけは嫌だ。早苗の心臓は、恐怖のあまり暴れるように脈打っていた。
「アリスさんは妖怪だから、魔理沙さんより耐えてくれるはず。少しでも長く、時間を稼いで下さい……」
この家さえ抜け出せば、助けを呼べるはず。ここは河童の里、もしかしたら誰か、悲鳴を聞きつけてやってくるかもしれない。それに自分には奇跡を起こす力があると、二柱の神から聞いているのだ。早苗にはそんな甘い期待があった。キッチンではアリスが刺されていた。肉を抉り血を掻き分けるような生々しい音が早苗にも聞こえてくる。人間と魔法使いの差か、ガスの聞き方に差があるようで、早苗にも聞き取れるほど悲鳴は大きかった。
「い、嫌、そんなのいやぁ、お願いします。私、いい子でした、外でも幻想郷でも、何で私が殺されなきゃいけないんですか?」
早苗はぜいぜいと呼吸を繰り返しながら、大粒の涙を流し訴える。
「私、まだやりたいことが一杯あるんです、まだ二十年も生きてないんです、だから、お願いだから、殺さないで、殺さないでくだ……」
口上の途中だった。包丁は何の躊躇もなく、早苗の目の前の空間を切り裂きながら、その喉へと突き刺さった。
「!!!」
急所に深々と包丁が突き刺さっているのを真っ暗な瞳で見つめている。引きぬくことは出来ない。許されない。早苗はもう声を出すことができなくなった。首の血管が切り裂かれ、血が噴き出るばかりが、喉の中に流入して息もまともにできなくなった。喋ろうとするたびに喉の傷口はゴポゴポと泡を吐き、何も言葉にはならなかった。早苗は必死に自分の首を押さえ、血液の流れを止めようとするが、そうするたびに指の間から血が吹き出し、手のひらを鮮やかに染めてゆくのである。
次の一撃は肩であった。ゆらぎのないまっすぐとした一閃は、その一撃だけで早苗の右腕を切り落とした。喉をおさえていた腕が片方飛び、激痛から、早苗は床に倒れこむ。切断面が壊れた蛇口のように血液を流し続ける。早苗は舌を出し、そして、そのまま動かなくなった。幸いなのは、早苗がか弱い少女であったことである。妖怪なら、一撃でショック死することは出来なかっただろう。そして早苗は、カニの甲羅を剥がすように、巫女の服を切り裂かれ、両手両足、各種内臓、首と乳房、腹と尻など、パーツごとに切り分けられた。それぞれの肉に、それぞれ適した調理法がある。だからこそ、にとりはバラバラになり、早苗もバラバラになった。
四人の肉は、各々の方法で解体され、キッチンの冷蔵庫に保管された。少女の首は4つとも、冷蔵庫の一番下の段に綺麗に並べられている。
肉質に差があったので、首を除く赤身は部位ごとというより、個人別に整理された。まだパーティーは終わっていない。まだにとりから、料理をやめろという命令は受けていない。料理くんはプログラムされた本能に従い、少女たちの肉を料理し始めた。脂肪たっぷりの早苗の胸でフライパンをテカテカにすると、5cmほどの厚切りふともも肉を焼きつくす。香ばしい匂いが血なまぐさい悪臭を打ち消して、家いっぱいに広がる。もうもうと煙が立ち、薄い肌桃色は、茶色く肉めいてくる。
味付けは塩とコショウ、素材を殺さないシンプルなやり方だった。特にタレなどはつけない。そしてミディアム・レアに焼きあがった早苗の肉を皿に乗せ、色とりどりの温野菜で飾り付けると、高級和牛に見劣りしない見事な人肉ステーキとなった。その他の肉も見事な料理に変わってゆく、すき焼き風に煮込んだもの、てんぷらにしたもの、カリッと揚げてカツにしたもの。魔理沙の肉は多少見劣りするので、カレー粉をまぶすなど、濃い味付けを行うことで対処することとなった。
こうして少女の肉をふんだんに使用した料理が次々とテーブルに並んでゆく。なにしろ使い切れないぐらいに人肉があるから、作っても作っても終わらないのだ。
だが、それを食べるものはいない。にとりも死んでしまい、停止の命令を下せるものもいなくなった。誰も食べるあてのない人肉料理を作り続ける。日が暮れるまで料理を続け、それは夜通し続けられることとなった。温かかった料理はだんだんと冷え、味も落ちてくる。それでも肉は、様々な料理に変わり続けている。
四人のバラバラ死体が発見されたのは、それから三日後のことであった。
おにく
- 作品情報
- 作品集:
- 最新
- 投稿日時:
- 2020/03/25 08:44:18
- 更新日時:
- 2020/04/02 19:30:28
- 分類
- 東方
- カニバリズム
- にとり
- アリス
- 魔理沙
- 早苗
とても素晴らしい作品でした!