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『東方下克上「ケース7 比那名居天子と永江衣玖の場合」』 作者: ウナル

東方下克上「ケース7 比那名居天子と永江衣玖の場合」

作品集: 2 投稿日時: 2009/08/13 16:46:32 更新日時: 2009/08/14 01:46:32
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

現在の幻想郷に不満をもつものたちよ

我が声に応え、我が元に集え

反魂玉の力にて

幻想郷を変えようぞ

今、下克上の時

今宵丑の刻、妖怪の山の大洞窟にて待つ

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


 ある日、幻想郷に住まう全ての従者・弱者に手紙が届けられた。

 受け取った者たちは様々な思いを胸に大洞窟に向かった。

 ある者は野望。ある者は憎悪。ある者は情欲。ある者は支配欲。ある者は好奇心。ある者は嫉妬。ある者は憤怒。あるいは無関心。

 様々な思いを乗せ、大洞窟に幻想郷の従者たちが集う。

 反転地。

 下克上を求め。






◆    ◆    ◆






「ん……」



 薄い暗闇の中、比那名居天子は目を覚ました。

 彼女の赤い瞳はぼんやりと焦点を合わせ、次第に視界に像を結んでいく。

 天子の目に映ったのは、“闇”と“壁”、そして無慈悲な鉄の扉であった。



「ここは……?」



 固く冷たい床の感触に、天子はここが自分の部屋ではないことに気づく。

 天上からおざなりに下がった小さな電球に映し出されるその部屋は無骨なレンガ作りで、天子は今まで生きてきたきらびやかな天界の部屋とは天地ほどもかけ離れた部屋であった。

 部屋の隅にはムガデが這い、電球には羽虫がたかっている。

 それらのおぞましい姿に天子は嫌悪感をあらわにし、鉄の扉へ向かおうとする。



「いたっ!」



 天子がかけ出そうとした瞬間、首元が強く引っ張られた。見れば、首には頑丈そうな枷がはまっていた。それは鎖で壁へと繋がれ、天子の行動を封じていた。

 さらに手足にも同じような枷がはめられ、ろくに動くことすらできない。

 だが、それ以上に天子を驚愕させた事がある。枷をはめられた腕。それが小枝のように細くなっていることだ。



「えっ!? う、嘘!?」



 天子は慌てて自分の両足を見る。

 見れば両足も人形のように細くなっており、今にも折れてしまいそうだった。

 顔に触れる。形の良い鼻、口。だが、それらは自分が覚えているものよりも一回り小さく作られていた。

 それに自分が着ている服は子どもの頃着ていた服ではないか。



「わ、わたし……子どもになってる……?」



 天子は顔を両手で包みながら、他人事のようにつぶやいた。

 天子の中で恐怖とも驚嘆ともつかないドロドロとした感情が産声を上げた。

 自分が〈肉体的に〉否定されるという感覚。

 だが、震えそうになる身体を天子は持ち前の気の高さでかみ殺した。



(落ち着きなさい天子! わたしは天人なのよ! こんなことで取り乱したりしない!)



 両手を強く握り、押し寄せる感情を扉の奥へと押し込んだ。荒くなりかける息を押し殺し、天子は息を整えた。

 すると、レンガを叩くような音を天子の耳が拾った。

 どうやら誰かの話し声のようだ。しかし、壁に阻まれ、その声は濁ってしまう。

 天子は壁にへばりつくように耳をつけ、なんとか断片的な会話を拾った。



「はい……薬で……ええ…そのつも……」

「…あなたに……感謝してま………下克上…………天子様……」

「……これから見て……………そうですか………では…………」



(誰? いったい誰が……? こんなことを)



 いくつかの部屋を隔てているのか、声は蚊の羽ばたきように小さい。

 会話のようであるが、ほとんど内容がわからない。

 だが、この会話の主は間違いなく自分をこのような姿にしたものだろう、そう天子は断じた。

 そう意識した瞬間、天子の中で憎悪の炎が燃え上がった。

 誰が犯人か。その心当たりは天子には多すぎて目星をつけられない。復讐なり何なりされる理由も両手では数えられないほど心当たりがある。 

 だが、誰がどんな目的でこんなことをしたのかは関係ない。天人たる自分にこんな辱めをした人物を天子は許しはしない。

 天地天命に誓い、天子はこの事件の犯人を八つ裂きにしてやると心に決めた。

 確固たる目的を持ったことで天子の様々な疑問を振り払う。逆にそうしなければ、自分が狂ってしまいそうだったのだ。



「見てなさい……緋想の剣で八つ裂きにした後、要石の人柱にしてやるわ……」



 そこまで言ったところで、自分の命の次に大切なあの宝具がないことに気づいた。

緋想の剣は気質を吸収し力に変える宝剣、要石は地震を押さえ込む力を持つ石である。この二つの道具は天子にとって無くてはならない武具であり、これがなければ天子はその力を発揮することはできない。

まさしく手足をふさがれてしまった事を改めて実感し、天子はくちびるをかんだ。



コッ…コッ…コッ……。



 ふいに固い音が響いた。

 誰かがこちらに近づいてきている。

 天子はつばを飲み込み、身を固くする。

 一度封じたはずの恐怖が再び身を登ってくる。

 〈何かが起きる〉という予感。それもとびきり悪質で凶悪な。

その漠然としたぬるま湯のような予感に、天子の脳内は塗りつぶされつつあった。



 コッ…………。



 音が、止まった。
 
 重苦しい音がして鉄の扉がゆっくりと開く。



「うっ……」



 天子の視界を光が覆い尽くした。思わず目を閉じてしまう。

 それは強い光ではなかったが、薄闇ともいって言い空間に慣れていた天子には刺激が強すぎた。

 恐る恐る目を開けると、逆光の中に人影が見えた。

 頭部から伸びた白い耳、スカートから見えるのは女性らしい丸みをおびた太もも、そして、彼女の象徴たる真紅の瞳。


 
「あ……、あんた!!」

「お目覚め? お・ひ・め・さ・ま」



 永遠亭の白兎、鈴仙・優曇華院・イナバがそこにいた。






◆    ◆    ◆






「……あんたが犯人だったとはね。でも、安心したわ。これで心置きなく、思う存分嬲って晒して殺せるわ。遺言くらいは聞いてあげるわよ?」



 現れた犯人の姿に天子は全身の殺意を集め、射殺さんと視線を向けた。

 だが、その小さな暴君の姿をレイセンは嘲笑した。



「ん〜、そういうことは自分の状況を見て言ったらどうです? 手足動かせないのにどうやって私を殺すんですかね? 武器もないし、身動きも取れない。それにこんなにちまっこく可愛くなっちゃいましたしね。あらあらてんしちゃん、どーするんでちゅか〜?」



 レイセンはにこやかに笑い、小さくなった天子の背に合わせるように足を折った。その口調は絶対的優位を持った者特有の、相手を見下す軽い口調が混じっている。

 天子はレイセンを殴りつけようと手を伸ばすが、その拳がレイセンの顔面を捉える寸前で首の鎖が伸びきってしまう。

 レイセンは大げさに飛びのき、天子との距離を取る。



「ぐっ! このぉ!!」

「おお、こわいこわい。てんしちゃんは気が短いてちゅね〜。そんなんじゃ立派な大人になれないでちゅよ〜」



 レイセンは踊るようにくるりと身体を回転させ、天子を見つめる。

 真紅の瞳がらんらんと輝き、張り付いたような笑みを浮かべる。その姿は狂気に満たされた狂人のそれを思わせ、天子の中の恐怖の鍵を開けた。



「人間でも妖怪でも天人でも、幼い時の教育って大事だと思うのよね」



 まるで、午後のティータイムの世間話のような口調でレイセンは話し始めた。

 それは薄暗い醜悪な部屋の中にあって、完全な逸脱であると天子の瞳に映った。

 扉の向こうからウサギが現れ、レイセンに棒切れを手渡す。細い鉄の棒を力任せに捻じ曲げながら、レイセンは軽い口調で話を続けた。



「子どもの頃に親の愛情を受けられなかった人は心に闇を持ってしまう。善悪の分別、自己犠牲の精神、他者への愛情、そういうものは子どもの頃の躾で決まるのよね。それが無いまま大人になると、性格が捻じ曲がるのよね。ちょうどこんな感じに」



 いくつもの折り目を付け、グニャグニャに曲がった棒をレイセンは見せる。
 


「だから、親に相手をされなかった子どもって可哀想だと私は思うわけ。できるなら、もう一度その子に救いの手を差し伸べてあげたいってね」

「……下らない偽善心ね」

「そう? どこかの誰かさんを見てるとあながち間違いじゃなさそうだけど?」



 口に棒を当てながらレイセンは笑う。

 その様子に天子は歯噛みする。



(コイツ……わたしの過去を知っている? でも、なぜ?)



「で、ここからが本題。この捻じ曲がった棒をどうすれば真っ直ぐにできるでしょうか?」



 曲がった棒を天子の足元に投げ、レイセンは問いかける。

 甲高い音が耳に痛い。

 この異常な状況に置かれ、天子の中では答えがまとまらなかった。

 あるのは無数の疑問。

 だが、何一つ明確な答えが出てこない。

 そして、波に流されるように押し寄せてくるのは、理屈の無い恐怖の予感。



「答え。『無理矢理ねじ戻す』」

 バシンッ!!



 固い床を何かが叩く。

 黒いそれは一瞬で這っていたゴミ虫を粉々にし、レイセンの手元へと戻る。

 黒い光沢を放つそれは、3メートルほどの長さがあり、しなやかな身体をくねらせ、次の獲物を待っている。



「な、なによ! それ……!」



 わざわざ聞かずとも天子はそれが何なのか知っていた。そのくらいの知識は天子にもあった。

 ここで天子が聞きたいのは、その道具の名称ではなく用途なのだ。



「まずはシンプルなところから入りましょう。慣れてきたら次のステップ進みますからね」



 天子の問いに見当違いな答えを返し、レイセンは再び“ソレ”を床へと叩きつける。

 耳をつんざく音が部屋に響き、狂気の反響を生み出す。

 だが、それだけではない、ウサギたちによって部屋の中には次々と異様な器具が運び込まれてくる。

 無骨なペンチ、男性器を模した張り型、透明な液体の詰まった注射器、光を反射するナイフ、万力の付いた二枚の板……。



「い、やっ! いやぁああ!!」



 何とか枷を外そうとする天子。

 だが、それとほぼ同時に壁から重い機械音が響いた。
 


 ギュイン……ガッガッガッガッ。
 


 天子につながれた鎖、それが壁へと吸い込まれていく。壁の中に埋め込まれたニトリ製ウインチが作動したのだ。
 
 四肢と首に取り付けられた枷により、天子の身体は壁へと引き寄せられていく。



「くぅ! こんなもの!!」



 天子は鎖を引き千切ろうと力を込めるが、鎖も枷もビクともしない。

 緋想の剣を奪われ身体の自由を奪われた今、天子は赤子同然だ。

 とうとう壁に張り付けられ、その幼い身体をレイセンにさらすことになってしまった。



「安心して下さい。〈絶対に殺しませんから〉」

「いやぁーーーーっ!! いやぁああああああああッ!!! た、助けて! 助けてぇぇっ!!」



 天子は絶叫した。

 ガシャガシャと鎖を鳴らし、助けを求める。

 その言葉はレイセンに対してか、それとももっとも信頼していた龍宮の使いに対してだろうか。






◆    ◆    ◆






「ひぃぃ!」

 鞭の一振りで服が裂けた。

「ひぎゃああ!!」

 鞭の二振りで皮が裂けた。

「ギャアアアアアアアア!!」

 鞭の三振りで絶叫した。



 その数が十を数える前に天子はその意識を刈り取られていた。

 それほどまでに鞭の痛みは想像を絶していた。



「あらあら天子ちゃん、ねむねむですか〜? おねむには早すぎですよ〜」



 レイセンの後ろからバケツを持ったウサギが部屋に入ってくる。

 そのウサギは赤く染まった天子の胸元に向かい、バケツの水をぶちまけた。



「―――――っつ――――――――ギャアアアアアアアアアアアアアアアッッ!!!」



 水をかけられた瞬間、天子は苦痛の絶叫を上げ、意識をムリヤリ引き戻された。

 胸の傷口に水がジクジクと染み、この世のものとは思えない痛みを与えてくる。



「はあ〜。流石に塩水はこたえるみたいですね。いい感じです。まだまだいっぱいありますから、気を失ったらかけてあげますね」

「熱っ! 痛いっ……! いやぁ!! いらない! そんなのいい!!」

「じゃあ、がんばって意識を保っていてください、ねっ!」



 バシィィィィィン!!




「いだぁぁぁぁぁぁぁああッッ!! 痛いッ! 痛いッ! 助けてぇぇっ! 助けでぇぇぇっ!!」

「まだまだですよ。せめて、後二十回は耐えてもらわないと」

「にじゅっ……!? ムリ! ムリィィ!! ゼッタイダメ!! ダメダメダメェェ!」

「あらあら、やる前から無理だダメだなんて諦めるなんて。あの頃のキレイな心はどこに行ったのやら。人生なんでも挑戦ですよ。はい、いーち」

 ビシィィィィィッッ!!

「うぁわあああああああああああっっっ!!!」





「にじゅう! ふぅ。てんしちゃん、がんばったね〜。いいこいいこしてあげる」



 レイセンは場違いに明るい声をかけながら、天子の頭をなでる。

 焼け付くような痛みを全身に感じるようになった時には、服はもうはりついた布切れ程度しか残っていなかった。

 傷口からあふれ出した血は足元に血溜りを作り、瞳は虚ろで何も見ていないように思える。

 しかし、天子は生きている。心臓は鼓動を刻み、口からは弱々しくも呼吸音が聞こえる。




 そして、レイセンは宣言通り、天子を殺さないために最大限の努力をした。

 傷口を止血させ、消毒液をかける。傷口が深い箇所は丁寧に縫い合わせ、出血多量を起こさないように点滴を打った。

 それでも二十回もの鞭打ちをされてなお生きていたのは天子の潜在的な生命力と、永遠亭の薬の効能によるところが大きい。

 だが、天子の肉体はともかく精神的にはまったく休ませる気のないレイセンは半覚醒の天子にこう言った。



「じゃあ、次にいきましょう。てんしちゃん、ガンバ☆」



 その場違いに明るい声と、真紅の瞳を見つめながら、天子は気を失うのだった。






○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●






「天子様? どうかしましたか?」

「……えっ!?」



 天子が再び目を開けると、そこは龍宮の自分の部屋だった。

 豪奢なテーブルとイスがあり、深い赤の紅茶が湯気を立てている。

 自分の身体こそ子どものままだったが、それはかつての自分の生活そのままだった。

 そして目の前に座っている女性。

 帽子から伸びた触角のようなリボン、服の上からでもわかる女らしいふくらみ、天子と同じ青い髪、そして身体にまとった赤とピンクの羽衣。



「い、衣玖!?」

「はい、なんでしょう?」



 そう、龍宮の使い永江衣玖その人だった。

 天子の父親の部下にあたる衣玖は仕事を抜きにしてなにかと天子のことを気遣ってくれた人だ。

 先ほどまでの悲惨な拷問とはうって変わった日常の風景。
 
 そのギャップに天子は混乱を極めた。
 
 衣玖の方はいつも通りのどこか呆けたような表情で天子を見つめている。

 そっと天子の頭に衣玖の手がのせられる。



「ひっ!」



 天子は怯えて目を強く閉じるが、衣玖は天子の頭をなでるだけだった。

〈何か裏があるのではないだろうか?〉

〈次の瞬間には痛みがわたしを襲うのではないか?〉

 そんな恐怖にかられながらも、一方で衣玖の手は天子の髪を一本一本すくようにな優しさと温かさがあった。



「大丈夫ですか、天子様? 怖い夢でも見たのですか? そうだ、天子様が大好きなアメちゃんをあげましょう」



 衣玖はポケットの中からいくつかの飴玉を取り出し、テーブルに転がした。

 イチゴ、りんご、オレンジにソーダ。色とりどりの紙に包まれたそれはまごう事なき飴玉である。だが、天子はその飴玉にすら手を出せない。〈何かあるのでは〉と疑ってしまうのだ。



「大丈夫ですよ。ほら」



 衣玖が飴玉の一つを取り、包み紙を開く。

 赤い球体のそれは間違いなく飴玉で、衣玖はそれを口に入れ「ねっ?」と天子にただの飴玉であるとアピールする。

 口の中でコロコロと転がる様子を見て、ようやく天子は警戒レベルを下げた。

 おずおずと手を伸ばし、りんご味の飴玉を口に入れた。



「あっ……」



 瞬間、口の中に甘い味が広がった。

 懐かしいりんごのアメの味。それはかつて天子が衣玖に何度もねだりもらったものだった。

 そこまで来てようやく天子は理解した。これはかつての衣玖との記憶であると。

 桃か酒しか食べるものがない天界において、ときおり衣玖が下界から持ち込んでくる嗜好品を幼い天子は夢中で食べたものだ。

 よくよく見えれば衣玖の態度も、今の傲慢な自分に対するものではなく天界にきて日が浅い、右も左もわからなかった女の子だったころのものである。

 そう自覚したとき、天子はボロボロと涙を流し始めた。



「て、天子様!?」

「い、衣玖……あのね……」






●○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●○



 瞬間、指先に激痛が走った。



「――っ!――うぎゃあああああああああああああああああっ!!」

「あ、やっと起きましたね。てんしちゃん」



 激痛に目覚めた天子は薄汚れた天上と小さな電球をその目で捉えた。

 羽虫の集まるその光を見て、天子はここが地獄の釜のそこである事を思い出さされた。

 レイセンに万力のような力で右腕を固定され、その指先に針を突き刺されていた。
 
 苦悶の表情を浮かべる天子をよそにレイセンは親指にも針を突き刺す。



「うあっ! はぁぁっ!! ぐぅっ!!」

「ん〜、爪の間に針って古典的ですけど効果ありますよね。肉体的な負担は少ないし、まず死なないし。なんとも理に適っています」



 深爪の経験はあるだろうか?

 デリケートな指先の肉に鋭い針が突き刺さるという痛みは声すら上げるのを忘れるほどのものだった。

 まだ右の指二本だというのに天子はすでに気を失いそうな苦痛に瞳の奥をチカチカさせていた。



「あ、爪の下から血が出てきた。キレイですね〜。マニュキュアみたいですよ?」



 レイセンの言う通り、天子の爪にはジクジクと血が吹き出し、その爪を染めていた。

 だが、天子はそんなもの見る余裕はなく、焼け付くような痛みに歯を食いしばって耐えていた。



「こういうの好きなんでしょう? ちまたで有名ですよ? てんしちゃんはドMで苛められるのが好きだって。無念無想の境地を見せてくださいよ」

「いやぁ! 好きじゃない! 好きじゃないよぉぉ!! 痛いのヤダァ!!」

「そんなこと言って本当は喜んでるんでしょう? 痛みに耐えながらお股濡らしてるんでしょう? わ〜、てんしちゃんは変態だな〜」

「いや――――――――――、いやぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーっっ!! 助けてぇ! 助けて!! いくぅ! 衣玖ぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅっっ!!」



 レイセンは笑いながら、次々と天子の指に針を刺していく。

 右中指、右薬指、右小指とみせかけて左親指、少し飛んで左足の中指……。

 薄暗い部屋の中で、天子の絶叫と鎖の鳴る音だけが響いた。

 その中で天子は薄闇に輝く赤い瞳を見ていた。






○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●






「衣玖ぅ!!」

「わぁ!!」



 突然、天子に抱きつかれて衣玖は驚きの声を上げた。手に持っていたお手玉を思わず落としてしまった。

 天子は衣玖の胸に抱きつき、ぐりぐりと涙を拭くように顔を押し付けた。



「ど、どうしたんですか? 天子様?」

「衣玖っ、いくぅ! 離さない! 絶対に離さない! 衣玖も私を放しちゃダメだからね!! 絶対だからね!!」



 目を真っ赤に腫らせて泣きじゃくる天子に、衣玖はただならぬものを感じたらしく、天子の抱擁を何も言わず受け止めた。



「天子様。何か怖いことがあったんですか? なら、衣玖に相談してください」

「ぐすっ、ぐすん……えっと………」



 天子は今まで起きたことを衣玖に話そうとした。

 だが、霧がかかったかのように記憶がはっきりと思い出せない。

 ただ、何か物凄く恐ろしいことが自分の身に降り注いだことだけが記憶の中にある。

 その中で衣玖だけが自分を助けてくれると感じたのだ。



「よく思い出せない……」

「そうですか……。でも、悪夢は忘れてしまうに越したことはありません。全部忘れてしまいましょう」

「うん……」

「さあ、下界のおもちゃを持ってきましたよ。これで遊びましょう」

「う、うん!」



 天子は衣玖とともに龍宮の廊下を歩く。

 衣玖とつないだ手はどこまでも暖かくて、まるで―――――





●○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●○





「イギィあアァぁぁぁぁぁぁぁ!! ぎァあああああああああああッッ!!」

「ん〜、もうちょっと電圧上げても大丈夫そうですね。えいっ」

「んぐぅぅぅぅ!! ウワァ! ウギャ! あああああああああああっっ!!」



 銀色の電極をつながれ、天子はその身を震わせる。青白い光が部屋を照らし、天子は口から泡を吹き出した。 

 青い光に照らされた顔には赤い瞳が――――。




○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●




「おおーーーーーっ!! すごい衣玖! 雷起こせるんだ!!」

「ええ、このくらいのでしたら」

「すごいすごい! ねえねえ、もう一回やって!!」

「んー、もう一度だけですよ?」

「わーい!!」



 衣玖の放つ雷光は雲間を抜け、地上へと走り、その様は――――。



●○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●○



 退屈に身を余らせ、天子は幻想郷へと降りた。

 神社を地震で破壊し、巫女を挑発した。



「さあ、わたしを楽しませなさい!!」



 それは天人たる天子が招いた傲慢な異変で――――。


○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●

「ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんんさいゴメンナサイゴメンナサイゴメンゴメンゴメンゴメンサイサイサイサイ」

「別に謝らなくてもいいですよ。私は仕事をやり遂げるだけです」



 白いウサギは金属製のバットを振り上げ、それを――。






◆    ◆    ◆






「で、ここからが本題。この捻じ曲がった棒をどうすれば真っ直ぐにできるでしょうか?」
 


 部屋の片隅に転がった棒を拾い上げ、レイセンは扉を開けて現れた人物に投げてよこした。

 その人物はその棒を力任せに引っ張った。

 破裂するような音がして、その棒は真っ直ぐに伸びた。

 だが、鉄の棒にはしっかりと折れた跡が残っている。



「力任せに戻しても、折り目はつくし、一度折れた部分は脆くなる……。答えは『棒を一度溶かして型を取り直す』」

「正解」



 レイセンは満足げに微笑み、天子を見やる。

 指先には針が飛び出し、胸元には無数の鞭の痕が残っている。背面には打撲痕が無数に刻まれ、電流が身体を走ったためにビクビクと筋肉が痙攣している、ほほには涙の跡が張り付いたように残っている。

 その口からはとある女性を呼ぶ声が止め処なく溢れている。






◆    ◆    ◆






「ん……」



 鮮やかな朝日を浴びて、比那名居天子は目を覚ました。

 彼女の赤い瞳がぼんやりと焦点を合わせ、次第に視界に像を結んでいく。

 天子の目に映ったのは、白いレースに包まれたベッド、色とりどりのステンドグラスで装飾されたシャンデリア。窓は開け放たれ、天界の澄んだ風が白いカーテンをなびかせている。



「ここは……?」



 柔らかいベッドの感触と甘い匂いに天子はここが自分の部屋であると確信した。



(ああそうだ。わたしはこのべっどのうえでねていたん)


 
 天子はその小さな両手を見る。人形のような幼い手にわずかばかりの違和感を覚えたが、それもまどろみと共に霧散してしまった。

 窓を開け放ったのは赤とピンクの人影に気づいた時には、その疑問は完全にかき消えていた。



「いく……?」



 天子は舌足らずな口で衣玖の名を呼ぶ。そこに立っていたのは永江衣玖その人であった。

 衣玖は天子が起きたのを確認して、温和な笑みを浮かべる。



「おはようございます、天子様。もう日が高いですよ。お寝坊さんですね」

「ん……おはよ」



 天子はかけ布団を払い、ベッドから起き上がる。

 幼いその四肢はベッドを降りるだけでも、一苦労だ。

 ゴシゴシと目を擦るとそこには涙の跡が残っていた。



「あれ?」

「どうかしましたか、天子様?」

「ん、や、恐い夢を見たの……かな?」

「恐い夢? どんな夢ですか?」



 衣玖の問いに天子は首を振ることで答えた。



「良く覚えてない……。多分、衣玖がいなくなっちゃう夢だったと思うけど……思い出したくない」

「そうですか。なら、無理に思い出すことはありませんね」

「うん……」

「大丈夫ですよ。衣玖はここにいます」

「……うん!」



 天子は寝巻きのまま衣玖に抱きついた。

 衣玖の胸に顔を押し付け、その存在を全身で感じ取る。

 衣玖の匂い、衣玖の感触、衣玖の声、衣玖の心を余すことなく抱き寄せる。

 その姿は俗世の穢れなど知らぬ、幼い天人のそれであった。

 衣玖もそれに答え、天子をそっと抱きしめた。

 それは天界にあって、母と子の美しい親子愛を映し出しているようだった。



 だが、

 衣玖を抱きしめる

 天子の両手には



































 赤いマニキュアが






 END
「いく」が一発で「衣玖」に変換されるようになりました。あいさつです。

前作のあとがきでエッチなのを書くと言っておきながら、今作も終始エロなしになってしまいました。申し訳無い。

言い訳になりますが、エロのスランプらしくエッチななかなか浮かんでこなくなってしまいました。自分の未熟さを恥じるばかりです。


それでも最後まで読んでくださった皆さまに感謝の言葉を
ウナル
http://blackmanta200.x.fc2.com/
作品情報
作品集:
2
投稿日時:
2009/08/13 16:46:32
更新日時:
2009/08/14 01:46:32
分類
比那名居天子
永江衣玖
鈴仙・優曇華院・イナバ
拷問
ハッピーエンド?
1. 名無し ■2009/08/14 01:57:58
てんこー!
2. 名無し ■2009/08/14 02:17:44
いくさんーー!!
3. 名無し ■2009/08/14 10:13:53
なんという無頼伝涯っ……!
パロるのはともかく、そのまま使うのはどうかと思うが……
4. 名無し ■2009/08/14 16:08:25
なんかデジャブしたと思ったら福本か
てんこちゃんかわいいです
5. 名無し ■2009/08/14 19:33:16
ネタバレ:犯人は衣玖
6. 名無し ■2009/08/14 22:04:24
夢だけど!夢じゃなかった!
7. 名無し ■2009/08/14 23:02:57
間違いなくハッピーエンドだな
8. のび太 ■2009/10/11 21:35:53
これ読んだら、「未来世紀ブラジル」のラストが…
9. 名無し ■2009/11/11 00:40:34
涯に血のマニキュアはカイジか・・・。
主やるな・・・。
10. 名無し ■2010/01/17 19:02:27
イイハナシダナー
11. 名無し ■2010/07/21 19:39:28
人為的に幼児退行させたのか
産廃らしくていい
12. レベル0 ■2014/08/20 10:53:54
夢と現実がごっちゃになりますね。
あれ?これ衣玖が犯人なの?
ところでこの異変の犯人は誰?
疑問だらけです
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