お空は構ってほしい

作品集: 3 投稿日時: 2009/09/16 20:58:40 更新日時: 2009/09/16 20:58:40
仕事上がりの夜、地霊殿エントランスホールの柱を背にして、お空は休憩していた。
体育座りでぼんやりと、目の前を通り過ぎる妖精や怨霊を眺めている。
お空の頭はからっぽ。
何も考えずにのんびりと座り込み、心地よい疲労の熱を、ひんやりとした床に吸い取らせていた。
こういう形の小休憩が、お空は好きだった。
お空の視界に、あくせくと動く妖精たちの姿が映る。
荷物を抱えた妖精や、掃除道具を持った妖精が、小さな身体で一生懸命動いている。
あいつらは幸せだとお空は思った。
なぜなら頑張った分だけ、さとりに褒めてもらえるからだ。
お空も同じだ。
大好きな主に褒めてもらえるから、頑張ろうと思うのだ。

妖精たちの姿を見ていると、お空の思考に影が差した。
そういえば最近、さとりに会っていない。
身体にみなぎる新たな力にかまけて、お空は自分の事で手一杯だった。
お空がその気になれば、地下都市を一人で消滅させる事ができるだろう。
核はお空を傲慢にした。
強大な力は、お空を自分ひとりで寄って立てると錯覚させ、地上への侵略という形で現れた。
それが侵入者に打ち砕かれた後、お空はようやく冷静になった。
お空の本質はペット、誰かに飼われてこそ、精神が満たされる。
敗北した後、お空はようやく自分の本質に気がついたのだった。
柱にぼんやりと寄りかかりながら、お空は無性にさとりに会いたくなった。

目の前を、妖精たちが通り過ぎていく。
臀部から伝わる床の冷たさが、必要以上に身体を冷やしている気がした。
主に会わないことが、こんなにも堪えるものだと、お空は思わなかった。
一緒にいるときは、感じることはなかったのに。
お空は大きな羽で身体を包み、小さくなった。
突然訪れたネガティブな思考は、体の動きまで硬直させ、お空はその場から動きたくなくなった。

お空の頭を去来する日常。
怨霊を焼いて、地底の太陽を管理するだけの毎日。
退屈ではなかったが、取り立てて変化もない。
お空が太陽を大きくすると、妖怪たちがエネルギーをどこかに送る。
地下都市を輝かせるため、何かの装置に利用しているのだろう。
都市が賑やかになることは、お空も嬉しい。
それによってさとり様が喜ぶからだ。
だが、妖怪たちが必要なのは、地底の太陽のみ。
はたして霊烏路空という人格は重要なのかと、お空は考えた。
自分でなくても、八咫烏を下賜されたものがいれば、それで良いのではないか。
お空は、今まで生きてきた霊烏路空という存在が、まるで添え物のように感じられた。
誰かに自分自身を認めて欲しい。
さとりがいないと、お空は誰に必要とされるのだろうか。

「嫌だよぅ……」

お空はうめくように呟いた。

          ***

どのくらい時間が経っただろうか。
薄暗いエントランスホールに、いつしか往来もなくなった。
しんと静まり返った地霊殿の中、ステンドグラスの曖昧な模様が、床に投影されている。
柱に身を寄せ、暗がりに溶け込んだお空は、光を避けるように一人きりで座っていた。
すっかり冷えてしまった身体。
肌寒い感触は全身に広がり、震えが止まらない。
思い浮かぶ、やさしい主の微笑み。
大きな羽に閉じこもって、お空はただ、主の姿を待っていた。
わざと隠れた子供のように、さとりに見つけてほしかった。
優しく撫でてほしかった。
お空はひたすら待っていた。

          ***

コツコツコツ……。

聞きなれた靴音が廊下に響く。
お空は瞳を輝かせ、頭を上げる。
これはさとり様のものだ。
きっと私を探しに来てくれたんだ。
万感の期待を持って、お空はさとりを待ち受ける。
はたしてそれは来た。
暗がりに浮かんだナイルブルーの服。
小柄な人影が、エントランスに入ってきた。
お空はにこにこと笑いながら、大好きなさとりがやってくるのを待つ。
足音が近づく。
近づいて、遠ざかっていった。
さとりはお空を一べつすると、何の興味もなさそうに通り過ぎていった。

「……」

お空は血の気が引くのを自覚した。
とても寒い。
失望感と惨めさが、頭の中に渦巻く。
どうしてと考えた思考は、一瞬で結論にたどり着いた。
お空にとって、さとりは大切な一人きりの飼い主。
だが、さとりにとっては、多数いるペットの一匹。
核の力を動かしていない霊烏路空は、さとりにとって特別な一匹ではないのだ。
惨めな現実を見せ付けられて、お空は絶望感に囚われた。
遠ざかっていくさとりの後姿を見ると、お空は無性に腹立たしくなる。
勝手に期待していた自分自身に対する怒りは、さとりに対する怒りへと変換される。
普段は絶対にできないことを、やれるような気がした。
お空はゆらりと立ち上がり、さとりに向かって飛んでいった。
危険なの獣のように瞳を輝かせ、お空はさとりの前に立った。
お空の身体の影に、小さな主の姿が隠れた。

「?」

さとりは首をかしげてお空を見つめた後、流れ込む思考に顔をしかめた。

「お前、何考えて──」
「ふんっ!」
「ぐっ!」

問答無用の一撃は、身構えたさとりの腕の隙間をかいくぐり、みぞおちに滑り込んだ。
槍で貫かれたように跳ね上がったさとりの身体に、硬い制御棒の先端が食い込む。
制御棒は横隔膜を打ち抜き、柔らかい内臓を揺さぶった。

「オエ゛ッ……エエエ!」

さとりはリスのように頬を膨らませ、それでも耐え切れなかったのか、
逆流した胃の内容物をぶちまけた。
口を押さえた指の隙間から、びしゃびしゃと黄色い液体が溢れ出た。
床に零れた吐瀉物から、ツンとした刺激臭が広がる。

「ぶほっ! ごほぉぇぇ……!」

膝を付き、ゲエゲエと吐き戻す主の姿。
お空は苦しそうな主の表情をじっと見つめる。
熱い吐息が、お空の口から漏れた。
お空は恍惚の表情でさとりを見下ろしていた。
端正な主の顔が、胃液でどろどろになっている。
子供のようにうずくまって、内容物を吐き戻している。
お空はその姿を神々しくさえ思い、床に広がる吐瀉物を、舐め取りたいとさえ思った。
可愛く苦しむさとり様……。

「ぐっ……お前……何するの……」

喉から声を絞り出し、さとりがお空を睨みつける。
怒気を孕んだ眼光は、普段のお空だったら縮み上がったことだろう。
だが、今はお空が甘える時間。
可愛い主の抵抗は、嗜虐心を膨れ上がらせる起爆剤だ。
胃液でぬらぬらと光るさとりの小さな唇を見ると、お空の背中をぞくぞくとしたものが走った。
もっともっとじゃれつきたい。
今すぐ自分という存在を判って欲しい。
脳内に溢れる陶酔感に導かれるまま、お空は行動した。
お空はさとりの傍に屈むと、さとりのわき腹に拳を打ち込んだ。
メキリと骨の折れる音がして、拳の形に皮膚が凹んだ。

「ぎっ!」

苦しそうな声をあげ、さとりが転がる。
お空が放ったキドニーブローは肋骨を砕き、腎臓を捻じ曲がらせた。

「ぐ! うう、ぅ……」

吹き飛んださとりは、涎の軌跡を空中に残して一回転。
殴打された部分を押さえて、床でうずくまっていた。
床に転がる幼い主の肢体に、お空のアドレナリンは全開。
欲望に唇を歪め、さとりの襟を掴んで空中に持ち上げた。

「ぐぐぐ……お前、狂ってるの?」

否。
お空はさとりが大好きだ。
さとりのサードアイも、きっと敬愛して止まないお空の心を伝えているだろう。
さとりが感じているのは、狂おしいほどの愛情なのだ。

「何!?」
「うっふっふ」

サードアイに自分の心を見せつけながら、お空は不気味に微笑んだ。
左腕を引き、腹に一発。

「ぐえっ、ええええ……」

ストマックを打ち抜いた衝撃に、さとりは力なく胃液を垂れ流した。
エロエロと流れる胃液を、お空はたまらず舌で受けた。
苦くて臭くて、震えるほどおいしい。
もっともっと味わいたかった。

お空は宙吊りにしたさとりの腹を殴る。
鐘突きのように、何度も何度も腹を殴る。
ボスボスと拳を吸い込む柔らかいお腹。
内臓の感触は、まるでお空を待ち受けているよう。
まるで肉体の痛みで、さとりの精神を犯しているような感覚だった。
恍惚の乱舞の中、お空は考えた。
これできっと、さとり様は判ってくれる。
自分がどれほどさとり様を愛しているのか、愛情が足りないとどんな目にあうのか、
何も言わずに判ってくれる。
これこそ自分の求める主の姿。
どこまでも愛しいさとり様。
さとり様の柔和な表情、さとり様の小柄な体型、さとり様のぷにぷにとした身体。
ああ、あなたはあまりに扇情的なのよ。
妖怪サンドバックになったさとりが、くの字に曲がって飛び跳ねる。
小さな体が殴られるたび、さとりはボトボトと体液を吐き出した。

「……」

次第にさとりはうめき声をあげることもなくなった。
色のない瞳で、ただただ殴られていた。
ペットの豹変に戸惑ったのか、それとも殴打で心を折られたのかは判らない。
しかし、お空は気にせずさとりを殴り続けた。
捨て鉢になった主の表情が、お空をさらに興奮させていたのだ。

百発を越えた辺りだろか。
幼いさとりの顔面は、涎、涙、鼻水、汗、胃液、血、未消化物で化粧されていた。
端正な顔立ちは、突然やってきた理不尽に、どろどろになっている。

「さとり様、好きです。大好き!」

性欲のスイッチが入ったお空は、さとりを抱き寄せ、犬のように顔面を舐め回す。
本当に美味しい。
食べてしまいたいほど可愛い。
堪らずお空はさとりの唇にかじりついた。
桜色の唇が、ぷるんとした感触で、お空の歯に引っ張られる。
お空はさとりの唇を食いちぎった。

「っ!」

さとりが身をよじる。
ずるりと唇を呑み込んだお空は、満面の笑顔でにちゃにちゃと咀嚼。
くにくにとした触感は、噛み締めるほど、生暖かい血が溢れてきた。
飲み込んだときの感触は、今まで味わったこともない幸福食感だった。

「さとり様美味しいよぉ」

さとり風味の虜になったお空は、さとりを押し倒し、夢中で食べ始めた。
耳をもぎ取り、鼻を食いちぎり、目玉を穿り出す。
咀嚼する音がエントランスに広がる。
血まみれのお空は、猟奇殺人鬼のような外見になった。
さとりの顔面は、筋肉と骨が丸出し。
白と赤のがらんどうになって、無意味に腕を動かし、床の上でもがいていた。

「あぁ……脳みそも、脳みそも食べちゃいます」

お空は大きく口を開くと、さとりの撫子色の髪に齧りついた。
ごりこりと頭蓋骨を噛み砕き、固い殻から果汁があふれ出すように、血と脳漿をすすった。
甘い甘い、さとり様。
ビクビクと痙攣するさとりをみて、お空は心底幸せだった。

「さとり様ぁ……大好き」

          ***

「……い」

身体をビクリと震わせて、お空は目を開いた。
曖昧な視界に映るのは、薄暗いエントランスホール。
冷たい涎が口元に張り付いていた。
お空はしばらく呆然と床の上に座っていた。
妙に頭がすっきりしている。
恐るべき夢の欠片が、いまだ映像を脳に呼び起こしていた。

「なんつー夢よ……」

しばらく後、お空は袖で涎を拭って立ち上がった。
妙な体勢で寝ていたため、体の節々が痛い。
お空は身体を伸ばしながら、夢の欠片を思い出していた。
あんなにさとり様を苦しめちゃって、自分の中に、そんな欲求があるのかしら?
怖い怖い……。
それにしても、大好きなご主人様を食べる夢なんて、私相当疲れてるなぁ。
お空は少し青ざめながら、不安を追い払うように頭を振った。

お空は寝所に帰る道すがら、さとりのいる執務室に立ち寄った。
ドアの隙間から恐る恐る中を覗くと、さとりは椅子に座って本を読んでいた。
変わらぬ主の姿に、お空はほっとため息をついた。
ドアから半分だけ顔を出して挨拶する。

「さとり様、おやすみなさい」
「……お空、おやすみ」

主の声は優しかった。
お空の全身を、歓喜が走る。
この声が聞けるから、仕事を頑張れるのだ。
もっともっと、大好きなさとり様のために働きたい。
お空は満たされた笑顔でドアを閉めた。
閉じかかったドアの隙間から、含み笑いの混ざったさとりの声が聞こえた。

「良い夢見れたかしら?」
「えっ!?」

硬直したお空の視界の端に、人差し指を唇に当てたさとりの姿が映った。
兎の口のような形になった唇で、意地悪な笑みを浮かべている。

「私を食べたいんでしょ? ……お空ったらもう」
「──!」

サードアイも、目を細めて笑っている。
お空ははじめ青くなって、次に真っ赤になった。
おかしな夢を見せたのはさとり様。
それを見て楽しんでいたのもさとり様。
恥ずかしさでいたたまれなくなったお空は、勢い良くドアを閉め、寝所に向かって全速力で逃げていった。
紅潮した頬で、お空は笑っていた。
ああ、サディストなさとり様。
でも、私はそんなあなたが大好きです!
お空の寂しさは、いつのまにか消えていた。


おわり
難しい……
極楽
作品情報
作品集:
3
投稿日時:
2009/09/16 20:58:40
更新日時:
2009/09/16 20:58:40
分類
お空
さとり
腹パンチ
1. 名無し ■2009/09/16 21:16:48
良い
2. 排気ガス ■2009/09/16 21:28:04
嘔吐と吐血と腹への打撃はジャスティス

今書いてる物の先を越されたけど凄くジャスティス、うわぁい
3. 名無し ■2009/09/16 21:48:03
( ;∀;)イイハナシダナー
グログロENDかと思ったが平和でも何ら問題ないな
4. HS ■2009/09/16 22:45:17
タイトルでクリック余裕でした。
5. 名無し ■2009/09/16 22:51:38
うほっ!いいドSさとりん!
6. 名無し ■2009/09/16 23:01:57
かわいい・・・
7. 名無し ■2009/09/16 23:15:36
おっきした
8. 名無し ■2009/09/16 23:23:57
俺「よい」
9. 名無し ■2009/09/17 00:23:19
いいなこれ
10. 名無し ■2009/09/17 02:25:03
良い雰囲気だー
11. 名無し ■2009/09/17 05:30:04
大好きだー
12. 名無し ■2009/09/17 16:45:08
地霊殿メンバーはやっぱり多少歪んでる方がしっくりくるな
13. 名無し ■2009/09/17 22:46:20
味わい深い一品だった
潜在欲求プレイとかマジ素敵
14. 名無し ■2009/09/18 02:21:51
GJ
15. 名無し ■2009/09/18 02:48:22
俺の求めていた集大成が今ここに!!
16. 名無し ■2009/09/21 02:32:41
終わり良ければ全て良し
とはまさにこの事だろう。
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