『血に飢えた神様』【下】

作品集: 3 投稿日時: 2009/09/22 21:44:17 更新日時: 2009/09/22 21:44:17
 信者達と、それらが狩ってきた供物に囲まれながら神奈子は、自身の信者達に言葉を紡ぎ始めた。
崇拝する神からの言葉に、信者達は黙って聞き入っているようだ。
 その間に四人は、これからの算段を立て始めた。

「私は神奈子の所へ行って、あいつの真意を聞かなくちゃいけないわ」
「そうなると信者達を掻い潜らねばならなくなりますね」
「ええ。それが一人じゃ難しそうだから、仲間を求めていたのだけど」
「それでは、私は霊夢さんにお供します。真相は私も気になる所ですし」
 文が自身の胸に手を当てながら言い、残った二人を交互に見比べる。
「穣子さん、雛さんはどうされますか」
 文に問われ、二人は顔を見合わせた。
 神奈子を相手取ることになると、自分達はあまりに非力であると言う事は分かっている。
だからと言って、二人だけに全てを託すのも気が引けた。
なかなか答えを出さないでいると、焦れたらしい霊夢が口を挟んだ。
「悠長に考えている時間はないのよ」
 少しの怒気を含んだ彼女の声に、二人は萎縮してしまった。
 雛が、もう一度境内の中央部を見る。
信者の数と敵の数が同等であると考えると、霊夢と文の二人で進むには、敵の数が多いと判断し、文と同じように胸に手をやる。
「私も付いていきます」
「これで三人。穣子さんはどうされます?」
「雛が行くなら、私も行く」
「決まったわね」
 四人が同時に頷き、境内の中央部へ目をやる。

 話が終わったらしく、神奈子が本殿へと戻って行った。
 残された信者達は、新たな血肉を求めて山を降りる者と、その場に残って信仰獲得の準備をする者で二手に分かれた。
バラバラと山を降りていき、少なくなっていく信者達を見ながら、霊夢が本殿への侵入のタイミングを計る。
その最中、突如後ろから叫び声があがった。

「そこの四人、何をしてるの!?」
 全員、ほぼ反射的に後ろを振り返った。
そこにいたのは、紅魔館を焼き払って帰ってきた、水橋パルスィであった。
彼女が抱いている咲夜の首を見た途端、霊夢の視界が一瞬真っ白になった。
紅魔館が墜とされてしまったと言う事実を知らされてしまったからだ。
 また一つ、平穏が崩された事を知り、判断力を失いかけていた霊夢を、文が起こす。
「霊夢さん!! しっかりしてください!」
 金切り声で覚醒した霊夢が、慌てて足止めにと陰陽玉を投げつけた。
地面を弾みながら進む、陰陽玉の特異な弾道を見切れず、仕方なくパルスィは退いた。
 だが、この一連の騒動で、他の信者に霊夢達の居場所が知られてしまった。
山を降りなかった信者達が、一斉に騒ぎの起きた場所へと駆けつけてくる。

「こうなったら強行突破ですッ!」
 隠密行動に失敗したと認識した途端、文は逃げるのも隠れるのも止めた。
団扇を構えると、渾身の力を込めて強風を巻き起こす。
地面の砂や、小さな石が宙へと舞い上がり、威嚇と目潰しの二役を果たした。
 敵が間誤付いている間に、文は三人を抱え、即座に本殿へと向かって飛び立った。
幻想郷最高の飛翔速度を持つ彼女に、飛んで追いつける者などいる筈がない。
 投げ捨てるように境内に三人を降ろす。
あまり急に手放したので、全員転んでしまった。
 起き上がりながら、穣子が声を上げる。
「もうちょっとマシな降ろし方はないの!?」
「勘弁して下さい。そんな事より、早く神奈子さんの所へ!」
 神奈子が消えていった方を指差し、文が言う。
霊夢は即座に駆け出し、雛と穣子がそれに倣って動き出した。
文は少し敵を足止めをしようと、その場に残った。
回避だけに集中すれば、弾を避ける事など造作も無い事だし、足止めならば弾幕ごっこと違い、弾を的確に命中させる必要がない。
少しの間なら大丈夫だろうと高をくくり、押し寄せる敵の方を向く。
 未知なるものに憑かれたかのような狂気を帯びた信者の群集が、文目掛けて乱雑な弾幕を張る。
『ごっこ』ではない、殺意を含んだ凶悪な弾幕を、自慢の飛翔能力で軽やかに交わしていく。
 隙を見つけては風を巻き起こして翻弄し、信者達を錯乱させる。
出鱈目に放たれる弾幕と、風によって巻き上がる砂塵の相乗効果で、視界は最悪であった。
「そろそろいいですかね」
 怒声や咳声が飛び交う境内を見下ろし、文も霊夢達を追って本殿へ入ろうとした直後、悪あがきとも言える弾幕が靄の中から飛んできた。
形態はひどく簡易なもので、容易にそれを避ける。
しかし次の瞬間、特殊な弾が飛んできた。
それは何故かひどくぼやけていて、分身しているかのようにも見える弾であった。
辛うじて避けたが、次々にその手の弾が放たれてくる。
そして遂に、その内の一発が文の胸を射抜いた。

 地に落とされた文は、激痛に表情を歪ませた。
逃げるにしろ抵抗するにしろ、まずは立ち上がらねばと思ったが、手足に力が入らない。
 間誤付いているいる内に、信者達が文を取り囲んでいた。
「こいつ落としたのは誰?」
「私ですよ」
「鈴仙か」
「梃子摺らせやがってー。全くもう」
「鬱陶しいからさっさと殺しちゃいなよ」
「言われなくてもやりますよ」
 文が顔を上げてみると、親指と人差し指を立てた鈴仙が、立っていた。
そして人差し指を文に向ける。
 自身の最期を感じた文は、朦朧とする意識をどうにか繋ぎ止め、鈴仙に問うた。
「……どうしてですか」
「はい?」
「どうして、こんな事を……」
「あなたには関係の無い事よ」
 直後、パンと甲高い音が鳴り、文の額に風穴が穿たれた。



*


 広い広い本殿の中で、神奈子は黙って座っていた。
外の騒々しさなど、まるで気にする様子がない。
 信者達から逃れて、本殿に入ってきた霊夢達を見ると、すぐに立ち上がった。
そしてニッコリと微笑み、落ち着いた声で言った。
「ようこそ。守矢神社へ」
 霊夢にまず沸いてきたのは、殺意だった。
これだけの大事を起こしておきながら、神奈子は悪びれた様子が無い。
それどころか、いつも以上に神々しい雰囲気を醸し出している。
まるで、自身が持つ神の威厳を見せ付けるかのようである。
堅苦しくない方が信仰を得易い―そう言っていたのが、まるで幻想であるかのようだ。
「神奈子……。自分がやった事の重大さを分かってるわね?」
「重大さ?」
 フフッと笑声を漏らし、話を続ける。
「私は新しい信仰を集める準備をしただけよ」
「……」
「信者達に敵わなかった。それだけの事じゃない」
「それだけの事……ですって……?」
 手を握り締め、霊夢が声を荒げた。
「その為に、一体いくつの命を奪った!? そんな信仰、許されると本気で思ってるの!?」
「早苗にも言ったけどね、どんな手を使って集めようと、信仰は信仰なの。私が生き延びるのに必要なものなのよ」
「けど……!」
「餓死寸前になっても善行を積む? 盗みを働いてでも何か食べて生き延びたいって思わない? それと同じ事」
 淡々と返してくる神奈子に、霊夢は言葉を失ってしまった。
こんなにも残虐な事を、神奈子は薄い笑みを保ったまま語ってくる。
「ねえ、そこの神様達?」
 雛と穣子に笑いかける。
「同じ神として、分かってくれるわよね?」
「……確かに。分かりますよ」
 雛が呟く。
穣子が驚いて彼女の方を向く。
神奈子は嬉しそうに手を合わせた。
「本当に?」
「ええ。……ですが」
「?」
「理解と同意は別物です!」
 そう言うと雛は、不意打ち染みた弾幕を張り、神奈子を攻撃した。
厄に塗れた禍々しい弾が放たれる。
しかしそれらは、突如現れた巨大な御柱に阻まれ、消えてしまった。
「あら、反発する気?」
「当然です。幻想郷の平穏を祈る者として、こんな暴虐行為は見過ごせません!」
「そう。それは残念だわ」
 目の前の三人を全員敵と見做した神奈子の前に、幾重にも御柱が現れる。
生半可な攻撃では、もはやそれを破壊するのは不可能だ。
しかし、御柱を破壊しない事には、神奈子に攻撃は届かない。
 この鉄壁の護りに一番驚愕したのは霊夢だった。
「何よこれ……前戦った時は、こんな事は……」
「そうか……! 信仰を得ているからだよ!」
 幻想入りした当時より、神奈子は多くの信仰を得ている。
それが、彼女の力となっているのだ。
 増大していく力は威圧となり、三人に重く圧し掛かってきた。
「信仰の邪魔になるものは、早めに排除しておかなくちゃね」
 御柱が輝き、そこから夥しい量の光の弾が放たれた。
 その攻撃は、留まる事など知らないように、延々と続いた。
単調で代わり映えのない攻撃を避け続けるのは、もはや集中力の勝負だった。
一瞬気を緩めてしまえば、一たまりも無いだろう。
 最初にその集中力が切れ始めたのは、最も非力な穣子であった。
 単調で、作業的に避けていた筈の弾幕が、突如として全く規則性の無い大量の弾の集まりであるかのようにその瞳に映る。
そうなってしまうと、もはや回避する事など不可能である。
一つの弾が穣子の右腕を捉えた。激しい痛みに気をとられていると、あっと言う間に大量の弾が全身を襲った。
「穣子さん!!」
 雛の叫び声の最中、一身に弾幕を食らわされた穣子が地に叩きつけられた。
そこで、一度御柱の攻撃が止んだ。
 御柱の天辺に肘を置き、掌に顎を乗せながら、神奈子はまたも薄い笑みを浮かべる。
「ねえ、穣子。あなたのお姉さんは、私に賛成してくれてたのよ?」
「え……?」
 地に伏せたまま穣子は首を擡げ、神奈子を見やる。
「帰ってきてない所を見ると、どこかで死んでしまったのかもしれないけど」
「う、嘘よ! お姉ちゃんがあんたなんかに……!」
「嘘じゃないわ」
 神奈子が言い切る。
自分の姉がこんな事に加担していた事を知り、穣子は泣き崩れてしまった。
「考え直さない? 穣子。私の信仰集めに協力してくれると言うのなら……命は助けてあげる」
 実の姉も賛同したらしい信仰集めに協力するだけで、命を助けてくれる――
神奈子なりの好条件であった筈だったが、穣子は首を横に振った。
「いやよそんなの……誰が……あんたなんかに……!」
「……どいつもこいつも、意地っ張りばかりだわ」
 呆れを含んだため息の後、神奈子は御柱を穣子の真上に出現させた。
 穣子の視界が陰る。
しかし、先の弾幕で傷ついた穣子に、それを避ける気力など残っていなかった。

 巨大な御柱が穣子を押し潰した。
呆然と、血溜りを作る御柱を見やる雛を見て、神奈子が笑った。
「死体は見ない方がいいわよね?」
「……よくも……! よくもぉ!!」
 怒りで我を忘れた雛が、御柱に囲まれた神奈子目掛けて突っ込んでいく。
「待ちなさい、雛!」
 霊夢がそれを制止しようと叫んだが、雛の暴走は止まらない。
 再び御柱が光を放ち始め、そして先ほどと同じ弾幕を放った。
雛はそれに怖じる事もない。
確実に神奈子へ近づきながら、御柱の放つ弾を避ける。
 だが、そんな無茶な進撃がそう長く続く筈がなかった。
先ほどの穣子と同じように、御柱の攻撃の一つが雛を直撃した。
「ぐぅっ」
「雛……!」
 一つに当たり、動きを止めると、周囲のほとんどの弾の餌食となってしまう。
負の連鎖に巻き込まれた雛だったが、それでも前に進むのを止めようとしない。
歯を食いしばりながら、死に物狂いで神奈子に近づいていく。
 必死な形相の雛を、神奈子は哂いながら見守っていた。
「私に付いてくれば、こんな苦しみを味わわずに済んだのに」
 神奈子を囲う御柱の手前一メートルくらいの所まで辿り着いた所で、遂に雛が力尽きた。
力なく地面へと落ちて行く。
それでも尚、御柱の攻撃は止む事なく雛を襲う。
 ボロボロになった雛を見て、神奈子は声を出して笑う。
一頻り笑った後、最後に残った霊夢を見やる。
「さあ、霊夢。あなたはどう……って、その表情を見ると、私の信仰に付き合う気なんてなさそうね」
「当然よ。そんな狂った信仰!」
「そうだと思ったわ」
 御柱の光が一層強くなる。
すると、放たれる弾の量が激増した。
「あなたは殺すと幻想郷の存亡に関わってくるから……そうね、人質にでもなってもらおうかしら」
 もはや回避させる気などない、圧倒的な弾幕が霊夢目掛けて飛んできた。


 しかし、それは被弾直前となって、突如として霧散した。
これに驚いたのは霊夢だけではない。
攻撃した側である神奈子もまた、突然の事に目を見開いた。
「な、何? 何が……」
「……!」
 御柱の付近で倒れている雛の遺体に目をやると、彼女の体から黒い靄が噴出しているのが見えた。
「まさか、厄が溢れてる……?」
 雛が生前、その体内に溜め込んでいた幻想郷中の厄。
それが、雛が死んだ事により、体内に留める事ができなくなり、漏れてしまっているのである。
 厄の影響は、妖怪、人間を問わず、全てに降りかかる。
結果、死体の近くにいた神奈子は、その厄による不幸を一身に浴びる事になってしまった。
その影響が、御柱の攻撃の消失であった。
 攻撃さえなくなればこっちのものだと、霊夢は我武者羅に敵目掛けて突っ込んだ。
一瞬にして攻防の役を担っていた御柱が無力化され、神奈子も戦闘の態勢に入る。
しかし、相手は博麗の巫女。
一筋縄に行く相手ではない。
おまけに、今の彼女は怒っていた。
 幾百もの封魔針をその手に携え、霊夢が叫んだ。
「覚悟しなさい、神奈子!!」


 決着は一瞬であった。
 神奈子の渾身の一撃が霊夢を撃ち滅ぼより先に、霊夢の封魔針が神奈子の喉を貫いた。
喉をやられ、声が出せない神奈子。
しかし、彼女の悔しさは、死に際の表情から痛いほど伝わってくる。
「が……ぅ……ぎ……ぃぃ……」
 バタン、と前のめりに倒れ、本殿は再び静寂に包まれた。
聳え立っていた御柱がガラガラと崩れる。


 全てが終わった。
『恐怖による信仰』と言う猟奇的な手法をとろうとした神は滅んだ。
これで、幻想郷の平穏は一先ず護られるだろうと霊夢は思った。
 しかし、失ったものがあまりに多すぎる。
何名もの妖怪や人間の命が奪われてしまった。
寂しくなる――
そんな事をぼんやりと考えた直後。
 本殿の扉が荒々しく開け放たれ、氷の妖精の声が響き渡った。
「ああ!! 神奈子が!!」
 氷の妖精の声につられるように、信者達が本殿に集まってきた。
そして、崇拝する神の死を知り、泣き、絶望し、そして怒った。
「よくも神を!!」
「殺す! 殺してやる!」
 狂ったように叫びながら信者達が霊夢に襲い掛かる。
その中の一人が、何かを投げ捨てた。
 それは、長い緑色の髪を持つ女性の死体であった。
「……早苗?」
 東風谷早苗。
彼女は博麗神社にいた。
それなのに、その早苗が死んでしまったと言う事は、博麗神社も無事ではないと言う事かもしれない。
そうだとしたら、魔理沙と椛はどうなってしまったのか、簡単に察する事ができる。
紅魔館は墜ちた。レミリアは死んだ。咲夜もいない。アリスも館にいたから無事ではないだろう。フランドールも死んだのだろうか。
こんなになっても紫は出てきてくれないし、冥界の亡霊と半霊も現れる気配を見せない。
地底にある地霊殿の面子の一部も死体に混じっていた。
信者達を見てみると、月にいた兎が信者と化しているから、永遠亭もただでは済んでいないだろう。

「……」
 失ったものが多すぎるのではない。
ほとんど全てを失ったようなものだった。
 もう、この世界に未練などなかった。
神奈子が死んで尚、信者達の崇拝ぶりは衰えていない。
ならば、もはや信者達は矯正不可能と捉えていいだろう。
――そう考えると、全てがどうでもよくなった。



 霊夢の姿が宙へ舞い、そして消えた。
一瞬で姿を消した霊夢に信者達は困惑する。
 そして、何も無い場所から、御札が、陰陽玉が、封魔針が射出される。
空を飛ぶ程度の能力を持つ彼女は、あらゆるものから浮く事で、その姿を消す事ができる。
弾幕戦においては無類の強さを誇る博霊の巫女だからこそ行える、最強の技であった。

 陰陽玉はある者を押し潰した。御札はある者の生命活動を封じた。針はある者の喉や目や左胸を貫いた。
悲鳴と怒声の合間に聞こえたのは、かつて信仰していた神の名を叫ぶ信者の声。
しかし、その叫び声も、悲鳴も怒声も少しずつ沈静して行き……
 暫くすると、血肉の海に、一切の返り血を受けていない霊夢が佇んでいた。


 真の意味で全てを失い、呆然とする霊夢。
そんな彼女の背後から突然、パチパチと拍手が鳴り響いた。
誰かが生きていた――
 霊夢は後ろを振り向く。
赤い髪と黒い翼の悪魔が、そこ立っていた。
拍手しながら霊夢に歩み寄ってくる。
「いやあ、お疲れ様でした。最高の劇でしたよ。ええ」
「……あんた、紅魔館の」
「そうです。小悪魔、と呼んで頂ければいいですよ」
 小悪魔と名乗った彼女は、レミリアのいた紅魔館の中にある、巨大な図書館に住まっている者であった。
そんな彼女の聞きなれない言葉に、霊夢は怪訝な表情を見せる。
「劇って何よ」
「これですよ」
 小悪魔は楽しそうに、死体の山を指差した。
「神奈子の新しい信仰に魅せられ、血肉を求めて暴虐行為を行った信者達。これらは全て劇だったのですよ」
「……何を言ってるの?」
「始まりは図書館で見つけたちょっとした本だったんですけどねぇ。自我を奪って意のままに敵を操る魔法を見つけたってだけです。それのスケールを少しばかり大きくしたのです」
 ククク、と不気味な笑みを浮かべ、小悪魔は死体の周囲をゆっくりと歩き出した。
大げさな身振り手振りで、自身の創った『劇』の説明をする。
「宴会や何やで人が集まるときを見計らって、全員に魔法を掛けました。すると、それらみんな、私の指示を聞かないと動かない人形になってしまったのです」
「まさか、それで……」
 小悪魔は笑みを崩さぬまま、コクリと頷いた。
「分かりますか? 神奈子さんの突然表れた異常な残虐性も、それを崇拝した信者達も、全ては私の指示だったんです。やらせですよ。や、ら、せ」
 ウインクを交え、小悪魔が言う。
霊夢の視界が一瞬真っ白になり、次の瞬間には封魔針を投げつけていた。
しかし、それは小悪魔に当たる事なく直進し、壁に突き刺さった。
「無駄ですよ」
 霊夢の攻撃を見て、小悪魔が言う。
「私を殺したって、今更何も変わりません。変わる存在は、全部殺されたんですから」
「許さない……許さない!!」
 涙を流しながら、霊夢が残った武器全てを取り出した。
憎くて仕方が無い悪魔目掛けて、最後の攻撃を開始した。


*



「……何かしら」
 本殿の隣の倉にある檻に監禁されている古明地さとりは、本殿の突然本殿が騒々しくなった事を受け、目を細めた。
一度沈静したと思いきや、再び本殿が賑わいだした。
 おかしな信者達と、それらの信仰の対象が暴れていたのだろうと、さとりは思った。
 強力なレジスタンスが現れ、神奈子を殺してくれたのならば、さとりにとっては好都合だった、
彼女が殺されるのはほぼ確定した事項だからである。
 ヤマメに生け捕りにされたさとりは、他の死体と同じように神奈子に捧げられた。
しかし、生きた贄を見ると、神奈子はある提案をした。
それは、人里へ行った時の「見せしめ」なるものだった。
神奈子の新たな信仰がどんなものであるかを、より分かりやすく見せ付けるのである。
彼女が生かされているのは、その「見せしめ」の役を任されてしまっているからだ。
 逃げようにも逃げられず、ただ、奇跡が起こる事を祈っていると――

 不意に、真横に気配が生じた。
驚いてそちらを向くと、空間に亀裂が入り、そこからドサリと人が落ちてきた。
どこからともなく落ちてきた人物の手には、さとりと同じように縄が縛り付けてある。
「……!」
 その人物をさとりは知らなかったが、一つ、信者達と決定的に違う所があった。
驚きを隠そうともせず、さとりは声をかける。
「ねえ、あなた」
「……? あなたも捕まってるのね?」
 さとりは頷く。
「私は古明地さとり。あなたは……」
 新たに檻に入れられた人物が自身の名を名乗ろうとした瞬間、
「そう、八意永琳と言うのね」
「え?」
名乗るより先に、さとりは相手の名を当てた。
彼女は心を読んだのである。
 不審に思われるのを避ける為、さとりは自身の能力を説明した。
「私は心が読めるのよ」
「心が読める……。だから私が考えた事を読んで、名前を当てたと?」
「そう」
 さとりは、ある安心感を得ていた。
自分の持つ能力に異常が無い、と言うのを確認できたからである。
「……信者達は、おかしかったの」
「信者?」
「神奈子の新しい信仰の信者よ。あいつらの心は……どうしてなのか分からないけど、読めなかったの」
「心が読めないって事は、つまり……何も考えていないのかしら?」
 さとりは首を横に振る。
その動作は、否定を表しているのではない。
彼女にも本当の事は分からないのだ。
「そうかもしれないし、私の能力が異常を起こしたのかもしれない。でも、とにかく心が読めなかった」
「何も考えないで生活なんてできる訳がないわね。……あるいは、何かに動かされているのかもしれないわ」
「私もその可能性が高いと思う。洗脳的な何かで、意志に関係なく動いている、とか」
 その後、二人の間に静寂が訪れた。
永琳は、初めこそ縄を解こうともがいていたものの、暫くすると諦めてしまった。

 さとりが、本殿から鳴る轟音に耳を傾けていると、ふと永琳が口を開いた。
「あなたさっき……新しい信仰、って言ってたわね?」
「? ええ」
「それは、どういうものなの?」
「知らないの? あなた」
 永琳は頷いた。
「何だか、訳の分からない内に、ここへ送られてしまったから」
「八坂神奈子の新しい信仰集め。強力な妖怪や人間を殺し、恐怖で信仰を強いる……汚いやり方よ」
「……それってつまり、恐怖による信仰と言う事?」
「そうなる」
「恐怖による信仰……」
 永琳は、その部分を何度も反芻した。
まるでゼンマイ仕掛けの玩具のように、その部分だけを繰り返す。
薄気味悪さを覚えたさとりが問うた。
「どうしたのよ?」
「……私ね」
「?」
「今日――いいえ、ついさっき」
「ええ」
「それと全く同じ物語を見たわ」



 永琳の告白の真意をさとりが尋ねようとするのと、ほぼ同時であった。
「あーあ。やっぱり永琳も捕まってるわ」
幼げな声が倉の中に響いた。
トコトコと小刻みに足音がなる。
それは段々と、捕らわれの身の二人に大きな音となって聞こえてくる。
 足音の主が、檻の前に現れた。
「……メディスン」
「こんにちは、永琳」
 毒人形、メディスン・メランコリーが小さくお辞儀をする。
その挨拶に返事を返す事もなく、永琳が声を荒げた。
「どう言う事、メディスン!? あの紙に書いてた事は何!? どうしてあれと全く同じ状況が今出来上がっているの!?」
「出来上がったんじゃないよ。私が創ったのよ」
 事も無げに、メディスンはそう言ってのけた。
「毒でみんなを操ったの。宴会の時とか、たまたま通りすがった時とか、あるいはみんな寝静まってからとか。自我を失って、何でも私の言う事を聞いてくれるようになる毒なの! 素敵な毒でしょ?」
「自我を失う……だから心が読めなかったのね」
 さとりの呟きにメディスンはコクリと頷いた。
そして、思い出すように宙を仰ぎ見ながら、全ての真相を語り始めた。
「洗脳はできたけど、ただそれだけでは楽しくないでしょ? だから、私は洗脳した奴らを使って、劇を作ったの」
「劇……」
「そう! みんな私の操り人形! 幻想郷という舞台で繰り広げられる壮大な人形劇! 想像しただけでゾクゾクするでしょ?」
 小さな手を目一杯広げるメディスン。
大きく息を吸い、自身の創った“人形劇”を語る。
「夜雀達が花の妖怪を殺して、それを見てた私を殺さなかった時点で、確信したわ。私の洗脳毒の効き目はバッチリだって。
全部思い通り。残虐な外界の神様が新たな信仰集めの為に多くの者を殺していく。それを良しとしない巫女は、多くの仲間を失いながらも、その野望を阻止していく。姫様がやってた「テレビゲーム」のお話をそのまま参考にさせてもらったけどね。
でもでも、このシナリオは「まるちえんでぃんぐしすてむ」を採用しているのよ! 一部の不確定要素が起こすかもしれない、所謂アドリブで、私が考えてるシナリオを変化させる可能性を秘めているの! すごいでしょう?
あなた達二人はその不確定要素だったんだけど、残念ながら今回はシナリオの大きな変化を生む事はできなかったわ。次のお話ではどうなっちゃうだろうね!」
「次?」
 声を漏らした永琳に、メディスンは頷き、言葉を紡ぐ。
「これから半獣さんに歴史を食ってもらって、今日起きた事、全部無かった事にするから。全部リセットして、私は新しいシナリオ、配役を考えて、新しい人形劇を創るわ」
「なんてバカな事を……!」
 自分の考えた素晴らしい創作について語れたメディスンは、満足そうに檻から離れていった。
 メディスンを止めようと檻から出ようとするが、檻は頑丈なつくりでビクともしない。
ガシャガシャと檻を揺り動かしながら、永琳が叫んだ。
「次の舞台で……! 次の人形劇で、絶対にあなたを止めてみせる!! 絶対に!!」
 それを聞いたメディスンは、ピタリと足を止め、後ろを振り返った。
そして、大きな声で笑った。
笑って、笑って、笑って、腹を抱え、息も絶え絶え、彼女に告げた。
「最高のアドリブだったよ、永琳?」

 次の瞬間、視界が歪み、そして真っ暗になった。
歴史が食われている。
今日あった事は全て無かった事になる。
そして埋め合わせの歴史が創造され、幻想郷はその姿を取り戻す。
 そして、メディスンの創る新たな物語が綴られる。
それを繰り返すのだ。
メディスンが飽きるか、死ぬまで、永遠に。









*









「さて、行くか」

 戸締りを確認し、霧雨魔理沙が、自身の家を後にした。
彼女が目指しているのは、アリス・マーガトロイドの家である。
 今日は、紅魔館で大きなお茶会が催される。
アリスも参加すると言う事で、一緒に紅魔館へ行こうという約束をしてあるのだ。
約束を取り決めたのは魔理沙ではなく、アリスの方からであった。
「あいつが人を誘うなんて、珍しいよなぁ。もしや雪でも降るんじゃないか?」
 本人を目の前に言っては大目玉を食らわされそうな事を呟きながら、魔理沙はアリスの家がある方を目指して飛んでいった。




 そんな彼女を、茂みから見守る影があった。
「見て、スーさん。魔理沙がアリスの家へ向かっているわ。何事も無かったら、今日のお茶会で魔理沙の隣に座るのはアリスになるの」
 メディスンの声に、スーさんはコクコクと頷く。
得意げに、メディスンは先を続ける。
「でも、油断は禁物。紅魔館には不確定要素のフランドールがいるから。彼女まで『魔理沙争奪戦』に参戦したら……幻想郷はどうなってしまうのかしら」
 言いながらメディスンは、紙をスーさんに手渡した。
それは、簡単に言ってしまえば『台本』である。
メディスンの幼い字でズラズラと書かれたシナリオに、スーさんは目を通す。
「アリス、にとり、パチュリーによる激しく悲しく美しい魔理沙争奪戦なの。前作は滞りなく進みすぎたから、今回は不確定要素が入り込めるようにちゃんと計算してあるのよ。ワクワクするね!」
 そうこうしている内に、魔理沙の姿が見えなくなった。
メディスンは茂みから出て、彼女を追う。
それでも、ずっとスーさんに喋りかけ続けていた。
「楽しい楽しい人形劇、第二作目、スタートね!」


 スーさんは、一つ分からない事があり、メディスンの服を引っ張った。
「? 前作のタイトル? そういえば、決めて無かったね。うーん、そうねぇ」
 顎に手をやり、メディスンは即興で前作のタイトルを考える。
そして、ポンと手を打った。


「『血に飢えた神様』ってところかな?」
 長らくお付き合いいただき、ありがとうございました。
『血に飢えた神様』は、この【下】をもって完結となります。

 路線変更などは一切なく、最初から「全部メディの毒の所為」で終わる予定でした。
 しかし、至高のバッドエンディングとか、黒幕候補二転三転とか、謎めいた話とかを目指していたら、
ものすごく端折ってしまった感が出てきてしまいました。そこが今作の最大の反省点と思われます。
(エンディングから話を考えるからこういう事になってしまうのかもしれません)
 成功か失敗かは判断しかねますが、いろいろいい経験になりました。
一週間おきの投稿なんてもったいぶったマネは、もう絶対にやるまいと思いました。
 改めて、長らくのお付き合い、ありがとうございました。
力不足な作者ですが、今後もどうぞよろしくお願いします。

++++++++++

〜次回予告〜
 次回の投稿は
・橙
・小傘と早苗
・船長
・諏訪子様
のどれかを投稿する予定でいます。(投稿日は未定です)
長編の重圧から開放された作者の新作に、どうぞご期待ください。


 ご観覧、ありがとうございました。
pnp
作品情報
作品集:
3
投稿日時:
2009/09/22 21:44:17
更新日時:
2009/09/22 21:44:17
分類
キャラ多数
長編
グロ
1. risye ■2009/09/22 22:13:11
>まるちえんでぃんぐしすてむ
恐ろしい言葉ですね・・・

pnpさんの次回作も楽しみにしています。
2. 名無し ■2009/09/22 22:14:18
一日遅れながら誕生日おめでとうございます、メディスン先生
今思えば、永遠亭で4人にボコられる役者魂には感動いたします
3. 名無し ■2009/09/22 22:16:24
さて、次のゲーム盤と駒の準備だな
4. 名無し ■2009/09/22 22:58:03
おいしいラストでした・・・まさかこいつが犯人だとは!!!!!!!!!!
5. 名無し ■2009/09/22 23:24:42
なんだか無性に毒人形虐殺SSを書きたくなってきたぞー
6. 名無し ■2009/09/22 23:31:29
俺も無性に人形をバラしたくなってきたよ
7. 名無し ■2009/09/22 23:51:23
えーりんとさとりん以外は配役通り?
霊夢とかも毒で台本通りに動いてるのか……?
8. 7 ■2009/09/22 23:57:24
そう書かれてたな、失礼。
次の劇でえーりん無双が見たくなるな。
9. 名無し ■2009/09/23 02:22:06
雛見・・・いや、なんでもないです
10. 名無し ■2009/09/23 11:43:17
人間や妖怪に対する最も凶悪な毒は、確かに人格に作用するものだわな。
それにしても、自分が黒幕だと信じきっている神奈子や小悪魔がなんとも……
11. 名無し ■2009/09/23 14:07:26
何故か某魔を断つ剣の混沌の神を思い出した
12. ぷぷ ■2009/09/23 22:17:32
お疲れ様でした。
穣子大活躍で俺歓喜ですよ、ウフフ
13. 名無し ■2009/09/24 11:36:25
>>10
メディスンもある意味同じだよ
pnp氏視点から見たら、ね
14. 名無し ■2009/09/24 16:37:17
……何という大作、息もつかせぬ展開に一気に読みきっちまった
pnpさんの作品にハズレ無しだ、GJ過ぎる
次回作も楽しみにさせて頂きます
15. 紅魚群 ■2009/09/28 19:17:24
3部作品お疲れ様です。なんというメディスン無双。
結局誰も救われなかったとは……うん、こういう話大好きですw
第2幕の脳内妄想もせざるを得ない。こいつぁ修羅場の匂いがするぜ…

次回作はぜひともムラs――いや、なんでもないです。気にしないでくださいw
16. 名無し ■2009/10/30 18:24:55
ザコに見えても能力の使い方しだいで幻想郷を壊滅できるんだな
長いはずの作品だったけど一気に全部読めたわ
自分も時間を忘れるほどに集中して文章を読ませられる程度の能力が欲しい
17. 名無し ■2009/11/19 18:10:54
この話なにげにメディが飽きたら元の幻想郷に戻るね
歴史を戻して毒抜いて終了的な感じで。
ただ歴史喰いってここまで万能だっけ?
永夜抄で慧音が里の歴史を喰って消してたけど力の強い妖怪には見えてたようだし
実際はできなさそう


まぁ細かいことは気にしたら負けかな
なんにせよ乙です
18. 名無し ■2010/06/13 14:42:55
こいつあ予想外な黒幕とエンディング
劇にしてゲームか、おぞまし面白かった
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