儚き信仰の為に

作品集: 4 投稿日時: 2009/10/02 05:01:15 更新日時: 2009/10/02 05:01:15
※グロ、暴力表現注意。
※キャラ崩壊注意。
※作者独自の設定解釈、改変注意。









「ここをこう捻るのです」と言われて、その通り捻る馬鹿がどこにいるのか。
いた。今ここにいる東風谷早苗は、その馬鹿だった。
信仰回復を目論んで妖怪退治に出かけたはいいが、その妖怪に荷担して、挙句の果てに商売敵となる者を復活させてしまったのだ。
神奈子が激怒するのも無理はなかった。

「あんた、本当にどうしようもないクズだね」

居間の畳の上で縮こまって正座している早苗の頭を、神奈子がお祓い棒でペシペシと叩く。
早苗が復活させた聖白蓮なる魔法使いは、その後仏道に目覚めて寺院を建てた。
その寺院がどういうわけか人間やら妖怪やらに大うけしているらしく、対する守矢の信仰は減少の一途を辿るばかりだった。

「早苗、何か申し開きはあるかい?」
「ない…です…」
「だろうね。あんたのカラッポの脳みそじゃ、言い訳のひとつも出やしない」

神奈子が一際強く早苗の頭を叩いた。パシッと軽快な音が響く。
こうやって神奈子が怒るのも、これが初めてというわけではない。
いつもならそろそろ諏訪子が早苗を庇って仲裁に入るところだが、その諏訪子も今は黙って2人の様子を見守っていた。
それほどまで、守矢の信仰は落ち込んでいたのだ。

「信仰はなんとかするとか言っておきながら、結局減る一方じゃないか。今日という今日はもう我慢ならないよ!
 信仰のひとつも集めれない神に用はないよ!今すぐここを出ていきなっ!!」
「えぇ!そんなっ…!!や…嫌です神奈子様!!お願いします!!私を捨てないでください!!」
「か…神奈子!それは言いすぎだよぉ!」

結局諏訪子が仲裁に入り、神奈子を諌めようとする。しかし、

「いーや、今回ばかりはもう駄目だよ。諏訪子は早苗に甘すぎるんだ。無理矢理自立させるくらいしないと、早苗の馬鹿は治らないよ」
「じゃ、じゃあさ、信仰が回復したら、早苗は戻ってきてもいいって条件にしようよ!」

諏訪子が提案する。このあたりの譲歩が限界だろうと、長い付き合いの諏訪子は感じ取っていた。
逆に言えば、これよりいい条件は提示しても無駄だろうと思えるほど、神奈子は本気で怒っていた。
それでも諏訪子の提案にはある程度賛同できるらしく、ふむ…と納得したような表情をみせた。

「まあ信仰さえ戻れば私はなんでもいいけどね」
「早苗…私達の方でもなんとか頑張ってみるから……」
「う…ぐすっ……。はい、わかりました…神奈子様…諏訪子様…」

涙を拭って、早苗は身支度に取り掛かった。
信仰を取り戻すのに、何日かかるか分からない。もしかしたら、二度と守矢神社に帰ってこれないかもしれない。
そんなの、絶対に嫌だ。絶対になんとかしないと…。


身支度を終え、早苗は最後に二柱に頭を下げた。

「それでは行って参ります…」
「じゃあ早苗!信仰を回復させるまで、戻ってくるんじゃないよ!!」

神奈子の怒鳴り声に背中を押されながら、早苗は守矢神社から飛び去った。






1日目

早苗は考えた。どうすれば信仰を回復させることができるのか。
人里に布教活動をしに行く?それはいつもやっている。
奇跡の力でなんとかする?そんなことが出来れば苦労しない。
分社の数を増やす?信仰者がいなければ、分社もクソもない。
そうして考えた末、結局なにも思い浮かばなかった。

だから今早苗は、博麗神社にいた。同じく信仰不足で悩んでいるであろう、博麗霊夢に知恵を貸してもらうために。

「神奈子が怒るのも当然ね。だってあの二柱、信仰がなくなったら消えちゃうんでしょ?」

ちゃぶ台を挟んで反対側に座っている霊夢が、片肘をつきながら言った。
守矢神社と同様、博麗神社の信仰も現在かなり芳しくないはずだが、霊夢は嫌な顔ひとつせず元凶である早苗の相談を受けてくれた。
あまり信仰云々に執着がないのかもしれない、とも早苗は思った。

「まあ話は大体わかったわ。よし、私も一緒に信仰集め手伝ってあげる」
「え!?本当ですか!?」

だから、霊夢があっさり協力すると言ったことに早苗は驚いた。せいぜいアドバイスが貰える程度だと思っていたからだ。

「ただ早苗、ひとつ言っておくけどね」

急に霊夢が真剣な顔になり、早苗の方へと身を乗り出した。

「ここまで信仰に差をつけられている現状、とてもじゃないけど正攻法じゃどうにもならないわ。
 信仰を奪還するために命蓮寺を貶めるようなこともしなくちゃいけないけど、それでもいいわね?」

"貶める"と聞いて、早苗の良心がチクリと痛んだ。だが、背に腹は変えられないという言葉を、早苗も知っている。
早苗には、もう後がないのだ。頷くしかなかった。

「はい、それもしょうがないことだと思います…」
「うん、それが分かってるならいいわ」

霊夢はポンと早苗の肩を叩いた。
なんにせよ博麗の巫女が味方してくれるのだ。早苗としては、これほど心強いことはなかった。
きっとなんとかなるだろうという安堵感で、自然と顔がほころんだ。

「それよりも早苗、信仰回復させるまで帰るとこないんでしょ?」
「あ、はい。そうですね…」
「ちょうどいい場所…というか、小屋があるわ」

そう言って霊夢は立ち上がり、早苗について来るよう促した。
早苗は心の底から、霊夢に相談してよかったと思った。







博麗神社近くの森の中に、その小屋はあった。小屋というよりは、お堂と言ったほうがいいかもしれない。
ただ、何十年も人が使っていなかったかのように、小屋は荒れるに荒れていた。
辺りには背の高い雑草が生い茂り、小屋自身もいまにも腐り落ちてしまうんじゃないかというぐらいボロボロだ。
霊夢はたてつく戸を無理やりこじ開けると、中に入るよう早苗に手招きした。
小屋の中は窓のない一部屋だけで、広さとしては8畳ほどの狭い部屋だった。薄暗く、カビや埃の匂いが早苗の鼻をついた。
"ちょうどいい場所"と言うからにはそれなりに整斉としていると思っていた分、これからここで生活すると思うと、少し寒気が走る。

「この小屋は自由に使っていいから。あとこれからここを信仰奪還の作戦本部にしましょ」
「はぁ…。あの、神社の方じゃ駄目なんですか?」
「あんな人間や妖怪がたくさん来るところでコソコソやってたら、一発で何か企んでるのがバレちゃうでしょ。少々汚いのは我慢しなさい」

言われてみればその通りなのだが、せめてもう少しマシだったらと思わないわけではない。
それでも、屋根があるだけ贅沢と言うものか。霊夢がいなかったら、寒空の下で…というのもありえなくはなかった。
だから早苗は、それ以上文句を言うのはやめた。

「じゃあ私は早速命蓮寺の方に手を回してくるから、早苗はその間小屋の掃除でもしといてね。掃除用具はそこの棚に入ってるし。
 この小屋の存在がバレないように特殊な結界も張っておくから、勝手に外に出たりしたら駄目よ?」
「はい、わかりました」
「ああ、あとこれを渡しとくわ」

霊夢は懐から小さな陰陽玉を取り出して、早苗に渡した。

「会話ができるようになってるから、何かあったらそれで連絡するわね」
「あ…、ありがとうございます」
「じゃ、私は行くから」

そう言って霊夢は小屋から出ると、命蓮寺に向かって飛び去っていった。

1人小屋に残された早苗。とりあえず、言われた通りのことをしよう。まずは、小屋の掃除だ。
早苗は部屋の隅にある、この部屋唯一の家具である両開きの棚を開いた。中には掃除用具以外にも、工具や簡単な生活用品が入っていた。
どれも小屋のボロさの割に綺麗だったので、霊夢が別に用意してくれたものだろう。それでも、だいぶ埃をかぶっていたが。
とりあえず早苗は箒を取り出して、床の掃き掃除から始めることにした。
これから自分はここで生活するのだ。汚くて困るのは、自分。
早苗は自分にそう言い聞かせて気合を入れると、床に箒を走らせた。







人里を挟んで博麗神社の丁度反対側辺りに、白蓮たちの住まう命蓮寺はあった。
元々が馬鹿デカい聖輦船だということもあって、寺自体も相当広い。

霊夢はとりあえず命蓮寺の玄関口まで行って、辺りを見回した。
信者の数も相まって入信した僧の数もかなり多いはずだが、何故か寺はしんと静まり返って、人影ひとつ見えない。
とはいっても誰もいないなんてことはないだろうと思い、霊夢は玄関口の扉を開けて中に入った。
中に入っても、やはり誰の気配もしない。
代わりに、靴脱ぎ場の段差のところに"御用の方は鳴らしてください"と書かれた紙と呼び鐘が置いてあった。
書付け通り、霊夢はチリリンと鳴らしてみる。
本当にこれで誰か来るのだろうかと疑問に思いながら待つこと十数秒、廊下を誰かが足早に向かってくる音が聞こえた。

「あら…まあまあ、霊夢さん。ようこそいらっしゃいました」

現れたのは白蓮だった。白蓮は初め霊夢の姿を見て少し驚いたような顔をしたが、すぐにニッコリと笑って挨拶をした。

「悪いわね。急に押し掛けたりして」
「いえいえそんな。立ち話もなんですから、どうぞお上がりになってください」

白蓮に連れられて、霊夢は客間に続く廊下を歩いた。広い。とにかく広い。
外を見れば、綺麗に敷き詰められた砂利と岩による、美しい庭園が見えた。その向こうには、さらに道場のような別の建物が見える。
何から何まで、博麗神社とは比べ物にならない。信仰が集まるのも無理はないか。霊夢は軽く唇をかんだ。

客間に着き、霊夢と白蓮は向かい合わせになって座布団に座った。
白蓮が淹れてくれたお茶を、ズゾゾとすする。おいしい。いいお茶っ葉だ。
その心得はないが、静けさも相まって茶道なんかをしたらいいんじゃないかと、霊夢はなんとなく思った。

「ずいぶん静かだけど、他の人たちは?」
「今は禅の時間です。昼過ぎから2時間ほど、私以外の者は仏殿で坐禅をするようにしていますので」
「へえ、なるほど」

これは貴重な情報だ。何か事を起こすなら、人のいない昼過ぎが好機ということか。
………いや待て、あるいは、今か?
霊夢の口元が、わずかに怪しく歪んだ。

「それで、今日はどうされたんですか?」
「ちょっと白蓮に相談したいことがあって」
「それはそれは。私にできることなら、遠慮なく仰ってください。できるかぎり力になります」
「ありがとう、白蓮」

会話をしながらも、霊夢の思考はまったく別のことを考えていた。
そう、今が好機。誰にも見られていないし、白蓮と2人きりだ。こんなチャンス、次はないかもしれない。
いけ。やるのよ、霊夢。

「霊夢さん、それで、相談とは一体どのような…」
「そうそう白蓮、相談の前にちょっとお呪いを試したいんだけど」
「え?おまじない…ですか?」

突然話題を変えられて、白蓮が気抜けしたような表情を見せた。

「うん、簡単なものだから、ちょっと後ろを向いて目を瞑ってくれない?」
「はあ、わかりました、いいですよ」

白蓮は言われるがままに後ろを向いて、霊夢に背中をあずけた。
予想通り、この女には警戒心というものはない。
まさか幻想郷を守る博麗の巫女が自分に手を掛けようなど、夢にも思っていないようである。
順応力が高いのはいいけど、平和ボケしすぎるのも考えものよ?白蓮。

そのまま霊夢が白蓮の頭に向かって陰陽玉を叩きつけても、彼女にそれを回避する余裕は、当然なかった。







夕方になって早苗も小屋の掃除をほとんど終えた頃、ようやく霊夢が帰った来た。
早苗の目に付いたのは、どういうわけか霊夢の手には包帯が巻いてあり、加えて、背中に何か大きな物が入った麻袋を背負っている。

「よいしょっと。結構部屋が綺麗になってるわね。やるじゃない、早苗」
「はぁ…。それよりもどうしたんですか?その手と袋…」
「ん、ああこれ?ちょっとね」

そう言って、背中に背負っていた袋をドカッと床に置いた。
人が入るほどの大きな袋だ。中にもなにか重そうなものが入っている。

「…それ何が入ってるんですか?」
「開けてみればわかるわよ」
「…?」

言われるまま、早苗は袋の口を縛っている紐を解き、中を覗いた。
そして、言葉を失った。思わず早苗は腰を抜かして、尻餅をついてしまった。床がみしりと音を立てた。

「どどどどどどどうしたんですかこれ!?」
「心配しなくても、気絶しているだけよ」
「な…なんでっ…!なんで…――――白蓮さんが…!!」

袋の中に入っていたのは、まぎれもなくあの聖白蓮だった。

「今日は様子見だけの予定だったけど、思わぬチャンスだったからね。千載一遇…とまでは言わないけど」
「そうじゃなくて、なんで白蓮さんを連れてきたんですか!?」
「これが一番手っ取り早いじゃない。敵のボスを捕まえたんだから、勝ったも同然よ。早苗ももう少し喜びなさいよね」

勝ったも同然…とは、信仰を取り戻したも同然ということである。
それが当初の目的だったのだから早苗としては喜ばしいはずなのだが、こんな誘拐まがいな手段で素直に喜べるはずもない。
それに、白蓮を連れてきたからといって、そこからどうやって信仰を回復させていくのか。早苗にはよく分からなかった。

「大丈夫、大丈夫。誰にも見つかってないし、これからのことだってちゃんと考えてあるから、早苗は大船に乗った気持ちでいなさい」
「でも…まずいですよ…誘拐なんて。神に仕える者として、こんな…」
「早苗」

霊夢は早苗の両肩を掴み、真剣な眼差しで早苗を見据えた。

「良いとか悪いとか、今の私達に手段を選んでいる余裕はないの。言ったでしょ?正攻法じゃ無理だって」
「そうですけど…」
「私に任せてくれれば、必ず命蓮寺から信仰を取り戻してあげる。神奈子と諏訪子のためにも、2人で頑張りましょう」

神奈子たちの名前を出されると早苗も弱い。
そうだ、なんとしても信仰を取り戻さなければいけないのだ。そうしなければ、もう守矢神社に帰ることはできない。
霊夢さんだって、私のためにやってくれていることなのだ。
なんの案も浮かばず、何もしていない自分が文句だけ言うのはおかしいのではないか?
そういう風に、早苗は思い始めていた。むしろ、自分にそう言い聞かせたのかもしれない。
早苗は躊躇いがちながら頷き、同意の意を示した。

「理解が早くて助かるわ。じゃあ、ちょっと手伝ってね」

ひとまずは霊夢と2人がかりで白蓮の体を袋から引きずり出し、とりあえず仰向けの姿勢で床に寝かせた。
顔には目隠しと猿ぐつわがされており、手と足は縄でぐるぐる巻きに縛られている。服に食い込んでいる縄が痛々しい。
まるで芋虫のような姿だったが、それは格好だけの話。
整った輪郭に透き通るような白い肌。少しウェーブとグラデーションのかかった栗色のロングヘアー。理想的なスタイル。
同じ女性である早苗が見ても、思わずドキッとしてしまうほど、白蓮は美しい女性だった。
しばしそうやって見惚れている早苗の目の前を遮るように、霊夢があるものを差し出した。

「はい、これ」

霊夢が差し出したのは木の棒だった。反射的に受け取る。
木の棒の先に、鋭利な鉄の刃がついていた。いわゆる斧というものだ。

「あの、この斧…なんですか?」
「目が覚めて逃げられても困るから、それで白蓮の両手と両足切っといて」
「…え?」

間違いなく聞き間違いだろうと早苗は思った。

「え…?あの、斧で何を切るって…?」
「手足よ、てあし。抵抗できないように切っとくの。私、手を怪我してるし、早苗お願いね」

霊夢が包帯で巻かれた手を見せる。包帯は指先まで巻かれていた。
たしかに、斧を振るうのは難しそうだった。

「て……あ…し…?」
「まあ斧じゃ切りにくいのはわかるけど、他に腕を落とせそうな刃物が見つからなかったから頑張ってね」
「そ…そ、そ、そんなの無理ですよっ…!!!できるわけないじゃないですか!?何言ってるんですか!?」
「…早苗」

霊夢は早苗の両肩を掴み、真剣な眼差しで早苗を見据えた。

「出来るとか出来ないとか、そんなこと言ってる余裕はないの。もし白蓮の縄が何かの弾みで解けたりして逃げられたらどうするの?
 この計画はね、失敗したら私達もお終いなのよ。万に一つにも、失敗のリスクを高めてはいけないわ」
「でもだからって、手足を切断するなんて酷すぎます!!」
「私は不意をついたから拘束できたけど、白蓮は相当な実力者よ?五体満足の白蓮に抵抗されて、早苗がなんとかできると思う?」
「それは…」

なんとかできないことは明白であり、ゆえに返す言葉はないが、理屈じゃない。理屈ではないのだ。
逃げられないようにするために手足を切断するなんて、そんなの狂っている。
非道すぎるからできない。そういう思考もあるにはあるが、それよりも早苗を拒絶させたのは、恐怖心だった。
四肢を切り落とすなんて恐ろしいことが、小心者の早苗にできるはずはない。
こればかりは早苗も首を縦に振ることはできなかった。

「早苗は悪いように考えすぎよ。白蓮はもう人間じゃないんだから、手足を切断したくらいじゃどうってことないわよ」
「たとえそうだとしても……私…そんなこと…怖くて絶対できません……!!」

頑なに拒否する早苗。
そっか、白蓮さんも妖怪なのか――
と今更のように思い出し、"じゃあ手足を切られたくらい大丈夫かな…?"と僅かながらに思いはしたものの、恐ろしいことには変わりはなかった。
自分よりはるかに考えの及ぶ霊夢がここまで手足を切断しろと言っているのだから、これは絶対に必要な行動なのだろう。
だが、それでも無理なものは無理だった。

「早苗、もう1回言うけどね、白蓮にもし逃げられたときの……」
「そ…それは分かってます!だから…そ、そんなに言うんだったら、霊夢さんがやってくださいよぉ…」
「え?…やってあげたいのは山々だけど………うーん、しょうがないわね。まったく、こっちは手を怪我してるっていうのに…」

これ以上早苗に頼むのは無理だと判断した霊夢は、しぶしぶ包帯の巻かれた手で早苗から斧を受け取った。
霊夢はトントンと軽く刃先で白蓮の腕を小突き、狙いを定めた。
そして、とても手を怪我しているとは思えない見事な振りかぶりで、一気に斧を振り下ろした。
刃は綺麗な曲線を描き、白蓮の右腕を確実にとらえた。鮮やかな手際だった。

『ズダン!!』
「!!!???ん゙ん゙ん゙ん゙っ!?ん゙ん゙ん゙ん゙ん゙ーーーー!!!!??」

白蓮が目を覚ました。当然だ。腕を切断されたのだ。すさまじい激痛がいま白蓮を襲っているはずである。
切断面からは蛇口のように血が噴出し、白蓮はくぐもった叫び声をあげながら狂ったようにのた打ち回った。
目隠しに猿ぐつわ、残る手足も縛られているため、本当に芋虫が暴れているかのようである。
霊夢は白蓮の体を足で踏みつけて押さえながら、素早く八意印の止血剤を切断面に塗った。
血はそれでたちまち止まったが、白蓮は相変わらず痛みで暴れまわっている。
これでは残る手足の切断も難航しそうだ。霊夢が小さく舌打ちをした。

「早苗、ちょっと白蓮の体押さえといて―――え?ちょ、早苗ーーー!?」

呼ばれているのも無視して、早苗は小屋を飛び出した。
そして小屋の外に出るなり、早苗は地面に向かって、猛烈に吐いた。

「お゙ええええええ!!!!」

あまりに現実離れした残酷な光景。思い出すだけで全身に鳥肌が立ち、涙がとめどなく溢れてくる。
酷い。酷すぎる。いくら相手が妖怪でも、あんなのあまりに惨すぎる…。

「う…ううう……白蓮さん……ごめんなさい……」

全く意味のない謝罪の言葉。自分をごまかすための、謝罪の言葉だった。

小屋の中からは、また斧を振り下ろす音が聞こえた。







「ほら早苗、終わったわよ。いつまでそうしてるの?」

地面にふさぎこんで泣いている早苗に、霊夢が声をかける。

「ううう…」
「ほら、立って」

霊夢が早苗の腕を引っ張ると、早苗はよろめきながらも立ち上がった。
立ち上がり、霊夢のほうを見る。霊夢の白い袖に、赤い斑点のように血飛沫が散っていた。

「う…。うぅ…」
「このぐらいの事でいちいちそうなってたら、妖怪退治なんてできっこないわよ?ほら、もう終わったから、早く小屋の中に戻りなさい」

霊夢に背中を押されながら、とぼとぼと小屋の方へと歩む。
しかし、小屋に入る直前になって、急に早苗は足を止めた。

「ちょっと、どうしたのよ?」
「れ…霊夢さん…。手、つないでくれませんか…?」
「はぁ?」

突然の早苗の意味不明な要求に、霊夢が素っ頓狂な声を上げる。

「だ…だって、今、白蓮さんの腕と脚、なくなってるんですよね…?私…その……見るのが…怖くて…」
「……ったく。……はいはい、わかったわよ」

霊夢は早苗の手をとって、握った。霊夢のは冷たかったが、早苗にとってはこの上なく心強く感じた。
そしてゆっくりと、2人で、小屋の中へと足を進めた。

白蓮の姿が見えた。
切断面は服の袖口とスカートに隠れて見えなかったが、白蓮の四肢は、間違いなく無くなっていた。
傷口が見えなかったため、思ったほどのグロさはない。
だが白蓮の目隠しから流れた幾筋もの涙の後や、切断された腕や脚が入っていると思われる袋を見ると、先ほどの惨劇がまた早苗の脳裏をかすめた。
再び喉の奥から吐き気がこみ上げてくるのを、早苗はぐっと堪えた。

「これでもう逃げられる心配はないわね」
「……」
「それじゃ、最後の仕上げね。えーと、たしかここに……あったあった」

棚からハサミを取り出す霊夢。「ひっ」っと、早苗が声をあげた。今度は何をするのかと、目を覆う準備をする。
そのまま霊夢は白蓮の傍まで近づくと、白蓮の長い髪の毛を、一握りほどハサミで切り取った。

「えっ?なにしてるんですか…?髪の毛…?」
「まあ、ちょっとね」

切り取った髪の毛を小さな袋に入れながら、霊夢が曖昧に答える。
そして次に手足が入った袋を担ぐと、最後に早苗の方を向いた。

「じゃあ、また明日来るから」
「え?もう帰っちゃうんですか…?」
「心細いのはわかるけど、今晩中にやらなきゃいけないことがあるのよ。明日も必ず来るから、それまで待ってて」
「はい…わかりました」

たまらなく心細かったが、わがままばかりも言ってられない。それに、霊夢にはやらなければいけないこともあるらしい。
名残惜しみながらも早苗は霊夢を見送って、部屋の中をもう一度見渡した。
手足の無い白蓮さんも、思ったほど怖くない。順応とは恐ろしいものだと、自分でも思う。

でもまずは、床の血を拭かないといけないな、と、早苗は雑巾を絞る作業に入った。それはもう、ビクビクしながら。







『バキッ!!ガタガタガッターン!』

深夜の命蓮寺に、突然騒音が鳴り響いた。木を打っ叩いて割ったような音と、何かが転げるような音。
今まさに眠ろうかとしていた星は飛び起きて、何事かと音のした玄関口の方へと足早に向かった。

玄関口に着いてみると、入口の木製の扉が何故か大破していた。それと、足元に抱えて持てるほどの大きさの木箱が転がっている。
状況的に見て、木箱が扉をぶち破って飛び込んできたようである。

星以外にも、音を聞きつけた村紗、一輪、雲山、ぬえが集まってきた。
村紗が星に訊いた。

「どうしたの?何かすごい音がしたけど…。聖が帰ってきたの?」
「いや、私も今来たばかりで…」

星が若干狼狽しながら言う。すぐには状況が理解できなかった。

「酷い有様…。何事よ?」
「姐さんが帰ってきたようには見えないわね」

ぬえと一輪もこの惨状を見て苦笑いをする。
ひとまずは、飛び込んできたと思われる木箱を取り囲むように、皆が集まった。

「何だろう…これ?船の貨物用の木箱に似てるけど…」
「正体不明の箱ね。何が入ってるのかな?」
「雲山に叩き壊してもらったら?」
「いや、まて……何か挟まってるぞ」

星が木箱の蓋の隙間に、手紙が挟まっているのを見つけた。
引っ張り出して、開いてみる。
そして、そのあまりの内容に、驚愕せざるを得なかった。


『聖白蓮の命、預かる。助ける対価として、里の人間の心臓を十個、三日後までに用意せよ。聖白蓮の命を預かる証拠としては、同搬の箱の中を見よ。
 なお、この条件に背いた場合、この手紙について他言した場合、私について詮索した場合、いずれの場合にせよ、聖白蓮の命はない』


「ひ、聖が…?馬鹿な…!」
「えっ!?なになに?み、見せて!!」

村紗が星から手紙を奪い取って目を通す。他の者たちも、一緒になって手紙を覗き込んだ。
村紗の顔が、たちまち青ざめた。

「そんな…聖っ……!」

わなわなと震える村紗。彼女は命蓮寺にいる誰よりも、白蓮のことを慕っていた。冷静でいられるはずもない。
一方一輪は、当然誰もが持つであろう疑問を投げかけた。

「姐さんが誘拐されたなんて、私信じられないわ。ここにいる誰よりも、姐さんは強いのよ?」
「私もそう思うが……その証拠がこの箱の中に入ってるらしいけど…」

星が箱を見る。箱の蓋は幾重かに針金で止められていたが、素手だけでも十分に外せるレベルだった。

「…もしかしたら危険なものかもしれない。私と雲山だけで開けるから、3人は下がっててくれ」

星がそう言うと、3人はわずかに頷いて下がった。
万一箱が炸裂したときに備えて、入道である雲山が箱を取り囲むように体をひねる。
万全の準備の中、星は箱を開けて、中を見た。

そして、言葉を失った。

中に入っていたのは、切断された腕、脚。それと、見覚えのある栗色のロングヘアー。
紛れもなく、白蓮のもの。沈着な星も、思わず吐きそうになった。

「な、何?何が入ってたの?」
「み…見るなっ!!」

村紗が駆け寄ってくる前に、慌てて箱の蓋を閉じる。

「ねえ星!!箱の中に何が入ってたの!?見せてよ!!」
「…見ないほうがいい……とにかく、手紙に書いてあったことは事実だ…。3日以内に人間を10人殺さなければ、聖は…」

今にも泣き出したいのを必死に堪えながら、星が皆に告げた。
一輪は雲山から箱の中身を聞いて、ハッとしたように顔を両手で覆った。
ぬえは皆の反応から、大体どのようなものが入っていたのか予想できたようだった。
村紗だけが、何も分からずに混乱と不安が混ざったような表情を浮かべている。

しばしの沈黙の後、ぬえが口を開いた。

「…私は手紙の言うことを聞くのは反対よ。そんなことしたら私たちだって無事じゃすまないし、相手が約束を守るとはかぎらないわ」
「私も反対よ!!たとえ姐さんの命がかかってても、罪のない人間を殺すなんて仏道に反するわ!!姐さんとの誓いを忘れたの!?」

一輪がぬえと一緒になって反対する。続けて雲山の方にも話しかけた。

「ねえ、雲山も私と同じ意見よね!?」
「………」
「えっ…?雲山…?」

一輪の呼びかけにも答えず、雲山は黙って一輪から視線を外し、俯いた。
その行動がどういう意味を持っているかは、明らかだった。

「雲山……あなた……」
「明日は寺の開放日、人間がたくさん集まる。10人と言わず、100人の心臓だって集められる」

星が独り言のように言った。星も、雲山と同じ意見だった。

「星、正気なの!?」
「じゃあ聖を見殺しにしろって言うのか!?たとえ幻想郷の人間全員殺したって、私は聖を助けたい!!」
「馬鹿言わないで!姐さんがそんなこと望んでるわけないでしょ!?」
「私が助けたいから言っている!聖の気持ちは関係ない!!」

睨み合う星と一輪。2人の間、いや、雲山とぬえも含んだ4人の間で、火花が散る。
このまま言い合いをしても、平行線をたどるばかりか。そう思われたそのとき、

『カタン』

箱の方から、音が聞こえた。全員の視線が、音のした方へ集まる。
いつのまにか村紗が箱を開いて、その中を覗いていた。

「10人、殺そうよ」

箱の中を呆けたような目で見つめながら、村紗が泣きそうな声で言った。







2日目

この日は朝も、昼間も、霊夢は小屋を訪れなかった。心細かったが、我慢するしかなかった。
食料等は霊夢が十分に用意してくれていたため少々来なくても困らないが、小屋を出てはいけないと言われている早苗には、いささか退屈でもあった。
ああ、何か本でも持ってくればよかったかなぁ…。そんなことを思いながら、早苗はもう何度も読んだ新聞に目を通す。
記事の一面には、秋の神様の特集のようなものが書いてあった。猛烈につまらない記事だった。

早苗は白蓮の方をちらっと見た。今はもう目隠しと猿ぐつわは外してある。だがそうしたところで、あまり違いはないようだった。
白蓮は壁にもたれながら、じっと床の一点を見つめている。さっきからずっとあのままだった。坐禅というやつだろうか。
見るからに退屈そうなので、真似をする気にもならなかったが。

白蓮は魔法使いである。だから人間の早苗と違って物を食べる必要はないし、したがってトイレ等の心配もいらない。
要は放っておけばいいのである。
それが早苗の退屈にさらなる拍車をかけているのだが、白蓮に対する自責の念もあって、あまり関わらなくていいことに安心する面もあった。
幸い、白蓮の方から話しかけてくるようなこともない。
それでもたまに恨むような、哀れむような目でこっちを見てくるのだけは勘弁してほしかった。



夜になって、ようやく霊夢が戻ってきた。

「早苗、やったわ」

部屋に入ってくるなり、霊夢は1枚の新聞記事を早苗に開いて見せた。

--------------
○月×日 文々。新聞 速報

今日昼過ぎ、命蓮寺に来ていた人間の参拝者が、突然寺に住む妖怪達によって襲われた。
幸い一緒に来ていた上白沢慧音氏と、偶然近くに居合わせた博麗霊夢氏によって妖怪達は取り押さえられたため、怪我人はあったものの死者はいなかった。
犯人達は現行犯で確保。確保後も「人間の心臓がいる」などと意味不明なことを叫びながら激しく抵抗したので、現在は地底の牢獄に入れられている。
動機はいまだ不明だが、八雲紫は事態を重く受け止め、永久隙間送りも考えているという―――

--------------

「え?え?なんですかこれ?どうしてこんな…」
「あれ?言ってなかったかしら。脅迫状よ」
「脅迫状…?」
「そっ。実物があるから見せてあげるわ。手がかりになっても困るし、さっき隙を見て持って帰ってきたから」

そう言って霊夢は例の脅迫状を取り出し、早苗に渡した。それを読んで、早苗は思わず目を背けたくなった。
寺の妖怪たちの苦悩が、聞こえてくるようだった。

「この箱の中って言うのは…やっぱり…」
「ええ、白蓮の腕とか脚よ。あのとき切った髪の毛も一緒に入れといたの。特徴的だしね。まあ、これで命蓮寺もおしまいよ」

霊夢がにやりと笑った。命蓮寺と聞いて、白蓮がハッと顔を上げる。

「な…何がっ…!あの子たちに何かあったんですか!?」

白蓮の方から話しかけてきたのは初めてだった。
不安げな表情を浮かべて、霊夢をじっと見ている。

「白蓮、気になる?記事見せてあげよっか?」

言いながら、霊夢は白蓮の目の前に記事を突き出した。
記事を読みながら、白蓮の目尻にみるみると涙が溜まっていく。

「そ…そんな……。うぅ…、皆さん……私のせいで……」

白蓮の目から、ぽろぽろと涙がこぼれた。

見ていられない。

自分たちのやっていることの恐ろしさに、早苗の体の震えは止まらなかった。

「霊夢さん…私…怖いです…。こんな悪いことやってたら、いつか天罰が下っちゃいますよぉ…」
「何言ってんのよ。神様のためにやってることなんだから、天罰なんて下るわけないでしょ。というより、早苗も神なんじゃないの?」

怯える早苗に対して、霊夢はいたって平常だった。
今の私は、はたして神と名乗っていいのか。早苗には、わからなかった。







3日目

朝になって、茣蓙(ござ)に包まって寝ていた早苗は、硬い床から起き上がった。
こんな状況下でも平気で熟睡できた自分が、少し嫌だった。
霊夢は昨日の夜にまた帰ってしまっていたため、勿論いま小屋にいるのは、早苗と白蓮だけである。

ひとまず早苗は、小屋の入り口にある雨水を溜めた瓶で顔を洗った。
今日の朝ごはんはどうしよう。霊夢さんが持ってきた干し肉があるけど、朝からお肉っていうのもなぁ…。
そんなことを思いながら小屋の中に戻ると、なんと白蓮が話しかけてきた。

「早苗さん……お願い、水を少し飲ませて……」
「はへっ!?水ですか?は、はい…」

非常に驚いた。昨日の今日なので、もう会話どころか目すら合わせてくれないと思っていたからだ。
白蓮が何かを口にしたいと言ったのも、これが初めてだった。
さすがに3日もたてば魔法使いでも喉が渇くのだろうかと思いながら、早苗は外の瓶からコップで水を汲んで、白蓮の元へ持っていった。
そして、ようやく白蓮の体の異変に気づく。
顔が赤く、すごい量の汗をかいている。白蓮の額に手を当ててみると、驚くほど熱かった。

「あっ…ひどい熱……」

高熱。風邪か、あるいは他の病か。風邪なんて軽いものには、到底見えなかったが。
このままではいけない。早苗は急いで白蓮の体を起こすと、汲んできた水を白蓮の口元へと運んだ。
白蓮はすぐに飲み干して、コップの中は空になった。
こんなに喉が渇いていたのに、私が起きるまで待っていたのか…と、早苗は少々複雑な気持ちになった。

そしてもう1杯を汲みにいこうとしたそのとき、ちょうど霊夢が小屋にやってきた。

「ん?なにやってんのよ、早苗」
「あ、霊夢さん…!大変です。白蓮さんがひどい熱で…」
「熱?まあ両手両足ぶった切ったんだから無理もないでしょ。傷口から雑菌でも入ったんじゃないの?」
「早く何か薬をあげないと、あのままじゃ白蓮さん死んじゃうかもしれません!!」
「薬の調達なんてそんな足のつくようなこと出来ないわよ。放っておきなさい。魔法使いなんだから、熱くらいで死んだりしないわよ」

霊夢はそう言ったが、本当に大丈夫なのだろうか?早苗がそう疑問に思うほど、白蓮は苦しそうだった。

「そうそう、薬って言うなら"記憶を消す薬"を今調達してるところだから、それが入手でき次第白蓮は解放するつもりよ」
「記憶を消す薬…?」
「ええ、いくらなんでも殺すのは私も気が引けるし、早苗も嫌でしょ?」

ああ、よかった。このあと白蓮さんをどうするつもりか心配してたけど、やっぱり霊夢さんはちゃんと考えててくれてる。
里の人にも犠牲者が出ないようにしてくれてたし、霊夢さんだって、鬼じゃないんだ。
霊夢の良心に触れたような気がして、早苗は少し安心した。

「そういうことだから、白蓮にはもう少し我慢してもらって。多分明日には、薬も手に入ると思うから」
「…はい、わかりました。お願いします」
「じゃあ、私は帰るし。あ、これ、朝ごはんね」

竹の皮で包まれたおむすびを、霊夢が差し出した。今来たのはこれを届けにきたのだろう。
やっぱり霊夢さんは、やさしい。

霊夢が帰った後、おむすびを食べながら、早苗は静かに決意した。
今日は1日中、白蓮さんの看病をしよう。20分ごとに濡れタオルを交換して、体も拭いてあげて、ほしがったら水もあげよう。
こんなことで自分たちが白蓮にしたことの罪が消えるとは思っていないが、せめてもの償いだ。
記憶が消えてからでは、償いもできないかもしれない。

どうせ退屈だし、と付け加えることは、さすがに早苗はしなかった。







4日目

早苗の献身的な介護の甲斐あってか、朝になる頃には白蓮の熱はたいぶ下がっていた。
まだ少し熱はあったが、もう問題ないレベルだ。やはり霊夢の言うとおり、心配はいらなかったようである。
それにしても徹夜で看病とはこんなにもつらいものなのか。
今にも眠ってしまいそうになる頭をなんとか堪えながら、早苗は朝ごはんの干し肉にかじりついた。

白蓮は今は眠っていた。本当の魔法使いは寝ないなんてことを魔理沙が言っていたが、今は眠っている。寝顔が美しかった。
手足がないのも、今となってはむしろ可愛くもみえる。体を拭いたりして、慣れたのもあるのかもしれない。
そうした介護中に、一度白蓮にお礼を言われたこともあった。
勿論"どういたしまして"なんてことは言わなかったが、それでも幾分か自分の罪を償えたような気がした。

早苗の気持ちにも、かなり余裕が出来ていた。

が、それも束の間だった。

『早苗っ!早苗っ!』
「わっ!霊夢さん!?」

突然霊夢の声が聞こえた。また朝ごはんを持ってきたのかな?慌てて辺りを見回すが、その霊夢の姿はどこにもみえない。
と、そのとき、早苗は声が自分の懐からしていることに気づいた。
そういえば連絡用の陰陽玉のことをすっかり忘れていた。すぐさま取り出した。

『早苗、聞こえる!?返事をして!』
「あ、はい、聞こえます、霊夢さん。どうしたんですか?」
『そこの小屋のことがバレたかもしれないわ!』
「えっ!?」

心臓が跳ね上がった。なんだって?

「バ…バレたってどういうことですか!?」
『詳しいことを話している時間はないわ。早くそこから離れて、どこかに身を隠して!』
「えっ?えっ?あの、白蓮さんは…?」
『放っておきなさい!そんなことより急いで!!』
「は、はい!」

言われるままに早苗は小屋を飛び出して、森の中へと駆け込んだ。
久しぶりの外だが、もちろんそんな開放感などあるはずもなく、今は身を隠すべき場所を探すので必死だった。
10分ほど森の中を探した末、大きな木の根の間に洞穴のような空間を見つけて、早苗はそこへ身を滑り込ませた。
すぐに陰陽玉を取り出して、霊夢との交信を図る。

「霊夢さん、隠れました!」
『早苗、今どこ?』
「はい、小屋から離れたところに大きな木の根があったので、とりあえずその隙間に…」
『わかったわ。私から連絡があるまで、絶対そこを動かないように』
「わかりました」

もし今まで自分たちのやってきたことがバレたら…。考えただけでぞっとした。
とてもじゃないが気は抜けない。早苗は辺りを警戒しつつも、霊夢からの連絡がないか注意を払った。
しかし、昨日徹夜の看病が響いたのか、しばらくするとまた猛烈な睡魔が襲ってきた。
寝てはいけない。いけ…ない…。
そうは思っても、暗いところでじっとしているだけでは、徹夜の睡魔に耐えられるはずもなかった。
間もなく、早苗は膝をかかえたまま、眠りの中へと落ちた。







『もしもし?早苗?早苗ー!!』

霊夢から連絡をモーニングコールに、早苗は目を覚ました。
すぐさま意識が覚醒する。寝てしまった。なんということ。

「れ…霊夢さん!どうなったんですか!?」
『心配しなくても、もう大丈夫よ。うまく手を回しといたわ』
「本当ですか!?よ、よかった…」

早苗の体から緊張が抜けた。霊夢の頼りがいを、早苗はあらためて痛感した。

『何もかも上手くいったわ。小屋の方は私が片付けておくから、作戦は今日でもうおしまいよ』
「え…じゃあ…」
『ええ、信仰ももう大丈夫だろうし、早く守矢神社に帰ってあげなさい。神奈子達があんたのこと心配してるわよ』
「は…はい!!」

やった、やった。ようやく神社に帰れる。このときをどれだけ待ち望んだことか。
鈍っていたはずの早苗の体に、活力がみなぎってくる。早苗は木の根の間から這い出ると、一目散に空へと飛び立った。
辺りはもう完全に日が沈んで暗くなっている。
それでも、守矢神社の方向なんて、間違うはずもなかった。
精神的な疲労のせいか、あるいは待ち遠しさのせいか、空を飛ぶ速度が妙に遅く感じる。
早く、早く帰って、神奈子様と諏訪子様に会いたい!早苗の心は、今はただそれだけだった。
まもなく、妖怪の山が見えてきて、そして待望の守矢神社が見えてきた。
見慣れたはずの建物だが、とても、とても懐かしく感じた。

早苗は境内に降り立ち、走って住居である家の中へと入った。誰もいない。そうか、本殿の方にいるのか。
逸る気持ちを押さえようともせず、すぐさま蹄を返してそちらの方へと向かう。
そして本殿への扉を開けて、叫んだ。

「神奈子様!諏訪子様!!早苗、ただいま戻りました!!」

早苗の声が、本殿の中に響いた。
だが、神奈子たちの姿はどこにも見当たらない。

「あれ…?神奈子様、諏訪子様…?」

だだっ広い本殿の中央に、神奈子の注連縄と、諏訪子の帽子がぽつんと置いてあるのが、視界に入った。
それのそばに、1枚の新聞記事が落ちている。
早苗は吸い寄せられるように記事を拾い、読んだ。

--------------
○月×日 文々。新聞 速報

本日昼ごろ、博麗神社近くの森の中にある小屋にて、行方不明だった聖白蓮氏の遺体が、周囲を巡回中だった博麗霊夢氏によって発見された。
遺体は手足が切断されたうえに全身を刃物でメッタ斬りにされており、凄惨極まりない状態であった。
殺害に使用されたとみられる斧や、小屋にある道具等から同一の指紋が採取され、照合の結果、守矢神社の現人神、東風谷早苗氏のものと一致。
信仰を狙った犯行とみて、現在容疑者として、目下捜索中―――

--------------

「ぁ……?ぁ………???」

始めは何が書いてあるのか分からなかった。
何度も読み返しているうちに、意思とは無関係に全身が震え、背中全体から冷や汗が吹き出した。

「…な…なに…こ……れ……?」

なんで?どうして?霊夢さんはもう大丈夫だって言ったのに。バレないように手を回してくれてたはずなのに。
あれ?発見者の名前が霊夢さんになってる?あれ?あれ?どういうこと?
白蓮さんの遺体?なんで?メッタ斬り?誰が?私の指紋?容疑者、東風谷早苗…?

「あああああああああああああああ!!!!!!!!!!!」

早苗は絶叫をあげた。叫ばずにはいられなかった。
新聞を投げ捨てると、早苗は神社を飛び出した。
そして、飛び立とうとして、地面にずっこけた。飛べない。二柱の加護が、消えている。
殺人鬼のいる神社を信仰する者なんているはずもない。
神奈子様と諏訪子様は、すでにこの世にいなかった。

「うぁああぁあ…!そんなぁ…神奈子様ぁ…諏訪子様ぁ……!」

早苗は必死で蛙と蛇の髪飾りを握り締めて、二柱の声を聞こうとした。
しかしいくら祈っても、祈っても、2人の声は聞こえない。

そして、早苗はすべてを理解した。


―――そっか、私は、騙されてたんだ。


霊夢さんが私の相談に乗ってくれたのも、全部はじめからこうするつもりだったんだ。
手に包帯を巻いてたのも、指紋が残らないようにするため。白蓮さんをさらってきたのも、初めから殺すため。
それで、最後は私に全部の罪を着せて……ほんとだ、すごい、すごい。私も白蓮さんもいなくなって、信仰ひとり占めじゃないですか。
今になって、急に頭が回りだした。答え合わせは完璧。もうおしまい。

「あは…あはは……」

全てを失ってしまった。信仰も、神奈子様も、諏訪子様も、そして、自分自身も。
すべては、私が馬鹿だったばっかりに。
いつもこうだ。自分では何も考えないで、他人に頼って、成り行きにまかせて…
白蓮さんの封印が解けて信仰がとられちゃったのも、私が何も考えなかったせいだし、霊夢さんに利用されたのも、私が何も考えなかったせい。
そう、全部私が悪いのだ。もう、どうしようもない。

「あひっ…ああはは…ははは……!!!」

早苗は走った。
もうどこにも行く当てなどない。帰る場所もない。それでも早苗は、ひたすら走った。
山を駆け下りて、木々を掻き分けて、葉や枝が早苗の体を傷つけた。
痛みは感じなかった。神奈子様に頭を叩かれるほうが、ずっと痛かった。悲しかった。
でも、私の頭を叩いてくれる神奈子様も、もういない。

「あは……うっ…うぇええん…ぐすっ…ぐすっ…――――うわあああああああああああん!!!!!!!」

走り続けて、早苗の体力も限界になって、早苗は暗い森の中にへたり込んで、声を上げて、泣いた。
わんわん、わんわんと、子供のように泣いた。
森を抜けてきた生暖かい風が、早苗の髪を優しく撫ぜた。

そのとき、早苗の背後に、誰かの気配が現れた。

「早苗」

名前を呼ばれた。聞き慣れた声。振り返ると、そこに……霊夢が立っていた。

「あ……ぁ……」

早苗は目を見開き、ありえないものでも見るかのようにして、霊夢をじっと見つめた。
そしてあろうことか、早苗は霊夢を見て、心から安堵した。
霊夢が自分を貶めたことなど忘れ、ただただ安堵した。やった。霊夢さんがいれば安心だ。きっとなんとかしてくれる。
もう早苗の頭は、壊れていた。

「うぁぁ…霊夢さん…。私…わたし…怖かった……怖かったですぅ…」

泣きながら、笑いながら、早苗はふらふらと霊夢に歩み寄り、その体に抱きついた。
霊夢はそれを受け止め、早苗の頭を優しく撫でた。

「早苗、怖かったでしょ?でももう大丈夫よ。私がなんとかしてあげる」
「…はい…ぐすっ…。はいっ…霊夢さん…!」

霊夢に抱きつきながら、早苗は泣きじゃくった。霊夢の体は温かかった。温もりを感じた。
私を守ってくれる、優しい、優しい霊夢さん。

『ズブッ』
「ぇ…?」

早苗の腹に、ひやりと冷たいものが入り込んだ。そしてすぐに、それは猛烈な熱を帯び、激痛へと変わる。
見下ろすと、自分の腹にナイフが刺さっている。血が、自分の血が、服をみるみる赤く染めていく。

「あんたって本当に、馬鹿ね」
「あ…ぶげぇ……れ…いむ…さ……ぁ……」

口の中に、血の味が広がる。立っていられなくなり、早苗の体はその場に崩れ落ちた。

「早苗は静かなのね。白蓮はもっとうるさかったわよ。悟ったような顔して、命乞いが醜い奴だったわ」
「……れ…ぃ………さ……ぁ………………――――」

薄れ行く意識の中最後に早苗の目に映ったのは、悪魔のように歪んだ、霊夢の笑顔だった。







--------------

○月×日 文々。新聞

△日、妖怪の山近くの森にて、捜索中だった隊員により東風谷氏の遺体を発見。
遺体には刃物による刺し傷のようなものが確認されたが、すでに人食い妖怪に食い荒らされていたため損傷が激しく、詳しい死因の特定は困難を極めている。
治安部隊は守矢神社を信仰していた者による犯行ではないかとの見方を強め、現在も調査中。
白蓮氏が行方不明になってから4日目、犯人のあっけない幕切れであった。

今回の事件について、博麗霊夢氏は
「遺族の方々には心からお悔やみ申し上げます。同じく神に仕えるものとして怒りを感じ、非常に悲しい限りです。
 亡くなられた白蓮さんのためにも、これからも人々のために本務を真っ当していきたいです」
とコメントした。

なお、命蓮寺は改装が終わり次第博麗神社として機能する模様。旧博麗神社は分社の扱いになるため、参拝の際は注意されたし。

--------------







END
星蓮船のキャラがまだよく掴めてない紅魚群です。
白蓮さんいじめちゃうぞ!と意気込んだ割に結局早苗さんいじめになってしまいました。白蓮さんにはゆゆ様的ないじめにくさを感じる…。
なんにせよ白蓮さんは私的には大ヒットキャラです。曲もいいし、弾幕も最高ですね。スターメイルシュトロムとか。チクショウ。

あとお気付きの方も多いかと思われますが"おまじない"のくだりはpnpさんの『『血に飢えた神様』【上】』に出てくる早苗さんの技からいただきました。
非常に汎用性の高い技です。すいません…。

それではここまで読んでいただき、ありがとうございました。See you again!!

◇関係ない話
・一時議論にもなってましたが、私の作品に関しては続編なりインスパイアなりご自由にしていただいてかまいません。寧ろしてくれると紅魚群は非常に喜びます。
・紅魚群の読み方は"あかぎょぐん"です。某おさかなパチンコとは特に関係ありません。
紅魚群
作品情報
作品集:
4
投稿日時:
2009/10/02 05:01:15
更新日時:
2009/10/02 05:01:15
分類
早苗
霊夢
白蓮
グロ
1. 名無し ■2009/10/02 06:37:31
早苗いじめ久々過ぎるwwwww
最高です
2. 名無し ■2009/10/02 06:43:37
結構マイルドですが、やっぱりこういう話が無いと産廃じゃないですよね。面白かったです
3. 名無し ■2009/10/02 07:33:52
朝からステーキ!
白蓮さんが素敵でした
4. 名無し ■2009/10/02 10:00:19
途中からGTAみたいに利用されてはめられそうだなと予想はついたけど、それでも読むのが止まらなかった
感心する。すげーわ。
なんでこうも面白い話バシバシ書けるんだろう、妬ましい
今回の早苗すっごい哀れで救いが無くて可愛かった
ムラサも出番少ないけど良い味だったな
5. 名無し ■2009/10/02 10:46:18
霊夢が見事なまでに外道かつ策士だw
早苗エンドだけでなく、魔理沙エンドや霊夢(=自分自身)エンドでも
やはり純情な早苗さんを誑かして命蓮寺勢と喰い合いさせるのかな?
6. 名無し ■2009/10/02 13:42:33
確執とか謀略の話は何度か見たけど…加害者(緑)も被害者も一様に傷ついててキュンときた

聖輦船組の苦悩が伝わってきて早苗じゃないのに罪悪感がしてきやが
いったい おれ どうな て
早苗もまともなのに霊夢もえらく優しいんで謀殺モノには珍しいなとか思ってたら
ごらんの有様だよ!!
最後の霊夢の心境を想像するのが楽しい
7. nekojita ■2009/10/02 14:23:37
流石は大御所
素晴らしいと思う
心からの賛辞を送りたい
8. 名無し ■2009/10/02 16:03:41
善のタガが残ってる悪人というのは愛らしい。紅魚群さんの作品のキャラは人間味があって素敵です。
9. 名無し ■2009/10/02 23:38:07
霊夢だとなぜか死ねカスと思わない不思議

なにも予測してなかった俺にはオチがあまりにエグすぎた・・・
10. 名無し ■2009/10/02 23:59:50
なかなか味わい深い残酷さでした

これを読んで命連寺組も今後
美味しい弄ぶり方ができそうで素敵
11. ぷぷ ■2009/10/03 00:07:25
これ、仮に紫が真相に気づいたとしても、黙認しそうだな。
色んな勢力増えすぎて、正直面倒くさいだろうし
12. 名無し ■2009/10/03 01:01:16
>「10人、殺そうよ」

同志ムラサはいい仕事をしてくれました。
13. 排気ガス ■2009/10/03 11:13:52
霊夢も苦労してるんだなぁと思ってしまった俺は・・・
14. 名無し ■2009/10/03 21:05:51
ただぶち殺すだけじゃなくてストーリーがある話は読んでても楽しいですね。
狭い幻想郷、限りある信仰で生きるためには、神様仏様方式か対立組織を潰すしかないでしょうし
15. 名無し ■2009/10/29 21:39:57
白蓮が大騒ぎするとこ見たかったのにな…
霊夢がちょっと本気出せばどの勢力でも一週間で壊滅できる
しかも己の面は一切汚さずに
16. 名無し ■2010/02/20 06:25:34
早苗が死んでめでたしめでたしw
17. 名無し ■2011/11/10 11:00:22
え、えげつねえ
名前 メール
パスワード
投稿パスワード
<< 作品集に戻る
作品の編集 コメントの削除
番号 パスワード