産廃のアリス

作品集: 6 投稿日時: 2009/11/03 02:58:35 更新日時: 2009/11/03 06:03:24
 アリスが目を覚ますと、そこは自室のベッドの上だった。
 身に纏っている衣服は、青と白を基調とした洋服。要するに、アリスの普段着だ。
 ガラス戸の戸棚へ目を遣れば、その中には色とりどりの人形達が収納されている。
 洋服を仕舞ったクローゼット。
 何冊ものグリモワールを収めた本棚。
 貴重な物から二束三文の物まで、幾つも集めたマジックアイテム。
 人形作りに使用する裁縫道具。

 間違いなく、自分の部屋だった。

 けれども、アリスは一つだけ自分の置かれている状況の中で、異常な部分がある事に、気付いてしまったのだ。

 それは――

「ここは…………っ!?
 産廃……創想話……!?」

 そう。

 アリスは、産廃SSの世界の主人公として、舞台に上げられてしまったのだ。

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「冗談じゃないわ! どうして……どうして、私がこんなイカれた世界の主人公なんかをしなくちゃならないのよ!?」

 目覚めも早々に、アリスは苛立っていた。
 鼻孔をくすぐる空気の臭い。
 肌にねっとりと絡み付く、視線にも似た感覚。
 悪意を持った読者の視線が、今か今かとイベントが起こるのを待っているのだと嫌でも理解できた。

 アリスは、百合SSのメインヒロインになるのが夢だった。
 アリマリでも、パチュマリでも、レイアリでも……あるいは他のカップリングでも良い。
 天アリでも、チルアリでも、アリパルだってぬえアリだって大歓迎だ。
 素敵な恋人と出逢い、様々なイベントの末に結ばれて幸せなエンディングを迎えたいと願っていた。

 けれども、この世界ではそんな夢が適う筈も無い。

 産廃の世界においては、幸せなんて物は絶対にあり得ないからだ。
 狂気と絶叫と恐怖と苦痛と死と絶望。
 その他、人妖を問わず忌避すべきありとあらゆる要素が詰め込まれた地獄の釜の底。
 それが、産廃なのだ。

 この世界に幸せなんてありえない。

 何時、己の腹から臓物と血液、糞とその他気持ち悪い流動物が零れ落ちるか分からない。

 そんな、狂った世界なのだ。

「絶対にっ……絶対に、生き延びてやる……!!
 絶対に私は幸せになって、素敵な誰かと添い遂げるんだからっ!!!」

 妄執にも似た願望が、アリスを突き動かしていた。
 とにかく、生き延びたい。
 そして、素敵な恋人と添い遂げたい。
 それだけの欲望が、アリスにありとあらゆる手段で生き延びよと語りかけていた。

「まずは……危険な物は全部排除しないとね」

 全ベクトルを生存と言う目的に向けらたアリスの行動は、実に迅速な物だった。
 自室を注意深く見回り、己に危害を加える可能性がある物は分け隔てなく撤去した。
 料理に使う包丁が、何時自分の手首を切り裂くか分からない。
 裁縫に使う針が、何時自分の血管の中を泳ぎ、心臓を突き破るか分からない。
 自作の人形達に危険な呪詛が埋め込まれ、邪悪な付喪神になって何時自分を襲うか分からない。
 相棒の上海人形と蓬莱人形だって危険な存在だ。強力な人形なのだから、反抗をされれば命に関わるだろう。
 衣服だって危険な存在だ。綿で織られた愛用の洋服は、良く燃えるのだから。

 ありとあらゆる危険な存在を、アリスは周囲から撤去していた。
 ベッド、本、コップ、帽子、図鑑、ルーペ、糸、靴下、写真立て、トランプ、ルービックキューブ、香水、算盤――ありとらゆる危険物を、身の回りから取り除いた。
 先端が尖っているものは危険だ。
 固い物は危険だ。
 長い物は危険だ。
 大きな物は危険だ。
 小さな物は危険だ。

 とにかく、アリスは生き延びる為に全力を尽くした。
 絶対に安全な空間を周囲に確保して、その場から片時も動こうとはしなかった。

「はぁっ……はぁっ…………まだまだ、危険だわ……」

 周囲に絶対安全な空間を築いたと言うのに、アリスは不安だった。
 産廃に常識は通用しないのだ。
 突然、筋肉繊維が解けてアリス・マーガトロイドと言う少女が肉の糸に成り果ててしまうかもしれない。
 突然、毛穴と言う毛穴からモヤシが生えるかもしれない。
 突然、眼球の内部が濃硫酸になるかもしれない。

 とにかく、産廃において絶対安全なんて物は存在し得ないのだ。
 だからこそ、アリスは必死だった。

 何らかの悪意ある事故で致命傷を負ったとしても、自身が生き延びる為に必要なセーフティネットを構築し始めたのだ。
 傷薬、包帯、絆創膏、薬草、解毒剤――ありとあらゆる医薬品を、家中から掻き集めていた。
 ハサミやピンセットは危険なので廃棄して、薬を入れる瓶は危険なガラス製から安全なプラスチック製の容器へと入れ替えた。
 失血死、溺死、焼死、窒息死、病死、毒死――ありとあらゆる死亡要因に対抗するべく、アリスは器具を集めていた。

 それでも、アリスは不安だった。
 自分を殺す為に、幻想郷の人妖が自宅を訪れるかもしれないからだ。
 特に、このSSの作者は多々良小傘の熱心なファンだった。
 どれくらい熱心かと言えば、毎日pixivで小傘の新規画像を逐次回収する程の小傘キチガイだった。
 小傘の画像フォルダは既に400MBを突破している。重複画像だって山盛りてんこもりだが、そんな細かい事をいちいち気にしてはいなかった。
 コミケではスケブに小傘を希望し、小傘本を買い漁り、小傘のレイヤーを探してコス広場にまで進出する程だった。
 例大祭にサークル参加して貰った東方星蓮船体験版の初プレイ時に2面で小傘と出会った時には、衝撃を受けて思わず画面をキャプチャしていた。
 来年の例大祭では小傘のSS本だって出す予定だ。印刷代があればの話だが。
 とにかく、このSSの作者――世界の創造主は、小傘が大好きなのだ。
 だから、このSSでも小傘が登場して、自分を殺すかもしれない。

「もしもーっし! アリスさーん! 小傘でーっす!」
「ひぃっ!?」

 瞬間、アリスは飛び上がっていた。
 ドアを叩く音と、能天気な声が聞こえている。
 声の主は、自身を『多々良小傘』だと名乗っていた。
 それは、余りにも突然な襲撃だった。

 間違いない。ついに自分は殺されるのだ――そう、アリスは確信した。

「居ませんかー? 鍵は……ありゃ、掛かってないや。失礼しまーっす」

 ガチャリ。
 ドアが開かれた音が、家の中に響いている。

「居ないのかなー? アリスさーん? アリスさーんっ!」

「…………っ……!!!」

 己を処刑する、死神の声が徐々に近づいている。
 アリスは、生き延びたかった。
 生き延びて、幸せになりたかった。

 この、狂ったSSを閲覧してニヤニヤと笑っている下劣な視線が堪らなく嫌だった。
 自分が居るべき世界は、こんな世界じゃない。
 読む人に感動と興奮、ほんの少しの切なさと読後の爽やかさを提供できるSSこそが、自分の居るべき世界なのだ――アリスは、そう信じていた。

 だから、アリスは死ぬわけにはいかない。
 何としてでも生き延びて、このSSの作者が気紛れに書くハッピーエンドのSSに出演して、素敵な恋人と幸せな未来を掴まなければならない。

 その為には、小傘を殺さなければならない。

「やるしか……っ…………ここで殺さないと、私がっ……!!!」

 執行人の声は、徐々に近づいている。
 殺さなければならない。
 何としてでも小傘を殺して、生き延びて、幸せにならなければならない!!!

「むぅー! アリスさーんっ! 寝てるんですかぁー?」

 ついに、小傘がアリスの自室前までやって来た。
 殺すなら、不意打ちしか無い。

 アリスは、身に纏っていたシャツを脱ぐと、それをビリビリに引き裂いて――

「アリスさー……ぁっ……がぁっ!?」

 ドアを開けて入って来た小傘の首に、必死になってそれを巻き付けた。
 鋭い刃物はダメだ。手元が狂って、自分が殺されるかもしれないから。
 重たい鈍器もダメだ。自分の頭にぶつかって、死んでしまうかもしれないから。
 だから、柔らかい衣服で小傘を絞殺する事にした。

 当然、小傘を殺した後に衣服は処分する。
 何かの間違いで、自分の首を絞める事になってしまうのを防ぐ為に。

「あ、り……す、さ…………?」
「死んでよっ……早く、早く死になさいよぉッ!!!!!」
「ぁ…………ぁっ……ど……う……し…………て…………」

 小傘の表情から、徐々に生気が抜けていた。
 呼吸も出来ていない。
 やがて、小傘は死ぬのだろう。

 ぼんやりと、小傘の首を締め付けながら、アリスは他人事の様にそんな事を考えていた。

 やがて、小傘の指先から力が抜けて。
 腕からも、脚からも、背中からも力が抜けて。
 多々良小傘が物言わぬ肉の塊に、完全に成り果てるまで、アリスは夢中になって小傘の首を絞め続けていた。

++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++

「やったっ……やったわ! 私は……生き残ったんだ!!」

 小傘を殺した後、アリスは有頂天だった。
 一つの困難を乗り越えて、幸せなエンディングに一歩近づけたのだ。
 だが、これで産廃の洗礼が終わるとは到底思えない。
 鼻孔をくすぐる空気の臭いも、肌にねっとりと絡み付く視線にも似た感覚も、悪意を孕んだ何物の視線も、まだ感じられるのだから。

「これからもっ……これからも、私を殺そうとする奴は、皆殺してやるっ……!!
 全部殺して、壊して、撤去して……私の幸せな未来を阻む障害物は、全部排除してやるっ!!!!」

 小傘の死体を庭に投げ捨てながら、アリスはうわごとの様に呟いていた。
 これからも、己の身には無数の悪意が刃の雨の如く降り注ぐのだろう。

 けれども、アリスの瞳には力強い意思の輝きが灯されている。

 このアリスならば、己の身に降り注ぐありとあらゆる悪意を跳ね除け、やがては幸せな未来を掴むのだろう。

「やってやるわよ!! 見てなさいよ、産廃創想話っ……私は、絶対に恋人と幸せな未来を掴むんだから!!!!」
そして、アリスは幻想郷の全ての人妖を殺し尽し、誰にも看取られる事なく孤独に狂って死にましたとさ。
アリスは、死ぬ瞬間までずっと一人ぼっちでした。
誰にも愛されず、誰も愛する事は出来ず、産廃SSの主人公に相応しい、狂った大量殺人鬼としてその生涯の幕を閉じたのです。

幸せになんか、なれるワケないじゃん。
めでたしめでたし。
かるは
http://yagamiharuka.blog84.fc2.com/
作品情報
作品集:
6
投稿日時:
2009/11/03 02:58:35
更新日時:
2009/11/03 06:03:24
分類
アリス
多々良小傘
1. 名無し ■2009/11/03 03:14:19
私は幸せになったよ
2. 名無し ■2009/11/03 03:16:42
いやいやいや
このアリス、ここに来なくても大概な感じだよね?
3. 名無し ■2009/11/03 03:52:21
なんだ、またアリスか
4. 名無し ■2009/11/03 05:49:13
作者の小傘愛で吹いた
5. 名無し ■2009/11/03 07:32:56
産廃に来る前から変態なアリスじゃどうしようもない
6. サレ ■2009/11/03 08:42:47
産廃アリスは色々な意味でかわいいなあ、うん
7. 名無し ■2009/11/03 19:01:35
そしてだれもいなくなったを思い出した
8. 名無し ■2009/11/03 19:03:39
作者が小傘好きなら絶対小傘を殺すだろう
好きでもない子を殺すはずないじゃない
なぜアリスはそれに気がつかないんだ
9. 名無し ■2009/11/03 19:37:07
産廃アリス電子楽団
10. 名無し ■2009/11/03 23:32:57
大勝利である
11. 名無し ■2009/11/04 00:40:12
つまりアリスは愛によって小傘を殺させる為の道具に過ぎなかったわけだ
12. pnp ■2009/11/22 21:56:45
何でアリスには不幸が似合うのでしょうね。不思議。
13. 名無し ■2010/05/16 11:57:00
アリスは鬱憤晴らしに丁度いい
14. 名無し ■2010/08/28 05:02:22
作者のさりげない小傘キチガイアピールに脱帽
15. ふすま ■2014/06/22 13:52:48
おもしろかったです。
メタ的な要素は使いやすいのですね。
訳も分からず突然殺される小傘かわいい
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