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『紅色の幻想郷―――その3』 作者: 螺旋

紅色の幻想郷―――その3

作品集: 6 投稿日時: 2009/11/04 06:24:14 更新日時: 2009/11/04 15:24:50
青みがかった緑色の棒が天へ昇るように無数にそびえ立っている。
上空の葉が重なり、光を遮るために一年中薄暗いそこを、風呂敷包みを持った上白沢慧音は歩いていた。
そろそろ気温が冬へ向かう頃、さらに日の当たらない竹林の気温は昼でも薄い長袖では風をひく程だが、慧音の額には汗が光っていた。多少乱れ気味の息とあわせれば、それなりに長い距離を歩いてきたと判断できる。
足取りに迷いは無く、他の場所に比べてやや踏み固められた地面は、彼女が目的地と彼女の家とをそれなりの頻度をもって往復していることを表している。
ふと、視界が開けた。
竹林の中、ぽっかりと、穴の空いたように丸く竹が切られて光の差す空間に出た。
慧音はその中央にある小さな小屋へ向かい、一枚板で作られた戸を叩く。
「……留守か?」
返事は無い。立て付けの悪い戸をがたがたと鳴らしながら開くが、この小屋の主は出てこない。しん、という静寂に戸の音が吸い込まれていった。
軽く屋内を見回し、中に風呂敷包みを置いてつま先を反転。小屋から出て戸を閉めようと振り返った時、裏手から上がる煙に気付いた。
「妹紅。こっちか?」
言いながら小屋の裏手にまわる。目的の人物は火掻き棒で焚き火をつついていた。
「ああ、慧音。ちょうどいいところに。いま、この前貰った芋を焼いているところなんだけど、一緒にどうかしら」
「ん、焼き芋か。いいな」
歩を進め、妹紅に近づく。そこで、妹紅の脇に後ろ手で縄で縛られ猿轡をされて転がされた影に気付いた。
黒い服に金髪の紅いリボンをつけた少女。里でそんな娘を見たことはないから、おそらくは妖怪だろう。
慧音の視線を追い、妹紅が言った。
「ああそれ? 私を食べるとかなんとか言って襲ってきたから返り討ちにしたの。これからちょっと灸をすえてやるつもり」
「妖怪に説教か?」
「まさか。貴女じゃあるまいし。――下手に人間を襲わないように、ちょっと痛い目にあってもらうの」
ざ、と灰を掻き出しつつ火掻き棒を抜く。熱された鉄からは煙が上がっていた。
それを、少女のほうに向ける。
「それ、押さえててくれない?」
「あまり感心しないな、体罰とは」
「仕方ないでしょう、言って分かるなら苦労はしないわ。貴女なら説教で済むかもしれないけど、生憎と私は体で分からせる方針でね」
嘆息しつつも慧音が少女の手首を押さえる。少女が猿轡の奥から声をあげて抵抗する。
「おとなしくしなさい。これで反省して、人間を襲うのはやめることね」
言いながら、妹紅が火掻き棒の先端を少女の腕に押し付けた。
「――――――!」
じゅう、と肉の焦げる音。目を硬く閉じて涙と脂汗を流し、声にならない声を上げる少女の腕にたっぷりと高熱の鉄の塊を押し付けてから、妹紅はそれを引いた。少女の腕には棒と同じ幅の火傷の痕が一直線に残った。
「妖怪ならじきに痕は消えるでしょうけど、次に人間を襲う時はその痛みを思い出すことね」
ぽい、と放った棒が焚き火の中に落ちるのと、慧音に縄を解かれた少女が腕を押さえながら飛び立つのは同時。竹林に消えていく影を見送って慧音が口を開いた。
「最近、妖怪が活発だな」
「例の吸血鬼の騒動の影響でしょう。古参の妖怪が倒されて、新参が調子に乗っているのよ」
ふん、と鼻をならす妹紅。
「里にもたまに妖怪が来る。日が暮れた後の外出は自重という形で禁止しなければならない程度に危険度が増している」
慧音は秀麗な眉をひそめた。鼻先に皮をはいだ木の枝を刺した芋を突き出される。
「いい感じに焼けたわ。冷めないうちに」
「いただこう」
受け取り、近くにあった重ねられた薪の山に腰を落とし、灰のついた皮をはがして黄金色の中身をほおばる。おもわず頬が緩んだ。隣に腰掛けた妹紅が言う。
「それで、今日は何の用?」
「ん、ああ、別に焼き芋をたかりに来たわけじゃない。畑でとれた野菜を貰ったんだが、一人では多くてな。おすそ分けだ」
「毎度悪いわね。こちらからもなにか遅れればいいんだけれど」
目のまえで焼き芋を見つめる妹紅。
「なに、里の人間を守ってもらう礼のようなものだ。妹紅がいないとおいそれと竹林に入ることもできないからな」
「別に、暇だからやってるだけよ。――ああ、そういえばこのまえ採った筍があるわ。貰っていかない? 昨日炊き込みご飯にしたら美味しかったわ」
「筍か、それは嬉しいが――いいのか?」
「いいのよ。貰いっぱなしじゃ居心地が悪いわ」













夕方、慧音はもと来た道を歩いていた。手には筍の入った風呂敷。
あのあと妹紅と他愛の無い話をしているうちに陽が傾いてしまった。一緒に行く、と言う妹紅の好意を断り、夕焼けの赤い光が薄暗く照らす地面を早足で進んでいく。
「陽がくれる前に里に着きたいな。急がないと……」










ルーミアは自らの生み出した影の中で腕を押さえていた。既にだいぶ痛みは引いたが、火傷の痕は数日の間は消えないだろう。
いつも幻想郷中をふらふらと飛び回っている彼女だが、最近は迷いの竹林に出入りしていた。年中薄暗いそこは彼女にとって中々居心地のいい空間だった。だが、
「あんな人間がいるとは思わなかったわよ、まったく」
珍しく竹林の中で人間にあった彼女は、とりあえず襲ってみることにした。
『あなたは食べられる人類?』
そう言ったときの相手の反応は、彼女の経験のなかでは紅白の巫女に近いものだった。相手は好戦的な笑みを浮かべ、言った。
『たべられるもんなら食べてみたら?』
だからとりあえず食べてみることにして――次に気付くと何故か縄で縛られて転がされていた。
まったく、ついていない。そう思った彼女の耳に、人の声が聞こえた。
『急がないと……』
聞き覚えのある声だ。確か、あの人間と一緒にいた人間だ。彼女なら食べられるかもしれない。
ルーミアは闇を消し、人間の前に立ちふさがった。










「慧音……あいかわらず変なところで抜けてるんだから」
竹林を早足で歩きながら、まったく、といいつつも笑みの形に唇の端を歪ませる。手には慧音の持ってきた風呂敷がある。
「筍の包みを持っていくことに気をとられて自分の持ってきたほうを忘れるなんてね」
実をいうと慧音が家から出たときにはそのことに気付いていた妹紅だったが、その時点では指摘しなかった。なぜならば慧音がある程度道程を進んだ後に合流すれば、なし崩し的に里まで同行できるからだ。
直接同行すると言ったところで彼女は遠慮するだろうし、実際遠慮されたが、やはり心配だ。
「まったく、しかたないんだから――」
言った口の端の歪みが一瞬消えた。鼻をならし、周囲を嗅ぐ。竹や土のにおいの中、微かだが、鉄のような――血のようなにおいがした。
ぞくり、と背筋に冷たいものが走る。つばを飲み、踏み出した一歩目から疾走を開始。
駆けること数十秒。白い色と、その脇に立つ人影が見えた。さらに数歩進み、白が慧音の髪の色である事と、影が見覚えのある姿であることを視認。
近づく妹紅に気付いた影が飛び立とうとし、
「逃がすかッ――!」
腕の一振りで放たれるのは翼を広げた鳥を模した炎。それは笹の葉を焼きながら影に向かう。
影が空中で身を翻し、その脇を抜けた炎が背の高い竹に直撃する。火の粉と、火のついた己の葉を撒き散らしながら揺れる竹の隣を抜けて、影は夕焼けに消えていった。妹紅はそれを見送ることなく慧音に駆け寄る。
「っつ……あ、も、妹紅か……」
「慧音、しっかり……!」
抱きかかえようとした妹紅の手が夕焼けの赤を塗りつぶすような紅に染まる。慧音のわき腹の肉が抉りとられ、紅の中に白いものが見えた。
とっさに自分の服の袖を破り傷口を塞ごうとし、しかし、それでは広い傷口を覆えないと判断。逡巡は一瞬、裾をまくり、肌を外気に晒し、傷口を包む。
「つ、あぁ……」
歯を食いしばり苦痛をもらす慧音に内心で謝りつつ、なるべく体を揺らさないようにして背負う。
里はまだ遠い。人一人を背負ったままでは速度も出ないし、陽が隠れれば妖怪の活動が活発になる。彼女の家ではまともな治療もできないし――
「仕方ないわね……」
里よりも近く、かつ治療が可能な場所に思い当たり、ついでにそこの主の顔を思い出した妹紅は不快さを露わにしつつも竹林の奥へ進んでいった。














「姫様」
襖を開いて突き出てくるのは長い耳。続いて頭部が現われる。
「あらイナバ。今日の夕飯は早いのね」
磨いていた玉を放り出し、蓬莱山輝夜は立ち上がり、振り返る。
「今日は筍ご飯だっけ? 早くしないと冷めてしまうわね」
「あ……いえ、そうではなくてですね」
「あら、筍ご飯じゃないの?」
「いえ、そうじゃなくて」
数秒の間迷う素振りをみせ、やがておどおどと口を開いた。
「お客さん……というかなんというか」
「それはそれは。たまのお客とはだれかしら?」
「ああ、いえ、その……」
意を決したように――もしくはヤケクソのように――鈴仙は言った。
「藤原妹紅が来てるんですっ!それも、姫様に、助けてくれって!」







「どういう風の吹き回しかしら」
「主人自らお出迎えとは光栄ね。よほど暇なのかしら?」
玄関に現われた輝夜にいつもどおり皮肉を言ってから、妹紅は内心で後悔した。今日はこいつの機嫌を損ねるわけにはいかないのだ。だから妹紅はすぐに口を開き、頭を下げた。
「いや――すまない、今のはなかったことにして」
顔をあげると、驚き顔に固定された輝夜。だがその表情もすぐに消え、挑発的な笑みを浮かべた。
「何の用かしら、お荷物背負って。それに――裸で竹林を歩き回る趣味があるとは驚きだわ。今度から見かけても話しかけないでくれる?」
いつもなら何か言い返すところだが、今日だけは事情が事情だ。それに、実際、妹紅の上半身はさらしを巻いただけで肌の七割がたを晒している。
時間がない。背中からかかる吐息は既にかなり小さくなっている。だから妹紅は単刀直入に言った。背中に背負ったものの位置を治しつつ、
「頼む――慧音を救ってくれ!」
再度、頭を下げた。





「ひどい傷ね」
永遠亭の一室。畳に置かれた慧音の体を検分した八意永琳は一言、そう言った。体を挟んだ対岸の妹紅を見、
「まさか貴女の仕業じゃないでしょう?」
「当たり前よ」
妹紅は憤慨しつつ返し、縋るような目つきで尋ねた。「それで――助かるの?」
永琳は一瞬慧音の傷口を見下ろし、それから妹紅の方に向き直った。
「人間ならどうか分からないけど……半人半妖なら、おそらくは。少なくとも生命は保証するわ」
「本当に!? よかった……」
涙ぐむ妹紅に、しかし永琳は告げた。
「確かに私なら助けることが出来る。でも、そんな義理はないのだけれど?」
耳朶をうつ言葉に妹紅の顔色は驚愕、戸惑い、そして怒りを等分したものに変化。一瞬の後、怒りの割合が増え均衡が崩壊し、脅すような暗い声で言った。
「二、三回死ねばその考えも変わるかしら?」
「勘違いしないで。私は救わないといったわけではない。たとえば――そう、姫様の命令とあらば全力をもって対処にあたるわ」
貴女も理解しているから最初に姫様を尋ねたのでしょう?と続けたが、それは妹紅の耳には入らなかった。妹紅は犬歯で切るほどに強く唇を噛み締め――慧音を一瞥し、青を超えて白い顔色を確認すると、離れて事態を見ていた輝夜に向かって額を擦りつけた。
「頼む――――」
土下座の姿勢をとる妹紅を愉快そうに見下ろしながら、輝夜は、
「そうね、少なくともその女には何の恨みもない。そして傷ついた相手を放置するような野蛮な行為を月の人間はしない」
酷薄な笑みと共に、だけど、と切り、
「藤原妹紅。貴女と私は仇敵というのに充分な確執がある。その相手が苦しむ様を見る以上の幸福を――貴女は差し出せるかしら」
「頼む!お願いだから!なんでもするから――――!」
なんでも、と言った瞬間に輝夜は動いた。永琳に目線を移し、短く、
「処置を」
「御意。二日ほど頂きます。ウドンゲ、運ぶの手伝って」
涙を浮かべた顔をあげる妹紅の前で慧音の体が運ばれていく。部屋から出て行く人影を見送り、放心した表情で息を吐いた。
「あ、ああ、その、ありがとう……」
その顔のまま笑みを浮かべて輝夜を見る。輝夜の顔は未だ酷薄な笑みを浮かべたままだった。
「お礼はいらないわ。私は永琳に処方を命じ、貴女は私にそれをさせる代償として――――自分を売り渡した。ただの取引よ」
先ほどの自らの言葉を反芻した妹紅の顔は青ざめた。
「なんでもする――そういったわよね」






「なにをさせる気よ……!?」
顔をあげた姿勢のままの妹紅の、不安と怯えと、そして怒気を含んだ視線を正面から受けながら、輝夜は愉快そうに微笑んだ。壁に掛けられた古びた色の時計を見、
「そうねえ、とりあえず夕食まで時間はあるし……」
ふと、何かを思いついたように眉を動かした。
「そろそろ冬なんだけど、まだまだ暑いわよね」
「引きこもってないで外に出たらどう? もう冬はすぐそこよ。冬眠の準備はできたかしら?」
先ほどの殊勝な態度は何処へやら、不遜に構える妹紅。しかし輝夜はそれが不安の裏返しだということに気付いている。
「あなたの家みたいな隙間風の通り道と違って永遠亭は防寒対策もばっちりでね。このくらいの寒さだと逆に暑くて」
だから、と前置きし、
「靴下なんて履いてると蒸れちゃうのよね。――舐めて、綺麗にしてくれない?」
靴下を脱ぎ、足を妹紅に向ける。瞬間的に妹紅の顔を怒気が覆い、頬を紅くして叫んだ。
「んな、だ、だれが――!」
「そう、ならいいわ。残念だけど女のことは諦めなさい」
突き放したように言う。女、というのが誰の事かいうまでもない。はっと妹紅は我に返り、しかし、
「ふん、ここに頼らなくても里まで私がおぶっていけばいい話よ」
「それが無理だと判断したからここに来たのでしょう? さ、早く。それともつまらない自己尊厳に拘って命を一つ失わせる気?」
妹紅はちっ、と舌打ちし、再び怒りに頬を染めて輝夜の足の上空に顔を持っていった。
「ふんっ」
吐息一つ。そして輝夜の足が上がり、妹紅の顎を蹴り飛ばした。妹紅はのけぞり、顎を押さえて叫ぶ。
「痛いっ……なにするのよ!」
「下賎な地上の民が無言で私の足を清めようなんて、身の程知らずにもほどがあるわ。『藤原妹紅の汚らわしい下賎な舌で輝夜様の高貴な指先を清めることをお許しください』くらい言って欲しいわね」
ほれ、と揺れる足を見つめ、顔を俯けて妹紅は口を動かした。しかし輝夜はおどけた顔で、
「は? 聞こえないわ。貴女の望みは何かしら?」
妹紅は出血するほど唇を硬く噛み、
「ふじ、藤原妹紅のっ……けがらわしいっ舌でっ……かぐ、や、様の……高貴な、指っ、先をっ、清めることを……おゆるしくださいっ」
「普通は触れることすら敵わないのだけれど……ま、そこまでいうなら仕方ないわね」
突きつけられる、足。
「親指から、ゆっくりと、たっぷり味わいなさい?」
慧音、慧音、慧音、と心の中で呼び、妹紅は怒気を押さえて指先に開いた口を近づけ――含んだ。
右の親指。微かな塩味と指紋の感触、爪の冷たさが舌に伝わる。
「はん……なかなかいいわよ、あなたの舌使いも、泣きそうなその顔も。褒美に撫でてあげるわ」
ずん、と左足が頭頂部に乗せられ、髪を乱す。
「んぐ、むぐ……」
輝夜の指を含んだまま、妹紅は嗚咽を漏らした。



「……ぷはっ」
「はい、ご苦労様」
十本目、左の小指が終わり、ようやく顔をあげる。足越しの眼前には笑顔の輝夜。彼女は満足顔で笑みを浮かべていたが、ふと、何かに気付いたように目を光らせた。
「清めてもらったのはよいけれど、貴女の唾液で濡れてしまったわ。拭いて頂戴」
「拭いてって――」
妹紅はあたりを見回すが、殺風景な部屋には調度品は時計のみ。ちり紙1枚と落ちていない。
「あら、あるじゃない――貴女の髪が。便所紙みたいなその白い髪」
にこにこと、輝夜は笑みを浮かべていた。








夕食時には広間に皆が集まるのが永遠亭の慣習だ。現在のところいないのは主たる輝夜とその従者。
上座に座る二人がいなければ食事は始まらないため、集まった妖怪兎たち各々が手持ち無沙汰に会話をしていた。
上座に近い場所に座る因幡てゐと鈴仙・優曇華院・イナバも他の兎と同様に膳を前に雑談をしている。
「なんか、妙に機嫌がよかったみたいだけど、今日の月の姫は。なにかあったの?」
てゐは隣に座る鈴仙を見た。
「あの妹紅がね、姫様を頼って――まあ正確には師匠を頼って、永遠亭に血まみれの怪我人運んできたの。で、それを治す見返りに妹紅に色々させてやるって張り切ってるのよ」
「妹紅――ああ、あの焼き鳥ね。でも、お師匠様って薬師でしょ? 怪我人なんて薬で治せるの?」
「外科は専門外だけど、知識はあるから大丈夫っだって。今も出血は止めたけど熱が出てるっていうんで薬作るために部屋に篭ってるけど……まあ師匠だし、なんとかなるでしょ」
特に関心もなさそうな声で鈴仙は言った。
そのとき、上座にの襖が開き、裸の人間を連れた輝夜が現われた。





「ああ、すまないわね、遅れてしまって。永琳は今日は部屋で食べるって言うから、始めちゃっていいわ」
言った途端に始まるのは食器と咀嚼の音。空腹を抱えた兎達がいっせいに食事を始めたのだ。
輝夜も、自らの席に座り、ご飯の盛られた器を手に取り――そこで今気付いたかのように背後に立つ妹紅に顎で、座るように指示した。
妹紅は布一枚纏わない姿で各所を腕で隠しながら畳に正座する。服を脱がせた時のやり取りを思い出し、輝夜は目を笑みの形に細めた。

『さて……お次はっと』
『まだ、なにかさせる気?』
妹紅は唾液のついた髪を揺らし、輝夜を睨みつけた。
『あら、あの女が治るまではあなたは私のいいなりよ。ま、途中で放り出してもいいってならそれでもいいのだけれど』
『…………』
愉快そうの輝夜に、妹紅は今日何回目かの唇を噛み締める行為で感情を殺し、ついでに脳内で輝夜を十回ほど殺し、再び尋ねた。
『何をさせる気よ』
『そうねえ。あなたは私の奴隷。ペットでもいいけど。何をさせるのも私の自由よねぇ……』
そこで、ぽん、と手を叩き、
『そうね、妹紅は私のペットなんだから――服なんて着てちゃおかしいわよねえ。まあ最近は犬に服着せるのが流行ってるらしいけれど、私はやっぱりありのままの姿の方がペットも落ち着くと思うのよ。』
にっこりと、かつては数多の男達を魅了した笑みをうかべて言った。
『さ、脱ぎなさい? ちょうど半裸なんだし、全裸でもたいして変わらないでしょう』

「うん、美味しいわ。やっぱり筍は炊き込みご飯が一番……ああ、でもこっちの煮付けもいいわね」
さすが食物の秋。パクパクと食事が進む。わいわいと騒がしい夕食の席、自分の後ろで全裸の妹紅が惨めに正座でうなだれているのもまた、食事が進む理由だろう。
「美味しい美味しい。一粒で二度美味しい」
言いながら里芋を口の中で噛み、山菜の天ぷらをつつく。酒の入った杯をあおれば、気分は天にも昇る様。
酒が進み、さらに声量を増す宴。
「ふふふ、愉快ね。こんなに愉快なことがあったかしら、ねえ妹紅?」
「……知らないわよ。それに、私は全然愉快じゃない」
「あら、ペットは愉快じゃなくていいのよ。ペットの役目は主人を愉しませること……ん、そうね、妹紅、私を愉しませなさい」
酔った頭の思い付きをそのまま口に出す。
「そうねえ、夕食を盛り上げるために、裸踊りでもしてもらおうかしら。うん、それがいいわ」
「はぁ!? 誰がやるかっ!」
「あらぁ、いいのかしらぁ? 私に逆らって」
顔を近づけ、酒臭い息を吹きつける。すでにほろ酔いとはかなり離れたあたりまで血中のアルコール濃度は上がっている。
「くそっ……だけど、私は裸踊りなんてしたことないわよ」
「なに、酒の席のお遊びよ。適当にやればいいの、そうね……」
さらに顔を近くし、妹紅の耳に吐息に乗せた声を送る。
「簡単でしょう?」
笑いかける先、妹紅の顔は既に羞恥で真っ赤になっていた。








ぱん、ぱん、と廊下にまで響く手拍子の合唱。
その合いの手のなか、広間の中心で妹紅は踊っていた。
足をがに股に開き、陰唇を両手で掴んで中身を露出させ、前後に腰を揺らす滑稽なそれを踊りというのであれば、だが。
「もこうのマンコはっユールユルっ!チンポが大好きの糞マンコ!」
ヤケを起こしたような、叫ぶような声の妹紅の歌に、時折どっと笑い声が起きる。
もっと腰振れ、という野次が飛び、妹紅の精神を削り取っていく。
「ほら、妹紅。もっと大きく腰をふれって言ってるでしょう?」
「っ……くっ」
背後からの輝夜の声に動作を大きくする。見なくても、その目は『慧音がどうなってもいいの?』といっていることが分かる。
「あははっ!いいわ、その調子よ。ああ、愉快愉快、愉しく快いとはこのことね。ほら、主人が喜んであげたんだから感謝しなさい」
「く、そっ……ありがとう、ございますっ……!」
そう言えば、
「ほら、もっと声を大きく!歌がきこえないわ」「……妹紅のマンコはガーバガバッ!」「ほら、腰振って!」
酒が熱を呼び、熱が酒を進ませる。そのスパイラルのなか、妹紅は額から汗をにじませ、目の端をそれとは別の体液で濡らしながら腰を振り続けた。





「ご苦労様。悪くなかったわよ」
全身に汗をかいた妹紅に輝夜が声をかけた。夕食はおわり、片付けの段階だ。妹紅は輝夜を睨み、多少嗄れた声で、
「いまに、みてなさいよ……慧音さえ治れば……」
「ふふ、負け犬の遠吠えね。……立ちなさい、今日最後の仕事をあげるわ」
「まだ、あるの……」
不老不死でも疲れは溜まる。全身の汗が引くのにつれ体温の低下を感じながら、妹紅はよろけつつも立ち上がった。




連れて行かれたのは長い廊下のどこかの部屋。先ほどよりは狭いその部屋に、輝夜と妹紅はいた。
周りには妖怪兎。無数の赤い目が妹紅を見据える。
「待たせたわね、皆。――好きなだけヤっていいわ」
「まて、まさか……」
「普段は仲間内で解消させてるんだけど……たまには変化も必要よね」
「うそ、ねえ、ちょっと……」
青ざめた妹紅。よく見れば、兎はすべてオスで――荒い息を吐き、目を爛々と輝かせていた。
「一晩あればなんとか全員分回せるでしょ。今夜は眠れないかもしれないけれど、あなたなら死なないから大丈夫」
「やめ――」
言いかけた妹紅の足を輝夜が蹴る。バランスが崩れ、前のめりに倒れた全裸の妹紅に兎が殺到し――
「やめて――離してぇ!いやああぁぁぁぁ!」
覆いかぶさる兎の腰が激しく動き、突然止まる――性欲のカケラを射出した兎が引いた直後に別の兎が覆いかぶさる。その交替の瞬間、一瞬だけ、開きかけの陰唇と、そこから漏れる白いものが見えた。
「あら、女の子みたいな悲鳴をあげて。それじゃあ、ごゆっくり」
パタッと閉まる襖の音は妹紅の悲鳴にかき消された。







深夜。患者の容態を横目で見つつ、机の上に広げたカルテに記入していた永琳の部屋を、ノックもせずに立ち入る人影があった。
目を向けるまでもなく分かる、ノック無しで入ってくるのは永遠亭の主ただ一人だ。
「どう? 容態は」
「いまのところ問題ありません。傷口は薬と自分の回復力でふさがるでしょう。ただ、細胞を活性化させるために熱が出ますからしばらくは様子を見ながら、適宜投薬が必要かもしれません」
「命に別状は?」
「ありません」
そう、と輝夜は息を吐いた。
「これで死なれたら困るからね」
「あの娘に申し訳が立たない?」
「まさか。たかが地上の民相手とはいえ、約束は約束。月の民たる私が破るわけにはいかないでしょう」
なるほで、と呟いた永琳はカルテをおき、片手で傍らの膳を持ち、白い山を輝夜に向けた。
「夜食だけど、どう?」
「いただくわ」
団子を摘み、口に入れる輝夜を観察する永琳。静かな時間が過ぎていく。
やがて、口を開く。
「随分と騒いでいたわね。こっちまで聞こえたわよ」
「うるさかったかしら。あんまり愉快で、つい興奮してしまったわ」
すでに半分が減った団子の山をさらに崩しつつ輝夜が言った。
「こっちは患者がいるのよ。……それにしても、随分とあの娘にご執着ね」
「そうかしら」
「ええ。いつものあなたなら、地上の民相手にあんな取引なんてしないでしょう。わざわざ言う事をきけ、なんて……あの娘が同じ蓬莱の薬を飲んだ相手だからかしら?」
まさか、と手を振り、考えるように顎に手をあてた。
「でも、そうかもしれないわね。……いや、やっぱり違うかも……永琳、あなたはどう思う?」
昔、教育係をしていたころの目を向けられ、永琳はその頃と同じ目で返した。
「そうね……輝夜、あなたは失うものをもっているかしら」
「……?」
「あなたは蓬莱の薬を飲んで不死になった。普通、人が最も大切にするのは命でしょう。しかし、あなたは最早それを失うことは無い。ならば、あなたが大切にするものは?」
無言の輝夜を見つめ、永琳は続ける。
「あの娘は仇敵に自らを差し出すことが出来るほどに大切なものを持っている。あなたにはそれに敵う何かがあるかしら」
「それは……」
「べつに、今見つけなくてもいいわ。時間は無限にある。永遠の中であなたが大切に思う何かを見つけることがあるでしょう。でも、今のあなたに『それ』はなく、あの娘が持っている」
「私が、嫉妬してるっていうの?」
睨むような輝夜の視線に気付かないかのように永琳は涼しい顔で、
「さてね、嫉妬までいかなくても憧れはあるんじゃないかしら。あなたは望めば全てが手に入るが故に、大切と思う『何か』を探すのが難しいのよ」
それは幸せで、さらに言うなら不幸ね、と永琳は言った。

「……妹紅……」

言った声はどちらのものでもなく、横たわった半獣のもの。彼女は熱で赤くなった顔の眉を寄せながら無意識にそう呟いた。
すっと輝夜は立ち上がった。短く一言、
「寝る」
「ええ、急がなくていいわ。ゆっくりと考える時間はある」








目の前が暗い。広がる、闇。
「……!…………!!」
嗄れた喉から搾り出すように声を上げる。意識の産物ではない、本能の嬌声。
口に熱。熱い、苦い液体が注ぎこまれる。粘性のそれを飲み込むのは既に何十と繰り返した動作だ。
体が火照る。燃えるように、焼けるように熱い。最も熱いのは腰部。
パンパンと肉のぶつかる音。数回それが響き、腹の中に流し込まれる、熱くて苦い液体。
なぜ目の前が暗いのか理解した。まぶたを閉じているからだ。開こうとしても開かない。接着剤でもつけられたように。
髪に、顔に、口に、鼻に、喉に、腹に腋に腕に足に――降り注ぐ液体。
溺れる、と思った。




そして妹紅は目を覚ました。
見覚えの無い部屋だ――いや、ある。昨日、輝夜に連れてこられた部屋だった。
窓の明かりに照らされる畳は一面の白。ところどころに粘性を保った液体が落ちている。
まぶたに力を込める。パキパキと硬い音がしてゆっくりと開いていく。
襖が開いた。
「おはよう」
妹紅は相手の名を呼んだ。
「輝夜……」
輝夜は部屋に立ち込める性臭に顔をしかめ、何かを放り出して言った。
「これ、着替え。それと風呂に入ってきなさい。酷い顔よ、白粉を塗りたくったみたい」
放り出された物は妹紅の服だった。夜のうちに洗濯されたのか、ついた血も落とされている。
「今度は、何をさせる気よ」
「なにもしないわ」
鳩が豆鉄砲くらった、というそのままな顔の妹紅に、輝夜はつまらなそうに、
「あの女、出血は止まったし、傷もふさがりかけてる。まあ大体治ったわ。だから、あなたとの遊びもおしまい」
『遊び』の部分を強調しながらいう輝夜を呆けた顔で見る妹紅。
「慧音は……そうか、よかった」
安堵の息を吐き、流れ出た涙で顔の白が多少落ちた。心のそこから安心したような妹紅に背をむけて輝夜は襖を掴み、
「とっとと全身洗ってきたらどうかしら。臭くってかなわないわ」
言って、襖を閉じて出て行った。









「慧音!」
扉を壊す勢いで壁に叩きつけ、走りこんでくるのは白い髪。彼女は患者の横たわるベッドに駆け寄った。
「慧音……生きてる!?」
「生きてる?はないんじゃないか?」
顔色は良くないが、しっかりした声でベッドの患者は答えた。
「永琳」
呼ぶ声に振り返る。
「どうかしら、調子?」
「三日もすれば体力も戻るでしょう。それまでは安静にしていないと。傷が開くかもしれないし」
「世話をおかけして、すまない――」
言ったのはベッドの上の慧音。半身を起こし永琳の方を向き、頭を下げた。
「治療費はあとで必ず払おう。助けていただき、本当に感謝している。――そっちの貴女も」
視線を向けられた輝夜は顔を背け、いや私はなにも……と呟いたが、
「ああ、そうね……輝夜、昨日の仕打ちの借りはいつか必ず返すけど……慧音を助けてくれたことには感謝するわ」
「助けたのは取引よ。感謝する必要も、借りを返す必要もないわ」
腕を組んであさっての方を向く輝夜に永琳は内心笑みを浮かべながら、
「治療費は必要ないわ。私は姫の命令で治療しただけ。で、どうする? 一応退院の許可も出せるけど」
「丸一日里を空けてしまったからな。今日は戻らないと心配だ」
「そう。じゃあ痛み止めと、軽く傷が開いた時のための薬だけ処方しておくわ」






永琳と鈴仙が見送る先、慧音と妹紅は連れ添って竹林の中に消えていった。
「輝夜、入るわよ」
襖を叩くが返事は無い。拒否の意思はないと判断して中に足を踏み入れる。
開いた窓の外からは玄関が見えた。
「覗くくらいなら見送ればよかったじゃない」
「覗いてないわよ。偶然窓が開いてただけ」
すっきりとしない表情で輝夜が言った。
「妹紅がありがとう、だって。私に」
「ええ。それが?」
「なんで私にありがとうなんていえるのかしら……」
「大切なものを失わずに済んだ安心の前では些細な確執なんてどうでもよくなるのよ」
「大切なもの、失わずに、ねえ……」
輝夜は窓の外を眺めて呟いた。
とりあえず、盆栽の世話でもしてみようかしら。
人として軸がぶれている。
ブレまくってます、作者も話も。そもそもこれいつのまにか輝夜が主人公になってね?って感じですし。もともとはもこたんにもっと色々やらせるつもりだったのに、どこでブレたんだろう。衣玖さんいないし。

ともあれ、今回は番外編的な話です。れみりゃが支配した(最近そんな設定すら忘れ気味)幻想郷でのちょっとした事件的なもの。別の話への伏線も今後に繋がる展開もあまりありません。いつものことですが。

しかし明らかに方向違うっぽいのに、私は何故ここ(産廃)にいるのだろうとか考えてみたり。
緋想で衣玖さんにフルボッコにされたり。
今月中にもう一つだせたらいいなーとか考えながら。

またいつか。

追伸……もっと読みやすくするにはどうしたら良いか、アドバイス募集中です。なかなか難しい……。
螺旋
作品情報
作品集:
6
投稿日時:
2009/11/04 06:24:14
更新日時:
2009/11/04 15:24:50
分類
ちょい長
藤原妹紅
エロいのかそうでないのか
蓬莱山輝夜
誰かこの部分代筆しません?
1. 名無し ■2009/11/04 17:12:35
あれ・・・意外と永遠亭と妹紅の関係は何時も通りだ
2. サレ ■2009/11/04 17:48:07
産廃に方向性は特に関係ないと思いますよ
だから問題ナッシング
3. 名無し ■2009/11/04 19:04:59
妹紅かっけぇ
4. 名無し ■2009/11/04 19:32:57
代筆だなんてとんでもない
あなたの作品を求めているのだ
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