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『いばらの海』 作者: ケルビーノ

いばらの海

作品集: 9 投稿日時: 2010/01/04 14:04:19 更新日時: 2010/01/04 23:04:19
つやつやと磨き上げられた長い廊下に、べしょんがちゃんというあまり可愛らしくない音がくぐもって響いた。
ここできゃあとでも言えば笑い話ですむのだろうが、あいにくとこの舌はこの前ひっぱたかれた時に、
思いっ切りかみ締めてからまだ腫れたままなので無理だった。
見なくたって何かに掴まれてはっきりとあざが出来たはずの足首は、ここでは敷居を踏みつけて
捻ってしまった事になっている。






お友達の幽々子様のお家と違って、ここには私達以外の生き物がほとんどいない。まわりの使われなくなった
ちっぽけな集落に、少しだけ猫とそれの妖怪がいるだけだから、このお屋敷の手入れをしているのは全部藍さまだ。
その藍さまが、本当にひとつひとつ棚を拭いたり服のほころびを直しているんだろうかと疑ってしまうくらい、
ここはとても整っている。しかも家の仕事を全部やってもまだお勉強をする余裕があるくらい暇なのだから
つくづくすごい。どんな生活なのか、とても想像が付かない。
ぜひ私も見習わねばと思っているのだが、その当の藍さまは今私がひっくり返してしまったお膳に
ばれないように残した、ほんの少しのお吸い物の中身(私はしいたけも三つ葉も苦手だ)と、一緒に
入っていたおつゆの飛び散った先からちょうど三寸先に立っていた。









―――――――物置――三日――――――食事抜き。







私は随分前から返事をしなくてよい事になっている。
見習いは「はい」以外の返事をしてはいけない。する事が無いのだから、する必要も無いわけで、
むしろそこで何かを言おうとすればそれこそ反抗とみなされてしまう。
一度、それは横暴です、というのを飲み込んで、返事をしないのはよくないですと言いかけたところで
紫さまからじきじきに平手打ちを貰った時がある。


――あらあら私の提案はお気に召さなかったらしいわ。でも残念、あなたはそんなことを言ってはいけないの。
  お話をよく聞いていなかったのね。悪い子。悪い子。悪い子。


魔法使いや巫女に負けたのを見つかった時と、初めて一人でご飯を炊けたと報告した時と、地震が来て
紫さまが出て行くのを見送った時と、みんなでお酒を飲んだ時と同じ顔をした紫さまのうしろで、
どう思うかしらと聞かれた藍さまは何も言わずに立っていた。



つまりはきちんと紫さまの指示に従っていたのだ。









うちの物置はおもしろい。物置と言ったってそれはもう沢山あるのだが、今のところどこに入れとは
言われてはいないのでまだ私は幸せだ。
だからいつも、借りるのはマヨヒガを包む結界の一番はじにある書物庫にしている。
お屋敷の近くでなければ特に困らないのだけれど、そこにはかつて藍さまの書いた本や巻物が
数え切れないほど入っていて、もったいない事に、そして少し嬉しい事に何の封印もされていないから
とにかく勉強をするにはもってこいだし、すこしだけ藍さまの事を知ることができるのだ。昔は本当に
部屋として使っていたらしくて、古めかしい手回しのランプやすり切れた毛布、机、使いかけのお皿まである。






お皿は、正確に言えば藍さまの物ではない。
初めてお仕置きに物置まで連れてこられた時、藍さまの方がべそをかいて私がなんとか話をつけてくるからな、
なんて言っていたし、十分おきには様子を見にくるし、たまに見えなくなったと思えばあとになってみんなから
「そっちのお姉さんにすごい勢いで追っ払われた」と抗議された。
そうして、いつもこっそり作っては食事を盛ってきてくれたのがこのお皿だった。
どうやっているのか、いくら日が落ちてもここまで来たとき、いつもそのなかはほかほかに温かかくて、おいしかった。
お夕飯も終わってからおかずを温めなおしたら、買い物に言ってくると言ってはこっちまで飛んできたら、
いくら眠ってばっかりの紫さまでも気がつくはずなのに。



気がつくはずなのに。




藍さま。









ううん、気がついていたのは私もそうなんだ。
食べ物がこなくなってから随分たって、約束の時間もとっくに過ぎて、悲しいのを我慢して、
うんと隅の方で縮こまって、早くきて、早くきて、なんで、なんで、
(藍さま怖くなっちゃったの)




ぶつぶつばかみたいに呟いていたうんと前に、私は確かに藍さまを見ていた。
いつもみたいにこっそり忍び込んで、眠れないですと甘えようとした日、ほうぼう探したはずれにある
一人用の寝室に二人で座って、長い金髪の人が短い金髪の人のおでこを「ぴっ」としていた。
あの日私は、大好きな藍さまがいなくなるのを見ないふりして布団をかぶって寝てしまった。悪い子だから。






もっと前の、同じ部屋で同じ二人がお行儀悪く寝ていたのも見たはずだった。
私が仲間はずれじゃない事は、藍さまののどが不自然にびくびくしていたのを見てすぐわかった。
ときどきしなくていい事に能力を使うという話を聞く。つまりは、つまりは、今それを見ているんだ。
私だって同じようにおしゃべりできなかったけれど、それは声を出すところが馬鹿になってしまっているから。
気を抜いたら、今度はどうなるかわからない。それを猫の仔みたいに調子っぱずれで、うう、ううと唸って、
ななんとか叫ぶのを止めていたのは少しだけえらかったとぼんやり考える。仲間はずれは本当は誰なのかも、
その時よくわかった。







そうしてはらはら花が散るように、少しずつ変わっていくのをたくさん私は見落として、見過ごした。
見なかった事にしている私を見下ろしている、色々ないろいろは私をうんと上のほうから見て笑っているだろうか。
あるいは顔を真っ赤にして怒っているだろうか。ことによるともう地獄のしたくを始めているかもしれない。
私の家は有名だから、おかしくなってしまった事を悲しんでいたり、ひょっとしてとっくに呆れて忘れてしまっているかも。



いや、これもよく私はわかっている。みんな、見ているのだ。見捨てた私に代わって、いつまでも。
見捨てたことを見なかったことにして見落とした私を見切って何もかも見過ごした私を見つめているのだ。
これから何ができるだろうと悩んでみたところで、もう誰も何も言ってくれないだろう。分岐点はいくらでも
あったんだから。そうして、まだ確かに続いている道の真ん中で立ちすくんでいる私を見つめるのはさながら
案内板の矢印だ。入り口も行き先も出口も、もう私の今立っている位置にしかない。でも通る私はもう何も道具も
無いまま、めくらめっぽうに歩いていくだけで、それはやっぱりどこからか見つめられている。




そういえば紫さまの使い魔も目玉だった。




ああ、悪い子の私のお願いはきっと聞き入れてもらえない。
もうそのために差し出すものはなくなってしまった。望みも何もかも。
いつか少しだけ聞こえた、まだみんなが普通で私がそれなりに良い子で、なんだったかの異変から帰ってきた時に
大人の話と言って聞かせてくれなかったそれにくり返し出てきた「じこぎせい」と「ぜんこう」とは何だろう?
涙しか詰まっていないだぶだぶの皮袋のような体では、きっと何をしたところで役には立たないし、しようとしたって
もういい事が何も思いつかない。ばか、ばか、ばかな子。忘れない事ってなに。立場をわきまえるってなに。
家族を大切にするってなに。難しいの嫌い。危ないことも嫌い。紫さまがお昼寝してて、二人でおやつ作って、
そしたらお友達がどんどん遊びに来て、お茶いれて、あらうちはいつから大家族になったのかしらなんて笑って、 
そのまま夜までおしゃべりして、それでいいよ。ゆっくり強くなるから、ちゃんとお勉強もするから。もし、もし
私のことが嫌いになっちゃったんなら近くの森に引っ越します。それでときどき妖術の腕を見てもらって、色んなとこで
修行して、立派になって尻尾も増えたらまた家族にしてください。それまで、もう絶対泣きませんから。









神さま仏さま閻魔さま、私はきっとだめな子です。でも反省する頭も無いんだと思います。意地が悪くて、
飲み込みも遅くて、なんにもできない、だから、本当にばかだから、もうお願いだけします。叶えてもらえなくても、
ばかだから、わかんないんです。わかってる、私がぜんぶ悪い、何か、何かあったら私が、ぜったい、なんとかしますから、
お願いだけ、聞いて、ちがう、言わせて下さい。ほんとに、笑われても、怒られても、だいじょうぶです、それで、
返事は、しません。それは、悪い子のする事。うん、言います。









おねがいです、おねがいです、私の大切なひとが大切な人としあわせになるように、それと、大切なひとの幸せを
お願いするのに、多分もう私のぜんぶがだめになっちゃってるだろうから、この時だけ、おねがいする時だけ、
ほんの少しだけ私の悪いとこ、いけないとこ、ゆるしてやってください。悪い子がしあわせになってくださいなんて、
私の大切なひとはきっといやだと思うだろうから、もちろん、私も、いやです。こういうの、あの人が笑ってた、
「わらえないじょうだん」って言うんだ。












ぎゃあぎゃあ足元で声。気がつかないうちに、どこかの猫のなわばりに入ってしまっていたみたい。誰だっけ、
怒ってるのはわかる。そんなんだから駄目なんだ?うん、ごめん、わかってるよ。でも思い出せないの。あ、
またふえた、悪い事したら十字架を背負うというのは多分うそだ。ふらつくばっかりでよけい迷惑、それに見苦しい。
何かあったあとに謝るのは、なぐさめて欲しいから。泣くのは、許されたいから。怒るのは、幼いから。
教えられたんじゃない、地震の時にお客さんと話してたの盗み聞きしてただけ。癖だから。だから私はだまって物置へ。
でもこうしてぐだぐだしゃべるのは助けてほしいから、らしい。生きてることは悪い事?すっかり埋もれた私を
見つけてくれる人はいるんだろうか。見ている人はいるみたいだけど。ざりざり、転がる石は一番下でとまって砕けて、
数え切れない砂になる。ここの砂つぶの数をしっている人はいないんじゃないかな。ざりざり、悪いことをした人の
上に石をつむっていうのもたぶん、うそ。私がそれをしたら、あとからあとから涙がしみ出してきて、きっとそこは
海になる。みんなながされちゃえ。これは、ほんと。私の知らないところまで、みんなゆらゆらさようなら。












ぎーぎーおしゃべりな扉は、最近また重くなった。油がないのに開いたり閉まったり忙しいし、なにしろ
ここのところの長雨でずいぶんとしめってしまっている。
今度はいつ出してもらえるのか考えながら、ふとお布団がかびていなければいいなぁと呟いて、苦笑。やだ、
またお願いだ。わーるい子。
私に積もった悪い事を、なんと言うのかやっと思い出した。罪だ。ツミというんだ。
ツミなんて、変な言葉。逆から読んだらミツじゃないか。いいのかな。きっといいんだ。
ぎゅうぎゅうに詰まって、密。胸焼けしそうなくらいなのに、どうしようもなく変な気分で、蜜。満はいっぱい、
たくさん。砂山は崩れて、もう誰かのと混ざっている頃だろう。ごめんね。少しだけ背負ってくれないかな。
さらさら、さらさら、どうせあたりに散らばって、拾うやつなんかいないんだ。踏んづけたら、勢いよくすべって
すてんと尻餅。こんどは、転んでも笑ってくれますか?
ミツって光とも書くんですね。おかしいの、だったら私の手足は、このお日様の下でも見えないはずなのに。
うんとものが集まったら、そこには光は無いんだとむかしむかしに教えてもらった。何に?ここの本に。どうやって?
もう、ランプはねじがいくつも飛んでしまっていたんじゃなかったっけ。探して探して、やっと見つけた天窓は、
外から板張りだった。どうやってみたんだろ、きっと、その時はなんとかなったんだ。もう、どうでもいい。
ぐるぐるツミがあつまって、いつか誰にも見えなくなってしまえばいい。堅い取っ手をぐっと握って、押し開ける前に
おまけのねがいごと。さよならさよなら、聞こえてますか?


















どうかどうか、物置のなかのネズミがもうすこし増えますように。いいことも、わるいことも、おなかがへってたら
なんにもできないのです。さいごのおねがい、おしまいです。さよなら。
あなたの放り投げた祈りで
私は茨の海さえ歩いてる

ありったけの花で飾って
そして崩れ落ちて 何度でも

悲しくなどなくても なくても



うひゃーお初です。
目標はヤマなしオチなし救いなし!あんど何となく気分の悪くなる話。鬱スキーです。
ぐだぐだ書き流し(驚くことに人生初の書き直し殆ど無しな一発小説)でいぢめ風味、
なんとかここまで。ふぅ・・・・・・
書き口は迷いに迷って独白調に。キャラの特徴や感情の移り変わりを表現したかったので、
平仮名とぶった切りを少しずつ交えて書いてみましたが、いかがでしょうか?
後半に移るにつれて泣いているような風に見えたら嬉しいですな。
補足としては、ゆかりんが強引にいちゃこらしたり記憶操作したのを見た
ちぇぇぇぇええええんが色々抱え込んじゃったんだYOみたいな感じですよ。
ラストは・・・一応野生化エンドなのかな?オチで一気に生々しくしたつもり
ですが、はてさて・・・・・・でも細かい経緯とかその後とか、結局元に戻るのかとかは
あえて書かないでおくので、各自セルフで何とかして下さい。
俺は少々投げっぱなしの傾向があるようです。
いろいろと好きな小説の要素や書き方も盛り込んでみたので、探しながら読まれても
楽しいかなと。(まともに読んだら薄すぎる・・・・・・)
それでは、またネタが浮かんだらお会いしましょう!


♪茨の海/鬼束ちひろ
ケルビーノ
作品情報
作品集:
9
投稿日時:
2010/01/04 14:04:19
更新日時:
2010/01/04 23:04:19
分類
なみだの海
1. 群雲 ■2010/01/05 00:32:45
なんて俺好みの作品でしょう。こんな実力者は久しぶりに見ました
次回作凄い勢いで期待しています
2. 名無し ■2010/01/05 02:11:27
産廃がキレイになってくw
3. 名無し ■2010/01/05 04:09:19
何て言うか分からんけど、
こういうのすごい好きだわ。
4. 名無し ■2010/01/05 16:19:14
橙の幼さ、戸惑いがよくあらわれた混沌とした文章。酔う。酔っ払っちまう。こういうのホント好きだ。
5. ぐう ■2010/01/05 18:14:05
言葉で表現できない良さがこの作品には詰まってます。
6. 名無し ■2010/01/07 20:39:33
素敵だ、素晴らしい。
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