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『ルーミアお母さん』 作者: ウナル

ルーミアお母さん

作品集: 11 投稿日時: 2010/02/10 12:24:56 更新日時: 2010/02/10 22:41:59
※この作品は東方Projectの二次創作作品です。
※この作品にはグロテスクな表現が含まれます。
※オリジナルキャラクターが登場します。




















「永琳。あの子がそうか?」
「ええ、そうよ。森で保護された女の子」


永遠亭を訪れた慧音は格子の中にいる少女を見て、眉を潜めた。
まだ年端もいかない少女。その顔は酷く汚れ、ボロボロの野良猫を思わせた。
ベッドの上に拘束され、身動きを取れなくされている。


「あの鎖は?」
「極度のヒステリーを示すから、仕方なく拘束しているのよ。まあ、事情が事情だしね。鎮静剤も打ちすぎたら毒にしかならないし。さっきの優曇華を見たでしょう?」
「ああ……」


首に黒ずんだ包帯を巻いていた兎娘の姿を思い出し、慧音は嘆息した。
なんでも、食事を与えようとしたらいきなり首筋に噛み付かれたそうだ。


「ルーミアの子、か」


小さくつぶやいた時、少女の目がギロッと慧音を睨んだ。





◆     ◆     ◆





森の中を男は歩いていた。その足取りは速い。
男は焦っていた。夕日が地平に消えるまで間が無い。
このままのペースを維持すれば日没前に里にはつけるだろうが、そんな確証のない脳内計算で不安が消えるわけではない。


「あんなところにタラの芽があるとは、な。なんという罠だ。山菜取りで死亡なんて笑われちまうぜ」


肩にかかる籠の重さに確かな達成感を覚えつつも、男は自分の思慮の無さを悔やんだ。
幻想郷は人間と妖怪がともに暮らす地である。そのためお互いの領地に踏み込まないのが暗黙の了解となっている。
魔法の森の奥に住む魔法使いや迷いの竹林に住む妖術師が妖怪の縄張りで生活できているのは、単純に妖怪に襲われないだけの強さを持っているからに過ぎない。
人間の里にいれば妖怪の賢者や半獣の先生が守ってくれるだろうが、それらの庇護はあくまで里周辺に限られる。
森の奥という妖怪の縄張りまで進んでしまった時点で、男は彼女らに守ってもらえる権利を失っているのだ。

自己責任。その四文字が男に重くのしかかる。
貴重な山菜とはいえ、命は一つしかない。引き換えにできるはずもなかった。
夜になれば妖怪たちは活発に動き出す。その前に何とか里までたどり着かねばならない。
男は枝のようになりかけの足に鞭打ち、森の枯葉を踏みしだいて行った。


「うわあああああん! お母さああああん!」


少女と思わしき声が聞こえてきたのはその時だった。
男は驚き、声のする方を見やった。
男から見て右手側。大木の木の根元に一人の少女がうずくまっていた。
ぼろぼろと涙を流し、必死に母親を呼んでいる。
黒髪を肩ほどまで伸ばした、素朴な顔をした少女だった。年の頃は十歳前後と言ったところだろうか。
鼻ぺちゃで、丸っこい顔は男の脳裏に『ジャガイモ』という単語を思い起こさせる。
服装もそこそこの仕立ての着物で、首にはお守りらしき十字型の首飾りが下がっていた。


男は逡巡した。
あの少女は妖怪ではないか?
幻想郷の妖怪は外の世間で言われているような恐ろしげな外見をしているものばかりではないことを男も幻想郷縁起を読んで知っていた。
年端のいかない少女が実は恐ろしい人食い妖怪だった、などという事はこの幻想郷においては珍しいことではない。
だが、あの少女がごく普通の人間のように見えるのも確かだ。
泣きじゃくる様はとても恐ろしい妖怪のようには見えない。
それに、もし森に迷い込んだ子どもだったら事だ。男はとりたて善人という訳ではなかったが、森に迷い込んでしまった少女が妖怪に食われるかもしれないと思うと、見捨てるわけにはいかなかった。


「おい。お前。こんなところで何をしている」
「ふぇ?」
「ここは妖怪の出る森だぞ。早く家に帰れ」
「足が痛くてもう歩けないよお……」


やれやれと男は嘆息した。
どうもこの少女は森に入ったはいいが、歩き回っているうちに疲れ果ててしまったらしい。
まったく少しは後先を考えろと説教しようと思ったが、自分の様を思い出して苦笑した。


「家はどこだ」
「……お日様の出る方」


東の里外れの娘かもしれないな、と男は推測した。
少し遠回りになるが、まあ問題はないだろう。
毒食らわば皿までだ。


「ここで死なれちゃ夢見が悪すぎるわなあ」
「え?」
「連れてってやるよ。家まで。ほら、俺に抱きつけ」
「本当!? おっちゃん!」
「うそも本当もねえよ。さっさと行くぞ。後、おっちゃんと言われるほど年取ってねえよ」


男は少女を抱き上げた。
少女は男の首をぎゅっと掴んだ。


「いてて。おい、首を絞めるな。苦しいだろうが」
「おっちゃん、いい人! 特別にコレあげる!」


少女は小さな小瓶を取り出すと男の顔に振りまいた。
どうやら振りかけられたのは香水のようで、花畑にいるような甘い香りが男の目の前に広がった。
男は見てくれを気にしない性格だったし女遊びもしないため、香水についてはとんと無知だったが、この匂いは好きになれそうだった。


「良い匂いでしょ。お母さんが作ってくれたんだよ」
「だが、男が香水ってのは格好がつかないなあ。普通は女がつけるもんだろう?」
「そんなことないよ。いい匂いはいい匂いだもん」


とはいえ、まんざらではない表情で男は森の中を進んだ。
大きな荷物ができてしまったが、時間はまだあるはずだ。
男は少女の指さす方角目指して、悲鳴を上げる足を動かし始めた。


「お前のお母さんってどんな人だ?」
「お母さんはとっても優しいよ。それに強いの。背は高くないけど、大きな人でもやっつけちゃうの」
「母が強いのは里の東も南も変わらないらしいな。俺もいまだにお袋に頭があがらん」
「そうなの? 一緒だね」
「ああ、母は銃よりも強し、だ」


沈黙が嫌で話始めたがなかなかに楽しいと男は感じていた。
少なくとも一人黙って森を進むよりは気晴らしになる。
母親のことを話す少女の顔はとても誇らしげで、なぜこんな少女を妖怪だと疑ってしまったのだろうと男は自分を叱った。
この子が妖怪のはずがない。肌がふれあった今ならそう断言できる。


「ところで、お前の家はまだか? もう日が沈んじまうぞ」
「もう少しだよ。もう少し進んだところだよ」


先ほどから少女は同じことを繰り返すばかりだ。
もしかしたら、この少女は道がわからず適当を言っているのではないかと不安になる。
現に東に進んでも一向に森の出口が見えてこない。
実は先ほどの位置から東へ進むと、植生の濃い森に入ってしまい、方向感覚を狂わせてしまうのだが、少女と話をしていた男はそれに気付くのが遅れた。
普段ならずいぶん前に気付いたであろう違和感。
それを男は目の前の少女のために見失っていたのだ。


「なあ、そろそろ……」


森を出ないと危ない。そう言おうとした。
瞬間、目の前が暗闇に包まれた。


「な!?」


何かが起こって失明でもしてしまったのか。
男は混乱する頭でそう考えた。
そうとしか思えなかった。
先ほどまであった木々もほのかにあった日の光も全て失ってしまった。
地面を踏んでいるという足の感覚すら、うそではないかと思えてくる。
そして、男の腕の中にあったはずの一人分の重みが消えていた。


「っ、光!?」


男の視界に光が見える。
それは二つの赤い光だ。
横に二つ並び、恐ろしいまでの速度で近づいてくる。
そして、


――グシュッ!!


「かぁ!?」


男の首元に食らいついた。
どくどくと生命の水が流れ出ていくのがわかる。
強烈な痛み。左手側の外頚動脈と内頚動脈の両方が食いちぎられた。
もっとも男にはそんなことはわからない。
だが、首筋の強烈の痛みと胸を濡らす生温かい感触から、自分が最悪の事態に陥っていることだけは理解した。


「いがあああああ!」


燃えるような痛みを叫び声でかき消し、首元の何かを振りほどく。
それはとても温かく、ふんわり焼きあがったパンのように柔らかだった。
男はがむしゃらに走った。
頭に引っかかった木の枝を狂ったような悲鳴を上げて振り払い、木の根につまずきながらも四つん這いで走った。


「逃げるの? でも、無駄なのだー」
「ひっ!」


背後から声が聞こえてくる。鈴を転がしたような少女の声だ。
だが、それが先ほど自分を襲った何かだということくらいは男にもわかった。
バキバキと枝を折る音とともに何かが近づいて来る。
どうやら、相手はこの闇の中にあってしっかりとこちらの位置を把握できているらしく、その音はじょじょに男に迫ってくる。
背中が泡立つような悪寒に男は犬のように手足を動かす。


――バリッッ!!


「ぎゃっ!!」


次は腰の辺りを食いちぎられた。
じわじわと血が吹き出るのが見えずともわかる。
だが、それを機に背後の気配は動きを止めた。
何かを咀嚼するような、ぐちゃぐちゃという音をあえて無視して、男はただひたすら走る。
枝や石で傷つくことなどもはやどうでもいい。
あれから逃げること。それだけが男の願いだった。
犬畜生のように四つん這いのみっともない姿勢で、闇に染められた森の中を男は走った。


「や、やった!!」


今までの黒がうそのようにかき消え、夕方のオレンジの光が男を出迎えた。
子どものような声を上げて、男は立ち上がろうとする。
その顔は真っ青で、どの道助かる見込みがないことを示していたが、男だけはそれを否定する。

そして、その後頭部に鈍い痛みが走る。
男は枯葉の敷かれた地面にキスをした。
頭を押さえながら振り返る男。
その瞳が映したのは、大きな枝を振り回すあの少女の姿だった。


「お母さん! 早く早く! こいつ逃げちゃうよ!」
「そーなのかー」


血染めの男の視界に映るのは必死に手招きする少女の姿。
そして、迫ってくる黒いカーテン。
森の木々を吸い込み、男を覆わんとのしかかる。

待て。
この子は今なんと言った?
お母さん?
じゃあ、やっぱり妖怪だったのか?
でも、そんな――


「なんだ!?」
「え?」
「なんで、お前は妖怪と一緒にいるんだ!? なんで俺を襲うんだ!?」


その問いに少女はキョトンとした顔で首を傾けた。
こんな状況で無ければなかなかに愛嬌のあるしぐさだった。


「当たり前だよ。人間はご飯だもん。ご飯を食べないとお腹が空くんだもん」
「な」


少女の顔はうそや冗談を言っているようなものではなかった。
太陽は東から昇ることを教えるような、不思議そうな顔。
男は確信した。
この少女は、人ではない。
人の形をした何かだ。


「トドメなのだー」
「い――――っ」


闇が近づく。一瞬にしてそれは男を吸い込み、その顎で息の根を止めた。




「……ふぅ。やっと死んだね」
「お疲れ。ぐっじょぶ」


少女の側には黒い球体が浮かんでいる。
より正確に言うならそれは黒い球体ではなく、球状に広がった闇だ。
今は直径二メートルほどだが、獲物を狩りるときには二十メートル以上に広がる。
それでもまだ余力があるらしく、全力ではどれほどの範囲が闇に包まれるか本人にすらわからない。
やがて、闇は中心に向かって収束していき、最後には小さな粒となって消えた。
そこに残ったのは十代前半ほどの少女。
真っ黒のワンピースを着込み、ネクタイと髪につけたリボンの赤が小気味良いアクセントとなっている。
その瞳は真紅。血よりも赤い、混じり気の無い紅。

“常闇の妖怪”ルーミア。

幻想郷でも有名な人食い妖怪だった。
ルーミアは八重歯をのぞかせながら、笑みを作り、少女の頭を撫でてやる。


「いい子いい子〜。ちゃんと匂いを付けられたね」
「えへへ。お母さんに褒められたー」


ルーミアに褒められ、少女は顔をほころばせた。
返り血を浴びた顔は夕日に照らされ、ヒマワリのような明るさを得る。

実はルーミアは自分の闇を見通せる訳ではない。油断すれば木にぶつかってしまうこともあるほどだ。
それなのに、男の位置を正確に把握できたのは少女がかけた香水のおかげだった。
ルーミアは鼻が良く、普段から血の匂いを嗅いで獲物を探している。
少女が持つ香水はルーミアのお手製で、その独特の香りで獲物の位置を知らせる印となるのだ。
少女が人間を助けの呼べない場所まで誘い出し、印の香水を付ける。そして待ち構えていたルーミアが闇とともに襲い掛かる。
この戦法から逃げられた人間は過去一人もいない。


「今日はごちそうなのだー!」
「ごちそうなのだー!」


少女とルーミアは男の足を掴み、森の奥へと引きずって行った。
少女たちの祝歌が響く。
それは暗い森の中へと吸い込まれ、二度と出ては来なかった。

人食い妖怪と人間。
この奇妙な二人の出会いは十年近く前にさかのぼる。





◆     ◆     ◆





「うわ―――ん!! うわ――――ん!!」
「うーん? 人間なのかー?」


悲鳴に引かれてやってきてみれば、そこには大口を開けて喚く赤ん坊の姿があった。
せいぜいハイハイができるようになったくらいの年頃。布切れを巻かれ、せめてのものたむけか十字型の首飾りがかかっている。
その近くには二人分の死体が転がっており、顔色から服毒自殺者のようだった。


「一家心中なのかー」


ちょっと考え、ルーミアはそう結論付けた。
見れば赤ん坊の首には縄の跡がある。
恐らく、両親が殺したつもりで毒を飲んだ後、息を吹き返したのだろう。
特定のコミュニティにおいて、つま弾きにあう者というのはどうしても出てくる。
思想、外見、家柄。何でも差別の対象になりえる。
そういう意味では幻想郷自体も外の世界からつま弾きにされた場所と言える。
そんな中、何も知らずただ両親の死につき合わされ殺されかけた赤ん坊。
なんとも不幸な境遇だ。
だが、そんな事情はルーミアには関係ない。
関心は互いの政治的信条ではなく、食べられるか食べられないかだ。
ぺろりと舌なめずりを一つ。赤ん坊は滅多に食べられないご馳走だ。


「いただきまーす!」


そう言って赤ん坊の頭を丸呑みにしようとしたルーミアだが、赤ん坊がゲホゲホと咳を始めたのを見て、眉を潜めた。
よくよく見れば顔も赤いし、鼻水も出ている。


「うーん。病気なのかー?」


病気を持っていてはいくら赤ん坊とは言え、食欲が失せてしまう。
変な病気を移されては嫌だし、痛んだ者は食べてはいけないことくらいルーミアも心得ている。
ルーミアは赤ん坊の前でうんうんと唸った。
そして、一つの名案を浮かべた。


「病気なら治して食べればいいのだー」


画期的名案にルーミアの顔が緩む。
食べられないならば、その原因を排除すれば良い。なんとも合理的な考え方だ。
ルーミアはわんわん泣いている赤ん坊を抱いて、自分の住む洞窟へと帰った。


それからは赤ん坊の世話を焼く時間が増えた。
お乳を飲む時期は過ぎていたようだが、ルーミアが普段食べているようなものでは固すぎるらしく、いちいち咀嚼して柔らかくした肉を口移しで与えることになった。
ところ構わずおしっこやうんちをしてしまうので、それの処理にも追われた。
泣くことが俺のジャスティスと言わんばかりに夜鳴きをするので、ルーミアは様々なあやし方を覚えてしまった。
それでも、ルーミアがその子を捨てなかったのは、赤ん坊という滅多に味わえない美味への渇望と普段から特にやることのない彼女の環境のおかげだ。


「まるまる大きくなるのだー」
「まんまー!」


いつの間に病気は治っていたが、ルーミアはもう少し太らせてから食べようと思うようになり、子育てはそれからも続いた。
もうちょっと、太らせてから。
もうちょっと、脂がのってから。
もうちょっと、大きくなったから。
ルーミアの思惑はともかく、赤ん坊は元気にすくすくと成長していった。


そして、ある日の出来事が赤ん坊の運命を変えた。
その日、ルーミアは狩りへと出かけていた。
獲物を探して飛び回っていると、家の方から泣き声がしてきた。
どうやら、赤ん坊がよちよち歩きで出歩いてしまったらしい。
仕方なく声のする方に戻るルーミア。しかし、そこに居たのは赤ん坊だけではなかった。


「どうしたんでちゅか〜。こんなところでお母さんとはぐれちゃったんでちゅか〜」
「わーん! わーん! まま〜!!」


赤ん坊を人間が抱きかかえているではないか。
その後姿のなんと無防備なことか。
人間は赤ん坊のことで頭がいっぱいらしく、ルーミアが背後に迫ってもいっこうに気付く気配はなかった。
狩りは迅速に行われ、豪華なメニューを赤ん坊は食べることができた。

それからルーミアは何度か赤ん坊を森や人里近くに放置するということを繰り返した。
するとなんとも。人間の釣れること釣れること。
ルーミア家の食糧事情は一気に向上した。


「人間が釣れる? 大発見なのかー?」


ルーミアは子ども撒き餌に使うことを覚えた。
これにより赤ん坊の運命は大きく変わった。
ただの高級食材から狩りのパートナーとなったのだ。
少女は一度の死を越え、新しい人生を歩みだした。





◆     ◆     ◆





それからの二人は本当の親子のようだった。
ルーミアは少女に言葉を教え、狩りの仕方や食べてはならない食料の話、薬となる草の見分け方など生きるために必要なことを教えていった。
少女はもともと頭の出来が良かったらしく、ルーミアの言うことをスポンジのように吸収していった。
今使っている狩りの方法も少女が提案したものだ。
強力な妖怪の撃退を除けば、恐らく少女一人でも生活できるくらい逞しく、聡明な子へと育っていったのだった。




人間が取れた日はご馳走。これはルーミア家の常識だ。
今日は新鮮なオスが狩りれた。ルーミアも少女も腕によりをかけて料理に挑んだ。
住処である洞窟の前でせっせと調理に励む二人。
人肉の解体は力仕事なのでルーミアの仕事。
少女は主に調理・味付けなどを担当する。


「らら、ららららら〜♪ らら、ららららら〜♪」


軽快に歌いながらルーミアは男を解体していく。
男の身体は木の枝に逆さ吊りにされており、逆バンザイの体勢にしてある。
まずは頭を落とす。
笑い顔と怒り顔を足して割らなかったみたいな顔で固まっている男。
その顔面を掴み、すでに傷がついている首をさらさせる。
そして、爪で一閃。すっぱりと首を切り落とす。
溜まっていた血液が重力に引かれて落ちていく。
ルーミアはすぐに男の下に愛用の壺を置いた。
血は完全栄養食品だ。水分、ミネラル、たんぱく質、脂質、ビタミン、全てを含むため貴重な食料となる。そのまま飲んでもいいし、調味料と合わせてソースにもできる。
どうやら男は健康的な人物だったようで、さらさらの血液が次々と壺に溜まっていく。
その様子を見ながらルーミアはにこにこと笑みを作る。
途中、我慢できなくなり手で作った器に血を溜め、ごくごくと飲み始めた。


「ぷはぁ〜。美味しい」
「あ、お母さんずるい! 私にも!」
「ん〜、何も食べてないよ」
「うそ! 口の周りが赤いよ!」
「くちびるは赤いものなのだー」


薪や鍋の準備をしていた少女は、ルーミアのつまみ食いを見てほほを膨らませる。
そして、同じように手で血をすくいごくごくと飲み干す。
ルーミアと少女はお互いに笑い合った。
だが、口周りを血で染め、死体の前で行われるには、その笑顔はあまりに異様だった。


「口の周りに血がついてるのだー」
「んんっ。くすぐったいよー」


ルーミアは少女の口についた血を布で拭き取ってあげた。
こうした肌のふれあいも家族には大切なことなのだ。
少女はくすぐったさを感じながらも母の愛情を受け止めた。




スキンシップを終え、ルーミアは解体に戻る。
血抜きの次は縄を解き、内蔵の摘出に移る。
人間は他の動物に比べて体毛は薄いため、皮を剥ぎ取ることはしなくてもよい。
ルーミアも少女も皮のプリプリとした食感は大好きなので、皮は剥がないことにしている。

胸骨体の下、鳩尾部分からヘソの下までルーミアの爪が走る。
カエルの解剖のようにパックリと男の腹が割れる。
小腸を掴み、中に詰まった消化器系をずるずると引きずり出す。
人間の腸は七〜九メートルはあるため、まるで大蛇をたぐり寄せているようだ。
ルーミアはそれが楽しくなったのか再び調子外れな歌を歌いながら、リズムカルに腸を取り出していった。
やがて、全てが外気にさらされたらその先端をチョキンと切り落とし、水をためた桶につける。
同じように肝臓や胆嚢、腎臓、心臓、肺などの内臓も全て取り出し、桶に放り込んだ。
ここで一工夫。桶の中に酒と塩を入れてよく混ぜ合わせるのだ。
酒と塩で内臓の臭みを取り、日持ちを良くするための豆知識だ。


さて、ここまでくれば後は楽だ。
まずは四肢を切断する。
その後、食べやすいサイズに、それぞれを切り分けていく。
基本的には関節ごとで、足ならばふともも、ふくらはぎ、足首の三つのパーツに分ける。


そのぷりっぷりのふとももにルーミアは涎を流す。
ふとももは人体の中でももっとも美味な部分の一つだ。
体重を支え歩くために身は引き締まった筋肉質となる。
こんがりと焼けば、さっぱりとしつつ味わい深い、人のササミステーキの出来上がりだ。
その様を思い、ルーミアの瞳はピンク色の筋肉に釘付けになった。


「我慢我慢、なのだー」


以前のルーミアなら迷わずかぶりついていただろう。
だが、少女とともにあるという自意識がそれを阻止した。
この足は今日のメインディッシュだ。食べるわけにはいかない。

足はしばらくの食事にすることにして、腕は保存食にする。
保存食用の木箱に塩を敷き詰め、骨から削ぎ落とした腕肉を入れる。そして、その上からたっぷりと塩をまき、蓋をする。
後は三日ほど経ったら木箱から出し、水洗いした後、洞窟の中に吊るしておけば、鮮やかな色の人肉の塩漬けの完成だ。こうしておけば一週間は保存が利く。


「らら、ららららら〜♪ らら、ららららら〜♪」


少女はルーミアと同じ歌を口ずさみながら、鍋の準備をしていた。
石で作った台に薪をくべ、どこからか拾った鍋を置いている。
くつくつと気泡を上げる鍋。
その横で少女は男が持っていた山菜を切り分ける。
ぜんまいなどアク抜きが必要なものもあったので、きのこや葉のものをメインに使う。
今日はふとももの塩焼き、腸とキノコの鍋、デザートに目玉の砂糖かけという豪華メニューだ。
こんなメニューは狩りが成功した日にしかできない。せいぜい半月に一度だ。
ひさびさのご馳走にうきうきと包丁を扱う少女。
そこに人を食らうという禁忌感は存在しない。
当たり前のことを当たり前に行っているだけだ。




「いただきます!」
「いただきます!」


料理が完成し、二人はそれにむしゃぶりついた。
弱火でじっくり焼いたもも肉はジューシーでありながら少しもしつこくない。
パリパリの皮を引き千切りながら、素手で食べるのがルーミア家の食べ方だ。
引き締まった筋繊維はサクサクとした軽さで次々と手が出る美味しさだ。
鍋はほどよい塩味を利かせている。腸のコリコリとした食感は噛めば噛むほど味が染み出る。山菜のホロ苦さも良いアクセントになっており、飽きというものを感じさせない。
あっという間にもも肉と鍋を食べてしまった二人。
デザートの目玉のハチミツ漬けを口に入れ、ころころと舌の上で転がす。
ぷにぷにとした眼球の感触とハチミツの甘みを味わったところで、一気に噛み潰す。
とろりとした硝子体が口いっぱいに広がり、ハチミツと混ざり合う。


「うっまーーーーーーい!!」
「うまいのかーーーーー!!」


二人は夜の森の中で感動の叫びを上げた。
久々の美味。パサパサした塩漬けと新鮮な肉料理では雲泥の差がある。
二人はそれを全身で表現するために、両手を広げ、ばたばたと走り回った。
ルーミア作、十進法走りであった。


「あ、お母さん」
「なにー?」
「これもらっていいよね?」


少女が指差したのは男の頭蓋骨だ。
すでに脳みそは取り出している。
この少女、人間の頭蓋骨をコレクションするのが趣味なのである。
自分の狩りの成果を見える形で残したいという少女の小さな自尊心からの行動だった。
猟師が獲物を剥製にしたり、魚拓を取ったりするのと意味合いは変わらない。
洞窟の少女の部屋にはこれまで殺してきた人間の頭蓋骨がコレクションとして並べられていた。
それを眺めるのが、少女の楽しみの一つである。
ルーミアの答えはもちろんYES。
少女はなかなかに整った頭蓋骨に、ホクホク顔になった。


久々にお腹いっぱい食べた二人。
腹が膨れればまぶたが落ちるという格言どおり、少女は皿を川で洗いながらうつらうつらと舟をこぎ始めた。


「お夜寝しようかー」
「うん……」


お夜寝。つまりはお昼寝の夜バージョンだ。
ルーミアは陽の光が苦手なため、活動する時間はもっぱら夜である。
そのため、少女とルーミアは夜行性となっているのだ。
しっかり者とはいえ少女はまだまだ成長期。
食事の後などはこうして睡眠を求めることも多かった。
家である洞窟の奥に行き、一緒に毛布に包まる。
少女はルーミアと一緒でなければ未だに寝付けない。


「お母さん」
「んー?」
「大好き」
「私もだよー」
「ねえ、お母さん」
「んー?」
「何かお話を聞かせて……」
「そうだねー。じゃあ、里の猟師と戦った時の話をしようかー」
「うん。その話大好き……」
「あれはお前が生まれる前のことなのだー。とある人間の猟師が妖怪を退治しようと森にやってきました……」


ルーミアの話を子守唄に、少女はルーミアの胸に顔をうずめ、まぶたを閉じた。
程なくして安らかな寝息が聞こえ出す。
ルーミアはその頭をすくように撫でてやる。

最初こそ食品のつもりだったが、今やルーミアにとっても少女はなくてはならない存在になっていた。
惚れた晴れたというか、なんと言うか。
いつの間にか情が移ってしまっていたのだ。
ルーミアは他の人間は博麗の巫女だろうと霧雨の魔法使いだろうとエサとしか認識していなかったが、この少女だけは違った。
一緒に居るだけでこんなにも満たされる存在がいるなど、以前のルーミアなら絶対に信じられなかったことだろう。
だが、今は違う。
この子の為ならきっと自分は世界中の誰を相手にできる。
この子の前ならきっとスーパーマンに変身できる。


「ゆっくりお休みなのだー」


少女を胸に抱きながら、ルーミアもまぶたを閉じた。
ひと時の夢の中へと落ちていく。










二人のいる洞窟を見つめる人物がいた。
その人物は二人のやり取りの一部始終を見ており、その足元には夕食のキノコピラフが盛大にぶちまけられていた。


「……最悪だぜ。早くみんなに知らせないと」


その人物は箒に乗り、人間の里の方へと飛び去った。
人食い妖怪と、妖怪に育てられた少女の話はあっという間に広がり、里は騒然となった。
博麗の巫女は被害の小ささと妖怪の性質から動かなかったが、里の中では彼女らを狩り出そうという動きが活発になっていった。
事態を重く見た慧音は里長とも話し合い、ルーミアたちを捕らえることを決めた。


何も知らぬルーミアと少女は二人で毛布の中にいる。





◆     ◆     ◆





ルーミアと少女の捕獲は極めて迅速に行われた。
五十人ばかりの男たちが集められ、日の出を合図に洞窟へ踏み込んだ
実はルーミアはそれほど強い妖怪ではない。
人を切り裂くほどの力は十二分に脅威だし、闇に紛れて奇襲されれば人間はなすすべなく殺されるだろう。
だが、逆に言えば奇襲をしなければ人間一人確実に仕留められないのだ。
闇を作る力は日のあるうちはそれほど脅威ではないし、逆に居場所を知らせるようなものだ。
人員と武装、そして環境条件を揃えれば捕獲は難しくない。
洞窟という逃げ場のない場所を住処にしていたのもいけなかった。
洞窟の入り口を固められ、追い立てられたルーミアと少女は鉄の網に巻かれた。
今まで何百何千何万という殺人を犯した人食い妖怪はあまりにもあっさりと捕まってしまった。
そして、ルーミアは里の牢屋に入れられ、少女は永遠亭の診療室に入れられた。
少女が人間か妖怪かつかないことが理由だった。







「話をしてもいいか?」
「ええ、どうぞ。ただしあの子に何か異常が発生したらすぐに出てもらうわよ」
「わかった」


永琳はあっさりと扉を開けて、慧音を中に入れた。
慧音が入ってくるなり、少女はガタガタとベッドを揺らし、慧音を威嚇し始める。
いや、鎖の拘束さえなければ襲い掛かっていたかもしれない。


「やれやれ、嫌われたな。話ぐらい聞いてくれないか?」
「これを解け! 離せ! お母さんはどこだ!?」
「お母さん。それはルーミアのことだな?」
「気安くお母さんの名前を呼ぶな! ヘンテコ帽子!」
「……人を外見で差別するのは良くないぞ」
「べーっ! ヘンテコをヘンテコって言って何が悪い!」
「ふぅ。本当にただの子どもだな。うちにいる悪ガキそっくりだ」


慧音は外から持ってきた椅子に座り、少女の顔を見やる。
ちょっと丸っこい素朴な顔。
目立たないが、きっと将来美人になる顔だった。


「とりあえず、これを返そう」
「それ!」


慧音が取り出したのは、あの首飾りだった。
検査という名目で預かっていたが、特に魔術的な効果はないようだ。


「返せ! 返せ! 返せ!」
「はいはい。少し待て」


ベッドを揺らす少女の首に慧音は首飾りを通してやった。
それだけで少女は多少の落ち着きを取り戻したようだ。
大きく息を吐き、首に下がる十字架を見つめている。


「大切なものみたいだな」
「お母さんが作ってくれたの」
「……そうか。ルーミアがそんなことを」
「うん。私が一人でも寂しくないようにって」
「そう言えば、どことなくルーミアに似ているな」
「うん!」


十字架型の首飾りは少女の胸元にぴたりとはまった。
それを見ていた慧音はしばしの逡巡の後、口を開いた。


「人間を、本当に食べたのか?」


その言葉に少女はもうたくさんだ、というような顔をした。
多分、この二日間で何回も繰り返された質問なのだろう。


「そうだよ。それが? もう何回も答えたことだよ」
「……そうか。そうだったな。じゃあ、違う質問だ。人間を食べるとき何も思わなかったのか?」
「別に。あ、お祈りならするよ」
「なんて?」
「美味しいご飯をありがとうございます、って」
「……………人間と自分を見比べて、何も思わないのか?」
「別に」
「同じ姿だとか言葉が通じるだとか。」
「だから?」
「……………」
「だから?」
「お前は人間だ。妖怪とは違う、ルーミアとは違うんだ」
「でも、私はお母さんの役に立てるよ。人間をおびき出すのうまいんだよ」
「ルーミアはいつかお前を食べるかもしれないぞ」
「……バッカみたい」
「なぜだ?」
「お母さんがそんなことするはずないもん」
「……………」
「お母さんがしてくれたこと、何にも知らないくせに」


そこまで聞いたところで、慧音は一旦外へと出た。
早足で廊下を歩き、窓際まで歩を進める。
そこには待ち構えていたかのように、永琳が涼しげな顔で腕を組んでいた。


「トイレなら突き当りを右よ」
「……いや、大丈夫だ」


慧音は息を整え、永琳へと向き直った。


「あの子の診断結果は?」
「結論から言ってあの子はまったくの正常よ。むしろ里の人間よりも健全ね。肉体的にも精神的にも、ね」
「……………」
「脳波も正常。質疑応答ではやや常識の欠如はあったけど、おおむね健常人並。精神疾患もない。それに殺人に快楽を感じていたわけでも、パニックを起こしていたわけでもないみたい。薬物反応もアルコール反応もなし。里の人間との違いは一つだけ“人間に対する価値観”よ。それは話をした貴方もわかっているでしょう?」
「……あの子は、人を獲物だと認識している」
「そういうことね。自分と同じ姿をした“食べ物”。人間にとっての豚や牛と同じ。私は人間と同じ姿をしていながら人間とは違う妖怪に育てられた環境が、彼女にそう言った思考を誘導したと考えているわ」
「……………」


荒く息をついた慧音は窓から空を仰ぐ。
昼下がりの秋。
そこには場違いに明るい青空が広がっていた。


「無理よ」


慧音の心を読んだかのごとく、永琳の鋭い一言が慧音の背中を射抜いた。


「これは私たちがどうこうできる問題じゃない。あの子に染み付いた思想は魂まで届いている。もしやり直すとしたら記憶も意識も全部消すしかない。でも、それは同じ人間と言えるのかしら?」
「わかっている。わかっているさ」


つぶやき、自分を騙す。
心の中に生まれた闇は猛烈な勢いで心を食らい尽くしていく。
内臓が逆流し、脳髄から汚汁が溢れ出す。
何がわかっているというのだ。
何もわかってなどいない。


――せめて伝えるべきか? あの事を。


そう慧音が逡巡した瞬間、
背後で猛烈な轟音が響いた。


「――ッ!!」
「これは……彼女ね」


永琳のつぶやきで十を理解した慧音は病室へと踵を返す。
格子のはまった扉を開ければそこに、白髪の少女が立っていた。
壁には大穴が開き、持ち主のいなくなったベッドには、鎖が力なく横たわっていた。


「輝夜コラァ! 出てこいオラァ! 今日こそてめえのケツに火ぃ点けて月まで飛送り返してやらあ!!」
「妹紅!? なんでお前がここに!? それと、そんな口汚いセリフどこで覚えた!?」
「ああ、慧音。こんなところで会うなんて偶然だな。すっごい偶然」
「じゃなくて、ここにいた少女をどこにやった!?」
「さあ? 私はいつも通り輝夜にケンカを売りに来て、偶然この場所を突入場所に選んで、邪魔な鎖を燃やしただけだからなあ」
「ッ妹紅! お前、自分が何をしたかわかっているのか!! このままじゃあの子は――」


「慧音」


凛とした妹紅の言葉に、息を呑む。
どこか寂しげな顔で妹紅は大穴の向こうに視線を走らせる。


「選ばせてやれ。あいつはまだ自由だ。終わりもしない私たちと違って」


「――――ッ!!」




◆     ◆     ◆





人間の里の外れに小高い丘がある。
そこに一本の柱が立っている。
柱の周りには薪が積まれ、さらに可燃性の油まで注がれた。
その周囲は人の垣根で幾重にも囲まれていた。人々は口々に罵りの言葉をかける。
柱と共にある人食い妖怪に対して。


「これより、妖怪ルーミアの処刑を開始する!!」


里長の宣言により、前列の五人が松明を手に近づいていく。
彼らはルーミアの被害にあった者の親族だ。
手には洞窟で発見された頭蓋骨が抱かれている。


『この妖怪が地獄に落ちますように』


そう願いをかけ、松明は投げられた。
一瞬にして炎が燃え上がる。
それはルーミアの身体をあっという間に包み、黒いワンピースを焦がし尽くしていく。
ルーミアは何も言わず、その身を炎に巻かれていく。


「いやああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!! お母さん! お母さん!!」


突如上がった絹を裂くような悲鳴に、里人が振り返る。
そこには永遠亭に閉じ込められていたはずの少女と竹林の妖精がいた。
両足はドロで黒く汚れ、顔は梅干のようにくしゃくしゃだ。
相当無茶をして走ってきたのだろう、腕や胸にも切り傷擦り傷がつき、捕まえた時以上に痛々しい姿となっている。


「どけえ!!」


怒号。
相手は少女。年端もいかない人間の少女だ。
だが、人間を殺して来たという事実と鬼気迫る顔に気圧され、人垣が少女を避けるように分かれた。
少女の目に映るのは赤々と母を焼いていく炎。
そして、その炎の中で叫び声さえ上げられない母の姿。


ルーミアは叫び声を上げないのではない。上げられないのだ。
目玉はやっとこで引き抜かれていた。
舌は包丁で切り取られていた。
歯は全て粉々に砕かれていた。
手足の関節は大木槌で破壊されていた。
耳には木串が差し込まれていた。
遠めには柱に縛り付けられていたように見えたが、実際には尻の穴から柱を差し込まれ、串刺しにされていた。


もう生きているのか、死んでいるのかもわからない。
人の壁が作った道を少女は歩く。
一歩また一歩と愛する母に向かっていく。
そのたびに猛烈な熱気が少女の身体を舐める。
ちりちりと髪が逆立ち、肌が焼けていく。


「お母さん……? ねえ、お母さん。目を開けてよ。ねえ、お母さん」

それはできない。
目玉が無いから。


「ねえ、お母さん。お話してよ。ほら、あの巫女と戦ったお話。また聞きたいなあ」

それはできない。
舌がないから。


「また一緒にご飯食べようよ。私頑張るよ。頑張って人間を捕まえるよ」

それはできない。
歯がないから。


「お母さん。何か答えてよ。また一緒に寝ようよ。抱きしめてよ。お母さん、お母さん!!」

できない。耳が無いから。
できない。腕がもう動かないから。
できない。歩けないから。
できない。できない。できない。


「あ……」


涙さえ乾いてしまう中で、少女は初めて“死”というものを知った。
お母さんは、もう二度と、目覚めない。
足から力が抜け、少女は柱の前に跪いた。
まるで祈るように。




胸の首飾りを掴む。
少女は立ち上がった。


「――待っててね。お母さん」






「ダメだ!!」


追いついた慧音が叫ぶ。
だが、少女はその身を母の元へと投げ込んだ。
人々のざわめきをBGMに少女は炎の中に吸い込まれていった。


「ぎぃやああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!!」


絶叫、絶叫、絶叫。
少女が出しているとは思えない、獣の唸りのような叫び。
少女の身体は溶けかかっていたルーミアの皮膚とぴったりと張り付き、もはや剥がすことはできない。
もっとも猛烈な火の中に飛び込んでまで少女を助けようとする者は一人もいなかった。


「お、おい!?」


一人の男が指を指し、人々はようやく気付いた。
ルーミアの胸の辺り。
少女の首飾りとふれあっている場所に穴が開いている。
否、穴ではない。




これは――――闇。




漆黒が走った。
ルーミアの身体から出た完全なる暗闇は、少女たちも丘も慧音や里人も、全てを飲み込んでいった。まるで、自分たちの最期を隠すように。


「ルーミア……」


慧音は闇の中で見えるはずの無い二人の姿を見た。
手を繋いだ、とても仲良しの親子の姿を。
きっとこれは幻想。
慧音が思い描いた都合のいい妄想録。


それでも、闇の中の二人に慧音は少しの救いを覚えてしまう。





◆     ◆     ◆





「慧音? やれやれまたあそこか」


慧音の家をのぞきこんだ妹紅は慧音がいないことを確認すると、森へと歩いていった。
ルーミアたちが住んでいた洞窟に程近い川辺。
そこに慧音は座り込み、白い紙を眺めていた。


「慧音。またここにいたの?」
「ん? ああ、妹紅。来たのか」
「来たのかじゃないって、ちゃんと飯食ってるのか?」
「たまに」
「たまにじゃダメだろ」


そういって妹紅は持ってきたおにぎりを広げた。
だが、慧音はそれに手をつける様子はなく、ただ暗い顔で紙を眺めていた。
それは絵だった。
口を大きく広げて笑っている少女の絵。
髪は黄色でぐりぐり塗ったくられ、右側には赤い三角形が描かれている。
大きな顔に対して、身体は異様に小さい。
その身体は両手を広げているのか、十字で現されていた。
何年も前に描かれたのか、紙がごわごわで黄色く変色していた。
クレヨンで描かれた線はぐにゃぐにゃ曲がって、輪郭から色がはみ出していたが、とても強い思いを込めて描かれたことがわかる。


「あの洞窟で見つけたんだ」
「……………」
「わからなくなってしまったんだ。何が正しいのか、何をすべきなのか。あいつらにはあいつらなりの幸せがあったんだ。もちろん、襲われた者にも」
「そうだな」
「……妹紅。私は取り返しのつかないことをしてしまったのかもしれない。
「そうかもな」


妹紅の言葉に初めて慧音が反応した。
力なく妹紅の顔をのぞく。
そんな慧音の顔を見ながら、妹紅は慧音の頭にふれる。
満月の時だけ生える角。
慧音が半獣である証。


「取り返しのつかないことばかりさ。私も慧音も、ルーミアもあの子も」
「妹紅……」
「だけど、なんだろうなあ」


そう言って妹紅はおにぎりを手に取った。
そして大口を開けて、一気に食べ切ってしまった。


「やっぱり腹は空くし、うまいものを食べればうまいって思うんだ」
「……………」
「食えよ。慧音」


真っ白いおにぎりを手に取る。
ひとくち食べる。
身体に染みる塩の味。
甘く温かい米の味。


「うまいだろ?」
「ああ。うまいな」




























お母さん。
温かいよ。


そーなのかー。













おわり
ソニー・ビーンの話を読んでいたら書きたくなりました。
解体シーンを書きたかっただけなのに、ずいぶんと路線が変わってしまった。
相変わらず長いですね。
そして、ルーミアがバカボンのパパみたい。

怖いのは人間?
怖いのは妖怪?
二つを分けるのはなにかしら?


ちなみにルーミアたちが歌っているのは夜魔夜行のサビです。
ウナル
http://blackmanta200.x.fc2.com/
作品情報
作品集:
11
投稿日時:
2010/02/10 12:24:56
更新日時:
2010/02/10 22:41:59
分類
ルーミア
オリキャラ
グロ
1. 穀潰し ■2010/02/10 21:44:53
ルーミアはいいお母さんですね。
しかし、このやりきれなさは一体なんでしょうか……。
そして正しいことをしてるはずなのに魔理沙に腹が立つのも何ででしょうか。
しかし描写が丁寧で、特に解体シーンは勉強になります。

2つを分ける物……「自分に素直」か、そうでないかではないでしょうか
2. 名無し ■2010/02/10 22:02:34
どうせ野垂れ死にする運命だったんだ
母親を知ることが出来ただけ幸せだったんだよ
3. 名無し ■2010/02/10 22:14:10
救いがねぇ・・・:ω;
4. ■2010/02/10 22:38:01
解体描写が2つの意味でうますぎてカニバリズムに目覚めるところだった。

この名も無い女の子を人間だと見るから悩むんだよ。
2匹の人食い妖怪がいるって思えばいいだけなのに。
ホント魔理沙はいい仕事するな。死ねばいいのに。

何も知らない赤ん坊のまま死ぬのと、最愛の母のむーざんむざんな姿を見た後に焼身自殺するの。
どちらも救いは無いと思うな。上げて落としてる分だけ後者のが酷い気もするけど。
5. 名無し ■2010/02/10 23:36:13
人間として生き直すには人の理から外れすぎ、妖怪として生きていくには弱すぎる。
残念ながら、ここで死ぬことがこのガキにとっての最良の選択肢だったということだ。
6. 名無し ■2010/02/11 02:07:08
どうしても「仕方ない」という結論に至ってしまうんですね。
あのまま娘が老いて死ぬまで母娘でいたとしても、悲劇的な最期しか思い浮かばない。
善意で助けようとした人間を食っていた描写があるだけに里人の処断も仕方ないと思えてしまう。
どうしようもなかったんですね。
やるせない気分の中、最後の妹紅の台詞に少しだけ救われます……。

ああ、だが魔理沙。てめーはダメだ。
7. さとこー ■2010/02/11 23:00:13
かあさああああああああぁぁぁぁん!!!!!!!
8. 名無し ■2010/02/12 19:50:39
>二つを分けるのはなにかしら?

某霊界探偵漫画じゃ人食いを食事として割り切れるかどうかだって言ってた。
9. 名無し ■2010/02/13 09:51:52
魔梨沙はいつも通りだな
10. 狗走 ■2010/02/22 01:51:27
胸が締め付けられるような気分だ

とってもいい話だと思うのに、ね
11. 名無し ■2010/02/23 11:45:31
イイハナシダナー
12. 名無し ■2010/02/26 17:15:14
っていうか少女の形をしたルーミアをアレだけいたぶれる人たちも何気にすごいな
13. 名無し ■2010/12/19 19:49:32
魔理沙が報せてくれたおかげで人殺しの妖怪を退治できたね!やったね!!


幻想郷って無数の空腹のライオンがうろついてるような所なんだよなぁ…
14. 名無し ■2011/06/15 22:46:30
感動しました!
15. 名前が無い ■2011/08/13 23:33:30
最高です。
16. 名前は投げ捨てるもの ■2014/01/05 21:53:43
とりあえず人里のテメーらも地獄行きださようなら
17. レベル0 ■2014/07/24 00:39:36
彼女達のやっている事は妖怪としては間違っていない。
だが、人としては……?
所詮人間と妖怪では生き方が違うのです
名前 メール
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