現実と御伽噺の差

作品集: 11 投稿日時: 2010/02/11 00:37:54 更新日時: 2010/03/14 01:54:00
 霧雨魔理沙が人里の寺子屋にたどり着いたのは、日も傾いた黄昏刻であった。

 良く晴れた、蒸し暑い夏の日である。
はるか西の山の上には、赤々と照り輝く夕日が浮かんでおり、辺りはその光線によって橙色に染め上げられていた。
人里は、普段より活気付いていた。道行く人も皆楽しげで、どこか熱に浮かされたようですらある。
不思議に思っていた魔理沙だったが、的屋が道端で出店の用意をしているのを見て、ああそういえば今日は夏祭りだったな、ということを想起した。


 魔理沙が寺子屋へ来た理由であるが、勿論、幼い時分真面目に学ぼうとしなかった基本学問を、修めなおそうとしているわけではない。

 発端は、今日の朝であった。
 目を覚まし、身づくろいを済ませた魔理沙が郵便箱――大抵の場合空であるが――を覗いたところ、珍しいことに一通の手紙が放り込まれていた。
いかにも魔理沙を驚かせたのは、その手紙がそれほど親しくもない上白沢慧音から届いたものであることと、人里の守護者である彼女が、異変解決を能くする魔理沙に――それも今日の午後六時時までという制限つきで――彼女の勤務する寺子屋まで来てほしい、という内容だったことである。
すわ異変かと身構えた魔理沙だったが、もしそうであれば、この手紙に直接「こんな異変があったから、異変を解決してくれ」とでも書くだろうということに思い至り、これは異変ではないなにか、たとえば、そろそろ親父と仲直りしろとか、紅魔の図書館から本をかっさらうのをやめろとか、そういったどうでもいいような用事であろうと見当をつけた。

 気乗りはしなかったが、約束をすっぽかしたかどで頭突きを食らうのは嫌だったし、それに万が一、呼び出した理由が何か重要な相談などであった場合、それに首を突っ込むことができないのは実に残念なことだと考え、仕方なしに彼女の誘いに答えることにした。
ちょうど、魔理沙の友人であるアリス・マーガトロイドが体調を崩して寝込んでいたので、彼女の見舞いに行った帰りにでも寄ればいいと考えて、魔理沙は約束の時間よりも大分早くに家を出発したのだった。

 見舞いを済ませてアリスの家を出たとき、時計は午後五時を指していたが、寺子屋の前に立った魔理沙が懐中時計を見ると、すでに六時を数分過ぎていた。
アリスの家から寺子屋までは、空を飛ぶことができる魔理沙であれば、三十分もかからないような距離であったが、里の入り口で妙な連中に絡まれてしまい、彼らから開放されたときには、もう六時まで数分も間が無いような時間だった。


「ああ、遅れちまった。また頭突きされんのかな……」
 額に流れる、暑さによるものやら冷や汗やら判らぬ汗を拭いながら、魔理沙は寺子屋の戸を押し開いた。
寺子屋に入り、集合場所に指定されていた奥座敷の襖を開くと、そこには少々意外な人物が座り込んでいた。
博麗神社で巫女を勤める博麗霊夢である。
 魔理沙が予想外の先客に若干面食らっていると、霊夢が、団扇で自らの胸元に風を送りつつ、
「遅いわよ」
と言い放った。
「仕方ないだろ、さっき変な格好した奴らに絡まれたんだ」
魔理沙が事情を説明する。
「変な奴ら?」
「そうだ。二の腕に変な模様の腕章を付けた、黒ずくめの辛気臭い奴ら」
「ああ、そいつらなら――」
「彼らは、人里の警察よ」
突然会話に割り込んできたのは、霊夢の隣で隣で妖しげに微笑んでいる八雲紫である。彼女の近くには、式神の八雲藍が控えていた。
「警察だって?」
魔理沙が驚きの声を発する。
「いつから警察は、あんな物騒な連中を遣うようになったんだ」
「最近入ってきた妙な外来人がいてね」
台詞を遮られて不愉快そうな表情を浮かべていた霊夢が、紫に変わって説明を始める。
「外の世界で警察局長をやっていたらしいんだけど、小兎姫がそいつのことを気に入ったのよ。
 それでそいつを副官にして、警察の組織を再編したらしいわ」
外の世界の警察は皆あんな感じなのか、と魔理沙がいささか恐々としていると、紫が、
「本当はあまり、ああいう人を幻想郷に入れたくないのだけれど」
と、物憂げな顔で言った。
「なら追い出せばいいだろ」
「そうもいかないのよ。彼も外で幻想になった者だから」
紫がそう嘆息したのを聞いて、魔理沙は、
――こいつも、結構苦労してるのかもしれん。
と、心の中で少しだけ同情しておいた。

 会話が一段落したのを機に、魔理沙は改めて寺子屋の中を見回してみた。
紫の対面には、何を考えているか判然としない笑みを浮かべた西行寺幽々子が、庭師の魂魄妖夢を従えて座っていた。
奥には、蓬莱人の蓬莱山輝夜が、従者の八意永琳とともに端座しており、その後ろでは、もう一人の蓬莱人である藤原妹紅が、彼女らに背を向ける形で胡坐を組んでいる。
そのさらに奥で、いかにも『神』といった感じの威厳を湛えて鎮座しているのは八坂神奈子であり、隣には対照的に親しみやすい笑顔の洩矢諏訪子、若干居心地が悪そうな顔をしている東風谷早苗。
よく見れば、命蓮寺の領袖である聖白蓮や、先の異変で彼女を復活させた寅丸星の姿も見える。
総じて、幻想郷の有力者ばかりである。

 魔理沙は驚くとともに、
――これはひょっとすると、本当に何かあったのか。
と、表情を硬くした。
 そう考えると、己の遅参が、どうにも恥ずべきことのように思われて来た。
彼女はばつが悪そうな顔で、あらかじめ用意されていた席に座った。

 それにしても気になるのは、吸血鬼だの花の妖怪だのといった手合いがいないことである。
彼女らも、ここにいる者たちと比べて遜色ないほどの実力者であるし、回数こそ多くないが、何度か異変の解決に貢献したこともある。
いよいよもって訝しいと考えた魔理沙は、彼女の隣に超然と座っている霊夢に、この集会の意図を尋ねてみることにした。
「なあ、何かあったのか?」
「いつでも、どこかで何かは起きていると思うけど」
「そういうことじゃなくてさ」
霊夢の的外れな言葉に首を振り、魔理沙は、
「お前だって分かるだろ、この面子を一箇所に集めたってことがどういう意味か。……絶対おかしいぜ、きっと何かあったんだ。
 ひょっとしたら、ここにいない紅魔館の連中が何かやらかしたのか、それとも他のどっかかもしれんが……
 とにかく、何か相当にまずい事があったに違いない」
と、心配半分、興奮半分といった態でまくし立てた。
「……あんた、誇大妄想の気でもあるの?」
魔理沙の推理を頭から否定するように、霊夢が呆れたような声を発した。
「いやまあ、今のは言いすぎかもしれないけどさ」
魔理沙は頭を掻きながら、
「だが、尋常じゃないのは確かだろ。私は一般人扱いとしても、
 スキマ妖怪に蓬莱人、守矢の神と巫女に命蓮寺の住職、それに加えて博麗の巫女。ただの親睦会にしちゃあ、やけに物騒だ。
 ……紅魔館とか、地霊殿とかの連中がいないのも気になる。
 なんにせよまともじゃあない。何か重要な問題でもあったんじゃないか」
と、今度は先ほどより幾分冷静な思考に基づいて、その懸念を彼女に伝えた。
「まあ、普通ではないわね」
そうそっけなく返答したかと思うと、霊夢は、
「普通じゃないのは確かなんだけど……
 なんとなく、大したことじゃないような気がするのよ。何の胸騒ぎもしないし」
と、自らの心を訝しむような声で言った後、ただの勘だけどね、と付け足した。

 はて、と魔理沙は考えた。
霊夢の勘は、非常に良くあたる。そのことは今までの付き合いで判っている。
以前、霖之助を交えてそのことについて話したこともあった――どんな結論に達したかは忘れてしまったが。
その霊夢が、大したことじゃないような気がする、と言う。
本当にそれほど大きな問題ではないのかもしれない、とも思えるが、であれば、ここに呼び出された顔ぶれをどのように説明すればよいのか。
まさかこの面子相手に歴史の授業でもあるまい。……

 いろいろと思考を廻らせていると、彼女をここに呼び出した張本人である上白沢慧音が、稗田阿求とともに、奥の襖を開けて入ってきた。
阿求が座布団に座るのを見届けると、慧音は、あらかじめ用意していたと思しき演台に立ち、
「皆集まったようだな」
と呟くと、一度咳払いをして、座敷の一同に向かって、
「まずは、個々人の事情を押してここに来てくれたことに礼を言いたい」
と頭を下げた後、
「では、本題に入ろう」
改めて、これほどの顔ぶれを寺子屋に呼び寄せた用件を語りだした。


「アリス――アリス・マーガトロイドが、祭りの時期などに、人里で人形劇を催していたことは、皆知っていると思う」
 そう話し始めた慧音の言葉に、何人かが頷いた。
「彼女自身意識していた訳ではないだろうが、彼女の人形劇は、人間・妖怪間の関係を改善する手助けとなっていた」
それを聞いた魔理沙は、アリスが異類婚姻譚を好んでいたことを思い出した。
しかし、それは単に、その類の話が悲恋になりやすいことを、悲劇好きな彼女が好んでいただけであり、人間と妖怪のと橋渡しに、と考えて行ったことではなかったはずである。
魔理沙がそう考えている間も、慧音は説明を続ける。
「そういうわけで、今日の夏祭りでも、彼女に公演の依頼をしていたのだが――」
しかし、ここ数日、アリスは体調を崩して家で寝込んでいる。
別段性質の悪い病ではないのだが、熱が高く、人形劇などとてもできはすまい、とのことだった。
……なんとなく、碌なことにならないような気がする。
はっきりとした理由は分からなかったが、魔理沙はそんな予感を抱いた。
「そこで、だ」
話を一度区切り、慧音が座を見渡す。
「アリスの人形劇に代わる、人と妖怪の共存のために役立つような出し物を考えてほしい。
 そして、できれば協力してほしい」

 ……今、あいつはなんと言った?
魔理沙が状況を理解できずに唖然としていると、
「あら、面白そうじゃない」
という声が聞こえてきた。
見れば、永遠亭の蓬莱山輝夜である。ある種の諦念が混じった永琳の目や、思わず振り返った妹紅の視線も気に留めず、輝夜は、
「私、そういう意見を出したりするの、割と好きなのよ。この前永遠亭でやった月面展も私の発案だし」
と言葉を重ねた。
「そうね、じゃあ私もやってみようかしら」
こう言ったのは、賛意を示した輝夜に興味深げな目を注いでいた幽々子だった。
あっけにとられていた妖夢が「幽々子様!?」と驚きの声を上げたが、
「では、私達も協力しましょう」
と、白蓮らまでもが協賛の意を示したため、強く反対できなくなり、口を噤んでしまった。
紫は言葉こそ発していないものの、にやにやと厭らしい表情をしているあたり、反対はしていないらしい。
紫の隣で、これも沈黙を保っている藍は、先ほどの永琳と同じような諦めの表情を浮かべている。
諏訪子が「信仰を増やす機会になるかもしれないし」と言って賛成し、
さして興味のなさそうな神奈子が「まあ、いいんじゃないか」と返すと、早苗も若干戸惑いつつそれを請けた。
妹紅は輝夜への対抗心と慧音への義理から、彼女の要求を受け入れてしまったし、霊夢は呆れ果てたような顔をしつつも、否とは言わない。

 こうなっては、もはや魔理沙一人が反対したとてどうにもならない。
別に、「私は協力しない」と言って帰ってしまえばいいだけの話なのだが、それはどうにも恥ずかしいような気もする。
そんなことを考えていると慧音が、
「魔理沙、お前はどうするんだ?」
と聞いてきたので、仕方なしに、
「ああ、それじゃまあ、私も協力するよ」
と言ってしまった。
「そうか、皆協力してくれるのか」
慧音はかたじけないとでもいうような素振りで、
「重ね重ね礼を言わせてもらう」
と、深々と頭を下げた。
魔理沙はそれを見ながら、アリスの病気が治ったら、彼女に文句の一つでも言ってやろうと心に誓った。


 議論は行き詰まっていた。
出し物それ自体は、わりとあっけなく、
――人形劇は難しかろうが、普通の劇であれば。
というような適当な理由で、演劇に決まってしまったのだが、問題は、
――演目を如何にすべきか。
ということであった。

 子供にも解りやすく、それでいて教訓性のある話となると、なかなか見つからないのである。
その上、輝夜と妹紅は互いが挙げた案を片っ端から否定するわ、守矢の面々はどさくさに紛れて自分たちの神話を入れようとするわ、白蓮や星は小難しい仏教説話ばかり推すわ、阿求は国産み神話を劇に組み込もうとするわといった具合で、もはや収拾が付かなくなってしまっていた。
夏祭りが始まる時間まで、残り2時間余り。
慧音は、もはやこれまでかとばかりに天を仰いだ。

 そのときである。
突然、襖の向こうから、
「上白沢さんはいらっしゃいます?」
と問う声が響いた。
一同の視線が襖へ、次いで慧音へ移される。
慧音は少し驚いたようだったが、すぐに意義を整えると、
「その声は小兎姫殿だな」
と応じた。
「ええ」と声が応じたかと思うと、襖を開き、部下と思しき屈強な数人の男を率いた小兎姫が、長髪を揺らしながら座敷の中へ入ってきた。
彼女が突然訪ねてくるとは、さては何事かが起こったのか、と感じたらしい慧音は小兎姫に訊いた。
「人里で何かあったのか?」
「里に侵入しようとした妖怪を捕らえたのですけど。
 殺した方がいいかと思ったのだけど、このハレの日に妖怪の血を流すのもどうか、と考えて。
 そこで、上白沢さんの判断を仰ぎに来たのですよ」
「妖怪?」
「そう。今はとりあえず牢に閉じ込めているのだけど。殺してもいいかしら?」
そうしたら剥製にしてコレクションに加えたいのだけど、と付け足した小兎姫に、慧音は少したじろぎながらも、
「いや――とりあえず、その妖怪というのを、ここに連れてきて貰いたいのだが」
と言った。
「ええ、わかりました。……貴方、ちょっと行ってきて」
小兎姫がそう言うと、部下の男たちは彼女に向かって一礼し、きびきびとした動作で座敷を出て行った。

 少しすると、男たちが件の妖怪を連れて、この座敷へ戻ってきた。
(……お?)
魔理沙はその妖怪に見覚えがあった。
茶色を基調としたデザインの服と帽子、背中に広がる翼、特徴的な耳、鋭い爪――
夜雀のミスティア・ローレライである。
見覚えがあったのは慧音も同じようだった。
「おや、ミスティアじゃないか」
「う、うん」
「普段ならまだしも……いや、普段でも駄目だが――今日は夏祭りだから、人里には近寄るなと言ったはずだぞ」
「ええと、それなんだけど、なんというか……人間がたくさんいるから、ついなんとなく……いや、でも、別に悪い事をしようとした訳じゃないの」
二人の問答を聞いていた小兎姫が、
「なるほど、お二人は知り合いだったのね。……じゃあ、剥製にはしない方がいいのかしら?」
と、どこか残念そうな声で呟いたのを聞いて、ミスティアは慧音に、
「ねえ、もういいでしょ、家に帰らせてよ。体は痛いし、この人はなんか怖いし……もうしないから、ね?」
と懇願した。

 その時ふと、魔理沙の頭に、一つ浮かんだ考えがあった。
ミスティアに対して罰を与えるだけでなく、当面の問題を解決することにもなる妙案である。
魔理沙がその閃きを心中に携えつつ慧音の方を見ると、彼女も同じことを考えていたらしく、
――分かっている。
というような表情で、軽く頷いた。
慧音はミスティアの方に向き直り、
「ミスティア、お前を解放するのは構わないが、一つ条件がある」
と言った。


 午後八時半。
辺りは薄闇に塗り潰されている。
しかし、陽は没したとはいえ、夏の夜である。
八月のうだるような暑さは、篝火をちらと揺らす微風さえも生暖かくし、凡そ清涼感というものは皆無であったが、それにも拘らず、人里の広場に設けられた野外舞台の前には、大勢の観客が集まっている。

「なあ、そういえば、今年は何をやるんだ?」
 舞台の前に集まった観衆の一人が、噴出す汗を拭いながら、連れの男に尋ねた。
「さあ、わからんな。いつもなら演目が配られるはずなんだが」
「俺は何も貰ってないぞ」
「俺もだ。……なんでも、今年はあの人――アリスさんが、何かの病気で来られないらしいな」
「ああ、それは聞いた。それで、代わりに慧音さんがなにか出し物をやるとか……」
二人がこのように話していると、彼らの近くにいた男が突然、
「慧音さんだって?」
と意外そうな声を発した。
その男が、不思議そうな顔で、
「俺は、博麗のとこの巫女さんがなんかやるって聞いたぞ」
と言えば、また別の男が、
「いや、巫女は巫女でも守矢の巫女らしい」
と言い、それに続いて、
「俺は聞いたのは、命蓮寺の……白蓮さんだったか、あの人が法話をするとかなんとかって話だが」
とか、
「霧雨さんとこに昔、家出した娘がいたろ。あの娘が魔法を使って花火をするんだとよ」
とか、
「白玉楼の庭師が剣舞をするって聞いたが……」
とか、皆、いきなり会話に割り込んできては、各々勝手な事を言い募る。
他にも、紅魔の門番が武術の演舞をするだの、花の大妖怪が美しい花を咲かせるだの、果ては白玉楼の主が大食いの新記録に挑戦するだの――
要するに、誰も確かな事は分からない、ということである。

 彼らが、侃侃諤諤、これから誰によってどのような事が行われるのかと推理しあっていると、
「……――皆様、お待たせいたしました――……」
と、質の悪い拡声器特有の聞き取りにくい声で、未知の催し物の開演を告げるアナウンスが流れた。
「始まるらしいぞ。……結局、何をやるのだろうな?」
「さあ。聞いていれば判るだろうさ」
彼らの囁きを知ってか知らずか、音割れの激しいアナウンスは、今宵の演目を高らかに読み上げた。
「……――これより、上白沢慧音監督による、演劇を上演いたします――……」





『舌切雀』


ナレーション  今は昔、あるところに、心の優しい翁と、心の拗けた嫗が暮らしていた。
         二人には子供が無かったが、雀を一羽養っていた。
         翁はこれを大層可愛がったが、嫗は、飯の種にもならないこの雀のことを、疎ましく思っていた。

翁登場。舞台には雀の入った籠と嫗。

翁       今帰ったぞ。
嫗       おかえりなさい。
翁       ああ、なんとも疲れた。もう歩けん。
嫗       養ってくれる当ても無いのに、そんな様では困りますよ。
         お爺さんでなければ、誰が柴刈りに行くんです。
翁       そう言われてもな。歳ばかりはどうにもならん。

雀、籠の中で鳴く。

翁       おお、そうだったな、この子に餌をやらないと。
嫗       まったく、役にも立たないくせに、餌だけは一人前に食べる。
         罠にかかった鶴でさえ、娘となって恩を返すものを。
翁       おい、おい。その子が何をしたと言うんだ、
         人と同じだけ食うわけでなし。
嫗       ただの愚痴ですよ。私だって御飯を作らにゃならないのに、そいつは食うだけなんだから。

〔嫗退場、暗転〕






「ううん、さっきのナレーションは少し棒読みすぎたかしら……」
「し、仕方ありませんよ聖、こんなことをしたのは初めてでしょう」
「次の背景はそのままでいいんだっけ?」
「ええと……わかりません」
「とりあえず変えておくかい?」
「なんだか緊張してきたわ……」
「紫様は技術班なんだから緊張する必要ないでしょう」
「魔理沙はハケなくていいのかしら?」
「ああ、私はこのままでいいんだ。……いいんだよな?」
「……何で私に聞くんですか」
「ねー、私の出番まだー?」
「お前はまだだろ、ところで私の出番は?」
「姫様も妹紅も最後よ」
「霊夢さん、台詞は覚えましたか?」
「ちょっと待って、まだ……」
「おい、舞台のど真ん中に葛篭を置いたのは誰だ!?」

 俄仕込みの役者とスタッフたちが入り乱れ、舞台の上が阿鼻叫喚の様相を呈しているのを眺めつつ、ミスティア・ローレライは、本日何度目かの溜息を吐いた。
慧音が提示した条件とは、これから彼女が催す演劇に出演することであった。
さほど耐えがたい条件でもなかったため、ミスティアは一も二もなくその提案を受け入れた。
もとより彼女の目的は、祭りに八目鰻の屋台を出して新規顧客を獲得する――ひいては彼女の歌の聴衆を増やす――ことだったため、演劇で派手に活躍して目立つことができれば、本来の目的を成就することにもなると見たのである。

 彼女の参加が決まると、慧音と阿求はあっと言う間に台本を書き上げてしまった。
ミスティアはその手際に驚くとともに、数時間後に開演するにもかかわらず、まだ台本ができていなかったことに一抹の不安を感じた。
さらに、その演劇の題名が『舌切雀』であり、自分が演じる役が『物語後半における雀』であることを知って、その不安はいや増したが、
「まさか、今更やめるなどとは言うまいな?」
という慧音の説得、というよりかは恫喝を受けては、
「ま、まさかあ……」
と、引きつった笑顔で返すことしかできなかったのである。





翁登場。舞台には嫗。嫗は雀を掴んでいる。

翁       何をしてるんだ。
嫗       この憎らしい舌をちょん切ってやるんですよ。
翁       何だってそんな酷い事を。
嫗       この雀、私が洗濯のために作っておいた糊を、残らず嘗めてしまった。
翁       だからと言って、舌を切るなんて。余りにむごい仕打ちだろう。

翁、雀を放させようとする。雀、嫗の手から放れて飛び去る。

嫗       あっ。
翁       ああ、どこに行くんだ。待ってくれ、おおい。

〔翁退場〕

嫗   【独白】やれやれ、いい歳をして、今日か明日かと思われる老人を放って、雀を追い掛け回すなんて。
         紫の上も呆れ返ろう。
         そのうち帰ってくるだろう、飛び去った小鳥なんて、見つかるわけも無い。

ナレーション  可哀想な雀、嫗の手から逃れて飛び去っていった。
         翁はそれを追って外へ駆け出して行く。

〔暗転〕






「星、今のはどうでしたか?」
「ええ、雰囲気が出ていていいと思いますよ。……棒読みでしたが」
「次は竹林だよね」
「え、普通の森じゃ……」
「間を取って針葉樹林にしておこうか」
「手のひらに、人、人、人……」
「もう突っ込みませんからね」
「さ、魔理沙の出番は終わりよ。ハケてハケて」
「……なんでこいつは私を舞台から降ろしたがるんだ?」
「多分、最近新しく覚えた言葉を使ってみたいだけだと思うんで、気を悪くしないでください」
「次私の出番?」
「まだだっつーの」
「貴女もまだよ」
「ほら霊夢さん、もう出番ですよ」
「仕方ない、もうアドリブで行こうかしら」
「どうして背景が樹氷の森なんだ!?」

 一層深まる狂乱を尻目に、ミスティア・ローレライの不安もまた一層深まるばかりなのである。
本来舌を切られるべき場面で雀が無事に逃げ延びた事実は、後に雀を演じなければならない彼女の心に暗雲を投げかけた。
与えられた台本には最低限のこと――即ち、彼女が登場すべきタイミングと彼女が発すべき台詞しか記載されていなかった。
脚本担当兼監督たる慧音いわく、「舞台を盛り上げるため、ストーリーは多少改変した」とのことである。
また、「心配はない、公序良俗に基づいたストーリー展開だ」とも。
彼女はその言葉を無理に信用し、自分に割り当てられた台詞を覚える作業を続けることにした。





翁登場。

翁       ああ、どこへ行ってしまったんだろうか。
         見つけたとしても、あの子はもう戻って来るまい。
         しかし、許しては貰えなくとも、一つ謝らなければ気が済まぬ。

鬼登場。酒樽と大杯を持っている。

翁       のう、そこな鬼の方よ、雀が飛んでゆくのを見なかったかね。
鬼       見たさ見たとも、逃げ行く雀。
         枝にも止まらず飛んでゆく。
翁       どっちへ飛んで行った?
鬼       ただで教える訳には行かぬ、
         この酒七杯飲んでみよ。

鬼、杯を突き出す。

翁       そんなこと、人間にできるはずがない。
         お主のような鬼ならば別だが。
鬼       福島公に挑まれたるは、
         黒田武士たる母里太兵衛。
         大杯幾度も注いでは干して、
         日本号を賜った。
翁       ああ、仕方がない。あの子に会わねば死にきれぬ、飲んでみせよう。

翁、大杯に注いだ酒を七度飲み干す。

翁       さ、これでよかろう、どちらへ行ったか教えてくれい。
鬼       飛んで来たるは東の彼方、
         飛んで逃げたは西の方。
         西の彼方の雀のお宿、
         藪を通って往くがよい。
翁       ありがたい、これであの子に会うことができる。

〔翁退場、暗転〕






「ほら、もうすぐだぞ」
「う、うん」

 いよいよ彼女の出番である。
このときミスティア・ローレライの心中に去来した不安は、うまく演技できるだろうかという一般的なものだけではなかった。
台詞を覚えきっていないことを主張してみたりもしたが、「観客から見えないところにカンペを置いておいた」と一蹴されてしまった。





翁、左の舞台袖から登場。

翁       あの鬼が言った通りに藪を抜けてきたが、ここは何処だろうか?

雀の娘、右の舞台袖から登場。

雀の娘     あら、お爺さん、どうしてこんなところにいらしたのですか。
翁       逃げてしまった雀を探しているのだ。
雀の娘     その雀というのは、お婆さんに舌を切られそうになった雀ですか。
翁       そうだ、儂はあの子に婆さんの仕打ちを謝らなければならん。
         ところで、お嬢さんはなぜそんなことを知っているのかね。
雀の娘     実は、私がその雀なのです。
翁       なんだって、それでは、どうして人の姿をしているんだ。
雀の娘     私は妖怪なのです。怪我をして人の姿をとることができなかったのですが、
         お爺さんが養ってくれたお陰で、元のとおりに回復したのです。
翁       そうだったのか。いや、お前にはすまないことをしてしまった。
         儂があそこにいたら、あんなことはさせなかったものを。
雀の娘     どうか頭を上げてください。怪我が治った以上、いずれあなたの元を去らなくてはならなかったのです。
         こんなところまで来て、さぞお疲れでしょう。近くに私の家があります。どうかいらしてください。
翁       それでは、休ませてもらうとしよう。

〔翁と雀の娘退場、暗転〕


雀の娘、翁の手を引いて登場。

雀の娘     こちらです。
翁       うむ。

翁、用意された座布団に座る。 

雀の娘     大空を翔る大鷲にかけて、できる限りのおもてなしをさせて頂きます。

雀の娘、翁の前の食卓に豪華な食事を並べる。翁、礼を言って食べる。

翁       そろそろ帰らなければ。日が暮れては無事に帰りつける気がしない。
雀の娘     それは残念ですが、確かに夜道は危険です。
         それでは、せめてお土産をお持ちください。
         北国に舞う美しい鶴にかけて、豪華なお土産を用意いたします。

雀の娘、大きい葛篭と小さい葛篭を持ち出してくる。

雀の娘     米国部族の崇める雷神鳥のように大きな葛篭か、
         偉大な学者に着想を与えた小鳥のように小さな葛篭か。
        どちらか一つをお持ちください。
翁       儂は年老いて、力は萎え、足腰も丈夫ではない。小さい方をもらっていこう。

翁、小さい葛篭を背負う。

雀の娘     それでは、お気をつけて。

〔翁退場、暗転〕






「星、よく頑張りましたね。ゆっくり休んでください。」
「いえ……まだ登場する場面はありますよ」
「なんか飽きてきたなあ……背景変えるだけだし……」
「諏訪子様、それを言ってしまっては……」
「これ、カーテンコールとかあるんだろうね?」
「大きい葛篭に通じるスキマを開けばいいのよね?ね?」
「私に聞かないでください」
「妖夢、舞台に上ることは何て言うのかしら」
「え……いや、知りませんよ」
「特殊メイクこんな感じでいい?」
「そ、それはちょっとやりすぎじゃないか?」
「子供泣きますよそれ」
「まさか全部アドリブで通すとは思いませんでしたよ」
「うん、我ながら予想外だったわ」

付け焼刃とは言え、多少は慣れてきたと見えるスタッフたちが所狭しと動き回る中、最初の出番を終えたミスティア・ローレライは、迂闊にも少し気を緩めてしまった。
そのため、監督の慧音と嫗役の魔理沙が、何事か話し合っていたのにも気が付かなかったのである。
とはいえ、何が企まれているのか知ったとしても、雀役が他に回るだけで、彼女自身は同じ運命を辿ることになっただろうが。





翁登場。舞台には嫗。

翁       今帰った。
嫗       雀は見つかったんですか。
翁       ああ。あの子は妖怪だったらしい。
嫗       なんですって。
翁       いや、悪い妖怪ではないよ。その証拠に、わしを良くもてなして、土産までくれたのだ。
嫗       その葛篭ですか。
翁       うむ。大きいのと小さいのを選べといわれたのだが、大きいほうは持って来れそうもないので、小さいのを貰ってきた。

翁、小さい葛篭を開ける。葛篭の中には金銀財宝が入っている。

翁       なんと、こんなに良いものが入っていようとは。やはりあの子は善い妖怪だったのだろう。
嫗       まったく、もったいないことをしましたね。大きいほうを貰って来ればよかったものを。
翁       そんなに欲張るものではない。初見スペルを無理に取得しようとして抱え落ちするより、ボムを使ってでも安全にクリアしたほうがいいだろう。
嫗       そんなだからいつまでたっても上達しないで、ノーマルシューターなんですよ。
翁       まあ、そう言うな。
嫗       それで、その雀の家はどこにあったんですか。
翁       ああ、ここから西に行ったところに藪がある。その藪を通り抜けた先だ。
         しかし、そんなことを聞いてどうするんだね。
嫗       私も行って、大きいほうを貰ってきます。
翁       待て、外はもう暗いぞ。危ないから戻ってきなさい。

〔嫗退場、暗転〕






 ミスティア・ローレライは、舞台裏で慧音が妖夢に何事か言い含めているのを視認したが、それが何だったのか確かめる間もなく、
「ほら、次、あんたの出番でしょ」
と、霊夢によって舞台袖へ押し出されてしまった。





嫗、左の舞台袖から登場。

嫗       お爺さんが言った通りに西の藪を抜けてきたけれど、ここは何処だろう?

雀の娘、右の舞台袖から登場。

雀の娘     あら、お婆さん、どうしてこんなところにいらしたのですか。
嫗       逃げてしまった雀を探しているのさ。
         ひょっとして、お嬢さんが私の雀かね。
雀の娘     ええ、実は、私がその雀なのです。

嫗   【独白】ああ、それでは、妖怪だというのは本当だったらしい。
         早いところ、土産をもらって帰らなくては。
         護身用に鋏を持ってきて正解だった。

嫗       お爺さんにお前の話を聞いてね、私も謝らなければと思ってここまで来たのだよ。
         ここまで歩いて来て疲れてしまったから、お前の家で休ませておくれ。
雀の娘     ええ、構いませんよ。どうぞ、こちらです。

〔嫗と雀の娘退場、暗転〕


雀の娘、嫗の手を引いて登場。

雀の娘     こちらです。
嫗       はい、はい。

嫗、用意された座布団に座る。 

雀の娘     かつて大地を駆けた恐鳥にかけて、出来得る限りのおもてなしをさせて頂きます。

雀の娘、嫗の前の食卓に粗末な食事を並べる。嫗、急いで食べる。

嫗       そろそろ帰らなければ。余り長居しても良くないし。
雀の娘     それは残念です。
嫗       どれ、お爺さんにやったお土産というのはどこかね。
雀の娘     少々お待ちください。
         ベンガルに飛び交う禿鷲にかけて、豪華なお土産を用意いたします。

雀の娘、大きい葛篭と小さい葛篭を持ち出してくる。

雀の娘     中華の英雄と対峙した大風鳥のように大きな葛篭か、
         花の蜜を吸う南国の蜂鳥のように小さな葛篭か。
         どちらか一つをお持ちください。
嫗       勿論、大きい方を貰おう。

嫗、大きい葛篭を背負おうとする。雀の娘、それを止める。

雀の娘     大きい葛篭を持って帰るには、今の山道はあまりに暗すぎます。
         どうです、今日は一旦手ぶらでお家へ帰って、
         明日、もう一度お越しくださっては。
嫗       いや、大丈夫だとも。心配しなくていい。
雀の娘     でしたら、一晩この家に泊まっていってはいかがですか。
嫗       えい、構わないといっているのに。
         そんなに大きい葛篭を持っていかれるのがいやか。
雀の娘     そんなことは。
嫗       それでは、私をここに泊めて、寝ている間に食ってしまおうというのかえ。
         やはり妖怪よ。お爺さんは善い妖怪などと言っていたが、そんなものがいるものか。
雀の娘     なんてことを仰るのです。
         私は、お婆さんが心配だからこそ。
嫗       ええい、喧しい。私を欺こうとするのはその舌か。

嫗、雀の娘を組み敷く。






 雀の娘役であるミスティア・ローレライは、嫗役の霧雨魔理沙によって、舞台の上に押し倒された。
こんな展開は、彼女に渡された台本には書かれていなかった。魔理沙のアドリブであろうかとも思ったが、
「悪いな」
と呟いて鋏――それもかなり大きく鋭利な――を右手に構えた彼女を見て、今まで抱えてきた不安が現実として現れたことを知った。
「う、嘘でしょ?」
「いいや、本当だぜ。……恨むんなら、この展開を考えた慧音と阿求を恨むんだな。私は関係な……くもないが」
魔理沙はそう嘯くと、空いた左手でミスティアの口を無理やり開かせようとする。
いよいよまずいと思ったミスティアは、彼女の体の上に馬乗りとなった魔理沙を、全力で撥ねのけようとしたが、
(なっ、なんで!?魔理沙に――人間に、力でかなわないなんてこと、あるはずないのに!)
単純な膂力では圧倒的に勝っているはずの相手なのだが、どうしたことか、払いのけることができない。
彼女は知らない。
先ほど霊夢が彼女を舞台袖に押し出したとき、彼女の背中に一枚の札が貼り付けられたことも。
また、その札には、妖怪の力を封じる力があることも。

「あがあああああぁぁぁぁっ!」
 ミスティアの小さな口がこじ開けられ、その中にあった可愛らしい舌が引っ張り出される。
余り無理に引き出されたので、舌の裏の筋が裂けてしまったらしく、鋭い痛みが走ったかと思うと、下顎を生暖かい液体が流れ落ちていった。
魔理沙は極めて冷静に、刃渡り三寸以上はあろうかという大きな鋏を開き、その白刃を彼女の舌に這わせた。
舌に伝わる鉄の感触は、本来の温度よりも遥かに低く、彼女の心を凍りつかせるほどに冷たく感じられた。
「準備はいいか?」
魔理沙の言葉もまた冷たく、
「え゙あっ!?あえええええええっ!」
ミスティアの抗議も懇願も、意味のある言葉とはならない。
冷たい刃物を持った冷たい目の魔理沙が、
「じゃあ、いくぞ」
これ以上ないほどの冷たい言葉を発した。

ぞりっ

「あ」
 最初に違和感、
「ん。……舌って思ったより硬いんだな」
一瞬遅れてひんやりした感覚、
「あああああああああ―――――――っ!」
最後に熱と取り違えんばかりの激痛。

 余りに激烈な痛みから逃れようと体を捩るも、魔理沙に押さえつけられているため、のた打ち回ることすらできない。
「悪い、思ったより丈夫で上手く切れないんだ。刃の根元で少しずつ切るぞ」
ミスティアの絶叫もどこ吹く風、魔理沙は真剣な表情で彼女の舌を切り落とそうとしている。
魔理沙の無情な言葉が耳に入らなかったのは、彼女にとって幸運なことだったか、それとも不運なことだったか。

じょき
「えげっ」
四分の一。

じょき
「あ゙ええええっ!」
五分の二。

じょき、じょき、じょき
「いぎいいいいいいい!!」
二分の一、五分の三、四分の三。

少しずつ刃を進めていく。
そして、

じょきん
「っっっ―――――――――あ゙」
 彼女の舌は、完全に切断された。

「あ゙あああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁ――――――――――――っっっっ!!」

観客たちは、ミスティアの迫真の演技――少なくとも彼らにとっては――を、食い入るように見つめている。
子供たちは目に涙を湛え、大人たちは顔を青褪めさせながらも、目を離すことができないのである。

 大仕事を終えた魔理沙は少しの間放心していたが、




ナレーション  残酷な嫗は、雀の舌を切り取ってしまった。
        可哀相な雀、あれではもう歌えない。





という白蓮のナレーションを聞いて、すぐさま彼女の役割に立ち返った。




嫗       ふん、いいざまだ。これでもう人を騙すことも、食べることもできまい。

嫗、大きい葛篭を背負って駆け出す。

〔嫗退場、暗転〕






 暗転した舞台の上でのた打ち回りながら痛みに耐えるミスティア・ローレライが最後に見たものは――

「星、あれは演技なのですよね?あの娘、どうも本当に痛がっているように見えたのですが……」
状況に疑問を抱いているらしい白蓮、
「……ええ、演技ですよ。見事な演技でしたね」
真実を知りながら、それを隠そうとする星、
「あれ?森の背景どこやったっけ」
あくまでも自らの役割を全うしようとする諏訪子、
「諏訪子様、それより早く血を……」
今にも倒れそうな顔で舞台の血糊を洗い流そうとしている早苗、
「早苗、大丈夫かい?無理してるんじゃあ……」
そんな早苗を心配する神奈子、
「葛篭の中行きのスキマ、用意できたわよ」
緊張したふりを止め、いつもと同じ表情で次幕の準備を整えた紫、
「わかりました、皆に伝えてきます」
こちらもいつも通り、紫の忠実な従者の顔に立ち戻った藍、
「よーし、じゃあいってくるわね」
ようやくの出番に奮い立つ輝夜、
「いや、合図があってからだぞ」
先走り気味の輝夜をたしなめる妹紅、
「変なタイミングで出て行かないでくださいね」
主が失態を犯さないかと気が気でない永琳、
「お疲れ様……と、あんたはまだ出番あるんだったわね」
自分の出番が終わってすっかり気が緩んでいる霊夢、
「ああ、正直もう疲れたんだがな……」
霊夢とは対照的にまだ気を抜くことのできない魔理沙、
「で、どういう風に料理するの?」
目を輝かせながら、慧音に何か質問している幽々子、
「ああ、オーソドックスに焼き鳥にする予定だ」
幽々子の質問に答えてやる慧音、
「じゃあ、妖夢さん、お願いします」
何事か依頼する阿求、
「はい、お任せください!」
何事か承って何かを振りかぶった妖――





嫗、大きい葛篭を背負って登場。

嫗       はあ、はあ、さすがに疲れてしまった。
         ここらで少し、休んでいこう。

嫗、路傍の岩に腰掛け、葛篭を下ろす。

嫗       しかし、どんなものが入っているのだろう。
         お爺さんの小さな葛篭でさえ、あんな宝物が入っていたのだから、
         きっとこの葛篭には、もっと素晴らしい宝が入っているに違いない。
         どれ、少し覗いてみようか。

嫗、大きい葛篭のふたを開ける。
妖怪たち、葛篭の中のスキマを通って飛び出す。

嫗       ひえっ。
妖怪1     強欲な婆ァめ、恥を知れ。
妖怪2     暴戻、獰悪、非道な奴よ。
妖怪3     哀れな雀の舌を切ってなお、宝物を望む貪婪な老人。
妖怪4     絶対に許せぬ、報いを受けよ。

〔暗転〕

ナレーション  嫗は悲鳴を上げ、必死に逃げた。無事家に辿り着いたものの、その顔は真っ青で死人のようであった。
         心の拗けた嫗は三日後、百倍の報いを受け、苦しんで息絶えたという。

〔閉幕〕






 午後九時半。
激しい暑気は一向に衰えず、無数に瞬く星々も、熱気に煙るかと思われるほどである。

 演劇は終わり、舞台は片付けられたが、広場にはまだ沢山の人々が留まっていた。
演劇の余韻を味わう者、閉幕後に振舞われた焼き鳥を頬張る者、友人たちとともに酒盛りを始める者。
皆それぞれ、様々な形で祭りを満喫していた。

 霧雨魔理沙は、そんな人々の間で、霊夢と冷や酒を酌み交わしていた。
先刻の演劇で、「悪い嫗」という重要な役を見事やり遂げたにもかかわらず、その酒はあまり旨く感じられなかった。
 彼女が嫗の役に抜擢されたのは、ひとえに彼女が人里と縁遠かったからに他ならない。
命蓮寺と守矢、それに永遠亭や霊夢などは、「悪役をやると人里の心証が悪くなる」との理由で、紫や幽々子は「たとえ演劇でも、老人の役はやりたくない」というくだらない理由で辞退した。
そこで、年若く、人里の人間たちの心証を気にする必要のない魔理沙に白羽の矢が立ったのである。

「……ふう」
 ため息を一つ吐いて、酒を呷る。
結局のところ、ミスティアは嵌められたのである。
慧音にも阿求にも、また白蓮を除く他の面子にも、彼女を無事に帰らせるつもりなどなかった。
『舌切雀』の話の教訓性は勿論、彼女を使えば本当に『舌』を『切』ることができる。
多少芝居が下手であろうと、そのシーンは真に迫ったものとなるだろう。
目の肥えた大人たちも、その芝居の出来に感嘆するはずだ……
その思惑は見事的中し、芝居は大喝采のもとに幕を閉じた。

「いやあ、あの雀役の娘、すごい演技だったよな」
 隣の車座から、そんな声が聞こえてきた。
「そうだな。あの娘、役者かなんかなんだろうか?」
「さあ。でもあの娘、どこいったんだろう。舞台の片付けのときには、もういなかったよな」
――あんた方が今旨そうに食ってる焼き鳥が、その娘の成れの果てだよ。
とは、さすがに言えなかった。
どうせ死人に口なしである、黙っていれば誰にも気づかれない。
これが御伽噺の世界であれば天罰が下ろうが、ここは現実世界である。
損をするのは被害者ばかり、憎まれっ子は世に憚るのだ。

 魔理沙が幾分温くなった酒を呷っていると、彼方から見知った顔がこちらに向かって歩いてきた。
彼女の兄弟分たる森近霖之助である。
「やあ魔理沙。どうにも浮かない顔じゃないか」
「ええ、魔理沙ったら、ずっとこんな感じなのよ」
「私だってセンチメンタルな気分になるときがあるんだよ。ほっといてくれ」
「……これだもの」
呆れたような顔をする霊夢と、拗ねたようにそっぽを向いてしまった魔理沙に、霖之助は苦笑しながら、
「それは困ったな、今、魔理沙に会いたいという人がいるんだが」
「私に?」
兄貴分の意外な台詞に、魔理沙は驚きを隠せなかった。
「きっとあなたのファンよ、さっきの演劇を見て感動しました、結婚してください!とか」
素面のような顔をして割と酔っているらしい霊夢の冗談を受け流し、魔理沙は、
「その人って、誰だ?」
と、何か含み笑いをしている霖之助に尋ねたが、
「君もよく知ってる人だよ」
と言うばかりで、何も教えてくれなかった。
 どんなことでも一度気になると、知りたくて仕方なくなってしまう性格の魔理沙が、煮え切らない態度の霖之助に業を煮やしていると、突然、彼が後ろを振り返って、
「……お、来た」
といって、手を振り始めた。
「……ああ、こっちです、親父さん」


 霧雨魔理沙は、困り果てていた。
霖之助が連れてきた『会いたいという人』とは、彼女の父親だったのである。
これが普通の親子であれば会話が弾むのだろうが、彼女は勘当同然で家出した身である。
話が弾むどころか、出会ってから十分経った今に至るまで、会話は一言も交わされていなかった。
二人から少し離れたところにいる霊夢は、俯いた魔理沙を複雑な顔で見ている。
霊夢の隣に佇んでいる霖之助は、無言で二人の姿を眺めていた。

「……お前、戻ってくる気はないのか」
 先に口を開いたのは、彼女の父親であった。
「……無理だな。私には商売の才能はないし、……魔法の研究を、続けたいんだ」
魔理沙の言葉に、父は少し頷いた。
「……それに、私はもう勘当されたんだ。もう、あんたの子供じゃない」
霊夢の表情が、心配そうなものに変わった。霖之助の表情は変わらない。
「確かに、そうだ」
自分で言ったことなのに、それを肯定するような父親の言葉に、少し胸が痛んだ。
「わかったんなら、早く帰ってくれ」
突き放すように言ったが、彼は去ろうとはしなかった。

「酒を、飲まないか」
「え?」
 彼の唐突な言葉に、彼女は呆気にとられたように父親の顔を見上げた。。
「俺とお前が他人だったとしてもだ。一緒に酒を飲み交わすことに、何の問題もあるまい」
「……」
「まして今日は祭り。無礼講だ」
そう言って魔理沙のほうを向いた父親の笑顔は、彼女が小さいころに見たそれと、まったく同じものだった。
「……ああ、そうだな。無礼講だ」
「一緒に飲んでくれるか、『お嬢さん』?」
「勿論さ、『親父さん』」

 一陣の涼やかな風が、広場を吹き渡っていった。
『他人』と酌み交わした酒は、先刻の酒と同じとは思えないほど、芳醇であった。
ここまでお読みくださり、ありがとうございます。
これが二作目となります。
まだ慣れておらず、見苦しい点もあると思いますので、誤字脱字や「こうした方がいい」「これは止めた方がいい」という点があれば御指摘願います。

グロ描写って難しいですねえ……
タイトルには現実とか書きましたが、幻想郷なので、全員死後に報いを受けることになると思います。
最後はわれながら蛇足だった……

追記:少し改行の仕方を変えました。読みにくくなってしまったら申し訳ありません。
一行一行の文章が長すぎるのかな……


以下、コメント返信

>>1
人里の人間たちは大人も子供も産廃住民みたいな人たちなので問題ありません

>>2
あー、屋台の客のことを考えてなかった……

>>穀潰しさん
ありがとうございます。グロ描写はもっと練習しないと……
諏訪子様はミシャグジ様と早苗さんと神奈子様に任せっきりで、自分は(割と適当に)指示を出してるだけなのです。

>>4
ほとんどの観客はミスティアに気をとられて魔理沙のほうを見ていないので……
そういう意味では魔理沙もちょっと可哀想かな、いやそんなこともないか

>>5
何だかわからなかったので検索しました
アサシンクリード面白そうですね、箱○もPS3も持ってないから買えないけど……

>>6
不憫ですなあ
だがそれがいい

>>7
うーん、どうなんでしょう……
とりあえず、ハッピーエンドっぽくしたかったのです
占任
作品情報
作品集:
11
投稿日時:
2010/02/11 00:37:54
更新日時:
2010/03/14 01:54:00
分類
ミスティア
グロ
魔理沙
無駄に長い
1. 名無し ■2010/02/11 01:34:51
人里の子供の大多数がトラウマになって心がすさんで人里は荒廃していくんですねわかります
2. 名無し ■2010/02/11 01:51:07
萃香や文を始めとした屋台の常連客が怒って、慧音をビフテキにするんですねわかります
3. 穀潰し ■2010/02/11 03:39:51
擬音と描写で光景が想像できて舌が痛いです。
翁の葛籠に対する喩えが的確すぎて吹きました。
でも諏訪子様、これだけは言わせてください。

裏方が暇になることはあり得ません。
4. 名無し ■2010/02/11 09:17:33
魔理沙も迫真の演技をしなけりゃ片手落ちだよ
5. 名無し ■2010/02/12 00:15:48
こいつらアサシンブレードで滅多刺しにされればいいのにと思った
6. 名無し ■2010/02/12 07:55:59
夜雀が不憫じゃ
まさか人間に食われるとは
7. 名無し ■2010/02/14 22:01:08
実は、蛇足の所が一番書きたい所だったりして
名前 メール
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