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『東方スカ娘「純愛の証」』 作者: pnp

東方スカ娘「純愛の証」

作品集: 12 投稿日時: 2010/02/15 10:15:58 更新日時: 2010/02/28 10:22:05
「ところで、もうすぐバレンタインデイですね!」

 あまりに不自然かつ唐突な射命丸文の一声に、場が一瞬にして静まり返った。
 静まる前に展開されていた、秋静葉と風見幽香の「紅葉と桜、どちらが人間に人気があるか」と言う口論など、文にとってはどうでもよかったのだ。
そんなことよりまず、「バレンタインデイ」と言うイベントの存在を、彼女は自身の想い慕う者に知らせる必要があった。
 一先ず話の腰を折る事ができたのはよかったが、あまりに不自然すぎたかと、文は心の中で呻いていた。
どうすれば「紅葉vs桜」と言う話題から、バレンタインデイと言う話題が生まれてくるのか。

 しかし、静葉と幽香の一触即発の雰囲気に冷や冷やしていた者もいたようで、文はそれに助けられた。
 二人の争いを傍で見ていた、人間である霧雨魔理沙と東風谷早苗は、大喧嘩の勃発を危惧していて、どうにかそれを阻止したいと思っていたのだ。
魔理沙は酒が不味くなるのはごめんだと言う理由で。早苗は純粋に、静葉と幽香が大暴れしたら怖いからと言う、とても人間らしい理由を持っていた。
 きっと文の不自然な話題の転換は、起こりうる争いを回避する為のものだったのだろうと、二人は完全に勘違いしてした。
「おお、そう言えばそうだな! なあ、早苗!」
「えっ? あ、はい! そうですね! もうすぐバレンタインデイです!」

 ピタリと止んだ二人の口論。
その静寂の中で、伊吹萃香が首をかしげた。
「何それ? なんかいい日なの?」
「バレンタインデイと言うのはですね、女性が大切な人にチョコレートを上げる日の事です」
 早苗がそう説明を入れると、萃香はふんと鼻を鳴らした。
「チョコレートぉ? なぁんだ、酒の肴にもなりゃしない。つまんなーい」
「お酒入りのチョコレートもありますけど」
「え!? 何それ何それ! 話聞かせて!」
 その場にいた全員の視線が早苗に集まる。
少し照れくさそうにこほんと咳をし、早苗はバレンタインデイについての説明をし始めた。
 文はその聞く振りをしつつ、チラリと視線を横に逸らした。
「(よかった。やっぱり聞いてますね)」
 チルノが早苗の話に聞き入っているのを確認し、文は安堵した。
ここまでは、全て彼女の想定通りの展開であった。



 早苗が説明をし終えた所で、チルノが即座に手を挙げ、叫んだ。
「みんな、あたいにチョコ頂戴ね!」
 妖精は精神的に幼いので、お菓子を只でもらえるらしいバレンタインデイをすっかり気に入ってしまったようだった。
欲しいと宣言しておけばもらえるものだと思ったのだろう。
 しかし、魔理沙が苦笑を交えて言った。
「おいおい。バレンタインデイは大切な人にチョコレートをあげる日だぜ?」
「え!? あたいの事、大切だと思ってくれてないの!?」
「そうじゃなくて……。何て言うか、方向性の違いだよ。お前が嫌いな訳じゃないが、渡す対象にはなりえないんだよ」
 相応しい言葉をそのまま出すのが恥ずかしいらしい魔理沙は、こう説明した。
当然、チルノには、魔理沙の言いたかった事は伝わっていない。
「じゃあ魔理沙は誰にあげんのさ」
「え!?」
「渡す対象になりえる人って誰?」
「そ、そりゃ、お前、わ、わたっ、私は……」
 顔を真っ赤にしてうろたえる魔理沙を、チルノ以外の全員がニヤニヤしながら見つめていた。
視線に感づいた魔理沙は更に顔を赤くしてしまい、「風に当たってくる」と言ってあっと言う間にその場を退散してしまった。
 結局何も解決しなかったチルノは、別の者に『渡す対象になりえる者』のヒントを求めだした。
「霊夢の大切な人って誰?」
「ん? 私?」
「うん。そこからあたいが考えて、あたいにチョコくれそうな人を見つけ出してやるんだから」
「そうねえ。んー……」
 顎に手をあて、空を眺めつつ、霊夢は暫く考え、
「……別にいないかも」
「えー!?」
 チルノが叫んだのは当然の事だったのだが、何故か吸血鬼や小鬼や花の妖怪の声まで混じっていた。
 チルノは首を傾げながら、自分と同時に声を上げた三名を振り返った。
極度の羞恥によりその場にいられなくなった三名も、即座にその場を後にした。


 なかなか解決しないチルノは、困り果ててしまった。
「誰だー! あたいにチョコくれる人ー!」
 その様子をじっと見ていた文が、ようやく動いた。
ぽんとチルノの肩を叩く。
「ん? 何、文」
「そんな調子じゃあ、チョコなんて一つももらえませんよ?」
 いつもの嫌味っぽい笑みを浮かべつつ、文はそう言った。
その言葉を受けたチルノの口がへの字に曲がった。
「何をー? じゃあ文は『渡す対象になりえる者』の意味が分かってんの?」
「勿論。それはずばり、『愛する人』です」
「あいするひと?」
 ほほう、とチルノは、興味深そうに文の言葉に耳を傾けだした。
「魔理沙さんがあなたにチョコを渡せないのは、好きだけど愛してはいないから、ってことです」
「なるほど。じゃああたいを愛してくれてる奴を探せばいいのね?」
「そうなりますけど、たぶんいないと思いますよ」
「霊夢! あたいの事愛してる?」
「いや、別に。と言うか、全然」
「……」
「ほら見なさい」
 文は団扇で口元を隠しつつ、くすくすと笑う。
チルノも愛してるの意味くらいは理解しているようで、しかもそれが一朝一夕では作られない感情であるという事にも気付いていた。
チョコレートの望みが薄らいできたのを感じたのか、がっくりと肩を落としてしまった。
 そんなチルノを見て、文は言った。


「どうしてもって言うなら、私があげてもいいんですよ?」


 
 霊夢は手に持っていたコップを落とした。プラスチック製なので割れる事はなかった。
 早苗も信じられないと言った様子で文を見つめる。
 チルノも唖然として、文を見上げた。
「な、何? あんた、あたいの事愛してるの?」
「そんな訳ないでしょう。外界で大流行している『友チョコ』ですよ」
「ともちょこ?」
 チルノが首を傾げる。
文は文花帖を開き、外界の文化をメモしたページを読み上げる。
「女の子の友達同士でチョコレートを渡す事です。ねえ、早苗さん?」
「え? あー、すいません。私、あんまり友達いませんでしたから、その辺のことは、ちょっと」
「……とにかく、こういう文化があるんですよ。これなら愛してなくてもチョコを渡せると言う訳です」
「なるほどー」
 再び輝きだしたチョコレートへの希望に、チルノの表情が一気に明るくなった。
「友チョコなら霊夢もあたいにチョコくれるよね!」
「嫌。めんどい」
「いいから、どんなちっこいのでもいいから!」
「じゃあ板チョコの銀紙あげるから、舐めてなさい」
「よっしゃ! 任せて!」
「そんなのでいいんですか、チルノさん」
 あまりに酷い霊夢の提案に文が口を挟んだ。
「まあ、その様子だと、友チョコの件も絶望的ですね。あなたの仲間の妖精にチョコを買う財力があるとは思えないし」
「どうしよう! あたい餓死しちゃう!」
 どうやらチルノは、バレンタインデイの日はチョコレートしか食べない予定でいるらしい。
本来妖精は物を食わずとも生きていけるが、単純な妖精の思考回路だと、餓死すると思えば本当に餓死しかねない。
 文は、呆れたようにため息を付いた。
「仕方がありません。かわいそうなあなたの為に、私がチョコを用意してあげますよ」
「本当!? 文!」
「私が嘘をつくと思いますか?」
「思うけど、今回は思わない!」
「何か嫌な感じですね……」

 こうして文は、チルノにチョコレートを渡す約束をした。

*

 妖怪の山にある自身の寝床で、文は息をついた。
「どうにかチルノさんに、チョコレートを渡す約束を取り付けることができました」

 あの宴会の場で文は、さも「チルノが可哀想なので、仕方なくチョコを渡してあげることにした」と言う風に約束をしたが、
あれは彼女の本心の全く逆を行くものであった。
実際文は、チルノにチョコを渡したくて渡したくて仕方がなかったのだ。
 彼女のチルノに対する感情は、もう「友チョコ」のレベルを完全に超えるものであった。
しかし、彼女は天狗で、チルノは妖精。
幻想郷の中でも強大な力を持つ天狗が、最下層である妖精に恋をしたなど、そう簡単に言えたものではない。
他の天狗たちの新聞のネタに使われてしまうことは必至である。
 バレンタインデイに秘められた効果は弱まってしまうであろうが、約束をするにはこうするしかないと、文は思っていた。
少々不自然だったかもしれないが、どうにか自分の真意を周囲に知らせる事無く約束を取り付けることができて、彼女は心底安心していた。
 これと言った不備も見当たらず、文は一人、夢見心地だった。
これで、チルノとの距離が少しでも縮まればいい――そんな事を思っていた。

 しかし、それを良しとしない者が存在した。
 帰還早々、やけに機嫌のいい文に不信感を抱き、そっと彼女を観察している者がいたのである。
文の独り言も一字一句逃さす聞いていた彼女は、悔しさとかいろんな感情を拳に込め、ギリギリと握り締めていた。
「おのれ、あの氷の妖精……。文様を誑かすとは、なんと恐れ多い……!」
 文を観察していた者とは、犬走椛であった。
彼女にとって文は、憧れの上司であり、そして想い慕う存在でもある。しかし文はそんな事は露知らず、チルノに夢中である。
 天狗である椛の恋が、妖精であるチルノに阻まれている――
天狗としてのプライドが、そして、文への燃え滾る恋心が、そんな事を許す筈がなかった。

 文の寝床を離れ、椛は自身の持ち場へと向かう。
「見ていろ妖精文様は渡さないんだから文様は私のものだ絶対に誰にも渡すものかああえいくそ何がバレンタインデイだ鬱陶しい消えろ消えろ消えてしまえ幻想郷にすら忘れられて完全消滅してしまえばいいんだわ」
 ぶつぶつと呪詛を唱えながら、椛は見張りの仕事を再開した。


*


 バレンタインデイ当日。
 文がチルノと会う約束をした時間は、午後三時である。
いかにも子どものお菓子の時間、と言った感じがするからだ。
場所は人通りの少ない魔法の森の一角を選んだ。チョコを渡す瞬間を目撃されて、変な誤解を招くのを防ぐ為である。
「まだまだ時間はありますね」
 幻想郷には冷蔵庫がない。チョコレートを冷やしておく環境が、妖怪の山にはない。
だから文は、チルノに渡すチョコレートは、渡す直前に購入するつもりでいた。
故に彼女はまだ、渡すためのチョコレートを持っていない。
「ふう。おかしい……どうしてこんなに緊張しているのかしら」
 高がチョコレートを渡すだけの事ではないかと、文は自分に言い聞かせた。「愛してる」と言った類の言葉を添える予定も無い。
しかし、高がそれだけの事と言えども、愛の告白である事には変わりはない。
 一人、午後三時のシミュレーションをしていると、

「あ〜やさまっ」
 椛が現れた。
「椛、どうしたの」
「どうしたもこうしたも、今日はバレンタインデイですよ」
「知ってるけど」
「ならばいいのです。さあ、チョコをどうぞ」
 そう言いながら椛は、文にチョコを手渡した。
「まあ。ありがとう」
「どういたしまして。ところで文様は、もう皆さんにチョコはお渡ししたんですか?」
「え?」
 椛の一言に、文は目を見開いた。
「ど、どういうこと?」
「えー? まさか文様、仲間の天狗の皆さんにチョコをお渡ししないつもりだったのですか?」
「……わ、渡すべき、なの?」
「あったりまえじゃないですかぁ!」
 椛は握り拳を作って語りだした。
「学校や職場などでお世話になっている全ての方にチョコを渡すのなんて、外界の社会の基本中の基本中の基本中の基本中の基本ですよ」
「う、うそ……」
「私は渡しておくべきだと思いますよ。無論、皆さんに」
「椛は、みんなに?」
「勿論」
「……」

 はっきり言って、文はそこまで多くの金を持っている訳ではない。
チルノに買ってあげる予定だったチョコレートで精一杯である。
しかし、椛が言うには、職場の仲間にチョコを渡すのは基本だと言う。
 彼女だって、天狗の形成する社会の中で生きる者である。故に、社会的地位の確立や保持は、極めて重要な事項だ。
椛の言う事が本当だとしたら、このままいくと文は、職場での信用に支障をきたす事になる。
恋の成就の為に、彼女は大なり小なり社会的地位を失ってしてしまうのである。
いくらなんでもそれはゴメンだと、文は慌てて配る為のチョコレートを買いに飛び出した。



「嘘をついたことをお許しくださいね文様。しかし、私だってあなたを奪われたくはないんです」
 配る為のチョコレートの購入の所為ですっからかんになった財布を撫でながら、椛は呟いた。


*


 午後二時四十分。
 紅魔館付近の湖から、チルノが飛び立とうとしていた。
しかし、彼女の友人である大妖精は、とても心配そうな顔をしていた。
「チルノちゃん、大丈夫?」
「あ、あんまり大丈夫じゃないかもしれない……」
「やっぱり何か食べてからの方が……」
「いい……チョコ食べるし……」
 空腹状態のチルノが、ふらふらと魔法の森を目指して飛び始めた。


*


 文は深い深い溜息をついた。
まさか手ぶらで魔法の森に来る事になるなんて、思ってもいなかったからだ。
そして、空になった財布を見て、更に深い溜息をついた。
 椛の助言を鵜呑みしてしまった文は、自身が出せうる限りの資金を、義務的なチョコレートに費やしてしまった。
当然、チルノに渡す分まで使い果たしてしまい、完全な一文無しである。
 しかし約束は約束だから、結局手ぶらで待ち合わせの場所に来てしまった。
約束の時間のずっと前からその場所に来て、言い訳ばかりを考えていた。
早く来すぎたのは、どこにいても落ち着けないからである。
しかし、冬の冷たい風に当たっていると、これが約束を破った自分への罰であるような気がしてきた。
「冷風に当たっているだけで罪滅ぼしになるなら、ずっとここにいてもいいんですけどね……」
 あまりに考えなしに来てしまったので、文はかなり薄着である。
寒さでじっとしていられなくなって、その場をうろうろしつつ、チルノの到着を待った。



 約束の時間が目前になってきた。
同時に、文が愛しのチルノに嘘をつかねばならない時も目前に控える。
 チルノは、嘘つきの自分に何と言うのだろうか。
 妖精は幼い。きっと言葉は稚拙だ。しかし、幼さ故に容赦と言うものを知らない。
おまけに文はチルノに恋をしているのだ。
文の『新聞記者』と言う仕事の中で鍛え上げられた筈の強靭な心を、木っ端微塵に粉砕してしまう可能性だって秘めている。
「うう……緊張してきた……」
 極度の緊張の影響だろうか、文は腹痛を感じ始めた。
実際には、緊張に加えて、先ほどから当たり続けている冷風で腹が冷えていたのも原因だが、そんな事を考えている場合ではなかった。
厠へ行きたくなったが、チルノと入れ違いになってしまうと困る。チョコレートを渡せない上に、時間に遅れるなど言語道断である。
 だが、腹痛は次第に加速していく。
直立しているのも辛くなって、少し前かがみの状態で文はチルノを待った。



*



 チルノが文の所へ到着したのは、約束の時間の数十分後であった。
出発の時間に問題はなかったのだが、チルノの体調に問題があったのである。
 極度の空腹によって真っ直ぐ飛ぶ事が叶わず、思っていた以上の時間が掛かってしまったのだ。
食べる必要のない妖精には空腹と言う概念はない筈なのだが。思い込みとは恐ろしいものである。
「あやぁ〜」
「チ、チルノ、さん……?」
 勿論、文は腹痛を抱えたまま、その場でチルノを待ち続けていた。
まさかチルノの方が遅れてくるとは思わなかっただろう。
「はっぴぃばれんたいでい……」
「え、ええ……。あの、大丈夫ですか?」
「いいの。さあ、チョコを……」
 死にそうな飢えた獣みたいな目を文に向け、ゆっくりとチルノが小さな手を差し出す。
だが、文はその手に乗せてあげられるチョコレートを持っていない。
「チルノさん、その、落ち着いて聞いて下さいね」
「?」
「えっと、チョコが、買えなくてですね」
「……」
「渡せないんです。ごめんなさい」
 結局ろくな言い訳が思いつけなかったので、文は素直に謝ることにした。
チルノは、回転力の弱い頭をフルに用いて、言葉の意味の理解に努めた。
そしてそれが完了すると同時に、叫んだ。
「はぁ!!? 無いの? 無いの!? チョコレート無いの!?」
「ご、ごめんなさい! 本当にごめんなさい! 他の天狗の皆さんに渡すのに全部つかっちゃって……」
「あたいに伝えてどうすんだよそんなこと! このチョコ百倍美味しく食べる為にあれから何にも食べてないのに!」
「そ、そう言われましても、無いものは無いと言いますか……」
「そんなの許さないー! ぎぶみーチョコレート!」
 喚き散らしながらチルノが文に掴み掛かった。
チルノの急襲を予測しておらず、チルノに押し倒され、文は仰向けに倒れた。
 体が人一倍小さいチルノは、そのまま文の上に乗っかったまま、チョコを求めて尚も喚く。
「チョコー!! くれるって約束したじゃんかー!」
「ちょ、チ、チルノさん! そこダメなんです今……!」
 長時間、腹痛に耐え続けていた文だったが、それも限界が近づいていた。
そんな危険な状態である上にチルノが乗ったものだから、耐え切れるはずが無いのは自然な事であった。


 中に溜まっていたガスが、はしたない音と共に外界へ飛び出した。
明らかに自然の音ではないその音を聞いたチルノが、喚くのを止めた。
「ちょっと、あんた……」
「――」
 羞恥とかそういった感情が無い訳ではない。
愛しの者に腹の上に乗られたまま放屁してしまった状態が恥ずかしくない生物がどこにいよう。
だが、この程度の羞恥は時間が消し去ってくれるだろうから、何の問題もない。と言うより、比較的マシなのだ。
 問題は、この後だ。
 更に大きな音が、文の下半身を音源に、魔法の森に鳴り響く。
 危険な雰囲気を察したチルノが、即座に文から飛びのいて離れた。
飛び退く際、彼女は文の腹を蹴った。
その蹴りが起爆剤になってしまったようで、文の内に溜まっていたものが一気に外界を目指して動き始めた。
「ひぃ……ああっ」
 小さな穴を押し広げるようにしつつ外を目指すモノ達を食い止めようと、肛門に力を入れた。
しかし、文ができるそんな小さな抵抗でそれらを止められるような状態では既になかった。

 放屁よりも生々しく、耳障りな音を立てながら、固体と液体の中間を行く便が排泄された。
初めは下着を白から茶色に染めるに留まっていたものの、時間の経過とともにどろりと下着と体の隙間から流れ出て、スカートの内側を汚し始めた。
排便に伴い尿意まで表れ出し、そしてそれも阻止する事は叶わなかった。
白かった下着は見る見るうちに黄色へと変色していく。
外気との温度差によって、微妙に湯気が立っているのが確認できる。
 信じられないような表情でチルノが自分を見ているのが、文には分かった。
「み、見ないで……下さ……」
 蚊の鳴くようなその小さな声は、自身の排泄音にかき消されると言う、無残な結果に終わった。
 しかし長時間我慢していた為、快楽が伴っているのも事実であるらしく、文はどこか心地よさを感じていた。
もう、すべてを諦めてしまっているのかもしれない。

 
 天国と地獄の狭間を彷徨う時間が、ようやく終わったらしく、音も排泄も止んだ。
へたり込んでいる文の下半身は、見るに耐えない状態になってしまっている。
 文は、困惑しているチルノの顔と、自身が出してしまったモノを見比べた。
――一体、私は何をしているのだ?
こんなに大切で特別な日に、大好きなチルノにチョコレートを渡す約束をしたと言うのに。
文無しになるし、チョコレートは渡せず嘘つきに成り下がるし、挙句の果てに愛しい者の目の前でお漏らし。
 こんなのはあんまりだ。あんまりすぎる。

「うええぇぇぇん……」
 遂に文は泣き出してしまった。
まさかこんな歳にもなって、妖精の前で泣く事になるとは。
 恋の終わりは勿論の事、文はいろんな今後を想定していた。
――自分はチルノから見れば所謂“嘘つき”だ。チョコレートを渡してあげるなんて偉そうに言っておきながら、保身を優先してしまった愚か者だ。
きっとチルノは怒っている。餓死しそうなまでにチョコレートを求めていたのだから。
目の前で粗相したなど、悪口には申し分ないネタではないか。新聞記者には敵が多い。私の失態を今か今かと待ち構えている者だって、少なくないはずだ。
今まで自分が、他人の失態を面白おかしく報道してきたのと同じように。
チルノは妖精だ。思慮や配慮に欠ける面がある。
もうおわりだ。おしまいだ――
 いっそ口封じの為に殺してしまおうかと一瞬考えてしまい、文はますます自身を殺したくなった。

「文……」
 チルノが口を開いた。
 さあ、一体何を言われるのか。
脅しにでも掛かって来るのだろうか。
それともこの哀れな姿を存分に罵ってくるのだろうか。
 心の準備もいらない。失うものはもはや無に等しいし、傷つくことももうこれ以上無い。
「な、泣くのはやめようよ」
「え?」
「誰か来たらマズいでしょ?」
 チルノは声を潜めつつ、周囲を窺った。
「とりあえずいろいろ洗わなきゃだよね。一番近い家は魔理沙かアリスだけど、あいつらこんなの見たら何言ってくるか分かんないし……。寒いの苦手? あたいだったら川に飛び込めば一発なんだけど」
「チルノ……さん……」
「うん?」
「何も言わないんですか?」
 チルノは首を傾げた。
「何もって、何を?」
「私は、嘘つきで、こんな状態で……」
「嘘つきで、そんな状態で、あたいが何を言うの?」
「悪口、とか、その」
「悪口ぃ? さいきょーのあたいが、そんな事言う奴だと思う?」
「――」
「寒くてお腹痛くなるまで待っててくれたんでしょ。あたい、遅刻したのに」
 完全に呆気に取られている文に、チルノは微笑んだ。
「ありがとう」


*


 文は混乱気味でいい案を思いつかなかったので、チルノが主導となって文のいろんな後始末をする事になった。
 まず付近の川の水を汲んで、体と服を洗った。本格的な洗濯は後回しにする事にした。
その後、チルノは魔理沙の家に行こうと提案した。
文は渋ったが、チルノは大丈夫の一点張りで、文はそれを信じる事にした。
 チルノの言う通り、何事もなく、文は霧雨邸の風呂を借りる事に成功した。
魔理沙は留守だったのだ。バレンタインデイと言うイベントのある日に、魔理沙が家に篭もっている筈が無いと言うチルノの目算が的中した。
無断で借りている結果になったが、普段、魔理沙だって勝手に他人のものを盗んでいるから文句は言えない筈だと、チルノは笑った。

 文が浴槽に漬かっている間、チルノは文のスカートを洗っていた。
本当は一緒に入りたいと言うのが文の願望であったが、チルノは氷の妖精なので、風呂に入る事ができないらしい。
「チョコレートの件は、本当に申し訳ないです」
「いいって、いいって。また後日買ってくれれば」
「意外と優しいんですね」
「あんたは意外と泣き虫なんだね」
 過程はどうであれ、二人は、お互いの意外な一面を知る事ができた。
本当はもう少しまともな形式で知りたかったが、終わりよければ全て良しという言葉を、文は信じてしまう事にした。

「……あーっ!?」
「!?」
「それ、その洗剤!」
「え? これ?」
「食器洗い用の奴じゃないですか! いやー! スカートが傷むー!」
「台所で見つけたからね。まあまあ、文句言わない。ほら、すっごいいい香り。めっちゃふろーらる」
「お願いですから別の洗剤で……ってすぐ横に衣服用あるじゃないですか!」
「どれ?」
「それ!」
「読めないよこんな難しい漢字!」
「お願いですからそっち使ってー!」
「ちょ、狭いから暴れないでって、うわ胸でかっ」


*


「あ〜やさまっ」
 さぞ悲しいバレンタインデイを過ごした筈の上司に、椛が笑顔で挨拶をする。
「ああ、椛。おはよう」
 文の反応に、椛は異変を感じた。
「(おかしい……何この清々しい笑顔……!? 想定してたシナリオだと半日寝込んでもおかしくないくらい意気消沈している予定だったのに)」
 椛はどうにか笑顔を作り、文がどんなバレンタインデイを過ごしたか探ろうとした。
「そ、その笑顔ですと、さぞやよい一日をお過ごしにできたのですね?」
「ええ。本当に」
「!?」
「詳細は言えないんですけど、本当に楽しかったですよ。人里に行ってみたら、寺子屋で慧音さんがチョコフォンデュ会やってて……」
「なん……だと……?」
「その、大好きな人と、一緒に……何回か食べさせあったりしちゃって……キャー」
 顔を赤くしながら文が妖怪の山を飛び立った。

 得たものは「空っぽの財布のみ」と言う結果に終わった椛が、いつまでもいつまでも、その場に佇んでいた。
 投稿が遅れてしまって申し訳ないです。

 最初で最後とか言いながら二作品目。意志が弱い。
 バレンタインデイなんだから、やっぱりあれをチョコに見立てて、食ったり食わせたり送ったりみたいなのがよいかとは思いました。
しかしそこまでの耐性が自分自身になくて、無理でした。そこまで好きなジャンルではないですから。
 結果、こんな作品が完成しました。
テンションに任せてやりたい放題できたのはとてもよかったです。
 肝心のシーンが短めで申し訳ないです。

 ご観覧、ありがとうございました。

++++++++++++++++++++
>>1
チルノは頭悪いキャラで通っている故に、こういう役を回してみるとかっこよくなるんですよね。これもチルノの魅力です。たぶん。

>>2
純愛だって題名で語っているから大丈夫な筈。
人を幸せにできて私も幸せです。

>>3
祭りは小ネタを気軽に挟めて楽しいです。

>>4
椛はこういう役も似合います。

>>5
単純故に、優しい時はとても優しいのだと思います。

>>6
その不思議さもここの醍醐味ですよね。

>>7
文はスタイル抜群なお姉さんキャラ(個人的に)故、いたしてしまうとかのギャップがひどい。だがそこがいい。たぶん。

>>8
かっこいいチルノは映えます。普段がバカなだけに。

>>9
そうですよね。私もそう思います。しかしチルノにはレティさんがいるので困る。

>>10
念の為言っておきますが、ふろーらるなのは洗剤ですよ。

>>11
知的な文と、幼稚なチルノの相性は良いと思います。しかしチルノにはレティさんが(ry

>>12
よく考えたら、ここでこんなに幸せな終わり方のSSを書いたのは初めてな気がします。

>>13
スカネタで爽やかで甘いと感じられるSSが書けるとは。
 始末、がんばってくださいね。

>>14
嬉しいです。しかし、まだ2作しか書いていないのですけど。

>>15
一応私の中では、チルノは「自分がこうなったらどうするか」を想定したという思いで書きました。
でも妖精なんだからおもらしの一度や二度くらいあっても不思議でないような。いや、しかし食べ物いらないから排泄もないのか……。
pnp
作品情報
作品集:
12
投稿日時:
2010/02/15 10:15:58
更新日時:
2010/02/28 10:22:05
分類
東方スカ娘
チルノ
2/28コメントへのお返事を更新しました。
1. エイエイ ■2010/02/15 20:01:11
おお、これは面白い!!
チルノのやさしさが胸に来ました。
2. ぶーん帝王 ■2010/02/15 20:04:12
分類に純愛を入れるべき

よんでて何だか幸せになった
3. ウナル ■2010/02/15 20:26:44
ところどころの小ネタも読んでて面白かったです。
文がいたしちゃったところでそのまま落とすのかと思いきや、ハッピーエンドになったので安心しました。
4. 名無し ■2010/02/15 20:58:40
めでたしめでたし
約一名を除いて
5. うらんふ ■2010/02/15 21:01:58
チルノの優しさがいいです・・・やはり妖精はまっすぐですね!!!
6. HS ■2010/02/15 21:06:06
文のお漏らしに興奮しつつチルノの優しさに惚れるという不思議な現象がry
7. ぐう ■2010/02/15 21:36:17
チルノの優しさに目が熱くなりました。
文のお漏らしも見れて満足!
8. アルマァ ■2010/02/16 00:05:14
チルノちゃんがイケメン過ぎる
9. ばいす ■2010/02/16 03:55:33
文チルいいなあ、良いカプだ
10. 名無し ■2010/02/16 06:52:12
めっちゃふろーらるwww
11. 紅のカリスマ ■2010/02/16 14:31:42
これは良い文チル
12. ガザC ■2010/02/17 12:12:44
産廃のSSを読んだ筈なのに何でこんなに清々しい感動が・・・
13. 名無し ■2010/02/18 17:20:13
これ、間違いなく産廃だよな? 文がうんこ漏らしてるし
なのに何故、こんなに爽やかで甘いんだろう……
チルノさん、マジパネェっす!
あ、地面に残ってる排泄物は自分が始末しときますんで!
14. おたわ ■2010/02/18 22:38:51
やはり貴方の書かれるスカ作品は最高です
脱糞しちゃって泣いてる文ちゃんを抱きしめたい
15. 泥田んぼ ■2010/02/23 22:03:49
なんか幸せになった
特に最後の幸せを振りまく文さまに

ところで
>>あたいだったら川に飛び込めば一発なんだけど
ちょっとチルノさん同じような経験あるんですかあるんですね
16. 高純 透 ■2011/05/05 21:58:27
チルノがすごく漢娘らしい。
産廃では珍しいハッピーエンドに胸熱です。
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