燃えるゴミの日

作品集: 12 投稿日時: 2010/02/20 22:01:23 更新日時: 2010/02/20 22:01:23
 


 


 
 愛されていたことがあった気もしますし、もしかしたらそれなりに愛していたのかもしれません。
 愛というものが何をさすかは知りませんが、彼女はあれでいて私を愛していたらしいので、きっと私の行為は愛をさしはさんだものだったのでしょう。
 首がかくんと落ちて、同時、支配力を失った指がカップを取り落としました。かしゃん、と音を立てて、毒水は卓に零れ、流れ、真白いカーペットに赤い染みを作りました。ああごめんなさい、すぐに片付けるね、そんな言葉は聞こえてきません。水分が吸い込まれるよりも早い時間に、彼女の意識は無意識へと、無意識は夢へと変じているのですから。
 古い木製のテーブルの端から、冷え切った紅茶が、胃にくだる筈であった液体が、雨のようにしたたり落ちます。甘く甘く、本当に甘くした、彼女の求めるように、角砂糖を三つ、四つ。身体を重ねた次の日には、疲れをいたわるように、いつもよりも一つ多めに入れているのを、知っていましたから。だからきっと、同じく溶けた眠りの薬は、甘く深く、彼女の意識も無意識も、命の淵に沈めたことでしょうね。
 椅子を立ち、彼女の元へ向かうと、うつむいた彼女を見下ろす形になって、何だか叱っている時のような、そんな錯覚を覚えました。けれど思い返してみれば、私が何か言う時に、彼女が今のように頭を垂れていることなどありませんでした。私はすぐに勘違いを忘れて、今しなければならないことを思い出したのでした。

 お片づけを、しなければ。

 そうです、そのためにここにこうして、一同にあつめたのです。テーブルの下、前も後ろも足元も見ない彼女は気付きもしませんでしたけれど。欠けた髪飾り、壊れたカメラ、片方しかない靴、拾った死体。挙げていけばきりがない、ガラクタ、無用のもの、要らないもの、ゴミ屑の山。全て、彼女が数えて私に尋ねたものばかり。「ねえお姉ちゃん、私はお姉ちゃんにとってこれよりもこれよりも価値がない、ねえそうでしょう」。

 「そんなことありませんよ」と、嘘をつきたくない私は何度も言葉を重ねました、そんなことありませんよ、そんなことは決してない。あなたもこの廃棄物も、全て等しく価値があり価値がない。どちらがどうとは決していえない、思いもしない。私にとって彼女とそれらは等価が故に、私は常に彼女の確認を否定していました。五つ問えば五つに否と、十問われれば十に否と。

 そうです、もういい加減に疲れたのです。私があなたに与えたものを、あなたはあなたのガラクタに変えて、一々私の前に差し出しては、価値の多寡を訊いて来る。髪を伸ばすと言ったから、思い出が欲しいと言ったから、旅に出たいと言ったから、あなたが好きだといったから。言われるまま、求められるまま、捧げたはずの私の好意は、強迫的なあなたの行為に、大抵が三日ともちませんでした。ていねいにていねいに、完璧に完膚なきまでに存在意義を殺した後、笑顔で私に訊いて来る、「ねえお姉ちゃん」。
 答でなくて応えを欲した、その回りくどさにはいい加減辟易するのです。

 ぱちぱち、めらめら、ぱきん、ぱきん。
 私の好意が、そのたましいが、重石を脱ぎ捨てて白い、黒い曖昧さへと変じ、屋敷の天井で頭を打つ。どうしたって、すべてこれらは天の国へとは行くことはできない、忘れ去られた地底の牢獄に、混じって消えるほか、向かう先はない。
 心を模した髪飾りが、穢くとけてくちゃくちゃになって、冷たいレンズがそれを眺める。熱を取り戻して尚動かない命の下で、もう何を運ぶこともないだろう靴が焦げる。
 ああ、ああ、妹を除いたすべてを炎が舐めて、燻される、慰撫される、私の心は葬り去られて初めて安息を得る。

 私は一つの気付きを得てしまったのでした。

 けほけほと、彼女が生きているその音が、私の耳に届いてきました。先に逝った意識、無意識、同じように彼女の命も、火にくべて灰と流して、泥の中にうずめてしまおう――私の中で、それこそ焔のように、熱も持たずに殺意が燃えあがります。

 しかし、それ以上に、私は一つの気付きを得てしまったのでした。




 − − − −




 ――――バチンッ




 − − − −




 ここから先は、どうせ画面が荒れて目がチカチカするだけですので。装置に火がまわる直前まで映していますが、如何せん性能のよいものでもありませんから、せいぜい火の爆ぜる音、炎の揺らぎ、そんなものしか記録されていません。そんなものを見てもつまらないでしょう。少なくとも私は嫌ですよ、目をいためてしまいますから。そも、ここは撮るつもりではなかったし。
 え? この後どうなったのかって、そんなわかりきったことを言われても。そのまま灰になったに決まっているじゃないですか、勿論金属部分など、焼け残っているものはあるでしょうけれど。
 ああ、あなた自身のことですか。それこそばかげた質問です、それこそ火を見るよりも明らかです。そのまま燃してしまっても構わなかったのですけれど、肉の焼ける臭いというものが私は好きではありませんから、やめました。それに、この日あなたは、私のあげたお洋服を着ていたでしょう。私は私自身の手で、私の想いを屠るような、あなたのような趣味は、生憎持ち合わせていませんのでね。世界に何の価値も見出せないこの生涯、自死への禁忌だけが、私を生きながらえさせているのです。
 ねぇ、ねぇ、こいし。私は単に、これを見せてあなたを嚇かしたいわけではありません。提案したいのです。私とあなたの平静のために、こんなふうに、時にお葬式をしてはどうでしょうか、と。
 今こうしてみたように、あなたが殺した私の想いを、あなたに模して燃してうずめて、懇ろに弔うのです。火をおこしたあの瞬間に私は、生まれてはじめて感じるような、えもいわれぬ恍惚を味わった。あの幸せをまた得ることができるならば、ややこしいあなたの多少の面倒は引き受けましょう。いくたび私の好意をうち捨ててくれても構いません、そのたび私の喉をつかっても構いません。こうして弔うことができるのならば。
 はじめはただ、全部なくなればいいと、ごっこ遊びのつもりでいたのですけれど、火遊びとは言ったもの、中々にはまってしまいましたので。生活で喜びを感じにくい私も、生きている実感を掴んだ気がしたのです。死を送る側に立つことで、逆説的に、自らの生を意識することができたのです。

 ぴかぴかに磨かれたガラス製の机の上で、片肘をついて私を睨む。震える指が倒したミルクで、茶色の絨毯を浸して汚す。ええ、ええ、構いませんよ、私はまったく構わない、どうせ燃してしまうのですから。折角だから今日はあなたと一緒に、あなたの意識も無意識も一緒に、お葬式ごっこを致しましょうか。もとよりそうするつもりでしたから、今日の砂糖はただ痺れるだけです。薄く開いたその瞳は、閉じた三つ目の瞳同様、もしかしたら何も映していないのかもしれませんが、その耳は聴こえるでしょう、ぱちぱち、めらめら、ぱきん、ぱきん。炎が上がりあなたをとりまく、素敵な火葬演奏の調べが、熱と共に感じられるはず。

 始まりと終わりの破れた本、もう着ることのできない服、あわない鍵、拾った死体。ガラクタ、無用のもの、要らないもの、ゴミ屑の山。全てこれらも、あなたが数えて私に尋ねたものばかり。「ねえお姉ちゃん、私はお姉ちゃんにとってこれよりもこれよりも価値がない、ねえそうでしょう」。
 私があなたに与えたものを、あなたはあなたのガラクタに変えて、一々私の前に差し出しては、価値の多寡を訊いて来た。退屈を嫌うから、寒さを厭うから、独りを好んだから、体温を望んだから。与えて、壊れて、そうして死んだ、私の想いが、灰に炭にと崩れゆく。

 卓上にへばりついたその頬は、そろそろ熱に爛れるでしょうか。だんだん赤みを帯びた皮膚に、涙の跡が白くかわいています。口角より垂れ流されていた涎は、吐息と共に焼けてかわいて、水分を失した口内からは舌がみっともなく飛び出ています。
 燃やしはしない、殺しはしない。椅子の脚を伝っていく新たな水分は、あなたが勝手に諦め流した、涙の代わりの排泄物。完全に気をやってしまったあなたの耳元で、私は服が焼けるも厭わず、皮膚に火傷を作るも構わず、「そんなことありませんよ」と囁いてあげましょう。

 「先に燃えてしまったこの廃棄物と、唯一残ったあなた自身、今だけこの刹那だけ、比べるまでもなくあなたに価値がある」。きっとあなたが欲してやまない、これが正解なのでしょう。遠く遠くもう届かない、それを知って尚、むしろ知るからこそ、私は本心、心の奥底から、そう告げることができるのです。

 さて、真似事遊びの限界を楽しむ、お葬式ごっこもそろそろおしまい。袖に火が燃え移って、私の細腕を焼き始めるから。あなたが倒れこみその身を焦がす、机もいい加減崩れ落ちるから。
 起きたあなたが、意識と無意識を取り戻したあなたが、焼け爛れた顔で今度は何を問うてくるのか。
 私の人生には珍しく、それが今から楽しみでなりません。



 



 
 
燃え落ちた地霊殿、まだ火のくすぶる残骸を前にして、妹は言う。

「ねえお姉ちゃん、私はお姉ちゃんにとってこれよりもこれよりも価値がない、ねえそうでしょう」


 − − − −


おねえさんもさすがにやりすぎたと反省しているようです
ゴミ屑に感銘受けたはずなのにいちゃついてしまったことだけが反省点
キチガイ文は書いてて楽しいですね
焼却炉
作品情報
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更新日時:
2010/02/20 22:01:23
分類
古明地姉妹
仲良し
ゴミ屑姉妹
キチガイ文
1. ■2010/02/21 01:33:16
で、射命丸はいつ出てくるんですか?
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