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『レミリア・キャットワーク』 作者: ウナル

レミリア・キャットワーク

作品集: 12 投稿日時: 2010/02/25 00:52:11 更新日時: 2010/02/25 10:05:37
夜の紅魔館。いつもは皆でテーブルを囲み、食事を進めながら他愛無い話をする時間。しかし今日は、限界まで膨らんだ風船のような張りつめた空気が流れていた。


「なによ。咲夜まで美鈴の味方をするつもり」
「そういうことじゃありません。ただお嬢様も言い過ぎでは無いかと」
「お、お二人とも止めて下さい! 悪いのは私なんですから!」


椅子から降り詰め寄るレミリアとそれを無表情に受け止める咲夜。その間には美鈴が入り、なんとか二人を落ち着かせようとしているが、一度付いた火は簡単には消せそうにはない。レミリアが咲夜たちとケンカをしたのにはそれなりの理由があった。偶然博麗神社で出会った早苗が言った一言のせいだ。


『紅魔館ってあのいつも寝てばかりいる門番さんの館でしょう? レミリアさんってカリスマを主張するわりに部下の教育がなってませんよね』


「美鈴が無様をさらすたびに紅魔館の品性が落ちていくのよ。この城の門番は満足に見張りもできないと噂が広まれば、恥をかくのは私なのよ。言ってる意味わかる?」
「はい。お嬢様。わかっています。でも、先ほどの『役立たず』という発言は酷すぎます」
「う、うるさい! 役に立たない門番を役立たずって呼んで何が悪いのよ!! あんな人間に馬鹿にされて、この私が黙っていろと言うの!? 咲夜も美鈴も何もわかっちゃいないわ! どんな場所、どんな状況であれ、私は吸血鬼としてのプライドを失ってはならないのよ!」
「お、お嬢様……」
「もう咲夜たちのことなんか知らないわよ!!」


吐き捨てるように言い、レミリアは食堂を発った。いつもは犬の尻尾みたいくっついてくる咲夜はついてこなかった。大方、美鈴に慰めの言葉でもかけているのだろうと想像すると、レミリアの腹の中で陰湿な炎が燃え上がり始めた。


「気にくわないわ。気にくわないのよ!」


小さくつぶやき、レミリアは足を踏み鳴らしながら長い廊下を歩き出す。むしゃくしゃする頭を冷やす為、自室で眠りにつこうというのだ。無論、咲夜たちに対する抗議の意味もある。途中、メイド妖精が挨拶をしようとしたが、その顔を見てすぐさま顔を青くして逃げ出してしまった。しかし、その様子を一瞥すらせずレミリアは赤い廊下を進む。自室にたどり着き、扉を開けようとしたとき、レミリアの足元に何かが当たった。


「ん? なによコレ。こんな瓶まで私を馬鹿にしようっての?」


レミリアは足元の何かを拾い上げた。それは小さな瓶だ。大きさは人差し指くらいでクリアなガラスでできている。中には半分くらいまで赤い液体が入っており、鋭角にカットされたボディから美しい光を放っていた。


「何かしら? 香水? それとも甘味の類かしらね」


幻想郷にはときおり外の世界の物が紛れ込むこの瓶もその類かもしれないと思い、レミリアは自室に瓶を持ち帰った。しげしげと瓶を観察するレミリア。小さな蓋を握り、瓶を開けた。
その瞬間、イチゴ畑にでもいるかのような香りがレミリアの部屋いっぱいに広がった。だが、その中にも酸味に似た引き締まる香りが混じっているので、それほど不快ではない。レミリアは数秒の逡巡の後、その瓶に口をつける。


「ッッッ!! な、何コレ!?」


舌に走ったのは強烈な苦味。香りに反してその液体は毒草のような味をしていたのだ。瓶を床に投げ捨てたレミリアは自身のスペルでもってその瓶を粉々に粉砕した。


「はあ……なにやってんだろ。もういい。寝る」


レミリアは小さな身体をベッドの上に投げ出した。もちろん、部屋の扉に『入ればコロス』と札をかけるのも忘れない。今は誰とも会いたくない。明日も明後日も。それがレミリアの願いだった。





◆     ◆     ◆     ◆     ◆





再びレミリアが目を覚ました時、時計の針は八時を指していた。しかし、雨戸の隙間から見える光は今が朝だと主張している。その光を感じ、レミリアは白い身体をもじもじと布団の中に潜り込ませた。ふんわりとした布団はレミリアの身体をすっぽりと包み込む。


(うぅん……。あ、朝……?)


ねむけ眼を擦るレミリア。なぜだが顔がくすぐったい。まるで毛布を擦り付けているようだ。水の中を見るようにぼやけた視界をゆっくりと慣らしていく。


(あれ? こんなに天井高かったっけ?)


押し潰されそうなほど広々とした天井がレミリアの遥か上空にある。いや、それだけではない。頭の近くにあるはずの枕はどこにも見当たらず、巨大なクッションのようなものがあるだけだ。横を向けば白い海の向こうに細かい装飾のされた扉が見える。もちろん、その扉も異様に大きく感じられた。


(あれ?)


この段階にきてようやくレミリアの頭がフル回転を始める。現在の状況を把握し、ありえる可能性を羅列する。

@ いつの間にか別の場所に来てしまった
A 紅魔館が大きくなってしまった
B 誰かが仕掛けたドッキリである
C 実は夢の続きだった
D 全ては紫の罠だった
E おびょー

一番ありそうなのはやはりDだろう。あの怪女のことだ、また月を攻めるとかなんとか言い出して変なことを始めたのかもしれない。Bのドッキリという可能性も捨てがたい。きっとクローゼットあたりに射命丸がカメラ片手に待機しているのだ。面白みはないがCというのが一番妥当ではある。試しにほほをつねろうとしたレミリアだが、なぜかほほを掴めずチクチクと針でも刺されたような痛みがあるだけだった。

しかし答えは、レミリアの目の前に置かれた鏡にあった。ちょうどベッドに対面する形で置かれた鏡には、いつも通り布団の敷かれたベッドと白い子猫が映っていた。体毛は白で毛は短毛。尻尾は長めで、どういうわけか頭には赤いリボンをつけている。


「…………………………」


試しに右手で顔にふれると、鏡の中の猫も右前足で顔にふれた。なんかいけそうなので耳を動かそうとしたら、鏡の中の白い耳がぴこぴこと震えた。


答えはF。レミリアが猫になったであった。


「にゃ――――――――――っ!?」(はぁ――――――――――っ!?)


器用に両前足を顔に付けて叫び声を上げる白猫。わたわたとシーツの上を走り周り、バリバリと鋭い爪がシルクの布地を切り裂いていく。それとほぼ同時に部屋の扉がノックされた。


「お嬢様? 起きてらっしゃいますか? あの、まだ怒ってらっしゃいます?」


咲夜の声。いつもよりも心なし元気がないように感じる。その音を聞き、レミリアは身体をチタン合金のように固くさせた。


「にゃにゃっ!? にゃああ!!」(咲夜!? まずいわ!!)


こんな姿を見られる訳にはいかない。レミリアは現在の状況で最も正しい行動を弾き出し実行した。


「にゃっにゃっにゃ――――ん!!」(I CAN FLY!!)


白猫は窓を飛び出し、青い空の下へと飛び立った。窓が猫の身体でも開けられるかんぬき式であったのが幸いした。眼下には色とりどりの花。重力から開放される時間は束の間。レミリアの身体は花壇へと向かっていった。





◆     ◆     ◆     ◆     ◆





「にゃにゃん、にゃにゃにゃ……」(さすが猫、身軽ね……)


花壇の上に着地したレミリアは紅魔館の壁の隙間を通り紅魔館の外へと出ていた。二階から落ちることとなったが猫のしなやかな身体は簡単に姿勢を建て直し、四つの足を使えばほとんど衝撃を感じなかった。


「にゃーんにゃにゃ!」(まったくどうしてこんなことに!)


心当たりがあるとすればあの小瓶だ。あれは何か魔術的な薬品で、その効果で猫になってしまったという予想だ。


「にゃーん! んにゃんにゃ!!」(誰よ! あんなものを落としたのは!!)


勝手に飲んだことについては頭から除外する方針らしい。とはいえ、流石は500年の時を生きる吸血鬼、レミリア・スカーレット。ここからの行動は冷静であった。まずは自身の現状を理解することから始めた。今の自分の身体は白猫。これは間違いない。では魔力や力はどうか? 猫の身体と吸血鬼の身体の違いは? 試行錯誤を十分ほど繰り返せばその答えは概ね返ってきた。


結論から言えばレミリアの身体は完全に猫となっていた。それもイエネコの子ども並みだ。力は弱く人間にも片手で捻られるほど。吸血鬼とは比べるなどヘソが茶を沸かすというものだ。逆に猫になったおかげで日の光を浴びても身体が焼けるということはなくなったようだが、もとの被害と比べればお話にならないメリットであった。


「にゃにゃ……にゃんにゃんにゃーん」(まずいわね……これじゃあ誰かに助けを求めることもできないわ)


永遠亭の薬師や紫ならばこの現状を打破する方法を知っているかもしれないが、子猫の身体能力では彼らの元にたどり着く前に日が暮れてしまいそうだ。それに妖怪たちに目をつけられればあっという間にお腹の中に紐なしバンジージャンプをすることとなるだろう。


「にゃんにゃにゃーん、にゃんんにゃ!」(それにそもそも誰かにこんな姿を見られるなんて、私のプライドが許さないわ!)


鼻息荒く宣言するレミリア。何とかこのことを知られずに元の姿に戻る方法探さなければならない。そんな決意を新たにするレミリアの目の前の藪がガサガサと開けられ、中から氷の羽を持った妖精が現れた。その手には氷漬けにされたカエルが無念の表情を浮かべている。レミリアとチルノの視線が交差する。


「にゃ……」(あ……)


チルノはレミリア見た瞬間、白い歯をのぞかせて大輪のような笑みを作った。哀れ、カエルは地面に落ち、氷とともに砕け散った。





◆     ◆     ◆     ◆     ◆





「大ちゃん! いっくよ――っ!!」
「オーケー!」
「ぶにゃ――――っ!!」(や、やめて――――!!)


チルノに尻尾を掴まれ振りまわされ、そのままレミリアは大妖精の方に放り投げられた。綺麗な曲線を引き、宙を舞うレミリア。その目には涙が浮かんでいる。下を見れば目も眩むような地平が広がっていた。


今彼女らが行っているのは『空中キャッチボール』である。要は空中で球を投げ合うだけのお遊びだが、三次元的な移動をしながらの投げ合いはなかなかに戦略性が高く奥が深い。もしミスをしたら球をなくしてしまう危険性があるスリルもいい味付けになっているらしく、彼女らが考案した遊びの中では長く続いている部類である。もちろん、球にされる方はたまったものではないだろうが。


「んぎゃ! んにゃあ!!」(い、いい加減にしなさい! 本気で怒るわよ!!)
「よっと。リグル。いくよ」
「よしきた」
「んにゅ――――っ!!」(や――――っ!!)


尻尾をぶんぶん振りまわすチルノに対して、大妖精の投擲は両手を使った穏やかなもの。とはいえ、空中で上へ下への直下移動の恐怖は半端ではない。重力と大妖精の投擲力によって加速されたレミリアの身体は、下を飛んでいたリグル目がけて高速で落ちていった。


「あっ!?」
「んにゃ!?」(えっ!?)


なんと、ここでリグル痛恨のキャッチミス。わずかに狙いからそれたレミリアはリグルの指先に軽くふれただけで真っ逆さまに落ちて行ってしまった。


「にゃあああああああああああああああああああああああっ!!」(きゃああああああああああああああああああああっ!!)


内臓全てが浮き上がる感覚。床も壁もない世界。完璧な自由空間にレミリアは放り出された。あるのはただ無慈悲な地面の姿と全ての生き物に等しくある引力だけ。どんどん離れていく三人の影。先ほどまで憎しみの対象だったそれは、今では唯一の救いだ。だが三人が動く様子はなく、ただ呆然と遠ざかっていくレミリアを見ていた。


「リグル〜」
「あー、ごめん。やっちゃった……」
「しょうがないよ。それにあそこじゃ取りに行けないし」


猫が落ちていった場所を見て、チルノたちは落胆した。しかし、次の瞬間には頭を切り替えお菓子でもパチとうと考えていた。彼女らは後ろを振り返らない主義なのだ。飛び去るチルノと大妖精。リグルは一度だけ子猫の落ちていった方が見たが、すぐに二人の後を追った。




一方、落とされた方はと言うと。


「んにゅ……」(し、死ぬかと思ったわ……)


生きていた。白い子猫は大きな葉っぱの下から頭を出し、己の幸運に感謝した。
レミリアが死ななかった理由は大きく3つある。一つはまだ子猫ゆえに身体が小さく衝撃が少なかったこと。二つ目はとっさに身体をひねり足からうまく着地したこと。そして最大の理由は大きな葉がクッションとなり衝撃を和らげたことだ。


「にゃーん」(ふっ、さすが私。地面に生える植物ですら私を助けるために身を投げたのね)


都合の良い解釈をした後、レミリアは辺りを見回した。どうやら大きな畑にでも落ちてしまったらしく視界は非常に悪い。子どもの背丈程度の植物も今のレミリアには途方もない巨木に見える。さらにその下で這い回るアリやムカデなども視点が低いせいか、非常にリアルに見えてしまい、レミリアは眉を潜めた。だが植物の隙間の向こうにある物を見つけた瞬間、レミリアの瞳が変わった。


「にゃっ! にゃーん!」(水! 水だわ!)


レミリアが見つけたもの。それは井戸だった。ここまでレミリアはまったく水を口にしていない上、無理矢理放り投げられて喉はカラカラに乾いていた。まさしく恵の水。レミリアは放たれた矢のごとく井戸向かいに走っていった。
なんとも都合がいいことに井戸の側には水が入れられた桶まである。子猫の体長では桶を越えることはできない。しかしレミリアは桶を倒すことでそれを打開した。レミリアは己の知性に恐怖すら覚える。土肌に広がる水。レミリアは不承不承それに舌をつけた。


「にゃ! にゃん!」(まったくなんで私がこんな目に! これじゃあまるで畜生よ!)


ぴちゃぴちゃと水を舐める様子はまさしく可愛らしい子猫そのものであったが、心では頑として猫であることを否定するレミリア。ボロは着てても心は錦ということだろう。しかし、目の前の水に気を取られていたレミリアは背後に迫る足音に気づくことができなかった。


「あら? 珍しいお客さんだわね」
「にゃ!?」(えっ!?)
「ようこそ私の畑へ。子猫ちゃん」


そこに立っていたのは風見幽香だった。緑色の髪の下で張り付いたような笑みを浮かべている。右手に持った傘をぱんぱんと左手に叩きつけ、レミリアを見下ろしていた。


「なるほどね。最近私の畑に糞やオシッコがされていると思ったら、こんな小さな子が犯人だったとはね。それにせっかく咲いた花も殺されちゃった。この鬱屈とした思いを誰にぶつけたらいいのかしら? ねえ子猫ちゃん答えてくれる? 答えてくれる?」
「にっ……」(ゆ、幽香……)


そこまで聞いてレミリアは悟った。ここは幽香のテリトリーだったのだ。幽香は花の咲いている場所を転々と移動する妖怪だ。偶然、花のあったここに腰を降ろしていたのだろう。そしてそこに自分が落ちてしまい花をクッション代わりにしてしまったという訳だ。さらに運が悪いことにこの畑はたびたび猫の襲撃を受けていた。うんこやオシッコを撒き散らし、花を踏んづけていく猫に幽香はひどくご立腹だったのだ。


「にゃ、にゃ!」(ひ、人違いよ!!)
「そうよね。子猫ちゃんがお話なんてできる訳ないわよね。なら、お馬鹿さんには身体に教育をしてあげないといけないわよね。そのケツにどでっかいのぶち込んであげるわ!! クソネコ!!」
「に――――っ!!」(い、いや――――っ!!)


レミリアは咄嗟の判断で花畑に飛び込んだ。幽香は舌打ち一つ、これを追う。空こそ飛んではいるが、弾幕を撃ち込む事はしなかった。万が一にも弾幕が花に当たらないとは限らないからだ。


「待ちなさい! このウジムシがぁっ!! くそ! どこに行った! そこか!!」


先ほどまでのような笑みはもはや浮かんでいない。そこにいるのは妖怪としての本分を取り戻した幽香の姿だった。レミリアはひたすら走った。自らの居城。紅魔館に向かって。





◆     ◆     ◆     ◆     ◆





「お嬢様に謝らないとな……」


紅魔館の門の前に美鈴は立っていた。背筋を伸ばし、背中で腕を組んだ姿はなかなかに凛々しい。そんな美鈴に向かい、白い猫が飛び込んできた。


「ふぎゃ――――――っ!! ふにゃ――――っ!!」(誰か助けて――――っ!! 美鈴――――っ!!)
「きゃっ!? ね、猫さん?」


白猫は美鈴の足の間を何かがすり抜け紅魔館の中へと逃げ込んだ。続いて荒い息をした幽香が紅魔館の前に降りてくる。しばらく辺りを睨んでいた幽香は美鈴の横をすり抜けようと一歩を前に踏み出す。だが、その前に美鈴が立ちはだかった。


「邪魔。門番。どけ」
「申し訳ありませんが、勝手に門を通ることは許されません」
「……ふーん、今日はえらく真面目じゃないの。何があったのかしら? 寝ぼすけ門番さん?」


ずいと幽香が顔を近づける。鼻先が近づきような距離まで近づかれても美鈴はその場を動こうとしなかった。


「用事がないものをこの紅魔館に入れる訳にはいきません」
「用ならあるわよ。猫がここに入ったでしょ? あれを渡せ。五秒以内」
「いいえ。猫など見てもいませんよ。仮に見たとしても事情を聞かずに渡すことはできません」
「へー。強気じゃない」


刹那、美鈴の首筋に傘が当てられる。時を止めたのではないかと思えるような早業だった。真っ白な傘が頚動脈に触れ、ドクドクと血の流れを伝えてくる。それでも美鈴は幽香を睨んだまま動こうとしなかった。ふっ、と幽香の顔に薄い笑みが浮かぶ。傘を降ろしステッキのように地面につく。


「まあいいわ。これであの猫も懲りたでしょうし。邪魔したわね」
「いえ。ご縁がありましたらまた」
「そうね。また」


幽香はゆっくりと元来た場所へと飛び去っていった。幽香の姿が見えなくなったのを確認してレミリアはおずおずと花壇の中から顔を出す。その前には美鈴が座り込んで手を出していた。


「危なかったね。あのお姉さんにはあんまり近づいちゃダメだよ。怖い妖怪なんだから」
「にゃん……」(知ってるわよそんなこと……)
「気をつけてお帰り」


美鈴にはそう言われ門の外へと出されたが、レミリアはその場から動かなかった。ヘタに動き回ればどんな目にあうかは身をもって知った。ならばここにいて元の姿に戻れるチャンスを探す方が得策と考えたのだ。門の前にちょこんと座る子猫を見て、美鈴は微笑ましそうに笑った。


「なに? お前ここが気に入ったの?」
「にゃーん! にゃんにゃん!」(当たり前でしょ! ここは私の館よ!)
「そうかそうか。そう言ってくれると嬉しいよ」
「にゃ」(絶対わかってないでしょあんた)
「おしっことか引っ掛けないならここに居ていいから」
「ふっ――!」(するわけないでしょ!)


美鈴は威嚇をするレミリアの頭を優しく撫でてやる。白い毛は美鈴の思っていた以上に柔らかく、毎日手入れをしていることを思わせた。


「おお、綺麗な毛並み。もしかして誰かの飼い猫なの? リボンもつけてるし」
「にゃん」(あんたの飼い主様よ)
「そうかそうか。毎日お風呂に入ってるのかな?」
「に――」(シャンプーは嫌いよ)
「おいで」


両手を差し出す美鈴。その白くしなやかな指先を見つめ、数秒の逡巡。結局、レミリアは美鈴の手に近づいた。大きな手でレミリアを抱える美鈴。温かな手に包まれながら、レミリアの身体は宙に浮いた。


「んにゅ……」(ありがとう美鈴……)


美鈴の胸に抱かれ、レミリアはこの姿になって初めて穏やかになれた。赤ちゃんのような腕に抱かれた姿勢。白い顔を胸に寄せ、柔らかな感触に身体を委ねる。


「どれどれ。あ。女の子だ」
「――――ッッ!?」


胸に抱かれた無防備な姿勢では股の間も丸見えだ。レミリアは一瞬にして美鈴の腕から逃れると、その緩んだ顔に痛快なワン・ツーを決めた。





◆     ◆     ◆     ◆     ◆





美鈴はレミリアに昼食も分けてくれた。魚をこれほど美味しいと思ったことは後にも先にも無いだろう。四つん這いで口だけを使う食べ方には抵抗があったが、切り身を口にした瞬間、世界が変わったと本気で思った。普段特に気にしなかった魚がこの身体、この状況ではハチミツにも勝る甘美な味わいではないか。レミリアは無我夢中で切り身にかぶりついた。同時に昨日の晩御飯も魚だったなあ、と思い出していた。
美鈴の方はさっさと自分の分のご飯を食べ、静かに門番を続けた。と言っても、紅魔館を訪れるものなど高が知れているので、実際はただ突っ立っているだけだ。それにも関わらず美鈴はどこか嬉しそうに輝く湖を見つめていた。


「にゃー」(一体何が楽しいのかしら)
「ねえ、白猫さん。私の話聞いてくれます?」
「んにゃ?」(なによ。つまらなかったらぶっ飛ばすわよ)


話し相手がいることが嬉しいのか、美鈴はレミリアの頭を撫でながら笑みを作った。猫に本気で話しかけるのもどうかと思うが、ほとんどの時間を何もせずに過ごすよりは建設的かもしれない。


「実は昨日、お嬢様に怒られちゃったんです。あ、お嬢様って言うのはこの館で一番偉い人のことですよ。それでどう謝っていいか悩んでいるんです」
「にゃ――ん」(知らないわよそんなこと)
「門番の仕事を満足にできない私がいけないんですけどね。でも――――」


そこで美鈴は一度言葉を切った。レミリアは黙ってしまった美鈴の足に鼻を近づける。そして、すんすんと匂いを嗅ぐレミリア。


「にゃーっ……」(って、これじゃほんとの猫じゃない……)


レミリアの仕草に美鈴はくすっと笑い、レミリアを抱き上げた。馬鹿にしたわけではないだろうが、なんだが面白くないレミリアであった。


「でも、お昼寝ってとっても気持ちが良いんですよ」


レミリアをあやすように腕を揺らしながら、美鈴は言った。太陽のような笑みを浮かべ、レミリアを見つめている。


「にー」(気持ち良いってあんたねえ)
「ぽかぽかのお日様に当たりながら、ゆっくりと眠る。これ以上無い贅沢です」
「にゅう……」(お日様……)


その言葉にようやくレミリアは思い出した。自分は昼寝などしたことがないことに。吸血鬼は日の光を浴びれば蒸発してしまう。そのため日を浴びながらの睡眠などそもそも考えが及ばない事なのだ。


「でも、それだけじゃないんですよ」


その言葉にレミリアは顔を上げた。頭を一撫でされ、くすぐったさに目を細める。


「私、それほど強くないですから、昔はまともに寝られなかったんです。夜も昼も他の妖怪にスキを見せないように気を張りっぱなしで」


それについてはレミリアも知っていた。今でこそスペルカードという安全な決闘ルールができているが、かつてはこの幻想郷にも弱肉強食の荒んだ時代があった。美鈴は自身が言うほど弱くはないが、あの時代にスキだらけで生活できるほど強くもなかった。恐らく満足に眠れない日々もあったというのも真実だろう。レミリアが美鈴を拾い、紅魔館に住まわせるまでは。


「だからこうやってゆっくり眠れる時間がとっても愛おしいんです。お嬢様や咲夜さんやパチュリー様がいるから、私もお昼寝ができるんです。ここは――――安心できる場所なんです」


美鈴の言葉はレミリアの胸の中にすとんと落ちてきた。昨日の興奮がうそのように引いていく。美鈴の顔を見ていると、美鈴の言葉を聞いていると、カリスマがどうとかプライドがどうとか言っていた自分が急に小さく見えてきてしまったのだ。それほどまでに美鈴は満ち足りた顔をしていた。幸福の満腹感とはこういうときを言うのだろうか。


「って、猫さん相手に何言ってるんでしょうかね」


照れたように美鈴は頭をかいた。レミリアはただその言葉に答えるように耳を揺らした。


「猫さんはどうなんですかね? 安心できる場所だとお昼寝するって聞きましたけど」


レミリアは美鈴の言葉を聞きながら、ゆっくりと目を閉じた。天から降り注ぐのは忌々しいとばかり思っていた太陽の光。抱かれているのは、役立たずとけなした門番。そして、今の身体はただの子猫。


レミリアを縛るものなど何もなかった。


「猫さん? 猫さん? 寝ちゃいましたか」


レミリアは生涯最初で最後のお昼寝をした。
それはとても温かで、お日様は全身を包むように優しかった。


「にゃー」




















それから数時間後、レミリアはもとの姿へと戻っていた。後でわかったことだがあの赤い液体はパチュリーが作った魔法薬で、18時間ほどで効果の切れる試作品だったのだ。
レミリアが部屋から出てきた途端、咲夜と美鈴は頭を下げた。どうやら今までずっと部屋に閉じこもっていたと思われたらしく、昨日は言い過ぎたと何度も謝った。憎まれ口の一つでも言われるかと思った二人だったが、意外にもレミリアは二人を叱りつけることなどはなく、いつも通りの生活に戻った。
唯一つ違うとすれば、美鈴のお昼寝に対して、少しだけ寛容になったことだ。そのことについて咲夜も美鈴も不思議そうに尋ねた。するとレミリアはこう返した。


「別に。私は気まぐれなのよ。そう猫のように、ね」


レミリアの顔はイタズラっぽい笑みが浮かんでいた。















おわり
HP一万ヒット記念SS第一弾。
お題は「猫の日をテーマにして。できれば紅魔館組で」でした。

ほんとは22日に投稿したかったんですがこんなに遅れてしまいました。申し訳ない。
ウナル
http://blackmanta200.x.fc2.com/
作品情報
作品集:
12
投稿日時:
2010/02/25 00:52:11
更新日時:
2010/02/25 10:05:37
分類
レミリア
美鈴
ほのぼの
紅魔館
ギャグ
1. 名無し ■2010/02/25 11:12:53
子猫に本気でキレるゆうかりんマジ大人気ない
2. 名無し ■2010/02/25 15:27:53
なごむわー
3. 名無し ■2010/02/25 17:25:22
レミリア猫が美鈴に八つ当たりでズタズタに殺されるルートを迷いなく選べるようになったらまた来なさい
4. 穀潰し ■2010/02/25 18:57:25
イイハナシダナー。
しかし事の発端は早苗さんの余計な一言なんですよね……。
よし、次の作品の主役は早苗さんで決定。
5. 名無し ■2010/02/25 20:03:33
これは綺麗な産廃
6. ヤマコ ■2010/02/25 21:00:50
早苗さんマジぱねぇっすね
ところでジャリども、涅槃への用意はお済みで?
7. 群雲 ■2010/02/25 21:06:38
猫になりたい 君の腕の中 寂しい夜が終わるまでここにいたいよ by草野正宗
8. 名無し ■2010/02/25 22:56:42
>>3
そういう話はもう飽きた
9. 名無し ■2010/02/26 19:13:54
>>3 随分ご立派な上から目線ですね
10. ウナル ■2010/02/26 19:18:32
皆さんへ。コメントにコメントをするのは止めましょう。
論争でコメントが伸びてしまうのは好ましく思えませんので。
作品が面白くないと思うならば、スルーの方向でお願いします。
作品に対する意見などがありますならば、メールの方にてお願いします。
11. 名無し ■2010/02/26 23:53:38
おぜうカワイイ
12. 変人 ■2010/02/27 12:14:29
シルクの布地を切り裂いたときは咲夜さんに○されるかと思ったが
紅魔館内部はほのぼの空間に徹しているのですね
ゆうかりん素敵でした
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