小瓶の世界で猫は眠る

作品集: 14 投稿日時: 2010/04/23 05:34:36 更新日時: 2010/04/23 05:34:36
橙が目覚めると、そこは古ぼけた小屋だった。
確か、昼寝をしていたのはマヨイガの家の一つだった気がするのだが。
昨日は珍しく、藍様に頭を撫でられて褒められたのを覚えている。

部屋を見回すと、簡素な机と椅子があり、
黒ずんだ暖炉も見える。
部屋は薄暗いが、僅かに外から差し込む光で、
部屋の中はある程度見回せた。

そして机には、小瓶が置いてある。
コルクの蓋に“封”と書かれた札が貼り付けられている。
爪を立てて破ろうとするが、びくともしない。

とりあえず小瓶をポケットに積めて、小屋から出る。
幸い部屋の鍵は開いていた。
外に出ると、木々の間からいつもの幻想郷が見える。
じめじめとしていて気持ちが悪い。
何故、こんなところに小屋があるのかは知らないけど、
こんな辛気臭いところに居るのは、橙には耐えがたかった。

飛翔した橙は友達に会うため、紅魔館の湖を目指した。






橙が湖の上に到着すると、チルノと大妖精が何か話している。
こちらに気付くと、二人とも近づいてくる。

「橙さん! 八雲襲名おめでとう!」
「おめでとーだぞ、橙! また最強のあたいに一歩近づいたね!」

橙はえ? という顔で二人を見つめる。
八雲襲名とは何の事だろう。
さっぱり分からない。

「あ、すみません。今は八雲橙さんでしたね」
「え、え? 何? 私はまだ八雲の名は」
「何いってんのよ! 昨日、皆に八雲の名を貰ったって言ってたジャン!」
「え……? あ……」

そうだ、思い出した。
昨日、八雲の名前を直々に紫様から貰い受けたんだ。
それで藍様に凄く褒められたんだった。
何か照れくさいなぁ。

そう、橙はてへへと笑いながら、二人を見る。

「よーし! それじゃあ、ミスティアとリグルとルーミアも呼んで、八雲襲名を呪うよ!」
「チルノちゃん、呪うじゃなくて、祝うでしょ。まったく……」

チルノが盛大に間違える所に大妖精が突っ込む。
いつもの微笑ましい光景だった。

その後、ミスティアとリグルとルーミアもやってきて、
私の八雲襲名を皆で喜んでくれた。
とてもうれしかった。






上機嫌で橙が次に向かったのは、人里の稗田阿求の家だった。
ルーミア達が言うには、幻想郷縁起の橙の項に、
八雲橙、と書かれると言う。
早速、それを見に行くことにしたのである。

「あら、すっかり浮かれてますね、橙さん。いえ、八雲橙さんと呼んだほうがよろしいですか?」
「ううん。橙でいいよ。なんかこそばゆいし」

顔が綻んでしょうがないといった様子の橙に、橙の項目の幻想郷縁起を見せる。
確かにそこには八雲橙と書かれていた。

橙はその名前を見て、とても感慨深いモノを感じた。
ようやく紫様に認めてもらえた、という事はとてもうれしかった。
努力が認められた結果というのは、素晴らしかった。
心の奥の深い所で橙は歓喜の涙を流していた。

稗田の家を出ると、寺子屋から出て行く慧音を見かけた。
慧音も橙に気付いて声を掛ける。

「おお、橙か。よかったな。八雲の襲名」
「はいっ。とってもうれしいです」
「ああ、これからも精進するんだぞ」
「はいっ」

慧音にも賞賛を受けた橙は、俄然やる気が出てきたようで、
早速、八雲紫に仕事を与えてもらう為に、八雲紫を探し始めた。

しかし八雲紫の住居に行っても、八雲紫は居なかった。
八雲藍も見つからない。何処かへ出かけているのだろうか。

出かけているとするなら、博麗神社かもしれない。
橙は博麗神社へと向かった。






博麗神社には、いつものように惰眠を貪る霊夢が居た。
しかし紫は見当たらない。
何故、見当たらないのか分からない。

神社にいるという鬼も見当たらない。
いつも、人に嫌味な事を言ってる記憶しかないので、
別に居なくてもいいのだけど。
しょうがないので、マヨイガに帰ることにした。





あれ?








橙は自分の記憶に違和感を覚え始めた。
自分は八雲の名を襲名したが、何をやって襲名したのだろう。
では、藍様は何故頭を撫でながら褒めてくれたのだろう。
何故、その時の藍様の顔を思い出せないのだろう。
何故皆、八雲の名を襲名したことを知っていたのだろう。
紫様がわざわざそんな事を言うはずがない。
何故、紫様もあの鬼も居なかったのだろう。

頭の中がぐちゃぐちゃになってくる。
何も分からない。

でも、直感的に自分が眠っていたあの小屋に行けば何か分かるかもと思い、
最早覚えてすらいない小屋を探した。







帰巣本能という物だろうか。
橙はさほど苦労もなく、小屋に辿り着いた。

相変わらず椅子と机と暖炉が見える。
そしてポケットの中の小瓶を机に置く。
よく見ると、小瓶の札が剥がれかかっている。
橙はその札を無理矢理引き剥がした。


次の瞬間には。

橙は全てを思い出した。

思い出してしまった。








紫様の大切にしていた物を壊してしまった。
藍様は平謝りをして、全部の責任を被ってくれた。
でも紫様の怒りは収まらず、藍様への暴力は見ていられないほどだった。

ある朝、藍様は私の頭をなでながら、笑顔でこう言ったのだ。

「橙、しばらくの間、家を出ていて欲しい」
「紫様の怒りが収まるしばらくの間だ。もし寂しくなったら、この小瓶の中身を飲むんだ」
「わかったね、橙?」

私は頭を縦に振るしか出来なかった。
だって藍様に迷惑をかけたのは、私なんだもん。

そうしてしばらくの間、あちこちを転々としたけど、
私みたいなのを匿ってくれる人は殆どいなかったし、
居ても紫様の知っている人ばかりで、隠れきれないと思った。

そんな時、この森でこの小屋を見つけたのだった。
そして、どうしても寂しくて、小瓶の薬を飲んだんだ。
そしたら、急に眠くなってきて……。

私はずっと夢の中に居たんだ。
夢の中で都合の悪い人を消して、
自分に都合の良いように、友達を書き換えて。

自分の痛い事から逃げて、
辛いことから目をそらして、
寂しくなったらそれに縋って。



もういいや。

こんな私なんて。

藍様に迷惑ばかりかける自分なんて。







消えちゃえ。












パリン。
私はある妖怪に仕えている者です。
私には私が仕える妖怪の他に、下に私の部下がいました。
ええ、いたのです。

私の主人はとても頭が良いのですが、一方で非常に気難しい方でして、
とても気を使うお方です。
そして、私の部下もまた頼りなく、まだまだ手が掛かってしまいます。

ある時のことです。
わたしの部下がミスをしました。
それ自体はいつものことでしたが、今回は主人の怒りを買ってしまったのです。
私は部下の責任を被ることにしました。
上に立つ者が下を守るのは義務であると、そう思っていました。

ですが、主人の怒りは私の想像さえも超えていました。
主人にとって、それは許しがたい行為だったのでしょう。
私への責めは、私の許容量を超えかねない勢いでした。

私はいずれ、この責めが部下に行かぬように、部下をしばし外にやりました。
部下が今、何をしているか、わかりません。
私は部下がとても心配なのです。




………すみません。私はいま、嘘をつきました。

本当は知っています。部下は既に死んでいる事を。
私は部下に小瓶を渡しました。
小瓶の中は特殊な薬品で、強い欝状態に追い込む作用と催眠作用とが混ざった危険な薬品です。

そしてそれを、部下に飲むように言いました。
私もその時、何故そのような行為をしたのか分かりませんでした。

でも今になって、分かったのです。
私にとって、部下はかわいくもあり、そして憎くもあったのです。

自分だけが辛い思いをしているのに、何故彼女はああも笑っていられるのか。
少しだけでいいから、私の苦しみを味わって欲しかったのです。

でも彼女は死んでしまいました。
まさか彼女があれほどに思いつめていた事を、私は理解してやれなかったのです。
私は最低の上司です。

でも、これでよかったと思っています。
彼女が苦しんで死んだということは、彼女は私の苦しみを理解できたと思うのです。
それにどうせ、彼女が薬を飲まなかったとしても、
私抜きじゃ、式も満足に使えない愚図ですから。
どの道、彼女一人じゃ何もできるはずがないんですけどね。

あはは、あははははは。


                         ある壊れた妖怪の話より

                               記録者:八意永琳



            ※          ※


電波だって? 知るかよ!
名前がありません号
作品情報
作品集:
14
投稿日時:
2010/04/23 05:34:36
更新日時:
2010/04/23 05:34:36
分類
1. 名無し ■2010/04/23 08:52:45
藍しゃま・・・・・
ゆかりんもこの後どうなるのか
2. 名無し ■2010/04/23 10:47:21
ゆかりんにも橙と同じ薬を飲ませるだろうな
よかったな藍、自由は目の前だ!
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