妖々夢後日談

作品集: 16 投稿日時: 2010/06/06 13:59:42 更新日時: 2010/09/13 01:35:06
幽々子様が最近おかしい。





「妖夢、お茶を頂けるかしら?」

幽々子様のお食事は幽霊達が輪番制で作ることになっている。
しかし幽々子様のお食事に付き合うのはいつも私の務めだった。それは幽々子様が望まれたことでもある。

「畏まりました。膳をお下げしてもよろしいでしょうか?」

「ええ、もうお腹いっぱいよ。ごちそうさま。」

そう言って幽々子様は満足そうな顔を浮かべた。その顔は、私の懸念、尋ねるべき言葉を喉奥へ押し戻した。

給仕の幽霊が膳を下げる。洗った後のような皿が給仕の腕の上で揺れていた。





――今日のおかわりは一杯か……










幽々子様の気まぐれで始まった長い冬の異変も幕を閉じ、白玉楼の春も終わりが近づいていた。
結局西行妖が満開になることはなく、私たちが得たのは巫女のお目玉と顕界からの花見客だけだった。


そのまま何事もなく、またいつも通りの日常が戻ってくるはずだった。
だが、ほんの些細な変化がトゲのように私の胸に引っかかっていた。それは幽々子様の食欲だった。



「でね、あの子ったら容赦ないのよ。どれだけ私に針を打ち込めば気がすむのかしら。」

「あらあら、でもいいことじゃない?紫とっても楽しそうよ。」


異変が終わってから、冬眠明けの紫様が幽々子様の元へと訪れる機会も増えた。
御二人の会話を小耳に挟んだ限りでは、あの人間達は結界を修復していた紫様すらも倒したらしい。


紫様と言葉を交わす幽々子様には、いささかの変化も見受けられなかった。
いつも見せるのと同じ、その暢気な笑顔は私を安堵させる。


「あ、そうそう幽々子、今日は良いお酒が手に入ったのよ?」
「あら素敵、持つべきものは友ね、お酒の好きな。」

紫様はどこからか一升瓶を取り出した。幽々子様は口元に泳がせていた扇子をぱちん、と閉じる。

「今晩一緒にどう?藍に肴でも持ってこさせるわ。」

「うーんそうねー、でも今日はよしておくわ。ごめんなさいね。」

「……そう、いいわ。帰りにあの子に預けるから。後で呑んでちょうだい。」







「妖夢、何か話があって?」


紫様は帰りがけに土産を私に手渡しに、ひっそりと裏手を訪れた
最近の幽々子様について、私は紫様に話すべきか逡巡していた。紫様はそんな私の顔を見てなにかを察したのだろう。


「いえ、なにもありません。お酒、いつもありがとうございます。」


だが、私はそれを伝えなかった。取るに足りないことだ、その時はそう思っていた。
心配顔で紫様に話せば、きっとまたからかわれるだろう、そんな思いの方が強かった。


「そう、ならいいの。ねえ妖夢、わかってると思うけど……今幽々子は少し疲れてるわ。そんなそぶりを見せないようにはしてるけど。」

勝手口にそそくさと戻ろうとする私を、紫様は呼び止めた。

「……はい、承知しております。」
「だから貴女がしっかり幽々子のことを支えてあげて?あの子、ああ見えて貴女のことをすごく信頼してるのよ。だから、ね。」

「………」

「本当に申し訳ないけれど、私、暫く此処には来られないの。」
「結界の修復の件ですか?」
「それもね、……あと古い知り合いが少し困ったことになっていて……ごめんなさい。でも、今あの子の一番近くにいるのは貴女だから、お願い。何かあったときは藍に言付けしてちょうだい。すぐに駆けつけるから。」



紫様はそう言って私に頭を下げると、虚空の裂け目へと融けていった。













「ごちそうさまでした。」



紫様が来てから4日、今日も食事の量はまた同じ。いや、むしろそれは「悪化」と呼べる域にまで至っているように感じられた。
茶の湯気の向こうに幽々子様の顔が揺らめいている。そこにはうっすらと影がさしているように見えた。


食事係の幽霊達も幽々子様の変化に戸惑いを感じ始めていた。少しでも力になれればと、幽々子様の食事の準備に私が手を貸すことも多くなった。
献立が問題なのだろうかと、里で良さそうな料理を聞いてきては試す、ということを繰り返した。



だが、すべからく徒労に終わった。私は食事の世話をする時間を苦痛に感じ始めていた。
そんなことではいけない。私が幽々子様を護らなければ。


「どうしたの? 妖夢、なんだか元気がないわね。」


幽々子様はこう見えて大変鋭い。あの紫様でさえ一杯食わされることがままある。
私なんかが気を回して何か聞いたところで、逆にその気回しの至らなさを指摘されるのがせいぜいである。


ただ、それでも、この日はもう聞かざるを得なかった。



「幽々子様、体調は如何ですか?」



「……変なことを言うものね妖夢。私は元気よ。けれど、妖夢の暗い顔を見ると私の元気も逃げ出すわ。」



ただ笑ってそう返された。茶の上に浮かんでいたのは、いつもの笑顔だった。















それから幾日か経った。私はいつものように幽々子様に茶を淹れた後、庭の手入れをしていた。前と同じ、あの変化のない日課である。
けれどもその日課も、最近はすこぶるはかどる。胸が晴れ晴れするような、爽やかな午後だった。



「こんにちは。」

そんな頃だった。紫様がいらしたのは。それは無音の来訪だった。

「紫様、お久しぶりです。幽々子様は今食事を済ませて自室に戻られています。」

「――そう。」

それはどこか抑揚のない、乾いた返答だった。いつもと違う雰囲気に、思わず作業の手が止まる。


「妖夢――」


いっそう重い調子で、すっくとこちらを射抜くようにして、紫様は私を呼んだ。


「幽々子は元気?」


私は答えず、ただ目をそらした。何も隠すことなどないのに、何もおかしいことなどないのに。


だって幽々子様の食欲は、あの日以来すっかり元に戻られたのだから。



「ねえ妖夢――貴女、何か隠し事をしていない?」


私の動揺を見透かすように、紫様は、真っ直ぐにこちらへ言葉を投げかけた。
やましい所などない、おかしなことなんて何もないんだ。なのに。


「知りません、私には思い当たることなど――」

「妖夢、私の眼を見て。どんな些細なことでもいいの、何かおかしな――」


「……おかしくなんか」

そうだ、なにもおかしなことなどない。あってはならない。

「おかしくなんか……おかしくなんかないんです!!なにもないんです!!なにも!!ただ、ただ幽々子様は……一時期食べる量が増えていただけで――」


知らずうちに私は紫様に向かって声を荒げていた。


「今まで幽々子様は大変小食で、ご飯を残すことも多かったのに」

「それがあの騒動の後は、ご飯を何杯もお代わりするようになられてっ!!」

「最初は食欲が出ていいことだと思ったけれど、次第に四杯、五杯となって、先日は一升ですよ!!とても見ていられなかった……!」

「それにそんなにお食べになっているのに精が付いた様子もなく、むしろやつれてしまったようで―」

「でも、でも先日私がそのことを尋ねたら、幽々子様の食欲は元に戻られたんです。今まで通りの一汁一菜で……だから幽々子様におかしいところな――」



パシィン!!



乾いた音が庭を揺らした。


取り憑かれたようにわめく私を、頬に刺さる痛みが現実へと引き戻す。視線の先には紫様がいた。ひどく悲しそうな顔をして。

それは私への失望だったのか、信じてもらえぬ自分への嫌悪だったのか。



「――昨日ね、結界の見回りをしていた藍から報告を受けたの。貴女の所の幽霊が里で食料を買い漁ってるって。」

「それだけじゃない、たまに幽々子も里に下りて食べ物を買っていくって、里の人間が言ってたそうよ。」



軋む歯の間からそれだけ絞り出した紫様は、私も追いつけぬような速さで、屋敷に飛び込んでいった。








「幽々子!!」

紫様は障子をはじくように開いた。そこは屋敷の一番奥の、幽々子様のお部屋だった。幽々子様の許可がなければ屋敷の何人も入れぬ部屋である。



そしてそこは私の知る白玉楼の部屋ではなかった。



広い部屋中に散乱していたのは、食べ物の包み紙と、夥しい数の食器と、雪のように積もった食べ滓だった。
鼻を突く刺激臭が、こちらまで漂ってくる。それは死臭ではなく、酸の臭いだった。



「ゆ、幽々子……」


幽々子様は部屋の隅で、壁を支えられるようにしながら座っていた。



「――ごめんなさい…ごめんなさい幽々子…私は、私はまた同じことを……」
「……一人で全部抱え込む貴女に、私はまた気づけずに……また同じことを…」



幽々子様の方へ倒れ込むように、紫様はよろよろと歩を進めた。およそ普段の紫様からは想像できぬ、弱々しい、くぐもった声を漏らしながら。

それまで息を切らしながら、うつろな表情をしていた幽々子様は、自身の前でへたれこむ紫様をみるや、いつものころころとした笑顔を浮かべて、そっと大切な友人に手をさしのべた。


「ほら、どうしたの紫?泣かないの、ねぇ?全く貴女は泣き虫ね…」

「ごめんなさぃ……ごめんなさい幽々子…」

「貴女は何も悪くないのよ?自分を責めないで、ねぇ?」


嗚咽を漏らす紫様を、吐瀉物で汚れた胸元へ引き寄せながら、子をあやすように抱きとめる。
それは慈悲深く、気高き私の主人だった。ぼろぼろにやつれた顔をしていることを除いて。


その顔が、私の方へ、声を掛けることも、部屋に立ち入ることもできぬまま立ちすくむ私の方へ向いた。



「――ねぇ妖夢、お腹がすいたわ、ご飯はまだかしら?」






私は己の未熟さを呪った。

















"いやいや、妖夢。"

"!?"

それから更に幾日か経ったある夜、幽々子様と私は顕界の空を彷徨っていた。

"素敵でお腹いっぱいな夜の観光旅行。"

"なんだか物凄く怪しい奴らだな。"

私たちの前に対峙する一人の妖怪はため息をついた。


"ねぇねぇ妖夢?"


幽々子様は口元で扇子を泳がせながら、また私に問いかける。指先にできた大きなタコを着物の袖で隠すようにして。


"今日は、虫、鳥、と来て次は獣よ。"

"何が言いたいのですか。"


"ふん、お前達の歴史は全て頂く!"

眼前の妖怪はひどく怒っていた。こうした妖怪を見るのは今日3匹目である。

"お前達が幽霊になる前も、全てだ!"


今宵の捜索を依頼されたのは、紫様だった。
私には何のことか皆目わからなかったが、「月の件といえば分かるわ」との紫様の言葉通り、それだけ伝えられた幽々子様は、理由も聞かされぬままの私を連れて、夜の幻想郷へ飛びたった。


"次は龍かしらね。"

"幽々子様、次のことを考える前に目の前のことを考えてください。"


怒った妖怪がスペルカードを切る。今夜3度目の弾幕ごっこの火蓋が切られた。
幽々子様は、何事もないかのようにゆらゆらと相手の弾を避けながら、夜空を蝶で満たしていった。




紫様が言うには、幽々子様は「摂食障害」という病らしい。精神にひどく負担がかかると稀に起こる病で、外の世界では多いそうだ。その負担とは何なのか、私は紫様に尋ねたが、答えは返ってこなかった。
幽々子様の場合は霊体なので、身体的な衰弱が表面に現れることはないが、精神を蝕むことには変わりない。


――それで、どうすればその病は治るのでしょうか。

私の問いに、紫様は首を振っただけだった。よい治療法がないのか、私に教える必要はないとのことなのか、それは分からなかった。




相手の繰り出すカードを、幽々子様は軽くいなす。今日は体調もよいようだ。ふらつくこともない。


「妖夢、切りなさい。」


私にできることは、ただ幽々子様をお護りすること、それが私にできる唯一の償い。



                        人符「現世斬」


"――さあ、次は龍料理ね。"
「――ここね。」


天空の遥か先に大きな扉があった。重い、荘厳な扉はそれだけで生きるものを寄せ付けぬ存在感があった。


「えーと、あっちから入れそうね。」

しかし今その境界は弛み、往来は容易だった。最も、彼女にとってその境界はもはや意味を持たぬものであったが。


「まったく、私達を出しに使うなんて、あいつもたいがいね。」

そう言いながら、赤と黒の服を着たその少女は、長い長い階段をあがっていく。

彼女の手にはひとしきりの診療器具と薬の入った鞄があった。それは本物の月に眼をやられた少女と、そしてもう一人の少女を診るための。



「まあ焦らず、ゆっくり治しましょうか。いくらでも付き合ってあげるわ、永遠にね。」




原作の引用部分は "" で囲った部分です。事前に知らせず、大変申し訳ありませんでした。
んh
作品情報
作品集:
16
投稿日時:
2010/06/06 13:59:42
更新日時:
2010/09/13 01:35:06
分類
妖夢
幽々子
鉄板ネタ
引用あり
1. 名無し ■2010/06/07 00:03:37
いかん…
こういう話を読むごとに感じる。
大空魔術の向こう側が見通せなくなる恐怖
2. 名無し ■2011/05/07 21:55:38
すべからくってすべしの活用で全てという意味はないって聞いた
俺も今まで間違えてたけど
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