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『知られざる信仰』 作者: pnp

知られざる信仰

作品集: 17 投稿日時: 2010/06/29 12:11:47 更新日時: 2010/07/13 08:31:45
 夕刻、命蓮寺の門をどんどんと叩く者があった。
もう日も落ちかけていると言うのに何事だと、村紗水蜜が門を開いてみると、わぁっと言う歓声と共に数名の妖怪、妖精が中へ傾れ込んで来た。
虫の妖怪、闇の妖怪、氷の妖精――幼げな者ばかりである。
幼いと言えどもあまりにも礼儀が無いので待ちなさいと彼女が声を荒げてみても、誰一人として待つ事はなかった。
 この妖怪の集団が命蓮寺を訪れるのはこれが初めてではない。もう何度も彼女らはここを訪問している。そしてその度、今日のような態度でやってくる。
前々から注意しているのに更生が見られないので、水蜜もきつく注意してみてはいるが、馬の耳に念仏のようである。
「言っても無駄でしょう」
 小さくなっていく妖怪たちの背を眺める水蜜に、雲居一輪が苦笑いしながら囁いた。
水蜜はため息の後に返した。
「でも、ずっと言ってるのよ……いい加減、少しくらい分かってくれたって」
「まあまあ。幼いんだから、許してあげましょうよ」
「幼くたって何だって、悪い事は悪い事なんだから」
 水蜜は少し腑に落ちない様子を見せたが、渋々了承した。

 あの妖怪の集団のお目当ては聖白蓮だ。
幼い彼女らの暮らしの中で生まれてる愚痴や疑問を聞いてもらうのだ。それらは皆、子どもらの我儘の域を超えない稚拙な物であった。
水蜜や一輪が聞いていると、途中で馬鹿馬鹿しくなってくるようなものも多々含まれる。それでも白蓮は投げやりになる事なく、彼女らが飽きるまで聞いてやる。
妖怪に対しても人間に対しても平等に優しい白蓮は、少し疎まれがちの彼女たちにとって、とても頼りになる存在なのだ。
白蓮もその事実を知っていて、しかも少しも鼻に掛ける事も無く、信頼されている事を心の底から喜んでいた。
 彼女がここまで妖怪に尽くすのは、長きに渡って妖怪たちの役に立てなかった事を悔いているのもあるが、何より彼女本来の優しさによるものが大きい。
度の過ぎている感じの否めない彼女の優しさはもはや才能であり、性分なのだろう。もう水蜜らもそれを止める事はしなくなった。

 沈みかけている太陽で紅く染まって来ている命蓮寺の一室で、妖怪たちが白蓮に言う御小言を、水蜜も一輪も暇つぶしがてら聞いていた。
大半が簡単に解決するようなものばかりだったが、闇の妖怪のある相談を受け、白蓮の表情が変わった。
「この前、人里のてらこやって所へ行ったらものすごく怒られたんだよ」
「寺子屋?」
 白蓮が問い返すと、そうそうと虫の妖怪もその話に便乗してきた。
「ちょっと入っただけなのにね」
「ねー。お勉強したかっただけのにねー」
 味方が増えた事で段々と饒舌になって行く三人をよそに、白蓮は黙って何かを考え込んでいた。
明らかに今までの反応と違う白蓮の様子に、水蜜が首を傾げた。
「どうしたんです、聖」
「……村紗、ちょっと人里の寺子屋へ行ってきます」
「ええっ!?」
 水蜜は勿論、大騒ぎし出した妖怪たちを呆れるように眺めていた一輪までも声を上げて白蓮の方を向き直した。
そんな反応は少しも気にせず、白蓮は立ち上がった。
「彼女らのやる気を無碍に扱うのはかわいそうではありませんか」
「それはそうかもしれないけれど、いくらなんでもそれはやりすぎですよ、姐さん」
「いいえ。それに、悪い事ではないでしょう。人間と妖怪が共存できるのは、幻想郷の現状を見れば一目瞭然。寺子屋に妖怪の子どもが通うのもよいではありませんか」
 言い出したら止められないのは分かっているので、二人ともそれ以上何も言えなかった。
相談にやってきた妖怪たちを引き連れて、彼女らは人里へ向かい出した。
「少しお話ししてくるだけですから、きっとすぐに戻ってこれると思います。もしも遅くなってしまったら、御夕飯は先に食べていて構いませんよ」
 それだけ言い残し、白蓮は命蓮寺を後にした。



 夕暮れ時の人里は、昼間ほどではないものの、まだ活気に包まれていた。
一日の収穫や成果を報告したり、笑い話を語り合ったりしている時間なのだろう。とても平和であった。
一般的に『人里』と呼ばれているだけあって、すれ違う者のほとんどは人間だ。妖怪の姿はほとんどない。
こんなにも妖怪の存在が容認されている時代であるのに、人と妖怪の対等な関係、交流が少ないのは嘆かわしい事だと白蓮は思った。
急速で無くて構わないが、少しずつ妖怪と人間の仲が良くなっていけばいいと思えた。
 寺子屋へは、妖怪の子たちがわいわい騒ぎながら案内した。
日も傾きかけているので皆帰宅しているのか、もう子どもの姿は少ない。
それにも拘らず幼げな声が響いているのが珍しいのか、それとも妖怪が白蓮を引き連れて何を騒いでいるのかが気になるのか、多くの者が彼女らを注視していた。
その人々に白蓮は何度となく会釈しつつ、寺子屋へ向かった。


 寺子屋へ着くや否や、氷の妖精が声を張り上げた。
「出てこいワーハクタク!」
 幸い、もう勉強をしている者の姿は見受けられず、妖精の声は空しげに響くだけに終わった。
だが賑わいが無い分、聞かせてやりたい者に声もよく届くようで、暫くすると木質の床を一定のリズムで叩く音が鳴りだした。
そして奥から、寺子屋の先生役を担っている半獣、上白沢慧音が姿を現した。
 声を聞いただけで誰が来たのかに気付いていたので迎えるのが億劫だったようで、初めは至極気怠そうな表情をしていた。
しかし来客の中に白蓮もいるのに気付くと、驚いたような表情を見せた。
「珍しい組み合わせだな。何か用か?」
「こんな時間に申し訳ありません。実は……」
 白蓮は妖怪たちに聞いた話を告げ、次いで自身の見解も述べた。
今すぐでなくてもいいから、いずれは妖怪の子どもたちもこの寺子屋に受け入れてみるよう考えてみてはどうか、と。
言われて慧音はすぐに首を横に振った。
「気持ちは分からないでもないが、ここは人の学ぶ場所なんだ。妖怪の来ていい場所じゃない」
 この一言に妖怪たちが口々に反論した。
内容はと言うと、人間ばっかりズルいとか、差別とか、ただ不満を並べた程度のものであった。
しかし、誰が言ったのか特定はできなかったが、ある一言が慧音の心を揺さぶった。
「あんただって妖怪の癖に」
 困り果てたような、面倒くさいような表情を見せていた慧音の表情が、この一言で僅かに変化した。
だからと言う訳ではないが、白蓮はこの心無い一言に注意をした。
慧音は後天性――生まれてから半獣に変化したと白蓮は聞いていた。これを全く気にしていないと言う訳ではないかもしれない。
いくら彼女らの願いを叶えるにしても、相手を不愉快にさせるのはよくないと思ったからだ。
 その後暫く、慧音と白蓮の意見交換が続いたが、終わりが見えてこない。
そこで慧音がある提案をした。
「よければ、奥へ来てくれないか? 立ち話は辛いだろう。無論、その子らも一緒に」
 白蓮はちらりと窓の外を見た。すっかり暗くなってしまっている。
しかし話し合いの場を与えて貰えたのだから、遅いから帰ると拒否するのも気が引けた。
それに、慎重に話し合うに越した事はない。命蓮寺の者にも何処へ行ったかは伝えてあるから大丈夫だろうと、これを承諾した。
 一向は寺子屋の奥へ向かった。


*


 時計を短針が8を指し示した。同時に時計がゴーン、ゴーンと音を鳴らし、時を告げた。
命蓮寺の一同はすっかり夕食も終わってしまい、各々の時間を過ごし始めている。
そんな中、水蜜と一輪だけが、共用の大きめのテーブルで、じっと白蓮の帰宅を待っていた。
「いくらなんでも、遅すぎやしないかしら?」
 時計の音を切っ掛けに水蜜がこう呟いてみると、一輪も静かに頷き、同意を表した。
「相手があのワーハクタクだから、長くなるんじゃないかって思ってはいたけど、さすがにね」
 一輪は苦笑した。
そんな二人に、ナズーリンが歩み寄ってきた。夕食が終ってからずっとこの調子だから、気を紛らわしにやって来たのだ。
「二人とも、心配し過ぎだよ。人里へ行ったんだろう? 別に妖怪の山や吸血鬼の館へ出向いた訳ではないんだから」
「でも、もうこんな時間よ」
「頑固者同士、気が合うんじゃないか?」
 二人を気遣ってナズーリンは努めておどけて見せたが、効果はいまいちであった。
 すっかり冷めてしまった夕食と、窓から見える真っ暗な外を交互に見た後、一輪が立ち上がった。
「ちょっと私、様子を見に行ってくるわ」
「やっぱりそうなるのか」
 あまりにも想定通りの展開に、ナズーリンが肩をすくめた。
そしてすぐに村紗の方をちらりと見て言った。
「そして村紗は『じゃあ私も』と言う」
「じゃ、じゃあ私も……」
「ほら見ろ」
 ナズーリンは二人の心配性に呆れ、大きくため息をついた。
「止めはしないけど、議論に巻き込まれて全員帰りが遅くなる、なんて事はないようにね」
「まあ、努力するわ」
「ああ、駄目だなこりゃ。どう考えても全員朝帰りだ」
 大袈裟な身振り手振りと共に悪態をついたナズーリンに微笑んで見せて、二人は人里に向かって出発した。


*


 夜の人里は、昼とはまた違った風な賑わいを見せていた。
商店などは閉まっているが、居酒屋などの夜から本領を発揮する店が代わりに開いているのだ。
夜の人里はあまり来た事が無かった二人は、その異質な雰囲気に少したじろいだ。
おまけに会う人会う人、全員が二人を注視している。
あまりにも多くの人が二人を見る為、その全てが奇異の眼差しであるかのような印象を受けた。
こんな夜分に妖怪と幽霊が二人で人里を歩くなど、少し不吉すぎただろうかと思った。
それとも、もしや寝癖でもついているのかと、さりげなく水蜜は自身の髪を撫でたりもした。
 そんな視線を感じつつ、
「寺子屋、どこにあるのかしら」
 一輪がこう呟くと、水蜜は首を横に振った。
「知らない」
「聞くしかないか……」
「そうだけど、何だかとても聞き辛い雰囲気だわ」
 先ほど言った通り、二人はどう考えても人里の異物だ。声を掛けるのに躊躇してしまうのは仕方が無い事だ。
しかしそれでは埒が明かないので、水蜜が意を決して最寄りの屋台の店主に声を掛けた。
「あの、すいません。寺子屋はどこにあるか教えてもらえませんか?」
 店主も、そこにいた客も、全員水蜜を振り返った。
すぐには誰も口を開かなかった。急に人以外の者に声を掛けられて驚いてしまったのかもしれない。
暫くすると店主である人物が問うた。
「こんな時間に寺子屋に用事なんて、珍しいな」
「ええ、まあ」
「この道をずっと行ってれば見えてくるよ」
「そうですか。ありがとうございます」
 水蜜は軽く礼を言い、遠巻きに待っている一輪の元へ駆けて行った。
 教わった通りの道を進んでいく二人を、店主らは黙って見送っていた。


*


 店主が言った通り進んでいると、寺子屋が見つかった。
屋台などで賑わっている場所からは少しだけ離れた場所で、しんと静まり返っている。
しかし、辿り着いて早々、二人は首を傾げた。
「おかしいわ。明りが点いてない?」
「別の場所で話し合っているのかしら」
 窓から見える建物の内部も、門前の外灯も点灯していない。正真正銘の常闇だ。
こんな中で、二人は話し合いをしているとは考えづらい。
とは言っても、ここ以外に行く当てがないので、一先ず一輪がそっと扉に手をやり、少しだけ力を加えると、そっと扉が開いた。
それに伴って鳴るギィギィと言う音が、建物の古さを思わせる。
「とりあえず、入ってみましょうか」
 一輪の提案に、水蜜が黙って頷いた。

 月の光すらろくに入り込んで来ていない程暗い寺子屋に、そっと二人は足を踏み入れた。
「ごめんください。どなたかいませんか?」
 水蜜が叫んでみたが、返事は一切無い。
目を凝らして闇を探ってみたが、これと言って何も見えない。
「やっぱり誰もいないのかしら」
「でも鍵は開いていたし」
「そうよね。少しお邪魔しますよー」
 誰に言うでもなく一輪が囁き、慎重に奥へと進み始めた。水蜜がそれに続く。
 廊下を進む二人は、無意識の内に息を潜め、忍び足で進んでいた。木質の床が軋んでギシギシ鳴る音ばかりがやけに大きく響く。
一応誰かいないものかと二人は周囲をきょろきょろと見回してみてはいるが、当然誰もいない。生徒などとっくに帰ってしまっているだろう。
 最初の曲がり角を曲がった時、視界に変化が現れた。
「あ、あの部屋! 明りが点いてる」
 水蜜が嬉しそうな声を上げた。一輪も少しばかりほっとしている様子だ。
少しだけ急ぎ足で明りの点いている部屋を目指す。床の軋む音の他に、少しだけの足音もその場に表れ始めた。

 しかし、部屋に辿り着いた二人は、顔を顰めた。明りは点いているのに、無人だったのだ。
単なる消し忘れだろうかと、二人して落胆した。
 部屋にあるのは大きめの机と、沢山の本棚であった。部屋自体は広くない。
所謂図書室みたいなものだろうと解釈した。
「期待外れね」
「ええ、本当に……」
 一輪の一言に、水蜜はため息交じりに答えた。
そして部屋を見回してみると、机に置いてあった本が目に入った。表紙からその本は昆虫の図鑑である事が分かる。大きな本だった。
何の気無しにその本を開いてみた。表紙の通り、いろんな昆虫の一覧が、延々綴られているばかりだ。
やけにカラフルなのは、外界から入り込んで来たものだからだろうと思った。
じっくり内容を見たい訳でもなかったので適当にページを捲って行き裏表紙が表になるよう本を閉じた。
そこで水蜜は目を疑った。
「ん……?」
「どうしたの?」
 突如として神妙な声を上げた水蜜に驚いた一輪が振り返る。
呆然とした様子で机の上の本に目を落としている水蜜を見て、一輪もそれに視線を落としてみた。
そして、水蜜と同様の反応を示した。
 本の裏表紙に、赤い液体が付着していたのだ。
丁度裏表紙の真ん中に赤い染みができている事から、机の上に零れた赤い液体を本で隠していた、と言った方が正しいかもしれない。
問題はその赤い液体が、どう見ても血にしか見えない事だ。それに故に二人はこんなにも驚いているのだ。
「なんでこんなものが」
 恐ろしくなった水蜜は、本を机から叩き落とした。分厚い本は本棚の前へ落ち、ごとりと重々しい音を立てた。
それでも、二人の視線は本から離れる事はない。その時、一輪はある事を発見した。
「この擦り傷は何かしら」
「擦り傷?」
「ほら、ここ……何かで擦ったみたいな跡があるでしょう」
 一輪に言われて水蜜もそこを注視してみると、たしかに不自然な傷があった。
傷の幅や家具の配置から察するに、本棚を動かしてできたものにしか見えない。
掃除か何かの時に動かしたが重たいので引き摺ってしまい、結果できた傷だろうかと推測したが、出鱈目に動かしたにしては範囲が狭すぎる。
意図的に傷のできている所まで動かしたようだった。まるで、そこまで以上に動かす意味など無いかのように。明らかに不自然だ。
 二人は一度顔を合わせ、次に本棚へ視線を移した。
もしやと思い、二人で本棚を引いてみると、人が一人入れるくらいの四角い穴が表れた。
ご丁寧にも梯子付きである。この先に何かあると言っているようなものだ。
ここまで怪しげな物を見つけてしまって、もう引き返そうと言う気にはなれなかった。
 二人して慎重に梯子を下っていく。
鉄製の梯子は一段降りて行く毎にかつん、かつんと硬質な音を響かせる。
上の階の明りが段々と届かなくなって行き、暗さが強まっていく中、向かう先からまた別の光が二人を照らし始めた。


 先に梯子を降り切ったのは一輪。水蜜がそれに続いた。
 またも通路が作ってあった。ここは所謂地下室であるのだが、等間隔で置かれた小さな燭台のおかげでどうにか進める程度の明るさがあった。
万が一に備えて警戒を怠らず、二人は通路を歩きだした。
数メートル程進んだところで早速曲がり角に指しかかった。
寺子屋の地下室と言う不自然且つ異質な雰囲気に気圧され、息を殺しながら慎重に角を曲がった瞬間、一輪は何かを踏みつけた。
何かと思い足元へ視線を落としてみると、燭台の蝋燭に僅かに照らされて、小さな手が見えた。
「――!?」
 思わず一歩退く一輪。後ろについて歩いていた水蜜は、急に後退してきた一輪とぶつかってよろけた。
「どうしたの?」
 不思議そうに問うた水蜜が同じように落ちている手を確認し、目を見開いた。
 落ちている手は、胴は愚か、腕とも繋がっていない。手首から先だけが放られてあると言った状態だ。
おまけに腐敗が進んでいるようには見えない。つまり、これの断片が、まだどこかにあるかもしれないと言う訳だ。
 退くか、進むかの判断ができぬ程に体が硬直してしまっている二人を、急に強い光が照らした。
幻想郷ではまだ珍しい電灯だ。天井に備え付けられている幾多の電球が一斉に点灯し、暗い地下通路を照らし出した。
 明るくなった通路の先には、一つの生物が立っていて、その周囲に四つの骸が転がっていた。
唯一の生物は、にこりと微笑み、口を開いた。

「こんばんは。こんな時間に何の用だ?」

 骸に囲まれて立っていたのは、上白沢慧音だった。
銀色の長い髪や、蒼や白の落ち着いた彩りの服の至る所に、赤色の斑点が付着している。
立っている慧音から骸へと視線を向けてみると、誰もが見覚えのある者たちだった。
闇の妖怪、虫の妖怪、氷の妖精、そして、聖白蓮――ほんの数時間前まで一緒に命蓮寺にいた者たちだ。
「聖!!」
 水蜜が泣きそうな声を上げ、その骸へ向かおうとしたが、一輪がそれを制止した。
戸惑いながらも水蜜はそれに従ったが、悲しみを堪え切れず、泣き崩れた。
一輪は目の前にいる慧音を睨みつけながら問うた。
「これは、あなたがやったのね?」
「そうなるな」
「どうしてこんな事を……!」
「そこの女は妖怪の子どもを人間の通う寺子屋に通わせろ、などと馬鹿げた事を言ってきたのでな。おまけに連れの妖怪は私を侮辱する始末だ」
 そう言いながら慧音は、俯せで放置してある虫の妖怪の骸へ近づき、蹴って仰向けにした。
顔には殴打の跡があり、腕や脚にもかなりの量の傷が付けられている。
しかし一番目立ったのは、腹部を横断するかのような巨大な切創だ。そこから臓物が顔を覗かせている。恐らくこれが致命傷だろう。
この傷だけで死に至れるであろうから、顔や手足の傷は死亡に関与していない傷である。つまり、この虫の妖怪は甚振られたのだ。
「女は頑固で意思を曲げそうにないし、妖怪は言っても聞かないだろう? 人里の治安に関わる事だ。このくらいは当然だ」
「ふざけるなッ!」
 怒りを露わにした一輪が、即座に慧音に殴りかかった。
しかし慧音は容易にそれを避け、同時に高い跳躍で二人の頭の上を越えて、あっと言う間に背後を取った。
「聞き分け悪い奴らだ。これだから妖怪は」
「あなただって妖怪でしょう」
「おいおい、ふざけた事を言うな。私は後天性。元々は健全な人間なんだよ。お前みたいな生粋の妖怪でなければ、後ろにいる自己満足の為に他人に迷惑をかけるような幽霊でもない」
 慧音は厭味ったらしく微笑んで言った。
「まあ、ここを見つけた事は褒めてやるが、この事を知らされると面倒だからな。お前たちにもここらで死んでもらうとするよ」
 言うや否や、慧音は指をぱちんと鳴らした。
するとどうだろう。先ほど二人が曲がった曲がり角から、大勢の人間がやってきた。
手にはそれぞれ凶器を持っている。鉈、包丁、槌、鍬、鎌――
そして、ギロリと二人を睨みつけている。その剣幕は、普通のものではない。
「な、何を……」
「お前たち、あいつらを任せたぞ」
 慧音の指示と同時に、その人間たちが二人ににじり寄り始めた。それに合わせ、水蜜と一輪は少しずつ後退する。
 相手の行動を見逃さないように神経を尖らせている一輪に対し、水蜜は白蓮の死を受け入れきれないようで、未だ彼女の骸に目をやっている。
動けない者にこの状況の打破を期待などしていられない。
自分がやるしかないと、弾幕をちらつかせた一輪に、慧音が嘲笑を交えつつ言った。
「おいおい、そんな事していいのか? 彼らは表面上は善良な人里の民なんだぞ?」
「くっ……!」
「事情を説明すれば、なんて考えない事だ。お前らみたいな妖怪と、妖怪に傷つけられた弱き人里の民。どっちが信じられるかは明確だろ?」
 勝ち誇ったような笑みを浮かべつつ、慧音は「さようなら」を示すかのように二人に少しだけ手を振った。
そして二人が下って来た梯子を登って行った。
慧音を止める事は叶わなかった。人間が立ちはだかり、慧音の元へ行かせまいとしていたからだ。
これはもはや、ある種の信仰であった。
人里の平和を守り、子どもたちを良い方向へ導き、おまけに人間より強力な存在でありながら人間に好意的な慧音は、神の様な存在なのだ。
 二人が思うように手を出せず間誤付いている間に慧音は梯子を登り切り、上で待機していた人間達と協力し、本棚を動かして梯子を隠した。
「皆には伝えてあるか?」
「ええ。大丈夫です。子どもらは家に帰しましたし、大人は皆準備が整っています」
「よし。万が一、地下室から逃げられたとしても、絶対に里から出すんじゃないぞ」
「お任せ下さい」
 慧音の指示を受けた人間はとんと胸を叩き、寺子屋を出て行った。
二人がいる地下室へ続く隠された梯子のある場所を見下ろし、慧音はふっと微笑んだ。
「そこらの妖怪と人を不用意に交わらせるなんて、馬鹿な事を。頼むから絵空事で私の平穏を邪魔しないでくれ」




 いつまでも引き下がる事は叶わなかった。
背に強固な地下室の壁が立ちふさがったのだ。
とんと、背中に壁がぶつかった時、思わず二人は背後を振り返った。疎らに砂の付着した石の壁がそこにあった。
 水蜜はこの突如として訪れた絶望的な状況に心を折られてしまったようで、小刻みに震えている。
「村紗、しっかりして」
 一輪が強い口調で言ったが、水蜜は白蓮の死などが重なった影響で完全に参ってしまっている。
 慧音は人間に手を出すなど許されないと言っていたが、こんな状況では仕方が無いと、一輪は意を決した。
ありったけの弾幕を使って、目の前の人間を蹴散らす事に決めた。
 煌びやかな大量の光線を発生させた一輪。
それを皮切りに、人間たちが怒声を上げながら二人に襲いかかって来た。
人の波が到達する前に光線を降り注がせ、人間たちを迎撃する。
弾幕による攻撃では死に至るまではいかないかもしれないが、その方がかえって牽制にはなる。
しかし人間たちは、いくら仲間が弾幕に撃たれて気を失ったり、負傷したりしても、戦意や殺意を衰えさせること無く二人に突っ込んでくる。
慧音の指示を命を賭して遂行しようと言う意気込みが見て取れる。
 そんな確固たる意志を秘めた人間たちの数にものを言わせた戦術に、一輪一人の弾幕は白旗を上げた。
弾幕を出鱈目に掻い潜り、横たわる仲間たちを越えて前に進み続けた数名の人間が、遂に二人の元へ到達した。
一輪より先に、すっかり無力化している水蜜が標的として定まってしまったようで、人間の一人が水蜜の手首を掴んだ。
そんな窮地に陥っても水蜜はまともな抵抗すらできていない。
 一輪は即座に弾幕による応戦を止め、殴打による応戦にシフトした。
だが近接戦の心得などある筈がなく、おまけに人間たちは手に凶器を持っている。戦況は瞬く間に悪化した。
水蜜を護りながら不慣れな近接戦などまともにできる筈がないのだ。

 じり貧になりながらもどうにか敵をいなしていたが、そんな誤魔化しも遂に終焉を迎えた。
ある人間の持っていた包丁が、一輪の腹部を穿ったのだ。
激痛にたじろぎ、攻撃の手を止めたのが仇となった。その隙を狙って人間たちは寄って集って一輪を叩きのめし出した。
 こんな状態になってようやく事の重大さに気付いた水蜜が一輪の名を叫んでみても、何の意味もなかった。
一輪から返事などない。ただただ人間たちが手に持っている凶器で斬られ、刺され、殴られ、その都度漏れる呻き声が、怒声の合間を縫って途切れ途切れに聞こえてくるだけだ。
水蜜はすとんとその場に座り込んでしまった。
今は誰も水蜜の事など相手にしていない。どうせ抵抗してこないと分かっているからだ。
 一輪を暴行する人間たちの脚の間から、僅かに一輪の手が見えた。
誰かに踏み潰されてしまったようで、指はあらぬ方向にひん曲がり、爪は剥がれ、血だらけだった。
まるで放置された人形のように、ピクリとも動かない。
「一り――」
 もう一度名前を呼ぶ直前、何者かが水蜜の頭を酒瓶で殴り付けた。
パリンと言う音を最後に、水蜜の視界は真っ暗になった。


*


 視力よりも先に聴覚が機能し出した水蜜の耳に、ざわざわと人々の声が聞こえてきた。
そのお陰で朦朧としていた意識は一気に覚醒へと向かった。
同時に感じたのは酒瓶による頭部への殴打の余韻。そして視界に映ったのは、高台に座らされている自分を見上げる人間たち。
水蜜はまるで晒されているかのような感覚に陥ったが、事実、彼女は人々に晒されていた。
『村の治安を脅かす恐ろしい女の手先の者』として。
「目覚めたか」
 頭上から聞き覚えのある声がした。手も足もを縛られている為、動く事は叶わなかった。
首だけを動かしてそちらを見ようとしたが、そうする前に声の主が水蜜の目の前に歩いてきた。
「上白沢慧音……!」
 大好きな白蓮を殺したと思われる者を目の前にしても、水蜜にはもう恐怖心しか生まれなかった。
すっかり委縮し、睨み付けるなどの威嚇行動すらしてこない水蜜を見て、慧音は微笑を浮かべた。
そしてひらりと身を翻し、人ごみの一点を指差した。
「ほら、あそこを見てみろ」
 言われた通り、そちらを見た水蜜は目を見開いた。
「一輪!!」
 人々が形成するざわつきの中で突拍子も無く放たれた甲高い叫び声はよく通った。
誰もが水蜜のいる高台――基、処刑台の上へ注目した。
無論、人々に囲まれるようにして膝を揃えて畳んで座らされている雲居一輪も。
 水蜜が卒倒する直前の光景通り、一輪は袋叩きにされて酷い有様だった。
着用していた衣服はぼろぼろで、その切れ目から切創や青痣が見え隠れしている。
顔も容赦なく傷つけられていて、片目は開けないような状態だ。
横には大きな斧を持った人間が立っている。おまけに後ろで組まされた腕の手首にはナイフが刺してあり、強引に拘束してある。水蜜同様、逃げる事はできない。
「む、村紗……!」
 名を呼ばれた一輪も、痛む体に鞭を打ち、どうにか水蜜の名前を呼び返した。
引き剥がされた仲のいい二人――微笑ましすぎるその光景に、慧音は更に笑みを深くした。
そして、ここぞと言わんばかりに声を張り上げた。

「皆、よく集まった」
 慧音の一声で、老若男女、全ての民衆が押し黙った。
しんと静まり返った“処刑場”。
簡素な松明の安定感無くゆらゆらと揺れる炎が、夜の闇を打ち消し、暗い処刑場を照らし出す。
一際明るくされている処刑台へ視線を向ける民衆の瞳は、爛々と輝いている。その目は期待に、そして羨望に満ちていた。
そんな民衆の目に晒されながらも慧音は物おじする事無く言葉を紡ぐ。
「もう皆、噂程度になら知っているだろう。命蓮寺の僧侶がこの里を訪れ、寺子屋に妖怪を招くよう提案してきた」
 この事実を知っている者はうんうんと頷いた。知らぬ者はわざとらしく恐怖に震え、傍の者と小さく囁き合った。
子どもたちは教育された通り妖怪を恐れた。若者は一輪と水蜜に対してヤジを飛ばし、老人はけしからんと悪態をついた。
再びざわつき出した民衆を慧音がもう一度静まらせ、更に言葉を続けた。
「だが、安心していい。提案をしてきた僧侶は殺した。そしてその手先の者が、ここに捕えてある。そう、そこの妖怪と、この舟幽霊だ」
 彼女の言葉に合わせ、民衆の視線も一輪、水蜜と忙しなく動いた。
「こいつらもまた、その僧侶と共に暮らし、奴を慕う者たち。生かしておいては二の舞を踏んでしまいかねないと私は思うが……皆はどう思う?」
 言葉を言い終えた瞬間、耳を劈く様な歓声が処刑場に湧き上がった。
そして人々は――子どもも、若者も、老人も、男も女も、口々に言った。
「殺せ、殺せ」と。
 調子のいいそれは、次第にただの怒声の集まりから変化していき、遂にほぼ全ての声がピタリと重なり合った。
これこそが民衆の願い。これこそが民衆の求める未来。これこそが民衆の求めるモノ。
 彼らは、期待している、待ち侘びているのだ。
人間をかたどった化け物が無残に殺されていくその様を。
普段の平穏な生活では決して見る事が出来ない極めて珍しい残酷な光景を。
人里の平和を脅かしかねない妖怪を殺すと言うだけの、合法的公開処刑。それは今や、極上のエンターテイメントと化していた。
そしてこのエンターテイメントを実行できる力を、慧音は持っている――これこそが、彼女を狂信する者が多い理由の大部分を占めている。
 一輪も水蜜も唖然としながら、騒ぎ、囃し立てる民衆を見つめた。生物二つの命を奪おうとしている前だと言うのに、誰もが楽しそうだったから。
その瞳に、妖怪へ対する恐怖とか憎悪を、どうしても感じられなかった。
あったものは、見世物としての処刑に駆り出される哀れな二つの命が尽き果てるその瞬間を今か今かと待ち侘びている民衆の生き生きとした瞳。
酒を飲んでいる時よりも、一日の務めが終わった時よりも、その目は生きていた。
 民衆の求めるものを理解した慧音は、にんまりと笑んで頷いた。
「よろしい。ならば今日も始めよう。里の平和を脅かす者に、死と言う名の制裁を!」
 歓声は一際大きくなった。
老人を気遣う若者が前の方の席を譲った。見えないとぐずつく子どもを父親が肩車してやりだした。
お調子者は指笛を吹いて場を盛り上げた。外界から入って来たカメラを持つ者は一斉にファインダーをのぞき込み出した。



 慧音と、執行人である数名の人間で水蜜を取り囲んだ。
すぐ傍には数々の公開処刑用の道具が詰め込まれた大形の箱が置いてある。
どれにしようかなと、わざと水蜜に聞こえるような声で言った人間が、箱の中を探りだした。
捕縛されて動けない水蜜は、恐怖で視界を動かすことすらままならず、人間に囲まれたままがたがたと震え出した。
 道具の選定の最中、処刑台の下から、一輪が声を上げた。
「やめなさい!! 村紗を放せッ!!」
 しかし選定の手は止まらず、代わりに慧音があざ笑うかのような眼差しを向けた。
 一輪の必死の呼びかけは今や水蜜を助けるのには何の効果もない。ただ、処刑による死の残酷さをより際立てる要因にしかなっていない。
仲良しの二人が無理やり引き剥がされ、片方の目の前で片方が無残に殺されていく――
死や殺しを楽しむ上で、古典的かつ典型的で、しかし安定した魅力を持つ状況と言える。
悪く言ってしまえばありきたりなのだが、それは物語の中での話だ。
彼らは現実の世界で、物語の様な状況を作り出し、そしてそれを拝んでいる。
現実において、こんなのはありきたりである筈がない。日常とは遠くかけ離れた、異常すぎる状況なのだ。だからこそ、誰もが喜んでいる。

 選定役が慧音に手渡したのは、大きめのナイフだった。
手入れがあまりなされておらず、所々刃が欠けていて、錆ついている個所もある。
しかし問題はない。この処刑はショーなのだから。いかに魅せるかも重要だ。鋭利な刃を使うより、これくらい朽ちていた方が相手に痛みを与えやすい。
 ナイフを受け取った慧音は、俯せになっている水蜜に正座を強制し、早速それを水蜜の首筋に当てて見せた。
同時に騒いでいた民衆は押し黙り、処刑の経過に目を奪われ始めた。
ぽろぽろと涙を零して震える水蜜に、慧音が問うた。
「どこを切ろうか?」
 そう言うとじれったく、その朽ちかけたナイフを水蜜の体の上で滑らせ始めた。
首筋から始まり、肩へ降り、腋を擽った。胸元、腹、骨盤と通って太腿へ到達した時、少し後戻りし、ナイフの尖端は水蜜の恥部で制止した。
男衆のごくりと生唾を飲み込む音が鳴る。
「経験は……無さそうだな」
 素っ気無く言うと、慧音はナイフを制止させたその場所を、そっと擦り始めた。
緊張と恐怖による発汗でじっとりと濡れていた衣服が、また別の分泌物で更にゆっくりと湿っていく。
無意識の内に殺していた呼吸は次第に淫らに荒れ始めた。
「こんな状況で感じているのか。卑猥な奴だな」
「ち……違……っ」
「ほら、顔を上げてみろ。沢山の人がお前を見ている。無論、お前のお友達もな」
 人目に晒され、生命の危機に瀕していながらおかしな情に浸ってしまった自分が情けなくなり、水蜜は更に大粒の涙を零した。
「したいんだろ?」
「違う、そんなのじゃない……」
「待てよ、お前の場合は同性愛者の可能性も捨てきれないな。白蓮とか言う女と寝る事でも考えて自慰に耽っていた事くらいあるだろ」
「違う違う違う……!」
「好意を抱いた者と交わる妄想をしての自慰はさぞかし快感だっただろう」
「ちが……!!」
 まるで心を呼んでいるかの如し慧音の推測に対して羞恥を隠しきれなくなった水蜜は声を張り上げようとした。
しかしその直前、慧音はナイフを水蜜の大腿に突き刺した。
「どうだっていいさ。どうせここでお前に与えるのは快感じゃない」
 慧音は涼しい顔で言い、ナイフで傷口を強引に掻き回し、その傷を更に広げた。
「ああああああああああああぁぁぁぁぁああっ!!」
切れ味の悪い錆びかけたナイフが強引に肉を破壊する痛みは想像を絶するもののようで、水蜜は悲痛な叫び声を上げた。
同時に、遂に始まった処刑に民衆の興奮も最高潮に達したようで、わっと歓声が上がった。
「村紗!」
 手が使えない状態で一輪は器用に立ち上がり、水蜜を助けに行こうとした。
しかし、傍にいた人間が立ち塞がった。
「どきなさい!」
 忌々しげな視線を一輪が投げかけて叫ぶと、人間は一輪の腹部に拳を減り込ませた。
回避も防御もできないままその一撃を喰らった一輪は、低い呻き声を上げてその場に倒れた。
空っぽの胃から胃液だけが逆流してきて、口の中に嫌な臭気と酸味が充満した。
腹部への打撃の痛みは勿論の事だが、既存の傷の痛みも相まって、一輪はそこから立ち上がることすら困難になってしまった。
ままならない呼吸をどうにか繋ぎ止める。開いた口から涎が垂れ、地面の砂を固めた。
それでも村紗の事を気に掛け、首を擡げてどうにか処刑台の上を確認した。
まだ水蜜への暴行は続くようだった。
「や、やめなさい……!」
 縛られた足を懸命に動かし、尚も彼女は処刑台を目指した。


「お友達がお前を助けようとしているぞ」
「え……」
 慧音に言われて水蜜は、涙で滲む視界で懸命に一輪を探し出した。
すると、手をナイフで串刺しにされて束ねられ、脚を縄で縛られている一輪が、ずりずりと這ってこちらへ向かってきているのを見つけた。
周囲の人間はそんな彼女の無様な姿を見て笑っていた。
あまりに痛ましいその姿を見て、水蜜は泣きながら首を横に振った。声は届きそうにないから、動作で想いを伝えようと思ったのだ。
「もう、もう止めて、一輪……」
「ははっ。なんとも感動的な光景だ。虐め甲斐があるというものだ」
 大腿に刺さったままのナイフを強引に引っこ抜き、慧音は次に蝋燭とマッチを取り出した。
素早くマッチを擦り、蝋燭に火を点けた。
「な、何を……」
「蝋燭を立てるんだよ。そこに」
 慧音が顎を動かして示したのは、先ほど大腿に穿いた刺し傷。
それを聞いた水蜜は、絶望しきったような笑みを見せた。
「え……え? そんな事したら、だって、すごく痛……」
「そうとも。勿論痛いさ。だからやるんだろ」
 言い終えると慧音は、水蜜の大腿の傷に少量の量を垂らした。出来たばかりの傷口に高温の蝋を直にぶつけられ、水蜜はまたも悲鳴を上げる。
そしてそのまま、径の合っていない傷口に、無理矢理蝋燭を刺し込んだ。
正座させられている自身の脚に蝋燭が刺してあると言う異常な光景に、水蜜は体を震わせた。
おまけに蝋はまだ溶けている最中なので、次から次に傷口に蝋が垂れて行く。
「うああああっ!! ああああ!! ああああぁぁぁあ!!!」
「そうそう、その調子その調子。いい声で鳴いてくれるじゃないか」
 逃れられない苦しみを少しでも緩和させようと、水蜜はあらん限りの声を張り上げる。
そんな水蜜を尻目に慧音は新たな処刑道具の選定を始めた。
次に手に取ったのは鞭だった。
「これは人気の道具の一つなんだ」
 嬉しそうにそう言うや否や、慧音は水蜜を鞭で引っ叩いた。
「ひぃっ!?」
「そらそら、鳴け」
 言いながら慧音は、何度も鞭を振った。
白がベースの爽やかな衣服はだんだんと出血で赤く染まり始め、仕舞には破けて原形を失ってしまった。
破れて露わになった肌は青や赤や紫の痣だらけで、綺麗な部分などもはやほとんど残っていない。
初めこそ鞭で体を打たれる度に声を上げていたが、どんどん体力を奪われて行き、声も小さく、少なくなってしまった。
「そろそろ潮時か」
 慧音はそう判断し、大腿の蝋燭を引っこ抜くと、水蜜を仰向けに寝かせた。
そして傍に置いてあった大きな容器に入っていた液体をかけた。
水ではない。匂いや質感ですぐに水蜜はそう察した。だが具体的に何なのかは分からなかった。
「さよならだ、舟幽霊。すぐに大好きな白蓮に会えるぞ」
 そう言って慧音は、火が点いたままの蝋燭を水蜜の腹部に落した。
するとどうだろう。小さな火は瞬く間に巨大な炎となって、水蜜を包み込んでしまった。先ほどの液体とは、油の類だったのだ。
 暗かった処刑場は一気に明るくなった。同時に民衆の歓声も一際大きくなった。
そして極めつけは、清楚な少女のものとはとても思えない、獣の咆哮のような叫び声。炭と化していく少女の雄叫びは、聞くに堪えないものだった。
死ぬほどの苦しみを味わいながらも、彼女は何故かこんな醜態を人前にさらす事を恥じていた。
しかし煌々と輝く炎は闇の中で一際目立つ存在となって、嫌でも全ての観衆の目を引く。
子どもも、大人も、老人も、男も、女も。そして、雲居一輪も。

「村紗! 村紗ァ!!」
 一輪の呼びかけに、水蜜は応じなかった。応じれる筈がなかった。
「ほら、お友達がお呼びだ」
 火達磨となった水蜜を、慧音は処刑台から蹴落とした。背を地面に強打したが、もはやそんなものは問題ではない。
暫くはのた打ち回り、地獄の炎と格闘するように蠢いていたが、それも僅かな時間であった。
沈静化していく炎がまるで彼女の命そのものであるかのように、炎の収まりと比例して水蜜も動かなくなった。
そして火が消える頃にはもうぴくりとも動かず、誰なのか――否、もはや何なのかすら分からない、黒焦げの塊だけが、そこに残った。

 這って動いていた一輪の努力が報われた。遂に彼女は、水蜜の元へ辿り着いたのだ。
もっとも水蜜はもはや原形をとどめていない、黒い塊となってしまっていたが。
「村……紗……」
 焦げた皮膚は酷いにおいがした。骸の損傷は酷過ぎて、見ているだけで吐き気がした。
ほんの数時間前まで、元気なまま一緒に暮らしていたと言うのに、気が付いたらこの有様だ。
「帰ろう、村紗」
 一輪は骸に語りかけた。
「このままじゃ、ナズーリンに馬鹿にされちゃう。白蓮の夕飯作りなおしてあげきゃ」
 誰もが彼女に奇異の目を向けていた。死体に語りかけるなど、正気の沙汰ではない。
傍にいた斧を持った人間が慧音に目配せした。慧音はこくりと頷いた。
 斧が振り上げられ、そして何の妨害も抵抗もなく振り下ろされた。
巨大な刃は一輪の頭を真っ二つに叩き割った。



*




「ナズーリン、一時になりましたよ」
 虎丸星が言うと、窓の外を眺めていたナズーリンは振り返って答えた。
「もうちょっと。あと十分」
「何度めの『もうちょっと』ですか」
 星はふっと息をついた。
「出発前はあんなに心配し過ぎだのなんだのと言っていたのに。朝帰りになるだろうって言っていたのはあなたではありませんか」
「あんなの冗談です。ほんとにこんなに遅くなるなんて……」
「お酒でも飲みながら語らい合っているのかもしれませんよ。慧音も白蓮も、人間が大好きですから」
 星に言われても尚、ナズーリンは窓の前から動くのを渋った。
「心配し過ぎですよ」
「……そうだといいのですけど」
 仕方なくナズーリンは、自身の寝床へと向かう事にした。
去る際、机に置いてあった白蓮の夕食を見た。
 好物であるチーズを一切れ摘まんで、ナズーリンはそそくさと寝床へと向かった。
明日の明朝に帰って来るであろう三人に何を言ってやろうか、などと考えながら。
 pnpです。

 前々から言っていたムラサ船長を殴るSS、ようやく完成です。
バイオ4のガナードや邪教徒、バイオ5のマジニを見ていたら辛抱堪らなくなりました。
 白蓮を迎えに行くのが水蜜一人の予定でありましたが、一輪を加えて考えてみると、かなり映えました。
良識あるキャラ二人組と言うのが珍しかったのか、口調が似ているからなのか、何だか前半は書いてて違和感が。
しかし処刑場辺りからはノリノリになってしまって、思いの外長くなりました。
 慧音先生が外道です。しかし、こんな慧音もありだよなぁって思いまして、起用しました。
これもバイオ4のサラザールとかサドラーとか見てて感じた事なんですけど。
 久しぶりに拷問的な作品が描けてよかったと思います。これぞ原点と言った感じで。

 ご観覧、ありがとうございました。今後もよろしくお願いします。

++++++++++++++++++++
>>1
こういうタイプの慧音さんは珍しいですよね。星とナズはこれ以上の出番は無いかも^^;

>>2
妹紅は事実を知らないと言うのが脳内設定。何故なら知られざる信仰だからです。

>>3
複雑な立ち位置ですよね、後天性って。

>>4
そういう愛も必要ですよ。今後ともよろしくお願いします。

>>5
確かに、どちらからも嫌われる可能性を秘めていますね。

>>6
>>7
慧音に賛同している方も数名おられるようです。外道っぷりが足りなかったでしょうか。

>>8
新鮮だからこそやってみようって思えました。如何でしたでしょうか。

>>9
白蓮に断固反対の方もおられるのですね。やはりいろんな意見があるのですね。

>>10
チルノは妖精ですけど、まあ人で無い事は変わりありませんし^^; ルーミアは危ないような気がしないでもないです。

>>11
私は結構強いと思っているんです、慧音先生。

>>12
完璧な人間ではないですからね。

>>13
先駆者になれていれば幸いです。

>>14
ここぞってところで全然役に立たない船長て可愛くないですか?

>>15
「友達だから」って理由でセーフだと先生の外道っぷりが上昇します。私は>>23さんの説が好み。

>>16
白蓮はいい人ですから、このくらいしてくれる筈。

>>17
信仰と言ったら早苗さんですよねぇ。今回は出番ありませんでしたけど。

>>18
幽霊殴るってどうなんだろうと思いましたけど、まあ細かい事は気にしない事にしました。

>>19
素で信者の一人や二人はいると思うんですよ、慧音先生。

>>20
がんばってください^^

>>21
それに悩まされてるのもいいですよね。

>>22
それは素敵ですね。

>>23
お二人ともがんばってください。

>>24
何だかかっこいい言葉ですね。

>>25
白蓮なら、白蓮ならやってくれる……と思います。

>>26
紫とか霊夢とかあのあたりの存在は、こういう話の結末を左右するんですよね。
どっちも本気出すと無双状態ですし……
pnp
作品情報
作品集:
17
投稿日時:
2010/06/29 12:11:47
更新日時:
2010/07/13 08:31:45
分類
村紗水蜜
雲居一輪
上白沢慧音
グロ
1. 名無し ■2010/06/29 21:29:39
久しく慧音がゴミクズだ。
次はナズと星だな、いいぞ、もっとやれ。
2. 名無し ■2010/06/29 21:44:11
なるほど、妹紅も外道なのですね
3. 名無し ■2010/06/29 21:50:57
自分は後天性の妖怪って言うと思ったわ。
さすが、人里を支配するけいねせんせー
4. 名無し ■2010/06/29 22:24:06
ごめんなさい。pnpさんの作品好きだけど、最後まで読めなかった…
どうやら自分は一輪と船長が好き過ぎるらしい
5. 名無し ■2010/06/29 22:42:25
妖怪からも人間からも忌み嫌われる、どちらにもなれない存在


考えてみれば慧音も、本当はギリギリなんだな
6. 機玉 ■2010/06/29 22:59:39
先生いい感じにイッちゃってますね、見事なアジテーターだ。
やってる事はイカれてるけど、慧音の言ってる事にも理が全く無いとは言えないかな。
7. 名無し ■2010/06/29 23:09:22
慧音の言うことには一理あるように思えてしまうから困った
8. 名無し ■2010/06/29 23:12:01
ワォ
外道な先生って新鮮だ
9. 名無し ■2010/06/29 23:19:18
寺子屋に妖怪を通わせろとか、まじでありえん。
子兎の群れにライオンを放り込めといってるようなもんだ。
10. 名無し ■2010/06/29 23:23:46
チルノはOKですね、分かります

まじめに考えると、チルノはまだしもリグルは虫のことがある。ルーミア、論外。
11. 名無し ■2010/06/29 23:32:59
先生強すぎワロタ
12. 名無し ■2010/06/30 03:22:57
やはり慧音にも人外の血が流れているのか
13. 名無し ■2010/06/30 04:53:05
こんなけーね先生が外道なのも珍しい
ってか加害者側なのは初めて見た気がする
慧音は産廃じゃ結構レアだからもっと出てこないかな〜
14. 名無し ■2010/06/30 05:08:03
それでも先生の言ってることは理解できるな

一輪の健闘に比べてむらさの体たらくぶりときたら…
15. 名無し ■2010/06/30 06:04:24
新鮮で楽しめた
妹紅は一応『人間』の括りだから先生的にはありなのかな?
16. 名無し ■2010/06/30 09:06:13
モンスターペアレントならぬ妖怪ペアレントなひじりんステキ。
17. 名無し ■2010/06/30 10:48:02
信仰と聞いて、早苗がアップを始めました
18. 名無し ■2010/06/30 10:55:43
幽霊が処刑されるって新しいな
それは置いといてこんなダークな慧音は久々だな
19. 名無し ■2010/06/30 11:04:59
みんなまで、先生に洗脳されてるねぇ

おや、誰か呼んでるようだ
20. 名無し ■2010/06/30 16:06:37
ちょっとこの外道をれいぽぅしてくる
21. 名無し ■2010/06/30 23:38:53
こういう状況を維持しなきゃ、自分が殺されるのよね。 慧音センセ。
22. 名無し ■2010/07/01 00:07:10
※15
人間だと思って近づいた頃は親切だったが、
蓬莱人だと知った今は実は心の底ではウザがってる説
23. 名無し ■2010/07/01 00:13:21
>>22
もこたんまでこんな目にあわせるのなら、許せないな
20さん、手伝いますよ
24. 名無し ■2010/07/01 21:30:52
救いがないのが救い
25. 名無し ■2010/07/02 09:17:38
昔何かの読み物であったな。
人狼が人間の里に受け入れてもらうために、
牙を抜き、指先(鉤爪)を切り落としたってのが。
ひじりんにもその位の覚悟があれば、受け入れられたかも。
26. 名無し ■2010/07/09 11:24:46
こんな慧音先生も清々しすぎて気持ちがいい
あんまり妖怪をディスると紫の反感を買いそうだけど、
案外紫も人間と妖怪の在り方が云々とか言って賛同してたりして
27. レベル0 ■2014/07/22 16:15:43
最後の星のセリフが皮肉すぎる……。
なぜこんなにも愛しているのにわかってもらえないのか
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