レミリア・スカーレット　民草で遊ぶの巻

　舞台は紅魔館である

　紅美鈴一人だけでは館の守備に不安を感じた当主のレミリアは新しい家来を
雇うことに決めた。思いついてすぐメイドの咲夜を呼びつけると、町の求人板に
募集の告知を貼り出させたのだった。

『募集　紅魔館、スカーレット家の家来になりたい人
　仕事内容　門番
　勤務時間　一日の中で12時間連続勤務
　休日　無し
　給与　現金の支給は無し　レミリア・スカーレットに仕える名誉
　待遇　食事・宿舎付き
　条件　強者であり、主人に盲従すること　武器・装備類は持参のこと
　応募者は今月中に紅魔館へ来たれ』

求人板に新しく貼られた募集はすぐに何人もの傭兵や武芸者らが目にした。

「舐めてんのかこれ？」
「今時、無給って……」

大昔の、未だ戦乱の絶えない時代の幻想郷であればこれはそれほど
悪くない条件の仕事であった。
食事と寝床さえ用意されれば、後は命令通り適当に戦をしつつ、
合間を見つけて弱者から金品を略奪すればそれなりに暮らせたのだ。

今は時代が違う、狭い幻想郷の中で人間の各勢力が群雄割拠して
価値の在る寸土を巡った戦の絶えないことに違いは無いが、
経済システムが格段に発達した現在では現金の俸禄や給与を与えられない
家臣の登用や兵の徴募など時代錯誤も甚だしいというのが幻想郷全体での
価値観である。

主にレミリアが決定したこの条件は、2010年の日本で自衛官を小遣い銭支給のみで
募集しようというのに等しいものであった。

結果として、翌日から紅魔館の門前には食い詰めたが働きたくない乞食と物乞いと
ニートとユトリらが面接を受けに列を作るという有様となる。
今日もまた、頭髪と髭は伸び放題の垢にまみれてボロ布だけを纏う裸足の浮浪者500人が
朝から紅魔館の門前に集まると炊き出しの要求を叫んだ。

「「腹ペコだ、腹ペコだ、炊き出し貰わにゃ帰れない♪　去年の乞食がまた来たぞ♪
　　高貴なお方にゃわからない、ひもじいわしらにお恵みを♪」」

浮浪者たちは炊き出しを催促する、この定型の歌を館まで聞こえるように合唱を
繰り返した。美鈴は内心で鼻を塞ぎたいのを我慢しつつ、毅然とした態度を固持して
浮浪者たちを威圧している。


レミリアはその様子をバルコニーからお茶を飲みのみ眺めていた。
従者を傍に控えさせ、紅茶を一口すすると遠目に門の前を占拠する貧民らの姿を
目の端で一瞥するとわざとらしくため息をつく。
最初こそは自分のミスが招いたこの現状に大いにうろたえたレミリアであったが、
差し迫って脅威というわけでもなく、むしろ高い場所からくつろぎつつ貧民愚民を
見下ろすという行為に一抹の快感すら感じていた。

「ふう、民草を統治するって難しいわ……　ねえ、咲夜」

「ええ、その通りですわお嬢様」

咲夜は当主としてのレミリアに言いたいことが山ほどあるが、お嬢様としての
レミリアを慮ってあえて口にしない。
紅魔館の幼き当主、レミリアは口の端っこを吊り上げて笑った。

(ふふふ、私ってば、まるで非道で冷徹な領主だわ……　抑圧された民草があんなに騒いで……)

レミリアはお茶請けの焼き芋に手を伸ばして掴み取る、それを一口だけボリボリと齧ると、
バルコニーから門前まで届くように思いっきり放り投げた。
投げられた齧りかけの焼き芋は誰かの頭に当たって砕けたようだった。