フォール・オブ・オール

作品集: 19 投稿日時: 2010/08/08 15:03:58 更新日時: 2010/08/08 15:03:58
速さ。それは射命丸にとって全てだった。
だが、それは唐突に失われた。原因は不明。翼が無くなったわけでも、弾幕が出せなくなったわけでもない。ただ飛べなくなった。もはや幻想郷最速と呼ばれた鴉天狗の姿は無い。


「残念だが。空を飛べなくなった天狗にこの仕事を任せてはおけないんだ」
「……はい」


大天狗に言われ、文は現在の地位から落とされた。鴉天狗は主に広報・諜報を担当する天狗だ。そのために必要なのは速さ。幻想郷を駆け巡る情報に追いつくだけの速さが必要なのだ。
だからこそ、文の『文々。新聞』は評価されていた。その速さを利用して極めて新鮮な情報を、その内容が適当であるかは別として、提供してくれていたからだ。
文は妖怪の山を警備することとなった。
だが、空の飛べない文が守れる範囲などたかが知れている。
その上、空が飛べないということは弾幕勝負にも多大な影響を及ぼす。避けられなれば勝てる試合にも勝てない。


「文さん! 邪魔するなら引っ込んでいてください!」
「っ!! ご、ごめん!!」


かつて格下と思っていた犬走椛にも邪魔者扱いされる始末。
警備を担当する白狼天狗からもお荷物と見られ、文は肩を縮めてどんどん窓際へと押しやられた。
今では誰も通らないような妖怪の山の道に、案山子のように突っ立っているだけだ。
そして、以前と比べれば雀の涙ほどの給金を受け取り、一人捨て値同然で売られていた掘っ立て小屋に篭る日々。


「……どうして……なんで」


背中に力を込めればバサバサと翼が動く。だがそれが風を打ち、空へと昇ることはない。
かつて自在に飛び回ることのできた空を見上げ、文は足を抱いた腕に力を込めた。


「もう……風を切る感覚も忘れちゃった」


ごろんと煎餅のような布団に転がり、文は枕元を見た。
手に乗るほどの大きさの茶色の袋がそこにある。貼られたラベルには『胡蝶夢丸ナイトメア』の文字と八意の印。


「もう一度……もう一度だけ……」


茶色の袋を開け、残り5個となった黒い丸薬の一つを取った。
白い喉が鳴り、丸薬は胃の中へと流れ込んだ。




◆  ◆  ◆



強烈な風の中を文は飛ぶ。
それはまるで全身が風となったような感覚だった。いや文は今、風となっていた。
雲間がぐんぐん近づいて来る。
その大きさ、陰影、肌触りまで全てがはっきりと見ることができる。
ふぉん、という音とともに目の前が白に染まった。だが、文にはわかる。その雲の大きさ、濃度さえも。まるで手で掴みあげているように。


白い雲を抜け、眼下には妖怪の山の木々の緑が見える。
その中に椛を認めた。どうやらにとりに会いにいくようで、川岸へ向かって飛んでいる。
嗚呼、なんて遅いのだろう。
今の私に比べれば、椛の速さなんて舞い落ちる木の葉のように見える。


文はイタズラっぽく笑って、椛を目指し、落下を始めた。
ぐんぐん速度が上がり、地表が近づいて来る。
耳に響く風の音が痛いほど甲高く響く。世界を早回しにしているような超高速。


椛のその白髪のなびきが見えるほどの距離になったとき、文は一気に翼をはためかせ、そして――――






「あ……」


じりじりと身を焼くような暑さに目を覚ました。
掘っ立て小屋は、夏は暑し冬は寒しなのだ。べっとりと肌についた寝汗に混じらせ文は目尻を拭った。
のろのろとした動きで服を着替え、形だけの翼を広げて現場へ向かう。閑散とした獣道を眺め、ため息をつくばかり。侵入者はおろか、ここ数日誰とも会っていない。
どうせ今日もまた立ちぼうけをして一日を終えるのだ。何も生み出さず、何も残さない、誰にも評価されない仕事。


「空さえ飛べたら……もう一度飛べたら……」


空を向かい、お役御免となったカメラを向ける。遠くで紅白の巫女と箒の魔法使いが飛んでいた。じわりとファインダーが歪む。


「もう……いや……っ!」


木の根で膝を抱え、文はうずくまる。
そして、その胸に入れておいた茶色の袋を取り出して、すがるように口を開けた。



◆  ◆  ◆



文が警備の任務についてから一ヶ月が過ぎた。


「文さん? どこですか? おかしいなあ。ここらへんにいるはずなのに」


腕に下げた袋で桃が揺れている。
ふう、と息をついた椛は両手を胸に当てて、文の自宅へと進みだした。


「酷いこと言っちゃったからなあ。仲直りしないと。今更、文さん許してくれるかな?」


背中を押してくれた友人河童の姿を思い出し、椛は気合いを入れ直した。
今日で文さんとの関係を戻すんだ。そんな決意を胸に、立て付けが悪くて数ミリ単位のスキマの開いた扉をノックする椛。返事は無い。


「文さん? 留守ですか? 入りますよ?」


ガタガタと耳障りな音と共に扉が開けられた。
椛の大きな千里眼は部屋の端でうずくまる文の姿を認めた。
その姿に一瞬躊躇した椛だが、勤めて明るい声で、


「もう。サボリですか。上がらせてもらいますよ」
「……………」
「……えっと、桃貰ってきたんですよ。天界産の取れたてですよ。いっぱい貰ったんでおっそわけに……」



そこまで言ったところでくわっと文の顔が上がった。
まるでゼンマイが弾けたような動作だった。文は椛の顔を認めると、黄ばんだ歯を覗かせて笑顔らしきものを作った。


「あ〜〜〜〜ぁあ。もみじぃだぁ〜」


まるで泥酔したかのような呂律の回らない声だった。その上、かつての人を食ったような弾む声は老婆のようなガラガラのしわがれ声に変わっていた。


「ど、どうしたんですかその声!? 何か変な病気にでも……」


そこから先の言葉を椛はつむげなくなった。文の頭部に蛆のような小さな蟲が幾匹も這い回っているのを認めたからだ。
腕の力が抜け、床に落ちた桃が潰れた。


「ぐちゃ。今、ぐちゃってした。ねえ、もみじぃ。ぐちゃってぐちゃ」
「ひ……な、な!」


ゆらりと文が立ち上がる。その瞳はとても正気の色をたたえたものではなく、死んだ魚のようなどこか違う世界を見る濁った色をしていた。
そしてその背中に生えた翼は、まるで何十年と酷使続けた竹箒のようになっていた。羽はむしられ、骨と肉に乾ききらない血のりがついている。この状態ではもはや健全な状態でも飛ぶことは叶わないだろう。


「ぁあ、もみもみぃ。そうだ。忘れてた。桃くれるの? ああ、良い子だなあ。いいこだなあ。チュしてい? チュ?」


文が近づいてくる。足首の関節がいかれているのか、左右に身体を達磨のように振る歩き方。
近づいて見ればその唇は、カミソリで切ったような跡が無数についていて、右端の方は肉が漏れるように千切れかけていた。
そんな唇を尖られて口付けのポーズを取るものだから、カサブタになっていた血が剥げて、幾本かの透明と茶が混じったような膿が出た。


「あ、文さん。え、あの、ちょ、ま、まって……」
「だいじょうぶ。わらし、びょーきじゃないから。けんこーだから」


そこまで言って、文の動きがピタリ止まった。
そして、おげろろろろろろろろろろろろろろろろろろろろろろ、という音と共に、その腹に溜め込んでいた内容物を床にぶちまけた。
胃液とまざった薄茶色の吐瀉物を見て、文の顔がさーと青くなる。


「らめええええええ! 出ちゃらめえ! んぐ! ごくっ! おげえ! おぐぅげげええ!!」


吐瀉物に頭から突っ込み、文はごくごくと喉を鳴らす。
四つん這いになったその姿は、天狗である椛をして“醜悪”としか表現できないものだった。
しばらくの間、吐瀉物を再び腹に押し込める作業をしていた文だったが、やがてゲロまみれの顔を上げて、椛を見上げた。


「ねえもみじぃ。競争しよっか?」
「きょ、競争?」
「あ〜〜〜〜〜、でもダメかア。わらしさいそくだもねえ。さいそくだもねえ。さいそくゥゥゥゥゥうううううううううううううううううううううううううううううっ!!」


震える手で文は懐に手を入れる。その手に掴まれたのは黒い丸薬。それが10個ほど。
それを流し込むように口に含み、文は壊れた笑みで走り出した。
文に突き飛ばされた椛は、逆にそのあまりの体の軽さに驚いた。
玄関から飛び出した文はその身が傷つくことなどお構い無しに走るので、木々の間を駆け抜けるたびに手足に切り傷をこさえ、尖った石に足の裏を貫かれた。


「文さん! 文さん!! 待って! 待って!!」


ようやく立ち上がった椛は文を追って、空へと飛んだ。
だがそれは、あまりに遅い制止だった。


「イアヤ文あややややあああああああやややややややあああああああっ!! はやいはやいあはやあはいあいあはいあいあいああああああああああああああああああああっ!!」


絶叫を上げて駆け回った文は、妖怪の山の崖から飛び出した。失われる地面の感覚。重力の腕に掴まれ、文は地面に向かい降下を始めた。
迫り来る地面を見て、文は今までに無いほどの至福の表情を浮かべた。


「わらしとんでりゅ! とんでり――――」


紅い染みが広がった。



◆  ◆  ◆



文の部屋からは大量の胡蝶夢丸ナイトメアの包装が見つかった。その量を総計すると、妖怪数百人分に匹敵するという。
その後の調べて、文は貰った給金のほぼ全てを胡蝶夢丸ナイトメアを買う金に当てていたらしい。残された吐瀉物からは虫や獣や木の根などの残骸が見つかった。

椛は永遠亭に対して責任追及を行ったが「文からは天狗のみんなで飲むと聞かされていた」と返され、相手にされなかった。
妖怪の賢者たる八雲紫や博麗の巫女にも相談したが「自己責任」の四文字を突きつけられて追い返された。


友人を死に追いやった原因を椛は自身に求めた。
警備の任務も放り出し、一日中泣き暮れる毎日を過ごした。
そんな時、文の家からこっそり持ち出した胡蝶夢丸ナイトメアが目に入った。
自身への戒めのつもりで持ち出したものだったが、今では文を知る唯一の手がかりだ。


「文さん……」


椛は黒い丸薬を摘まみ、口へ放り込んだ。
そして、一ヵ月後。
椛は――――









おわり
ツイッターで話をしていて思いついた話。
ジャンキーSSも楽しい。でも、ダメゼッタイ。
ウナル
http://blackmanta200.x.fc2.com/
作品情報
作品集:
19
投稿日時:
2010/08/08 15:03:58
更新日時:
2010/08/08 15:03:58
分類
射命丸文
犬走椛
薬物中毒
1. 名無し ■2010/08/08 16:21:08
声変わるんだ。知らなかった。
2. 名無し ■2010/08/08 20:02:35
麻薬やると唾液がで難くなるらしいですから、喉も枯れるでしょうね...
ヤク中ネタは無惨で良いですね、暴力とはまた違って。
3. 名無し ■2010/08/08 23:38:18
>>2に同意だ
久々にいいネタのSSだった
4. 名無し ■2010/08/09 04:27:32
射命丸はかわえぇなぁ
5. 名無し ■2010/08/10 13:02:35
アイキャンフライ
6. ウナル ■2010/08/12 10:02:24
コメントありがとうございます!

>>1
実際のところ、麻薬には声が変わるような効果はないみたいです。ただ、不健康な生活と絶叫を続けたりしたら喉も潰れるかと思いまして書きました。

>>2
唾液出なくなるんですか。知らなかったですw
精神的に追い詰められて甘い果実に手を伸ばしてしまうのが、ヤク中の良い所だと思います。

>>3
ありがたいお言葉です

>>4
最近そう思えるようになりました

>>5
ユーキャンフライ!!
7. ふすま ■2014/06/17 18:35:49
文々。新聞って評価されてたっけ?
まぁ、幻想郷では1番の新聞だと思うけど
名前 メール
パスワード
投稿パスワード
<< 作品集に戻る
作品の編集 コメントの削除
番号 パスワード