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『真面目な奴ほどキレると怖い』 作者: タンドリーチキン

真面目な奴ほどキレると怖い

作品集: 19 投稿日時: 2010/08/13 03:12:28 更新日時: 2010/08/15 23:34:46
「ねえ鈴仙。鈴仙の部屋で、お師匠様が呼んでたよ」
「え?そうなの?分かったわ。ありがとね、てゐ」

鈴仙・優曇華院・イナバは、私の言葉を疑うことなく、自室へと戻っていく。
それを見送った後、私は気付かれないよう、こっそりと後を付けていく。
廊下の角に身を隠し、そっと、様子を窺う。ちょうど鈴仙が自室の襖を開けるところだった。
私はゴクッ、と緊張から分泌された唾を飲む。きっとうまくいく。いく!いけ!!
鈴仙が襖を開けた。その頭上に大きな金タライが落ち、ゴワーーン、と大きな音を立てた。

「いったーーーい!…あ!てゐ!あなたの仕業ね!!」

見つかった!だが、予定通りだ。ここからが本番だ!!

「やーーい、こんなのに引っ掛かる、間抜けな鈴仙。こっこまっでおっいで〜〜〜」

私は角から飛び出し、鈴仙を挑発する。
彼女は単純なので、こうすると次の行動は一つしかない。

「こらーー!今日という今日は、ぜっっっったいに許さないんだからーー!」

これだ。怒って一直線に私に向かってくる。これでは格好のカモだというのに。
私は鈴仙に背を向け、角を曲がって逃走を開始する。
ちょっと走ったところで、立ち止まって振り返る。鈴仙が走って角を曲がるのが見えた。
そして床の、小さく青い×印のある箇所を鈴仙が踏んだ。
私はパチンッ、と指を鳴らす。
次の瞬間、床の板が勢い良く跳ね上がり、鈴仙を後ろへ跳ね飛ばす。

「いてて…」

鈴仙は尻餅をついていた。
鈴仙が天井に小さく緑の△印のある所まで移動したのを確認すると、またしても私は指を鳴らす。
すると、天井から花瓶が逆さに落ちてきて、鈴仙の頭をすっぽりと覆う。

「きゃあ!なになに?!」

鈴仙は突然視界を塞がれ、軽いパニックに陥ったようだ。花瓶を被されていることに気がついていない。
立ち上がって両手を前に突き出した格好で辺りを探っている。

「きゃはははははは!う、うける!マジちょーうけるんですけど!」

私は、その間抜けな姿に思わず指を刺しながら笑ってしまった。腹が捩れるかと思った。
壁に小さく赤の□印のある所まで鈴仙がふらふらと歩いてきた。
タイミングを見計らい、私はまたもや指を鳴らす。
壁が迫り出てきて、鈴仙の頭の花瓶を割りつつ、所定の位置まで押し出した。
当然、その床には青い×印。指を鳴らす。床が突如爆発し、その爆風で鈴仙を吹き飛ばす。

「ぎゃああぁぁぁ!!!」
「あ!」

だが、ここで予定外の事が起こった。
鈴仙が飛ばされた位置が、私の予想と違う。
本来なら、もっと遠くまで吹っ飛ばして、頭上から油花瓶を落とし、火のついた矢を飛ばす、六連コンボでフィニッシュのはずだった。
(まあ、油といっても、不燃物を混ぜ、量を抑えた、それでも鈴仙を脅かすにはちょうどいい燃え方を程度のモノだが)
うーむ、やはり爆風で移動させるのは無理があったか。失敗、失敗。自室へ戻って配置を練り直そう。

「……………ゃ…」
「ん?」

鈴仙が何か喋った気がした。私は振り返るが、鈴仙はうつ伏せで尻を突き出す姿勢のまま動きは無い。
…何か違和感がある。何だろう?
気のせいかな?まあ、鈴仙はあのくらいで怪我しないだろうし、復活する前に早く戻ろう。


*


次の日。
前方の廊下を、鈴仙が独りで歩いているのを見つけた。
私はそれを見つけると、駆け寄って抱きつく。
私はできるだけ可愛く、甘えた声を出す。

「れーせん!昨日はゴメンなさい!あそこまでやるつもりは無かったんだけど、侵入者用の罠が連鎖的に発動しちゃって…
…鈴仙、怒ってる?」

毎度のことだが、これをやると鈴仙は、仕方ないわね〜、とふやけた顔で許してくれる。ちょろいものだ。
私は上目遣いで鈴仙の顔を覗き込む。

「そうなの?てゐったら、困った子ね。気をつけなさい」

鈴仙はそう言うと、私の両肩をポンッ、と抱いた。
鈴仙の表情は微笑んでいた。だが、どこか不自然に感じる。
…そうだ。鈴仙の発した言葉。心なしか投げやりというか、台詞の棒読みのように聞こえる。
なにより、目に光が灯ってないような、いつもより赤みが増しているような………

「てゐ?どうしたの?」

鈴仙の言葉に私は、はっ、と我に帰った。
いけない、つい鈴仙の目を覗き込んでしまった。

「う、ううん!なんでもないよ!朝ごはんできてるから早く行こ!」

私は普段より少し大きな声を出してしまった。
これじゃあ、動揺しているのが丸分かりだ!落ち着け!大体、何に動揺してるんだ、私は!

「そうだね、行こっか」

どうやら覚られてはいないようだ。

鈴仙の前を歩いていた私は、居間へ先に入った。
目の前には、便器があった。

「……え?」

えっ?何?
ここ、永遠亭の厠、だよね?
何故?私、居間へ向かってたよね?なんで厠に居るの?

「てゐーー!どうしたのー?お腹痛いの?!大丈夫ーー?!」

鈴仙の声だ。後ろから聞こえてくる。
…私、寝ぼけてるのかな?とにかく居間へ行って、朝食を食べよう。そしたら、顔を洗い直しだ。

居間に着くと、席には鈴仙と数匹の妖怪兎だけしか居なかった。

「あれ?お師匠様と姫様は?」
「ああ、そうだ。師匠と姫様は、しばらく人里の方に出かけるんだって言ってたよ。泊り込みで。
なんでも、人里でなんか事件が多発してて、医者が足んないんだってさ。姫様も、その手伝いでついて行っちゃった。
だから今、永遠亭には、ワ タ シ タ チ シ カ イ ナ イ カ ラ …」

私の背中に一瞬、ビクッ、と悪寒が走った。
なんだか鈴仙の言葉の最後辺りが、やけに不吉なものに聞こえた。
私たちだけ。つまり、知能の低い妖怪兎を除けば、二人っきりということ。…鈴仙と。

「…てゐ?さっきからどうしたの?調子悪いの?」
「え?い、いや、そんな事無いよ。ちょっと、ボーっとしちゃっただけ」
「そう?なら、早く夕食食べちゃいなさいよ。冷めちゃうわよ」
「う、うん。………ん?夕食?朝食じゃなくて?」
「?当たり前でしょ?今、何時だと思ってるの?もう午後六時よ。
…調子悪いんなら、今日は早めにお風呂入って寝た方が良いんじゃない?」

私は立ち上がり、壁にかけてある時計を見る。
確かに時計は六時を指している。
私は居間を出て、縁側から外に出る。そして太陽の位置を確認する。
竹林の隙間から見えた太陽は、ちょうど西の空へと沈んでいくところだった。
そんな馬鹿な!私が起きてから、一時間程度しか経っていないはずだ!
自慢じゃないが、私の体内時計はかなり正確だ。
普段から、目覚まし時計なしで日の出と共に起床することができるほどに。
なのに、何だ、何なんだ、これは?一体どうなっている?

「…てゐ?」

突然呼びかけられ、心臓が跳ね上がった。
恐る恐る後ろを振り返ると、そこには赤い目をした月兎。

「どうしたの?今日のてゐは、なんか変だよ」

鈴仙が心配そうな声を出す。

「何でもないってば。ちょっと日ごろの疲れが出ちゃっただけだよ。悪いけど、先にお風呂頂くね」

そうだ。私は疲れてるだけだ。朝に起きたと思ってたのは気のせいで、疲れが出て寝過ごしちゃっただけだろう。
そうと決まれば、まずは風呂だ。ゆっくりと浸かって疲れを取り、そしたら早めに寝るのだ。そうしよう。

私は風呂場の脱衣所で服を脱ぎ捨て、手ぬぐいを片手に、浴室への引き戸を開ける。
誰も居ない。一番風呂だ。

「ひゃっほーい!」

私は湯船へと飛び込んだ。
だが、湯船の湯は、私の体を温めてはくれなかった。
それどころか、若干冷たく、ぬるぬると纏わり着く。……なにか、異臭がする。
ゆっくりと目を開く。すると、信じられない光景が飛び込んできた。
私が浸かっているここは湯船なんかじゃなかった。

ここは、肥溜めだ。

手を見る。汚水に混じって、なにか、小さい虫が…うじゃうじゃ……

「い、いやああああああああ!!!」

手を振って、手の汚水ごと振り払う。
だが、その程度で汚れが落ちるわけも無い。逆に顔へ飛沫が飛んできた。
思わずそれを手で拭ってしまった。汚水まみれの、その手で。

「うえぇぇ!…ぺっ!、ぺっ!」

なんとか肥溜めから這い出た私は、井戸へと走る。
井戸へ桶を落とし、急いで水を汲み、頭から被った。

「…ぷはあぁ!」

頭を振り、髪についた水を飛ばす。
体の匂いを嗅いでみる。…まだ汚水の臭いがする。
私は再び井戸から水を汲んで、頭から被る。まだ臭いは取れない。
何度も水を汲み、何度も被った。気がつくと、足元は水浸しになっていた。
もう、体にまだ臭いが残っているのか、鼻に残っているだけなのか、分からない。
ふと気付くと、縁台に鈴仙が立っていた。その赤い目を私に向けつつ、顔はニタァ、と笑っていた。

そうか…そうだったんだ。これは全部、鈴仙の仕業だ!!今までの意趣返しというわけだ。
それならば、全て説明がつく。私は鈴仙の『狂気の瞳』にやられていたわけだ。

「鈴仙!もうやめて!今までのこと、全部謝るから!お願い!!」

私は頭を下げた。謝る気などまったく無いが、このままでは分が悪すぎる。なんとか逆転の機会を見つけなくては。
…鈴仙からの反応が無い。ゆっくりと頭を上げ、鈴仙の姿を確認する。
鈴仙に動きはまったく無かった。不審に思い、近づいてみるために一歩踏み出す。
次の瞬間、鈴仙の姿がスゥー、と消えていった。そして四方八方から鈴仙の笑い声が響いた。

鈴仙には、許してくれる気が、まったく無いのだ。


*


その後、私は適当に体を拭き、自室へと戻った。
まだ体が臭っている気がするが、風呂へと行く気にはなれない。
行けば、また同じ轍を踏むことになる。そんな気がする。
鈴仙を捜して話を付けに行くかどうか迷ったが、結局やめた。
先ほどの態度を考えれば、鈴仙はとうの昔にそんなことは想定していて、私が近づけば姿を消すだろう。
私の話を聞く気がない以上、これはもう鈴仙の機嫌が直るのを待つしかない。

今日はもう寝よう。
そう考え、私は寝巻きへと着替え、いつもの服を枕元へと置き、布団に潜った。


翌日。
目を覚ますと、そこには見慣れた天井ではなく、青い空が私の目に映った。

「…ん?……え?」

ガバッ、と体の上の落ち葉を撒き散らしつつ上体を起こし、辺りを見渡す。ここは、竹林のようだ。
…妙に寒いというか、スースーする。自分の体を見る。私は、一糸纏わぬ姿だった。
だが、乱暴された形跡は無い。

これはどういうことだ?なにが起こったんだ?寝ている間に運ばれ、寝巻きを脱がされ、ここに放置されたのか?
とにかく、帰らなければ。いつまでも素っ裸で居るわけにはいかない。

竹林は私の庭のようなものだ。迷うことなく、永遠亭へとたどり着いた。
そして静かに、誰にも気付かれないよう自室へと戻り、いつもの服を着た。
一息着く間もなく、腹からぎゅるる、という音と共に、腹痛が襲ってきた。
どうやら、腹が冷えてしまったようだ。とりあえず、厠へ向かう。

便器に腰を下ろし、一息つく。
やれやれ、変なことになったもんだ。これからどうするべきか。
まず思いつくのは、なんとかして鈴仙と話をして、機嫌を直してもらうことだ。
このまま自然に機嫌が直るのを待っていてはダメだ。その前に、こっちがどうにかなってしまう。

私は用を出し終え、紙で尻を拭き、立ち上がった。
次の瞬間、まるでテレビのチャンネルを変えたかのように、景色が切り替わった。
また幻視をかけてきた!どんな光景を見せてこようと騙されないよう、覚悟を決めろ!

私の目に飛び込んできたのは、こちらへ伸びてくる、掌だった。
その掌は、私の顔面を掴んだかと思うと、指の握力を使って締め上げてきた。
そのまま、頭をつかまれた状態で持ち上げられた。

「い゛い゛い゛い゛ぃぃ!!!」
「おいコラ、ウサ公!なーにをやってくれてんだ!!あ゛ぁん!!」

この声には聞き覚えがある。竹林の庵に住んでいる、藤原妹紅だ。
痛い?!本気で痛い!頭をつぶされそうだ!!このアイアンクローは幻視や幻覚じゃない、現実だ!!!
幻視をかけられたんじゃない、今までの永遠亭が幻視で、それが解かれたんだ!

「おい!なんとか言ってみろ!どんな理由があってやったんだ?
人ん家のちゃぶ台の上に糞をひねり出すなんてまねをよぉーーー!!」

妹紅の指の隙間から、ちゃぶ台をちらっ、と見る。
ちゃぶ台の上の大皿に、さっき私が出した大便が乗せられていた。

「なんなんだ、これは?!私に食えってか!あいにく私にそんな趣味はねぇーんだよ!!
ふざけんなよバカヤロウ!!燃やされてぇーかゴラァァァ!!」

妹紅の握力が増してきた。私の頭がミシミシミシッ、と音を立て始める。
やばい!このままでは、リンゴを握り潰すように、私の頭も潰されてしまう!
足を動かし、妹紅の腹を思いっきり蹴る。締め付ける力が少し緩んだ。

「げふっ!…あ!待て!!」

そのスキに、文字通り脱兎のごとく逃げ出す。
後ろからお札やら火の玉が飛んできて、腕に裂傷を作り髪の先端を焦がす。
だが止まれない。もし捕まれば、間違いなく兎の丸焼きの出来上がりだ。

「ぜえっ、はあっ、ぜえっ、はっ、ぜえっ」

どのくらい走っただろうか。もうお札も火も飛んでこない。
どうやら、ようやく捲くことができたようだ。

だが、この後はどうする?
妹紅は当然、永遠亭の場所を知っている。明日にでも抗議に来るだろう。いや、もしかしたら、すぐにでも。
そうすれば私の痴態は、鈴仙や妖怪兎はもちろん、永琳と輝夜の耳にも入るだろう。
そうなったら、もう永遠亭には居られない。それどころか、幻想郷中に広まりでもしたら、もうどこにも私の行き場は、ない。

考えがまとまらないうちに、永遠亭へと着いた。もう、何度目の帰宅だろう。
そもそも、今、見えている永遠亭は、本当に永遠亭だろうか。また鈴仙の幻視にやられているんじゃないだろうか。
…考えるだけ無駄だ。現実と幻視を見分ける手段など、無いのだから。
それよりも、幻視に怯えてビクビクした態度を取る方が問題だ。
おそらくは、それが鈴仙の目的だろう。その様子を陰から見て笑っているのだ。


*


「……ただいま」

小さく呟き、玄関の引き戸を開け、中へと入る。

「お帰りなさい、てゐ」

そこには鈴仙が立っていた。

「てゐ、あなた一体どこ行ってたの?心配したわよ」
「鈴仙、なにを言ってるの?白々しいよ。あなたが幻視で私をハメたんでしょ?!」

私がそう言うと、鈴仙の表情はニタァ、と歪んだ笑顔へと変わった。

「へえ、気付いたんだ」
「当たり前でしょ!気付かない方がおかしいって!」
「それで?それが分かって、それからどうするの?」

鈴仙の、それがどうしたといわんばかりの返しに、私は言葉に詰まった。

「どうって…、と、とにかく、もうこんなことはやめて!
変にからかったり、罠に引っ掛けたりしたことは謝るから!」
「いやよ」

即答だった。

「絶対にいやよ。てゐの謝罪の言葉は聞き飽きたわ。
貴女はいつもいつもいつもいつもいつも!いつも!いつも!!いつも!!!口先ばっっっっかり!!!
反省する気がないのでしょう?!少しは自分のしたことを省みなさい!!」

鈴仙はそう言うと、踵を返して立ち去る。

「ま、待って!鈴仙!」

鈴仙が廊下の角を曲がって姿が見えなくなったとき、私は我に帰り、鈴仙の後を追う。
角を曲がると、そこには鈴仙の姿は無かった。
代わりに、永琳が居た。手にはさまざまな薬品が入っているであろう、鞄を抱えている。

「あら、てゐ、どうしたの?そんなに慌てて」
「あ、いや、なんでも……」

そこまで言って、私は気付いた。確か、永琳は人里へ泊り込みで出張しているんじゃなかったか?
今、ここに居るはずが無い。つまり、目の前の永琳は、幻視で作った偽者だ!!

私は永琳の鞄を蹴り上げた。
ガチャーーン、と、鞄の中で、薬の瓶が割れる音がした。

「あ!!」
「やい、鈴仙!いつまでも、ちゃちな幻視が私に通用すると思うなよ!」

私は鈴仙が化けているであろう、永琳に人差し指を向けて叫んだ。
これで、鈴仙は幻視を控えることだろう。
だが、永琳の偽者は、私の人差し指を左手でガシッ、と掴み、私の指の稼動方向とは逆に曲げ始めた。

「いだだだだ!!」
「…てゐ、あなた、一体何をしてくれてるの?
この薬品はね、人里で行う治療に必要な、それでいて希少な薬草を使った、とても高価なモノなのよ…
人里では精製不可だからこそ、わざわざここまで取りに帰ってきたというのに……これはどう落とし前をつける気なの?」
「ま、まさか、本物のお師匠様?!!」
「当たり前でしょ。他の何に見えて?」

やれやれといった感じでため息をつかれた。

「まったく、これはただの悪戯で片付ける訳にはいかないわ。これはお仕置きが必要ね」

永琳はそう言うと、その左手に力を込める。
私の指から、ポキッ、と小枝が折れるような音がした。同時に激痛が走る。

「ぎゃああああ!!!」

永琳の手が離れると、私の指がありえない方向を向いていた。

「ふう、今は忙しいから、これくらいにしといてあげるわ。
次、何かやらかしたら、もっと痛いわよ。そのつもりでね」

私に釘をさすと、永琳は薬品庫へと去っていった。

「う、ううぅ…」

私は激しく痛む指を押さえつつ、治療室へと向かう。
そこに行けば、包帯や添え木等がそろっている。鎮痛剤があれば、それも使おう。

そして私は治療室に着いた。
途中、鈴仙の妨害があるかと思ったが、杞憂だったようだ。
私は早速指の治療を行う。左手だけでは作業しにくいが、仕方が無い。
添え木をあて、包帯で巻きつけたところで、一つの薬瓶に目がいった。
ラベルには、『アスピリン』とだけあった。確かアスピリンには、消炎、解熱、そして鎮痛作用があったはずだ。
私はすぐさま駆け寄り、瓶を手に取る。

そこで、はっ、と気がついた。
分量が、まるで分からない。それに、副作用についても。
大量に摂取するとヤバイのかどうかも、よく分からない。うろ覚えだが、なにか胃に問題が生じたような…

考えていると、またしても指が痛み出した。もう我慢の限界だ!
どうする?副作用を覚悟で、これを飲むか?!

……いやまて、そもそも、これが本当に『アスピリン』なのかも疑わしい。
また鈴仙の幻視に騙されてる可能性がある。もし、これが薬ではなく、何かの劇薬だったら…
だが、鈴仙の幻視を恐れては、何も行動することができない。飲め!飲んでしまえ!!

私は意を決し、瓶の蓋を開け、中身の半分程を一気に呷った。

飲み込んでから、数秒たった。
再び瓶のラベルを見る。『アスピリン』と書いてある。変化は無い。よかった、幻視なんかじゃ無かった。
心成しか、痛みが若干和らいだ気がする。
その時、

「…てゐ?」

突如後ろから、呼びかけられた。
振り返ると、そこには永琳が立っていた。

「あなた、それは一体、どういうこと?」

永琳は、私の治療した指を指しながら問い詰めてきた。

「え?いや、普通に添え木をあてて、包帯巻いただけですけど…」

私はそう言うと、治療した指を目線の高さまで上げる。
ところが、治療した指には、添え木も、包帯も、取り付けられていなかった。
替わりに、永琳が大事にしていた万年筆とショーツが巻きつけられていた。
辺りを見渡すと、治療室ではなく、永琳の部屋だった。
薬瓶のラベルには『永琳専用ウヰスキー』とあり、『勝手に飲んだヤツは実験室送りね(はぁと)』とメモが添えてある。
ぶわっ、と全身の毛穴という毛穴から、汗が出てきた。

「ち、違うんです!!私は添え木と包帯だと思って使用したのですが、
鈴仙の幻視にやられて、万年筆と下着を添え木と包帯だと認識させられて-----」
「言いたいことは、それだけかしら」

なんとか誤解を解こうとするが、有無を言わさぬ口調に閉口してしまった。

いつの間にか永琳の手には、玉虫色の不気味な液体が入った注射器を持っていた。
私の本能が、あれはヤバイ!と告げる。心臓の鼓動が警鐘のごとく、早く、大きく響いている。逃げなくては!
私は前に出つつ、体勢を可能な限り低くし、永琳の脇を駆け抜けようとする。

「ぐへぇ!」

次の瞬間、首が強く絞まり、私の口から空気の漏れる声が出た。
襟の後ろをつかまれていた。

「こ〜ら、逃げちゃダメでしょ、もう」

まるで予防接種を嫌がる子供をあやすような口調で、顔は柔らかな笑みを浮かべながら、手に持った注射器を向けてくる。

「た、た、たすけ---」
「ダ〜〜〜メ♪」

そして、私の腕に、玉虫色の悪意が注入さ-----


*


それからの事は、覚えていない。

気がつくと、私は自室の布団に寝かされていた。
起き上がり、カレンダーを見ると、あの日から一週間ほど経過していた。
思い出そうとすると、頭が痛くなり、靄がかかったように思考できなくなる。

居間へ行くと、永琳がいつもと変わりない笑顔を浮かべ、静かにお茶を飲んでいた。
その両隣には輝夜と鈴仙が座っていた。
輝夜は「もう大丈夫なの?」と尋ねてきた。
鈴仙は………赤い瞳でこちらを見つめている。

「よかったね。目が覚めて」

鈴仙の声は抑揚が無く、どのような意味で言ったのか、分からなかった。


それから数日たったある日。
ほんの偶然から私は、舌を強く噛むと、幻視が解けることに気がついた。
毎日のように鈴仙が幻視をかけてくるので、何かを行う前に舌を噛むことが習慣になった。
おかげで私の舌は、噛み傷だらけになってしまった。
こんなことを続けていると、いつか力加減を間違え、舌を噛み切ってしまうのではないかと思うことがある。
そもそも、舌を噛むと幻視が解ける、というのも、フェイクかもしれない。
だが、今、幻視と現実を区別する方法はこれだけなので、やめるわけにはいかない。

今、見えているものは、本当に現実の風景だろうか。
今、聞こえているものは、本当に現実の音だろうか。
今、触っているものは、本当に現実の物だろうか。
日を重ねるごとに、全てのものが現実かどうか、疑わしくなってきた。
早く、鈴仙にやめさせないと、私は狂ってしまうかもしれない。

だが、今だに鈴仙の仕返しが終わる様子は、全く無かった。
タンドリーチキン
作品情報
作品集:
19
投稿日時:
2010/08/13 03:12:28
更新日時:
2010/08/15 23:34:46
分類
てゐ
微スカ
1. 名無し ■2010/08/13 13:39:41
影牢でしたっけ、懐かしい
親愛が一瞬にして憎悪に変わってしまうとは恐ろしい
2. 名無し ■2010/08/13 15:18:14
大体この手の話は最後に仕返しをやめる事が多いけど、ずっと続いていくってのもいいよね
3. 名無し ■2010/08/13 23:39:47
全てものものを疑わないといけないってのは休まる暇もなくてまじこええ
しかも鈴仙が波長を操ったかどうかなんててゐにはわかんねえのがさらにえぐい
こわおもろかった
4. 名無し ■2010/08/14 01:14:41
これだけへまをしても、
自分で作った侵入者用の罠には掛かってないんだな。さすが詐欺のプロ。
5. 名無し ■2010/08/14 07:09:46
外から入る情報全部が信頼ならないってつらいな
せめてなんか抜け道ないんかね…
6. 名無し ■2010/08/14 20:46:10
ふと思ったがちゃぶ台にうんこの件の後日、妹紅からの苦情がなかったとは思えないし
そうなると永琳もさすがに変だろうとは思いそうなものだけど
しかしてゐの日頃からやっていた事も結構洒落にならない
(傷害&器物損壊)から永琳もイラつき始めていた&弟子の肩を持ちたいので大体を知っていて
あえて本気で洒落にならない事態になるまで止める気はないという可能性もあるな
7. 名無し ■2010/08/15 03:04:29
途中までが良かっただけに
てゐが舌噛みきって死ぬとか、妹紅が乗り込んで来て永遠亭まるごとフルボッコとか
展開にオチが欲しかった
あと最初の幽助のセリフが不要に感じる……
8. 名無し ■2010/08/15 06:27:21
てゐにトドメを刺して欲しかったなぁ
四肢切断とか、永遠亭追放とか、実験体に成り下がるとか
9. 名無し ■2010/08/15 13:49:18
もう輝夜に助けてもらうしかないだろ
鈴仙に阻止されるだろうけど
10. 名無し ■2010/08/16 17:09:38
寸止めプレイかエロい
にたり笑いの鈴仙もグロい(多分
11. 名無し ■2010/08/19 17:08:49
これだからてゐは…
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