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『崩れ行く幻想 後編』 作者: 上海専用便器

崩れ行く幻想 後編

作品集: 19 投稿日時: 2010/08/14 22:12:13 更新日時: 2010/08/15 11:30:09
※かなり無茶な展開が続きます。そして、今回は長くなってしまいました。
























「貴方が幻想郷のためを思って行動したのは分かったわ……」

「だけどね……結果が残らなければ意味が無いのよ。」

「こんなことになったのは、貴方のせいよ。」

「そのままにしておけば、こんなことにはならなかったのよ………」

「何かを無理に変えようとしたから、妹紅も捕まってしまった………」

「…………ずっと、ここで腑抜けていなさい。」

美鈴の治療を終え、紅魔館へと帰還する直前だったパチュリーは慧音にこう伝えた。
先日、紫が慧音に言ったことと殆ど同じことをパチュリーも口にした。

慧音もパチュリーも、何が幻想郷で起こったのかを知っていた。
轟音が幻想郷中に鳴り響いた後、パチュリーが魔法で辺りの様子を見たのだ。
その様子をパチュリーから聞いた時、全てが終わったと慧音は実感した。
自分が守るべきだったものが、一瞬で崩れてしまったのだ。
パチュリーも、幻想郷が変わってしまうことをただ悲しんだ。
そして、美鈴を連れて、転移魔法で慧音の家から去っていった。

一人残された慧音には、もはや生きる気力は残っていなかった。
「ははは………はははははははは………」
ただ笑うことしかできなかった。



人間と妖怪が共存する最後の楽園。
それは、幻想郷中に響き渡った轟音と共に崩れ去ってしまった。


















崩壊の音が響き渡る、直前のことである。

朝日が昇り始めた。
空には、雲はひとつも無かった
陽の光を遮るものは、何一つなかった。

レミリアは、日傘で日光から身を守りながらも人里に向かっていた。
「妹紅………待っていなさい、すぐに助けてあげるわ。」
人里で捕らえられている妹紅を助け出すことは、
条約違反にも繋がるというのは誰の目から見ても明らかだった。
間違いなく、霊夢や紫に退治されるとレミリアは覚悟していた。
しかし、そこまでしてでも彼女は妹紅を助けたかった。
それほどまでに、レミリアは妹と仲直りさせてくれた妹紅に感謝しているのだ。
そして、人里の近くまでやって来た。
だが、妹紅がどこに捕らえられているのかなどの情報は一切ない。
陽が昇っている以上、無闇に動き回るわけにはいかない。
レミリアは、人間に姿を見られない場所でどこに行くべきかを考えた。
「………当然、牢屋よね。」
誰でも最初に思いつく場所に、レミリアは向かおうとした。
場所がどこかは分かっていなかったので、もしかすると相当時間がかかる。
(昼になったら、逃げるのが大変ね………)
妹紅が人間に捕まったと知って感情が高ぶったために、ここまで来てしまった。
そのため、朝日が昇り始めている時に行動に出てしまうことになった。
レミリアは、夜にするべきだったと後悔した。
「でも、ここまで来たらやるしかないわ。私一人で決着をつけないと。」
もしも妹が妹紅のことを知ってしまったら、怒り狂って虐殺を起こしかねない。
咲夜が自分に従い、無茶をするかもしれない。
レミリアは一人で行動に出て正解だと考える。
吸血鬼のプライドのためか、自分の行為を正当化していた。
「あの子たちに危険を負わせるわけにはいかないのよ。そろそろ、行きましょうか。」

その時である。
「ん……あれは?」
金色の髪を持ち、赤色のリボンを頭につけている少女が人里に入っていく瞬間を目にした。
「あの娘、確か…………」
咲夜を連れて紅魔湖周辺を散歩する時、レミリアはその少女と出会ったことがあった。
話しかけられても、レミリアと咲夜は適当にあしらってきた。
しかし、よく人を食べるとの話も聞いていた。
それなのに、この人里に堂々と立ち入るその行為をレミリアは理解できなかった。
「人里に来たら、退治されるのにねぇ………私もだけど。」
その姿を見て、自分は必ず退治されてしまうのだと改めて実感した。
「………さてと、妹紅を助けに行きますか。」
退治されてしまうことは、考えるべきではない。
今は、妹紅を助けることに専念しなければならないのだ。
レミリアは自分の未来について考えることをやめて、
人間に見られないようにしながら人里の牢屋の場所を探し始める。
数秒後、意外な人物の姿が目に入る。
猫を抱えたさとりが、物陰に隠れていたのだ。
「地霊殿の主じゃないの………何でこんなところに?」
地下に存在する地霊殿の主人、古明地さとりが人里にいる。
疑問に感じるのも当然だった。
さとりは地下の住人のため、妖怪にすら疎ましいと思われているのだ。
言うまでも無く、人里には姿を現すべきではなかった。
そのさとりが何故、人里に忍び込むようなことをしているのか。
「………何か、ありそうね。」
妹紅が人間に捕らえられてからなのか、人里にいるべきでない妖怪が人里にいる。
只事ではない何かが起ころうとしているのではないか、とレミリアは考えた。
レミリアは、さとりの行為を見張り始めた。


(ここですか。)
「ええ………そうみたいね。」
さとりと猫の姿になったお燐は、ついに牢屋と思わしき建築物へ辿りついた。
「お燐、行ってくれますね?」
(りょうか〜い♪)
緊張が解けるような返事をして、お燐はさとりの手から離れる。
そして、その建物の中へと入っていった。
「壊れていなければ、いいんだけど………」
最悪の事態にはなっていないことを、さとりは願っていた。
その時、何者かの意思が自分の頭へと入ってきた。
(ここで何をしているのかしら………妹紅とはまさか、関係がないわよね?)
「っ!?」
誰かに見られている。
さとりはすぐに、辺りを見回した。
すると、後ろにあった木箱から傘の先が飛び出ているのを目にした。
「…………誰ですか。」
(ど、どうして!?私の隠密行動は完璧だったはずよ!)
レミリアの心を読んださとりは、呆れ顔になる。
「レミリア・スカーレット…………妹紅と、何の関係が?」
さとりは、レミリアが『妹紅』という言葉を思い浮かべたことを突く。
すると、レミリアはさとりの前に姿を現した。
「ふ、ふん。私の居場所を突き止めたことだけは褒めてあげるわ。」
「…………そうですか。」
(し、視線が痛い……!)
さとりは、はぁ、とため息をつく。
「そ、それで貴方は何をしているのよ。」
レミリアはさとりにそう尋ねた
「妹紅を助けにきたのです。貴方も、妹紅を?」
「え…………あ、貴方と妹紅は一体?」
「それは………」
さとりは、レミリアに妹紅との間で何があったかを伝えた。

「貴方も私と一緒なのね。」
「ええ、それでこの牢屋にペットを忍ばせたわ。」
「こ、ここが牢屋なのね。」
「はい。」
「わ、分かっていたわよ。見るからに、牢屋じゃない。」
見てすぐに牢屋と分かる人間は誰もいないと断言できるぐらい、その建物の外見はありふれたものだった。
さとりはレミリアの負けず嫌いな様子を見て、クスッ、と笑ってしまった。
「うー……どうして笑うのよ〜………」
「ごめんなさい、レミリア。それで、貴方は妹紅を助けに?」
「………そうよ。」
気の抜けていたレミリアの顔が、一瞬で真剣なものとなる。
「私と妹を救ってくれた妹紅を苦しませるわけにはいかないわ。
私が必ず、助け出してみせるわよ。」
さとりはその言葉を聞いて、レミリアは自分と同じなのだと感じた。
そのためなのか、レミリアならば信頼できるかもしれないと考えた。
「レミリア、私と協力してくれませんか?」
「もちろんよ。生憎、私は日光に弱いのよね。
だから味方がいると助かるわ。それにしても、昼に来るべきじゃなかったわね……」
自分の大切な妹や部下たちを、巻き込ませるわけにはいかないから一人で来た。
さとりには、その真意がしっかりと伝わっている。
「……私のペットの帰りを待ちましょう。」
「ええ。」
自分と彼女は上手くやっていける。
家族を大切に思う気持ちは、二人とも同じ。
自分とレミリアには、どこか似ている部分があると感じていた。

お燐が牢屋の中から外に出てきた。
さとりはお燐の様子から、妹紅を見つけたのだと確信する。
(さとり様、妹紅がいました。)
「そう、ありがとうお燐。」
「この猫が?」
レミリアは、黒猫に指をさした。
(さとり様、このお姉さんは?)
「レミリアよ、妹紅を助けにここに来ていたのよ。」
(味方ですか!これは頼れ…………る仲間ですね!)
お燐は、見るからに頼りなさそうな少女が仲間になったことに不安を覚える。
「………さとり。」
レミリアの声を聞き、さとりは振り向く。
すると、レミリアの目尻に涙が少しだけ浮かんでいた。
「今、この猫……私を哀れな目で見たんだけど………」
「ど、どうしたのよ?」
「もしかして、私………頼りないの…………?」
レミリアの目が赤くなっていく。
レミリア・スカーレットを知らないものは、幻想郷では殆どいない
そのレミリアがこれほどまでに繊細だったと知り、さとりは本当に驚いた。
お燐も申し訳ないと思ったのか、心の中で謝罪した。
(ご、ごめんね、おねえさ〜ん!)
「だ、大丈夫よ。貴方は、とっても頼りがいがあるわ。」
「ぐすっ………ほんと?」
鼻を啜りながら、レミリアは上目遣いでさとりにそう尋ねた。
その姿にさとりは見とれそうになるが、すぐに目を覚ます。
「さ、さぁ。妹紅の元に行きましょう。」
「…………ええ。」
落ち込んでいるレミリアと共に、さとりとお燐は牢屋へと入っていった。

牢屋の中では、まだ囚人たちは寝ていた。
自警団員も会議場に集まっていたため、さとりたちが忍び込むのは簡単だった。
「妹紅………!」
さとりたちは、妹紅が捕らえられている牢屋の前で足を止める。
口からは涎が流れ続け、目は虚ろである。
体から完全に力が抜けているように、ぐったりとしていた。
おそらく、声をかけてもすぐには正気には戻らないだろう。
「………さとり、大丈夫?」
「大丈夫よ………さぁ、妹紅を連れ出しましょう。」
「分かったわ。」
さとりたちは、妹紅を抱きかかえて逃げることに決める。
レミリアは、音を立てないように妹紅の牢屋の鉄格子を折った。
他の囚人たちを起こさないよう、レミリアは妹紅を抱きかかえる。
お燐が先導し、それに二人が付いていく形で、さとりたちは牢屋の外へと出て行った。
「よし、早く離れましょう。」
「どこに行くの?」
「紅魔館の方が近いわよね?」
「……もちろんよ。」
(それじゃあ、しゅっぱ〜つ!)
さとりたちはそのまま、人里から離れようとした。
「って、日傘が………」
レミリアは、妹紅と抱えながら日傘を差ささなければならないことにやっと気づいた。
(足が遅くなっちゃうわねぇ………)
これでは人間たちに姿が見られてしまうかもしれない。
どうすればいいのか、レミリアは深刻に考えていた。

その時、誰かがレミリアの日傘を差した。
「お嬢様、私が持ちますよ?」
「さ、咲夜?」
十六夜咲夜が、ついにレミリアに追いついたのだ。
妹紅を抱える姿を見て、自分の主人の真意を悟った。
それに咲夜が反対することなど、有り得ない話である。
「私はお嬢様が何をなさろうとも、どこまでもついていきます。」
「咲夜…………!」
レミリアは、良い部下に恵まれていると感激した。
「さぁ、妹紅を連れて帰りましょう。」
「………ええ!」
咲夜の言葉に、レミリアは深く頷く。
そして、レミリアとさとりたちは紅魔館へと妹紅を連れて帰ることになった。
運よく、誰かにその姿を見られることはなかった。








人里の会議場には、人里の重鎮たちが集まっていた。
稗田阿求も呼ばれている。
しかし、今回の議題となっている霊夢がまだ現れていない。
今頃、賽銭箱が溢れるほどのお賽銭を手に入れた夢でも見ているのだろう。
「霊夢さん、遅いですね。」
「そうですなぁ。」
男の一人に、阿求はそう言った。
「でも、どうして霊夢さんをお呼びになったのでしょうか?」
「さぁ………?」
男は阿求に答えを言わなかった。
というのも、彼女は霊夢と親しい関係にあった。
そのため、霊夢が罰された時に霊夢を擁護する可能性があったからだ。
稗田家の言葉は重いものであり、稗田阿求に賛同する者も数人現れる。
さらには、霊夢の是非についての会合をやめさせようと動く可能性があった。
だから、里長の命令で稗田阿求には真の目的を伝えさせなかった。
既に重鎮たちには、阿求の意見は無視するようにも言ってある。
完全に、阿求は形だけの参加となっていた。
「ん…………ちょ、ちょっと厠に。」
阿求は長時間待ち続けていたため、便意を催してきた。
厠に行くため、阿求は立ち上がる。

「ふぅ……………霊夢さん、来たでしょうか?」
厠から出た阿求は、会議場へと戻っていった。
「霊夢は……?」
「まだ来てな……」
その道中にあった扉から、男たちの会話が聞こえてきた。
「手は……整……か?」
「ああ、いつで……霊夢を捕らえ………ぜ。」
「っ!?」
自分の耳を疑った。
、『霊夢を捕らえる』という言葉がはっきりと聞こえていた。
まさか、あの霊夢を捕らえようとしている男がいるとは。
(一体、何のために………)
阿求は周りを見渡し、誰もいないことを確認すると扉に耳を当てる。
「で、報酬は?」
「100両貰えるだってよ。へへ、里長も太っ腹だなぁ。」

「………………………」
阿求は言葉を失った。
何故、人里の長たる者が博麗の巫女を捕らえようとするのか。
阿求は気を失いそうになる。
しかし、気絶している場合ではなかった。
(早く伝えないと!)
阿求は会議場にいる人間たちに気づかれないよう、そっとその場から離れた。
目指すは、自分の大切な友人がいる場所。
己の短い人生に、光を与えてくれる巫女の元へと向かっていった。










稗田阿求が人里から離れる。
これが、惨劇の始まりの合図だった―――













人里にある、何の変哲も無い家。
そこでは、ある親子が朝を迎えようとしていた。
「う〜ん………お母さん…………」
子供が、まだ寝ている母親を揺さぶる。
反対側では、父親も息子の傍で寝ていた。
「ねーねー。」
母親を揺さぶる子供に声をかける少女が現れる。
「あれ………だぁれ、お姉ちゃん?」
少年は黒と白の服を着た、金髪の少女にそう言った。
そして、赤色のリボンを頭につけた少女は、赤色の目を光らせる。
「あんたは食べてもいい人類だもんねー」
「え?」
「いっただきまーす。」



ガブリ



「んぅ………坊や、おはよう………ひぃっ!?」
母親が息子の頭を撫でようとすると、ニュルッとしたものが手につく。
「どうしたんだ…………お前、誰だ?」
自分の妻の驚いた声に、男も目を覚ます。
すると、見知らぬ少女が自分の家にいることに気づく。
「お前、誰だ?」
「あははははー、あんたたちも食べてもいい人類なんだねー?」
母親が息子の頭がどうなっているのかを理解するのに、数秒かかった。
自分の目に、今何が映っているのかを理解する。

自分の息子の、脳みそが見えていた。

「いやあああぁぁあぁぁぁぁぁ!!!???」
父親も、自分の息子に何が起こったかに気づく。
「よ、よくもぉぉ!!こ、この妖怪め!」
父親は、枕元に置いてある護身用の刀を持ち出す。
「私を殺すなんてできるのー?」
ルーミアはすぐに、父親を闇で包む。
「な、何も見えない!?ど、どこにいる!!」
息子が殺されたことで気が動転していたため、まずまず混乱した。
そして、刀を我武者羅に振り回し始めた。
「どこだ!?どこにいるぅ!!」
「や、やめ――――」
男は、何かを斬った感触を得る。
息子を殺した妖怪を斬ったのだと思いこんでいた。
「は、ははっ!て、手ごたえがあったぞ!」
「そーなのかー?」
ルーミアの声が聞こえてくると、突然視界が晴れた。
そこに映っていたものは、頭が欠けている息子と――――
「え?」
背中に大きな切傷ができている、自分の妻だった。
愕然としている男の背中に、ルーミアは近づく。
「ありがとー♪」



グシャリ



「人間たちは、おいしいなー」
永遠亭を燃やした人間たちを食べ尽くす。
それが、当初の目的だった。
だが、人間を三人食べてしまったせいなのか、ルーミアは欲望に赴くままに行動するようになってしまった。
「みんなみんな、食べてあげるよー♪」
両手を開け、顔を血で真っ赤にしたルーミアは、また別の家へと入っていく。

「ぎゃあああああああああああ!!」
「た、助けてぇぇぇぇぇぇ!!
「誰か、誰かぁあぁぁ!!」
人里のあちらこちらで、悲鳴が響き渡る。
「あはははは!!みんなみんな、死んじゃえーーーー♪」
ルーミアの笑い声が、人里中に響き渡った。

宵闇の妖怪の凶行は止まらない。
次々と、人間たちを自分の口の中へと入れていく。





悲鳴を聞きつけた人里の人間たちは、外に出る。
空を見上げると、少女の姿をした何かが空を飛んでいた。
人間たちはすぐに、空を飛んでいる少女が人里を襲撃したのだと思った。
「お、おい!見ろ、あれだ!!」
「よ、よくも俺の友人を!!」
「みんな、あいつ狙うんだ!!」
「殺せ!!やっぱり、妖怪は人間の敵なんだ!!」
村民たちは家から武器を取り出す。
狩人は弓を取り出し、そうでない者は刀や斧、槍を持ち出す。
女子供までもが、ルーミアを殺すために石を投げようとしていた。
その時である。
バリンッバリンッ、と次々と何かが割れる音を人間たちは耳にした。
「な、なんだ!?」
男の一人が、足元に瓶の破片が落ちていることに気づく。
「何なんだ、これは………?」
それを手にするが、彼にはそれがどういったものなのかは全然理解できなかった。
理解できるだけの時間はもう、人間たちには残されていなかった。


薬品瓶を投げつけたのは、もちろん永琳と輝夜だった。
「フフフ、これで人間たちはみんな死ぬわ………さぁ、行きましょう?」
「妹紅………妹紅………」
「これからはずっと一緒よ、輝夜………」
「妹紅………妹紅………」
永琳は輝夜の頭を抱きしめながら、どこかへと消えていった。
その間、輝夜はやはり「妹紅」という言葉しか発さなかった。





「稗田阿求は何処に?」
「厠に行ったのですが…………」
「………博麗霊夢の元に行ったな。」
「え………し、しかし、何のために?」
「おそらく、あの巫女を助けるためであろう。」
場は騒然とした。
まさか、稗田家の当主が人里を裏切るような行為に出るとは思っていなかったのだ。
「これではっきりとしたな。稗田家は人里から追放する!」
里長のその決定に、反対するものは誰一人いなかった。
今の里長に反対できる人間など、どこにもいなかったからだ。
慧音が腑抜けてしまった今、里長を抑止する者がいなくなってしまったのだ。
重鎮たちも、里長に従うしかなかった。
「皆の衆!我々はこれから、博麗霊夢の元へと向かう!
そして、藤原妹紅と同じように妖怪に付する悪魔を我々の手、で?」
突然、視界が低くなったことに里長は驚く。
会議場に集まっていた人間たちは、何が里長の身に起こったのか分かっていなかった。

下半身が、消滅していた。
「ご、ごぶっ……な、なにがっ…………」
里長は周りを見渡す。
すると、他の人間たちは上半身が消滅していた。
部屋中が、肉片や血で汚れる。
その光景を見て、自分たちは何者かに襲撃されたと気づく。
「だ、だれ………?」
里長は、最後の力を振り絞って声をあげる。
「えへへ、めーりんよろこんでくれるかなー?」
会議場の入り口で、七色の翼を持った少女が笑みを浮かべていた。
フランは、ここに里長などの重鎮たちが集まっていることなど知らなかった。
ただ、慧音の家から人里に向かって一番近くにあるのがこの建物だったのだ。
「や、やめて………た、助け、てくれぇ………」
下半身が吹き飛んでいる時点で、只の人間が助かる可能性は無い。
それでも、里長は命乞いをした。
「めーりんともこーのかたきだよ?」
「も、妹紅のことは悪か――――」
里長が最期に何かを言おうとしていたのに気づくが、
全く耳に入れようとせずに、フランは自分の手を握り締める。

フランは会議場の外にでる。
そして、そこに手のひらを向けた。
「えいっ!」
一瞬で、会議場は崩壊する。
ありとあらゆるものを破壊する程度の能力ならば、建築物の破壊もあっという間のなのだ。
「えへへ、みんなみんなこわせばいいんだねー?」
フランは他の人間たちを壊そうと人里の中心に向かった。
しかし、外にいる人間たちは皆、地面に伏し倒れていたのだ。
「あれー?みんな、どうしたのー?」
フランは大声で、人間たちに呼びかける。
しかし、誰もフランの声に反応しない。
反応できる人間など、もう人里には存在していなかった。

永琳の作った「VXガス」が散漫した以上、人間たちは人里に足を踏み入れることはできなかった。
一週間もすれば、ガスの効果は薄まるがそんなことを人間たちが知る由もない。
そのため、今は人里にいない人間たちも、何も知らずに人里へと入っていってしまうだろう。
いずれ、人里に住む人間たちは全員がVXガスを吸ってしまう。
このことが分かるのは、永琳や鈴仙ぐらいだけだろう。

「みんな、わたしとあそぼうよー!」
「あんた、だれー?」
フランは誰かに声をかけられる。
声の主は、ルーミアだった。
「どうしたのー?」
「あんたも人間をー?」
「うん!」
「そーなのかー。私と一緒なのだー」
「ほんと!?えへへ、おともだちだね!」
「そーなのかー?」
嬉しそうにしているフランにつられて、ルーミアは笑顔になった
「お名前は?」
「ルーミアだよー」
「私はフランドールだよ、フランって呼んで?」
「わかったー!」
「えへへ、お友達ができた………」
「そうだ、チルノたちにも教えるねー」
「だぇれ?」
「私の大事なお友達ー、ついてきて?」
「うん!」
ルーミアはそのまま、チルノたちがいるはずである竹林へと向かっていった。
そして、フランはその後についていく。

パチュリーの命令でフランを追いかけていた小悪魔は、
突然フランが竹林の方へ向かっていくのを見ていた。
(どうして、あちらに………と、ともかく追いかけましょう!)
人里で暴れることがなくてよかった、と小悪魔は安心していた。
そう思ってしまうのも仕方が無かった。
小悪魔が見た範囲では、人里には何の異常も起こっていなかったからだ。
何一つ、建物は壊れておらず、人間の死体も見えていなかった。
そして再び、小悪魔はフランの後を追いかける。










そして―――人里の上空に、お空が現れる。

人間たちは、自分の家族のこいしを孕ませた。
人間は、欲望のために、自分の家族を傷つけた身勝手な生き物。
主人のさとりとその妹のこいし、そして親友のお燐のためにも、人間を生かしてはいけない。
自分がここで人間を滅ぼさないと、家族を守ることはできない。
怒りのあまり、お空の思考はおかしくなり始めていた。。

「人間なんて………人間なんて………!!」

自分の力は絶対に解放してはいけない、とさとりにきつく言われていた。
さとりが許可を出さない限りは、絶対に力は使ってはいけないとしつけられていた。
だが、今のお空はそのことを完全に忘れている。


八咫烏の力を、お空は開放し始める。

周りには、誰もお空の存在に気づいている人妖はいない。
そもそも、人里の近くには、お空以外誰もいなかったのだ。
もはや、お空の復讐を止めることはできない。

「人間なんて、みんな滅べばいいんだーーーーーーーーーー!!!」



そして、お空の手から光が放たれ――――

















妖怪の山にある、家屋。
その中には、多くの本や写真、文書で満ち溢れていた。
片づけをする暇など、その家の主人にはないのだ。
その家の玄関扉を強く叩く音が聞こえてきた。
「文さん、出てきてください!」
(やっと来たわね……)
東風谷早苗が予想通りに家にやってきたことに気づく。
そして、何も躊躇することなく、文は玄関扉を開けた。
「どうかしましたか、早苗さん?」
「どうかしましたか?じゃないですよ!この新聞は何ですか!?」
早苗は、文の予想通りに新聞を手にしていた。
それを文に押し付ける。
「いい加減にしてください!ここまで嘘の記事を書くなんて、もう許せません!!」
早苗は、神奈子が最近に起こった事件の黒幕であるという記事に憤りを感じていた。
だが、文は表情一つ変えない。
「早苗さん、貴方にお伝えしたいことがあります。」
「貴方の話を聞く気なんてありません!」
早苗は文の話を耳にしない態度を取っているが、文はそれを無視して話を伝える。
「早苗さん、妹紅さんが子供を殺した理由を知っていますか。」
「……………」
「あの子供たちはですね……紫さんの式の式である、橙さんを苛めていたのですよ。」
「え………?」
少なからず、早苗は驚く。
しかし、文がまたでっち上げているのだろうと思い込んだ。
「証拠もないのに、そんなことを言わないでください!」
すると、文は早苗の目の前に写真とネガを差し出す。
「これでも、嘘だと言うのですか?」
その写真には、橙が人間の子供に殴る蹴るなどの暴行を加えられている瞬間が写されていた。
ネガにも、同じ映像が映っている。
早苗は、文は本当のことを言っているのだと確信した。
そのため、早苗は文の話を聞くだけ聞こうと決心する。
「………聞きましょう。」
文は自分の思い通りに事が進もうとしていると思い、笑いそうになった。
もちろん、早苗に怪しまれるわけにはいかないので、表情は一切変えていない。
「それでですね、妹紅さんは橙さんが殺されそうになっているのを助けようとしただけなのです。
それで勢い余ってしまい、妹紅さんは子供を燃やしてしまったのです。」
「だからといって、人を殺すなんて………」
「早苗さん、よく聞いてください。」
文は早苗の肩に手を置く。
「ならば、妖怪を殺していいのですか?」
「………当然です。私たち人間にとって、妖怪は天敵なのですから。」
「そうですか…………悲しいです、早苗さん。」
「な、何ですか一体。」
「私は、貴方たちを素晴らしい方たちだと思っていました。
人里にある命蓮寺の皆さん以上に、人間と妖怪のことを考えていると信じていました。」
早苗は文が自分の神社を批判し始めたのをきっかけに、文の相手をするのをやめる。
これ以上、文の戯言に付き合ってはいられない。
早苗は、そう考えた。
「お帰りに?」
「…………さようなら、射命丸文さん。」
早苗は、文の名前をフルネームで呼ぶと、そのまま家から去っていった。

「…………行きましょうか。」
文は、部屋の片隅に隠していた録音機を手にする。
それを持ち出し、天魔のいる元へと向かおうとした。

だが、家から外に出た瞬間のことである。
山中に、轟音が響き渡った。
「な、なにっ!?」
文は、すぐに空高く飛ぶ。
すると、人里があるはずの場所に大きな穴が出来ていたのだ。
さすがの文も、突然の出来事に狼狽する。
辺りを見渡すと他の天狗たちも文と同じように飛び上がっていた。
皆それぞれ、慌てているようだった。
「文様!」
数少ない友人である椛が、文に声をかけた。
「一体、何が……?」
「わ、分かりません……………」
「人里が消滅………したのかしら。」
「………あの様子では、恐らく。」
文は、頭を悩ませた。
こんな風に人間を排除する必要がある勢力など、幻想郷に存在しているなんて思ってもいなかった。
「何のために、人間を…………」
「文様、どうしましょうか……?」
文は録音機を天魔の元に持っていこうとしたが、
人里が消滅するような事態が発生した以上、緊急集会が開かれるはずである。
「その時に渡せばいいわね。」
「え?何をですか?」
「独り言よ、なんでもないわ。それで、しばらくはここで待つべきよ。
いずれ、天魔様から命令が下されるわ。」
「そ、そうですよね!それでは、私はにとりを探しに行きます!」
「あまり遠くまでは行かないでよ。気をつけてね?」
「はい!」
椛は、河童たちがいる川へと向かっていった。
それを見送った後、文は録音機を外からは見えない場所に隠し持つ。
天狗たちの中には、人里が消滅したことを喜ぶ者もいた。
文はそんな天狗の姿を見て、複雑な気持ちになった。
(ここまでする必要はなかったのにね………同情なんてしないけど。)
無理矢理、書きたくも無い内容の記事を書かせられたことに怒りを感じていただけであり、
人間たちにはそれほど憎しみを抱いていなかった。
むしろ、人間たちの購読者はかなり多かったので、
これから先、自分が新聞を書く理由が無くなってしまうことを懸念していた。
(……私らしく無いわ。人里がなくなってしまって、悲しむなんてね。)
そして、文は人里が消滅したことに対する自分の感情を手帳に書き記す。
暇つぶしの意味もあったが、文は自分の思いを書き残していた。

数十分後、妖怪の山中に緊急集会の知らせが伝わった。
録音機が手元にあることを再度確認して、文は集会へと向かっていった。






朝を迎えた、博麗神社。
そこでは、霊夢と魔理沙がぐっすり眠っており、部屋の片隅では星がウトウトとしていた。
「霊夢さん!霊夢さん、起きて下さい!!」
「う〜ん………何なのよ………?」
霊夢は、阿求に揺さぶられて目を覚ます。
寝起きのため、物凄く霊夢は不機嫌そうな顔をしていた。
「大変なんです!人里の方々が、貴方を捕らえようとしています!」
「眠いのよ………え?」
阿求が嘘をつくことは、まず無い。
そのため、自分が人間に捕らえられようとしていることは事実なのだと確信した。
「ど、どういうことなのよ?」
「分かりません………ですが、里長が貴方を………」
「そ、そんな………お米が………」
「え?」
霊夢は自分が捕まろうとしていることよりも、
食料を恵んでくれる人間がいなくなってしまうことを心配していた。
本気で霊夢の身の安全を心配している阿求は、拍子抜けしてしまう。
「あ、あのですね………」
「れ、霊夢………やっと起きてくれましたか。」
霊夢が目を覚ましたことに、星は気づく。
「あぁ、分かったわよ。ほら…………」
霊夢は寝起きのまま、すぐに法界への道を作った。
昔話につき合わされるのは、もう懲り懲りだった霊夢は邪魔者には消えてもらおうとしていた。
阿求は呆然として、そのやり取りを目にしていた。
何がなんだか、阿求には全く分かっていない。
「ほら、行ってらっしゃい…………」
「ありがとうございます、霊夢!聖に、よろしく伝えておいてください。」
「この札を使えば、ここに戻ってこれるわ………それじゃ、お休み………」
霊夢が再び布団に入るのを見届けた後、星は法界へと消えていった。
そして、法界への道は閉ざされる。
「すぅ………すぅ………」
「れ、霊夢さん?」
再び寝てしまった霊夢を、また阿求は起こそうとした。

その時である。
轟音と共に、博麗神社が大きく揺れたのだ。
「きゃあっ!?な、何!?」
「な、何!?何が起こったの!!」
「うわわっ、何が起こったんだ!?」
霊夢だけでなく、魔理沙も目を覚ます。
しかし、揺れは数秒で収まった。
霊夢も魔理沙も、眠気が一気に吹き飛ぶ。
「お、おい、霊夢?」
「地震かしら?でも、あの娘は紫の傍に………」
霊夢は天子の仕業かと思ったが、
幼児退行してしまった天子にこんなことを行えるかと言われれば、疑問である。
「阿求、ここにいなさい。何か異変が起こっていないか、確かめてくるわ。」
「だ、だめです!」
阿求は霊夢の腕を掴み、必死に止めようとした。
魔理沙は先ほどまで寝ていたので、状況をつかめていない。
「霊夢さん、人間たちは貴方を捕まえようとしているのですよ!?外に出るべきではないです!」
「れ、霊夢が捕まるぅ?」
魔理沙は何が何だが全く分からなかった。
何故、霊夢が人間たちに捕まるような事態になっているのか。
「大丈夫よ。空を飛んでいけば、ね?」
「霊夢さん…………」
霊夢は阿求を安心させるように、頭を一回だけ撫でる。
ここまで来たら、話を聞いてくれない。
そう観念した阿求は、霊夢にこう伝える。
「絶対に、ここに帰ってきてくださいよ!絶対に………!」
「もちろんよ。魔理沙、阿求をお願いね。」
「あ、ああ。」
霊夢に声をかけられるまで、二人のやり取りを見ていた魔理沙はずっと呆けていた。

霊夢が飛び立っていった後、魔理沙は阿求に尋ねる。
「で、何で人間たちが霊夢を捕まえようとしてたんだ?」
「それが……里長からの命令みたいなんです。」
「里長?一体、何のために………」
阿求もそれは分かっていなかった。
博麗の巫女を捕らえる必要が、一体どこにあるのか。
これほどまでに疑問を感じることは、阿求にとって初めてだった。
「あ、阿求…………」
突然、二人は霊夢の声を耳にする。
阿求と魔理沙が声のする方を振り向くと、霊夢が肩を震わす姿を目にした。
「れ、霊夢さん?」
「何があったんだ、霊夢?」
「…………がないのよ。」
「え?」
「何が、ですか?」
震えた声で話していたせいか、霊夢が何を言っているのかはっきりと聞き取れなかった。
霊夢はもう一度、自分が目にした光景を二人に伝える。
「人里が………無くなっているのよ………!」
「……………はい?」
「な、何を言ってるんだ?」
魔理沙と阿求は、霊夢の言葉を疑った。
だが、霊夢は嘘をついているわけがない。
体の震えが、それを物語っていた。
「人里が綺麗さっぱりなくなっているのよ!!」
その言葉を聞いた魔理沙は、自分の目で何が起こったのかを確かめなければならないと思った。
「阿求、私の箒に乗れ!」
「え、ええ?」
魔理沙はすぐに箒を取り出し、それに乗った。
「確かめに行くぞ!」
「は、はい………」
阿求が魔理沙の後ろに乗ると、すぐに空高く飛ぶ。
「紫…………私、どうしたらいいの?」
一人残った霊夢は、その場に座り込み、姿を現さなくなった紫の名前を呼ぶ。
食料を支給してくれる人間がいなくなる云々ではなく、
人間と妖怪のバランスが完全に崩れてしまった幻想郷をこれからどうやって維持していくのか。
そのことは十代の少女にとっては、あまりにも重荷すぎることだった。
滅多に混乱しない霊夢も、今回ばかりは混乱してしまった。


「う、嘘だろ?」
「……………………」
人里があったはずの場所に大きな穴ができていた。
その光景を、二人は信じることができなかった。
「あ、阿求………その…………」
「……………………」
「お、おい。どうしたんだ?」
阿求の様子がおかしい。
そのことに気づいた魔理沙は、すぐに地上へと戻った。
博麗神社の境内で阿求を下ろして、魔理沙は声をかける。
「阿求、どうしたんだ?なあ、阿求………?」
「……………………」
だが、一向に返事はない。
阿求は人里が消滅してしまったショックのせいで、気絶していたのだ。
しかし、目は開いており、気絶しているようには見えなかった。
「と、とりあえず寝かせるか。」

魔理沙は霊夢の部屋へと戻り、ひとます布団に阿求を寝かせた。
「霊夢、何でこんなことが………」
「紫、どこなの……何をしたらいいのか、教えて……?」
「れ、霊夢?」
霊夢の様子までもがおかしくなっている。
魔理沙はだんだんと、行く先が真っ暗になっていくことを実感し始めた。
紫が顔を出さなくなり、人里が消滅、そして霊夢の様子がおかしくなった
「何が起ころうとしているんだ、一体………?」
魔理沙は、誰にも答えることができない問いかけを口にした。
霊夢も阿求も、その声に答えることはなかった。





紅魔館に、レミリアとさとりたちが妹紅を連れて帰還していた。
ベッドに妹紅を寝かせて、咲夜が妹紅の身の回りの世話をする。
お燐も人型に戻り、さとりの命令で咲夜の手伝いをしていた。
その間、レミリアとさとりは今度どうしていくかを考えていた。
「私も保護はできるけど、確かに地下のほうが安全かもしれないわね。
「でも、妹さんがどう思われるか………」
「そうなのよねぇ。フランの反対があるかもしれないわ。」
「………皆さんがお帰りになってから、決めましょう。」
「そうね。全く、美鈴もみんなどこに行ったのよ。」
レミリアが紅魔館に戻ったとき、美鈴が門にいなかった。
さらに、パチュリーやフランすらも紅魔館にいないのだ。
探しに行こうと思ったが、陽は昇りきっており、妹紅のこともある。
そのため、今は紅魔館から出るのを避けたかった。

「こんなところにいたんだ〜」
「あ、貴方は?」
「こ、こいし!?」
突然、レミリアとさとりの元にこいしは姿を現した。
「こいし、どうしてここに!?」
「お姉ちゃんが家にもいなかったから、探してたんだよ〜」
「わ、私も貴方を探していたのよ。でも、丁度良いときに会ったわね………」
「さとり。」
レミリアは、目を丸くしながらさとりに声をかける。
「あぁ、この子は私の妹のこいしです。」
「違うのよ、さとり。その娘、子供がいるの?」
「……………………え?」
(お腹が膨らんでいるじゃない。)
レミリアの心を読んださとりは、こいしのお腹を眼にする。

目を疑った。
「こい、し?そ、そのお腹はど、どうしたの?」
さとりの言葉は、おぼつかなくなっていた。
未だに現実を受け止めることができていない。
受け止めないでいた方がが、どれだけ幸せなのだろうか。
「えへへ、赤ちゃんができたんだ〜♪
人間のみんながね、私のこと大好きって思ってくれてたんだよ!
だから私ね、みんなとエッチをたくさんしたんだ〜♪」
レミリアはその言葉を聞き、人間に対して殺意が芽生える。
しかし、さとりが耐えているのに、自分が怒ってはいけないと思った。
だが、そのさとりの様子はおかしくなり始めていた。
「いや………いやぁ…………いやああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
紅魔館全体に響き渡るほど、さとりの悲鳴は大きかった。
さとりは耳を押さえて、泣き崩れてしまった。
「さ、さとり………落ち着いて。」
「ううっ………こいしぃ……こいしぃ……………」
レミリアは声をかけるが、さとりには聞こえていないようだった。
その時、さとりの第3の目が少しずつ閉じていく光景を目にした。
「お姉ちゃん、どうして泣いてるのー?嫌われ者の私に赤ちゃんができたんだよ?
ねぇ、喜んでくれないの?お姉ちゃん、私の頭を撫でてくれないの?」
泣いているさとりとは対照的に、こいしは無邪気な笑顔をさとりに見せていた。
「こいし…………こいし…………ごめんね、こいし………………」


レミリアは、哀れなさとりの姉妹をただ見ることしかできなかった。







守矢神社には、天魔や神奈子、上層部の天狗や河童の長老が集まっていた。
文も天魔に掛け合い、その会合に参加させてもらっていた。
場は騒然としていたが、神奈子がしきり始めた。
「皆も知ってのとおり、人里が突然消滅してしまった。
何者の仕業かは分かっていないが、これは忌忌しき事態である。」
「ふむ………神奈子殿は、誰の仕業とお考えに?」
「私は、地下の住人と考える。」
神奈子は的を突いた答えを言った。
「ほう………何故そうお考えに?」
「地霊殿に住むペットの一匹に、八咫烏の力を持つ者がいます。
彼女は核の力を用いるので、あのように大きな穴を開けることなど容易いのです。」
「噂には聞いていたが、まさか人間たちを………」
「ということは、地上に侵攻しようとしているのか?」
「恐らくは。それで………」
「ちょっと待ってください。」
文は、神奈子が何かを言おうとするのを遮って、録音機を取り出す。
「どうしたんだ、文?」
「皆さん、これをお聞きください。」
そして、文は再生ボタンを押す。
録音機から流れたのは、先ほどの早苗と文の会話だった。

『ならば、妖怪を殺していいのですか?』
『………当然です。私たち人間にとって、妖怪は天敵なのですから。』

この言葉に反応する者がいないわけがなかった。
神奈子は俯いてしまった。
神奈子も諏訪子も、早苗が人間至上主義なのには頭を悩ましていたのだ。
そのことを、何度も神奈子は言われていた。

「どうして、これを今持ち出したのかね?」
天魔は、文に尋ねる。
文は表情一つ変えずに、こう答えた。
「妖怪の山に住んでいながらも、早苗さんは妖怪をこのように疎ましく思っています。
人里にも早苗さんと同じように、妖怪を嫌う人間はたくさんいるはずです。
皆さん、知っていますか?最近の人里では、妖怪殺しや強姦が多発していたのです。」
その言葉を聞いて、守矢神社に集まった妖怪たちは動揺した。
文が言ったことは、紛れも無く事実だった。
「いいですか、皆さん。これ以上、人間たちに我々妖怪が踏みにじられてはならないのです!
人里が消滅してしまったのも、人間たちが妖怪に恨みを抱くようなことをしてしまったから。
この世界は、妖怪のためだけのものでも、人間のためだけのものでもないのです。」
文の言葉に賛同する妖怪が次第に現れ始める。
神奈子は、文の演説を止めさせたかったが、早苗の件があるので何も言えなかった。
「それで、射命丸。お前はどうすべきだと考える?」
天魔は、文に事後処理についての意見を求めた。
「それはですね………生き残った人間を、我々が管理するのですよ。
妖怪にとって人間が必要であることは事実です。だから、ここで根絶やしにしてはなりません。
生き残った人間たちを、我々の手で見つけ出し、保護するのです。
そして子供を作らせて、ある程度の数が揃ったら、我々が新たな人里を作り出す。
時間はかかりますが、これで幻想郷を修復できるに違いありません。」
そのことに反対しようとする者は、誰一人いなかった。
天狗にとっては、人間を支配することは最上の喜びだった。
河童にも反対する理由は、特に無かった。
人間たちと友好的であるとはいえ、人間を擁護するほど親しくはなかったのだ。

神奈子は、自分の目の前が段々と暗くなっていくことに気づいた。
早苗を守るために、諏訪子と共に幻想郷に移住した。
全ては、早苗のためだった。
だが、神奈子は後悔していた。
自分たちは、幻想郷に来るべきではなかったのだと。


















人里消滅から、数日後。

紅魔湖では、チルノ、大妖精、リグル、ミスティア、そしてルーミアが遊んでいた。
「それじゃあ、今日は鬼ごっこね!」
「弾幕は無しだよ。」
「じゃあ、鬼はチルノね。」
「な、なんでよ!」
「だって、チルノちゃんだもん。」
「だ、大ちゃんも〜!?」
「そーなのかー」
ルーミアは、多くの人間を食べたとは思えない、無邪気な笑顔を見せていた。
「ねぇねぇ、みんな。」
「あ、フラン!」
そして、悪魔の妹であり、里長たちを殺した張本人であるフランが現れる。
チルノたちは、ルーミアの紹介でフランと友達になったのだ。
その後、フランは何事もなかったかのように小悪魔に連れられて、館へと帰っていった。
「私も遊んでいい?」
「もちろんだよ、フランちゃん。」
大妖精は、微笑みながらそう答えた。
「フ、フランは最強だからね………鬼にならなくてよかった。」
「ちょっと、あたいが鬼なの!?」
「だって、チルノだもん。」
ミスティアは、大妖精と同じことを繰り返して言った。
そして、チルノ以外の6人から笑い声が上がる。
「あんたたちなんか、一秒で捕まえてやる!!」

「楽しいね、ルーミア!」
「そーだよー」
フランとルーミアは、笑顔で毎日を暮らしている。
チルノ、大妖精、リグル、ミスティアといった大事な友人たちと一緒にいる日々。
それが、二人にとっての幸せとなっていた。

そんな様子を、遠くから美鈴は見ていた。
フランに左胸を吹き飛ばされてしまったが、
パチュリーの懸命の治療の甲斐もあって、門番の仕事を再開できるようになっていた。
しかし、まだ全快ではないので、昼の勤務だけをやるようにレミリアに強制されている。
「フラン様、楽しそうですね…………ふふふ。」
美鈴は、楽しそうにしているフランを見て、嬉しくなっていた。

紅魔館のバルコニーから見ていた、レミリアや咲夜、パチュリー、小悪魔も同じだった。
「姉離れが始まったのね………」
レミリアは、妹が自分に構ってくれなくなり落ち込んでいた。
そんな主人を、咲夜は慰める。
「お嬢様、お気を確かに。」
「大丈夫よ………妹様は、日記にレミィのことをちゃんと書いてあるわ。」
「パチュリー様、いつそのようなものを?」
本を片手に、紅茶を飲んでいたパチュリーは、小悪魔の言葉を聞き流した。
「うー………私も姉らしいことをしようかしら。」
(お嬢様が、お姉ちゃんと呼ばれるようになる…………も、もしや……)
「こぁ、咲夜の鼻血を止めてあげて。」
「かしこまりましたー」
紅魔館はいつもと変わらない、平和な一日を過ごしていた。

今までと変わらない生活を送っているのは、紅魔館周辺に住む者たちだけだった。





妖怪の山による、人間保護活動はあっという間に広まった。
人里消滅の時点で人里にいなかった人間たちは、全員天狗に『保護』された。
その対象には、霧雨魔理沙や東風谷早苗も含まれていた。
博麗霊夢は八雲紫と親しい関係にあるため、保護の対象にはならない。
稗田阿求も重要人物の一人であるため、これもまた対象外になった。
魔理沙は、一度は保護しようとしたのだが、抵抗が激しかった。
そのため天狗たちは相手をすることをやめて、対象外としたのだ。
元々、魔理沙は妖怪を敵視していないので『保護』する必要性は薄かった。

問題なのは、早苗である。
神奈子と諏訪子は、早苗を守ろうと必死になった。
だが、妖怪の山の決定に逆らえば、自分たちの信仰が消滅しかねなかった。
人里が消滅して、ただでさえ信仰が薄れているのだ。
いざという時、早苗を守ることができなくなるのだけは避けたかった。
そのために、渋々早苗を天狗たちに差し出した。
毎日、早苗の現状を自分の目で確かめさせてもらうことを条件に。

しかし、日に日に守矢神社への信仰は薄れていった。
徐々に神奈子と諏訪子は、力を失っていく。
それだけ、守矢神社の信仰は人間に支えられていた。
言い換えれば、妖怪の山の中で守矢神社を本気で信仰する者は少なかったのだ。
守矢神社は、人間との交流を行う際の道具でしかなかったのだ。
そのことに神奈子たちが気づかされるのは、そう遠くはなかった―――



天狗の保護から逃れることができた霊夢と魔理沙と阿求。
彼女たちは、今も博麗神社にいた。
だが、霊夢はボーッと空を見上げているだけであり、阿求は目の焦点が定まっていなかった。
人里が消滅してから、二人はこんな様子だった。
魔理沙は、そんな二人の世話を行っていたのだ。
永琳の所在も分からず、紫も顔を出さない。
だから、自分で霊夢たちを何とかしなければならないと思ったのだ。
「なぁ、霊夢。今日も外に出ようか?」
「そう。」
「へへ、今日はいい天気だぜ?」
「うん。」
霊夢は、魔理沙には無関心であるような態度になっていた。
おそらく、紫が会いにきても、霊夢の心を突き動かすことはできないだろう。
博麗の巫女は、世の中に絶望してしまったわけではない。
ただ、何事に大しても興味が薄くなってしまったのだ。
「阿求も行くだろ?」
「…………………」
阿求に至っては、言葉を全く発することがなくなった。
人里消滅は、阿求の精神に大きな傷を負わせてしまった。
そのために、言葉を失わせてしまったのだ。

魔理沙は霊夢と阿求を連れて、神社の周りを散歩し始める。
だが、霊夢と阿求の表情は何一つ変わらない。
「………………どうしたらいいんだよ。」
魔理沙はボソッと呟いた。
その疑問は、今の幻想郷にいる殆どの人妖が抱いてるものだった。






古明地さとりは、こいしに連れられて地下へと帰っていった。
お燐は、孕んでいるこいしを見た途端、気絶してしまった。
そのため、しばらくの間は、咲夜が治療を行っていた。
だが、ある日のことである。
突然、紅魔館から姿を消してしまったのだ。
咲夜は探そうとしたが、レミリアが引き止める。
「ダメよ。あの子たちの問題は、私たちが関わるべきではないわ。」
そう主人に言われて、咲夜はお燐を追いかけることはやめた。


そのお燐は、地霊殿へと戻っていた。
「さとり様、こいし様……!」
自分の主人二人が、おかしくなってしまうかもしれない。
お燐もお空と同じように、こいしに子供ができたのは、犯されたからだと考えていた。
そして、地霊殿の玄関の扉を開ける。

「お帰りなさい、お燐!」
「さ、さとり様?」
気色悪いと思ってしまうほど、さとりは明るい笑顔を見せていた。
「さ、早くこっちに。」
「え、えっと………」
さとりの雰囲気が豹変していることに、お燐はとまどいを隠せなかった。
まるで、人格が変わったかのようだった。
「お燐?大丈夫だった?怪我はしてない?」
「は、はい。あたいは大丈夫ですよ。」
「ふふ、よかった。」
さとりの笑顔は耐えることがなかった。
長い間、この主人に仕えてきたが、一度もこんなことはなかった。
さとりの笑顔を何度も見てきたとはいえ、ここまで長続きする笑顔は初めてだった。
ふと、お燐は、さとりの第3の目を見る。
その目は、閉じられていた。
「お燐、これからもずっと一緒よ。
こいしにも赤ちゃんができたし、家族が増えるわ。」
「さ、さとり様………あの赤ちゃんは……?」
「こいしを愛してくれた殿方との子よ?心配しないで。」
「…………………」
本当はそうではないのだろう。
今のさとりの様子は、明らかにおかしかった。
現実逃避をしているようにしか、思えなかったのだ。
「お燐も、早く私の赤ちゃんの名前を考えてね〜」
「ひゃっ!?こ、こいし様?」
後ろから抱きつかれ、お燐は声を上げた。
「こ、こいし様………誰と、交わったのですか?」
その問いかけに、こいしは満面の笑みで答えた。
「私を愛してくれたみんなとだよ!えっとね………100人ぐらいはいたかなぁ?」
「ほんと、こいしは幸せ者ね。お姉ちゃんも、こいしみたいに愛されたいわ。」
「大丈夫だよ、お姉ちゃん。私が優しいお兄さんたちを紹介してあげる!」
主二人は完全におかしくなってしまい、親友のお空も帰ってこない。
そんな主人に見かねたのか、地霊殿からは他のペットたちがいなくなっていた。
未来は、どこにも存在していない。
(あたい…………どうしたらいいんだろう………)
自分たちを救ってくれる者は、もういないのか。
お燐は、妹紅のように主人を救ってくれる人物が現れるのを、期待するしかなかった。
死ぬ、その時まで。




法界では、星は修行を行っていた。
そこでも彼女は、常に聖白蓮のことを想いつづけている。
「聖……私はもっともっと強くなって、帰ってきます。」
人間と妖怪の平等な世界のためにも、星は強くならなければならなかった。
「だから、待っていてください。真の平等のために、私は必ず……!」
星は、幻想郷が真の平等で満ち溢れた世界になる未来を夢見ていた。
白蓮がまさか、世の中にに絶望しているなど考えるわけがなかった。

人里消滅から間もなくして、白蓮は命蓮寺に帰っていた。
「聖!無事だったんだね!」
「よかった………聖が死んでなくて………」
ぬえと水蜜はすぐに、白蓮へと抱きついた。
「姐さん……人里が、消滅してしまったけど………その………」
「聖、気を確かに持ってくれ。生き残った人間たちを、私たちの手で………」
命蓮寺の住人は既に、人里が消滅していたことを知っていた。
だから、ナズーリンと一輪は白蓮を慰めようとする。
が、その直後の白蓮の言葉を聞いて、彼女たちはこの白蓮は偽者ではないかと疑った。
「人里が消滅した?良かったじゃないの。」
「「………………え?」」
ぬえと水蜜は、ほぼ同時に疑問の声を上げた。
ナズーリンと一輪は、白蓮が言った言葉を信じることができなかった。
「人間がいなくなったお陰で、私たち妖怪が平和に暮らすことができるようになったわ。」
「あ、姐……さん?」
「ひじ、り……何を、言ってるの?」
「聖、貴方は………?」
「ね、ねぇ………誰なの、この人…………?」
「もう、ぬえったら。」
白蓮は、ぬえをそっと抱きしめた。
「私は、聖白蓮よ。貴方たちの大事な家族よ?」
抱きしめられた時、ぬえは暖かさを感じる。
それは、普段の白蓮の暖かさを何一つ変わっていなかった。
この白蓮が本物であることに、疑いはなかった。
「さぁ、みんな聞いて。」
そして、動揺している自分の家族にこう伝えた。

「これからは、妖怪のための世界を作るわよ。
星が帰ってくるまでに私たちで、妖怪が幸せに暮らせる世界を作りましょう?」

白蓮の目が本気だということを、4人は気づく。
本物であることも疑いようがなかった。
人間と妖怪の平等を目指した白蓮が、妖怪のためだけに動こうとしている。
この現実を受け止めることは、誰にもできなかった。






そして、紅魔館で休養していた藤原妹紅。
彼女は、パチュリーの提案で慧音の自宅に送還された。
妹紅のいる場所は、慧音の傍であると考えての決定である。
だが、それは慧音に対する罰でもあった。
しかし、パチュリーはレミリアや咲夜を上手く誤魔化す。
「今の慧音は落ち込んでいるのよ………
だから、親友の妹紅と一緒にいさせてあげるべきよ。」
人里が消滅したことには、慧音が一番悲しんでいる。
レミリアや咲夜も、それが当たり前のことだと思った。
だから、反対する者は誰もいなかった。

そして、妹紅を慧音の元へとパチュリーは魔法で送り届けた。



妹紅が、目を覚ます。
慧音が仰向けで倒れている姿が見えていた。
「慧音…………?」
「も、妹紅!?」
慧音は突然、自分の家に妹紅が現れたことに驚いて、起き上がった。
「慧音………慧音!!」
妹紅は慧音に抱きつく。
そして、そのまま泣き出してしまった。
「ごめんね!ごめんね、慧音ぇ!!」
妹紅は、捕まったときに慧音を殺そうとしたことを謝罪し続けた。
「妹紅………もう、いいんだよ。お前が、私の元に帰ってきてくれただけで。」
「ぐすっ………慧音………これからはずっと、一緒だよね?」
「ああ………もちろんだよ。」
「えへへ…………慧音、大好きだよ?」
「私もだぞ、妹紅…………」
二人は長い間、抱擁し続けた。
人里が消滅してしまったのは全て、自分の責である。
そのことから逃れることができると、慧音は嬉しくなった。

だが―――

「慧音、人里に行かない?」
「………え?」
妹紅は突然、人里に行こうと言ってきたのだ。
知らなかったのだ。
妹紅は、人里がどうなってしまったのかを。
「私ね、慧音と一緒に行きたい場所があるの。」
「そ、そうか…………」
「今から行こうよ、慧音!」
「ま、待て!」
慧音は大声を出して、妹紅を引き止める。
何としてでも、妹紅が人里に向かうのは止めなければならなかった。
「どうしたの?何で、人里に行っちゃダメなの?」
人里に関わることを妹紅が口にする度に、慧音の胸は締め付けられる。
「ねぇ、慧音。そういえば、寺子屋はどうしたの?
今日のこの時間って、確か授業があったよね?」
その言葉を聞いた瞬間、慧音の脳裏には子供たちの姿を浮かぶ。
『慧音せんせー!』
『はは、お前たちは今日も元気だな。』
『先生、僕たち先生が大好きです!』
『お、おいおい。私に告白なんて、まだまだ早いぞ?』
『せんせー、けっこんしてください!』
『ば、馬鹿者!ま、まだそういうのは早い!!』
自分の教え子たちとの、何気ないやり取りを思い出す。
その子たちはもう、人里には存在していない。
一人残らず、死んでしまったのだろう。
慧音はさらに、胸が締め付けられていった。
「どうしたの、慧音?子供たちを放っておいたら、ダメでしょ?」
妹紅は慧音の苦しみなど知らず、さらに慧音にこう言ってきた。

妹紅の存在が、自分を苦しめている。
こんなことなら、自分は一人でいたほうがよかった。
そう考えるまでには、それほど時間はかからなかった。

「慧音、人里に行こう?」

「慧音、お祭りはいつあるの?」

「慧音、子供たちとまた遊んであげようね?」

「慧音、次はいつ授業の手伝いをすればいいの?」

妹紅には悪気など一切ない。
そのことが分かっていた慧音は、反論することができなかった。
それに事実が伝わってしまえば、妹紅は「墓を作ろう」などと言うに決まっている。
人里のことを忘れようにも、妹紅がそれを思い出させてしまうのだ。

慧音は、どうやっても自分の罪からは永遠に逃れられない。
妹紅と一緒に生きていく限り………








マヨヒガでは、紫が自室でくつろいでいた。
次に天子の面倒を見るのは、明後日。
その日が待ち遠しかった。

そして、藍が神妙な顔持ちで部屋に入ってきた。
「紫様…………お伝えしたいことがあります。」
「何かしら。」
「人里が…………消滅、いたしました。」
「………………」
紫は眉一つ動かさない。
藍は、自分の主はもう幻想郷を見捨ててしまったのだと改めて実感した。
「………失礼します。」
藍はそのまま、紫のいる部屋から出て行った。

「藍様、お夕飯ができました!」
「橙……もうそんな時間か………ありがとう。」
「私のお料理で、藍様も紫様も元気を出してください!」
「ふふ…………」
紫が幻想郷の管理をしなくなってから、幻想郷は滅茶苦茶になっていった。
自分がしっかりとしていれば、紫を元に戻すことが出来たかもしれない。
藍には、疲れがかなり溜まっていた。
そんな藍と紫のために、橙は家事の全てを行っている。
まだまだ未熟で失敗もすることもあったが、橙は精一杯努力をしていた。
橙の懸命な姿を見て、たとえ人間がいなくなろうとも、
まだ幻想郷を見限ってはならないと藍は決心した。
「橙、これからも一緒に生きていこうな?」
「え………?」
「さぁ、紫様を呼ぼうか?」
「は、はい!」
藍の言葉の意味がよく分からなかったが、橙は気にすることなく紫を呼びに行った。




「…………霊夢。」
紫は、博麗神社にいるであろう霊夢に思いを馳せる。
「ごめんなさい…………」
紫の目から、涙が零れ落ちる。

紫の真意は何なのか。
紫は幻想郷をどう思っていたのか。
これからの幻想郷は、どこに向かっていくのか。
その答えは、もう誰にも分かることはなかった。


「紫様、お夕飯の支度ができました。」
「紫様ー!ご飯ができましたよー!」

自分の式が呼んでいる。
紫は立ち上がり、その声のする方へと向かっていった。
ということで、これで『もてもてもこたん』とその後日談は終了です。
最後が長くなったり、グダグダ展開になったりと、至らない部分も多くあったかと思います。

何はともあれ、最後まで読んでいただきありがとうございます。


まあ、この幻想郷も上手くやっていけるんじゃないですかね?
上海専用便器
作品情報
作品集:
19
投稿日時:
2010/08/14 22:12:13
更新日時:
2010/08/15 11:30:09
分類
『もてもてもこたん』の後日談
1. 名無し ■2010/08/15 10:00:15
完結乙です。結局、人間にとっては最悪の結果になっちゃいましたか。

にしても、ここまで人間や妖怪が滅茶苦茶になってしまうと幻想郷崩壊すんじゃねえかと一瞬思いましたが、色んな意味で幻想郷は崩壊してたみたいですね。
個人的には幻想郷も崩壊して、妖怪もあぼーん的な最期が良かったのですが。
次回作も期待してます。
2. 名無し ■2010/08/15 10:23:48
産廃にふさわしくありませんが、各人が適切な選択を行ってGood Endになった場合のストーリーもお願いいたします。
3. 名無し ■2010/08/15 10:53:45
乙でした

自分も幻想郷も崩壊Endが良かったな
4. 名無し ■2010/08/15 11:29:15
「外道悪人キャラはいないのにみんな不幸になる」系の話は大好き。
キャラの描写も魅力的で面白かった。
ただ欲を言えば、もうちょい幻想郷の崩壊ぶりを描写してほしかったかな。
現状だと、全滅した人里の人間以外はそこまで悲惨ではないように見えてしまう。
5. 名無し ■2010/08/15 14:01:35
この分だとじきに幻想郷自体も崩壊するな・・・
ただ幾分か先送りに出来ただけだと思う。
魔理沙のつぶやきもそれを予感したものなんだろうな
6. 名無し ■2010/08/15 19:13:18
この後紫が毒殺される状況を連想した
7. 名無し ■2010/08/15 20:09:53
蓬莱人二人のその後が書かれてないけど……
ロクな事になってないんだろうなぁ
8. 名無し ■2010/08/15 21:48:23
なんというか消化しきれないところは読者が勝手にしてくれって投げ出した感じ。
その後を書けというわけじゃないけど、読了後もすっきりしない。
しかも最後の文は次回作を示唆してるようにも見えるんですけど、次もあるんですか?
9. 名無し ■2010/08/16 00:45:07
これはアリだな
アリスだろうが人里だろうが産廃では平等だ
あゝうつきしきかな幻想郷

上手くやっていけるだろう。地下でも上手くやってきた
何ならけーねがハリボテのゴーストタウン作って見かけを元通りにしてもいいが、まあそれは瑣事だな
しかしおりんりん
10. 名無し ■2010/08/16 09:55:48
守矢のニ柱が消えたら
人間の管理の名の下に、早苗さん孕ませまくりですね
産めよ増やせよの大号令でございます
11. 名無し ■2010/08/16 21:02:59
とても良かった
しかし、アリス・妖夢・幽々子・てゐ・鈴仙・永琳・輝夜・幽香・小町・駅・秋姉妹なんかについては書かれてない……
そこらへんも個人的には補充してほしかった

と言ってみるが、作品としては良かった
12. 木質 ■2010/08/19 22:30:29
段々と狂っていくのが良い
これからの幻想郷を想像するとゾックゾックする

妹紅を中心にさまざまなストーリーがあって
捕まったのをキッカケに、それが所々リンクしだして人里崩壊までの流れに心踊りました
13. 名無し ■2011/03/23 04:46:22
人間⇒元々妖怪の餌
博麗神社⇒魔理沙が気遣って来てくれる
命蓮寺⇒元々「人間は妖怪が生きるために協力して餌になってね!」思考なので大差無い
もこけーね⇒仲良し
八雲家⇒仲良し

守矢神社と地霊殿以外はおおむね平和ですね、良かった良かった
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