Deprecated: Function get_magic_quotes_gpc() is deprecated in /home/thewaterducts/www/php/waterducts/neet/req/util.php on line 270
『Little baby for the future.    或いは幻想郷を滅ぼすはたてフォルダ』 作者: sako

Little baby for the future.    或いは幻想郷を滅ぼすはたてフォルダ

作品集: 20 投稿日時: 2010/08/22 16:29:12 更新日時: 2010/08/25 22:59:46
「えっと…粉を溶いたら人肌になるまでさましてっと…ねー、文、人肌ってどれぐらい?」

 私、カッパだから人類とは体温違うと思うんだけど、と台所に立つカッパのにとりは大きな声を上げる。竈にはヤカンがかけられ、ふつふつと湯だち、口から蒸気を噴き出している。机の上には封の切られた粉袋やガラス製の瓶、布巾が乱雑に並べられその上にうっすらと雪化粧のように白い粉がつもっている。

「だいたい、三十六度ぐらいです! ああもうっ、ちょっと、泣き止んでよ!」

 と、隣の部屋からにとりの質問の答えが返ってきた。ただし、大音量の鳴き声をBGMをつけて。
 狭い家の障子を振るわせる大きな大きな鳴き声は耳をつんざくほど。お陰でにとりの元へ文の声は届かず、「なんて? 聞こえないよ」とまた叫ばざる得なかった。苛立ちを募らせる雰囲気で文はもう一度、「三十六度です!」と更に大きな声で叫ぶが、鳴き声もその声の大きさに感化されたのかボリュームを上げる始末。にとりはびくりと肩をすくませ、「温度計あるからいいけど…摂氏かな華氏かな…」ともう一度、聞き直すのは無理と悟り独りごちる。

 その間も隣の部屋からは文の四苦八苦しているような苦悶の声が聞こえてきた。曰く「お願いだからじっとしてて」「ひゃぁ、手についた!?」「わぁ、暴れないで! うんちが!? うんちが!?」などなど。その間も泣きじゃくるBGMは絶え間なく鳴りつづけている。

「うーん、華氏三十六度だと冬場の川の水より冷たくなるから、摂氏だよね。って、あ。考えてる間にお湯、冷めちゃった。沸かしなおしだ」

 にとりのほうもにとりの方で台所の作業は苦手なのかどうにも段取りが悪い。机の上が散らばっていて汚いのもそのせいだ。
 そんな感じで二人は慌てながら自分に割り当てられた作業を何とかこなそうとする。火傷したり蹴りつけられたりと散々だが。

「こんぬつわ、だぜ」

 二人が苦戦を強いられていると家の戸を叩く音とその声が聞こえてきた。けれど、二人とも目の前の厄介事を片付けるので手一杯なのか来客の存在には微塵も気がつかない。にとりが、一瞬、顔を上げただけだ。来客はなおも自分の存在を知らしめようと扉をノックするが大音量の鳴き声はそれを消してしまう。はぁ、と来客はため息。仕方ないかと懐からピッキングツールを取り出して…

「おらおら、こんにちわだぜ。魔理沙様の惨状だ…って誤字じゃねぇ!?」

 二人を驚かせようと鍵を(かなりイリーガルな手段で)外し入ってきた魔理沙であったが、家の中の様子を見るなり逆に驚きの声を上げてしまった。

 ひっくり返って中身をコンロの上にぶちまけたヤカン。しゅうしゅうと音を立てて立ちぼっている多量の湯気。もうもう、と部屋に舞っている白い粉。その粉を頭から被ってカモフラ率99.9%のにとり。そうして今にも泣きそうな顔をしている文。その腕の中には二人が何とかして作ったミルクが入れられたほ乳瓶に口をつけている赤子が一人。けれど、それは口に合わなかったのか一口も吸わず、ペッと吐出し、赤子はびぇぇぇ、とまた鳴き始めた。魔理沙が黙って戸を閉めたのは賢明な判断、と呼べたかもしれない。









「まったく…女の子二人そろって赤ちゃんの面倒見れないとか。これじゃ、お嫁に行けないぜ」

 赤ん坊を抱いてその口元へ新しく自分で入れ直したほ乳瓶を差し出している魔理沙。今度のミルクは十分美味しいのか赤子は幸せそうな顔でちゅうちゅうと作り物の乳首に吸い付いている。

「いやぁ」「面目ないです…」

 借りてきた猫のようにおとなしく二人は魔理沙に向かって頭を下げていた。

「で、でも、本当にありがとうございます。魔理沙さんが来ていなければ今頃、どうなってことやら」
「そうそう、助かったよディアフレンド。でも、ミルクの作り方とか子供のあやし方とか、なんで知ってるのさ」

 続けて魔理沙のことを褒め始める二人。しかし、実際の所、感謝しているというよりは褒めて有頂天にさせて、自分たちをなじるような雰囲気をやめさせる為の言葉だった。

「おいおい、私をただの魔法少女と思ってるんじゃないだろうなにとり」

 うまく二人の口車に乗せられて胸を張り鼻を高くする魔理沙。まんざらでもない笑みを浮かべて腕の中の赤子を「おーよしよし」と揺すりはじめる。
 そんな魔理沙に攻守交代、切り返しを失敗したなヘボプレイヤーめ、とにとりは悪戯っぽい笑みを浮かべると揶揄するような冗談を続けてきた。

「えっと、ジョブはシーフでしたっけ?」
「私は最高で八股をかける幻想郷最強のプレイガールだと思ってましたよ」
「貴様ら…帰ってやってもいいんだぜ…」

 文も追随。魔理沙は肩をぷるぷるとふるわせ有頂天から怒り心頭へ。
 ミルクを飲み終わった赤子はけぷ、と可愛らしいげっぷをして、お腹が一杯になったからかうとうとと船をこぎ始めた。
 その可愛らしさ、愛くるしさに場の雰囲気もとたんに和む。

「おーよちよち、おねむの時間でちゅね〜。ほらにとり、赤さんがベッドを御所望だ。早く用意しろ」

 赤ちゃん言葉で赤子をあやす魔理沙。けれど、後半の口調はいつも通りの不遜なものだ。にとりははいはい、と苦笑いしながら揺りかごに柔らかな布団をつめて寝床を用意する。そこへ赤子を寝かしつけると、魔理沙は揺りかごを波のように揺らしてあげた。すやすやと眠り始める子供。見ている夢は母の内にあったころの想い出か…








「なぁ、ところでブン屋」
「なんですか、魔理沙さん」

 それから暫く、眠っている子供を起こさないよう静かにしていたところで不意に魔理沙が言葉を発してきた。荒れた台所をかたづけていた文は作業の手を止め、魔理沙に向き直る。

「えっと、そのだな…私もこの子のことが好きだし、面倒を見てるお前のことも出来る限り助けてあげたいと思ってるが…」

 歯切れの悪い言葉。言っていることは本心だがもっと伝えたい、もっと言いたいことがあるようなそんな感情が見て取れる。黙っているにとりも同じなのか静かに文に視線を向けてきた。

「この子…誰の子供なんだ? お前…じゃないよな」

 やがて、意を決して魔理沙は文にそう問いかけた。
 僅かに凍り付く空気。それまでの静かな空気は一変。春先の陽気を思わせていた雰囲気は冬のこごえる大気へと変わった。

「あー、うん。私も聞きたかったんだ」

 その雰囲気の中、それでもなお暖を求めるようににとりも言葉を発する。いきなり、赤ん坊抱いてるの見たんだもん、びっくりしたよ、と普段通りの口調で文が説明し始めやすいよう続ける。




 けれど…





「……私の子供ですよ」




 返ってきたのはやんわりとした拒絶の言葉だった。母親のような、けれど、それは役者が演技でするような、そんな笑みを浮かべて文は応える。

 魔理沙はそっか、とほんの、本当にほんの少しだけ残念そうな口調で頷いて見せた。にとりも同じようにしている。文がそう言うのならそうなのだ。例え嘘だと分っていても親友としてはそうするしかあるまい。そんな優しさ故の行動だった。
 文も分っているのか、ありがとう、と小さな声で返す。

「じゃあ、この子、名前なんて言うんだ? もう三日ぐらい手伝いに来ているのにまだ教えてもらってないからな」
「あ、そう言えば私も聞いてないな。文、なんて言うの?」

 話題を変える魔理沙。にとりもねぇねぇ、とそれに後押しする。

「あ」

 と、どうしてか口を丸く開ける文。

「まだ、決めてなかった…」

 ずこー、と二人がコントのようにその場で盛大にこけたのは言うまでもない。

「じゃ、じゃあさ、今から三人で名前、決めてあげようぜ」
「おお、そうだね。流石、いいことを言うねディアフレンド」
「名無しのままはやっぱり駄目ですね。ごめんね」

 魔理沙の提案に二人は乗っかる。赤子が眠る籠を揺らしながら、机の上に紙を広げ三人はあーでもないこうでもないと言い合い始めた。









「……はたて」

 その中で、文は一人ごちた。
 赤子の母親の名前を。













――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――











 妖怪の山の中腹、春にはレンゲ草が花を咲かせる広場に人だかりが出来ていた。多くは山に住む天狗やカッパたちだったがちらほらと人の影もみられる。人だかりの中心は広場の端に立てられた大きな掲示板だ。人妖が入り交じっているのは守矢神社の庇護下にこの看板が立てられているからだろうか。場の雰囲気は和やかで人と妖怪が会話するぐらいには和気藹々としている。話に上っているのは大抵、掲示板に張り出された内容だ。コルクボードにピンで留められているそれは新聞。内容はこの所、幻想郷を騒がせている謎の巨人、非想天則。その正体についてだ。

 身の丈おおよそ三十間。山々を飛び越える巨体は実は地底から沸き上がってくる熱気を大きな袋で受け止めたと言うもの。その原理を気球を題材に丁寧に説明してある。そして、その熱気は地熱などではなく、山の神社が一部のカッパたちと共同開発している新エネルギーの余波だと紙面には載っている。山の上の神社の主神、洩矢諏訪子やカッパの技術長のインタビュー、核融合と称される新エネルギーについての図を使った分りやすい説明など新聞は実に読み応えのある内容となっていた。

「おい、家に帰ってじっくり読みたいんだが配布はしてないのか?」
「馬鹿。始発組でも間に合わなかったんだよ」

 人だかりの原因は記事の秀逸さだけではなくそれも原因だった。新聞が掲示板に張り出されたときは備え付けられている木箱に『ご自由にお取りください』と何十部か張り出されているものと同じ新聞が突っ込まれていたのだが、新聞の内容を見るなり来ていた天狗や人たちが我先にと次々に持って帰ってしまったのだ。今では在庫ゼロ。仕方なく張り出されているのを立って読む者が現れ始めたのだが、掲示板に張り付いてじっくりと紙面を読んでいるのを見てなんだなんだと通りすがりも興味を抱き、それが更にミイラ取りがミイラになって今では広間はちょっとした祭の会場みたいになっていた。商魂たくましい里の人間が飲物を販売し始める始末。すぐに山の管理人の天狗たちが飛んできてやめさせようと思ったが、炎天下で長時間、紙面を読んでいた者達から(身内の天狗含む)からブーイングの声が上がり急遽、飲料の販売が公認されたなんて話もある。

「あやや、すごいですね」

 その人垣から離れた広間の隅っこ、二人の鴉天狗が並びあってその様子を眺めていた。
 一人は幻想郷の伝統のブン屋、射命丸文だ。目を開いておー、と感嘆の声を上げている。

「へへ、当然でしょう。まぁ、時代がやっと私に追いついたっていうの? ま、実力よ実力」

 そうしてもう一人、天狗らしく鼻を高々とさせているのは文のライバル、二号スポイラーこと姫海棠はたてだ。すました言葉だが興奮と歓喜は隠しきれないようで口端は笑みに曲がっている。原因はそう、掲示板に張り出されているのははたてが発行している不定期刊行の新聞、花果子念報。その最新号だ。
 半ば趣味に近い形で新聞を発行している山の天狗たちは定期的にその新聞に載せられた記事の秀逸さや写真の上手さなどを競い合うコンテストを開催している。そして、今回の優秀作品ははたての花果子念報が選ばれたのだ。発行以来、初めてであろう大注目を花果子念報は集めているようだ。

「いやー、流石に今回は私の完敗です。山の上の神社が怪しいとは私も踏んでいたんですけれどね…出会い頭に類似巫女に追返されてしまって」

 むむむ、と悔しそうな言葉を口にする文。けれど、心底と言うよりは悔しさを演じているだけでどちらかというとやはり一つの記事だけでこれだけの人を集めれられるということの方に心底感心している様子だ。実際、はたてから貰った新聞をじっくりと読んでみたところ、プロの文の目にも記事は非の打ち所のないすばらしい内容だった。あの人の集まりも分不相応とはまるで思えず、一読者として文ははたてのことを褒めているようだった。それがやはり何より嬉しいのか、ライバルに認められたことにはたてはご満悦の様子だった。

「一体、どうやって取材を取り付けたんですか? 山の上の神社は当然として、技術長も気難しい人物で有名なのに」
「あ…えっと」

 と、そこで唐突にはたては表情を強ばらせた。得意げだった視線が泳ぎ始め、言葉を探すよう口が開閉を繰り返す。文は疑問符を浮かべてはたての顔を見つめるが、すぐに逸らされてしまう。

「ひっ、秘密よ秘密。そう簡単に私の取材方法をライバルに教えてやるもんですか」
「あやや、それは残念」

 やっとの事でひりだした台詞は見事にツンデレだった。いや、デレてはいないが。とりつく島もないな、と文は唇を真一文字に結ぶ。

「さて、文、わたしもう行くわ。帰って次の記事を書かないとね」

 それ以上、会話を続ける気はないと言うようにはたては別れの台詞を口走る。止める必要性もないので文もそうですか、次は負けませんよ、とライバルらしい言葉で見送る。

 歩いて行くはたてが妙に内股気味なのはこの暑さでデリケートゾーンにあせもでも出来たからなのだろうか。はたての秘密の取材方法と会わせて僅かに訝しげに眉を潜める文。

「あれは…?」

 その後ろ姿を見送っているとはたてが人混みの中から現れた人物に呼び止められているのを見つけた。小さな背格好に特徴的な瞳がついたあの帽子は話題の渦中の人物、山の上の神の一柱、洩矢諏訪子だった。
 はたてに挨拶し、何故かはたては驚いた様子を見せ、一言二言、会話を交わしている。遠すぎて、それと喧噪が騒がしく声は聞こえないが会話の優劣は諏訪子>はたての様だった。何かを言われる度にはたては狼狽え動揺し顔を赤くしたりしている。スクープの匂いがしますが、むぅ、と文は首をかしげる。自分が何か見てはいけないものを見てしまったようだからだ。

「それじゃあ、また機会があったらよろしく頼むよ」

 風にながれて聞こえてきた言葉ははたてではなく諏訪子のものだった。はたては顔を赤く俯いてこくん、と頷いて見せた。









――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――








 それから一ヶ月あまり、次のコンテストが開催された。
 今回もどんな記事が選ばれたのかと山の広場には大勢の人が集まっていた。
 そして見事、優秀賞を勝ち取ったのは…

「そんな…」

 掲示板の前に立ち、絶望したような面持ちを浮かべているのははたてだった。
 掲示板に張り出されているのは幻想郷ではまだまだ高価な技術、カラー印刷の写真を使った綺麗な記事だった。
 紙面のトップを飾っているのはアレンジされた巫女服を着ている博麗霊夢。相対するに反対側には同じくデザインを変えた衣装の東風谷早苗の写真が印刷されていた。先日、幻想郷で開かれたファッションショーのレポート、及び、二人の巫女を始めとするモデルやそれぞれの衣装のデザイナーたちのインタビューなどの華やかな記事。ショーの様子だけでなくモデルやデザイナーたちの意気込み、衣装の隠された想いなどが対話形式の丁寧な文面で載せられた秀逸な内容だ。

「へへへ、どうですか。今回は私の勝ちですね」

 呆然としているはたての隣に現れたのはしたり顔の文だ。言うまでもなく、掲示板に張り出されているのは文が発行している文々。新聞。

「いやー、今回はあらゆる労力をかけましたからね。朝から晩まで関係者につきっきりで話を聞いて、印刷所のカッパたちにも無理言ってカラー印刷までしてもらって。はっきり言って全部売れてもマージンゼロどころかマイナスですよ」

 大損をこいているのにという言葉とは裏腹にあはは、と笑う文。もとより儲けを出すためではなく賞を得て皆に読んでもらうのが目的なのだからそれでいいと言った気概だ。実は文のその姿勢も受賞の理由なのだが、評価欄にはそれは書かれていなかった。あくまでコンテストは記事の秀逸さ面白さに重きを置いているからだ。

「ところで、はたてのは? 賞は…逃してしまったようですけれど」

 嫌味ではない素直な疑問。前回、あれだけの記事を書いたのだから文は花果子念報こそが受賞の最大の障害になると思っていたのだが、実際はほとんど独走状態の勝利だった。だから、素直な疑問としてはたてに問いかけたのだが…

「圏外よ。選考にも選ばれなかったわ」

 それでも前回から大幅な転落を見せたはたてには嫌味に聞こえたのか、返ってきた言葉は固く刺々しいものだった。文はあやや、と口癖でごまかし、かける言葉を探す間を作る。

「まぁ、今回は調子が悪かったんですよ。次こそは私のライバルとして前に立ちはだかってくださいね」

 落ち込んでいる様子のはたてにそう告げる文。けれど、言葉は届かないのかはたては無言のままその場から立ち去ってしまった。










「畜生…畜生…っ」

 はたては自分の失態を呪いながら帰路を急いでいた。
 失態。そう、失態だ。
 コンテストで落選したのは調子が悪かったからではなくはたてがミスを犯したからだ。前回、あれだけ労力を使って書き上げた記事は自分でも信じられないほどの高評価だった。その点数にはたては有頂天になり、そうして、こう考えたのだ。

―――前はあれだけ頑張ってあんなすごい点数だったんだから今回はちょっと手を抜いてもそこそこの点数は貰えるはず。

 その考え、その奢りがミスだったのだ。
 そんな甘い考えを見抜けない審査員ではない。文の努力を見とってそれを評価に加えるのなら、その逆もしかり。はたての奢りをそのまま減点として計上しているのだ。
 いや、そもそも仮に審査員がはたての傲慢さを見逃しても文には決して勝てなかっただろう。努力を放棄したものと更なる努力をしたもの。この違いは火を見るより明らかだ。
 手を抜いて良い評価を貰えるほどこの業界は甘くはない。努力したものが報われるとは限らないが成功したものはすべからく努力しているのだ。勝つためには努力するしか他ない。

 けれど…

「また…またなの。文に勝ってみんなに認めてもらうにはそれしかないの…」

 口惜しそうな言葉は涙と共に漏れていた。












――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――











 旧地獄は地霊殿の一室。
 そこでケモノたちのまぐわいが行われていた。

「うにゅうぅぅ、キモチ、キモチいいよぉ♥」

 だらしなく顔を弛緩させ、しきりに腰を前後させているのは旧灼熱地獄の炉心制御手、霊烏路空だ。もう股のいきりたった制御棒を嫌らしく滑る孔に突っ込むことしか頭にないのか、放っておけば何時間でも続けていそうな気配ではある。

「にゃ♥にゃ♥にゃ♥ もっと♥ もっとしっかり舐めるにゃ♥」

 空に比べればまだ理性的か。火焔猫燐は杏の蜜を思わせる艶のある喘ぎ声を上げていた。大きく股を開いて、自分の胸を揉み、尖った頂を扱いている。腰は落ち着かなさそうに前後左右に揺れ、船にでも乗っているようだ。
 そうして、その二人。快楽と性欲に精神を支配されている二人の間にその処理道具はいた。

「ひやぁ♥ はぁ♥ はぁ♥ はぁ♥ ああっ♥」

 後ろから空に貫かれ、顔は燐の股座に埋め、肌に球のような汗を浮かべているのははたてだった。
 はたては二人ほど快楽の虜にはなっていない。けれど、絶え間なく繰り出される剛直による刺激と女陰が放つむせ返る淫臭に身体の方は意識にあらがい自然と牝の反応を返してしまう。言われるまでもなくはたては燐のひくつく女陰へ舌を差し込み、あふれ出る淫液を舐め取り、肉芽を甘噛みし、陰唇と自分の唇とを重ね合わせ、ディープキスをする。腰の動きも空に合わせ、力士のぶつかり稽古のように自分の尻の肉と空の腰をぱぁんぱぁんと乾いた音が鳴るまで強く叩きつける。しかも、単調にならないよう、時にわざとリズムを外し、時に腰を左右に振って変化をつけている。腕の片方は身体を支えるために燐が腰掛けている椅子に乗せられているが、空いている手は寂しいのか空の剛直が差し込まれた自身の性器に伸びている。大陰唇を押し広げ、指の付け根で真珠のように光る肉芽を押しつぶし刺激している。それは浅ましく快楽を求める牝の様だった。

 けれど…


―――これは…仕事、なん、だから…


 唯一、心だけは快楽にあらがっていた。
 精神の歯を食いしばり、心の拳を握り、魂の目はきつく睨むように力が込められている。汚れ仕事でもこなさなくてはいけないのだと覚悟を決めた者の精神。更なる快楽を求める身体とは裏腹に心はこのまぐわいが早く終わることを願っていた。


 その精神が勝ったのか、思いの外早く、果てるタイミングはやってきた。

「うにゅ♥ 出りゅ♥ 出りゅよぉ♥」
「あ、あたいもそろそろ…ああぁぁぁぁ♥」

 腰の動きを速くさせる空。燐も膣壁を痙攣させ始める。その二人の反応に合わせはたては膝の伸縮を繰り返して腰を激しく前後にスライドさせ、自分の性器へと伸ばしていた指を今度は燐の方へと持って行く。燐の太股へ手をかけ、熱い蜜壺に指を差し入れ、舌との並行作業で強い刺激を与える。

 そうして…

「っあ…いくっっっっっっっ♥♥♥」

 同時に達する二人…いや、三人。
 はたての中で空の剛直が爆ぜ、燐の花弁は勢いよく潮を吹く。二人の相手をしていたはたても注ぎ込まれる熱い精と顔を汚し、口の中にまで飛んできた性に気をやる。
 そのままはたては膣孔から空のものを抜きつつ、空と一緒に燐の足下へ倒れた。火照った身体と上がった息を調えつつ、三人は気怠げな幸福の海にたゆたいはじめた。








「っ…あの馬鹿ガラス、乱暴に突っ込みすぎよ、もう」

 それから暫くして。地霊殿の浴場ではたては汚れた身体を洗っていた。シャワーから流れ出る湯を自分の股にかけ、指をそこへ突っ込み、中に溜った白濁液を掻出している。時折、爪先が敏感な部分に触れるのか、はたては可愛らしい声を上げて身体を震わせるが、それだけだ。僅かな快楽など身の内で静かに燃える怒りにすべて焼き尽くされてしまっている。
 そう、怒り。こんなことをしなくてはならないのだという、使命感を裏返した怒り。それだけを動力にはたては淡々と自分の身体を浄めていた。これも先ほどの『仕事』の延長。それに過ぎない。

「二人の相手、ごくろうさま。タオル、ここに置いておくから」

 そうはたてが身体を洗っていると脱衣所の方から声が聞こえてきた。地霊殿の主、そして、今回の『取引』の相手、古明地さとりだ。磨りガラスの向こうにそのシルエットが見える。
 シャワーのノズルを抱えるとはたては胸をかくし、僅かに睨むような視線をガラスの向こうへと向けた。

「ありがとう」
「いえいえ、どういたしまして。でも、商談ならせめてお風呂を上がってからにしませんか?」

 ただ一言、お礼を返しただけなのに十も二十もあるような言葉が返ってきた。はたてはえっ、と驚きを見せた後、すぐにその必要性がないことを思い知り、心中に怒りを浮かべる。

「そんなに警戒しなくてもいいですのに。いえ、私が傷つく、と言う意味ではなく無駄だからと言う意味で、ですけれど」

 威圧的な態度がガラス越しに感じられた。さとりの言うとおりだと、はたては思った。思ったということも読まれている、とも。

「ふん、便利な能力よね、それ。マインドリーディングだっけ? ほんと会話いらず。だったら黙っていて欲しいのだけれど」

 なんとかはたては強がり代わりに軽口を返した。その強がりさえも読まれていると分っていながらも、彼女のプライドがそうせざるえなかったのだ。

「さとり同士の“会話”はそうですよ。顔を合わせて、暫くすると離れる。何とも味気ないものです。とても便利ですけれど」
「そう。だったら私の時もそのさとり流でいいわ。こんな薄暗い地下なんて長居したくないし」
「そうですか。早く帰りたいというのであれば止めはしませんが、契約は反故になりますよ」

 っ、と険しくなるはたての顔。それを見たのか、いや、読んだからかガラスの向こうから押し殺したような笑い声が聞こえてきた。

「冗談ですよ。働いて貰った以上、対価はきちんと支払いますよ。ええ、この時期、ウチのペットたちはどうにも盛ってしまって…いつもなら私が相手をするんですけれど、マンネリ化してきたせいか、今だと満足するまで時間がかかるんですよね。だから、本当に助かりましたよ。ええ、“性的なことを含めて”なんでもするから、と貴女が申し出てくれた時は…」
「……」

 押し黙るはたて。自分は確かになんでもするから、と地霊殿の主に取引を持ちかけたが“性的なことを含めて”なんて言葉は一言も発していない。発してはいないが…

「姫事が随分と上手でしたけれど…ああ、そういうことですか。初めて、ではないのですね。いえ、初心者ではない、ベテランだ、と言った方が正しかったかしら」

 なおも虐めるような言葉を続けるさとり。はたての反応はさとりが笑うほどの怒気とセルロイドの桶を投げつけることだった。

「まぁ、報酬はきちんとお支払いしますよ。記事、楽しみにしていますから」






 その期の山の天狗新聞コンテストの最優秀賞ははたての花果子念報だった。
 幻想郷でも最大の庄屋の若大将とある旅館の女将の不倫、そのすっぱ抜きの記事。正確な人物関係についての説明だけではなく、昼メロもかくやという心理描写が好評だった為だ。もっとも誰もが諸手をあげて絶賛したわけでもなく、一部の識者からは『一報道が事実確認を超えて犯罪者でもないのに話題の人物の心理分析をするのは如何なものか』という物言いもあったが。惜しくも賞を逃した射命丸も「色恋沙汰はゴシップの一番のネタですけれど、これはちょっと」と言葉を濁していた。「負け惜しみを」とはたては歯牙にもかけない物言いだったが。



 その後も、続くコンテストの度にはたての記事は毎度のように優秀賞をかっ攫っていった。内容はどれも深く突っ込んだものが多く、入念な取材が行われたのだろうと天狗たちははたてをもてはやした。しかし…












――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――








 はたての様子がおかしい。



 そう、文は思い始めていた。
 花果子念報の連続コンテスト優勝に天狗社会でのはたての株は急速に上がっていっていた。若手の天狗記者ははたての後を追いかけるよう、次の回には似たような記事を書き始めるし、ベテランも明らかにはたてを意識したニュースを取り扱うようになっていた。ライバルである文も負けじといっそうの努力をするようになったが、とても追いつけないような勢いではたては記事を書いていた。誰もがはたてのことに一目を置き始めていた。

 けれど、それに反比例するようにはたては他の天狗たちとのつきあいを遠ざけるようになっていた。もとよりその毛があったがこの所はそれが顕著で文が会いに行っても山の家には殆どいなく…いや、居留守を使われていると思わしきこともあった。
 そして、それとは逆に山の天狗たちとは別の連中と付き合いをしているところが見受けられた。紅魔館の吸血鬼や守矢神社の祭神、幻想郷の役所や卸問屋の頭領、中には地下の旧地獄の非合法組織と思わしき連中の姿もあった。取材の結果、仲良くなったとも考えられるが、どうにも文には腑に落ちない部分があった。

 はたての上昇志向はみんなに認められたいから、という想いから作り出されたものの筈。それが実際にみんなに認められるようになってくると今度は逆に評価を退けるよう孤立し始めるというのは一体、どういう考えなのだろう。疑問は際限なく膨らむ。

 これは調べる必要がありますね、と文はカメラ片手に今度の文々。新聞は身内の秘密に迫る内容ね、とはたてを捜して飛び回り始めた。

 それが凄惨たる結果になろうとは露も知らず。









「冥界…とはまた辺鄙なところへ取材に来てますね、はたては」

 薄ら寒い大気と白骨を思わせる白い霧、今は花の一つもつけていない枝ばかりの桜の木の間を飛びながら文は独りごちた。
 場所は言うように冥界。自分の家にいないはたてを探し回り、ついにサボマイスターからこっちの方へ飛んでいったのを見たよ、という情報を手に入れ文はこうしてここ死を迎え、天国にも地獄にも行けない魂が住まう狭間の世界へとやってきた。とはいうものの昔ほど幻想郷の各地域間の移動は難しくなくなっている。かつては封印されていた地下世界へは今や自由に行き来でき、温泉宿として繁盛しているし、ここ冥界も春先となればその優美に咲き誇る黒染めの桜を一目見ようと大勢の人がやってくる。空を飛ぶことが出来ない人たちのためにも空飛ぶ牛車の現世との定期便が往復しているし、シーズンオフの今も数は少ないものの運行している。葉も花もない屍桜も乙なもの、と言うのだろうか。

「ああ、もしかするとその記事を書きに来てるのかもしれませんね」

 ふと思い当たったことを口にする文。けれど、所詮は思いつきで心の底からそうだとはとても思っていなかった。
 この所、はたてが主に扱っている記事はどれもスキャンダラスなものばかりだ。不倫や汚職、猟奇事件の犯人。どれもゴシップとしては一流だが読んでいて心安らぐようなものではない。寂れた観光地のレポなんて今のはたてが選びそうな題材ではない。
 むしろそれは今の文がよく取り扱っているジャンルだ。はたてのゴシップに対抗して文は珍しい笹の花が咲きました、とか、人の顔をした金色の鯉が見つかりましたとかそういった記事を書くようにしている。けれど、当然と言うか文面の良さ差し引いても題材の悪さに受賞を逃してしまっている。古株やお年寄りからは受けはいいのだが…

「そう言えば猟奇事件…多数の児童の外的要因による急性貧血…『つまみ食い吸血鬼事件』は紅魔館のメード長が犯人でしたね。お嬢さまに美味しい血液プリンを食べて欲しかったとかいって」

 独り言を言って、だけど、と文は言葉を濁す。
 事件の真相はその通りだがその事について花果子念報にはメイド長の主人のコメントまで載せられていた。我が儘とはいえあの吸血貴族が身内が起こした不祥事に対して何か公的に発言するとは思えないのだけれど、と文は考える。ねつ造、なんて言葉が頭を過ぎったが、紅魔館は処罰を受けたその後もそれ以上は沈黙を保ったままだ。つまり、事実だとして受け止めていることなのだろう。一体、どういう取材をすればそんな話を聞き出せるのか。文は記者としてその技術の教えを請いたいと思った。いや、それさえも現実逃避。文は持ち前の洞察力で自分では認識していないレベルではあるがその技術、取材方法の正体が判っていた。



「あれは…」

 と、飛んでいると文は閑散とした冥界に人の姿を見つけた。住人の殆どが霊魂の形を取っている冥界。人型を保てるのはよほど各位の高い幽霊だけだ。それでも地面にしっかりと足をついて歩ける霊はいない。あの足取りは生きた生身の人間のものだ。観光客だろうか、と文は訝しげに思いつつも何かあると踏んでその様子を上空から監視し始めた。

 人影は男のようだった。地味な服装だが小綺麗な身なりをしている。帽子を深々と被り、外套を着込んでいるが寒いというよりは何処かこそこそとしているような出来るだけ目立ちたくないといった雰囲気が感じられる。ほのかに漂ってくるスクープの匂いに文は興味深げに瞳を細めた。やがて、男が冥界の町の一角、大きな屋敷を目指しているのが分った。大きな門扉を開けて中に入るのかと思いきや男は椿で作られた垣根を回り始め、そのまま屋敷の裏口から中へと入っていった。中へ入った男はそのまま屋敷の使用人と思わしき足のない幽霊に案内され屋敷の一室へと向かっているようだった。
 家の中へ入られては調べようがない。はたての姿は見つからないし、気分転換にと文は好奇心旺盛に屋敷の中庭へと降り立った。

「さて、この建物は…」

 辺りを見回し、周囲をうかがう。
 一般的な日本庭園の作りで石や砂、植木などだけで野山を模した枯山水の様式がとられていた。しっかりと手入れされているのか、庭には落ち葉一つ落ちていない。
 建物の方といえば木造の二階建てだが妙に平べったく見える造りだ。もしかすると見た目が二階に見えるだけで屋敷の中は吹き抜けの高い天井の一階なのかもしれない。

「こんにちわ」

 そんな風に屋敷を観察していると不意に挨拶をかけられた。驚き、飛び上がる心を押さえ何とか平常心を保ち振り返る。そこにいたのは先程、男を案内したと思わしき足のない幽霊だった。

「何かごようですか?」

 笑顔で問いかけてくる幽霊だが、その仮面の裏の警戒は隠しきれていない。文はとっさに

「自分は新聞記者なのですけれど、この時期の冥界の観光について記事を書こうと思いまして、それでちょっとお話でも聞ければと」

 そう応えた。記者なのは本当だし、それに観光の記事自体は構想はあったので一から十まで嘘を並べたというわけではない。これなら何とかごまかせるかも、と文は内心でとっかかりを掴んだことに安堵を覚えた。
 けれど、その話は通じなかったのか、幽霊の目に浮かぶ警戒の色は色褪せるどころかなお濃くなる始末だった。

「またですか。あっ、いえ独り言ですけれど。
 ここは著名な方が数多く利用されている料亭です。今日も団体のご入用がありまして、そう言った方はここへ療養にこられている方も多いのであまりお騒がしいのは好まれないのですよ。申し訳ないのですが、そういった取材でしたら監督取締役の西行寺さまの所へ行って許可を得ていただかないわけには…」

 言葉こそ丁寧だがその長ったらしい台詞を要約すれば『出て行け』の四字だ。
 けれど、文はすんなりと出ていくわけにはいかなくなった。

『またですか』

 この幽霊はそう言ったのだ。新聞記者で烏天狗の文を見て。ということはつまり…
 文は内心で挑戦心にあふれた雄々しい笑みを浮かべると、活動方針を変更した。

「いや、そこを何とか。実を言いますと西行寺のお嬢様とは私、折り合いが悪くて…顔を合わせれば弾幕ごっこになるのは必死。出来れば穏便かつ極秘裏に取材させてもらえればありがたいのですけれど…」

 下手にけれどそうやすやすと退かないぞという姿勢を見せる文。幽霊の顔にそれまで面のように張り付いていた笑みが崩れる。

「でしたら、なおのことお引取りを。西行寺さまに敵意をいだいているような者を冥府に置いておくわけにはいきませんから」
「あやや、敵意だなんて。そんな大層なものは…ちょっと、観光がてら適当に風景やら、ええ、ここにいらしているような旅行客さんを写真に撮らせていただいて、出来れば何か、そう何か面白いお話でもお聞かせ願えれば、と!?」

 にやりといやらしい笑みを浮かべてみせる文。言葉も追随し、文面以上の意味を含ませる。暗にこの料亭に集まっているその著名なお方の顔写真を撮らせろと語るために。幽霊はそれを読みきったのか、おっとりした性格の多い霊魂にしては素晴らしい速度で先制攻撃を行ってきた。衝撃波を周囲に放つ霊撃。一般的な弾幕シューターの回避兼切り返し手段。けれど、あまりに一般的すぎて文には見てから回避余裕でしたも当然の攻撃だった。

「あやや、いきなり危ないなぁ」
「問答無用! 怪しい奴め!!」

 幽霊が次打を放とうと腕を振りかぶった瞬間、先んじるように文も霊撃を放った。その威力と効果範囲は幽霊の比ではない。庭にしかれていた玉砂利が埃と共に舞い上がり一瞬、辺りの視界をゼロにさせる。風を操る程度の能力のなせる技だ。
 腕で顔面を覆いつつ埃が晴れるなり、降り注ぐ玉砂利を諸共せず攻撃しようとする幽霊。が、不意に吹き荒れた防風に弾かれ尻餅をついてしまう。

「姑息な!」

 すぐに幽霊は起き上がると再び舞い上がった埃に涙を流しつつ敵の姿を探す。と、玉砂利が大砲の弾でも転がってきたように抉れているのを発見した。抉れた跡は先程まで文が立っていた場所から一直線に伸びており、その先は…

「クソ、逃がしたか」

 屋敷を取り囲む椿の垣根だった。人の頭より二つ分ほど高い垣根は無残にも巨人の足で蹴り飛ばされたように穴が開き、辺りにその分厚い緑の葉を散らしている。ぽとり、と幽霊の消えかかっている足元へ真っ赤な椿の花が落ちてきた。怒りに任せ幽霊はそれを生前のように踏み潰そうとして失敗。足のない幽霊ではそんなこと出来ないのだ。バツが悪いまま垣根へ開いた穴の方へと逃げた不審者を追いかけ走りだした。







「上手くいったみたいですね」

 その走りだす幽霊の後姿を縁の下に隠れながら眺めほくそ笑む文。あの霊撃を放って目くらましに玉砂利と埃を巻き上げた瞬間、文は風を巻き起こす扇を振るって衝撃波を放ち、さも自分が風を纏って高速で逃げ出したように見せかけたのだ。これであの幽霊は文は外へ逃げたと思うだろうし、他の警備のものも外を探し始めるだろう。後は手薄になった屋敷の中をのんびりと探せばOKだ。文は注意深く辺りを伺いながら縁の下からはい出てくると高下駄を脱いで、屋敷の中へ侵入した。

 屋敷の中も外観同様、落ち着いていながらも高貴な佇まいであった。埃一つ落ちていない廊下。今朝摘まれたばかりであろう色とりどりの寒椿の花が等間隔に活けられ、廊下の交わるところではさぞかし名のある先生の手によるものなのだろう大きな生花が置かれていた。踏みしめる板間も軋む音一つたてず名工の手によるものが窺い知れる。建物の造りからして著名なお方が集まっている、という話はどうやら嘘や誇張ではないようだ。これが本当にただの潜入取材ならさぞや面白い内容の会合が盗み聞けるのに、と文はほぞを噛んだ。しかし、今日ばかりはそれが目的ではないのだ。

「はたて、どこにいるんでしょう」

 そう、今の文の優先すべき一番の目的はそれだ。様子のおかしいはたて。彼女の真意を確かめるために文はこんな危険な潜入取材までやってのけているのだ。

 足跡を殺さなくて済むことに若干の安堵を覚えながら常に前後左右に注意を払いつつ屋敷の中を進む文。

「それにしてもこの建物はなんでしょうね。料亭、なんて言ってましたけれど…」

 確かに屋敷の中は妙に個室が多く、料亭と思われる造りでもある。けれど、それにしては妙に部屋の作りは防音に優れているし、内装には香炉や蓄音機、はてはいったい何に使うのであろう牛でも吊り下げれそうな頑丈なフックが天井からぶら下がっている部屋もあった。それに最初に見かけたあの帽子に外套の男がこそこそと入店しなければならなかった理由。ここは決してよくある料亭などではないことがうかがい知れた。

 そんなことを考えながら廊下を進んでいると今まで全く感じなかった人の気配を前方に感じた。騒ぎ声…らしきものが聞こえる。一人や二人ではない。十は下らない数のようだ。進んでいくとひときわ大きな部屋に人が集まっているのがわかった。障子越しに人の影が見える。呑み食いしている落ち着いた様子…ではない。腕を振り上げ体をのけぞらせ、激しく動き回っているのが見て取れる。それに声も。分厚く消音の符が張り付けられた障子でも防ぎきれないような大声…怒声、裂帛、喘鳴…それに嬌声。障子を照らす光は椿の花のように赤く、時に血を思わせる輝きをみせている。障子の隙間から漏れてくる香炉の煙はザクロかイチジクか甘酸っぱい熟れた果物のような臭いがした。はたして障子の向こうで繰り広げられている宴は如何なるものか。実際のところ文はその回答に思い当たるフシがあったのだがあえて無視する行動をとった。部屋に近づき、周囲を警戒しながら腰をおろし、唾で湿らせた指先で静かに障子に穴をあける。
 覗き込んだ先には…

「ひぃぃぃやぁぁぁぁぁぁ♥ だめぇ♥ らめぇ♥」
「ふひ、ふひひひひ、ここがええんか? なぁ、ここがええんか?」

 痴態を曝け出し肉と肉とが折り重なる狂乱の酒池肉林じみた宴が繰り広げられていた。
 部屋にいたのは十名ほどの中高年の男と五名ほどの若い女…にみえる者たちだった。いずれもその格好は全裸かそれに近い局部を隠すことのない下着姿に近いようなものばかり。誰もがこの冬の時期に汗を流し、荒く息をついている。そうしてそのいずれもが、男は剛直を、女は花弁を淫液に濡れ光らせ、性の臭いを発散させている。いきり立った剛直を咥え、付き入れしごき、ぬめつく花弁を押し広げ肉芽をつまみ、愛などではなく性欲を交わすような深い口付けを交わし合い、互いに誰も彼もが指先で触れていない場所はないと思えるほどいやらしい手つきで全身を撫で回している。乱交。ここで繰り広げられている宴は退廃の極みたるそれだった。

 障子の穴越しに見える生々しい光景に文は思わずゴクリと喉を鳴らしてしまう。
 領主や大家専用の高級遊郭。噂には聞いていましたがまさか冥界にあるとは…と文は驚きを隠しきれなかった。これはスクープですよとわずかに明けた穴から全景を見るため、食い入るように覗き込む。
 男たちは顔にマスクやずきんをかぶっておりその正体はわからない。その男たちにいいようにされている少女たちの何人かに文は見覚えがあった。幻樂団の騒霊三姉妹がいる。禿頭の太った男の腰の上で体を前後させているのは長女のルナサか。次女のメルランは体の前後、咽喉と膣口を前後から二人の男に犯されている。限界まで広げた両足の間に顔を埋められ、三女リリカはそこを蕎麦でも啜るように乱暴に激しく蹂躙されている。他の遊女たちも幽霊のようで、誰も彼もが色香に当てられたか夢うつつのような恍惚とした表情を浮かべていた。

「これは…エロエロですね。と、あれは…?」

 写真が撮れないことを口惜しく思いながら何とか脳裏に焼き付けようと目を見開いていた文は男たちに慰み者にされる女の一人が他の幽霊たちとは様子が違っていることに気がついた。幽霊特有の透明感のある肌ではなく、張りのある生き生きとしたあの肌は生者特有のもの。いや、違う。文がその女に注意を惹かれたのは彼女が生身の存在だったからではなく、顔こそ見えないがその後姿にとても見覚えがあったからだ。

 床に寝そべった男の上で激しく打ち上げられたばかりの大魚のようにのたうち回っているあの姿。激しい体の動きに釣られ揺れるあのツインテールの髪は…

「はたて…」

 この所様子のおかしかった文のライバル、その人であった。
 何でこんな所に、と文は呆然と腰を上下させるはたての姿に見入る。

「ふふ、どうかしら? うちの芸者遊びは」

 文が驚きに目を見開いていると部屋の中からそんな声が聞こえてきた。誰だ、と気づかれるかもしれないのに文は障子の孔を広げ両方の目で中をのぞき込めるようにする。それまで死角だった場所に一人、長椅子に身体を横たえている女幽霊の姿が映った。桃を思わせるふくよかな身体を着崩した極楽蝶の文様の着物で包んでいるのは冥府の管理人、西行寺幽々子だ。紫煙たゆたう細長いキセルを手にしげどなく、気怠げな雰囲気を放っている。

「べ、別に…どうってことないわよ」

 幽々子の言葉にそう苛立たしげに返すはたて。けれど、腰の動きは止るどころかなお激しさを増している。そのせいかろれつが回らず、何ともいやらしい感じを受けた。

「そう言わないで。貴女がこの方達とお話をしたいって言うから特別に場を提供したのよ。お仕事なのかもしれないけれど、それならそれで出来る限り楽しまないと」
「そうそうはーたn、お仕事でも愉しんでやればつらくないよぉ」

 幽々子の台詞に続くように言葉を発したのははたてを腰に乗せ、秘裂を剛直で貫き、小ぶりの胸を両手で揉みし抱いている男だった。男はそのまま身体を起こすとはたてにそのひげに覆われた唇を押し当てた。嫌がるそぶりも見せず受け付けるはたて。舌を絡ませ合い、唾液を交換し、ちゅうちゅうと相手の唇に互いに吸い付きあう。

「愉しむのは…はぁはぁ♥ いいけれど…んちゅ♥ 約束は、っああ♥ きちんと…ああっ♥ 守ってよね、マーストリウス卿」
「おいおい、はーたn。ここでは僕はMr.Xだよ。他の方もそうさ。ジョン・スミス、名無しのゴン兵衛。そう言う場所だ」

「どうでも…いいわよ…っああぁぁぁぁぁ、だめぇ♥ だめぇ♥ そこっ…弱いのに、はぁぁぁん♥」

 マーストリウス卿…とはたてが呼び、自らMr.Xと名乗った男には思い当たる節があった。確かアレは吸血鬼達と一緒に幻想郷に流れてきた欧州の貴族たちだ。幻想郷の西の集落にコミュニティを作り、煙草や葡萄酒などの嗜好品を作りながら、元からの住人たちとの同化を計っている一派。その主要人物だ。言うまでもなく幻想郷の権力者の一人。よく見れば他の顔を隠している男たちも山の天狗諜報部が制作した要注意人物リストで見た憶えがある人たちばかりだ。

 この料亭は実は遊郭…幻想郷の実力者をもてなす高級娼館だったのだ。

 いつもなら大スクープと我が身を挺して取材にのめり込む文ではあったが今はショックに自我亡失している。
 ―――なんではたてがこんな所で風俗嬢みたいなことをやってるの…?

 心に満ちる疑問はそれだ。
 お金のため、快楽のため、ストレスの発散。いろいろな理由が浮かんでくるがどれもしっくりと来ない。
 では何故、と中を一心不乱に覗きこんでいるとはたてと身体を重ね合わせているMr.Xの動きが激しさを増した。

「ひあ♥ やだ♥ ああっ♥ ひぐ♥ はぁぁぁぁぁ、だめぇ♥ わめ、らめなのぉぉぉ♥」

 嬌声を漏らし身体の筋を伸ばし、快楽を一心不乱に貪るはたて。上下する腰の動きは激しく、恋人のようにMr.Xの身体に抱きつき、足までもその腰に回している。絶え間なく口づけを交わし、指を絡ませ、まるで一つになろうと努力しているようだった。そして…

「あっ…あああああああ」

 どすん、と高く突き上げられる腰。男の剛直が深々とはたての子宮口に突き刺さり、そこへどくどくと精を放つ。胎内を満たされる感覚にはたては稲妻に打たれたような快楽を憶え身体を仰け反らせる。男の写生と同時にはたても果てたのだ。

「あっ、ああぁぁ♥ いっぱい…でてりゅ♥」

 ろれつの回っていない言葉を発し、二度三度と痙攣を繰り返すとはたてはそのまま糸が切れたように後ろ向きに倒れた。
 四肢を投げ出し、床の上に髪を広げ、ぽっかりと口を開いた膣孔からどろりと白濁液を溢す様はうち捨てられた人形のよう。その虚ろな瞳が…

「あっ」
「あ…や?」

 障子に開けた穴、その向こうにいるライバルの視線と交わり合う。
 姿は見えないのにそうであろうとぽつりと漏れる言葉。障子の向こう、文はまるで見てはいけないものを見てしまったような、そんな感覚に囚われると一目散にその場から逃げ出した。逃げ出してしまった。









 幸いにも追っ手はかからず文は容易く冥界から現世へと逃げ帰ることが出来た。
 はたてに見つかったと思ったのは文の思い過ごしだったのか、それとも見逃して貰っただけなのか。

 日の落ちた幻想郷。文は緊張と驚愕それらなどをない交ぜにした言葉では言い表せない感情で昂ぶっている胸を押さえながら帰っていると紅魔館のメイド長とすれ違った。逃げ帰ってくる間に考え辿り着いたはたての真意、それを確かめるために文は咲夜に一つ質問を投げかけた。

―――はたてが取材に来たでしょうけれど、取引を持ちかけてきませんでしたか?

 回答は是、だった。

「妹様の性教育にね。まったく、自分のしたことを新聞に載せられるなんて溜ったものじゃないわ。でも、お嬢さまの命令だからしかたないし…腹いせに村の荒くれを二、三人呼んで、レイプとアナルファックとイマラチオの実演をしてやったわ。妹様もアレで男という生き物がどれだけ浅ましく汚らわしいものか分ってくれたでしょう」

 咲夜の言葉に文は「死に晒せ。腐れ外道」と捨て台詞を吐いてその場を立ち去った。



 はたては取材のために自分の身体を売っていた…枕営業をしていたのだ。












――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――












「なんか、顔を合わせるの久しぶりですね」

 その日、文ははたての家に遊びに来ていた。
 通りがかったら偶然、家の明かりが付いているのを見かけたから寄った、というのが文の弁だが実際は違う。あれから、あの冥界での乱痴気騒ぎの現場を見てからも文は何度もはたてと話をしようと家の前まで訪れていたのだ。その殆どは前述と同じく留守か居留守だったが今日ははたてもある意味では油断していたのか、文の来訪を拒むことは出来なかった。

 差し出された熱いお茶を飲みながら文ははたての顔色を伺う。
 痩せたのか、少し頬がこけて、目もとにも隈が浮かんでいるように見える。肌も荒れているようだが、冬の寒さと乾燥した大気のせいだけではないだろう。疲労が色濃く見て取れた。

「…そうかしら」

 そっけないはたての態度。心の方もあまり万全ではないのか、受け答えは力ないものだった。あやや、どうしたものでしょう、と文は眉をひそめながら言葉を探す。

「そういえば、花果子念報の方、すごいじゃないですか。11ヶ月連続入賞。長い新聞コンテストの歴史の中でもほぼ一年、続けて受賞するのは初めてのことだって大天狗様が言ってましたよ」

 とりあえずそんなところから切り出す。いちいち、言葉を探さなくてはいけないなんて。以前は会えば自然と会話が弾むような仲だったのに、と一抹の寂しさと不安を文は抱える。

「そう」

 はたての反応も薄く、居心地が悪そうに、早く文に出ていって欲しいといった雰囲気が感じられる。それでも、あえてその雰囲気を読まずに文は言葉を続ける。

「あの先々月の記事、連続猟奇殺人犯の正体が天人の隠し子だった奴。あれ、すごかったですね。犯人の気違いの様子が事細かに書かれてて、リアリティバツグンで、読んでいてこう、本当に自分が襲われたみたいにゾクゾクしましたよ」
「…ありがと」
「それにあの東の山道の崩落事故現場の写真。あれも見事でしたね。確か現場は片付くまで一般人は立入禁止でしたけど、よっぽどいい望遠レンズでとったんでしょうね。泥まみれで作業している人とか、土砂の下から助けだされた人の姿がありありと写ってましたよ。うーん、私もあれぐらい良いカメラが欲しいとことです」
「カメラの…性能じゃないわ」
「そうなんですか? まぁ、何にせよ、このところのはたての活躍はすごいところがありますね。もう、私じゃ追いつけないかも」

 ははは、と笑う文。取り繕ったようなうそ臭い笑いだったが、「えらく弱気な発言ね。私のライバルならもっと頑張りなさいよ」とか「当たり前じゃないの。アンタは私の後光を拝むしかないのよ」とかそういったはたてらしい…以前のはたてらしい憎まれ口めいた言葉を求めての笑い声だった。


 以前のような関係に、文はそう思ってはたてと話し合いたいと思っていたのだ。
 いや、表面づらだけではない。内面も行動も以前のように。憎まれ口と皮肉を言い合って、お互いをライバル視し、自分の力が上がっていくのと同じく、相手の技が研ぎ澄まされるのを良しとする、そんな関係に。






「なによそれ…」

 或いは、

「え?」

 はてても

「アンタの記者魂ってそんな程度のものだったの」

 文と同じように

「はたて…? 何を言って…」

 昔のような関係を

「『もう、私じゃ追いつけないかも』って…何? 巫山戯てるの? ダルいから辞めたいって、そういうこと?」

 続けたいと

「違いますよ。私は純粋にはたてのことを褒めて…」
「五月蠅いッ!!!!」

 思っていたのかもしれない。


 俯いたまま、髪を振り乱し、叫ぶはたて。文は狼狽えを見せつつどうしたの、と問いかけるが寧ろ火に油を注ぐような結果になるばかり。

「大体何よ、あのつまんない記事! 花が咲きましたとか寺子屋の子どもが遠足に行きましたとか、そんなどうでもいいニュースばっかり! 三文記事以下の下らないチラシの裏レベルの話じゃないの! 何なの!? 手ェ抜いてるの?」

 はたては立ち上がると一気にそう、囃したててきた。一瞬、何を言われたのか分らず文は瞳をぱちくりとさせるが、自分が何故か怒られ罵られ馬鹿にされているのだとすぐに気がつく。条件反射のように怒り返そうと逸る気持ちを抑え、それでも眉尻がひん曲がるのを感じつつ文ははたてに言葉を返す。

「ちょっと、さっきから一体何なんですか。私が手を抜いてるとか、真面目にやっていないとか。確かにこの所、全然、はたてには勝てないし入賞も逃してますけど…」
「それが真面目にやってない証拠でしょ! どうしたのよ、なんで全力出さないのよ!」
「全力って…」

 それでも今一、はたての言わんとしていることが掴みきれず文は困惑した表情を浮かべる。激高の表情と唾を飛ばす怒声は激しい怒りによるもの。けれど、その原因がまるで理解できない。理不尽に怒られているような気がして文は反発の度合いを強めざるえなかった。

「私はいつも全力ですよ! どの記事も! 今まで通りにきちんと取材して、何十枚と撮った写真から一番いいのを選んで! 推敲を重ねて何日も徹夜までして書いた記事ばかりです! 手なんて抜いてない!」

 これ以上、怒鳴れば第三者の制止でもない限り止らない言い争いに発展しかねない。そのギリギリのところで僅かに理性を働かせ、文は言葉を選んではたてに言い返す。そうだ。はたてになら分るはずだ。確かにこの所の文の記事は地味なものばかりだが、しっかりと呼んでみれば秀逸な作であると言うことが。長年、ライバルを続けてきたはたてならその真価を理解できているはずだ、と文ははたての理性に一縷の望みをかけて言葉を選んだのだ。向こうもこちらも冷静にならないと話にならない。

「…分ってるわよ」
「……」

 それが効いたのか、今までとは違う声色ではたては応えてきた。うつむき加減に震えてはいるものの、きちんと文の言葉を聞いていた証拠だ。少しだけ溜飲を下げ、文ははたての次の言葉を待つために、その顔をじっと見つめていた。

「分ってるわよそれぐらい! 文の書く記事が前と一緒で…ううん、前より険が取れたって言うの、綺麗な形になってるっていうのぐらい! 文の記事は! 他の誰かが、他の誰もが認めなくても、私が、私自身が! 一番すごいんだって、分ってるんだから!」

 言葉の後半は涙と嗚咽に塗れもはや聞き取れるような言葉ではなかった。それでも決壊したダムのように出てくる感情の本流にはたては押し流されながら言葉を紡いでいる。そういうことが文にもありありと理解できた。
 以前のように…その言葉が真実みを帯びてくる。
 しかし…

「それに比べて…私は、私は! ……あんなことまでして、あんなことまでしてるのに…嫌な形の悪い記事しか書けないなんて…ゴシップ好きの変態どもしか喜ばないような三文どころか二文にもならない記事しか書けないなんて…あんなことまでしたのに…」

 机の上にはたての涙がこぼれ落ちる。
 僅かに部屋の中に沈黙が降り立つ。無慈悲な告死天使のような静けさ。はたてのすすり泣く声だけが部屋に満ちていた。





「はたて、もう、あんなことは止めましょうよ」

 その沈黙を追い払うよう、二人の関係を以前のように戻すため、文は氷山に足を踏み入れるような言葉を口にした。

「……やっぱり、あの時、覗いてたの文だったんだ」
「すいません。覗き見は記者の十八番ですから」

 軽口と皮肉の応酬は以前のようなものだった。懐かしさに当てられたか、文も少しだけ目尻に涙を浮かべる。

「でも、はたて。貴女はあんなことをする必要はないと思います。貴女が私の記事をすばらしいと思っていてくれるように、私も貴女の記事をすばらしいと思っているんですから。私は、あんな身体を売るような真似をしなくても、はたてがもっとすばらしい記事を書いてくれると信じてますよ」

 文はそう落ち着いた綺麗な声ではたてを諭した。
 ぐすり、とはたてが鼻を鳴らす声が聞こえた。

「あ、当たり前じゃないの。あんなのはちょっとした…そう、体験レポートみたいなものよ。幻想郷の性風俗についてね」

 その恥ずかしさを隠すためか、はたては強がりを言う。微笑ましくて文は口元を綻ばせた。

「文…本当はね、私、アンタに勝ちたくてあんなことしたの。現地に行って目撃者に話を聞いて当事者から確証を得る、なんて普通の取材方法、今まで私はしてこなかったから。アンタの真似してやり始めたんだけど、真似だけじゃ勝てないよって山の上の神さまに言われて…それで…」

 そこから先は語るのは辛いのかはたては言葉を濁す。かまわない、と文ははたてに駆け寄るとそっと両肩に手をおいて、静かに腰を下ろさせた。

「私、卑怯だったのかな。山の上の神さまと寝て、それで非想天則の話を聞かせてもらって、それで記事を書いて、いい評価をもらって…でも、あんなことをするのはもう二度とごめんだって思ってたのに、次の記事でアンタに負けてあんまりいい評価を貰えなかったら、ああやって体を売ってでも極秘情報を聞き出さないと私じゃとても勝てないのかな、と思って…それで…」

 気がつくと評判が悪くなるのが怖くて、負けるのが嫌で、あんなコトばかりしていた、と涙ながらにはたては語った。

「はたて…」

 名を読んであげて、間違いを犯してしまったライバルをぎゅっと自分の胸に抱き寄せる文。

「大丈夫ですよ。確かに取材の方法はあまりほめられたものじゃないのかもしれませんけれど、書いた記事の素晴らしい出来栄えは確かにはたての実力ですよ。後はあんなことをしなくても、偉い人と沢山、コネクションを作っていけばもっと素晴らしい記事が書けるようになりますよ。うん、それが射命丸流の取材術ですから」
「あはは、ナニソレ。結局、自分の自慢?」

 耳元で諭される言葉にはたては軽口を返す。
 けれど…

「ありがとう、文」

 はたては自分の肩に回された文の手にそっと触れた。

「うん、でも、今日からはそうやって取材するよ。そんで、自分流の取材の仕方を見つけていくから…その時は、その時こそは、本当に私たちの実力だけの勝負をしましょ」

 笑顔のはたて。
 文ももちろん、と笑顔で応えた。

















――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――











 その日、はたては夕方から命蓮寺の聖白蓮の元を訪れていた。
 かねてよりはたては白蓮からぜひ我が寺のことを取材してくださいと誘いを受けていたのだ。誘いを受けた当初は「寺の記事なんて堅苦しくって誰も読まないよ」と無下に断っていたのだが、先日の文との一件以来、はたては心を入れ替えていた。

「やっぱり、近道はダメね。地道にコツコツとやらないと。私の趣味じゃないけれど」

 枕営業に頼らないまっとうな取材を。そしてゆくゆくは自分らしい方法で文に勝つ。
 目標を新たに決意を固め、はたてはひとまずは練習がてら文の取材方法を一から勉強すべく、一度は断った取材をもう一度、行なおうと決めたのだ。



 命蓮寺の境内に降り立ち、はたては星蓮船の機体整備をしていた一輪&雲山に声をかけると「呼んできますので暫くお待ちを」と言われた。その間、適当にパシャパシャと境内の様子や今はアンカーで地面につながれている大きな星蓮船の船体をカメラに収め、雑感をメモっていると程なくして白蓮が現れた。

「こんにちは。今日は我が寺を取材していただけるということでして、本当に有難うございます」
「いや、そんなに形式ばらなくても。適当に話を聞いて適当に記事書くだけだから、普段どおりでいいわよ」

 挨拶もそこそこにはたては早速、取材を始めようとする。適当、と言っているがやる気は満ち溢れているようだ。少しだけ体調が優れなさそうだが、それも高揚した気分の前に忘れ去られているようだった。

「そうですか。 しかし、ぜひ、はたて記者に紙面で皆に知らしめて欲しい行事…といいますか、そういうものがあるのですけれど」
「そうなの? じゃあ、それでいいわ」

 読経や坐禅の体験、寺に伝わる宝物や貴重な経典の撮影、なんてものを想像していたはたては少し面食らった。まさか、イベントのような格好の記事のネタがあるとは思っていなかったからだ。
 場所は少し遠いのですけれど、と断る白蓮に、いいから早く行きましょうとはたては急かすように言った。


 移動中、白蓮は熱弁をふるい、はたてに妖怪と人間が平等であることの必要性、その為に何をしなければいけないのかを語って聞かせた。堅苦しい話にはたてはこめかみが痛くなるような思いを覚えたが、黙ってうなずき、これも取材のためとキチンとメモを取った。

 移動した先は幻想郷の南方にある倉庫街だった。土壁を白く塗った強固なものや鼠除けに足を高く返しをつけたもの、その他、支柱に天幕を張っただけの簡素なものなど様々な蔵…倉庫が立ち並んでいる場所だ。蔵の中身は農業組合が貯蓄している穀物類や卸問屋が仕入れてきた反物や塩、それに妖怪の為の『食料』などが所狭しと詰め込まれている。

「……」

 その建ち並ぶ蔵の間を歩いている途中、はたては気分が悪くなるのを感じた。
 フラッシュバックだ。
 はたてがこの倉庫街に来るのは二度目だ。
 一度目は半年ほど前、麻薬に関する取材で、その集積所になっているという倉庫を調べに来た時だ。案内したのは地底に本陣を置く非合法組織の売人で、片耳隻眼の妖怪兎だった。対価にはたては一晩、その片耳の相手をさせられた。そいつは身動きが取れない女が悶えるのを眺めて自慰をするのが好きなそうで、はたては両手足を後ろで荒縄に縛られた後、日の余り差さぬような薄暗い草むらに放り出され、上から樹液やズイキ、漆などをかけられ放って置かれた。瞬く間に耐え難いかゆみに襲われ、樹液の匂いとはたての体温を感じたのか、羽アリや蚊、蜂などが現れ、身体の上を這い回り、いくつもの刺痕を作っていった。肌に突き刺さる雑草の柳葉、細かく鋭い爪で柔肌を引掻かれ、噛まれ、血を吸われ、かぶれに気を失いそうな痒みを憶えた。それらから逃れようともがいたが荒縄ははたての手首や足首に擦過傷を作るだけで小指の先が通るほども緩みはしなかった。そんなはたてを見て片耳は満足を憶えたのかいきりたった剛直を激しく自らの節くれ立った手で刷り上げ、黄痰のような酷い匂いのする精を何度もはたての上へ放った。最悪の一晩だった。

「っ…」

 その時の光景を思い出してしまい、はたてはあり得ぬ痒みに襲われる。アレは何ヶ月も前だ。その後、虫刺されに良く効く軟膏を竹林の医者から貰ったから大丈夫だと、何度も自分に言い聞かせた。朝から余り芳しくなかった体調がそれで一気に悪化したように思えた。

「大丈夫ですか!?」

 と、先征く白蓮が足を止めたはたてを不審に思ったのか振り返りそう声をかけてきた。けれどはたては無理を言って大丈夫ですと応えた。ここまできたのだ、今日は最後まで取材をやり遂げる。その気概で動く。はたての決意は揺るがなかった。



 もしかすると彼女がもう少し弱ければこの後迎える結末は多少はマシなものになっていたのかもしれない。




「……?」

 白蓮に続いて歩くはたて。漆喰の白い壁が両側にそびえる通りから横道にそれ、風雨で灰色にそまった木の壁を辿っていく。ゴミを漁っていた野良猫が二人の姿に驚いて逃げ出し、道はどんどん狭く、倉庫街の奥の方へと入っていく。いつかと同じ光景に猛烈な既知感を憶える。いや、既知感ではない。気のせいではなくこれは本当に見知った道順だ。脳裏のあのうずたかく積まれた木箱とその中に詰め込まれた乾燥大麻や阿片の板の映像が流れる。ここにある量だけで幻想郷に住んでる奴、全員の頭をハッピーに出来るぜ、と木人外やらしい笑みを浮かべていたことを思い出す。この通路はその時通った道順と全く一緒だった。どうして、とか、そんな、とかそういった疑問が頭の中を埋め尽くしてくる。そうして案内された倉庫は…あの時、麻薬の集積場だと言われて案内されたあの場所だった。

「ここは…」

 辛うじてはたてが出した憶測はあの後、何らか彼の理由で麻薬販売組織はこの倉庫を手放し、それを知らない白蓮が手に入れたと言うことだ。そう言う話なら十分に納得できる。知らなかったのであれば、そこが犯罪の現場だったとしても仕方のないことだろう。
 そう、仕方がないことだ。白蓮が開ける鎖に繋がれた南京錠が以前のままだとしても。

「どうぞ、入ってください」

 そうして、開けられた倉庫の中は以前訪れたときと全く同じ様子だった。
 うずたかく積まれた木箱。薄暗い倉庫の中からあの乾燥させた大麻草の何とも言えない喉が渇くような匂いが漂ってくる。

「白蓮、この倉庫は…」
「え? ええ、ちょっと今日の行事のために『知人』から借り受けたものでして。人払いが出来て、他の人に全く見られることがない場所を探している、と相談を持ちかけましたら快くここを貸していただきまして。ええ、やはり、友情と言いますか、真に人の付き合いというものは大切ですね」

 白蓮の言葉にはたては目の前にいる女性が毘沙門天に使える尼である以前に老獪で邪悪な魔術師だと言うことを今更ながらに思い知った。逃げろ、帰れ、今日は止めておけと理性が制止をかけるがもう遅い。まるで、催眠術にでもかけられたようにはたては倉庫の中へと足を踏み入れていた。

「それで、行事というのはですね、いえ、貴女の取材について説明した方がいいのかしら。ちょっとした、ドキュメントを撮って欲しいのですよ。真実に基づき庶民を啓蒙するような内容の」

 薄暗い木箱の間を進みながら白蓮ははたてに説明する。倉庫の明かりは天窓から差し込む陽光だけで、汚く埃に汚れた小さな窓ではとても倉庫の中を照らしきれはしなかった。殆どや身と言っていい通路の中、ぼうっと浮かび上がる白蓮の後ろ姿を眺めているとはたては鼻に乾燥した草の匂い意外に何処か鉄さびのすえたような匂いが届いてくるのに気がついた。この匂い、いや、この雰囲気をはたては知っていた。紅魔館で妹様の性教育だと幼い吸血鬼の前で三人ほどの荒々しい男達に輪姦された時。或いは座敷牢で気が狂った天人領主の息子に激しく乱暴された時。そういった時に感じた戦慄…全身が総毛立ち油のような粘っこい汗がにじみ出てくるあの嫌な感覚だ。
 なんで、白蓮の寺の取材に行ってそんな感覚を、と怖気に苛まされながら歩いていると少しばかり開けた場所に出た。無理矢理、木箱を寄せて作ったような十畳ほどの空間。聖に案内され通された場所にはむくつけし三人の男と…鉄柱に後ろ手に縛られ目隠しされ粗末な椅子に座らされている一人の妖怪の少女の姿があった。匂い、倉庫を満たす匂い―――性と暴力、獣性と絶意の源はここだった。

「これ、は…」

 知らずの内に白蓮に問いかけていた。
 男達はいずれも屈強ながら何処か精神的に危うそうな顔つきをした者達ばかりだった。まだ春先だというのに汗で全身を濡らし、肩で息をしている。瞳はどこか麻薬の中毒者のように虚ろげで固く握られた手には血が滲んだ襤褸布が巻かれていたり、頑丈な拵えの折檻棒などが握られていた。そして、ズボンの前の部分は霊峰富士もかくやという勢いで大きくテントを張っている。ある者は既に果てているのか、その部分に染みを作っている。あの栗の花を思わせるような嫌な匂いが鼻をついた。
 妖怪の少女の方はぐったりと、全身の力を失わさせたように今にも転げ落ちそうな姿勢で椅子に座っている。目隠しをされ、固く猿ぐつわを噛まされていて表情はうかがい知れないが殴打の痣がある腫れ上がった頬には涙の痕が残っていた。服も無残に破かれ、擦過傷や打撲の痕が、そしてその上から白濁した男の精をかけられている。力なく開かれた股からも血と精と汚物の混合物がどろりと流れ落ちてきている。陵辱と暴力の災禍。はたても半ば擬似的にそうされたことが分る。アレは、アレこそは人の尊厳を根こそぎ破壊し尽くし、価値観を、自意識を、誇りを、魂を完膚無きまでに殺す最強差悪の下劣な行為だ。

 どうして、ともう少し子細にはたては状況を調べる。

 柱にくくりつけられている妖怪は見たことがある。以前、文の取材方法を真似するために少しだけ試していた時、何度かカメラのファインダーに収めたことがある妖怪だ。正体不明の正体。自分たち天狗同様、日の本の国では著名な妖怪、ぬえだ。
 
 あの強力な力を持った妖怪が今は裸同然の格好で暴力に晒され、調理前の血抜きした鶏の肉のようにぐったりとしている。名のある武人でもなければ、大の男が千人束になっても相手にならないような大妖怪がいいようにやられている。その理由はすぐに思い知ることが出来た。
 ぬえを後ろ手に縛っている白紙を結って作った縄だ。ともすれば簡単にちぎれそうなそれを腕力だけで千切ることは不可能だろう。目を懲らしてみれば分る。あの白紙には空間を歪めるほど強力な術がかけられているのが分る。あれではどんな大妖怪であろうとも拘束から逃れれることは出来ないだろう。そして、そんな大魔術をただの結った紙に施せるような大魔道士はここ幻想郷においても一人しかいないだろう。

「白蓮、なんで…」

 封印された魔法使い。聖白蓮だからこそ出来る強力な術だ。はたては強大な敵と対峙したときのような恐怖を覚え、白蓮に視線を向ける。

「アンタ、確か妖怪と人間は一緒の扱いをしましょうって、言ってたわよね。なんで、こんなことをしてるの…?」

 けれど、はたてが感じている怖ろしさは白蓮の強大な魔術に対してのものではなかった。はたてが恐怖したもの、それは白蓮の言動の不一致だ。この強大な力をもつ尼公は口では平和と平等を謳っておきながら裏でこうして妖怪を酷い目に遭わせている。これは一体どういうことなのか。その不可解さが何よりも怖ろしかった。

「何とおっしゃられても…これも私が求める人妖の平等、いえ、今は妖怪の地位向上の為の政策ですよ」
「何いってんのよ? アンタの言ってること、日本語だけど私にはまったく理解できないわ」

 恐怖の裏返しか、はたては怒鳴り大声を上げる。白蓮はそれに教えを理解出来ない信徒でも見るように哀れみの籠もった視線を投げかけ、頭痛でも堪えるよう額を人差し指で押さえる。

「無知蒙昧。思慮が足りませんよはたてさん」

 そうして、白蓮はいいですか、と前置きしてから諭すように語り始めた。

「人間の多くは貴女同様、多くを知らず多くを考えず、日々、愚鈍に生きています。それを導くために私のような仏法の教えを広める者が必要なのですが…残念ながら大衆の多くは経文を読み聞きその意味を吟味する事ができない、読み書きと聞き取りが出来るだけの文盲なのです。そんな人達にどんなにありがたいお話を聞かせてやってもその真意、言葉の裏に隠された尊い教えを理解しようとはしません。学のなさか、思慮が足りないのか、それを調べるのが今後の私の課題なのですが、その研究の完成を待つつもりはありません。こうしている間にも虐げられている妖怪たちは数多く存在するのですから。一刻も早く人妖の平等を説き、世界を平和にしていかなくてはならないのですから。その為にはまず字が読めない人たちのために分かりやすい漫画調の風刺画を書いて世の中の不道徳不平等を教えていったように、センセーショナルで且つ誰の目にも分かりやすい啓蒙のための記事が必要なのです」
「言ってることは何とか分かったけど、それとあの妖怪が縛られてることはどうしても…」

 つながらない、というはたての言葉は白蓮に消される。

「ですから、ああやってわかり易い例を、妖怪は虐げられ、人間は恐ろしくそして愚かな生き物だということを知らしめるための見本を用意したのです」
「見本って…馬鹿じゃないの? アンタらが『人間はこんな風に妖怪を苛めてますよ』って言ったって、実際、この図だと苛めてるのはアンタたちじゃない。そんな記事、誰が読んだって感動して博愛の精神に目覚めたりしないわよ!」
「ですから、その部分を隠して、いえ、言い方が悪いですね。言わないで発表していただければいいのですよ」
「冗談。私に嘘の記事を書けっていうの!?」
「嘘だなんて。これぐらい、本当に人間ならやりかねない…いいえ、やっているに決まっていることですわ」

 激昂するはたてに白蓮はあくまで落ち着いた口調で応えた。狂気じみた、自分以外の考えなどこの宇宙には存在しないような白痴盲目な瞳を浮かべて。

「……」

 はたては自分の背中を冷たい汗が流れ落ちていくのを止められなかった。

「いやよ…絶対に嫌だ。私はマジメに記事を書くって決めたの! アンタの宗教のことなんて知ったことじゃないわ! そんな嘘っぱち記事、絶対に書くもんか!」

 怖気を振り払うよう叫ぶはたて。
 しかし、そんなはたての反応も白蓮には真に届かないのか、困った人ですねという風に眉をしかめただけだった。

「拒否しますか。分不相応な考えをお持ちで」
「はぁ? 何いってんのよ!」
「拒否できるとでも? スクープの為なら誰とでも寝るような貴女が?」
「あ?」

 誰とでも、寝る。その言葉にはたては凍り付いた。
 スクープのために、仕事のために、男女人妖を問わず、身体を売った。それは紛れもない事実だ。そして、それから足を洗おうと誓った過去の出来事だ。けれど、文に指摘されたときは暗闇の中で一条の光を見いだした時とは真逆に、白蓮によって指摘されたその言葉は再びはたてを暗黒の国へ引きずり込む絶望を伴っていた。

「不純異性交友は罪悪です。汝姦淫することなかれ―――は異教の言葉ですが、正しき教えにおいては教間の隔たりはありません。貴女は罪を犯したのです。正しき教えに従いその償いをしなくては」
「ッッッ…それはそうだとしても、こんなあからさまな悪事には荷担しないわよ! だいたい、罪だ罰だって言うんならこんな事をしているアンタこそ地獄に堕ちるべきよ!」
「毘沙門天の教えを身につけ、平等を説く私が? ご冗談を。いえ、それ以前に、やはり貴女は頭が悪い。私の教えの真意をまるで理解していない」

 歯ぎしりをし、それでもなおあらがおうとはたては白蓮を睨み付ける。そのはたての頑なな態度にさしもの白蓮も憤りを覚えたのか僅かに語彙がきつくなる。

「言ったでしょう。ここは『知人』に借りた、と。名義はどうか知りませんが、貸していただいた方は貴女もよくご存じの片耳の彼ですよ」
「ッ!」

 はたての顔が険しくなったのを確認すると白蓮は強ばっていた頬を綻ばせ柔和な笑みを浮かべた。もっともそれは猛毒のトリカブトの花を思わせるような薄ら寒い笑みだったが。

「貴女のことを紹介してくれたのも彼です。ああ、ついでに万が一の時のために…ええ、今がその万が一なのですけれど、免罪符のようなものをいただいてきましたよ」

 そう言って白蓮は懐に手を忍ばせると一枚の写真を撮りだしてきた。そこにはあろう事か先々月、幻想郷を騒がせ、今は打ち首獄門のすえ、無間地獄へ堕とされたあの連続猟奇殺人事件の犯人であった天人領主の息子とはたてがまぐわっている姿が映し出されていた。裸ん坊の姿で後ろから貫かれている写真。そこに写っているはたては白目を剥き悪の華の色香に惑わされた様な恍惚とした表情を浮かべていた。人の理性がここまで溶かされるものなのか、その証左のようなまっとうな者が見れば情欲よりも吐き気と嫌悪を催すような写真であった。

「……」

 事件を調べるために解決前に、そう、幻想郷の一部は連中は奉公所の警察機構の者よりも先に下手人が誰であるのかを知っていて、はたてはコネクションと枕営業を頼みに犯人である天人に近づき、最後の締めくくりとして犯人本人から事件の詳細な話を聞くためにはたては媚薬を飲んで自分の精神を騙してまで身体を捧げたのだ。この写真は…いつ撮られたのか全く憶えがないがその時の写真だった。
 映し出されている自分の恍惚とした表情とは対照的に目を見開き絶望の面持ちのまま写真を眺めるはたて。その様子をみて、白蓮はなおも満足を憶えないのか更に懐に手を伸ばした。

「まだ、ありますよ」

 次に差し出された写真も同じようなものだった。
 犬とまぐわっている写真。毛むくじゃらの足の男の剛直を二本、両側から加えてピースサインしている写真。踊り場の上で自ら自分の性器をさらけ出している写真。どれもこれもはたての枕営業の中でも特に最悪なものだった。

「何で…」
「破廉恥な写真ですね。記者の貴女ならこれはどういう風に使えばいいのかすぐに分るでしょう。明日の朝にでも町の辻という辻にこれを貼り付けた立て看板が作られている、なんて言わなくとも、ね」

 白蓮の言わんとしていることが理解できて、絶望の余り、写真を落とし、自身も糸が切れたようにその場にへたりこむはたて。

「おっと、しっかりしてくださいよ。貴女はこれからあの子が酷い目に遭わされる場面をきちんと写真を撮ってその時の情景を記事に書かなくてはいけないのですから。ほら、あの木箱の影がいいでしょう。あそこからなら隠し撮りしている雰囲気が出ますから」

 そう言ってはたての手をとる白蓮。もう、言うことを聞くほかなかった。
 気絶したように呆けるはたてを尻目にぬえを殴打する音が聞こえてきた。












――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――












 さらに後日、はたてはもう一度、白蓮に喚び出されぬえ暴行の『下手人』を捕らえたのでそれも写真に収めて欲しいとのことだった。白蓮の元へ向かったはたてが見たのは科刑台に縛り付けられたあの三人の男達だった。そのうちの二人は自分たちが縛られていることも意に介していないのか、理解していないのか、口汚く妖怪や自分たちを捕らえた白蓮のことを口汚く罵っていたが、残った一人は泣いて許しを請うていた。自分のしたことは間違いでどんなことでもするから償わせて欲しいと白蓮と自分が痛めつけたぬえに嗚咽を漏らしながら謝罪した。
 白蓮はその姿勢に胸打たれたように、自分の信徒達に命令してその男だけを解放した。
 そして、残り二人の男は…そのまま火炙りに。その悔い改めない精神を、罪悪に塗れた魂を灰にするよう、油を撒いた薪に火をつけ、燃え上がった劫火でその身を滅ぼした。
 ありがとうございますありがとうございますと額を地面にすりつけ感謝する生き残りと火に炙られたことで筋肉が収縮し、大きく口を開け慟哭するような格好のまま一回り小さくなり炭化した残りの二人の遺骸。生と死。赦免と極刑。罪と罰。その対比に元からの信者たちは敬いを、野次馬連中は怖れを、聖白蓮という尼僧に抱いた。妖怪を虐げればどうなるのか、その格好の見本を前に。



 最高のパフォーマンスだった。



 そうパフォーマンスだ。
 生き残った男も後日、谷に落ちて死んでいる姿が発見された。そして、このぬえに乱暴を働いた三人は河川敷近くに住む部落民で命蓮寺が行っている浮浪者や経済的弱者のための炊き出しに参加していたということだった。
 どちらも、胸のつっかえが取れないような気分の悪さを抱えたはたてが調べたことだ。隙を見て話しかけたぬえも虚ろげな調子で「私…悪いことしたから、償いをしなきゃ」と心ここにあらずと言った風に応えた。
 全てが出来レースで利用できるものは利用し不要になれば捨てる。そういうパフォーマンスだった。

 すべてを知るはたてもいずれは男達のように公然と或いは秘密裏に消されるか、ぬえのように精神改造を施されてしまうのか。どちらにしてもろくな未来は訪れそうになかった。

 白蓮に全てをまとめた記事を書くように言われたはたてはもはや自暴自棄に告発記事を書き上げ、それを山の新聞委員に提出した。






 数日後、山の広場に張り出された花果子念報は…

「嘘…」




 白蓮が望む、虐げられている妖怪の『現状』とこれからの人間関係についての『啓蒙』記事だった。
 そこに使われているカラー写真にははたては見覚えがあったが文面はまるで自分が書いたものではないような、初めて見る内容だった。当たり前だ。はたてはそんな記事、書いてはいないのだから。

「違うッ! 違う! 違う! 違うッ!!」 

 けれど、記念すべき十二回目連続受賞の記事はそんな内容のものだった。
 誰もがはたてにすごいな、やるなぁ、おめでとう、と声をかける。違う、私の記事じゃないと叫んでも何言ってんだよ、嬉しすぎて気でも違えたか、と笑われる。はたてはそんな風に声をかけてくる人達の中に瞳を暗くしている連中がいるのを見つけた。たいていの場合、はたての言葉を真っ先に冗談めいた言葉で否定しているのはそいつらだった。薄ら寒い、あの白蓮と対峙したときに感じたものと同じ脂汗を背中に感じる。このままではらちがあかないとはたては新聞委員会の所へ走った。はたてが記事を渡したのも掲示板に自分の―――嘘っぱちの記事を貼り付けたのも彼らだったからだ。犯人は委員の誰かしかあり得ない。受付嬢に怒鳴り散らして通された部屋には委員会の重役、大天狗の一人が椅子に腰掛けて偉そうにふんぞり返っていた。






「どういうことコレ…」

 ギリギリ落ち着いた口調で自分の上司に当たる人物にそんな不遜な態度で話しかけるはたて。いきなり殴りかからなかったのは臨海を突破した怒りがむしろ冷静さを呼び起こしたからに過ぎない。

「どうとは? 今回も良くできている記事じゃないか。君のような優秀な記者がいて我々も鼻高々だよ」

 そう言って天狗特有の赤く長い鼻の頭を撫でる大天狗。ぎしり、とその重みに耐えかねたのか椅子が軋み声を上げる。

「巫山戯ないでよ! 私はこんなもの書いた記憶ないわ! アンタが! アンタたちが勝手に差し替えたんでしょ!」

 掲示板から引っぺがしてきた自分が書いていない花果子念報を突きつけ、怒鳴るはたて。大天狗は頭痛を憶えるようにこめかみに指を押し当て、どうしたものかと言葉を探している。

「…まさか」

 その態度をはたてはよく知っていた。二度目だからだ。目にしたのは。一度目は言うまでもない。ぬえの暴行のシーンを写真に収めろと言われ、それを拒否した時、白蓮が見せた態度。それと同じものを大天狗は取っている。
 いや、考えれば無理からぬことだ。もとよりこんな事をする必要性がもっともあるのは大魔道士にして教主たるあの尼公だけなのだ。そして、白蓮と大天狗が繋がっているのであれば…あの時、白蓮の望むままに取材しなければならなかった理由と同じく、はたては黙ってこの結果を受け入れるしかないのだ。

「天下の天狗党広報局も質が落ちたわね…坊主にそそのかされるなんて」
「失礼なことを言うな。この件は我々の方から白蓮尼公に伝えたのだ。『わざわざお教えいただいた上に、既に手まで打っていただいて、本当にありがとうございます』と礼まで言われたよ」

 負け惜しみじみたはたての言葉にも大天狗は怒りの表情すら見せない。手のひらで弄べる弱者の戯言だと切って捨てているのだろう。

「白蓮尼公の命蓮寺は今、山の大部分を支配している守谷の連中に対抗できる数少ない勢力だからな。お山は妖怪のものであるべきだと考えている我々としては是非とも懇意にしておきたい一派なのだ。
 ああ、そうそう。だからといってあの二柱と一緒に山を、しいては幻想郷を支配していこうと考えている守谷派の幹部大天狗にこの情報をリークしようとは思うなよ。我々は表向きは中立を謳っているからな。誰が守谷派で誰が反守谷派なのか、それとも全く別の思惑があるのか、理解できている人物は少ないぞ。お前如きに調べがつく程の間抜けもいない。
 そもそも守谷…いや、洩矢に頼ろうとは思うなよ。最初にお前に枕営業を勧めたのは誰だ? あの土着神の総大将はお前を使って幻想郷の情報管制を牛耳ろうと考えていたのだ。
 だが流石にそれをされると困る連中もいてな。あいつは…おっと、第三勢力の情報だな、口を閉じよう。あいつらはかといって表だって洩矢諏訪子を糾弾するわけにも行かず、苦肉の策としてお前に他の組織の意志を…吸血鬼や旧地獄のマフィア・ヤクザどもとも関係を持たせることにしたのだ。スパイを無理矢理二重、三重スパイにしたわけだな。
 こうなればお前は爆弾と一緒だ。利用しようにも何処の誰の意志が絡んでいるのか見当もつかん。そんな危険な奴と関わり合うのは真面目な者なら拒否するだろう。だが、お前が持っている各組織やグループの情報は無下に切って捨てるには余りに惜しく、そして危険だ。殺してしまおうという話もあったが、お前が持っている情報が永久に失われることで得をする連中も少なからずいる。
 そこでこの前の会合でお前の扱いについて一つ、取り決めがまとめられた。



 幻想郷の誰でもお前を自由に扱うことが出来る―――そういう取り決めだ。


 毒を喰らえば皿まで。利用できるならとことん利用しよう、しかも、ゲームのように駆け引きしながら、だ。
 我々はお前の鶏頭に詰まっている情報を聞き出すのも自由だし、それが本当なのかどうか身体に聞くのも自由だ。お前に敵対組織に嘘の情報を流すように教え込むのも自由だし、お前に煽動活動をさせるのも自由だ。純粋にお前で遊ぶのもな。スパイ・クラウドコンピューティングなんてカタカナをつけてる奴もいたな。まぁ、名称はどうでもいいが。兎に角お前の今日からの役目はその通りだ。各組織の間を遊覧する渡り鳥。それがお前の役目だ」

 そこまで一気に説明してぎぃぃと椅子の背もたれをしならせながら大天狗はふんぞり返ると自分の足を開いて見せた。そこは期待に打ち震えるように山の盛り上がりを見せている。

「とりあえず最初の仕事だ。しゃぶって貰おうかな」

 そう言うと下卑た笑みを浮かべ、大天狗はズボンのチャックを下ろし、いきりたった己自身をさらけ出した。ああ、とふらつきながらはたては大天狗の股の間へと近づいていく。もはや、逆らおうと意識さえ頭にはないように。

「んふっ、ちゅ…ああっ…はぁ、ちゅぷ、ちゅぷっ…」

 怒張した大天狗のモノを頬張り、舌を這わせ、滲み出る淫液をすすり、口唇を使って剛直を扱き上げるはたて。この一年ですっかり身についてしまった性の技は意識しなくとも発揮されているようだった。
 その様子を見て大天狗は満足そうに笑みを浮かべ、はたての頭を掴んで勢いよく前後に動かし始めた。

「ああ、そうそう。お前の公共スパイにしようという案自体は前々からあってな、その為の準備として何も知らぬお前にいろいろな組織や重役へ取り入って貰うために、お前のやる気が出るよう、お前が書いていたあの新聞、花果子念報を何度も入賞させていたのだ。負けず嫌いで落ちぶれるのが嫌なお前の性格は分っているからな。常にギリギリのラインで入賞させておけば、次も同じように頑張らないと入賞できない、とお前が逸るように仕向けていたのだ」

 大天狗の最後の告白に崩れ落ちていたはたての精神が最後の悲鳴を上げる。目を見開いて上目遣いに大天狗を睨み付ける。

「なんだ? お前、まさか実力で十二回も連続して入賞できていたと思っていたのか? だとしたら滑稽だな。残念だが、お前の新聞記者としての力は二流だ。それを補うためにお前は他人に股を開いていたようだが…ああ、それでもまだ足りなかったな。そこへ我々の思惑が入ってやっとお前は一流の記者を名乗れるようになっていたのだよ」

 まぁ、これからも記事は書かせてやるし、入賞もさせてやるよ、それが報酬だ、と大天狗は声を上げて笑った。はたてはその言葉を口内に放たれた精の苦い味と共にしかと聞いた。












――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――











「大丈夫ですか? 立てますか―――はたて」

 薄暗い場所。空気は埃っぽく、煙草か或いは阿片か、鼻が曲がるような煙に満ちている。ここは旧地獄街道の外れ、かつてはホテルだった朽ちた屋敷。色あせた絨毯がはげ、リノリウムの下地が露わに、窓ガラスが割れ、足の折れた机や用途不明のがらくたが乱在する一室は今はそれ以上に破壊され、嵐に見舞われた後のようだった。
 床には手足を折られ顔を潰された男達が転がり、びっしりと制服を着込んだ者達が一仕事終えた顔で、それでも緊張を解かず、周囲に注意を払っている。部屋の片隅で部隊長に任命された小野塚小町だけが欠伸を上げているが誰も咎めようとはしない。彼女がいの一番にもっとも多くの悪漢の鼻っ面をへし折ってきたからだ。そして、そんな打ち倒すものと倒されるものとは別の三番目の要素を持つ人物―――救出対象の傍らに文は腰を下ろし、優しく声をかけていた。






 あれから、決意を新たにまっとうな記者活動を再開するといった宣言とは裏腹に、暫くしてはたては幻想郷から姿を消した。にもかかわらずそれからも花果子念報は山の広場の掲示板に張り出され十三回目、十四回目と連続して賞を貰っていた。とても、賞をもらえるとは思えないようなぞんざいな内容にも関わらずだ。加えてその記事は文ぐらいにしか分らないだろうがとてもはたてが、姫海棠はたてが書いたとは思えないような内容をしていた。

 何かがおかしい。それも以前のおかしさとは比べものにならないほど。
 文ははたてを探すために、聞き込みを続け、幻想郷の空を飛び回った。けれど、耳にする情報は口に出すのも憚れるようないかがわしい場所でその姿を目にした…という話を聞いたという愚にもつかないものばかりだった。
 悪戯に時間が過ぎ、成果だけは何一つ得られなかった。
 はたてが発行している…と思われる花果子念報を受け取っている天狗の新聞委員会にも駆け寄った。何か少しでも情報が入ればと思って。けれど、そちらもあまり芳しい結果は得られなかった。来訪の多くは門前払いであしらわれ、何とか重役に話をこぎ着けても話を逸らされるばかり。それどころか文は些細な理由で記者活動の停止を命じられ、半ば強制的に自宅待機させられてしまったのだ。それは暗に天狗たちの上層部から余計なことをするなと釘を刺されたに等しい事だった。

 八方ふさがり。自分一人、いや自分個人ではどうすることも出来ないと覚った文は隙を見て一通の手紙をある場所へ送った。

 手紙の内容は姫海棠はたてという記者が枕営業じみたことをしていたという『証拠』とこの所、天狗社会の新聞コンテストでそのはたての記事が異様なほど連続して賞を受けており、そして、その栄誉とは裏腹に記事の内容はお世辞にも良くないという事実を客観的な統計を加えて証明したもの。そして更にその二つの事柄から導き出される一つの『憶測』―――姫海棠はたては自分の新聞を入賞させるためにコンテストの審査員に身体を売っているのではないか、ということをまとめた内容だった。
 送り先はこの世の中、あの世も含めて曖昧なことが大嫌い、不正は一つも許さない堅物で有名な幻想郷の司法権の行使者、四季映姫・ヤマザナドゥの所だ。

 これは苦肉にも程がある最後の手段じみた方法だった。
 なぜなら文は自分のライバルと所属している組織の両方をある意味で訴え、謀反を起こしたようなものなのだ。
 けれど、仕方がないだろう。文が取れる手段と言えばこんな最後の手段じみた方法か若しくは泣き寝入りしかなかったのだから。
 そして、文は後者を良しとはせず前者をとり、持てる限りの手札を駆使してそんな手段に訴え出たのだ。
 はたてが再び枕営業に手を染めたとは考えられないが、文はその証拠を持っていない。あるのはかつてはたてがそうしていたという情報だけだ。加えて客観的に見ればはたてが再びその道を歩み出した訳はないとは言い切れないのも事実。だからこそ、文はその情報をある意味で餌にヤマザナドゥ率いる司法に動いて貰うよう便宜を図ったのだ。

 結果は―――成功であったと言えるだろう。

 案の定、天狗の新聞コンテストから不正が発覚し、そこから芋づる式にはたては幻想郷の各組織…合法非合法を問わず関わりを持ち、その情報を一手に集めている立場だと言うことが分った。
 幻想郷の裏組織の撲滅と健全な発展を目標にしている司法はすぐさまはたて捜索隊を編成。ついでにゴミ掃除だと麻薬の密売人や非合法賭博所、賄賂や談合などの非社会的取引を撲滅しながらはたての行方を追った。



 そうして話は冒頭へ戻る。
 
 はたてが旧地獄街道の中でも最下層のヤクザな連中でさえ避けて通る九龍城じみた地区にいるとの情報を手に入れたヤマザナドゥは特別部隊を編成。
 はたてを救出すべく、特別部隊をその場所へ送り込んだのだ。
 その中には無論、文の姿もあった。

 後は語るまでもない。
 ヒロインを助けるために動き出した主人公が悪漢に負ける道理などこの世には存在しない。薬で脳に花を咲かせた連中に血のお花を咲かせてやりながら制圧は瞬く間に終わった。

 粗末なベッドに拘束させられていたはたてを解放し、文は優しい言葉をかけてあげるのだった。

「大丈夫ですか、はたて」

 もう一度、声をかけるが返事はない。
 はたての姿は目を覆いたくなるほど無残だ。こけた頬。乱れた髪。荒れた肌。身体はやせこけ、腕には幾つもの注射の痕が残っている。虚ろな瞳はもう何も写していないのか光が感じられない。体中は汚れ、もう何日もまともにシャワーさえ浴びさせてもらっていないのか酷い匂いがする。だらしなく投げ出された足の間からは乱暴に突っ込まれたせいだろう。血と汚物混じりの白濁液がどろりと溢れ、そうして、ああ、畜生。何よりそれが文にとってショックだった。身体を起こしているもののぐったりと項垂れているはたてのお腹は大きく膨らんでいるのだ。胸も記憶よりは幾分、歪に大きくなっている。千切られたのか、もう頂がなくなっている方とは逆の乳首からはだらりと乳白色の液体がこぼれている。回りには深い歯形が、癒えず傷口を晒している。はたては―――妊娠しているのだ。誰とも分らなそうな子供を。

「帰り、ましょう。すぐに病院へ連れて行ってあげますから」

 辺り一面を大嵐で吹き飛ばしてやりたいような、それでもなお晴れないであろう怒りを抱えながらも何とか文はそれだけを口にした。返事をしないはたてに向かって。









 その後、はたては命の危険があるとしてすぐに竹林で永琳が営んでいる幻想郷唯一の病院へと運ばれていった。文は当事者として、また大切な仲間だとして同行を申し出る。断る理由もなく、いや、寧ろこの子だけが本当に傷ついたはたてのことを心配してあげられると特別編成部隊は敬礼でもって、二人が乗せられた妖怪牛が引く救急車を見送った。




「それで、先生…はたては大丈夫なんですか…?」

 はたての治療が終わり、特別警護の病室に移してから暫く立って、文は話を聞くために永琳と人払いをした隣の病室に腰を下ろして向かい合っていた。永琳は待ってと言わんばかりに妖怪兎が用意した冷たいお茶を一口飲み、どこから話したものかと視線を彷徨わせた。

「とりあえず、命に別状はないわ。今すぐにどうこうと言うことはない。けれど…はたてさんは酷い暴行を受けた上に大量の麻薬も…恐らく無理矢理にでしょうね、注射させられているわ。身体の方は治るでしょうけれど…心の方までは」

 そこまで言って後半は言葉を濁す永琳。文は絶望の面持ちを永琳に向ける。

「なんとか…ならないんですか先生。このままだとはたては…」

 悲しみと同量のやるせなさ、行き場のない怒りにについ知らずの内に文は拳を握りしめ、奥歯を噛みしめていた。
 これから真面目に記者活動を始めようとしていたのに、その誓いを無理矢理破らされ、はたてはあの下衆共のいいなりにさせられていたのだ。その下衆共もとっちめ、今やっと本当の意味で自由の身になったのに、これでは余りに惨すぎる…

 うつむき、涙を流し始める文に、永琳は立ち上がるとそっと優しく肩に手を置いてきた。

「大丈夫…とは医者としては言い切れない。でも、気を確かに持って。絶対に助からないと言うことはないわ。根気よく治療を続けていけば身体と同じく心だって治る可能性はある。もしかするとそれは天文学的な、砂漠の砂の中から一粒の砂金を見つけ出すような可能性の低い話かもしれない。けれど、頑張っていればいつか必ず…」
「先生…」

 永琳の言葉に文は顔を上げた。
 もう一度、はたての花果子念報が読める。それが例え可能性の話だけだとしても文には天界から地獄の底へ伸びてきた蜘蛛の糸のように思えた。
 その文の回復した表情を見て永琳も顔を綻ばせる。

「丁度、内の病院で麻薬患者用のリハビリ施設を作ろうかと計画中なの。実験台に扱うようで悪いのだけれど、今後のためにはたてさんをテストケースとして扱っていきたいのよ。ああ、代金はまけておくわ。まだまだ計画段階なのだけれど、麻薬患者の介護というのは普通の介護以上に大変なものだから、お金がかかるのよ。っと、今は関係ない話だったわね。だから、はたてさんのことは安心して」
「はい、ありがとうございます先生」


 それから文は堰を切ったように涙を流し始めた。
 はたてがいなくなり、独力で探し続け、それでも見つけられず、自分の仲間を売るような行為までして活路を見いだそうとした。結果、見えた道は隠し通路どころか毒蛇蔓延る茨の道で文は深い絶望に見舞われた。閉鎖的な社会だと思っていた山の天狗が実は一枚岩などではなく他の幻想郷の組織と秘密裏に手を組み、その勢力を拡大しようと合法非合法を問わず画策していたことにショックを受け、しかも、その渦中にはたてはいたのだ。もはや、自体は文の頭をもってしてもすんなりと納得できるほど簡単ではなく、そうして、権力の行使意外に打開策もなかった。それでもなお文は目を背け、成り行き任せにすることを良しとせず、ヤマザナドゥに頼み込んで自分もはたて捜索隊の一員に入れて貰ったのだ。本来なら悪事を働いた一グループの関係者である文を捜索隊に加える理由などない。それを文は自分の能力をアピールし、私もはたてのことを本当に心配しているのだと声を大にして本心を語り、そうして最後の決め手はヤマザナドゥの白黒をはっきりとつける程度の力のお陰だったが、なんとか捜索隊に加わる許可を得たのだった。
 そこからも自体はすんなりとは進まなかった。
 聞き込みにつぐ聞き込み。張り込みにつぐ張り込み。時には闘争に巻き込まれ、命を落とすような目にあったのも一度や二度ではない。それでも文ははたての身を案じ、その姿を追い求めて幻想郷中を走り回ったのだ。
 はたてを発見したとの知らせが入ったときはつい涙を流しかけ、それでもまだだ、まだ、涙を流すのには早い、と堪え、目頭を擦り上げて突入部隊に志願したのだ。
 そして、やっと、それもここにきて終わりを告げた。
 激務からの開放か、達成感からか、はたてが無事だったことに対する安堵か、文はついに堰を切ったように涙を流し始めた。
 あんあん、と声を上げて涙を流す文を永琳はそのままにしておいてあげた。






「そうだ、先生…」

 暫くして、あらかた涙を流し終えたのか、涙の痕を擦りながら鼻声で文が問いかけた。何、と短く応える永琳。

「はたての…お腹の中の子供の事なんですけれど…」

 薄汚い粗末なベッドの上で裸のままで拘束されていたはたてのイメージが浮かんでくる。そのお腹は大きく膨らんでいた。新しい命が作られている証。けれど、課程を鑑みればその子の誕生を手放しに喜んでもいいものかどうか。
 いいや、とそこまで考えが及んだところで文は被りを振るう。
 生まれはどうであれ、あのお腹の中の子ははたての子供だ。血を分けた大切な子供。その過去は欺瞞と悪徳に犯されていようとも、子供とその未来にはまるで関係がない。可愛らしい赤ん坊を抱いて笑うはたてとその姿をカメラに収める自分の姿が浮かんで文は小さく微笑んだ。

「いえ、何でもありません。あのお腹の中の子供もきっと無事に育ちますよ…」

 ね、と続けた言葉に僅かに鳴き声らしきものが混じった。

「え?」

 文は立ち上がり、僅かに声が聞こえた方を振り返り見た。今、自分たちがいる病室の入り口…否、外からだ。外から赤ん坊が泣いている声が聞こえる。どこから、と思案するより早く文は走り出し、病室の扉を開けていた。赤子の声が大きくなる。その時にはもう永琳も腰を上げ文に続いていた。

「っ! 先生!」

 外に出てまず目にしたものは廊下に倒れているヤマザナドゥ配下の制服を着た獄卒の姿だった。文と一緒にはたて捜索に加わった一員。任務の殆どを終え、部隊の大半は地獄へと帰っていったが一部のメンバーは事後処理に幻想郷に残っている。彼もその一人だ。今は万が一を考えてはたての身辺の警護を任されているのだが…それが気を失っているのか、死んでいるのか分らないが廊下に倒れている。
 そうしてそのすぐ側、彼が守るべき者がいるはずの病室の扉は僅かに開き、ぎぃぃと軋んだ音を立てていた。
 赤子の泣き声はその中から―――

「はた…て」

 倒れた獄卒を飛び越え、文は扉を開けて中へ入る。

 瞬間、文はああ、確かに、気が、狂いそうに、なななななななった。
 赤子の泣き声/揺れるロープ/赤子の泣き声/揺れる身体/赤子の泣き声/首を締め付けるロープ/赤子の泣き声/だらしなく開けられた口/赤子の泣き声/そこからはみ出た赤黒い舌/赤子の泣き声/苦しさに白目を剥いた瞳/赤子の泣き声/糸が切れたように力なく伸びた手足/赤子の泣き声/力が喪われたせいかベッドの上に垂れ流しにされる内容物/赤子の泣き声/そして…


 首吊りロープと同じく、はたての股の間から伸びる臍の尾の先には血と汚物に塗れながらも鳴き声を上げる赤子の姿が

「うわぁぁぁああっああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁああああぁぁぁぁぁああぁぁぁぁぁぁああぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」

 慟哭を上げ、膝を折る文。気でも違えたかのように自分の頭に爪を突き立て、血が滲むほど掻きむしる。

「なんだ、なんだ、なんなんだ!? どうして!? なんで、はたてがッ! はたてが死ななきゃ、畜生畜生! クソ! ああ、クソッ!!」

 自壊するのも厭わず床に拳をたたきつけ、目を見開き絶叫する文。もはやその声は三千世界の鴉を殺しきるような恨みに満ちていて、世の理不尽全てを受けて気が狂ったようだった。

 これが鬼哭か。
 目を見開き、先ほど流した者とは別種の、血のように赤黒い価値を持つ涙を流し、嗚咽を漏らす文。
 ぎいぎいと首を括ったはたての身体が揺れている。もう赤子の声もこの絶望の前には遠い。

「はたて…なんで…」
『お姉ちゃんがこの人が生きてると困るからって。ごめんね、ブン屋のお姉ちゃん』

 床にへたり込み、何もかもにも絶望したような面持ちの文にそっと語りかけられる声。
 驚き振り返るが、病室には同じように首吊り死体を前に動揺している永琳の姿しか見えない。

 否、



 僅かに視界の端、扉の外に翻ったスカートの端と可愛らしい靴を履いた足が見えた。あれは確か地霊殿の…

 そこまで思考が及んだところで文は永琳の独白も聞いてしまった。

「ッ、一体誰が。ああ、畜生。計画が台無しじゃない」

 苛立たしげに永琳はそう小さな声で呟いた。医者として最も大切な患者を助けようともせず。文のように絶望に打ち震えて前後不覚になっているわけでもないのに。
 その様子を見て、そして、今まで見聞きしてきた情報の全てを繋いで文はああ、と納得する。
 麻薬中毒の患者のための療養施設を作ろうとしている永琳。
 文がはたての捜索中にとっちめた麻薬の売人の中には『片耳』と呼ばれる妖怪兎がいた。
 その『片耳』の一番の商品は化学的に合成された麻薬。
 そんな麻薬を作れる場所など文化レベルが発達していても近代レベルの幻想郷では限られている。
 『片耳』は最下層の浮浪者やチンピラ相手だけではなく、もっと金持ちの地主や芸術家、宗教家相手にその商売を広めようとしていた。
 マッチポンプという阿漕な商売の方法。

 はたてを見つけて何人か悪い奴を捕まえて全てが終わると思っていた。だが、どうやらその考えは甘かったようだ。

「はたて、今、下ろしてあげますから」

 ベッドに昇り、はたての首に掛かったロープを外してあげようとする文。と、その前のベッドの上の赤ん坊をとりあえず避難させなければ、と思い立ち、猿のように顔をしわくちゃにしながら鳴き声を上げている赤子に目をやる。
 と、

「これは…」

 その鳴き声を上げる赤子の傍らに文は一枚の紙面が落ちているのに気がついた。ゴミかと思い何気なく取ってみたそれは寸分の切れ端だった。それも二枚。二枚とも別の新聞の題字の所をぞんざいに千切ったものだった。血に汚れているが辛うじて字は読める。いや、どんなに汚れていてもそのタイトルだけは文は間違えなかっただろう。

『花果子念報』と『文々。新聞』

 文とはたてが発行している新聞だ。

「文さん、取り合えずはたてさんを降ろしてあげましょう。その子も早く具合を診てあげないと…危険なことになるかもしれません。手伝ってもらえますか」

 文がぼうっと紙面を見つめていると永琳がそう話しかけてきた。切羽詰まったような、それでいて文やこの赤子のことを心配する余力があるような顔つきで。けれど、それは欺瞞だとすぐに文は見抜いた。見抜いて、刹那迷い、無意味だとさとり、自分も同じような顔を浮かべてはい、と頷いた。

 二枚の新聞の切れ端はこっそりとポケットにしまった。
 そうだ。これははたてのメッセージだ。

 まだ、何も終わっていないと。私を苦しみから解放してくれと言うメッセージなんだと。










――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――









 すやすやと壁にもたれかかり、肩を寄せ合って眠るにとりと魔理沙の膝に文は優しくシーツを掛けてあげた。赤ん坊の名前を決める会議は思ったより難航し、議論疲れか、気がつくと二人はこくこくと船をこぎ始め眠ってしまっていたのだ。赤ん坊もすやすやと眠っている。
 三つの寝顔を眺めているとそれだけで文は幸せな気分になった。
 

 けれど―――



「はたて…」

 ぎゅっと、あれ以来、肌身離さず持ち歩いているお手製のお守りを握りしめる。中身は梵字が書かれた札でも綺麗に磨かれたタリスマンでもない。ただの乾いた血で汚れた二枚の紙片。それだけだ。


 文は三人がよく眠っているのを確認すると自室へと入っていった。一応、部屋に鍵をかけ窓の外に誰もいないことを確認してから、本棚の裏に巧妙に隠された金庫の鍵を開け、中から一つのフォルダを取り出す。
 何十枚ものプリントや写真、リストが詰め込まれたそれははたての遺産…だった。

 あの後、はたてのお葬式を終え、その遺児を引き取った文は自分たちの新聞の題字、それが赤ん坊と一緒に残されていた意味を考え、一つ、思い当たる場所へと足を運んだ。

『花果子念報』と『文々。新聞』

 この二枚が関係する場所は多々あれど、その中でもとびきりに重要な場所はたった一つしかない。妖怪の山を流れ落ちる滝の中腹。文とはたてがダブルスポイラー勝負のために戦ったあの場所だ。文は誰にも見つからないよう、その付近を捜索。滝の裏の洞窟にこのファイルが隠されているのを発見した。

 ファイルの中身は…恐らく、幻想郷中の組織がその大小社会的反社会的合法非合法を問わず喉から手が出るほど欲しがっているであろう彼らの相関図や構成員のリスト、帳簿裏帳簿、その他、ありとあらゆる悪事及びそれに類することをまとめたはたての取材メモだった。
 そのデータは膨大で、あれから数ヶ月、文はことある事に目を通しているが未だにまとめ切れていない。幻想郷のある意味、邪悪載る系図たるこの書類は余りに根深く複雑怪奇でこれ自体が一種の魔導書と思えるほどの邪気を孕んでいた。それでも文はこの書類を金庫の奥底にしまい込んだままにせず、自分で手に入れた追加情報を書き加えながら一つの記事としてまとめ上げようと努力していた。

 そう、はたての遺作…姫海棠はたて収集/射命丸文著の『花果子念報』として世に発表するために。

 それをすることによって何が起こるのかは分らない。幻想郷の勢力図は一変し、全てを巻き込んで滅ぶかもしれない。
 だが、それでも構わないと文は考える。
 その全ての組織にはたてを追い詰め、薬物中毒にし、陵辱した責任があるのだ。
 紅魔館の吸血鬼も白玉楼の幽霊も永遠亭の宇宙人も天界の住人も地霊殿の妖怪も聖輦船の尼も。そうだ、地獄の獄卒すらこのフォルダには載っていたのだ。文が最後まで味方だと思っていた連中も。すべからく罰す。


 だが、これは復讐ではない。

 否、復讐だけではない。

 はたてはこのフォルダのありかを文に教えるための新聞の切れ端を赤子の隣へ落としていたのだ。そのタイミングでしかはたては文に伝えられなかった、とも言えるが文はそうではないと考える。
 はたてはお腹中の子供の未来のために、あの子が誰もが暴力や詐欺、あらゆる犯罪とは無縁で薬物汚染もカルトの驚異にも晒されずいいように権力者達にも利用されない平和な世界で生きていけるよう願って、文にこのフォルダを託したのではないかと。

 もはやそれを確かめる方法はない。はたての魂は薬物と姦淫の果てに浄化不能なほど穢れ、輪廻の輪から外れた地獄へと堕とされてしまったからだ。優秀なイタコに頼んでも、ヤマザナドゥに掛け合ってももうその声を聞くことは不可能だろう。

 けれど、文は迷わない。
 はたての願いだという以前に文自身がそう望んでいるからだ。

 あの赤子は母体であるはたての健康状態が著しく悪かったせいか、酷く脆弱な身体をしている。あんな弱い子供がすくすくと育っていくためには世界が真の意味で平和でなくてはいけないのだ。


 決意の炎を胸に、真実を伝えるため、新聞記者・射命丸文は新聞記者・姫海棠はたての意志を継ぐ。


 明日の平和のために。
 その為には幻想郷を壊すことも厭わずに…



























「こんばんわ」
「遊びに来たわよ」
「ん、ああ、霊夢と紫じゃないか。どうしたんだ?」
「こっちがどうしたんだ何だけれどね魔理沙」
「いえ、ちょっとね。赤ん坊と………射命丸さんの『文々。新聞』の新刊を見せに貰いにね」



END
夏に出した本のアナザーエピソードという名の妄想。


日本酒のロックが旨すぎるここ最近。


10/08/25>>追記

ウボアー
沢山のコメントありがとうございます。皆様のコメントと米麹を発酵させて作った飲物だけがこの夏を乗り切る力です。あと30P500円ぐらいのエロい本が。

コメント数見たとき『諏訪ッ!? 荒れているのか…?』と怖ろしくてページを開けませんでした。

ナニワトモアレ制作の励みになります。本当にありがとうございました。


15さま>>
黒の契約者「貴様らに笑みなど似合わない…!」
sako
作品情報
作品集:
20
投稿日時:
2010/08/22 16:29:12
更新日時:
2010/08/25 22:59:46
1. 名無し ■2010/08/23 01:52:49
知性を残したまま狂ったひじりんが素敵。

タイトルと、最後に出てきた幻想郷の守り手の対比が素晴らしい。
霊夢は異変解決にしか興味なくても、紫が居る以上この先は確定だろうな……
2. 名無し ■2010/08/23 02:10:05
久しぶりに素晴らしい作品をみた
物語として完璧な出来じゃなかろか
3. 名無し ■2010/08/23 03:24:06
あえてここで終わらせるのがいいな。
4. 名無し ■2010/08/23 03:41:35
最高だ 素晴らしい
5. 上海専用便器 ■2010/08/23 05:19:11
ただただ脱帽
言葉に表せないほど、素晴らしい
6. 名無し ■2010/08/23 08:13:54
うわーい、悪人ばっかだー☆
そして確かに幻想郷を壊すような記事書いてると紫動いちまうよなあ……
どう足掻いても絶望、素晴らしい
7. 名無し ■2010/08/23 08:20:16
真実を語ろうとする広告塔の末路。

ゆかりんは(霊夢もいざとなれば)『幻想郷を守る』ためには平気でクソなことをやりますからね。
8. 名無し ■2010/08/23 11:32:33
閻魔も永琳の前には格下だからなぁ
手が出せないほど強いともう諦めるしかない
マジでヤクザw
9. 名無し ■2010/08/23 12:39:32
sakoさんの作品は長いけど素晴らしい。
10. 名無し ■2010/08/23 13:47:47
紫霊夢組はどう動くんだろうねぇ
幻想郷内の腐敗を改めるために動くのか、臭いものには蓋をするだけで文を消すのか…
個人的には文はたてに報われてほしいから前者であってほしいと願うばかり
11. 名無し ■2010/08/23 17:27:26
こんなに長いのに全然気にならなかったぜ…すごすぎる
ここから無事に逃げきれたとしても生きている限り(死んでも?)追われ続けるんだろうな
12. 名無し ■2010/08/23 20:02:24
ラストで鳥肌立った
ほんと救いがないなあ
産廃らしくていい
13. 名無し ■2010/08/23 22:50:59
そしてこの後文も抹殺されるんですねわかります。
14. 名無し ■2010/08/24 01:40:42
全員、真っ黒♪
長く生きた妖怪らしいっていえばらしいんだけどな
いやこれだから産廃は止められない
そうそうゆかりん、処分するぐらいならそれ頂戴。
15. 名無し ■2010/08/24 03:10:55
この幻想郷には至急コブラを急行させなければいけないと感じた
もしくはゴルゴに依頼するしか…
16. マジックフレークス ■2010/08/24 06:10:34
>>15
『美人で気高いお嬢ちゃん達には、涙よりも純白のドレスの方が良く似合うぜ』
レ・幽・紫・永・神・諏・さ・白「誰だお前は、邪魔をするな!」
『へヘッ悪いな、お宅らみたいなのは俺の趣味じゃないんだ』  ズキュウゥーーン

すごすぎてどうコメントして良いのかわからなかった
17. 名無し ■2010/08/24 20:58:50
>>15
アルタイルとストライダー飛竜をお忘れなく

え、何々? 鬼(イレギュラー)化したエックスも?
18. 機玉 ■2010/08/24 23:56:24
こんなに見入った話は久しぶりです。
文もはたても良い娘過ぎて読後感が辛い……特にはたてはこれから目にする度に哀れみの眼差しを向けてしまいそうです。
クソッどこが幻想郷だ!ここは地獄すら生温く感じられる暗黒世界じゃないか!
話の最後に紫と霊夢を出して切る辺りも憎い!
素晴らしい話を読ませていただきありがとうございました。
19. 名無し ■2010/08/25 00:05:52
こういう実力者の裏権力争いもの、いつか書きたいと思ってたんだけど、これ読むとハードル高い
20. 灰々 ■2010/08/27 04:32:28
いやぁ、もう凄すぎてただただ驚嘆するのみです。
あまりの完成度に嫉妬しますね。

霊夢さんがはたてフォルダを手に入れてマキャベリカードとか使って幻想郷を乗っ取ろうとする妄想をした。
21. 名無し ■2010/09/04 23:03:19
鳥肌が収まらん…
紫が幻想郷の澱みを払うために文の元を訪れたと信じてる
22. kyoune ■2012/03/22 23:31:35
文字数が多かったので何となく読むのを敬遠してしまっていたのですが、ふと読んでみて良かった。
遅ればせながら、いい作品をありがとうございました。

もう誰も信じられないなぁ。文が幻想郷を全て浄化するENDに賭ける。
23. まいん ■2012/06/16 23:13:06
全然、救いが無い、現実味のある描写が私の精神を蝕んでいます。
作品の怖さは実際にありそうな所で、
一番怖いのは現実の人間ではないかと思いました。

最後まで周到に用意された救いのなさは流石としか言えません。
とても、良い作品でした。
名前 メール
パスワード
投稿パスワード
<< 作品集に戻る
作品の編集 コメントの削除
番号 パスワード